●週刊チャオ サークル掲示板
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CHAOS PLOT 「CHAOS―チャオス―」 スマッシュ 09/12/23(水) 0:19
CHAOS PLOT 「CHANGE」 スマッシュ 09/12/23(水) 8:53
CHAOS PLOT 「CAPTURE」 スマッシュ 10/1/1(金) 17:25
CHAOS PLOT 「MY POWER YOUR POWER」 スマッシュ 10/1/7(木) 21:35
CHAOS PLOT 「CHAOS CONTROL」 スマッシュ 10/1/12(火) 22:30
CHAOS PLOT 「RESULT AND PLAN」 スマッシュ 10/1/15(金) 14:24
CHAOS PLOT 「X-AOS」 スマッシュ 10/2/2(火) 23:04
CHAOS PLOT 「CHAOS EMERALD」 スマッシュ 10/2/6(土) 13:07
CHAOS PLOT 「NEW CHILDREN」 スマッシュ 10/2/8(月) 23:00
CHAOS PLOT 「RESULT AND PAIN」 スマッシュ 10/2/10(水) 3:14
CHAOS PLOT 「PEACE」 スマッシュ 10/2/16(火) 23:24
CHAOS PLOT 「CHAO GARDEN」 スマッシュ 10/2/18(木) 0:12
CHAOS PLOT 「CHAOS―カオス―」 スマッシュ 10/3/2(火) 3:34
CHAOS PLOT 「CONFESS」 スマッシュ 10/3/31(水) 21:35
CHAOS PLOT 「PAST」 スマッシュ 10/4/29(木) 23:57
CHAOS PLOT 「SPACE COLONY ARK」 スマッシュ 10/5/6(木) 20:26
CHAOS PLOT 「RESULT AND POISON」 スマッシュ 10/5/6(木) 20:28
CHAOS PLOT 「PERSONALITY」 スマッシュ 10/6/30(水) 23:53
CHAOS PLOT 「CROSS」 スマッシュ 10/7/3(土) 4:04
CHAOS PLOT 「PHILOSOPHY」 スマッシュ 10/7/17(土) 13:33
CHAOS PLOT 「RESULT AND CANNON」 スマッシュ 10/7/17(土) 13:34
CHAOS PLOT 「CANNON'S CORE」 スマッシュ 10/7/17(土) 13:35
CHAOS PLOT 「CHAOS―ケイオス―」 スマッシュ 10/7/17(土) 13:36
CHAOS PLOT 「RESULT OF CHAOS PLOT」 スマッシュ 10/7/17(土) 13:37
CHAOS PLOT 「ENDING OF CHAOS PLOT」 スマッシュ 10/7/17(土) 13:38
感想はこちらのコーナー スマッシュ 10/7/17(土) 13:48

CHAOS PLOT 「CHAOS―チャオス―」
 スマッシュ  - 09/12/23(水) 0:19 -
  
夜の町を歩く。
夜の時間というものは季節によって長さが変わるものだ。
今は夏。
暗い時間が少ない季節。
明るい季節だ。
世間は真っ暗ではあるが。
そんな現在とマッチしている夜道をただ歩く。
元々人通りの少ない道のせいか。
街灯の光があってもなお暗い。
もしかしたら、街灯が無くても大して変わらないのかもしれない。
そんな中を歩く。
その隣には小さな生物がいる。
チャオ、という生物だ。
名前はシンバ。タイプはニュートラルチカラ。
チャオとは大抵ペットであるのだが、俺にとってはそうではない。
このチャオは相棒のようなものである。
それは非常に親しくしているから家族と比喩するような行為とは異なる。
俺たちの仲とはいわば二人一組で棒の端を持ち籠の中の人を運ぶような間柄であり、協力し合う存在であり、テレビで高視聴率を獲得することができるのである。
つまり本当に相棒なのだ。
ちなみに今はシーズン8である(1シーズン=半年換算)。
相棒の歩幅に合わせてゆっくり歩く。
チャオの足は短いから、歩幅も狭い。
そんな歩幅で歩くと大変な遅さになる。
横断歩道を信号が青の間に渡ることはできまい。
歩いているチャオにとって早足の人間は人間にとっての車に近い。
ぶつかったらただでは済まない。
ゆえにチャオがのんびり歩くことは危険と隣り合わせなのである。
一方、その速度に合わせるとなると人間も大変だ。
車なのに人間の徒歩に速度を合わせねばならない。
人間を車に乗せて思い切り走った方が速いのはチャオと人間の関係にも言えることだ。
人間はチャオを抱っこすることができる。
あるいはチャオが人間のどこかにつかまることだってできる。
だが、気にしない。
急いでいるわけではないからだ。
どちらかといえば、待っている。
何を?
恋人はいない。
俺はいわば趣味の名前を挙げてそれが恋人だと言い訳をする部族(若い人気のあるスポーツ選手はよくこれに属している)である。
では偶然自分と同じくチャオと散歩している女性に遭遇して「これって運命の出会いかも」というようなイベントだろうか。
今は夏であるから、女性と遭遇した瞬間に様々なイベントへ連れて行かれることが確定するのである。
夏祭りや海などが代表的な例であろう。
暑いという理由で薄着になりやすい季節であるから多くの男性の目にも優しい。
多くの男性以外は厚着がメインになる冬まで引きこもっていろ。
そうして数々のイベント(こなしていく最中、あるいはその前にさらに様々な女性と出会うことになる)の後に女性と結ばれるのである。
そんなわけないだろう。
実際に起こる見込みが明らかに無さそうなものを狙うわけがないだろう。
そもそも夜中にチャオと散歩する女性をピンポイントで狙ってどうするのか。
単純にチャオが好きな女性でいいじゃないか。
では気になる答えはなにか。
強いて言うなら通り魔を待っている。
通り魔に恋しているわけではない(念のため)。
俺は通り魔に対して通り魔する男。
ヲタク狩り狩りのような聞いた瞬間はなんかかっこよさそうだが、よく考えるとそうでもないんじゃないのかというような存在なのである。
しかし人間の通り魔は対象外。
そういうのは警察に任せる。
人間ではない通り魔。
それは一体何なのか?
霊か?化け物か?
まあ、似たようなものだろう。
つまり霊でも化け物でもないのだが。
きゃあ、という女性の悲鳴。
それが仕事を始める合図だ。
仕事の始まりはいつも誰かの悲鳴なのだ。
シンバを片腕で抱えて悲鳴のした方向へダッシュする。
今日、世間で通り魔といったらそれは人間ではない。
チャオの姿をしながらチャオでない存在――
チャオス、と呼ばれているそれだ。
見た目がチャオだからといって軽視してはいけない。
チャオスは人を殺すことができる。
それが武装していない一般人ならなおさら簡単だ。
そんなチャオスから人々を守る。
そういう趣味である。
たまに依頼という形式で報酬が出る。
けれども基本的に無料で人を守っている。
趣味だからだ。
いかにして、チャオスから人を守るのか。
化け物からどうやって人を守るのかを考えれば答えは自ずと出てくる。
1つは弱点。
相手によって銀の弾丸を撃ち込んだり心臓に白木の杭を打ったりして退治する。
こちらが人間であれば必然的こちらの手段となる。
しかし俺がとる手段はもう1つの方。
わかりやすくストレートな方法。
目には目を。
化け物には化け物を。
チャオスにはチャオスを。
そう、このシンバは正確にはチャオではなくチャオスなのである。
「いた」
女性を視認。
そしてその周囲に2匹のチャオスを確認する。
ヒーローノーマルとダークノーマルの2匹だ。
これでチャオスではなく人間の通り魔であったら困ったことになる。
霊や化け物でもだ。対象外は困る。
目には目をではなくなってしまう。
まあ、そういう場合は大抵駆けつけた時にはもう手遅れだ。
チャオスの場合のみ、被害が少ないうちに助けることができる。
それは人を襲おうとして現れるわけではないからだ。
シンバを空中へ放り投げる。
投げた初速を利用して空中から一気に距離を詰める。
シンバはヒーローノーマルのチャオスを踏みつけ再びジャンプした後に着地した。
「大丈夫ですか」
2匹が奇襲に驚いている間に女性に駆け寄る。
そして、体を押して戦いの場から遠ざかるように誘導する。
ついでに武器をもらうことにする。
「あ、すみません、カッターとか持ってません?」
「はい?」
「あー、無ければいいんですけど。忘れちゃって」
「あっ、あります」
女性は鞄の中に手を入れる。
一方シンバとチャオスは。
互いに距離を保ちつつにらみ合っている。
シンバの周囲になにかいいものはないだろうか。
まわりにも視線を走らせる。
「あ、ありました」
女性がカッターを差し出す。
「あ、どうも」
受け取る。
「シンバ、これを使え!」
呼びかけてからカッターを投げる。
シンバはそれに反応して手をカッターへと向ける。
そうするや否やカッターは光の粒子となって消え、代わりにシンバの右手が変化する。
右手はカッターに変化した。
そう。
シンバはカッターをキャプチャしたのだ。
武器となった右手を振るい、攻撃を仕掛ける。
警戒したダークノーマルが必要以上に後退し距離をとる。
そして、両手を突き出した。
「シンバ、来るぞ!」
呼びかける。
シンバはすぐさま反応して動きを止める。
攻撃もすることなく、身構える。
それと同時にダークノーマルの手からクマの手パーツがロケットパンチのよう飛び出す。
発射したダークノーマルの手は健在だが、クマの手も確かにシンバ目掛けて飛んできていた。
シンバは横に転がってそれを避ける。
こちらも被弾しないように女性を庇いながら物陰に隠れる。
横の壁に穴が空く。それを見て女性がひっ、と声を漏らした。
そりゃチャオスにここまでの力があるって知らなきゃ驚くだろうな。
でもここまで強くなければ人を殺すことなんてできない。
「放出がメインか。もう1匹は何かな」
ヒーローノーマルの動きに集中する。
ヒーローノーマルはシンバとの距離を調整していた。
近づきすぎるとカッターによる攻撃を受けてしまう。
だからカッターが届かないぎりぎりの距離を保とうとしていた。
隙があれば飛び込む、ということだ。
そこにダークノーマルが再びロケットパンチのような攻撃を繰り出す。
今度はチーターの手パーツだ。
無論、それを放ったダークノーマルの手は健在。
小動物のパーツをロケットパンチのように発射する攻撃のようだ。
それに合わせてヒーローノーマルが走り出す。
両手を突き出しながら近づくそれは、相手を殴ったりしようとする動作ではない。
それで理解した。
「離れろ!」
シンバはその指示通りに後ろに跳ぶ。
それを見てヒーローノーマルは前進を止める。
着地したシンバが自分の右手を確認する。
カッターの先端が欠けていた。
「こっちは攻撃か……」
相手の狙いはわかった。
ではその対策としてどうするか。
数秒思考して指示を出す。
「そこの標識を合成だ」
シンバはカッターの刃を折り、再び武器を鋭利にしてから止まれと書かれた標識を見つめた。
そして、標識を支えていた棒をキャプチャした。
標識が地面へ落ちる。
シンバは右手をヒーローノーマルへ向けて突き出す。
すると、右手のカッターは先ほどキャプチャした棒の長さになり、ヒーローノーマルは勿論、その後ろにいたダークノーマルも串刺しにした。
体を貫かれた2匹は目を見開いたまま動かない。
しばらくして脱力し、人形のようになる。
本当に動かないか見張る。
そうしているうちに2匹は白いマユに包まれた。
それはチャオの死の合図。
チャオスもチャオと同様このように死んだ場合、ひとかけらも残さず消失する。
「これでよし、っと」
物陰から身を出す。
それにつられて女性も恐る恐る周囲を確認しながら立ち上がった。
「お疲れさん、これでもキャプチャしとけ」
シンバにウサギを投げ渡す。
シンバはそれで手をウサギのパーツにした。
戦ううちに今回のように日常生活には不便なパーツをつける場合がある。
それに備えてある程度の小動物を持ち歩いている。
それをキャプチャして生活できるパーツに戻すのである。
「あ、あの、ありがとうございました!」
女性が頭を下げる。
それを見て、自然と微笑むことができた。
「お気をつけて」
もっと見返りを求めてしまってもいいのかもしれない。
今の彼女からして見れば俺は典型的な物語のような命の恩人でありヒーローなわけである。
うまくやればいくらだって見返りがある。
けれどそれは違う気がする。
そういう目的でやっていることではない。
そう心が告げている。
でも、まあ。
とにかくだ。
今日も楽しく戦えたのでよしとしよう。

チャオスの存在が確認されたのは20年前だ。
チャオスはチャオの突然変異体で、チャオとカオスの中間の存在と言われている。
カオスとは昔、大事件を起こした生命体だ。
カオスエメラルドの力を使って暴走し、大変なこととなったらしい。
そしてチャオスはそのカオスに似ている部分があるとか。
チャオがなぜそんなチャオスへ突然変異したのか。
その理由は明らかになっていない。
ただ、20年前にチャオスが生まれたことはわかっているようだ。
そして、この20年で大きな問題になるほどにチャオスはその数を増やした。
チャオスが増えた原因の1つとして、ソニックがいなかったことが挙げられる。
以前、この世界は何かが起きてもソニックを始めとしたいわゆる英雄がそれを解決してくれていた。
今回だってそういうふうに解決されれば問題なかったのだ。
ちょっとした事件。
ちょっとした異変。
そんな程度で済んだ。
けれどもいつしか彼ら英雄は姿を消してしまったいた。
ソニックのいた頃の世界を知らない現在の人々は、そもそもソニックなんて英雄が本当に実在したのかと疑うこともある。
俺は18才だ。
チャオスがいなかった頃の世界を知らない。
どんな世界だったのか、想像してもよくわからない。
それと同じようなものだ、と考えている。
ともかく、問題を解決してくれる存在がいなかったためにチャオスは自由に活動し、その数を増やしたのだ。
俺がチャオスに関して知識として知っているのはこのようなことくらいだ。
この他に知っているのは、実戦によって得た情報である。
チャオスの戦闘能力について、だ。
チャオスのキャプチャ能力はチャオと比べ物にならないほど強化されている。
チャオスが有害である所以はほとんどここにあると言っても過言ではない。
加えて、チャオスはキャプチャに関連した6つの能力を持っている。
1つ目に「無差別」。
本来のキャプチャは小動物のみがその対象となるがチャオスはそれ以外であってもキャプチャが可能だ。
カッターや標識をキャプチャすることができる。
あるいは人間すらキャプチャできるかもしれない。
2つ目に「放出」。
キャプチャしたものを何らかの方法で排出する。
これにより遠距離攻撃などを得意とするチャオスが存在する。
ロケットパンチのような攻撃をしたダークノーマルがその例だ。
3つ目に「攻撃」。
キャプチャ行為そのものを他者への攻撃へ利用する。
相手がチャオやチャオスであれば、相手のキャプチャしたものを奪い取ることも可能であり、シンバのカッターが欠けたのはこの能力によるものだ。
他に「強化」、「成長」、「合成」が存在する。
それぞれ、キャプチャによる能力の上昇幅が大きい、キャプチャによって獲得したパーツが徐々に発達する、キャプチャしたものを組み合わせることができる、という特徴を持つ。
各個体に得手不得手があり、能力によっては全く使えないこともある。
例えばシンバは無差別と合成が得意だが、攻撃や放出などは実用的でないほどの効果しかない。
俺は実戦を経て、これらの能力の詳しい特徴やその能力を活かそうとする相手への対策を練り上げた。
これはかっこつけでもなんでもなく、数年の努力によって自覚できるくらいに磨き上げたものなのだ。
これらの知識を身に付けるようになったきっかけはシンバとの出会いだ。
小さい子供だった頃。
可愛いチャオスが本当は恐ろしい存在であるとは思えなかった頃。
傷ついて倒れていたチャオスを保護した。
親に見つかると叱られるとわかっていたので、隠れて飼った。
名前も付けた。
その時からそのチャオスの名前はシンバだ。
そこからシンバはなつき、共に行動するようになった。
シンバをチャオスと戦わせるようになったのは、中学生の時だ。
そういうことをしている人間がいると聞き、真似をしてみたのだ。
最初の頃は途中で命の危険を感じて逃げることも多々あったのだが。
逃げながら少しずつ知識を蓄積し、勝てるまでになった。
そうなってからは今のような生き方だ。
チャオスと戦って人を守る。
いい生き方だと思う。
金にはならないけれど。

とても早い時間から遅い時間まで太陽が迷惑なほどにはりきって活動する季節であるが、今日はその太陽の姿が見えない。
雨であった。
早朝、夏ならば明るく冬ならばまだ薄暗い時間帯。
今日は薄暗い朝であった。
それでもまだ暑いのではあるが。
鬱陶しい天候である。
それなのに俺は今外出中。
なぜならば。
「おっす、おはようさん」
「おはようございます」
仕事である。
チャオスを倒す仕事である。
これはいつものとは違う。
マジ仕事である。
つまり報酬が出るのだ。
「今日はなにをすればいいんですか、山崎さん」
目の前にいる男、山崎剛もまたチャオスを飼い、チャオスと戦う人間である。
俺と違う点は、チャオスを扱うことを本職としているところだ。
山崎さんはチャオスに関する依頼を受け、その報酬のみで生計を立てている。
逆に俺がチャオスに関係することで金を手にできるのは彼の仕事に協力する場合のみである。
彼がいなければチャオスから人を守っても俺に報酬が出ることはないのだ。
「今日は人と物の保護だ」
「物……というと?」
「カオスエメラルドだ」
カオスエメラルド。
無限の力を持つ石であり、この世に7つのみ存在する。
7つ揃えて使用することで奇跡を起こすと言われている。
1つのみでも強大な力を持ち、力を引き出せばワープできたり時空を歪められたりとやりたい放題できるらしい。
色は1つずつ異なり、それぞれ緑、赤、黄、紫、青、水、白。
最近ではそれぞれ微妙に性質が異なることが判明している。
「なんでそんな物が?」
「知り合いに預けるために持っていくんだと」
「へえ」
それ以上の質問はしない。
疑問に思うことはあるが、深入りしようとしても山崎さんが知っているとは思えない。
深入りしないことがロマンでもある。
代わりにどういう話題を振ればいいのだろう、と考えていると向こう側から口を開いた。
「なあ、知ってるか」
「なにをですか」
「チャオスの能力が7つあるということを」
またか、と可笑しく思う。
思わせぶりなことを言っておいて、なんでもないようなことを言う手のジョークが山崎さんは好きだ。
だからまたそれかと思って吹き出しそうになって、止まる。
「7つ?」
「ああ」
「6つじゃないんですか?」
「ああ」
「でも、6つしか見たことないですよ」
「使えるチャオスがいなくなったんだ」
「どういうことですか?」
山崎さんは口元を吊り上げる。
俺たちが一番盛り上がる話題。
それは本来恐怖されるはずのチャオスへの興味で溢れた話題だ。
「最初、チャオスは7匹しかいなかったらしい。そしてそれぞれのチャオスはそれぞれの能力を持っていた。俺たちの知っている6つと消えたもう1つだな。時間と共にお互いの能力が使えるようになったらしいんだが、1つだけは他のチャオスに扱うことができず、おまけに使うことのできた唯一のチャオスも姿を消したらしい」
「死んだってことですか?」
「たぶんそうだと思う。子孫も残さなかったんだろうな。死んでも死体が残るわけじゃないから確認できないのが辛いな」
「でもおかしくないですか?」
今では6つの能力を全て使えるチャオスがいてもおかしいことではない。
それなのに最初の頃はそれぞれが1つの能力しか使えず、時間と共にその境界が消えたとするのならば。
どうして7つのうち1つだけは他のチャオスが使えないのか。
「その能力だけ他の能力とは性質が異なる、いわば特殊なものだったのではないか、というのが俺の考えだ。どうだろうか」
違和感を感じた。
それはおかしい、と頭が反応する。
そもそもチャオスの能力そのものが特殊なものだ。
6つの能力のことを考えても、どのチャオスでもその能力を使えないという点がおかしい。
1匹のチャオスができることならば、どんなチャオスにもそれができる可能性があるはず。
では。
「そのチャオスだけ、チャオスじゃなかった、っていうのはどうですか」
「なに?」
「そのチャオスだけチャオスに似ているけれど、厳密にはチャオスではなかったんです。だからそいつの能力だけはチャオスに使うことはできない」
「能力が特殊なのではなく、能力を使う側が特殊だったということか。面白いな」
「でしょう?」
「さて。そろそろ仕事を始めるとしよう。しっかりと守れよ」
はたしてチャオスは出てくるだろうか。
カオスエメラルドにつられて出てくるという情報は聞いたことがない。
できれば出てきてくれた方が楽しい。
そうでないとわざわざ依頼された意味もないというものだ。
依頼人側からすればたまったものではないだろうが。
一方山崎さんはそういうことをあまり考えない。
金が手に入ればそれでいいからだ。
むしろ楽に金が入ると喜ぶことだろう。
しばらくして、護衛の仕事が始まった。
世間話をするのは山崎さんに任せる。
結果として、俺の嬉しい展開になった。
仕事が始まって数分もしないうちに、2匹のチャオスと対峙することになっていた。
「いくらなんでも早すぎだろ……」
山崎さんはげんなりとしていた。
彼は報酬の出る仕事しか請けない分、仕事を確実にこなす。
それは、俺の連れているチャオスが1匹であるのに対して山崎さんは3匹も連れていることからもわかる。
彼は他にも多数のチャオスを飼っているらしい。
見たことがあるチャオスだけでも10匹は超えている。
そのうちチャオスの軍隊でも作り上げるのではないだろうか。
そもそも一体どうやってそんなに多くのチャオスを飼いならしたのか。
謎である。
そしてその謎の大群の中から3匹が今日この場にいる。
全員連れ出さなくても大抵の場合問題ない。
事実今回も相手より数が多い。
それだけで有利なのだ。
それでも片方のチャオスは正面から突っ込んでくる。
体中のパーツがイノシシのものである。
1対4で勝てる武装とは思えない。
せいぜい猪突猛進という言葉にぴったりな外見というだけである。
走ってくるその勢いをどうにか殺せば勝ちは確定するだろう。
そのまま待機させ、相手の攻撃を待つ。
山崎さんも同じ考えだったのだろう。
4匹がそれを迎え撃とうと構えた瞬間、もう片方のチャオスが高く跳んだ。
チャオスは4匹を飛び越える。
ツバメの大きな羽パーツのシルエットが4匹の上を通り過ぎた。
そのチャオスの目標が依頼人だとわかった。
正確には依頼人の持っているカオスエメラルドだ。
「しまっ……」
俺よりも先に山崎さんが動いた。

3匹のうち2匹に対応させようとする。
しかしそれは阻止される。
追いかけようとした2匹にイノシシのチャオスが体当たりしていたのだ。
その攻撃は見事に2匹に衝撃を与え、行動を封じた。
ツバメの羽パーツをもったチャオスはそのまま邪魔されることなく依頼人へ突進する。
「うわあ!」
衝撃で水色のカオスエメラルドが地面に転がる。
依頼人に突進したチャオスは水色のカオスエメラルドを手にする。
そして、4匹の方へ向き直る。
「ちょっとまずいな。俺がカオスエメラルドを取り返す。お前はもう1匹を頼む」
「はい」
山崎さんの3匹がカオスエメラルドを持ったチャオスへ一斉に飛び掛る。
そして、シンバはもう1匹に接近して殴りかかる。
周囲にキャプチャできそうなものがないか探す。
このままでは不利だ。
なにかキャプチャしたい。
それと同時に相手のチャオスがどの能力を使うことを得意とするのかを探る。
相手はシンバから距離を取ろうとしない。
しかしながらキャプチャで攻撃するようなこともしない。
そうであるならば、ただ単純に能力で勝っていると思っているに違いない。
能力で勝っていれば相手にキャプチャさせなければ有利なまま戦うことができる。
ならば、やるべきことは距離を取ってなにかをキャプチャすることだ。
すなわちこの状況はキャプチャさえすれば優勢になると判断できる。
シンバに離れるように指示をする。
シンバは少しずつ敵から離れていく。
相手は無理に追いかけようとはしない。
なぜ追いかけないのか。
キャプチャできる余裕は作らせたくないはず。
違和感を感じた瞬間、チャオスは動いた。
先ほど突進してきた時のように全力疾走をする。
だが、それはシンバへ向かってではない。
攻撃対象は。
俺だ。
シンバもそれを追いかけるが、追いつけない。
逃げなくては。
そう思うより早く、体が逃げるべく足を動かした。
はずだった。
動くよりも先に胴体にチャオスが突進した。
体が地面に落ちる。
死んだな。
そういう諦めが脳を支配しそうになった。
地面に叩きつけられた痛みが思考を切り替える。
死にたくはない。
すぐに腕を使って体を起こすと、シンバが俺をかばうように壁となりチャオスとにらみ合っていた。
立ち上がるのを忘れてシンバの背中を見つめていた。
自分は助かったと思った。
いつもはその小さな相棒を見下ろしていたから気付かなかったのかもしれない。
低い姿勢から見たシンバは大きな存在に見えた。
シンバがいるからこそ自分の命があるのだと直感した。
その刹那だった。
「なっ……」
それは死刑宣告だった。
上から降ってきた何かがシンバを潰した。
衝撃で吹っ飛ぶなどという茶番はなく。
体がばらばらになり飛び散った。
一瞬ほど前まで自分を守る存在だったものが顔や体に付着する。
それは落下してきたのではなく、意図的に物凄い勢いで急降下してきたのだとわかった。
その犯人の姿はシンバに少し似ていた。
そりゃそうだ、と自分につっこみを入れる。
相手もこっちも同じチャオスなんだから似ているだろうさ。
水色の石を持ったチャオスに睨まれる。
チャオであれば睨んでいても可愛げな瞳だと思うだろう。
だが、目の前にいるそれの可愛げな瞳とやらには可愛さを塗りつぶすほどの殺気を感じ取れた。
そしてその視線を自分の代わりに受ける相棒はもういない。
二匹のチャオスはためらうことなく俺へ向かって飛び込んだ。
空から降ってくる水滴に自分の性質を変えられてしまいそうな。
そんな雨の日だった。
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows; U; Windows NT 6.0; ja; rv:1.8.1.8pre) Gecko/20071012 lol...@p089.net059084103.tokai.or.jp>

CHAOS PLOT 「CHANGE」
 スマッシュ  - 09/12/23(水) 8:53 -
  
長いこと寝ていた。
いろいろな夢を見た気がする。
その中にはとっても大切な夢もあった気がする。
でも、思い出せない。
何時間も何時間も寝ていた気がして。
俺は目を覚ました。
天井にある蛍光灯が俺の家にあるものとは形が違う。
細長い蛍光灯が天井につけられていた。
どこかに連れてこられたのだと悟る。
それも誰かの家だとそういう所ではなく。
学校やら病院やら。
そういう所にだ。
「お、起きた」
声のする方を向く。
そこには紫色のツインテールの少女がいた。
初めてみる子だ。
「君は……?」
「あ、ちょっと待ってて。今起きたって連絡入れるから」
少女は携帯電話をちらりと見せて、これで電話するアピールを一瞬してからボタンを押し始めた。
まわりを見渡す。
何もない部屋だ。
この少女がおらず、ドアにも鍵がかかっていたらそれはそれは大変な状況だったことだろう。
脱出ゲームをするにしてもアイテムのありそうな場所が横たわっているベッドの下以外ない。
あとはそのまま床に落ちているか壁にギミックがあるかの二択だ。
ナースコールもない。
病院などではないようだ。
「今起きた。うん。ええ?時間がかかるって……。は?適当になんか話せ?」
部屋の中には壁とベッドしかないため、視線は自然と少女の方へ戻った。
紫色の髪。
それは本来日本人の髪の毛の色ではない。
むしろ、そんな色の髪の毛をした人種がいるのかどうかも怪しい。
顔の色からするとモンゴロイドではあるのだが。
染めた場合以外にそのような色をすることはないだろう。
髪の毛を凝視するが、根元まで紫のままだ。
「わかったけど、できるだけ早く来てよ」
少女は通話をやめ、ため息をついた。
そしてもう一度ため息をついてから俺を見る。
「ちょっと時間かかるって」
「何に?」
「あー、あれ」
少女は天井へ視線を向け、指を上に向けてくるくる円を描きながら言葉をひねり出そうとしたが。
「責任者」
「責任者?」
「そう、責任者っぽい感じの人」
とても曖昧であった。
偉い人、ということではあるらしい。
「まあいいや、私はオルガ」
少女が名乗る。
日本人ではないようだ。
「あー、俺は」
名乗ろうとすると、いいよ知ってるから、とオルガは遮った。
知ってるのか、と聞き返す。
少女は頷いて俺の名前を言った。
「進むって字なのにそのまますすむって読み方じゃないんだね。音読み」
「俺はこっちの方が気に入ってるかな」
「同じ読みの漢字の意味も由来として込められているってネタもありそうだね」
「かもな」
そこで話が途切れる。
その沈黙を逃さず質問を投げかける。
「その髪、染めたのか?」
やっぱり髪のことは気になる。
「これ地毛。染めるなんてそんなのしないよ」
「珍しすぎる色だ」
「まーねー」
「でも綺麗な色だな。染めてないと言われても納得できるかもしれん」
「いいでしょー?」
「ああ、そうだな」
そこでドアが開く。
白衣で眼鏡の男が入ってきた。
「おはよう、橋本君」
「どうも」
「オルガ君から話は聞いたかい?」
「いえ、全く」
その反応に男は少し固まり、頭を抑えた。
「しなかったのか?」
「うん」
素直にオルガは答える。
「まあいい……。私はこのARKの所長の後藤だ」
「ARK?」
「……」
後藤と名乗った男は再びオルガを見る。
「なにも話をしていないのか?」
「名前の話と髪の毛の話はしたけど」
「それだけ?」
「私になにを期待しているか知らないけど、それだけしかしてないよ」
彼はまた頭を抑える。
今度の硬直時間は少し長かった。
「とりあえず、そうだな……。ここがどこだかを話そう。ここはARK。チャオスの研究及びチャオスの撃退を行う施設だ」
「ああ、チャオスの……」
本当に病院ではなかったらしい。
というか、チャオスの研究及び……?
そんな施設があったのか。
全く知らなかったぞ。
どうして自分がそんな場所にいるのか。
それを尋ねた。
チャオスによって負傷した人間がチャオスについて研究する施設に送られる理由。
そう考えた場合どのようなものを予測するだろうか。
チャオスと接触することでなんらかのウィルスが人体に送り込まれる、という展開か。
それを治療するには病院ではなくここが最適、というわけだ。
だが、返ってきた答えは負傷などとは全く関係のないものだった。
「それは君がケイオスの適合者だったからだ」
「ケイオス……?」
彼の携帯電話が鳴る。
すぐに彼はそれに出る。
少し会話して、切る。
時間にして30秒に満たない、スムーズなやりとりだった。
「実際に体験すればわかるだろう」
そう言い、男はオルガに告げた。
「仕事だ。彼も連れて行きたまえ」
「はーい。ほら、行くよ」
オルガに手を引かれベッドから降りる。
そしてオルガの後ろについていく。
「なあ、ケイオスってなんなんだ?」
「んー、説明するのって難しいんだよね」
唸りながら考えるが、なにも思いつかないらしい。
やがてオルガは答えを出す。
「やっぱ、実際に見た方がわかりやすいよ」
投げた。
こいつ、投げやがったな。
そんな強烈な視線を浴びせる。
浴びせまくる。
意地でも浴びせる。
自分の身になにをされたのかわからないのだから、余計に力が入る。
効果があったか、慌ててオルガはフォローを入れてきた。
「まあ、わかりやすく言うなら英雄かな」
「英雄?」
「うん。人間を助けるから、ヒーローってとこでしょ」
英雄。
ヒーロー。
そういうのになれたのであれば、悪い気はしない。
だが、どういう存在に自分がなったのかはまだわからない。
ケイオスとはつまりなにかの役職なのか?
それともなにかと戦う存在か。
そのなにかはチャオスしかいないわけだが。
しかしそうだとして、歩いていても身体能力に変わりがなさそうであるのが疑問であった。
その答えを彼女は知っている。
彼女についていけばそのうちわかるのだろう。
距離を離すことなく俺は歩いた。

外に出る。
この施設は大きなドーム型の建物だということを実際に外から見て知る。
空は基本的に黒色だった。
どうやら昼ではないらしい。
それで自分がチャオスにやられてから何日経ったのか気になった。
オルガにそれを聞くと、2日という答えが返ってきた。
「こういう場合2日寝ていたのは長いのか短いのかよくわからないな」
「わかる人っているの?」
「年がら年中チャオスにやられているやつならわかるんじゃないのか」
「それ死んでる。絶対死んでる」
違いない。
「おーい、こっちだこっち」
中年の男が手を振っている。
外見は全く違うが、外見から推測される年齢は後藤さんと同じくらいだろうか。
「君が橋本君か。俺、先田。よろしく」
「どうも」
「さ、こっちだ」
男に連れられていく。
歩いて駐車場へ。
その中の一台に案内され、乗せられる。
俺は後部座席、オルガは助手席だ。
「これ俺の車だから変なことするなよ」
中を見ても普通の車と変わったところはない。
完全に先田という男の私物であるようだ。
「これからどこへ行くんですか?」
「どこって、チャオスが群れて出現したとこ」
やはりチャオスか。
戦うのだろうか、それとも住人の救出だろうか。
「なに、もしかしてなにも知らない?ってかなにも聞いてない?」
「まあ」
「うわ、ありえん」
「所長が実際に見た方がわかりやすいって言ってたよ」
オルガの言葉を聞き、ふむ、と先田さんは無言になった。
が、すぐになにかを思いつき口を開いた。
「でも単純なことじゃないか。チャオスになってチャオスと戦うってだけだろ」
「はい?」
自分の耳を疑う。
チャオスになってチャオスと戦うと聞こえた。
事実先田さんはそう言った。
「俺、人間ですよ」
「うん。でもケイオスって人間がチャオスになって戦うんだぜ?かっこいいだろ」
「えっと、よくわからないんですけど、変身ヒーローみたいなもんですかそれ」
「そう、それだ」
先田さんが非常に威勢よく反応した。
「変身するんだよ、チャオスに。かっこいいだろ」
かっこいいからってテンション上げられても困る。
「でもそういうのって特撮チックなものであって現実には」
「できるのさ」
先田さんは得意気に断言する。
なぜできるのかと問う前に車が速度を落とし、停止する。
「着いたぞ」
そう言うや否やオルガはシートベルトを外し、ドアを開ける。
「待て待て落ち着け」
「なに」
落ち着けと言われた時には既に車の外に出ていたが、顔を再び車の中に戻す。
先田さんはその顔に向けて水色のカオスドライブを差し出した。
怪訝な顔でそれをオルガは見た。
先田さんは手首を使ってそれを僅かに動かし、受け取れと言わんばかりの動作を見せるがオルガは受け取らない。
「いや、受け取れよ」
「どうして?」
「どうしてってお前、これ変身ツールだしさ」
オルガの顔は今度はぽかんとしている。
停止して数秒。
視線だけ俺を見た。
「そういうことね」
腕を伸ばして水色のカオスドライブを受け取った。
そして顔と腕を引っ込め、走っていく。
俺、なにかした?
「ほら、お前もだ」
先田さんから水色のカオスドライブを渡される。
こんな色のカオスドライブを見るのは初めてだ。
まじまじと眺める。
これはチャオにキャプチャさせたらどうなるのだろうか。
緑はハシリ、黄色はオヨギ、赤はチカラ、紫はヒコウ。
もう1つはスタミナだから、これはスタミナが上がったりするのだろうか。
「これをどうすれば」
「それをキャプチャすればチャオスの体になる」
「キャプチャって、俺がですか?」
「そうだとも」
どうやら自分はこの水色のカオスドライブをキャプチャすることができるらしい。
いよいよ普通の人間から遠ざかってしまったな。
しかし、どうやってキャプチャするのだろう。
とりあえず聞いてみることにした。
「どうやって?」
「知らん」
即答だった。
じゃあどうしろと?
自分がチャオであったらポヨを疑問符にするどころか泣き出しそうなほどの理不尽さだ。
「あー、まあオルガに聞けばわかるんじゃないのか。とりあえずとっとと行け」
車から追い出される。
自分が行かなくても彼女だけでどうにかなってくれないものか。
そんなことを考える。
足元に勢いよくチャオスが転がってきた。
腕を伸ばしてくる。
だが、それには攻撃になるほどの勢いはなく。
すぐに力を失って動かなくなった。
本当に彼女に任せていいのかもしれない。
そう思いつつ彼女が何匹のチャオスと戦っているのかを確かめる。
ざっと20匹はいた。
前言撤回。
オルガは死ぬだろう。
俺が助太刀に行ったところで1人につき10匹のチャオスと戦わなくてはならない。
そもそもあの中でオルガが生きているかどうかもわからない。
先ほど足元に飛んできたチャオスこそがオルガだったのかもしれないのだ。
戦場からはまだ距離がある。
今のうちに逃げれば助かる。
「どうした、早く行け」
背後から釘を刺された。
「あんな大勢の相手は無理ですよ。死にますよ」
「いいや、死なないね」
「どうして」
「お前はケイオスだからだ」
わけのわからない理由に絶句する以外道はなく。
逃がしてはもらえないのだと諦めた。
生きて帰れたら幸運だと心の中で遺書を読み上げる。
ちゃんと書いておけばよかったな、遺書。
そんな感じの諦めで満ちていた。
まあ、元々あの時死んだようなものだし……。
「ほら、あそこにいるニュートラルヒコウがオルガだ。おーいオルガー」
先田さんが呼びかけると紫のチャオスは一瞬だけ振り向いた。
すぐに向かってきたチャオスに対して反撃し遠くまで飛ばす。
どうやら、数が多いために攻撃しに近寄ってきたチャオスをさばいていくので精一杯なようだ。
「なにー?」
そう紫のチャオスが大声で叫んだ。
チャオスが人間の言葉を話した。
そう驚く暇はあまりなかった。
本当にあの少女はチャオスになって戦っているらしい。
声がオルガのそれだったため、信じざるを得ない。
「こいつにどうやってキャプチャするのか教えてやってくれ」
返事はない。
まるで作業のように近づいたチャオスを強引に退けるのみ。
殴って飛ばし、蹴って飛ばし、また殴って飛ばした後に返答があった。
「手」
「手?」
「手から自分の体の中に吸収する感じ」
「だそうだ」
「はあ」
やるしかないらしい。
手に持ったカオスドライブを見つめる。
水色のカオスドライブ。
これを自分の体内に吸収する。
入れ、と念じる。
何度も何度も。
入れ入れ入れ入れ。
何度も念じて、カオスドライブは光った。
それがキャプチャに成功した合図なのだとすぐにわかった。
意外にもあっさりとできた。
そう思っている間に、俺にとっての世界は広くなった。
いや。
俺自身が小さくなったのだ。
自分の手を見る。
それはチャオスの手になっていた。
きっと体全体がそうなったのだろう。
「これもキャプチャしろ」
上からアザラシが落ちてくる。
声からして落とした主は先田さんか。
今の俺とでは随分身長に差がある。
そのこともまた自分がチャオスになったのだと実感させる。
「オヨギ関係の小動物は防御力も上がるらしい。お守りだと思え」
先ほどと同じようにしてアザラシをキャプチャする。
体がチャオスになったからか。
今度はスムーズにキャプチャできた。
腕にアザラシのパーツがつく。
さあ、いざ戦場へ。
俺は歩き出した。
はずだったが一歩踏み出した瞬間転んだ。
チャオの足は短い。
チャオスの足もまた短い。
人間のそれとは勝手が違うのである。
「歩けん」
手はそこまで深刻ではない。
曲がらない腕だと割り切ってしまえば一応動かせる。
しかし動けない。
どうしたものか。
解決策を考える暇もなくチャオスが向かってくる。
動けないから避けられず、受けるしかない。
腕をクロスさせて攻撃を防いだ。
「いっ……」
激痛。
それをこらえて手を振り下ろす。
チョップだ。
チャオスの頭にヒットし、顔面から地に突っ込んだ。
「倒せた……」
少し感動するものの、すぐに痛みがやってきた。
本当にアザラシに防御力を上げる効果があったとして。
このアザラシのパーツで防いでいなかったら死んでいたのではないか?
すぐに攻撃に転じず相手の攻撃を受け続けていても死んだかもしれない。
戦うとはこんなにも恐ろしいことだったのか。
自分の代わりに戦っていたシンバのことを思い出す。
シンバもまたこの恐怖を感じていたのだろうか。
そして指示している時はそれを感じていなかった自分を愚かだと思う。
だが、そんなことを考えている場合ではない。
即座に戦うことに脳を集中させる。
ともかく動けないのはまずい。
どうにかして移動しなければなるまい。
試しに足の裏を地面に思い切り叩きつけるようにしてみる。
それでジャンプできた。
「お」
これは使える。
というよりもこれを使うしかない、今のところは。
そう判断しこれを移動手段として使うことにする。
幾度もジャンプを繰り返してチャオスの群れへと向かう。
上から叩きつけるように攻撃する。
それでチャオスを撃退するが、今度は感動などしない。
すぐにジャンプする。
一秒前までいた地点は別のチャオスの攻撃範囲になっていた。
小動物のパーツだろうか。
するどい爪が通り過ぎていた。
ああいう攻撃が危険そうなのはオルガに任せよう。
そう判断して、ジャンプで移動しながら様子を伺う。
「あれ」
既にチャオスがいなくなっていた。
するどい爪のチャオスも倒れている。
残っているのは自分とニュートラルヒコウのみ。
「ああ、なるほど」
彼女は自分などがいなくても素早くこの程度の量は退治できるのだ。
オルガを見下ろす。
この小さなチャオスに少し尊敬していた。
「あれ」
なにかがおかしい。
どうして自分は彼女を見下ろしているのだろう。
飛んでいるわけではない。
もう足ついてる。
自分の体を見て納得する。
体が元の人間の姿に戻っていたのだ。
先田さんがやってくる。
「言い忘れてたが、しばらくするとカオスドライブの効果がなくなる。気をつけないと死ぬぞ」
「あとちょっと遅かったら死ぬところだったのか……」
げんなりする。
下手したら死ぬような場面が多すぎた。
こんなに多いと下手せずとも死にそうである。
いつの間にかオルガも元の少女の姿に戻っている。
「どうだオルガ。こいつ、使えそうか」
「足が地に着いてない。今はよくてもそのうちきつくなるよ」
「鋭い指摘だな」
足が地に着いてない。
その言葉を噛み締める。
早く歩けるようにならないと。
そう思った。

「ご苦労」
帰るなり所長――後藤さんの話を聞かされるはめになった。
今度は大きい机と椅子のたくさんある部屋であった。
いわゆる会議室だという。
「さて、橋本君。ケイオスがどんなものか、わかってくれただろうか」
「人間がチャオスになって戦う、それがケイオスってことで合ってますか」
所長は頷いた。
「そうだ。その通り。ではこちらに聞きたいことはあるかね」
「俺はなぜそのケイオスに選ばれたんでしょうか」
「さっき言っただろう。君がケイオスにふさわしいからだ」
ふさわしいと言われてもよくわからない。
どこがふさわしかったのか。
遺伝子とかそういう話なのだろうか。
「とにかく、だ。ケイオスになれる者は限られている。君の命も危うかったしな。半ば強制的にケイオスにしたことは責めないでくれ」
半ば、どころかほとんど完全に強制的だったが。
「でも、なんでわざわざそんなことを?」
「そんなこと、とはどういうことかね」
所長の目が細まる。
それに少し威圧される。
「わざわざ人間がチャオスになって戦う必要があるのでしょうか」
「ふむ。なるほど。そういうことか」
なるほどなるほど。
そう呟きながら頷く。
そして、頭を動きが停止すると共に俺に視線を合わせる。
得意げな笑みで。
机に突っ伏したオルガが視界に入る。
うんざりとした表情が伺える。
背後からは先田さんの溜め息。
どうやら俺は地雷を踏んだらしい。
「確かに人間をチャオスに変身させるのは大変だ。そういう身体にするための作業だけでも大変だ。しかしこれが最善なのだ」
ケイオスが最善。
よくわからない。
例えば俺のようにチャオスを飼って戦うというのはだめなのだろうか。
そういう考えを察してか、所長は問題をぶつけてきた。
「まず、単純に人間が相手をしたらどうだろうか。人間の肉体でチャオスと戦うことができるだろうか」
「それは無理だと思います」
即答する。
そんなことができたら事態は深刻にならなかっただろう。
「チャオスは人間以上に機敏です。それにサイズも小さいからそれだけこちらがいい的になりやすい。なにより殺傷力がチャオスより劣っている」
「では対チャオス用の兵器を用意しよう。これではどうか」
「キャプチャーされる可能性を考えれば、雑魚しか倒せないでしょう」
「そうだとも。こちらがいくら苦労し時間を費やし金をかけて兵器を作ってもチャオスはそれを一瞬でキャプチャしてしまう。相手に武器を提供するようなものだ」
所長は満足そうに頷いた。
それも一瞬。
すぐに鋭い目つきを向けてくる。
これが本題だ、と。
「ではこちらもチャオスを飼いならし対抗するのはどうか」
「俺はそうやってチャオスと戦ってきました。それが最善ではないかと思います」
「確かに有効な手段だ。相手と対等に戦うことができる。もし、世界一強いチャオスを飼いならすことができればその時点で勝利したも同然だろう」
そこまで認めつつも、だが、という接続詞を頭につけて所長は主張した。
「チャオスとは信頼に足る生物だろうか。裏切ることはないと言い切れるだろうか。個人ならば問題あるまい。自業自得だ。だが我々は組織だ。裏切られて壊滅しては元も子もない。そのような可能性を考えればそのままチャオスで対抗するのはセンスがない」
ではどうするか、と彼は話を展開させていく。
自分の意見を一方的に語るその様子は少し楽しげでもある。
「で、あるならば。我々に残された対抗策はたった1つ。人間がチャオスとなり戦う。そう、ケイオスこそが唯一チャオスを完全に殲滅でき得る存在なのだ。わかってくれるかな」
「はあ、わかりました」
「そうかそうか。あとは君がどんなチャオスよりも強いケイオスになれば我々人類の勝利だ。よろしく頼むよ」
所長は立ち上がる。
ようやく終わるのか、オルガの目に生気が戻ってきつつあった。
「明日からはそのための鍛練に励んでもらうよ」
そう言い残して先に部屋から去った。
喋る人間が消えて、2人は溜め息を漏らした。
その片方のオルガに睨まれる。
「余計なこと言わない」
「いや、でも俺未だに自分がどうなったのかよくわからないんだけど……」
「正義の組織に改造人間にされちゃった、って考えれば複雑でもないだろう」
先田さんはまた特撮か。
しかし今のところはなんかこうなっちゃいました、という感じで徐々に適応していくより他ないだろう。
「さて、君の部屋に案内しよう」
先田さんがさも当然のように案内をし始めるがちょっと待て。
「帰ってはいけない?」
「まあな」
突然連れ去られて帰してもらえない。
こういうのを世間一般では拉致監禁とか言う気がする。
おまけに改造までされています俺。
「なんか嫌な予感しかせんのですが」
「大丈夫大丈夫。指もいで焼いて食べたりしないし」
食うまでいったら大事件じゃねえかよ。
洒落にならん。
「宣言しよう。そんなことをしたらメディアが黙ってはいない。貴様のコレクションの中から異質なものを1つでも見つけ次第、あたかもそのようなものを集めていたかのような報道をするであろう」
曖昧な文章にすることで仮にそのようなものが1つしかなくてもたくさん所持していたかのように表現することができるのである。
これで貴様は社会的に白い目で見られる。
そういう趣味の人間からも変なことしやがってと白い目で見られるダブルパンチだ。
これぞ罪人の受けるべき裁き。
「まあ、帰してもいいんだけどさ」
頭をかきながら先田さんが言う。
じゃあ帰せよ。
「チャオスが現れた時とかすぐ連絡取れないと不便だしさ」
「あー……」
確かにそうだ。
「それにここでチャオスの体で動く訓練できたりするしさ。こっちにいた方が都合いいってことで諦めてくれ」
チャオスの体で。
そういえば俺はまだ歩くこともできないんだったか。
訓練とやらができるならやった方がいいのは当然だ。
そういうことで諦めることにしよう。
そもそも、もう純正の人間ではないのだし。
……まだ完全に飲み込めたわけではないが。
「今日からここが君の部屋だ」
ドアの横についてある機械を先田さんは操る。
しばらくし、その機械の画面がロックの外れたことを知らせた。
扉が開く。
そこに待っていたのは。
「これは――」
一面の芝生。
木がいくつか生えており、それらには実がなっている。
どうやらあれは食べ物であるようだ。
さらに水辺がある。
泳げるというわけだ。
水辺の向こう側は段差になっており、登っていけば結構高いところまでいける。
俺に飛ぶ能力があったら、そこから飛ぶと面白いのかもしれない。
他にも小型のボールやテレビがある。
さらに箱のようなものが無造作に置いてあった。
妙な装飾がされている。
あれはきっとびっくり箱だったりするのだろう。
というか。
「あはは、ここチャオガーデンじゃないですか。ちゃんと案内してくださいよもう」
用意されていたセリフを読む素人のような完璧な棒読みっぷりだった。
こんな感じのセリフで返さなくてはならないと空気が告げていたので不可抗力だ。
そしてこれはオチのためのフリだということもわかっていた。
運命がデスティニーなのである。
「うん。今日からここが君の部屋な」
「ない。チャオガーデンに人が住むだなんてそんな展開はない」
「大丈夫大丈夫。もう住んでるやついるから」
「誰だそんな終わっているやつ」
先田さんは終わっているやつを指差した。
オルガだった。
「まじすか」
「おめでとう、同棲」
「いやいやいや」
オルガは既にチャオガーデンの中に入ってくつろいでいる。
テレビを見ていた。
チャオガーデンに設置されているテレビはチャオ向けの番組しか見ることができない。
それは人間にとって面白いものとは限らない。
このガーデンのテレビは人間向けの番組も映るのか?
というか。
「ケイオスは人間扱いされないんですね」
「違うんだが違いない」
先田さんは苦笑する。
どうにか暮らしてくれと頼まれ、仕方なく承諾する。
どうせ彼に食いかかったところでどうにもならないことだろう。
「あ、そうそう」
その先田さんが去り際に一言残した。
「俺のチャオ、青色のチャオなんだけど世話よろしくな」
もっとまともな言葉が欲しかった。
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows; U; Windows NT 6.0; ja; rv:1.8.1.8pre) Gecko/20071012 lol...@p234.net059086050.tokai.or.jp>

CHAOS PLOT 「CAPTURE」
 スマッシュ WEB  - 10/1/1(金) 17:25 -
  
目が覚める。
いつもの朝とは違う光景。
なぜ、俺は草の上で寝ているのだろう。
起き上がる。
どこを見てもチャオガーデン。
ここはチャオガーデンで、俺はここに寝ていた。
俺はチャオなのか。
少しずつ目覚めてくる。
すぐ視界に入ったのは少女だった。
彼女はオルガという名前だ。
日本人とは思えない名前であるが、髪が黒くないので日本人とも限らない。
紫色の髪が印象的だが、彼女の最大の特徴はケイオスであること。
つまりチャオスに変身して戦う少女であること。
……俺もそのケイオスとやらなんだけども。
彼女の髪型はツインテールだ。
紫色のせいでそれがニュートラルヒコウチャオの頭にも見える。
そういえば彼女がチャオスに変身したときもニュートラルヒコウになっていた。
そこで気付く。
彼女はまさにニュートラルヒコウを意識してツインテールにしているのだと。
オルガは木の実を食べていた。
……木の実を。
「それチャオの食べ物じゃないのか?」
「おいしいけど」
「……そうなのか?」
時に人は普段食べないものを食す。
例えば異文化では食べている食べ物。
例えば珍味。
例えば下手物。
例えば人肉。
……いや最後のはちょっと違うか?
ともかく彼女も食べている以上人間が食べても大丈夫なはず。
俺も木の実を食べてみることにした。
食。
外はともかくとして中身は柔らかい。
食感はフルーツのようだ。
だが。
「味、薄くないか?」
「そう?」
「薄い。絶対薄い」
キャベツでも食わされている気分だ。
味の濃い調味料が欲しい。
この際ソースでもドレッシングでもいい。
「無理だ食えん」
「えー」
非難される。
なんで食えるんだこいつ。
味覚おかしいんじゃないのか。
「他に食べ物ないのか?食えるやつ」
「一応食堂があるけど」
「それだ。どこにある」
場所を教えてもらう。
早速行くことにする。
木の実をこのまま食うのは拷問だ。
俺はチャオじゃない。
人間なのだ(もう違うけど)。
チャオガーデンから出る前に一応聞いておく。
「お前はいいのか?」
「うん」
「木の実、うまいか?」
「おいしいよ」
彼女の不思議な点がまた1つ増えた。
彼女には謎が多い。
でもどうせ大したものじゃない。
髪はそういう髪なわけで、木の実だってそういう好みなわけだ。
謎が多いというより不思議ちゃんということか。
俺としては不思議ちゃんな理由がケイオスの副作用でないことを祈るのみだ。
「なんだお前木の実食わんのか」
食堂に来た俺を先田さんは目ざとく見つけ、つっかかってきた。
あんなの食べるのは人間じゃないという文句で返そうとしたが、瞬時に口を閉じる。
お前人間じゃないだろ、という木の実を食うことを暗に強制していそうな内容の返事があると気付いたからだ。
「……せめて食生活は人間らしくありたいなあ、と思いまして」
「つまらん」
二人で朝用のメニューを貪る。
パンとその他だ。
その他の中身は注文すれば増えるししなければ全くない。
先田さんは山積みになったパンをかじりながら俺に指示をした。
この後訓練施設に行けとのことだ。
そこで訓練ができるらしい。
「時間制限ありなのに動けなきゃ話にならないからしばらくお前は訓練だけだ。実戦投入はせん」
「最初からそうしてください」
いきなり実戦で死にかけたのだが。
今のが実戦でなくてよかったな、実戦だったらお前はもう死んでるぞ、などと言われるくらいの猶予は欲しい。
「俺に言うな。後藤に言え」
まあそうなのだけど。
「死ぬかと思いましたよ」
先田さんは苦笑いしつつコーヒーを飲む。
やがて思いついたように。
「なあ」
「なんですか」
「もしかしたらさんかくの実あたりなら食えるんじゃないか?」
「自分の舌で試してください」
露骨に嫌な顔をされる。
なら言うなよ。
そう思ったが。
「さんかくの実まずかったぞ?」
食ったことあるのかよ。
その後先田さんが一度全ての木の実を食べる挑戦をしたことを聞かされた。
結果、木の実によって味が違うらしいことがわかったようだ。
ついでにどれも味が薄くて食べるに値しないという評価を下したようだ。
やはり人間の食べるものではないのか。
「じゃあなんでオルガは……」
「アホ舌なんだろ」
「ですよね」
こうしてオルガの舌がおかしいことが証明されたのだった。

訓練施設、と書かれた部屋を見つける。
ドアを開ける。
大きな機械がある。
天井まで高さのある大きな機械の存在感が凄まじかった。
人が入れそうなカプセルがその機械の真ん中についている。
いや、それが主要な部分なのだろう。
それだけでなく壁という壁が機械によって隠されている。
これでは機械が壁なのかと勘違いしそうだ。
実際は大きな部屋なのだろうが、人間の存在できるスペースは少なく、機械による圧迫感もあるせいか少し窮屈な印象を抱かせる。
俺がチャオガーデンなんて広い場所で一夜過ごしたせいもあるだろう。
その中で女性が椅子を回転させてこちらを向いた。
赤い眼鏡の女性だ。
「ああ、君が橋本君」
「はい」
「私は滝優希。君の指導係」
「そうなんですか。よろしくおねがいします」
「……ところで、もう一人来るはずなのだけれど。女の子を見なかった?オルガじゃなくて普通な感じの……」
「はい?」
少女はオルガだけじゃないのか。
しかしそのような人物を見た記憶はない。
ここは子供が気軽に来るような場所ではないはず。
少女という存在は希少種だろう。
なら見た記憶がなければその通りなのだろう。
「ごめんなんでもない。もう来る」
優希さんは頭を抱えている。
後ろの方、すなわち廊下から物凄い足音と大声を出しながら誰かがやってくる。
なにを言っているのか、聞き取ってみることにした。
「新しい朝が来ましたおはようございますっていうか寝過ごしたー!春もぐっすり夏もぐっすり秋も冬も熟睡するこの身、たとえ季節感の感じられない室温が調整されている施設の中でも完璧熟睡そして遅刻ー!」
足音が止まる。
やかましい声の主はドアをはさんですぐ前にいるということになる。
思わず息を呑む。
漫画であったら冷や汗が描かれるであろう位に嫌な予感がした。
実際には冷や汗が出るほどの時間もなく事は起こった。
「バスタァァァオオカミィィィ!!」
ドアが物凄い音を立てた。
しばらくの無音の後にその音よりも大きな悲鳴が聞こえた。
痛みにより苦しんでいるように聞こえる。
優希さんが溜め息をついてドアへと歩み寄り、パネルを操作してドアを開けた。
少女が倒れて悶えていた。
「なにをしているのかしらあなたは」
「バスターオオカミしたけどドアが開かなくて」
「開くわけないでしょうが。バスターオオカミって一体なんなの」
「必殺技」
「そんなのでドアを開けない。普通に開けなさい」
「あいー」
そのままドアが閉められる。
少女はまだ入ってない。
「あの……」
「いいの。あれ私の妹だし」
だからっていいのだろうか?
そもそも普段からこんなやりとりをしているのだろうか?
ドアを日常的に思い切り殴ったりするような人間がいるとは思えない。
ドアが開く。
今度は向こう側から開けたようだ。
たとえドアではなく別のなにかを殴る目的であったとしてもそんなことをする人間がここにいるとは思えない。
「回転アロー!」
前言撤回。まさにそんな人でした。
蹴りが体ごと回転しつつ矢のように迫ってくる。
なんでこんなやつがいるんだ。
脳はそんな反応しかすることができず。
俺の顔に蹴りが入った。
「ぐふぅ」
「あ、間違えた」
少女は綺麗に着地する。
俺は綺麗に顔から着地する。
痛いがすぐに立ち上がる。
チャオスを相手に戦った俺はもはや人間の攻撃など食らっても平気なのである。
あくまでそれはチャオスの体になっている時の話かもしれないが気にしないことにする。
人間の時でも大丈夫だという思い込みは重要だ。
「おお、すぐ立ち上がった。すごいねー」
「謝りなさいあんた」
お姉さんの方から的確な指摘が飛ぶ。
「ごめんねー。私滝美咲。そこにいるのお姉ちゃん。君、橋本君だよね?知ってる知ってる。なんたってケイオスだもんね。いいなあケイオス。私もなりたいなあ。っていうか元々私がなるはずだったのになあ。あ、そうそう。橋本君18でしょ?私も18。同い年だよー。やったね嬉しいなあ。ほらここって学校とかじゃないから私たちくらいの年齢っていないんだよねー。オルガちゃんも16才だって言ってるし同い年いなかったんだよねー。だからよろしくね?」
早口で一気に喋られ、握手させられる。
握手すると同時に腕を激しく上下運動させられる。
美咲は腕だけでなく体全体を大きく動かし、体に合わせてポニーテールも攻撃判定がありそうなほどに揺れる。
「ケイオスになる予定だった?」
年齢の情報も重要な人にとっては重要なのだろうが、それよりもケイオスという単語に俺は敏感だった。
美咲は俺の問いに頷いて肯定した。
「そのためにVRでずっと訓練してたんだよ?まだうまく動けないから仕方ないとは思うけどさー」
「VRってのは……バーチャルリアリティって言えばわかるかな?そこにある機械を使って仮想現実内でチャオスとして動く訓練をしているの」
優希さんが補足説明を加えた。
なるほどこの機械の群れはそのための物か。
あのカプセルの中に入って仮想現実内へ……ということか。
「早速だけど訓練を始めましょう。まだ機械は1つしかないから順番に行うわ。まずは美咲」
「え、私から?」
「経験者が先にやるのは当然でしょう。ほら早く」
「はいはい」
優希さんがキーボードをいじるとカプセルが開いた。
それに美咲が入る。
腕や目、足などいたるところに機器を取り付ける。
程なくしてオッケーと声で合図を送ると優希さんがそれに応じて開けるのと同様にしてカプセルを閉じる。
「そこのモニターで仮想現実内でなにが起きてるのか見れるわよ」
指差したモニターを俺は見る。
そこにはチャオスが1匹。
ただのニュートラルノーマルだ。
「歩いて」
優希さんがマイクに向けて声を発する。
それから2秒ほどしてチャオスは歩き始めた。
直進。
ゆっくりと歩いていく。
「右に曲がって」
指示されてすぐに右に曲がる。
そして再び直進。
まるでロボットが歩いているのを見ているように感じる。
次に優希さんは止まるよう指示し、すぐさまその通りにチャオスは足を止めた。
「はい、じゃあまた歩いて」
指示があって、少し遅れてチャオスは歩く。
それを確認し優希さんはこちらを向いた。
「どこが悪いかわかる?」
どこかが悪かったのか。
あれを操作しているのが美咲だとして、俺にとっては歩けているだけで十分に思えるが。
答えを出す前に回答は締め切られた。
「歩けと言ってからしばらくしてから歩き始めた。しかし曲がる際にはそのラグがない。ということは歩くときにチャオスの体ではどう歩くのかを考えているということ。それがそのままスローペースな歩みに繋がってもいる」
言われてみてなるほどな、と思う。
モニターの中のチャオスは徐々に歩くペースが上がっているように見える。
つまりこれは歩くのに慣れてきたということなのか。
30分ほどそのまま歩いていた。
段々本当にちゃんと歩けているのか判断ができなくなってきた。
混乱する。
優希さんにはそれができているのだろうか。
「はい、じゃああと30分くらいは歩いてて」
何気なく言うが、長時間歩くだけというのはきつい気がする。
野球をしたい夢見る少年に延々と球拾いをさせるようなものだ。
動きに変化がないだけ、こっちの方がよほど辛いだろう。
同情する前に俺は自分を心配した。
「しかしこれができてよかったわ」
優希さんが俺に話しかける。
これ、とは優希さんが取り出した水色のカオスドライブのことだろう。
美咲は歩き続けている。
「赤や緑、黄色に紫。この4色のカオスドライブしか見たことがないでしょう?」
「はい」
「水色のカオスドライブはケイオスの変身のためだけにARKがごく最近作ったものなの。本当に変身できるのか疑わしかったけれど、君が変身できたのだから問題はないみたいね。で、その水色のカオスドライブなんだけどね。数に限りがあるの。ここで作ってるというのもあって」
「量産できないというわけですか」
「しようと思えばできるんだけど、諸々の問題でね。でもまあできないってことでいいかな。だから訓練で使うわけにもいかないの。このVRがなければ君は歩けないまま実戦投入だったでしょうね」
「命がいくらあっても足りなさそうですねそれ」
仮に歩けたとしてもその程度では死にかねない。
あの時だって、ジャンプできたからよかったものの。
それができない状態だとしたら初戦闘で生き残れるのは体が勝手に暴走した時くらいか?
美咲は歩き続けている。
「そういうわけだから水色のカオスドライブは大事に使うこと。大事にと言ってもそうするには短時間で敵を殲滅するしかないのだけれど」
「はい」
「そこまでできるようにきつめに鍛えてあげるから安心しなさい」
それには苦笑するのを禁じえない。
30分歩くだけなどという変化のないトレーニングを強いられている人間を目の当たりにしているのだからきつめに指導されることに素直に喜ぶことはできない。
どうにかして早く上達することがそのまま自分のためになりそうだ。
モニターを見ると、映っているチャオスは止まっている。
優希さんも気付きマイクに向かう。
「どうしたの?歩きなさい」
それでも歩かない。
何度か呼びかけるが応答がない。
「訓練を一旦終了するわ」
機械を操作。
カプセルが開き、優希さんが問いかける。
「どうしたの?」
なにも言わずに美咲は自分の体につけてある機器を全て外し、出てきた。
そして大きく息を吸う。
彼女は吸った量に見合うくらいに口を開けて叫んだ。
「飽きたーーーーーっ!!」
優希さんが近寄る。
握り拳を掲げた状態で。
そして美咲の傍でそれを振り下ろした。
げんこつは頭に当たった。
優希さんも彼女に負けじと大声で怒鳴る。
「飽きたからってそんなことしないの!なにを考えているの!訓練の意味ないでしょうが!」
「せめて景色が変わるとかそういう配慮をしてからそういうのは言うべきだと思いまーす!辺り一面銀景色どころかパーフェクトな白じゃあつまらないを超えちゃうよ!」
優希さんは無言で彼女の後ろに回りこむ。
腕が美咲の首を力強く隠す。
あー、絞めてる。
美咲が必死に腕を叩くがそのままだ。
鬼である。
彼女の意見には同意するが心の中だけに留めておく。
「まあ、このくらいか」
そう言って開放したのは1分ばかし経ってからであった。
美咲はそのままダウンする。
生きているだろうか。
不安になる。
最後のほうほとんど理性を持って抵抗してなかったというか体が変な感じにじたばた動いていたというか。
痙攣していたような気がしなくもない。
「大丈夫、この程度では死なない子だから」
どんな理屈だ。
「次はあなたの番よ」
「ひぃ!?」
「いや、首絞めるんじゃなくて、訓練ね」
「あ、ああ、はい……」
殺されないようにしよう。
そう意気込んで臨んだ訓練はとてもじゃないが面白いものではなかった。
まずVRに入るまでが面倒であった。
変な機器を大量に自分の体に着ける必要がある。
どこにどれを着けるか、それを覚えるようにと言われたが多すぎてとても覚える気にはならない。
明らかに着ける場所がわかるようなものもあるのは幸いだが、それぞれに細部の違いしかないようなものもあるのは勘弁してほしい。
ようやくのことでVRの世界に入るとここからがまた問題である。
俺の体はきっちりチャオスのそれになっている。
なんの訓練をするかと言えば当然歩行する訓練であるわけだ。
どう歩行すればいいか、という点については優希さんが詳しく解説してくれた。
「見てわかるけれど、チャオには脚がないの。あ、難しい漢字の方の脚ね。簡単な方は地面と接する部分のことを言うのだけれど、チャオにはこの部分しかないということになるわ」
接地する部分が足で、脛や腿などを含める場合脚と呼ぶようだ。
そしてチャオには足しかないわけだ。
「なんかわかりやすく区別したいわね。あ、ここでは音読みで区別することにしましょう。いいわね」
つまり、足と言う場合ソクで脚はキャク、ということか。
こちらの声が向こうに届くことはない。
そういう機能が実装されていないからだ。
「人間は主に脚を使って歩いているから、脚のないその体になるといつも通りに歩けなくなっちゃうってわけね。その体の場合は足で歩かなくてはいけないの」
なるほど。
体にない部分を使って歩こうとするから歩けないわけか。
第三第四の腕があると思い込んで、それで物を取ろうとしても取れないのだ。
「勿論その体にはそうするに必要なだけの力はあるから、必要なのはあなたが足で歩く方法を体で理解して慣れることね」
解説の後はひたすら練習であった。
自分で意識して足を動かす。
脚の役割があるだけでなく自分の体に対して足が大きいせいもあるだろう。
人間と比べてチャオスにとって足という存在がなかなか大きいものであると実感する。
必死に動き、歩けるようになった。
だが訓練後に。
「まあ、こんなところね」
「これなら1週間後にはもうチャオスと戦っても問題ないレベルまでいけるかもしれませんね」
「まさか」
「え?」
「あなたはまだ前になんとか歩けるようになっただけじゃない。スムーズに歩けるようにならなくちゃいけないし走れるようにならなきゃいけない。それだけでなく、横にも後ろにも動けるようにならないからまだまだよ」
「うぐ」
そんなやり取りがあった。
つまりこれからもこんな退屈な訓練を続けなくてはならないということか。
全てできるようになるのはいつだ?
来月か?来年か?
気が遠くなる。
これは美咲の気持ちがわからなくもない。
「ああ、そうそう。所長が呼んでいたわよ」
「え?」
なんだろう。
会議室に行くよう言われ、それに従った。

会議室に所長はいた。
当然だが。
既に座っている所長にならい、俺も適当な椅子に腰掛ける。
「順番がおかしくなってしまったが、君にやってもらうことを説明することにしよう」
「チャオスを倒す、じゃないんですか?」
「それは基本的な仕事だ。やるべきことは他にもある」
なにをやれというのか。
身構える。
「カオスチャオ、というのは知っているね?」
不死身のチャオ。
知っているのは大体そのようなところだ。
それを告げる。
「ああ。その通り。カオスチャオは死なない」
「それがどうかしたんですか」
「チャオスがカオスチャオへと進化したらどうなると思う」
チャオスが不死身になる。
単純なイメージだがそれが一瞬で浮かんだ。
「死なない化け物になる……と?」
「ああ、おそらくそうだろう」
そしてそれこそが我々にとって問題なのだ、と所長は言った。
「不死身になった途端に弱点ができるならまだいいが、カオスチャオを見る限りそうでもないらしい」
繁殖をしなくなる……というのは個体の命と無関係か。
「そうだとすると相手にそれが1匹いるだけで我々の敗北は決定してしまう」
「そうですね」
「そこで君にはカオスチャオになっていただきたい」
「はい……?」
「正確には全ての小動物をキャプチャし、その準備をしてもらいたい。お互いに不死身ならば決着はつかない。人間に害の及ばない場所で永遠に戦ってもらう。いわば隔離だな。無論、相手のみを隔離するようにこちらも努力するから常に戦うわけではないよ」
チャオスにはチャオスを。
不死には不死を。
理にはかなっている。
だがそうするためには1つ条件がある。
「カオスチャオには転生が必要だと聞いたことがあります。それはどうするのですか?」
転生するまで待つというのだろうか。
しかし転生までの時間はチャオ準拠なのか人間準拠なのかわからない。
人間として死ぬまで待たなければならないのであればそれは気の遠い話だ。
いや、それでもそれしか手段はないのか。
「問題ない」
所長はにやり、と笑みを浮かべた。
「それはどうにかなる」
「どうにか、なるんですか?」
「ああ。勿論正規のルートで進化した方が確実だろう。だが我々にはもう1つ、些細な条件など無視する方法がある」
「あるんですか?そんなものが」
「あるに決まっているだろう。君だってその方法でケイオスになったのだからな」
それはどういう方法なのか。
そう聞いた俺への返答は現実味に少し欠けるものでありつつも実にわかりやすい答えであった。
いや、現実味に欠けるわけではない。
俺の今までの人生でまだ一回、それもほんの僅かな時間だけしか関わったことがないだけだ。
奇跡を起こす物。
――カオスエメラルド。
様々な力があると聞いたことがある。
昔、その7つの宝石を用いることで無限の力を手にし世界を揺るがした者が多くいるらしい。
そしてあのソニックも同じようにしてそれらの敵を打ち倒したらしい。
それは例えばカオス。
7つのカオスエメラルドの力を得て大洪水を起こしたが、7つのカオスエメラルドの力を得たソニックに倒された。
カオスエメラルドにそのような力が本当にあるのかどうか、実際に見たことのない俺にはわからない。
だがそれを利用するのだと所長は言った。
カオスエメラルドを使えば人はチャオスへとなることができ、不死身にもなり得るのだと。

風呂に入ることにした。
昨日入れなかったことは気になっていたし、オルガからも入ってくるように言われた。
「風呂って、あるのか?」
「ここにはないけど」
オルガはドアを指した。
それからARK内に銭湯があることとその場所を解説された。
コスト削減のために一定の時間帯でないと入れないことも同時に言われる。
なので今から行くことにした。
「お前は入らないのか?」
そう聞いたが返答はここで水浴びをする、というものだった。
チャオガーデンで水浴び。
風呂があるのに入らずに水浴び。
やはり少し彼女はずれている気がする。
いや。
日本人から見たらずれているだけで、彼女のいた所ではそっちの方が当たり前なのかもしれない。
文化の違いというやつだ。
俺は銭湯へ向かった。
風呂は特に特筆することはなかった。
大人数が入れるように広いだけだ。
その割には人が少なかった気もするが。
俺は可及的速やかにという言葉を体言するがごとく短時間で済ませた。
そしたら、美咲と遭遇した。
「あ、橋本君もお風呂?」
「おう」
「偉いねー。ちゃんと入って。清潔に保つことはいいことだからね。毎日入ってる?そうでなくてもいいけどせめて2日に1回は最低限入ってほしいところかなあ。入らないとそれが習慣になっちゃうし。橋本君はしっかりしてるねー」
まるで風呂に入らない人の方が普通であるかのような物言いだ。
「ここの人、特に男の人って全然入らないんだよねー」
正解だった。
「確かに研究のほうが大事かもしれないけどね。でもここって入れる時間が決まってるじゃん?普段会えない人とも会える可能性があるわけだよ。ほら今まさにそうじゃん?」
「なるほどな」
「普段会えないってわけじゃないかー。橋本君チャオガーデンで寝てるんだよね?私、チャオガーデンによく行くんだ」
「ああ、そうなのか」
そういうわけだから、と言われて。
俺たちはチャオガーデンに戻った。
そういえばオルガが水浴びするとか言っていた気がする。
俺は短時間で風呂を済ませたが彼女は女性だ。
当然入浴時間は長いだろう。
俺たちがチャオガーデンに入ったとき入浴シーンとご対面になる可能性は高い。
その時彼女は裸だろうか。
きっと裸だろうな。
風呂の代わりなのに水着を着るなんてことはあるまい。
風呂をチャオガーデンで済ませようとする方が悪い。
そういう考えを持ちつつ期待しつつチャオガーデンに入った。
「お帰りー。あ、美咲だ」
普通に服を着ていた。
先ほど着ていた服と同じものだ。
「またその服?もっと可愛いのにしなよ」
「服なんてこれしかないもん」
「大昔のGUNの制服で、しかもそれを何着も持ってるなんて趣味悪いよ」
「いいじゃん別に」
ボールを蹴って飛ばしている。
それをチャオが追いかけた。
あれ?水浴びは?
していないのか?
オルガに近づく。
髪が濡れている。
ということは水浴びはしたらしい。
だが時間は全くかけていない、と。
本当に水を浴びただけかもしれないな、これは。
「……なに?」
「いや、起きると想定されるイベントに遭遇できなくて驚いているだけだ」
「よくわからないけどいいや」
ボールを追いかける。
チャオに混じって遊んでいるようだ。
器用にボールを動かしてチャオたちを翻弄している。
オルガの位置は動いていないが、その周辺を何匹かのチャオが駆け回る。
たまにチャオがボールに触れボールがオルガから離れると、少し驚いた表情を見せる。
「オルガちゃん、チャオと遊ぶのがやたら好きなんだよね。休みの日もずっとここにいるんだよ」
「へえ」
美咲はボール遊びをしていないチャオを抱えていた。
そしてそのチャオに木の実を差し出す。
チャオはしばらく木の実を見つめていた。
食べる気はないらしく手を出さない。
美咲は諦めてチャオを放した。
「昔はあんな光景当たり前だったのにね」
懐かしむように言う。
今のチャオガーデンは人がいない。
そりゃそうだろう。
人を襲う怪物と同じ姿をした生物となんて遊べるわけがない。
もしかしたらチャオガーデンの中にはチャオスが混じっているかもしれない。
そういう恐怖が人々をチャオガーデンから遠ざけた。
俺の知っていたチャオガーデンには人はいない。
もしかしたら管理もろくにされずチャオすらいないのかもしれない。
「昔がどうだったか、知っているのか?」
「うん」
美咲は首肯する。
「昔はみんなチャオを世話してくれてた。チャオってね、誰かが見ていてくれないと生きていけないんだ。物凄く昔はカオス、昔は人間。でも今は、誰もチャオを見ない」
カオス。
俺はそいつを暴走しカオスエメラルドの力を使い人々を襲った事件のことしか知らない。
これは有名な事件だ。
例のソニックが解決した事件でもあるから。
「カオスってあのカオスだよな?」
「うん、そのカオス」
「それがチャオを?」
「そうなんだよ」
美咲は語った。
それはチャオの突然変異体であり、高い知能と能力で同族のチャオを外敵から守っていたことを。
守護神なんて称されることもあったそうだ。
「ねえどうやってチャオがカオスに突然変異したと思う?」
「難しいな。あそこまで変化したら普通の突然変異だとは思えないな」
突然変異と言われてもそこまで大袈裟に変わるようなイメージはない。
つまり、チャオが高々突然変異だけで大事件を起こすような生物になるとは思えないわけである。
仮にできたとしてチャオ以外の生物が同じような突然変異をしたという例が見られないのはなぜか、ということもある。
そういう意味の発言をし、美咲に聞き返す。
「お前はどう考えているんだ?」
「これは私の考えなんだけど、カオスはチャオスと同じ方法で変異したんじゃないのかなって」
チャオスと同じ方法、だと?
確かにチャオスはカオスとチャオの中間だと比喩されることがある。
姿はチャオだが、中身はカオスに近いものがある。
カオスエメラルドで姿が変わるかどうかはわからないが。
チャオからチャオスへの変化を大きくしたものがチャオからカオスへの変化。
一理あるだろう。
「そもそもどうしてチャオはチャオスになったんだ?」
こちらも突然変異と言われているが、こちらもまた突然変異で済まされるような変化ではない気がしてきた。
その質問に美咲は驚いたようだった。
「知らないの?」
「少なくとも常識ではない……だろ?」
「そうだけど、所長から聞かされてない?」
「ああ」
美咲は押し黙った。
うーん、と唸って考え始める。
「じゃあ、いいや。所長が黙っているということは知らない方がいいってことなんでしょ」
「そうなのか?重大な秘密を隠されているだけな気がするぞ」
「隠す必要があるんだよ。橋本君には。ここに来る前にとんでもないことしたんじゃない?」
「そんなことしたかな……?」
「きっとそうなんだよ」
それから美咲はチャオに木の実を食わせていた。
ほとんどのチャオは食べるのを拒否していたので、実際に食べさせたのはほんのわずかであったが。
そして去り際。
「そのうち教えてもらえる時が来るといいね」
なんてことを彼女は言った。
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows; U; Windows NT 6.0; ja; rv:1.8.1.8pre) Gecko/20071012 lol...@p066.net059084143.tokai.or.jp>

CHAOS PLOT 「MY POWER YOUR POWER」
 スマッシュ WEB  - 10/1/7(木) 21:35 -
  
目が覚める。
いつも通りの朝だった。
オルガが既に起きていて木の実を食べているのを見ればそれがわかる。
お互いに生活パターンが固定されているいい証拠だ。
「なあオルガ」
「ん?」
新しい木の実を差し出してくる。
「いや違う。そうじゃない」
「えっと、じゃあ」
ころり。
ボールが転がってくる。
俺がこれで遊びたいと思っているだなんてどうやったらそんな解釈ができるのか。
ボールを投げ返す。
オルガはそれを片手で受け、落とす。
「ARKの中、どうなってるか俺まだよくわからないんだ。案内してくれないか?」
案内をしてもらうだけならば他の人間でもいいのだが。
一緒にチャオガーデンなんてところに暮らしているわけで。
嫌でも気になる存在であるし、嫌でないが気になる存在だった。
だからこそオルガに案内してもらおうと俺は思ったわけである。
「無理」
あっさり断られた。
「なぜ」
「私は忙しいの。チャオスが現れても撃退しに行けるの私だけなんだよ?ずっと待機してなきゃいけないのもあるし、疲れるし。だから無理なの」
「えー」
「えーとか言うな。どうしても案内してほしいなら私に楽させな」
褒美が欲しければ働けというわけだ。
取引である。
それをするくらいには俺のことは認められているともとれる。
そういう考えをすれば、むしろやる気が出てくる。
やってやる。
「俺の大活躍でお前は楽どころか仕事がなくなるだろう」
「まず戦えるようになれ」
オルガの投げた剛速球が俺の顔を真正面から捉える。
ご褒美、いただきました。
「そういえばさ、チャオスって大体どのくらい現れるんだ?」
「私たちが撃退しに行くのは最低でも10匹くらい集まっているっていう情報があったところだから10匹以上なのは確か。集まる理由として餌や小動物が豊富にあるっていうのが挙げられるね。餌については大体場所が決まっているから対処しやすいけれど、問題は小動物の方だね」
「いつどこに小動物が大量に現れるかわからんわけか」
「そう。だからいつどこにチャオスが大量に現れるかもわからない。ついでに、餌や小動物が豊富にあるからって大量に集まるかというとそうでもない。そういう群れを形成するのは強力なチャオスが必要なの」
「それはどういうことだ?」
「実力が同じくらいだと集団行動をするどころか自分の利益のために戦うんだよ。でも明らかに実力差があったり数の差があると劣っている方が退くか屈するかするしかないわけ。で、後者を選んだ場合が積み重なって群れになるっていうわけ」
つまり基本的には単独行動を好むということか。
命が危ない時だけ集団行動をする。
そういうことだとオルガは頷いた。
しかしどうして初めから集団行動をしないのか。
オルガがそれに答えた。
「チャオスの敵はチャオスだから」
他の生物は相手にならない。
他の生物から身を守るために集団になる必要はない。
殺されるとすれば、殺してくる相手は自分と同じチャオスだけ。
チャオスの敵となり得るのはチャオスのみなのである。
「じゃあ10匹以上の集団になるのは珍しいわけだ」
「まあね」
オルガがボールを蹴り上げる。
チャオはそれに触れようと必死に手を伸ばす。
チャオより何倍も高く上がったボールに触れられるわけもないのだがとにかく手を伸ばす。
「だからそれに見合った珍しいチャオスがいることもある」
落ちてきたボールはオルガがキャッチした。
チャオにとっては手の届かない場所へ行ってしまったままである。
「例えば、レアな小動物をキャプチャしてたりするわけ」
こちらを向いたままボールを横へ投げる。
チャオがそちらへ走っていく。
彼女の周囲からチャオがいなくなって俺の視線は彼女に固定される。
俺の目が彼女の表情を捉えてから、まるでその時まで待っていたかのように、オルガはそこで口を開いた。
「カオスチャオになる条件を満たすなら、出遅れないように気をつけなよ」
顔には微笑すら浮かんでいなかった。
アドバイスではなく、忠告なのだと理解する。
そう理解させるためにわざわざチャオをどけたのだろうか。
オルガはもうボールを追いかけていた。

訓練室。
俺はチャオスの体で動けるようになっていた。
歩くことも可能だし、走ることもできる。
飛ぶことすらできる。
まだ人間とのギャップに慣れてはいないが移動には困らない。
ここまでになるのに1ヶ月かかった。
前例がないためわからないが、早い方ではないのかというのは優希さんの弁だ。
美咲もなんやかんやでちゃっかり同じレベルだった。
実はわざと実力を俺に合わせて手を抜いているのではないのかと少し疑う。
「今日からは実戦に向けての訓練を行う」
まずは美咲からだ。
美咲が先なのはなんとなく習慣となっていた。
彼女自身が行動的であるという理由もあるためレディがファーストだからというわけではないと思われる。
「私ね、チャオスの体でできる必殺技を考えてきてあるんだよね」
その言葉を聞いて優希さんは露骨に嫌そうな顔をする。
美咲は派手なモーションで攻撃する(彼女いわく必殺技)のが好きだがそれをあまり好ましく思っていないようである。
美咲が攻撃してきた時に冷静に関節技などで対処するのを見ると攻撃の方向性の違いがあるようだ。
「ちゃんと見ててね。まだ技名考えてないから、それも考えてね」
なぜそんなことをしなくてはならないのか。
そう反論する前にカプセルは閉じられた。
ここで言っても向こうに聞こえるのだろうか。
悩んでいたが、すぐにモニタにチャオスが現れた。
「能力は6種類ともオンにしておくわ。好きに戦いなさい」
そして美咲以外のチャオスも出現した。
ダークが10匹ほど。
それが美咲を取り囲むように現れた。
「……鬼だ」
優希さんはマイクから離れた。
そしてとんでもないことを俺に言った。
「……最も強い設定にしているけどどうにかなるでしょ」
「うわ」
「ぼこぼこにやられてしまえばいいのよ」
私怨でもあるのだろうか。
毎日のように意味の分からない必殺技で飛び込まれればそうなるのもわからないでもないが。
さて。
美咲はどうなるだろう。
俺と同じくらいと想定して考える。
走ることに問題はない。
だが、相手の行動に反応して動くとなると話は別だ。
相手の動きを見てからしっかり動くことができるかどうか。
自信はない。
であるから、攻められれば負けてしまうことだろう。
実際にそうして前方の1匹が飛びかかってくる。
上からの攻撃。
後ろからもそれに合わせて美咲に向かって直進していく。
美咲はその両方を交互に見ているだけだ。
これはだめか。
と思ったが、眼前にチャオスが来たときに美咲は動いた。
飛び上がりながらアッパーを繰り出し、飛びかかってきたチャオスを撃墜した。
そのまま上空から着地し後ろから来たチャオス達の背後をとる。
すぐ傍にいたチャオスを蹴り飛ばし、右側、左側と順に倒していく。
残り4匹。
「嘘……」
優希さんが呟く。
「すごいですね、なんか」
「あなた、なにがすごいかちゃんと理解しているの?」
「え、6匹一気に倒したところが、ですよね?俺あんなに上手く動けませんよ」
優希さんはそれもあるけれど、と言いつつ首を横に振る。
「あの子、チャオスの動きをしっかり見ている」
動きをしっかり見ている。
どういうことなのか。
「向かってきた6匹を基本的に行動が早かった順に倒しているのよ」
「はい?」
言われてもどういうことなのかいまいちイメージできない。
俺たちが会話している間にも美咲は4匹に向かって突進していっており、既に3匹倒していた。
「美咲が棒立ちでいると仮定しましょう。その状態で最も早く美咲に攻撃できるチャオスから撃退しているの。そうすることで結果的に敵の攻撃を遅らせて、その猶予の間に敵を倒している」
解説されている間に4匹目も倒され、チャオスは全滅した。
もし解説の内容を意識的にやっているとしたら彼女の実力は俺より遥かに上だ。
その後、カプセルから出てきた美咲は冗談にならないジョークを言ってきた。
「弱くて必殺技使うまでもなかったよ。残念」
俺は同じ設定でやることになった。
結果だけ言う。
惨敗した。
「あなたは状況を見てからどう動くかを決めているけれど、ちゃんとイメージ通りに動けているかどうかで混乱している節があるわね。それによって動くのが遅れている。正確に動けているかどうかは気にしなくていいからその時の勢いに任せて動きなさい。勿論イメージ通りに動けていなかったら後で反省すること。それとまだ人間の体と同じように考えている部分があるわね。パンチやキックが少し不自然な動きだった。腕は人間の場合と大差ないとはいえ曲がらないこともきちんと把握しておくこと。ではもう1回やりましょう」
「え」
「美咲がクリアできたのだから、あなたもクリアできないと駄目よ」
「そ、そんな……」
「あはは、頑張ってー」
能天気に笑う美咲は今は恨めしい。
クリアするのに2時間ほどかかった。
その度に優希さんから駄目だしされた。
なぜそんなに詳しいのか。
そう思ってしまうほどの解説っぷりだった。

オルガは常にチャオガーデンにいた。
勿論、チャオスを殲滅しに行っている時はいないものの、それ以外であればほぼ確実にここにいる。
チャオの世話が好きだという印象はない。
最初の頃はそうだと思っていたが、次第にそうではないと訂正した。
美咲と比べているうちにわかったことだ。
美咲はよくチャオに木の実を食べさせようとしている。
他にはチャオをなでたりするものの、メインは空腹なチャオの腹を満たすことだ。
対してオルガ。
こちらはそんな気遣いをしていない。
寝ているチャオを無理に起こしたりするくらいだ。
世話をするというよりも一緒に遊んでいる。
ペットではなくまるで友人のように接しているのである。
今日も例に漏れることなく遊んでいた。
オルガがこっちを向く。
「橋本も遊ぶ?」
「いや、見ているだけで」
「そう」
オルガは遊びを再開する。
チャオたちがボールを追いかけてオルガを中心にぐるぐる回っていく。
チャオたちはとても楽しそうだ。
それに違和感を覚える。
「不思議なもんだな」
「なにが?」
オルガはボールを操っている。
そのためにボールを見ているが、実はチャオを見ているようにも感じられる。
「チャオスと同じ姿したやつと遊ぶのが」
「そう?」
「そう?って……」
こいつが無神経なだけかもしれないが。
チャオとチャオスを外見だけで判断することは難しい。
それこそ明らかにパーツがチャオのキャプチャできるものではなければ話は別だが、姿が全く同じである両者を外見だけで見極めることはほぼ不可能だろう。
それはすなわちここにいるチャオが実はチャオスである可能性を否定できないということだ。
「この中の1匹が……1匹じゃないかもしれないけれど、それがチャオスだったらどうする?」
聞いてみる。
それはないと即答された。
「いないと確定してるのか?」
「うん。ARKではチャオかチャオスかを見極めるための検査ができるの。で、それをクリアしてるわけ」
世界で一番安心してチャオと遊べるチャオガーデンだ、とオルガは言った。
それに、とオルガは付け足す。
「チャオと同じ姿したやつが誰かを殺すって方が信じられないと思わない?」
「俺はその逆だな。チャオスのインパクトは強烈すぎる」
「そう」
オルガは残念そうな顔をした。
しかし今時そのような考えを持つ方が少数派だろう。
ケイオスとしてチャオスを倒す立場だからこそそういう考え方ができるのかもしれない。
「ところで、橋本はどうしてケイオスになったの?」
「どうしてもなにも気付いたらケイオスになっていたわけだが」
「そういうことになっている、ってだけでしょ。本当のところはどうなの?どういう目的?」
「……どういうことだ?」
まるで俺はなにかをするためにケイオスになったと言わんばかりである。
偶然ケイオスになったことが、実は仕組んでいたことであったと。
そう言いたいのか?
だが心当たりは全くない。
俺は偶然チャオスにやられ、偶然この施設でケイオスになっただけのはずだ。
「言う気がないならそれでいいけど。君と私の目的が一致するといいんだけどね」
これは完全になにかを疑われている。
そもそも適合者でなければケイオスになれないはず。
そうであるから目的があるからといってケイオスにはなれないだろう。
本当に変なやつだ。

オルガはチャオスの数を数えていた。
大体30匹くらいいるとわかった。
これだけの数がいる理由は見たくなくても見える。
チャオの餌になる実がなる木が生えている地帯だったからだ。
そのような木は昔ならば散歩ついでにチャオに木の実を食べさせるのに都合がよかっただろう。
だがそんなことができたのももう20年も前の話だ。
今の状況を考えるならば切り倒してしまった方がいいと思われる。
自分にとっては相手が集まってくれるからいいけれども。
そこで思考を打ち切り、戦うことにする。
チャオスの体へと変身する。
ニュートラルヒコウの大きな羽を広げ、地を蹴る。
上から飛びかかる。
一番手前にいたチャオスの顔を殴り飛ばす。
低い弾道ながらも勢いがあったために遠く飛ぶ。
あまりにも豪快に吹っ飛ばれてしまったので他のチャオスに注目されてしまった。
多勢に無勢。
ただし無勢側は一騎当千だが。
その構図はまるで大勢を一気に倒して爽快感を得るゲームのようであった。
オルガはそのようなのん気なことを考えず、どうすればいいか悩んでいた。
ちゃんと戦えば負けはしないことはわかっている。
けれどもより効率的に大勢を相手に立ち回るにはどうするのが最善だろうか。
なるべく空中にいる方がいいのかできるだけ地上で戦う方が得策か。
どうやって数を減らしていくのが理想的か。
オルガはそれらに対してある程度の結論を出し、腕をゴリラのパーツに変えた。
ゴリラをキャプチャしてはいない。
しかし腕はゴリラのパーツのものになった。
異様な事態にチャオスは警戒する。
迷わずオルガは自分からチャオスへと向かっていき、そのうち1匹にアッパーを食らわせた。
空中に浮いた敵を追いかけ自分も飛ぶ。
地上にチャオスがどのような配置でいるかを確認しつつ浮いたチャオスを掴み落ちていく。
着地とほぼ同時にオルガはなるべく多く巻き込むように掴んだチャオスを投げる。
間をおかずにオルガは追撃しに向かう。
腕はトラのパーツに足はイノシシのパーツになっていた。
自分と同じ大きさのものが投げ込まれ身動きが取りづらくなっているチャオスたちを順々に切り刻んでいく。
生きているチャオスの数が一気に減る。
そしてその中から1匹を掴んでまた投げる。
ここまでいけばもう作業に等しい。
投げて切り刻んでその中からまた投げて切り刻む。
その繰り返しにより短時間でチャオスの数を約30から5まで減らすことに成功した。
「お?」
そこで気付く。
珍しいチャオスがいることに。
そのチャオスはフェニックスのパーツで身を包んでいた。
フェニックスはキャプチャしようと思ってキャプチャできるほど身近な小動物ではない。
なんとしても奪いたい。
オルガは逃げられる前にそのチャオスの懐へ飛び込む。
殺してしまわないように手加減することにした。
今、オルガの腕にはどの小動物のパーツもついていない。
最優先するべきなのは逃げられないようにすること。
オルガは殴りかかってきたその腕を掴み、足を払って地面へ落とした。
残りの4匹が逃げていく。
好都合だった。
攻撃してきたらそれはそれで対処しなくてはならないから。
倒れたチャオスに手を向け、キャプチャを試みる。
攻撃の能力でフェニックスを奪う魂胆だ。
実のところオルガはこれが得意ではない。
この能力に関してオルガはできるけれどできないと評している。
敵は何事もなく立ち上がる。
仕方なくオルガもキャプチャをやめる。
もっと長い時間倒れていてもらわないといけないと判断した。
今度は相手の攻撃を待たずに腕を掴みにいく。
相手も掴まれたらどうなるかわかっているからそれを避ける。
その攻防を何度か繰り返し、オルガは腕を回避させてから両手で敵の体を掴んだ。
そうして動きを止めてから片方の腕を離し、もう片方の腕で引き寄せ、離した手で顔面を思い切り殴る。
フェニックスをキャプチャしたチャオスは倒れずに踏みこらえた。
レアな小動物をキャプチャするだけの能力はあると評価しつつもオルガは今度こそ腕を掴んでいた。
「てぇぇいっ!」
今度は足を払って転ばせる程度では済まさない。
足を払い背負うようにして宙に浮かせ、空中から地面へ叩きつける。
ついでに地面へ激突した頭部を数回殴打し、それからキャプチャを始める。
しばらくしてフェニックスのパーツがオルガのものになった。
そして仕事だから最後にそのチャオスを消して、それから帰った。
とても満足のいく仕事であった。

「これを」
水色のカオスドライブを渡される。
それをキャプチャし、チャオスの体へとなる。
視界が低くなる。
VRでは背景がなかったからこの感覚にはまだ慣れない。
上を向く。
俺の腕にはまだアザラシのパーツがついていた。
前の戦闘と変わったところは見られない。
それを見て優希は導き出される結論を呟いた。
「成長はしない、と」
成長。
その能力を持つチャオスのパーツは徐々に発達していくという。
発達はより強く、より戦いやすく、より勝てるようにというベクトルで進んでいく。
俺にはそれが見られない。
次に優希が拳銃を差し出した。
「これはキャプチャできる?」
拳銃を受け取り、試みる。
無差別にキャプチャできるかどうかというテストだ。
拳銃はしばらく反応を見せなかった。
だが30秒ほどしてようやく。
体の中に入った。
ふむ、と優希が呟く。
結果は俺にもわかった。
確かに無差別にキャプチャはできる。
だけどもこれは実戦で使えるレベルではない。
実質できないのとそう変わりはない。
そういう結果であるはずだと俺は思い、事実優希からそう告げられた。
その後も能力のテストは続く。
キャプチャしたものを外部に放出することができるか?
先ほどの拳銃で試みる。
出すまでに1分はかかった。
おまけに飛び出すようなものではなく、その場で落ちた。
これでは攻撃に使用することはできまい。
次は攻撃の能力を調べることになった。
縄で縛られ身動きを取れなくされたチャオスが運ばれる。
そのチャオスに向けてキャプチャをする。
これには先ほどの2つより時間がかかった。
すなわちこれもダメ。
時間がかかったためここで休憩が入る。
その間にチャオスの体でいられる時間を測定される。
人間の体に戻ったのは水色のカオスドライブをキャプチャしてから約5分。
これが俺が1つのカオスドライブで戦える時間というわけだ。
さて、こんな調査をしている理由であるが。
今日はVRの設備が使えないのである。
2台目を入れるための作業が行われているそうだ。
明日からは2人同時に訓練が可能になるということだ。
訓練が効率的になる他、様々なことができるようになると優希さんは嬉しそうだった。
水色のカオスドライブをキャプチャし調査を再開する。
まずどれくらいの速さで走ることができるかを調べ、それからチーターをキャプチャする。
再び走る速さを測りどの程度能力が上がっているかを確かめる。
今更のことではあるが、訓練の成果もあり難なく走ることはできた。
結果としてはチャオスの能力の1つであるキャプチャによる身体能力の強化はないことが判明するという残念なものだったが。
最後に合成をするように言われた。
アザラシのパーツとチーターのパーツを合成せよ、とのことだった。
「どうやって合成をすれば?」
「そうね、どこのパーツを合成したい?」
「じゃあ腕で」
そこが無難なところだろう。
自分でも変化を見やすいだろうから。
「腕の中で混ぜる感じよ。やってみて」
「はい」
イメージの中で2つのパーツを混ぜ合わせる。
腕の中では血液のように液状となって流れる2つのパーツが渦を作り1つになっていく。
そのようなイメージ。
混ぜて混ぜて混ぜて。
しばらく混ぜ続けた。
これもだめなのだろうと思ったときにやっとアザラシのパーツから爪が生えた。
それでも遅い。
こんなことしていたらその間に殺されてしまうだろう。
これで6つの能力全て。
俺はどれも実戦で使うことはできないようだ。
あるいは使っても大して効果はない。
どうしたものか。
そんな思考を優希さんも張り巡らしているようだ。
口に手を当てて難しい顔をしている。
「似ているのよね」
「え?」
微かな声に反応した俺に対して、今度は俺に話すように普段の声量で言った。
「オルガに似ているのよ、あなたの能力」
「オルガに?」
「彼女もあなたと同じようにどの能力も実戦では使えるものでない。けれど彼女にはたった1つ、チャオスとして優れた能力を持っているの」
6つの能力とは違う能力。
聞いたことがある。
あの日、山崎さんが言ったのだ。
「なあ、知ってるか」
「なにをですか」
「チャオスの能力が7つあるということを」
確かこういう感じの会話をした。
7つ目の能力。
存在したらしいが、消えたはずの能力。
「それは、どういう?」
「彼女は『融合』と呼んでいるわ」
融合。
そこから連想されるのはキャプチャしたパーツを組み合わせる能力。
でもそれは合成と呼ばれている。
「その能力は、過去にキャプチャしたパーツを自由自在に発現消失できるのよ。あなたがもしキャプチャしないで自在にアザラシのパーツとチーターのパーツを入れ替えることができるのであれば、あなたもその能力が使えるということになるわ」
やるように促される。
腕を見つめる。
脳内でスイッチを切り替える。
チーターをONに。
腕のパーツはチーターのそれになる。
今度はアザラシを。
思考に体は即座に反応し、アザラシのパーツがONになる。
なるほど。
これが7つ目の能力。
消えたとされた能力。
これが「融合」なのだ。
「これは必然なのかしら。それともただの偶然……?」
優希さんの表情はオルガに似ていると言った時よりも険しくなっていた。
だが俺は自分に使える能力があることに満足していた。
それも、よりによって消えたはずの能力なのだ。
男の子ソウルが震えていた。

珍しく食堂にオルガがいた。
カレーを貪っている。
俺はカツカレーである。
「よう仲間」
対面に座る。
返事はない。動いているからただの屍ではないようだ。
「ヘイ、ナカーマ。ナカーマ?」
何度も呼びかけてやっと顔を上げてこちらを見た。
「なに」
「俺とお前は仲間だ」
「それカツカレーでしょ?」
オルガのスプーンが俺のカツを向いて指し示す。
「ああ、そうだが」
「私のはカレーコロッケカレーだから」
確かにオルガのカレーにはコロッケが乗っていた。
よく見るとコロッケの中身はカレー、すなわちカレーコロッケである。
カレーコロッケが乗っているカレー。
なんだその謎フードは。
「わからん……。その食べ物の意味がわからん……」
「戦闘員フード」
謎すぎた。
そんなものを食べる戦闘員がいるのか?
「この素晴らしさがわからないなんて……」
オルガは唖然としていた。
唖然としたいのは俺の方だ。
わからん殺しとかやめてほしい。
「というか、カレーだから仲間だと言ったわけではない」
「あ、そう」
「能力だ能力」
能力、と言った途端オルガの目が少し光る。
光ると言えども実際に光を発したわけではなく、目を見開いたために眼球に映る像が真っ黒な状態と比べて光っているように見えることへの比喩で――
とかそういうのはどうでもいい。
「能力」
オルガは俺の言葉を反復して興味があることを示した。
「今日調べたんだ」
「そうだ」
「で、仲間ということは、『融合』が使えるってことか」
「それどころの話じゃない」
「ということは」
オルガはそこでカレーを口に含む。
彼女の咀嚼に合わせて、俺もカツを口へ運んだ。
飲み込んでからオルガ。
「『融合』以外はだめだったってこと」
彼女の言葉は淡々としていた。
優希さんのそれとは全く逆である。
カツを喉へ通してから返事をする。
「ああ、そうだ」
「ふーん」
「しかし、『融合』は消えたはずの能力だと聞いた。なんで俺とお前は使えるんだ?」
そう問いかけつつも実はこんな仮設が俺の中にあった。
俺は最初に7つ目の能力を知ったときに言った。
その能力だけ消えたのは、その能力を使うチャオスだけ、実はチャオスではなかったのだと。
チャオスではないチャオス。
それはつまり、こいつと俺。
ケイオス。
ただこの場合、20年前からケイオスがいたということになるが。
「まあ、なんていうか、うーん」
彼女はそう言って言葉を選ぶ時間を稼いでから言った。
「チャオスの中に特別なのがいなかっただけ、かな」
「なん……だと……?」
その言葉の意味を深く考える必要はなかった。
特別であればチャオスでも「融合」は使える。
そう言っているのだ、彼女は。
「どう特別なら使えるんだ……それは?」
カレーを食べ終えた彼女が立ち上がる。
「ヒントはここまでです」
意地悪な返答を残して彼女は去っていった。
ヒント。今のがヒント。
チャオスに特別なのがいなかっただけ。
でも俺たちが「融合」を使える。
それは俺たちが特別だったということだが、それは一体どういう点でだ?
その特別な点を持っているのは俺とオルガだけだ。
「共通点を探すしか……ないな」
俺と彼女の共通点を。
そうしろという遠回しなヒントだったのだろうと思うことにした。
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows; U; Windows NT 6.0; ja; rv:1.8.1.8pre) Gecko/20071012 lol...@p090.net219126004.tokai.or.jp>

CHAOS PLOT 「CHAOS CONTROL」
 スマッシュ WEB  - 10/1/12(火) 22:30 -
  
暗闇の中。
俺は寝ている。
「起きてー起きてー」
眠っている状態というものはなんというか難しい。
眠っている間、自分が眠っているという自覚はない。
では今どうして自分が寝ているとわかったのだろう。
それは本当に寝ているのだろうか。
おまけに声も聞こえてくる。
「起きてー起きてー」
実は目覚めているのではないのだろうか。
そうだ。
俺はもう起きているに違いない。
目を開いた。
「む……」
そこには少女がいた。
黒い髪の少女。
眼鏡はかけていない。
滝美咲だ。
「あ、起きた」
オルガはいつも通りに木の実をかじりつつも、美咲の傍に立って俺を見ていた。
「それじゃあ借りてきます」
「うん」
美咲は俺の腕を引っ張る。
するとあたかもそれが当然かのように俺の体が引きずられていく。
女性の力でそんなことができるなんて思えないというか背中が擦れて痛い。
「痛い痛い痛い待った待った待った」
叫ぶ。
美咲はそれで止まってくれた。
「大丈夫?」
「あー、少し待ってくれ」
身を起こす。
目覚めは完璧だ。
背中が痛すぎるくらいにはばっちり目が覚めた。
状況を整理して、俺が把握するべきことをまとめる。
「俺に何か用なのか?」
起きたらすぐに引きずられていく程の用があるとでもいうのか。
「お姉ちゃんが訓練するって」
「今は何時だ?」
時間を告げられる。
俺が普段起きる時間よりも早い。
なんでこんな時間から訓練をするんだ?
普段通りというわけにはいかないのだろうか。
「VRの機械、もう1台導入したでしょ?あれを早く使ってみたいって言ってて」
「朝飯は?だめなのか?」
「はい、朝飯」
オルガが丸い物体を投げ渡してきた。
受け取るが案の定木の実なので即地面に投げ落とす。
「俺はチャオスにはならん!」
「おいしいのに……」
「本当においしければ食うが、専らまずいと評判だ」
「え?おいしいよ?」
驚いた風に反論してきたのは美咲だった。
まさか美咲まで舌がおかしい部類だったとは。
俺も驚きを隠せない。
「多数決的に考えると、橋本君は食べるべきだよ。好き嫌いしないで」
「待て。先田さんもまずいと言っていた。現状では互角だ」
他の誰かに聞いて、それで決断を下すべきであると主張してみる。
オルガと美咲はとても残念そうに強制するのをやめた。
「じゃあいいや、もう」
「そういうわけだから食堂に行ってからにさせていただきたい」
「それはだめ」
なぜかオルガが言ってきた。
食堂に言って食べる時間があるのならば木の実を食べて短い時間で済ますべきだと言う。
どういう理屈だそれは。
「わかった、朝食は抜きでいい。木の実は食べない」
とにかく木の実を食わされる前に訓練室へと向かうことにした。
俺の判断は賢明である。

例の機械が二つに増えていた。
並んだ巨大な二つの存在感は圧倒的で、部屋がこれまで以上に狭く感じる。
実際に機械のスペース分狭くなっていることは気にしない。
普段は椅子に座って冷静な振る舞いを見せている優希さんだったが、今日は立って腕を組んでいて、やけに興奮しているように見える。
「さて、今日はなにをやるかわかっているわね?」
「殺し合い!」
その返答に優希さんは微妙な顔をした。
「間違ってはいないわね」
「ただし表現が間違っている、と」
「孤島でやるわけじゃないもの」
ついでにその場合だとクラス単位でやるものだ。
「えっと、2人で戦うってことですよね」
「そう」
ただし相手は私だ、と優希さんは口元を吊り上げた。
そんなことできるのか、と驚いたが自信ありげな様子を見るとそれ相応の実力があるように見えた。
なにより、以前から指導する時のアドバイスの内容が的を射ていた。
俺たちに教えるために自分もそれなりに練習しているのだろう。
「ハンデのカオスドライブ白は、まあ1つが無難かな」
呟きながら優希さんが入力をする。
「白ってなんです?」
「あー。説明してなかったっけ」
「はい」
「白いカオスドライブを作ったんだ」
そして使い方の解説が始まった。
白いカオスドライブをキャプチャすると1回だけすごいことができる。
美咲に言わせれば超必殺技だということらしいがよくわからない。
やることのできるすごいことというのは3つある。
1つは時間の動きをスローにすること。
感覚としては自分以外の動きが極端に遅くなるようだ。
2つ目は瞬間移動。
ワープのようなものと思っていいらしい。
最後に膨大なエネルギー量を叩きつける攻撃。
周囲のチャオスはほぼ確実に皆殺しにできるだろうとのことだ。
これらの技は昔、シャドウとかいうハリネズミがカオスエメラルドの力を使ってやったものらしい。
このカオスドライブはそれらの技を1回だけ再現するためのエネルギーを得るものだということのようだ。
美咲は前半の2つをまとめて「カオスコントロール」、最後の1つを「カオスブラスト」なんて呼び方をしていた。
どうやったらそんな名前を瞬間的に思いつくのだろうかと呆れつつも少し感心した。
今日の訓練は俺からになった。
VR空間には俺以外にもう1匹チャオがいた。
ニュートラルノーマル。
優希さんだ。
能力については聞かされていない。
俺は現実と同じで「融合」のみだろう。
向こうの出方がわからない。
そして白いカオスドライブの力。
これの使いどころがよくわからない。
この状況で俺がやるべきことは俺の能力を活かすことだけだ。
優希さんはその場に立ったままでいる。
俺は間合いを詰める。
間合いを詰めることのメリットデメリットを念頭に置く。
チャオス同士の戦いであれば主に「放出」が関係してくる。
メリットは近距離戦ができること。
すなわち「放出」の能力がなくても攻撃ができることだ。
デメリットは「放出」による攻撃を避けにくくなること。
一番されて困るタイミングはもうすぐで殴りかかれる、そんな距離でやられること。
そうである理由はいくつかある。
まず避けにくい。
次に避けても隙を突けないこと。
そして、下手な避け方をしたら逆にその隙を突かれること。
これらのポイントをどうにかしなくてはならない。
遠距離攻撃を見てから反応して避けられる間合いで一度接近を止める。
こちらに近寄らずその場で待っていることから「放出」による攻撃は最も警戒するべきだ。
どうやって対処をするか。
優希さんは全く動かない。
ただじっと俺の動きを見ているだけだ。
腕をアザラシに。
これは万が一の保険だ。
できれば食らわないことが理想。
避けるため、場合によっては素早く飛べるようにコンドルの羽パーツを。
パーツを変化させてすぐに突っ込む。
防御をするため腕を盾にしながら近づいていく。
距離が縮まる。
例の間合いになる直前。
優希さんはまだ動かない。
俺は足のパーツをイノシシのものにして地面を思い切り蹴って加速した。
そのまま相手に「放出」させる暇を与えないままパンチ。
イメージ通りの動きができた。
作戦通りにできた、という点では完璧である。
攻撃は受け止められていた。
しっかりと俺の拳を掴んでいる。
俺はもう片方の腕で顔を殴る。
優希さんは一歩踏み込んで俺の腹部を蹴った。
同時に当たる。
のけ反るが、掴まれたままで距離は離れない。
超近距離での殴り合い。
これでは腕のパーツで防御する意味はない。
腕のパーツをゴリラのものに。
もう一度腹部に蹴りが入る。
のけ反って、今の状態で離れることのできる最大の距離になる。
お互いが腕を伸ばしあった状態。
俺は掴まれている腕を思い切り引く。
離れることはなかった。
優希さんを引き寄せる結果となった。
俺としてはこっちの方を狙っていた。
思い切り腹部をえぐるように殴る。
そこで初めて俺の拳は解放され、優希さんは吹っ飛んだ。
これで大体五分だろうか。
しかし優希さんはまだどの能力も使っていないことを考えると不利である。
ここでどうにかせねば。
白いカオスドライブ。
その存在が浮かんだ。
白いカオスドライブの攻撃技。
それで追撃をすることにした。
従来は使用するときにキャプチャするものだが、「融合」が使える俺の場合は違う。
あからじめキャプチャしていてもいいのだ。
スイッチを切り替える。
ボールほどの大きさの激しい光が俺の手に出現した。
とてつもない力を感じる。
どう表現すればいいのかわからないが、直感的に思った言葉は、重い。
そのボールを押し出すように思い切り突き出そうとした瞬間。
乾いた音が俺の体を突き抜けた。
「途中から能力に関しての警戒を怠っていたのがいけない」
現実の世界へ戻った俺へ優希さんが最初にそう言った。
確かにそうだ。
俺はどうやら白いカオスドライブの技を当てる前に撃たれたらしい。
銃での攻撃をあの場面まで取っておいた理由。
俺が間合いを詰めている時に撃たなかった理由。
それは俺が警戒していたことがわかっていたからだそうだ。
「ちなみに、使える能力はなんだったんですか?」
「7種類全部」
全て使わずに勝利ということか。
恐ろしい。
次は美咲の番になった。
結果を先に言ってしまえば、俺よりもいい勝負をしていた。
美咲の動きは人間離れをしたものだった。
始まってすぐに優希さんが発砲した。
人間にとっては小さくともチャオスにとってはそうでないであろう。
むしろ、腕についたそれは鈍器に見えなくもない。
それでも狙いを瞬間的に美咲へ定めて撃った。
それに対してまるで空中で側転をしているかのように回転しながらジャンプして避ける。
放物線を描いて着地するであろうその瞬間を狙って、照準を合わせる。
着地すると思われた瞬間、美咲は別の軌道を描いていた。
まるで空中を蹴ってもう一度ジャンプしたかのようだった。
当然ながら銃弾には当たっていない。
そこに壁があってそれを蹴っているかのように、そこに足場があってそれを蹴っているかのように。
美咲は自在に軌道を変えつつ優希さんに近づいていく。
優希さんは狙撃を諦め近づくのを待つ。
美咲はそれでも不可思議な動きのまま低空を漂って周囲を回って攻撃をする機会を探っている。
そして美咲がついに地面に足を着けた。
その瞬間、優希さんが発砲。
ほぼ同時、ほんの少し遅れて美咲が光に包まれ消える。
光は優希さんの真後ろ、少し上に現れた。
瞬間移動だ。
優希さんの反応が少し遅れていた。
これは勝てる。
それにしてもあいつは、美咲は撃つとわかっていてあえて着地をしたとでも言うのか。
その瞬間に白いカオスドライブの力を使って瞬間移動すれば銃弾は当たらず、そしてその隙を突ける。
だが美咲はそこから攻撃せずに地面に崩れ落ちた。
銃弾は当たっていたのだ。
「欲張りすぎたわね」
「あちゃー、わかっちゃったかー」
カプセルから出てきて2人。
「本当は着地したのと同時にカオスコントロールできるとよかったんだけど、どうしても撃ったのを確認してからがよくて」
「確認してから移動できるわけないでしょうが」
「でもタイミングが早かったら撃たないでしょ?着地したのを見ないと撃ってこなそうだったし、仕方ないかなって」
「もっと別の方法で状況を打開するべきだったわね」
「っていうか耐久力低すぎるんじゃないの?銃弾一発食らったくらいで死んじゃうとか」
「普通死ぬわよ」
それよりも気になることがあるのだが。
最初からしていた謎の行動。
空中で突然軌道を変えて動く。
そのような動きをどうやったらできるのか。
それを聞くと優希さんも気になっていたようで、美咲に解説を求めた。
「飛んでただけだよー」
あっさりと言った。
「普通のジャンプに見えるように飛んでたの。演技するのと方向転換する時にちょっとガッツがいるけど、慣れれば普通のジャンプから急に飛んで方向変えるより楽だよ。あと、方向変える時にあたかもジャンプしたかのように振舞うとさらに効果あるかな。こういうのは飛んでいるってばれたら使いにくくなっちゃうからね」
なんだこいつ。
そう思う種明かしだった。
この技の名前はどうしようか、なんて聞いてくる。
「それよりいつ思いついたんだ、そんな技」
「んー、あー、えーっとねえ……。いつだったかなー、あはは。まあ、でも簡単だよ。思いついてすぐできるようになったし」
俺は優希さんに視線を投げる。
優希さんは首を横に振った。
そんなこと常人にできることではないだろうという考えは一致しているようだ。
いや、しかし。
バスターオオカミとかいう技やらなにやら今までの奇行を振り返ると美咲ならやりかねないと思ってしまった。

風呂に入った。
相変わらず人はいなかった。
衛生的に本当に大丈夫なのか?ここの職員。
そういえばここで生活している人間とあまり遭遇しない。
どういうことなのか。
誰かに聞いてみることにしよう。
誰に聞けばいいだろうか。
誰でもちゃんと答えてくれるだろうが、わかりやすく教えてくれる人がいい。
と、なると。
優希さんということになるのだろうか。
しかし、この時間どこにいるのかわからない。
「待てよ……」
VR用のマシンが1台だった頃、昼間は俺と美咲が訓練で独占状態だった。
今でも昼間は優希さん自身が訓練のために使うような状態でもない。
ではいつ彼女はチャオスでの動き方を身に着けたのだろうか。
朝か夜の二択しかない。
もしかしたら今日もまだいるのかもしれない。
訓練室へ俺は行く。
案の定、そこには優希さんがいた。
「どうも」
「珍しいわね」
「聞きたいことがあって」
例の質問を出す。
「ああ、それは私たちが戦闘要員だからよ。戦闘関係の人員と研究関係の人員では活動するエリアが違うから遭遇することは少ないの」
「なるほど、そうでしたか」
研究をしている人間はケイオスと違って戦うことはない。
あくまで研究をしているだけだ。
ケイオスに直接関係する人間が少ないことを思えば出くわす事がないのも自然である。
なぜ風呂に入らないのかは考えないことにしよう。
「あなたにとっては目立たない存在かもしれないけれど彼らはいい仕事をしてくれるわ。例えば水色のカオスドライブだったり、あるいはこのVRマシンね」
「これもですか」
「ええ。まあ、これに関してはオルガがいなければ実現しなかったものでもあるでしょうけど」
「オルガが?」
ここで出る名前だとは思っていなかった。
そもそも彼女は訓練室に来ることがないではないか。
「あなたがケイオスの2号で、彼女が1号であることは理解しているわね?」
頷く。
それはわかっている。
「この機械を作る際、人間でもチャオスでもある1つの個体が必要だというのはわかるかしら?」
「ああ、なんとなく……。人間の動きをチャオの動きに変換するため、ですよね?で、脳の働き云々がどうのこうのっていう」
データを取るチャオスと人間が別々の存在であったら、正確な比較ができないということだろう。
「平たく言うとそんな感じになるわね。で、そのデータを取れるのはオルガしかいなかったわけね」
なるほど。
「あれ?でもそれだとオルガはVRできる前はどうしてたんです?」
水色のカオスドライブは大量に作れないと言っていた。
それが理由で訓練ができないのであれば、オルガはどうやってチャオスの体で動けるようになったというのか。
「最初から動けていたわ。彼女は私たちとは別格なのよ」
その言葉にショックを受けた。
俺よりも年下の少女に。
紫の髪をした不思議な少女に。
味覚が少しおかしい少女に。
そんな才能があったとは。
「まあ、落ち込むことはないわ。彼女は別格。別次元とでも表現すれば差が伝わるかしら」
「別次元、ですか」
「そう。とにかく彼女は凄すぎるってことで」
「はあ」
「差を縮めるために、戦闘訓練でもしていくっていうのはどうかしら?」
優希さんが微笑む。
頷いて、俺はVR空間へと。
設定は先ほどと同じ。
俺はハンデとして白いカオスドライブの力を使える。
優希さんは全ての能力を使える状態だ。
「放出」に警戒して近寄る。
途中で優希さんの腕が変化し、黒い物体が現れる。
拳銃にしたのだ。
狙いを定められる。
あれを試してみようと思って、俺は銃弾を避けつつ飛んだ。
やってみて、ジャンプに見えるように速度を調整するのは難しいことがよくわかった。
優希さんは俺のしようと思ったことを悟ったのか発砲する。
うまく空中でジャンプしたかのような演技をできない。
避けるために方向転換したところで、完全に飛んでいることが明らかになってしまった。
諦めて素直に飛んで迫る。
銃弾を避けるために左右へ動いていく。
どうすればいい。
飛んでいる状態で攻撃はできないだろう。
打ち落とされるのが目に見えている。
となると着地するしかないわけだが、着地する瞬間が危険すぎる。
考える。
割り切ってリスクを受け入れるしかない。
むしろ、相手が攻撃をする時がチャンスでもあるのだ。
美咲だってそれを狙っていた。
俺もそれを真似しよう。
近づきながら着地する。
銃身がこちらを向いているのを確認しつつ、着地と同時に白いカオスエメラルドの力を使う。
その瞬間、世界が変化した。
そんな感覚があった。
優希さんの動きがスローになっている。
銃弾も視認できるスピードになっている。
それを避けて全速力で優希さんに向かう。
腕の小動物パーツをクマのものにする。
今度はこの爪で切り裂く。
優希さんは俺を撃とうとしている。
しかしこの状態では間に合わないだろう。
俺の勝ちだ。
至近距離で爪を振るう。
だが、違和感。
なにも捉えていない、空振り。
優希さんの体には何の変化もない。
どうしてだ?
自分の手を確認する。
爪がなくなっている。
そうか、「攻撃」でキャプチャされたのか。
ここで感心していないでもっとしっかり距離を取っていればよかったのだろうに。
俺はまた撃たれて負けた。
「勝てん」
「まあ、白いカオスドライブの使い方はなかなかいいセンスだったわ。動きも悪くないし、もう実戦投入してもいいんじゃないのかしら」
「本当ですか」
「ええ、そういう風に報告しておくわ」
嬉しくなる。
これでやっと俺も戦える。
戦うことが嬉しいわけではない。
しかし、オルガに少し近づいたような気がして、それが嬉しかったのだと思う。
「しかし、あなたには驚かされたわ」
「え?」
「あなたの上達の早さもだけど、影響力にも」
「影響……ですか?」
一体俺がどんな影響を与えたというのだろう。
そして誰に与えた?
ここでは俺が一番格下なのだし、そんなことが起こるとは思えないのだが。
「美咲は歩けるようになるまで相当時間がかかったわ。それなのに、あなたが来た途端にあなたに引っ張られるかのごとく急成長した」
「いや、俺の方が引っ張られてましたよ」
実際、最初に俺が来た時から美咲の方が実力は上だった。
追い抜いた記憶は一切無い。
「でもあなたが来てから急に成長したのだから、あなたの影響としか思えないのよ。そういうわけだから褒められておきなさい」
「はあ、そうですか」
それなら褒められておこう。
それは悪いことではない。
素直にその気持ちを受け取らない方が失礼でもある。
「そういえば」
これについても聞いておこう。
「木の実っておいしいと思います?」
「食べたことないけれど……人間の味覚には合わないんじゃないかしら」
やはり俺の味覚は正しいんだな。
これで多数決の件も解決である。
とても安心できた。
この翌日、俺はチャオスとの戦闘をする日々に戻ることになった。

ケイオスになって、初めての戦闘の後。
俺は外に出ることがなかった。
ずっとこのARKという施設の中での生活を送ってきた。
まるで季節というものが世界から消えてなくなってしまったような気がしていた。
ケイオスになる前。
夏であった。
夜の短い夏のある日に俺は死んだはずで。
命拾いをした代わりに夏が消えてしまった気がした。
そして、夏ではない空白の季節は時を重ねても他の季節へ移行することもなかった。
今日、久しぶりに外へ出た。
空気は冷えていて、風によって冷たさを感じた。
季節は存在していた。
今は秋。
葉が落ちている。
世界はまだあったのだ。
俺は今、先田さんの車に乗って移動中だ。
「懐かしい感じがします」
「そりゃあんな所にずっといればそう思うだろう」
車の中で外を見ているだけで、俺にとっての世界がみるみる再構成されていく。
まだ世界はチャオスに滅ぼされていないのだ。
そんな感想を抱きつつ、車はチャオの群れが発生した場所で止まる。
水色のカオスドライブを渡される。
「今回は10匹程度だ。一番楽な部類の仕事だからしっかりやれよ」
「はい」
カオスドライブを右手に握ったまままず辺りを探る。
チャオスの群れはどこにいるのか。
「いた」
木の実のなる木が生えている周辺でくつろいでいるチャオスがいた。
数は10。
カオスドライブをキャプチャしてチャオスの体になる。
足をウサギ、手をトラに、羽をオウムにする。
ついでにスカンクの尻尾をつけた。
もしかしたらこれで攻撃できるかもしれないからだ。
チャオスの群れへ突っ込み、手前にいる2匹の体を爪で貫いて確実に処理する。
残りのチャオスに気付かれるが構わず走り、囲まれる前にジャンプして飛ぶ。
集団から離れて、少し孤立しているチャオスの傍に着地。
すぐに攻撃し倒す。
残りの7匹はもう孤立していない。
どうやって崩していこうか。
トラの爪で切り裂いていくのでは間に合わないだろう。
腕のパーツをゴリラのものに変える。
手前のチャオスを殴り飛ばした時に後ろのチャオも巻き込むことができるのを祈る。
足もゴリラのものにして攻撃重視でいく。
相手が行動を起こす前にこちらから攻撃を仕掛ける。
手前のチャオスを殴り飛ばす。
狙い通りに後ろにいたチャオが巻き込まれていく。
両腕で迫ってくる他のチャオを攻撃しつつ、足で追い討ちをかける。
深追いしすぎであるかもしれないことを考慮する。
後ろの方からチャオスが来る。
その場で回転して尻尾を振るい、対応することに成功した。
残りは3匹になった。
3匹を頂点にして正三角形を描けるくらいに均等に離れ、俺を囲んでいる。
一歩踏み込めば互いに攻撃ができる距離。
しかし警戒して攻撃をしてこない。
その中の1匹が数歩退こうと足を動かしたのを俺は見ていた。
あれは「放出」を使える可能性が高い。
先に倒しておくことにした。
素早く飛び掛かる。
その際腕のパーツをクマに変え、爪で腹部を貫いた。
そしてこのチャオスを投げる。
1匹は俺へ迫っていて、1匹は俺から離れようとしていた。
後者のチャオスの動こうとしている方向に小動物がいた。
ヒツジである。
投げたチャオスは後者のチャオスへ当てた。
近づいてきたチャオスの攻撃を避ける。
そのまま横を通り抜けつつ、すれ違いざまに爪で攻撃する。
パーツを全てなくしつつ俺から離れようとしていたチャオスに迫る。
こいつには「放出」がない。
ヒツジをキャプチャしようとしていたということは「強化」を持っている可能性が高かった。
パーツをなくしたのは「攻撃」への対策である。
タイマンであればパーツがなくても大丈夫だ。
そのまま最後のチャオスも倒した。
今回は地面に足が着いていた。
今回は変身していられる時間が余った。
これは2分くらい余った。
ヒツジをキャプチャしておく。
普通の小動物はほぼ全てキャプチャしている。
ヒツジはまだだったので都合がいい。
まだキャプチャしていないのは珍しい小動物くらいだろうか。
「ほう、経験が生きたな」
「バックステップはしてませんよ」
「しかし、最後の3匹の時、どうしてあの順番に攻撃したんだ?順番だけでなくパーツとかの立ち回りもだ」
帰りの車の中、先田さんの質問には戦闘中考えたことをそのまま答えた。
俺の推測が100%正しいわけではないが、経験的にその傾向が多いことがわかっている。
「そうかそうか、なるほどな」
納得したようで先田さんはうんうん頷いている。
「やっぱりお前でよかったよ。お前をケイオスにしたのは正解だったな」
「それはどういう意味です?」
「よっぽど変な相手が現れない限りは生き延びてくれそうだという意味だ」
それは俺を褒めているということなのだろう。
悪い気はしなかった。
今は秋。
外は段々と暗くなっていく。
夏であったらまだ明るい時間だ。
今は秋。
夜の時間が少しずつ長くなっていく季節。
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows; U; Windows NT 6.0; ja; rv:1.8.1.8pre) Gecko/20071012 lol...@p196.net219126006.tokai.or.jp>

CHAOS PLOT 「RESULT AND PLAN」
 スマッシュ WEB  - 10/1/15(金) 14:24 -
  
会議室。
やけに広く多人数が座れるように椅子が配置されているというのに、いるのはたったの三人であった。
実はよくあることである。
ARKにいる人間はチャオスを研究する立場か殲滅する立場かに分けると前者が圧倒的多数であるため、チャオスの殲滅に関する話し合いは少人数で済んでしまう。
後藤、先田、優希の三名がばらばらに座っている。
「橋本君はどうかね」
優希が答える。
「予想以上です。チャオスの体に慣れるのも、戦いに関しても」
「ああ。チャオスの殲滅を見ていたが、すごかったぞ。俺の見込んだ通りだ」
自慢げな先田に優希がしかしと反発する。
だがそれを後藤が止めた。
「詳しく報告してくれ」
では私から。
そう言って優希が立つ。
「チャオスの体に慣れるまでの期間については、まだ豊富なデータがないため何とも言えませんが早い方ではないかと思われます。それよりも気になるのは能力のことです」
「確か、オルガ君と全く同じだったな」
「ケイオスは全てそうなってしまうのかもしれません」
「その可能性はあるだろう。ところで先田。彼の戦闘についてはどうだった?」
優希が座る。
一方先田は座ったまま喋り出した。
「チャオスを使って戦ってた時の経験が役に立っているな。殲滅が終わった後にちょっと聞いてみたが、よく考えて動いていた。俺の判断は間違ってなかったわけだ」
「確かに実戦でも死なない。そういうことか」
「そうだな。ちょっとやそっとじゃ死なないだろう」
「ならば。先ほどの件を検証するためにも行動を起こそうじゃあないか」
その言葉に先田の顔色が変わった。
「それはどういうことだ?」
「カオスエメラルドを所持している人間の情報が入った。チャオスの殲滅を目論んでいる研究者だ。どうやら人工カオスの量産をしているようだな」
「まさか奪わせる気か?」
「そうだとも。オルガ君も一緒に行かせれば、おそらくは成功するだろう」
無謀だ。
そう先田は感じた。
そこに優希が口を挟む。
ただしそれは先田の感じたとこを代弁する内容ではなかった。
「現在使用可能な白いカオスドライブを全て使わせるべきだと考えます。成功率はできるだけ高めた方がいいでしょう」
「そうだな。成功する確率は高い方がいい」
話が進んでいく。
実際に襲撃をするという方向に。
先田はまずいと感じていた。
白いカオスドライブの力を使えば最悪、緊急脱出くらいはできるだろう。
そのことを考慮すればオルガは助かる見込みが高い。
しかし橋本はどうだろう?
実際にやってみたら、オルガが死んで橋本が生き残るというパターンだってある。
本当に成功すると思っているのだろうか、この2人は。
いや、むしろ。
先田は確信した。
この2人にとってはどっちにしろ成功なのだと。
カオスエメラルドの入手ができても、2人のケイオスが死んでも。
どちらでも成功なのだ。
できれば両方成立する方が望ましいのだろう。
なんていうことだ。
橋本を選んだ自分のセンスがよかったと自慢している場合ではなかったのだ。
この計画を撤回することはもはや不可能だろう。
であれば2人が確実に生還するような手段を考えなければならない。
「白いカオスドライブは何個使えるんだ?」
「10個です。1人5個というところですね」
「それで大丈夫なのか?せめて1人10個くらいにしてからの方が」
「相手も人工カオスを量産している。攻撃は早めの方がいいだろう」
作戦を引き延ばすことはできないのである。
攻める時間を遅らせればそれだけ突破が難しくなることも事実だ。
しかしそれ以上にカオスエメラルドを早く手に入れたいと2人は強く思っているのだから。
「では、明日攻撃を開始する」
「……はあ」
早すぎる。
今日は眠ることができなそうだと先田は思った。
そうしてでも、なるべく多く2人を助ける方法を考えなくてはならないのだ。
それが彼の狙いなのだから。
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows; U; Windows NT 6.0; ja; rv:1.8.1.8pre) Gecko/20071012 lol...@p109.net059084241.tokai.or.jp>

CHAOS PLOT 「X-AOS」
 スマッシュ WEB  - 10/2/2(火) 23:04 -
  
初陣の次の朝。
オルガは相変わらずチャオと遊んでいた。
チャオに楽器を持たせている。
ベルやタンバリンやマラカスを手渡していく。
当然だが全てチャオ用の物だ。
ここにそのようなおもちゃまであることには驚きだ。
青いチャオはたいこを渡された。
しかしそのチャオにとっては重いのか、演奏に元気がない。
あの青色のチャオ。
あれが先田さんのチャオである。
「もっとちゃんと演奏する」
オルガが拳骨を食らわせた。
「おいおいおいおい」
手加減はおそらくしているが。
いやそれでもまずいだろうそれ。
先田さんに怒られても知らないぞ俺は。
「演奏できないのは罪」
「だからといって殴っていいわけではないだろ」
他の楽器はないのかと聞く。
もうないとオルガは答えた。
では他のおもちゃで遊べばいいと返した。
するとオルガは、そういえば、と不思議そうに言った。
「昔は木馬のおもちゃがあったんだけど、今ないんだよね。どこにやっちゃったんだろう」
「昔っていつぐらいだ?」
「うーん。私が3歳くらいの頃かなあ」
現在オルガは確か16歳だったか。
となると13年昔の話になる。
「古くなって捨てたとかじゃないのか?」
「でも、ボールもあったよ。テレビもあったし」
「む、そうなのか」
木馬だけ捨てられたとは考えにくいな。
ボールとテレビだけ都合よく買い換えることができたとか。
しかしチャオスが増えて、チャオ関連のグッズが全く売れなくなった今ではそもそもその2つすら手に入らないのではないのだろうか。
ここに無いだけでどこかにあるという可能性もある。
「どっか変なところに入れられたままなのかもな」
「そうなのかな」
「誰かに聞けばわかるんじゃないか?」
そう言うとオルガは考え込んだ。
もう演奏のことは頭にないようにも見える。
フォローとして先田さんのチャオをなでておいた。
ポヨがハートマークになるまで中々時間がかかった。
「オルガー。橋本ー」
びくっとした。
先田さんの声だ。
振り向くと確かに先田さんがガーデンに入ってきていた。
「ふむ」
青いチャオをちらりと見る。
なでておいてよかった。
そう胸をなでおろす。
「お前ら、ちょっと来い」
簡潔に言って先田さんはガーデンから出ていく。
「なんだろ」
オルガが首をかしげながらそれに着いていく。
俺も彼女が口にしたことを同じことを思いながら後ろに着いていった。

先田さんに連れられて会議室まで来た。
そこには所長と優希さんが先に来ていた。
適当な場所に座る。
今回の任務はチャオスの殲滅ではなかった。
カオスエメラルドを奪取せよ、ということだった。
人工カオスを量産している人間がいる。
人工カオスというのは昔に作られた一種の兵器らしい。
その名前が示しているように、人工的に生み出したカオスだそうだ。
カオスが劣化した類似品でしかないそうだが。
とにかくその過去の技術を最近になって復活させた人間がいるそうだ。
そいつがカオスエメラルドを所持しているため、その住居に侵入して強奪するのだという。
チャオスを倒す任務ではない。
カオスエメラルドが必要だという話は前に聞いていたが、人間を襲ってまでも手に入れなくてはならないのだろうか。
もっと他の方法があるのではないだろうか。
そんな疑問があった。
オルガはどう思っているのかと横を見る。
目が輝いていた。
表情にいつも以上に元気があった。
非常にやる気があるようだった。
「今回は普段よりも達成が困難だと思われるため、白いカオスドライブを各自に5個ずつ用意したわ」
「へえ。私使ったことないけど大丈夫かな」
「まあ、チャオスの殲滅なんかで使わせてもらえるような物じゃないことは確かね」
それが5つももらえるというのは非常に有難いことだ。
それだけ困難な仕事だと示唆されているかもしれないわけだが。
「白いカオスドライブは勿論、水色のカオスドライブについてもできるだけ多く手配したわ。あなたたちがカオスエメラルドを入手して帰ってくることを心から期待しているわ」
優希さんがそう言って俺たちを送り出した。
白だけでなく水色も。
この期待には応えなくてはならないだろう。
結局、水色は1人につき5個配られた。
「水色も5個か……。結構きついな」
25分で決着をつけなくてはならないということだ。
短期決戦。
「私の分もあげようか?」
オルガが水色のカオスドライブを全て差し出してきた。
「いや、それじゃお前戦えないだろ」
全てを俺に任せられても困る。
そうするのであれば俺が全てを任した方がいいだろう。
しかしそうする気はない。
俺はこいつの仕事の負担を減らすことでこの施設の案内をしてもらうのだ。
ここに来てかなり時間が経っているのに、そのためだけに探索もしていない俺は実に律儀である。
先田さんに連れられて外へ出る。
車に乗り込んでも彼は何も喋らなかった。
前のように冗談を言う気はないのだろうか。
「静かだねー。緊張してんの?」
オルガの呼びかけにも反応しない。
「だめだこりゃ、緊張しすぎて喋れないみたい」
「いや、先田さんが戦うわけじゃないですよ」
ここで何らかの反応をしてもいいはずだった。
例えば、そう。
うるせー、だとか、わかってるそんなこと、だとか。
そういうリアクションもせずに黙々と車を運転する。
車は一定速度で進んでいく。
赤い信号で止まって、青くなると再び元の速度に戻る。
ずっと黙っていた先田さんはARKから離れると、口を開いた。
「あー、お前ら。これは俺個人の意見なんだがな」
とても言いにくそうに言葉を押し出していた。
「カオスエメラルドを手に入れなくてもいいから生きて帰ってこい」
「何それ、心配してるの?」
オルガが茶化すと先田さんは違うと声を低くした。
オルガもそれで何かを感じて真面目に問う。
「どういうこと?」
「お前らが死ぬと俺の計画が狂う」
「ああ、そういうこと」
オルガはそれで言及をやめる。
計画とはどういうことだ?
オルガはどうして納得できたのだろう。
「計画ってなんです?」
オルガが聞いてくれるなんてことはないだろうし、自分の聞きたいことは自分で質問するべきだろう。
だが、明確な答えは返ってこなかった。
明確どころではない。
曖昧な返答すらなく。
どう表現するか散々迷っていた挙句、最終的に知らなくていいと言い放ってきた。
謎だ。
そして怪しい。
そこでオルガが俺に対して言った。
「自分が企んでいることは、よっぽど信頼できる人でないと教えられないものなんだよ」
「どういうことだ?」
「もしかしたら、知られたら都合の悪い人物にまでその情報が伝わってしまうかもしれないでしょ」
「ああ、なるほど」
「情報がどういう経路で伝わっていくかわからない。だから本当に信頼できる人間にすら教えることはできないってこともある」
そういうことであれば仕方ない、ということになる。
しかし秘密にしなくてはならない情報であればあるほど知りたくなるわけだが。
どうにかして知ることはできないだろうか。
そう模索して無理だと気付く。
信頼できる人間にすら教えていないとしたら情報は漏れようがないからだ。
しかし、俺たちが死ぬと困るだなんて、一体先田さんは何を考えているのだろうか。
「お」
外を見ていたオルガが声を上げる。
豪邸が見えたのだ。
結構大きい。
遠くからでもその存在が分かる。
「あそこ?」
「ああ、そうだ」
「人工カオスってどんくらいいるの?」
「わからん。だが量産されていると言うのだから相当な数はいるだろう」
どんどん近づいていく。
豪邸の傍までは行かなかった。
ほんの少し前で車は止まる。
「車の中で狙われたらどうしようもないからな。俺ができるのはここまでだ」
もっと何かできたらよかったのだが、と先田さんは惜しそうに言った。
その後に、死ぬなということを再び。
俺とオルガは豪邸の傍まで歩いていく。
「なあ、お前はどのくらいの間変身できるんだ?」
「どういうこと?」
「水色のカオスドライブ1つでどのくらいの時間変身していられるんだ。俺は5分だが」
「あー」
オルガはすぐに返事をしてこない。
「えーと」
思い出しているのか。
そもそも、そんな重要な事を覚えていない?
「私も、5分、くらい」
「そうか。仲間だな」
「え、あはは」
本当なら、変身していられる時間が長い方が先に変身して、様子を見に行こうと提案しようと思ったのだが。
同じとなるとどっちから変身するべきだろう。
実力的にはオルガの方が上だ。
オルガが戦える時間をなるべく多くするべきだろう。
「俺が先に変身して様子を見てくる」
「わかった」
水色のカオスドライブをキャプチャ。
変身してすぐに飛び上がり、敷居の中に入る。
一見、なにもおかしいところはなかった。
しかし俺が入ってすぐに噴水の水が動き出した。
動いて散らばると、それぞれが一定の形を作り上げる。
頭部がカオスを模した機械になっており、それを液体が木の幹のようになって支えている。
あれが人工カオスか。
それらがこちらを向く。
頭部の目と思われる部分が光る。
危険を感じてすぐに加速して降りる。
上を大量のビームが通過した。
「おー、ちゃんと避けた」
着地した所に、既にオルガがニュートラルヒコウの姿でいた。
「お前……」
「結構数多いね。ちゃんと頭攻撃して倒さないと死んじゃうよ。それじゃ」
オルガはすぐに飛び去る。
飛ぶと行っても羽を動かし、ヒコウのスキルで移動しているだけで、地面すれすれを移動している。
俺もすぐに動く。
人工カオスの攻撃を避けなくてはならない。
オルガと反対方向に走る。
流れ弾に当たったらお互い洒落にならない。
人工カオスの弱点は頭部の機械部分だと言われた。
思い切りそれを蹴る。
硬い。
だが破壊できた。
感触から判断すると相当力を入れて攻撃していかなくてはならないことがわかった。
ずっとあんなものを殴り続けていたら手がどうにかなってしまいそうだ。
とは言え、やらなければどうしようもないのだが。
下手に手を抜いて破壊できないというのは避けたいし、1体1体全力で壊していこう。
ビームを避ける。
そして触手が俺に向かって伸びてくる。
この攻撃が厄介だ。
あまり突撃しすぎると全方位からこれらの攻撃が飛んできて回避が難しくなってしまう。
だから深入りできずちまちまと前の方に並ぶ人工カオスを撃退していた。
オルガはどうなのか。
好き勝手に飛び回っていた。
回避さえできればいいと思っているのか、とにかく飛び回っている。
人工カオスを撃退できているかというと、そうでもないようだ。
1発で破壊できていない場合もある。
だが周りから飛んでくるビームや触手には全く当たらない。
相手の集団のど真ん中で飛び回っているのに、だ。
俺はそこまで避ける自信はないので地道に倒していく。
しかし数が多い。
どうしたものか。
「あー、もう、飽きた!」
まるで楽しい遊びがなくて暇を持て余した子供のようにオルガが叫んだ。
そして俺はとてつもない衝撃に耐えられず飛ばされた。
見ると、人工カオスの破片が散り散りになって吹き飛んでいた。
白いカオスドライブを使いやがった。
もったいないと思うが、その効果はあって人工カオスの数が思い切り減っていた。
「橋本も使って!」
「お、おう」
オルガは上空へ避難。
俺は白いカオスドライブの力で再び攻撃を仕掛ける。
同じように残りの人工カオスが消えていく。
なんという破壊力だ。
優希さんに返り討ちにされたのが嘘みたいな効果を発揮している。
大量の敵に向かって数を減らすために、というのが正しい使い方なのだろう。
勿論、その大量の敵とやらがこの技を使うまでの隙を突いてこない、いわば雑魚だという前提で。
庭の人工カオスは殲滅完了した。
ちょっとの時間が経って俺の体が人間に戻る。
それに呼応するかのようにオルガの体も少女のものとなった。
冷たい風が動いて熱くなった体を冷やす。
秋の昼は夏ほど明るくない。
だからあまりいい気のしない空だ。
これから豪邸の内部に入らなくてはならない。
「中にはもっといるのか?」
「だったら嫌だなあ」
「ああ、キリがない」
ここからさっきよりも多い人工カオスの大群と戦わなくてはならないと想像すると帰りたくなった。
先田さんも生存を優先していいと言っていた。
帰っても許される気がした。
帰らないにしても冗談として提案していい。
そう思って言おうとした矢先。
「提案があるんだけど」
「……なんだ?」
帰りたい。
そう言ってきたらなんて返してやろうか。
俺も帰りたい、ってところだろうか。
オルガが帰りたいと言ってきたら、無理せずに諦めて試合終了でいいはずだ。
そこであえて、いや行こう、などと勇ましいことを言う気など間違ってもあってはならない。
「カオスエメラルドってどこらへんにあると思う?」
予想に反してそんな質問が来た。
そしてその質問からは嫌な予感が溢れていた。
「向こう側が奪われないようにするなら、少なくとも最上階だろう」
最上階は何階だろうか。
建物の高さから軽く予想を立てる。
4階くらいだ。
結構高いぞ。
そこまで人工カオスの連戦だなんて考えたくない。
やっぱり帰った方がいいだろう。
「でさ、この白いカオスドライブのやつ、美咲は何て言ってたっけ、えーっと」
「カオスブラスト、だったか?」
いつ考えても変てこなネーミングだと思う。
「そうそれ。そのカオスブラストの威力ってすごいじゃん?流石に2発当てればどんな硬い壁でも突破できると思うんだよね」
物凄く嫌な予感がした。
いや、ここまで言われればもはや予感などというものではない。
もう何を提案してくるか大体読めてしまうのだから。
ここからその流れになるのはあり得ないとわかっていながらも、帰る、という言葉を強く希望してしまう。
「そういうわけで」
数分話し合った後。
2人で変身して飛び上がる。
高く高く上がり、屋根を視界の下にいれる。
窓の外から攻撃されては困るから、最上階の中央辺りにカオスエメラルドはある。
そういう推測だった。
「じゃあ、行くよ」
頷く。
「いっせーのーで!」
白いカオスドライブの莫大なエネルギーを足に集中させて急降下する。
お互いに身を近づけながら降りていく。
風を受けながら屋根が近づいてくる。
狙いを定める。
屋根を踏みつけるかのように着地するがそこで止まることなく白いカオスドライブの力で屋根をそのまま破壊していく。
突破できた。
豪邸に穴を開けて、俺たちは室内に着地した。
「素晴らしい稲妻だねえ」
枯れた声がする。
目の前に人がいる。
白髪の老人だ。
侵入されたというのに、笑顔を見せて余裕さをアピールしている。
俺たちの外見はチャオスなのだぞ。
人類が恐怖する化け物なのだぞ。
それを前にしてこの余裕っぷりに不安になる。
「君たちはただのチャオスなのかな?それとも違うのかな?」
オルガが一歩踏み出す。
老人を攻撃するつもりだ。
そうすれば彼は死んでしまうことだろう。
オルガの足が地面から離れて、羽が動き空中で加速する。
しかしそれを液状の細い触手のようなものが遮った。
「どちらにせよ、こいつの力を試すのには丁度いいだろう」
老人の笑みが邪悪なものとなっていく。
邪悪、という表現が正しいかはわからない。
だが少なくとも俺たちの死を歓迎するような笑顔だった。
液状のそれは老人の前に集まり、形を作っていく。
頭部に機械があるというのは人工カオスと変わりない。
それでも機械のデザインがまるで違うものだった。
スーパーロボットとでも表現しようか。
そしてそこから肩や腰、腕や足にも同じように機械が付属し、液状の敵は人間と同じような形へなった。
ただしサイズは老人より少し大きい。
老人も人間にしては背の高い方なので、あの人工カオスは人間より少し大きいと言ってしまっていいのだろう。
チャオスの体である俺たちから見れば化け物と言わんばかりの迫力だった。
胸にはカオスエメラルドがある。
そのカオスエメラルドを取り込んだ人工カオスが右腕を伸ばしてくる。
俺とオルガは避ける。
相手の動きは遅かったからそれは容易だったのだが、威力の高さが床に穴が開いたことでよく理解できた。
液体が叩きつけられただけだぞ?
「これぞ私が作り出したカオス。『X-AOS』だ!」
カオスエメラルドを利用して人工カオスを更にカオスに近づけたというわけか。
こちらとしてはこんなやつ倒さなくてもいいのだが、肝心のカオスエメラルドはあいつの中。
どうしたものか。
オルガは躊躇無くX-AOSとやらに近づいていく。
両腕の攻撃、目から放たれるビームを避けて相手の目前に行く。
頭部の機械を思い切り殴りつけた。
なるほど。
確かに人工カオスと同じであればそこを破壊すればいい。
しかし、オルガは一発殴っただけで俺の所まで戻ってきた。
「だめ。硬すぎて無理。めっちゃ手が痛いもん」
その報告が聞こえた老人は少し驚いたようだった。
「ほう、最近のチャオスは人間の言葉を喋るのか。では1つ言っておこう。他の量産型と同じようにするな、と」
X-AOSが左腕を振り上げる。
急いでできるだけ遠くに離れる。
太い腕が鞭のように叩きつけられた。
床にぶつかる衝撃で腕がはじける。
液体が飛び散った。
それで左腕の大半が失われる。
これはチャンスではないだろうか。
俺は欠けた左腕の方向から走る。
X-AOSの目が俺の方を向いた。
右腕は動かない。
無防備だった。
白いカオスドライブの力を発動する。
これで頭部を破壊すればいい。
そう思って見たX-AOSの目が光った。
横に飛ぶがビームは出てこない。
「後ろ!」
オルガが叫ぶ。
それを受けて俺は後ろを見た。
「っ!?」
さっき飛び散った水滴が動いている。
少しずつ加速していた。
そしてそれはまるで矢のような速さになっていきつつ左腕に集合してくる。
その経路にいた俺は当然それによって撃ちぬかれそうになっていた。
白いカオスドライブの力で瞬間移動する。
どうにか事なきを得た。
「危ないな」
「でも色々正解。攻撃方法とか回避の仕方とか」
死にかけたけどな。
あと白いカオスドライブを無駄に使った気分である。
また腕の攻撃。
水滴が飛び散る。
これらが回収されるのを待つ。
だが今度は単純に集まってくるわけではなかった。
飛び散った水滴が一旦その場で集合し、大きな水溜りになった。
まるでゲルのようにまとまって移動し始める。
どろりと意思を持っているかのようにオルガへ向かってうねった。
避けるとその腕だった部分はカーブを描いてX-AOSの腕へと戻る。
なんでもありか。
今の2回の攻撃があったおかげで俺たちは中々攻撃に転じることができなくなった。
近づいたら白いカオスドライブの力を使う前に面倒な攻撃で翻弄されてしまうだろう。
もしかしたら、まだ攻撃のネタがあるかもしれない。
確実にあると考える方がいい。
だからこそやたらと無茶な行動をするオルガも慎重に動いているのだ。
人間の体に戻る前に水色のカオスドライブを取り出して、キャプチャする。
チャオスの体では自分の体から物を取り出すことができる。
これはチャオの時からできたことだと思う。
どういう理屈だかはよくわからないがキャプチャと似たようなことではないだろうか。
ともかく、これで変身していられる時間を5分延長する。
結局最後の5分になるまで様子見で終わってしまった。
中々攻撃に踏み込めない。
しかし残り5分で決着をつけなくてはならない。
先に攻撃をしに走ったのはオルガだった。
少しずつ近づきながら当たれば死ぬであろう腕を避ける。
本当に少しずつ近づく。
急いで近づいて初見の攻撃に殺されては洒落にならないからだろう。
X-AOSが腕をオルガに向ける。
ロケットパンチでもしてくるのだろうか。
今までの挙動を見ているとそうしても不思議ではなかったが、実際の攻撃はそれよりも避けにくいものだった。
腕がはじけて飛んでくる。
それは細かい水でできた銃弾のよう。
一瞬で弾幕が張られる。
オルガはそれをあり得ないスピードで弾幕の外へと回避しながらX-AOSに近づく。
白いカオスドライブの力だ。
俺が優希さんの銃弾を避けたように、遅くなった時間の中でオルガは弾幕から逃れた。
そして敵の目の前。
もう1つの腕がオルガを狙っているのに俺は気付いた。
またあの攻撃をするつもりだろうか?
阻止しなくては。
俺は白いカオスドライブの衝撃波で攻撃する。
腕がX-AOSの後ろへばらばらになって飛んでいく。
同時にオルガが頭部へと白いカオスドライブを用いた攻撃をぶつける。
「えっ……」
それでもX-AOSは健在。
攻撃などされていないかのように頭部のパーツに変化が見られなかった。
なんということだ。
しかしオルガがそこで再び衝撃波を放つ。
彼女の最後の白いカオスドライブの力だ。
今度は頭部ではなく胴体に。
それでX-AOSの体がえぐられる。
カオスエメラルドがむきだしになった。
オルガがカオスエメラルドを掴む。
「よしっ」
これでカオスエメラルドゲット。
後は白いカオスドライブの力で瞬間移動して逃げればいい。
と思ったのも束の間、瞬時に胴体がカオスエメラルドの周りに復活し、オルガの腕がそのゲル状の体に捕らえられた。
「くうっ……」
カオスエメラルドが光る。
そうか。
白いカオスドライブでできる事はカオスエメラルドでできる事の再現。
だから今度はカオスエメラルドの力を使って瞬間移動して逃げればいい。
X-AOSの目が光る。
呼応したかのようにカオスエメラルドが発していた強い光が消えて元の状態に戻ってしまった。
「橋本、逃げて!」
オルガが叫ぶ。
逃げれば俺は助かるだろう。
しかしここで逃げてはいけない気がした。
なんでそんな気がしたか考える余裕はない。
こっちは残り5分もないんだ。
なのでX-AOSへと走る。
俺が使用できる最後の1つの白いカオスドライブが正真正銘最後の白いカオスドライブ。
これを瞬間移動して逃げることに使用できなければ負けだ。
つまり相手の攻撃を避けるのに使うことができない。
仮に今俺の方へ向けられている2つの腕の両方が1発1発に俺を殺す力を持たせた弾幕攻撃になろうともだ。
あの人工カオスを騙せ。
俺はジャンプする。
俺の動きを腕が追う。
そして着地する時に腕がはじけた。
両方だ。
両方が弾幕を張る。
これは読めていた。
だから俺は着地せずに空中でもう1度ジャンプしていた。
実際にはジャンプなんてしていない。
頑張ってそう見えるように飛んでいるだけだ。
美咲がやっていたことが役に立つとは。
もう1回ジャンプして高さを稼いで弾幕を避けきる。
腕を無くしたX-AOSは目からビームを撃つ。
これも壁を蹴るように空中で軌道を変えて避けていく。
「オルガ!もう1度カオスエメラルドで!」
その呼びかけに応えてオルガはカオスエメラルドを光らせる。
X-AOSがオルガの方を向き、目を光らせる。
そうやってオルガが瞬間移動をして逃げてしまうのを防ぐ。
これが俺の狙いだった。
X-AOSがオルガに気を取られている間に近づき、白いカオスドライブの力でオルガごと瞬間移動する。
強い光に包まれる。
光が弱まり、地面に着地するとしっかり外に出ていた。
オルガの手には赤いカオスエメラルドがあった。
「大丈夫か!」
豪邸の門の前まで先田さんの車が来ていた。
心配しすぎだが、助かった。
X-AOSは動力源を失ってもうただの液体と化しただろうが、追っ手が来るかもしれない。
車に乗り込み、俺たちはその場から離れた。

チャオガーデン。
カオスエメラルドを渡したり、もろもろの報告が終わって寝床に帰還。
オルガは早くも寝転がっている。
疲れているのかチャオが寄ってきても無視している。
チャオが触れても反応がない。
まるでただの屍のようだ。
「なあ」
「んー?」
しかし声には反応するようだった。
相変わらず体の動きはないが。
俺もあまり動く気はしないので変に何か物体を投げつけられるよりかはいいだろう。
「気になったことがあるんだが」
「何」
あの時の状況を思い返す。
残り時間は5分未満。
おそらく4分程度だったと思われる。
白いカオスドライブは残りオルガは3個で俺が2個。
少し場面を進めると白いカオスドライブの残りがオルガは1個で俺が1個になっていた。
どうしてあの時、逃げることを選択せずにカオスエメラルドを取りにいったのか。
それを聞いた。
「どうしてって、カオスエメラルドが欲しかったからだよ。それにあの時はゲットできるチャンスでもあったわけだし」
「それにしたって、一度逃げて仕切りなおすことだってできるだろう。カオスエメラルドになんでそこまで拘る?」
逃げても十分な位には相手へのダメージを与えていたはずだ。
人工カオスの数も相当減らし、最上階への侵入ルートもできた。
新たに白いカオスドライブと水色のカオスドライブを用意するのにどれだけの時間がかかるかはわからない。
その間に相手がどういう事をするかもわからない。
だからって無理にカオスエメラルドを入手しようと白いカオスドライブを使って後がない状況にするのもおかしい。
結果的にはしっかり攻撃は効いてカオスエメラルドを入手できたからまだいい。
仮に防がれたりしたらどうする?
逃げる方が無難な選択だ。
それはわかっているはずだ。
「カオスエメラルドが手に入る。そのリターンのためならあの位のリスクは安いものだよ」
「どうしてだ」
「どうしてって、そりゃカオスエメラルドを7つ揃えれば願い事が叶うからに決まってるでしょ」
カオスエメラルドにそのような効果はないとされる。
だが、願い事が叶うという表現は間違いではない。
無限の力を持つカオスエメラルドは使用者が思い描く事を実現できるからだ。
「橋本だってそのために逃げなかったんでしょ?」
違う。
そうではない。
少なくとも俺はそういう動機で動いていなかった。
どういうつもりであんな行動をしたか。
それを正確に表現するのは難しいし、自分でも把握できていない。
けれども。
子供の頃、チャオスを助けた時のように。
前にチャオスに襲われている人たちを助けていた時のように。
殺されてしまいそうだったオルガを見捨てることができなかった。
だからこそ助けようと思って行動した。
そう否定したらオルガは笑って言った。
そういうことにしておいてあげるよ、と。
確かにカオスエメラルドを集めて願いを叶えるため、という動機と比べれば弱い。
自分の願いを叶えたいと思うことがどれほど勇気になることだろう。
他人を助けたいと思うことがどれだけ勇気にならないことだろう。
あるいは。
俺には他人を助けるためでなくては動けないほど、自分の願いが無いのではないのだろうか。
どうして俺は戦っているのだろう?
引用なし
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CHAOS PLOT 「CHAOS EMERALD」
 スマッシュ WEB  - 10/2/6(土) 13:07 -
  
衝撃を与えるというのは人間を起こす時、非常に有効である。
例えば目覚まし時計。
大きい音によって人間を起こすことができる。
それだけではない。
例えば体への直接攻撃もまた人間を目覚めに導くことができるのである。
そのことを今俺は自分自身の体で証明した。
俺は起きたのである。
頭がやけに痛い。
痛みの他に寝起きで頭の回転が遅いことも加わり、つい頭痛が痛いと言ってしまいそうになる。
起きた俺の傍にはオルガがいた。
もっと言ってしまえば起きた俺の頭の傍にオルガの足があった。
つまりはそういうことだ。
「一体なんだ……?」
荒々しく起こされるのはこれで2回目だ。
オルガからは初めてになる。
そもそも彼女から俺に積極的に関ろうとしてくるのは珍しい。
彼女は大抵チャオと遊んでいるからである。
そのチャオはみんな起きている。
昨日の疲れのせいで寝過ぎたようだ。
そりゃ人工カオスとかいう化け物と戦えば疲れるだろう。
「行くよ」
扉へ向かっていく。
行く、とはどこへだろうか。
頭はぼんやりと動くが体は動かない。
もっと眠りたいと体が叫んでいた。
そう案ずるな。
今すぐ眠りに落ちてやる。
「うぶっ」
すみません撤回します腹を踏まれました。
起き上がる。
「どういうことだ……」
はあ、とオルガの溜め息。
「施設の中を案内しろって言ったのはあんたの方でしょ」
「ああ」
そんなことを言ってあったな。
あの時の返事は楽ができるようになったらいいだろう、という感じだった。
楽になった、のだろうか。
あの約束の後、俺はまだチャオスの殲滅を1回しかしておらず、さらにはカオスエメラルドを奪うために大変な目にあっただけだ。
1回の殲滅と1回の過酷な仕事。
どう見ても仕事の楽さポイントはマイナス方面に動いているはずなのだが。
「すぐに楽になるから先払いってこと」
とのコメントをいただいた。
そういうことなら納得できる。
チャオガーデンから出る。
「ここって隔離されてるんだよね」
「ほう」
「ケイオスとかチャオスとかいるから、何かあった時安全なように」
「チャオス?チャオスがいるのか?」
それは初耳だ。
確かに、俺の能力を調べる時にチャオスが連れてこられていたが。
「まあ、ここよりももっと隔離されてる所にあるんだけど……」
それでも行くかどうかを尋ねてくる。
俺は一向に構わん。
行くことにした。
食堂や風呂がある方向とは真逆の方向へオルガは歩く。
なるほど隔離。
方角でよくわかる隔離である。
しばらく歩く。
意外と遠い。
途中にはチャオガーデン用の倉庫などがあった。
きっと楽器などはこの倉庫から持ち出したのだろう。
木馬があるのではないかと言ってみたが、探しても見つからなかったと返答された。
「ここがそう。チャオスを手懐けたり訓練したりしてる」
と言いつつ扉を開ける。
そこには見慣れた人物が2人いた。
「あ、橋本君だー」
「お」
片方は随分と久しぶりに会う人物だ。
そもそも、こんな所にいるなんて知らなかった。
「お久しぶりです、山崎さん」
「おう。久々だな」
「しかし、どうしてここに?」
「ん……。……ああ、それはな」
元々、山崎さんはここでチャオスの育成をしていたそうだ。
育成と言っても言う事を聞くようにしつけたり、より効果的な戦闘ができるように教え込むことが中心なのだそうだ。
そのために用意されたチャオスが檻の中に入れられている。
数えるのが面倒になる位に多い。
現在、40匹はいるらしい。
一般の人から依頼を受けて護衛などをしていたのはこれらのチャオスがちゃんと実戦で命令を聞くかどうかのテストとして行っていたらしい。
護衛などをしっかり行えることは俺も知っている。
育成の成果は出ているのだろう。
「でも、どうやってこんなに大量のチャオスを?」
「強いチャオスがいると、そいつを中心に群れができるだろ?それと同じ感じでこっちに力があることを見せつけてやればいい」
そのための道具があるらしい。
中には武器もあり、「無差別」の能力を使えるチャオスでなければそれで殺してしまうこともできるようだ。
でも実際には命令を聞かなかった時などに食料を出さないでいるのが地味ながら効果があるらしい。
チャオスといえども空腹には勝てぬのだ。
そもそもチャオスは信用に足らない生物であって、それでチャオスに対抗するのは得策ではないと所長は言っていた気がする。
そこらへんはどうなのだろうか。
聞いてみる。
「現状だと、ケイオスの数に限りがあるだろ?」
「そうですね」
「もしもの時はチャオガーデンと一緒にARKから完全に切り離すことができるようになってるし、あまり問題ないはずだ」
「俺たちもですか」
「暴走した時は殲滅頑張ってくれ」
そんな投げやりな。
しかしよりによって俺たちまで切り離されてしまうのか。
ところで美咲がなぜここにいるのか。
「私もしつけしてるんだー」
「そういうことか」
「なぜかこいつの言う事はよく聞くんだよなこいつら」
そう山崎さんが漏らすと、美咲が実際に命令をしてみせる。
命令は1回回って鳴け、という罰ゲームみたいなものだったが、そう言われた瞬間チャオスたちは指示通りに動いた。
次から次へと命令していくがそれらを40匹のチャオスはこなしていく。
完璧に美咲の言いなりである。
「どれだけ残虐な事をしたんですか、あれ」
「それが、全くしてないんだ」
「は?」
「あいつらと初対面の時から既に命令を聞くようになっていた」
なんということだ。
恐ろしいオリジナルな動きを発想し実演するだけでなく、脅すことなくチャオスを操るとは。
少なくとも人間から見れば彼女に恐れる要素は全くない。
せいぜいいつ変な必殺技でアタックされるかわからない程度だろう。
それなのにどうしてチャオスは服従しているのだろう。
前にオルガと話していた時を思い出す。
チャオスが群れる時は自分より強いチャオスに服従する時か餌や小動物が沢山ある場所に集まるかの要素が必要だ。
美咲は強いチャオスでもなければ餌でも小動物でもない。
となると別の要素があるのか?
試しに俺がチャオスに命令してみる。
「えーと、ジャンプとかしてみろ」
無反応。
40匹中40匹に無視されるという相手が人間だったら痛々しくてたまらない驚きのスルー率を実現させてしまった。
他にも試してみる。
「1回回って鳴け」
パーフェクト無視再び。
「死んだふりしろ」
パーフェクト無視第3回(再)。
「ぬう」
「残念だったな」
「そうだ。オルガはどうだ?オルガならきっとどうにかしてくれる」
「いや、無理だと思うけど」
嫌そうな顔をして断ってくる。
しかし場の空気がそれを許さない。
空気を察したオルガは仕方ないなあなどと呟きつつチャオスに近寄った。
すると、チャオスはオルガを一斉に睨んだ。
檻の中にいるからオルガに攻撃などできないのに、臨戦態勢のチャオスも多い。
中には怯えているのもいるが。
「随分嫌われているな」
「何もしてないんだけどなあ」
オルガが離れると少しずつ落ち着きを取り戻していく。
まるでわけの分からない何かに畏怖しているかのようだ。
紫色の髪が問題か?
そこが原因だとは思いにくいが、それ以外に異なる点を思いつかない。
「まあいいや。次行こうよ」
「お、おう」
「またねー」
美咲が手を振っているのを見つつ部屋から出た。

来た道を引き返す。
同じ道でも行く時と帰る時では見え方が違うものだ。
だから、同じ道でも行き帰りの2度楽しむことができる。
それが殺風景という言葉をそのまま表現したかのような変化に全く富まない空間であればの話だが。
斬新な発見が一切ない。
思わず考えるのをやめてふと気付いた時にはチャオガーデンの所まで戻っているのを期待してしまう。
「そういえばさ」
「ん?」
「チャオスって共食いしたりしないのかな」
「どうした。好かれなくて腹が立ったのか」
ちょっとクールぶっている面があるオルガらしい怒り方である。
彼女の言葉には貴様らなどお互いに数を減らしあって絶滅していればいいんだという悪意が込められているのだろう。
遠回しな所が彼女らしいと俺は思った。
「いや、そうじゃなくて。命令聞かない時にご飯出さないって言ってたでしょ?そういう時に共食いしないのかな」
予測が完璧に外れました、ありがとうございます。
怒っていたわけではなかったようだ。
しかし、腹が減ったら共食いという発想はいかがなものか。
「するかしないかはともかくとして、そんなに腹減る前に大人しく命令に従うんじゃないのか?」
「ああ、そっか」
「そのための飯抜きでもあるわけだし、なぜ共食いに発想がいく」
「チャオスなら生きるために共食い位はするかなって」
生きるために共食いをする。
人間ならばどうだろうか。
非常事態、食料が無くなり入手も不可能という状況下。
食べるしか生きる術が無くなった時であれば、そうする人間も出てくるだろう。
だが、全ての人間がそうするだろうか?
基本的に人間を食べる事はタブーとされている。
どれだけの人間が禁忌を無視できるのか。
何パーセントの人間が該当する?
俺はその中に入るか?
そしてそのタブーを犯して食べるまでにどういう経緯が必要なのだろう。
「チャオスってそこまで凶暴なのか?」
「凶暴だから食べるってのとは違うかな」
「それは、どういう?」
「自分の力を証明するために。相手を押しのけるために」
つまり、食べる事によって何かを主張するということか。
でもそれだと空腹とは関係がないんじゃないか?
そう聞いてみると。
「あー。まあ、そうだけど。でもそういう考えと空腹感があれば食べちゃうんじゃないのかな」
「うーむ」
そう言われればそのような気がしなくもない。
共食いの話はそこで途絶えた。
元々、俺はそんな事に興味があるわけでもないからここまで続く方が凄いのだ。
あるいは食べる食べられる関係にあるのがチャオスだったからというのもあるかもしれない。
これが人間という前提でのトークだったらとてつもなくグロテスクな画像が脳内に浮かんでしまい話す気が失せていたことだろう。
大きなリフトが見えてくる。
それに乗り込む。
「これでここの最深部まで行くの」
「最深部?」
「そう。見せたい物があるから」
見せたい物がある。
それを一体何なのかと執拗に聞く事はナンセンスであるなんて事くらいわかっている。
聞いて教える位なら、最初から何を見せるか教えるはずなのである。
それにオルガはいくらしつこく聞いても答えない感じの性格をしている。
俺にできるのはそれが一体どんな物であるか想像して楽しみに待つ事だけだ。
ARKの最深部。
さぞかし重要な何かがあるに違いない。
リフトが止まるまでに10分かかった。
10分という時間が俺に与えた偉大なる教えをここで紹介しよう。
教えは2つある。
1つ目、10分も想像するのは飽きる。
もしかしてこれかな、というような予測をオルガに言ってみても何の反応もしなかった。
正解か否かすら教えないぜスタイルである。
これでは飽きるのもやむなしだ。
2つ目、リフトから流れる景色を見るのは楽しいと思ったら大間違いだ。
延々と壁を見続ける作業のどこが楽しいと言えるのか。
流れれば楽しいのではない。
景色が楽しくなければ流れたところで、だから何と言わざるを得ないのである。
そうめんがまずければ流しそうめんで喜ぶ人間など存在しないのだよ、君。
リフトを降りてから少し歩いたがこちらは苦にはならなかった。
最深部の部屋のドアまではすぐだったからだ。
「ほら」
他の部屋よりも大きいサイズのドアが開く。
中身は神殿のようになっていた。
やたらと広い。
チャオガーデンよりも大きい。
中央をオレンジ色の水が駆けている。
奥には祭壇があった。
妙に長い階段が高さを作り出し、祭壇の存在を強調していた。
その周りを7つの柱が円を描くように取り囲んでいる。
その柱の頂上。
7つのうち3つの頂上には宝石があった。
カオスエメラルドだ。
水色と赤と緑。
オルガが見せたかったのはどれだろうか。
神殿か祭壇か、カオスエメラルドか。
俺としてはカオスエメラルドは予想していたものの、神殿があるとは思ってもいなかった。
そのオルガも目を丸くして口を開けている。
目線は斜め上の方へ。
「なんで緑もあるの……?」
呟いた。
「どういう事だ?」
「何年も前から水色の1つだけだった。増える事は無かった。だから昨日手に入れた赤を合わせて、ここにあるのは2つのはず」
なぜだかわからないが増えているという事か。
どうして1つ増えているのかについては考えるまでもない。
カオスエメラルドが自ら歩いてくるわけがない。
誰かが持ってきた。
「まあ、いいや。増えたんだし」
オルガが祭壇に向かって歩いていく。
途中で俺の方に振り返って、着いてこいと顎で指示した。
祭壇に近づいて一番手前の柱の前でオルガは立ち止まる。
俺もその横に並ぶ。
「このカオスエメラルドのエネルギーが、ここの動力源」
そういう使い方ができるとは聞いたことがある。
3つもカオスエメラルドを使って施設全体を動かしているというのはなかなか豪勢な感じだ。
だが、普通動力源として使うのであれば機械にセットされていそうなものだが。
今の状態では動力源として使っているよりも祀られているように見える。
「この方がカオスエメラルドの力を引き出せるんだって」
「神殿の方が?」
「神殿の方が」
そういうものなのだろうか。
カオスエメラルド自体、科学などとは少し違う方向性にある物体だからおかしくはないが。
「昨日言ったよね。7つのカオスエメラルドを集めれば願いが叶うって」
オルガは柱に触れ、真上を見上げる。
「ああ」
「橋本は本当に何の目的も無いの?」
「所長の言っていた不死身のケイオスうんぬんは含むのか?」
「そういうのになりたいのなら」
「んー……。そこまでなりたいわけじゃないしな。目的は無しってことでいいんじゃないのか?」
「そう」
そこから一呼吸置いて、顔をこちらへ向けた。
「白いカオスエメラルドは単体でもちょっとした願いなら叶えられる力を持っているの」
カオスエメラルドにはそれぞれ異なった性質があるという事は知っていたが、具体的な性質は初めて知る。
「チャオスは、その白いカオスエメラルドを使って誕生させられた」
「チャオスが……?」
初めて知るついでにとんでもない情報まで聞いてしまった。
というか、誕生させられた?
「させられたって事はチャオが自らチャオスになったわけではないと?」
「そう。チャオをチャオスにしたのは人間」
チャオをチャオスにしたのは人間。
次から次へと驚かされるような話が出てくる。
これはいちいち驚愕していられるような話をするつもりではないな、と感じた。
「どうして人間が?」
「昔、チャオカラテっていう競技が流行ったの」
チャオカラテ。
チャオ同士でどちらが強いのか戦わせて競う競技なんだそうだ。
戦い、なんて表現は正しいのかと思ってしまう位には可愛げのある競技だったそうだ。
しかし、どんなに可愛いものであったとしても、それでも戦いだ。
だからその中に刺激を求める者がいた。
もっと過激な戦いを。
もっと迫力のある戦いを。
もっと、もっと、もっと。
でもチャオにそんな事ができるわけがなかった。
ある1つの方法を用いた場合。
それだけを除けば派手な戦闘をチャオが行う世界にはならなかっただろう。
現在だけでなく、10年、100年先の未来でも、だ。
考えを実行に移す人間が実際に現れたのは20年前。
白いカオスエメラルドを手に入れて、その宝石の力を使用した。
生まれたのは7匹の突然変異したチャオ。
人間を魅了するようなチャオカラテを実現するために備わったキャプチャの延長線上にある7種類の能力。
チャオカラテで相手を押しのけるために発生した闘争心。
それらはその人間が意図した通りの性能を持っていた。
計画は成功したと言える。
その人間が予想もしていなかった事を挙げるならば、それらの性質はチャオカラテから離れた日常生活の中にも作用するという点だろうか。
突然変異したチャオは人間をも襲い、娯楽としてスリルを味わうなどという域をこれでもかと言う程に超えていた。
次第に数を増やし、問題となった。
これがチャオスが生まれた経緯だと、オルガは語った。
白いカオスエメラルド1つだけでよかった。
もっと多くのカオスエメラルドによってより多くのチャオがチャオスになっていたら。
仮に7つ集まっていたらどうなっていただろう。
人類は抵抗する間もなく絶滅していたかもしれない、という仮説が現実味を帯びる。
最初が7匹だけだったのは不幸中の幸いだ。
けれども本来なら7匹しかいない時にどうにかするべきだった。
それができなくて今がある。
オルガはその20年前の人々を責めるかのようにそう言った。
「どうしてそこまで知っている?どうして公表されない?」
「白いカオスエメラルドが原因だって?」
俺は頷く。
「わからないけれど、橋本がケイオスになっても教えてもらっていない理由ならわかる」
「……聞こう」
「人類を滅ぼそうとする正体不明の化け物。人類の敵。そう思っているうちはためらわずに殺せる。でも実はそれを生み出した原因が人間の方にあるってなったらどう?」
悪いのは人間でした。
そんな事を知ってしまっても変わらずにチャオスを殺していけるのか。
人によっては自分たちが悪いのだから滅んで然るべき、などと考えてしまうかもしれない。
「つまり、忠実にチャオスを殺す都合の良い戦力にしたかったわけか」
「うん」
俺が躊躇せずにチャオを殺すために言わなかったのだろうか。
それとも俺を利用するためなのだろうか。
「でも私は、自分の目的を持って動いてる」
「どういう目的だ?」
「7つのカオスエメラルドの力で、世界中のチャオスをチャオに戻す」
カオスエメラルドの力で変化した事をカオスエメラルドの力で元に戻す。
実現は大いに可能な願いだと言えた。
そのためには当然カオスエメラルドが必要だ。
だから昨日もあんなに必死だったのか。
「橋本も何か目的を持っておいた方がいい。流されているだけだと、そのうち損をしたり痛い目を見るかもしれないから」
優しい声が忠告をする。
この口は昨日、目的は本当に信頼できる人にすら教えられないものなのだと言っていた。
矛盾している。
だがきっと彼女にとっては問題ない程度の矛盾なのだろう。
俺へ協力してほしいと願っているのか。
邪魔をすればただではおかないと牽制しているのか。
おそらく両方を含んでいるだろう。
そして俺を助けようとしているのもまた事実か。
命を助けた事への感謝……という事か。
「ありがとう」
もし、自分のやる事が見つからないのであれば。
彼女のサポートをするというのも悪くないと思えた。
チャオスがチャオに戻った平和な世界は見てみたい。

優希さんに遭遇した。
風呂上りであった。
鼻歌交じりで非常に機嫌が良さそうである。
「どうも」
「この度はありがとうね。ちゃんとカオスエメラルドを回収してきてくれて」
「いえ」
「これで3人目のケイオスがついに完成するわ」
3人目のケイオス。
美咲がついにケイオスになるのか。
そもそも彼女はどうしてケイオスになるつもりでいるのだろうか。
ふとそれが気になった。
「そういえば、カオスエメラルドが必要なんですよね」
「そうよ。体を改造する時にカオスエメラルドが無いとケイオスとして機能しないのよ」
「え、どうしてです?」
「まあ、早い話体に不純物を入れるわけでしょ。それを人間の体に馴染ませるのにカオスエメラルドの破天荒な力が必要なのよ。そうしないとエラーが起きるのよ」
チャオスの元凶であり、ケイオスを生むための必需品であり、X-AOSのようなカオスもどきまで生み出す。
過去の話であればカオスやスペースコロニー・アーク、ソニックなどとカオスエメラルドを利用して何かをする例は少なくない。
もはや何でもありって感じだ。
だからこそカオスエメラルドを手に入れたがる者がいるのだろう。
「ここの動力にカオスエメラルドを使っているのは知ってる?」
「あ、はい」
「あなたをケイオスにする時なんて大変だったのよ。あの時はまだ1つしかなくて。改造手術の最中はカオスエメラルドを使っちゃうから前々から動力用のエネルギーをチャージしておかなきゃいけなかったの。そのせいで1週間、一部機材が使えなくて不便だったし苦情もたくさんだったわ」
「はあ」
本人を前にしてそんな事言いますか。
「だけどこれからはそんな心配もいらない。あなたたちには感謝しているわ」
なるほど。
俺とオルガがカオスエメラルドを入手したから心置きなくケイオスを増やせるという事か。
彼女の口振りからすると動力として必要なカオスエメラルドもケイオスにするのに必要なカオスエメラルドも1個。
今、カオスエメラルドは3個。
俺たちが失敗していても増えていた謎のカオスエメラルドがあれば足りる。
それならば、X-AOSと戦うのはケイオスが3人になってからでもよかったのではないのか?
「それでは、また」
「はい」
優希さんが去る。
そういえば、最初からここにあったカオスエメラルドは水色だったんだよな。
水色のカオスエメラルドは見た事がある。
シンバが死んだ日。
……俺が人間でなくなった日。
俺が受けた依頼で、だ。
正確には山崎さんが受けた依頼で、それに俺が協力した形だった。
依頼人は水色のカオスエメラルドを知り合いに預ける予定だったそうだ。
肝心のそれはチャオスに奪われたはずだ。
なぜそれがARKにあるのか。
優希さんは動力用のエネルギーを貯めるために1週間必要だったと言っていた。
だから1週間前からここにカオスエメラルドはあったわけだ。
オルガは随分前からあるような事を言っていた。
それならば水色のカオスエメラルドはARKにあるはずで、俺が依頼を受けてそれを見るなんて機会はないはずだ。
ARKにあった物をわざわざ持ち出して依頼をした?
誰が。
何のために。
筋の通った理由が出てこない。
しかしなんとなくわかった事がある。
そこに何か裏がある。
誰かが何かを企んでいることは間違いない。
「カオスエメラルド、か……」
その企んでいるやつが何を考えているのかは知らないが。
キーアイテムすぎるだろ、これは。
ここには既に3つ。
残りは4つ。
そもそも、カオスタイプに進化したチャオスに対抗するためにカオスエメラルドが必要とされていた。
それがあれば多少の条件を無視してカオスタイプに進化できるらしい。
その事があるから、残りが集まる日も近いのではないだろうか。
集まった時、一体何が起こる?
本当にカオスタイプへの進化のために使われるのだろうか。
それともオルガがチャオスをチャオへするために?
あるいは、それ以外の誰かの願いが。
そこまで考えて。
「ああ、確かに……」
オルガの言っていた、目的を持て、という言葉が的確な指示であるとわかった。
何か重大な変化が起こる。
その波にただ流されるだけではだめだ。
もしかしたら叶えられる願いは昔チャオがチャオスへなったような、俺たちへの不利益かもしれない。
引用なし
パスワード
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CHAOS PLOT 「NEW CHILDREN」
 スマッシュ WEB  - 10/2/8(月) 23:00 -
  
どうやら3人目のケイオスが生まれるらしい。
優希さんと話した後、俺はそうオルガに報告した。
彼女にその事を教えるためではない。
3人目のケイオスについて。
その話題にしたいと思ったのだ。
そうしたら、予想していない返答がきた。
「誰だと思う?」
「誰、とは?」
「だから、ケイオスになるのがさ」
考えるまでもない問題だろう。
俺はケイオスとして戦う訓練をしている人間は1人しか心当たりがない。
美咲以外にあり得ない。
その俺の回答にオルガはもう1人可能性のある人物がいる、と返した。
「滝優希」
優希さん。
確かに彼女はケイオスになって戦えるだろう。
これまでのVR空間での訓練がそれを証明している。
「姉妹だし、その可能性はあるか」
「姉妹だし、って何それ」
「……適合者の件だ」
ケイオスの適合者だったから俺はこうしてケイオスになって生きている。
そういうお話だった。
「それ嘘だと思う」
「……」
それ嘘だと思う。
大魔法とでも言うべき魔法の言葉であった。
効果は相手の頭を瞬時に空白で埋め尽くす。
おまけに混乱効果付き。
あまりの威力と効果に思わずファンタジー風に解説して現実逃避をしてしまったぞ。
「まじで?」
「まじで」
「なぜだ」
「カオスエメラルド使ってるんだから、誰でもケイオスにできるでしょ」
そういえば優希さんが言っていた。
不純物を馴染ませるためにカオスエメラルドの力が必要なのだと。
もし本当に適合者しかケイオスになれないとしたら、それは。
「カオスエメラルドを使わないでケイオスになれるやつが適合者……?」
「そういうこと」
なんていうことだ。
俺がケイオスになる際、色々と苦労があったようだから都合良く俺が適合者でしたなんて可能性は皆無に等しい。
仮に適合者だとしてもカオスエメラルドを使用している時点でどっちでもいい話だ。
騙された。
「あれ、じゃあどうしてわざわざ適合者なんて言ったんだ?」
「さあね。でも、そう嘘をついて隠したい事があるのかも」
何を隠すというのか。
隠さなかった場合、せいぜいケイオスは選ばれた人間しかなれないという認識が変わるだけだ。
選ばれた人間しかなれないというわけではない。
気付く。
「今回も、美咲や優希さんだとは限らないわけか……」
「でもチャオの体で動けない人間をケイオスにしても意味無いし、その2人じゃないってのはないと思う」
確かにその通りだ。
今回はどちらか片方がなるとして、その次には残った方がケイオスになるのではないだろうか。
という結論が導かれた。
「やっほー」
チャオガーデンに人がやって来る。
話題のあいつである。
室内で、特にこのチャオガーデンは心地よい暖かさだというのに美咲はコートを着込んでいた。
紙袋をいくらか抱えている。
「でりゃー」
それを乱暴に投げた。
投げられた紙袋の1つから木の実が転がる。
そして美咲も寝転がった。
どうやらこれらの荷物を運んで疲れたようである。
だから荷物も投げたのであろう。
どこまでもリアクションから想像しやすい少女であった。
「どうしたんだ、これ」
「買ってきたー……」
しばらく横たわっていたが、やはりここでコートを着ているのは暑いと感じたのか脱ぎ捨てる。
ただし寝転がりながら。
どこまでもだらける少女であった。
「買ってきたとはすなわち、外出をしたという事か?」
「そうだよ?」
「そうか、外出……ふむ」
チャオガーデン、食堂、訓練室で行動する習慣が身についてしまったせいだろう。
それらで手一杯と感じている面もあった。
すっかり外出などというものを忘れていた。
オルガは木の実が出てきた紙袋を漁っている。
「へえ、まだ木の実の販売している店ってあるんだ」
「そういえばそうだな」
チャオスが出現して以来。
チャオのペットとしての需要はほぼ0になった。
だからチャオ関連の店は既に無くなっているものと思っていた。
オルガがそのうち1つ、木の実を取ってかじる。
「あー、それね、チャオス対策って事で開発された超まずい木の実だよ」
オルガの顔から、すぅ、と血の気が引いた。
体が傾き、支える物が無かったためにそのまま倒れる。
意識はまだあるようだが、息が乱れている。
おまけにこの一瞬で大量の汗が吹き出ていた。
冷や汗だろう。
しかしこの量は異常だ。
「まずいというより、毒でも入っているんじゃないか、これ?」
「うーん、万一人が食べても大丈夫なようにできてるって書いてあったんだけど」
大丈夫なようには見えないが。
かじっただけでこれだぞ?
「チャオスに襲われたら、これを投げるんだって。で、食べて卒倒している間に逃げるんだってさ」
襲われた時に投げる余裕があるのか、そして投げてもそれを食べてくれるか。
怪しい点はいくらかあるが、チャオスに遭遇してもまだ希望があるというのはいい。
「オルガちゃん、大丈夫?」
「ああ。体もまともに動かず息もかなり乱れて、顔の白さや汗の量から見ても失神した方がまだ楽なような状態なのに意識があるせいで苦しんでいるが大丈夫だ」
「大丈夫って言わないよ、それ……」
その後、10分ほどしてオルガは正常な状態に戻った。
それでもまだ気分が悪そうであったが。
彼女でこれならチャオスへの効き目は十分ありそうだ。
逃げるのに十分な時間を稼げると言える。
チャオスどころか人間にも効果はばつぐんなのだが。
「お前も食べろ」
そして行動不能状態から解放された彼女が最初にとった行動は俺への八つ当たりでした。
例の木の実を俺の口に無理やり入れる。
頭を押さえられ、ねじ込まれると人間はいくら抵抗しても食わされてしまう宿命なのである。
人間、自分の意思で自由に失神できたらいいのに。
今まさに口の中に木の実が入ろうとしているのを見ながらそう思ってしまった。
「むぐ……」
嫌でも木の実の味が伝わってくる。
まずい。
そもそもチャオの食べる木の実をおいしいと感じた事はないが、これはそれを凌駕したまずさだ。
しかし、卒倒するようなレベルではない。
せいぜい何これまずいと漏らすレベルだ。
味が薄いというのが今回は救いになったようだ。
「あれ……?」
「確かにまずいな」
飲み込んでも、別になんともない。
なるほど人間が食べても大丈夫と書いてあるだけのことはある。
おそらくオルガは過剰に反応しただけだろう。
「ま、まあ、大事なのはこっちじゃないんだよ」
と美咲が別の紙袋を取り出す。
そこからは衣服が登場した。
冬物で厚めの服であった。
「オルガちゃんがいつもその格好でつまらないから、買ってみたの」
いつもその格好というのは、彼女の着ている服がいつも固定であることを指している。
確か以前美咲はこの服を昔のGUNの制服だとか言ってたな。
「このコートとかどう?クールだけど可愛い印象がぴったりだと思うんだけど」
ミリタリーコートを掲げる。
着てみて、と美咲が頼むもののオルガは暑いからという理由だけでばっさり断る。
「まあとりあえず、そのうち着てみてね」
と紙袋を押し付ける。
押し付けられたオルガは非常に困った顔をしていた。
「うーん、あまり興味無いんだよね」
「知ってる知ってる。あまりにも外が寒い時とか着ればいいよ」
女性でありながら服に興味を示さないのは珍しいように見えた。
実際は珍しくないものなのかもしれないが、それでも俺の持っているイメージとは異なる。
彼女を普通の女性のイメージと関連付ける行為そのものが間違いであるのかもしれない。
髪が紫色だし。
それは無関係か?
いやでもファッションとは無縁の民族という線はありか。
「絶対にそのうち着てね。じゃないと……」
例の木の実をちらつかせる。
オルガが軽くのけぞる。
「それは、人間には、効果無いから……」
お前は意識を失う一歩手前までいっていただろ。
今、彼女は圧倒的な弱者の地位を獲得していた。
嫌々ながらも仕方なく紙袋を受け取る。
「で、それは?」
木の実が入っていた紙袋でもなく、オルガに渡した物でもない。
もう1つの紙袋。
オルガはそれを指した。
「これは私の」
「ああ、そっか。他人のだけ買うって事はないよね、うん」
変な木の実に興味を惹かれて自分の服を買い忘れたとなればそれはそれでシュールなのだが。
「さて、みんなの世話をしよっと。変な事してないよね?」
「俺はしていない」
そう言ってやると美咲はオルガを睨んだ。
彼女は常習犯である。
一緒に遊んでいるうちに蹴り飛ばしているなんて事件はもはや事件と呼べないくらい頻繁に起きている。
「この調子だと転生しないだろうなあ」
チャオは可愛がると転生に近づくという。
逆にいじめてしまうと遠のくそうだ。
チャオスの場合はどうなのだろうか。
「そういや、チャオスは転生するのか?」
チャオスが転生するほどの幸せを何で感じるのだろう。
「する前に殺されちゃうんじゃないのかな」
現実味溢れるクールな意見を言ったのは今回ばかりはオルガではなく美咲だった。
なるほど確かに寿命を迎えて死ぬよりも戦って死ぬケースの方が遥かに多い。
「転生しても、生まれたところを袋叩きかな」
どっちにしろ死ぬ、ということか。
そりゃ日常的に殺し合いをしていれば当然どうあがいても絶望なのである。
チャオスの数が増えているということはすなわち死ぬ数よりも生まれる数の方が多いのを表しているが。
そんなに頻繁に繁殖するものなのだろうか。
「チャオの話に戻るけどさ、もしかしたら私にいじめられたおかげで転生するチャオがいるかもよ」
オルガは懲りずにチャオをいじめている。
抱っこしてはいるが思い切り力を入れて圧迫している。
チャオが必死にじたばたしているのを見ればそれがよくわかる。
「詭弁だそれは」
万一転生したとして、いじめていた事が許容されるわけでもあるまい。
「でも転生しない方が幸せなのかもね」
「へ?」
美咲の突飛な意見に間抜けな声を漏らしたのはオルガだ。
「チャオの数って減ってるでしょ?このガーデンが奇跡的に安全なだけで、他の場所はチャオスっていう危険が常にある」
チャオスの危険がチャオにとっても人間にとっても無いのはこのガーデンだけなのは確かだろう。
そしてチャオスに恐れてチャオを飼わなくなった人間の影響で転生できずにチャオは死んでいる。
他にもチャオスに殺されたりと、とにかく転生なんてできる状況ではない。
「だから、生き残って孤独になるよりは死んじゃった方が楽なんじゃないのかな」
「なるほどな」
美咲に木の実を渡されたチャオのポヨがハート型になった。
オルガもチャオをいじめるのをやめていた。
「生きてようとするよりも死のうとする方が辛いんじゃないの?」
オルガの反論。
それを美咲は躊躇無く受け付けなかった。
「生きている方が、辛いんだよ」
チャオをなでながら、まるでチャオに言い聞かせるかのように言った。
普通ならオルガの言った感情も理解できるものだ。
オルガの意見も美咲の意見も一理ある。
感情なんてそんな結論が出てしまうようなもののはずなのに。
それをはね退ける。
彼女は一体どうしてそんな考えを持ったのだろう。
なでられたチャオは美咲の言っている事を解していないのだろう。
幸せそうに顔を緩ませている。
「どうして、ケイオスになろうと思ったの?」
うまい質問だな、と思った。
オルガのように何かの目的があってケイオスになろうと思ったとして。
その目的が今の彼女の意見と関連している可能性は高い。
ただ、美咲もそれを察したのか。
「そういう契約なの。カオスエメラルドを集めるのに協力すれば、その見返りとして願いを叶えてくれるって」
「何それ。私にはそんな話無かったよ」
「俺もだ」
「うん、だからね」
美咲は人差し指をオルガに向けて、ピストルを撃つジェスチャーをしてみせた。
「変な行動をすると危ないんじゃないのかな」
その後、俺とオルガは少し発言しにくい空気になって。
美咲はいつもと変わらず陽気にチャオの世話を一通りして。
最後に服を着るようにとオルガに言ってから美咲はチャオガーデンから出ていった。
要注意人物だと思った。
今までも要注意人物であったが、違う意味でだ。
ただの明るい少女だと思っていたがそうではなかったようだ。
「美咲はよくわからないところがあるんだよね」
「変な技を出すところとかな」
「そうじゃなくて」
冗談で言ったつもりだが、ああいう牽制の後だとそこらへんも警戒すべきではないかとふと思った。
彼女の編み出した技の中には実用性のあるものもあった。
「ARKに入った経緯もよくわからない」
「本人に聞いたことは?」
「あるけど、はぐらかされた」
「優希さんが関係しているって事は?」
「入ってきたのは美咲が先だからそれはない」
「ふむ、わからん」
オルガがわからないと言っている時点で俺にわかるはずもないのだが。
「オルガはどういう経緯で?」
「たぶんここで生まれた」
「ここって、ARKで?」
オルガは頷く。
「たぶん、というのは?」
「物心ついた時からここにいた」
彼女は確か16歳。
16年前からこの施設があったということだ。
少なくとも物心ついた時からあるはずだから13年程前からだ。
「お父さんがここの所員だったからそうなったんじゃないのかな」
「そうなのか」
「そう。先田とか所長の方がよく知ってると思うよ。私が生まれてすぐ死んだし」
「お父さんが?」
「ううん。両方」
だからここに引き取られたのだろう、とオルガは話した。
ケイオスになるには、あるいはARKと関わるにはある程度の偶然が必要なのかもしれない。
俺の場合は死にそうになったところを拾われ、オルガは生まれが関係して。
そう、彼女もまた望んでケイオスになったわけではないはずだ。
それでも波に流されずに自分の意志を持って行動している。
いくらARKと関わっている時間が長いとはいえ、年下だ。
尊敬と、それと同等の嫉妬をしないわけがない。
しかし、仮にカオスエメラルドが7個手元にあったとして。
特にやりたい事はない。
シンバを生き返らせる……。
なんて事はできないか、流石に。
龍が出てくるわけでもないのだから。

訓練室に立ち寄った。
優希さんに、今回ケイオスになるのは誰なのかと探りを入れるためだ。
「来てたのね」
優希さんはカプセルから出てきた。
「訓練ですか」
「ええ。チャオスを皆殺しにしていたわ」
そんな言い方しなくても。
銃を乱射してチャオスを殺しまくっている優希さんの図がコミック調で頭に浮かぶ。
とはいえ実際に殺しているわけでもあるまい。
「物騒な言い方ですね」
「あいつらを見るとつい力が入っちゃうのよ。不公平だと思わない?」
「何がですか?」
「チャオス、あとチャオもか、あいつらって寿命が来ても転生して生き続けることができるじゃない」
「そうですね」
チャオスに限ってはそんなもの関係無く殺されるだろうという結論が先ほど出ていたが。
しかもその結論を出したのはこの人の妹である。
「転生し続けることができるだけで、ほとんど不死と変わりないわ」
「カオスタイプに進化すればそれこそもう完全な不死ですしね」
「ペットだったチャオがそうであるのに、私たちはいつまでも不死身になれない。ただ死ぬのを待つだけなのよ」
「うーん、いつか死んでしまうからこそ人生を全うする、とか」
大体の人間はそれを美として生きているわけだし。
それに賛同しておけば余計な事は考えずに済むのだ。
大衆万歳。
「何かをしても、生きている間しか意味が無い。死んだ後、私たちはそうしてよかったと思えるのかしら」
冷静な意見。
天国地獄、そんな死後の世界があって、死んだらそこで生活するなどというシステムが無ければ、生きていた頃を振り返ったりはできないだろう。
「だから、チャオスを?」
「そうね。だからこそケイオスになろうと私は思ったわ」
珍しい動機だ。
チャオスを敵対視する理由としては珍しい。
普通ならばチャオスに誰かを殺されたから敵視するものだろう。
「でもケイオスってすごい発想ですよね。人がチャオスに変身するだなんて」
そんな方法を一体どんな人間が思いつくのやら。
天才か変態か。
両方という可能性もある。
例えば、そう。
ウフフと言いながら女性アンドロイドを作り、時にはモンスターの頭部などで武器を作るような男。
……そんな男いるかよ。
「誰かが思いついたわけでもないわ。あれは」
「え?」
「模倣すべき素体が既にあったのよ」
模倣。
真似して作る、というような意味だ。
ケイオス=模倣品だとすると。
「ケイオスと同じような人間が既にいた?」
「ええ。私がここに来るずっと前からいたらしいわ。でもごく最近になってやっと同じようなものを作れるようになったのよ。それでもまだカオスエメラルドの力が必要だったり、変身するのにツールが必要な劣化コピーでしかないのだけれど」
そんな人間がいたとは。
その人間はいつ生まれたのだろうか。
白いカオスエメラルドはほぼ確実に関わっているだろう。
7匹のチャオスと同時に生まれた、とかか?
「しかし私も運が良かったわ。まさか美咲がこんな所にいたなんてね」
「そういえば美咲が先にここに来たんでしたっけ」
「ええ。おかげで私もここの存在を知ったのだけれど、どうやってあの子はここを知ったんでしょうね」
そうだ。
俺だってここに連れてこられるまではARKなんて施設の存在は全く知らなかった。
だとするとどうやって美咲はここに辿りついたのだろうか。
オルガは生まれた時からいたと言っているので問題外として。
彼女に何があったのだろうか。
流石にギャグキャラクターのごとく道に迷ったら辿りついたなどはないだろうし。
「例えば、俺みたくチャオスに襲われたとか」
「そうだったら普通死んでるわ。その時に人をケイオスにする技術なんて無かったわけだし」
「じゃあ勧誘されたとか」
「ケイオスになれ、って?」
「そうです」
「そうするほどの魅力が彼女にあるかしら?」
そこはどうとも言えない。
むしろ普段の言動を見るとケイオスなんかにしたら危ない人間と判断されてもおかしくないだろう。
遊び半分で必殺技なるものを出してミスして死んじゃうイメージがある。
だが、実は彼女には秘められた能力があるのかもしれない。
それが覚醒した時、世界に平和をもたらすであろう。
……漫画かよ。
いや最近の漫画でもそんな陳腐はノリは無いだろう。
「謎ね」
「謎ですね」
「怪しいわ。何か裏があるのかも」
「いや、妹さんでしょう」
「あまり妹という感じがしないのよね」
爆弾発言。
それはあれだろうか。
自分のクールなイメージと妹の明るいイメージが合致していないということだろうか。
俺から見れば意外と似ている気がするのだが。
気軽に暴力をするという点とか。
「多少似てると思いますが」
「んー、そうじゃなくてなんというか雰囲気的に」
わけがわからない。
「でもどうであれ、美咲はケイオスになるんですよね?」
さりげない聞き方かどうかは微妙な線だが。
ここから先に聞くチャンスが無くても困る。
勝負だ。
「まだ決まっていないわ」
「え」
「他の人になるかもしれないわ」
「でも、他に訓練してる人いないですよね?」
優希さんを除いて、だが。
「訓練していない人がなるかもしれないわよ。あなたのように」
「それだとまず何らかが起きて死にかけないとだめですね。後、運良くそれを見つけないと」
「そうね。遅刻寸前で走っていたら曲がり角で転校生とぶつかる位に難しいわね」
それはほぼ不可能と言っているようなもんです。
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows; U; Windows NT 6.0; ja; rv:1.8.1.8pre) Gecko/20071012 lol...@p157.net219126007.tokai.or.jp>

CHAOS PLOT 「RESULT AND PAIN」
 スマッシュ WEB  - 10/2/10(水) 3:14 -
  
ケイオスになるための人体改造が昨日行われた。
3人目のケイオスの初陣。
初めてチャオスと戦う日。
私はお姉ちゃんと一緒にチャオスが大量発生した場所へ向かった。
現場へ向かう車を運転しているのは所長だ。
その役目はいつもならば先田さんであるはずで珍しいと思った。
それだけ新しいケイオスに期待しているのだろう。
到着すると、確かにチャオスが群れていた。
けれどその数は10あるかないか。
既にほとんどがどこかへ行ってしまったのだろうか。
それとも元からその程度の数だったのか。
初めての実戦としてはまあ妥当な数だと思う。
負ける要素はおそらく無い。
だから大丈夫なのである。
そして私は撃たれた。
比喩でもなんでもなく、銃で撃たれた。
チャオスは全滅していて、既に跡形もなく消えてしまった。
所長もお姉ちゃんもいない。
車の去る音を聞いたので、帰ってしまったのだろう。
跡形もなく消えることのできない私は路上に倒れている。
撃たれた痕跡として私の体には穴が空いていて、そこから暖かい液体が流れ出ている。
銃をチャオスが使うことはない。
万一銃をキャプチャしていたとしても腕やどこかにパーツとしてそれが見えるはずだ。
そんなものは見当たらなかった。
だから撃ったのは人間。
所長か、お姉ちゃん。
所長ではないと思う。
まだ早いから。
私を捨てるとしても、そうするのに万全な状況になってからでないとそうしないはずだ。
強気になっても問題ないような状況を作ってから強気になる。
あれはそういう人間だ。
現状で私を殺そうだなんて考えは持つはずがない。
お姉ちゃんはどうだろうか。
彼女は自分のためなら何でも切り捨てることができるだろう。
情だけではない。
他人の命もだ。
邪魔ならばなおさらとっとと消すであろう。
私は彼女にとって邪魔な存在であったか?
結論はすぐに出る。
はい、私は邪魔な存在でした。
思い当たる節があった。
もし人間がまるでプログラムされた通りに合理的に機械的に動くものだとして考えるのであれば、彼女がこのタイミングで私を殺すのは非常に自然だ。
だからこれは滝優希の陰謀。
滝優希のプロットが順調に進んでいくわけか。
そして私のものはおじゃん。
一本取られちゃったなあ。
どうしたものか。
少し困る。
服にも穴が空いてしまった。
というか現在進行形で服に血が染み込んできている。
買ったばかりだったのに。
真っ白なマイアウターウェアが赤くなっておられる。
これじゃあもう着られない。
この際新しい服を買ってイメージチェンジ?
それもいいかもしれない。
今度買う時は血がついてもいいように赤いのを買おう。
赤って派手な色だけど、血がついても誤魔化せる方が大事だ。
「痛いなあ」
考えがまとまって、何も考えることがなくなって。
そうなってやっと体にできた穴への感想が口から出た。
本当に痛い。
これはどうにかしないと。
どうにかしないと辛いままだ、これ。
血も出まくるし。
どうすればいいんだろう。
例えば、他人の血や肉で失った分を補充するとか。
この苦痛から逃れる。
それをひたすら、望んだ。
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows; U; Windows NT 6.0; ja; rv:1.8.1.8pre) Gecko/20071012 lol...@p095.net059084173.tokai.or.jp>

CHAOS PLOT 「PEACE」
 スマッシュ WEB  - 10/2/16(火) 23:24 -
  
発砲はできない。
騒音を立てるのは得策ではない。
ただのチャオス同士の抗争であれば構わないかもしれないが、片方は一般人にその存在が知られていないケイオス。
不用意な行動をして人間がチャオスへと変身するなんて情報が広めてしまうのは得策とは言えない。
それこそどうしても殺す必要がある場合でもなければ使用できない。
この前の件で厳しく留意するように言われた。
優希はその事に腹を立てていた。
両腕のパーツをダガーにする。
この武器は他の小動物パーツと比べて、刃物であることからも明確であるが殺傷力が高い。
通り魔殺人をする時は手始めにトラックで突っ込み、タクシーと接触して停車したらこれを使って立て続けに人を殺せば十分凶悪犯罪になれる。
これを素早い正拳突きを繰り出すようにチャオスの体へと刺す。
狙うのは顔と体の接着面。
人間だったら首がある部分だろうか。
刺さった刃を横に素早くスライドする。
生きていて反撃をもらっても困るので素早く対象から離れる。
そして移動した場所にいた敵を新たな目標にする。
今度は眉間。
突いてすぐに抜く。
いくら傷をつけても血が噴出しない子供に優しい戦いだ。
殺したり殺されたりはするので教育上よくないのかもしれないが。
そこらは描写や頻度のバランスだろう。
殺されないように殺しながら、しなくてはいけない作業もある。
戦闘の目的はチャオスの殲滅ではない。
自分がまだキャプチャしていない小動物パーツを集める事だ。
それに該当する小動物パーツを持つチャオスがいないか探す。
もしいれば「攻撃」で奪う。
優希の使用可能な能力は3種類。
「無差別」と「放出」、そして「攻撃」。
優希としては前者の2つがあるために銃器を扱えることが大きいと感じていた。
「攻撃」もまた使う機会は少なくないだろうと判断し、それらの能力が自分に備わっていたことに満足をしている。
生き残るのに必要な能力はある、というのが優希の自分への評価だった。
「いない、か」
目当ての物が無さそうであるのならば無駄に時間をかけたくはなかった。
変身していられる時間にも限りがある。
何よりも、長く戦闘していればそれだけ死ぬ可能性も高くなる。
いっそ、このまま戦闘から離脱してもいいのではないかと優希は思った。
思いつつも、数も少なく大変な作業ではないので、そうしようと決断する前には全滅させていたのだが。
「流石にそう簡単には珍しい小動物を拾ってこないな」
停車している車まで戻ってきた優希に向けて後藤が呟いた。
「ちょっと遠くまで行った方がいいのかもしれませんね」
「もし、フェニックスやドラゴンやユニコーン、そんな小動物をキャプチャしている強力なチャオスですら手下にしてしまうほどのチャオスがいたら、どんなチャオスだと思う?」
「……想像がつきませんね。その3種類ともキャプチャしている、とかでしょうかね」
我ながら面白くない意見だ。
と優希は思った。
しかしここで面白い意見が言えるほどアドリブ性能は高くないと優希は自己評価を下していたし、そうする事を後藤が望んでいるかもわからなかった。
「的を射てはいないが、正解ではある」
「そう、ですか」
少しほっとする。
次の現場へと向かう。
「こっちはさっきよりも数が多い。気をつけてくれたまえ」
「どのくらいですか?」
50程、と返ってきた。
多すぎではないだろうか。
優希は思わず聞き返してしまった。
「50、ですか?」
「そうだ。これは期待できるな」
規模が大きければリーダー格の実力も相当のものになるはずだ。
だから期待できる。
一方優希は50という数に不安を抱いていた。
流石に死んでもおかしくない。
銃の使用許可は下りなかった。
優希は諦めて別の手段を取ることにした。
あるだけの刃物を全てキャプチャする。
臨機応変に使い分けることができれば、と思って複数用意していたが別の用途で役に立つとは思わなかったので、意外な活躍に少し気持ちが高まる。
改めて水色のカオスドライブをキャプチャし、50いるという大群の前に立つ。
狙いを定め、両腕を突き出す。
ナイフが腕から飛び出す。
それがチャオスの体を貫いた。
最近ではシューティングゲームのキャラでも武器がナイフだったりするらしい。
それと同じだ。
投げて使用する刃物だって存在する。
それなりの速度でもって発射すれば刃物は相手を傷つけてくれる。
ダークハシリの黒い体が夜の闇に隠れながら機敏に動く。
速く走ると風が冷たかった。
夜がすぐに来るこの季節はこの黒い体である自分にとって有利だろうと思うことでそれを我慢する。
街灯に照らされない影に隠れるように移動する。
時折きらめく刃が鋭い軌跡を描いてチャオスの体によってそれの生命活動と共に武器が停止した。
倒れた後にマユに包まれ体が消滅する。
そして優希は死んだ残骸として残った得物をキャプチャして回収し、再び発射する。
この作業によって安全な間合いからの攻撃が可能になった。
みるみるチャオスの数が減っていく。
殺した数が多いわけではない。
この攻撃に恐れて逃げ出した数の方が多い。
数が減り、群れがある程度見渡せるようになった時。
優希は異質な物を見た。
何か光っている物を持っているチャオスが最後列にいる。
おそらくあれがリーダー格なのだろう。
それよりも光っている物質が気になった。
黄色い宝石だった。
そしてそれはチャオスが持つには大きい宝石だった。
サイズも、秘めている力も。
「嘘でしょ……」
どうしてそれを持っているのか、優希には理解できなかった。
理解しようと思考する余裕も無かった。
ただ、死ぬ可能性が非常に高くなった事は把握した。
どうにかして奪いたいが、下手すると手に入るのは永遠の睡眠。
それは避けなくてはならない。
リーダー格のチャオスへとナイフを走らせる。
恐れるあまり距離を離しすぎていた。
軽々と避けられる。
逃げるという手もある。
無理をするくらいならそうした方がいい。
変身していられる時間だって限りがある。
いかに安全に逃げるか、そしてその間にどれだけ相手にダメージを与えられるか。
考え始めた数秒後に、口笛の音が響いた。
優希のいる方ではなく、チャオスの群れがいる側からだ。
その音にチャオスたちは反応する。
何事か、チャオスは様々な方向へ散った。
リーダー格のチャオスもどこかへ行ってしまった。
今のは一体?
不思議に思いつつも優希の心を生き延びることができた安心感が包んだ。
車に戻る。
「所長、今のは……」
「まさかあんな物まで拾ってくるものがいるとは。これは驚きだ」
ライトが前方を照らす。
僅かに広まる可視範囲にチャオスの姿はない。
さっきまで大量にいたチャオスがまるで幻だったと言わんばかりだ。
「今度遭遇したら、どうすればいいんでしょう」
「……多少の銃器の使用で済めばそれでいい。だが、場合によってはこちらもカオスエメラルドで立ち向かうしか術は無いだろう」
「そうですね」
リスクは大きい。
下手すればカオスエメラルドを失ってしまう。
そうなった場合は間違いなく自分も死ぬ。
しかし、相手は所詮チャオスだ。
そこまで深刻な事態にはならないだろう。
そう結論を出した。
「次はどこですか?」
そして3つ目の戦場へと向かった。

食堂で食事。
俺はカレーコロッケカレーなるものに挑戦してみることにした。
謎な食べ物である。
木の実をうまいと言うだめな舌を持っている彼女が食べていたので期待できない。
しかし挑戦であるからにはその位の不安要素があった方がいい。
「ほう、それを食べるとは。戦闘員だな」
正面の席に先田さんが乱入。
「戦闘員って何なんです?」
オルガも言っていたが。
よくわからない言葉を発するあれか?
「あー、ふむ。説明すると長くなるな」
「そうですか」
食べる。
意外とまずくない。
というかうまいじゃないかこれ。
これでは詐欺だ。
オルガ詐欺。
オルガが食べていることによりあたかもまずい食べ物に見せる詐欺である。
「おかしいな。うまいですよ、これ」
「なんでそんな不思議そうなんだ、お前」
「これオルガが前食べてたんですよ」
「あー……。そういうことか」
あいつもちゃんとした食べ物を食べるんだなあとしみじみしたりする。
それなら普通に食事をすればいいのに。
痛い子アピールか?
「そういえば、オルガの両親もあんな感じだったんですか?」
味覚のおかしさが遺伝するのかどうかは知らないが。
「両親か。その話はオルガから?」
「ええ」
オルガが生まれてすぐに死んだということを教えてもらったと告げる。
「父親の方は、そうだな。かなり普通の人間だったぞ」
「味覚も?」
先田さんは頷く。
「性格面は真人間だった。あまりにも真人間で逆に浮いていた」
「なんか変な人が多そうですもんねここ」
「まあ、少し独特なところはあったが……、そういう点では母親の方が圧倒的だからなあ」
「母親ってオルガの?」
「ああ、あれは掴み所が無かったな」
掴み所が無い?
「悟っている、とでも言うのか、あれは。何事も諦めているというか、受け入れているというか……。いや違うな、まあどうであれ大人しい感じだった。それはもう当時の俺が驚く位にな」
「大人しくて驚くんですか?」
大人しくて驚くという事態は基本的に起こらない気がする。
ずっと無言でいる人間がいてもそこまで驚かないと思うのだが。
「いや、あれは色々と特別だったからなあ」
「特別……?」
驚きを隠せないただ1つの大人しさ。
どういう感じだろうか。
例その1。
超断片的にしか話さない。
「減った」
ちなみにこれはお腹がすいた、というようなことを言っているのである。
「こんな感じですかね」
「それだと驚くというより対応に困る感じだろうな」
「ですよね……」
気を取り直して例その2。
無言で必殺技を繰り出す。
「それは大人しいとは言わない」
「ですよね」
何かと奇想天外な美咲をモチーフにしたのがミスだった。
続いて例その3だ。
「あー、どうしよう、思いつかない」
「無理に考えなくていいだろ別に」
「んんー。じゃあ単純にオルガが大人しくなったような」
いささかひねりが無いが。
というか大人しくなったオルガて。
想像できないな。
「大人しくなったオルガか……。意外と似ているかもしれないな、うん」
「まじすか」
俺は驚いた。
なるほど驚くほど大人しいとはこういうことだったのか。
……いや、違うか。
「そういえば俺のチャオはどうだ」
「ああ、先田さんのチャオですか」
あの過去にたいこを無理やり持たされてオルガにいじめられていた青いチャオだ。
どうだ、と言われてもあの調子では。
「転生はまず無理でしょうね」
「だろうなー……」
オルガによる暴行は既に諦めているようだ。
あれだけ日常的に攻撃されていれば流石に転生はしないだろう。
「あれが一種の愛情表現だってチャオは気付かないだろうしなあ」
「そうですね」
普通、チャオへの愛情表現はチャオのポヨがハートマークになるような行為を積極的にすることだろう。
しかし自分のポヨを渦巻状にするような行動で愛情を示されているとはチャオは思わないことだろう。
特に相手がペットであれば、相手の喜ぶことをしてあげるという点が重要なのだが彼女にはそういう考えが無い。
きっと自分の価値観をそのまま適応しているのだ。
「やめるように言ったらどうです?」
「無理にやめさせて変にストレス抱えさせるのも怖いし、それはいい」
「変に気を遣いますね」
「まあ、相手がオルガだからな」
まだ子供だからという意味だろうか。
そう考えれば無駄にストレスをかけるのはよくないだろう。
少年少女を精神的に追い込んでいい方向に進む作品は少ない。
2人共、もう食事を終えていた。
立ち上がる。
「さて、俺もチャオガーデンに顔出すかね」
この後チャオガーデンに戻るなんて言ってないんだけどな……。
他に行く所がないのでチャオガーデンに戻るのではあるが。
午前中は訓練でもしようと思って優希さんを探したが見当たらなかった。
そういえば結構うろついていたのに美咲とも会わなかった。
部屋にでもいるのだろうか。
俺にも人が住む感じの部屋を割り当ててほしいものだ。
「自分で好感度をあげておけば、あるいは、だ」
「どうでしょうね」
「俺だけでだめならお前も協力な」
別に構わないけれども、それでもオルガによるマイナスの方が大きい気がしてならない。
プラスよりもマイナスの方が記憶によく残るものである。

チャオガーデンにはオルガがいた。
当然のようにいるものだから、もはや描写する必要性が感じられないが。
そして例のごとくチャオと遊んでいるわけで。
入ってきた先田さんへ狙ったかのようなタイミングで青いチャオがポヨでぐるぐると不快を示しながら足元に転がってきた。
「何をしてるお前」
「チャオカラテ」
説明しよう。
チャオカラテとはチャオ同士が相手を殴ったり蹴ったりして戦う遊びである。
細かいルールはあるが、どうであれ戦っているチャオは可愛い。
それがチャオカラテなのである。
片方はどう見ても人間にしか見えない。
ついでにチャオカラテを殺し合いに発展させたバージョンを得意分野としている。
本当に好意があってする事なのかなこれ。
俺はそうは思わないな、うん。
「珍しいじゃん。先田が来るなんて。何か用?」
「お前に任すと転生しそうにないから、俺が直々にこいつを可愛がりに来た」
「あ、そう」
オルガは興味を示さない。
別のチャオとチャオカラテ(という名のいじめ)を続ける。
代わりがいるもの思考である。
実際、遊び相手は結構いるのである。
「平和的な遊び道具があればもっとましになるんだろうけどな。今じゃ入手できん」
「どうであれオルガなら何かやらかす気がします」
楽器で演奏させようとしていた時もあれだったし。
「む、そうか」
「先田ー。木馬ってどこにいったの?」
「木馬?」
オルガが3歳の時にはあったらしい、と付け加えてやる。
探しても見当たらなかった、という事も。
「ああ、あれか。ここには元からないぞ」
「え?」
オルガの動きが止まる。
急に棒立ちになったので、周りにいたチャオたちもポヨをクエスチョンマークにして首をかしげた。
「それはどういう……」
「昔、ARKは別の施設で活動していたんだよ」
「別の施設……。じゃあそこに?」
オルガの問いに先田さんは頷いた。
「全く手を付けていないはずだからまだ残っているだろうな」
なるほど。
昔は別の施設だったのか。
オルガはまだ幼いから記憶が曖昧で覚えていなかったわけだ。
それでも生まれた頃からARKにいたと言っていたのはどうやら本当のようだ。
「でも今のお前だとあれに乗れないだろ。元々チャオ用なんだから、小さい子供の体でも無理があったのに」
「うーん……。でも頑張れば」
「やめろ頑張るな」
オルガ本人が遊べないし、チャオに遊ばせても1人用だ。
あっても無くてもそう変わりないな、と思う。
口には出さないが。
「お前がチャオと遊んでいる分が転生につながればいいんだがなあ」
「そんな転生させたいなら、美咲に任せれば?」
「あー……、そうだ。お前ら、美咲には気を付けておけ。優希にもだが」
突然の忠告に驚いた。
「え?」
オルガもすっとんきょうな声を上げてしまっている。
「どうしてです?」
「危険だからだ。見かけたら、隙を見て逃げろ」
「そんな事言われても、ここによく来ますよ?」
今日はまだ来ていないみたいだが。
「その心配はない。もうあいつはここにいない」
「ここにいない、ってどういう意味ですか?」
「優希が美咲を撃った」
「は?」
今度は俺がすっとんきょうな声をあげた。
オルガの方をちらりと見ると、眉をひそめていた。
優希さんが美咲を?
美咲が撃たれた?
「ちょっと、それはどういう……」
「待って。整理させて。まずケイオスになったのはどっち?」
「優希だ」
「それなら、危険なのは優希さんの方じゃ……」
美咲を撃ったと言っているし。
変な事をすれば撃たれる、という警告ではないのか?
そもそもどうして美咲は撃たれた?
「あいつはそういう事をする可能性があるってだけだ。そこまで問題じゃない」
それ、十分問題だと思う。
人殺しじゃないか。
「で、美咲は何が問題なの?撃たれたんだから死んだんじゃないの?」
「死体は発見されていない。生きている可能性がある」
「それにしたって、どうして危険なんです?」
「……」
先田さんは返事をしない。
黙ったままだ。
「話せない?」
「ああ、すまんな。とにかく、見つけたら逃げろ。これはお前たちのためでもある」
「そう、ありがとう」
オルガがやけに素直だ。
もっと食いついてもよさそうなのだが。
というより、俺が食いつかずにはいられない。
「ちょっと待ってください。美咲はどうして撃たれたんですか?」
「わからんが、まあ、優希からしたら邪魔だったんだろうな」
「邪魔って……」
何の邪魔なのかは知らないが。
それで妹を殺すのか?
「妹を撃つっていうのは信じられないかもしれないな。しかし、ここまできたら起きてもおかしくない事だ」
「もしかしたら相手は私たちだったかもしれなかったわけだしね」
「ああ。1人減ったから次の標的にされる可能性は高いだろうな」
「……」
自分も殺されるかもしれない。
美咲の死も、どちらも実感がわかない。
たぶん、彼女の死を見ていないからなのだ。
死んだと決まったわけではないが。
しかし、ここは元々チャオスの殲滅をするための施設ではなかったのか?
何かがおかしくなっている。
チャオスを倒す事に重きを置かれていない。
そんな印象が浮かんだ。
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows; U; Windows NT 6.0; ja; rv:1.8.1.8pre) Gecko/20071012 lol...@p150.net059084142.tokai.or.jp>

CHAOS PLOT 「CHAO GARDEN」
 スマッシュ WEB  - 10/2/18(木) 0:12 -
  
チャオガーデンで寝そべり、天井を見つめる。
天井には空がある。
勿論それはそういうデザインであるだけなのだが。
なかなかリアルな空になっていて、少しぼーっとしながら眺めているとまるで本当に外にいるような気分になる。
それでも普段外にいるのだと錯覚を覚えないのは光が太陽のそれではなかったり、空気や風が違うなどの細かい部分が影響しているのだろう。
偽者の外だ。
偽の外。
なんとなく浮かんだそのフレーズを反芻する。
今のこの世界はそれに近いような気がした。
それはこの世界がシュミレーションリアリティの中にあるものだとかそういうものではなく。
本来あるべき世界の形からずれてしまった。
そんなイメージだ。
じゃあ世界は本来どうあるべきだったのか?
なんて事を聞かれても少し困るわけだが。
世界中の人間から考えて本来どうあるべきか、なんていうのは定義しにくい。
どうせこれは特に重要でもないただの空想なのだから、ぼくのかんがえたさいきょうのせかい、みたいなものでも考えてみるか。
俺にとって世界はどうあるべきなのか。
平和な世界。
……微妙だ。
平和が微妙なわけではなく、普通の意見すぎて微妙だ。
そうだな、近くにいる少女が木の実なんて食べていない世界、なんていうのはどうだろうか。
「というわけで食堂に行くぞ」
「はあ?」
彼女からしたら脈絡の無い誘いだったので戸惑うのも当然である。
だがここは制圧前進あるのみ。
無理やり引っ張っていく。
「え、ちょっ、えっ」
普段の俺ならここまで積極的な行動をしただろうか?
基本的にしないと思われる。
どうして俺はこんな事をしたのか。
それは何万回ものループによる経験が記憶として残っているためにそうさせたり、世界がループしているのであればそういう行動をする週があってもいいのではないかという思い付きでもなんでもなく、ただ単に1週間あまりにも暇でストレスが溜まっていたという事が原因である。
そう。
1週間あまりにも暇だったのだ。
俺もオルガもこの1週間、チャオスを相手に戦ってすらいない。
ずっと待機である。
先田さんによると、優希さんがそれらの仕事を全て独占しているらしい。
オルガはそれを聞いて渋面になるが、そうしたところで何も変わらず1週間である。
その間、度々まずいまずいとオルガや先田さんは呟いていた。
チャオスの撃退を独り占めされるのはそのまま小動物を獲得する権利を独り占めされるということになる。
先田さんが言うには、このまま優希さんだけが小動物を得られる状況だと非常に問題があるらしいのだが、俺としてはこのままチャオガーデンでずっとごろごろしていなくてはいけない方が問題であった。
というわけで脱退屈キャンペーンの第1弾である。
食事の時、オルガは確実にチャオガーデンで木の実を貪っているので、それを食堂に連れてくることにより斬新なイベントが発生するという計画である。
「やっぱ木の実で」
「却下だ」
「うう」
朝食ではそれぞれのこだわりが見られる。
ご飯派かパン派か、などである。
人によっては食べない、という選択もある。
俺はどちらでもいける。
さて、オルガはどっちだろうか。
「お前は朝は何を食べるんだ?」
「私はバランスよく食べるよ」
彼女の手元には白米もパンもあれば和洋折衷どころではない感じに和と洋が乱れていた。
それはバランスいいと言わない気がする。
こいつ、木の実食うくせに普通の食事でも大丈夫なんだよな。
好き嫌いの無さそうな様子を見て思う。
「でもなんでわざわざ食堂で食べなきゃいけないんだか」
「最近、暇というか、仕事が少なくないか?」
「少ないというより、無いよね」
「そこで俺に提案がある。一緒に外に出かけないか?」
「は?」
これが脱退屈キャンペーンの第2弾である。
中にいて暇だ暇だと叫ぶのであれば、自分たちから外出すればいいのである。
仕事は優希さんがやってくれるだろうし、こちらにはそもそも来ないようになっているのだろう。
退屈しながら待つだけでは精神衛生上よろしくない、などという理由もでっちあげることは可能だ。
ともかく、じっとしているだけではだめなのだ。
そんな感じのことを整理できていなかったために少々回りくどくなった大半がアドリブのセリフで俺はオルガに説明した。
「なんで私も行かなきゃいけないの?」
理由なんてない。
男性が近くに女性がいる時に抱く、一緒に行動すれば何か楽しい事が起こるのではないかという些細な妄想。
その程度でオルガを誘うのに十分なのである。
そこらへんをそれとなく下心を隠しつつ伝えることにした。
「大した理由は無いが、なんとなく面白そうだからだ」
「ふうん」
まあ拒否されてもさっきみたいに強制連行すればなんやかんやで一緒に外出できるだろうと計算した。
チャオガーデンで木の実を食べ続けているが、この食事も嫌そうではない。
同様に外出も自発的にはしないものの拒絶しているわけではなさそうだ。
「どうだ。気分転換にはなるだろう」
「まあ、いいけど」
思った通りだった。
善は急げと言う。
口角泡を飛ばすと言う。
据え膳食わぬは男の恥と言う。
この状況で使うには全部間違っているが、つまりは勢いが重要なのである。
勢いは重要である。
たとえ今言っていることが的を射ていなくても勢いで誤魔化せばいいのである。

流れと勢いに任せて展開を早送り。
俺たちは外へ出た。
だが、ここでつっこまなければならない点が1つあった。
本来ならばもっと前の時点で指摘しなければならなかったが、勢いで突き進んだ結果、最も指摘するのにふさわしい場面をスルーしてしまったのだから仕方があるまい。
オルガを見つめる。
「な、何……?」
いつもながらの服。
美咲(そういえば彼女の安否はどうなっているのだろう)はこれを昔のGUNの制服と言っていた。
確かに彼女と会うまで見たことのない服だった。
そもそもどれだけ昔の制服なのやら。
俺の知っているGUNの制服ではない。
だが今重要なのはそこではなく。
「外出なのにどうしてその服なんだ?」
普通。
普通であればこういう時、多少なりともお洒落というものをするものである。
勿論、その人ができる範囲で、ではあるが。
彼女の場合、外出用の服が無いわけではない。
美咲に押し付けられていたからな。
「いいじゃん、これで」
本人がそれでいいのなら構わないのではあるが。
「寒くはないのか?」
そもそも、そのような格好で寒くはないのかという疑問もある。
今は泣く子も暖房の傍へ逃げ込む冬である。
彼女が周りの人間の目線を全く気にしなかったとしても、寒さはいくらなんでも気になるものである。
「大丈夫だけど」
彼女は人間的に所々おかしいと思う。
ともかく彼女が大丈夫と言うからには心配しなくてもいいだろう。
俺たちはまず所持金を潤すべく近場の現金自動預け払い機を襲撃した。
ある程度リングを引き出す。
1日遊ぶには十分な額だ。
知らない間に俺は恐怖を覚える程にリングを所持していたことについては忘れようと思った。
命を張った仕事は報酬が高いのである。
あと外出を全くしなかったから貯まる貯まる。
オルガなんかはきっと億万長者へと既になっているに違いない。
気にしないことにしよう。
大金に酔って調子に乗るのはよくない。
せめて思考回路だけは普通の人間らしくありたい。
「で、どこに行くの?」
「あ」
考えてなかった。
一応女性を連れているわけだ。
なんて考えても相手はオルガだしなあ、なんて考える自分もいた。
「服……は興味無いんだよな?」
「断固拒否」
俺もそこまで興味があるわけではない。
だがきっぱりと断られると残念であるのも事実。
色々な服を着せてみるという展開にならないからである。
新しい服を入手した(正確には押し付けられた)直後にまた服を買うのもどうかとは思う、ということにして自分を納得させる。
しかし、どこに行こうか。
「んー……。映画とかか?」
「映画」
オルガは反復して興味を表現した。
「今どの映画が面白いのかわからないから、面白い映画を見れるかどうかは運次第だが」
「見るかどうかはともかく、まずは映画館に入ってみよう」
「そうだな」
映画館に向かうことになった。
ところで、ARKは超巨大なドーム状の建物である。
台所に大きいボウルが鎮座していれば結構な存在感があるように、街中にあんな物が鎮座していれば相当目立つ。
ビルなどの隙間から見ようと思えば、場所によってはその姿を確認できる。
この街ではARKを知らない者はいないのではないだろうか。
周りを見ながら歩いて、今更ながら俺が遠い場所まで来ていたことを認識する。
俺が元々いた位置はどこへ行ってしまったのだろう。
そこに戻ろうとしたら、どれほど時間がかかるのか。
この街の住人ではなかったにしろ、あんな建物の存在を知らなかった自分を不思議に思う。
どこかしらで話題になっていてもおかしくないはずだ。
つまり、つまりだ。
つまり何が言いたいか。
道に迷った。
「そもそも映画館ってどこにあるんだ」
「……知らないの?」
「この街のことはわからん。お前は?」
「私は外に出ないから」
どうしたものか。
帰る場所がすぐに見つかることだけが救いである。
何か店はないものか。
探す。
あるにはあるがオルガと共に入る気のしない店ばかりである。
例えばゲーム屋とか入ってどうするのだ、という感じのものである。
そして苦節30分、ようやく見つけた究極の目的地。
映画館である。
究極は言いすぎであろうか。
30分も歩きっぱなしなのはどうなのか。
色々と気にするな。
気にしてはいけない。
空腹がスパイスになる感じの理論でこれまでの退屈が喜びへと昇華するのだ。
そう前向きにフォローしたら足を思い切り踏まれた。
とても痛かったので、思わず叫びそうになった。
しかし叫ばなかったのは他でもない、攻撃がまだ続いていたからである。
鳩尾や顎、首など急所への容赦の無い攻撃が俺を地に倒しオルガのストレスを天へと帰した。
「さて、何の映画を見ようか」
「そっすね……」
オルガの機嫌は元通り。
俺の気分は最悪である。
それはいらいらしているとかではなく、ちょっと胃から嫌な物が込み上げてきたり意識がちょっとはっきりしないという意味で、である。
「これなんてどうかな」
オルガが指したのは女の子の背中から機械の羽が生えているポスターの映画だった。
タイトルは漢字で短め。
ただし書いてあることはちょっととんでもないものだった。
どうやら漫画が原作らしい。
漫画原作。
「それは漫画で読んだ方がいいかもしれん」
「そう?」
「いや、うん、まあ見てみるか」
もしかしたら当たりの可能性もあるわけだからな。
「待った」
とここでオルガが待ったを宣言した。
「橋本はどれが面白いと思う?」
「む」
その質問。
結構な無茶振りである。
下調べをしているならともかく、数ヶ月もあんな場所に引きこもっていた俺にその手の情報は全く無い。
俺のセンスが今問われている。
「これかな」
無難そうな恋愛物をチョイスした。
そうした瞬間、相手がオルガだからもっと変なのをセレクトした方がよかったのではないかと思い直す。
「じゃあ賭けをしよう」
「賭け?」
「両方見て、面白くなかった方がご飯を奢る」
「ほう」
もしどちらか片方を見てつまらなかったら、時間の無駄もいいところである。
なので賭けを同時にするというのはいい提案だと思った。
しかし、この時俺たちは2つ見ればどちらかは面白いはずだと思ってしまっていた。
1つ目の上映時間になった時にふと、どちらもつまらなかったらどうするんだろう、と冷静になった俺がいたのであった。
時間が余計に無駄になる展開が容易に想像できた。
その場合は俺がオルガに文句を言う番が到来である。

食事である。
近くにレストランがあったので都合が非常にいいと思った。
そう思いつつも罠だったりする展開はあり得ないので利用したが。
こういう時、他人よりも自分の食べ物の方が来るのが遅かったりすると少しショックを受ける。
特にその前にショックな事があり少し気分が沈んでいた場合は。
今の俺がそれである。
「ぐぬぬ」
「いやあ、面白かったねえ」
「ぐぬぬ」
「……どうしたの」
「俺の都合のいい流れにならないことが納得できん」
議論の末にオルガの選択した映画の方が面白いと結論付けなければならなかった。
向こうの映画にも欠点はあった。
それこそ容易に指摘できる程に。
しかしこちらの映画は致命的だった。
ストーリーの恋愛部分がオルガの方と被ってた。
恋愛オンリーのこちらと恋愛+戦闘の向こう。
これで恋愛部分が被っているのである。
こっちの方がインパクトに欠けるのも当然と言える。
そんな映画を引いてしまう今の俺は素晴らしい不運に憑かれているに違いない。
「ううう」
しかも俺の奢りだからオルガの食事に容赦が無い。
ついでに情けも無い。
敵の経済的余裕を容赦なく殺す豪の食である。
俺は細々と食事する。
リングが心配。
食事を終えた俺たちは面白い施設を発見した。
「チャオガーデン」
「ああ、チャオガーデンだな」
「入る?」
オルガが興味を示すのは珍しかった。
都市伝説かもしれないが、チャオガーデンにいたのがチャオではなくチャオスだったという可能性もある。
だからあまりすすんで入る場所ではないのだが、オルガの反応が珍しいような気がしたので従うことにした。
中に入る。
「……」
がらんとしていた。
人は誰もおらず、チャオもあまりいない。
具体的な数を述べるならば2匹だけだ。
まあ当然だろう。
今時、チャオガーデンなんてこんなものだ。
「少ないね」
「ああ」
チャオは俺たちを見て驚いたようで、目を大きくしてポヨをエクスクラメーションマークにしている。
オルガが近寄ろうとするが、慌てて逃げ出す。
羽ばたいて高い場所まで行ってしまう。
オルガがそれを追いかけようと段差を上るとチャオたちは水辺に飛び降りる。
必死に逃げているようだ。
「なんだありゃ」
ここのチャオは人間の手によってトラウマでも植えつけられているのか?
やけに避けられているようだ。
チャオガーデンへと目を移す。
俺たちのいるガーデンとさほど変わりはない。
このガーデンの方が遊具や木の実のなる木が少ない、というくらいだろうか。
標準的な仕様のガーデンらしく、他にも地獄風だとか天国風だとかそんなガーデンもあるようだ。
「地獄風ってどんなガーデンなんだろうな」
「ここみたいな感じじゃないの」
チャオを追いかけるのを諦めたオルガが戻ってきた。
携帯電話を耳に当てている。
「先田?今すぐ来て」
オルガは現在地を告げて、それだけで通話を切った。
そして俺へ向けて一言。
「出るよ」
「え?」
足早にチャオガーデンの出口へと向かうオルガ。
一体どうしたのだろうか。
そう思いつつも着いていく。
だが、オルガの足は止まった。
チャオがチャオガーデンに入ってきたのだ。
いや、あれはチャオではなく、チャオスか。
それも次から次へと。
それらが出口を塞ぐように密集し始める。
オルガに追いかけられていた2匹がそれに加わるべく俺たちの頭上を飛び越えた。
あれもチャオスだったのか。
一気に絶体絶命。
ピンチなんてレベルじゃない。
まだ死んではいないけれど死ぬのが確定した状況。
あまりにも急にそのような状況になってしまったからか、驚くばかりである。
こういう時、普通なら泣き喚いたり憤慨したりするものなのだろうか。
すみませんそんなことできない位に冷静です、俺。
オルガは何も言葉を発しない。
取り乱した様子はない。
この状況をどう打開するか考えているのだろうか。
そこに、今度はチャオスではなく人間が入ってきた。
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows; U; Windows NT 6.0; ja; rv:1.8.1.8pre) Gecko/20071012 lol...@p199.net219126006.tokai.or.jp>

CHAOS PLOT 「CHAOS―カオス―」
 スマッシュ  - 10/3/2(火) 3:34 -
  
その人間を見て一番印象的だったのは、赤だった。
赤いロングコートを着ていた。
落ち着いた色ではない。
激情を表す色。
血の色。
攻撃的なその色合いにまるで威嚇されているかのような感覚を覚える。
危険。
チャオスの群れを統率しているのはなんとなくわかる。
危険。
その様子と赤い色が俺の危機感を煽る。
とにかくその赤が目立った。
そりゃ街中で真っ赤な服を着ている人間がいたらそれはそれで目立つのだろうけれど、そういう意味ではなく。
赤が特異だったり奇妙なのではない。
その赤いロングコートを着ている主が特異な存在であるということが。
非常にオカシイ存在であるということが。
現実は小説より奇なり、なんて言葉があるけれども、そうではなく、あまりにも現実味のない奇妙さがあることが。
赤を媒介としてそれらが俺の目を通して伝わっているのだ。
明確にそう伝わるわけではない。
ただ、なんとなく。
雰囲気、という表現が正確だろうか。
そう感じる雰囲気があった。
赤い姿が目に焼きつけられる。
なんとなく、それが死なのだと思ってしまう。
厳密にはそうではない。
しかし、それが死という概念だと頭のどこかが納得する。
そして俺の頭はその死を拒むことなく、受け入れていた。
「久しぶり。探していたよ」
たぶん冷静でいられる理由は。
その声を知っているから。
その顔を知っているから。
知っている人間だったから。
知っている人間なのだけれど、知らない人間だったから。
俺の記憶にあるそれとは全く違っていて、情報を処理しきれずに混乱するどころか脳がフリーズしてしまったのを、俺は自身が冷静でいると勘違いしているのだろう。
今まで彼女のこの雰囲気を察知できなかったのは、赤い服を着ていなかったからではない。
隠していたのだ。
この本性を隠すための笑みも行動も言葉も全て剥がれて、美咲は口元を吊り上げて、そんな歪んだ笑みを浮かべていた。
死んだはずの美咲。
味方だったはずの美咲。
再会した彼女は死んでおらず、味方でもないようだった。
「撃たれた、と聞いたけど」
オルガが口を開いた。
「うん、撃たれたよ」
「どうして美咲は生きているの?」
「美咲はもう死んでるよ」
まるで、日常のなんでもない会話のように彼女は返答する。
緊張しつつ、言葉を選びゆっくりと声を押し出すオルガとは裏腹なその声は場違いに思えた。
「それはおかしい。だって、死んだ美咲をキャプチャしたチャオスであれば、美咲の記憶は無いはずだから」
「うん。そうだね」
どうやらオルガは今目の前にいる者を、美咲という人間をキャプチャしたチャオスと認識しているようだ。
いかなる小動物をキャプチャしてもその小動物の記憶は手に入らない。
それと同様に人間をキャプチャしてもその人間の記憶は手に入らないはず。
そもそも人間をキャプチャすることはできるのか?
答えはイエスだ。
チャオスが今更そんなことしたって驚くことではない。
特に死体をキャプチャするのであれば、時間をかけてゆっくりと行うことも可能なはずだ。
「じゃあなんでさっき、久しぶり、なんて言ったの?」
「そうだなあ。あ、じゃあこうしよう。クイズってことで答えを考えてよ。正解するまで待ってあげるから」
無邪気に提案をする美咲の口調はいつも通りの彼女のものであった。
楽しそうだ。
緊張している俺たちやチャオスの大群の方が場違いなのではないのかと錯覚してしまう。
それほどまでに普段の彼女に近いものがあった。
今までの美咲に今まで隠していたものを付け加えたような印象。
「……あ」
そこで気付く。
クイズの答えに。
「ずっと前、から……」
「お、橋本君、察しがいいね」
「俺たちに会う前からお前は……」
「うん。そう。ずっと前に滝美咲っていう子は死んでるの」
俺の知っている滝美咲は初めて会った時から既にチャオスだった。
どうして今まで俺たちを殺さずにいたのだろう。
「人間の体って、大きすぎるよね。キャプチャしたらパーツが付くどころか完全に体が人間のものになっちゃうし。あ、それとこの体、成長するんだよね。人間としての成長。身長高くなったりさ。いやあ、初めは驚いたよ」
「どうしてお前はARKにいた?どうして今まで何もしなかった?」
「前に言ったよね。契約だ、って」
「それは……」
「うん、滝美咲という人間としてではなくてチャオスとしての契約だよ」
チャオスとの契約。
カオスエメラルドを集める手伝いをする契約。
攻撃しない契約。
それをARKがチャオスと?
「あなたは……一体」
オルガの問いにまたも歪んだ笑みを浮かべる。
「そうだね。人間の体で活動したりチャオスの体で活動したりするのがケイオスなんでしょ?だから、チャオスの体のみでもなく、人間の体のみで生きるわけでもなくなった今日から私はケイオス4号。名前は……ピアノでいいかな」
そこまで言って、ピアノと名乗ったそれは倒れる。
元々立っていた所にチャオスが飛んでいるのに気付いて、美咲の体を放出したのだと理解する。
「……そういうこと」
オルガが全てわかったかのように呟く。
滝美咲の体を使って生きていたチャオスは、ヒーローカオスだった。
ヒーローカオス、ということは不死身だ。
ゲームであればラスボスとして現れるべき敵である。
俺の人生の最後に遭遇するボスと考えればこの場合もラスボスで合っているのだろうか。
「さ、オルガちゃん。殺してあげる。逃がしてはあげない」
ピアノと名乗ったそのチャオスだけが近づいてくる。
他のチャオスは逃がさないための壁ということか。
オルガが俺の前に立つ。
「下がってて」
「は?お前、何を言ってるんだ」
俺の言葉をオルガはスルーした。
わけがわからず俺はどうすればいいのか困惑したが、直後、さらに困惑しなければならなくなった。
オルガは戦っていた。
羽で飛び、手や足についた爪で相手の体を裂き、体をひねって攻撃を回避していた。
体の動きに合わせて頭上のポヨが忙しく飛び回っている。
俺はそれを見て、さっきオルガに言われた通りに後ろに下がる。
圧倒されていたこともある。
ピアノの頭上から重力に身を任せつつ右手のチーターの爪を上から下へ通過させる。
そしてできた傷に両手を突っ込み、扉を開くように体を2つに裂いていく。
ピアノは抵抗しない。
最初の攻撃をくらう前から一切自分の意思を持った動作を見せない。
不意に腕や胴体がびくんと不自由にのた打ち回ったことはあったが、それは意識的にした行動ではないだろう。
それ以外のアクションはなかった。
しかし、どうやってオルガはチャオスの体に変身したのだろうか。
水色のカオスドライブを持っていたのか?
そのような様子はなかったのだが。
2つに割れたピアノが動く。
一旦粘液のようになり、どろりとうごめいて2つが接着される。
そこから元通りの形へ再構成される。
少し前のピアノと何ら変わりがない。
傷跡も一切残っていない。
もう1度、今度は鋭い回し蹴りが首と胴体を切り離し、もう片方の足がその頭を蹴り上げる。
ぽおん、と高く打ち上げられた頭は重力によって下降するより前にどろりと溶けた。
オルガがそれに追撃を入れるが、頭だったゲルは攻撃に身を任せて分割し、それぞれ別々に体とくっついて再び頭となる。
まるでX-AOSのような動きだ。
あれは機械のようなものだったが、これは生き物である。
普通なら死んでいる。
「てい」
オルガが両腕を突き出す。
顔のどこかに刺したようだ。
俺の方からは見ることができない。
オルガが顔を蹴って刺さった腕を抜くのと同時にピアノは倒れながら溶けていく。
頭だった部分が足に、足だった部分が頭になって復活する。
「まさか目を潰そうとするなんて。驚いたよ」
ピアノの目が正確にオルガの位置を捉えつつ喋る。
単純に、これが不死なのか、などと受け取っていい現象ではない。
死なないだけであるなら傷は残るからだ。
傷が残るのであれば足を切断すれば歩けなくなり羽を千切れば飛べなくなり腕をもいでしまえば殴ることはできなくなる。
それすら無関係なピアノは正常に彼女の思い通りに機能し続ける。
耐久力がありすぎるとかそういうレベルではない。
元通りになったピアノは両腕を広げ、どこからでもどうぞ、と言わんばかりの体勢をとる。
実際に、どこからでもどうされても問題ないのだろう。
オルガは素直にそんなピアノに突っ込んで行く。
「でやっ」
だが素直な攻撃はしなかった。
腕を掴んで、思い切り投げ飛ばした。
出口へ向けて投げられたピアノはそのままチャオスの群れをクッションにしつつ地面に衝突する。
固まっていたチャオスたちはまるでボーリングをやっているかのようにばらばらに倒れていく。
「橋本!」
オルガがどういう意図で俺の名を叫んだかについては敵の隊列が崩れていることから察することができた。
あのヒーローカオスを殺すことはできないが、他のチャオスをかき乱せば逃げおおせることができる。
勝たなければ生きられないわけじゃない。
チャオスと比べれば化け物のように体の大きい俺はそのまま突進していく。
丁度いいタイミングで的確にひっかいてきたりする器用なチャオスが存在しないことを祈る。
リスクを割り切らなければ生存ルートというリターンに到達できないのだから当然俺はリスクを割り切ることにして、恐怖などは心のゴミ箱に捨てて猪突猛進なんて言葉を使って格好付けたくなるくらいに思い切って走った。
逃がすわけにはいかないと判断し、なおかつすぐに動けたのはピアノだけだった。
それをオルガが阻止するべく今度は体を掴んで地面に叩きつけ、頭をサッカーボールを蹴るかのように攻撃する。
その間に出口から脱出する。
立ち塞がるチャオスの背は人間にとってはとても低い。
だから思い切りジャンプして飛び越える。
その際、倒れていた美咲の背中を踏みつけてしまった。
すまん美咲。
本物の彼女とは面識が無いのだけれども罪悪感はあった。
遅れてオルガも出てくる。
ニュートラルヒコウの大きな羽が俺の顔の横でぱたぱたと動いている。
「死なないけれど、攻撃は有効みたい。ちゃんとひるむから」
「ほう」
ダメージそのものは一応あるわけだ。
例の対チャオス用の木の実でイチコロ……っていうことは流石にないか。
スタングレネードなどを使い一時的に無力化するのがベストだろう。
さっき、目を攻撃していた時も潰されたからこそ一旦溶けて回復する必要があったのかもしれない。
停車している車を発見。
その傍に立っている人間、優希さんも視界に入る。
後方を見るとヒーローカオスがチャオガーデンから飛び出してきていた。
それに続いてその取り巻きがぞろぞろと湧いてくる。
優希さんが水色のカオスドライブを光らせる。
小さな黒い体に変身し、銃と化した右腕を俺の後ろにいる集団へ向ける。
数度の発砲。
俺は車の陰に退避してからその成果を確認する。
的確な射撃がピアノの体を貫く。
普通のチャオスなら1発で死ぬのだろうがあれは体にいくつ空洞を作っても止まらない。
ゆらゆらと飛び続けたまま空洞を作りながら埋めながらスピードを変えずに迫ってくる。
どっかのホラーもののゾンビかと思う。
だがそれらやX-AOSや人工カオスのように、そこを攻撃すれば倒せる、という弱点が見当たらない。
もしかしたら本当に無いのかも。
吸血鬼などでさえ心臓に杭を打たれればおしまいなのに。
オルガは優希さんの後ろ、車の上で留まっている。
前に出ないのは優希さんを警戒してだろうか。
無駄だとわかっているはずだが優希さんは攻撃をやめない。
ピアノは優希さんの前に止まる。
立ち止まったピアノに射撃をしない。
別の車が新たに走ってくる音が俺の後ろからした。
振り返るとその車はチャオスの群れを見てUターンするわけでもなくそのまま停車する。
その車は先田さんの物であったと記憶している。
その中から出てきた人間を見て、それが間違いではなかったと証明された。
「よお」
水色のカオスドライブを投げ渡してくる。
それを受け取って変身する。
「ああ、あいつもいるのか……。あれ以外はできるだけ倒せ」
ヒーローカオスの姿を確認して諦めたような指示を出す。
オルガはそれに頷いて、ピアノの後ろにいる集団に飛び込む。
俺もそれに続いて、敵集団へ向けて走る。
しかしやはり当然かピアノが立ちはだかる。
オルガがさっきやったようにどうにかして突破しなければ。
突破した後もちょっかいを出してくるだろうから、そこまで考えてしまうと思わず考えるのをやめたくなるくらいに面倒な戦闘が想像できてしまう。
「どきなさい!」
怒号が飛ぶ。
真後ろからわき腹を思い切り殴り飛ばされる。
かなり痛い。
銃口がピアノの額に押し込まれ、火を噴いた。
そこを中心に頭がはじけ飛ぶ。
わき腹への攻撃は結構痛かったが、ピアノの相手は優希さんがしてくれるのだろうという前向きな思考回路で他のモブ共と戦うことにした。
1匹ずつ相手にするように立ち回れば苦に感じる部分はもう無い。
右足のパーツをライオンのものにして、つま先で蹴り上げるようにして切り裂く。
眼前のダークチカラが4つに分かれる。
爪の長さから考えてそうなるほど深く切れていないはずなのだが。
そのチャオスの真後ろからヒーローカオスが踏み込んできた。
裂いたのはこいつか。
両腕をアザラシのパーツにする。
従来の腕よりも広くなった腕で体の広範囲をカバーする。
ドロップキックが叩きつけられる。
衝撃に身を任せて地を蹴って空中へ逃げる。
走ってくる優希さんの姿を確認する。
その位置とこちらの位置には距離がある。
競泳用プールくらいの長さだ。
どうしてそこまで離れているのか。
「これ以上、私の兵隊を傷つけたら許さないよ」
ピアノが左手に持っている物がきらめく。
黄色のカオスエメラルド。
鬼に金棒。
そんな物まで持っているのか。
「カオスコントロール!」
左手を掲げて高らかに叫ぶ。
カオスエメラルドの発していた光が一瞬で周囲に広がり、一面を包み込む。
眩しすぎて目を開けられない。
腕で目に入ってくる光を遮りつつどうにか何が起きているのか目視しようとするがうまくいかない。
3秒程して光は収まる。
チャオスの大群が消えていた。
それ以外の変化は見渡す限り、無い。
「さて、お仕置きタイムとしましょうか」
表情が全く変わらないが、声で感情が読み取れる。
自分の手下を殺されたことに対する怒りと、それに対する仕返しをするのが楽しみでたまらないような。
ピアノがカオスエメラルドの光と共に消える。
まず右側に現れる。
そちらにはオルガがいた。
オルガの羽を鷲づかみ。
地面に何度も叩きつける。
俺が向かうよりも速く、優希さんがピアノに飛び掛る。
ダークハシリの姿をしているだけあって、動きが速い。
背中に銃身を叩きつける。
それにのけ反って、すぐにピアノは後ろにいる優希さんの姿を確認した。
オルガを放すのと同時に振り向くように回転しながら飛び上がる。
「竜巻キック!」
もう片方の足が、体の回転によってオルガと優希さんの両方に叩きつけられる。
尻餅をついた優希さんが発砲するが、なぜか当たらない。
至近距離なのに銃弾は当たらず、回転した状態で迫ってくるピアノの連続攻撃を受ける。
優希さんが吹っ飛ぶ。
それと同時にピアノは着地し、カオスエメラルドを優希さんに見せ付けるように突きつけて叫ぶ。
「カオスコントロール!」
着地する前に浮いた体を目にも留まらぬスピードでスライディングをし、拾う。
スライディングした姿勢から起き上がって、アッパーを顎に入れるまでに1秒もかからない。
地面に優希さんの体が到達することなく、もう1回繰り出されたアッパーが腹部に刺さる。
その状態で静止する。
俺はピアノの足を目掛けてスライディングする。
だが俺がピアノの足へ到達した時には既にその場所にピアノも優希さんもいなかった。
離れた位置に出現する。
瞬間移動したのか。
「安心してね、お姉ちゃん。まだ殺さないであげる。ゆっくりと、そう。ゆっくりと……」
あいつは優希さんの本当の妹ではない。
それを優希さんは理解しているのだろうか。
いや、しかし。
理解していたとしても親しげに囁かれることによって煽られる恐怖は想像に難くない。
「地獄へ突き落としてあげる」
腹部をまるで刺さって抜けないかのように見える位器用に持ち上げている腕を動かす。
まるで投げるように優希さんは放り出される。
再びカオスエメラルドを突き出す。
「カオスコントロール」
宙にいる優希さんが落下を始める前にその下に潜り込む。
優希さんはそのままピアノのラッシュを受けた。
従来ならあり得ない速さで繰り出される連打はまるで相手を自分のおもちゃにしているようである。
「これでもう、戦闘不能」
最後の一撃を与えたピアノはそう宣言して背中を向ける。
優希さんの体が地に落ちると同時に人間に戻る。
負担を受けすぎると人間の体に戻るのか。
「オルガちゃんはどうなるのかな?」
オルガの方に向き直る。
オルガは懐に飛び込んで右腕を素早く突き出した。
狙ったのはピアノの左腕だ。
殺すのは無理だが、もしかしたらカオスエメラルドを奪えるかもしれないというところだろう。
ピアノは左腕を後ろへ退避させつつ、回し蹴りを放つ。
俺もその左腕へと手を伸ばす。
右手でそれを受け止められる。
俺の後ろからふっ、と息を吐く声。
オルガが俺の頭上を飛び越え、カオスエメラルドへとダイブしていく。
俺の攻撃を受け止めていた手が動き、俺を突き放す。
その直後、ピアノの足が上から来たオルガを迎え撃った。
サマーソルトだ。
元々魅せ技でしかないそれを受けてもオルガはひるむことなく着地と同時に飛び出す。
まるで止まったら死ぬと思っているくらいに素早く、必死な行動だ。
それに合わせてピアノは飛び退く。
見てからオルガ、羽をばたつかせて飛行。
ワンテンポ遅れて加速して近づくオルガへ向かってピアノは空中でジャンプした。
「しまっ……」
突然の方向転換に対応できず減速するがそのまま正面衝突する。
あの技は羽のない今のピアノにとって飛んでいるのかただのジャンプなのかわからないから、見破られる要素が無い。
頭突き対決を制したのは当然最初からそうするつもりであったであろうピアノだ。
落ちるオルガに馬乗りになって顔を殴る。
俺が走って助けに向かうと、攻撃される前にピアノはオルガから離れる。
「大丈夫か?」
「うう……」
こちらが支えることなくなんとか立ち上がる。
ふらりと立ったオルガの目が少し上を向くなり大きく見開かれた。
ピアノが鋭く降ってきた。
上空からオルガを踏みつけた足はオルガを踏み台にしてジャンプし、ピアノがオルガの頭上を支配する。
ヒコウタイプの姿をしている彼女にとって、それは大きい。
普段のような戦い方ができない点と、精神的に。
「ふふふ」
オルガの頭にピアノの右手が乗せられる。
そしてばねのように飛び上がる。
まるで遊ばれているようだ。
オルガにとっては腹立たしいことだろうし、そうだとわかってピアノもやっているのだろう。
ピアノは飛んでさらに上に行こうとした。
その瞬間カオスエメラルドが光った。
「カオスコントロール」
オルガの頭上からパンチを繰り出す。
速すぎて手がいくつもあるように見える。
それに撃墜されてオルガは人間の体に戻る。
「へえ。オルガちゃんも死ぬ前に人間の体に戻る、と」
ピアノ、着地。
残るは俺だけだ。
「橋本君はもうちょっとで変身が解けちゃうかな」
俺が変身していられる時間である5分。
それまであと1分あるかないか。
こいつはそこまでわかっているのか。
ピアノが腕から何かを発射する。
避ける間もなかったがそれは俺の目の前で地面に突き刺さった。
それが何なのかを確認する。
小動物だった。
それも、ドラゴンというレアな。
「それはプレゼント」
とんでもない発言だった。
その後、ピアノはまた滝美咲の体を使ってうろつくこと、この街の中にいる予定でいることを俺に喋った。
そしてもう1回とんでもない発言をした。
「私を殺すのは、あなたがいいから」
ピアノは姿を消した。
瞬間移動をしたのだ。
俺も素直にドラゴンをキャプチャして、先ほどまでの戦闘がまるで夢であったかのように何も残らなかった。
どうやって殺せと。
引用なし
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CHAOS PLOT 「CONFESS」
 スマッシュ  - 10/3/31(水) 21:35 -
  
オルガと一緒に戦ったのは2度目だ。
最初はX-AOSとの時。
あの時はどうしてカオスエメラルドにこだわるのか、という疑問を持った。
彼女と知り合ってからまだそんなに長いわけではない。
普段はチャオガーデンでのほほんとしているだけなわけだから、それでわかること以外の価値観については知る機会がほとんどない。
彼女がどういう戦いをしているのか見ていれば、俺にとって新しい発見があるのは当然と言える。
しかし今回はそれとは違う。
彼女が水色のカオスドライブを使わずに変身したことについて。
俺が見えない角度で持っていたという可能性もあるが、わざわざそうする理由が無いのであればそのパターンは考えにくい。
ARKに帰りチャオガーデンに着くなり寝そべっているオルガに対し、どうやってその話を切り出そうか。
その文句を考えているうちにオルガがこちらを向いてじっと見つめてきた。
俺もオルガの目を見る。
定期的に行われる瞬きからはその間隔から体はまだ睡眠を欲していないことがわかる。
見つめること数秒。
その時間が少し長く感じられたが、おもむろにオルガが起き上がって再び時間が動き出した。
上半身を起こしたオルガは依然俺を見つめたままだ。
「橋本、私は」
彼女は大事なことを伝える場合、こちらを見て喋る癖があるようだ。
あるいはそれ相応の空気を作り出そうとしているのか。
わざわざボールを遠くへ蹴ってチャオをどかしたことも以前あった。
「私はケイオスじゃない」
「……そうか」
「だから水色のカオスドライブなんていらないし、チャオスでいられる時間に制限も無い」
それを予想していたことは今更隠すことでもないだろう。
ピアノの件があった直後であるから当然その発想はあったのだ。
彼女の場合、切り替えができるのだから人間の体を放出したり何かで上書きする必要もない。
「つまりダークヒーローなわけだな」
「え?ん……、んー?」
そういう方向の発言は予想していなかったのか、驚いた後に返答に悩み出した。
それも当然。
高確率で悩むような発言をしたのだ。
1つは予期せぬ言葉に対して反応がしにくいこと。
もう1つはこの場合ダークヒーローとは言いにくいこと。
隙を生じぬ2段構えというわけなのだ。
「……ダークヒーローってちょっと違わない?」
「恐る恐る言ってはツッコミにならないな。減点」
「いやそういう番組じゃないからこれ」
オルガはそう言った後に壮大な溜め息をついた。
「真面目な話をしてたのに……」
雰囲気を壊されてご立腹の様子。
「つまりチャオス側ってことだろ?ちゃんと理解できてるぞ」
「まあ、そうなんだけどさ。もう少し動揺とかするかと思ってた」
「なんかいい加減慣れてきたもんで」
ここ最近はそういうのばっかりだったからな。
この数ヶ月で自分が人間じゃなくなっていたりチャオガーデンに住むことになったりカオスエメラルドをやたらと見たり知り合いが実は不死身だったことが判明したりしている。
特に最後のは命の危機に晒されるオプション付であった。
「それに、橋本だからっていうのも大きいか……」
ほう、とまた溜め息。
「かなり失礼なことを口走りつつ溜め息をつくな」
「大丈夫。誇っていいことだから」
「どこがだ」
かなり失礼なことを仰ってくださる。
年上に対する礼儀はしっかりするべきなのだ。
言ってもわからないやつには力ずくでわからせなくてはならない。
どちらが格下であるかをな。
俺が剛の拳(男性の方が大抵筋力は強い)によりオルガをねじ伏せる様を想像する。
途中でニュートラルヒコウの姿にオルガが変身した。
そう、やつはいつでも変身できる。
水色のカオスドライブがいらないから。
そのまま鮮血エンドへ。
だめだ、俺が死ぬ。
ここは、立場は平等ということで済まそう。
俺って寛大だね。
「それでも普通はそれなりに戸惑ったりするもんなんだけど」
「ケイオスじゃないってことにか?」
「うん」
頷く。
「そういうもんか?今までのオルガじゃない誰かになるわけじゃないんだろ」
「そりゃあね」
「それなら目的が変わるわけでもないんだな」
「うん」
オルガは俺の確認に対して順調に返答していく。
「つまり敵になることもない」
「そうだけど」
「なら問題ないだろ」
そして絶句した。
きっと変身していたらポヨがエクスクラメーションマークになったりしているのだろうと思わせる表情をしている。
そのまま数秒硬直した後に、笑みを漏らした。
「やっぱ、普通じゃないよ。橋本は」
そう言う顔はやけに嬉しそうだった。
何がそんなに嬉しいというのか。
「あれ、すると俺は一番最初のケイオスってことか?」
「そうなるね」
ケイオスが生まれたのは随分最近ってことか。
それまではオルガがチャオスと戦っていた上に、ARKの中には不死身のチャオスが美咲という人間の扱いでいたわけだ。
おまけにチャオスを言うこと聞くよう調教している。
人間が戦うのが一番いいとか言っていなかったか?
「なんか、ARKはおかしい気がするんだが。謎が多すぎる」
「すこしふしぎ」
「いや、めっちゃふしぎだ」
「ふーん」
オルガは服に手を突っ込んだ。
「そういう時は知っていそうな人間から聞くのがいいよ」
見せてきた携帯電話の画面は相手を呼び出そうとしているのを表示している。
名前が表示されるスペースには先田という2つの文字が並んでいた。

「呼ばれて飛び出たぞ」
「遅い」
気だるそうに現れた先田さんに超反応してオルガが文句を言う。
そのスピードはまるで早押しクイズでもやっているかのようだ。
実は先田さんと連絡がついたのはあれから2時間後のことであった。
それまで電話もメールも無反応な先田さんに対して彼女が積み上げたストレスはちょっとどころのものではない。
そのストレスを具体的に数値化するのであれば、八つ当たりの対象になったチャオ8匹分である。
ちなみにこのガーデンにチャオは8匹いる。
「仕方ないだろ。俺だって仕事でここにいる」
そうは言うもののなぜか俺のイメージでは仕事をしている印象が全く無い。
むしろ車で俺たちを移動することが仕事のような。
「仕事なんて抜けてくればいいじゃん。いてもいなくても大差ないじゃん」
なんてひどいことを言うんだ。
「一応言っておくが、大差あるぞ。特に今日のはあったぞ」
ああ、あるんだ。
先田さんに仕事があることにそれなりに驚いた。
「何をしていたんですか?」
「美咲をどうするかについて方針を決めていた」
「美咲……」
そういえばピアノという名前は俺とオルガにしか名乗っていなかったか。
「そうだ。そもそもなんで美咲はここにいたんです?」
契約とか言っていた。
その契約とは一体何なのだろうか。
「相手が不死身のチャオスだとわかっていたんですよね。その上で契約したとか言っていました」
「……美咲が、か?」
「はい」
そう答えると先田さんはふうと息をついた。
「本人が言ったなら隠す必要も無いか。どうせ俺が言わなくても本人に聞けば喋るんだろうしな」
などと言い訳のような言葉を呟いて、俺たちに話を始めた。
「美咲と契約した理由は他でもない。あいつが不死身だったからだ。当時、もちろん今でも不死身のチャオスを手元に置いておくことはARKにとって非常にプラスになることだった」
「もし他のカオスタイプのチャオスが現れても対抗できるから、ですか」
相手が死なない場合にこちらも死なない者を戦わせれば少なくとも負けることはない。
そのまま隔離できればいい。
そういう理由で俺もカオスタイプになれるよう小動物を集めることを指示された。
「それだけじゃない。危険な仕事をさせることも可能だ。例えばカオスエメラルドが関わるようなものとかな」
「あ」
オルガが声を上げる。
「もしかして、それって……」
「わからん。そうである可能性はあるが」
俺も遅れて気付く。
オルガと一緒にこのARKの最深部へ行った時、どこから手に入れたかわからないカオスエメラルドがあった。
それを取ってきたのがピアノだという可能性は先田さんの言っているように低いわけではない。
俺たちが手に入れた赤いカオスエメラルドのように、危険が伴うのであれば尚更だ。
不死身であるピアノ以外の誰がカオスエメラルドを手に生還できるというのか。
「それに、いるだけで大きなアピールになる」
「アピール?誰に?」
「そりゃもう色々な所に」
先田さんは大袈裟に両腕を広げ、色々さをアピールした。
どこにアピールするのだろうか。
似たようなことをしている勢力がいて、牽制になるとかか?
よくわからない。
「死なないからって実験と称してとか見世物としてとかでひどいことをしまくると後々恨まれて大変なことになったりしますよ」
「してねえよそんなこと」
「鉄球ぶつけてどれだけの力があるのか測定したりしてるとそのうち見えない手で殺されたりしますよ」
「どこの漫画だよ」
漫画と特定するあたりこの人は中々鋭い。
俺より長年生きているだけのことはある。
そういう方面に長い年数を使うのはもったいないと考える人間もいるわけだが。
1回きりの人生だから大切に。
そんな人生、こんな感じになってます。
「美咲自身にどういう理由があってこっちに来たのかはわからん。まあ間違いなくカオスエメラルドの力が目当てだったんだろう。おそらくは7つのカオスエメラルドの力が使えるような見返りがあったはずだ」
ピアノの考え。
7つのカオスエメラルドを使ってやりたいこと。
きっとそれは死ぬことなんだと俺は思った。
どうして死のうとしているのかはわからない。
不死身でいる者だからこそ感じる苦痛があるのだろう。
俺が殺してもらいたいと言っていた。
そのためにドラゴンをプレゼントした。
ドラゴンとカオスタイプを殺すことが関係あることには到底思えないが、俺にとっては大きなプラスとなる。
俺を強化することで自分を殺してもらう前に死なないようにしたと考えるのが妥当か。
それにしてもどうして彼女は自分を殺す者を選んでいるのか。
ただ死ぬだけじゃ満足できない、のだろうか。
「どうであれ過ぎたことだ。手元から離れた不死身なお嬢ちゃんをどうにかしないといけないわけよ」
「殺せるの?」
「無理だろうな」
俺もそう思う。
もしそんな手段があれば既にその手で死んでいるだろう。
死にたいと願っている死なないチャオスにとっては7つのカオスエメラルドだけが唯一の希望なのだ。
「しかし野放しにしておくわけにもいかない」
他のチャオスと違って、よく考えて動いているから人を襲う危険性があるかはわからない。
しかし、俺たちに対してはちょっかいを出してくる可能性が高い。
そういうことを先田さんは言った。
標的にされていなかったから俺は問題ないだろうが、オルガと優希さんは危険だ。
特に優希さんは本当に殺されてしまってもおかしくない。
「しかしどうして優希のやつは変なことするかね。おかげで大変だ」
「そりゃ殺そうとした相手が死なない方が珍しいよ」
オルガの言う通りだ。
俺だって実際に死なないところを見るまではそうだなんて思いもしなかった。
そういう存在がいるからといって、自分の身近に現れるなんて人間は想像できないのである。
「いや、後藤がそういうことは知らせてあると思ったんだが」
「所長が?」
「もしそういうことがあったら私たちだって知っているはずじゃないの?」
「いや、そうとも限らない」
「それってつまり、えこひいきみたいな?」
えこひいきというオルガの表現は多少幼稚な気がした。
けれどもそれが大して間違っていないことは先田さんの首肯とその後の言葉が証明していた。
「少なくともお前たちより優希の方が情報を握っている」
「うわ、ずるいなあ」
「あれもそれですか?」
適切な言葉がすぐに思いつかなかったので指示語ばかりで意味不明なことを言ってしまった。
翻訳すると、優希さんばかりチャオスの殲滅にあたるのも所長から優遇されているからですか、という感じになる。
少なくとも後半部分は、それ、という言葉のままでも差し支えないだろう。
指示語ばんざい。
そういうことを適当に補足しておいた。
「そうだな。それもそれだ」
「もしかして、あれもこれもですか」
「あれ、と、これ、が何を指すのか考えないまま喋ってるんじゃなかろうな」
「う」
「図星かよ」
指示語ばんざいならず。
無念。
「どうして優希なの?」
それは、どうしてあの子ばっかりちやほやされるの、などといった嫉妬の類の質問でなかった。
「優希であることにどういうメリットがあるの?」
「メリットがあるわけじゃない。リスクが無いんだ」
俺たちにあって優希さんに無いリスク。
「優希は絶対ARKに従う」
とっさにオルガが反応した。
「ARKの犬め」
「それは悪役が言うセリフだからな?」
「ダークヒーローって言ったの橋本じゃん」
「っていうかそれだとただのダークだから」
優希さんは絶対にARKに従う。
裏を返せば俺たちは裏切る可能性があると見られているということだ。
もしかしたら仮想上で悪役にされていてもおかしくはない。
つまりどっちにしろダークヒーローではないのである。
もはやヒーローであるかも微妙な線だ。
「正確には後藤の言うことに従う、だな。ごく一部を除けばARKの言うことに従っていると言っても正しいんだけどな」
「個人名が出てきた瞬間なんだか……」
「でりゃ」
オルガのチョップが俺の頭にめり込む。
岩や山を両斬できそうな勢いだった。
「何をする……」
「いや、なんとなく」
どうして優希さんが所長に従うのか。
その理由について、先田さんは深く話さなかった。

食事をオルガの方から誘ってきた。
珍しい。
いや、それどころかこんな展開は初めてだ。
彼女が脱木の実することは喜ばしいことでもあるし、俺は木の実を食わない派だ。
つまり誘いを断る理由など存在せず、ゆえにそういう選択肢が出る余地など無いというわけだ。
食堂。
「カレーコロッケカレーは禁止」
「え」
濁った声を上げた。
そこには驚愕とショックが混じっていた。
「な、なんで」
「別の食べ物も食べてみること」
「うう」
オルガはしぶしぶ従い、しばしば悩んでラーメンを選択した。
「じゃあ俺もラーメン」
「その選び方はなんかせこい」
「まあな」
嫌いな食べ物はあまり無い。
だからといって特別好きな食べ物も無い。
その時の気分で、これが食べたい、という意思が無ければそんな人間が何を食べるか決めることはちょっと難しい。
それを解決するために他人が選んだのと同じ物を選ぶのである。
カレーコロッケカレーは最近食べたので除外させてもらったが。
「正直、驚いた」
1度ラーメンを啜ってからそう彼女は言った。
「何が」
「私が、ケイオスじゃないって件」
彼女は自分の食べ物を見つめたまま話す。
俺はそんな彼女のことを見ていたが、向こうはこちらを見る気配はない。
食べても話しても彼女の目線はどんぶりに向いていた。
「話せば軽蔑されるかもしれないと考えなかったわけではなかったから」
ちょっとぎくしゃくした感じでオルガは話す。
少し恥ずかしいのだろう。
途中で先田さんを呼んで別の話をしていたから、どう切り出そうか迷ったわけだ。
それで食事に誘った、と。
「軽蔑、ねえ」
「人間だと思ってたのが人間じゃなかった。そんなことがわかったら普通はそれまで通りに付き合えないと思う。橋本みたく割り切った考えをできる人は少ない、きっと」
その通りだと思う。
人間には感情があるから。
俺だって完璧に割り切って考えられるわけじゃない。
彼女を軽蔑しなかったのは、彼女のことをそれなりに信頼しているからに違いない。
そうでなくても同じようにできた自信は全く無い。
「それどころか橋本は私の思っていた以上にすんなりと許容してくれて……、その、感謝してる」
「おう」
会話が途切れる。
箸が不自然に停止している。
オルガはぴたりと止まることで挙動不審になっていた。
「その、ありがとう」
そう言って、ちらりとこちらを見る。
一瞬目が合って、すぐにオルガは顔を伏せた。
それからは懸命にラーメンを食べる作業をしていた。
喋りそうもなかったので、俺もひたすらに食べることにした。
引用なし
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CHAOS PLOT 「PAST」
 スマッシュ  - 10/4/29(木) 23:57 -
  
「……」
「……」
会話が無い。
斬新なことがないとまあこんな感じにもなる。
仕方のないことである。
チャオガーデンに入ってくる人間は少ないというのも斬新さに欠ける一因だろう。
むしろほぼいないと言っても差し支えが無い。
チャオスについて研究している人間がチャオに癒しを求めることはないのかもしれない。
誰か来れば何か会話があるものだが。
今までもせいぜい美咲が来ていたくらいだ。
それもなくなった。
オルガと俺が生活のためにいるだけだ。
しかしこの頃先田さんがよく現れるようになった。
「よう、お前ら」
まるで美咲と入れ替わるように来るようになった先田さんは彼女と違ってチャオを可愛がりに来るわけではない。
彼のチャオである青いチャオとは多少の交流があるものの、彼にとってここに来る意味の大半が俺たちへの情報提供と言えた。
「美咲への対応が決まった。お前たちにも協力してもらう」
所長が優希さんへ情報を伝えるように、俺たちは先田さんから情報を得ていた。
先田さんがどういうつもりで俺たちに協力してくるのかはよくわからないが、そこには触れず有難く情報を頂戴している。
作戦について先に教えてもらうのは初めてだ。
というか、仕事という仕事は全て優希さんが独占しているのだから、そんなお知らせが来る時点でちょっとしたことであった。
「どうするの?」
殺すことはできない。
だからといって放置もできない。
その事実は以前確認した。
正直、これだけで既にどうしようもない状況に陥っているわけだが。
「隔離する」
そう、隔離するしかない。
それはこちらにカオスタイプの人材がいても同じことだった。
今隔離するのであれば、それに代わる何かが必要だった。
「どうやって?」
「檻に閉じ込める」
檻の中のライオンを想像する。
まあ似たような感じだろう。
でもどこに不死身のチャオスを閉じ込める檻があるのか。
「今からそこに下見に行く」
「下見」
オルガが反復する。
「それでこれから出かけることになった」
「へえ」
「お前たちも来るんだ」
「え」
移動することになった。
俺はそそくさと外に出る用に防寒をする。
適当に羽織るだけだが。
オルガはすぐにガーデンから出ていく。
常に同じ服を着て生活する彼女は寒さ対策というものをしない。
前に聞いた話によるとどうやら暑さにも強いらしい。
そういう季節によって服を変える習慣のいらない体質が彼女を着飾ることから遠ざけるのに一役買っているのだろう。
彼女の非人間らしさは枚挙に暇がないのだ。

移動には4時間はかかった。
これでも移動時間は短くしてある方だ。
なるべく速い乗り物、なるべく効率のいい移動。
金額を一切考慮することなく採用されたそれでも4時間。
それなりの長旅である。
距離を考えればなおさらだ。
その間、オルガは空の旅を満喫していた。
彼女にとって非常に刺激のあるものだったらしい。
しきりに外を眺めていた。
さて、やって来た場所。
冬の厳しさを身をもって教えられるような土地だ。
普段は平気そうな顔をしているオルガも今回ばかりは肌寒いようだ。
それでもいつも通りの服装なのはそういうこだわりがあるわけではなく寒いことを事前に知らされておらず予想もしていなかったことが災いしているのを俺は知っている。
俺も同じようなものだし。
「ここだ」
目の前には見慣れた大きな建物があった。
ARKと非常に似た外見。
むしろ違う点があるのか疑わしい。
異なる場所を挙げるとすれば、周りには何もないというところだろうか。
人里から離れた場所。
あそことは違って、世間から離れてひっそりとしている。
そんな印象を抱かせる。
「ここってもしかして?」
オルガの問いに先田さんは頷いた。
問いの内容は簡単にわかる。
オルガの声から期待をしていることが読み取れたから。
ここもまたARKの施設なのだ。
昔使われていたらしい。
オルガが先頭に立って中に入る。
「うお……」
声が漏れる。
初めて入る建物だが、中身は知っている建物と全く同じだ。
それなのにほこりが酷い。
それと暗い。
どうやら明かりがまばらにしか点いていないようであった。
そのギャップについ驚いてしまった。
「ほこりが酷いな」
先田さんが呟く。
オルガは黙々と歩く。
「暗いですね」
「こっちにはカオスエメラルドが無いからな。馬鹿みたいな量のカオスドライブで動かしてるが、それでも節電しないと足りない」
歩く方向にはチャオガーデンがある。
もしそれがARKであったなら、だ。
それにしてもよく似ている建物だ。
まるでトレースしたかのような。
向こうの方が後にできた建物のはずだから、トレースしたのは向こうか。
変化が無い。
そっくりそのままだ。
歩く距離すら俺たちの住んでいる施設と同じなのだろうと直感的に感じる程度に予想通りのタイミングでチャオガーデンに着いた。
無論、チャオガーデンも同じ形だ。
しかし元のデザインが同じというだけでガーデン内の状況は非常に違う。
チャオはいない。
おそらく今の施設の方に全て移されたのだろう。
木は全て枯れている。
どれだけの期間かはわからないが長く放置されればそうなるものだろう。
以前、ピアノに遭遇したガーデンより廃れているガーデンは一際寂しく見える。
「あった」
ガーデンの真ん中。
木馬がぽつんと置かれていた。
チャオ用だからかなり小さい。
小さいが、枯れた木などを見た後では唯一のおもちゃであるそれは非常に目立って見えた。
オルガがその前に膝を着き、背に手を乗せる。
ゆらゆらと揺らしながらじっと見つめている。
「うーん。これがあるってことは前はここで暮らしてたってことなんだろうけどさ、どうしてあっちに移動することになったの?」
「わからん」
先田さんの即答で会話が終わる。
数秒沈黙。
「わからないの?」
木馬を見てしみじみしていたのに思わずオルガは先田さんを見た。
「ああ。よくわからん」
「色んな情報持ってることだけが唯一の存在価値なのに」
失望したような目で先田さんを見る。
冗談か本気でそう思っているのか。
表情から判断できないがどっちにしろひどいことを言っている自覚が彼女にはあるのだろうか。
「……お前な」
先田さんが苦情を言おうとするのを無視してオルガは立ち上がる。
「もういいよ。行こうか」
「……お前な」
もう一度発せられたその言葉には諦めの色しかなかった。

リフトに乗って移動する。
カオスエメラルドが無いことによる影響はここにもあった。
動作がやたらと遅い。
ゆっくり進む足場はいつ目的地に到着するのかわからない。
もしかしたらちょっと寝たりできるんじゃないかと思う。
そうするくらいで丁度よさそうだが。
どうせ大して変化のない光景をずっと見るしかないのだろうし。
最初はまだ会話があった。
「優希さんはやっぱりチャオスの?」
「ああ。誘う暇すらなかった」
ピアノをここに監禁する作戦には彼女も参加することになっている。
彼女がこの場にいないのは別に構造が変わるわけでもないことと、チャオスの殲滅で忙しいからだ。
彼女は今、どれほどの小動物を集めたのだろう。
未だに俺たちに仕事が来ないことを考えると、まだカオスタイプになるのに十分な小動物をキャプチャしたわけではなさそうだが。
「それにしても頑張りすぎじゃないですかね」
「そうだな。あれ、ほぼ一日ずっとやってるぞ」
それでもリフトの遅さや照明の暗さなどに一通り文句を言い終えると、出てくる言葉が無くなった。
無言が続く。
3人の中で次に音を発したのは先田さんだった。
それはいびきであったが。
やはり少し寝るくらいで丁度いいのだ。
そうに違いない。
俺は目を瞑る。
寝心地がよくなかった。
そのせいで起きているのか寝ているのかわからない感覚をずっと味わっていた。
よくわからない時間だった。
ずっと起きていたかのように長くも感じたし、寝ていたかのように短くも感じた。
「あれ?」
オルガが声を上げたのだ。
それで俺の目は覚める。
先田さんもだ。
「これ違う方向に向かってない?」
「ああ。向かってるぞ」
「どういうこと?」
「こっちにはあんな神殿はない」
あんな神殿。
俺たちが普段いる施設ではカオスエメラルドは神殿の周囲にある柱の頂上に浮くようにして設置されていた。
そうである方がカオスエメラルドの力を引き出せるそうだ。
どういう理屈でそうなっているのかは知らない。

動力室を見て、驚愕する。
神殿のインパクトの強さがあった。
それとはすごくギャップがある。
広めの部屋。
中央にまるで大黒柱のような大きな機械が鎮座している。
そこにカオスエメラルドを装填する部位が7つあった。
なるほどあっちの施設とは似ても似つかない。
どこを見ても見えるのは機械類。
無駄な段差など存在せず、溝に大量の水を走らせることもない。
代わりに複数のハードが置かれ配線がそこかしこに巡っている。
神秘性などは一切ない。
「さて、作戦について説明しよう」
先田さんは柱のような機械をぱしぱし叩く。
「今回はこいつを使って美咲を宇宙へ隔離する」
「宇宙?」
宇宙とはあの宇宙か。
隔離する場所としては確かに最もよさそうではあるが。
「そう、宇宙だ。この施設は宇宙へ行ける機能がある」
「なんでまたそんな機能を……」
半ば呆れたようにオルガが呟いた。
わざわざつけるような機能じゃないだろうというつっこみには同意だ。
宇宙に行く理由でもあるのか。
「宇宙まで行けば大抵のものからは逃げられるからだろ」
そんな理由でつけるにしては大袈裟な機能だと思うのだが。
「まあともかく、宇宙へ隔離するわけだが、宇宙まで飛ぶには今のままでは馬力が足りない」
「宇宙へ飛ぶ以前の問題ですからね、これ」
もしかしたらホラー施設なのではないのかと思うくらいに薄暗い。
実際はエネルギー不足なだけである。
「読めていると思うが、カオスエメラルドが必要なわけだ」
「いくつ必要なの?」
「最低1つ。2つあればなおよい。3つ以上あるとベストなんだが」
怖い敵を退場させるために3つのカオスエメラルドをお供させる。
それにオルガは超嫌な顔をした。
せっかく集めたカオスエメラルドが、という気分なのだろう。
「後々回収ができないわけでもないから、そう嫌な顔をするな」
「むう」
先田さんのフォローは大して効果がなかった。
「じゃあ隔離について説明するぞ」
それでもオルガの不満は考慮されずに話は進む。
元々オルガの意思など関係ないのである。
「隔離までにやることは2つある。まず1つはカオスエメラルドをここまで持ってくること。もう1つは美咲をなるべく出口から遠ざけることだ。できればここからも遠ざけた方がいいから、こちらへ誘導するのがいいだろう」
モニターに研究所の地図を表示させた先田さんの指は入り口から道をなぞっていく。
指は俺たちがここに来るのに使ったリフトをスルーし、道に沿って中心部へと向かっていく。
2つ目、3つ目と所々にあるリフトにも乗らず、4つ目になってようやくリフトに指を重ねる。
「ここから地下に行く」
次に表示されるさっきとは少し構造が異なる地図。
地下の地図だ。
「ベストはここだが、地下に連れてきた時点で十分と言えるだろう」
指が示したのはリフトから遠ざかった部屋。
そして指をモニターから離す。
手は機械の上に置かれた。
「そしてカオスエメラルドをここまで持ってきたやつがこれを操作してこの施設を宇宙まで打ち上げる」
「この施設ごと宇宙に行くんだよね」
「ああ、そうだ」
「じゃあ、私たちはどうやって脱出するの?」
「その件か」
機械の上の手が動く。
指がキーを数回タッチした。
モニターに表示されている地図に赤い点がいくつか表示された。
「この赤い点の場所に脱出用のカプセルがある。これを使えば戻ることができる」
「ふうん」
「ただし、脱出できない場合もある。あくまで美咲を隔離する目的だからな。カプセルの射出をできる回数を限定する。作戦開始以降、1回しか使用できなくする予定だ。場合によっては1人2人しか脱出できないこともあるだろう」
カプセルの操作はここへ来る人間がすることになっていると先田さんは告げた。
最も安全であると思われるから、だそうだ。
しかし、1回のみとは。
生き残るための方程式が冷酷だ。
他に方法は無かったのだろうか。
「つまりケイオスが減る可能性もあるわけだ」
「そうだな。全滅もあり得る」
「……先田はそれでいいわけだ」
低い声。
彼女の鋭い眼差しも作用して場に緊張感が生まれる。
しかし先田さんの方は全く変わらないトーンで言う。
「ああ。俺は構わん」
その発言からは余裕さを感じられた。
作戦についての話はそのまま続いた。
別の方法はおそらくあったのだと俺は思う。
もっと俺たちが生存できそうな方法が。
そう。
あえてこんな難しい状況を押し付けられたのだ。
オルガはそれに気付いたから食いついた。
状況は変化しなかったが。
戦う前から戦いは始まっているのだった。

帰りのリフト。
やはり低速で話題も無い。
目を瞑る。
今度は寝るためではない。
考えるために。
意外だったことについて。
先田さんは俺やオルガに対して協力的であると思っていた。
常に俺たちをサポートしてくれるものだと。
必ずしもそうではないということが今回わかったわけだ。
いまいち彼の目的がわからない。
わかるのは、ケイオスを必要としていない、ということくらいだろうか。
裏切りとは少し違う。
先田さんは先田さんの目指す方向に行っているだけだ。
その途中で俺やオルガが必要になったから利用しただけ。
そもそも協力でもなんでもなかったのだ。
むしろ、そういう考えであることを示唆してくれただけ良心的だ。
それこそ、あたかも自分が俺たちにとってプラスになるものしか与えないように振舞って利用し続ければいいのだ。
こちらとしては気をつけるのみだ。
何も考えずに従っているだけでは手遅れになることがあるかもしれない。
いつの間にかもう死ぬことが確定したような状況になっていたりとか。
本当なら俺も他の人みたく目的とか野望があった方がいいんだろうが。
そういうのを抱くほど現状について深く理解していないのであった。

空を見上げる。
青を断片的に埋める雲の形をぼうっと眺めながら道を歩いていく。
前を見ずに上に目線を逸らすのは一種の逃避と言えるかもしれない。
それこそ空をきっかけに思考を現実から遠ざけようとすれば明らかな逃避だ。
俺は空を見るのをやめた。
逃避について考えることで逃避するなんてジョークは全くもって面白くないからだ。
そういうことをするなら、雲の形から食べ物を連想してよだれを垂らすくらいのどうしようもない感じの方がいい。
さて、現実。
俺が美咲を例の場所まで連れていく役割となった。
理由は簡単。
最も殺されそうじゃないのが俺だから。
そういうわけで俺は今、美咲を探して街中を歩き回っているのだ。
あまり気が気じゃない。
死ぬ確率が低いだけで殺されないわけじゃない。
うまく例の場所まで連れていく巧みな口実も思いつかない。
あそこまで連れていって何かするということはどうしても伝えなければならない。
そう話した時にどういう反応が返ってくるか未知数だ。
監禁するということは言わない方がいいだろう。
彼女は俺に殺されたがっていたから、そういう風に嘘をつくという手もあるが、そうした場合の反応も未知。
不安だらけだ。
俺1人で行かなくてはならないというのも心細さを増す要素になっている。
オルガに一緒に来てくれと頼み込んだら丁重に断られた。
「おのれ……」
非情なやつめ。
命大事だし仕方ないことではあるが。
「しかし、どこにいるかな……」
本来なら、真っ先に探す場所がある。
もしかしたらそこにいるかもしれない。
そう思う場所はある。
ピアノの姿を初めて見たあのチャオガーデン。
あそこで出会ったからというだけでなくあそこならチャオスの大群もくつろげるという理由もある。
そういうわけで探すなら最初に行ってみるべき場所だ。
それでもそうしないのはやはり恐怖か。
心の準備とか、決心とかがまだまだ足りないと判断してしまう。
足りないと判断することで逃げている。
ピアノを探す。
建物の中に入る。
粋な商品を眺めながら、目当ての物を手に取る人たちを見る。
彼女の本質が見抜けない。
どうかこの中に彼女がいないようにと願うばかりだ。
そしていくつもの店を回りながら、ピアノがいないのを確認する度に安堵しながら、俺は1つの作戦を思いついた。
ピアノと会っても最初は作戦のことを伏せて会話する。
日常会話を演じて、彼女から俺が彼女について知りたいことを聞きだす。
それらを判断材料にして、作戦について話さない方がいいという結論が導き出されればそうすればいい。
しかし、俺がそうしようと思えば、情報不足ということにして作戦について話さないで帰ることも可能なのだ。
彼女について少しでも多く知っておいた方がいい、という理由を盾にして逃げ道を作ったに過ぎない。
それでも保守に走ることのできる状況がどれだけ俺を安心させることか。

「いらっしゃい、橋本君」
「……」
他に探す場所も無くなっていた。
去り際に言った通り、この街の中にいるのであればこの場所以外にいるはずがない。
案の定、彼女は人の寄り付かなくなったチャオガーデンの中にいた。
もうここにしかいないとわかっていつつ足を踏み入れたのだ。
覚悟はできている。
逃げることができるから、という後ろ向きな覚悟だが。
俺に警戒し、飛びかかろうと姿勢を落とすチャオスを彼女が人間の言葉で制止する。
チャオスたちは張りつめた空気を残して大人しくなった。
こいつらがいなくても俺は十分張りつめているのだけれども。
「お前はどうして死にたいんだ?」
第一声がこれはさすがにないだろう。
もっとうまい入り方があるはずなのに。
言ってから後悔。
「唐突だね」
「あ、ああ」
彼女の声に緊張感はこもっていない。
警戒を悟られないようにそうしている、というわけではなさそうだ。
余裕だ。
彼女の態度だけがこの空気からずれていた。
「どうして死にたいか、だっけ」
「ああ」
「じゃあまだ私を殺す気じゃないわけだ」
「そういうことになるな」
「そっか。でもね」
その後に発せられた言葉で今度は疑問に支配された。
それまでの緊張感を塗りつぶされ、忘れてしまうほどに。
「橋本君ならきっと殺す気になってくれると思うな」
言葉を出すのに時間がかかる。
「どういうことだ、それは」
「なんていうか、橋本君はそういう性質なんだよ。特殊なくらいに」
解説のつもりなんだろうが、逆にわけがわからない。
矛盾を見つけるために藁をも掴む思いで同じコマンドを繰り返すかのごとく、俺はどういうことだそれはと直前に言ったことと全く同じセリフを吐くことで理解を深めようとしたがそれよりも彼女の発言の方が速かった。
「オルガちゃんでもよかったんだけど、彼女はもう意思を決めちゃってるからこっちに向くかわからなかったし、ね」
謎は深まるばかり。
無言で彼女の言葉を待つが、それ以上は何も言わない。
付け加えることは無いということか。
何かを示唆しただけ。
あるいは、彼女にとって自身の発言で重要だったのは俺がきっと殺す気になるということだけ。
どちらにしても彼女にこの話を続けてもらうことはできないだろう。
仕方ない。
俺はもう1度質問を出す。
「お前はどうして死にたいんだ」
「橋本君、私はね、生きるのに疲れちゃったんだ」
そんな精神的に傷ついた人間のようなことを言う。
そういう人々はたまに自殺する。
する方としない方ではどちらが強い心を持っているのか、よくわからない。
それはともかくとして。
目の前にいる彼女には自殺する選択肢が存在しない。
「ソニックって知ってるよね」
「あ、ああ」
英雄として有名なハリネズミ。
ただ、非常に昔の出来事であり当時の記録もなぜかあまり残っていないために実在したかは定かではない。
もしかしたらいたのかもしれない英雄。
それがソニックだ。
脈絡もなくその名前を美咲は出してきた。
「ソニックとカオスが戦ったっていう話も知ってる?」
「ああ」
カオスは7つのカオスエメラルドの力を使って破壊活動をしたらしい。
ソニックもまた7つのカオスエメラルドの力を使ってその危機から世界を救ったそうだ。
ソニックが世界を救う。
彼に関する伝説はそんなのばかりだ。
「私、そのことを今生きている誰よりもよく知ってると思うよ」
美咲の口調はちょっと誇らしげだ。
顔からも自分はちょっと凄いと言いたげな自信の色が見られる。
「……どういうことだ」
しかし意味がわからない。
この話が彼女の死にたがる理由とも結びつかない。
「見てたから」
「見てた?その、ソニックとカオスの……をか?」
「うん」
首肯と共に出された声は既に自慢をするようなトーンではなくなっていた。
落ち込んだ声からは哀愁が漂う。
まるで触媒のようにその声が俺の理解を早めた。
「その時から生きていたのか?」
「うん」
「何年前だ、それは」
「昔すぎて覚えてないよ。1000年はまだ超えてないんじゃないかなあ」
流石に100年程度ではないだろうとは思っていたが数字の大きさはチャオや人間が生きる長さとはレベルが違う。
「みんな死んだよ」
彼女は多くを語ろうとはしなかった。
ソニックなどの名を挙げていく。
俺たちでも知っているほど有名で、もうこの世にいない者の名前を。
そしてそれらに関する思い出を少し。
面識があったらしい。
最後に自分の飼い主の名前を挙げた。
これは聞いたことのない名前だったし、実際名前が知られるような人ではなかったと彼女は言った。
「もうみんないないし、やがてみんないなくなる。だから私は生きるのに疲れたの。どう、わかった?」
人間は100年生きれば長く生きた方だ。
チャオであれば6年も生きれば十分。
生きるのに疲れた。
そんな感情を抱くのに、1000年はむしろ長すぎる期間だったに違いない。
なんとなく察してしまった。
そしてそうであれば殺してあげたいと思う。
見事に彼女の言った通りになった俺だった。
しかし殺すことはできないのだ。
殺せたら隔離なんてしない。
彼女のためには隔離しない方が正しいのだが。
……。
…………。
悪いけれど。
この死ねない少女のために俺は何かをしてあげられない。
同情はできても、やはり脅威であることに変わりはない。
「お前を、殺せる場所がある」
「え?」
俺は彼女を騙すことにした。
戦う前から戦いは始まっている。
過去があり現在があり未来があるのだから。
未来にとって都合のいい過去ができるように。
俺たちはばらばらに戦う。
引用なし
パスワード
<Mozilla/5.0 (Windows; U; Windows NT 6.0; en-US) AppleWebKit/532.5 (KHTML, like...@p074.net059084102.tokai.or.jp>

CHAOS PLOT 「SPACE COLONY ARK」
 スマッシュ  - 10/5/6(木) 20:26 -
  
誘導は成功した。
移動中は非常に大人しかった。
本当に死ぬことを望んでいるのだろう。
どうして俺が選ばれたのかはまだよくわからないが、聞く気もしなかった。
施設内でも彼女は非常に安全だった。
彼女からカオスエメラルドを預かった。
突如変身され、カオスエメラルドの力で攻撃されたらひとたまりもないからだ。
どうにかカオスエメラルドを手放させることが必要だった。
それはすんなりといった。
疑われることなく手に入れることができた。
まだ優希さんやオルガと合流していなかったのが大きかったのだろう。
その後、それを優希さんに渡した。
優希さんがカオスエメラルドを設置しに行く役割になっていたからだ。
当然脱出用カプセルの操作もすることになった。
もしかしたら彼女は1人で脱出してしまうかもしれないと先田さんは危惧していた。
彼女は本当にそういうことをするだろうか?
わからない。
ともかく俺は白いカオスドライブを渡された。
宇宙へ行く前であれば、それで瞬間移動して脱出できる、とのことだ。
キャプチャする機会がなかったので、俺はまだそのカオスドライブを隠し持っている。
緊急脱出用の物ではあるが、いざとなったら攻撃用にもなる。
大きなプラス要素だ、これは。
そして。
優希さんがカオスエメラルドの設置のために1人リフトに乗った時に勘付かれた。
元々彼女は施設内に入ってオルガと優希さんと合流した段階で警戒を強めていたようだった。
疑っていたわけだ。
思えばカオスエメラルドを持ったのが、そして単独行動をしたのが優希さんであったのがよくなったのだろう。
彼女が優希さんのことを疑わないはずがないのだから。
いや、しかし。
それがオルガでも同じような結果になったのかもしれない。
俺が1人でリフトに乗るわけにもいかないだろう。
そう考えると、誘導の方法が悪かったと考えなければならない。
どうであれ、もう遅い。
既に俺たちは手遅れという地点を通り過ぎているのだ。
優希さんの乗ったリフトに飛び乗り、ピアノと自称したライトカオスの姿を見せた彼女を追いかけて俺とオルガも追った。
作戦は失敗した。

チャオスを相手にする場合、俺たちは変身した方が無難だ。
事実オルガは既にニュートラルヒコウの体になっている。
リフトの上。
彼女が躊躇なくそうすることができるのは、いくらでも変身できるから、という理由が大きい。
彼女には変身における時間制限が無い。
そして俺たちと違いカオスエメラルドも必要としない。
以前、大ダメージによって変身が解除されたことはあったが。
用意された水色のカオスドライブは6個。
30分は戦闘できる。
やることを整理。
まずリフトの移動中どうにかやり過ごす。
突き落とせば下は深い。
できることならそうするのが好ましい。
よって、カオスドライブのいくつかはここで使うのがいいと思われる。
オルガがピアノへ飛び蹴りを放つ。
臆すことなくその足を掴み、ピアノはゴミを廃棄するかのようにオルガを放る。
「橋本君」
気にも留めず俺を見る。
「嘘ついたんだね」
無表情。
それどころか声にも感情は宿っていない。
彼女にとって俺は敵。
そう判断するに値する情報を得たのだ。
こうなればピアノに感情はいらない。
望まないものは処理される。
否、処理であればまだいい。
彼女の攻撃には悪意というスパイスが過剰に込められるのは前の戦闘でわかっていることだ。
それは味わう者を楽しませるものではない。
味わわせる者が楽しむためのものだ。
長い苦しみが頭をよぎる。
「ふんっ」
ピアノの背後から蹴り。
戻ってきたオルガの回し蹴りだ。
下への勢いが付加されていなかったことが幸いし、ただ飛ぶのみで帰還できたのだ。
ピアノはそれを片手で受ける。
視線はこちらに固定されたままだ。
オルガはすぐに離れ、上を飛んでこちらに戻る。
オルガだけでは圧倒的に不利だ。
せめてどちらかが変身して加勢したい。
優希さんを見る。
目線は交わらない。
ピアノを見つめ、顎に手を当て、考え込んでいる。
リフトの移動を終えたら次は何があるだろうか。
まず動力源を破壊されないようにされなければならない。
そして脱出できるように隔離もしなくてはならない。
つまり動力源から遠ざけ、さらに動力源に近づけないようにする必要がある。
困難。
カオスエメラルドを持っている優希さんにここは持ちこたえてもらいたいところだ。
アイサインを送るがこちらを見ていないので効果がない。
ピアノもオルガも動かない。
拮抗状態というわけではない。
オルガは踏み込むわけにはいかない。
不利だから。
一方有利なピアノは余裕ゆえに棒立ちしている。
おそらくどのような方法で苦しめてやろうか考えているのだろう。
あるいは、先ほど見せたように相手の攻撃を捌き反撃することでねじ伏せようとしているのかもしれない。
どうであれ、動かないのであればオルガもまた動かないのが無難と言えた。
「橋本」
声がかかる。
優希さんが俺を見ずに俺に話しかけていた。
「無線」
優希さんは水色のカオスドライブをキャプチャし、そして消えた。
「え?」
瞬間の出来事だった。
とりあえずあらかじめ持たされた無線からイヤホンを耳に。
声が聞こえた。
「こちら優希、こちら優希。応答しなさい」
「……こちら橋本」
小声で応答する。
「あいつをうまく隔離しなさい。5分で」
「え?」
「リフトが止まったら報告すること。そこから5分。わかった?」
「はい」
2対1で安全に事を運ぼうとするのであれば俺が変身する必要がある。
水色のカオスドライブを取り出そうとした時、リフトの速度が上がった。
まわりの照明も強くなる。
言葉の理解が訪れた。
カオスエメラルドを設置されたのだ。
そしてその結果としての加速。
時間が経てば隔壁によって閉じ込めようと働く。
「なるほどね」
ピアノが呟いた。
俺たちにはっきりと聞こえる声量で。
「宇宙に行ってしまえば私という脅威が取り除ける、というわけね」
「……」
見抜かれた。
しかし、今更隠すことでもないとも思う。
逃げられないように気をつける必要はあるが。
どうして宇宙に行くなんてことがわかったのだろうか。
「どうしてこの施設が宇宙に行けると知ってる?」
「この施設はスペースコロニー・アークの模倣品だから」
「……は?」
与えられた結論に俺の思考は到達できない。
そこまでの道が見当たらない。
明確な情報不足だ。
「過去に起きたことをそのまま模倣して行えば、結果は過去に起きたそれと同じようなものになる。どういう理屈でその結果がもたらされるのか、なんてことは考える必要がない」
過去を模倣して行えば、結果は過去と同じになる。
確かにそういうことはあり得る。
どこかへ行く時、以前そこへ行くために通った道筋をそのまま行けばしっかり目的地に辿りつくように。
だが……。
「だけど、真似をしたからってさほど効果があるようには思えないんだが」
「スペースコロニー・アークもマスターエメラルドの神殿を引用しているんだよ。神殿を引用することで、それの効果もそのまま持ってきてる。予想以上の成果が出る可能性は既に示唆されてるんだよ」
オルガがそこで割り込む。
「そもそも、どうしてスペースコロニー・アークを真似しているって知ってる?だってあれは……」
「オルガ、あいつは知ってるんだ。たぶん本当に、知ってるんだ」
オルガの疑問を俺が遮る。
彼女の言いたいことはよくわかる。
青いハリネズミが音速で走って大事件を解決するようなことが過去にあっただなんて信じ難い話だ。
そのハリネズミが関係したものもまた、やはり俺たちには信じ難い。
だが、彼女は。
「私は、スペースコロニー・アークで迷子になったから。その時のことはよく覚えている」
「迷子って……何それ」
迷子という単語が悪い冗談のように聞こえさせる。
チャオがスペースコロニーで迷子になるなんてことがあるだろうか。
それでも俺はなんとなくそれが真実だったのではないかと思っていた。
理由はない。
直感的にそう思っていた。
「でもね、スペースコロニー・アークは実在して、そしてそれを模倣する選択肢が後藤にとって絶対の正解だってことは事実なんだよ」
「どうしてスペースコロニー・アークの模倣なんだ?」
問題はそこだと俺は感じた。
俺の欲しい情報は本当に迷子だったかどうかではないのだから。
「あれは究極生命体を生み出した場所だから。真似をすれば同じようなとんでもないものを生み出せる」
「究極生命体?それがケイオスなのか?」
「ううん、ケイオス程度じゃあ究極生命体なんて言えないよ。ただの通過点だね。ARKが、後藤が目指しているのは不死身の人間だよ」
「不死身……!?」
そのワードには思い当たる節があった。
美咲がピアノと名乗り、不死身と判明する以前からその言葉は聞いていた。
「君たちが不死身のケイオスに進化すれば、それを材料に不死身の人間が作れるって考えなんだよ」
「じゃあ、君がこっちにいたのは」
「もしかしたら私が材料になるかもしれないってことなんだろうね。オルガちゃんも、今そういう感じだよね」
「まあ、そうだけど」
淡々とした答え。
少し前からオルガの口数は少ない。
彼女は今何を考えているのだろう。
「まあ、どうであれスペースコロニー・アークを真似すればきっと辿りつけると思ったんだろうね。それは合っていると思うし、実際今のところうまくいっている」
もしスペースコロニー・アークで作り出された究極生命体とやらが不死身だったりするのであれば、模倣する対象としては疑いようもなく正解だろう。
「でも、模倣するのはデメリットもある。お手本はもしかしたら遠回りしているかもしれない。けれどお手本が正しいかどうか判断できないとしたら、素直に遠回りでも真似しなくちゃいけない。動力源を神殿へとするためにわざわざ新しい施設を作るように、ね。このリフトいつもと違う方向に行ってるよね」
この先が動力源なことがばれている。
どうにかしてうまく誘導するか、あるいは力ずくでどこかに押し込むしかない。
そして、模倣について。
真似たところで効果が得られるとは限らないことも考えればデメリットだらけだ。
過去と同じことをしているんだから成功するという曖昧な安心感が確実に得られるだけなのだ。
「さて、スペースコロニー・アークはとんでもない化け物を封印してたけど、ここは私をしっかり封印できるのかな?」
挑発的に言った。

リフトが止まった瞬間から始まった。
戦いであり、闘争であり、戦争だ。
ピアノが動力源を目指して駆け出すことを阻止しなくてはならなかったが、これに成功した。
動力源がどこにありどのルートを行けばいいのかはわかっていないだろうが、しかし走られる前に足止めできなければ大問題だった。
あとはうまく遠ざけて、逃げられないようにすればいい。
ピアノが俺の正面へまっすぐ走ってくる。
どう突破する気だろう。
横へ抜けるのか、飛び越えるのか。
トラのパーツをつけた右手を引く。
眼前までそのまま走ってくる。
タックルか?
俺は右腕を突き出す。
腕はピアノの腹部を貫通した。
「っ!」
だがピアノは止まることなくそのまま体を前進させる。
ここで彼女が俺と同じように攻撃してきたら。
俺は死ぬ。
そして死なない彼女は死なない。
まずい。
右腕を抜こうとするが、抜けなかった。
焦燥感に煽られ左手を突き出す。
それがピアノの顔面にぶつかり、ひるませたのと同時にずるりと突き刺さった胴体が少し遠のいた。
「でぇい!」
オルガが俺の後ろからどこぞの変身ヒーローのような飛び蹴りをピアノの顔にぶつけた。
俺の腕から離れ、床へその体を沈める。
「橋本!」
顔に乗ったままのオルガが叫んだ。
反射的にやることを把握して、俺はピアノの足を掴んだ。
オルガが離れる。
それを見てから俺は足を持ち上げ、自分の体を思い切りひねりらせて投げ飛ばした。
投げるべき方向に投げることができた。

常に2対1の状況を保つこと。
これが必須だった。
1対1では捨て身の行動を取られた時の対処に困るからだ。
互いにフォローできる位置をキープし、思うように事を進めることに成功した。
隔壁はしっかりと閉じられた。
脅威を閉じ込めることに成功した。
ただしその脅威と一緒に俺たちも封印された。
「……あちゃー」
ピアノが漏らした声は後悔の色がない、諦めが全ての明るく無気力な声だった。
そして室内は明るさを失った。
完全に暗闇に包まれたわけではないが、一瞬前と比べれると明確な差があった。
「一体何だ?」
「お疲れ様。あなたたちのおかげで美咲を隔離することに成功したわ。私はもう脱出したわ。カオスエメラルド3つと共に」
「何を言ってる?宇宙へは?」
「宇宙まで隔離するよりも、カオスエメラルドを失わずにいることが重要だと判断したわ」
「……俺たちの脱出は?」
返答はなかった。
やられた。
暗くなったのは強力な動力が失われたせいか。
「やっぱり困ったことになったみたいだね」
淡々と言われた。
嬉しそうだったり楽しそうだったりするような嫌味な感じは全くない。
彼女の言う通り、実際に困ったことになったようだ。
しかし問題はないのだ。
俺は白いカオスドライブをキャプチャする。
「それは」
ピアノの驚く声。
「……じゃあな」
ピアノへ言う。
こういう時声をかけるのは、される側にとってどうなんだろう。
何も言わず無慈悲に去った方がいいのだろうか。
「気をつけなよ」
返答があった。
ピアノは止まったままだ。
危険ではないようだ。
俺は少し様子を見た。
それを理解したか、ピアノは続ける。
「気をつけていれば、気をつけてもだめなこと以外はどうにかなるから」
「ああ、なんとなく理解したよ」
長く話すのはよくないだろう。
情が移る前に。
情を移そうとされる前に。
そんな雰囲気になってしまう前に。
俺はオルガの傍に歩いていく。
そしてオルガだけを巻き込み、脱出した。
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CHAOS PLOT 「RESULT AND POISON」
 スマッシュ  - 10/5/6(木) 20:28 -
  
「どうするんだ。あれだとそのうち脱出されてもおかしくないぞ」
「本当にそうなんでしょうか。もしかしたらあれで十分かもしれません」
責めたてる先田の言葉を優希は受け流す。
「確かに、そのうちまたこちらに戻ってくるだろう」
後藤が先田の発言を肯定する。
先田は眉をひそめた。
こういう時、後藤は決まって何かしらのこちらにとって不都合な意見を持っているからだ。
後藤の性格上、そうでなければ相手の発言を肯定することは基本的にない。
「カオスエメラルドを1つ手に入れた代わりに彼女を封印しそこねた。時が経てば彼女は猛毒となり、我々を滅ぼそうと動き始める。それまで残された時間はおそらく少ない。これが現状だ」
よくここまで饒舌にまくしたてることができるものだと先田は思う。
自分の勢いをへし折られているような感覚を味わう。
後藤は偉い。
だがそれは決定的な差となって彼に決定権を握らせるのだ。
早い話、大抵どう話が転んでも後藤の思い通りの結論となる。
そうだとわかっているが、わかっているからこそなのか先田は釈然としない面持ちを隠し切れないでいる。
そして罠だとわかりつつも話を進めてしまうのだ。
「じゃあ、どうするんだ?」
「その前にカオスエメラルドを全て集めてしまえばいい。そうしたら今度はこちらが宇宙へ逃げればいい」
今のARKもスペースコロニー・アークを真似た物であることには違いない。
スペースコロニー・アークが飛べるのであれば、それを基に作られたこれも飛んで然るべきなのだ。
「そのカオスエメラルドはどうやって集めるんだ」
「残りは、あと……3つだったかな?」
「そうですね。あと3つです」
「そうか。3つか。それらはいかなる手段を使っても入手する。無論、どこにあって誰が所持しているか特定するまでが問題だろう。だが、おそらくは出来損ないが拾ってくることだろう」
「拾えるとは思えないがな」
「なめてはいけないな。あれらは兵隊としては出来損ないではあるが確かに怪物でもあるのだから。人間が探すよりも確実に、そして迅速に察知し回収してくることだろう。そして力を得た彼らは我々の所へ向かってくる」
大した根拠もないのに自信がある。
後藤がどこまでそれらについて正確に把握しているのか。
少なくとも自身よりかは知っていることは多いはずだ。
そう先田は評価している。
あるいは、今自分がそうされているように、掌の上で躍らせる準備が既にできているのかもしれないとも考えた。
「ああ、そうだ。オルガ君と橋本君についてだが。君のサポートのおかげで生き長らえることができたようだね。感謝しておこう。せっかく生き残ったのだから、彼らには有意義な任務をそのうち与えようじゃないか」
「……」
その挑発的な物言い。
これもまた計算の上で放たれた正確な銃弾だとするならば、何を意味しているか推測することは簡単だ。
脅しである。
邪魔をするな、ということだ。
そういう釘を刺したのである。
オルガと橋本が邪魔者と認識されていることもここからわかる。
そして。
そういうことを言ってのけるということは、言われた側に残された時間は短いということだ。
のんびりと考えられる程の猶予はないのだろう。
つまりそれは残りのカオスエメラルドがすぐに集まることを示唆していた。
3つのカオスエメラルド。
それらが短期間で手に入れるという確証があるのかもしれない。
そう先田は睨んだ。
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CHAOS PLOT 「PERSONALITY」
 スマッシュ  - 10/6/30(水) 23:53 -
  
優希さんに呼び出された。
もしかしたら罠かもしれない。
彼女の矛先が俺に向く可能性を否定できる根拠は存在しない。
俺は応じるべきかどうか迷ったが、結局言われるがまま指定された場所に行くことにした。
それに、俺はそこまで危険ではないと感じていた。
優希さんにその場で問答無用に殺されるということはない、と思う。
殺す気ならわざわざ呼び出さなくたっていい。
呼び出す機会があったのだから、その時に殺してしまってもよかったのだ。
場所も場所だ。
指定された場所は訓練室だ。
最近訪れることは少なくなった。
オルガは基本的にガーデンにいるからあまり近寄ることはなく、美咲はもういない。
彼女はどうなのだろう。
彼女だけがひたすらにあそこに通っているとしたら、あそこは既に彼女のスペースになっているのだろう。
まるで私室のような場所。
ひっそりと殺すのにふさわしい場所とは言い難い。
自分の部屋はゴミ箱ではない。
自分にとって嫌な物を溜める場所ではないのだ。
それにあくまで施設の中だ。
オルガや先田さんが気まぐれで来るという可能性がないわけではない。
そう考えると緊張する意味もないだろう。
水色のカオスドライブを常備できるわけではない。
殺されそうになった時にはどう抵抗したって無意味だろう。
オルガには呼び出されたことを伝えておいた。
彼女は俺が行くのを引きとめようとして、途中で言葉を濁してうやむやにした。
干渉しない。
その判断は非常に正しいと思う。
結局は他人の問題だ。
そうだ。
これは俺の問題だ。
俺が選択するべきだということを忘れてはいけない。
それについての覚悟もだ。
大丈夫。
もう既に1人、俺の判断であんなことになってしまったのだから。
あるいは昔から俺の判断で酷い目に遭ったやつはいるのかもしれない。
例えば、シンバ。
考えなしにチャオスの戦いに突っ込むようなことをせずに、ずっと無難なことをしていれば、あのチャオスは今も生きていたのだろうか。
そうやって思い返していると気分はどんどん沈んでいく。
これからそうなってしまうような過去を作らないように、大丈夫でなくてはならないんだ。

死ぬようなことはなかった。
ドアが開くと同時に撃たれたりすることもなかった。
優希さんはゆったりと座っていた。
両手に何も持っていないことも確認できた。
安全。
今、俺は促されるまま椅子に座っている。
彼女の動きが少し硬いような気がする。
緊張しているのだろうか。
うまく殺せるかどうかという点で緊張しているとは思えないが。
思えばどういう理由で呼び出されたのかもよくわかっていない。
諸々の不安から出る俺の緊張感とで場は微妙な雰囲気になっていた。
「今日呼び出したのは他でもないわ」
そういう空気だったからか、まさに話を切り出すぞと言わんばかりの定型句で話は切り出された。
「私たちに協力してほしいの」
「それは……」
言葉を選ぶ。
彼女の言わんとしていることはなんとなくわかる。
だから、相手の言葉を引き出せるように。
「どういうことへの協力ですか」
「ARKの本当の目的を達成することへの、よ」
ARKの本当の目的。
それを俺は既に知っている。
「ARKは不死の人間を生み出すためにあるの。チャオスを殲滅するためではなく」
「……」
「あまり驚いていないようね」
「……美咲から聞いていたので」
そうでなくとも似たような反応になっていたのではないかと思う。
いきなり不死の人間だなんて言われても反応に困るだろう。
「そう、なら話は早いわね。その協力、すなわち不死身のケイオスになることを目指し、不死身になったらそれを他の人間へも反映させられるようになるまで力を貸してほしいの」
悪い言い方をすれば、材料になれ、と言われていることになる。
だが口にも表情にも出さない。
そのような皮肉は本意ではない。
「どうして不死を?」
「え?」
なんとなく思った疑問を口に出しただけだった。
深い意味はない。
だから、今のように聞き返されると少し困ってしまう。
取り消そうかととっさに思う。
遅れて、聞いてみるのもいいかもしれないという思いも生まれた。
俺は後者に従った。
「どうして、ARKは不死身の人間を目指しているんでしょうか」
「あなたは死ぬことが怖くないの?」
「……あまり深く考えたことはないです」
死にそうなことはあった。
その時には恐怖を感じたが、それでもその感情をいつまでも持っているわけではなかった。
危機が去れば安堵し、忘れてきた。
「死とは恐ろしいものよ。死んだ後、どうなってしまうのかわからない。死後の世界があると信じきることは難しいわ」
そうだろう。
本当に天国や地獄があるとは思いにくい。
仮に死後の世界があるとしても、それを証明する手立てもない。
「それよりも、死ねばただ無がそこにある、と思った方が現実的でしょう?」
「そうですね」
死後がどうなっているのか考えている時点で現実的な話ではないのかもしれないが。
少なくとも現世的ではない。
「自分が消えることは、恐怖よ」
優希さんは軽く腕を組んだ。
本当に軽く、自然な動作だったが、それは不安から自分を守るために自身をかき抱く行為にも見えた。
「今、ここにいる私が消えてしまう。私という個が消えてしまうのは嫌なのよ。私は私であり続けて、確かにここにあり続けたい」
その声がかすかに震えているとわかった。
組んだ腕は少し強張っていて。
少しの沈黙。
彼女の声はもう落ち着いたものに戻っていた。
「多くの人はそう思うものなのよ。だから、不死であることを求める多くの人がARKに協力しているわ。莫大な金と、強力な権力を提供することで」
多くの人が死を恐れている、と言った。
それは確かに正しいのだろう。
しかし優希さんは間違ってもいる。
彼女の恐怖は彼女だけのものだ。
他の人間の感じる恐怖とは違うものだ。
クオリアは共有できないし、お互いに全く同じものを持っているという証明もできない。
個人差という言葉では表しきれない絶対的な差がそこにあるのだ。
だから彼女が自分をかき抱きたくなるくらいに感じている恐怖も、さっき彼女が言った感情も全ては彼女だけの物なのだ。
だが、きっとそういうことを優希さんは理解しているのだろう。
自分というものを強く感じれば感じるほど己の消滅は耐え難いものになるはずだ。
「ずっと生きていたいから優希さんはケイオスになったんですか」
「ええ、そうよ。美咲がいたから私はARKという存在を知った。そして、ARKのことを深く知って私はケイオスになると決めたわ。そうじゃなきゃこんなのになろうとなんて思わない。自分のためでなければ、人は戦えないわ」
組んだ腕はそのままで、しかし恐怖を発していない。
その仕草から表現されるものが別のものになったのだろう。
ケイオス。
それは自分の体を人類の敵である化け物のチャオスに変えられる存在だ。
好き好んで化け物になろうと思う人間は少ない。
自分が死なないために。
そういう意思が働いて初めてそれを受け入れる決意が生まれるのだろう。
強い口調が威圧をする。
「私は生きるためなら、不死になるためならなんでもするわ。邪魔な者は誰でも殺す。利用できる者は利用する。1秒でも早く私が死なない体になるように」
「俺はその両方なわけですね」
「ええ、そうよ」
「……しばらく考えさせてくれませんか」
「構わないわ。でも手遅れにならないように気をつけなさい」
「はい。それでは」
「ああ、少し待ちなさい。あなたが生きている間にこちら側に来る決心をすると祈って忠告をしておくわ」
「……なんでしょうか」
「オルガに近寄りすぎるのはやめておきなさい」
「それは」
どういう意味だろうか。
想定される理由のいくつかがすぐに頭に浮かんだ。
冷静な思考がその中でもっともな理由を選び出した。
「不都合だからですか?俺とオルガが組んだらすぐ殺さなくてはならなくなると?」
「それもあるけれど、組む組まない以前の問題もあるわ」
「どういうことです?」
「私は、あなたを私たちの意志と関係なく、彼女という得体の知れないもののせいで失いたくはないの」
「得体の知れない?」
彼女はチャオスだ。
そしてここはARKだ。
得体の知れないという表現は非常に不自然に思えた。
いや、もしかしたら優希さんは彼女がチャオスであると知らないのかもしれない。
しかし優希さんはその可能性を消し去った。
「オルガは、チャオスでも人間でもないわ」
その言葉は俺にとって意味不明だった。
そして驚愕だった。
優希さんはオルガがチャオスであると知っていた。
そしてオルガは人間とチャオスのどちらでもないと言う。
2つ驚きが重なれば言葉が口から出なくなる。
「それはどういうことですか?」
「彼女の母親はチャオス。でも父親は人間よ」
「……ハーフ、ということですか」
「ええ」
思えば、父親は人間だと先田さんも言っていたな。
そういうことは可能なのだろうか。
チャオスが人間の体をキャプチャして手に入れれば少しは現実味のある話になる……のだろうか。
「……まあ人間とチャオスのハーフって点はチャオス以上に得体が知れないってだけで重要じゃないわ」
「え?」
てっきりそこを責めたてるのだと思っていたが。
「彼女は生まれた時、肉体が不安定だったらしいの。私もよくは知らないのだけれど……」
優希さんの聞いた話によれば、オルガは生まれた時、人間とチャオをぐちゃぐちゃに混ぜにしたような外見をしていたという。
どのような混ざり方をしていたかまでは聞かされていないということだったが、人間として見てもチャオスとして見ても違和感を感じずにはいられないものだったという。
「そして、体には欠陥だらけだったらしいわ。生まれてすぐに死んでしまいそうだったとか」
「……どうやって生き延びたんです?」
「単純な話よ。おぞましい話でもあるけど、ね。彼女はちゃんとした肉体を手に入れたの。チャオスの体と人間の体を両方」
「まさか……」
信じ難いことではある。
だが、彼女が言おうとしていることは嫌でも空気が伝えてくる。
「キャプチャを?」
「ええ。父親と、母親を両方」
頷かれてしまった。
察していたからやはりそうなのか、とは思えてもショックは大きい。
生まれたばかりの子どもが生きるために親を殺せば、それに対して恐怖を感じないはずはない。
印象は強く刻まれる。
俺のオルガに対するイメージは大きく変動した。
それは止めることは仮に止めたいと思ったとしてもできるものじゃない。
「そうやって生きるっていう手段を彼女は生まれた時から知っているの。だから、気を付けなさい。彼女の味方になっても危険なことに変わりはないわ」
「……はい」

「お、生きて帰ってきた」
チャオガーデンに戻ると、そうオルガがあたかも俺が死ぬと予想していたかのように驚いた振りをして言った。
「まあなんとか」
「で、何か言われた?」
「不死身の研究を手伝えと勧誘された」
「ふうん」
今度はあたかもそんなところだろうと予想していたかのように無関心な声を上げた。
「それで?」
「保留ってことにしといた」
「そう」
「研究のために金を出してる人がいるって言ってたなそういえば」
「あー、大金持ちが――」
オルガは彼女が把握している限りの人間と金額を言った。
中にはかなり有名な人物もいた。
どうも特定の層にはこの研究のことが知られているようだ。
「合計したらとてつもない金額だ」
「そういうわけだから、不死身の人間を早く作れるように実験台は多い方がいいわけだね」
「なるほど」
「そして人類の敵であるチャオスを消されると困るから私は邪魔者というわけ」
「そうか。チャオスが消えたら理由が無くなるのか」
オルガの目的はチャオスをチャオに戻すことだった。
ここはあくまでチャオスに対抗したりチャオスを研究するための場所。
チャオスが消えれば表向きな存在理由が消える。
しかも過去の事例の通りに動きのであればカオスエメラルドは7つ集まって力を発揮した後は散り散りにどこかへ行ってしまうという。
それだけではない。
今まで小動物の収集はチャオスに頼っていた。
小動物を揃えることが難しくなるなどの問題が発生する。
結構なダメージになる。
「あとお前がチャオスと人間のハーフで両親をキャプチャして生き延びたやつだから気を付けろと言われた」
「……」
これが事実であるかどうか。
気になることであった。
「どうなんだ、実際?」
彼女は正直に話してくれるだろうか。
あの神殿で俺に話した時のように。
「うん。キャプチャしたよ。両方」
あっさりと認めた。
あまりにもためらいがなかったことが予想外だった。
「どうも最初の7匹の中の1匹だったらしいよ」
「母親が?」
オルガは首肯した。
仕草も口調も普段の日常会話と変わりない。
違うのは俺に冗談を言うつもりがなかったことと、オルガもどうやらこの話題に関してそういうことをしようとは思っていないらしいことくらいだった。
「うん。最初の『融合』使うチャオス。最初で最後かもね」
「じゃあお前の能力は母親譲りってことか」
「キャプチャしてるからね。影響は結構受けてると思うよ」
「ふむ。じゃあ俺のはどこから来てるんだ?」
「性格」
すぱっと答えた。
「血液型かよ」
「あー、そういうのに似てるかも」
「……」
説得力の欠片も無いように感じた。
どうも自分が浮いた存在のように思える。
能力だけでない。
立場もそうだし、このARKにいる理由もだ。
そこが胸につかえた。
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CHAOS PLOT 「CROSS」
 スマッシュ  - 10/7/3(土) 4:04 -
  
5つ目のカオスエメラルドが発見された。
最初にその持ち主と遭遇したのは俺だった。
それも偶然に。
「よお、ケイオスさん」
街へ出歩いていたらそう声をかけられた。
声をかけた男はいかにも不良だと言わんばかりに目をぎらつかせていた。
それが本当に不良であれば面倒な人間にからまれたものだと思ったのだが、彼が俺にかけた言葉がそうでないことを示していた。
「……お前は誰だ」
「俺様はめっちゃ強いチャオス」
相当自信があるということがよくわかった。
「最近ここらで人間がバラバラになって殺されてて、近くに被害者の血で落書きされているって事件が多発してるんだけどぉ、知ってるかい?新聞は見てないのかな?まあどっちでもいいんだけどよ、どうも人間が殺したとは思えない位に遺体が酷いことになってんだけど落書きとかあるし人間以外の生物が殺したようには見えないわけよ。色んな所で超話題になってる。びびったやつはいよいよ外も出歩けないだろうぜ。で、その不気味な事件の犯人が俺様」
「何が言いたい」
「人を殺すのって楽しいと思わねえか?」
「思わない」
「でもチャオスを虐殺するのは楽しい」
「全くそうは思わない」
なんだこいつは。
人間の尺で考えれば狂っている。
チャオスとして考えてもおかしいはずだ。
「ま、別にいいけどよ」
「それで、何の用だ」
世間話をするために話しかけたわけでもあるまい。
「俺様、これからもばんばん人殺していくから頑張って止めてみろよ。お前らと戦うの面白そうだし」
「……」
「それと、俺様部下がいっぱいいるし、カオスエメラルドも持ってるから油断してかかってくるなよ?」
「カオスエメラルドだと?」
5つ目のカオスエメラルドということになる。
まさかこんな形で遭遇するとは。
「それじゃあお前のお偉いさんに伝えといてくれよ。キキキキキ」
そんなおかしな笑いを残して去っていった。
寒さが厳しい日だったというのに、その気味の悪い笑いがさらに肌寒さを助長したように思えた。
日が沈んでいる時間の方が長いわけであるが、この時は気分が沈んでいる時間の方が長かった。
そして帰って件のニュースを確認した俺は胃が痛くなった。
先田さんがわざわざ事件現場の写真、それも遺体がまだそのまま残っているグロテスクな写真を持ってきたからだ。
どうもARKではチャオスの仕業であると察知して情報を集めていたようだった。
そのうち討伐する予定だったらしいが、カオスエメラルドを所持しているということですぐにでも殲滅することに決まった。

カオスエメラルドの威力は絶大だ。
「しっかしつまんねーな、くそ」
人間に使ったら木っ端微塵になった。
一瞬で塵芥と化すことのできる石の破壊力に感動するものの、跡形も残らないのはつまらないと感じた。
もっと苦しむ様が見たい。
もっと血を流させたり体を切断したりして苦しませたい。
狂ったチャオスは人間の姿でカオスエメラルドを手で弄びながらそんな欲望を募らせていた。
しかし同時にもっとこの絶大な力でもって暴れたいとも思うのだ。
じゃあその遊びをするのに最適なやつは誰か?
決まっていた。
ケイオスのやつらだ。
他にも理由はある。
チャオスという人間様にとってオッソロシー怪物。
それが最もよく出る地域が今まさにこの狂ったチャオスのいる地域なのだが、そこには偶然か必然かケイオスがいてその化け物を退治している。
ケイオスがいなければ、しばらくの間にこの地域はとても人の住める場所ではなくなってしまうことだろう。
そうやってARKの連中が自爆した姿を思い浮かべるととても笑えてくる。
とっても大事なケイオスちゃんが死んで絶望している偉いヤツを見下しながらこう言ってやるのだ。
てめえら人間ごときが俺たちチャオス様を踊らせられると思ったら大間違いなんだよ、身の程を知りたまえ。
で、人間を殺戮。
この地域は地獄と化す。
愚かな人間には苦痛を、強い鬼には悦楽を提供する素敵娯楽施設だ。
ARKにあるだろうカオスエメラルドも俺たちの物。
入手したカオスエメラルドも使ってどんどん地獄を拡大していく。
いよいよこの星は人間の物からチャオスの物になるのだ。
そうしたら人間を奴隷にしても面白そうだ。
優秀な肉体や頭脳を持つ人間をキャプチャすることでチャオスはさらに栄えることだろう。
使えなさそうな人間はヤプーしてしまえ。
いっそのこと食用にするのも面白そうだ。
ここまで想像すると非常に面白くなってきた。
今まで自分たちを道具のように扱ってきた、いや、実際に道具として扱ってきた、あの人間たちが恐れおののき顔を真っ青にする姿が見れるのだから。
しかも、しかもだ。
この想像は根拠の存在しないクズのような夢想とは違う。
ケイオスさえ倒してしまえば十分に実現し得るものだ。
実現したくなる。
こりゃあなんとしても勝たなければ。
革命だ。
だがトランプのゲームで3が2より強くなるのとは違う。
ただ頭の悪い人間たちに、チャオスの方が人間より優れた生物なんですよ。あなたたちは勘違いをしていたんですよ。と教えてあげるのだ。
超親切。
それでこそこの星の王者の器があるってもんなのかも。
そう思って狂っている彼はけかけか奇声を上げているかのように笑った。
その姿を見守る無数のチャオスがいた。
彼の戦力である。
「……おやおや」
手に持っている紫のカオスエメラルドが自ら光を強く出している。
どうも何かに反応している様子だ。
「来たか来たか」
それぞれのチャオスも察し始めてきたのだろう。
空気に糸が張り巡らされた。

狭く長い路上での戦闘。
市街戦ではこういう事態に遭遇することもある。
事実何度かあったことだ。
俺ですら驚くことはなかった。
しかし、俺たち4人を驚かせたのは相手の数だ。
路上には無数のチャオスが隙間のできないように埋め尽くされていた。
空中にも念入りに配置されている。
そして横はビルなどの高い建造物によって壁となっていた。
3体の敵を相手にするには十分すぎる数と状況だ。
俺たちの目的とするカオスエメラルドへ手が届く前に容易に包囲ができるし、それまでに逃げることだってできる。
突破するのに時間がかかると思われた。
この戦闘の困難はそれだけではない。
俺やオルガを排除しようという思惑がしっかりとこの戦闘にも働いた。
優希さんの持っている水色のカオスドライブと俺たちに渡された数には相当な差がある。
そして何よりの差はカオスエメラルドを所持しているかいないかだ。
今回の戦闘のために持ち出されたカオスエメラルドは優希さんの持つ1つ。
相手がカオスエメラルドを持っているというのにだ。
俺たちが死ぬ可能性は結構高いだろう。
俺も早く向こう側につくと宣言していれば優希さんのような待遇になったのだろうが。
そして作戦でも先陣を切るのは俺とオルガになった。
優希さんは後方支援。
確かに銃器をケイオスの時でも扱える優希さん向きの役割ではあるが。
それだけではない陰謀も見えてしまう。
「はい」
オルガが水色のカオスドライブを俺の手に押し付けた。
2個だ。
「ああ、ありがとう」
こいつはいらないんだったな。
これで俺のカオスドライブは4つ。
20分でどうにかしないと死ぬ。
「しかしどうするよ。直感的に無理だ」
白いカオスドライブは一応1つ渡されているが、カオスエメラルドと比較すると非力すぎる。
「少しは頭を使え人間」
「お前も人間の体持ってるんだから考えろ」
「はは。そだね」
こんな状況なのにオルガはのん気だ。
いざとなったら逃げられるからか?
俺は20分経つ前にそこらへん判断しなきゃいけないんだよな。
辛い。
その前に普通に殺されるかもしれないし。
「どうやって効率よくこの数をさばくかが問題なわけだが……その方法が無い」
「そうだね」
「……どうしたものか」
頭をひねる。
問題点は理解できているんだ。
多少数が多いくらいなら一度の攻撃で大量のチャオスを巻き込むとかでどうにかなるんだろうが、そういう工夫程度で完璧に解決するような数ではあるまい。
「ビルの中はどうなんだろう。中に潜んでいる可能性はあるが、もしかしたら一時しのぎにはなるかもしれない」
「そうだね」
「時間さえあれば前にいるやつらからゆっくり倒していけばいいんだがな」
「……あ、思いついた」
「なんだと?」
「ちょっと耳貸して」
と、オルガは俺の耳に口を接近させ、優希さんに聞かれぬように俺に作戦を話した。
それは中々いいもので、やってみる価値はあると思った。
「いいな。他にいい案も無いわけだし」
「じゃあよろしく」
「ああ」
そしてオルガは会話から疎外されていた優希さんの方に体を向けて、にやりと笑みを浮かべた。
「それじゃ、後方支援ちゃんとよろしく」
「ええ」
「もしかしたら倒し損ねた敵が優希の方に行くかもしれないけど、ちゃんと命守ってね」
「……ええ、わかっているわ」
笑顔でそういうオルガは何かとんでもない企みを持っているとしか思えなかっただろう。
優希さんの顔には疑心が表れていた。
ただ明確に伝わったのは優希さんに危険が降りかかるようなことをオルガが思いついたということだけだろう。
「さて、じゃあ細かい処理について話そうか」
「ああ」
一体どのように大量の敵を相手にしていくか。
大まかな方針は決まった。
細かい部分での対策を練っていく。
優希さんに隠す必要は無い。
なので3人で検討し合った。

「……何やってんだ、あいつら」
狂ったチャオスは敵の様子を見て、呟いた。
どうも話し合っているように思える。
敵の数が多いから、その対策を練っている。
そのように見えた。
カオスエメラルドを用意してきてド派手な戦いにするのかと思っていたが。
衆目を気にして大きな音を立てたくないのか?
それともカオスエメラルドを持ってきていない?
どっちにしても大量のチャオスに対して頭を唸らせている。
「と、するならば」
じっくりと待つ必要はない。
苦しませてやる。
「前へ進め!戦闘開始だ!!」
叫んだ。
命令は伝達されていき、最前列へ伝わる。
そしてチャオスたちは戦闘のために動き始めた。

チャオスの群れがぐらりと動いた。
波のようにうねり、その次には獣のように突き進んできた。
「来た」
「ああ」
俺たちは変身した。
そして俺とオルガが前へ出る。
優希さんの体はすっと後ろへ下がった。
そして、襲い掛かってくる大群を俺たちは。
飛び越えた。
空中のチャオスよりも低く、しかし地上のチャオスが容易に触れられないように飛んでいく。
不死身のチャオスがやっていた方法で空中でジャンプしているように見せかけ欺く。
1度、2度、3度。
まるでそこに見えない足場があるかのように急激に軌道を変える目標に敵は驚愕し反応が遅れる。
そんな目を見開いて思考を停止させているチャオスの頭上に着地する。
荒々しい悲鳴が地に沈んでいく途中で踏み切り再び空中を駆ける。

奥へ奥へ進んでいく。
回避と進行に時間がかかった。
「うおおお!」
空中を飛ぶ敵の並びが道に見えた。
その道を通って上へ向かう。
次々に踏み、飛び上がる。
道の最後を思い切り踏み、他の誰よりも高く飛んだ。
このついでに、水色のカオスドライブをキャプチャしておく。
最上の視界からは光り輝く物体を発見することが容易だった。
そして同時にそれを持ったチャオスがどうやらオルガを狙っているらしいことも理解できた。
重力に引き寄せられながらオルガの状況を見る。
チャオスが包囲している。
攻撃をされはしていないが、動けないように厳重に囲んでいる。
逃がさないためだ。
考えられる可能性。
それはあの狂っているチャオスが仲間を巻き添えにしてでもカオスエメラルドの力でオルガを粉塵にすることだ。
味方を巻き込むなんてことをするだろうか、という問いはする必要がなかった。
きっとするだろう。
いよいよエメラルドの光が強くなるのを見てそれは確定した。
あいつがカオスエメラルドの力を解き放った瞬間。
それは非常に大きな隙となる。
カオスエメラルドという無敵の装備が攻撃に使われているせいで鎧として機能しないからだ。
俺は落ちながら白いカオスドライブをキャプチャする。
羽をはばたかせ速度を緩和しながらも落下を続ける。
オルガはどうやら自分が狙われていることが見えていないようだった。
自分の周囲の敵に対して警戒を放っている。
相手が動けば即座に倒すという威圧だ。
しかし彼女が見ている相手は動くことはないだろう。
それは逃がさないための檻だからだ。
カオスエメラルドの光が十分すぎる威力を含んでいることを告げていた。
俺は羽の動きを止め、地面へ向けて加速した。
オルガの真横に落下し、着地する。
「橋本っ……!?」
放出されたとてつもないエネルギーが巨大な光として視認できた。
オルガもそれに気付いたようで、あっと声を上げた。
俺はオルガを引き寄せて瞬間移動した。
視界が切り替わる。
ビルを上から見下ろしている。
そのくらい高い場所に移動できたようだった。
下にはチャオの行列が存在していたが一箇所だけそれに穴が開いていた。
結構広い。
無駄に長い時間をかけてチャージしただけの威力が確かに結果としてそこにあった。
「生きてるか?」
「まあ」
見る分には無傷なようだった。
チャオスの数はじわじわと減っている。
優希さんのおかげである。
大群を飛び越えて、彼女に全て任せたのが大正解であったと思える。
実際には嫌がらせのような感覚でやったんだけど。
「すごい威力だな」
「即死だね」
「ああ」
「あの瞬間ならあいつ隙だらけだったのに。もったいない」
「俺はお前を殺す方がもったいないと思ったんだ」
「……ありがとう」
「おう」
ゆっくり落ちていく。
まだ戦場は遠い。
この会話をもうちょっと楽しくこともできるが。
「そろそろ行こうか」
「そうだな。とっととカオスエメラルドを奪って帰るか」
示し合わせて、落ちる。
羽をばたつかせ、下へ飛ぶ。
急降下して狙うのはカオスエメラルドを持ったチャオスだ。
相手はこちらを見失って高所からきょろきょろ頭を動かしている。
このまま不意打ちで、と思ったが途中で気付かれた。
視線が確かにこちらに合う。
そして視覚情報に反応してカオスエメラルドをこちらへ向けた。
落下をやめ、横へ軌道を変えていた。
死をもたらす攻撃範囲が元いた場所を貫いたのを尻目に降下していく。
オルガが既に到達しており、目標にまとわりついていた。
俺も真上から踏みつけるように狙う。
しかし、敵は消える。
どこかに移動した。
「面倒だな」
下にいたチャオスを踏みねじり、地面に着地する。
オルガが既に赤いフェニックスの羽をばたつかせ一直線に加速していた。
見つけるのが速い。
俺もそれを追う。
傍にいたチャオスを踏み台にして、地上の渋滞から空中へと抜け出した。
俺も一瞬のみカオスエメラルドを持ったその姿を確認したが、すぐにチャオスの大群の中に身を隠された。
オルガが今まさに攻撃しようと上から爪を突きたてたと思ったら身を引いた。
直前まで狙い定めていた場所からカオスエメラルドによる非常識な威力の攻撃が発射された。
一筋縄には行かない相手だ。
後方の優希さんは着々とカオスエメラルドを利用して雑魚を蹴散らしているが、こちらへ来るまでにもうしばらくかかりそうなペースであった。
そしてオルガは再び周辺を見渡していた。
おそらく移動されたのだろう。
俺はオルガに近寄った。
「俺が先に行くから、お前が隙を見つけてとどめを」
「わかった」
白いカオスドライブをもう使ってしまった俺では相手の意識をこちらに向けることくらいしかできまい。
すぐにお互い別方向へ飛ぶ。
俺の視界からは目標を見つけることができなかった。
しかし空中にいることからこちらの姿は見つけられていることだろう。
俺は地上に潜った。
下降の勢いに任せつつ思い切り目の前にいたチャオスを殴る。
そのチャオスを始まりとしてドミノ倒しが生じる。
視界の悪い地上に長くいても、狙われた時に回避が困難になるだろう。
俺は倒れたドミノの上を走り、カオスエメラルドを探す。
広がっていくドミノの先でぎらりとした光が見えた。
高く跳躍する。
真下に光の太線が通る。
そして線の始点に向かってゆるやかに飛ぶ。
相手の目がこちらを向いていた。
成功だ。
オルガがそのカオスエメラルドを持ったチャオスの真後ろに突然出現する。
そして腕が背後から体を貫いた。
俺はオルガの傍に行って、周辺のチャオスをさばく。
オルガがカオスエメラルドを回収してここより脱出したのに一瞬遅れて俺も退避した。
こうして5つ目のカオスエメラルドを入手したのだった。
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CHAOS PLOT 「PHILOSOPHY」
 スマッシュ  - 10/7/17(土) 13:33 -
  
カオスエメラルドで何が起こるのか。
寝転がりながら考える。
天井に浮かぶ穏やかな空模様は想像の中に浸るのに適していた。
模倣することが大切だ、という感じのことを彼女は言っていた。
この施設はスペースコロニー・アークを再現した物らしい。
不死身の人間を究極生命体と見立てているそうだ。
オルガのやろうとしていることも似たようなことだ。
チャオが白いカオスエメラルドの力でチャオスになりました。
だから、その逆をすれば元通り。
思えば、チャオがカオスに突然変異した原因ももしかしたらチャオスと同じなのかもしれないという話をしたことがあった。
これもチャオからチャオスへの変化はチャオからカオスへの変化と似たようなことをしたから起きたのだと解釈できる。
現在、ARKはカオスエメラルドを5個所持している。
一体どういうわけだかわからないが、都合よくとんとん拍子で増えていく。
7個全て集まる日もすぐなのではないかと思う。
そして、不死身の人間が生まれるのだろうか。
もしかしたら生まれるのが究極生命体なるとんでもない生物かもしれない。
下手したらカオスを生み出して、しかも7つのカオスエメラルドによって力を得て、暴走して、何もかも破壊されるかもしれない。
大変な事態になった時、どうにかしてくれるのは誰か。
スペースコロニー・アークの頃やカオスの時ならソニックというのがいた。
その音速で走れるらしい青いハリネズミもまた7つのカオスエメラルドを用いて対抗したとか。
そういう前例があるのだから、今回もそういう英雄がいれば大丈夫だ。
では現在、そうやって救ってくれる英雄は誰になるのか。
……不在である。
まずい状況になったらそれがただ広がるのみだ。
不死身の人間を生み出す。
本当にこのためにやっているとすれば、悪い話じゃない。
オルガがやろうとしていることだって良いことだ。
世界は救われることだろう。
俺がやるべきなのは何なのだろうと思う。
優希さんは死にたくないから不死身になろうとしている。
特に考えがあるわけではない俺が何をするべきなんだ?
「……ん?」
オルガ。
彼女はチャオスをチャオに戻そうとしている。
だが、どうしてそうしたいのかは聞いていない。
チャオに戻すということはチャオスの存在の否定だ。
俺も含め、人間からすればチャオスの存在はいくら否定したっていいものだ。
オルガはそうではない。
彼女にはチャオスの血が流れているし、そうであるから当然チャオスの親がいた。
そもそもチャオスが生まれたからこそ、オルガのような人間とチャオのハーフという特殊な生物が生まれたのだ。
そしてその存在はチャオスがチャオに戻ることでどうなってしまうのだろうか。
人間になるのか、チャオになるのか。
そのままあり続けるのか、消えるのか。
どうなるかわからない。
あるいは、彼女が望むままになるのかもしれない。
どうであれ、彼女には彼女だからこそ抱えている心の闇がある。
俺はそれを気にせずにはいられないのだった。

考え続けて、結構な時間が経ったと思う。
チャオガーデンに誰かがやって来たことで俺の意識は現実に引き戻された。
珍しくチャオガーデンの外へ行っていたオルガが戻ってきたのだった。
俺は驚いた。
ニュートラルヒコウタイプのチャオを彷彿とさせていたツインテールの髪は縛られることなく下へと流れていた。
服装もいつもの無味乾燥な物ではなく、着飾りの精神を特にコートから醸し出していた。
普段のオルガと比較して総合的に人間らしい外見をしていた。
「……どうか」
「素晴らしいな。女の子だ」
髪型のせいで変身時とあまり印象が変わらず、普段の時もどことなく人間ではなくチャオス寄りの雰囲気を発していた彼女だ。
それがこうも人間らしさを発揮していることに感動した。
服はどうやら以前美咲が買ってきた物のようだ。
彼女に感謝。
「暑い」
「コートは中で着る物じゃないからな」
「……そうだったのか」
無表情に愕然とした。
人間っぽくない印象が増した。
コートを脱ぐ。
「んー、別にこれ着なくても外平気だと思うんだけど」
さらに人間らしからぬ言葉を吐く。
今は冬なのだぞ。
オルガがぽつんと呟いた。
「もっと早くから、橋本に頼っていればよかったのかも」
「……それはどういう?」
「チャオスは人間の敵だから、そのチャオスと人間の間に生まれた私はきっとすごく気味の悪いものだと思う。表面には出ないけれど、裏では恐怖されたり利用しようと企まれたりしてるんだ。人間であればそうはならなかった。チャオならそうはならなかった。もっと普通に誰かと過ごせたはずだと私は思ってる。私は、自分を肯定できない」
他の誰かとは違う。
その意識は非常に辛いものだ。
他者から攻撃を受ける理由となり、自分を肯定できる材料の不足となり得る。
「チャオスであろうとしたのは……開き直りか」
「そうだね。それにチャオスの方がわかりやすいし気味悪くないから」
「……」
「でもね、橋本なら受け入れてくれる。私にはそれがわかる。……冷たい理屈になってしまうのかもしれないけれど」
「聞こうか」
「キャプチャ能力にはその人やチャオスの本質が関係するから。チャオスのキャプチャ能力は他者を倒すために発展したものだから、他の誰かを押しのけようと思うほどたくさんの能力を強力に扱うことができる」
確かに、チャオスのキャプチャ能力は戦闘で有利になるためのものしかない。
そのために発展したというオルガの意見はもっともだ。
そしてより強くなろうと、より相手を倒そうと思ったやつがたくさんの能力を備えるようなことがあってもそこまでおかしいことじゃない。
そこで気付いた。
「まさか」
「うん。『融合』だけは違うんだ」
「その、『融合』には、どういう意味があるんだ?」
「相手を受け入れること。許容。だからキャプチャした物は自分と完全に一体化する。自在に扱える」
「そうか……そういうことか」
許容する能力が俺の性格から来ているものだとすれば。
俺は常人では受け入れがたいことでも受け入れることができるのだろう。
過去を振り返る。
自己分析をする。
夏から始まった変化。
今では冬だが、半年にも満たない期間しか経っていないということでもある。
その間にあった色々なこと。
常識から外れたものはこれでもかと言うくらいにあったはずだ。
俺はそれらを拒絶せずに飲み込んで、このおかしな環境に今日まで適応してこれた。
そういう素質があったからこそ、俺はこの能力を持った。
俺だけではない。
オルガや、最初に『融合』を得たチャオスだってそうなのだ。
そのチャオスは何を受け入れたのだろうか。
カオスエメラルドによって自身をチャオから化け物へ変化させようとする人間の心か?
チャオの心の中に自分のために生きる意志と同時に7分の1は他者を受け入れる気持ちがあったせいでこんなことになった……なんてのは出来すぎた話だが、もしそうだったらなんとも悲しい話だ。
ともかく、そのチャオスになったチャオはオルガの母親なのだ。
「あ……もしかして……」
オルガの顔を凝視する。
真相が見えてしまった気がした。
そもそも彼女は小動物以外をすんなりとキャプチャする能力なんて無い。
彼女が親を虐殺することなどできないのだ。
それなのに彼女は両親をキャプチャすることができた。
「お前の親は……」
「うん」
「そうか」
彼女の表情と、その頷きだけで理解できた。
彼女からの言葉は必要ない。
あるいは、彼女が言葉にして語らせていいような話ではない。
そうやって彼女の心から霧散させてはならないほどに尊いものだ。
彼女の母親は、おそらく父親もだが、受け入れたのだ。
彼女が自分たちをキャプチャしなければ生きていけないのだからキャプチャされようと。
そしてその決意を受け入れたのは他でもないオルガだ。
キャプチャされる側がそれを望むのであれば、おそらくオルガの能力でもすぐに人間をキャプチャできるはずだ。
オルガの両親は拒絶してオルガを見殺しにすることだってできた。
自己愛を超えた家族愛。
オルガはそんな幸福を受け止め、今後与えられるはずの一切の愛情から隔絶されたのだった。
生まれ育った場所での交流にも楽しいこともあったはずだ。
幸福だろう。
その裏に渦巻く陰謀などを気にせずにいられれば、だが。
そこに来たのが俺だ。
オルガや彼女の親と同じ素質を持った俺だ。
都合いいことに俺は何も持っていなかった。
オルガとの付き合いは彼女が経験した人との交流の中でもっとも純粋に近いものだったのだろう。
彼女が普段遊んでいるチャオたちのそれに近かったのだ。
「橋本はそうやって受け入れてくれる。理解してくれる。だから、逆に怖い。自分がやっていることが冷たいことのような気がして」
きっとそうなのだろう。
真実を話し、自分があたかも可愛そうな人間であるように思わせれば、俺は彼女を肯定する人間になり得る。
しかしそれは動物の習性を利用した遊びをしているようなものだ。
そうやって肯定されても、それが正しい許容のあり方だとは思えなかったのだろう。
それを回避するために彼女は言わずにいたのだ。
自分の目的を持てと言っていたのだ。
それでも俺はオルガに近づき、こうなった。
「大丈夫だ」
見捨てることは可能なのだ。
美咲に対してそうしたように、あるいはこれから優希さんに対してそうするであろうように。
「お前を許容するかどうか、最終的に選ぶのは俺だ。お前が選ぶことじゃない。俺が選ぶんだ」
彼女を肯定することは俺には難しい。
他の人間であればもっとありふれた言葉で認められるのだろうに。
でもそのような人間は現れなかった。
そして俺はオルガを肯定したいと思ったのだ。
オルガを許容すること。
俺がそれをするためには彼女に思い知らしてやらねばならないのだ。
俺とお前は別の存在である、と。
普通だったら、二人は一緒だとか一心同体とかを求めるものだ。
だけど俺たちに必要なのはそれじゃない。
他人であること。
“私”と“あなた”は違う。
今の俺がオルガを受け入れるためには、今のオルガが俺を受け入れるためには必要なのだ。
目の前にいる相手が尊い者だと思えるように。
「……ありがとう」
「それに、俺からこんな言葉を引き出すくらいに耐えたんだ。十分だ」
「うん……ありがとう」
いくら近づいても、二人のままなのだ。
それが普通。
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CHAOS PLOT 「RESULT AND CANNON」
 スマッシュ  - 10/7/17(土) 13:34 -
  
後藤は決断を迫られていた。
思った以上に早く美咲が復活したためである。
既に大量のチャオスを引き連れてこちらへ向かっている。
その他大勢はいいとしても、不死身のリーダーは厄介だ。
しばらく前まではうまく手元に置いていたが、思わぬ失敗によって敵視されることとなってしまった。
面倒な敵。
最善策は逃げることだろう。
この施設は宇宙へ逃げることができる。
そのついでにオルガと橋本の両名をARKの外で迎撃にあたらせておけば邪魔者たちをどかすことができるだろう。
この際、最後のカオスエメラルドも入手してしまおう。
後藤はそこまでを素早く決めた。
「これを動力源へ」
そう言って優希に渡した。
青色のカオスエメラルドだ。
「これは……?」
「私が所持していた物だ」
ARKの動力源に入れられるという意味では6つ目のカオスエメラルドだ。
しかし、これはもっと早くから後藤の手元にあったのだ。
そして7つ目も同様なのだ。
「エクリプスキャノンを使う」
動力源として神殿を設けた理由はずばり模倣のためである。
これはピアノこと美咲が指摘した通りだ。
しかし変わったのはそこだけではない。
エクリプスキャノン。
途方もない威力を持った兵器。
これも模倣と扱うこともできるが、意味はそれだけではない。
そしてもう1つ。
どうして施設の場所をわざわざ変えたのか?
以前の場所の方が人目につかない。
それでもなおここに移動した理由はただ1つだ。
このARKの真下にカオスエメラルドが埋まっている。
それもチャオスを生み出した元凶である白いカオスエメラルドが。
判明してすぐに移動した。
こうすることで白いカオスエメラルドをARKは間接的に所持していたのだ。

美咲の再来。
オルガは侵入を食い止めるために入り口付近で迎撃をすることになった。
橋本は別の入り口で同様の任務をしている。
中の人間を守るというわけだ。
実際は違う。
美咲のついでに自分たちもARKから遠ざけるためだ。
おそらくARKは宇宙へ行く。
そうするのであれば、残り2つのカオスエメラルドも回収できるだけ回収するはずだ。
隠し持っている可能性もオルガは想定していた。
もしかしたらもう既に7つ揃っているのかもしれない。
そして逃げるわけだ。
邪魔者は消え、あとはのんびり小動物のコンプリートを目指すだけ。
なんて素晴らしい計画だろう。
美咲が襲来してきたというピンチを逆に好都合なものと変えている。
人間を不死身にしようなんて思うやつらの頭はどうも面倒くさい。
いらだちをはびこるチャオスへぶつける。
雑魚の対応に飽きてきた頃、轟音が鳴った。
それも施設の下の方から。
「来たな」
狙い通り。
オルガはすぐさま施設に入る。
雑魚の世話はどうでもいい。
橋本は大丈夫だろうか。
このことを言う暇があればよかったのにと思う。
いや、と首を振る。
今までだって1人で頑張ってきたのだ。
頼ってばかりではよくない。
せめて、死なないようにと願った。
そしてできる限りの速さで動力源へ飛ぶ。
今考えるべきこと。
どうにかして自分の願いを叶えること。
おそらく動力源には優希がいる。
彼女に負けないようにしなければならない。
乗り越えなければならないのだ。
自分のために。
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CHAOS PLOT 「CANNON'S CORE」
 スマッシュ  - 10/7/17(土) 13:35 -
  
敵を倒していく。
中に入られないように。
美咲があそこから脱出したのだ。
一体どのような手段でかは知らないが。
結構早かったのだと思う。
まだ冬だ。
春になっていない。
寒い中俺は戦っていた。
しかし、中に入られないように戦うのは難しい。
何より時間がかかる。
全て倒す前に水色のカオスドライブが尽きてしまうのではないかと思う。
だからといって積極的に攻撃しにいけば、その隙にぞろぞろと内部に侵入されるわけで。
水色のカオスドライブは大量に持たされているが、不安は不安だ。
オルガがうらやましい。
そして敵以外に気になることがある。
さっき、ARKの下の方から轟音がした。
あれは何の音だったのだろうか。
大事になっていなければいいが。
そんな心配をしながら敵を倒す。
数は多いものの、慣れれば単純作業に近い。
美咲は一体どこにいるのだろうか。
時々辺りを見渡すが、それらしい姿は確認できない。
近くにいることに変わりはないだろう。
「おい、橋本!」
入り口に先田さんがいた。
どうしてこんな所に。
「敵はどうでもいいからこっちに来い!」
何を言っているんだ?
それは一体どういう意味なのだろう。
ともかくとりあえずは従い、入り口付近まで戻る。
「どういうことですか」
「早くしないとARKが宇宙に行っちまうぞ」
「はい?」
「そうなると俺が非常に困る。だから来い。中枢へ行くぞ。オルガはたぶんそっちに向かってる」
「オルガが?」
それは気になった。
しかし背後の敵も気になるわけで。
「敵は……」
「思う存分中に入れる」
「は?」
何を考えているんだこの人は。
「それはちょっとまずいのでは」
「乱闘にした方が都合がいい。それに、どうにかできるのか?」
「……できません」
「なら諦めるしかないだろ」
釈然としないが、仕方ない。
あれらを侵入させないようにしながら、中枢、動力源となっている神殿まで行けるわけがない。
せめてあれらより先に着くよう走るのみだ。
水色のカオスドライブを節約するために途中からは人間の体で走る。
「……?」
不思議なことに、背後からチャオスが追ってくる様子はなかった。
そのままリフトに乗る。
息を整えながら、チャオスが現れないか見ていた。
彼らの方が人間より素早い。
だというのにやって来る様子は無かった。
「美咲が何かしてるんだろうさ」
おそらく正しいであろう指摘には緊張感を感じられなかった。
実際、いくら警戒したところで意味は無い。
リフトは足場だけの存在である。
籠のような物であれば相手の侵入に抵抗できるのだろうが、そういうことはできない。
で、こちらとしては飛び降りて逃げるわけにもいかない。
俺はともかく先田さんはそうだ。
どうしてこんな危険な造りにしたのだろうと憤りを感じるが、おそらく基もこうだったに違いない。
だからといって、こんな場所まで再現しなくてもよさそうなものだが。
「さて、どうしようもないことだし、種明かしでもして気を紛らわすかね」
「種明かし……何のですか?」
「色々とある。っていうか、たくさんある。例えば、お前がケイオスになった理由とか」
「やっぱり理由が」
「ああ。勘付いてたか」
「水色のカオスエメラルドをわざわざ持ち出した点が怪しいと思ってました」
大事な大事なカオスエメラルド。
それをわざわざ外部へ持っていく理由に、俺が関係している可能性は否定できなかった。
「まあ、順番に話していこう。ARKが不死身を目指すことになった理由は2つ。美咲とオルガの存在だ。美咲と言っても当時はまだ美咲の体を使っていたわけじゃないがな。ともかく、最初の7匹のうち1匹はあいつだった。この時はまだ俺たちにとって不死身のチャオスは脅威であるだけだった。そこに生まれたのがオルガだ。人間と違って不死身になり得るチャオやチャオスが人間に近づいた。それがきっかけで、チャオスを利用して人間を不死身にする方法を思いついたやつが現れた」
「それが、所長……ですか」
「そういうことだ。ではどうやってチャオスの不死身を人間に作用させるか。その方法が長い間考えられた。結果、提案されたのがケイオスだ。これならば人間として生まれた者も不死身にすることができると推測された上、実験中はチャオスに対抗する手段という表向きな姿を持つ。とはいえ世間の目につかないようにしてきたからこれは保険のようなものでしかないが。そして記念すべきケイオス第一号として選ばれたのが……」
「俺、ですか」
「違う。優希だ」
「え?それじゃあ……」
どうしてその代わりに俺が初めのケイオスになったのだろうか。
「不死身人間を肯定する側はそう考えていた。しかしそれだとまずいのが俺のようなそれに否定的な考えの人間だ」
「否定……そもそもどうして先田さんは不死身の人間に対して否定的なんですか?」
「不死身自体は別にいい。だが問題はその道を進むあまりチャオスを倒す気を無くしたってことだ。チャオスは不死身を実現するための鍵。だから人類にとって脅威だろうが消えてもらうわけにはいかない。むしろ、利用できるだけ利用するべきだという考えがARKには生まれた。その一部が現在ARK内で飼われているチャオスだ。厳選された才能や能力のあるチャオスがあれらだ」
確かにチャオスがたくさんいた。
それを管理しているのが山崎さんだ。
「ん?一部?」
気になる言い方だ。
「そう。一部だ」
「他にもARKが管理しているチャオスがいるってことですか」
「いや、管理はしていない。野放しにしているだけだ」
「野放しって、それは……!」
「頭のいいやつがこういう風に考えたわけだ。戦力として所持するに足りないチャオスでも、外でうろつかせておけば小動物を回収したりあるいはカオスエメラルドを見つけたりするのではないだろうか、と」
「じゃあ……」
「今まで戦ってきたチャオスの大部分は、ARKが捨てたチャオスあるいはその子孫ということになるな」
それだけじゃない。
今まで人間を殺してきたチャオスの一部、あるいはほとんどはここから生み出され排出されたものだったのだ。
そこまでしてでも一刻も早く不死身の人間に近づこうとしていたことが伺える。
「そういうわけだから、不死身の人間を作るのはいいが、それより先にチャオスをどうにかするべきだという考えも出てくる。そこで考え出されたのが、優希がケイオスになる前にこちら側のケイオスを用意する計画だ。そうすれば、向こうの独壇場ではなくなる。また、オルガがどういう考えを持っているかわからなかったがやりたいことがあるようだったから、こちらの味方ではないにしても後藤たちの敵になり得る様子だったのは大きかった。つまり、こちらとしてやるべきことは優希以外のケイオスの用意とオルガが死なないようサポートすることだった。で、ここからがお前にとって重要な部分だ。さて、誰をケイオスにしたらいいのか。そこが問題点だった。簡単にチャオスにやられるようなやつじゃあ困る。だからチャオスとの戦闘に関する知識が豊富なやつがいいと思われた。そしたら山崎がチャオスを連れて戦っているやつがいると言うじゃないか。さらに都合がよかったのは、お前が大した考えを持っていなそうなやつだったことだ」
「すごくバカにされてますか俺」
「そういう意味はあまりない」
あるにはあるのかよ。
「とにかく、普段から死にたくないとか考えているやつ……まあ優希はそういう傾向があるが、そういう人間では自分の意思で不死身の流れに乗ることだろう。だが、そうでなければただその場の流れに身を任すのみだ。つまり誘導しやすい。これ以上ない有用な駒になるわけだな、お前は」
「だからわざわざ……」
「そういうことだ。色々とそれらしい理由をつけて実行にこぎつけた。つまりお前がケイオスになったのは俺のせいと言っても差し支えないわけだな」
「そんなこと言っちゃっていいんですか?普通なら所長がどれだけ極悪非道かだけ語ればいいと思うんですが」
「問題ないだろ。お前を騙してたのは後藤の方だって同じだ。向こうが不死身うんぬんをばらしたなら、こっちもネタをばらすだけだ。それに、こうしたところでお前の行動にそれほど変化は無いだろ」
「そうですね」
「なら俺のこの行為はお前に知識を与えただけでしかないだろう」
「……ありがとうございます」
「礼はいい。俺たちのためにお前をサポートしているとでも思っておけ」
「じゃあ、そうしておきますよ」

結局、チャオスは姿を見せぬままリフトは停止した。
動力源へ向かう。
その途中でチャオスが待ち伏せをしていた。
数は少なくない。
今まで遭遇した大群ほど多いわけではないのだが、それぞれから途方もない威圧感を感じた。
「まさか」
「ARKで飼っているやつらだろうな」
厳選されたチャオス。
精鋭である。
つまり今までのチャオスよりも確実に強いということだ。
思えば、ケイオスになってからこれまで強いチャオスには美咲以外遭遇していない。
この前の狂人のようなチャオスはカオスエメラルドの力に頼りきっていた。
美咲だって不死身という点が無ければ、オルガや優希さんに劣る。
もしかしたら俺よりも弱かったのかもしれない。
眼前にいるチャオスたち。
個々では俺でも勝てるだろうが、集団で挑まれてどうにかなるものだろうか。
山崎さんが教育していたということもある。
コンビネーションが抜群であったりしたらどうしようもないぞ。
「……」
向こうから仕掛けてはこない。
時間稼ぎということか。
戦わなければ足止めになるし、戦えばそれだけ水色のカオスドライブを消費することになる。
面倒な相手だ。
「カオスドライブはいくつ持ってる」
「水色のはあと3つです。白は最初から持ってません」
「ここで使うのは……」
惜しいと言おうとしたのだろう。
しかしその言葉は出なかった。
俺たちの脇を小さな影が通り過ぎたからだ。
眼前のチャオスの隊列に突っ込んで、初めてそれがチャオスだということがわかった。
まるで小さな車かバイクが突撃してきたかのようだった。
部隊に負傷者を出しただけでそのチャオスの命は果てたが、敵も俺たちもそいつが来た方向から現れたものを見ないわけにはいかなかった。
戦闘に人間の姿かたちをしている者が悠然と歩き、その後ろを無数のチャオスがうごめいていた。
その人間らしき者が着ている赤い服装はこれから戦場で消滅する命を予感させた。
「お久しぶり」
「美咲……」
確かに美咲だった。
人間の体も旧施設に残されてきたから、他のチャオスがキャプチャしたということはない。
間違いなく、あのピアノと名乗ったチャオスだ。
見た瞬間から嫌な空気を感じていたが、そう確信するといよいよ体が現実を拒絶したがった。
どうもこの不死身の生き物を相手にするのは苦手だ。
いくら痛めつけても死なず、こちらが思う存分なぶられる。
そんな光景をたやすく思い浮かべさせられるからだろう。
そして、後ろにいるチャオスの数は100を超えていそうだ。
これらをまとめて率いてきたのか。
きっと遭遇するであろうと思っていたチャオスが姿を見せなかったのは彼女と行動を共にしていたからか。
美咲の視線は俺の前方へ向けられた。
そこには誰であろうとも通すつもりのない軍勢がある。
「そこにいるのはすごく強いチャオスの諸君だね」
「あ、ああ」
思えばこいつらは美咲になついていた。
それは同じチャオスだからだろうか。
しかし彼らに向ける美咲の目は友好的なそれではなかった。
「でもゴミだよ」
緊張感が増す。
彼女がどうやら味方ではないらしいとわかったのだろう。
「チャオの時代でも、人間に飼い慣らされることはなかったのに。今では人間の命令通りに動くだけ」
人間の言葉にしたって相手には伝わらない。
それでも彼女は口を止めなかった。
彼女の中にある怒りは言葉として出て、それが戦闘の空気を引きずり出しているのだった。
「チャオスでもチャオでもない。失せろ」
まるでどういう言葉を投げかけられたか理解したかのように両方のチャオスの群れが一斉に動いた。
数秒のうちに入り乱れどれがどちらのチャオスだかわからないような状況と化した。
その中を美咲は人間の体を捨て、チャオスとなり戦場を飛び越えた。
神殿へ向かうのだ。
俺も行かなくては。
「それじゃ頑張れよ」
「はい」
俺は駆けた。
チャオスのいないポイントからポイントへ飛び移っていく。
変身できる時間は惜しい。
瞬時に判断して移動していく。
止まってはいけない。
止まった瞬間、取り返しのつかないことになるのだ。
俺はそのまま突き進み戦場を抜け、神殿のある動力室へ入った。
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CHAOS PLOT 「CHAOS―ケイオス―」
 スマッシュ  - 10/7/17(土) 13:36 -
  
動力室は広い。
奥には神殿とそれを囲む7つの柱があり、その柱の上にカオスエメラルドがある。
部屋の中心には曲線状の足場が円を描いている。
曲線は途中で途切れている場所があり、中央から溢れるオレンジ色の液体は外へと流れ出ている。
この曲線の足場で戦闘は行われていた。
しかし、その曲線の足場と中心から外へ流れるオレンジの水流の全てを利用していたわけではない。
戦闘の中心は神殿に近い場所だけで、神殿付近もまた戦いのフィールドとなっていた。
どうしてそうなったのかは、神殿を囲む柱の先端から推測ができた。
7つの柱。
その先端にあるカオスエメラルドは水色、緑、黄、紫、青、白の6つだけだった。
1つ数が足りない一方、これまでARKになかった青と白のカオスエメラルドが増えている。
では残りのカオスエメラルドがどこにあるのか。
その答えは戦っている3人のうち1人が持っていた。
オルガの右手に赤いカオスエメラルドが握られていた。
あそこから奪ったのだろう。
この場所での勝負、7つあるカオスエメラルドをより多く占有した者がより優勢になるだろう。
そのためカオスエメラルドを手にするために、そしてカオスエメラルドを自分以外に取らせないために自然と神殿付近で戦うこととなったのだ。
オルガは見事カオスエメラルドを手に入れた。
だが、それによって残りの2人から狙われることも確かであった。
事実オルガを狙うようにして2人がオルガを挟み撃ちしているような構図になっていた。
全速力で走って、最も近かったピアノに背後から掴みかかった。
そのまま背中に爪を通す。
痛みのために強ばった体を叩き、倒す。
そしてオルガの傍に行く。
「大丈夫か」
「まあ、一応……」
オルガは地面に片手をつけて、座っていた。
様々な場所に擦過傷などが見える。
ぱっと見る限り重度の傷は見当たらないが、傷の量は多い。
立って戦うには辛い状況。
だから座っている。
そう察することができる。
まあ一応。
その返事は彼女自身が自分の状況を語るにとても適切だったように思えた。
カオスエメラルドを取りにいくにはそれだけのリスクがあるということだ。
だがオルガがカオスエメラルドを手に入れ、その結果このように傷ついた。
そうなればわざわざカオスエメラルドを取りに危険に向かう必要はない。
オルガを倒してカオスエメラルドを手に入れればいい。
そうした時2人のうち、カオスエメラルドを手にしたどちらかが圧倒的に有利になる。
というような状況だったわけだ。
しかし俺がオルガに加わることで、俺たちの有利が確定と思われた。
立ち上がったピアノが地を蹴る。
仮に有利でも油断はできないのだ。
何度倒しても蘇るというのはリスクを考えなくていいということであり、いくらでもチャンスがあるということだ。
その全てを打ち砕かねばならない。
ピアノに黒い体が飛び掛った。
「……!」
「……っ!」
ピアノが横に高く飛び、襲い掛かってきた優希さんを睨みながら着地する。
攻撃に失敗した優希さんも軽く飛び退いて俺たちやピアノと距離を取る。
おそらく彼女から足りない小動物を奪おうとしたのだろう。
なるほど見えてきた。
優希さんはこの戦闘中に不死の体を手に入れようとしているのだ。
7つのカオスエメラルドはこの場に揃っている。
あとは小動物さえどうにかすれば不死身になれる。
ピアノから小動物を奪うチャンスはオルガや俺が生きている時の方が多い。
だからさっきのタイミングで仕掛けた。
同時にそれが銃を使わない理由になる。
不死身のピアノを撃っても殺せないし、オルガを撃てば小動物獲得のチャンスを減らす。
再びピアノが動く。
ためらいも考えもなくただ勢いを乗せて突っ込んでくる。
それに優希さんの視線が向けられた。
横にいたオルガが素早くカオスエメラルドを優希さんに向けた。
その腕の動きにはっとして視線をオルガに戻した優希さんがほぼ同時にその場から飛び、その次の瞬間にはその地点が爆発した。
俺はピアノの動きを止めようと殴りかかる。
が、ピアノはジャンプして俺を飛び越えた。
「しまっ……!」
そのまま着地際にオルガをぶん殴った。
オルガが地を転がっていく。
体がチャオスのものではなく、人間のものに戻る。
そうだ、彼女はダメージが重なるとチャオスの体を維持できなくなる。
どうしてだか人間体でいた方が安定するのだ。
「ぐ……」
しかし意地らしくカオスエメラルドはしっかり握ったままだった。
カオスエメラルドを奪おうとピアノが足を前に出した。
その瞬間乾いた音が鳴った。
「いっ!」
ピアノが倒れる。
足が吹っ飛んでいた。
優希さんの狙いすました射撃であった。
俺はオルガに駆け寄る。
「おい、大丈夫か、おい」
「ん……」
意識はあるが倒れたまま起き上がろうとしない。
「あー、かなり、痛い。でもまあ大丈夫かな」
「……本当にか?」
「うん。まあね」
「わかった。大人しくしてろ」
少なくとも彼女の言葉や様子からは命の危険を感じなかった。
大丈夫だと信じよう。
どちらにせよ、今彼女を治療することはできない。
俺はオルガを背に優希さんとピアノの方に向き直る。
「無い、なぜ……」
一方優希さんは愕然としていた。
ピアノから小動物のキャプチャをしたようであったが、表情はよくない。
ぶつぶつ何かを呟きながら、ピアノを見下ろしている。
ピアノは倒れたまま体の蘇生をしている。
小動物を奪われている最中にも攻撃をされていたのだろう。
体はぼろぼろだった。
しばらくして、優希さんが俺を見た。
間違いなくオルガではなく、俺を見ていることがこちらの目を射抜くような視線からわかった。
「そうか、君がドラゴンを」
ドラゴン。
珍しい3種類の小動物のうちの1種類だ。
他はユニコーン、フェニックスだ。
俺がその3種類のうちキャプチャしたのはドラゴンだけで、それはピアノが俺にプレゼントと称して渡したものだ。
優希さんがピアノから小動物を奪って揃うはずだった小動物のうちドラゴンだけが足りなかったらしいのはそれが原因か。
優希さんが俺目掛けて走る。
眼前に高速で迫る彼女にはとてつもない迫力を感じた。
優希さんは銃になっていない左手から小動物のパーツを放った。
低い弾道で迫る鋭いそれを避けるべく足がとっさに動いたが、オルガが後ろにいることを思い出し、足に力を入れて動きを制御する。
両腕を交差させ、受け止める。
上になっていた左腕に爪が刺さった。
「うぐっ」
痛みでひるんだところに優希さんの拳が見えた。
無意識で腕で防ぐ。
拳に押された爪がさらに腕に食い込む。
「あああアアッ!」
痛みで思考が止まる。
ただ、目の前にいる黒い敵をどうにかしなければならないということだけはわかっていて、がむしゃらに足を繰り出し、蹴り飛ばした。
吹っ飛んだ彼女がどういう風に着地したのかを見ないまま俺は必死に刺さった小動物パーツの腕を抜いた。
そしてオレンジの激流の中に捨てる。
「はっ、はっ、はっ……」
痛みでひどく呼吸が乱れている。
「ちょっと」
「大丈夫だ」
不安そうに声をかけようとしたオルガの言葉を塞ぐ。
「まだ、大丈夫だから」
本当に大丈夫かどうかは知らないが強がる。
心配をかけたくないとか、そういう考えではなかった。
そもそもそこまで考えられる余裕は痛みで消えている。
ただ強がらないともう戦えない気がした。
「あ……」
それが効果あったのか、少し冷静になった頭がもうすぐカオスドライブをキャプチャしてから5分ではないだろうかということを告げた。
本当に5分かはわからない。
それでも俺は時間が来る前に水色のカオスドライブをキャプチャした。
これが最後の5分間だ。
それまでに決着をつけなくてはならない。
優希さんに起き上がったピアノがしがみついていた。
しがみつき体重をかけのしかかろうとする様子は獣を思わせた。
それを振りほどくと優希さんは腹部に銃弾を撃ち込んだ。
鈍い悲鳴が上がる。
そして腹に穴が開いたピアノの体を投げ、オレンジの水流に飲み込ませた。
ピアノがすごいスピードで流されていくのが見えた。
しばらくは戻ってこないことだろう。
その様子を見ながら俺は痛みに耐えつつ荒くなった呼吸をどうにかしようとしていた。
それと、優希さんとどう戦えばいいのかを。
まずやるべきことは銃を破壊することだ。
当たる場所が悪ければ俺は死んでしまい、彼女は目的を果たせなくなるが、死なない場所に当てれば俺の抵抗する力を根こそぎ奪うことができる。
だからやられる前にまずやる。
俺はピアノを処理した優希さんがこちらに意識を向ける前に攻撃をしかけた。
直前まで迫ったところで優希さんがはっと振り向き、素早くこちらに体を向ける。
手を伸ばすが、後ろに飛び退いた優希さんには届かなかった。
銃口を向けられる。
下向きの銃身が足を狙っていることを示していた。
「くっ」
失敗した。
射線から逃れるために横に移動する。
銃身が俺の動きに合わせて移動する。
一瞬前まで俺がいた場所を狙っていたのが、数秒して動きながら俺をしっかり狙うようになった。
どこかのタイミングで裏切って射線から逃れ、前進する必要がある。
失敗すれば前進している間に撃たれる。
成功しても危険はある。
とにかく成功率を高めるために牽制をする。
途中で移動する向きを変え、時に一瞬止まる。
前進はしない。
こうやっていくうちに相手の動きが乱れることを祈る。
そうなった時が攻め時だ。
しかし、さっきオルガからカオスエメラルドを受け取ればよかった。
今後悔してもどうしようもない。
取りに行くなんて間抜けはできない。
そんな念に頭を痛くしている時、何かに反応して横を見た優希さんの目が見開かれた。
「くっ……!」
優希さんが体をのけぞらせて飛んできた物を避ける。
それはそのままの勢いでオレンジの液体に飛び込み、高い水しぶきを上げた。
優希さんは既に俺から離れて、何かが飛んできた方を睨んでいた。
俺もそちらを見る。
そこには足場に上がってきたピアノがいた。
遠くでよく見えないが、手や足はあるようだった。
ということはさっき飛ばしたのは小動物か。
ピアノはジャンプした。
高く、高く飛び上がる。
その挙動を目で追うと、自然と見上げる形になる。
ピアノはそこから俺たち目掛けて無数の小動物パーツを投下した。
それはまるで散弾のようであり、無数の矢が降ってきているのに等しい。
そんな状況をこのチャオスは作り出せるほどに小動物をキャプチャしていたのだ。
伊達に歳を取っていない。
落ちてくる前に俺はオルガの傍に戻る。
守れねばならない。
数を重視し弾幕を形成する目的で放たれた攻撃はその全てが命中することを期待されていない。
なので俺単体から見れば見当違いな方向に飛んでいく物の方が遥かに多い。
行動はしにくくなるが、オルガを守るためにどうにかしなければならない弾が無数に来るわけではないのだ。
「む」
こちらに飛んでくる弾を発見。
腕パーツをゴリラのパーツにする。
弾を空中で殴って軌道を変えた。
少し痛い。
「これでよし」
安堵。
しかしそれも束の間。
再び危なそうな軌道の弾が落ちてくる。
それも2つ。
片方をさっきと同様に処理する。
しかしもう1つはその間に大分降下していた。
追いかける。
どうにか追いつくが、殴り飛ばすような余裕は無かった。
「くっ」
左腕で受ける。
痛。
耐え、物体を払いのける。
その時飛んでいたはずだが急に体が落下した。
尻餅をつく。
「ぐっ」
自分の見ている物と自分の体から伝わる手足などの感覚が正しければ、俺は人間の体に戻っているようだった。
まだ3分くらいしか経っていないはずなのだが。
ダメージが原因か?
腕が痛い。
見ると血が流れている。
刺さった時の傷か。
他にも出血が無くとも痛みを感じる場所はあった。
もう変身することはできない。
戦えない。
そんな俺を見てか、優希さんとピアノが他者の介入を気にすることなく戦っている。
力を持たない俺たちは気にする必要がないのだ。
それは俺たちが安全であることでもある。
今は、だが。
優希さんがまたピアノを激流に飲み込ませたり、ピアノが優希さんを殺したりしたらどうなる。
その時も安全は保証されているのか?
必ずしもそうとは言えない。
オルガが素直にカオスエメラルドを渡せば、命は助かるだろう。
でもそうしたくない。
俺がここに来たのは彼女の願いを叶えるためなのだから。
できる限りオルガを守らないと。
俺がダメになる前にオルガが再び戦える位に回復するかはわからないが、それでも。
「進」
オルガに呼ばれる。
振り返ると、オルガは自分の左腕をこちらに差し出していた。
「キャプチャして」
何をキャプチャしろと言うのか。
無論、その左腕だ。
なぜ?
「水色のカオスドライブをキャプチャしてるから。それに、私はユニコーンとフェニックスをキャプチャしてるから、力になれると思う」
「ああ……」
理解した。
彼女は何度か水色のカオスドライブをキャプチャしていた。
誰がそうすることに決めたのかはわからない。
あるいは誰もがそうするべきだと思っていたのかもしれない。
ともかく彼女がケイオスであると俺に思わせるためにそれは行われたのだろう。
キャプチャすれば俺はまた戦える。
でも、それだけではない。
この左腕をキャプチャするということがどのような意味を持っているか。
今の俺には容易に理解できた。
これはオルガを食らうことに近い。
オルガが両親にしてやったことと同じようなことをするのだ。
自分の血肉を食わすこと。
相手の血肉を食すこと。
これらは稀に愛情表現として用いられる。
一心同体となるための行為。
彼女はそうやって両親を失い、孤独になった。
俺がすることがそれと同じではいけない。
彼女と俺はイコールで結ばれてはならないのだ。
「俺はお前を1人にはさせないからな」
「うん」
1つになるためではない。
生きるために孤独になった少女の隣に立って手を繋ぎ笑い合う未来を実現するべく生きるため。
2つになるために。
俺は彼女の左腕をキャプチャした。

そして、7つのカオスエメラルドが一斉にこれまでにない強さで輝き始めた。
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CHAOS PLOT 「RESULT OF CHAOS PLOT」
 スマッシュ  - 10/7/17(土) 13:37 -
  
7つのカオスエメラルドは眩しくきらめく。
宙に浮き、7つは集合して回転して円を描く。
7つが回る中心には橋本がいた。
誰がカオスエメラルドをそうさせたのか。
「く……くくっ」
あそこにいる4名は戦闘の真っ只中だ。
カオスエメラルドに意識を向ければ命が無い。
そうなるように牽制し合っているからだ。
ならば。
カオスエメラルドの力を掴むのは戦闘を外から眺めている者だ。
地下の部屋での戦いを地上の部屋から監視していた後藤がモニタに映し出されているカオスエメラルドの挙動を見て口元を吊り上げていた。
本来ならそれらを操るのは近くにいる者だ。
オルガ、橋本、優希、美咲の誰かだ。
後藤もそうであるはずだと思っていた。
もっとも、オルガはおろか橋本や美咲までもがあの場所に集合してしまったことは予想外であったが。
遠く離れている自分の意思が伝わるとは思うまい。
しかしその4名は闘争に夢中になっていた。
カオスエメラルドを掌握するために、カオスエメラルドから意識を逸らす必要があったのだ。
おそらくこれが後藤がカオスエメラルドから遠く離れていながらもカオスエメラルドの力を引き出した理由だ。
1つだけ神殿周囲の柱から外れたカオスエメラルドもあったが、それだけなら大きな問題にはならなかったようだ。
後藤にとってひたすらに幸運が続いた。
1つは彼が7つのカオスエメラルドを動かせる状況。
そしてもう1つはその状況の中で不死身のチャオスになる条件を揃えたケイオスが現れたことだ。
そうとなれば実行するしかない。
何らかの事によってその貴重な命が失われ機を逃す前に実現するしかない。
不死身の人間を生み出す。
死ぬことのないチャオ、カオスチャオ。
その特殊はチャオスに引き継がれ、ケイオスにも継承された。
そしてゆくゆくは人間も。
後藤は己が偉大な研究者になるその瞬間を待った。

橋本は混乱していた。
突然7つのカオスエメラルドが光り、自分を取り囲んで回転した。
そして自分の体が光で包まれたではないか。
体がおかしい。
自分の体の中で何かがぐるぐる回っているような違和感を全身に感じる。
どうやら、自分の体が大きな変化を起こしているらしい。
それを察した橋本は自分の手を目に近づけ、強い光のせいでどうなっているのかわからない自分の手の形がどうなっているか確かめようとした。
確かに変化しているようであることが、形がなんとなく違うように見えることから理解する。
形も変わっているのであれば実際に触って確かめてみようと、もう片方の手で触れる。
手の輪郭をなぞる。
「これは……」
カオスチャオの手と同じだった。
自分が不死身の者にされようとしている?
確かに全ての小動物はキャプチャした。
しかし一体誰が。
そういう混乱が橋本の中に渦巻いていた。
いや、違う。
今、誰が自分をそうしようと企んだかなんてどうでもいい。
そう思い直して彼は混乱を振り切る。
さて、自分は不死身になりたいのだろうか。
それは違うと断言できる。
大事なものを守れればそれでいい。
それができるための力が欲しい。
救う対象が世界であればそれは英雄と呼ばれる存在だ。
そういうのになりたいと自分は思っているのだと橋本は自覚する。
英雄。
自分は世界を救おうとは思わないが。
守りたいものはある。
自分と、あともう1人。
それが消えてしまえば己にとっての世界の価値は無に近くなることだろう。
だから、自分の世界を守るための行為とも言えた。
こういう時、英雄は7つのカオスエメラルドの力で世界を守ったものだ。
自分もそれをしよう。
変化しつつある自分の体をさらに変化させていく。
守ってみせる。
そう強く思って。

光の繭の中から出てきた。
それを見た者は誰もが驚愕した。
優希は言葉を失った。
彼女の常識では理解できる範囲を超えていたのだ。
ただこの世に存在するはずがないものを見ているようで、頭がフリーズした。
「馬鹿な」
怒号を発したのは後藤だ。
言葉を出したところで橋本や誰かに届くわけではない。
しかし出さずにはいられなかった。
自分の勝利が確定していたはずなのに、そこに現れたのがそれを象徴するものではなかったからだ。
「これは……」
優希はその場で硬直していた。
もう既に誰も戦っていない。
戦いは終わっているのだ。
7つのカオスエメラルドが光り、橋本を囲んだ瞬間、後藤が勝利したのだとわかった。
しかし結果は違った。
勝利を掴んだのは橋本だった。
どちらにせよ、彼女は負けである。
だから、戦闘は終わったのだった。
「カオス……」
遥か昔。
それをピアノは見たことがあった。
まだ自分が不死身ではなかった頃、大騒ぎになった事件。
その元凶であるカオス。
今の橋本の姿はそれに似ていた。
カオスと同じ姿になった橋本は力を引き出すために7つのカオスエメラルドをさらに自分の周りで回転させる。
カオスが7つのカオスエメラルドで街を破壊したように、自分もこれでARKを破壊する。
そういうつもりであった。
「違う、俺はカオスじゃない」
橋本は呟いた。
カオスはチャオを守る守護神だ。
しかし自分はチャオを守るつもりなどないのだ。
別のものを守るためにいる。
同じ姿で、それが以前やったことと同じことをしようとしていても、そこは違う。
だからカオスではない。
では自分は何者か?
カオスに似て非なる自分を称する言葉。
1つある。
「ケイオス」
いつの間にか背負わされた名前。
流されるばかりであった。
カオスエメラルドを集めたり、チャオスを倒したり。
誰かの思うように動かされてばかりだった。
しかし今は違う。
自分のためにここにいる。
7つのカオスエメラルドの力が橋本に集まる。
体が大きくなっていく。
それを見ている者が感じるのは驚愕と危機。
その空気の中、オルガだけが違った空気を出していた。
驚嘆と、喜び。
両方あったがつまりは嬉しかったのだ。
幸福の中で彼女は、彼を見守った。

彼はカオスエメラルドの力を受けて、巨大化した。
あのカオスがそうなったように、だ。
体がARKを突き破る。
まるで槍か何かのように、彼が膨れ上がるだけで施設を貫き破壊した。
しかし突き破ったのみだ。
橋本は水を操る。
自身の体の一部だけではなく、そこにあったオレンジ色の水流も利用する。
それらが礫となり飛散し、壁を破壊していく。
外と内を仕切る物が崩れていく。
ARKという施設。
それが失われていく。
誰も止めることはなかった。
不可能だからだ。
だが、カオスの場合とは違い、止める必要はないのだった。
ARKをこの世から取り除いた彼は破壊を止め、その姿を元の人間のものに戻したからだ。

「お疲れ様」
「うん」
橋本を迎えたのはオルガだ。
「これ」
橋本は自分が抱えている物を差し出す。
カオスエメラルド、7個。
「早くしないとどこか行っちゃうかもしれない」
「ありがとう」
そうだとしても大丈夫だ。
こうしてわざわざ持ってきてくれただけでオルガにとっては十分である。
自分の願い事は決まっているのだから。
願う。
チャオスがチャオに戻るように。
そうするなり、雨が降り出した。
大雨だ。
だが、どうしてだか嫌な気はしない。
まるでシャワーを浴びているかのような気分だった。
チャオスという汚れを洗い流すかのようにそれは降る。
2人は心地よさを感じた。
これがチャオスをチャオに戻すのだろうか。
「まだ、いけるかな」
「どうだろうな」
まだカオスエメラルドは橋本の手元で輝いている。
本当にどこかへ行ってしまうのだろうか、もしかしたらそうではないのかもしれない、とまで思う。
「まだあるのか?」
「うん。私は人間でいようと思うんだ」
「……そうか」
「ついでに進も人間に戻してあげよう」
「ああ」
「あ、その前に」
オルガが俺に寄り添い、そして上半身を預けて軽く体重をかけてくる。
程なくして、彼女の左腕が復活する。
キャプチャしたのだ。
「これで元通り」
「そうだな」
「それじゃ改めて」
願う。
カオスエメラルドが強く光った。
2人はその光に包まれる。
数秒でそれは消えた。
「こんくらいかな」
「ん」
オルガが満足したのを感じ取ったのだろうか。
カオスエメラルドはひとりでに浮いた。
そして四方八方に飛び去る。
それを見送った。
「しかし結構叶えたな。願い事」
カオスエメラルドの乱用である。
しかしオルガは照れくさそうに言った。
「実はまだ願い事があったりする」
「え?」
オルガは橋本の目を見た。
真面目な話をする時、こうする癖がある。
橋本も逸らさずに見る。
オルガは橋本の視線を確かめてから口を開いた。
「ずっと私の隣にいてほしい」
それはカオスエメラルドに願ってしまっては意味のない、尊い想いなのだった。
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CHAOS PLOT 「ENDING OF CHAOS PLOT」
 スマッシュ  - 10/7/17(土) 13:38 -
  
チャオスは世の中から消えた。
平和である。
世界に春が来て、今は夏である。
その裏で人間が不死身になる可能性も消えたのだが、それを知る人間は少ない。
それを知っている数少ない人間の一部である橋本進とオルガはチャオガーデンを経営していた。
チャオスが消えたことでチャオはペットとしての地位を取り戻した。
とはいえ人々の不安が解消されたわけではない。
昔ほどチャオを慕う人は多くない。
2人はチャオの布教をしたりして過ごしている。
成果は少し出ている。
好奇心旺盛な子どもや元々チャオを非常に好んでいた人々が少しずつ寄ってくるようになった。
スタッフルームでのんびり休憩していた橋本のところにオルガがやって来た。
「進」
「ん、どうした」
「チャオをいじめてる子がいるからカオスになってとっちめて」
「無理だからそれ」
変身することはもうできない。
オルガもそうだ。
もはや彼女は人間なのだ。
ただ、名残として紫色の髪が残っている。
「っていうか、見つけたならお前がやればいいだろうに」
「いや、さ」
「ん?」
「前にやったらその子どもが怯えて近寄らなくなった」
「……」
人付き合いが下手なのも彼女の生まれの名残かもしれない。
まだ木の実を食べたりすることがあるのも少し問題だ。
これからちゃんとした人間として生きれるようになればいいと思う。
「そして私は悲しみを背負った」
「そうですか」
「私を悲しみから守るのが守護神である君の役目」
「……そうですか」
人を守るというのは大変だ。
ただその人を守ればいいという問題ではない。
チャオをしっかり育てたり、望まない傷を生まないようにフォローしたり。
時には、その人を傷つけなければならない。
過去に彼が彼女から腕を奪う必要があったように。
そうやって守るのは、相手の心だ。
「では手本を見せてやろう」
「うん」
チャオガーデンに2人は入る。
「どこにいる」
「あそこ」
オルガが指差した先には確かに子どもとポヨを渦巻かせているチャオがいた。
橋本は近寄る。
オルガは彼の少し後ろをついていく。
「ヘイ、ボーイ。なぜいじめているのかね」
そう声をかけると少年はストレスの溜まった声で言った。
「こいつがこの木の実食わないんだよ」
この木の実。
そう言った少年が持っていたのは四角い木の実だ。
四角い木の実がなる木はこのガーデンにない。
おそらくチャオにあげるために買ってきたのだ。
なるほど、と思う。
実は少年の前にいるチャオはその木の実が嫌いなのだ。
当然、チャオは食わない。
当然、わざわざ木の実を買ってきた少年は怒りを覚える。
そこで橋本は丸い木の実を少年に渡した。
「これをあげてみるんだ」
「え、でも」
「いいから」
しぶしぶ少年が泣いているチャオに木の実を渡す。
すると今度は渦巻状だった物をハートマークにして、凄い勢いで食べ始めた。
「こいつは丸い木の実が好きなんだ」
「そうなんだ」
「で、君の持っている木の実は、あそこのチャオ……あの赤いチャオの好物だ。食べさせてやってくれるか」
「……ん」
割と素直だった。
なかなかいい子ではないかと橋本は思う。
「グッドジョブ」
オルガが後ろで親指を立てていた。
「ああ」
「ねえ、今日はもう切り上げてこれから買い物行かない?」
「今からか?」
時間を見る。
4時。
チャオガーデンを放置しても困ることはないのだ。
彼らで飼っているチャオがいるにはいるが、それよりも飼い主がそれぞれ連れてきたチャオの方が多い。
他のスタッフも一応いるし、良識のある人間が多いから問題はない。
仕事を放置するという罪悪感をどう見るか、という点だけだ。
「まあ、いいか」
たまにはそういうことをしてもいいと彼は思った。
「しかしこんな時間だぞ。いいのか?」
「大丈夫。まだ夜まで時間は結構あるから」
「……それもそうか」
2人は出かける。
今は夏。
日はまだ沈まない。
世界は結構明るいのだ。
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感想はこちらのコーナー
 スマッシュ  - 10/7/17(土) 13:48 -
  
というわけで第三の刺客ってことにしてCHAOS PLOTを一気に完結させてみました。

7月入った時点で既に書き終わっていたのですが、この日にどれくらいの量を載せようか迷ったものです。

しかし達成感がいっぱいでここに書くことも思いつかないので、本編書きながらあとがき用に残しておいたメモからコピペしてみましょう。

・設定を作りすぎたせいか、ごちゃごちゃになってしまったなあと激後悔中。
 あとは都合のいい展開にするために冷たい方程式な感じになりまくっちゃったりして後悔中。

あとは最初はノベルゲーにする気満々だったので、美咲と優希のお話は掘り下げることができるんですよね。
とりあえず初期状態では
美咲→死ぬことに固執
優希→生きることに固執
っていう状態なわけで、それらについて考えていくお話になるんでしょうね。

あまり多く語っても意味なさそうなのでここらへんで。
ではでは。
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