●週刊チャオ サークル掲示板
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【Galactic Romantica】 ホップスター 20/12/23(水) 0:06
プロローグ:交差する運命 ホップスター 20/12/23(水) 0:06
第1章:この広い銀河の片隅で ホップスター 21/1/2(土) 0:06
第2章:果てのない世界の果てまで ホップスター 21/1/9(土) 0:07
第3章:伸ばした腕の先に見えるもの ホップスター 21/1/16(土) 0:05
第4章:はじまりと、その終わり ホップスター 21/1/23(土) 0:04
第5章:血の意味、魔女の目覚め ホップスター 21/1/30(土) 0:20
第6章:すれ違う光と想い、振り返った先 ホップスター 21/2/6(土) 0:07
第7章:巡り巡る思惑と甘い夢 ホップスター 21/2/13(土) 0:04
第7.5章:人の理由とチャオの理由 ホップスター 21/2/20(土) 0:03
第8章:ただ大気の底を眺めて ホップスター 21/2/27(土) 0:03
第9章:塵の中でもがくように ホップスター 21/3/6(土) 0:02
第10章:閃光の果ての咆哮は聞こえるか ホップスター 21/3/13(土) 0:05
第11章:思惑が渦巻く銀河の中へ ホップスター 21/3/20(土) 0:03
第12章:流転の渦を飲み込むように ホップスター 21/3/27(土) 0:44
第13章:その最中で何を思わざるか ホップスター 21/4/3(土) 0:03
第14章:迷路の果てに掴む未来で、瞳は灯る ホップスター 21/4/10(土) 0:04
第15章:小さな世界の果てで嘘と踊る ホップスター 21/4/17(土) 0:04
第16章:嘲笑い、交差して、そして瞬く ホップスター 21/4/24(土) 0:03
第17章:深淵の爪先で踊る人形達よ ホップスター 21/5/1(土) 0:06
第18章:その寓話のあっけない終焉 ホップスター 21/5/8(土) 0:04
第19章:意思はまだ、彼方にありて動かず ホップスター 21/5/15(土) 0:03
第20章:英雄への道程は道半ばにて ホップスター 21/5/22(土) 0:02
第21章:煌めきは決して届かぬ御伽噺 ホップスター 21/5/29(土) 0:03
第22章:8つの灯と、11の魂 ホップスター 21/6/5(土) 0:02
第23章:天秤にかけるは、ただ星一つ ホップスター 21/6/19(土) 0:05
第24章:希望を廻して、未来へと繋ぐために ホップスター 21/6/26(土) 0:01
第25章:氷の果てで嗤う世界の渦 ホップスター 21/7/3(土) 0:04
第26章:魔女の咆哮、星を穿つか否か ホップスター 21/7/10(土) 0:19
第27章:運命が巡る時、翼は広がる ホップスター 21/7/17(土) 0:01
第28章:悪戯の果ての一つの結末 ホップスター 21/7/24(土) 0:17
第29章:悲しみの果てでも時計は廻る ホップスター 21/7/31(土) 0:01
第30章:答えの無い世界、答えを求める銀河 ホップスター 21/8/7(土) 0:04
第31章:地獄への入口と明日への出口 ホップスター 21/8/14(土) 0:05
第32章:神の悪戯、悪魔の微笑、そして流星 ホップスター 21/8/21(土) 0:22
第33章:悪魔の玉座に坐るべき者は、ただ一人 ホップスター 21/8/28(土) 0:03
第34章:その熱の残滓、頬を伝わって ホップスター 21/9/4(土) 0:16
第35章:機械の魂はその腕に宿るのか ホップスター 21/9/11(土) 0:14
第36章:祈りと願いが交差し、天に還る ホップスター 21/9/18(土) 0:02
第36.5章:操る者、操られる道化 ホップスター 21/9/25(土) 0:05
第37章:新たな剣は彼方で微笑み、刃を向ける ホップスター 21/10/2(土) 0:03
第38章:墓前に祈るは未来か過去か ホップスター 21/10/9(土) 0:03
第38.5章:その瞳の奥に映るは、星々の光 ホップスター 21/10/16(土) 0:29
第39章:4つの星と1つの希望、それは鼓動 ホップスター 21/10/23(土) 0:28
第40章:魂は此処に、弾丸は彼方へ、運命は銀河へ ホップスター 21/10/30(土) 0:13
第41章:その行方を眺める者達に、私は ホップスター 21/11/13(土) 0:33
第42章:迫る終焉、その楽曲の奏手たち ホップスター 21/11/20(土) 0:19
第43章:その先に心はあるか、その後に涙はないか ホップスター 21/11/27(土) 0:07
第44章:霞んだ光の果てで彼女は何を見る ホップスター 21/12/4(土) 0:02
第45章:語らざる者が語る、一つの答え ホップスター 21/12/11(土) 0:04
第46章:この狭い銀河の中心を ホップスター 21/12/18(土) 0:01
エピローグ:笑え、少年少女と共に ホップスター 21/12/23(木) 0:00
あとがき:AfterWords ホップスター 21/12/23(木) 0:01

【Galactic Romantica】
 ホップスター  - 20/12/23(水) 0:06 -
  
※連載です
※何がやりたいかってーと要するに長編スペオペロボアニメです
※次回は2021年1月2日掲載予定。以降、週1回土曜日更新予定
(天変地異感染症作者急病PSO2その他の事由により休止・変更になる場合があります)
※別途立てている感想用ツリー内でエルファと解説(兼漫才)をしていますので、「わけわからん!」と思ったら併せてそちらもどうぞ
※長編なので作者が設定や名称等を忘れてどっか破綻してるかもしれません。ゆるしてね。
引用なし
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プロローグ:交差する運命
 ホップスター  - 20/12/23(水) 0:06 -
  
遥か未来、人々は、そしてチャオは銀河を自在に駆け巡る。
だが、そんな時代でも、いや、そんな時代だからこそ、彼らは争うことを止めなかった。


        【プロローグ 交差する運命】


…どんなに時代が変わっても、変わらないものがある。
人々の争いが終わらないこともそうだが、例えば色恋沙汰の微妙な距離感だとか、あるいは未知の領域へと足を踏み入れる時の表現し難い緊張感とかもきっとそうだろう。
そして、ここに立っている、この物語の主役になる1匹のチャオも、そんな緊張感に襲われていた。

【チャオ】「こ、ここが…」

彼の名前は、オリト。
オリトが立っているのは、惑星同盟軍の士官学校の正門前。そして今日は、その入学式の日。
そう、彼は士官学校の新入生である。

周囲には、彼と同じ新入生の少年少女とその両親と思しき姿が多い。
だが、彼は1匹。彼は、両親を知らない。
物心ついた時はスラム街のようなところで、似たような境遇の人間やチャオと共にいた。

幸いなことに、彼は多少勉強ができた。
この時代、いや、いつの時代もそうかも知れないが、勉強ができるが貧乏な子供が目指すべき数少ない進路、それは軍に入ること。
士官学校の学費は格安で、しかも軍に入れば実力社会。才能さえあればいくらでものし上がることができるのだ。もちろん、1つ間違えれば即あの世行きというリスクはあるが、失うものが少ない者の場合、それは大きなリスクにはならないことが多い。

かくして、オリトも猛勉強の末、かなりの倍率を潜り抜け、士官学校に合格。そして、今この場に立っているという訳である。


【司会】「それでは、校長であるゲオルグ=ソラント大佐からの訓示です」
【ゲオルグ】「…コホン。皆さん、入学おめでとうございます。これから皆さんは将来立派な士官になるべく今ここに…」
緊張の中、入学式は進行していく。ここは士官学校なので、校長先生の講話は訓示という形で示される。最も、いわゆる「校長の話」が長くてかったるいのもまた、古今東西変わらない話である。

だが、緊張もあるのだろうが、オリトは真面目にゲオルグ校長の話を聞き続けていた。
【ゲオルグ】「…宇宙開拓時代が終わりを告げ、銀河全体の覇権を争う銀河戦国時代へと突入してからおよそ50年。皆さんもご存知の通り、現在我々の銀河は、我らが惑星同盟と、銀河連合、宇宙共和国の3大勢力による三つ巴の戦争状態にあります。既に戦争は泥沼化し、無駄に命を落とすだけとの批判も多く、争う意味を問う論調も数多く聞かれます。だからこそ皆さんには、この状況に終止符を打つ者になってもらいたい。つきましては…」

とはいえ、この時代を生きる者たちにとっては、この内容は常識中の常識。猛勉強の末難しい試験に合格した彼ら新入生には尚のことである。こっそりと手で隠しながらあくびをする新入生が後を絶たない。
【オリト】(いくらスラム育ちの俺でも、さすがにこれぐらいは知ってるけど…)
当然、オリトも然りである。あくびしそうなのを抑えつつそんな事を考えていたら―――記憶が飛んだ。


【オリト】(………あ…あれ…?)
気がつくと、視界は真っ白。どうやら天井のようだ。
【オリト】(俺……確か……校長訓示を聞いてて……)
どうやら、訓示の途中で倒れてしまったようである。すると、女性の声が聞こえた。
【女性】「あら、気がついたー?」
【オリト】「あ、はい。なんかすみません」
起き上がってみると、保健室のような場所にいた。隣には先ほどの声の主である人間の女性。
そして彼女は、恐らくはいわゆる保健の先生といったところか。
【先生】「軽いめまいみたいだから気にしないで。立てるかしらー?」
【オリト】「あ、はい…」
ゆっくりとベッドから降りる。多少ふらついたが、どうやら大丈夫なようだ。
【先生】「まだ入学式やってるから、第一講堂に戻れば大丈夫。無理はするんじゃないわよー」
【オリト】「分かりました、ありがとうございます」
最初はゆっくりと、やがてしっかりと歩けるようになり、彼は一礼をして保健室から出て行った。

それを見送った彼女だったが、少ししてあることに気がついた。
【先生】「って、あの子新入生よねー?第一講堂までの行き方、分かるかしら?ただでさえこの学校広いしー…」
彼女は一瞬彼を追いかけて道案内しようかと思ったが、止めた。ある外せない用事があったからだ。


オリトは案の定、迷ってしまっていた。
【オリト】「え、えっと、どっちだろう…誰かに聞こうにも入学式で誰もいないし、保健室に戻る道も分かんなくなってきた…」
キョロキョロと周囲を見回すが、さっぱり判らない


…そのオリトが道に迷っていた、そのちょうど真上にある部屋でのことである。
何やら司令室のような雰囲気の部屋に、10人前後の学生が集まっていた。
【女生徒A】「…ゴーサイン、出ました!」
座ってモニターを見つめていた女生徒がモニターに浮かんだ表示を見て合図を送る。すると、全員が一斉に動き出し、それぞれが用意されていた座席につくと、一気に慌しくなる。
【女生徒B】「もう一度確認するわ。各システム、問題ない?」
リーダーらしき女生徒がそう発すると、他の生徒が口々に「問題ありません!」と返す。全員の返答を確認したら、さらに指示を出した。
【女生徒B】「オッケー、それじゃあ浮上シークエンス、準備開始!」
【男生徒A】「了解!浮上シークエンス、A−1からB−3まで発動!」
【男生徒B】「エンジン起動っ!…カストル、ポルックス共に出力30%まで上昇、ここまでは安定してる!」
【女生徒B】「そのまま80%まで上げて!くれぐれも慎重にね!」
【女生徒C】「…こっちも、準備、できました、いつでも、いけます」
【女生徒D】「それじゃあ、あとは指示が出たらB−4から最後まで、ってことね」

その頃第一講堂では、ゲオルグ校長の訓示がまだ続いていた。さすがに飽きてきた様子の新入生が目に見えて増えてくる中、職員らしき人が静かに壇上に上がり、ゲオルグ校長に小声で耳打ちをする。それを聞いたゲオルグ校長は、コホン、と軽く咳払いをし、こう話題を変えた。
【ゲオルグ】「…さて、ここで新入生の皆さんに、先輩の皆さんからのプレゼントがあります。皆さん、回れ右をして後ろのスクリーンに注目して下さい」
新入生が軽くざわつきながら、後ろにある巨大スクリーンに目を向ける。するとそこには、校内のある建物が映し出されていた。
【ゲオルグ】「ご存知かも知れませんが、我が校にはエリートのための『X組』と称される特別クラスが存在します。彼らは3年になると、練習艦『クロスバード』で練習航海に向かうことになります」
ゲオルグ校長がそう説明している間に、講堂にゴゴゴゴゴ、という大きな地響きが響き出す。すると、スクリーンに映し出されていた建物が土煙を巻き上げながら浮上しだした。そう、この建物、通称『X棟』と呼ばれるX組専用の建物こそがクロスバードなのである。新入生たちの軽いざわつきが、大きなどよめきに変わる。
【ゲオルグ】「確かに彼らは学校内では特別な扱いになります。また卒業すれば皆さんよりは高い階級で軍に入ることになります。しかし軍は完全な実力社会。入隊後はもちろん、在学中からしっかり努力すれば彼らより昇進することも夢ではありません。現に現在の同盟軍高官にはX組出身でない者も多数います」
そしてクロスバードがある程度の高さまで浮上すると、下部の窓が空き、「入学おめでとう」と書かれた巨大な垂れ幕が現れた。さしずめ巨大なアドバルーンといったところか。
クロスバードはしばらくの間その場で高度を保ちつつ垂れ幕を出した後、垂れ幕を切り離して下部の窓を閉じる。

【女生徒A】「新入生歓迎、成功しました!」
【女生徒B】「まず最初の山場をクリアね。でもまだ気は緩めちゃダメよ!」
その時、彼女たちがいる部屋に、1人の女性が入ってきた。先ほどの保健の先生である。
【男生徒C】「あ、先生!遅かったじゃないですか、ギリギリですよ」
【先生】「ごめんごめん、入学式で倒れた新入生がいてねー」
そのまま彼女も空いてる席に座り、ベルトを締めた。
【女生徒B】「それじゃ、変形シークエンスに入るわよ!」
【女生徒A】「了解!クロスバード、変形します!」

その掛け声と共に、空中に浮かんでいた巨大な建物がガシャン、ガシャンと音を立てて、変形していく。まるでCGのような光景に、スクリーンを見ていた新入生は大きな歓声を上げる。そうしてクロスバードは『建物』から『戦艦』へと姿を変えた後、さらに高度を上げていき、やがて地上からは見えなくなった。

【ゲオルグ】「…それでは皆さん、よい学生生活を送ってください」
ゲオルグ校長は壇上からそれを見届けると、こう締めくくって一礼をし、校長訓示を終わらせる。拍手を送る新入生。…だがそこに、『彼』の姿はなかった。


【オリト】「痛っ…一体何がどうなってるんだ!?」
第一講堂に戻るために廊下を歩いていたオリトだったが、突然轟音と振動、そして衝撃に見舞われ、彼の小さいチャオの体は吹っ飛び、一度意識が飛んだ。ようやく気がついたところである。
彼はよく分からないまま辺りを見回す。一応さっきまで歩いていた廊下のようだったが、微妙に様子が異なっている。さらに状況を把握するために、窓を見つけて軽く飛び上がり外を覗いたが、そこから見える景色に彼は呆然とする。
【オリト】「えっ…空…!?」
そこから見えたのは、遥か遠くに小さく見える、学校の敷地とその周辺の街。その景色を見ただけで、自分が空にいるということは理解できたが、ではなぜ今自分が空にいるのか、それが皆目見当も付かなかった。

…そう、彼はX棟へ迷い込み、そのままクロスバードの発進に巻き込まれたのである。


そんな同乗者がいるとは露知らず、クロスバードのクルー達は次のシークエンスに入る。
【女生徒A】「変形シークエンス完了!ここまで全て順調です!」
【女生徒B】「オッケー!でもまだ気を抜いちゃダメよ!大気圏抜けなきゃいけないんだから!」
【男生徒B】「カストル、ポルックス共に出力90%!問題なしだ!」
【男生徒A】「それでは…大気圏脱出シークエンス、始動!」

するとクロスバードは垂直に向きを変え、しばらくするとブースターに火が点き、一気に加速。宇宙へと飛び立った。

【オリト】「…うわあああああっ!!」
その際の衝撃で、オリトは再び吹き飛ばされ、意識を失った。
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第1章:この広い銀河の片隅で
 ホップスター  - 21/1/2(土) 0:06 -
  
…再び意識が戻った。本日3度目である。
【オリト】「ん…えっと確か…入学式で倒れて…それから…」
オリトは今日一日の大体の流れを思い出していた。
入学式が行われていた第一講堂でまずめまいで倒れる。これが1回目。保健室らしき部屋を出た後、第一講堂に戻ろうとするも迷った末に、自分のいた建物が突如浮上する。その衝撃で2回目。空中に浮いたその建物が急加速して、その衝撃で3回目。そして現在に至る。
【オリト】「と、いうことは…ここは…」
恐る恐る、窓らしき場所を再び覗いてみる。案の定、外は黒一色の中に数々の光点が瞬き、その中に1つ大きな青い星が視界に入ってくる。それはまさしく、自分達が住んでいる、惑星同盟の首都惑星であるアレグリオそのものだった。

…そう、意図せずしてオリトは宇宙へと飛び立ったのである。


        【第1章 この広い銀河の片隅で】


一方、未だそんな同乗者がいるとは知らない、クロスバードのクルー達。
【女生徒A】「各種システム、問題ありません!」
【女生徒B】「それじゃ、次のシークエンスに入るわ!」
リーダーらしき女生徒の掛け声で、次のシークエンスに入る。
【女生徒A】「了解!超光速航行シークエンスに入ります!」
【男生徒B】「両エンジン共に稼働率95%、超光速モードスタンバイOK!」
【男生徒C】「座標、惑星バルテア付近の宙域にセット完了!」
【女生徒B】「オッケー、超光速航行…スタート!!」
彼女がエンターキーを叩くと、室内にキュウウン、という独特の音が響き渡り、先ほどよりは軽い衝撃の後にドン、と一度だけ大きな音が響く。
【女生徒A】「超光速航行モード、入りました!」
超光速航行に突入する様子を外から見ると、クロスバードが「消えた」ように見えるのだが、それを見る者はいない。

知的生命は自力で光速を超えることができなければ、銀河への進出はあり得ない。光の速さで移動したとしても、隣の星まで数年から数十年、銀河の隅から隅まで行こうとすれば数万年かかってしまうのだから。この時代の技術では、それを超光速航行により1週間程度にまで短縮することに成功しており、将来的にはさらなる短縮が期待されている。
ちなみにクロスバードで目標地点である惑星バルテアまでは、およそ丸1日。

【女生徒B】「…ふーっ、問題なさそうね。
       それじゃあ30分後にミーティングを開くから、それまで休憩にしましょう!みんな、ここまでお疲れ様!」
その掛け声で、それぞれのクルーがベルトを外す。久しぶりの自由行動である。
ちなみにこの時代の宇宙艦船内では基本的に擬似重力を発生させているので、別に宇宙だからといって体が浮かぶ、ということはない。

【男生徒C】「いやー、さすがに緊張しましたねぇ」
【男生徒A】「だなぁ、でも重力あるし、宇宙にいるって感じがあんまりしないよなぁ…」
【男生徒D】「まさかの夢オチだったりして」
【男生徒A】「いや夢ってことはないだろうけどさ」

それぞれ雑談をしたり、軽くお菓子をつまんだり、あるいは本を読んだりと、よくある10代の学生の休み時間の光景である。それは彼らがいくらエリートだろうと、場所が宇宙空間だろうと変わらない。
そんな中、休憩時間も席を立たずに目の前のモニターをチェックしながら仮想キーボードを叩いてた女生徒が、あることに気がついた。
【女生徒A】「…あれ?」
その疑問の声に、リーダーらしき女生徒が反応する。
【女生徒B】「どうしたの?」
【女生徒A】「念のため艦内をスキャンしてみたんですが…生体反応があるんです、ここ以外に」
休憩時間ではあるが、この時点でクロスバードのクルーは全員このブリッジにいた。つまり、今このブリッジ以外には誰もいない『はず』である。以下、具体像を絞りつつのやり取りが続く。
【女生徒B】「ネズミとかが迷い込んだんじゃないの?」
【女生徒A】「いえ、明らかにそういうのじゃないんです。ただ人間よりは反応が小さいので、このサイズだとまさか…チャオ?」
【女生徒B】「まさか、チャオの一般生徒が迷い込んだのかしら?」
【女生徒D】「でも今日は一般生徒がX棟に立ち入らないように制限されてたはずだし…」
クロスバードには生体スキャンシステムがあるので、システムを起動させている限りは「こっそり侵入」という行為はすぐにバレる。つまり一般生徒という線も薄い。
彼女たちが首を傾げていたところに、突如あの保健の先生が「あーっ!」と大声を上げた。

【男生徒C】「ど、どうしたんですか先生?」
【先生】「そのチャオ、ひょっとしたら…」
【女生徒D】「心当たり、あるんですか?」
【先生】「ほら出る前に、入学式で倒れた新入生のチャオを保健室に運んだって話したじゃない?」
【女生徒B】「まさか、その子が?」
【先生】「恐らくねー…」
先生がオリトを保健室に運ぶ際は生体スキャンシステムが機能していたが、X棟が浮上してクロスバードに変形する際はエネルギーを節約するためにシステムを切る必要があった。そのため今の今までオリトを捕捉できなかったのである。

【男生徒B】「いきなり想定外の事態発生じゃねぇか!どうするんだよ!?」
【女生徒B】「落ち着いて!何もかも想定通りに行く物事なんてないわ」
ざわつくクルーをリーダーの女生徒が落ち着かせる。
【女生徒B】「とりあえず、今の状況を確認しましょう。まず今は超光速航行中だから、余程のトラブルがない限り止める訳にはいかないわね」
超光速航行は安全上の理由で、緊急事態が発生しない限り目標地点到達まで解除することはできない。「はぐれたと思しきチャオが艦内にいる」という程度では止める訳にはいかない。
【女生徒D】「現在時刻は銀河標準時で15時41分。入学式は午後からでしたので、昼食は食べているはず。であれば、緊急に保護を要する、という訳でもなさそうです。もちろん、早めに保護するに越したことはありませんが」
【男生徒C】「問題は、保護した後ですね…バルテア到着後すぐに第4艦隊の演習に参加するスケジュールですから、そのチャオを学校に帰している余裕はありませんよ?」
と話が続くが、先生が身を乗り出してその話を切った。
【先生】「…とりあえず、あたしが拾ってくるわ。面識あるしねー。保護した後のことはその間に皆で決めておいて。座標もらえるー?」
【女生徒A】「あ、はい!個人端末に転送します!」
彼女が仮想キーボードを操作すると、先生が持っていた個人用の端末がピコン、と電子音を鳴らす。端末を確認した先生は軽く手を上げて、部屋から出て行った。


【オリト】「星が見えなくなった…超光速航行ってことなのかな」
途方に暮れていたオリトは、ただ何となく窓の外を眺めていた。
超光速航行では、移動中の船の窓から外を見ると真っ暗になる。そのことはオリトも知識として知ってはいるが、当然実際に見るのは初めてだ。
【オリト】「でも、これからどうしよう…明らかにマズイよな…」
色々考えを巡らせようとするが、衝撃で何度も気を失っているせいか頭がクラクラし、考えが出てこない上にまとまらない。
結局、ただ真っ暗になった外の景色を見ていても仕方が無い、という結論には何とか達し、通路を歩き出した。彼自身は気付いていないが、かなりフラついている。


【先生】「座標はこの辺みたいだけどー…」
一方の先生も端末と周囲を交互に見回しながら、通路を歩く。
正面は突き当たり、T字路のような場所に着く。まず左を見る。誰もいない。続いて右を見る。…いた。

【オリト】「うわああっ!?」
オリトにしてみれば、ただでさえ度重なる衝撃のせいでボーっとしてるところに、いきなり自分より数倍大きい人間の女性が現れた訳で、驚かないはずがない。
その上さらに、「本来いてはいけない場所にいる」という罪悪感も相まって、この瞬間オリトがとった行動は…逃げた。

【先生】「あ、こら!待ちなさい!」
当然先生は追いかける。しかし、この辺りは通路が入り組んでおり、小部屋もいくつかあることから、すぐに見失ってしまった。


思わず逃げてしまったオリトは、そんな小部屋のうちの1つのロッカーのような場所に隠れるように転がり込んだ。
【オリト】「はぁ、はぁ…」
息が上がっている。ここでようやく、自分がかなり疲れていることに気がつく。
何度も気を失っているせいだ、ということまでは考えが回ったが、そこから先へは回らない。気がつかないうちに体力を使っていた、ということを自覚した後、いずれにせよここでしばらく休もうか、と思った瞬間、
【先生】「みーつけたー。かくれんぼ終了!ん、この場合は鬼ごっこかしらー?」
見つかった。

…といっても、彼女は自力で探し出した訳ではない。ブリッジと連絡を取って生体スキャンの結果を随時更新してもらったのだ。そして彼女は、再びブリッジに通信を入れる。
【先生】「あー、もしもし?無事保護したわ、ありがとう!
     …とりあえず連れて行くから、そこで処遇を決めましょう」
そう話してブリッジからの返事を確認すると通信を切り、オリトの方を向きなおし、
【先生】「…立てるかしら?」
と軽く尋ねる。
【オリト】「は、はい、歩けます」
オリトは多少強がって、聞かれてもいないことを答えるが、答えた途端にフラついてしまう。それを見た彼女は、やや呆れたようにオリトを抱え上げる。
【先生】「チャオは専門外だけど、さすがにその様子じゃ無理そうだって分かるわよ、まったく…」
【オリト】「す、すみません…」
そのまま彼女はブリッジへ向かい歩き出した。


オリトを背負って歩きながら、簡単な自己紹介と状況説明をする。
【先生】「ミレーナ=ジョルカエフ。ま、いわゆる『保健の先生』ね。X組のことはご存知?」
【オリト】「い、いえ…」
それを聞いて、X組のこと、クロスバードのことを説明するミレーナ。
【ミレーナ】「あたしも一応軍人で医師免許持ってる、軍医さんなんだけどねー、ちょーっと昔ドジやらかしちゃってねー。まぁいわゆる左遷って形で、士官学校で保健の先生とX組の担任をやってるの。X組はエリート集団だから、そういうとこの担任は逆にダメな人間の方がいいみたいよ、あたしみたいにね」

そうこうしている間に、カードキーを通してドアを開け、ブリッジへ到着。
【ミレーナ】「はーい、無事連れてきましたよー」
すると10人ほどのクルー、X組メンバーの注目が一斉にオリトの方へと向く。
【オリト】「え、あ、あの…」
すると艦長席に座っていたリーダーの女生徒が立ち上がり、ミレーナと少し話をする。その後ミレーナから背負っていたオリトを貰い受け、オリトに対しこう自己紹介した。
【女生徒】「あたしはカンナ=レヴォルタ。一応X組のリーダーで、クロスバードの艦長。以後よろしくね。
      正直こういうことはあんまりやりたくないんだけども…とりあえず事情だけは聞いておかないといけないから、ちょっと付き合ってもらえるかしら?」
【オリト】「あ、はい」
オリトはあまり考える気力も残っていなかったこともあり、軽くうなずく。
【カンナ】「それじゃ、ちょっとの間留守番お願いね」
そう言い残し、ミレーナと入れ替わるようにカンナはブリッジから消えた。


カンナがオリトを連れてきたのは、艦長室。しかしその艦長室は、いわゆる一般的にイメージされるような艦長室ではなかった。
ぬいぐるみや人形、それにおもちゃ、漫画など、いわゆる私物で埋め尽くされているのだ。
それを見たオリトは呆然として言葉が出ない。カンナはとりあえずオリトをソファーに座らせると、自分は隣に座り、こう切り出した。
【カンナ】「そういえば、名前聞いてなかったわね?」
【オリト】「あ、オリトです」
【カンナ】「オリト君ね。…あたしらX組がいわゆるエリート集団、ってのはご存知?」
【オリト】「はい、その辺は先ほどミレーナ先生から聞いてます」
【カンナ】「なら話が早いわね。つまるところこの戦艦はあたしらX組の私物状態…という結果がこの部屋よ…出航までには片付けようとは思ったんだけどね…」
【オリト】「は、はぁ…」
この辺りでようやくオリトは少し落ち着いてきて、考えが巡るようになった。X組はエリート集団と聞いてどんな人たちなのかと想像を巡らしていたが、彼女達もまた普通の10代後半の少年少女たちなのだ、ということなんだと自らの中で納得した。オリトはスラム育ちでこれまでエリート集団とは無縁の暮らしをしてきたため、エリートに対する漠然とした恐怖感のようなものがあるのだが、それが100%とは言わないまでも、多少は払拭できた気がした。

その後、オリトがクロスバードに迷い込んだ事情を話す。
【カンナ】「なるほどねぇ…新入生だと迷うわよねぇ、そりゃ」
そう言いつつソファーから立ち上がると、棚からティーカップを2つ取り出し、机のポットでお茶を淹れる。
【カンナ】「あれ、そういえばチャオってお茶飲めるのかしら?」
【オリト】「あ、大丈夫です」
そんなやり取りをした後、カンナはソファーに戻り、目の前のテーブルにティーカップを置いた。
【カンナ】「ごめんなさい、正直今まであまりチャオと仲良くなる機会がなかったから…」
【オリト】「いえ、気にしないで下さい…慣れてますから」
この時代、全銀河における人間とチャオの比率はおよそ1:1、つまりほぼ同数。そして、惑星同盟に限らず、どの勢力も表向きは人間とチャオの権利の平等を謳っている。…が、特に人間側の意識というものはそうすぐに変わるものではない。現在でも各勢力の政府や軍、それに経済界など、いわゆる「偉い地位」のおよそ9割は人間で占められている。エリート集団であるX組も、別に「人間に限る」などという決まりはないにも関わらず、現メンバーはもちろん、過去のX組卒業生も全員人間である。
…そしてそのしわ寄せが来るのが他でもないスラムである。オリトがそうであるように、スラムにいる者は6:4でむしろチャオの方が多いのだ。

オリトとカンナはそれぞれお茶を少し飲んだ後、話を続ける。
【カンナ】「で、問題はオリト君の処遇よねぇ…スケジュール的にアレグリオにはしばらく戻れないし…」
1年間の練習航海に出る…といっても、1年間ずっと出ずっぱりという訳ではない。が、すぐに戻れるという訳でもない。バルテアに到着後すぐに1週間ほど第4艦隊に合流しての軍事演習があるため、少なくともそれが終わるまでは戻れない。現時点でオリトがとれる選択肢は、そう多くはなかった。
【カンナ】「…まぁ正直、今すぐ戻るのは難しいし、とりあえず演習が終わるまでは見学扱いということにして、その後どうするかは学校とも相談してその時決めましょうか」
【オリト】「はい、分かりました」
【カンナ】「それじゃ、みんなにも挨拶させたいから、もう1回ブリッジ行きましょう」
【オリト】「はい」

…そうしてカンナとオリトが立ち上がった、その瞬間。
オリトにしてみれば今日何度目とも知れない轟音と衝撃と震動が襲い掛かった。
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第2章:果てのない世界の果てまで
 ホップスター  - 21/1/9(土) 0:07 -
  
もう今日何度目かも分からない衝撃と震動、そして轟音。
しかし、今回は今までのそれとは明らかに違っていた。
艦長室に警報音が鳴り響き、部屋が赤色灯で赤く染まる。
カンナは個人端末を手に取り、ブリッジへ声をかけた。


        【第2章 果てのない世界の果てまで】


【カンナ】「どうしたの?」
【女生徒】『カストルがおかしいみたい!』
個人端末から女生徒の緊迫した声が響く。ただならぬ様子を察したカンナが間を置かずに返す。
【カンナ】「分かった、すぐ行くわ!」
カンナはそれだけ告げて通信を切ると、オリトの手を取ると、
【カンナ】「ブリッジに行くわよ!」
とオリトを引っ張ろうとする。が、オリトは驚きの表情を見せてこう訊き返した。
【オリト】「え、俺もですか?」
今日入学してきたばかりのただのチャオである自分が、この緊急事態にブリッジに立ち入っていいものかどうか。それに対しカンナはこう答えた。
【カンナ】「まぁ理由はいろいろあるんだけど…同じ船に乗った者は運命共同体。これは遥か昔、まだあたしら人類が宇宙に出る前、海で船を使ってた時代から変わらない鉄則よ」
そう言うと、再びオリトの手を取り、ブリッジへ向かい走り出した。

オリトを引っ張るようにして廊下を走りながら、カンナがもう1つの理由を説明する。
【カンナ】「オリト君だって、士官学校に入学した軍志望なんでしょ?…だったら、よく見ておく必要があるわ。緊急事態は軍にはつきものよ、戦闘なんて常に緊急事態みたいなもんだしね」

そして、ブリッジへ。カードキーを差し込み扉を開ける。
【カンナ】「お待たせ!状況説明お願い!」
その声に男子生徒が応える。
【男生徒】「カストルが突然暴走しやがった!止めようにも止まんねぇ!」
【カンナ】「緊急停止は!?」
【女生徒A】「やってますけどダメです、システムが言うことを聞きません!」
【女生徒B】「エンジンの暴走がシステム全体に影響を与えてるみたい!」
【カンナ】「なるほどね…クーリア、このままだとどうなると思う?」
と、隣に座っていた女生徒に声をかける。クーリアと呼ばれた生徒が答えた。
【クーリア】「恐らく、カストルがオーバーヒートするなり壊れるなりして止まるまでこのまま超光速で進み続けるんじゃないかと…」
【カンナ】「なんというか…表現は古いけど、まるで暴走特急ね…」

そんな会話を隣で聞いていたオリトが思わず口を出す。
【オリト】「なんというか、話を聞いてるとかなりヤバそうなんですけど…艦長さん、ずいぶん暢気な気がするんですけど、大丈夫なんですか!?」
すると、それを聞いた隣のクーリアが椅子を回してオリトの方を向き、顔を近づけてその目をじっと見つめた。言葉が出ずに、有体に言えばクーリアにビビるオリト。彼女がかけている眼鏡の奥の瞳がピタリと止まり、じっとオリトの方に向いている。やがてそれが数秒続いた後、彼女は距離を取った。
【クーリア】「彼が先生の仰ってたチャオですか…」
【カンナ】「ええ、オリト君よ。とりあえず、クーリアは初対面の人…っと、今回は人じゃなくてチャオだけど、に会ったら顔を近付けちゃう癖、気をつけた方がいいわよ」
【クーリア】「自覚はしているのですが、やめろと言われてやめられれば癖とは言わないのでは…っと、失礼しました。私はクーリア=アレクサンドラ=オルセン、クーリアで構いません。クロスバードの副艦長兼参謀、という名の雑用係です」
【オリト】「ど、どうも…オリトです」
自己紹介するクーリアだが、未だに軽い恐怖感が抜けないオリト。自分の名前を答えて挨拶に対して返すのが精一杯だった。だが、クーリアは気にせずに話を続ける。
【クーリア】「で、先程の質問ですが…そうですね、正直に言って超光速のまま永遠に彷徨う可能性も否定できません。超光速航行のエネルギー源は宇宙空間に遍く存在するエネルギー粒子なので、尽きるということがないですし…もしそうなったらここがそのまま私達のお墓ということになりますね」
【オリト】「やっぱりヤバいんじゃないですか!」
【クーリア】「まぁ、そうなんですけどね…私がこの状況で言うのもなんですけど、世の中、意外と何とかなるもんなんですよ」
【オリト】「そんなもんですか…」
そう返しつつオリトはクーリアの返答に、何となくであるが納得した。そうやって説明しているクーリアも、慌ててる素振りはあまりない。そしてオリトは、そのメンタリティが彼らをエリートたらしめているのだろうと思った。

【カンナ】「とはいえ、さすがにこのままじゃまずいわね…何か打てる手は…」
【クーリア】「そういえばジャレオ、ポルックスは?」
そう呼ぶと、端末とにらめっこしていたメカニックの男生徒、ジャレオ=バステルーニが答える。
【ジャレオ】「試しにポルックスの出力を落としてみましたが、変化はないですね…」
クロスバードは、カストルとポルックスという2つのエンジンを積んでいる。クロスバード自体は元々30年ほど前に作られた戦艦だが、10年前に旧型になった際に士官学校に練習艦として回され、その際に校舎に変形するように大改造した…という経緯がある。
その際にエンジンも2台積むように改造しており、どちらもその時に取り付けられたものであるが、そのどちらも使えなくなった戦艦のエンジンを再利用したいわゆるお古であり、かなり旧型のエンジンである。…要するに、基本的にお古の戦艦、という訳だ。

ジャレオの報告を聞いたカンナは、ふーむ、というような表情を浮かべた後、少し考える。
時間にして十秒ほどだろうか。しばしの沈黙の後、チャオであれば頭上のポヨがビックリマークになりそうな表情を見せ、こうジャレオに伝えた。
【カンナ】「…ということは、ポルックスの出力自体は調整できるのね?
      それなら、逆にポルックスの出力を上げてみてくれるかしら?」
それを聞いたジャレオは、カンナとは逆にチャオであればポヨがハテナマークになりそうな不思議そうな顔をしながらこう返す。
【ジャレオ】「え、上げるんですか?…この状態であんまり出力を上げたらカストルにもエネルギーが流れ込んで…あっ!」
そこで、ジャレオも、そしてオリトもカンナの意図するところを察した。そう、
【オリト】「わざとカストルをオーバーヒートさせて止めさせる!?」
【カンナ】「そういうこと!」

しかしそこで、ジャレオの隣に座っていた女生徒、オペレーターのレイラ=アルトゥロスがこう疑問を呈す。
【レイラ】「でも、カストルの制御が利かなくなってる現状でそんなことしたら…最悪、艦ごと爆発しかねませんよ!?」
【クーリア】「確かに…とはいえ、今のところそれ以外に手は思いつかないですし…」
【カンナ】「このまま超光速で彷徨い続けるか、一か八かで賭けに出るか…」

…この状況でどちらを選択するかと言われれば、後者しかあり得なかった。
【カンナ】「ジャレオ、お願い!」
【ジャレオ】「分かりました!」
その指示でジャレオが手元の端末を操作しポルックスの出力を上げる中、彼女はレイラにも声をかける。
【カンナ】「レイラ、不安も分かるけど…それでも、このまま超光速で彷徨う訳にはいかないよの、あたしらは」
【レイラ】「ええ、分かってます、分かってます…」
レイラは自らの不安を抱え込むように、やや小さく、繰り返した。その様子をみたカンナはさらに言葉を続ける。
【カンナ】「…そうね、もし生きて帰れたら、ケーキでもおごってあげるわ」
【レイラ】「いやいや、そんな…」
レイラは一瞬強く拒否するが、少しの間を置いて、
【レイラ】「…いいんですか?」
と尋ねる。さっきまでは消えていた瞳の光が戻り、その表情はニヤリと笑っている。いつものレイラである。
これにはさすがのカンナも一瞬引いてしまい、
【カンナ】「あ、あんまり高くないのでよろしく…」
…と苦笑いしながら返すのが一杯一杯だった。

そんなやり取りが終わった直後、ジャレオが叫ぶ。
【ジャレオ】「カストルからのエネルギー、許容範囲を突破します!」
その叫びと同時に、ブリッジの照明が緊急事態を示す赤いものに切り替わる。
【カンナ】「来たわね!…さぁ生きるか死ぬか、どっちかしら?」
エリート揃いであるX組のメンバーの間でも緊張が走る。いち見学者であるオリトなら、なおさらだ。

しばらくの間、ブリッジに警報音が鳴り響く。
そして数分の沈黙の後、ジャレオが口を開いた。
【ジャレオ】「カストル、出力下がっていきます!…うまくいきそうです!」
それに合わせ、ブリッジいたほぼ全員がはーっ、と大きく溜息をついた。
【カンナ】「さすがにどうなるかと思ったけど…とりあえず、後でレイラにケーキおごんなきゃね…」

やがて警報音が鳴り止み、ブリッジの照明が普通のものに戻む。
【ジャレオ】「カストルの出力、順調に低下!」
【レイラ】「超光速航行、解除されます!」
すると、超光速航行に突入した際と同じような独特のキュウウン、という音が響き渡り、やがて軽い衝撃とドン、という音が響いた。

【カンナ】「ふーっ、無事生還っと。…とはいえ、問題はここからね…」
実は超光速航行の最中に、自分達がどこにいるのか正確に把握する術はない。突入時の方角や速度から推定するだけである。そしてカストルの暴走中、超光速航行は制御できていない。つまり、超光速航行から抜け出した今、クロスバードはどこにいるのか全く分かっていないのである。当然、その把握が最優先課題となる。
【カンナ】「フランツ、現在位置の把握お願い!」
そうお願いしたのは、クロスバードの航宙士である男生徒、フランツ=アンブロット。
【フランツ】「やってますが…いやでも、これは…」
【カンナ】「…どうしたの?」
答えをためらうフランツに対し、カンナが疑問を投げかける。フランツは少し黙った後、言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。
【フランツ】「…みなさん、落ち着いて聞いてください。現在位置、ポラリス腕のF−6エリア。つまり…惑星同盟の勢力圏の正反対、銀河連合と宇宙共和国の境界宙域です…!」

その言葉に、クロスバードのメンバーに衝撃が走る。先ほどのカストルの暴走でもあまり動じなかったカンナですら、困った表情を見せた。
オリトも銀河地理に詳しい訳ではないが、何となく状況は把握している。同盟の勢力圏から遠く離れ、敵同士が戦ってる宙域へと飛び込んでしまったのだ。
【クーリア】「まさか暴走中に一気に銀河を横断してしまうとは…」
【フランツ】「カストルの暴走具合から現在位置を推定できれば良かったのですが…すみません、暴走自体に気を取られてしまって」
【カンナ】「どっちにしろ結果は同じなんだから、気にしないで」
そして、カンナは少し手元の個人端末を見ると、こう続けた。
【カンナ】「…とりあえず、銀河の外まで行かなかっただけ良しとしましょう。状況も落ち着いたし、銀河標準時も19時を回ったので、今後の相談も含めてみんなで夕食にします。それまでしばらく現状把握と休憩をして、20時30分に食堂に集合!いいわね?」
それを聞いたクロスバードのメンバー全員が「了解!」と答え、ある者は引き続き座席で状況の把握、ある者はブリッジを出て損傷等の確認へと向かうなど、それぞれがやるべき行動を取りはじめた。

その中でオリトは、ただその場に立ち尽くしていたが、少ししてその状況を見たミレーナ先生が声をかけた。
【ミレーナ】「…とまぁ、不測の事態にはこのように対処します。といっても、あたしはなーんにもしてないけどね」
【オリト】「あ、先生」
【ミレーナ】「オリト君、暇そうだしちょっと手伝ってもらっていいかな?」
【オリト】「え?あの、僕にできることであれば構いませんけど…」
【ミレーナ】「あぁ、それは大丈夫。チャオでもできる、だけどとっても大事なお仕事!ついてきて!」
と、ミレーナ先生に連れられるようにブリッジを出た。行き先は…

【オリト】「あの、これって…」
【ミレーナ】「そう、キッチン!今からみんなの夕食を作るわよ!」
…そう、その手伝いをオリトに頼んだのである。オリトがそれを疑問に思いこう尋ねる。
【オリト】「でも何で皆さんの料理を先生が?」
【ミレーナ】「まぁ、単純に言えば他にやる人がいないってことね。X組のメンバーはみんなあぁいう状況では才能を発揮するけど、こういう仕事のプロはいないのよ。女性陣もみんな料理あんま得意じゃないみたいだしねー」
【オリト】「な、なるほど…」
【ミレーナ】「ま、あたしも得意って程じゃないんだけど、本業ではダメ教師だから、こういう仕事ぐらいはね。という訳で、いくわよー!」
【オリト】「あ、はい!」
…そしてそれから約1時間、彼はミレーナ先生の手伝いに忙殺されることになる。
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第3章:伸ばした腕の先に見えるもの
 ホップスター  - 21/1/16(土) 0:05 -
  
「はーっ、いくらここが共和国との境界付近だからって、辺境とはなぁ…」
「サグーリアみたいな激戦地はさすがに勘弁だけど、もっとこう…なぁ?もうちょっと華々しく活躍できる場所に行きたかったぜ…」
「華々しい…といえば、ウチのエース様はなんでまたこんな所に?」
「どうやら新型の調整らしいぜ。ここなら俺ら以外に見つかることなく色々できるってことらしい」
「なるほどなぁ…ん?なぁ、この反応って…」
「どうした…って、同盟の旧型艦?共和国ならともかく、なんでこんな所に同盟が…?」


        【第3章 伸ばした腕の先に見えるもの】


クロスバード、食堂。
ミーティングルームは別にあるのだが、カンナの場合はミーティングをする場合ここで食事をしながら行うことが多い。
【カンナ】「…みんな集まったわね。それじゃあ、夕食にしましょう!いただきます!」
その合図で、X組のメンバーが一斉に食事に手をつける。その横で、かなり疲れた表情を浮かべるオリト。
【オリト】「つ、疲れた…まさか10人分の食事を一度に作るのがこれだけきついとは…」
【ミレーナ】「はい、お疲れ様!…自分も食べておかないと、この先持たないわよー?」
【オリト】「この先って、まさか…」
【ミレーナ】「そう、片付けも手伝ってもらうから、頑張ってね!」

それを聞いて呆然とするオリト。その様子を見たカンナがミレーナ先生をたしなめる。
【カンナ】「ミレーナ先生…あまり無茶はさせない方が…色々ありすぎてだいぶ昔のように思えますけど、オリト君がここに迷い込んだの今日ですよ…」
【ミレーナ】「士官学校に入学する生徒なんだから、これぐらいは頑張ってもらわないとー。どうせあそこで普通に新入生やってても先輩とか教官から似たようなことやらされるだろうしね。ま、一応あたしは医者だし、無茶はさせないつもりよ」
【カンナ】「それはまぁ、そうなんでしょうけど…」
兵士を育てる学校が厳しいのも、古今東西変わらない。そうでなければ戦場で生き残れないし戦いに勝てないので、ある意味当然の話である。しかし、X組のメンバーはエリート中のエリートの為、士官学校の生徒でありながらそういう世界とはあまり関わらずにここまで来ている。だからこそ、カンナは『そうなんでしょうけど』と推測する形で喋った。

一方、そんな会話を聞いていたオリトは、ミレーナ先生に向けてこうつぶやいた。
【オリト】「…俺、やります」
【ミレーナ】「あら、珍しいわねー、若いのに根性ある」
【カンナ】「でも、無理しちゃダメよ。何かあったら言ってね、あたしらが先生を止めるから」
【オリト】「はい、分かりました」
そう言って、オリトも夕食を食べ始めた。一方、ミレーナ先生は不満顔。
【ミレーナ】「ぶー、なんか信用されてない…」

…さて、カンナは正面を向き直し、改めて口を開く。
【カンナ】「とりあえず、食べながらミーティングを始めます。…まずは、現在の状況の確認。フランツ、改めて説明お願い」
【フランツ】「了解しました」
フランツが立ち上がり、正面のモニターに銀河全図を表示させ、ポインターで指し示しながら説明する。
【フランツ】「現在我々は、同盟の首都惑星であるアレグリオや本来の目的地であったバルテアがある銀河のアルビレオ腕の正反対にあるポラリス腕の外れ、銀河の辺境に位置します。銀河の端っこといっても差し支えありません」
その言葉に、一同が沈黙する。その中で、フランツはさらに説明を続ける。
【フランツ】「ここから最寄の惑星はクレシェット。宇宙連合の影響下にあります。また、その反対側には銀河共和国の勢力圏内である惑星ディステリアがあります。距離的にはクレシェットからやや遠くなりますが。…いずれにせよ、連合と共和国が互いを睨み合うエリアに来てしまった訳です」

【オリト】「なんというか…最悪だな…」
思わずオリトが口に出す。そこで、クーリアが補足を入れる。
【クーリア】「先ほども艦長が言ってましたが、銀河の外まで出てしまうよりはマシです。それにもう1つ幸いなことに、このエリアは銀河の辺境で戦略的価値が薄いということもあり、連合と共和国は睨み合ってこそいるものの、直近1年以内に直接戦火を交えたという話は聞いていません。サグーリア近辺では激戦が繰り広げられているようですが…」

【カンナ】「それじゃ次、ジャレオ、エンジンは結局どうなったのかしら?」
次はジャレオの番。フランツと交代するようにして立ち上がり、正面のモニターを操作しながら説明を始める。
【ジャレオ】「はい。結論から言うと、本格的な修理を受けないとカストルは使い物になりません。…正直に言って、もう完全に壊れちゃった、という感じです」
再び、一同に沈黙が走る。
【ジャレオ】「幸い、ポルックスの側に問題はありませんので、通常航行及び艦機能の維持は可能です。しかし、超光速航行となると…不可能ではありませんが、せいぜいクレシェットやディステリアまで数日かかって行けるかどうか、という程度でしょうか」
【カンナ】「まるで宇宙開拓時代ね…」

そして、議題は次のテーマに移る。
【カンナ】「…まぁとりあえずこの話は一旦置いといて、次。なんだかんだでちゃんと紹介しきれなかったけど、例の迷い込んだチャオのオリト君。こんな状況になっちゃったし、しばらくクロスバードで面倒を見ます。よろしくしてあげてね」
と、オリトを紹介する。オリトは慌てて立ち上がり、
【オリト】「よ、よろしくお願いします!」
と一礼。すると、全員から拍手が沸いた。一通り拍手が終わった後、オリトの隣の席にいたクーリアが話しかける。
【クーリア】「ウチのメンバーについては、おいおい覚えていけば構いません。まぁ、私含めてかなり変わった面子ばかりですから、そんなに苦労はしないと思いますが…」
【オリト】「そ、そうなんですね…」
オリトは微妙に反応に困りながらも、そう答えた。

その後、少しの沈黙の後、カンナがやや言い出すのに躊躇しながらも、喋り出した。
【カンナ】「で、結局、あたしらはこれからどうすべきか、ね…」
銀河の辺境、しかも敵同士が睨み合っているエリアに突然放り出されてしまったのである。そう簡単に結論が出るはずもなく、雰囲気が沈む。
【クーリア】「現在のエンジンの状況では、私達同盟の勢力圏内まで辿り着くには最短ルートでも1ヶ月ほどかかります」
【フランツ】「当然同盟の勢力圏まで戻るには連合か共和国のどちらかの勢力圏内を通る必要がありますし、その上最短ルートを通る場合は危険な銀河中心部を抜ける必要があります。…正直、無謀という他ありません」
…すると、1人の男子生徒が声をあげる。クロスバードの砲撃手、火器管制を担当するゲルト=アンジュルグである。
【ゲルト】「大昔に戦艦たった1隻で隣の銀河まで突っ込んで全宇宙規模の帝国を滅ぼしちゃうってアニメがあったらしいなそういえば…リアルにそんな展開かよ!」
【クーリア】「…その旧時代のアニメはよく知りませんが、とにかくそんなアニメみたいなことをやらなきゃ私達は生きてアレグリオには帰れない訳ですよ」

【カンナ】「…となると、別の方法…つまり、連合か共和国のどちらかを頼る…ということを考えなければならないわね…」
しかし、それもなかなか難しい話である。現在の銀河情勢は大雑把に言うと、銀河を巨大な円として考えた時に、ちょうど円を120度ずつ3等分するように3大勢力の勢力圏があるような状態である。どの勢力も他の2勢力と正面からぶつかる形になっており、AとBが協力してCを攻撃する…といったような状況が生まれにくくなっているのだ。
その上3勢力が交差するはずの銀河の中心部は、中心にある巨大ブラックホールの影響により重力が歪んでおり、さらにその影響で星やガスなどの物質が密集している危険地帯で、先ほどフランツが説明したように通り抜けるのは非常に難しい。近年の超光速航行技術であれば一気に通り抜けることもできるが、カストルが壊れてしまったことによりそれもできない。

クーリアがそんな内容のことを大まかに話した後、こうまとめた。
【クーリア】「…まぁ、最終手段としては考える必要があるでしょう。ただその場合、下手を打つと裏切りと看做されて同盟に帰ったところで首がスパーン、ですよ?」
…と、自らの首に手をやりながら。
【カンナ】「ええ、現状ではあくまでも自力での帰還を目指す、ということで…」

と、その時、食堂に警報音が鳴り響いた。一瞬でメンバーに緊張が走る。
【クーリア】「この警報音は…!」
【レイラ】「ええ、敵艦です!…連合のオリオン級が1隻!」
手元の端末を見ながらレイラが叫ぶ。
【カンナ】「みんな、急いでブリッジへ!」
カンナの合図で、みんな一斉に立ち上がり、ブリッジへと向かい走り出した。

残ったのは、呆気に取られているオリトと、ミレーナ先生のみ。
【オリト】「て、敵…?」
【ミレーナ】「そりゃまぁ、さっきみんなが説明した通り、敵陣ド真ん中だしねー」
彼女は顔色一つ変えずに、食事を続ける。
【オリト】「先生は行かないんですか?」
【ミレーナ】「あたしはここだとただの雑用係だからねー。一応軍人で教官という立場上ブリッジに座らなきゃいけない時もあるんだけど、お飾りみたいなもんだし」
と、どこか飄々とした雰囲気で喋っていたが、次の瞬間、突然表情を変えてオリトにこう問いかけた。
【ミレーナ】「…で、君はどうするのかしら?」

そうオリトに問いかけた目は、軍人のそれだった。反応できず、何も言えないオリト。だがすぐに、いつもの雰囲気に戻り、こう続ける。
【ミレーナ】「もちろん、夕食の後片付けを手伝ってくれるとあたしとしては嬉しいんだけどねー。軍人を志望して士官学校に入ったんだったら、今からここで何が起こるのか、をブリッジで見ない手はないと思うけどねー?」

…そう言われたら、動かない理由がなかった。
【オリト】「…先生ごめんなさい、行ってきます!」
そう言い残して、自らもブリッジへ向かった。残ったミレーナ先生は、
【ミレーナ】「別に謝らなくてもいいんだけどねー…っと、それじゃ、あたしは片付けやりましょうか。折角作ったものを残されるのは良い気分しないけど、敵襲じゃあしょうがないわよねー…」
とぼやきつつ、テーブルに並んでいる食器を片付けだした。

オリトが急いでブリッジに駆け込む。
【オリト】「すいません、見させてもらってもいいですか!?」
【カンナ】「お、来たわね。当然っ!それじゃ、そこに座って!」
と、本来はミレーナ先生が座るはずの場所を指す。乗り込む人数が決まっている練習艦なので、座席はそこしか空いてないという訳だ。
オリトは人間用の大きな椅子に座り込む。…が、チャオの大きさではデスクが邪魔で様子が分からない。すぐに椅子に立って様子を見るようになった。

次の瞬間、モニターを見ていたレイラが叫ぶ。
【レイラ】「敵艦から人型兵器の発進を確認!現在のところ恐らく1機、これは…データにありません!新型の可能性があります!」
それを聞いたカンナは、妙に納得した表情を見せた。
【カンナ】「なるほどねぇ…そういうこと」
【オリト】「どういうことですか?」
【カンナ】「ここは一応ギリギリ連合の勢力圏内だけど、かなりの辺境。そこで新型を1機だけ発進させてきた、ということは…相手の目的は、恐らく新型のテストよ」
【クーリア】「まぁ言ってしまえば、私達は新型の実験台にされた、ということです」
【オリト】「実験台!?」
その表現に思わずオリトが驚く。

だが、驚いている間にも敵は近付く。
【レイラ】「…光学映像、入ります!」
レイラがそう叫んだ直後、ブリッジ正面にある一番大きなモニターに映像が入った。そこにいたのは、青い人型兵器。
それを見た瞬間、オリトを除いてブリッジにいた全員が絶句した。
数秒の沈黙の後、カンナがようやく言葉を発する。
【カンナ】「い、いやー、これは…今日は色々あったけど、最大のアンラッキーね…」
【オリト】「アンラッキー?」
事情をよく知らないオリトが尋ねる。クーリアが答えた。
【クーリア】「連合の機体であの青いカラーリングといえば、彼女しかいませんよ…
       …連合のエースパイロット、シャーロット=ワーグナー。別名、『蒼き流星』…!」
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第4章:はじまりと、その終わり
 ホップスター  - 21/1/23(土) 0:04 -
  
この時代の戦いは、戦艦と人型兵器による戦いが主流である。
戦艦にはない機動力を補完する兵器として人型兵器が存在するが、なぜわざわざ操縦が複雑な人型にする理由があったのか。
戦闘以外での用途や操縦感覚の分かりやすさなど、様々な理由が後から付けられたが、つまるところ「それが人類の夢だから」ということに尽きる。


        【第4章 はじまりと、その終わり】


話は、クロスバードと連合の戦艦が互いを発見する少し前まで遡る。
その連合のオリオン級戦艦、バーナードの艦内で、シャーロットは少し不満そうにつぶやいていた。
【シャーロット】「別にわざわざこんな場所で新型のテストなんかしなくたって、それこそサグーリア辺りで共和国相手にどかーんとやっちゃえばいいのに…」
そう愚痴をこぼす相手は、その新型の開発を担当した、連合の重工業企業の技術主任であるウィレム=ヘリクソン。
【ウィレム】「それじゃあもうテストじゃなくて実戦じゃないですか…そういう決まりなんですから勘弁して下さいよ」
【シャーロット】「分かってるわよ、あたしもそんな子供じゃないってば。やる事はきっちりやるから安心してちょうだい」

そんなやり取りを交わしながら廊下を歩いていると、こんな会話をしているバーナードのクルー2人とすれ違った。
「一体どういう事なんだよ?」
「こっちが聞きたいよ!なんでこんな場所に同盟の戦艦が…」
その2人は会話に夢中だったが、シャーロットに気付くと、慌てて敬礼をする。
彼ら2人とシャーロットの階級は変わらないが、彼女は同盟や共和国にも名前が知れ渡っている程の有名人で英雄である。そんな人間とすれ違ったら思わず敬礼してしまうのが人間というものだ。

シャーロットはシャーロットで、彼ら2人の会話が耳に入っていた。最初は何となく聞き流していたが、「同盟」という言葉に内心驚き、足を止めた。
既に繰り返している通り、ここは連合と共和国の境界地域である。同盟という言葉が登場して、疑問に思わない者はいない。そして、シャーロットは彼らにこう尋ねた。
【シャーロット】「さっきの話、どういうこと?よければ教えてもらえるかしら?」
【クルーA】「な、何でもレーダーになぜか同盟の戦艦の反応があったらしくて…」
シャーロットはそれを聞いた直後は「へぇ」という感じの反応だったが、数秒考えた後、いいアイデアを思いついたように再びそのクルーに話しかけた。
【シャーロット】「ちょっとブリッジまで…いいかしら?」
【クルーB】「は、はい!」
【ウィレム】「ま、まさか…」
ウィレムも何かを察したらしく、心配そうにシャーロットに話しかけるが、彼女はあっさりとそれを認めて一蹴した。
【シャーロット】「そのまさか、よ」

元々バーナードはこのエリアの哨戒任務にあたっていて、シャーロット達が新型のテストとして乗り込んでいるのはその「ついで」である。
【艦長】「しかし、こんな所に同盟の戦艦、しかも旧型艦の反応となると、誤検知の可能性が…」
【シャーロット】「だから、それを確かめに行ってあげるって言ってるんでしょう?こっちとしても新型のテストになるし、損になることはないと思うけど?」
【艦長】「とはいえ、連合のエースパイロットにそんな役回りは…」
【シャーロット】「あーもう、そういうのやめてってば!それに心配しなくても即撃破なんてことはしないわよ、ちゃんと確認するっての」

結局、彼女は周囲の反対を押し切る形でカタパルトに向かい、例の新型に乗り込んだ。
各種チェックを済ませ、起動する。そこにウィレムが確認の通信を入れる。
【ウィレム】『大丈夫ですか?』
【シャーロット】「問題なし。いつでも行けるわ!」
やがてシグナルが青に変わり、カタパルトが開いた。
【シャーロット】「シャーロット=ワーグナー、UDX-201/A『レグルス』、行きます!」


さて、話はクロスバードへと戻る。
【オリト】「そんな、連合のエースだなんて、ど、どうするんですか!?」
ようやく事態を飲み込んで慌て出すオリトだったが、他のクルーはアンラッキーと言っていた割には落ち着いている。
【カンナ】「説明したでしょ、あたしはともかくとして、ここのメンバーはみんな優秀だって。…シャーロットには及ばないかも知れないけれど、こっちには2人いるのよ、人型兵器乗りが」
【レイラ】「まぁ、謙遜してる当のカンナが一番優秀なんですけどねー…っと、準備はいい?」
レイラがオリトとカンナの会話に口を挟みつつ、その「2人」に向かって個人端末で呼びかける。
「もちろんだっ!」「同じく!」
【レイラ】「それじゃ、カタパルト開けるわ!」
男女それぞれの声をレイラが確認すると、コンソールを操作し、人型兵器が待機しているカタパルトが開く。それに合わせて、2機が発進した。
「ジェイク=カデンツァ、AATE-010C『アンタレス』、行くぜ!」
「アネッタ=クレスフェルト、AATE-008E『アルタイル』、行きます!」

【オリト】「というか、逃げないんですか!?超光速航行ができない訳じゃないって言ってましたよね!?」
オリトは相変わらずの調子である。それが普通の反応ではあるのだが、クロスバードの面々の中では明らかに浮いていた。
【ジャレオ】『いえ、先ほどのカストル暴走の影響がまだ…こっちが終わり次第向かいますけど、もう少しかかりそうです』
と、オリトの疑問にジャレオが通信で答える。彼は人型兵器の整備も担当しているので、今はカタパルト近くにいるのだ。
【カンナ】「そんなに心配しなくても、何とかなるわよ。それとも、あたしらが信じられないのかしら?」
【オリト】「あ、いえ、そんなことは…」
【クーリア】「幸い、相手は戦艦1隻、人型兵器1機です。いくら敵がエースといえど、2対1なら…勝つまではいかなくとも、最悪の状況は避けられるはずです」
ここまでみんなの話を聞いて、ようやくオリトも落ち着いてきた。


一方、シャーロット側もクロスバードの様子を捕捉していた。
【シャーロット】「敵戦艦から人型兵器2機の発進を確認…アンタレスとアルタイル!完っ全っにビンゴじゃないの!」
【艦長】『では…』
【シャーロット】「言われなくても何とかするわ。なんでこんな場所に同盟がいるのかは知らないけど…いくわよ!」
そう叫んで一気に加速し、2機のもとへと飛び込んだ。

さて、2人の機体を簡単に説明しておくと、ジェイクのアンタレスが近距離での格闘戦、アネッタのアルタイルが遠距離での射撃戦に秀でた機体である。
本来はどちらも白い量産機であるが、ジェイク機は赤、アネッタ機は水色のカラーリングが施されており、また多少のカスタムがなされている。但し逆に言うと、そのカスタムとカラーリングの変更以外は、ほとんど量産機と変わらない。

シャーロットのレグルスが2機のもとに飛び込んでくると、まずアルタイルが距離を取り、逆にアンタレスが受けて立つかのようにビームソードを抜いて構えた。
【アネッタ】「相手は新型よ!何を出してくるのか分からないんだから気をつけて!」
【ジェイク】「その前にぶった斬る!相手がエースだろうと新型だろうと関係ねぇ!」
アネッタの言葉もスルーして、逆に一気にレグルスに向かい突っ込むジェイク。
【ジェイク】「うおおおおっ!!」
【シャーロット】「あたしに突っ込んでくるとはいい度胸じゃないの!」
しかし、あっさりかわされる。だがそこに、アルタイルからビームランチャー。直前に気がつき、間一髪かわすシャーロット。
【アネッタ】「ったく、フォローするこっちの身にもなってみなさいよ、っと…」
【シャーロット】「アルタイルもいたわねそういえば…やってくれるじゃないの!」
それならば、とシャーロットはアルタイルの方へ向かう。
アネッタは応戦しようとするが、レグルスが速かった。一気に距離を詰められると、次の瞬間にはアルタイルの右脚が吹っ飛んでいた。

【アネッタ】「っ…!?」
しかしそれでもシャーロットは軽く舌打ちする。これで仕留めるつもりだったのだ。
【シャーロット】「ちっ…さすがに慣れないなぁ…」
そこに置き去りにされたジェイクのアンタレスが追いつく。
【ジェイク】「うおおおっ!!」
シャーロットのレグルスと再びぶつかり、何度か斬り合う。一方アネッタにはクロスバードからの通信が飛び込んでくる。
【レイラ】『アネッタ、大丈夫!?』
【アネッタ】「…問題ないわ!」
アネッタは意外と落ち着いていた。宇宙空間において人型兵器の脚部は「飾り」でしかない、ということもあったし、「相手がエースで新型ならこれぐらいやってくるはず」という見通しもあった。
そして再び彼女はビームランチャーを構え、ジェイクのアンタレスの援護に回る。そのまましばらく、ジェイク機とシャーロット機が直接戦い、それをアネッタが援護するという図式が続いた。

ところがクロスバードはといえば、レグルスの射程外からその様子を睨んで止まっているだけ。
【ゲルト】「こりゃ動くに動けねぇなぁ…」
【オリト】「どうしてですか?」
【ゲルト】「人型兵器にとっちゃ、戦艦はデカい的みたいなもんだからなぁ…特に相手はエース様ときた。あとは…分かるな?」
それを聞いてオリトも何となく察する。
【カンナ】「確かに現状では動けないけど…ゲルト、ミレア、いつでも動ける準備はしておいてね」
カンナが確認として声をかける。ミレアというのは、クロスバードの操舵手、ミレア=マードナーのこと。
なお、クロスバードを始めこの時代の宇宙戦艦に舵はなく、キーボードを使って戦艦を操作するのだが、旧時代の名残で艦を操る者のことを操舵手と呼んでいる。
【ゲルト】「分かってるって」
【ミレア】「了解、です」

【シャーロット】「っ、こっちが新型で慣れてないとはいえ、なかなかやるじゃないの…」
戦闘開始から数分経過。さすがにシャーロットもイラついてきた。相手が並のパイロットであれば、2機が相手でもそう時間をかけずに蹴散らすことができる。
そのイラつき、焦り、そして新型故の慣れなさが致命的な操作ミスを生んでしまった。
【シャーロット】「しまっ…!」
操作ミスから、レグルスの動きが完全に止まる。
慌ててフォローしようとするも、余計に焦ってしまい、上手くいかない。いくらエースといえど、彼女もまた人間である。この心理状況では、普段出来るはずのことも出来なくなってしまう。
なんとか立て直すものの、結局1秒前後の『空白』が生じてしまった。

…そして、1秒あれば、ジェイクとアネッタには十分であった。
【アネッタ】「動きが止まった!?」
【ジェイク】「何があったか知らねぇが!」
アネッタがすかさずビームランチャーを構え、数発撃ち込んでレグルスの動きを牽制すると、真っ直ぐにジェイクが飛び込む。
【ジェイク】「おりゃああああっ!!」
ビームソードを抜いて一閃。少なくともジェイクには、手応えのある一撃だった。

…が、すんでのところでシャーロットが立て直し、致命傷は逃れていた。
【アネッタ】「あれを避けるなんてっ…」
とはいえ、致命傷は逃れたものの、レグルスの右腕が吹き飛んでいる。
さらにその衝撃でシャーロットは流血。左手で額を押さえるが、赤い滴が流れ出す。

シャーロットはそんな状況でも、自身でも不思議に思う程に冷静だった。
【シャーロット】「稼動自体に異常なし、まだライフルが残ってる、と…」
どう考えてもこちらが不利、そもそも新型のテストであり無理はしてはいけない、という状況から、「これ以上の戦闘続行は不可能」と判断し、残ったレグルスの左腕でビームライフルを数発撃って2機を牽制しつつ後退を開始。
それでもアンタレスとアルタイルが追撃してくるとまずい状況だったが、幸いにも追撃はなく、彼女はそのままバーナードに帰還していった。

【レイラ】「凄い…『蒼き流星』を落とすまではいかなかったけど、撤退させた…!」
【カンナ】「感心するのは後よ!ジャレオ、いけるかしら!?」
【ジャレオ】『はい、何とか終わりました!』
【カンナ】「オッケー、それじゃあ2機を回収次第、超光速航行の準備に入るわ!」
ジェイク達が戦闘している間に、ジャレオがポルックスを調整して何とか超光速航行が可能なところまで持ってきたのである。
【レイラ】「ハッチ、開けます!」
すかさず戻ってきた2機が飛び込み、ハッチが閉まるのを確認すると、
【カンナ】「超光速航行、スタート!!」
すかさずカンナが叫ぶ。それと同時に、クロスバードは宙域から姿を消した。


一方、バーナード艦内。
応急処置をしてもらい、頭に包帯を巻いたシャーロットが廊下を歩いていた。
【シャーロット】「2機はあの状況で追撃してこなかった、敵艦は2機を回収後すぐに超光速航行に入った…」
うつむいて、何やらぶつぶつと先ほどの状況をつぶやきながら。端から見たらまるで不審人物である。
冷静に考えれば、予想外の事態に慌てていたのは間違いなく向こう側であり、こちらがもっと落ち着いて対処すればこんなことにはならなかったのではないか。
などと考えながら、自分の行動、艦の行動に落ち度がなかっかじっくりと考える。
最も、バーナードの行動は彼女の責任の範囲外ではあるのだが。

やがて何かを吹っ切ったように、壁をドンと軽く叩くと、前を向いた。
【シャーロット】「いつかまた会ったら…連中は必ず落とす!!」
そう叫ぶ瞳は、火が灯っているように見えた。
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第5章:血の意味、魔女の目覚め
 ホップスター  - 21/1/30(土) 0:20 -
  
【ジャレオ】「…超光速航行から抜けます!」
その合図で、クロスバードが通常空間に姿を現す。
【アネッタ】「周囲に人工物の反応、ありません」
【フランツ】「現在位置、共和国領である惑星エクアルスから約4光年です」
【カンナ】「さすがにここまで来れば連合のエース様は追ってこれないでしょうけど…」
【アネッタ】「今度は共和国軍を警戒しなきゃいけないわね…」


        【第5章 血の意味、魔女の目覚め】


連合との交戦から数日。
クロスバードは連合からの追撃を避けるため、敢えて共和国の勢力圏内へと飛び込んだ。
古いエンジンであるポルックス1基だけで移動しているため、およそ6〜8時間ごとに超光速航行と通常航行(あるいは待機)を繰り返しつつ現在位置まで来ている。


【カンナ】「…ところで、例の応答はまだかしら?」
そこで、カンナがレイラに訊いた。
【レイラ】「ありませんね…」
【カンナ】「色々理由は考えられそうだけど…どの道自力で戻るしかなさそうだし、あまり期待はしないでおきましょう」
【フランツ】「そうですね…」
何の話題かというと、端的に言えば同盟本国への連絡のことである。エンジントラブルで銀河辺境に飛ばされた時点で、同盟の首都惑星であるアレグリオ、及び合流予定である第4艦隊にその旨の通信を飛ばしているのだ。しかし、返答は現時点でまだない。

理由はいくつか考えられる。まず考えられるのが、クロスバードがいるのは敵地ド真ん中であり、そこに通信を飛ばそうとすれば当然敵に傍受される危険性があるというものだ。もちろん暗号化技術はあるが、100%解読されないという保証はない。
他にも単純に対応に困り返答ができないままでいるという説や、陰謀論めいた説まで飛び出しているが、とにもかくにも返答がない現在の状況ではどれも推測の域を出ないし、そもそも敵地ド真ん中にいる以上どんな返答が来ようと、いやそもそも返答が来ようと来なかろうと、結局は自力で戻るしかないのだ。


さて、話はブリッジに戻る。
この時代、艦船はかなりの部分で自動化が進み、少人数でも運用できるようになっている。クロスバードのクルーがミレーナ先生を含めてもわずか10人(現在はそれに加えてオリトがいる状態)というのがその証だ。
とはいえ、最後は人の手による指揮・操縦・管理が必要。艦船が稼働している限りは24時間、誰かが必ず起きていてブリッジに座っている必要がある。クロスバードは敵の勢力圏の真っ只中にあり、先日のように交戦する可能性もある。現在はクルーが交替制で代わる代わるブリッジに入っているため、全員が揃うということはない。
なお、このような戦艦の運用の都合上、戦艦運用に関わる兵士は誰でも全ての分野に対し最低限の知識・技術が必要となる。スペシャリスト揃いのクロスバードクルーでも同様で、例えば現在はアネッタがレイラの代わりにオペレーター役をこなしている。

【カンナ】「とりあえず…再び超光速航行できるようになるまで、ここで待機ね」
【ジャレオ】「了解しました。それじゃ、交代ですね」
【カンナ】「ジェイクとゲルトが起きてきたらで構わないわ、そんなに疲れてないし」

そんな話をブリッジでしていたところ、ミレーナ先生が久しぶりにブリッジに現れた。
【ミレーナ】「みんな元気でやってるかしら?」
【アネッタ】「あ、先生」
【カンナ】「今のところ問題ありません」
【ミレーナ】「ならオッケー。ところで、オリト君知らない?手伝いを頼みたいんだけど」
【アネッタ】「あぁ、オリト君なら今…」

そのオリトは、とある部屋にいた。…そこにはもう1人、副長のクーリアの姿が。
【クーリア】「…このように、共和国は大統領を始め各主要ポストをサグラノ、ハーラバード、ルスティア、ドゥイエットの4つの血族、いわゆる『4大宗家』が占めており、敢えて古代・中世のような『4大宗家による統治』という非常に独特の統治方式を取っています。当然私ら同盟や連合はそれを『自由・平等の原則に反する』などと批判していますが、そもそも政治制度ってのは最適解なんて都合のいいものは存在しない訳で、だからこそ3大勢力もそれぞれ政治体制が異なり、数万年という人類とチャオの歴史があっても未だにこうして戦争している訳ですよ」
オリトは時折メモを取りながら黙って話を聞いている。そこに、ブリッジで話を聞いたミレーナ先生が入ってきた。
【ミレーナ】「最近オリト君見ないと思ったら…」
【クーリア】「あ、ミレーナ先生」
【オリト】「な、なんかすいません…」

【クーリア】「…まぁ要するに、士官学校での授業を私らでオリト君にやっちゃおうって話です。実技方面はさすがにチャオの感覚が分からないので如何ともし難いですが…」
【ミレーナ】「なるほど…」
いつアレグリオに戻れるか分からない状況、帰った時にオリト君がどういう処遇になるかも不透明な状況である。ならばもう、やれることはやれるうちにやっちゃおう、という話である。X組のメンバーはスペシャリスト揃いなので、全員でやれば士官学校のカリキュラムをほぼ全てカバーできてしまうのだ。
【クーリア】「今のところすごく勉強熱心でよくやってますし、この調子でいけばアレグリオに戻っても優秀な成績を収められると思いますよ」
【ミレーナ】「なるほどねぇ…」
ミレーナは少し考えた後、こう続けた。
【ミレーナ】「保健の先生にどれだけの発言力があるかどうか…微妙なところだけど、もしアレグリオに戻った際は私も口添えしてあげましょうか?」
【クーリア】「そうですね、お願いします」
【ミレーナ】「あと…私の手伝いをする時間は確保してね?」
【クーリア】「それは…むしろ余り働かせすぎないようにして下さいよ…」
【ミレーナ】「分かってるわよー…」
ミレーナはなんだか不満そうな言葉を残して部屋から出て行った。

【クーリア】「とりあえず、キリがいいですし私の授業はこの辺りにしておきましょう。10分程休憩して…次は…」
と、手元の端末でスケジュールを確認してあることに気がつく。
【クーリア】「戦艦の構造についてのミレアの授業…って、大丈夫なんでしょうか…」
【オリト】「大丈夫って、何がですか?」
【クーリア】「あの子、知識も技術も間違いなく凄いんですけども、ちょっとコミュニケーションが苦手で…私らでも最近になってやっと普通に意思疎通できるようになったぐらいなんですよ」
【オリト】「そうなんですか…」
【クーリア】「だから授業のスケジュール組む時もミレアは外そうって考えてたんですけど、本人がやるって言って聞かなくて…」

…そこに、当のミレアが入ってきた。
【ミレア】「あ、あの、失礼、します。…ちょっと、早かった、ですか?」
【クーリア】「いえ、ちょうど私の授業が終わって休憩中ですよ」
【ミレア】「そう、ですか、よかった」
そう言いつつ、部屋の奥に置いてある端末に自分の個人端末を接続し、授業の準備を始める。
少し心配そうに見ていたクーリアが、思わず話しかける。
【クーリア】「…ミレア、本当に大丈夫?私が補助しましょうか?」
【ミレア】「いえ、大丈夫、です。…1人で、やります」
【クーリア】「そこまで言うなら…何かあったら連絡して下さいよ?」
クーリアはそう言い残し、相変わらず心配そうな表情をしながら部屋を出て行った。

その後しばらく、沈黙が続く。少し気まずい雰囲気が続く中、しばらく経ってようやくミレアが口を開いた。
【ミレア】「で、では、そろそろ、始めましょう、か」
【オリト】「あ、はい」
オリトもつられて似たような喋り方になってしまう。

【ミレア】「え、えっと、戦艦の、構造ですけど、基本的には、3大勢力ともに、似たような、構造を、しています。これは、恐らく、旧文明時代の、影響だと、思われますが、詳しいことは、分かっていません」
とりあえず、ちょっと喋るペースは遅いものの、何とか普通に授業が展開されていく。
ところでその隣の部屋には、さっき授業を終えたばかりのクーリアがいた。何をしているのかというと…
【クーリア】「とりあえず何とか普通に授業やってるみたいですけど…」
ミレアを心配しすぎる故に、先ほどの授業の際に部屋にこっそりカメラを仕込んで、様子をチェックしているのだ。もちろん、何かあったらすぐに助ける腹積もりである。
そこにもう1人、ゲルトが入ってきた。
【ゲルト】「副長さん、こんなトコで何やってんだ?」
そう言いながら入ってきたが、クーリアはすかさず指を唇にやり「しーっ!」のジェスチャー。ゲルトはちょっと驚いたが、クーリアがチェックしているモニターを見て、状況を察した。

【ミレア】「これは、戦艦以外にも、言えること、ですけど、つまり、私たちでも、連合や、共和国の、戦艦を、すぐに、動かせる、ということです。少なくとも、旧文明崩壊後に、数百年単位で、各惑星の、交流が、断絶していたことを、考えると、不思議といって、いいぐらいだと、思います」
話を聞きながら電子端末にメモを取るオリト。が、ふと手が滑り、端末を床に落としてしまった。
【オリト】「あ、すいません」
【ミレア】「いえ、お構い、なく」
喋るのを止め、オリトが端末を拾うのを待つ。
そこでふと、ミレアが視線を横に向けると、見覚えのある小さなかばんが置いてあるのを見つけた。クーリアのものだ。
【ミレア】「あれ、忘れ物、かな?」
と、そのかばんに手を伸ばす。

【クーリア】「あっ、しまっ…!」
【ゲルト】「おい、バレるぞ!」
…そう、そのかばんには、クーリアがカメラを仕込んであるのだ。

そしてミレアがクーリアのかばんに手をかけた瞬間、クロスバード艦内に警報音が鳴り響いた。
【ミレア】「!?」
ミレアは一瞬、自分がかばんに手を触れたから何らかのトラップが発動したのか、などとありえない考えを巡らせていたのに対し、逆にオリトは冷静だった。
【オリト】「敵襲!?」
すると、艦内にアネッタのアナウンスが響いた。
【アネッタ】『周辺宙域に共和国の戦艦を確認!クロスバード総員、戦闘配備!』


数分後、ブリッジにオリトも含めて、全員が集合した。
【カンナ】「全員集まったわね。状況説明お願い!」
【アネッタ】「はい。先ほど本艦の前方に、突如共和国の戦艦と見られる反応が複数出現しました。恐らく超光速航行から抜け出してきたものと思われます」
【フランツ】「…どこかの惑星の近くという訳ではないこの宙域で、この距離での鉢合わせ…正直、偶然とは思えません」
【クーリア】「まさか、共和国もクロスバードを認識している…?」
既に連合とは一度戦闘しており、自分達の存在は恐らく認識されているだろう。だが、まだ共和国とは接触していない。だからこそ共和国の勢力圏内を移動していたのだが、仮に共和国もクロスバードを認識しているとすると、その前提、ひいてはクロスバードの存亡自体もかなり危うくなってくる。

【カンナ】「となるとやはり…少なくとも逃げ切らないとマズいわね…ジャレオ、超光速航行は…さっき抜けたばっかりだったか…」
【ジャレオ】「ええ、正直に言って…無理です」
ジャレオから厳しい答えが返ってくる。カンナは状況確認のため、今度はアネッタからオペレーターを交代したレイラに問いかける。
【カンナ】「レイラ、敵艦の数は分かるかしら?」
【レイラ】「ふあぁ…まだ距離があるので、正確な数は…恐らく10前後だと思われます」
レイラは警報が鳴るまで仮眠していたので、まだ眠気が抜けきっていない。ただ、そんな状況でもやるべき事はやらなければならないし、何よりやってくれるメンバーが揃っているのがクロスバードである。
【カンナ】「中規模の艦隊1つ分、といったところかしら…」

そこで、ゲルトがあることを思い出した。
【ゲルト】「待てよ?…共和国のこの規模の艦隊で、今連合との戦いに出てるって言えば…ドゥイエットのとこじゃねぇのか?」
その言葉に、オリト以外の全員が何かを理解したような表情を見せた。オリトはたまらずクーリアに聞く。
【オリト】「ドゥイエットって、さっき習った『共和国の4大宗家』の1つですよね?」
【クーリア】「ええ、これは後々教える予定だったんですが…共和国軍の編制も同盟や連合とは大きく異なっており、基本的に4大宗家がそれぞれ『私設軍』を所持していて、それをまとめて『共和国軍』と称しています。一応担当宙域などが被らないように最低限の調整はしているようですが、使用戦艦や指揮系統、戦術に至るまで4つの宗家でバラバラです」
【オリト】「で、今俺達の目の前にいるのが、そのうちドゥイエット家所属の艦隊、ってことですか?」
【クーリア】「ええ。しかも恐らく、バリバリの主力。通称、『魔女艦隊』です」

【ゲルト】「ったく、蒼き流星の次は魔女艦隊かよ!もうツイてんのかツイてねぇのか分かんねぇなコレ!」
【カンナ】「どっちにしろやるしかないわ!ジェイク、アネッタはアンタレス、アルタイルに乗って待機してて!いつでも戦闘開始できるように!」
その合図で、それぞれが持ち場に移動。戦闘準備を開始した。


…共和国軍・ドゥイエット家私設軍主力艦隊、通称『魔女艦隊』。
その艦隊が『魔女』の二つ名を冠するのには理由がある。
当然、その強さが魔法のようだと敵から恐れられているというのが最大の理由だが、もう1つ。
艦隊の旗艦・プレアデスのブリッジの中央に座っているのが、クロスバードのクルーと年齢が変わらない、17歳の少女だからである。
【少女】「同盟の戦艦の情報、ビンゴでしたわね…さぁて、迷子の子猫ちゃんはどうするのかしら?」
彼女こそ、ドゥイエット艦隊の総指揮官にしてドゥイエット家当主の次女、アンヌ=ドゥイエットである。
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第6章:すれ違う光と想い、振り返った先
 ホップスター  - 21/2/6(土) 0:07 -
  
共和国は4大宗家がそれぞれ私設軍を所持しており、それらをまとめて便宜上「共和国軍」と称している。
4大宗家によって使用兵器や戦術等もバラバラだが、ドゥイエット家の私設軍の特徴として「戦艦を中心とした編制」が挙げられる。
【ゲルト】「普通はあれだけの規模の艦隊なら、機動性のある人型兵器をある程度用意するんだけどな。ウチだってジェイクとアネッタ、2人がいるだろ?」
【オリト】「ふむふむ」
【ゲルト】「だが魔女艦隊は宇宙開拓時代からの伝統か何か知らんが、あくまでも『戦艦』にこだわってる。人型兵器が全くない訳じゃないんだが、標準的な編制よりはかなり少ないな」
【オリト】「なるほど…」

と、ブリッジでゲルトが「臨時の授業」をしていた、その時だった。
【レイラ】「艦長、共和国戦艦より、通信が入りました!交信を求めています!」


        【第6章 すれ違う光と想い、振り返った先】


その話に、ブリッジにいるメンバー全員が一瞬驚きの表情を見せる。
【フランツ】「我々と交信を求めてる…?」
【レイラ】「どういう事なんでしょう、敵艦である私たちに交信を求めるなんて…」
【カンナ】「…」
カンナは一瞬驚いた後は、無言のまましばらく考え込んでいたが、のんびり考えていられる場合でもない。
数秒の後、決断した。
【カンナ】「…分かったわ。チャンネル、合わせて!」
【レイラ】「了解!」

レイラが向こうの周波数に合わせて通信を開くと、投射モニターによってブリッジの正面に、1人の少女の姿が映し出された。
【アンヌ】『同盟のはぐれ戦艦の皆さん、初めまして。本艦隊の総指揮官であるドゥイエット家次女、アンヌ=ドゥイエットですわ』
【カンナ】「…惑星同盟軍の練習艦「クロスバード」艦長、カンナ=レヴォルタです。何か御用でしょうか」

カンナがそう返した後、しばし不自然な沈黙があった。アンヌの側が少し驚いていたのだ。
アンヌと違い、クロスバードの面々はまだ無名の存在である。よもや自分と同年代の少女が目の前に現れるとは思っていなかったのだ。
だが、そこは17歳で1艦隊を率いる人間。動じた素振りは見せずに、こう続けた。
【アンヌ】『…なぜ同盟の戦艦がこんな場所にいるのか、事情は分かりかねますが…私達は貴艦を救助する用意がありますわ』
今度はカンナ達、クロスバードの面々が驚く番である。ざわつくX組の面々。アンヌはその様子を察して、さらに続けた。
【アンヌ】『確かに私達は戦争の当事者同士。ですが、かつて人類が海で船を使っていた時代、遭難者は敵味方の隔てなく助けたと言われていますわ。もちろん見返りを求めたり、同盟に対して私達が手引きしたことを明かしたりするような下衆な真似をするつもりはございませんことよ』
【カンナ】「…」
【アンヌ】『今すぐに返答せよ、と言うつもりはありませんけども、私達もそこまで暇ではありませんわ。…1時間待ちます。返答がない場合、私達は貴艦を敵艦と認識し、攻撃いたします』

伝えるべき事柄を伝えたところで、アンヌの側は一旦通信を切ろうとしたが、その寸前でカンナがゆっくりと口を開いた。
【カンナ】「我々はあくまでも、自力での同盟帰還を目標にしています。お気遣いには感謝しますが、その申し出を受ける訳にはいきません」
かなり悩んだ末の判断だったが、つまるところ、このまま同盟へ単独で帰還できる可能性はまだ十分にある、とカンナは踏んでいたのだ。それならば、敵である共和国に救助を求めるというそれなりにリスクのある行動を取る訳にはいかない、ということだ。
その返答を聞いたアンヌは、やはり数秒の間を置いた後、こう答えた。
【アンヌ】『…そうなると私達としては、貴艦を敵艦と認識し、攻撃せざるを得ませんわね。…残念です』
そう告げると、プツリと通信が切れた。

通信が切れた後、しばしの沈黙がクロスバードのブリッジを包む。数秒して、カンナがようやく一言、つぶやいた。
【カンナ】「…みんな、ごめん」
【クーリア】「いえ、やはり敵の言葉を信用するというのは難しいですし…妥当な判断でしょう」
クーリアがすかさずなだめる。そしてカンナに代わるように、こう続けた。
【クーリア】「恐らくこのまま逃げても逃げ切るのは難しいと思われます。相手はあの魔女艦隊、リスクはかなり高いですが…もうこうなったらやるしかないでしょう。…敵艦隊に突っ込みます!」
そしてそのまま、カンナに声をかける。
【クーリア】「…大丈夫ですか?」
【カンナ】「ええ、もう大丈夫」
カンナはそう言うと艦内指示用の通信にスイッチを入れなおし、
【カンナ】「ジェイクとアネッタは出撃して!しばらくはクロスバードの近くで防御と援護を!そろそろ敵の射程圏内に入るわ!」
改めて指示を出した。

【オリト】「敵に突っ込むって、そんな…自殺行為じゃないんですか!?」
さて、オリトだけは相変わらず不安そうな表情のまま。それを聞いたクーリアがちょっとだけ説明をする。
【クーリア】「まぁ、ケースバイケースなんですけども…こういう場合、敢えて突っ込んだ方が有利な場合もあるんですよ」
【オリト】「そういうもんなんですか…」
オリトはそう言い、納得したような、納得しないような微妙な表情を見せた。

【アンヌ】「こうなった以上仕方がありませんわね…アトラス、アルキオネ、主砲用意!敵艦がこちらの射程圏内に入り次第撃ちますわよ!回避行動も怠らずに!」
一方のアンヌは、艦隊のうち2つの戦艦に対し、主砲の準備を指示。
【アンヌ】「さて、私達を前にして逃げ切れるとの自信…どれだけのものか、見せてもらいますわよ?」

【フランツ】「敵艦、砲身をこちらに向けているようです!射線、計算します!」
すると数秒後、ブリッジ中央に浮かんでいる大きな3Dマップに、赤い線が複数示される。
【カンナ】「ミレア!」
【ミレア】「了解、です。衝撃に、注意、してください」
ミレアが艦を操りクロスバードを大きく上方に向けると、その射線上から回避するようにクロスバードが動き出す。軽く衝撃が走った。そんな中、カンナは休むことなく次の指示を出す。
【カンナ】「ゲルト、こちらも主砲の用意を!目標は敵旗艦!」
【ゲルト】「悪ぃな、もうやってる!」
【カンナ】「分かってるじゃないの!」

…やがて、互いのセンサーが、互いを射程圏内に捉えたことを示した。
【カンナ】「発射準備はいい?行くわよ!」
【アンヌ】「さぁ、行きますわよ…」

【2人】「「撃ぇーっ!!」」

次の瞬間、宇宙に3本の光の線が引かれた。


最初の一撃は、互いに事前に警戒していたこともあり、回避する。
【カンナ】「フランツ、2撃目以降に注意して!ゲルト、細かい運用は任せるわ!ミレア、一気に突っ込んで!」
次々と指示を出すカンナ。
【ミレア】「了解、です。出力、上げます」
ミレアがそう答えると、クロスバードは一気に速度を上げ、魔女艦隊の中へと突撃を開始。
次の瞬間、敵の2撃目以降の射線が次々と赤い線で示される。当然向こうの狙いはクロスバード1隻なので、その赤い線のほぼ全てがクロスバードの方へと向かっている。
【オリト】「こ、こんなに…!」
【ミレア】「大丈夫、です」
ミレアはそう自信あり気に答えながらキーボードを高速で叩き、クロスバードを操作する。
やがて次々と敵のビーム砲が襲い掛かってくるが、それをほぼ全てをギリギリで避けつつ、魔女艦隊へと突き進んでいった。
【オリト】「す、すげぇ…!」
そしてそんな中で、今度はゲルトの声が飛ぶ。
【ゲルト】「出し惜しみナシだ!副砲2門、右舷ミサイル、まとめて発射!」
タイミングを見て反撃を行っていく。

【アンヌ】「こちらの攻撃を避けつつ突っ込んでくるですって!?…普通はできませんわよそんなこと…」
ここまでくると、アンヌ側も相手が只者でないことに気がつき始める。艦隊にとって一番厄介なのは懐に飛び込まれることであるが、当然相手側にも大きなリスクが伴うので、それを正面切ってやってくる戦艦はまずいないのだ。
すると次の瞬間、一瞬だけ少し周囲が明るくなったような気がした。アンヌが「まさか」と思った少し後に、報告が飛び込む。
【通信員】「メローペ、被弾!」
【アンヌ】「当ててきたですって!?」
【通信員】「損傷軽微、作戦続行に支障はないとのことです!」
とはいえ、相手の攻撃がこちらの戦艦に当たったという事実はかなり重い。それを素早く判断を下す。
【アンヌ】「メローペは下がって後方から支援砲撃を!…仕方ありませんわ、プロキオンを出しますわよ!」
プロキオンとは、ドゥイエット家が所有している人型兵器。ドゥイエット家は戦艦中心の編制をとっているため数こそ少ないものの、性能的には同盟や連合の機体と大差はない。
なお、ドゥイエット家は戦艦中心の運用ということもあり、機体の運用については同盟や連合と異なる。あくまでも「戦艦のサポート」が中心で、人型兵器が積極的に敵と交戦する、ということは少ない。

【レイラ】「敵戦艦のうち1隻、後退していきます!命中した模様!」
【カンヌ】「残りは!?」
【レイラ】「こちらで確認できた敵艦は9隻!残り8隻です!」
【カンヌ】「状況的には相変わらずきついわね…全部落とすのは無理でも、相手を動揺させるところまで持っていければ…!」
その時、普段は声がそんなに大きくないミレアが、珍しくブリッジ全体に聞こえる声を発した。
【ミレア】「しまっ…!」
つまるところ、操舵ミスである。ブリッジ中央の巨大な3Dモニターでは、1本の赤い射線がクロスバードを貫く様子が映し出される。
そして次の瞬間、敵戦艦のうち1隻から、その射線通りにビーム砲が飛んできた。ブリッジへ一直線に向かっていく。
【オリト】「うわああああっ!」
思わず身を伏せるオリト。

…だが、何も起こらない。相変わらず戦闘音がブリッジに響いている。
どういうことかとオリトが顔を上げると、ブリッジ正面のモニターにはジェイクのアンタレスの姿があった。人型兵器のシールドで防いだのだ。
【ジェイク】『ふーっ、危ない危ない!ま、近接型機体にとっちゃこの状況は暇だからいいんだけどな!』
【アネッタ】『ミレア、多少のミスはあたしらでカバーするから、落ち着いて!』
人型兵器の2人から通信が飛び込む。ミレアは恐縮そうにお礼を言った。
【ミレア】「あ、ありがとう、ございます」
【ゲルト】「礼は後だ!次が来っぞ!」
気を取り直して、ミレアは再びキーボードを叩く。

だがまだまだ気は抜けない。間髪入れずに、レイラから状況報告が飛び込む。
【レイラ】「敵戦艦から複数の人型兵器の出撃を確認!ドゥイエット家の標準機・プロキオンだと思われます!」
【ジェイク】『おっ、出番か!?』
【クーリア】「ドゥイエット家は基本的に人型兵器を支援目的でしか運用しませんから…残念ながらここでクロスバードのお守り続行です」
【ジェイク】『マジかよっ!』
残念がるジェイクをスルーしつつ、今度はアネッタに対し指示を出す。
【クーリア】「アネッタはそのまま支援砲撃を続けて!」
【アネッタ】『了解!』

そうこうしているうちに、魔女艦隊とクロスバードの距離が迫ってくる。相変わらず、魔女艦隊の猛攻を針の穴に糸を通すような舵取りでほぼ全て避けていくクロスバード。
【アンヌ】「相手の操舵手、相当やりますわね…これ以上近づかれると…!」
懐に飛び込まれると、乱戦になり同士討ちの可能性が出てきてしまうので、アンヌとしてはできればその前にクロスバードを沈黙させたかったのだが、目論見が外れた格好だ。
このままではまずい。アンヌは少し迷ったが、決断した。
【アンヌ】「仕方ありませんわね…プランSに移行しますわ!」
【副官】「了解!」

【カンナ】「…よし、ここまで距離を詰められればいけるわ!ゲルト、主砲準備!」
【ゲルト】「了解っ!」
【カンナ】「ミレア、できるかしら!?」
【ミレア】「…やります!」
カンナの確認に対し、ミレアは普段の彼女らしからぬしっかりとした声で答えた。
【カンナ】「オッケー、主砲を敵旗艦に向けて!そのまま突っ込むわよ!」
その指示で主砲が角度を変え、魔女艦隊の旗艦・プレアデスをロックし、さらにそのままプレアデスに向かって突っ込んでいく。まるで特攻であるが、魔女艦隊の他の戦艦は同士討ちを恐れ迎撃が消極的なものになり、むしろ当初よりも攻撃の質・量ともに減っていた。
【カンナ】「そのまま至近距離ですれ違うわよ!多少ならぶつかっても構わないわ!」

果たして目論見通り、他の戦艦の攻撃を最小限に抑えながら距離を詰めていき、まさにクロスバードとプレアデスがすれ違おうとした、その瞬間だった。
【フランツ】「一旦下がった敵艦、再び前進してきます!」
【カンナ】「!?」
被弾して後方に下がっていた敵艦・メローペが前進し、クロスバードの真正面に構えたのだ。しかも、主砲はクロスバードをしっかりとロックしている。被弾したとはいえメローペの損傷は軽く、戦闘続行には問題なかったのだ。
【クーリア】「やられたっ!」
このままではメローペの主砲の餌食になる。慌てて停止するクロスバード。
さらにその間に、プレアデスとメローペ以外の魔女艦隊の戦艦が一斉に動き、クロスバードをグルリと取り囲んだ。こうなると、逃げ場は完全にない。

【クーリア】「…申し訳ありません、私のミスです。被弾した敵艦が完全に下がらなかった時点で予測すべきでした…!」
【カンナ】「クーリアのせいじゃないわ。そもそも論になるけど、普通なら魔女艦隊に捕まった時点でチェックメイトよ。むしろよくやってくれたわ」
悔しそうな表情を見せるクーリアをなだめるカンナ。だがそれっきり、クロスバードのブリッジには沈黙が走る。

やがてその沈黙を破るように、プレアデスのブリッジにいるアンヌから通信が入った。
【アンヌ】『…さて、最後にもう一度だけお伺いしますわ。私達は貴艦を救助、及び保護する用意があります。これを拒絶する場合、貴艦を敵艦とみなし、攻撃いたします。…賢明な判断をお待ちしていますわ』
プツリ、と通信が切れる音が、クロスバードに空しく響いた。

しばらく経って、カンナがゆっくりと通信開始のキーを押す。ゆっくりと、悔しさを噛み殺しながら、こう答えた。
【カンナ】「こちらクロスバード艦長、カンナ=レヴォルタです。…本艦の救助及び保護を、お願いいたします」
クロスバードとプレアデスの距離は、わずか数mだった。
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第7章:巡り巡る思惑と甘い夢
 ホップスター  - 21/2/13(土) 0:04 -
  
魔女艦隊旗艦・プレアデスの、とある一室。来客のための部屋で、シンプルながら高級感漂う。
【アンヌ】「さてと…ゆっくりお話を聞かせてもらおうかしら?」
と、アンヌが正面に座ったカンナに対して話を切り出した。
【カンナ】「…何を話せばいいのかしら?同盟軍の動き?編制?それなら申し訳ないけれど、あたしらに話せることはないわ」
カンナは半分投げ槍な様子で逆にアンヌに尋ねる。クロスバードに現在乗っているのは士官学校の学生と軍医のミレーナ先生、それにオリトだけなので、共和国軍にとって「役に立つ」情報は実際ほとんど持っていない。
【アンヌ】「そんなつまらない話は諜報部に放り投げてしまえばいいのですわ。…そうですわね、まずは好きなスイーツから伺おうかしら?」
【カンナ】「す…スイーツ?」
【アンヌ】「ええ。どんなに銀河が広くて、互いに戦争していようが、スイーツが嫌いな女子などいません!これぞ宇宙の真理ですわ!!」
【カンナ】「た、確かにスイーツは好きだけど…」
さすがのカンナも、スイーツについて力説するアンヌに呆然とした。


        【第7章 巡り巡る思惑と甘い夢】


クロスバードの他のメンバーは、同じ部屋に集められていた。そこに共和国軍の男性が1人入ってくる。
【ドミトリー】「失礼します。私、ドゥイエット家艦隊の副司令官を務めております、ドミトリー=グラマチェフと申します」
【クーリア】「クロスバード副長、クーリア=アレクサンドラ=オルセンです」
この場にカンナがいないので、副長のクーリアが立ち上がり挨拶する。
【ドミトリー】「私から簡潔に状況を説明させて頂きます。現在、我が艦隊は惑星エクアルス付近を移動中です。それと…」
【クーリア】「何でしょうか?」
【ドミトリー】「答えられる範囲で構いませんので、一応ここに迷い込んだ事情だけお伺いさせて下さい。本来はアンヌ様がそちらの艦長様に伺うべき内容なのですが、アンヌ様のことですから恐らく雑談で時間を潰してしまいますので…」
【レイラ】「ざ、雑談?」

どういうことか分からない表情をするクロスバードの面々だったが、果たしてその通りになっていた。
【アンヌ】「そうそう、ケーキも外せませんわ!」
【カンナ】「ケーキいいわね!色々あるけど、やっぱり定番のショートケーキが…はっ!」
突然カンナが言葉に詰まる。
【アンヌ】「どうされましたかしら?」
【カンナ】「スイーツに…乗せられてしまった…ここ敵艦なのに…目の前に敵の司令官がいるのに…」
そんなつもりは全くなかったはずなのに、気がつけばスイーツの話で盛り上がってしまった。恥ずかしさで顔が赤くなる。
それと同時に、こうして相手を丸め込んでしまうというのも、魔女艦隊の強さの理由の1つなのだろうと感じていた。

【アンヌ】「本来ならば貴方達は捕虜として、戦争法に則った扱いを受けてもらうのでしょうけども…私達はそんな決まりきった扱いが正しいとは思ってませんわ。ルールに縛られた組織は硬直化し、却ってそれが足枷となりやがて瓦解する…それが私達、宇宙共和国が敢えて古代・中世のような『4大宗家による統治』という政治体制をとっている理由ですわ…と、これはさすがにご存知だったかしら?」
【カンナ】「ええ、基本的なことは存じています」
さすがにこの辺りの事柄は、共和国にとって敵国である同盟や連合にとっても一般常識の範疇である。魔女艦隊との交戦前にクーリアがオリトに4大宗家について教えていたが、その理由や詳細についてもクーリアが今後教える予定だった事柄だ。
【アンヌ】「『心ある者による心ある統治』、これが共和国の大原則。例え敵国の人間であろうと、心ある者に対しては友人として接したいですし、それができるのが共和国。ですから私達としては、貴方達をお客様として、いや友人としてお迎えしたいですわ。それに…」
【カンナ】「それに?」
【アンヌ】「共和国自慢のスイーツも紹介したいですわ!」
【カンナ】「そ、それは…悔しいけどちょっと食べたい…」


【ドミトリー】「皆様は士官学校の学生で、練習航海で超時空移動をしていた際にエンジンが故障した結果、同盟から遠く離れた共和国・連合の境界宙域に飛ばされた…ということでよろしいですか?」
【クーリア】「ええ、間違いありません」
【ドミトリー】「ありがとうございます」
ドミトリーに簡単な事情説明を行ったクーリア。しかし、彼女達には1つ気になることがあった。ゲルトがたまらず質問する。
【ゲルト】「あのー、1ついいか?」
【ドミトリー】「何でしょうか?」
【ゲルト】「俺達のクルー、ここにいるメンバーと艦長以外にチャオが1匹いるんだけど、どこに行った?」
…そう、オリトがこの場にいないのだ。どうやら自分達とは別室に案内されたようだ、というのは何となく把握していたが、やはり不安である。
【ドミトリー】「あぁ、チャオの彼でしたら、こちらの担当の者がついております。ご安心下さい」

オリトが案内されたのは、チャオ用の小さいサイズの部屋。スラム育ちで、士官学校入学と同時にクロスバードに迷い込んでからは人間用の部屋を借りていたオリトにとって、『チャオ用の部屋』というのは初めての経験だった。
【オリト】「すげぇ…チャオ用の部屋があるなんて…」
以前述べたように、どの勢力も軍に所属している兵士のうちおよそ9割が人間である。そのため、いずれにおいても戦艦でもチャオ用の部屋が用意されている戦艦は少なく、大半のチャオ兵はオリトのように人間用の大きな部屋を借りているのだ。そのため、「チャオ用の部屋がある戦艦」というのは本当に珍しい。
思わず部屋中を見回すオリト。そこに、1匹のチャオが入ってきた。
【チャオ】「やぁやぁやぁ、色々とごめんねー。僕はルシャール。しがない共和国兵さ」
【オリト】「ど、どうも」
【ルシャール】「敵とはいえ、お互い数少ないチャオ兵士なんだ。仲良くしていこうじゃないか。堅苦しいのはナシで、分からないことがあれば何でも聞いてくれていいよ」
【オリト】「あの…変なことかも知れないですけど、いいですか?」
オリトが恐る恐る尋ねる。
【ルシャール】「お、何だい?」
【オリト】「俺達のクロスバードって、エンジン壊れて超光速航行が飛び飛びにしかできないはずなんですけども…修理するんですか?できないとしたら、どうやって同盟の近くまでクロスバードを持ってくんですか?」
【ルシャール】「技術的な質問かよ!」
さすがにルシャールもこれは予想外で、ツッコミを入れずにはいられなかった。だが気を取り直して答える。
【ルシャール】「まぁ僕も専門じゃないから詳しくは解らないけど、やっぱり同盟軍のエンジンを修理するには共和国の技術じゃそこそこ時間がかかるらしくって、それならさっさと同盟に帰してあげたほうがいいって結論になったらしいよ」
【オリト】「なるほど…」
ちなみにこれは同盟に比べて共和国の技術が遅れている、という訳ではなく、単に技術体系の違いである。
【ルシャール】「で、どうやって運ぶかだけど、なんでもこっちの戦艦にくくりつけときゃ一緒に動いてくれるらしいぜ?ご都合主義もいいとこだよなー」
【オリト】「ご都合主義って…」
意外な答えにオリトは困惑した。実際にクロスバードは現在、魔女艦隊の大型戦艦であるアトラスに曳航されている状態である。ちなみに艦内には調査と曳航作業のため共和国軍の兵士が数人入っているが、クロスバードは旧型艦でかつ練習艦ということもあり、共和国にとっては得られる情報はほとんどなかった。

【ルシャール】「…あ、そうだそうだ。これを見せるのを忘れてた。これ、知ってるかな?」
と、何かを思い出したようにルシャールは個人端末を取り出し、軽く操作する。浮かび上がった画面は、とあるニュース記事のものだった。

【オリト】「『士官学校の練習艦、行方不明から1週間/関係者の不安募る』…って、俺達のことじゃないですか!」
【ルシャール】「そう。もう共和国でも結構話題になってるよー」
実のところ、自分たちがニュースになっている、ということは艦長のカンナ以下、クルーは知っていた。知らなかったのは、予想外の出来事の連続により事態の把握でいっぱいいっぱいだったオリトだけである。


【アンヌ】「…しかし驚きましたわ。政治家、官僚、軍司令官、科学者、大企業の経営者…皆さん、いずれ劣らぬ超エリート家の出身なのですわね」
そうアンヌが例のニュース記事を見ながらカンナに言う。
【カンナ】「なんか貴方には言われたくないわね…」
カンナが微妙な表情をしながらそう返した。共和国の4大宗家は、共和国内での扱いは一般的に言うところの王族のそれに近いのである。
【カンナ】「しかし当事者が言うのもアレだけど、よくマスコミが報じたわねこれ…正直もみ消されると思ってたわ、こっちから同盟方面に通信飛ばしても全然応答ないし」
軍の立場からすると、学生の練習艦とはいえ自軍の戦艦が行方不明になるのは言わば「不祥事」であり、隠したくなる事実である。しかも乗ってるのがほとんどエリートということになれば、ますます事を荒立てたくないものだ。
【アンヌ】「それなんですが、どうも軍内部からメディアにリークがあった、と別の記事にありましたわ。細かいことはそれこそ貴方達の方が詳しそうですが…」
その話を聞いて、カンナがアンヌにとって聞き慣れない単語を口にする。
【カンナ】「海溝派の連中かしらね…」
【アンヌ】「『かいこうは』?」
【カンナ】「…ま、同盟軍も一枚岩じゃないってことよ。共和国みたいに家ごとに結束が強い訳でもないし、連合みたいな強力なリーダーがいる訳でもないしね」
カンナはそう示唆だけし、多くは語らなかった。
【アンヌ】「なるほどねぇ…」
それに対し、アンヌもシンプルな言葉で答えた。この辺りは、互いに色々と考えが回った結果である。そしてしばらく、2人共に言葉が出ないまま、ニュース記事を読んでいた。

同盟軍内には大きく2つの派閥があり、それぞれ「山脈派」と「海溝派」と呼ばれている。現時点ではこの対立は表面化しておらず、共和国や連合には「同盟軍内で派閥争いがあるらしい」という程度の「噂」としてしか情報は流れてこないが、水面下では激しい主導権争いが繰り広げられている。
ちなみにアレグリオの士官学校は校長が山脈派のメンバーであるため、どちらかというと山脈派寄りと見なされており、それ故にカンナも海溝派のリークがあったのではと勘ぐったのだ。


数時間後、それぞれに一通り話を聞き終わったところで、カンナ達クロスバードのクルーはクロスバードに戻ることを許された。但し、もちろん「監視役」付きである。
【アンヌ】「成程、これが同盟の戦艦のブリッジですか…」
【ジェイク】「って、なんで魔女艦隊の司令官がこんな所に座ってるんだよ!」
【アンヌ】「言ったでしょう?私が直々に監視役を務めますと」
【ジェイク】「だからそれが意味分かんねぇって!」
【アンヌ】「まぁ、色々と建前は喋れますけども、スバリ本音を言いますと、『皆さんに興味が出てきた』というところかしら?」
【クーリア】「というか、艦隊への指示とかは大丈夫なんですか?」
【アンヌ】「個人端末を持ち込んでるので問題ありませんわ。それに万が一の際はドミトリーがしっかりやってくれます」
と言いながら、自らの個人端末を皆に見せる。状況分析や各艦への通信など、『司令官の仕事』をするにはこれ1つで十分だ。
ちなみに、彼女が座っているのは本来ミレーナ先生が座るはずの席である。その様子を見たミレーナ先生はというと、
【ミレーナ】「まー、元からあそこに座る意味ほとんど無かったしねー」
【オリト】「先生、いいんですかそれで…」
と、良くも悪くもいつもと変わらない。

【カンナ】「…というかそもそも、これからあたしらはどこに行くのよ?ちゃんと同盟に返してくれるんでしょうね?」
【アンヌ】「あぁ、そうでした、今後の予定についてもお伝えしなければいけなかったですわね…航宙士さん、ちょっとよろしいかしら?」
【フランツ】「えっ、あっ、はい」
いきなり話を振られて驚くフランツを横目に、アンヌはフランツの席へ向かい、航宙士専用の大きな3次元モニターに自らの個人端末を接続する。
銀河全図から徐々にズームインしていき、今現在魔女艦隊がいる惑星エクアルス付近の図を示した。
【アンヌ】「本来であればこのまま真っ直ぐ同盟方面へ向かいたいところですが…それだと少し補給が必要なので、惑星フレミエールの基地へ向かいたいと思いますわ」
と、3次元モニターにフレミエールの位置が示される。
【アンヌ】「それともう1つ。私達が突然同盟の勢力圏内に現れてもただの敵襲になってしまいますわ。そこで…」
今度はかなりズームアウトした後、座標を移して再びズームイン。同盟と共和国の境界宙域の図を示した…が、銀河の中央付近、危険地帯のすぐ外側に同盟でも共和国でもない色分けで示されたエリアがある。
【フランツ】「まさか…グロリア王国領へ?」
【アンヌ】「ええ。中立国であるグロリア王国経由であれば、互いに危害が及ぶことなく引き渡せると考えていますわ」
【クーリア】「なるほど…」
グロリア王国。全部で5つの惑星から構成される小勢力であり、名前の通りこの銀河時代においても王制を続けている。また、同盟と共和国の境界宙域にあるが、この2勢力が戦争状態に突入して以降中立を宣言し、戦争に介入していないことでも知られている。

アンヌがこれからについて軽く説明した後、今度は端末の通信機能をオンにすると、魔女艦隊の全艦艇に向けてアナウンスした。
【アンヌ】「それではこれから、私達は惑星フレミエールへと向かいます。全艦、超光速航行準備!」
【レイラ】「準備!…ってあたし達はしなくていいんだっけ」
【ジャレオ】「ですね、正直ここに座ってるのもあんまり意味ないです」
【カンナ】「ま、司令官様がいるんだから格好だけでもつけておきましょう」

【アンヌ】「皆さん、準備はよろしいですか?」
その声に対し、各艦から次々と「準備完了」との旨の通信が入る。全ての艦艇から準備OKとの連絡が入ったのを確認すると、アンヌは叫んだ。
【アンヌ】「それでは…全艦、超光速航行、開始!」
次の瞬間、あの独特の感覚がクロスバードを包んだ。
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第7.5章:人の理由とチャオの理由
 ホップスター  - 21/2/20(土) 0:03 -
  
クロスバード・ブリッジ。
魔女艦隊に曳航され、フレミエールへ移動中である。
そのブリッジでは、艦長であるカンナが1人、システムチェックをしていた。他のクルー、それにアンヌは別室で作業中か、休憩中である。

【オリト】「…失礼します」
そこにオリトが入ってくる。
【カンナ】「お、来た来た。いらっしゃい」
【オリト】「で、用事というのは…?」
オリトが尋ねる。他でもない、カンナがオリトを「用がある」とブリッジに呼び出したのだ。

【カンナ】「…ちょっと、話が聞きたかったのよ。オリト君について」
【オリト】「俺について、ですか?」
オリトが首を傾げる。
【カンナ】「ええ。そういえばオリト君のことよく知らないな、って思ってね。どうせしばらく一緒に行動するんだしさ」
そう言いカンナは、仮想キーボードの操作を止め、椅子を回してオリトの方を向いた。


        【第7.5章 人の理由とチャオの理由】


【カンナ】「まずこれはだけは聞いておきたかったんだけど…オリト君は、どうしてここにいるのかしら?」
【オリト】「え?」
突然の質問に対して、オリトは戸惑い、こう答える。
【オリト】「それは、入学式の日に迷い込んで、気が付いたらクロスバードに…」
そこまで言ったところで、カンナが慌てて訂正する。『それ』は、カンナも既に大まかにではあるが聞いている。
【カンナ】「あーごめんめん、違う違う。どうして士官学校に入ろうって思ったのか、ってことよ」
【オリト】「あ、そういうことですね」

それを聞いたオリトは、こう答えた。
【オリト】「俺みたいなスラム育ちには、勉強ができても士官学校ぐらいしか選択肢がないですし…今の時代、いい学校はそれに見合ったいいお金を払わないと入れないんですよ」
【カンナ】「確かにね…」
カンナはそれを頷きながら聞いていた。

そこで、今度はオリトがこう返す。
【オリト】「艦長さんは、どうしてですか?」
【カンナ】「えっ!?」
予想していなかった『逆質問』に、思わず聞き返すカンナ。
【オリト】「あ、えっと…艦長さんのご実家は政治家一家ですよね?士官学校じゃなくて普通の学校でそういうことを勉強するっていう選択肢もあったんじゃないのかな、って…」
そうオリトが説明する。確かにカンナの父親は同盟では有力な国民議会議員であり、他の家族もほぼ全員が政治家であることで有名である。カンナも当然、将来はそういう道に進むのだろうと、少なくとも周囲は思っている。
【カンナ】「あー、それね」

カンナはそれを聞き、こうつぶやいた。
【カンナ】「そうね…確かにそうする選択肢もあったかも知れないわね…」

そして、少し考えて、こう説明した。
【カンナ】「小さい頃から、つまらない大人の都合で国ごと振り回されるのを散々見てきたから…ならいっそ、自分の手でこの戦争を終わらせてみたい、って思っちゃったのよ」
【オリト】「なるほど…」
【カンナ】「ま、つまりはただの反抗期ってやつかしらね。家族みたいに政治の力じゃなくて、自分は実力でみんなの役に立ちたいって。…結局、血は争えそうにないけどね」
そう言い、カンナは苦笑いした。


それからしばらく、カンナとオリトはブリッジから、何もない外の景色を眺めていた。超光速航行中なので、外は星空もなくただ漆黒が広がるのみである。

そして、ふとオリトが思い出したようにこうつぶやいた。
【オリト】「あ、そうだ。もう1つ、ここにいる理由があるんです」
【カンナ】「何かしら?」
【オリト】「これは半分後付けなんですけど…士官学校に入るって決まった時に、すごくスラムのみんなから祝福してもらえて。そんなみんなの希望になれたら、って思うんです」
【カンナ】「へぇ、素晴らしいじゃない!後付け結構よ!」
カンナがそう笑顔で返す。
【オリト】「いや、そんな大したものじゃ…」
【カンナ】「ううん、後付けでも何でも、そういう思いを持ってるのはいいことよ。結局自分のことしか考えてないあたしとは大違いよ」

カンナはそう言い、こう続けた。
【カンナ】「これからクロスバードがどうなるか分からないけど…将来もし何かあった時は遠慮なく頼ってくれていいわ。もちろん、あたしにできることには限りがあるし、そもそも誰かに頼られるほど人間出来てないけど…それでも、オリト君の助けになりたいから」
【オリト】「そ、そんな…ありがとうございます」
オリトは遠慮がちに一礼した。


【カンナ】「…あ、そうだ!もう1つ頼みたいことがあるんだけど…いいかしら?」
改めてカンナがそう尋ねる。
【オリト】「いいですけど…何でしょう?」
【カンナ】「ちょっと言いにくいんだけど…」
そこまで言って、カンナが少し口ごもるが、こう続けた。

【カンナ】「艦長室の掃除…頼めるかしら?」
【オリト】「艦長室…ですか?」
思わず聞き返すオリト。そう、クロスバードに迷い込んだ時に最初にカンナと話した、あの散らかった艦長室である。
【カンナ】「ええ…さすがにいい加減片付けようってずっと思ってたんだけど、こんな状況になっちゃったでしょ?…やるにやれなくなっちゃって…」
そう説明するカンナ。しかし、要するに面倒事の押しつけである。
【オリト】「わ、分かりました…」
オリトは安請け合いするんじゃなかった、と内心思いつつ、渋々承諾することにした。
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第8章:ただ大気の底を眺めて
 ホップスター  - 21/2/27(土) 0:03 -
  
フレミエールへの移動中、クロスバードの一室。
【カンナ】「…それじゃ、特別授業、始めましょうか」
【オリト】「こんな状況でもやるんですか!?しかも艦長が!?」
そう、オリトへの授業である。本来はカンナは艦長という立場のため授業の担当から外れていたが、共和国に捕まり曳航中である現在は、つまるところ暇なのだ。
【カンナ】「時間がもったいないじゃない。今日はクーリアと相談して、銀河史の概要をやることにしました!」
【オリト】「とりあえず…ノートアプリ出すんでしばらく待って下さい…」
と、渋々自らの端末を準備するオリトだった。


        【第8章 ただ大気の底を眺めて】


【カンナ】「とりあえず一般常識の範囲ではあるけど、まずは基本的なことからやりましょうか。…人類とチャオが宇宙に進出して以降の歴史は、一般的に3つに区分されてるわね。つまり旧文明時代、宇宙開拓時代、そして今の銀河戦国時代ね」
人類とチャオが宇宙に進出するようになってからおよそ3000年。その活動域は銀河全体に広がり、かつてない繁栄を謳歌していた。
…だがその旧文明は、俗に『大崩壊』と呼ばれる事件で崩壊してしまう。
【カンナ】「大崩壊というのは、およそ550年前に起こった、一斉に全銀河の大半の惑星の文明が崩壊した事件のことね。とはいえ、そもそも光の速さでも端から端まで数万年かかるこの銀河で、どうして一斉に文明が崩壊したのか。その詳細は今でも不明のままよ」

と、そこまで説明したところで、ある人物が現れた。
【アンヌ】「何やら面白そうなことやってますわね!」
…他ならぬこの人である。
【オリト】「何でこんなところにいるんですか!?」
【アンヌ】「折角ですから、艦内を見て回ろうかと思いまして。…で、何をやっているのです?」

アンヌの疑問に対し、カンナが説明する。それに対するアンヌの答えは、カンナとオリトの予想通りだった。
【アンヌ】「それは是非!私にもやらせて下さい!」
【カンナ】「…まぁ、そうなるわよね…」
さすがに断る訳にもいかず、軽く状況説明をして、アンヌにバトンタッチ。

【アンヌ】「それでは、大崩壊後からですわね。…大崩壊の後も、超光速航行が可能な技術レベルを保持できた惑星はわずか。しかしそのわずかに残ったそれぞれの惑星が、もう一度銀河へと進出し始めました。私達がこれから向かう予定のグロリア王国もそのうちの1つですわね。そしてそのうちの3つの惑星が、後に現在の3大勢力の原型となったのです」
この時代がいわゆる「宇宙開拓時代」である。
【アンヌ】「しかしいくら銀河が広いといえど、無限ではありませんわ。銀河全域をほぼ開拓しきり、他の勢力と接触すれば、当然少なからず争いが起こります。最初は小さな行き違いであっても、誤解が誤解を生み、やがて大規模な戦争になっていく…こうして3大勢力を中心として銀河全体が戦争状態に突入してからおよそ50年、現在新銀河暦564年4月、銀河戦国時代の真っ只中ということですわね」
新銀河暦の年数から分かるように、この暦は大崩壊が起こった年を元年として制定されている。但し、あくまでも推定であり、正確な年代は不明である。

【アンヌ】「…さて、話を旧文明に戻しますわ。旧文明については分かっていないことも非常に多いですが、わずかに残っている記録や遺構物の調査などから、全銀河が1つの統一された政府の下にあったと推測されています。現に私達が使用している戦艦や人型兵器も、細部の差はあれど基本的な構造は3大勢力ともに同一。こうして同盟の皆さん相手に共和国の私が普通にお喋りしてもほぼ問題なく通じますのも、旧文明時代に共通言語が使用されていた証拠、と考えることができますわね」
実際、この銀河において各勢力で使用されている言語は、多少の訛りや語彙・用法の違いこそあれど、基本的には同一なのである。銀河のほぼ全住民同士で意志疎通が可能というのは、銀河統一政府のような存在が過去にあった、としなければ説明が難しい。
と、アンヌがここまで説明したところで、アンヌの個人端末のアラームが鳴った。
【アンヌ】「…と、失礼しました。そろそろフレミエールへの到着時刻ですわ」


アンヌとX組の面々がクロスバードのブリッジへ向かい、レイラが軽く端末を操作する。
【レイラ】「外の映像、出ます!」
次の瞬間中央のメインモニターに、黒い星の海の中にある褐色の惑星が大きく映し出された。思わず「おぉ」と声をあげるX組の面々。
【カンナ】「これが…フレミエール…」
【アンヌ】「ええ。旧文明時代は緑豊かな星だったそうですが、環境悪化によりこのような有様に…」
現在も人間が住むこと自体は可能だが、水がほとんどなくなってしまったため、地上には軍の基地や観測拠点など、必要最低限の人員しか住んでいない。
かつてフレミエールに暮らしてた住民の大半は、フレミエールの周辺に建設された宇宙コロニーで暮らしている。また、宇宙開拓時代に新天地を求めて他の惑星へと向かった者も少なくない。
そんな説明を聞いて、クーリアがこんな疑問を呈す。
【クーリア】「なるほど…しかし失礼ですが、私ら同盟や連合の勢力圏から離れていて、戦略的にも戦術的にも価値が薄いと思われるこの星に、なぜ艦隊が丸ごと停泊可能な大規模な基地があるのでしょう?」
【アンヌ】「いい所を突いてきますわね…仰せの通り、ここに基地を置くことに軍事上の意味はほとんどありませんわ。でもここは、論理より感情を大事にする共和国。…あとは分かりますわね?」
ここまで話を持っていけば、さすがにクーリアも気がつく。
【クーリア】「この星にドゥイエット家が基地を置かなければいけない、感情的な理由…まさか?」
【アンヌ】「ええ。この星…フレミエールは、ドゥイエット家始まりの星なんですわ」
そう言うとアンヌは、どこか寂しげな表情でモニターに映し出されたフレミエールを見ていた。


やがて魔女艦隊はフレミエールの衛星軌道上にある基地コロニーに到着。X組の面々も、アンヌに案内されながら降り立つ。
【基地司令官】「お帰りなさいませ、お嬢様!」
司令官を初め、兵士がずらりと出迎えに並び、敬礼をする。ちなみにこの基地司令官もドゥイエット家の分家の人間であるが、本家であるアンヌに対してはこういう立場になる。
【アンヌ】「皆さん、楽にして下さいませ」
アンヌがそうなだめるが、彼らは敬礼をやめようとはしなかった。階級や上下関係もそこまで厳密ではない共和国軍にあって、これだけ引き締まった光景はほとんどない。
【オリト】(これは…緊張する…)
そしてアンヌの後をついていくように歩くX組。カンナを始めとする本来のメンバーはエリート揃いのため、この手のシチュエーションには比較的慣れていたが、スラム育ちのオリトにとってはそうではない。その対象が厳密には自分ではないと分かっているとはいえ、このように敬意を持って出迎えられたのも初めてである。当然、緊張でほとんど思考が停止してしまった。


X組はそのまま会議室のような部屋に案内され、そこでしばらく休憩、となった。
【オリト】「な、なんかすごく疲れた…」
机の上でぐったりとするオリト。
【ジェイク】「おー、机の上で寝るとかチャオの特権だなー」
【アネッタ】「確かにチャオだから許される行動よね…人間がこんな場所で寝そべる訳には…って先生!?」
アネッタが思わず叫んだのは、そう、ミレーナ先生が完全にオリトと同じ体勢で机に寝そべっていたからである。
【ミレーナ】「どーせ共和国も誰も見てないんだしさー。気にしない気にしない。っていうかそんなこと言ってるけど、いつも休憩時間はぬいぐるみに囲まれて幸せそうに寝てるのはどこの誰だったかしらー?」
【アネッタ】「そ、それは…っ!」
アネッタの顔が真っ赤になる。まさか敵国の基地で自分のプライベートが暴露されるなんて夢にも思ってなかった。
【アネッタ】「なんで先生がそれを!?」
【ミレーナ】「いや、みんなの個室の掃除してるのあたしだからねー?」
アネッタは慌てて周囲を見回すが、みんな特別驚いた表情はしていない。まさかと思い、聞いてみる。
【アネッタ】「っていうか、あれ、みんな…知ってたの!?」
【カンナ】「いやだって艦長室にぬいぐるみ持ち込んだのアネッタだし…」
【ジェイク】「アルタイルのコクピットにぬいぐるみ置きっぱなしだよな?」
【ミレア】「えっと、つまり、バレバレ、です」
【オリト】「あ、僕もミレーナ先生に部屋の掃除頼まれたことがあるんで…」
…そう、オリトを含め全員知っていたのだ。

【アネッタ】「…もうイヤー!生きて捕虜の辱めを受けるぐらいならここから飛び降りて死んでやるー!」
と、思わず窓に駆け込もうとするアネッタ。
【レイラ】「ストップストップ!ここ1階だから!ついでに言うともうあたし達捕虜になってるから!」
レイラがツッコミを入れながらアネッタを止める。それを笑いながら見てる他のメンバー。いつものX組の光景であった…が、実はこの場に1人いないメンバーがいた。
【ゲルト】「って、そういえばジャレオはどこだ?いなくね?」
【クーリア】「ああ、彼ならば…」


そのジャレオは、コロニーの宇宙船ドッグにいた。
【ジャレオ】「これがプロキオンですか…まさか実物をこんな形で見れるなんて」
【技術兵A】「アンヌ様のご招待だ。もちろん何もかもお見せするって訳にはいかねぇが…ま、ゆっくり見てってくれ。答えられる範囲なら、質問にも答えるぞ」
【ジャレオ】「ありがとうございます」
アンヌの許可をもらい、人型兵器だけでなく戦艦など、共和国の技術を見学することになったのだ。
現在ドッグでは、魔女艦隊の修理・補給中。共和国の技術兵がいつもと変わりなく仕事をしているところを見学できるというのも、同盟のジャレオにとってはこの上ない機会である。
【ジャレオ】「しかし、クロスバードで交戦、曳航されている際は分かりませんでしたが、どの艦も相当ダメージを受けてますね…相当な激戦をくぐってきたように見えますが…」
【技術兵A】「さすがに分かるか…お前らとぶつかる前に、連合の『蒼き流星』とやり合ってきたからな」
【ジャレオ】「蒼き流星とですか!?」
ジャレオは驚いた。もちろん、彼らクロスバードも魔女艦隊と戦う前に彼女と戦っていたからだ。
【技術兵A】「あぁ。俺は技術兵だから戦闘になったら見守ることしかできねぇが、さすがにヤバいと思ったなぁ…命があるのはアンヌ様のおかげだよ、まったく」

…と、話しているその時だった。
突如とある技術兵が、ナイフを握り締めてジャレオ目掛けて突っ込んできたのだ。
【技術兵B】「うおあああああっ!!!」
【ジャレオ】「!」
突然のことに動けないジャレオ。だが、先ほどジャレオと話していた技術兵が咄嗟に身を挺し、まさに体でナイフを持った技術兵を止めた。
尋常ならざる様子に他の技術兵が気付き、さらに止めに入る。ジャレオは無傷だったが、先ほどの技術兵は右腕から流血している。
騒然とする中、ジャレオを狙った技術兵が叫ぶ。
【技術兵B】「放せよ!俺の家族は!同盟に!殺されたんだ!!」
その後も言葉としては判別不能な叫びを繰り返したが、彼は数人の兵士に腕を捕まれたまま、どこかへ連れて行かれた。

半ば呆然とするジャレオに、負傷した技術兵が語りかける。
【技術兵A】「ケガはないか?」
【ジャレオ】「ええ、僕は…ですが、貴方は…!」
【技術兵A】「なに、兵隊さんやってりゃこれぐらいかすり傷さ。すまんな、ウチの者が迷惑をかけて」
【ジャレオ】「いえ…ここでは僕は、あくまでも敵ですから」
ジャレオはここが「敵地」であることを改めて認識した。ここは同盟ではない。本来は敵国である共和国なのだ。
【技術兵A】「戦争をやってる以上、どうしたってあぁいう憎しみは生まれちまう。ドゥイエット家は基本的に対連合戦線の担当だから同盟に直接の恨みを持ってる者は多くないが、連合に対しては家族や友人を殺された奴がごまんといる。俺だって同僚の何人かが蒼き流星に屠られてるしな。…だが、人間やチャオならば、いつかきっとそれを乗り越えられる…アンヌ様はそう考えておられるからこそ、お前さん達を客人としてもてなしてるんだろうさ」
【ジャレオ】「………」
【技術兵A】「アンヌ様もお前さん達もまだ若い。その先にある無限の可能性を、信じてるぞ」
【ジャレオ】「はい…!」
そう答えると、ジャレオは深く頷いた。


その頃、アンヌは別室で基地の幹部と打ち合わせしていた。
【アンヌ】「補給が終わるまでどれぐらいかかるかしら?」
【幹部】「はっ、数日あれば大丈夫かと。ただ…」
【アンヌ】「ただ?」
【幹部】「いえ…あの…」
しかし、その幹部は言葉を詰まらせる。
【アンヌ】「怒りませんから、言って下さいませ」
【幹部】「はっ。補給線上にあるヘリブニカ宙域にて、いわゆる海賊行為が多発しておりまして、物資の補給などがままならない状況でして…」
【アンヌ】「そういえばそんな話がありましたわね…」
フレミエールは既に人がほとんど住めない状況にあることから、食料や物資などの資源はコロニーでの生産と他の惑星からの輸入で賄っている。
ヘリブニカでの海賊行為によりフレミエールのコロニー群がすぐに危機に陥る、という訳ではないが、それでも大きな損害を被っているのは事実である。
【アンヌ】「鎮圧に回せる部隊は…あればとっくにやっているかしら?」
【幹部】「ええ、他の3家にも問い合わせてみたのですが、何分同盟や連合との戦線維持で手一杯のようで…」
【アンヌ】「ハーラバードなんかは本当に手一杯なのか怪しいもんですけどね…と、それはとにかく、さすがにこのままでは困りますわね…」
少し考え込むアンヌ。今ちょうど動かせそうなのは他でもない自らの部隊である魔女艦隊であるが、戦時中にも関わらずドゥイエット家の主力艦隊が海賊退治、というのは格好がつかない。それにそもそも、今はクロスバードをグロリアまで送る方が優先順位としては上である。

と、そこまで考えて、アンヌは何かを思いついた。
【アンヌ】「そうですわ、それならばいい考えがありますわ!ただ、少々無理を言うことになりますが…」


【カンナ】「………」
【クーリア】「艦長、どうしましたか?」
【カンナ】「いえ、ちょっと嫌な予感が…」
【クーリア】「まさか…」

…かくして翌日、ヘリブニカ宙域にて、クロスバードは宇宙海賊の退治へと出向くことになるのである。
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第9章:塵の中でもがくように
 ホップスター  - 21/3/6(土) 0:02 -
  
ヘリブニカ宙域。
共和国の首都惑星であるユグドレアとフレミエールの航路上にあるエリアである。
旧文明時代にその名の通り「惑星ヘリブニカ」が存在し、人やチャオが住んでいたが、大崩壊の際に惑星ごと崩壊してしまい(但し、大崩壊そのものと惑星ヘリブニカ崩壊の因果関係は不明である)、今はかつてヘリブニカを構成していた小惑星や岩石、それにヘリブニカにあった人工物の残骸が多数漂う危険地帯。
そのためこの艦船がこのエリアを通過する際は、超光速航行を解除して通常航行で通過するのだが、大量の残骸が宇宙海賊の格好の隠れ家となってしまい、被害に遭いやすいのだ。

【アンヌ】「…というのがこの宙域の大まかな説明ですわね」
【クーリア】(今更ですが、なぜ私達が共和国の海賊退治をする羽目に…しかもなんでこの人まで…)
【カンナ】(もうツッコミを入れる気すら失せてきたわ…)
小声で愚痴りあう艦長と副長。しかし、
【アンヌ】「そこ!聞こえてますわよ!」
アンヌが指摘する。2人は不満というより、どこか諦めた表情でアンヌのいる正面を向き直した。


        【第9章 塵の中でもがくように】


やがてレイラからのアナウンスが入る。
【レイラ】「超光速航行、抜けます!」
いつもの軽い衝撃の後、大きなメインモニターの中央に大きな輝く星が現れた。惑星ヘリブニカの太陽にあたる星、つまり恒星ヘリブニカである。
そしてその恒星を大きく囲むようにして、多数の岩石や人工物の残骸がかつての惑星の軌道を示していた。
【アンヌ】「さてと…それでは手はず通りにお願いできるかしら?」
【レイラ】「了解しました。エレクトラとの接続が解除され次第、変形シークエンスへと移行します」
現在クロスバードはカストルの故障のため、超光速航行に制限がかかっている状態。そのため、魔女艦隊のうちの1隻であるエレクトラに曳航される形でヘリブニカまで移動してきた。ここまでの移動はエレクトラ側で行われているので、クロスバードのクルーはフレミエールへの曳航中と同じく座っているだけである。
…だが、それもここまで。エレクトラとの接続を解除した後は、クロスバード(と、アンヌ)だけで海賊に挑むのだ。

【ゲルト】「っていうか、ここまで来たんならエレクトラも手伝えよ…と思わないでもないが…」
【アンヌ】「手伝いたいのは山々ですが…正直、エレクトラも整備が完全に終わっていないですし、とても戦闘に参加できる状態ではありませんわ」
なお、クロスバードの作戦中、エレクトラは比較的残骸の少ない宙域にある小惑星で待機することになっている。
やがてアンヌの端末から、エレクトラからの連絡が入ったことを示す電子音が鳴る。それを確認したアンヌはクロスバードのクルーに対し、こう告げた。
【アンヌ】「それでは、手はず通りに…お願いしますわ」
【レイラ】「了解!クロスバード、変形シークエンスに入ります!」
レイラがそう言いながら仮想キーボードを叩くと、クロスバードはアレグリオでのあの校舎の形に変形した。
【カンナ】「まさかアレグリオ以外で変形するとはね…」
【フランツ】「まぁ『まさか』を言い出したらキリがないですし…」
現在クロスバードが置かれている状況のほぼ全てが、「まさか」の展開の末の結果である。

さて、なぜこんな場所で校舎の形に変形したのか。理由はシンプルである。
【アンヌ】「この形ならまさかこちらが戦艦だとは思わないでしょう?」
そう、意表を突いて相手をおびき寄せる為である。
ちなみにこの形態でも最低限の武装が搭載されており、また超光速航行などもできるようになっているが、あくまで緊急時のもので、普通の戦艦形態の時よりもパフォーマンスははるかに劣る。こういう使い方はまさに想定外である。
【クーリア】「確かにまさか戦艦だとは思わないでしょうが、まさか輸送船だとも思わないのでは…」
【アンヌ】「ま、その辺は相手次第ですわね…」
結局のところ、相手が食いついてくるかどうかはアンヌにも分からない。そして、現状では他にできることもあまりない。

…ということで。
【アンヌ】「さぁ、いきますわよ!」
【ゲルト】「んなっ…、やりやがったな!」
【カンナ】「意外とやるわね…本当に初心者なの?」
暇つぶしに、ということで個人用の端末を使って対戦ゲームをやり出した。ゲーム自体は同盟のものだが、ルールはシンプルなので共和国の人間であるアンヌもすぐに参加できる。
【レイラ】「…あたしも参加したーいー!」
が、レイラは索敵のため不参加である。かなり不満げなレイラ。
【アネッタ】「あたしと交代でやろうか?」
【レイラ】「あ、いいの?」
【アネッタ】「構わないわよー、3戦ごとに交代でいい?」
【レイラ】「おっけー!」
と、レイラと話しているうちに、1戦目が終了。勝者は…
【アンヌ】「アネッタさん、レイラさんと話しながらなのに強いですわね…」
【カンナ】「伊達にアルタイルのパイロットやってないってことね」
もちろん対戦ゲームと人型兵器の操縦は訳が違うが、この手のものが全般的に得意なのがアネッタである。
ちなみにクロスバードにもう1人いる人型兵器乗り、ジェイクはどちらかというと力押しで攻めるタイプなので、ゲームも同じように…という風にはいかない。

そしておよそ15分後。
【アネッタ】「レイラ、チェンジー」
3戦終了し、約束の交代時間である。
【レイラ】「あ、はーい」
【クーリア】「しっかり3戦全勝して代わるとか強すぎでしょう…」
クーリアが愚痴る横を通り過ぎるアネッタ。レイラもオペレーターの席から立ち上がり、アネッタと交代のタッチをしようとした、まさにその瞬間。

ズドン、という衝撃がクロスバードを襲った。
【カンナ】「な、何!?」
【レイラ】「損害を与えるほど大きなものは近くになかったはず!」
【クーリア】「まさか、例の海賊!?」
【ゲルト】「それにしたって敵艦を捉えてるはずだろう!」
【カンナ】「とにかく状況の把握を!」
そこで格納庫にいたジャレオから通信が入る。
【ジャレオ】『恐らく戦艦の副砲クラスのビーム兵器がかすったんじゃないかと!今のところかすり傷なので問題ありません!』
【アンヌ】「見えない敵…海賊らしいゲリラ戦法という訳ですね…総員、戦闘配備ですわ!」
つい数分前まで遊んでいたクロスバードのクルーが、一気に戦闘モードへと突入した。
【レイラ】(うう…よりによってあたしと代わろうって時にー!)
結局遊べなかったレイラ。心の中では泣きそうだが、だからといって仕事をしない訳にはいかない。
【レイラ】「ジャレオ君の情報をもとに、敵ビームの射線計算出ました!方角は…X−6−14です!」
すぐに敵が撃ってきた方向を推測する。
【カンナ】「残骸や岩石だらけね…ゲルト、とりあえず一発…」
と、カンナが牽制も兼ねてゲルトに撃たせようとするが、
【アンヌ】「だめですわ!」
すぐにアンヌの制止が入った。
【アンヌ】「冷静に考えて下さい…相手は海賊。狙いは何だと思いますの?」
【ゲルト】「そりゃあ、ひとつなぎの秘宝を求めてだな!」
【クーリア】「そういうのはいいですから…しかし、秘宝というのは大袈裟ですが、海賊ですからやはりこちらの積荷や財産を…あっ!」
クーリアがようやく気がついた。
【アンヌ】「ええ。積荷や財産もなく、おまけに武装してる戦艦の前にわざわざ出てくる海賊なんて漫画の中にしかいませんわ」
ここでクロスバードが撃ってしまえば、相手が自分達の前に出てくるはずがないのだ。現時点でクロスバードはまだ「校舎の姿」という端から見ればシュールな姿なので、こちらから撃ちさえしなければ戦艦とは認識されないはずである。
【ゲルト】「なんか引っ掛かる言い方だが、確かにそうだな…」
【アンヌ】「恐らく相手はその辺りを見極めるために撃ってきたはずですわ。では、相手を民間船だと思わせておびき出すためには…分かりますわね?」

【ミレア】「海賊、なんか、警戒してません、という感じで、堂々、と…」
ミレアが艦を操りつつ残骸が漂う中を進む。
しかし戦艦の操舵というのは「如何に相手に見つからないか」、「如何に相手を避けるか」というのが基本である。これは言わば真逆の考え方であり、ミレアも珍しく動きがぎこちない。

そして数分後。クロスバードが比較的大きな岩石の横を通過した、その時だった。
【レイラ】「!?」
【クーリア】「こ、これが…」
【カンナ】「海賊船…!」
まさにその岩石の影から、クロスバードと同じぐらいのサイズの宇宙船が急に現れたのだ。
同盟・共和国・連合、どの戦艦とも違う意匠で、一言で言えば『派手』。まさに海賊船である。
【アンヌ】「来ましたわね!手はず通りに!」
【ゲルト】「あいよ!ミサイルランチャー発射!」
アンヌの指示で、ゲルトがミサイルランチャーを放つ。但し、それは海賊船に向かってまっすぐとは向かわない。その軌道は海賊船を囲むように動く。
【レイラ】「変形シークエンス、起動!」
海賊船の動きを封じ、その間にクロスバードは元の戦艦形態へと変形。
【ジャレオ】『ジェイク機及びアネッタ機、発進させました!』
さらに人型兵器を発進させ、クロスバードと併せて集中攻撃で一気に海賊船を叩く…と、ここまではアンヌの作戦通りだった。

が、この見通しは予想外の形で失敗する。
【レイラ】「質量反応なし…こ、これは…デコイ、おとりです!!」
【アンヌ】「何ですって!?」
【カンナ】「じゃあ、本物は…」

その瞬間、クロスバードが先ほどよりも大きな衝撃で揺れた。
【クーリア】「直撃!?」
【レイラ】「これは…逆方向からの砲撃!S−7ブロックに被弾!」
【アンヌ】「やってくれますわね…!」
軽く歯軋りしたアンヌを横目に、カンナが細かく指示を出す。
【カンナ】「ジャレオ、被弾ブロックの状況確認と対処をお願い!ジェイクとアネッタは砲撃があった方向へ向かって!但し深追いしすぎないように!」
【ジャレオ】『今向かってます!』
【ジェイク】『ジャレオと同じく!』
【カンナ】「ミレア、こっちも転回を!」
【ミレア】「了解、しました」
ミレアがキーボードを操作し、クロスバードがぐるりと方向転換する。

そのタイミングで、船内で雑事をしていたミレーナ先生とオリトがブリッジに入ってきた。
【ミレーナ】「なーんか揺れたけど、大丈夫かしらー?」
【クーリア】「先生、それにオリト君も…正直、相手を掴みきれてません。ちょっとまずいですね…」
状況を聞いてきたミレーナ先生に対し、クーリアが微妙そうな表情をして答える。
【オリト】「まさか俺達、同盟から遠く離れた共和国の片隅で…」
それを聞いたオリトが不安そうに言うが、それをアンヌが遮った。
【アンヌ】「させませんわ!…この私がこの艦に乗っている以上、こんなところで落とさせる訳にはいきませんわよ!」
海賊に出し抜かれる格好になり、プライドが傷ついたのだろうか。声にいつも以上に力がこもっていた。


【海賊A】「キャプテン!相手の損傷は軽微、ターンしてこっちに向かってきますぜ!」
【海賊B】「解析、出ました!…道理で見慣れねぇ訳だ、微妙に改修されてるっぽいがこりゃ同盟の旧型だ!」
【キャプテン】「同盟の旧型ぁ!?…なんでまたそんなもんがヘリブニカに…」
海賊船内。キャプテンと呼ばれるのが、この宇宙海賊のリーダー、リカルド=グローマンである。
彼らは自分達のことを「グローマンファミリー」と呼び、このヘリブニカ宙域を拠点にして海賊行為を働いている。
【リカルド】「…まぁいいさ。例えどんな奴でも、こうなった以上はやるしかねぇ!俺達グローマンファミリーが叩き潰す!」
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第10章:閃光の果ての咆哮は聞こえるか
 ホップスター  - 21/3/13(土) 0:05 -
  
クロスバードがヘリブニカで海賊相手に戦っていたその頃、惑星サグーリア。
ここは元々連合の勢力圏内だったが共和国の勢力圏内に近いため、戦争開始時から連合と共和国の間で激しい戦いが繰り広げられていた。
共和国でサグーリア戦線の指揮を執っているのが、4大宗家のうちの1つ、ルスティア家の当主の長男であるアーノルド=ルスティアであった…が。
【アーノルド】「状況はどうだ?」
【共和国兵】「残念ながら…我が軍は総崩れであります。優勢だった北方大陸でも『蒼き流星』の出現により戦線が後退…このままではここも危ういかと…」
【アーノルド】「そうか…」

その報告を聞き、アーノルドはしばらく考える。およそ10秒の沈黙の後、ゆっくり口を開いた。
【アーノルド】「残念だが…現時刻を以って、我が軍は惑星サグーリアから一時撤退する。総員、撤退準備に入れ」
【共和国兵】「はっ…!」


        【第10章 閃光の果ての咆哮は聞こえるか】


一方、そのルスティア家を撤退に追い込んだ張本人は、北方大陸で絶叫していた。
【シャーロット】「あああああっ!!!どいつもこいつも!!物足りないっ!!」
そう叫びながら、撤退していく共和国軍の人型兵器を次々と落としていく。
つまるところ、彼女は飢えていたのだ。辺境で出会った同盟のはぐれ戦艦のような強敵に。
…とはいえ、彼女は獣ではない。本当ならすぐにでもサグーリアを飛び出して同盟のはぐれ戦艦を探したいところだが、叫んでストレスを発散し、ひたすら敵を攻撃し続けた。


さて、ヘリブニカ。
クロスバードのもとに、アネッタから通信が入った。
【アネッタ】『敵艦いたわ!座標送ります!』
【カンナ】「了解!バレてない?」
【アネッタ】『相手に変わった動きはないし、大丈夫だと思うけど…』
【カンナ】「そのままバレないように追いかけて!」
【アネッタ】『ええ!』

アネッタとの通信を切ると、カンナはジェイクとミレア、そしてレイラに指示を出す。
【カンナ】「ジェイク、アネッタの逆側から回りこんで!」
【ジェイク】『おうよ!』
【カンナ】「ミレア、そのままゆっくり近づいて!」
【ミレア】「了解、しました」
【カンナ】「レイラ、座標付近で怪しい動きがあったらすぐに知らせて!」
【レイラ】「ええ!…とはいえ、電波障害がかなりきついのでいけるかどうか…」
【アンヌ】「恐らく海賊の電波妨害ですわね…これは光学頼みになりそうですわ」

アネッタのアルタイルは岩石の裏に隠れて、海賊船を追いかける。海賊船はゆっくりと動いているが、こちらに気付いている様子はない。
【アネッタ】「しばらくは我慢ね…」
ところが、そうつぶやいた瞬間、ある異変に気がついた。
【アネッタ】「…ん?」
妙に近づいてくる1つの岩が。周囲の岩に比べて、少し動き方が違う。
この時点で確証はなかったが、彼女は直感で「まずい」と判断する。しかし、わずかに遅かった。

岩はカモフラージュで、その裏から人型兵器が突如現れ、アルタイルに襲い掛かる。海賊所有の人型兵器で、プロキオンを海賊が独自に鹵獲して改造したものだ。
【アネッタ】「!?」
アネッタの判断が素早かったおかげで難を逃れるが、それとほぼ同時に海賊船からミサイルが次々と向かってきた。ハメられたのだ。
【アネッタ】「これはまずいっ…!」

【海賊A】「敵機、かかりましたぜ!」
【リカルド】「へっ、バレてねぇと思ったのが運の尽きよ!」
アネッタは気付かれていないと思っていたが、アルタイルの動きは海賊側からは完全に見えていたのだ。
【海賊B】「さすがに一撃でとはいかなかったが…まぁ時間の問題だな」
【リカルド】「確実に落とすぞ!ミサイル撃ちこめぇっ!」
次々とアルタイルに向かってミサイルを撃ち込む海賊船。今のところ致命傷は避けているようだが、完全に動きを封じられたアルタイルがやられるのは、もう時間の問題だった。

一方、クロスバード側も『異変』に気がついた。
【クーリア】「うん、ちょっと待って下さい?我々は電波妨害食らってるんですよね?むしろ何故先ほどはアネッタと通信できたんですか…?」
【カンナ】「そりゃ、妨害ったって威力が足りないとか…いや、まさか!」
ここで彼女達も、アネッタがハメられた可能性に気がつく。
【ゲルト】「でも俺達同盟だぞ!何で共和国の海賊が同盟の暗号解析できてるんだよ!!」
当然のことながら、通信は暗号化されて送受信される。暗号化の技術は3大勢力ごとに異なるため、普通は解析できないはずなのだ。通信が筒抜けとなれば、なぜ相手がクロスバードの通信を解析してるのかという問題が出てくる。
しかし、その理由はレイラが気がついた。
【レイラ】「いや…この艦ソフトウェアも旧型だから、暗号化方式も古いのよ…そしてこの古いタイプの方式は、3年前に共和国によって解析されている…!」
となれば、共和国を根城にしている海賊が知っていても何ら不思議ではない。

さて、そこまで話が進んだところで、ある「可能性」に思い至ったクーリアが、アンヌの方を向いてつぶやいた。
【クーリア】「まさか…こんなまどろっこしい手は使いませんよね?」
【アンヌ】「私自身がここにいるということが、その最たる証拠ですわ」
クーリアは「アンヌが怪しいのではないか」と思ったのだ。しかしクロスバードにアンヌ自身が乗ってる上に、そもそもこんな手を使わなくてもクロスバードを沈める、あるいはクルーを殺すチャンスは今までにいくらでもあった訳で、わざわざ海賊を使うなんて面倒な方法を取るはずがなかった。

そんな様子を見ていたミレーヌ先生が、たまらず声をかける。
【ミレーヌ】「はいはい、それよりアネッタを助けるのが先でしょー?」
【クーリア】「…そうですね、失礼しました」
とはいえ、状況はよくない。クロスバードが直接突っ込むには距離がありすぎて時間がない。ジェイクのアンタレスは海賊船のさらに向こう側なので恐らく通信は届かないし、仮に届いても内容は相手に筒抜けである。

【ゲルト】「もう主砲ぶっ放すしかねぇだろこれ!」
たまらずゲルトが叫ぶ。
【クーリア】「そうですね…少々強引ですが、それしかないかと」
それに対し、ゲルトとは正反対の性格に近いクーリアが同調した。ブリッジが一気に主砲発射已む無し、という雰囲気になる。

【アンヌ】「でもそれだとアネッタさんが巻き添えになりますわよ!?」
だがそれにアンヌが異を唱えた。アネッタにも通信が飛ばせない以上、そうなってしまうリスクは消せない。

しかし、カンナはあっさりと断言した。
【カンナ】「…いや、アネッタなら避けてくれるはず!ゲルト、主砲準備お願い!」
【ゲルト】「了解!」
【アンヌ】「アネッタさんが避けてくれるっていう根拠はどこにあるんですの!?」
さすがに慌てるアンヌ。だがクロスバードの面々は、味方を巻き込む可能性がある作戦にも関わらず、いたって落ち着いていた。
アンヌの疑問に対しては、クーリアがあっさりとした表情でこう返す。
【クーリア】「私達は2年ちょっと一緒にやってるんです。分かるんですよ、アネッタならちゃんと避けてくれるって」

それを聞いて、アンヌは数秒の沈黙の後、悟ったようにこうつぶやいた。
【アンヌ】「…まったく、貴方達は常識外れですわね…常識外れで、最高に素晴らしいクルーですわ!」
そしてアンヌがそうつぶやく横で、カンナが叫ぶ。
【カンナ】「主砲、撃ぇーっ!」
その叫びと同時に、赤い一筋の光が岩石と闇の世界を一直線に切り裂いた。

【アネッタ】「くっ…さすがにそろそろ限界かも…!」
並外れた反応と操縦技術で、プロキオンの攻撃と海賊船からのミサイルを全て叩き落としてきたが、いくら彼女でも限界はあるし、集中力も落ちればミスもする。
やがてプロキオンの攻撃をかわし切れずに、アルタイルの左腕が吹っ飛ぶ。
【アネッタ】「ぐっ!!」
衝撃でコクピットが揺れ、歯を食いしばるアネッタ。その瞬間、彼女をふと不思議な感覚が襲った。
【アネッタ】「これは…?」
その直後は不思議がったアネッタだったが、すぐに直感した。『来る』。
【アネッタ】「それならっ!」
なおも続く海賊船からのミサイルをビームキャノンで迎撃すると、一気に加速。次の瞬間、さっきまでアネッタがいた辺りを赤い一筋の光が突き抜けた。その光をアネッタはよく知っている。紛れも無く、自分の艦の主砲である。
そしてその赤い光は、海賊所属のプロキオンを跡形もなく吹き飛ばした後、海賊船のすぐ横を掠めて、暗闇の向こうへと消えて行った。

【海賊A】「…ぷ、プロキオン、反応消失…!」
【海賊B】「あの状況で主砲を撃ってきやがるとは、なんて艦だよ…!」
呆然とする海賊船。たまらずリカルドが檄を飛ばす。
【リカルド】「お前ら落ち着け!まだ戦闘は終わっちゃいねぇ!立て直すんだ!」

しかし、一瞬気持ちが途切れたその瞬間を、彼は見逃さなかった。
【ジェイク】「いいや、てめぇ等はここで…終わりだあぁぁっ!!」
逆側から詰めていたジェイクのアンタレス。海賊船も先程までは当然警戒していたが、クロスバードの主砲により警戒が途切れた間に一気に距離を詰め、ビームソードで一閃。海賊船はブリッジから真っ二つに切り裂かれ、大きな閃光と爆音を上げながら宇宙の塵と消えた。


【カンナ】「お帰り、アネッタ」
戻ってきたアネッタをクロスバードのクルーが出迎える。
【アネッタ】「いやー、さすがに今回は死ぬかと思ったわよ…ありがとね、みんな」
【アンヌ】「1つ…聞いてもよろしいですか?」
【アネッタ】「?」
【アンヌ】「あの時…クロスバードは主砲を撃ってくるって、分かったんですか?」
するとアネッタは少し考え込む。そして、こう答えた。
【アネッタ】「うーん…なんとなく、ね。ただの勘だけどさ」
【アンヌ】「なるほど…」
アンヌは心底からは納得できなかったが、とりあえずこの場は身を引いた。そういうものなんだろう、と半ば無理矢理納得させた。

【ジェイク】「っていうか、海賊船落としたの俺なんですけど!?何なんだよこの蚊帳の外感!俺が反対側に回り込んでた間に何があった訳!?」
【ジェレオ】「まぁ、色々あったんですよ…」
一番の手柄のはずなのにオチ要員のような扱いのジェイクが不満そうに色々と喋るが、その横でなだめるのはジャレオしかいなかった。


その後、クロスバードは再びエレクトラに曳航されてフレミエールに戻り、数日後、魔女艦隊と共にフレミエールを出発。グロリア王国へと向かっていた。
【クーリア】「そういえば…私達のこと、グロリア王国とは話はついてるんですか?」
【アンヌ】「ええ、外交筋を通じて話はつけてあります。皆さんは超光速航行の事故でグロリア王国の勢力圏に飛ばされてしばらく漂流した後、王国軍の艦隊に救助された、という筋書きになりますわ」
【オリト】「確かに共和国の魔女艦隊に助けられた、なんて言えないのは分かりますけど、こうも堂々と嘘をつけって言われるのはなぁ…」
と、微妙な表情をするオリト。
【カンナ】「まぁ、仕方がないわ。そのうち真実を語れる時が来ることを願いましょう」
【アンヌ】「できれば、その時までお互いに生きている事を願いますわ」

やがて、共和国とグロリア王国との境界域に近づく。カンナは本来の居場所であるプレアデスのブリッジへ戻り、クロスバードと通信で会話する。
【アンヌ】『そろそろお別れですわね…』
【カンナ】「私達はあくまでも敵同士…だけど、再び会えることを願ってます。できれば、戦場以外で」
【アンヌ】『そうですわね。その時は、一緒にスイーツを食べにいきましょう!』
【カンナ】「あーっ!共和国のスイーツ食べに行くの忘れてた!」
カンナが思わず大声をあげる。
【クーリア】「今更スイーツのために戻りませんからね!?」
というクーリアのツッコミに対し、カンナは「分かってるわよ」っとちょっと不満げにこぼす。
そして、少し魔女艦隊の方を名残惜しそうに見た後に前を向き直し、指示した。
【カンナ】「クロスバード、全速前進!」

アンヌはその様子をプレアデスのブリッジから見守っていた。クロスバードの姿が小さくなっていき、やがて目視では確認できなくなる。
彼女はそれを見届けると、一言寂しそうにつぶやく。
【アンヌ】「本当に、味方として出会いたかったですわ…」
その後彼女はそれを振り払うように軽く首を振ると、魔女艦隊に指示を出した。
【アンヌ】「全艦、転回!一旦フレミエールへ帰還した後、対連合戦線へ復帰しますわ!」
それは、彼女にとって『日常』に戻った瞬間であった。
引用なし
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第11章:思惑が渦巻く銀河の中へ
 ホップスター  - 21/3/20(土) 0:03 -
  
連合のオリオン級戦艦・バーナード。
『蒼き流星』と呼ばれるエースパイロット、シャーロット=ワーグナーが乗船している。

【将官】『ちょっと頭を冷やして来い、ってことだ』
【シャーロット】「だから、あたしは別にどんな任務でも構わないって言ってんでしょ。でもエースパイロットをこんな任務に出して、連合はそれでいいのかって聞いてるんだよ!」
【将官】『だから、お前の為にこうした方が即ち連合のためになるって訳だよ。それにこれは大統領閣下直々のお達しだ。ノーと言う訳にもいかないだろう?』
【シャーロット】「…まぁ、そこまで言うなら行ってやるよ。ただあたしの本業は人型兵器乗りだ。正直、成果を期待されると困るよ」
【将官】『分かってるさ。大統領閣下も上手く行ったら儲け物、ぐらいな考えみたいだしな』

通信を切った後、シャーロットは深い溜息をついた。
つまるところ、サグーリアで暴れすぎて、連合の大統領や軍上層部にも問題視されたのだ。何せ銀河中に名前が知れ渡っているエースパイロットである。それ相応の『振る舞い』を求められるのだ。彼女もそれはある程度承知していて実際それなりにエースパイロットを『演じて』いたが、あの時クロスバードに撤退させられたのが余程我慢ならなかった、ということである。

…かくして、彼女は表向きには「休暇」と発表され、とある場所へと任務へ向かうことになる。


        【第11章 思惑が渦巻く銀河の中へ】


さて、クロスバードは共和国とグロリア王国の境界宙域を航行中。
【クーリア】「そろそろ予定の時間、ポイントですが…」
【レイラ】「前方に艦影!グロリア王国のペルセウス級3隻!」
【カンナ】「迎えが来た!」
そしてその王国の戦艦から通信が入る。
【王国兵】『こちら王国軍親衛艦隊、ミルファクである。ドゥイエット家からの要請により、貴艦を保護する用意がある。応答願いたい』
【カンナ】『同盟軍練習艦・クロスバードです。お心遣い、感謝致します』


かくして、グロリア王国に「正式に」保護されたクロスバード。
数日後、無事にグロリア王国の首都惑星・惑星グロリアに到着し、そこで同盟軍との引渡し交渉を待つことになった。
それを受けて、カンナが呼びかけてクロスバードのクルーが会議室に集められる。

【ゲルト】「しかし全員集合だなんてまた仰々しいが、どうしたんだ?」
【カンナ】「クーリア、説明お願い」
カンナの指示で、クーリアが手元の端末を見ながら説明を始めた。
【クーリア】「…正直、これに関しては私も含めて事態を軽く見すぎていた節がありますが、私達は既に「国家レベルの問題」になっています。艦長なんかは最早銀河で知らない者はいないレベルの有名人です。…行方不明の、ですが」
と、手元の端末の画面を中央の大きなスクリーンに映し出す。同盟のニュースサイトのものだ。トップ記事は、やはり自分達である。
【フランツ】「分かってはいましたが…改めて自分達が報道されるところを見るというのは…なんかこう、微妙な感覚ですね」
【クーリア】「現在のところ幸い私達の引渡し交渉は順調のようで、早ければ明日にも私達がグロリア王国にて全員無事である旨が同盟の報道機関に対し発表される見通しです」
さらにクーリアは淡々と説明を続ける。
【クーリア】「とはいえ、既に私達が「国家レベルの問題」になっている以上、帰ろうと思ってすぐに帰る、という訳にはいかなくなっています。恐らくは、あと1週間程度はグロリア王国で待機することになると思われます」
【レイラ】「やっと帰れると思ったのに、こんなところで足止めなんて…」
【ジェイク】「要は大人の事情って奴だろ?ま、もうこうなった以上生きて帰れりゃ何も言わねぇけどさぁ」
微妙な表情をするクロスバードの面々。そこで、今度はカンナが前に出て、軽く咳払い。
【カンナ】「えー、コホン」
クルーが一斉にカンナの方を向く。

【カンナ】「つまり何が言いたいかというと、交渉が終わるまでの間ぶっちゃけあたしら暇なのよね。そこで…」
【オリト】「そこで?」
【カンナ】「グロリア王国の担当官と相談した結果、交渉が終わるまでの間、自由行動ということになりました!」
【ALL】「おぉーっ!!」
歓声をあげるX組の面々。

【クーリア】「もちろん、いくつかの条件付きではありますが…惑星グロリア内で自由に遊ぶなり、観光するなりしていいそうです。最も、現実的には首都圏内が行動範囲になりそうですが」
という訳で、その条件など、詳細の説明に入る。
条件というのは、まず王国政府との連絡とクロスバードのシステム維持のため、常に最低1人は誰かが必ずクロスバードに残っていること。その他には、外出時の行動制限内容が主である。つまるところ、「悪い事をやっちゃいけないよ」というものだ。

【カンナ】「後は、いつ誰がクロスバードに残ってるか、ね…」
この問題に対しては、意外な人物が名乗りを上げた。
【ミレーナ】「基本的にはあたしが残ってようかー?折角だし羽伸ばしてきなよー」
とのミレーナ先生の答えに、少し驚くX組の面々。
【クーリア】「先生はいいんですか?」
【ミレーナ】「いやー、ほらあたし一応責任者だから、アレグリオに戻ったら始末書ってやつを書かなきゃいけなくなると思うんだよねー。もうこの際今のうちに書いちゃおうって思ってさ」
【オリト】「なるほど…」
【ミレーナ】「それに、こういう時に生徒を優先させるのが先生の役目だしねー。ま、始末書で済めばいいけど果たしてどうなるやらー…」
【ジェイク】「でもありゃカストルの故障っていう不可抗力で…」
【ミレーナ】「不可抗力でも、誰かが責任を取らなきゃいけないのが大人って奴なのよー」
特に、戦争というのはそういうものだ。仮に皆が最善の働きをしたとしても、例えば予期せぬ蒼き流星の出現で全てがぶち壊しになってしまったならば、誰かが責任を取らなければいけない。曲がりなりにも軍人である彼女は、それを理解していた。
さらに今回の場合は、ミレーナだけが成人していて、後は全員未成年である。今回の出来事に対して、責任を一身に負わなければいけない立場にあるのだ。


【オリト】「…なんか、理不尽だよな…世界って」
そう、誰に向かう訳でもなく、オリトはつぶやきながら、とある公園のベンチでくつろいでいた。
今回のミレーナ先生の件であり、自らの身を守る為に味方のはずである同盟に対して嘘をつかなければいけない件でもある。
オリトもどこかグロリアの観光に行こうかと思ったが、それよりも「ゆっくりしたい」という思いが強く、こうして公園のベンチでくつろぐことを選択したのだ。入学式の日に偶然巻き込まれてここまできたオリトにとっては、本当に久しぶりにゆっくりできる日々なのである。そういう理由もあり、特に何かなければ、引渡し交渉がまとまるまではこんな感じでのんびりしてよう、と思っていた。

すると、突如オリトは、女性から声をかけられた。
【女性】「まったく、世界って理不尽だよな…」
【オリト】「!?」
驚くオリト。彼女の方を見る。大きなサングラスをしていて、正確な顔は分からないが、どうやら年齢はクロスバードの面々より少し上、20歳ぐらいのようだ。
【女性】「ごめんごめん、あたしもちょうど似たような事思ってたってだけさ…ま、これも何かの縁だ。隣いいか?」
【オリト】「あ、はい」
そう彼女は確認を取ると、オリトの隣に座った。
【女性】「差し支えない範囲で構わないけど…何があったのか、聞いてもいい?」
その質問に対し、オリトはゆっくりと、言葉を選びながら答える。
【オリト】「うーん、何というか…まだこれから、『こういうことが起こりそう』って段階なんですけど…悪くない人が責任を取ることになりそうだったり、仲間を守るために嘘をつかなきゃいけないことになりそうだったり、っていうのかな…」
【女性】「なるほどねー…ま、あたしも似たようなものかな。あたしの場合はもう過去形だけど」
【オリト】「なるほど…失礼ですが、お名前は?」
【女性】「シャロン=イェーガー、…って言いたいところだけど、これ偽名なんだよねぇ…まぁ、『仲間を守るための嘘』って奴だ。悪いけど、本名は教えられないんだ、ごめんね」
シャロン、と名乗った女性は、そう言いあっさりとそれが偽名であることを明かし、オリトに謝った。
【オリト】「いえ、そういうことなら、仕方ないと思います…シャロンさん、でいいですか?」
オリトは本名が知りたい、と思ったが、さすがに聞けなかった。
【シャロン】「えぇ、構わないよ」
【オリト】「あ、俺はオリトって言います。本名です。よろしくお願いします」
【シャロン】「オリト君ね。よろしく。ところで…」
お互いに自己紹介をしたところで、シャロンが会話をさらに進める。
【シャロン】「オリト君って、グロリアのチャオじゃないよね?その訛りは…たぶん同盟の標準訛り?」
ズバリ、核心を突く質問。
【オリト】「わ、分かるんですか!?」
【シャロン】「まぁね。正直、この手の勉強はあんまり好きじゃないんだけど…仕事柄ってやつで、ある程度話者数が多い訛りは覚えてるんだ」
【オリト】「そうなんですか…」
同盟とグロリア王国は戦争状態ではないため、仕事や観光で訪れている同盟の人間やチャオは決して珍しくない。だからシャロンと名乗った女性も、オリトをそういうよくある存在だと勘違いしていた。
そこで、今度はオリトがこう聞き返す。
【オリト】「ところで…シャロンさんも、グロリアの人じゃないですよね?」
【シャロン】「!?」
彼女は一瞬、かなり動揺した。すぐさま自らの言葉遣い、仕草に癖がなかったか思い返す。そして思い返しながら、こう問いかける。
【シャロン】「ど、どうしてそう思ったの?さっきみたいに言葉遣い?」
【オリト】「いえ、こう、何と言うか…雰囲気です」
【シャロン】「雰囲気!?」
【オリト】「はい、雰囲気がこう…他のグロリアの人とはちょっと違う気がしたので」
【シャロン】「な、なるほどね…」
シャロンは拍子抜けすると同時に、別の恐ろしさを感じていた。このチャオは、ひょっとしたら只者じゃないのかもしれない。
…とはいえ、これ以上考えるのは無駄というものである。彼女はふと自分の持っていた紙袋からあるものを取り出した。
【シャロン】「これ、今グロリアで大人気のスイーツらしいんだけど、食べるかい?特別に1つおごってあげるよ」
そう言いながら取り出したのは、ドーナツである。
【オリト】「そこまでしてもらって、いいんですか?」
【シャロン】「そこまでって…ちょっと話してついでにドーナツおごっただけよ?…ま、そういう訳で気にするな、オリト君」
【オリト】「そ、そうですね…ありがとうございます」
オリトはドーナツを受け取り、ぱくり。
ついでにシャロンも残りのドーナツを取り出し、ぱくり。
公園のベンチでのんびりドーナツを食べる。ある意味、最高の休日かも知れない。


【男性】(ったく、何だってこんな遠い所まで…)
…グロリア王国首都の一角、とあるビルの一室。そう心の中で愚痴る男と、テーブルを挟んで1人の少女が向かい合って座っている。
少女の方はまだ10歳前後だろうか。大事そうに膝の上に人形を置きながら、テーブルの上でカードを切っている。
【少女】「…どうぞ」
【男性】「上の1枚を俺が、一番下をお前が取るんだったか?」
【少女】「はい」
少女は男の問いに対して軽くそう答える。男性は言われた通り、彼女の手に数十枚ある伏せられたカードのうち一番上を取る。それに続いて、少女も一番下のカードを取り出す。
そして2人は、それぞれ取ったカードを同時に表に出した。

【男性】「クラブのエースだ」
【少女】「スペードの8です。…キーワードは『流転』といったところでしょうか」
【男性】「なんか嫌な感じの言葉だな…止めた方がいいのか?」
【少女】「いえ、いい方向に流れるかも知れません。クリシアの神のお告げとは言いますけど、所詮は占いです。都合のいいように信じておけば、それでいいと思います」
【男性】「そういうもんか…」
【少女】「はい」
少女はそう答えつつ、カードをしまう。

数分後、同じ部屋。
先ほどの男の前に、先ほどの少女を含む5人の少年少女が並んでいる。占いをしていた少女以外は、全員10代後半から20代前半だろうか。
全員集まったのを確認して、男がこう彼らに言った。
【男性】「…分かっているな。我が共和国…いや、ハーラバード家、ひいてはお前達の命運がこの作戦には懸かっているんだぞ」
それに答えるように、5人の少年少女が次々と言葉を並べる。
【少年A】「もちろん、分かっています」
【少女B】「グロリア王国が隠し持っていると噂の、この銀河の争いを一変させるという技術…ゾクゾクするねぇ!」
【少年C】「ま、俺には細かい話は分からねぇが…やるべきことをやるだけだ」
【少女D】「それに今、ここグロリアには連合のエースもいるって…」
【少年E】「これはこれは、只事じゃ収まらない予感がしますよ…!」

【男性】(…まぁいい、もう少しの辛抱だ。この作戦…いや、『茶番』が成功すれば、全ては上手くいく)
彼は先ほどの占いの時から色々と思考を巡らせていたが、とりあえず落ち着くことにした。目の前にいる少年達は皆性格面には問題があるが、能力では非の打ちようがない。任務は、ほぼ間違いなく成功するはずである。
そして、自らを落ち着かせた後、こう命令した。
【男性】「クリシアの神の名の下に命ずる。…Σ小隊、『ルプス作戦』発動!」
その命令の後、5人は軽く敬礼すると、部屋から飛び出すように出て行った。
引用なし
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第12章:流転の渦を飲み込むように
 ホップスター  - 21/3/27(土) 0:44 -
  
【レイラ】「あーあ、結局お留守番かー…」
クロスバードの通路。レイラが一人歩いていた。
終わっていなかったクロスバードのソフトウェア更新をするため、休みを取らずにこの艦にいるのだ。
【レイラ】「艦長もグロリアで流行ってるとかいうドーナツの店に突っ走っちゃったし…そういえばケーキおごるって約束どうなったのよ…ぶつぶつ…」
などと愚痴りながら、休憩を終えてブリッジへ戻る。
【レイラ】「そもそもミレーナ先生だって留守番するって言ってたのに結局医務室で寝てるじゃない…結局あたしがこういう役回りを…って!?」
ブリッジの扉を開けたレイラは、思わず言葉を詰まらせた。

【レイラ】「あ…あの…どちら様ですか!?」
そう、知らない人がいたのだ。しかも、またまた(?)彼女たちとそう年の変わらない、少女が。


        【第12章 流転の渦を飲み込むように】


【少女】「こ、これは、あの、その…も、申し訳ありません!面白そうで、つい!」
慌てて謝る少女。
【レイラ】「面白そうって…」
困惑するレイラ。だが落ち着いて、少し冷静になって考える。
現在クロスバードは首都付近にある王国軍の基地内に停泊している。つまり、一般人はそう簡単には入れない。彼女の服装は私服であることから、自分達のような軍関係者というのも考えにくい。
【レイラ】(となれば…政府関係者の娘とか、そういうポジションの人かしら?)
そんなことをレイラが推測していると、突如背後に少女がクルリと回り込み、レイラの首にナイフを突きつけた。
【レイラ】「!?」
驚くレイラに、少女は小声で話しかける。
【少女】(安心して下さい、おもちゃです。少しの間、私の『演技』に付き合って頂けますか?)
突然の展開に呆然とするレイラ。しかし状況を整理する間もなく、数人の男がレイラを追うようにしてブリッジへと駆け込んできた。

【男性A】「見つけましたよ!」
【男性B】「まさかこんな場所に来るなんて…早く戻られないとどうなるか…!」
すると少女は毅然とこう返す。
【少女】「黙りなさい!今私はこの方を人質に取りました。今すぐこの戦艦から降りなさい。さもなくば…分かりますね?」
【男性C】「人質って…子供の遊びじゃないんですよ!?どうせブラフなんでしょう!」
【少女】「いいえ、本気です!」
すると彼女は腕を少し動かす。レイラの首筋から、赤い血がわずかに流れる。…というように見えるというよくできたおもちゃで、実際にはレイラは無傷である。
【男性A】「!?」
【少女】「この状況でこの戦艦の乗組員を殺してしまえば…外交問題どころか、グロリアの存続それ自体に関わりますのは、皆さんもお分かりになりますわよね?」
【男性B】「ぐっ…!」
同盟と共和国に挟まれた場所という元々不安定な地理条件の中で上手く立ち回ってきたグロリア王国。だからこそ、王国民、特に政府関係者は外交問題に対して非常に敏感である。わずかなミスや失敗でも、国家間のパワーバランスを崩してしまえば、即ちグロリア王国の存続に関わるのだ。
また、クロスバードのクルーが同盟の超エリート揃いというのは今回の事態に対処している王国関係者も承知している。レイラも実家は同盟における大手通信企業の経営者一族であり、そんな家族の一員に何らかの危害が及んだとなれば…後の展開を想像するのは難しいことではない。

【男性B】「仕方ない…一旦下がるぞ!」
【男性A】「で、ですが!」
【男性B】「我々が数百年かけた努力を一瞬で無に還す訳にはいかんのだよ!」
【男性C】「くっ…仕方がない…」
男達は相談の上、一旦撤収することを決断した。いくら状況が状況といえど、クロスバードが同盟軍の戦艦である以上、本来は無断で入るだけで殺されてもおかしくないのだ。
そして撤退間際、彼らのうち1人がその少女の方を向いて叫んだ。
【男性B】「この戦艦を巻き込んだ以上、もう後戻りはできませんよ!分かっていらっしゃるんでしょうね、『王女殿下』!!」
…そう言い残し、彼らはクロスバードから降りた。

【レイラ】「…王女殿下?」
時間にして10分ぐらいだろうか。レイラがブリッジへ戻ってきてからの怒涛の展開に、未だに頭がついていってないが、最後のフレーズだけは耳に残った。そして、半ば呆然としたまま、何となくそのフレーズを繰り返す。
そのつぶやきに対し、その少女はこう答えた。
【少女】「失礼、自己紹介が遅れました。わたくし、マリエッタ=ネーヴル…グロリア王国の王家たるネーヴル家の第二王女でございます」
【レイラ】「…は、はいぃぃぃ!?」
今度こそ、レイラの思考が完全に停止した。


一方、そんな事になっているとは全く知らないオリトと、偶然出会ったシャロン。公園で雑談しながらドーナツを食べる。
【オリト】「シャロンさんはどこの人なんですか?」
【シャロン】「あたし?…教えたいのは山々なんだけど、本名と同じで教える訳にはいかないんだよねぇ…」
【オリト】「あぁ、そうでした、すいません」
【シャロン】「まぁ、グロリアにはちょっとした仕事みたいなもんでね…」

彼女はそこまで喋りかけたところで、突然言葉が止まった。強烈な「違和感」を感じたからだ。グロリア王都の一角にあるのどかな公園、という雰囲気が、気がつくと消え失せていたのを感じ取った。
【シャロン】「…まずいっ!」
次の瞬間、彼女は慌ててオリトを引っ張るようにしてベンチから飛び上がる。刹那、そこに一筋の赤い光線が走り、その射線上でベンチに穴を開けていた。

明らかに、自分を狙ってきた。そう感じたシャロンは、チャオであるオリトを有無を言わせず自分のバッグに無理矢理押し込むと、一気に駆け出した。
だがその目前に、どこからともなく1人の少女が飛び降りてくる。少女は眼鏡をかけていたが、シャロンが見る限り、レンズ越しに見える瞳は明らかに常人のそれではなかった。
【少女】「あの狙撃を躱すとは…さすが連合のエース様ってところかねぇ?シャロン=イェーガーこと、シャーロット=ワーグナー?」
と、その少女は「シャロン」に対し、連合のエースの名を呼ぶ。シャロン…いや、シャーロットは、それに対し否定するまでもなく、こう返す。
【シャーロット】「そりゃいつかはバレるとは思ってたけど、まさかこんなに早いとは…ったく、ウチの軍はもうちょっとセキュリティしっかりして欲しいわねぇ」
【少女】「さすがにレグルスに乗られると手がつけられないけど、生身なら…あたしらでもぶっ壊せるからねぇ!!」
シャーロットの愚痴混じりのつぶやきを無視するかのように、少女はそう叫びながら右脚を大きく振り、強烈な蹴りを叩き込もうとする。だがそれに対しても、シャーロットは素早く反応してかわした。
【少女】「ちぃっ!」
【シャーロット】(これは…まずい!)
この蹴りの一連の動き、そして今までの言動でシャーロットは確信した。彼女は恐らく、「ただの人間」ではない。そして人型兵器に乗ってない自分が、まず勝てる相手ではない。
人型兵器での戦闘においては間違いなく銀河トップクラスの才能を持つシャーロットだが、いわゆる生身では彼女も1人の人間である。軍人であるため人並みの訓練は受けており、また超人的な反応速度を持ち合わせているため素人に比べれば強いのは間違いないが、こういう専門の訓練を受けた手合いに対して勝てる程の強さは持ち合わせていなかった。それに、
【シャーロット】(このチャオもいるしなぁ…)
あまりの突然な展開に気絶してしまっているが、これ以上巻き込む訳にはいかない。となれば、とるべき行動は1つである。

シャーロットは上着の右ポケットに手を入れ、何かを探す仕草をする。当然、相対する少女はそれをチャンスとばかりに飛び掛ってくるが、その右手はフェイク。咄嗟に左手で護身用のスタンガンを撃ち込んだ。
【少女】「っ!?」
さすがの彼女も一瞬動きが止まる。そのスキに、
【シャーロット】「事情を聞いてる余裕はなさそうだし…ここで死んでもらうよ!」
右手で携帯している小型の光線銃を抜き、彼女の額に向かって一発撃ち込んだ…つもりだったが、その直後に彼女は言葉にならない呻き声をあげる。当然額に銃を撃ち込んでいれば声を出す余裕もなく死んでいるはずなので、その声はシャーロットの一発が外れた事を意味していた。
シャーロットはそれを察して素早く飛び退こうとするが、次の瞬間、少女の左腕からナイフが舞い上がり、シャーロットの右腕に刺さった。
【シャーロット】「ぐっ…!」
慌てて右腕を抑え、ナイフを抜いて止血するシャーロット。連合のエースパイロットである彼女が右腕を失うということは、即ちそれだけで連合の戦力が半減することを意味するのだ。彼女は不本意ではあるがそれを自覚している。ここでまず何よりもやるべきなのは、傷を深くさせずに止めることだった。
一方、眼鏡の少女も先ほどの光線銃の一撃で脇腹を撃たれ、やはり流血していた。いくら人間離れした彼女といえどとても追撃できる状態ではなかったようで、シャーロットが右腕を抑えているのを確認すると脇腹を抑えながら逃げるようにその場から消えていった。

【シャーロット】「くっ…まさに痛み分けか…」
そう愚痴りながら服の袖で止血をする。そこで、ようやくオリトが気が付いた。
【オリト】「う、うう…」
【シャーロット】「っと、大丈夫?」
【オリト】「あ、はい…って、あなたは…!」
オリトは彼女の顔を見て絶句した。先ほどの眼鏡の少女の襲撃のためサングラスやウィッグでの変装が外れたため、オリトもニュースサイトなどで見たことのある「蒼き流星」の顔そのものが、オリトの目の前に現れたのだ。
シャーロットも驚くオリトの様子を見てその状況を理解し、こう返した。
【シャーロット】「あ、あぁ、悪い、まぁこういう訳で顔や名前を隠さなきゃいけなかったんだよ」
【オリト】「あ、そう、そうですよね…」
未だにオリトは上手く言葉を返せない。目の前にいるのが銀河レベルでの超有名人だということももちろんだが、何せクロスバードは数週間前に彼女と戦っているのだ。バレたら殺される、という思いがオリトの中を巡る。
その様子を見たシャーロットが、襲撃前の会話を思い出して、さらに続けた。
【シャーロット】「あー、そういえば同盟のチャオなんだっけか。心配すんな、面倒事は起こすなって上からきつーく言われてるし、同盟のチャオだからってすぐに殺したり捕まえたりするようなことはしないよ」
【オリト】「そ、そうですか…」
その言葉が本当である確証は無かったが、オリトはとりあえず安心した。今までの会話から、とりあえず信用できる人だと半ば無意識に判断していた。一方、シャーロットは苦笑いしながらこう続ける。
【シャーロット】「とはいえ、向こうから襲われるのはちょっとどうしようもないけどね…あたしがここにいるのを知ってるって一体どこの連中なんだか」
その時、オリトが地面に見慣れないものが落ちていることに気が付いた。先ほど襲ってきた眼鏡の少女の血の跡が赤く残っている、そのすぐ横である。
オリトは数歩だけ歩いて、それを拾い上げる。×印のような形をした金属のネックレスのようだった。それにシャーロットが気が付き、オリトに声をかける。
【シャーロット】「ん、ちょっと見せてくれるか?」
オリトがシャーロットにそのネックレスを見せた瞬間、シャーロットの表情が固まった。
【シャーロット】「こ、これは…」
【オリト】「何ですか、これ?」
【シャーロット】「『クリシアクロス』、クリシア教の象徴…ってことはほぼ間違いない…奴ら、共和国のハーラバード家だ」
クリシア教。共和国で広く信仰されている宗教である。特にハーラバード家は代々クリシア教の熱心な信者、そして庇護者であることが知られており、今回の襲撃がもし組織的なものであれば、ほぼ間違いなくハーラバード家の手引きだとシャーロットは結論付けた。そこでさらに、シャーロットはあることを思い出す。
【シャーロット】「確かクリシアの信者は、身に着けているクリシアクロスに自分の名前を彫るって習わしがあったはず…」
と、先ほどのクリシアクロスを裏返す。そこには確かに、女性の名前らしき文字が彫ってあった。
【シャーロット】「人を襲ってくるぐらいだから偽名や盗品の可能性もそれなりにあるだろうけど…恐らくこの名前の女ね」
【オリト】「『パトリシア=ファン=フロージア』…」


【ミレーナ】「なんだか騒がしいけど、どうしたのー?」
マリエッタが自己紹介し、レイラの思考が吹っ飛んだそのタイミングで、完全に出遅れた形でミレーナ先生がブリッジに現れる。
【レイラ】「そ、それが、あの、その…」
レイラが返す言葉に困っている間に、ミレーナ先生の視線がマリエッタ王女の方へ向かい、それだけでミレーナ先生は大体何が起こったかを察した。
【ミレーナ】「あー、なるほどねぇー…」
【マリエッタ】「ご迷惑をおかけして、大変申し訳ありません」
【レイラ】「え、先生、知ってるんですか?」
その様子を見たレイラが驚き、2人は知り合いなのかと問う。だがそうではない。
【ミレーナ】「いやー、ニュース見てない?ほら」
と、ミレーナ先生の個人端末をレイラに見せる。その画面には、グロリアのニュースサイトが表示されていた。
【レイラ】「『マリエッタ第二王女、高齢者介護施設を訪問』…」
その記事と共に載せられていた写真には、目の前の少女と同じ顔をした「王女様」が写っていた。
【レイラ】「正直、同盟のニュースばかり読んでてグロリアのニュースサイトはほんんど見てなかったわ…」
レイラがそうぼやく。

ミレーナ先生は自分の端末をポケットに戻すと、ふと表情を変えてマリエッタ王女にこう尋ねた。
【ミレーナ】「ところで王女殿下…いきなりこんな事聞くのは失礼かも知れないけど、ズバリここに来た『本当の理由』をそろそろ教えてくれないー?」
【レイラ】「え…?」
【ミレーナ】「どう見ても『面白そうだから遊びに来た』ってのは建前だよねー?」
戸惑うレイラ。だがそんなレイラをよそに、ミレーナ先生はマリエッタ王女の方をじっと見つめる。その表情は、先生がごくたまに見せる本気の表情である。
しかしマリエッタ王女は動揺する様子は全くなく、しばらくは笑顔のまま沈黙していたが、やがて我慢しきれなかったかのようにこうつぶやいた。
【マリエッタ】「…やはり、誤魔化せないようですね…話すと長くなるのですが、よろしいですか…?」
【ミレーナ】「こっちは暇だし、もう巻き込まれちゃったしねー。いくらでも聞くよー」
ミレーナ先生のその言葉を受けて、マリエッタ王女はゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
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第13章:その最中で何を思わざるか
 ホップスター  - 21/4/3(土) 0:03 -
  
グロリア王国はその名の通り王制で、現在はネーブル家の者が代々王位を継承しており、歴史学的に言うならば「ネーブル朝グロリア王国」とでも言うべき国家である。
但しあくまでも王は象徴的存在であり、実際の政治は選挙で選ばれた議会が行っている、いわゆる立憲王制である…が、グロリア王国が普通の君主制国家と決定的に違うことが1つだけある。
【ミレーナ】「確かグロリアは『選挙王制』だったんだっけ?」
【マリエッタ】「はい。王である者が崩御した際には、王族の者が候補者となり代議員、つまりグロリアの国会議員による投票で王位継承者を決定する…ということになっています」
…とはいえ、過去の王位継承選挙はそのほとんどが長男・長女やすぐ下の兄弟姉妹、つまり普通の王制であれば王太子になるべき者が圧倒的な得票率で当選しており、ほぼ儀礼行事化していた…はずだった。


        【第13章 その最中で何を思わざるか】


現在のグロリア王であり、マリエッタの父にあたるジェームズ4世は病に倒れ、治療中の身である。公務は主にマリエッタと、妹であるソフィアが代行して行っている状況。
【マリエッタ】「徹底した報道規制が敷かれているので、「病気療養中」としか公にはされていませんが…正直に言います。父は、もう長くありません。もって数か月、とのことです」
【レイラ】「そんな…!」
そこで事情を知る一部の王室関係者や政府・議会関係者は極秘のうちに王位継承選挙の準備を始めているのだが、今回はすんなりと決まらない事情があった。
本来「次の王」となるはずであるジェームズ4世の長女・グレイスは生まれつき非常に体が弱く、22歳である現在もほぼ車椅子か寝たきりの生活を送っており、以前から「彼女は王位継承選挙の候補者から外すべき」という意見が少なからずあったのだが、それがここにきて対立の種となっているのだ。
【マリエッタ】「姉様は体は弱いのですが、小さい頃からベッドの上で本や電子端末をよく読んでらして、非常に聡明なのです。私などはとても及びません。しかしそのために、『多少無理をしてでも姉様に王位を継がせるべき』という者と、『姉様に王位は継がせるべきではない』という者の対立が内部で激しくなりつつあるのです」
そして、「グレイスに王位を継がせるべきではない」という者が推す「次の王」が、他でもない次女のマリエッタなのだ。
【マリエッタ】「私自身は、それが代議員、ひいては国民の意思であるならば、王の座を継ぐこと自体に抵抗はありません。その覚悟もあるつもりです。ただ…」
そこでマリエッタは口ごもってしまった。少しの間だけ沈黙が走るが、ミレーナ先生が自分の端末を少し操作して、ニュース記事を探し出した。
【ミレーナ】「…えっと、これかしらー?」
端末をマリエッタに見せると、彼女は軽く頷いた。
【マリエッタ】「…ええ、それです」
【レイラ】「え、何ですか…?」

ミレーナが探し出したのは、グロリアの野党幹部が『国王は国家行事への参加も多く、健康でなければ難しいのではないか』という旨の発言をした、というニュースである。
つまりグレイスを王位継承から外すべき、という意見であり、それ自体は特段珍しいものではないのだが、
【ミレーナ】「つまり、王位継承問題が政争の種になっちゃってるんだねー。しかもこの野党、いわば『親共和国派』で、ハーラバード家と繋がりがあるって噂もあるねー」
【レイラ】「それじゃ、もしマリエッタ様が女王になったら…」
【ミレーナ】「その影響が世論にも広がって次の国政選挙で野党が勝利、グロリアが共和国に組み込まれてあたしらに宣戦布告。…ってのが最悪のシナリオかなー?」
当然、これは同盟の人間であるクロスバードのクルーにとってはなんとしても防がなければいけない事態である。

【ミレーナ】「…でもグロリアは立憲王制。王族には何もできないし、いたたまれなくなって逃げ出した、ってところかしらー?」
【マリエッタ】「ただ嫌になって逃げ出した、というだけのつもりではないのですが…そうなのかも知れません」
ミレーナの鋭い指摘に対し、マリエッタは伏し目がちにそう答えた。同盟の練習艦であるクロスバードが現在グロリア王国内にいるということは、現時点ではグロリア軍及び政府の上層部など、ごく一部にしか知られていない。だが、普段見ないはずの戦艦がグロリアの首都惑星に停泊している…ということで、偶然目撃した一般人もごく少数ながら存在した。ネットワーク上などでは小さいながらも話題になっており、同盟で行方不明になっているクロスバードではないか、という『正解』だけでなく、王国の新型戦艦説、共和国の輸送艦説など様々な憶測が飛び交っていた。マリエッタも王族という身分ではあるがそんな噂は耳に入っており、興味本位で調べるうちにクロスバードに突き当たった、という訳である。

【レイラ】「でも、この状況をいきなりどうにかしろって言われても…」
【マリエッタ】「ええ、無茶をお願いするつもりはありません。こうして話を聞いてもらっているだけでもありがたいです」
そもそもついさっき、政府関係者と思われる数人の男性を振り切ってクロスバードに飛び込んだのである。彼らはこの場は一旦引いたが、このままで済むはずがないのだ。


【シャーロット】「しかしハーラバードの連中が一枚噛んでるとなると、これは面倒なことになるわねぇ」
【オリト】「でも、ハーラバード家…共和国の4大宗家のうち1つが、何でグロリアに?」
【シャーロット】「そりゃちょっと考えれば分かるでしょ。ここは同盟と共和国の間にあるんだよ?それより連合でエースやってるあたしがここにいる方が100倍おかしいじゃんって話よ」
と、シャーロットは自嘲気味に話した後、情勢と自身がここにいる理由を軽く説明する。
【シャーロット】「グロリア王室の動きが最近慌ただしいらしくて、国王は表向きには病気療養中って話だけど実はヤバいんじゃないかってのが専らの噂…そんな状況だから、グロリアを共和国に引き込むべくハーラバードが色々手を回してるんじゃないかって。それでその辺の調査に行って来い、って訳でわざわざ連合からはるばるグロリアまでやってきたって訳ね」
【オリト】「なるほど…」
【シャーロット】(…っていうのは一応表向きなんだけど…ま、変装して極秘裏に調査してる時点で表も裏も何もないわよねぇ)
そのタイミングで、オリトの個人端末が鳴り響く。発信元は、ミレーナ先生。

【オリト】「はい、オリトです」
【ミレーナ】『あ、オリト君?ちょーっと緊急事態なんで、戻ってもらえるかしらー?どれぐらいで戻れるー?』
【オリト】「そうですね…今はF-82地区なので、ここからなら1時間ぐらいあれば」
【ミレーナ】『了解ー、待ってるわよー』

ミレーナ先生との軽い会話が終わり、通信が切れる。それに対し、すかさずシャーロットが首を突っ込んだ。
【シャーロット】「お仲間さんかしら?」
【オリト】「ええ、いえ、まぁ…」
それに対し、オリトは歯切れの悪い返事を返す。当然のことながら、クロスバードのことを喋る訳にはいかない。しかも今目の前にいるのは、そのクロスバード相手に実際に戦った人間である。
その結果がこの歯切れの悪い返事だったが、その不自然さをシャーロットは感じ取って、付け入った。
【シャーロット】「ねぇ…ちょっと、同行させてもらってもいいかしら?もちろん、悪いようにはしないからさ」
【オリト】「え、でも…」
【シャーロット】「大丈夫、ちゃんと変装してシャロン=イェーガーで通すから。さすがにさっきの連中みたいに見破られたらどうしようもないけど、まぁ何とかなるでしょ」
【オリト】「いえ、あの…」
オリトは何とか断ろうとするが、上手い理由が思いつかない。ハッキリ言ってしまえば、シャーロットはこの銀河中で最もクロスバードに連れてきてはいけない人間だといっても過言ではないし、そのことはオリトも理解している。だが、当然それを本人の前で喋ることもできず、しどろもどろしてしまう。
一方何も知らないシャーロットはそれを不審に思い、さらにオリトに迫る。そして最終的には、
【シャーロット】「…あんまりこういう手は使いたくないんだけど…分かるわよね?」
先ほど襲撃してきたパトリシアという少女に対して使ったスタンガンをオリトに向けて、半ば脅迫するような形で、オリトに連れていってもらうことにした。


ところでその頃、リーダーたるカンナは何をしていたかというと、
【カンナ】「はいぃ!?緊急事態だから戻ってこい!?ちょっと待ってよ、こっちはようやくグロリア人気No.1スイーツを買えるってとこなのに!!」
【ミレーナ】『どう考えても軍人の言うセリフじゃないわよねー、それ…』
…別の意味でそれどころではなかった。


かくしておよそ1時間後。
共和国基地内のクロスバードに、クルー全員、及びマリエッタ王女、そしてシャロン=イェーガーを名乗る変装したシャーロットが集まった。
【シャーロット】(ちょっと待ってちょっと待って!!確かにオリト君なんかちょっと怪しいとは思ってたけど、まさかよりにもよってこの艦のクルーかよ!!しかもマリエッタ王女殿下までいるし、一体何がどうなってこうなってるのよこの戦艦は!?)
この状況に一番焦っているのは、当然彼女である。
シャーロットにしてみれば、いくら多少怪しいと思ったとはいえまさかオリトを脅迫してまで付いてきた先が自分が直接戦った敵の戦艦だとは思ってもみなかったし、そこにグロリアのマリエッタ王女までいるということで、全くもって状況が掴めなくなっていた。
だが、彼女はすぐに切り替え、こう自らに言い聞かせる。
【シャーロット】(落ち着いて…落ち着くのよ…この銀河のエースパイロット、シャーロット=ワーグナーがこれぐらいで慌てちゃいけない…そうよ、敵の戦艦に乗り込めた上にマリエッタ王女殿下までいるんだから、これはチャンスだと思わないと…)
技術面はもちろんだが、こういう精神的な強さが、彼女を銀河のトップエースたらしめているのかもしれない。

【カンナ】「さてと…全員集まったわね。それじゃレイラ、一体何がどうしてこうなったのか、説明をお願い…もぐもぐ」
カンナがレイラに説明を促す。右手には、先ほど並んで手に入れたグロリアで人気のケーキ。
【ゲルト】「こんな状況でケーキ食べながら指示かよ…さすがウチの艦長」
【カンナ】「なんだっけ、ほら、糖分は脳にいいのよ!」
【クーリア】「この状況でそのセリフ、どう解釈しても言い訳にしか聞こえませんが」
【レイラ】「ま、まぁ、説明を始めましょう」
と、レイラがこの状況についての説明を一通り行う。

【カンナ】「もぐもぐ…グロリア王国内が何だか慌ただしいとは耳に入ってたけど、そういう状況になってたとはね…」
【ジェイク】「しっかし、コレ大丈夫なのかよ?下手すりゃ俺たち王女誘拐犯になっちまうぞ?」
と、ジェイクが心配を口にする。マリエッタ王女がクロスバードに転がり込んでからおよそ2時間、ここまで何もないのがむしろ不気味なぐらいなのだ。
【フランツ】「さすがにようやく同盟に帰れる寸前、ってところで王国軍と一戦交えるのは勘弁願いたいですね」
【クーリア】「そもそもここでグロリアを敵に回すのは同盟全体を考えても非常にまずいですし…」

話がそんな流れになったところで、マリエッタが小さく言葉を絞りだす。
【マリエッタ】「も、申し訳ありません…やはり、戻った方がよろしいのでしょうか…?」
だが、クーリアはそれをキッパリ否定した。
【クーリア】「『普通』であれば、それを薦めます。最終的に、それがお互いの為になる可能性も高いです。…けど、それでも、私たちは…クロスバードは、そんな人間味のない、つまらない結末を選びたくはありません。…そうでしょう、艦長?」
【カンナ】「そうね…」
カンナはそう軽く頷いた後、ケーキの最後の一かけらを口の中に放り込んで、こう言い切った。
【カンナ】「こうなった以上、グロリアをこの戦争に巻き込まずに王女殿下を助けて、ついでにあたしらも無事に帰る…不可能かも知れないけど、それでも、出来る限りやろうじゃない、みんな!」

カンナのその言葉に一瞬全員がおおっ、となった。が、すぐにゲルトがツッコミを入れる。
【ゲルト】「…でもよ、結局何をどうすりゃいいんだよ、この状況で?」
【カンナ】「そ、それは…」

カンナが言葉に詰まった、その時だった。
ミーティングルームの隅っこで1人端末をいじっていたシャロン…変装したシャーロットが、こうつぶやいた。
【シャーロット】「ちょっと待って…これ、まずいんじゃない?」
【レイラ】「どうしました?えっと…確か、シャロンさん、でしたっけ?」
【シャーロット】「シャロンでいいよ。今、グロリアのネットワーク上で、こんな噂が流れてるらしいんだけど…」
そう言って、端末の画面を皆に見せる。その画面は、グロリアのニュースサイト、それもどちらかといえばゴシップ的な記事が中心のサイトの記事だった。

『【緊急速報】グレイス第一王女、何者かに誘拐される!?複数の目撃情報あり』

【クーリア】「確かに本当なら相当まずい事態ですが…そもそもこのニュースサイト、信用していいものでしょうか?」
訝しむクーリア。ところがその時、他でもないマリエッタの個人端末が鳴り響く。
【マリエッタ】「これは…侍女のアイラさん?ちょっと失礼いたします」
マリエッタがそのまま部屋を抜け、通話を始める。沈黙が走るミーティングルーム。

およそ1分ぐらい経っただろうか。マリエッタの通話が終わったようで、ミーティングルームに戻ってきた。
【マリエッタ】「今、侍女から連絡がありました。先ほどのニュースサイトの記事…どうやら、ほぼ事実のようです」
その一言で、部屋が凍り付いた。
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第14章:迷路の果てに掴む未来で、瞳は灯る
 ホップスター  - 21/4/10(土) 0:04 -
  
グレイス王女が何者かに連れ去られた、の一報に凍り付くクロスバードの会議室。最初に口を開いたのは、オリトだった。
【オリト】「…でも、ちょっと待って下さい?仮にも一国の王女様、しかも病弱な方なんですよね?…そんな簡単に誘拐できるものなんですか?」
【マリエッタ】「ええ、普段は厳重な警備のもと、郊外の離宮にて静養なされています。アイラも少し不思議がっているようでした…」
【カンナ】「ひょっとすると…」
カンナはそこまで来て、「その可能性」を口にするのを少し憚った。が、あっさり当事者がそれを認める。
【マリエッタ】「恐らくは…内に手引きした者がいるのでしょう…王室を管理する王室庁にも、姉様よりも私が王になるべきと考える者がいると聞いていましたから…」


        【第14章 迷路の果てに掴む未来で、瞳は灯る】


【ゲルト】「しかしこうなっちまった以上さっさとグレイス殿下を助けねぇと、これ長引けば長引くほどまずい状況になるんじゃねぇのか?」
【フランツ】「それが簡単に出来る程相手も間抜けではないでしょう…そもそも一体どこに連れ去ったのか分かる訳がないですし…」

しかし、クーリアが少し考えながら、こう話し出した。
【クーリア】「…グロリア国民の間では、ジェームズ4世陛下がもう長くないということはまだ知られていないが、ジェームズ4世陛下の後継者問題自体は度々ニュースになっており、ほとんどの国民が知っている…マリエッタ殿下、この前提に間違いはありませんね?」
【マリエッタ】「ええ、そのはずです。私が我が国民について何を知っているのかと言われると、正直そこまでの自信はありませんが…」

さらにクーリアはゆっくり考えつつ、話を続ける。
【クーリア】「…ここからは全て仮定の話になるのですが…仮にグレイス殿下の王位継承に反対する一派の犯行だとして、それなら離宮に侵入できた時点で殺してしまえば終わる話ですよね?」
【カンナ】「そりゃ、殺してしまったらどっちにしろ長子がマリエッタ殿下になるんだから、賛成派も反対派も何もなくなっちゃう…それどころか、野党勢力は怪しまれて終わりよね」
【クーリア】「…そう、解せないのはそこなんですよ。グレイス殿下が『何者かにどうにかされた』時点で、この状況下では間違いなく反対派が真っ先に怪しまれるんです。実際私達もそう考えていますし」

【ゲルト】「おい、それじゃむしろ、犯人はまさか…」
思わず叫びそうになるゲルトを右手で制止して、クーリアが続ける。
【クーリア】「ええ、恐らくは…ですが、その中でもより過激な、『自分たちが主導権を握れればむしろ王位継承はどうでもいい』という一派の犯行ではないでしょうか」
【フランツ】「確かに、単純にグレイス殿下を女王にするという考え方では、病弱なグレイス殿下を誘拐、なんて真似はできないでしょうね」
【アネッタ】「何がどうなっても、反対派のせいにすれば全てが上手くいくって訳ね…」

【カンナ】「…マリエッタ王女殿下、失礼を承知で伺います。…思い当たる節は、ありますか?」
その問いかけに、マリエッタがゆっくり口を開く。
【マリエッタ】「どこの国、どの勢力にも、過激な考えをする者は一定数いる…それはグロリアでも例外ではありません。ただ…いくら私を王位につけようとする者が今の政府に批判的といっても、この小さな国でそのような過激な考えを持つ集団がこのような事を起こすほどの力があるとも思えません」

…そこで、意外な人物が言葉を挟んだ。シャロン…もとい、シャーロットである。
【シャーロット】「あのー、ちょっといい?」
【カンナ】「シャロンさん、何でしょう?」
【シャーロット】「もしも、もしもの話。その『過激な考えを持つ集団』に…何か、後ろ盾のようなものが、できたとしたら…こんな馬鹿げた真似も、できるんようになるんじゃないの?」
【レイラ】「つまり…裏があると?」
【シャーロット】「ただでさえ同盟と共和国に挟まれて不安定な上に後継者問題で揺れてる。オマケに野党勢力は共和国寄り。となれば、同盟側がこんな事仕掛けてきても…不思議じゃないよねぇ?」

さすがにそこまで話したところで、たまらずジェイクが大声をあげた。
【ジェイク】「おい、ちょっと待てよ!俺たちを疑おうってのか!?」
一瞬静まり返るミーティングルーム。だが、あっさりシャーロットが謝る。
【シャーロット】「…悪かった、そんなつもりで言ったんじゃないんだけどね。同盟のチャオに助けられといて同盟を疑うなんてあたしもどうかしてるねこりゃ…」
シャーロットとオリトは、クロスバードに入る際に「一般市民であるシャロンが素性不明の男に襲われていたところをオリトが機転を利かせて助けた」という筋書きを合わせてある。
【カンナ】「…正直同盟も一枚岩じゃない以上、その可能性は否定できないけれど…少なくともあたしらは何も知らないわ。それより…」
カンナは中途半端なところで上手く話を切りつつ、シャロン…もといシャーロットに迫る。
【カンナ】「オリト君の恩人みたいだから特別にここまで通してるけど…どうもただのグロリア一般市民には見えないのよねぇ…ひょっとして、ひょっとするのかしら?」
本来、クロスバードがグロリアにいる、というのはこの時点ではトップシークレットである。グロリアにいるのではないか、という噂は流れているが、それはまだ単なる噂に過ぎない。
最も、結果的にその最重要機密をこの銀河で一番知られてはいけない人間、シャーロットに知られている訳なのだから、最重要機密とは一体何なのかという話になってしまうのだが。

【シャーロット】「参ったなぁ、そうきたか…といっても、こっちもいくら振っても何も出てこないわよ?」
さらにシャーロットは続ける。
【シャーロット】「こういう性格だからそうは見えないかも知れないけど、ただでさえ噂になってた『消えた同盟戦艦』にいるってだけで正直結構ビビってるんだからね?」
シャーロットがそこまで言うと、さすがのカンナも引き下がった。
【カンナ】「…まぁ、こんな状況でこんな押し問答は無意味ね…」

結局推理をしても犯人が分かる訳ではなく手詰まりになってしまい、その場を沈黙が支配する。だが数秒した後、電子音が鳴り響いた。先ほどと同じ音、マリエッタの個人端末である。
チェックしようとマリエッタが端末を見た瞬間、思わず声をあげた。
【マリエッタ】「これは…父上!?」
【全員】「!?」
その場にいた全員が驚き振り返る。病気療養中の、ジェームズ4世国王その人からの着信である。
マリエッタは、軽く深呼吸をすると、ゆっくりと通信開始のスクリーンをタップした。

…通常、この時代の通信というのは、立体映像と音声によるリアルタイム会話が通常である。
だが、マリエッタがタップした瞬間、映し出された映像はこの時代ほとんど見られない『SOUND ONLY』の文字。そして、音声が流れる。

【ジェームズ】『…大体の話は聞いている。マリエッタ、お前にこれを託す。“銀河の意思”たる『これ』をどう使うかは、お前次第だ…!』

時間にして、わずか30秒足らず。ジェームズ4世国王はそれだけ言い残して、プツリと通信が切れた。呆気に取られる一同。
だが次の瞬間、マリエッタの端末から先ほどとは違う着信音が鳴る。マリエッタがチェックすると、とあるアプリケーションがダウンロードされてきた。

【マリエッタ】「アプリ…?」
それが一体何なのか、マリエッタも知らない。ただモニターには、『The WILL of Galaxy』、つまり“銀河の意思”というアプリ名が表示されていた。
マリエッタは恐る恐る、そのアプリをタップする。数秒の待機画面の後、文字入力を促すテキストボックスが2つ現れた。
【マリエッタ】(これは…ファーストネームとファミリーネーム、つまり人名を入力するのでしょうか…?)
マリエッタが試しに自分の名前を入力して、エンターキーをタップする。すると、ある画面が表示された。

【マリエッタ】「こ、これは…!!」
【レイラ】「どうしたの…?」
【マリエッタ】「申し訳ありません、これはちょっとお見せできません…!」
かなり慌てた様子でそう言い残し、マリエッタはクロスバードのブリーフィングルームを出て行った。

【クーリア】「一体、どういうアプリだったのでしょう…?」
【カンナ】「王女殿下のあの様子を見ると、恐らく国家機密に関わるようなアプリだったんでしょうけど…」
微妙な沈黙に包まれるブリーフィングルーム。しかし、『彼女』だけは頭をフル回転させていた。
【シャーロット】(ここで『銀河の意思』!?いやいやいや落ち着け、王女殿下なんだから何もおかしくはないでしょ、…でもこの状況であのワードがアプリ名ってどういう…っ、この状況ではさすがに動けない…!)

そうこうしているうちに、マリエッタが戻ってきた。先ほどの慌てた様子とは180度異なる、落ち着き払った、まさに『王女』のような足取りで。
【マリエッタ】「…申し訳ありません、取り乱してしまいました。…改めて、皆様にお願いがあります」
そして、そのしっかりとした口ぶりに、改めてクロスバードの面々、そしてシャーロットは姿勢を正す。
【マリエッタ】「姉様の居場所が判明しました。場所は…ここです」
そう説明しながら地図アプリを開いてブリーフィングルームの大きなモニターに投影させる。地図が指示したのは、グロリア首都郊外にある5階建ての小さなビルだった。
【フランツ】「いきなりグレイス王女殿下の居場所が判明とは話の展開が早いですね…先ほどのアプリと何か関連が?」
フランツがさすがに違和感を覚えて疑問を挟む。
【マリエッタ】「関連があることは否定しません。詳細についてはお話しできませんが…」
言葉を濁すマリエッタ。さすがにカンナがフォローする。
【カンナ】「正直とっても気になるけど…一国の王女が他所の国の軍人の卵相手には話せない内容、なんていくらでもあるでしょうし、今重要なのはそこじゃないわ。続けて?」
【マリエッタ】「ありがとうございます。このビルに入っている企業は、共和国のハーラバード家と資本的に繋がりがある、と言われています」

【シャーロット】「ハーラバード家…!」
シャーロットが思わず声をあげる。
【クーリア】「シャロンさん、何か思い当たる節が?」
【シャーロット】「…いや、今日ここに来る途中、偶然クリシアクロスを身に着けてる女を見たのよ。他にも最近ハーラバード家がグロリアの取り込みを狙ってるって噂はよく聞くけど…さすがにそれぐらいは王女殿下も聞いたことあるでしょう?」
【マリエッタ】「ええ、そうですね…ハーラバード家が信仰しているクリシア教の象徴たるクリシアクロス…最近では、ここグロリアでも身に着けている者を見る機会が増えていると聞いています」
【レイラ】「ハーラバード家以外にも最近は広がりだしてる、って聞いたことはありますね…っと、話題が逸れちゃいましたね、続けましょう」

【ゲルト】「でも何で共和国のハーラバードがグレイス王女殿下を?今までの推理と正反対じゃねぇか」
そうゲルトが疑問を呈すが、
【ジャレオ】「確かに謎ではありますが…現実としてハーラバード家の息のかかった場所に王女殿下がいる可能性が高い、という事実がある以上、動くしかないでしょう」
そうジャレオが諭した。

【マリエッタ】「向こうにとっても、恐らく姉様は大事な交渉材料…そんざいな扱いはしていないはずです。クロスバードの皆さんには…姉様を、救い出していただきたいのです。無茶なお願いであることは承知の上ですが…」
【カンナ】「………」
カンナは即答せずに、少し冷静になって考えた。そもそも、いくら自国である同盟にも影響を与える可能性があるとはいえ、ただの士官候補生が他所の国で起こっている争いに首を突っ込む道理はない。
何より、連合と共和国の境界宙域に弾き飛ばされてからおよそ1ヵ月、あと一歩で帰れるというところまで来ているのだ。普通ならば、さっさと帰るのが筋である。

…だがカンナは、いや、クロスバードのクルーは、だからといって、困っている人間を前にして首を横に振れなかった。
【カンナ】「…できる限りのことはやりましょう」
【マリエッタ】「ありがとうございます。極秘裏に話を進めていますし、私は他にやらなければいけないことがあるので、できることは限られますが…最大限の支援をいたします」
【クーリア】「了解しました。後ほど詳細を詰めましょう」

さて、これで話はまとまった…と思いきや、マリエッタは今度はシャーロットの方を向き、こうお願いをした。
【マリエッタ】「それと…シャロンさん、貴方には特別なお願いがあります。別室に来ていただけますか?」
【シャーロット】「え、えぇ、構わないけど…」
シャーロットが彼女の意図も分からずに頷くと、マリエッタはシャーロットを連れてクロスバードから降り、グロリア軍の基地へと戻っていった。


およそ15分後。グロリア軍の基地の一室に対し、マリエッタは厳重に鍵をかけるよう命じ、その中に入っていった。
外側で、警備を命じられた兵士2人がぼやく。
【兵士A】「ったく、あの姫様は何がしたいんだ…さっきはクロスバードから俺たちを追い払っといて、今度は一般市民を連れ込んで厳重に鍵をかけろ?」
【兵士B】「そういえば、例のはぐれ戦艦の艦長も女の子だったよな…?まさか、姫様にそういう趣味が…!?」
【兵士A】「そんなバカみてぇな話、漫画の中だけにしてくれよ、頼むから…」

…もちろん、当の本人は全くそんな気はない。シャーロットを前にして、マリエッタが話を切り出す。
【マリエッタ】「さてと…シャロンさん…いえ、『連合の蒼き流星』、シャーロット=ワーグナーさん…貴方に特別なお願いがあります」
【シャーロット】「バレバレかい!…こりゃもうちょっと変装の練習しといた方が良かったかなぁー…」
ハーラバード家の少女の襲撃に続き、またもあっさり自分の正体を見破られたことに、さすがに苦笑いするしかないシャーロット。
【マリエッタ】「貴方がどんな理由でこのグロリアにいるのかは知りませんが…折角銀河のエースが目の前にいるのです。姉様救出のために、そしてグロリア王国のために、少しだけ骨を折っていただきます。もちろん、それなりの報酬はお付けいたしますわ」
【シャーロット】「…比喩表現ってのは分かってるけど、骨を折るとは物騒ね。…仮に、NOと言ったら?」
【マリエッタ】「その気になれば私たちは、貴方を拘束して、同盟か共和国のいずれかに身柄を引き渡すことも可能であることをお忘れなきよう…と、言っておきましょうかしら?」
【シャーロット】(地味にエグいこと言うねこのお姫様…まぁこの状況だししゃーない、か…)
マリエッタがさらりと脅しをかけるように話を進める。これにはさすがのシャーロットも、首を縦に振らざるをえなかった。

【シャーロット】「…分かった。で、あたしは何をすればいい?」
すると、マリエッタは自らの端末を少し操作して、シャーロットに見せる。
【シャーロット】「こいつは…なるほどね…!」
その画面を見たシャーロットは、ニヤリと笑った。
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第15章:小さな世界の果てで嘘と踊る
 ホップスター  - 21/4/17(土) 0:04 -
  
グロリア首都郊外の、小さなビル。
数日前に、グレイス王女がここに連れ去られたと示された場所。
…の、小さな通気口を進むチャオが1匹。オリトである。


        【第15章 小さな世界の果てで嘘と踊る】


【オリト】(グレイス様はどこだ…!?)
小柄なチャオである身を活かして、ビル内に潜入したのである。
最も、チャオは基本的にはきれいな環境を好む生物であり、本来こういう場所は不得手。
それでもオリトが潜入したのは、自らこういう役目を買って出たからだ。スラム育ちのチャオであるオリトにとって、こんな環境は慣れたものである。

【オリト】(この部屋には…武装した共和国兵が数人…)
そのビルはグロリア王国の共和国系企業、という建前で建っているビルではあるが、中は完全に共和国の諜報基地と化していた。
もちろん、一番の目的はグレイス王女の捜索であるが、敵の状況をある程度把握できるのであれば、それだけで大きなアドバンテージを得ることができる。
オリトは必死に構造と状況を覚える。小さな録画用カメラで録画もしているが、やはり活きた記憶に勝るものはない。

いくつかの部屋を天井裏からチェックしていき、やがてある部屋の近くに辿り着いた。
部屋の中をチェックすると、人が何人か座っている。そして、そのうちの1人の姿が目に入った時、オリトは驚いた。
【オリト】(あれは…!)
思わず声を上げそうになるのを、必死で口を抑えて止める。
先日、オリトとシャーロットを襲った眼鏡の少女がそこにいたのだ。

オリトは音を立てないように深呼吸をし、落ち着かせる。
そして、改めて部屋の中を確認する。眼鏡の少女の他に、同年代と思われる少年が1人と、少し年下、10歳前後と思われる少女が1人、中年の男性が1人の計4人がいる。

オリトが様子を見ていると、少年が少女に声をかけた。
【少年】「パトリシア、ケガはもういいのか?」

【オリト】(パトリシア…あの時シャーロットさんが拾ったクリシアクロスに刻まれた名前!)
オリトはすぐにその名前を思い出す。点と点が繋がり線になる。あのクリシアクロスは本人のもので、パトリシア=ファン=フロージアは彼女の本名であること(仮に本名でなくても、周囲からそう呼ばれていること)はほぼ間違いない。オリトは確信した。
【パトリシア】「脇腹かすったぐらいでぎゃーぎゃー騒ぐなよミッチェル、あんまり自分から言いたくはないがあたしらは試験管生まれなんだぞ?」
それに対しパトリシアに声をかけた少年、ミッチェル=グレンフォードが返事をする。
【ミッチェル】「そうか、なら問題ない。すまなかった」

【オリト】(あのパトリシアって少女は軽傷、話している少年の名前はミッチェル、試験管生まれってことは…元々は研究対象として生まれた…?)
もちろん先ほどの録画用カメラで録音もしているが、改めて内容を自分の中で咀嚼する。でなければ、自分がここに来た意味がない。

次に、彼らを監督する立場にあると思われる中年の男性、アンドリュー=マルティネスが口を挟む。
【アンドリュー】「シャーロットを仕留められれば良かったんだが…まぁ相手が相手だからな。牽制できればそれでいい」
【パトリシア】「あの程度で牽制ができる相手とも思えねぇが…まぁなるようにしかならねぇ、か。そうだろ、エカテリーナ?」
と、パトリシアが話を振ったのが、10歳くらいの少女、エカテリーナ=キースリング。
【エカテリーナ】「ええ、クリシアの神の意思のままに…って、あれ?…パトリシアさん、クリシアクロスは?」
エカテリーナが、パトリシアが普段身に着けているクリシアクロスが無い事に気が付き指摘する。パトリシアは慌てた様子で衣服の中を探し回るが、
【パトリシア】「やべぇ、恐らくあん時に落としちまったかねぇ…シャーロットに拾われてなきゃいいんだがな…本国帰ったら作り直してもらうか…」
すぐに諦めたように探すのをやめた。

…そのクリシアクロスは、すぐそこで隠れているオリトが持っている。さすがにオリトはドキリとしたが、平静になるように努める。

【ミッチェル】「そういえば、カルマンとイズミルは?」
【アンドリュー】「カルマンは4階、イズミルはメグレズで待機だ。この2ヵ所を空ける訳にはいくまい」
【パトリシア】「4階…あぁ、王女殿下か」

【オリト】(4階…!!)
4階。王女殿下。直接見た訳ではないが、オリトはついに決定的なセリフを掴んだ。
それと同時に、彼はビルから撤退することにした。作戦を立案したクーリアとの約束で潜入時間を決めていたのだが、そろそろタイムリミットが近づいていたのだ。


一方、クロスバードのクルーは、そこから数百メートルほど離れた別のビルの一室で待機していた。
【カンナ】「オリト君、本当に大丈夫なのよね…?」
【レイラ】「生体スキャンシステムのハッキングは問題ないはずです。あとは、オリト君の頑張り次第だと思います」
この時代、ある程度のセキュリティが必要な建築物などには、建物全体の生命反応をスキャンできる生体スキャン機能がある場所が多い。この物語の最初、オリトがクロスバードに迷い込んだ際もそれに反応したのが生体スキャンシステムだった。
例に漏れずオリトが潜入したビルにも生体スキャンシステムが備わっているが、レイラはそれをあっさりハッキングして解除してみせたのだ。

【ジェイク】「しかし、敵国のシステムなんてよくハッキングできたな?」
感心しつつ首を傾げるジェイクに、レイラが気持ち小声で説明する。
【レイラ】「ここだけの話なんですけど…魔女艦隊にいた時に、こっそり共和国の暗号システムの一部を覗き見してコピペしたんです。ドゥイエット家系のシステムがハーラバード家系のシステムでも普通に通用するとはさすがに思いませんでしたけども…」
【ジャレオ】「い、いつの間にそんなことを…」
【ゲルト】(地味に恐ろしいなコイツ…)

【ミレア】「…そろそろ、時間、です」
ミレアが時計を見ながらつぶやく。潜入のタイムリミットの時間のことである。
【フランツ】「グレイス王女殿下の居場所は無理でも、最悪ビル内の構造だけでも分かれば大きな収穫なのですが…」
【レイラ】「でもオリト君の性格を考えると、無理して長居しちゃいそうな気がするけど…大丈夫?」
【クーリア】「念のために色々仕込んだり教えたりはしていますが…通信系の機器が一切使えない以上、最終的には彼次第です」
通信に気づかれてバレるのを防ぐため、オリトには通信系の機器は一切持たせていない。小型の録画用カメラも、ジャレオが通信機能を全て取り外した特製のものだ。
【カンナ】「…とにかく、今はオリト君を信じて待つしかないわ」


【パトリシア】「…で、結局これからどうするんだ?グロリアの連中だって馬鹿じゃあるまいし、例の時間までのんびりしてる訳じゃないだろう?」
パトリシアが話を続ける。いかにも続きを聞きたい話題であるが、オリトはぐっと我慢し、音を立てないように引き返す。…ここから先の会話は、オリトは聞いていないし、録音データにも入っていない。

【アンドリュー】「そうだな…パトリシア、カルマンと代わってくれるか?ついでに例の情報について聞き出せるといいが、そっちはまぁ二の次でいい」
【パトリシア】「それは構わねぇが…」
【アンドリュー】「ミッチェルとエカテリーナは今夜を目途にここから「動いて」もらう。D48地区の第6ビルだ…っと、エカテリーナは?」
アンドリューがふと気が付くと、部屋からエカテリーナがいなくなっていた。
【ミッチェル】「理由は解らないが、先ほど部屋から出ていった。動くことに関しては後で私から伝えておこう」
【アンドリュー】「頼むぞ」
ミッチェルの返答に、アンドリューは納得したように軽く回答した。


実際のところ、エカテリーナが部屋から出て行ったのに特に理由は無かった。強いて言えば、「飽きた」というところか。
エカテリーナはまだ11歳である。座って大人(最もミッチェルもパトリシアも18歳なのだが)が小難しい話をしているだけ、というのは飽きるというものだ。

彼女はお気に入りの人形を持ちながら、特に目的も無く廊下を歩く。周囲には誰もいない…はずだった。
…その時、ふと「気配」に気が付いた。
【エカテリーナ】「…誰か、いるの?」
その声に反応するかのように、廊下の天井にあった通気口からガタリと音がし、…1匹のチャオが『落ちてきた』。オリトである。

【エカテリーナ】「…チャオ?」
【オリト】「うわあっ!?」
オリトは想定外の事態にかなり慌てた様子で、意思疎通がすぐにできる状況ではない。ただ、それはエカテリーナも同様。予感があったとはいえ、突然天井からチャオが落ちてきたのだ。互いに冷静な状態ではなかった。

しばらくして、ようやくエカテリーナが尋ねる。
【エカテリーナ】「ま、迷子?」
【オリト】「…え、あ、はい!」
オリトは咄嗟に肯定したものの、パニック状態が収まらず、質問の内容をよく理解しないまま頷いてしまっている。
【エカテリーナ】「…そう。出口はあっち。気を付けて」
と、エカテリーナも親切に出口を教えたが、そんなことをした彼女も冷静ではなかった。そもそもにして、このビルは共和国兵が厳重に警備しており、迷子のチャオが入り込む余裕なんかないはずなのだ。
【オリト】「あ、ありがとうございます!」
オリトも訳が分からないままお礼を述べて、エカテリーナが指した出口の方へまっすぐ歩いていった。

【エカテリーナ】(こんなところに迷子のチャオなんて…あれ?)
ふと彼女が気が付くと、オリトが去っていった床に、光るものが落ちていた。


【オリト】「…オリト、戻りました!」
【カンナ】「!!…お帰り、良くやったわ!!」
戻ってきたオリトの姿を見て、歓声が沸くビルの一室。
【ジャレオ】「早速カメラデータの解析に入ります」
【オリト】「お願いします。直接見た訳ではないんですけど、あのビルにグレイス王女殿下がいるのは間違いないみたいです。そういう会話を聞きました」
そう言いながらオリトは機材をジャレオに渡す。
【クーリア】「…!正直無事に帰ってくるだけでも合格点だと思っていたのですが…」
【カンナ】「オリト君はゆっくり休んどいて!ジャレオとクーリア、レイラは解析をお願い!それが終わり次第、作戦会議に入るわ」
テキパキと話を進めるカンナと、それに従うクロスバードのクルー。だが、その雰囲気を止める人がいた。

【ミレーナ】「…なんかみんな完全にやる気だけど、本当にいいのー?止めるなら今のうちだよ?」
【アネッタ】「え?」
【ミレーナ】「銀河の反対側に飛ばされて彷徨っておよそ1ヵ月、やっと帰れそうってところで他の国の争いに首を突っ込んで…下手すれば命を落とすかもしれないんだよ?」

その疑問に対し、カンナがゆっくりと喋りだした。
【カンナ】「…正直、似たようなことは、ずっと考えてます。…この争いにあたしらが首を突っ込むことがどれだけ無謀か、どれだけ無駄か、どれだけ無意味か…でも、それでも、あたしらは首を突っ込む人でありたい。困ってる者を放っておく訳にはいかない…!」
それは、確固たる決意だった。そしてそれは、クロスバードのクルー全員の意思である。
【ミレーナ】「…そう。そこまで言うなら、もう止めないわよー。その代わり、その後始末をするのが、教師の仕事ってやつなのかねー…」
それを聞いたミレーナ先生は、半分諦めたような笑顔を見せ、ビルの一室を去ろうとする。
【カンナ】「先生…大丈夫です。必ず、全員、生きて戻ってきます」
【ミレーナ】「りょーかい。よろしくねー?」
そう言うと、ミレーナ先生は背中を見せたまま軽く手を振り、歩いて去っていった。


一方、エカテリーナはミッチェルから移動についての話を聞き、その準備のために別の部屋へと移動していた。
そこで、偶然パトリシアとすれ違う。
【パトリシア】「お、エカテリーナか。ミッチェルから話は聞いたか?」
【エカテリーナ】「ええ、D48の第6ビルに移動ですね」
【パトリシア】「あぁ…っと、そういえばお前、あん時何処行ってたんだ?」
【エカテリーナ】「いえ、深い理由は…あ、でも、その途中で見知らぬ迷子のチャオと会いました」
【パトリシア】「迷子のチャオ!?」
パトリシアが面食らったような表情で聞き返す。繰り返しになるが、いくら体格の小さいチャオといえど、警備が厳重なこのビルに偶然迷い込む、なんて話は基本的にある訳がないのだ。
【エカテリーナ】「ええ。それでパトリシアさん、そのチャオが落としていったようなんですが、これを…」
と、ポケットからあるものを出してパトリシアに渡す。
【パトリシア】「これは…!」

…それは、パトリシアの名前が刻まれた、クリシアクロス。
パトリシアは一瞬『何故』と思考を巡らせたが、その回答は1秒ほどで解けた。
【パトリシア】「まずい!!そいつは…敵だ!!!」
思わず叫ぶパトリシア。そう、クリシアクロスを落としたと思われるシャーロットとの戦いの最中にいたチャオ…それが、他でもないオリトなのだ。
【エカテリーナ】「!?」
パトリシアの叫びに思わずたじろぐエカテリーナ。そしてその次の瞬間、ビルを大きな爆発音が襲った。
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第16章:嘲笑い、交差して、そして瞬く
 ホップスター  - 21/4/24(土) 0:03 -
  
グロリア王国首都郊外の小さなビルに、爆発音が響く。
既に周囲は王国軍の協力を得て封鎖しており、邪魔者はいない。
【ゲルト】「っしゃ!突破成功っ!」
ゲルトの仕掛けた爆薬が、ビルの正面ゲートを見事に吹き飛ばす。
【カンナ】「アネッタは隣のビル、ジャレオとレイラ、オリト君は後方待機よろしく!それじゃ…突っ込むわよ!!」
その掛け声と共に、残りのクロスバードクルーが一斉にビルの中へと駆け込んだ。


        【第16章 嘲笑い、交差して、そして瞬く】


【ミッチェル】「敵…!」
【アンドリュー】「んなっ…このタイミングでだと…!」
ビル内の一室にいたアンドリューとミッチェルもさすがに驚きを隠せない。
だが、アンドリューは驚きつつも、別の考えを巡らせていた。先ほどミッチェルとエカテリーナに別のビルへの移動を命じたばかりだが、2人ともまだ移動前である。もし移動後の襲撃であれば、さすがにパトリシアとカルマンだけでは防ぎきれなかったかも知れない。
【アンドリュー】(だが、今は『4人』いる…ラッキーだと思え!)
そう必死に言い聞かせ、個人端末の通信スイッチを入れ、こう叫んだ。
【アンドリュー】『落ち着いて対処しろ!向こうも派手なことはできないはずだ!!』

【パトリシア】「ったく、生体スキャンは仕事してんのかよ!」
廊下でパトリシアも舌打ちをしながら叫ぶ。
生体スキャンシステムは人間に対してはかなり有効であるが、小柄なチャオに対してはまだまだ精度が上がらず、小動物などと間違えてしまう問題が度々発生している。それを逆手に取って、チャオだけの特殊部隊を編成しているという噂がある国や勢力もあるぐらいである。
つまるところ、パトリシアはそれを疑った訳だが、実際にはレイラがハッキングしている。それに気付いた人間は、こちらにはいなかった。

【エカテリーナ】「ごめんなさい、私の不注意のせいで…」
エカテリーナが俯きながら、小声で謝る。
【パトリシア】「後悔は後でたっぷり聞いてやる!連中を迎え撃つのが先だ!」
パトリシアはそれを遮るように軽く怒鳴った後、敵を迎え撃つために廊下を走り出した。

だがエカテリーナは、それを追わなかった。立ち止まったまま、少し考え込む。
【エカテリーナ】(このわずかな時間で襲撃されるっていうことは、敵もそんなに遠くには拠点を置いていないはず…この近くで王国政府系、もしくは王国軍系の建物は…)
と考えていくと、とある小さなビルの存在に思い至った。


【カンナ】「まずはとにかく4階ね…」
慎重に進む一行。迎え撃ってきた敵を確実に光線銃で仕留めながら、とりあえずビルの奥にある階段へと駆け込み、2階へと駆け上がる。
【クーリア】「敵のフィールドですから、十分注意してください…オリト君の証言が確かなら、少なくとも3〜4人は『要注意人物』がいるはずです…」
そうクーリアが話しながら、2階へと駆け上がった瞬間だった。

【パトリシア】「誰が『要注意人物』だって…?」
パトリシアが、光線銃を2丁両手に構えながら歩いてきた。

【カンナ】「来た…っ!」
【クーリア】「特徴的なアンダーリムの眼鏡とミドルヘアー…映像資料と一致、間違いありません!パトリシア=ファン=フロージア!」
【パトリシア】「色々話を聞きたいところだけど…生憎そんな余裕はこっちもないんでね…最初から全力でいかせてもらうよ!!」
そう叫ぶと、パトリシアは全く躊躇せずに、クロスバードのクルーが固まっているところに一気に突っ込もうとする。

…だが次の瞬間、パトリシアはドン、と床を強く踏み、動きを止めた。
その時、彼女の目前を一筋の光の束が斜めに走る。
【カンナ】「アネッタ!」
隣のビルのアネッタからの援護射撃である。すぐに彼女は姿を隠したので、パトリシア側からはもう捉えられない。
【パトリシア】「ちっ…思ったより用意周到だねぇ…」
パトリシアは唸りつつ、隣のビルから狙われない死角へと移動する。

だが逆にカンナは、パトリシアが引き下がる一瞬を見逃さなかった。
【カンナ】「そこっ!」
光線銃を一発。だが惜しくも外れ、パトリシアの顔のすぐ左を掠める。とはいえ、彼女を一瞬怯ませるには十分だった。
その一瞬の間にクロスバードのクルーは全員で一気に走り、パトリシアを出し抜く形で奥の廊下へと消えた。

【パトリシア】「ちぃっ、また不覚を…取るかよ!!」
だがパトリシアはすぐに駆け出し、クロスバードのクルーを追い始める。この建物の構造も、そして敵の目的も分かっている以上、どちらへ向かえばいいかは明白なのだ。
廊下の角を曲がれば、そこが3階へと向かう階段。一気に角を曲がろうとしたその時、本能的に危険を察知し、再び足を止めた。

次の瞬間、白兵戦用の小型ビームセイバーがパトリシアの目前を一閃する。持ち主は、この人。
【クーリア】「さすがに勘がいいですね…」

そのクーリアに向けて、遠くから叫び声がした。
【ゲルト】「クーリア、足止めを買って出た以上は死亡フラグ発動だけはするなよ!!」
それに対し、クーリアもこう叫び返した。
【クーリア】「ご冗談を!そんなお涙頂戴な展開は漫画の中だけだって証明してあげますよ!」

【パトリシア】「はははっ、それじゃあその漫画みたいな展開になってもらいましょうか!!」
それを聞いたパトリシアは、笑いながら2丁の光線銃を乱射してクーリアに襲い掛かる。
【クーリア】(とはいえ、実力では正直到底及びそうにありませんけどね…私の首が吹っ飛ぶ前に皆さんに何とかしてもらうしかないですね)
クーリアはそれを躱したり受けたりしつつ、こう考えながら策を巡らせていた。彼女も一応士官候補生なので多少の白兵戦の心得はあるものの、基本的に頭脳労働担当であり、パトリシアのような『規格外』とマトモにやりあってもまず勝てない。だとすれば、頭を使うしかないのだ。


さて、残りのクルーは一気に3階へと駆け上がろうとする…が、踊り場でカンナがストップをかけた。
【カンナ】(ちょっと待って!…これは、“まずい”わ…)
先ほどのパトリシアよりもさらに強い、かなり危ない気配のようなものを感じ取り、全員を止める。
その次の瞬間、最後尾にいたジェイクが咄嗟に小型ビームセイバーを抜いた。ガキン、と鋭い音。
それに気が付いて他のクルーが振り向いた時には、ジェイクと1人の少年が剣を交えていた。
【フランツ】「いつの間に…!」
【少年】「やはりこれで仕留められるほど甘くはないか…」
【ジェイク】「はっ、随分と舐められたもんだなぁ!」

そしてそのまま、少年とジェイクの斬り合いへと突入した。猛スピードで2本のビームセイバーが舞う。
【カンナ】(気配は前方からだったはずなのに…!)
【ゲルト】(ちょっとこれは手が出せねぇぞ…)
それを呆然と見つめる他のクロスバードクルー。それだけ、この2人が凄すぎたのだ。
そしてそれと同時に、彼女たちは慄いていた。クロスバードのクルーの中で最も白兵戦が得意なジェイクと涼しい顔で互角に渡り合っている少年がいる。
銀河は広い。どこかにそんな人間はいるだろうとは全員薄々感じていたが、実際に相対してみると、呆然とするしかなかった。

そこでジェイクが思わず叫んだ。
【ジェイク】「何ボサっとしてるんだよ!!やること分かってんだろ!!」
【カンナ】「…!」
ハッとするカンナ。…だが、それは「敵」も分かりきっていることである。少年が咄嗟にジェイクから離れ、先頭のカンナに襲い掛かった。
カンナもすぐにビームセイバーを抜いて応戦するが、
【カンナ】(速いっ…!)
さすがに相手が悪すぎる、と思った瞬間、ジェイクが少年に追いつき、再びジェイクと少年の1対1になる。
カンナと他のクルーはそのスキに距離を取り、階段を駆け上がった。

【ジェイク】「さぁてと…まだ名前を聞いてなかったな…」
2人しかいなくなった踊り場で、ジェイクは静かに喋る。
【少年】「わざわざ戦場で殺す相手の名前を聞く必要性があるのか?」
少年はそう返し、軽く首を傾げる。
【ジェイク】「必要性が無くとも聞きたくなるのが人間ってもんなんだよ、分かんねぇかなぁ?」
ジェイクがそう答える間にも、少年が斬りかかり、ジェイクが応戦する。以下は、斬り合いながらの会話である。
【少年】「申し訳ないが、そういう機敏はあまり分からなくてな…そもそも、機密事項に関わる可能性だってあるだろう?」
【ジェイク】「あー、そういう手合いか…なら、まぁ、無理にとは…言わねぇっ!」
するとジェイクは一気に距離を詰めた。手を伸ばせば触れるほどの近さ。少年も当然対応するが、そこがジェイクの狙いだった。
わずかに少年の剣が右に流れた瞬間を狙い、
【ジェイク】「てえぇいっ!」
一撃。虚を突かれた少年は対応が遅れ、右肩に軽く切り傷ができた。
【少年】「…!!」

すぐに立て直すが、さすがに驚いた顔をする少年。しばらくして、ゆっくりと喋りだした。
【少年】「…前言撤回だ。興味が湧いた。名前を聞こう…」
その問いかけに対し、ジェイクが堂々と答える。
【ジェイク】「惑星同盟、アレグリオ士官学校所属士官候補生、ジェイク=カデンツァ!」
そしてそれに返事をするように、少年も自らの名を名乗った。
【少年】「宇宙共和国ハーラバード家所属第21特務小隊、通称『シグマ小隊』隊長…ミッチェル=グレンフォード。少尉だ」


一方、後方支援組。
【ジャレオ】「皆さんの動きはどうですか?」
【レイラ】「ジェイクの動きが止まりました。恐らくクーリアに続いて交戦に入ったと思われます」
そこにクーリアを支援しているアネッタからの通信が飛び込む。
【アネッタ】『あのパトリシアって敵の女の子…ハッキリ言って尋常じゃないわ。クーリアがまずいかも知れない…!』
【ジャレオ】「艦長、皆さん、急いでください…!」

【オリト】「…大丈夫、なんですよね…?」
オリトが心配そうに話しかけた、その時だった。
建物のドアの方から轟音がしてドアが崩れ落ちる。
驚いて2人と1匹が振り向くと、そこには―――

【少女】「やはり、ここでしたか…」
まだ10歳ぐらいの幼さの残る少女が、左手で人形を抱えたまま立っていた。

【レイラ】「お、女の子…?」
【ジャレオ】「迷子…ですか?」
状況が飲み込めない2人だが、『1匹』はこの状況を把握していた。
【オリト】「気を付けてください!!…あの子、『敵』です!!」
…そう、そこにいる少女は、他でもない、先ほど共和国のビルで出会った少女、エカテリーナ=キースリングその子である。

オリトが叫んだ次の瞬間、エカテリーナは右手で素早く光線銃を抜き、一発撃ち込む。
レイラとジャレオはオリトの叫びに素早く反応したため回避したが、その光線は通信機器を撃ち抜いた。
【レイラ】「こんな子が…?嘘でしょう…!?」
【オリト】「間違いないです。あのビルで見かけました!」
オリトがそう断言する。ついでに言うと、オリトが潜入時に撮影した映像にもしっかりと彼女の姿が映っており、それはレイラもジャレオも確認している。それでも、俄かには信じ難い。
【ジャレオ】「多少、いえかなり躊躇しますが…これも戦争ということですか…!」
ジャレオは少し逡巡しつつも、小型ビームセイバーを抜いた。


さて、カンナを始めとする残りのメンバー4人(カンナ、ゲルト、フランツ、ミレア)は、ついに4階の、厳重に鍵がかかった一室に辿り着いた。
息を押し殺しながら、会話する。
【カンナ】(鍵はかかっているけど…恐らく当初は『そういうこと』を想定していない部屋のようね。ゲルト、いけるかしら?)
【ゲルト】(これぐらいなら手持ちで恐らくいけるだろう。2分だけ時間をくれ)
【カンナ】(オッケー、頼むわよ)

するとゲルトは、慣れた手つきで音を立てないように扉の周囲に小型の爆薬を複数セットする。
【ゲルト】(この辺りなら爆風をあまり受けずに、爆破直後に突入が可能だ。艦長、ここで待機してくれ。あとは…頼んだ)
【カンナ】(ええ。みんなもすぐについて来れるようにしてね)
やがてカンナをはじめ、全員が所定の位置につく。それを確認したゲルトが、左手で合図をし、右手でスイッチを押した。

鼓膜に発破音が響いた次の瞬間、カンナは耳栓を手早く抜きつつ、ドアを蹴破ってその部屋に突入した。
【カンナ】「グレイス女王殿下!!」

…その部屋には、ベッドの上で座っているグレイスと、その横に1人の少年がいた。
【少年】「やれやれ、来ちまったか…」
少年は半ば諦めたような表情でカンナを見る。そして、ベッドのグレイスがこう続けた。

【グレイス】「ようこそいらっしゃいました。お噂はかねがね聞いていますよ、銀河の漂流者である同盟の士官候補生さん?」
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第17章:深淵の爪先で踊る人形達よ
 ホップスター  - 21/5/1(土) 0:06 -
  
銃声と轟音が時折響くビルの中で、Σ小隊の上官であるアンドリュー=マルティネスは1人考え込んでいた。
【アンドリュー】(状況はかなり良くねぇ…恐らく作戦は失敗だろう…元々リスクの方が高いような作戦だったから想定内ではあるんだが…)
そもそもグロリアは中立国であり、その王女を誘拐するというのは、冷静に考えると無謀と言うしかない作戦である。
だが成功さえすれば、この永遠に続くのではとすら感じさせる銀河の戦争を、自らの手で終わらせることも不可能ではないはずなのだ。
【アンドリュー】(だからせめて…断片的な情報だけでも…!)
そう決意するとアンドリューは歩き出した。向かうは、4階。


        【第17章 深淵の爪先で踊る人形達よ】


【カンナ】「グレイス王女殿下!大丈夫ですか!?」
カンナが叫ぶ。
【グレイス】「落ち着いてください、カンナ=レヴォルタ艦長?幸い私はこの通り、傷一つありません」
攫われた身でありながら、グレイスは至って冷静だった。それに対し、逆に混乱するのはX組の方になる。
【フランツ】「何故王女殿下が…艦長の名前を…!?」
フランツのその疑問に対し、隣にいた少年が答えた。
【少年】「俺は詳しいことは知らねぇが…お前さん達、とっくに銀河の有名人らしいぞ?」
【グレイス】「そして貴方達がここグロリアにいるという話は聞いていましたから…あとはこう、点と線を繋げれば…ね?」
そう言いグレイスはニコリと笑った。

【ゲルト】(いやいやいや、俺らが有名人なのは何となく解ってたが、どうやって点と線を繋げりゃ俺らがここに助けに来たって分かるんだよ!!)
ゲルトが心中で狼狽する。その間に、グレイスの隣にいた少年が自己紹介をした。
【少年】「…おっと、自己紹介が遅れた。俺はカルマン=マイトリンガー。共和国のハーラバード家の人間だ。思いっきり要約すると、王女様を攫った犯人ってことだな!」
【グレイス】「カルマンさん、その表現は適切ではありませんよ。1人で攫った訳ではないでしょう?攫った犯人の一味、といったところでしょうか」
【カルマン】「成程、そうだな。ではそう改めるとしようか」

…本当にこの会話が、誘拐犯とその被害者の会話なのだろうか。突入したX組の面々は唖然としていた。それに対し、グレイスは容赦なく疑問をぶつける。
【グレイス】「…どうしたのです?私を助けに来たのではなかったのですか?」
【カンナ】「いや…そうなんだけど…なんというか、そちらがそういう調子だと…ねぇ?」
さすがに回答に窮するカンナ。それに対し、ミレアが耳打ちをする。
【ミレア】(艦長…ひょっとして、グレイス王女は…彼らと…?)
ミレアは元々グレイスは彼らに協力していたのではないか、と勘繰ったのだ。それを聞いたカンナは少し考え込む。

すると、その様子を見て察したグレイスが、さらに言葉を続けた。
【グレイス】「あぁ、いえ、さすがに離宮に突入してきた時はかなり動転しましたが…つまるところ、私には自力で脱出する力はないですし、彼らも私に危害を加えるメリットはありませんから…利害の一致、というものです」

そこまでグレイスが喋ったところで、その部屋に1人の男が入ってきた。アンドリューである。
【アンドリュー】「取り込み中のところ済まない。…ちょっといいか?」
【カンナ】「!?」
カンナは咄嗟にアンドリューの方に銃口を向ける。それを見たアンドリューは、軽く両手を挙げてこう答えた。
【アンドリュー】「おおっと、悪い悪い。銀河の漂流者御一行様もいるんだったな。俺はアンドリュー=マルティネス。そいつの上官ってとこだ」
さらにアンドリューはカルマンの方に目線をやりつつ、こう続ける。
【アンドリュー】「さっきグレイス王女から聞いたと思うが…俺達も彼女に危害を加えるメリットはないんだ。この場でドンパチするのは互いに不味いとは思わねぇか?」
【フランツ】「では何故こんなリスクの高い真似を…?」
それに対して、フランツが『そもそも』の疑問を投げかける。アンドリューは少し考えて、こう返した。

【アンドリュー】「そうだなぁ…そいつぁ機密事項なんで同盟さんには答えられない…っていうのが筋なんだが、それじゃお前さん達は納得しねぇだろう」
【フランツ】「大方の予想は付きますけどね…グロリアの後継者問題を共和国に有利に働かせるために…」
フランツがそう喋るところを、アンドリューが遮る。
【アンドリュー】「それもあるが、それだけだとテストの答案としては50点だ。それだけじゃこれだけのリスクをかける理由にはならねぇ」
【ミレア】「残り…50点とは…?」
そのミレアの疑問に対して、アンドリューは少し悩みつつこう提案した。
【アンドリュー】「…そうだなぁ、教えてやってもいいが…俺たちを見逃すのが条件だ。さすがに異国で死にたくはないんでね。もちろん王女殿下はそちらに引き渡す」

アンドリューが突き付けた『条件』に、ゲルトが怒る。
【ゲルト】「こんな場で取引だと!?」
【アンドリュー】「もちろん飲む、飲まないはそちらの自由だがね。飲んでくれたら『頑張ったけど取り逃しました』ぐらいの口裏は合わせてやるよ。逆に断るんだったら、不本意だが…上手いこと王女殿下を安全な所に退避させた後で、思う存分殺し合おうじゃないか」

その話を聞いてカンナは数秒の間考え込む。…そして、結論を出した。
【カンナ】「…分かったわ。脱出後、速やかに共和国勢力圏内まで退避するのが条件よ」
【アンドリュー】「それで構わねぇ。元よりこれ以上長居するリスクはこっちとしても避けたいんでね」


【ジャレオ】「くっ…!」
一方、エカテリーナと交戦するジャレオ。彼の本業はメカニックであり、クーリアと同様、白兵戦の心得はあるが『本業』ではない。
【レイラ】「この子、強い…!」
そしてその横でオリトを守りながら、戦況を見つめるレイラ。エカテリーナの人間とは思えない速さ、そして強さに思わず言葉がこぼれる。
【レイラ】(クーリアと戦ってるパトリシアって女の子もアネッタが『尋常じゃない』って言ってた…さっきのジェイクの動きも、ジェイクがそれだけの対応をしなければならない相手ってことよね…ある程度は想定していたつもりだったけど、いくらなんでも一人一人が常軌を逸してる…!)
自分と同年代であれば、仲間内にジェイクがいるので『銀河って広いんだな』という一言で片付けることもできる。だが、今自分の眼前にいる少女、エカテリーナはどうみてもまだ10歳前後。レイラが疑問を浮かべるのも無理はなかった。

【オリト】「レイラさん…どうしたんですか?」
思案を巡らせるレイラに対して、オリトが尋ねる。
【レイラ】「今回の敵…何か、あるわ…!」

と、その時だった。
再び部屋を轟音が響き渡る。先ほど、エカテリーナが部屋に突撃した時とは違う種類の轟音。例えるなら、超音速の戦闘機がすぐ横を通過したような音。
【レイラ】「!?」
その轟音でしばらく全員が動きを止めるが、収まった頃にエカテリーナがぽつりと呟いた。
【エカテリーナ】「来たのね…」
言い終わるや否や、再びジャレオと剣を交える。一方、その言葉に連られて、レイラは思わず近くの窓から外を見た。…すると見慣れぬ人型兵器が1機、かなりのスピードで飛び去っていくのが見えた。
【レイラ】(あれは…?)


…それは、共和国・ハーラバード家所有の人型兵器、RDF7-004『カノープス』。
乗っているのは、イズミル=グヴェンソンという少年。彼もまた、Σ小隊所属である。
【イズミル】「いくつか想定外の事象はあったみたいだが…俺が全て片付けてやるさ!!」
グロリア領内で共和国の人型兵器が堂々と突撃する。当然ながられっきとした領土侵犯であるが、ちょうどグレイス王女誘拐で王国軍は混乱の最中にあり、止める者はいなかった。

やがてカノープスは、クロスバードのクルーとΣ小隊が戦っているビルの前で動きを止めた。
【イズミル】「っと、着いたな…人の気配がしねぇが…」
そう呟きながら、カノープスのビームライフルを抜き、ビルに向かって構えさせる。
そのビルの中にはクロスバードのクルーだけでなく、グレイス王女や味方であるはずのアンドリュー、ミッチェル、パトリシア、カルマンもいるのだが、彼はお構いなしだった。
【イズミル】「うまいこと敵だけ吹っ飛んでくれよ…!」
そう身勝手な願いを唱えると、ビームライフルに光が灯る。あとは発射ボタンを押すだけの、その時だった。

左方向から猛スピードで突入した別の機体が一閃し、そのビームライフルを弾き飛ばす。
【イズミル】「!?」

イズミルの目前に現れた白い機体。
カノープスのモニターには、「Unknown」の文字が示されていた。
【イズミル】「アンノウンだと…?だが、この系統は…」
未知の機体ではあるが、その形状やエンジン音などからある程度推測はできる。その結論が、これ。
【イズミル】「グロリアの新型か…!」
さすがに自分の邪魔をしてきた機体を無視する訳にはいかず、イズミルはビームセイバーを抜き、その機体と交戦する。


話をまとめた後、アンドリューは軽くため息をした後、こう語りだした。
【アンドリュー】「お前さん達がどこまで知ってるかは分からねぇが…グロリアの王族は、代々『この銀河の鍵を握る重要な秘密』を口伝しているっていう噂がある。簡単に言えば、その秘密を聞き出す為だ」
【ミレア】「秘密を…聞き出す為に…?」
【アンドリュー】「実際、ただの噂なのかも知れねぇし、あるいは本当だったとしても内容的には大したもんじゃないのかも知れねぇ。…だが、俺たち共和国と同じようにグロリアと国境を接する同盟のお前さん達から見て、おかしいとは思わねぇか?」
【ゲルト】「おかしい…?」

【アンドリュー】「例えば、国力を計る指標はいくつかあるが…まぁシンプルなところでいくと、グロリアの人口は共和国や同盟の10分の1以下だ。それなのに、共和国と同盟に挟まれた地理状況で、なぜ今の今まで中立を保ってこれた?」
【フランツ】「それは同盟と共和国の緩衝国になっているからでしょう?歴史的にも大国に挟まれた小国が緩衝国となり独立を保った事例が数多くあります」
【アンドリュー】「それもあるだろうが…それだけが理由だとはとても思えねぇ。…そうだなぁ、数ヵ月前に公表されたグロリアの人型兵器の新型、知ってるか?」
【ゲルト】「…えっと確か、GHHS-4000、ハダルだったか?」
【アンドリュー】「あくまでも噂だが…あれのスペック、我々のプロキオンや同盟のアンタレスやアルタイルに並ぶか、それ以上だって話もある。…小国だから配備数は少なくて済むかも知れねぇが、そんな高性能機を開発して大量生産するなんて芸当、グロリアの国力で本当にできるのか?」
【カンナ】「確かにあのニュースを聞いた時は少し驚いたわね。3大勢力のどっかが裏で技術供与でもしてるんじゃないかって噂もあったけど…」
【アンドリュー】「技術供与するったって、さすがに供与先に自国の戦力以上の能力を持った機体を開発させるなんて阿呆は居ねぇだろう。…他にも色々あるがつまり、何か俺たちの知らない『秘密』があるんじゃないか、ってのが、ウチの上層部のご判断ってやつだ」
【カンナ】「なるほどね…」


一方、イズミルが駆るカノープスとグロリアの新型の激突は、思わぬ方向へと進んでいた。
【イズミル】「い、いくらなんでも速過ぎる…!!」
カノープスはスピードを重視して設計・建造された、イズミル専用のカスタムモデルなのだが、そのカノープスがスピードで押されているのだ。

【イズミル】「機体性能がいいのは勿論だが…恐らくパイロットが…」
新型の攻撃を受けながら、必死に思考を巡らせるイズミル。そして必死で考えた末、99.99%有り得ないはずの、『まさか』という結論を弾き出した。
【イズミル】「この戦闘パターンは…いや、そんな馬鹿なことが…あってたまるか…!!」

彼は「そのパイロット」と直接対峙した経験はないが、映像なら何度も見ているし、その動きを再現したシミュレーターとも何度も戦っている。
信じたくはないが、口にするのも憚られるが、今自らの目の前でグロリアの新型に乗っているであろうパイロットとそのパターンが酷似しているのだ。

イズミルは決心したように、その『悪魔の名前』を口にした。
【イズミル】「シャーロット=ワーグナー…!!」
しかし、銀河中の誰もが知っている通り、シャーロット=ワーグナーは連合のエースパイロットである。それが連合から遠く離れたこのグロリアで、王国軍の新型に乗って現れることなど、99.99%有り得ない。
最も実際のところは、彼女は先日生身でパトリシアと交戦していた訳で、上官であるアンドリュー達は彼女がグロリアにいることを知っていたが、別行動だったイズミルはそれを知らなかった。それが、ある意味彼にとって悲劇だったとも言える。

とにかく、現実は、残りの0.01%であった。
【シャーロット】「いいねぇ、この新型!レスポンスと機動性が抜群ね!レグルスにも劣らない!グロリア小国と侮るなかれ、ってか?」
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第18章:その寓話のあっけない終焉
 ホップスター  - 21/5/8(土) 0:04 -
  
アンドリューの話を黙って聞いていたカルマンがこう切り出した。
【カルマン】「…で、王女様、実際のところは…どうなんだ?何か知ってるのか?」
そうグレイスに向かって問いかける。それに対し、グレイス王女はこう首を振った。
【グレイス】「残念ながら、私は何も…」
【アンドリュー】「…ま、こういう訳でその目論見は外れた訳だがな」


        【第18章 その寓話のあっけない終焉】


…ところが、そこでグレイス王女が何かを思いついたように語りだした。
【グレイス】「あぁ、そういえば…1年ほど前でしたか、用事があって車椅子で父の部屋に入った際に、父が何やら1人で呟いてたことがあります。その時は『何を言っているのだろう』と思ったのですが、今から思えば…」
【カルマン】「何を言ったのか覚えてるのか?」
【グレイス】「小声だったので全て聞き取れた訳ではないのですが…『銀河の意思』というフレーズだけはハッキリと耳に残っています」
【カンナ】「銀河の意思…!?」

銀河の意思。そのフレーズに、カンナが思わず反応した。
先日、マリエッタ王女が個人端末にその名を冠したアプリをダウンロードして、急にグレイス王女の居場所が分かったのを彼女は目にしている。
(最も、カンナが確認できたのはアプリ名までであり、何をしているのかまでは分からなかったのだが)

【アンドリュー】「ほう、『銀河の意思』ねぇ…それはまたご大層なフレーズだな」
【カンナ】「そういえば、マリエッタ王女殿下の個人端末にも…」
【グレイス】「マリエッタに…?」
グレイスが思わず反応する。
【カンナ】「ええ、本人も驚いていたようだけど…」
カンナがその時の状況を説明する。

【グレイス】「なるほど…父上が何か知っている可能性が高いですね…」
そう言いグレイスが自らの個人端末を取り出すも、何も表示させないまま少し考え込む。

ところがその時、突然グレイス王女の個人端末が起動し、ある動画の再生が始まった。
【グレイス】「!?」
動画に映し出されたのは、グロリアの女性ニュースキャスター。
【キャスター】『臨時ニュースをお知らせいたします。
        間もなく、マリエッタ第二王女殿下より、王位継承について重大なお知らせがあると王室より発表されました。
        なお、本ニュースはグロリア全国民にいち早く伝えたいとのマリエッタ王女殿下たっての要望により、現在グロリア国内に存在する個人端末全てに生中継にて配信し、自動で再生させていただきます。繰り返します…』

【グレイス】「マリエッタ!?」
そのニュースに、その場にいた全員が驚いた。
間もなくして、カンナやゲルトなどクロスバードの他メンバー、そしてカルマンやアンドリューの個人端末も同様の動画の再生が始まった。
【アンドリュー】「現在グロリアに存在する個人端末全てにニュースを強制再生、か…地味にエグいなこの国は…」

その後、2回ほどキャスターが同様のお知らせを繰り返した後、カメラが切り替えられ、王室内の一室と思われる場所でマイクを向けられて座っているマリエッタ王女が映し出された。

【マリエッタ】『グロリア国民の皆様、このような形で突然皆様の端末をお借りすることになり、大変申し訳ございません。
        ですが、現在グロリアで起きていること、そしてこれから起きようとしていることについて、国民の皆様に正しくお知らせする義務があると思い、このような形を取らせて頂きました』

【マリエッタ】『まず、現在病気療養中である父…ジェームズ4世国王陛下について、私よりお知らせさせていただきます。
        医師団は最善を尽くしていますが…正直、あまりよくない状況であり、近いうちに万が一のことも覚悟しなければならない、と伺っております。
        父や周囲の平穏を保つため、これまで報道機関にはなるべく取材を控えるように通達させて頂いていましたが、結果的に国民の皆様に真実を隠す結果となってしまい、大変申し訳なく思っております。
        なお、病状の詳細につきましては、後ほど王室庁より公式に発表させていただきます。今しばらく、お待ちいただきますようお願いいたします』

【マリエッタ】『続いて、一部で報じられている、姉…グレイス第一王女殿下についても、大事なお知らせとお願いがあります。
        結論から申し上げますと、姉が何者かに誘拐された、という報道そのものは事実であります。
        こちらにつきましても、国民の皆様の混乱を招くこと、及びその影響により姉の身に危害が及ぶことを危惧し、報道機関への通達をこれまで控えていました。重ねてお詫び申し上げます』


そこまで話して、マリエッタ王女は一度、深く頭を下げた。
カンナやグレイス達はもちろん、ジェイクとミッチェル、クーリアやアネッタとパトリシア、オリト達とエカテリーナ、そしてシャーロットとイズミル。その場で交戦していた全員が手を止め、放送に見入っている。
それは、グロリア国民ほぼ全員が、同じ状況であった。


【マリエッタ】『ですが、こちらにつきましては、外部からの協力者の尽力もあり、現在、救出作戦が進行中です。
        危害が及ぶ可能性を考慮し、救出作戦の詳細については現時点ではお話できませんが、『外部からの協力者』についてこの場で説明させていただきます』


【ゲルト】「救出作戦の外部からの協力者って…」
【カンナ】「あたしら以外に誰が…っていうか、ここで明かすの王女殿下!?」
このタイミングで自分たちの存在を公表することについて、さすがのカンナも動揺を隠せない。
これはマリエッタ王女の独断なのか、それとも同盟軍の担当者との交渉の末なのか―――『当事者』である自分たちが不在の中でこの判断が行われたことについて、必死に考えを巡らせるが、そうこうしているうちにマリエッタのスピーチは続く。


【マリエッタ】『1ヵ月ほど前より行方不明となっております、惑星同盟軍の士官候補生が搭乗していた練習艦『クロスバード』…皆様も各種報道などで一度は聞いたことがあるかと思います。
        彼女たちは超光速航行時のトラブルにより、予期せずグロリア領内の宙域を漂流していたところをグロリア軍艦が極秘裏に保護しておりました。
        同盟軍側との身柄引き渡し交渉がようやく終わり、近日中に公表させていただく予定だったのですが、姉の誘拐事件の発生に伴い、彼女たちが公表されていない自分たちの立場でできることはないか、と協力の申し出があり、共同で救出作戦にあたっているところです』

【マリエッタ】『なお、救出作戦につきましては、姉の救出が確認され次第、速やかに国民の皆様にお知らせいたします。
        父の回復と共に、姉の無事を、国民の皆様と共に祈りたいと思います』

【マリエッタ】『さて、この度の一連の出来事につきまして…元々は、私と姉による王位継承問題が原因であることは否定できません。
        この事実に対し、家族一同、非常に責任を痛感すると共に、心を痛めております。
        これに際し、父は病床の身ではありますが、ある決断をするに至りました。…以下、私が代読させていただきます』

…そこで、マリエッタは一呼吸置いて、以下の一文を読み上げた。

『私の次の王位について、三女であるソフィアを推薦する』


その一言で、グロリアの全国民がどよめいた、といっても過言ではなかっただろう。
それは当然、特にこの一室で大きかった。
【アンドリュー】「…そうきやがったか…!!」
アンドリューは『やられた』という表情でその言葉を口に出す。

…だが、逆にクロスバード側の面々はいまいち状況を飲み込めていなかった
【フランツ】「次の王位にアンヌ様でもマリエッタ様でもなく…三女のソフィア様を推薦…!」
【ミレア】「…でも、グロリアは、選挙王制、だから、国王が、推薦、しようが、関係、ないんじゃ…?」
そのミレアの疑問に、アンドリューが答える。
【アンドリュー】「ああ、本来なら『関係ない』かも知れねぇ…
         だが、いくら立憲君主制だからといって、自分の家の跡継ぎに関する国王の意向を国家が無視する訳にはいかねぇ!そこを敢えて突いたんだよ、あの姫様は…」
【ゲルト】「でもそれこそ国民の意思を無視してるんじゃねぇのか!?」
【アンドリュー】「王様1人の意思を汲めねぇんじゃ、何の為の立憲君主制だよ!」
そのアンドリューの言葉に、さすがのゲルトも黙ってしまった。

【アンドリュー】「…悪いな、言葉がきつくなっちまった。でも、こういうのは、同盟の連中には分からねぇかも知れねぇな…」
共和国はその名とは裏腹に、敢えて『4大宗家による支配』を認めている。そういう意味では、規模や内容こそ違えど、グロリアと近いものがある。逆に言えば、だからこそアンドリューはこの発言の重大さを理解できたのであるし、君主のいない民主制である同盟出身のゲルトには分からなかったのだ。


アンドリューは改めて、今度はカルマンの方に向かいこう命令する。
【アンドリュー】「…とにかく、こうなっちまった以上、俺たちがここにいる大義名分がなくなっちまった…
         って訳で、カルマン、撤収だ!全員に伝えろ!」
【カルマン】「了解!」

かくしてカルマンから、ミッチェル、パトリシア、エカテリーナ、そしてイズミルに対し撤収命令が下った。
続いてアンドリューはこの場の後始末を始める。まずはグレイス王女の解放である。
【アンドリュー】「悪かったな、グレイス王女殿下。こんなことに巻き込んじまって」
【グレイス】「いえ、こちらこそ、そちらが望むような情報を持っておらず、申し訳ありませんでした」
と、自らを攫った相手に対して謝るグレイス王女。
アンドリューはばつが悪そうにしながらも、今度はカンナの方を向いて話を続ける。

【アンドリュー】「…クロスバードのカンナといったか。グレイス王女殿下を頼めるか?」
【カンナ】「元よりそのつもりよ。さすがにこんな展開は想定外だけどね」
【アンドリュー】「それじゃあまぁ…戦場以外の場所で、また会えることを祈るぜ」
そう言い残すと、カルマンと共に部屋を出ていった。


『敵』のいなくなった一室で、カンナは改めてグレイス王女に対して頭を下げる。
【カンナ】「それでは、グレイス王女殿下…参りましょうか」
【グレイス】「…ええ、そうですね」
そう頷いたグレイス王女は、どこか寂しげだった。
ひょっとしたら、王室の人間、しかも病弱なグレイス王女にとっては、拉致という形とはいえ、見知らぬ人と見知らぬ場所で話すのは、とても新鮮だったのかも知れない。
あるいは、先ほどのマリエッタ王女の演説により、彼女自身が女王になるという可能性がほぼ完全に閉ざされたことに、一抹の悲しさを覚えたのかも知れない。
…カンナはそんな可能性を少し考えたが、かといって、これ以上グレイス王女をこのままにする訳にもいかなかった。


その頃、エカテリーナが襲撃した、X組が拠点としていたビル。
エカテリーナも撤収命令を受け、剣を収める。
【エカテリーナ】「…撤収ですか。この状況では仕方ありませんね…」
そうつぶやくと、彼女は特に未練もない様子で、すぐに部屋から姿を消した。

エカテリーナの猛攻を必死で受け止めていたジャレオは、まさに「命拾いした」という表情。それは、その場に居合わせたレイラとオリトも同じだった。
【レイラ】(た、助かった…)
しかし、『これで終わり』ではない。レイラはすぐに気持ちを切り替え、手持ちの個人端末で他のX組メンバーと接触を試みる。
【レイラ】「みんな、大丈夫!?」
【カンナ】『ええ、グレイス王女殿下も無事よ!』
【クーリア】『こちらは何とか生きてます…さすがに死ぬかと思いましたよ』
【ジェイク】『しっかしあんだけ強ぇ奴は初めてだ…銀河ってのは広いもんだなぁ』
とりあえず、全員無事のようである。レイラはひとまず安堵した。


レイラがメンバーと連絡を取る一方、ジャレオも剣を収めて1つ深いため息をすると、すぐにエカテリーナの襲撃で壊れた通信端末のチェックを始めている。
…そこで手持ち無沙汰になったオリトだけが、マリエッタ王女の『放送の続き』を聞いていた。
この場のジャレオとレイラ以外のX組のメンバーも、連絡や撤収のためそれどころではなかった。

【マリエッタ】『また、この度の一連の騒動の責任を取り…
        私、マリエッタ=ネーブルは、王位継承権の放棄、及び王家からの離脱を宣言いたします。
        これからは、一グロリア国民として、この国の未来に貢献していきたいと思います』

という内容を、X組のメンバーで唯一、オリトだけが聞いていた。
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第19章:意思はまだ、彼方にありて動かず
 ホップスター  - 21/5/15(土) 0:03 -
  
アンドリューの撤退命令で一番安堵したのは、グレイス王女やカンナ達でも、オリトやジャレオ、レイラでも、そしてクーリアやアネッタでもなく、他でもないこの人だった。
【イズミル】「撤退命令…!これで助かる…っ!!」
イズミルは撤退命令を受けて、真っ先に逃げるように撤収。いくらなんでも相手が悪すぎた。


        【第19章 意思はまだ、彼方にありて動かず】


シャーロットはイズミルを無理に追うことはしなかった。グロリアという異国の地で、借り物の機体である以上、余計なことはすべきではなかった。
【シャーロット】「ちっ、久しぶりに骨のある奴だったんだけど…まぁしゃーないか。
         こんだけ新型の戦闘データ取れれば向こうさんも満足してくれるでしょ、そろそろ返しにいくか…
         しっかし、これ表にバレたら確実にグロリアがひっくり返るのに、よくやるわねぇ」
マリエッタ王女はあの時、シャーロットに対しグロリアの新型人型兵器の戦闘テストを頼んだのだ。
その見返りは、「シャーロットが乗るグロリアの新型人型兵器の機体データ」。
グロリア側としても新型の貴重な実戦データを手に入れた上に、グレイス王女の救出の力になってくれるのだから、悪い話ではなかったという訳だ。
(最もこれには、グロリアが同盟と共和国に挟まれた位置にあり、シャーロットが所属する連合とは国境を接していないという地理的理由もあるのだが)

【シャーロット】「ま、あとはあのはぐれ同盟戦艦の皆さんが何とかしてくれるでしょ。
         …こっちも大義名分失くしちゃったし、さっさと連合に帰るとしますかね。…あー、大統領の渋い顔が目に浮かぶっと」
シャーロットはそんな感じの独り言を喋りながら、自らもこの場から撤収した。


【マリエッタ】「お姉様!!」
【グレイス】「マリエッタ!よくやりましたね…!」
再会した姉妹が抱き合う。それは、銀河中どこにでもいる、ごく普通の姉妹の姿だった。

【グレイス】「そういえば、ソフィアは?」
【マリエッタ】「政府の方と一連の事件への対応にあたっています。少し休んでこちらに来るように勧めたのですが、『私は後でいいから』といって聞きませんでした」
【グレイス】「ソフィアらしいわね。後で彼女もねぎらってあげないと…っ!」
そこで、グレイス王女が少しふらついた。元々病弱の身であり、アンドリューはかなり丁重に扱ったとはいえ、やはり一連の事件による心身の負担は相当なものである。
【マリエッタ】「お姉様!?もういいですから、ゆっくりしてください!そちらにベッドを用意してますので!」
【グレイス】「悪いわね。さすがにちょっと…眠く…」
【マリエッタ】「って、ちょっと、お姉様!?」
なんとマリエッタに抱きつくような状態で、そのまま目を閉じてしまった。
【マリエッタ】「仕方ありませんわね…よいしょっと」
マリエッタが何とかベッドまで運び、グレイス王女を楽な姿勢で寝かせる。その瞬間、とてつもない寂しさがこみ上げてきた。王家から離れるということは、つまりグレイス王女とも離れるということなのだ。
それが、自らに課した決断であり、今回の事件の責任である。改めて、それを痛感していた。


一方、撤収したハーラバード家のΣ小隊も、グロリア王国の宇宙港付近で再会した。
【アンドリュー】「…よし、全員揃ったな」
【ミッチェル】「ああ、問題ない」
【カルマン】「…しっかし、見事に失敗したなぁ、任務!まさか姫様が土壇場であの決断をするとは!」
【パトリシア】「声が大きいぞカルマン!」
笑いながら話すカルマンに対し、パトリシアが小声で諫める。
【カルマン】「おっと、すまんすまん」

それを受けるように、アンドリューが話を続ける。
【アンドリュー】「ま、全員無事なんだ。どうにでもなるさ。差し当たっては俺が上の連中に怒鳴られるだろうが、それだけで済むんだからな。それに、意外と収穫も少なくなかったしな」
【イズミル】「…俺だけやられ損じゃねぇかよ…あの悪魔めが…!」
それに対し、イズミルが舌打ちをしながらシャーロットに対して悪態をつく。彼からしたらたまったものではない。グロリアから遠く離れているはずの連合のエースが突然目の前に現れて危うく殺されかけたのだ。
【パトリシア】「何言ってんだよ、蒼き流星と実際に交戦経験を積めた上になんだかんだで無傷で生きて戻ってきてんだぞ?最高にラッキーじゃねぇかよ」
そうパトリシアが言い返すが、それにイズミルは激怒した。
【イズミル】「冗談言ってんじゃねぇよ!こっちは死にかけてんだぞ糞眼鏡ぇ!!」
そう叫び、パトリシアの胸倉を掴むが、パトリシアは表情一つ変えずに言い返す。
【パトリシア】「こっちだって身体張ってんだよ!!あたしもミッチェルもエカテリーナも結局例の艦のクルーと殺り合っときながら誰一人仕留められてねぇんだぞ!あいつら人畜無害な顔しながらこっちと平然と渡り合ってんだぞ!!」
パトリシアがそこまで叫んだところでアンドリューが仲裁に入り、2人を離した。
【アンドリュー】「まぁまぁ、2人共落ち着け。さすがにあれは想定外過ぎたが…イズミル、よく戻ってきてくれた。カノープスもなんだかんだでほぼ無傷だったしな。イズミルには後で別任務を与えてやるから、共和国に戻るまで我慢だ」
【イズミル】「分かったよ、ったく…」
一応は納得して引き下がったものの、なおも不満そうな表情を浮かべるイズミル。
【アンドリュー】「…さて、共和国に戻るぞ。残念ながらまだまだ戦争は終わりそうにねぇからな」
アンドリューはそう号令をかけると、全員がゆっくりと歩きだした。

【エカテリーナ】(あのチャオの子…またどこかで、会いそうな気がする…)
エカテリーナは歩きながらふとそんな予感がしたが、こっそりと胸の内にしまっておいた。


【ミレーナ】「よーし、全員無事だねー…って、クーリアさん!?」
こちらもX組のメンバーと再会したミレーナ先生だったが、クーリアの姿を見て驚いた。全身に血しぶきを浴びていて、その身には無数の切り傷。特に左腕にはかなり深い傷が入っている。

【クーリア】「グレイス王女殿下は無傷で救出成功、X組メンバーも全員無事…何か、問題でも?」
だが、クーリアはそんな状況でも、表情1つ変えずにこう平然と答えた。
【ミレーナ】「いやいやいや、あなたが無事じゃないでしょー!?」
ミレーナ先生は慌ててクーリアのところに駆け寄り、傷の状況を見つつ応急手当を始める。ミレーナ先生は医師免許を持つ保健教師であり、さすがに手際がいい。

【オリト】「な、何があったんですか…?」
恐る恐るオリトが尋ねる。答えたのは、クーリアを隣のビルから援護していたアネッタ。
【アネッタ】「あたしの銃で援護してこれよ。本当に、これでもクーリアが生きてるのが不思議なぐらいだわ…!」
つまるところ、パトリシアに圧倒された結果なのだ。彼女、ひいては「彼ら」の規格外さを生々しく示した結果に、改めてオリトは戦慄した。

【ミレーナ】「左腕…傷が骨の近くまで入ってる…応急処置はするけど、同盟に戻って再生治療するまで、左手は使わないでよー?」
【クーリア】「右利きなので、問題ありません」
【ミレーナ】「そういう話じゃなくってですねー…」

【カンナ】「ジェイクは大丈夫かしら?」
カンナはジェイクの方に振り向いた。こちらもミッチェルと1対1で戦った、ということもあり、少し気になったのだ。
【ジェイク】「あぁ大丈夫、俺はこの通り無傷だ。とはいえあんなバケモン、もうしばらくやりたくねぇけどな…」
それを聞いてカンナは安心した。最も、その『バケモン』相手に無傷で戦い通したジェイクもジェイクであるが。

【レイラ】「しっかし、ジェイクにここまで言わせるなんて、あいつらどんだけ規格外なのよ…
      あたしらんとこに来た女の子もあんな小っこくて可愛かったのにジャレオが押されてたし」
【クーリア】「恐らく、これは推測ですが…」
レイラの疑問にクーリアが答えようとするが、
【ミレーナ】「クーリアさんちょっと黙ってて!」
手当てをしているミレーナ先生の珍しい一喝に、クーリアもさすがに黙ってしまう。

【ジェイク】「クーリアの代わりに俺が答える。あの人間離れした強さ、恐らく普通の人間じゃねぇぞ…
       確か突入前にオリトが潜入した時に、奴ら『試験管生まれ』って言ってたよな?ということは、遺伝子改造じゃねぇか?」
【カンナ】「なるほどね、辻褄は合うわ…」
当然、遺伝子改造は倫理的に問題があるため3大国家共に禁止しているが、その3大国家が戦争中のご時世である。表に見えてこない裏でいくらやっていても、おかしくはない。


そこに、マリエッタが入ってくる。
【マリエッタ】「皆さん、この度は、本当に…ありがとうございました」
そして、深々と頭を下げた。
【カンナ】「とんでもないわ。最終的には、王女殿下の勇気と決断が状況を変えたのよ」
【マリエッタ】「その背中を押して下さったのは、他でもない皆さんです」

そこで、フランツが質問をする。
【フランツ】「それで、王女殿下…これからどうなされるおつもりで?」
その質問に対しマリエッタは、少し考えながら答えを紡ぎだす。
【マリエッタ】「そうですね…一グロリア国民として、まずは国内を…状況が許せば、この銀河中を巡ってみたいと思います。
        さすがに戦争中なので、すぐには難しいと思いますが…この銀河で、どんな人が、どんなチャオが生きているのか、この目で直接見てみたいです」
【カンナ】「面白い考えね。もし同盟領内にいらっしゃることがあったら、ぜひ連絡をいただければ、案内しますよ」

このやり取りを聞いて、オリトは微妙に話が噛み合っていないな、と感じた。それもそのはず、マリエッタの会見の終盤、王家からの離脱のくだりについては、クロスバードのクルーの中ではオリトしか聞いていないのである。
しかし、「オリトしか知らない」という事それ自体についても、オリトは気が付いておらず、違和感を指摘するような余裕も、まだオリトにはなかった。


さて、そんなX組の面々がいる部屋の隅っこで、腕組みをしながら立って考え事をしていたのが、シャロンに変装したシャーロット。彼女に対し、オリトが話しかける。
【オリト】「そういえば、シャーロ…シャロンさんは、救出作戦の時何をしてたんですか?」
【シャーロット】「えーっと…まぁ、ちょーっと裏方でマリエッタ姫の手伝い。おかげで色々と面白いものも見れた」
【オリト】「そうなんですね。あの、色々と、ありがとうございました」
そう言い、オリトが頭を下げる。
【シャーロット】「こちらこそ、この場にあたしがいるのはオリト君のおかげだ。感謝するよ。
         …とはいえ互いの立場上、次に会う時は殺し合う時かも知れないけどね…」
と、特に後半部分は他のメンバーに聞こえないように、小声でつぶやく。その後、軽く手招きするようなジェスチャーをし、部屋の外へと向かった。

廊下で話の続きをするオリトとシャーロット。
【オリト】「っと、すいません。でも僕たちまだ士官候補生ですし、特に僕はまだ入学したばかりですし、そもそもこの広い銀河で戦場で会うなんて…」
そこまで話したオリトを、シャーロットが制止する。
【シャーロット】「…いい?もうクロスバードの名前は銀河中に知れ渡ってる。あたしと同じでね。あたしは同盟の上層部がどういう連中かまでは知らないけど、そんな細かい御託は抜きにして連合のエースにぶつけようって考えてもおかしくない。…顔見知りを殺すのは、苦しいわよ?」
【オリト】「…殺すって、そんな…」
少したじろぐオリト。そこで、シャーロットが話題を変えた。

【シャーロット】「…そういえば、オリト君はどうして士官候補生になったの?」
【オリト】「そうですね…」
オリトは少し考えた後、こう答えた。

【オリト】「僕はスラム出身で、両親の顔を知りません。周囲もみんな、そんな感じです。でも、僕は運良く勉強ができて、士官候補生になれて、X組の皆さんのような方と知り合うことができた。…スラムのみんなの希望に、なりたいんです」
【シャーロット】「なるほどねぇ…いい心がけじゃない。あたしとは大違い」
【オリト】「大違いって…シャーロットさんはどうして軍に入ったんですか?」
オリトが思わず聞き返す。シャーロットはまさか聞き返されるとは思っておらず、一瞬しどろもどろになる。
【シャーロット】「えっ、あ…あたし?」

だが彼女も少し考えた後、こう答えた。
【シャーロット】「…そうね、最初はただの憧れ。人型兵器に乗って敵をどーん!ってやっつける、かっこいい!って。インタビューとかだと連合のために云々って言ってるけど、そんなのはただの後付け。…まぁ、その結果がこの有様なんだけどね」
【オリト】「有様って…」
【シャーロット】「だってあたし22だよ?普通は友達と遊んだり、たまにおいしいもの食べたり、ひょっとしたら恋愛なんかしてみたり…なんて歳だよ?あたしの顔と性格で恋愛できるかどうかは別としてさ。…それが気が付いたらなんかめちゃくちゃ才能があって、蒼き流星だの銀河のエースだの異名をつけられて軍隊で人を殺しまくってる訳でさ…なんてことも、たまには考えちゃうのよね」
そう言いながら、ふと天井を見上げたりした。
オリトはそれを黙って聞いていた。当たり前ではあるが、彼女もまた、1人の人間なんだ、と思った。

【シャーロット】「…っと、そろそろ戻っとき。怪しまれちゃいけないしね」
シャーロットは今度はオリトにジェスチャーで指示をする。
【オリト】「あ、はい。…ありがとうございました」
オリトは深々と礼をして、部屋に戻っていった。

【シャーロット】「ふぅ…しばらくは対共和国戦線に回してもらいたいが…あの大統領に要望通るかねぇ…?それにしても、結局『銀河の意思』って何だったのさ…」
そうぶつぶつとつぶやきながら、ゆっくりと廊下を歩く。知り合いと殺し合うのが苦しいのは、銀河に名だたるエースたる彼女とて同じである。
そこに、前から人が歩いてくるのが見えた。カンナである。変装がバレないように、シャーロットは静かに歩く。

しかし、彼女はすれ違いざまに、こう耳元でシャーロットに囁いた。
【カンナ】(…感謝するわ、蒼き流星さん。でも、次に会うのは戦場かしら?)
…シャーロットは少し驚いたが、さすがに3度目ともなると、自らの変装が周囲にバレているのも慣れてきてしまう。あるいは、カンナ本人が気が付いたのではなく、オリトからの報告があったのかも知れないが、今の彼女にそれを知る術はないし、もうこの際どちらでも良かった。
そして、シャーロットも囁くようにこう返す。
【シャーロット】(どちらにしろ、いずれ会うでしょ…ま、一時とはいえ運命を共にした者同士、それまでお互いに幸運を祈るってことで)

そのまま、互いに振り返ることはなく、そのまま逆の方向へ歩いていった。


翌日、グロリア王国と惑星同盟軍の連名でクロスバードの無事が正式に発表され、1ヵ月に渡るクロスバードの漂流劇は終わりを告げた。
そのニュース番組を、部屋にあるモニターで見ながら、コーヒーを飲む男性がいた。
【???】「さぁて…彼女たちは『銀河の意思』に、どこまで近づけるんだろうねぇ…?」
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第20章:英雄への道程は道半ばにて
 ホップスター  - 21/5/22(土) 0:02 -
  
惑星同盟の首都惑星・アレグリオ。
その首都の一角にある、同盟軍の士官学校。
…そのとある教室に、1人の女性教師とチャオの生徒が座っていた。


        【第20章 英雄への道程は道半ばにて】


【ミレーナ】「…はー、今日も誰も来ないわねー…」
頬杖をついてため息をつくのが、保健教師でありX組の担任でもあるミレーナ=ジョルカエフ。
【オリト】「そりゃ、皆さんメディアに引っ張りだこですからね…ほら、今も艦長が番組に出てますよ…」
と、動画が流れる個人端末を見せるのが、チャオの生徒であるオリト。


…グロリア王国で起きた、王位継承を巡り発生した(ということになっている)グレイス王女誘拐事件からおよそ1ヵ月。
あの後、無事に同盟に帰還を果たしたクロスバードは、まさに英雄のような扱いをもって迎えられた。

X組の面々は全員エリートの少年少女という特殊性もあって、連日各種メディアからの取材攻勢。
同盟軍上層部もこれを恰好の宣伝機会と捉え、基本的に出演や取材にあまり制限をかけなかったため、X組のメンバーはまさに人気俳優やタレントみたいな扱いになっていた。

…だが教師であるミレーナ先生と、実質的に部外者であり、チャオであるオリトは例外。
こうして誰もいなくなったX組の教室で、ただ無為に空き時間を過ごしていた。

【オリト】「…そういえば先生、結局報告書は書けたんですか?」
【ミレーナ】「何とかねー。結局あたしは最後の救出作戦知らないし、その辺はオリト君のおかげだよ、本当にー」
【オリト】「いえ、俺もビビってただけですし…」
そう言い苦笑いするオリト。それに対し、今度はミレーナ先生が質問を聞き返す。
【ミレーナ】「一般クラスの授業は大丈夫ー?ちゃんとついていけてるー?」
【オリト】「あ、はい、そっちも何とか…特に座学については、航海中の空き時間の特別講義が役に立ってます」
結局、オリトはアレグリオ帰還以降、一般クラスに編入する形で通常のカリキュラムをこなしている。今はいわゆる放課後の時間にあたる。
【ミレーナ】「そう、それなら良かったわー」

その時、滅多に開かれることのなくなった教室の扉が開く音がした。入ってきたのは、クーリア。
【ミレーナ】「あれ、クーリアさんー?どうしたのー?」
不思議そうな表情で尋ねるミレーナ先生。
【クーリア】「いえ、そんな不思議な表情をされても…X組の生徒がX組の教室に入ることの何がそんなに不思議なんですか…」
【ミレーナ】「その生徒が銀河中に名前が知れ渡る有名人で連日の取材攻勢のおかげでロクに登校すらしないんだから、不思議よねー?」
というミレーナの返しに、さすがのクーリアも苦笑いするしかなかった。当のクーリアも、昼間は雑誌の取材を受けて、夕方のこの時間にようやく登校してきたところである。

【オリト】「そういえば、ケガはもう大丈夫なんですか?」
【クーリア】「ええ、おかげさまで」
オリトの質問に対し、クーリアは左腕のシャツをめくる。
1ヵ月前、パトリシアとの戦いで付いた深い傷も、何事も無かったかのようにきれいになくなっていた。

【オリト】「すごいですね…これが再生治療…」
この時代は遺伝子工学を応用した再生治療が普及し、過去の時代であれば傷痕が一生残っていたような怪我もきれいに治るようになっている。
最も、心理的な理由などにより傷痕が残った方がいい、という人は少なからずおり、またそれなりに費用もかかるため、スラム育ちのオリトにとっては驚きの光景であった。
【ミレーナ】「外見は元通りだけど、内部はまだダメージが残ってるんだから、しばらくは無茶しちゃだめだよー?」
【クーリア】「分かってますよ」
ミレーナ先生の忠告に対し、クーリアは聞き飽きた、という表情を滲ませつつも、頷いた。

【オリト】「そういえば、艦長もすごいですよね、今もほら…」
オリトは話題を変え、先ほどの個人端末をクーリアに見せる。カンナが情報番組に出演しているものだ。
【カンナ】『そうですねー、私は最初に紹介された5番通りのパフェがすっごくおいしそうでした!今度休みの日に食べにいきたいです!』

カンナの予想外のセリフに微妙な沈黙が走る。まさか、おすすめスイーツの紹介コーナーだとは誰も思っていなかった。
【オリト】「これでいいんでしょうか…艦長…」
【クーリア】「ま、まぁ、本人が嫌でなければ…いいのではないでしょうか…?」

そこでクーリアが何かを思い出したように、言葉を続ける。
【クーリア】「…あ、でも確か、この番組は収録ですよ?生放送ではないはずです」
【オリト】「あ、そうなんですね。では今、艦長はどこに…?」
その時、今度はミレーナ先生があることを思い出した。
【ミレーナ】「…そういえば艦長さん、参謀総長閣下からの呼び出しがかかってたようなー?そんな話を職員室で聞いたよー?」

【クーリア】「さ、参謀総長…!?あの、エルトゥール=グラスマン元帥閣下ですか!!?」
クーリアが突然凍り付いたような表情で聞き返す。
【ミレーナ】「うん、たぶんねー。…報告書、嘘がばれちゃったかなぁ…?」
ミレーナが心配そうにつぶやく。

【オリト】「参謀総長閣下って、まさか…」
その役職、その名前は、スラム育ちのオリトも一度は聞いたことがある。
【クーリア】「ええ。細かいところを全て端折って思いっきりざっくりと説明すると、『同盟軍で一番偉い人』です」


そもそも今回のクロスバードの失踪事件について、表向きには先月のグロリア王国マリエッタ第二王女の会見により明かされた通り、「グロリア領内に飛ばされて、グロリア軍に保護された」ことになっている。
しかし、クロスバードの航行記録を辿れば、それが嘘であることは一目瞭然。当然同盟軍関係者相手には、共和国領内を経由しグロリア王国領内まで辿り着いたことについて説明しなければならない。だからといって、最終的にドゥイエット家が率いる魔女艦隊に拾われたという「真実」を明かす訳にもいかない。
そこでミレーナ先生は、「共和国領内を単独で航行し、中立国であるグロリア王国を目指した」という内容の報告書を上層部に提出したのだ。なお、道中での魔女艦隊との通信記録などは残っていたが、さすがにまずいだろうということで同盟帰還直前に全て破棄してしまっている。


…という内容を何度も頭の中で咀嚼しながら、カンナはとある高層ビルの廊下を、秘書に連れられて歩いていた。
【秘書】「こちらの部屋です。既にお待ちですので、ノックしてお入りください」
【カンナ】「ありがとうございます」
カンナは案内官に一礼すると、一度深呼吸をして、部屋のドアをノックした。
【カンナ】「失礼します。カンナ=レヴォルタ、入室します」

いかにも『偉い人の部屋』という感じの、高級そうなデスクや椅子、家具が並ぶ一室。
その部屋の奥のソファで、40歳くらいの男性が静かに寝ていた。…そう、寝ていた。

【カンナ】(!?)
これにはさすがのカンナも驚きを隠せない。
各種報道や広報媒体などで、カンナもその顔はよく知っている。寝ているのは、彼女を呼び出した張本人、エルトゥール=グラスマン参謀総長で間違いなかった。

その時、ようやくカンナに気づいたのか、参謀総長が目を覚ました。
【エルトゥール】「んー…あ、ごめんね…この部屋、空調がいい具合に効いてるから、ついね…ふぁ〜…」
彼は一度大きなあくびをすると、それでスイッチを入れたかのように自らの椅子に座り、
【エルトゥール】「…それじゃ、始めよっか。といっても、ちょっとお話を聞くだけだから。そこに座って、リラックスして」
【カンナ】「あ、はい」
カンナを手前のソファに座らせる。

【エルトゥール】「まずは…随分遅くなっちゃったけど、1ヵ月もの間、お疲れ様。よく戻ってこれたね」
【カンナ】「ありがとうございます」
【エルトゥール】「今もずっと取材とか出演とかが続いてるんだって?忙しい中ごめんね、呼び出しちゃって」
【カンナ】「いえ、とんでもありません。こうして直々にお会いでき、お言葉を頂けるなんて、光栄です」

【エルトゥール】「報告書、読ませてもらったよ。共和国領内を通過したんだってね?」
【カンナ】「はい。どうやって敵地から同盟領内に帰還するかを考えた時に、中立国であるグロリア王国を通過するのが一番安全だという結論に至りました。さすがにグレイス王女誘拐事件に巻き込まれるのは想定外でしたが…」
グロリアを通過するのであれば、共和国領内を通過するしかないという訳だ。
【エルトゥール】「なるほどね。…グロリアまでは自力なんだよね?」
【カンナ】「ええ。途中ドゥイエット家の艦隊…通称『魔女艦隊』と遭遇し、これと交戦。何とか離脱しましたが、それ以降は幸いにも大きな戦闘はなく通り抜けることができました」
【エルトゥール】「ふぅん…」

そのカンナの説明を聞いた参謀総長は、ふと立ち上がり、自らのデスクに向かう。
そして個人端末を取り出し、少し操作すると、ある写真をカンナに見せた。
【カンナ】「こ、これは…!」
その瞬間、カンナの表情が固まった。

参謀総長がカンナに見せた写真とは、惑星フレミエール近海にて、魔女艦隊の旗艦・プレアデスに曳航されるクロスバードの姿。つまり、事実の写真である。
【エルトゥール】「3大勢力ってどこも、結構銀河中に諜報員…いわゆるスパイってやつだ、を配置してるんだよ。
         特に共和国とは間に中立国のグロリアを挟むだろ?…もちろん本来は敵国への出入りは厳禁なんだけど、ぶっちゃけ互いにかなり侵入し放題なんだよねぇ…」
【カンナ】「それって、つまり…」
【エルトゥール】「裏を返せば、このアレグリオにだって、連合や共和国の息のかかった連中が少なからず紛れ込んでいる。ま、それはお互い様なんだけどね」

そこまで説明すると、参謀総長はデスクに置いてあったコーヒーを飲むと、こう続けた。
【エルトゥール】「さて…もう一度聞くよ。…君たちは、本当にグロリアまで、誰の手も借りずに、自力で辿り着いたのかい?」
【カンナ】「………」
思わず黙ってしまうカンナ。数秒の沈黙の後、再び参謀総長が喋りだす。
【エルトゥール】「っと、ごめんごめん。別に脅迫するつもりはないし、どうしても真実を聞き出したいって訳でもないさ。それに、仮に利敵行為があったところで、今や同盟中で大人気のクロスバード御一行様を処罰するなんて、世論が許さないだろうからね。…どちらにせよ、話したくないのであれば、構わないさ」

【カンナ】「申し訳、ありません…」
さすがのカンナも消え入るような声でつぶやくように話す。

【エルトゥール】「…で、だ。本題はむしろこっからさ」
参謀総長はそんなカンナを気に留めず、話を続ける。
【エルトゥール】「不幸な偶然とそれに屈しない努力と、わずかな幸運が重なって、君たちは普通の士官候補生では到底成しえない名誉と名声を手に入れた訳だけど…ずばり、これから君たちはどうしたい?」
【カンナ】「どうしたい、とおっしゃいますと…?」
カンナは参謀総長の質問の意図が掴めないような表情で聞き返す。
【エルトゥール】「君たちの名誉と名声ならば、ハッキリ言って君たちの未来は選び放題だ。何者でもない普通の士官候補生に戻ってそれまでの平和な日常を繰り返すも良し、あるいは参謀本部入りして銀河に広がる戦場を左団扇に高見の見物をするも良し、いっそこのままメディアに出続けてアイドルでも芸人でもスイーツ評論家にでもなってしまう、ってのもいいかも知れないね」
【カンナ】「す、スイーツ評論家…」
カンナは苦笑いしながら参謀総長の言葉を反芻する。ちょっと心が動いてしまったのを隠しつつ。

【エルトゥール】「…あるいは、もう1つの選択肢として…再び最前線に出て、この銀河に遍く広がる敵を屠りながら血塗れの英雄への道を突き進むか…なんてね」
【カンナ】「…!」
その言葉を聞いて、カンナの表情が180度変わった。その瞬間、部屋に夕日が差し込み、カンナの顔の右半分を照らす。

【エルトゥール】「さて…、君たちは、どうしたい?」
参謀総長の2回目の質問に対し、カンナはこうハッキリと言い切った。
【カンナ】「…英雄への道を、突き進みます。それが、例え地獄への道であろうとも」
【エルトゥール】「理由は?」
【カンナ】「あたし達は、この手でこのつまらない戦争を終わらせたい、と思ったからです」
その為には、地獄への道であろうと、最前線に立ち続けることが必要なのだ。この1ヵ月で、カンナはそう確信したのだった。

【エルトゥール】「…分かったよ。我々は、それを最大限サポートするだけさ」
参謀総長はそう言い、笑いながら立ち上がる。
【エルトゥール】「今日は会えてよかったよ、カンナ=レヴォルタ君。今日は時間の都合でこれでおしまいだけど、そのうち辞令を出しておくから、待っていてくれ」
【カンナ】「ありがとうございます」
カンナはそう言い深々と礼をすると、扉を開けて、部屋から立ち去った。


…静かになった部屋で、参謀総長が1人、窓から外を見つめる。アレグリオの夕暮れは、林立するビルに光が乱反射し、お世辞にも綺麗とは言えない。
【エルトゥール】「彼女たちなら、あるいは…いや、今はそこまで考えるのはよそう…」
そうつぶやくと、カーテンを閉めた。やがて、再び眠気が襲ってきたので、彼はゆっくりとソファに横になり、すぐに意識は消えた。
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第21章:煌めきは決して届かぬ御伽噺
 ホップスター  - 21/5/29(土) 0:03 -
  
カンナが参謀総長に呼び出された日から、およそ2週間後。
ようやくX組の面々のメディア出演も減ってきて、X組の教室に顔を出すことも多くなってきた。
…だが、今度は皆、何やら別の用事で忙しそうにしている。


        【第21章 煌めきは決して届かぬ御伽噺】


X組の教室には、オリトとカンナだけ。今日はミレーナ先生も職員会議で不在だ。
【オリト】「皆さん、最近何をしてるんですか?」
【カンナ】「あー、ちょっとね。なんだかんだでみんなずっと学校を空けてたから、その間のあれこれで忙しいのよ」
【オリト】「そうなんですね…でも、艦長はいいんですか?」
【カンナ】「あたしは今週、敢えて何も予定を入れてないのよ。さすがに気を張りっぱなしだったし、しばらくリフレッシュするわ」
【オリト】「でも、昨日はいませんでしたよね…?」
そこに、段ボール箱を持ったレイラが教室に入ってきて、こう口を挟んだ。
【レイラ】「艦長なら昨日は街でスイーツ巡りしてたわよー、途中顔バレして大変だったみたい」
【カンナ】「ちょっと、その話はもういいでしょ!」
カンナが慌てて遮るが、時すでに遅し。

【オリト】「そうだったんですね…」
【レイラ】「もうみんな話題にしてるわよ、スイーツ大好き少女艦長ってね」
【カンナ】「うう…うれしくない…」
帰還直後は艦長という立場もあり、真面目な番組や雑誌等への出演が非常に多かった彼女だが、気が付けば出番はスイーツコーナーばかりである。
このままでは、本当にスイーツ評論家になりかねない状況。何が情けないかと言えば、スイーツ評論家としてやっていけそうと思ってしまうカンナ自身が一番情けない。

カンナはそんな誘惑に耐えつつ、何とか話題を変える。
【カンナ】「そういえばオリト君、いくら放課後とはいえ毎日毎日こっち来てていいの?そりゃ、あたしらは拒む理由はないけどさ」
そう言い、オリトに話題を振る。なんだかんだで放課後は毎日のようにX組の教室に来ているが、本来はたまたまクロスバードの遭難に巻き込まれたただの一般生徒である。エリート揃いのX組のメンバーとは訳が違うのだ。
【オリト】「なんかもう…慣れですね…それに、座学で分からないところとかは皆さん教えてくれますし」
と、オリトは苦笑いしながら答えた。

【オリト】「それに、明日は休みなので、学校に外出許可をもらって、久しぶりに家に戻ろうと思うんです。あんまりいい所じゃないですけど、色々ありましたし、やっぱり家族には報告しないといけないので」
【レイラ】「へぇ、ご実家に!いいじゃない!」
【オリト】「皆さんと違って、実家って呼べるほどのものじゃないですけどね…スラムですから、そもそも他の家との境界自体があいまいですし」

何となくオリトの話を聞いていたカンナだったが、その瞬間、あることを閃いた。
【カンナ】「ねぇ、オリト君…」
【オリト】「何でしょう?」
【カンナ】「明日、ついて行ってもいいかしら?」
【オリト】「えぇっ!?」
突然の申し出に、驚くオリト。慌てて否定する。
【オリト】「だ、駄目ですよ!皆さんのようなエリートが行く場所じゃないです!そもそも危ないですし!」
【カンナ】「…この間まで銀河の反対側まで飛ばされた挙句、蒼き流星や魔女艦隊や遺伝子改造を受けた連中と戦ってきたあたしらに、『危ないから』って理由が通じると本気で思ってるのかしら…?」
…それを思えば、少なくとも今のカンナにとって、スラムなど何てことはなかった。
【オリト】「うっ…」
さすがにオリトも言葉に詰まる。自分も当事者だから否定できない。そしてカンナは、こう続けた。
【カンナ】「確かにあたしらは、生きることそれ自体には不自由がなく育ったエリートかも知れない。でも、だからこそ、オリト君が育ったような場所を、見なければいけない、知らなければいけない。…違うかしら?」

そこまで言われると、オリトは言い返せない。
【オリト】「…分かりました。話は通しておきます。但し、身バレだけはやめてくださいよ!本当に収拾つかなくなりますから…!」


翌日。
アレグリオの首都郊外、大きな川の近くの低地帯。オリトが育った、スラム地区の入り口に、オリトとカンナが立っていた。無論、カンナは変装している。グロリアで出会った蒼き流星によく似ていた誰かさんみたいにバレバレではないはず、と信じていたが、なにぶん初めてなので実際のところどうなのかは正直あまり自信がなかった。
【カンナ】「ここが…ニュース映像では見たことがあるけど…」
【オリト】「…はい。最も、こうやって『故郷』があって『実家』がある分だけ、僕らはまだマシな方だと思いますよ。それすら知らない人やチャオも、まだまだこの星にはたくさんいますから。もちろんアレグリオだけじゃなくて、同盟、そしてこの銀河全体を考えたら…」
【カンナ】「そうね…あたしらは、まだこの銀河のことを何も知らない…」

そんな壮大な話をしていると、年老いた男性の人間が1人、彼らの前に現れた。
【男性】「…オリト君、久しぶりだね」
【オリト】「あ、長老!お久しぶりです!」
彼を見たオリトは、慌てて深く礼をする。
【長老】「ほっほっほ、立派になったのぉ。
     …そちらのお嬢さんが、噂の艦長さんかね」
と、長老はカンナの方を向く。
【カンナ】「あ、はい、カンナ=レヴォルタです。こんな姿で申し訳ありません」
それを受けて、カンナは慌てて一礼。
【長老】「いやいや、構わんよ。むしろそうでないと、大変なことになりそうじゃからのぉ…さ、ついてまいるがいい」
【カンナ】「あ、はい」
長老とオリトに促されて、カンナはスラムへの足を踏み入れた。


スラムは、旧時代と変わらぬバラック建ての小屋が延々と建ち並ぶ。銀河を三分した宇宙戦争をやっている一勢力の首都惑星とは、とても思えない光景が続く。
その中を長老とオリトが先に歩き、カンナが少し後ろからついていく。そんな中、カンナがオリトに小声で話しかけた。
【カンナ】(ねぇ、オリト君…)
【オリト】(何でしょう?)
【カンナ】(長老さんって、どういう方なのかしら?)
【オリト】(実は、よく分からないんです。誰も名前を知らないので、皆『長老』って呼んでるぐらいですし)
【カンナ】(そ、そうなのね…)
だが、このスラムの指導者的立場にいるのは確かであり、行政側との交渉にもよく参加すること、そもそもスラムにいる人間やチャオはあまり長生きできないため、名前はもちろん、長老が何故長老なのか知っている者はほとんどいないこと。
そんな話題をオリトは小声でカンナに説明しながら歩いていく。

その時、突然路端にいた男がカンナの右肩を掴んだ。
【男】「姉ちゃん、いい服着てんじゃねぇか」
【カンナ】「…!」
驚いたカンナの動きが止まる。明らかに酒に酔っている様子だ。

しかし次の瞬間、長老が男に対し、キッ、と軽く睨みつけると、
【男】「チッ、長老か…!」
男は舌打ちすると、バラックの合間の小道へと消えた。

【長老】「すまんのぉ」
長老はカンナに謝る。
【カンナ】「いえ、こちらこそ、ありがとうございます」
自らも頭を下げるカンナ。
【オリト】「…正直、あぁいう輩は少なからずいますから…僕は慣れてますけど、さすがに僕だけでは艦長まで守り切れないので」
と、オリトが長老を呼んだ理由も含めて説明をした。
【カンナ】「いざそういう場面に出くわすと、何もできないものね…」
それに対して、カンナは苦笑いしながらこう返す。
仮にも士官候補生であり、生身での戦闘術もそれなりに優秀なカンナであるが、そんな彼女でも突然の出来事に何もできなかった。ちょっとした悔しさが襲うと共に、戦場とは別の危うさが潜む場所だということを実感した。

…そして、さらに歩くこと、数分。
【オリト】「…着きました」
オリトと長老が、足を止めた。バラック建てが並ぶスラムに於いて、数少ないコンクリート建ての建物が現れた。
【カンナ】「ここは…?」
【長老】「ある時は集会場、ある時は学校、ある時はこうして客人をもてなす場、そしてある時はお祭り会場。…ま、つまり、何かある時はここを使うんじゃ」

すると、その建物から、数匹の子供チャオが飛び出してきた。
【チャオ】「オリト兄ちゃん!!」
【オリト】「アーダルト!スウェナ、ユダルク、フラージェまで!!みんな元気だったか!?」
驚き、すぐに喜びの表情に変わるオリト。

【カンナ】「この子たちが…」
【長老】「彼の家族じゃよ。…血は繋がってないかも知れないがの」

【オリト】「アーダルト、ちゃんと勉強してるか?スウェナは部屋散らかしてない?」
弟たち、妹たちと久しぶりの再会に、思わず言葉が止まらないオリト。
【スウェナ】「もう、オリト兄ちゃんってば、こんな時まで小言ばっかり!」

【長老】「…さてと、感動の再会の邪魔をしちゃいかん、ちょいとこちらへ…よいか?」
【カンナ】「あ、はい」
と、そんなオリト達を横目に、長老はカンナに対して手招きをし、建物の中へと向かった。


長老とカンナが向かったのは、建物の最上階である4階。
といっても、バラック建てのスラムの住居はほとんど平屋であり、高くても2階建て。このスラムの中ではここが最も「高い場所」である。
その窓からは、アレグリオ首都の超高層ビルを背景に、平屋建てのスラムが広がっていた。
【カンナ】「正直…あたしは『あちら側』の人間です。まさか、こちら側に立つ日が来るとは、思っていませんでした」
そう、遥か遠くに霞む超高層ビルを指してつぶやく。
【長老】「彼…オリトも、士官学校に合格するまでは、全く逆の立場から、似たようなことを考えとったじゃろう」
【カンナ】「そうかも知れませんね…」

そしてそのまま、カンナと長老の会話が続いた。
【カンナ】「なんというか…ちょっと前まで、銀河を漂流していたのが、遠い遠い昔の、遠い遠い世界の話みたいに思えてきます」
【長老】「実際、わしらにとってはおとぎ話みたいなもんじゃからの…今この星が、夜空に浮かぶ他の星々との間で本当に戦争をしておるのか…
     最近はスラムでも安価な個人端末が普及しとるから、情報だけはいくらでも入ってくるが…かえってますます『おとぎ話』にしか聞こえなくなっておるよ」
【カンナ】「そう考えると、士官学校に合格したと思ったら突然『おとぎ話の世界』に放り込まれたオリト君は…なんというか、凄いんですね」
【長老】「でなければ、士官学校に合格などせんじゃろうて」
【カンナ】「そうですね…」

しばらく、青空に沈黙が走る。やがて長老が、ゆっくりと話し出した。
【長老】「…これから、お嬢さん達はどうするんじゃ?」
【カンナ】「近いうちに…『おとぎ話の戦争』に戻ることになっています」
【長老】「そうか…」

【長老】「お嬢さん達はわしらとは生まれも育ちも違う…お嬢さん達はきっとこれから『おとぎ話の戦争』で活躍し、やがて本当のおとぎ話に残るような英雄になるんじゃろう。
     その間も、わしらのような場所に生まれた者は、地を這い、今日と明日を死に物狂いで生き残る。…わしらには、それしかない」
【カンナ】「………」
長老の言葉に返す言葉がなく、黙ってしまうカンナ。長老は構わず、淡々と言葉を続ける。
【長老】「わしらとて馬鹿ではない。この状況が一日や二日で良くなることはないというのは解っておるし、万が一そんな事が起こる時はこの星が終わる時じゃろう」

【長老】「じゃから、せめて覚えていてくれ。お嬢さん達が戦っておるその遥か後ろでは、わしらのような名も無き者達が、今日を必死で生きておるってことを」
【カンナ】「…誓います。その言葉、そして今日見た『こちら側』からの景色。一生、忘れません」
カンナは右手を自らの胸に当て、そう力強く言った。


オリトと再合流し、スラムを抜け、士官学校へと戻る帰り道。既に日は暮れ、薄暗い。
そんな中、カンナがオリトに話しかけた。
【カンナ】「ねぇ、オリト君…」
【オリト】「艦長、どうしました?」
【カンナ】「…オリト君さえ、良ければだけど…正式に、X組に入らないかしら?」
【オリト】「え、えぇっ!?僕がですか!?」
予想外の言葉に驚くオリト。

【オリト】「でも、X組って確かエリートしかなれないんでしたよね!?しかも、チャオがX組になったことも前例がないって…」
そう、本来X組の存在とはかけ離れているのがオリト…の、はずである。
【カンナ】「…だからこそ、X組に入って欲しいのよ。オリト君みたいな存在こそがX組に必要だと思うし、何より…あたしらは、大人のつまらない常識を覆すために在りたい、と思ってるから」
【オリト】「そんな、言葉で言うのは簡単ですけど…それこそ学校や軍の上層部が納得してくれますか?」
【カンナ】「そこはまぁ、あたしが掛け合うわ。なんか気が付いたら今や銀河の有名人なんだもの、大抵のお願いは通さざるを得ないでしょう?」
そう言い、ニヤリと笑った。
その表情を見て、オリトも理解した。彼女は自らの立場を賭けてでも、通したいものがある。それが自分に関わることだといううことが、少し嬉しかった。

そして、オリトはこう返した。
【オリト】「…分かりました。スイーツ大好きで銀河中に知られた有名人のお願いとあっては、僕も断る訳にはいかないですからね!」
【カンナ】「ありがとう…って、なんか上手く返された気がする!っていうかスイーツ大好きは余計じゃないかしら!?」
カンナは苦笑いしながら軽く怒るが、既に察したオリトは逃げるようにして先を急いだ。
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第22章:8つの灯と、11の魂
 ホップスター  - 21/6/5(土) 0:02 -
  
アレグリオの首都の某所にある、真っ暗な小さな会議室。
その一番奥の席に、小さな明かりが灯る。

その光によって姿を現したのは、惑星同盟軍参謀総長、エルトゥール=グラスマン元帥。
やがて、他の席にもぽつぽつと小さな明かりが灯り、合計8つの光が会議室に灯った。

そして、8つの光が灯ったのを確認したエルトゥールが、口を開いた。
【エルトゥール】「…さて、始めようか。『元帥会議』を」


        【第22章 8つの灯と、11の魂】


軍隊における最上位の階級である元帥。但し、その扱いは時代や国家によって様々である。
この惑星同盟軍においては、合計7個ある艦隊の各総司令と、アレグリオの参謀総長の合計8人にのみ与えられる、実質的には名誉階級のようなものである。
そして、その各艦隊の総司令と、参謀総長の計8名が一同に会するのが、惑星同盟軍の最高意思決定機関である、この『元帥会議』である。

…といっても、実際には広い銀河で忙しく戦っている各艦隊の総指令ともなると出席できないことが多く、平均の出席率は半分ほど。不在の場合は、アレグリオに常駐している艦隊所属の将官が代理出席することになっている。

が、今回は違っていた。8人全員が偶然にもアレグリオ近海に集まっており、一部メンバーは映像による参加ながら、久しぶりに8人全員がリアルタイムで元帥会議に参加していた。

第1艦隊総司令、アルフォンゾ=スライウス元帥。
【アルフォンゾ】「…しかし珍しいな、全員参加とは」

第2艦隊総司令、シュンリー=グェン元帥。
【シュンリー】「一体これはどういう風の吹き回しだろうねぇ…?」

第3艦隊総司令、イレーヌ=ローズミット元帥。
【イレーヌ】「ま、あたしはちゃんと会議になって話が進めば、誰が出ようがいいと思うんだけどねぇ」

第4艦隊総司令、ヨハン=マルクブルグ元帥。
【ヨハン】「たまには本当の『元帥会議』と洒落込むのもよかろう」

第5艦隊総司令、イブラヒム=アルジャイール元帥。
【イブラヒム】「最後に元帥が8人集まったのは確か17年前じゃったかのぅ、あの時は確か…」

第6艦隊総司令、アルベルト=グラッドソン元帥。
【アルベルト】「爺さん、御託はいいから始めるぞ。すまんがあまり時間がないんだ」

第7艦隊総司令、ルートヴィヒ=フォン=ザンクハウゼン元帥。
【ルートヴィヒ】「私は多少長引いても構いませんけどね。…とはいえ無駄話は好きじゃない。参謀総長さん、議題をどうぞ」

そして、参謀総長、エルトゥール=グラスマン元帥。
【エルトゥール】「あぁ。…まずは大まかに現在の戦況から確認しようか」


…さて、そんな会議とは無縁…という訳ではないが、少し離れた場所にいる、士官学校のX組。
珍しく、教室にX組のメンバーがほぼ全員集まっていた。いないのは、ゲルトのみ。
【カンナ】「さてと…ゲルトは今日も忙しいんだっけ?」
【ジェイク】「なんでも『秘密兵器』を運び込むんだとさ。詳しくは聞いてないけどな」

それを聞くと、カンナは軽く咳払いをした後、改めて喋りだした。
【カンナ】「さてと…今日は大事なお知らせがあります。
      まず1つ!オリト君、入ってきて!」
そう言いカンナが手招きをすると、オリトが教室に入ってきた。
【オリト】「ど、どうも…」
軽く頭を下げるオリト。
【カンナ】「えーと、学校の偉い人とかけあって、やーっと許可が下りました!
      …オリト君が、正式にX組のメンバーとして編入することが決まりました!!」
【ALL】「おぉーっ!!」
一同、拍手。

【ミレーナ】「いやー、校長室で渋る校長相手に大立ち回りをやったカンナさん、凄かったわよー」
ミレーナ先生も拍手しながら思い出すように語る。
【ミレア】「まさか、校長先生、相手に、直談判を…?」
【ミレーナ】「『認められないのであれば、あたしはX組を降ります』とまで言ってたわねー」
【クーリア】「そ、そこまで…もし本当に認められなかったらどうするつもりだったんですか…」
【カンナ】「まぁ、その時はその時かなって…」
クーリアの指摘に苦笑いするカンナ。

【オリト】「すいません、自分なんかのために…」
恐縮するオリトだったが、カンナが否定する。
【カンナ】「いいえ、そうじゃないわ。オリト君にはあたしがそこまでする価値があると思った、っていう、それだけの話よ」
【オリト】「ありがとうございます」
【カンナ】「とにかく、これからもよろしくね!」
【オリト】「はい、頑張りますので、よろしくお願いします!」
そう言い、再びオリトは頭を下げた。再び拍手。

【カンナ】「それじゃ、間に合わせで悪いけど…一般クラスの教室からチャオ用の机と椅子を持ってきてもらったから、ここにお願いできるかしら?」
【オリト】「はい!」
X組にチャオが入るのは史上初のことである。そもそも、X組にチャオが入ることをあまり想定していなかったので、机などは一般クラスから急遽借りたものだ。
こうしてX組は新たにオリトを迎え、来るべき「再出発」に向けて準備を進めていた。


一方、元帥会議は後半に差し掛かっていた。参謀総長が、次の議題として、この話題を持ち込んだ。
【エルトゥール】「さてと、次だけど…例の『帰還者たち』…つまり、クロスバードとそのクルーの処遇について」
【ルートヴィヒ】「あの士官学校の子供たちが、どうしたのかい?」
【エルトゥール】「計らずして彼女たちは国民的英雄となった。…これを利用しない手はないと、思わないかい?」
参謀総長は7人の艦隊総司令相手に、そう諮った。

【イブラヒム】「利用とな…!まだ17か18の子供じゃぞ!?」
イブラヒムが拒否反応を示すが、参謀総長がすぐに反論する。
【エルトゥール】「だが彼女たちは士官学校の生徒だ。どのみちいずれ戦場に出ることになる。それが早いか遅いかだけの話さ。
         …何より、彼女たち自身が、それを望んでいる。『例えそれが地獄への道であろうと、血塗れの英雄への道を突き進む』…そう明言したよ、彼女は」

参謀総長を通じて伝えられたカンナのそのセリフに、さすがの元帥たちも一瞬黙った。
【シュンリー】「『血塗れの英雄』、か…18でそんなセリフが口から出るとは、いやはや末恐ろしいお嬢ちゃんだね」

【エルトゥール】「という訳で、彼女たちをどこかの艦隊でしばらく面倒を見て欲しいんだけど…どこがいいだろうね?」
その問いかけに、第4艦隊のヨハンが立候補する。元はといえば、クロスバードはヨハン率いる第4艦隊の演習に参加しようとして銀河の反対側に飛ばされたのだ。
【ヨハン】「…となると、我らの所に収まるのが自然だろう」

だがそれに、アルベルトが反論する。そこから、激しい応酬が始まった。
【アルベルト】「ちょっと待ってもらいたい。あの時の第4艦隊は主力が後方に回ってたからよかったが、今は連合と最前線でやり合ってるではないか。例の『蒼き流星』の出現報告も聞いているぞ。いきなりそんな所に放り込む訳にはいかんだろう」
【ルートヴィヒ】「グラッドソン元帥閣下はさっきの参謀本部長の話を聞いてなかったのかい?」
【アルベルト】「何だと!?」
【ルートヴィヒ】「彼女たちは英雄になりたいんだろう?だったらむしろその状況はうってつけじゃないか。…それとも、英雄の卵を山脈派に取られるのがそんなに嫌かい?」
【アルベルト】「貴様っ…!最前線を知らんからそういう事が言えるのだっ!」
第6艦隊のアルベルト=グラッドソン総司令は同盟軍の2大派閥のうちの海溝派で知られている。一方、第4艦隊のヨハン=マルクブルグ総司令はもう1つの2大派閥である山脈派。ちなみに、アレグリオの士官学校はどちらかというと山脈派寄りであることが知られていて、アルベルトが不快感を示しているのはこういった理由もある。
一方、ルートヴィヒ=フォン=ザンクハウゼン総司令率いる第7艦隊は、同盟領内の治安維持を主な任務としており、直接最前線に出ることはあまりない。また、ルートヴィヒ自身も山脈派であることから、アルベルトが噛みついたのだ。

しかしルートヴィヒは意に介せずこう言い返す。
【ルートヴィヒ】「へぇ、ではグラッドソン元帥閣下は最前線をよくご存知と?前線はほとんど部下に任せきりで自らはアレグリオや出身地域で資金集めのパーティー三昧なのに?…古代中世ではないのですよ、公人の行動履歴は全てデジタルの記録に残されているんですよ?」
【アルベルト】「ぐっ…それこそ必要なことなのだよ、艦隊が最前線で戦うためにな!」

【アルフォンゾ】「…やめんか、ご両人」
激しく睨み合う2人に対し、第1艦隊の総司令であるアルフォンゾが一喝。さすがに2人とも大人しくなった。

そこで、唯一の女性元帥であるイレーヌが立候補した。
【イレーヌ】「…それなら、アタシが預かろうか?例の艦長は女の子なんだろう?それにちょうどウチは今サグラノ家とやりあってるけど、こっち優勢で動いてる。初陣にはちょうどいいんじゃないか?」
…何より、イレーヌ本人は敢えて口に出さなかったが、彼女は海溝派でもある。そうなると、アルベルトが反対する理由はないし、ルートヴィヒも引き下がらざるを得なかった。
【アルベルト】「…まぁそれなら良かろう」
【ルートヴィヒ】「ベストではないかも知れないが、ベターではあるね。否定はしない」

【エルトゥール】「それじゃ、決まりということで…今回の会議はここでお開きかな。ご苦労さん」
その参謀総長の一言で、その場に出席していた者は立ち上がり、また映像で参加していた者は映像が途切れた。


かくして数日後、X組に正式な命令が下った。
練習艦『クロスバード』はアレグリオを出発し、惑星ケレイオス近海で第3艦隊と合流し、そのまま対峙する対サグラノ家戦線に参加せよ―――

【ジャレオ】「しかし第4艦隊ではなく第3艦隊ですか…」
【ゲルト】「今第4艦隊は連合の主力とバリバリやりあってるからな。さすがにそこに放り込むのはまずいって上が判断したんだろう」
【ジェイク】「あっちにゃ『蒼き流星』が出てるって話だろ?むしろ俺らが行かなくてどうすんだよって気もするが…」
【ゲルト】「さぁて、その辺は大人の事情ってやつが絡みまくってんじゃねぇの。ケレイオスでのサグラノ戦線は割と優勢らしいしな」
【ジャレオ】「個人的には第3艦隊が海溝派寄りというのも気になりますね…我々が山脈派寄りというのを分かった上での判断なんでしょうか」
と、廊下を歩きながら雑談する男子陣。やがて、クロスバードのブリッジへと入る。

【カンナ】「…遅いわよ、男子!」
ブリッジに入った男子陣に、カンナが一喝。それに対し、ゲルトがこう返す。
【ゲルト】「べったべたなセリフ頂きました!」
【クーリア】「そういうのいいですから、早く持ち場について下さい」
【ゲルト】「はいはい、っと…」
クーリアがそれに対し冷静に話を止めて、持ち場につくよう促した。

【カンナ】「ジャレオ、エンジンは大丈夫?」
【ジャレオ】「ええ、問題ありません。逆に恐いぐらいです」
漂流劇の直接の原因となったエンジンについては、軍上層部の肝入りで最新型のエンジンに換装。練習艦とは思えないスペックの代物である。
但し、2基のエンジンの名前だけはジャレオのたっての希望で、「カストル」と「ポルックス」のままとなった。2代目、という訳だ。
【レイラ】「その他のシステム、全て問題ありません。いつでもいけます!」

【カンナ】「それじゃ…クロスバード、浮上シークエンス、開始!」
【ジェイク】「カストル、及びポルックス起動っ!」

クロスバードの浮上時は人型兵器乗りであるジェイクやアネッタもオペレートの手伝いをしている。
X組全員が集合し手際よくこなしていく様を、ミレーナ先生とオリトが艦長席の横の特別席で見ていた。
【オリト】「す、凄い…」
【ミレーナ】「ま、そのうち見慣れるだろうし、見慣れないとだめよー?」
【オリト】「はい…!」

【ジェイク】「カストル及びポルックス、出力80%まで上昇っ!ってか今までの半分も経ってねぇぞ!すげぇな最新型!」
【ゲルト】「むしろ今までがポンコツすぎたってだけの話じゃねぇのか…?」
【カンナ】「おしゃべりは後で!…それじゃ、クロスバード、浮上!」

カンナのその号令と共に、クロスバードはゆっくりと士官学校から浮上する。
入学式の時のように新入生が揃って見ている訳ではなかったが、一般生徒や話を聞きつけた一部メディアが周囲から見ていた。浮上した瞬間、一斉に歓声が上がる。

やがて、入学式の時と同じようにクロスバードは校舎から戦艦に変形し、アレグリオの空へと消えていった。
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第23章:天秤にかけるは、ただ星一つ
 ホップスター  - 21/6/19(土) 0:05 -
  
惑星ケレイオス。
元々共和国のサグラノ家の勢力範囲内の惑星であったが、同盟軍の第3艦隊が侵攻。
現段階で、ケレイオスそれ自体はまだサグラノ家が統治しているものの、周囲のガス惑星などを第3艦隊が次々と陥落させており、ケレイオス陥落も時間の問題とみられていた。

【イレーヌ】「あれがケレイオスだよ、『レヴォルタ大尉』」
【カンナ】「…あ、はい!」
第3艦隊旗艦・ベラトリクスのブリッジ。
総司令・イレーヌ=ローズミット元帥に声をかけられ、返事をするカンナ。
その返事が少し遅かったが、その原因は「呼び方」にあった。


        【第23章 天秤にかけるは、ただ星一つ】


あの漂流劇により有名人となったX組。これから本当の任務に向かう…ということもあり、いくら学生といえどさすがに階級なしではまずい、という話が軍内部で起こった。
海溝派を中心に慎重論も根強かったが激しい議論の末、結局艦長であるカンナには大尉、副長のクーリアは中尉、他のメンバーも立場に合わせた階級が与えられることになったのだ。
当然、18歳で大尉となるのは同盟軍では異例中の異例であり、こう決まるまでにも紆余曲折あったのだが、とにかくカンナは『レヴォルタ大尉』となった。

【イレーヌ】「どうした、レヴォルタ大尉。…それとも、『お嬢ちゃん』とでも呼んだ方がいいかい?」
【カンナ】「い、いえ、申し訳ありません!」
【イレーヌ】「…ま、階級なんてそれでしか物事を計れない阿呆な連中への餌でしかないよ。あたしも気が付いたら元帥になってるけど、中身はただのおばさんだからねぇ」
謝るカンナに対して、イレーヌ元帥はそう自虐的に笑ってみせた。

【カンナ】「そ、そんなことありません!同盟軍で元帥閣下の活躍を知らない者はいないんですよ!?」
カンナが慌てて反論する。そもそも、人並みであれば惑星同盟にたった8人しかいない元帥になどなれるはずがないのだ。小型駆逐艦の艦長時代に1隻で敵の大艦隊を翻弄したことで名を知られるようになり、元帥になってからも繊細かつ大胆な指揮で艦隊を引っ張る。『女傑』の二つ名を持ち、同盟軍の全女性士官が憧れる存在といっていい。そして、それはカンナも例外ではなかった。
【イレーヌ】「それを言うなら、レヴォルタ大尉だって奇跡のヒロインじゃないか。…っと、本題に入るよ」
イレーヌはそう言い話題を切り、一歩前に進んだ。

【イレーヌ】「さて…ケレイオス攻略は順調に進んでいるけど、敵さんだって馬鹿じゃあない。意地もあるだろうさ。あれを見てごらん」
イレーヌが指した方向にあるモニターには、ケレイオス近海を撮影した映像が映し出された。
【カンナ】「これは…」
そこには、共和国・サグラノ家の戦艦がズラリと並ぶ。さすがのカンナも、驚いて声が出ない。
【イレーヌ】「サグラノ家艦隊の旗艦・カグラヅキを筆頭に、大型のハナミヅキ級だけでも約20隻…中型や小型まで含めるとざっと150隻といったところか。惑星1つの攻防に注ぎ込むレベルの数じゃあないね」
【カンナ】「というか、サグラノ家艦隊の大半がいるじゃないですか…!」

少したじろぐカンナに対し、イレーヌはこう言い切った。
【イレーヌ】「…だが逆に言えばチャンスだ。あれを突破すれば惑星1つ落とせる上に、向こうとしては戦力的にはもちろん、心理的にもダメージは計り知れないだろうさ」
何より、共和国の4大宗家の一角・サグラノ家の主戦力がこれだけ集まった末に敗れたとなれば、当然銀河全体の戦争の行方も大きく変わってくる。

そこで、イレーヌは元帥にのみ与えられる元帥杖を床に突いてクルリとカンナの方を向き、こう命令した。
【イレーヌ】「そこで、お嬢ちゃん…レヴォルタ大尉に命令だ。なに、難しいことは言わないさ。たった11文字。
       …『1隻で何とかしてみせろ』…以上だ」


【ゲルト】「いやいやいやいやいや、めちゃくちゃ難しいこと言ってんじゃねーか!!!」
…その命令を伝え聞いたゲルトが思いっきり絶叫した。無理もない。相手は大艦隊である。

【クーリア】「…しかし解せませんね。サグラノ家も必死ですが、こちらもケレイオス攻略に第3艦隊の主力を注ぎ込んでいます。イレーヌ元帥閣下が直々に指揮を執っているのが何よりの証拠。…なのにその最重要局面を、ひよっこ練習艦1隻に任せる…?」
一方、クーリアは首を傾げた。いくらクロスバードが有名だったとしても、こんなマネをするのは筋が通らない。
だがその疑問に対しては、カンナが答えた。
【カンナ】「恐らく…イレーヌ元帥閣下は、あたしらを試してるんだと思う。それにあの方は海溝派だし、最悪山脈派寄りのあたしらならやられても問題ないんじゃないかって…」
【ジェイク】「結局派閥争いかよ…」
それを聞いたジェイクがそう吐き捨てたが、こうなってしまった以上はどうにもならない。

【オリト】「あの…大丈夫なんですか?」
オリトが恐る恐る尋ねる。
【カンナ】「正直簡単じゃないけど…大丈夫にするしかないわ。…クーリア、作戦立案頼めるかしら?」
【クーリア】「それが私の仕事ですので。…1日だけ、時間をください」
そうクーリアが言うと、1人ブリッジから退出した。

【カンナ】「…それじゃあ、とりあえず今日は解散。みんな、準備はしっかりね」
クーリアのいなくなったブリッジで、カンナはそう命じる。当番制でブリッジに残ることになっているレイラ以外は席を立ち、それぞれの部屋へと消えた。


その頃、ベラトリクスのブリッジでは、1人になったイレーヌがブリッジから見える星空を眺めていた。
【イレーヌ】「『血塗れの英雄への道を突き進む』か…それなら、まずあたしを超えてみせるがいいさ」
そうつぶやきながら、カンナのまっすぐな瞳を思い出す。…それは、かつての自分のようであった。


さて、かくしてクーリアは作戦立案のために1人で部屋に籠った。
相談のため、たまにフランツとゲルト、カンナが彼女の部屋に出入りするが、他のメンバーは基本的に最低限の艦機能維持の他は空き時間となる。
【ミレーナ】「よーし、それじゃあ次はキッチンの掃除。今のうちにやっとかないとねー」
【オリト】「はい!」
…が、オリトは相変わらず雑用だった。
X組の正式メンバーとなったオリトではあったが、基本的にはミレーナ先生のもとでの雑用であり、その役割は変わらない。…というより、それ以外に出来ることがない以上、こうするしかないのだが。

ところが、そんなオリトに声をかける人がいた。…ジェイクである。
【ジェイク】「オリト、ちょっといいか?先生、借りるぞー」
【ミレーナ】「オリト君に用なんて、どうしたのー?」
ミレーナが不思議そうな顔をしてジェイクに聞く。
【ジェイク】「ゲルトから『秘密兵器』について頼まれててな」
【ミレーナ】「そういえば出発前に何か運び込んでたみたいだけどー…それとオリト君に何の関係がー?」
【ジェイク】「その『秘密兵器』が、オリト絡みなんだよ」
そう言い、ジェイクはニヤリと笑った。


オリトがジェイクに連れてこられたのは、アンタレスとアルタイルが格納されている人型兵器の格納庫。
【ジェイク】「おーい、連れてきたぞー」
【ジャレオ】「お、来ましたね」
【アネッタ】「それじゃ早速、ジャレオ、例のあれをよろしく!」
【ジャレオ】「了解!」
そこにはジャレオとアネッタが。そしてアネッタの合図で、ジャレオが隅に置いてある人間サイズの機械を操作する。

【オリト】「あの、一体どういう…?」
訳が分からない状態のオリト。だがお構いなしで、ジャレオが話を進める。
【ジャレオ】「…よし、準備できました。オリト君、こちらへ」
そう言い、手招きをする。よく見ると、ジャレオが操作していた人間サイズの機械は、中にチャオが1匹だけ入れるような構造になっていた。
ジャレオに案内されるがまま、その中に入り、座る。目の前には真っ暗なモニター、その手前にはレバーや多数のスイッチが並んでいる。
【ジャレオ】「それじゃ、まず右側のスイッチを回してONにしてください」
オリトが言われるままにスイッチを回すと、軽くモーターの駆動音がした後、オリトの眼前の真っ暗なモニターに星空が広がった。
【オリト】「…!」
そして息つく暇もなく、モニターの星空をバックに、文章が浮かび上がる。
【オリト】「シミュレーター…?じゃあ、これって…まさか…!」
その『まさか』に対し、ジェイクが正解を告げた。
【ジェイク】「あぁ。同盟軍本部の倉庫に転がってるのを偶然ゲルトが見つけたらしい。ちょいと旧式だが、チャオ専用の人型兵器シミュレーターだ…!」


翌日。クロスバード・ブリーフィングルーム。オリトを含め全員が集まった。
【カンナ】「…それでは、今回の作戦を説明します。クーリア、お願い」
そのカンナの一言で、クーリアが立ち上がり、前面の大型モニターのスイッチを入れて、ゆっくりと喋りだした。

【クーリア】「正直私も最初は、いくら何でもクロスバード1隻でサグラノ家の主力相手に立ち回るのは難しいだろうと思っていました。
       …ですが、向こうの陣形、条件、こちらの戦力、様々な情報を総合すると…この戦い、勝てます」
クーリアは、いきなりそう断言した。さすがにX組の面々もざわつく。

【カンナ】「クーリアにしては珍しく大きく出たわね。とんでもない作戦でも思いついたのかしら?」
【クーリア】「具体的な作戦は後ほどお話しするとして…まずは、望遠鏡で撮影したサグラノ家主力艦隊の陣形をご覧ください」
そう言い、クーリアは大型モニターに接続した端末を操作する。モニターには、サグラノ家艦隊の写真とそれを3D図面に起こしたもの、2つの画面が表示された。

【レイラ】「これは…!」
【ゲルト】「副長さん、こっからは俺が解説していいか?」
そこで、ゲルトが挙手をする。作戦立案時に陣形を分析したのがゲルトなのだ。クーリアは「どうぞ」と声をかけ、ゲルトに譲った。

サグラノ家艦隊の艦船は、球の表面を半分だけ形作ったかのような陣形を敷いていた。
【ゲルト】「みんなも授業で聞いたかも知れねぇが…普通は陣形に「厚み」を持たせるんだ。先鋒、主力、後詰め、って感じでな。
      ところがコイツらは全て、『たった1隻』でこの陣形を構成してる。前にも後ろにも艦が居ねぇ。半球状の陣形だが、その半球がペラッペラの紙1枚で出来てるようなもんだ。…こんなの、ハッキリ言って実戦でやる陣形じゃねぇ」

…では、なぜこんな『ありえない』陣形なのか。ゲルトが話を続ける。
【ゲルト】「正直、俺もなんでこんな陣形になってんのか不思議でしょうがなかったが…艦長が1つ情報を持ってきてくれて謎が解けた」
そこで、ゲルトはカンナにバトンタッチ。今度はカンナが立ち上がる。
【カンナ】「これはイレーヌ元帥閣下とその側近や艦隊幹部など、一部にしか伝わっていない情報なんだけど…元帥閣下がこっそり教えてくれたわ。
      ケレイオスに潜入している諜報員からの情報によると…彼ら、完全に油断しているわ」

【オリト】「油断…?」
【カンナ】「どうやら、あたしら…同盟の第3艦隊がケレイオス本星を攻めてくるとはまだ思ってないらしいのよ。しばらくはこの状態で様子見だろう、って決めつけてる」
【ジャレオ】「だから実戦を考慮していない陣形なんですね…」
【ゲルト】「そういうことだ。…つまり、これは大チャンスって訳でもある」

そもそもサグラノ家側も、主力艦隊をケレイオスに集結させているのだ。それが同盟の第3艦隊と正面からぶつかるとなると、どういう結果になるにせよどちらの勢力にも大きな損害が及ぶことは間違いない。自分たちがケレイオス近海に大艦隊を置いている限り、そう易々とは攻めてこないだろうと踏んでいるのだ。
だからこそクーリアは、その裏をかけるのであれば、この戦いは勝てると断言したのだ。

そして、この妙な陣形には、もう1つ意図があった。ゲルトが解説を続ける。
【ゲルト】「もう1つ。この不思議な陣形の理由なんだが…この離れた場所に1隻、戦艦があるだろ?」
と、モニターのある部分を拡大してみせる。サグラノ家艦隊が半球状の陣形を取るその反対側、そのまま球状に陣形をとればちょうど反対側に位置する場所に、1隻だけ戦艦がいるのが映し出されていた。
【アネッタ】「これって…!」
【ゲルト】「…間違いない。サグラノ家艦隊旗艦、カグラヅキだ」

【オリト】「でも、なぜ旗艦だけがこんなところに?」
オリトが再び首を傾げる。それに対し、カンナが答えた。
【カンナ】「この陣形と諜報員からの情報を総合した結果…恐らくだけど、サグラノ家艦隊は、観艦式をやろうとしているわ」
【ジェイク】「敵を目前にして式典とはいい度胸じゃねぇかよ…!」

しばらくして、X組の面々が静まり返ったところで、クーリアが端末を操作してモニターを切り替える。自然と全員の視線がモニターに向く。
【クーリア】「それでは、以上の状況を踏まえて、今回の作戦を説明します。…決行は、1週間後です」
そう言い、作戦について説明を始めた。
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第24章:希望を廻して、未来へと繋ぐために
 ホップスター  - 21/6/26(土) 0:01 -
  
惑星ケレイオス近海、サグラノ家艦隊旗艦・カグラヅキ。
ブリッジにカメラを据えた、その先に1人の男が立った。

【男性】「諸君、見たまえ!この圧倒的な艦隊を!!同盟の艦隊など恐るるに足らず!!」

…彼の名は、ソウジ=サグラノ。サグラノ家の現当主・ゴウゾウ=サグラノの次男で、サグラノ家艦隊の総司令である。


        【第24章 希望を廻して、未来へと繋ぐために】


【ソウジ】「このケレイオスは今、敵艦隊の卑劣なる奇襲に遭い、周囲のガス惑星を占領された上に激しい攻撃に晒されている!
      だがもう恐れることはない!この艦の数々を見れば、恐怖と不安は自ずと自信と確信に変わるであろう!」

彼の演説は続く。ケレイオスに集結しているサグラノ家艦隊の全ての艦、そしてケレイオス本星にも放送は流れている。

【ソウジ】「だからと言って、決して驕り、油断してはならない!敵は同盟屈指のかの女傑・イレーヌ=ローズミット元帥率いる第3艦隊である!
      十分に警戒し、対策し、迎撃し、撃破せよ!!さすれば、ケレイオス、ひいてはこの銀河共和国全体、やがてはこの戦乱渦巻く銀河全ての…」

…だが、ソウジがそこまで演説したところで、突然カグラヅキに警報が鳴り響いた。騒然とするカグラヅキのブリッジ。

【ソウジ】「何事だっ!!」
ソウジが怒鳴るように状況を聞く。その横で、若い士官が慌てて演説の中継を切る。
それに対し、カグラヅキのオペレーターがこう叫んだ。
【オペレーターA】「未確認の超光速航行反応です!この近くで『浮上』してきます!!」
【ソウジ】「まさか、奴ら…!」

次の瞬間、カグラヅキのブリッジの目前に、突然1隻の戦艦が現れた。
カグラヅキのクルーが状況を確認する時間を与えることなく、その戦艦は主砲を至近距離でカグラヅキに向け発射。閃光と爆煙が、黒い宇宙に広がった。

…その戦艦こそ、他でもない、惑星同盟軍の練習艦、クロスバードである。
【ゲルト】「どうだっ!?」
【レイラ】「…駄目だわ!敵艦健在!!」
【カンナ】「さすがにプラン通りにはいかせてくれないわね…!全速で座標X−6−7に移動して!!」
【ミレア】「了解、やり、ます!!」
ミレアがキーボードを叩き、クロスバードは急速旋回の後加速。カグラヅキから一気に離脱した。

カグラヅキはクロスバードの主砲を至近距離からモロに食らった…が、そこはサグラノ家艦隊の旗艦である。撃沈、とまではいかなかった。
【ソウジ】「ぐぬっ…!状況を報告しろ!!」
【オペレーターA】「主電源は無事、艦機能の維持は可能ですが…、第1、及び第2エンジン大破!格納庫も通信途絶!航行不能です!!」
ブリッジの照明は落ち、主砲直撃の衝撃でソウジも頭から流血していた。だが、そんなことを気にしている場合ではない。ソウジは叫ぶように命令する。
【ソウジ】「ブリッジが生きてりゃ指揮は執れる!!全艦に命じろ!!緊急戦闘態勢、あの戦艦を何としても沈めろ!!!」

その命令を出した直後、別のオペレーターが報告した。
【オペレーターB】「敵艦解析…照合!改修されているようで少し見た目は異なりますが、やはりあの艦に間違いありません!!」
【ソウジ】「『あの艦』…だと?…まさか…」
【オペレーターB】「はい。1ヵ月にわたる漂流劇から帰還したという同盟の練習艦・クロスバード…コードネーム『スイーツガール』です!」


【カンナ】「…はっくしょん!」
【クーリア】「大丈夫ですか…?」
【カンナ】「誰か噂でもしてるのかしら…?」
…今やカンナの噂など銀河のあちこちでされているであろう、というのはさておき。
同盟内であれだけ話題になったクロスバードである。当然、その情報は連合や共和国にも流れていた。そして傑出した者には、本人の与り知らぬところで思わぬ愛称がつく、というのが世の常である。カンナ、ひいては練習艦であるクロスバードそれ自体が、艦長であるカンナの「スイーツ好き」というどうでもいい情報だけが先行した結果、「スイーツガール」という凡そ戦艦とは思えない愛称、コードネームとなって銀河中に広がったのだ。

とにかく、くしゃみをしている場合ではない。カンナはすぐ気を取り直し、指示を出す。
【カンナ】「ジェイク、アネッタ、お願い!」
【ジェイク】「了解!ジェイク、出る!」
【アネッタ】「アネッタ、出ます!」
ジェイクのアンタレスとアネッタのアルタイル、2機に出撃を命じた。その合図で続けて発進し、クロスバードの防衛にあたる。
既にサグラノ家艦隊はカグラヅキから離れるようにして逃げるクロスバードに対し猛攻撃を開始していた。光の線が次々とクロスバードを掠める。
【アネッタ】「さすがにこの状況じゃあ狙撃は無理か…防御に徹するしかないわね」
【ジェイク】「久しぶりに出撃と思ったらこれだから面白くねぇよなぁ…」
【カンナ】『そこの2人!しっかり頼むわよ!』
軽く愚痴ったジェイクに対し、カンナから通信でツッコミが飛ぶ。
【アネッタ】「なんであたしまで…っと!」
アネッタがそうこぼしたところに、ビームが飛んでくる。自前の盾で防いだ。


【ソウジ】「…しかし、まさかスイーツガール1隻だけではあるまい…?」
ソウジがそう首を傾げた。常識的に考えれば、これに合わせて同盟の第3艦隊が攻撃を仕掛けてくるはずだが、その様子はまだない。
【オペレーターA】「…いえ、他の戦艦は確認されていません。敵艦、スイーツガール1隻のみです」
【ソウジ】「何だと…?」
オペレーターの言葉に、ソウジの動きがピタリと止まった。そして、そのまま思考を巡らせる。
大艦隊相手に1隻で突っ込むなど、余程のことがなければ有り得ない。今回は特に、追撃できる戦力があるにも関わらず、である。
そして、そんな動きをする理由というのは、大抵相手の想像を超えたところにある。それを敵側が想像しろというのは、無理というものだ。
…そこまで結論を出して、こう指示を出した。
【ソウジ】「各艦に告ぐ!敵は1隻のみだ!全力で沈めろ!!但し、常に警戒は怠るなよ!!」


一方、クロスバードを単独で送り出した同盟の第3艦隊主力は、ケレイオス本星から少し離れたデブリ帯に潜んで様子を見守っていた。
【副官】「クロスバードとサグラノ家艦隊、交戦状態に入った模様です」
【イレーヌ】「…見ればわかる」
副官の報告を、イレーヌ元帥はそう軽く言い遮った。
彼女は戦況が映し出されたモニターをじっと見つめたまま、腕を組んで動こうとはしない。
だが、しばらくしてから副官にこう命じた。
【イレーヌ】「いつでも行ける準備はしておけ。どこぞのおばさんのちっぽけなプライドよりも、同盟の勝利の方が何万倍も大事だ…!」
【副官】「はっ!」


さて、クロスバード。サグラノ家艦隊の猛攻撃の中、敵艦隊から少しづつ離れるように動いている。
【レイラ】「…敵艦から人型兵器の出撃を複数確認!サグラノ家の汎用機、RSA-167A『オリヒメ』だと思われます!」
【カンナ】「囲まれないようにして!ゲルト、対空防衛を欠かさないように!」
【ゲルト】「言われなくても!…しっかし、思ったより冷静だな向こうさん。挑発に乗ってくると思ったんだがよ」
ゲルトが対空防衛システムを操作しながら、そう誰に向かうともなく話す。
【クーリア】「向こうもそこまで愚かではない、ということでしょう。正直、ベストなシナリオではありませんが…想定の範囲内です」
それに対してクーリアがこう答えた直後、クロスバードがグラリと大きく揺れる。
【オリト】「うわあぁっ!?」
思わずふらつくオリト。

【ジャレオ】「敵ミサイル、第4倉庫区画に命中!自動修復プログラムを起動します!」
【ジェイク】『悪い、撃ち漏らした!』
ジャレオが目の前の端末を操作しつつ報告する中、ジェイクから通信が飛び込む。
【カンナ】「あそこならかすり傷で済むわ!小さいのはいいから致命傷だけは避けて!
      …大丈夫、まだあたしらのツキは死んでない…!」
カンナは人型兵器乗り2人に指示を出した後、小声でそう確かめるように言った。

【レイラ】「敵艦との距離、600で変動なし!ですがオリヒメ3機が迫ってます!」
【カンナ】「オリヒメとの距離は?」
【レイラ】「今のところ420…いや、410!少しずつ迫られてます!」
【クーリア】「そろそろですね…」
【レイラ】「400、切ります!」
レイラがそう報告した瞬間、カンナが立ち上がり、こう叫んだ。
【カンナ】「今よ!ミレア、お願い!」

【ミレア】「いき、ます!!」
それに合わせて、ミレアがキーボードを叩くペースを上げる。クロスバードは加速しつつグルリと向きを変え、今度は逆にサグラノ家艦隊に突っ込む形になった。
そしてさらにカンナは人型兵器乗りの2人に指示を出す。
【カンナ】「ジェイク、アネッタ、オリヒメはお願い!」
【アネッタ】『この状況で無茶を!』
そもそもクロスバードが一気に向きを変えるのに合わせて、クロスバード防衛の位置取りを変えながら敵の猛攻を防ぐというただでさえ難易度の高い作業をやっている上にこの指示である。
カンナの無理矢理な要求に対して、アネッタはそう言い返すが、すぐにビームライフルを構えて、狙いを定め一発。
【レイラ】「オリヒメ、1機沈黙!」
【カンナ】「やるじゃない!」
【アネッタ】『偶然よ!』
カンナの賞賛に対して、アネッタが軽く謙遜して返す。

【カンナ】「そのまま加速して、最大船速で突っ込んで!ゲルト、次は頼むわ!」
【ゲルト】「任された!主砲、第2射準備開始!」
ゲルトが端末を操作し、主砲の発射準備に入る。
【レイラ】「オリヒメ残り2機、一気に近づいてます!距離180!」
クロスバードが方向転換したため、互いに向かっていく形となり一気に距離が縮まる。
【カンナ】「ジェイク!」
【ジェイク】『任せろっ!』
…とはいえ、かなりのスピードで動いているクロスバードから離れてしまうと置き去りにされてしまう。オリヒメ2機をクロスバードに引きつけつつ、クロスバードには被害が及ばないように倒す。簡単なことではない。
そもそも敵側としても、わざわざ人型兵器がいるところを狙うような間抜けなマネはしないのだ。オリヒメ2機はクロスバードに近づくと、アンタレスとアルタイルがいる逆側へと回り込もうとする。
【ゲルト】「…させるかよっ!!」
が、それを見ていたのはゲルト。主砲の発射準備を継続しつつ、対空砲やミサイルをオリヒメ相手に集中させる。
それを嫌ったオリヒメのうち1機がビームライフルを発射しようとするが、そのタイミングで副砲の照準が向けられた。さすがに難しいとみたオリヒメは向きを変える。

…その一瞬のスキを、見逃さなかった。
【ジェイク】「そこだぁっ!!」
ジェイクのアンタレスが一瞬だけクロスバードから離れ、ビームセイバーで一閃。オリヒメは真っ二つになり、爆炎に包まれた。
さすがに残りの1機となったオリヒメはまずいと見て、向きを変え撤退していく。
【レイラ】「オリヒメ残り1機、撤退します!」
【ゲルト】「よし、こっちも主砲準備OKだ!艦長、いつでもいける!」
だがカンナはすぐには発射を命じない。急旋回して速度を上げながらサグラノ家艦隊に突っ込もうとするクロスバード。それに合わせて陣形を変える様子を見極める。
【カンナ】「…もう少し、もう少し近づいて…今よ!!撃ぇーっ!!」
タイミングを見計らったカンナの命令に合わせて、ゲルトが主砲を発射。それまで数え切れないほどクロスバードを掠めていた光の線に対し、逆方向に向かう光の線が一筋だけ輝いた後、轟音が響き、煙に包まれ、クロスバードの視界はなくなった。


【ソウジ】「…どうなった!?状況を報告しろ!」
戦場を包む爆煙が薄れ、状況を確認しようとする。カグラヅキ自体はクロスバードの最初の一撃で航行不能に陥っていたためほとんど動いておらず、少し離れた場所にいた。
【オペレーターB】「詳細は現段階では不明ですが…、駆逐艦1隻が撃沈された模様!他、現段階では大破2、中破1、小破4!
          …ですが、ハナミヅキ級は全艦健在!大勢に影響ありません!!」
その報告を受け、ソウジはここが勝負所と判断。こう叫ぶ。
【ソウジ】「よし凌ぎ切った!動ける艦は全艦突撃!撃ち返せぇ!!」


【レイラ】「…ダメです、敵艦隊健在!反撃、来ます!!」
クロスバードの大型モニターに、敵の攻撃を示す光が次々と示される。艦隊所属のオリヒメも次々と出撃しているようで、光の点が増えていく。
【クーリア】「さすがに無茶でした…突破口を開ければ、と思ったのですが…申し訳ありません」
【カンナ】「…いや、よくやってくれたわ。ジャレオ、超光速航行は?」
【ジャレオ】「エネルギー充填にもう少し時間がかかります…すぐには無理です!」

そのジャレオからの報告を聞いたカンナは、少し力が抜けたようにこうつぶやいた。
【カンナ】「…どうやらあたしじゃ、女傑は超えられないみたいね…」


『…いいや、合格だよ。よくやってくれた』
クロスバードにそんな通信が飛び込んだのは、その直後だった。

【レイラ】「あたし達の反対側、サグラノ家艦隊の背後に多数の戦艦反応!…惑星同盟軍第3艦隊です!!」
【カンナ】「イレーヌ元帥閣下…!!」

それは、まさに絶好のタイミングだった。ちょうどサグラノ家艦隊がクロスバードを仕留めようと一斉に攻勢をかけた瞬間であり、あれだけ警戒していたはずの第3艦隊本隊の存在がすっぽり抜け落ちた一瞬だった。
【ソウジ】「しまっ…!!」
完全に虚を突かれ、ソウジも言葉を失う。

【オペレーターA】「総司令!このままでは…!」
そのオペレーターの声で我に返ったのか、ソウジはドン、と壁を思いっきり叩きつけた後、こう指示した。
【ソウジ】「…止むを得ん…全艦…超光速航行でL−56方面に撤退だ…っ!カグラヅキ含め、行動不能の艦は他の艦に曳航してもらえ…っ!!」


かくしてサグラノ家艦隊の動きが止まり、1隻、また1隻と姿を消し始める。
…だが、それを黙って見ているイレーヌ元帥ではなかった。
【イレーヌ】「逃げられる前に1隻でも多く落とせ!全艦、攻撃開始!!」
その命令と共に、無数の光の束がサグラノ家艦隊を襲う。次々と巨大な爆発が起こり、艦隊が塵と化していった。


その様子を、クロスバードのクルーはただ見ているしかなかった。
【オリト】「これが…第3艦隊…」
【レイラ】「…結局、いいように使われただけなのかしらね、あたしらは…」
【ゲルト】「ポジティブにいこうぜここは。クロスバードはそれだけ利用価値があるってことを海溝派にも認めさせた、ついでに生き残ったってことで!」
【カンナ】「そうね…生きて帰れたんだから良しとしましょう…!」


結局、カグラヅキはすんでのところで超光速航行で脱出したため敵の頭を倒すことはできなかったが、第3艦隊はサグラノ家艦隊の約半数を撃沈し、壊滅状態に追い込んだ。
数日後、第3艦隊はほぼ無傷でケレイオス本星を占領。
かくして、ケレイオスを巡る戦いは、同盟の勝利にて終結。サグラノ家艦隊壊滅という事実も相まって、その一報は銀河に衝撃を与えた。

「ソウジ率いるサグラノ家艦隊が同盟の第3艦隊によって壊滅…?面白くなってきましたわね…!」
そのニュースを聞いて、不敵に笑う少女。クロスバードが彼女と『再び』邂逅する日が、近づいていた。
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第25章:氷の果てで嗤う世界の渦
 ホップスター  - 21/7/3(土) 0:04 -
  
かのケレイオスの戦いから数週間後。
クロスバードは、氷の中にいた。

【ジェイク】「…これで何日目だ?」
【アネッタ】「8日目ね…いつまで続くのかしら、この状況…」


        【第25章 氷の果てで嗤う世界の渦】


惑星・リベルクエタ。
赤道付近を除いて惑星のほとんどを氷に覆われている、まさに氷の星である。
こんな厳しい環境であるため元々知的生命はいなかったが、同盟と共和国の勢力圏の境界付近にあったこと、そして何より氷の合間から僅かに顔を出す地表からは貴重な鉱物が採取されることから、両勢力の間で激しい争奪戦が繰り広げられてきた。

そう、ケレイオスの次はリベルクエタ、とばかりに、クロスバードはこの星へと向かったのである。
…が、その経緯は単純ではない。


遡ること2週間ほど前。
【イレーヌ】「…で、リベルクエタが危ないからあのお嬢ちゃんの艦を寄越せと?」
【アルベルト】『そうではない!聞けばケレイオスでの戦いに於いて、よりにもよって単艦突撃させたそうではないか!
        これでは何のためにあの小娘達を第4艦隊ではなく第3艦隊にやったのか分からんぞ!』
【イレーヌ】(ちっ、痛い所を突いてくるじゃないか…)
イレーヌが軽く舌打ちした相手は、第6艦隊のアルベルト=グラッドソン元帥。どちらも海溝派で対共和国戦線ということもあり頻繁に通信しているのだが、今回はこの話題を突き出された。
【アルベルト】『とにかく、参謀総長の許可も得ている。早急に手配するように』
イレーヌ元帥は思考を巡らせる。反論しようと思えばいくらでも反論できる。ケレイオスの戦いだって、危なくなったらいつでも援護できるように控えていた(そして、実際そうした)のであるし、何より激戦地であるリベルクエタに行かせるのでは、結局同じことである。
…だが、結局イレーヌ元帥は反論せずに、こう切り出した。
【イレーヌ】「分かった、そうしよう。…但し、だ。貴重な戦力をタダでくれてやる訳にはいかん。1つ条件がある」
【アルベルト】「何かね?」
アルベルト元帥は多少苛つきながら聞き返す。
【イレーヌ】「惑星メルテリアの基地、あそこを少し貸してくれないか。ケレイオスを獲った関係で補給線がちょっと不安なんだよ」
【アルベルト】「…ふん、まぁ良かろう。あくまで一時的だぞ」
アルベルト元帥は少し考えたが、首を縦に振った。
【イレーヌ】(これで万が一があっても動ける…自力で動いてもいいけど、『あの噂』が本当なら…接触してみる価値はありそうだねぇ)
その裏でイレーヌ元帥がある計画を練っていたが、それにアルベルト元帥は気付くことはなかった。


…かくして、クロスバードはリベルクエタの氷の中に向かわされた。ジェイクとアネッタの無益な会話の翌日、9日目の昼のことである。
【カンナ】「…さて、ブリーフィングを始めましょうか」
ブリーフィングルームに集まったX組の面々であるが、カンナの口も重い。1日1回、定期的に集まってブリーフィングをするのだが、ここ数日全く状況に変化はなく、話すことなど既にないのだ。
【クーリア】「では…ここまでくるとただの朗読練習ですが、現在の状況をもう一度説明します」
クーリアも渋い表情をしながらそう切り出す。昨日と同じ内容を繰り返すだけの、最早ただの作業である。

【クーリア】「えーと…9日前、私らは第6艦隊のグラッドソン元帥に指示されて…というかぶっちゃけ騙されて、リベルクエタの南緯10度付近、巨大氷山の合間から海が顔を出すエリアに移動。
       そこで氷山に潜みつつ、好機があれば付近の共和国軍基地を攻撃するよう命じられましたが、好機もへったくれもないまま9日経過しました、説明は以上です」
【レイラ】「クーリアの説明が日を追うごとに投げやりになっている…」
生真面目なクーリアですらこれである。他の面々は推して知るべし、というところだろうか。

【カンナ】「ミレーナ先生、こんな話はあまりしたくないけど…食料は大丈夫?」
そんな中でカンナは、かねてよりの懸案事項をついに口にした。ミレーナ先生に問う。
【ミレーナ】「元々1ヵ月分ぐらいは大丈夫だけどねー。それよりも、正直あたしはみんなの精神面が心配かなー…」
身動きができない状況、既に皆の様子も一様に暗い。医師でもあるミレーナ先生は、むしろそちらを心配していた。仮に万が一、この後『好機』が訪れたとしても、この心理状態ではそれを活かすことができないかもしれないのだ。そしてそれは、当然クロスバードの運命、そして皆の命に関わる。

【ジェイク】「あのクソジジイが!!体よく俺達を葬りやがって!!!」
ジェイクが思わず机を叩いて叫ぶ。X組の面々でも、いや当事者だからこそ分かる。どちらかといえば山脈派寄りと目されるX組の活躍は、海溝派である第6艦隊、グラッドソン元帥にとっては邪魔でしかなかったのだ。
グラッドソン元帥の説明では、第6艦隊の主力がクロスバードの反対側から基地を挟み撃ちにするというものだったが、いざリベルクエタに降りてみれば、リベルクエタで戦う第6艦隊の主力は惑星の反対側。説明を求めようとしたが、のらりくらりと躱されておしまいである。
【ゲルト】「しっかしあのクソ司令、『連合や共和国よりも山脈派が嫌い』って噂話は冗談じゃなかったのかよ…」
ゲルトがそんな噂話を持ち出せば、
【フランツ】「オマケに敵基地は防御が厳重で、隙の一つもありゃしない、と…」
フランツも半ば諦めるように呟いた。

…ところが、である。
そこで、オリトが閃いた。

【オリト】「…あの、でも、それってちょっとおかしくないですか?」

【カンナ】「どういうことかしら?」
カンナが説明を促す。オリトはゆっくり、自分の言葉で、周囲に確かめながら説明を始めた。
【オリト】「この基地周辺に、このクロスバード以外の同盟軍はいないんですよね?」
【レイラ】「ええ、それは間違いないわ」
【オリト】「それだったら…なんで共和国の基地は、敵が近くにいないのに、防御をしっかり固めてるんですか?」

【クーリア】「…っ!!」
クーリアが思わず「しまった」という表情を浮かべる。この極限状況で冷静な判断ができなくなっていたことを、さすがにこの時は後悔した。
現在クロスバードは敵に気づかれないために、エンジン等を全てダウンさせている。共和国もクロスバードの存在に気が付いたら真っ先に攻撃してくるはずであるから、まだ自分たちは気が付かれていないのだ。なのに、この厳重な防御。

レイラが何かを思い立ち、個人端末を開き、データから解析を始める。
【レイラ】「敵防衛部隊の行動パターンを解析…恐らくこれは、『敵を探している』感じだと思います」
【カンナ】「ひょっとして…『どこかは分かっていないが、近くに敵がいることは知っている』って感じ…?」

と、その時だった。
やや乾いた感じの、あまり聞いたことのない衝撃音が、クロスバードを駆け巡った。

【アネッタ】「な、何!?」
【ジャレオ】「各種センサーに異常なし、クロスバードは無傷のようですが…一体…!?」
ジャレオが不思議がる中、レイラが素早く端末で状況を把握していた。
【レイラ】「いや、これは…氷が割れてる…!!」
運命か偶然か。クロスバードを隠していた巨大な氷が裂けたのだ。…そしてそれは、敵からもこちらからも、互いの姿が確認できるようになったということである。その状況を飲み込んだクーリアがこうつぶやいた。
【クーリア】「…さて、これで逃げも隠れもできなくなりましたね」
【カンナ】「こうなった以上、死ぬのが早いか遅いかの違いと思ってやるしかないわね。…みんな、覚悟はいい?」
カンナがクルーに問いかける。全員、軽く頷いた。
【カンナ】「やるだけやってやるわよ!ジェイクとアネッタは出撃準備に入って!他のみんなはブリッジへ移動!!」
そして、その掛け声で一斉に立ち上がり、それぞれの持ち場へと向かった。


【共和国兵A】「何の音だ!?状況を報告しろ!」
【共和国兵B】「音声パターンを解析…4−6A方面、距離200の氷塊が崩壊した模様!」
【共和国兵A】「何だ、ただの自然現象か…」
報告を聞いた共和国兵が安堵する。が、その直後、彼の背後に人影がすっと近づいた。
【???】「…何を寝惚けた事をおっしゃってるんですの?」
【共和国兵A】「も、申し訳ありません!!再度確認を…」
【???】「その必要はありませんわ。…総員、急いで出撃準備を!!戦艦を動かしますわ!」
そう指示を出す彼女は、少しだけニヤリと笑っていた。


【クーリア】「各員、配置につきました。ジェイクとアネットも準備完了です」
ブリッジ要員は全員ブリッジに移動。オリトやミレーナ先生もブリッジにいる。
【カンナ】「ありがとう。…それじゃ、みんな…」
【レイラ】「ちょっと待ってください!!敵基地から大きな熱源反応!!」
カンナの指示を遮るように、レイラが叫ぶ。
【クーリア】「先に敵が動き出した!?」
【レイラ】「メインモニターに画面出します!!」
レイラが端末を操作し、正面のメインモニターにその様子を映し出した。

映し出されたのは、基地から浮上する、1隻の戦艦。
【カンナ】「えっ…」
【オリト】「う…嘘、だろ…?」
その戦艦を見たクロスバードのクルーは、言葉を失い、ただその様子を見ている他なかった。

数秒経って、レイラがはっとした様子で端末を操作する。
【レイラ】「パターン解析…間違い、ありません」
レイラはその続きを言おうとするが、衝撃のあまり言葉が出ない。
【カンナ】「…レイラ、続けて」
カンナに促されて、ようやくその続きを口にした。
【レイラ】「あ、はい…共和国ドゥイエット家私設艦隊旗艦、プレアデス…魔女、です」

ようやくそこまでレイラが言い切ったところで、通信が飛び込んできた。発信源は、そのプレアデス。
カンナは渋い表情で、通信機を手に取った。


【アンヌ】『ごきげんよう。お久しぶりです、クロスバードの皆さん』
【カンナ】「…お久しぶりです。まさか、こんな場所でこういう形で再会するとは思っていませんでした…」
いつもと変わらず、カンナ達もよく知っているいつもの調子で話しかけるアンヌに対して、カンナは予期せぬ再会の衝撃が抜けきっていない。
【アンヌ】『世の中とは得てして予測できないものですわ。…さて、再会の挨拶も済みましたし、そろそろ始めましょうか』
【カンナ】「始める…?」
カンナが軽く首を傾げたが、アンヌは表情一つ変えずにこう返した。
【アンヌ】『おかしなことを尋ねるのですわね。この状況で、戦争以外に始めることがありますか?』
【カンナ】「…!!」
その言葉で、カンナ、そしてクロスバードのクルーはようやくはっとした。以前とは違う。彼女達は、間違いなく『敵』なのだ。
気が付くと、プレアデス以外にも、アトラス、アルキオネ、エレクトラ…と、魔女艦隊の戦艦が次々と目の前に現れている。
【アンヌ】『各艦、主砲発射準備…撃ぇーっ!!』
アンヌは敢えて、クロスバードとの通信を切らずにその言葉を告げる。
次の瞬間、魔女艦隊の各戦艦主砲から光の束が放たれ、一斉にクロスバードを襲った。
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第26章:魔女の咆哮、星を穿つか否か
 ホップスター  - 21/7/10(土) 0:19 -
  
魔女艦隊が放った初撃は、ミレアの咄嗟の判断で、まさに間一髪で躱すことができた。
【カンナ】「…助かったわ、ミレア」
【ミレア】「いえ、これは、まずい、と思った、だけです」
アンヌの主砲発射命令は、彼女が敢えて通信を切らずにクロスバード側にも流したため、カンナだけではなくクロスバードにいたブリッジにいた全員が聞いている。
だがミレアはその命令を聞く前に、『これはまずい』と感じ、咄嗟に艦を回したのだ。

一方、こちらも初撃が外れたことを確認したアンヌは、それを判り切っていたかのようにつぶやいた。
【アンヌ】「やはりこれでは沈んではくれませんか…あちらの操舵手、確かかなり落ち着いた女の子だった記憶がありますが…見た目と違って相当なやり手ですわね…」


        【第26章 魔女の咆哮、星を穿つか否か】


カンナは後手を踏むまいと、矢継ぎ早に指示を出す。
【カンナ】「ゲルト、全砲門発射準備を!ジェイクとアネッタも急いで出撃…」
…が、そこまで言いかけたところで、クーリアの右手がすっと彼女の目の前に伸びてきた。
【クーリア】「…艦長、落ち着いてください」
【カンナ】「クーリア…?」
【クーリア】「確かに目の前の敵が魔女艦隊であった、というのは想定外もいいところですが…そもそも私達の現在の目的は何でしたか?
       目の前の基地を占領することでも、目の前の敵を殲滅することでもありませんよね?」
【カンナ】「!!」
そこでようやくカンナははっとする。アルベルト元帥に嵌められたこの状況からさっさと脱出するのが、今の第一の目標のはずである。戦果など、帰ってから適当に言い訳を繕っておけばいいのだ。そこで何と言われようと、ここで死ぬよりは何百倍もマシである。

【カンナ】「…ありがとう、クーリア。目が覚めたわ」
【クーリア】「いえいえ。…とはいえ、魔女相手に逃げ切るというのも、楽ではないというのは重々承知ですが…」

そうクーリアが返している間にカンナは一計を案じたようで、フランツに対して指示を出す。
【カンナ】「…フランツ、この辺りの氷の下はほとんど海なのよね?」
【フランツ】「え、ええ、そのはずですが…」
【カンナ】「地形データ、もらえるかしら?」
【フランツ】「了解…これぐらいでいいでしょうか?」
すぐにフランツからデータが届く。それを確認したカンナは、次々とクルーに指示を出した。
【カンナ】「ありがとう。…ミレア、C6方向にお願いできるかしら?」
【ミレア】「了解、です」
【カンナ】「ゲルト、主砲は使わずに魔女艦隊を牽制して!」
【ゲルト】「無茶言ってくれるなぁおい!…任された!」
【カンナ】「ジェイクとアネッタもあくまでも迎撃に徹して!」
【ジェイク】『了解!』
【カンナ】「…魔女相手に逃げ切るとしたら…これしかないわ…!」
カンナがそう小声でつぶやくと共に、クロスバードは大きく向きを変え、魔女艦隊から逃げるように動き出した。

【ドミトリー】「『スイーツガール』、反転して距離を取ります」
【アンヌ】「あら、今回は逃げるんですのね?」
ドミトリーの報告を聞いて、アンヌはそう挑発するようにつぶやいた。但し、既に通信は切れており、そのつぶやきは相手には届かない。
【アンヌ】「普通ならそれが上策なのかも知れませんが…私達にそれが通用するとお思いなのかしらね?」
アンヌはさらにこう続けて、ニヤリと笑った。追撃開始の合図である。

【レイラ】「魔女艦隊、追ってきます!」
レイラの報告に対し、カンナがいくつか質問を飛ばす。
【カンナ】「速度は!?」
【レイラ】「ほぼ同じです!しばらくは追いつかれないはずですが、これでは逃げ切るのも…!」
【カンナ】「距離は400のままね?」
【レイラ】「え、ええ、会敵時と変わりません!」
【カンナ】「それならギリギリいけるはず…!ゲルト、主砲はチャージだけしてまだ撃たないで!!」
【ゲルト】「分かった!…とっておきの策があるんだろうな?」
【カンナ】「そんな大層なものじゃないけど…信じてもらえるとありがたいわ」
【ゲルト】「馬鹿を!俺達には『艦長を信じる』以外の選択肢はハナから用意されてねぇんだよ!」
ゲルトはそう言いながら主砲のチャージだけを開始する。
実際のところ、ゲルトは勿論、この時点ではカンナ以外のクルーはカンナの意図を計りかねていたが、それでも誰もカンナを疑ってはいなかった。
【カンナ】「嬉しいコト言ってくれるじゃない!…もうちょっとよ!」


やがてクロスバードは、見通しの良い氷原に出る。だが、そこは遮るものが少なく、逃走戦の常識で言えば有り得ない場所である。
【アンヌ】「今です!落としてしまいなさい!」
それをチャンスとみたアンヌはそう指示するが、ドミトリーが待ったをかけた。
【ドミトリー】「お待ちください。…あの同盟の超エリート揃いの戦艦が、無策のままこんな場所に逃げ込むとは到底思えません」
それを聞いたアンヌは手を止める。その通りである。『あの戦艦』に乗っている面子を誰よりも知っているのが他ならぬ彼女なのだ。
アンヌは数秒、無言で思考を巡らせていたが、それをかき消すように兵士の声が響いた。
【兵士A】「敵艦、浮上します!」
【アンヌ】「浮上!?」
モニターを確認すると、確かにクロスバードが上昇している。さすがの彼女も驚きを隠せない。

やがてクロスバードはある程度の高度に達すると、そのまま艦首を下に向け、氷の地面に向かって主砲を放った。
【ドミトリー】「主砲を…?ど、どういうつもりでしょうか…?」
【アンヌ】「ま、まさか…!」
…アンヌがある可能性に気が付いた瞬間、クロスバードは既にその場から姿を消していた。

【兵士A】「て、敵艦の反応、ロスト!!」
混乱する兵士に対して、アンヌが思わず叫ぶ。
【アンヌ】「海中よ!主砲を氷原に撃って氷を壊して、海に潜ったんですわ!!」
【ドミトリー】「そんな無茶な…!海中、追いますか!?」
【アンヌ】「さすがに艦隊で追いかけるのは無理ですわね…」
アンヌの言う通り、この氷の惑星でたった1隻の戦艦を追いかけるのに艦隊総出で海中に突っ込むのは、メリットに対してリスクが釣り合わない。
【アンヌ】「やられましたわね…」
完全に出し抜かれてしまったアンヌは、さすがに悔しそうな表情を見せ、こうつぶやいた。もちろん予想外の行動で逃げられたことに対してもそうだが、クロスバードが浮上して以降、予想外の動きに呆気に取られてしまい、ほとんど砲撃ができなかったのもさらに後悔させた。
そもそも敵がどんな動きをしていようが、とりあえず砲撃して当たってしまえばそれで勝ちだったのに。…そんなことを考えているところに、ドミトリーが問いかける。
【ドミトリー】「如何いたしましょう。帰還いたしますか?」
…だが、そこでアンヌも何かを閃いたようで、こう答えた。
【アンヌ】「…いいえ、まだ手段はありますわ。地形図を出して?」
その指示に対して、メインモニターに素早く現在地周辺の地形図が映し出される。
【アンヌ】(このままでは終わらせませんわよ…!)


一方、海中に逃げ込んだクロスバード。
【カンナ】「魔女艦隊の追跡は!?」
【レイラ】「…ありません!振り切りました!」
…レイラのその一言で、ブリッジに安堵の声が相次ぐ。
【クーリア】「さすがに今回ばかりは血迷ったのかと思いましたよ…」
【ゲルト】「氷が薄い氷原で主砲ブッ放して氷を壊したらそのまま海中にドボン、とか滅茶苦茶もいい所だろ…」
【レイラ】「あたしも水中潜航モードに切り替えろって言われた時は一瞬『えっ!?』ってなったし」
【ミレア】「正直、撃たれないか、怖かった、です」

【オリト】「で、これからどうするんですか?ずっと海中にいる訳にはいかないですし…」
【カンナ】「氷がないFB−6ポイント付近で浮上して、うまいこと逃げるわ。大気圏から抜け出せれば後はどうにでもなるし」
【ミレア】「了解、しました」

かくして、水中を潜航すること数時間。予定通り氷のないポイントに到着し、浮上を開始する。
【レイラ】「付近に敵影、ありません!」
【カンナ】「それじゃ、一気に浮上するわよ!そのまま上昇して大気圏離脱まで持っていくわ!」
【ミレア】「上昇、します」
それに合わせて、クロスバードは一気に浮上。水面から艦体が完全に抜け出し、空中に出た、その瞬間だった。

ズドン、と鈍い衝撃がブリッジを襲う。一瞬、何が起こったのか分からないクロスバードのクルー。
コンマ数秒だけ間を置いて、ようやく『被弾』だと把握した。
【カンナ】「ジャレオ、被害状況は!?」
【ジャレオ】『S−2ブロックに被弾!通路なので人的・物的被害はないですが、応急処置をしないと大気圏外への脱出は難しいです!』
【カンナ】「くっ…仕方ないわ、一旦上昇を中止!回避運動を取りつつ今の高度をキープ!」
【ミレア】「了解、です」

とりあえず浮上を止めたクロスバードだが、問題は、何故撃たれたか、である。付近に敵影はいなかったはず。
【ゲルト】「…にしても、一体どっから撃ってきやがった!?」
【レイラ】「被弾位置からして、N−25方向だと思いますが…そんな、まさか…!」
レイラは被弾方向から推測して、ある結論に至った。最も、「まさか」という注釈付きではあるが。


【ドミトリー】「敵艦、浮上を止めました。回避運動を取りつつ高度をキープしています」
【アンヌ】「さすがに直撃とはいきませんでしたか…ですが十分です、全艦、一気に詰めますわ!!」
結論から言えば、魔女艦隊はクロスバードの索敵範囲外から、クロスバードが浮上してくる瞬間を狙って狙撃したのだ。

【ゲルト】「そんな芸当…そもそもこっから浮上するって何でバレてんだよ!」
【カンナ】「あたしらが水中に潜った場所から比較的近くて浮上しやすい地形…向こうとしてもギャンブルだったろうけど、迂闊だった…っ!」
思わず拳を机に叩き付けながら、悔しがるカンナ。完全に、自身の詰めの甘さが招いたミスである。
【クーリア】「水中だと索敵範囲が狭くなりますし…完全に狙われてましたね…」
魔女艦隊にしてみれば、潜って追いかけられないのであれば、浮上するところを狙えばいい。完全に裏を取られてしまった格好だった。

【レイラ】「魔女艦隊、接近してきます!」
【カンナ】「さすがに今度こそ万事休すかしらね…」

と、その時だった。
【兵士A】「未確認機、上空より降下してきます!!」
【アンヌ】「未確認機?」
予想外の報告が飛び込む。モニターに映し出すように指示するアンヌ。
指示通りに兵士がモニターにその未確認機を映し出したところ、小型の宇宙艇がゆっくりと降下してきていた。

【アンヌ】「あまり見かけないタイプですが…これは民間用の小型艇?」
アンヌが指摘した通り、現れたのは主に民間で使われる小型艇。宇宙海賊などからの自衛のため最低限の武装をしているものもあるが、大半は非武装。少なくとも、戦場に出てきていいものではない。


一方、クロスバード側も全くの想定外の展開に呆気に取られていると、突然その小型艇から通信が飛び込んできた。
『お久しぶりです、皆さん』
その声の主は―――
【カンナ】「マリエッタ…王女殿下…どうしてここに…!?」

【マリエッタ】『あら、私のお話をもうお忘れになって?今の私は、ただのマリエッタとして…皆様に会いにきたのですわ』
【レイラ】「お話…?」
【クーリア】「そういえば、王家から離脱するという話を聞いたような…正直、あの演説の後半部分はほとんど聞いてなかったのですが、本当だったのですね…!」

【フランツ】「それにしても、わざわざこんな戦場まで小型艇で会いに来るとは、穏やかではないですね…」
【マリエッタ】『いえ、本当に純粋に、会いに来たのですわ。先日のお礼と、皆様の普段の様子が知りたくて』
【ゲルト】「普段の様子、って…」
呆然とするクロスバードのクルー。しかし冷静に考えると、グロリアでの騒動にX組が絡んだ一件も、元はと言えばマリエッタがクロスバードに駆け込んだことが事の始まりである。良くも悪くも浮世離れしているのが彼女なのだろう、と無理矢理納得した。


【兵士A】「通信、傍受しました。音声パターンから見ても間違いありません。…グロリア王国元第二王女、マリエッタ=ネーブルです」
【アンヌ】「まさかこのタイミングで直接介入してくるなんて…!世間知らずもいいところですわ…!」
魔女艦隊の旗艦・プレアデスでは、そのやり取りを聞いていたアンヌが唇を噛む。
【ドミトリー】「…如何いたしますか?」
【アンヌ】「下がるしか、ないでしょう…!」
離脱を表明しているとはいえ、彼女はれっきとしたグロリアの王族である。いくら『魔女』とて、共和国と国境を接している国の元王族を撃つ訳には、さすがにいかなかった。


かくして、被弾箇所の応急処置を終えたクロスバードがマリエッタの小型艇と共にゆうゆうとリベルクエタから離脱するのを、魔女艦隊は黙って見送るしかなく、この戦いは何とも後味の悪い形で終えることとなった。
【アンヌ】「悔しいですわね…」
リベルクエタの大気圏から離脱していくクロスバードを眺めつつ、アンヌがポツリとつぶやく。魔女の異名を取る彼女とて、これまで一度も敗れたことがない訳ではない。かの『蒼き流星』に苦汁を舐めたことだってある。しかし、これだけの悔しさを味わったのは初めてだった。もちろん、今回の戦いが『単純に敗れた』訳ではなく、訳の分からない介入によって強制的にみすみす敵を見送らざるをえなかった、ということも大きい。
そしてそれと同時に、うっすらとだが、彼女たちクロスバードの可能性、というものについて考えを巡らせていた。共和国内で同行していた時も薄々感じていたが、彼女たちは間違いなく只者ではない。今はただのいち戦艦かも知れないが、やがてこの銀河の戦争の趨勢すらも変えてしまう存在になるのではないか。…仮に彼女たちがそうなった時に、多少なりとも関わりがある自分たちはどうするべきか、どう在るべきか?

…そこまで考えたところで、アンヌはあることを思いつき、ドミトリーを呼び耳打ちする。
【ドミトリー】「お嬢様、それは…」
ドミトリーが耳打ちの内容に驚きそこまで言いかけるが、アンヌはドミトリーを制止した。
【アンヌ】「これも未来のためです。…銀河の、そして我々の。ドミトリー、お願いしますわ」
【ドミトリー】「はっ、仰せのままに」
ドミトリーはそう承諾し、ブリッジから下がっていった。

【アンヌ】「さて、銀河の意思は誰に微笑むのかしらね…?」
彼女は一人になったブリッジで改めてニコリと笑いながら、既にただの点ぐらいの大きさにしか見えなくなっていたクロスバードを見上げながらつぶやいた。気が付くとその点も、もう分からなくなっていた。
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第27章:運命が巡る時、翼は広がる
 ホップスター  - 21/7/17(土) 0:01 -
  
リベルクエタの戦いからおよそ2週間後。
クロスバードとそのクルーは、首都惑星・アレグリオを周回している軍用宇宙コロニー、「エステリア」にいた。

【カンナ】「はぁ…やーっと一通りの報告が終わったわ…ついでにたっぷり怒鳴られた…」
【クーリア】「お疲れ様です、艦長。お茶を入れておきました」
【カンナ】「助かるわー」
そう言い、軽くお茶を飲む。

【クーリア】「ケレイオスもリベルクエタも、一筋縄ではいきませんでしたからね…」
【カンナ】「いや、ぶっちゃけそこは戦闘だからどうとでも言い訳がつくわ。問題はマリエッタ王女殿下…今は『元』王女なのかしら?よ」
【クーリア】「あぁ、確かに…どうやって説明したんですか?」
【カンナ】「とりあえず王女殿下が旅行中のところを偶然出会って拾いましたー、みたいな話にはしたけど…ぜーったい上層部に怪しまれてる気がする…」
【クーリア】「冷静に考えたら突っ込まれますよね…」
カンナは苦笑いしながら、お茶が入ったカップを机の上に戻した。


        【第27章 運命が巡る時、翼は広がる】


【カンナ】「で、そのマリエッタ殿下は?」
【クーリア】「ミレーナ先生と地上に降りて、アレグリオを見て回ってるそうです。他のクルーは全員こちらに残ってます」
【カンナ】「オリト君も?」
【クーリア】「オリト君は逆にエステリア見学みたいな感じになっていますね…まぁ、彼にとってはここを見て回るのも勉強のうちでしょう」
【カンナ】「それもそうね。学生身分じゃそうそう入れないしね、ここ…」
軍用コロニーということもあり、エステリアは例え士官学校の学生といえどそうそう入れるものではない。カリキュラムとして卒業までに一度は見学することになっているが、現役の軍人ですら「学生時代に一度見学に行ったきり」という者も少なくなく、エリート学生である当のカンナやクーリアもこれまで数回しか訪れたことはない。
そういう事情を鑑みると、入学してまだ数か月のチャオであるオリトがエステリアにいるというのは、相当特別なことなのだ。

【オリト】「すごい、人型兵器がこんなに…!」
【ゲルト】「やっぱ男ならここだろ!ここに来て滾らねぇとか男じゃねぇ!」
【アネッタ】「イマドキそういうセリフは各方面からバッシング食らうわよ…」
そんな会話をしながら、人型兵器が多数並ぶ工廠を歩くクロスバードの面々。ここに来たメンバーの中で、唯一の女性であるアネッタがぼやく。
【ジェイク】「なぁゲルト、あそこに見たことないタイプがあるんだが、あれ何だか分かるか?」
【ゲルト】「うーん…俺も見覚えねぇな。鹵獲した機体でも無さそうだし…開発中の新型じゃね?」
【オリト】「って、それって機密じゃないんですか!?」
【ゲルト】「いや、このコロニー自体が普通は入れねぇからな?」
一般には公表されていないどころか、ゲルトですら知らない新型の人型兵器が当然のように並んでいるのが、ここが特異な場所であることを示していた。

【オリト】「あれ、あの機体、他よりかなり小さくないですか?」
そう言い、奥の方に見える機体を指してオリトが尋ねる。通常、人型兵器は3大国家いずれも全高15m前後であるが、その機体はその3分の1、およそ5m程度に見える。
【ゲルト】「あー、ありゃチャオ用だな。軍属、しかも人型兵器乗りのチャオなんてほとんどいないから、あれも相当レアだぞ?」
【オリト】「あれがチャオ用…」
【アネッタ】「つまりオリト君も将来あれに乗る可能性があるってことね。よく見ておくといいわ」
オリトはクロスバード内にてシミュレーターで人型兵器のトレーニングはしていたが、実物を見るのは初めてである。遠巻きながら、興味津々にその機体を見ていた。


一方、カンナとクーリアが話している部屋では、レイラが入室してきた。
【レイラ】「艦長、お疲れ様です」
【カンナ】「レイラ、そっちはどう?」
【レイラ】「あたしの担当はほぼ終わり。後はジャレオにお願いすることになりそう」
【クーリア】「話には聞いていましたが…この短期間で可能なんですか?」
【レイラ】「というよりも、『この期間で出来る範囲のことをやろう』って感じ。元々のシステムが数十年前のオンボロだから、ちょっと更新するだけでも効果あるのよ」
【カンナ】「なるほどね…」

【レイラ】「そういえば、これからどうするのかってのはまだ聞いてないの?」
【カンナ】「さて…まーたお偉いさんの都合に振り回されてとんでもない所に飛ばされるんじゃないのかしら?」
レイラの疑問に、カンナが諦めたような口調で答える。それに対しレイラは、こんな話題を持ち出した。
【レイラ】「だよねー…結局ケーキおごってもらうっていう約束、なんだかんだで果たしてもらってないし、このままだといつになるやら…」
【カンナ】「あー…そういえばすっかり忘れてたわ…一番最初にトラブった時に何かそんなこと言った気がする…」
一番最初、つまり入学式の日にアレグリオを出発してトラブルで銀河の反対側に飛ばされた時の会話である。
【クーリア】「…え、あの話、まだ生きてたんですか?てっきり一度アレグリオに戻った時にとっくにおごったのかと…」
【レイラ】「あたしもそのつもりだったんだけど、ほら、艦長スイーツ評論でマスコミに引っ張りだこだったじゃない?それでタイミングを失っちゃって、今に至るって訳よ」
【クーリア】「な、なるほど…」
クーリアが苦笑いしながらレイラの話を聞く。
【カンナ】「スイーツ評論とは失礼ね!ちゃんと真面目な取材もあったのに!」
カンナがそう反論するが、レイラは平然とこう返した。
【レイラ】「もう手遅れよカンナ、あなたのことは既に『スイーツ大好き少女艦長』として同盟中、いや銀河中に知れ渡ってるわ…この間ネットのニュースで流れてきたんだけど、クロスバードが連合や共和国でどう呼ばれてるか知ってる?」
【カンナ】「えっと…何かしら…?」
カンナが恐る恐る尋ねる。
【レイラ】「『スイーツガール』らしいわよ。艦長にはピッタリかもしれないけど、特に男子陣にはいい迷惑かもね」
【カンナ】「す、スイーツガール…どうしてこうなったのかしら…」
カンナがそううなだれた、その瞬間だった。


ズドン、という大きくて鈍い音と共に、地面が揺れた。
【レイラ】「地震…?」
【クーリア】「いえ、ここは宇宙コロニーですよ…?」
当然、宇宙コロニーで地震など有り得ない。音と揺れが収まった頃に、今度は警報音がけたたましく鳴り響いた。

『敵襲!敵襲!コロニー内に共和国軍と思われる侵入者あり!これは訓練ではない!繰り返す!敵襲!敵襲!コロニー内に…』

警報音に続いて流れたこのアナウンスで、場の空気が一気に張り詰めた。
【カンナ】「とりあえず、ブリッジに向かうわ!」
【クーリア】「了解」
【レイラ】「ええ!」

一方、こちらも敵襲を受けて動揺する。
【ジェイク】「んなっ…!エステリアに敵襲だと…っ!?」
そもそもここは、首都惑星アレグリオを周回している軍事コロニー。本来は容易に敵襲を受けるような場所ではないのだ。

【ゲルト】「とりあえず、お前ら2人は最短距離でクロスバードに戻って出撃しろ!俺はオリトを連れて安全な場所に一旦避難する!」
ゲルトはそうジェイクとアネッタに命じた。ゲルトの方が立場が上という訳ではないが、2人共にその行動方針に異存は無く、そのまま「了解!」と言い残し、走ってクロスバードが停泊している宇宙港へと向かっていった。

ちょうどその時、カンナからの通信が飛び込む。
【カンナ】『ゲルト、そっちは無事かしら!?』
【ゲルト】「問題ねぇ!ジェイクとアネッタがそっちに向かってる!俺はオリトを連れて一旦避難するから安心しろ!」
【カンナ】『分かった、オリト君を頼むわね!』


カンナはゲルト達の無事と動向を確認すると、慌ただしく通信を切った。
【レイラ】「とりあえず全員無事みたいね」
【カンナ】「そうね。もうすぐジェイクとアネッタが出撃しに戻ってくるから、ジャレオ、その辺り任せられるかしら?」
クロスバードの格納庫で、アンタレスとアルタイルの整備をしていたジャレオに対し確認する。
【ジャレオ】『ええ、問題ありません。艦長たちはどうするのですか?』
【カンナ】「ここに居ても役に立たないし、白兵戦に向かうわ。留守番頼むわよ」
敵は既にエステリア内に侵入しており、戦艦であるクロスバードを動かしても邪魔になるだけである。それよりは、白兵戦の戦力になった方がマシ、ということだ。
【ジャレオ】『了解しました。気を付けてください!』
【カンナ】「お互いにね。…それじゃ、いくわよ!」
カンナはジャレオとの通信も切ると、クーリア・レイラと3人がほぼ同時に立ち上がり、クロスバードの外へと駆け出していった。


一方、カンナには安全な場所に避難すると伝えていたゲルトとオリト。…だが、ゲルトはその場に留まったままだった。
【オリト】「あのー…避難、しないんですか?」
【ゲルト】「…なぁ、オリト。…お前、あれに乗ってみたくはないか?」
ゲルトはそう言い、先ほど見ていた、チャオ用の人型兵器を指差した。先程まで人型兵器を整備していた人は既に避難しており、この場にはオリトとゲルト以外、誰もいない。

オリトは戸惑った様子で、こう答える。
【オリト】「え?いや、あれに勝手に乗ったらダメなんじゃ…」
そんなオリトに対し、ゲルトはそんなことは知ったことか、という表情でこう返した。
【ゲルト】「んなこと知るかよ。今は非常時だ。最悪責任は俺と艦長が取る!
      …どうだ、乗ってみてぇか否か、どっちだ?」
【オリト】「いや、でも…」
なおも困惑した表情のオリト。その時、上空で何やら音が聞こえたので、ふと上を見上げた。

オリトが見上げたコロニー上空では、侵入してきた共和国軍の人型兵器が、守ろうとする同盟の人型兵器に対し襲い掛かっていた。
機体性能に大差はないが、パイロットの練度に違いがあったのだろう。徐々に共和国の人型兵器に同盟の人型兵器が押されていき、最後にはビームセイバーで一突き。同盟の人型兵器は、爆音と共に塵と化した。

【オリト】「味方が…!」
【ゲルト】「お前がいたら助かってたかも知れない命だ。隅っこで援護射撃してるだけでも大分違うからな。
      …今まで、何の為にシミュレーターをやってきたんだ?こういう時に、誰かを守る為じゃねぇのか?」
【オリト】「でも、あの成績もまだまだで…」
【ゲルト】「あれぐらいのスコアが出てりゃ、とりあえず迷惑にはならねぇ程度にはなれる。俺が保証するよ」
     (…ま、オリトの現状だと『それ以上』を十分期待できるんだけどな)

実は、オリトがやっていたチャオ用の人型兵器シミュレーターは、オリトには告げずに敢えて難易度を非常に高めに調整してあった。
クロスバードは既に銀河中に名前が知れ渡っている艦であり、今後も敵の主力やエースと激突する可能性が非常に高い。オリトが今後もX組の一員としてクロスバードに同行することを考えると、ただ出撃できるレベルではなく、少なくとも敵エース級、それこそ蒼き流星やΣ小隊の攻撃から生き残れるぐらいの操縦技術が必要になる。
そういう発想のもと、敵エース級を想定した難易度調整にしてあるのだが、猛練習の成果かオリトに才能があったのか、最近はある程度のスコアを出せるようになっていたのだ。

【ゲルト】「…もう一度言うぞ、大事なのはお前がどうしたいかだ。別に嫌なら後方支援でもしてりゃいい。それも重要な任務だし、その選択を否定するつもりは無ぇ。
      だが、そうじゃねぇなら…誰が何と言おうと、お前のやるべきことは、1つだ」
ゲルトはさらにオリト迫るように言った。そこまで言われて、オリトはようやく考え込む。

そして、少し経って、結論を出した。

【オリト】「…乗り、ます!」

それを聞いたゲルトは、笑いながらこう言った。
【ゲルト】「よく言った!…ま、あれがちゃんと動くって保証も無いがな!」
【オリト】「これだけ焚きつけておいて動かなかったらそれこそ責任取ってもらいますよ!」
【ゲルト】「ははっ、言うようになったな!」


かくして、オリトはチャオ用の人型兵器に乗り込んだ。
【ゲルト】『どうだ、いけるか?』
シミュレーターで覚えた通りに、各種スイッチをONにしていく。近くのゲルトから通信が入ると、オリトはこう返した。
【オリト】「今のところ問題ないです、動きます!」
【ゲルト】『よし、行って来い!何かあったら連絡寄越せば対応すっからな!』
その合図で、メインエンジンを点火。
【オリト】「AATC-0X12『リゲル』、オリト、出ます!」
そう叫び、レバーとアクセルを思いっきり踏み込んだ。

次の瞬間、リゲルは背中のバーニアを噴かせ、上空へと飛び立っていった。

飛び去るリゲルを見ながら、ゲルトはこうつぶやいた。
【ゲルト】「さぁて、もう運命の歯車は回りだして止まらねぇぞ…この果てに何があるのか、見てみようじゃないか」
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第28章:悪戯の果ての一つの結末
 ホップスター  - 21/7/24(土) 0:17 -
  
アレグリオを周回している軍事コロニー「エステリア」に突如侵入した共和国軍。
その中に、彼らの姿があった。

【アンドリュー】「さて…そろそろお前らの出番だ」
アンドリュー=マルティネスと、その部下である5人の少年少女、通称『Σ小隊』。

【カルマン】「しかしいきなり首都惑星に攻撃とか、お家のお偉いさん方も大層なこと考えるなぁ!はっはっは!」
カルマンがそう豪快に笑う。
【パトリシア】「超光速航行が出来るご時世だ、どこだって考えるしどこだって対策もしてるだろ。実戦力削るより精神的揺さぶりの方が意味がデカいんだろうさ」
それに対し、パトリシアがそう毒づく。
【イズミル】「よりによってサグラノの阿呆がやらかしたばっかだからな…お灸を据えてやるんだろ」
イズミルもそれに同意する。
【ミッチェル】「いずれにせよ、油断は禁物だ。例の『スイーツガール』一行もいる可能性があるからな」
それに対して、ミッチェルが釘を刺した。
【エカテリーナ】「私もあの人達とまた遭遇する…そんな気がします」
エカテリーナも、胸に提げているクリシアクロスを握ってそれに同意した。

【アンドリュー】「…確かに連中には要注意だが、会う前から余計な心配をする必要は無ぇ。会っちまった時に考えりゃいい話だ。
         とりあえず、まずは存分に暴れ回って来い!」
アンドリューがそう命じると、5人は同じ方向へ駆け出していった。


        【第28章 悪戯の果ての一つの結末】


さて、オリトはリゲルで出撃すると、コロニーの空中へと飛び立った。
【オリト】「落ち着け…まずは距離をとって…」
球体をした3次元レーダーが味方、敵、それぞれの機体を指し示す。オリトは敵機になるべく近寄らないようにしながら、機体のビームライフルを構える。シミュレーションはしているとはいえ、初陣なのにいきなり近接戦闘をするのは無茶にも程がある、というものである。

【オリト】「よし…!」
そして離れた敵機のうち1機に狙いを定め、トリガーを引いた。発射。
ビームは真っ直ぐ敵機へ伸びていき、命中…するかに思われたが、直前で敵機が察知したようで回避。残念ながら命中とはならなかった。
【オリト】「やっぱダメか…」
最初から、全てが上手くいく訳でもない。それは分かっていても、少し落ち込む。だが、ここは戦場。気落ちしている暇はない。すぐに距離をとりつつ、次の機体に狙いを定めた。

【オリト】「今度こそ…っ!」
再び狙いを定め、トリガーを引く。
ビームはやはり真っ直ぐ敵機へと向かっていき…今度は見事命中。敵機は爆音と共に、地上へと墜落していった。
【オリト】「やった…」
初めての敵機撃墜である。思わず浮かれかけたが、その途端に警告音が鳴り響き、すぐに冷静になった。敵機の接近である。
【オリト】「距離をとって死角に入る…!」
これも慣れないうちに人型兵器で戦う場合の鉄則である。幸い、機体にはコロニー内の建物の位置などのデータが全て入っている。地の利はこちらにあるはず。敵機を撒くためにビル街へと向かった。


そもそも人型兵器の戦闘といえば、古からの創作や『蒼き流星』と呼ばれるシャーロット=ワーグナーの活躍に代表されるように、派手で格好いいというイメージがあるが、大半のパイロットにとっては先ほどのオリトのように、避けて、距離をとって、狙って、撃って…の繰り返しであり、地味な作業である。そして、常に撃墜のリスクが伴う危険なものである。…一部の例外を除いて。

その『一部の例外』である人たちが、コロニー港付近で激突していた。
【ジェイク】「この動き、このワンオフ機…まさかっ!」
【ミッチェル】「ほう、想定の範囲内とはいえ、ここで再会するとはな…」
【ジェイク】「ハーラバードの人外連中の1人!ミッチェル=グレンフォード!!」
【ミッチェル】「スイーツガールのメンバーの1人…ジェイク=カデンツァだったか」
【ジェイク】「覚えててくれたとは光栄だねぇ!今度こそ決着をつけようじゃねぇか!」
【ミッチェル】「そういう感傷に興味はないが…どちらにせよここでお前を倒さねばなるまい」
ジェイクのアンタレスに対し、ミッチェルの機体はシリウスといい、こちらも近接戦闘を主体としたワンオフ機である。
その2機がビームセイバーを激しくぶつけ合う。一瞬たりともスキを見せることは許されない、極限の戦い。
それは思わず、
【ゲルト】「そう、まさにこれ、こういうのが観たかったんだよ!」
と通りがかりにそれを見たゲルトが叫んでしまう程のものであった。

数秒、ゲルトはそれを見入っていたが、
【ゲルト】「…ずっと観てたいところだが、危ねぇしさっさと戻るか」
とつぶやいてすぐにまた走り出した。事実、建物の合間で戦闘は行われており、その瓦礫が飛んできたら一巻の終わりなのだ。


そこから少し離れた工業プラント地帯では、アネッタのアルタイルに対しビームの光を浴びせかける機体があった。
その機体の名は、カペラ。パイロットは、この人である。
【パトリシア】「いいねぇ、この機体!このパイロット!あの時の狙撃手か!今度はこっちがブチ抜いてやるよ!!」
【アネッタ】「人型兵器でも化け物じみてる…!やっぱりコイツら…っ!」
アネッタは必死に対応するが、防戦一方でほとんど反撃できない。
最も、反撃できないのには他にも理由があり、アネッタは下手に撃ってしまうと外れてしまえば自軍のコロニーを破壊しかねないことになってしまうのに対し、逆にパトリシアは外してもそれはそれで敵軍のコロニーを破壊できるのでOK、という状況というのも大きい。
かくして、パトリシアがほぼ一方的に撃ちまくる状況になっているが、アネッタも粘り強く対応しており、やられる様子はない。


気が付くとオリトは、クロスバードが停泊している宇宙港付近に移動していた。
【オリト】「あれは…!」
モニターに映し出されたのは、走る3人の人影。さすがに顔までは確認できなかったが、オリトも雰囲気で察した。カンナ、クーリア、レイラの3人である。
その人影を見て、彼は一瞬、どうしようかと逡巡した。人型兵器に乗っている、今の自分に何か出来ることはないだろうか。とはいえ、そもそも今のこの状況はゲルトに無理矢理乗せられたようなもので、彼女たちはまだそれを知らない。

などと考えているうちに、機体のセンサーに1つ、反応が現れた。
【オリト】「敵機!?」
すぐさまその方向を確認すると、共和国軍の識別信号を出している機体が1機、まっすぐこちらへ向かって来ていた。
【オリト】「まずいっ!」
オリトは直感でそう感じ、急いで回避行動をとる。果たして次の瞬間、その機体から強烈なビームの光が放たれるが、回避していたこともありオリトのリゲルには当たらずに近くの建物を破壊した。
回避した後、彼はカンナ達3人の無事を確認しようと思ったが、敵機が目前に迫っている状況、まずは目の前の敵に対処するのが先決である。
【オリト】「データにない…新型?ワンオフ機?」
モニターには『NO DATA』と示されている。となれば、そのどちらか。そして、どちらであっても、非常にまずい状況である。自分は初陣なのに、そのような機体と直接対決しても勝てる訳がないのだ。
そうなると、判断は1つ。逃げるしかない。…そう思い加速しようとした瞬間、通信が飛び込んできた。

『その声…あの時の、チャオ?』

瞬間、ピタリ、とオリトの手が止まった。
聞き覚えのある、少女の声。グロリアで戦っていた、Σ小隊の1人。人形を持った、10歳ぐらいの少女。
エカテリーナ=キースリング。

オリトは初めての搭乗、初めての実戦ということもあり慣れないことが多く、通信を切るのを忘れており、それがエカテリーナの耳に届いたのだ。
当然いつかは戦場で再会する可能性はあるだろう、とは思っていたが、さすがにまさかこのタイミングだとは思っていなかった。
さすがに動揺して動きが止まってしまう中、続いて彼女から通信が入る。
【エカテリーナ】『まさか、ここで再会するなんて…でも、敵は敵。悪いけど、死んで?』
そして、彼女の機体、スピカから強烈なビーム砲が放たれた。

その動きで、ハッとしたオリト。慌てて回避する。
しかし、ますます状況は良くない。オリトはグロリアで実際に、彼女の10歳前後の女の子とは思えない戦闘能力を目の当たりにしているのだ。人型兵器に乗ってもエース級であろうことは、想像に難くない。
そんな相手に初陣である自分が敵うはずもないのだ。当然、急いで逃げようとする。
【エカテリーナ】『…逃がさない』
しかし、当たり前であるが彼女もそれを追う。追いながら、ビーム砲を次々と撃つ。
オリトは必死に、かつ奇跡的にそれを避けつつ逃げる。かくして、追撃戦が始まった。


さて、カンナとクーリア、レイラの3人は、宇宙港から少し離れた基地に移動し、そこに侵入した敵と白兵戦を繰り広げていた。
【レイラ】「右方、問題ありません」
【カンナ】「突入するわよ!」
カンナが扉を開け、クーリアが後方から援護射撃をしつつ、レイラが突っ込む。
【クーリア】「こちらクーリア、R−21ブロックの奪還に成功しました」
【指揮官】『済まない、君たちにまで苦労をかけてしまって。そのまま次のブロックも頼めるかな?』
【クーリア】「了解しました」
クーリアが指揮官と通信を取り、指示をもらう。特にそう決まっている訳ではないのだが、自然と役割分担ができていた。これは、彼女達の強みでもある。

そして、指示された通り、次のブロックへ向かう扉を開けた…が、先ほどまでとは違う雰囲気に、思わず3人の足が止まった。

その先に立っていたのは、1人の少年。その名は、イズミル=グヴェンソン。Σ小隊のうちの1人である。
最も、カンナ達は彼と面識がない。グロリアでの一件で、イズミルだけ唯一X組の面々と顔を合わせていないのだ。
だが、明らかに尋常ではない雰囲気に、カンナ達も「ただの兵士ではない」ということは感じ取っていた。

【イズミル】「これはこれは!スイーツガール御一行様じゃないか!ここで出会えるとは光栄だねぇ!」
【カンナ】「それはどうも。…悪いけど、3人がかりでいいかしら?」
【イズミル】「結構!フェアじゃねぇから戦争って言うんだよ!」
そう叫ぶと、イズミルが剣を抜いてカンナに向かって飛び込んだ。咄嗟に受け止めるカンナ。
そこをクーリアが狙い光線銃を放つが、イズミルはいとも簡単に躱し、さらにカンナを襲う。
【カンナ】(こいつ、只者じゃない…!まさか、グロリアで戦った彼らと同じ…!?)
カンナのその想像は、当たっている。かくして、3対1の戦いが始まった。


一方、エカテリーナから必死に逃げるオリト。
必死に逃げながら、思わずこうつぶやいた。
【オリト】「なんだって、あんな小さな女の子が!」
最も、答えは分かっている。グロリアでの推測が正しければ、彼女は試験管生まれ。元々、戦う為だけに生まれてきたようなものなのであろう。
そんなことを考えていると、エカテリーナから通信が飛び込んできた。
【エカテリーナ】『それはこっちのセリフ。なんで、チャオが戦ってるの?』
彼女の疑問は最もである。この銀河で人間とチャオの比率はほぼ1:1ながら、兵士は圧倒的に人間が多い。チャオが過酷な環境に向いていない以上仕方がないことであり、それはこの銀河での共通認識である。チャオが戦場にいる、ということ自体が珍しいのだ。
だが、エカテリーナの疑問に対し、思わずオリトはこう叫んだ。
【オリト】「俺は這い上がるために戦ってるんだ!みんなの希望になるために!」
…それが、スラム育ちであるオリトの答えだった。

それを聞いたエカテリーナは、
【エカテリーナ】『そう。でも、関係ない』
そうつぶやき、再びビーム砲を放つ。必死に避けるオリト。
そして、オリトが避けたビームは、その先にあった基地に直撃して、轟音が響いた。

…そう、カンナ達とイズミルが戦っている基地である。


ズドォン、と轟音が響き、揺れる。
と同時に、天井が崩れ、戦っていたイズミルとカンナ達3人を分断するかのように落ちてきた。
互いの姿は見えてはいるが、乗り越えて戦うには少々難儀する程度の瓦礫である。
【クーリア】「さすがにこれ以上は…転進を検討しましょう」
【カンナ】「そうね…」
そう話し合い、剣をしまう。

【イズミル】「チッ、面白ぇとこだったんだが…まぁいい。どうせ銀河のどっかでまた会うだろうよ」
イズミルもさすがにこの状況で追撃はできないと考えたのか、そう言い残しクルリと後ろを振り向いた。

…と、思われた。
それを確認して、カンナ達も自分たちが来た方向に向いて、撤退を始める。

次の瞬間だった。
【イズミル】「…なんて言うと思ったか!!」
イズミルはバッと正面を向きなおして、光線銃を素早く抜き、数発。

カンナ達は完全に油断してしまっていた。
反応する暇もなく、そのうちの一発が―――レイラを貫いた。

【カンナ】「レイラあああああああっ!!」


その場に倒れこむレイラ。
クーリアが光線銃を数発撃ち返してイズミルを退却させている間に、カンナが駆け寄る。

【カンナ】「レイラっ、レイラっ!!」
カンナの必死の呼びかけに対し、レイラが掠れるような小声で応える。
【レイラ】「…ごめんね…カンナ…あたし、先に行くね…
      しばらく…来なくていいからね…80年ぐらいしたら…向こうで…一緒に…ケーキ…食べ…よう…ね…」


…その言葉を最後に、彼女は動かなくなった。


【カンナ】「ああああああぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁああああっ!!!!!」


戦場に、ただ無情な叫び声が響いた。
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第29章:悲しみの果てでも時計は廻る
 ホップスター  - 21/7/31(土) 0:01 -
  
軍事コロニー・エステリアでの戦いから、1週間後。

X組の面々は、黒い服に身を包み、沈痛な面持ちでただ歩いていた。

レイラが撃たれてからのことは、カンナもクーリアもよく覚えていない。
激戦の末、何とか共和国軍を撃退したという事実を聞かされても、当事者でありながら全くと言っていいほど身に入らなかった。

ただ、今から行われるのが、彼女の葬儀であることを、受け入れるのに精一杯だった。


        【第29章 悲しみの果てでも時計は廻る】


X組の、クロスバードのクルーが戦死した。
既に有名人となっていた彼女らである。その事実は、大きなニュースとなって報じられた。

この葬儀にも、軍関係者が多数参列し、メディア関係者が多数取材に訪れている。
だが、X組の面々は憔悴しきってしまっており、取材対応はミレーナ先生にほぼ任せる形になってしまっていた。

形式的な葬儀が一通り終わり、X組の面々が控室に集まる。
しかし、言葉は発せられない。全員が無言で、ただ座ったり、立ち尽くしたりしていた。


数分間の沈黙の後、ポツリとジェイクがつぶやいた。
【ジェイク】「本当に…死んじまったんだな…」

それに答えるように、カンナが力なく話す。
【カンナ】「結局…ケーキおごってあげられなかった…」

【ゲルト】「くそっ…!あの時、俺も真っ先に戻ってりゃ!」
壁を叩きながらゲルトが吐き出した。

【クーリア】「『たら』『れば』を言い出したら、キリがありませんよ…」
クーリアがそうなだめるが、その声は明らかに震えていた。

再び、しばらく沈黙が走る。

そして、振り絞るように、カンナがこう言った。
【カンナ】「…もう、止めよう、この話は…あたしらは、前を向かなきゃいけない…」
…が、それに対し、ゲルトが待ったをかけるように叫んだ。
【ゲルト】「向けるかよ!!こんな状態で!!1人、死んだんだぞ!!ずっと一緒にやってた奴が!!」
その勢いのまま、カンナに食ってかかろうとするが、
【ジャレオ】「ゲルト、止めましょう。艦長は、見てたんですよ、目の前で…!」
ジャレオがそう言いながら必死に抑えた。

そこに、自動ドアが開く音がして、入ってくる人がいた。…ミレーナ先生である。
【ミレーナ】「…そう、残念だけど、前を向いて進まなきゃいけない…それが軍に入るってことよ」
入るなり、いつもの彼女らしからぬ落ち着いた口調で諭すように皆に話した。

【ミレア】「ミレーナ、先生…」
【ミレーナ】「例えばの話、仲間が死んでなお敵が迫っている時に、悲しんで泣いていたら…自分もすぐに殺されてしまうわ」
【ゲルト】「そんな事、分かってんだよ!!だけど…だけどさぁ!!」
食い下がろうとするゲルトに、ミレーナ先生はこう続けた。
【ミレーナ】「その感情を忘れる必要はないわ。でも、必要な時はしまい込めるようにしておきなさい。でないと、繰り返してしまうわよ…」

【ゲルト】「くっ…そおおおぉぉっっっ!!!」
ゲルトは一瞬黙った後にそう絶叫し、壁を思いっきり叩くと、再び黙り込んでしまった。


【ミレーナ】「…で、本題なんだけどー…」
と、急にミレーナ先生がいつもの口調に戻り、X組の面々に話を切り出そうとする。
が、それを遮るように、1人の男性が部屋に入ってきた。
【男性】「それは、私からお話してもいいかな…?」

その男性の顔を見て、X組の全員の表情が凍り付いた。特に、カンナ。
【カンナ】「さ…参謀総長閣下…!?」

そう、エルトゥール=グラスマン元帥。同盟軍参謀総長、その人である。
【エルトゥール】「カンナ君、久しぶり。他の皆は初めましてだね。私がグラスマンだよ」

カンナ以外の面々は初対面ではあるが、勿論顔は知っている。
全員慌てて整列し、敬礼をしようとするが、
【エルトゥール】「いい、いい、そのままでいい」
そう両手で全員の動きを制し、
【エルトゥール】「まずは、この度の件について…共和国軍の攻撃を予測できなかった、参謀本部のミスが原因だ。本当に、すまなかった…!」
そう言い、頭を深く下げた。

【カンナ】「い、いえ、顔を上げて下さい!わざわざ参謀総長閣下が頭を下げる必要はありません!」
慌ててカンナが止めようとするが、それで止まる人ではない。

それを見てゲルトが、皮肉交じりにこう吐き出した。
【ゲルト】「…参謀総長閣下に謝られたら、俺達はどうしようもねぇじゃねぇかよ…!」
【ジェイク】「ゲルト!」
さすがにジェイクがゲルトを止めようとするが、
【エルトゥール】「いや、いいんだ。何を言われたって仕方がない。私はそういう立場だよ」
グラスマン参謀総長はそう言い、咎めることはしなかった。

【カンナ】「で、本題…というのは…?」
そこで、カンナが改めて尋ねる。
それに対し、グラスマン参謀総長は軽く咳払いをし、こう話した。
【エルトゥール】「今、このタイミングで訊くのは卑怯かも知れないが…敢えて訊くよ。
         …改めて問おう。君たちは、なおも最前線に立ち続ける覚悟があるか?」

【カンナ】「…!!」
その問いかけに対し、X組の面々は一瞬動きが止まった。

それに対し、グラスマン参謀総長はさらに続ける。
【エルトゥール】「もちろん、もう最前線に立つ気力がない、というのであればそれを否定はしないし、決めるのは君たちだ。その場合は、それ相応のポジションを用意しよう。
         …そしてそれは、最前線に立ち続ける場合も同様だ。最もその場合、また誰かを失ってしまうかも知れないし、それに関しての保証はできないけどね」

カンナはしばらく考えるが、やがて後ろを振り向き、X組のメンバーに無言で確認する。
そこに言葉は無かったが、その意図を察した他のメンバーは、同様に言葉ではなく無言の意志を示した。

そして、カンナが言葉を発する。
【カンナ】「…やります。それでも、やります。
      ここで止まってしまったら、何よりレイラに…悪い気がするから…」

それを聞いたグラスマン参謀総長は、その答えを知っていたかのように、こう返した。
【エルトゥール】「分かった。それじゃあ、そのように手配しよう。
         …君たちの活躍を祈ってるよ」
そしてそう言い残し、彼は部屋から去っていった。


グラスマン参謀総長がいなくなった部屋。再び、しばらく沈黙が走るが、ミレーナ先生の思わぬセリフで沈黙は破られた。

【ミレーナ】「…本題、別にあったんだけどなー…」
【カンナ】「ち、違ったんですか!?」
思わずカンナがツッコミを入れる。
【ミレーナ】「だって、それでも前に進みたいってのはー、参謀総長閣下が来る前も話してたじゃんー?」
【クーリア】「そ、そうですけど…」
【ミレーナ】「とはいえ、どちらにせよこれで話が進められるわー。レイラの葬儀が終わった直後で、ちょっと申し訳ない話題なんだけどー…」
【カンナ】「な、何でしょう?」
改まってミレーナ先生が話を始める。

【ミレーナ】「レイラがいなくなっちゃって、心理的なダメージはもちろん物凄く大きいんだけどー、現実的な問題として、戦力的なダメージも大きいんじゃないかって話なのよー。オペレーター兼ソフトウェア担当だったでしょー?クロスバードのオペレーション、どうするのって話になってねー」
【ジャレオ】「あー、確かに…ハードウェアは僕が見れますけれど、ソフトウェアの方は…」
【アネッタ】「オペレーションなら一応あたしもできるけど、自分が出撃する時もあるからなぁ…」

【ミレーナ】「で、そんな話をしてたら、オペレーターについては彼女が立候補してくれたのよー」
…と、ミレーナ先生が軽く合図をすると、1人の少女が入ってきた。…X組の面々もよく見知った顔。

【マリエッタ】「私で良ければ…お手伝いしたいのですが、如何でしょうか?」
そう、マリエッタである。
【カンナ】「え、ええっ!?」
思わずたじろぐカンナ。
【クーリア】「一応『元』とはいえ、他国の王女殿下ですよ!?そんな方がオペレーターやるって…しかもこういう表現はしたくないですけど、現に前任者は戦死しているんですよ!?流石にまずいでしょう!?」
クーリアがまくし立てて止めようとするが、ミレーナ先生がこう返した。
【ミレーナ】「あたしも似たようなこと言って何度も止めたんだけどねー。どうしてもって言って聞かないのよー…」

それを聞いたカンナは、半分諦めながら、こう疑問をぶつけた。
【カンナ】「…分かったわ。そこまで言うのなら、断る理由はないけども…彼女、いくら王族を離れたといってもグロリア王国籍だと思うんだけどその辺は大丈夫なの?ぶっちゃけ国家機密的な問題もあるわよ?」
【ミレーナ】「それがねー、さっきここに来る前に参謀総長閣下に相談したら、『まぁ彼女ならいいんじゃないか、私が何とかしよう』って…」
【カンナ】「閣下のお墨付きにされたら、もう断れないわね…それじゃ、『マリエッタ』、頼むわね」
【マリエッタ】「はい、よろしくお願いします!」
そう言い、マリエッタは深々と頭を下げた。

【ミレーナ】「…で、問題はソフトウェアの方なんだけどー、校長先生から『推薦したい人がいる』って話を受けたのよ。ただー…」
そこでミレーナ先生は口ごもる。
【オリト】「ただ?」
【ミレーナ】「あたしも保健の先生だし一応全生徒を見てるから面識があるんだけどー、ちょーっと人格的に問題のある子でねー。能力は間違いないんだけど、うまくやっていけるかどうか不安なのよねー」
そう言い、腕を組んで考え込むミレーナ先生。

…しかし、その様子を見たカンナが、突然こう言い笑い出した。
【カンナ】「いやいやいや、それはないでしょ先生!」
【フランツ】「つ、ついに艦長がおかしくなった…?」
【クーリア】「ここ数ヶ月色々ありすぎましたからね…仕方がないでしょう…」
あまりの突然さに、顔を見合わせて諦めたような会話をするフランツとクーリア。

カンナが笑い出した理由はこうだ。
【カンナ】「いやね、先生も冷静に考えてみてよ?このメンバーの前で『人格的に問題がある』って?とっくに問題のあるメンバーだらけなのに何を今更って話よ!」
【アネッタ】「艦長…全員揃ってる前でよく言えるわね…まぁ正直マトモじゃない自覚はあるけどさ…」
アネッタがやれやれ、という表情でそうつぶやく。
【ゲルト】「…ま、それでこそX組のリーダー、クロスバードの艦長ってこったな」
ゲルトもそう言い、ようやく顔を上げた。

【カンナ】「いいわ、望むところよ。こうなったらレイラの分もとことん突き進んで、やれるところまでやってやろうじゃない!」
改めてカンナがそう宣言する。ミレーナ先生はそれ聞いて安心したように、
【ミレーナ】「分かったわー。それじゃ、手配はしておくから、後日顔合わせの機会があると思うんで、よろしくねー?」


…かくして数日後。
X組の教室にマリエッタを含む全員が集合し、雑談していた。
【アネッタ】「そういえば、マリエッタ殿下はこの教室初めてでしたっけ?」
【マリエッタ】「ええ…ですが、殿下呼びと敬語はやめて下さるかしら?」
【アネッタ】「分かったけど…すぐにはやっぱり難しいと思う…」

そこに、ミレーナ先生が入ってきた。
【ミレーナ】「はーい、ちゅうもーく!今から例の新メンバーを紹介しまーす!」
教室に拍手が起こる。
【ゲルト】「いいねぇ、こういうお約束の展開、いっぺんやってみたかったんだよ!」
【フランツ】「確かに、そういえば過去に途中でX組に転籍になるケースってありましたっけ?」
【クーリア】「恐らく史上初のはずです。そもそも『欠員を補充する』という事態が過去にありませんでしたし…」

拍手と会話が静まったところで、ミレーナ先生が軽く手招きをした。
【ミレーナ】「それじゃ、いらっしゃい!」
その合図に合わせて入ってきたのは、ロングヘアーの女の子。
彼女はペコリと一礼すると、自己紹介を始めた。

【女の子】「やー、どうもどうもどうもー。この度X組に編入することになりましたクリスティーナ=フォスターと申しまする。クリスでいいですよー。以後お見知りおきを」
【カンナ】「あたしがカンナよ、よろしくね」
そう言いカンナが立ち上がり、前に出て握手をする。
【クリスティーナ】「これはこれはかのスイーツ大好きで有名なカンナ艦長でございますねー、よろしくお願いしますっと」
【カンナ】「やっぱりスイーツ大好きは付いて回るのね…」
カンナは小声でそうこぼした。

かくして、新たに2名を加えたクロスバードが、新たな任務へと向かうことになる。
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第30章:答えの無い世界、答えを求める銀河
 ホップスター  - 21/8/7(土) 0:04 -
  
銀河連合首都惑星・ゼルキオス。
その中心部にひと際大きく聳え立つ巨大な建物。大統領府である。
この建物の主こそが、この銀河の3大勢力の1つである銀河連合を統べる、大統領・アレクセイ=ウォルガノスクである。

【ロゼリタ】「大統領閣下、『蒼き流星』との通信、繋げます」
【アレクセイ】「うむ」

大統領秘書・ロゼリタ=アーネベルタが端末を操作すると、その端末から『蒼き流星』、つまりシャーロット=ワーグナーの姿が浮かび上がった。


        【第30章 答えの無い世界、答えを求める銀河】


【シャーロット】『大統領閣下、お久しぶりです』
【アレクセイ】「久しいな。調子はどうだ?」
【シャーロット】『お蔭様でようやく元通りってところでしょうか』
【アレクセイ】「そうか。グロリアの件はすまなかったな」
【シャーロット】『いえ、大丈夫です。それよりも…本題があるのでしょう?』
【アレクセイ】「あぁ、そうだな」

大統領は少し間を置くと、軽く咳払いをして話し始めた。
【アレクセイ】「先日の共和国ハーラバード家による同盟の軍事コロニー・エステリア強襲事件は知っているな?」
【シャーロット】『ええ、概要程度なら…同盟の戦力を大きく削り、同時に心理的ダメージをも与えるという作戦でしたが、同盟軍の反撃が予想以上だったことから前者の目的は達成には遠い結果。ただ、『スイーツガール』のクルーが1名戦死するなど、後者の目的はある程度達成できた…というように伺っています』
【アレクセイ】「ああ。実際、我が連合と同盟間の戦線でも、同盟軍の動きが鈍っているとの情報が入ってきている。恐らく一時的なものだとは思うがな」
【シャーロット】『その『一時的なもの』を見逃すな…というところでしょうか?』
【アレクセイ】「話が早いじゃないか。やはり優秀な部下を持つと助かる」
【シャーロット】『冗談はよして下さい、閣下。あたしはただの人型兵器乗りですよ』
【アレクセイ】「銀河最強の、な。…とにかく、やってくれるね」
【シャーロット】『仰せのままに』
そうやり取りした後、通信が切れた。


通信が切れた後、シャーロットは大きくため息をついた。
【シャーロット】「はぁー…毎度のことながら大統領との通信はメンタル削られるわ…」
そうつぶやくが、周囲には誰もいない。
彼女は誰もが認める銀河のエース。副官の1人ぐらいはついてもおかしくはないのだが、彼女はそれを拒んでおり、1人で行動することが多い。たまに人型兵器の開発・改良のために重工業企業の技術主任であるウィレムがつくことがあるが、厳密には部下ではないし、そもそも軍人でもない。
通常の指揮系統からも外れており、任務については基本的には先ほどのように大統領から直接受けている。まさに特別な存在なのである。

【シャーロット】「…ま、過ぎてしまえば後は仕事をするだけ、と」
そう彼女は切り替えて、歩き出した。


一方、新たな2名のクルーを迎えたクロスバードは命令を受け、第4艦隊と合流するために移動していた。
【ゲルト】「はー…、やーーーーっと第4艦隊と合流できるな…本当にあの入学式の日から何ヶ月かかってんだよ…」
【フランツ】「色々ありすぎましたからね…とはいえ、今度こそ本当に連合との最前線…大丈夫なんでしょうか…?」
そんなフランツの不安を、カンナがこう皮肉を込めて否定した。
【カンナ】「とっくに大丈夫じゃないじゃない…レイラが死んじゃってるのよ…」
【フランツ】「艦長、すいません…」
謝るフランツ。
【アネッタ】「艦長もそれぐらいで…それでも、あたし達は前に進むって、決めたんでしょう?」
それに対し、オペレーター席に座っているアネッタがそう言いカンナをなだめる。
【カンナ】「そうね、あんまり引きずってたら何よりレイラに悪いよね…」
カンナもそう思い直した。

【カンナ】「…って、そういえばクーリアとマリエッタ…さんは?」
そこでカンナが疑問を呈す。本来であればオペレーター席に座っているはずのマリエッタではなく、代理としてアネッタが座っていて、ついでに副長席のクーリアも不在だった。

【フランツ】「あぁ、あの2人なら…『オリト君担当』ですよ」
フランツがそう説明する。それでカンナは「あぁ」と理解して頷くが、首を傾げる人が一人。
【クリスティーナ】「あのぉ…オリト君ってあのチャオの子ですよね…?担当というのは何をなさっておいでで…?」
【カンナ】「…行ってみる?」
クリスティーナのその疑問に対し、カンナがそう言い、行ってもいいよ、というようなジェスチャーをした。


【マリエッタ】「…では、続いて連合史について簡潔に、ですわね…
        そもそも銀河連合は、人口・領有惑星数共に同盟や共和国よりも少なく、3大勢力の中では国力が劣るとされていました。実際、3大勢力が直接交戦しだした50年前から約20年間にかけては、連合は劣勢。このままでは敗れるのも時間の問題と思われていました。そこに現れたのが…」
【クリスティーナ】「どもどもー、お邪魔しまーす…っと」
クリスティーナが訪れたのは、艦内にある小さな個室。そこで、オリトとクーリア、そしてマリエッタがテーブルを囲んでいた。

【クーリア】「おや、クリスさん、どうかしましたか?」
クーリアがクリスティーナをじっと見ながら尋ねる。
【クリスティーナ】「いえ、何をやっているのかなーと…」
【クーリア】「あぁ、そういうことでしたか。…簡単に説明すると、オリト君への授業です」
【クリスティーナ】「授業…?」

正式にX組に編入されたとはいえ、そもそもオリトはまだ入学してから数ヵ月。
その上、入学直後に漂流騒ぎに巻き込まれ、今もこうして任務中。もちろんある程度特例は適用されるだろうが、卒業に必要な単位が圧倒的に足りていないのである。
漂流中もその辺りは似たような形でカバーしていたが、X組に編入する際に学校側と話し合い、これを正式な「座学の授業」として単位を認められるようにしていた。

【クリスティーナ】「そんなご事情がおありでしたかー…エリート揃いと伺っていたのですが、異色な方もいらっしゃるんですねー」
【クーリア】「彼はアレグリオのスラム出身と伺っていますが、非常に優秀です。どうしても人間優位になりがちなこの世界でチャオの身でここにいることが、何よりの証明でしょう」
【オリト】「恐縮です…」
頭を下げるオリト。
【クリスティーナ】「なるほど…」

クリスティーナが納得したところで、マリエッタが話を続ける。
【マリエッタ】「それじゃあ、話が途切れてしまいましたが…続けますわね。
        約20年前、劣勢だった銀河連合に突如現れたのが…」
【オリト】「今の銀河連合大統領、アレクセイ=ウォルガノスク、ですね?」
【マリエッタ】「ご名答。元々軍人で小さな艦隊を率いていたのですが、何度も自軍の危機を救ったことから国民の人気が急上昇。政治家に転向しあっという間に大統領に当選すると、連合を立て直し劣勢だった戦況を一気に互角になるところまで回復。以降20年間、連合を牽引し続けています」
【クーリア】「以前、政治制度に最適解など存在しない…という話を少ししましたが、あれは厳密に言えば誤りです。実際のところ、最適解はあります。…オリト君、何だと思いますか?」
【オリト】「えっ…?それは普通に民主制では…?」
戸惑いながら答えるオリト。
【クーリア】「同盟の人間としては大正解…と答えたいのですが、不正解です。クリスさん、正解をどうぞ」
と、前触れもなくクリスティーナに話を振る。
【クリスティーナ】「えぇっ!?そこであたしに振りますか!?」
クリスティーナはさすがに驚き、苦笑いしながらこう答えた。
【クリスティーナ】「仕方ないですねぇ…『完璧な善者による独裁』ですよね?」
【クーリア】「正解です」
【オリト】「ど、独裁…!?」
オリトが驚いたような表情を見せるが、クーリアは表情を変えずにこう説明を続ける。
【クーリア】「結局、高度に発展した国家であらゆる物事を議論で決めてたら時間がかかりすぎて色々と手遅れになってしまうので、だったら『絶対に間違えない者』があらゆる物事をスパっと決めてしまった方が早い、という話です。…まぁ現実として、完璧な善人…チャオもですが、なんてものは生物学上存在しないはずなので、そんな体制は存在し得ず、よって大抵の国家は次善である民主制を選ぶ…と、誰もが思っていたんですが…その最適解を実現しかけているのが彼、アレクセイ=ウォルガノスクです」
【オリト】「完璧な…善人…」

厳密には彼も完璧という訳ではないが、軍人としても政治家としても清廉潔白。いわゆる適材適所に人員を配置し、何か政策を実行する際には反対派にもしっかり耳を傾け、徹底的に話し合い解決策を見つけ出す。凡そ人間として、大統領として、全く非の打ち所がない。だからこそ、連合は国力で劣りながら、同盟や共和国に対抗できる力を持つようになったのだ。

【クーリア】「最も、近年はかの蒼き流星、シャーロット=ワーグナーの登場も連合を支えていますけどね。彼女は大統領とは正反対で、良い意味で人間臭さがある。そこも人気の要因でしょう」
【クリスティーナ】「…って、今からあたしら連合と戦争しにいくのに、敵を褒めてばっかで大丈夫なんですかい?」
ここまできて、クリスティーナがふと冷静になりツッコミを入れる。
【マリエッタ】「敵を知ることは戦いの基本中の基本ですからね」
それに対し、マリエッタはこう答えてニコリと笑った。

【オリト】(人間臭さ、か…)
オリトはそう心の中でつぶやき、グロリアで実際にシャーロットに会った時のことを思い出していた、その時だった。

【アネッタ】『緊急連絡、針路上にて想定外の事象を確認、急遽超光速航行を終了します。皆さん、衝撃に備えてください。繰り返します…』
アネッタのアナウンスが艦内に響く。

【クリスティーナ】「おやおやー、緊急事態ですかー?」
【クーリア】「何があったのか分かりませんが…急いでブリッジへ戻りましょうか」


数分後、慌てた様子でオリトとクーリア、マリエッタ、そしてクリスティーナがブリッジへ駆け込んだ。
【クーリア】「どうしました!?」
【アネッタ】「第4艦隊との合流地点はもう少し先のはずなんですが…障害物反応がありました」
【クリスティーナ】「何もない宙域で障害物ですかい?」
【カンナ】「ええ、だから念のため超光速航行を解除してるんだけど…」
クロスバードは現在、星間宙域を超光速航行中である。障害物があるはずがない。厳密には全くない訳ではないが、文字通り天文学的確率である。

【アネッタ】「超光速航行、抜けます!」
その言葉と共に、少しの衝撃音と振動。そして、眼前のメインモニターに映し出されたのは、彼女たちにとって予想外の存在だった。

【ミレア】「う、嘘、ですよ、ね…?」
【ジェイク】「UDX-201/A『レグルス』…蒼き流星、シャーロット=ワーグナー…!!」
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第31章:地獄への入口と明日への出口
 ホップスター  - 21/8/14(土) 0:05 -
  
突然の敵襲に、クロスバードのクルーが呆気に取られているところに、通信が飛び込んでくる。
【シャーロット】『スイーツガールの皆さん、お久しぶりだねぇ。グロリア…おっと、『正確には』クレシェット近海で遭遇して以来かな?』
グロリアでの遭遇は、シャーロット、ひいては連合にとっては変装した上での極秘任務であり、公には『そんなことはしていない』のである。最もバレバレだったが。

【シャーロット】『おや、なんでこんな場所に?って顔してるねぇ。いや顔は見えてないけど、大体想像がつく』
それもそのはず、ここはまだ同盟の勢力圏内。そもそもクロスバードは同盟の第4艦隊に合流するために移動中なのだから、この段階で会敵することは全く想定していなかったのだ。
その上、明らかにシャーロットはクロスバードの針路上に『待ち構えて』いた。つまりそれは、敵にこちらの動きが漏れていた、ということも意味する。

【シャーロット】『ま、残念だけどその辺を話す訳にはいかないし、どっちみちここで死んでもらうから一緒なんだけどね!』
シャーロットがそう宣言すると、レグルスがビームライフルを持ち、クロスバードのブリッジに照準を定め、いよいよ引き金を…

…が、様子がおかしい。
レグルスが、そのまま動かない。


        【第31章 地獄への入口と明日への出口】


【カンナ】「あ、あれ…?」
さすがにカンナも何かがおかしいと気付く。その時、ブリッジに叫び声が響き渡った。
【クリスティーナ】「何を呆けているんですかい!?長くは保ちませんぜ!!」
見ると、クリスティーナがひたすら高速でキーボードを叩いている。
【クーリア】「まさか…!」
【クリスティーナ】「あの蒼き流星さんにハッキングをぶちかましました!けどあくまでも応急措置みたいなもんです、すぐにバレて破られますよ!!」

クリスティーナの言葉でようやく状況を飲み込んだカンナは急いで指示を出す。
【カンナ】「クリスちゃん、ありがとう!みんな、迎撃準備!ジェイクとアネッタはすぐに出撃して!」
…そして、そこから1〜2秒ほど置いて、
【カンナ】「念のため、オリト君も出撃準備しておいて!」
【オリト】「え、俺ですか!?」
オリトは驚き、聞き返す。エステリアでの戦い以降、クロスバードにはあの時オリトが搭乗したリゲルがそのまま配備されている。その経緯についてはクロスバードのクルーは誰も、カンナですら寝耳に水で知らなかったのだが、どうやらあのグラスマン参謀総長が経緯をどこかで聞いたようで裏で手を回したらしい、とのことだった。
それを踏まえて、オリトの疑問に対しては、カンナはこう答える。
【カンナ】「…相手は蒼き流星よ。あらゆる可能性を排除しちゃいけないし、あらゆる可能性を総動員しなきゃ勝てない…!」
【オリト】「わ、分かりました…!」
オリトはそう頷き、ジェイクとアネッタの後を追うようにブリッジを後にした。

【カンナ】「ゲルト!」
【ゲルト】「もうやってる!!」
続いてカンナはゲルトに指示を出す…が、既にゲルトは動いていた。副砲の照準を合わせ、発射準備。
【ゲルト】「銀河連合エース様のあまりにあっけない終焉…ってなぁ!!」
そう叫びつつ、発射ボタンを押す。

光線がレグルスへ一直線に向かい、直撃…しようとした寸前、レグルスの眼部のカメラに光が戻り、すんでのところで避けてみせた。
【クリスティーナ】「申し訳ないが時間切れっす!さすがにこれが限界でございました!」
【ゲルト】「そう上手くはいかねぇか…!」
【カンナ】「でも良くやってくれたわ。撃沈寸前のところから五分まで引き戻した!あとは…!」


一方シャーロットは、悔しさのあまり絶叫していた。
【シャーロット】「ああああああぁっ!!何なのよコイツ等ぁ!!!」
グロリアでの記録と記憶を探っても、“スイーツガール”にハッキングを仕掛けてくるようなクルーはいなかったはず。何とか手元の緊急用ツールで解除したものの、折角打った先手が完全に無駄になってしまった。
しかし、グロリアのあの出来事も既に2ヵ月ほど前の話であるし、その後エステリアでクルーのうち1名が戦死したことも聞いている。クルーの補充や増員があったって不思議ではない。そういう可能性を排除してしまった時点で、自分たちの作戦ミスである―――
シャーロットは叫びつつ、またそう考えつつ、向かってくるアンタレスとアルタイルの2機に対して対応する。これを同時進行で処理してしまうのが、銀河のエースたる所以である。

【アネッタ】「くっ…、やっぱり動くとバケモノね…!」
アネッタの駆るアルタイルが次々とビームを放つが、シャーロットのレグルスはそれを易々と避けてビームセイバーを抜き、ジェイクのアンタレスに襲い掛かる。
【ジェイク】「んな事は最初から承知の上だよ!」
ジェイクが応戦し、激しくセイバーを交える。但し、シャーロットはアネットの援護射撃をかわしながら。


その様子を見ながら、フランツがふと疑問を呈した。
【フランツ】「…でも待って下さい?ここはまだ私達同盟の勢力圏内ですよ?…いくら彼女のレグルスが化け物じみてるからといって、人型兵器1機で敵の勢力圏内に、というのは不可能では?」
【クーリア】「というかそもそも、人型兵器で超光速航行はできないはずですよね…」
超光速航行装置は大きすぎて、人型兵器には搭載できず、現在は戦艦にしか搭載されていない。もちろん小型化の研究はどの勢力でも行っているが、いずれも人型兵器に搭載できるほどの小型化はまだまだ先、のはずである。

【カンナ】「可能性はいくつか考えられるけど…例えば…近くに連合の戦艦が潜んでいるとか…?」
【フランツ】「探査はかけてますが…レグルスからジャミングが飛んできて上手くいきません」
それを聞いたカンナが思わず叫ぶ。
【カンナ】「…って、それじゃあ『隠したいものがあります』って堂々宣言してるようなもんじゃない!」
最も、シャーロット側としては会敵してすぐに決着をつけるつもりだったのだから、これで間違いはなかったのである。重ね重ね想定外だったのは、クリスティーナがレグルスにハッキングをかけて長期戦に持ち込んだこと。これで連合、シャーロット側のプランが完全に崩れてしまったのだ。

とにかく、これでおぼろげながら逆転への策が見えてきた。カンナは通信機を手に取りこう指示する。
【カンナ】「オリト君!…近くに敵の戦艦が潜んでいるかも知れないわ。手あたり次第で構わないから探してみて!でもくれぐれも無理はしないで!」
【オリト】「分かりました!やってみます!」
そう答え、格納庫で待機していたリゲルで出撃した。


とはいえ、勿論それを黙って見過ごす銀河のエースではない。
【シャーロット】「くっ、もう1機!?このサイズ…チャオ用!?」
しかしながら、さすがにアンタレスとアルタイル、2機の対応で手一杯。そもそも、人型兵器のパイロットで自分自身に対抗できるチャオというのは聞いたことがなく、つまり彼女の実力であればその気になればすぐに撃ち墜とせるはずである。そう考え、まずは目の前の2機に集中することにした。

…が、その考えは僅か2秒で裏返る。
チャオ用の人型兵器、つまりオリトのリゲルはシャーロットのレグルスの方へ向かわずに、一見無関係な明後日の方向へと向かったのだ。
この宙域に同盟の戦艦はクロスバードしかいないことは確認している。隠れるような小惑星や隕石などもない。それはつまり―――
【シャーロット】「まずいっ!!」
あの人型兵器の狙いは、連合の、味方の戦艦。リゲルが向かったのは「その方向」では無かったが、探している以上見つかってしまうのは時間の問題である。
そして、戦艦を失ってしまえば、彼女は人型兵器1機で敵宙域に放り出されることになる。いくらシャーロット=ワーグナーといえど、それは死を意味する。

シャーロットは慌ててオリトのリゲルを撃ち落とそうと動き出す。…が、その一瞬の隙を、2人は見逃さなかった。
【アネッタ】「そこっ!」
アルタイルのビーム砲がレグルスの左腕を吹き飛ばす。
【シャーロット】「しまっ…!」

【ジェイク】「今だあああっ!!」
そこで一気にジェイクが畳みかけようとするが、ただでは終わらないのがシャーロットである。
【シャーロット】「させるかぁっ!」
ジェイクはレグルスの右脚をぶった斬るが、アンタレスの腰の部分で真っ二つにされてしまう。爆発は免れたが、明らかに危険な状態であり下がらざるを得なかった。

【シャーロット】「どこのチャオか知らないけどっ!!」
左腕と右脚をもがれてもなお、向かってくるレグルス。
【オリト】「まずいっ…!」
さすがにオリトもこの状況はまずいと認知し、急いでクロスバードへ戻ろうと方向転換した際、思わず声が出た。
…その次の瞬間、レグルスの動きが止まった。

【シャーロット】「まさか…あのオリトってチャオが…?」
オリトが方向転換する際、慌ててリゲルを操作したため、間違えて通信のスイッチがオンになっていたのである。その声を聞いて、シャーロットは驚いた。
いや、知り合いを殺すのは苦しいとオリトに教えたのは、他ならぬ自分自身だったはずである。今までの戦いで、知り合いを何人も殺してきたはずである。何より、オリトがクロスバードのクルーである以上、チャオ用の人型兵器が出てきた時点で、その可能性を考慮すべきだったはずである。…だけど、考えないようにしていた。そうではないはずと、頭の中で決めつけてしまっていた。

…そして、その動きの止まった一瞬を、彼女が見逃さなかった。
【アネッタ】「今度こそっ!!」
【シャーロット】「!」
ビームライフルを数発。流石にシャーロット、咄嗟に反応して直撃は免れるが、残っていた右腕と左脚ももがれ、レグルスは四肢を失ってしまった。これでは、戦えない。

【シャーロット】「………」
人生で初めての、ほぼ完全な敗北。言葉を失いながらも、それでも最後のあがきと逃げようとする。
【アネッタ】「…終わりです。『蒼き流星』、シャーロット=ワーグナー」
それに対しアネッタがトドメを刺そうとビームライフルを放とうとしたその瞬間、予想外の方向からビーム砲が飛び、アルタイルの右腕をビームライフルごと吹き飛ばした。
【アネッタ】「!?」

【マリエッタ】「連合のオリオン級が1隻!蒼き流星の母艦と思われますわ!」
【カンナ】「さすがに黙ってられずに出てきたって訳ね…!砲撃を集中!ここで終わらせるわよ!!」
…が、それは想定内とばかりにクロスバードの集中砲撃をあっさりかわされると、敵艦に上手く時間を使われ、ボロボロになったレグルスを収容するとすぐに超光速航行で脱出されてしまい、シャーロットにトドメを刺すことはできなかった。

【マリエッタ】「…敵艦、逃げられましたわ」
その一言を聞いた後、カンナはふーっ、と大きく息をついて、こう指示した。
【カンナ】「ジェイク、アネッタ、オリト君の収容、急いで。…みんな、よく頑張ったわ」
そう声をかけると、もう一度大きな息をついた。
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第32章:神の悪戯、悪魔の微笑、そして流星
 ホップスター  - 21/8/21(土) 0:22 -
  
連合の『蒼き流星』が、同盟の『スイーツガール』を同盟圏内で急襲するも失敗。逆に撃墜寸前まで追い込まれレグルスは大破、何とか逃げ帰った―――という内容のニュースがあっという間に銀河を駆け巡り、話題の中心となっていた。
『蒼き流星も堕ちたもんだな』
『所詮雑魚専だったんだよ』
『ってかスイーツガールやばくね?艦長可愛いし』
『いや俺はメガネの副長に踏まれたい』

とまぁ匿名のネットワークではこんな感じの下らない言説が飛び交っているが、それを個人端末で流し見している男がいた。共和国・Σ小隊の隊長、アンドリュー=マルティネスである。
【アンドリュー】「しっかし、どうしてこう下らないって分かってても他者の目を気にしちまうんだろうなぁ、人間ってのは…いや、チャオもか…?」


        【第32章 神の悪戯、悪魔の微笑、そして流星】


同じ頃、当のクロスバードはようやく第4艦隊と合流し、カンナは旗艦であるコルネフォロスで艦隊総司令であるヨハン=マルクブルグ元帥と面会していた。
【ヨハン】「こんにちは、レヴォルタ大尉。…ようやく会えたね」
【カンナ】「本当に、ようやくですね…」
【ヨハン】「当初の予定から5ヵ月遅れの大遅刻、といったところかな?」
【カンナ】「お恥ずかしい限りです…」
思わず縮こまるカンナ。
【ヨハン】「いやいや、これだけ胸を張るべき遅刻もそうはあるまいて。共和国圏内からの単独帰還に始まって、サグラノ家艦隊の主力壊滅、そしてついにはあの蒼き流星を戦闘不能に追い込んだときたもんだ」
【カンナ】「いえ、運が良かっただけです…どの戦局でも、何かが少しでも違えば私たちが撃沈されていました。実際、クルーを1人失っていますし…」
【ヨハン】「運の良さも、そして犠牲を背負って前に進むことも、軍人には必要なことだよ」
そう言い、ヨハン元帥はカンナをなだめた。


一方、クロスバードのブリッジでは居残り組のクルーが話をしていた。
【ゲルト】「…で、結局俺達これからどうなるんだ?第4艦隊のしがないいち戦艦として任務を全うするのか?」
【フランツ】「ゲルト、自分達の本分を思い出して下さい…まだ我々は学生ですよ、一応」
【クーリア】「とはいえ、既に当初の目的は逸脱しまくってますからね…ただの学生のはずがあろうことか銀河トップクラスのパイロットを戦闘不能に追い込んでるんですから」
【ミレア】「そういえば、その、ジェイクと、アネッタは、大丈夫?」
と、ミレアが心配する。先の戦いで身体的なダメージはなかったものの、ジェイクのアンタレスは大破するなど機体は損傷が激しく、また相手がシャーロット=ワーグナーだったことから何より精神的な消耗が激しいこともあり、2人共しばらく自室で療養しているのだ。
【ジャレオ】「2人にはマリエッタとミレーナ先生がついてるそうです。話によれば数日寝てれば大丈夫だろうと」
【クリスティーナ】「それはいいんだけどもさ、…このオリト君はここにいて平気なんですかい?」
ジェイクとアネッタが療養しているにも関わらず、同時に出撃していたオリトはこの場にいる。クリスティーナはオリトを撫でながら尋ねる。
【オリト】「あ、いや、俺は結局出撃してすぐ引き返しただけなので…お二人みたいに戦ってないですし…」
…という訳で、彼は精神的にも元気である。


一方、こちらは敗れた側のシャーロット。
とある惑星の基地にある小部屋、真っ暗な小部屋に一人座っていた。
【シャーロット】「………」
あの戦いを何度も何度も反芻する。想定できたことを、あるはずがない、と『想定外』にしてしまった。そして、その想定外に実際に遭遇した時に、驚いてしまい対応できなかった。…敗因は、明らかである。
【シャーロット】(想定通りにいく戦場なんか、ある訳ないでしょ…それじゃただの訓練じゃない)
つまるところ、突き詰めるとただの単純ミスではある。だからこそ、明確に敗北という2文字が重く彼女にのしかかる。

【シャーロット】「蒼き流星さんだったら、こういう時にはどうするんでしょうね…」
そう、小声でつぶやいた。いくら超人的といえど彼女も人の子であり、ミスもするし負ければ落ち込む。虚像としての『蒼き流星』と、現実としての『シャーロット=ワーグナー』の境界線上でアイデンティティが揺らぐ。

思考がぐるぐると頭の中を駆け巡っていた時、それを遮るように彼女の個人端末に着信があった。
【シャーロット】「…はい、シャーロットです…って、大統領閣下!?失礼しました!」
朦朧とした意識状態で応答するが、画面に表示される発信者の名前に気付き慌てて言葉と思考を整える。発信者は他でもない連合大統領、アレクセイ=ウォルガノスクだった。

【アレクセイ】『こんな状況で申し訳ないね、シャーロット君』
【シャーロット】「いえ、とんでもないです。むしろ助かりました」
【アレクセイ】『それならいいんだけどね。…さて、早速で悪いんだけど、簡単な仕事を1つ頼まれてもらいたいんだけど、いいかな?』
【シャーロット】「…それは、今のあたしでもできる仕事ですか?」
シャーロットはやや皮肉気味にそう返す。
【アレクセイ】『これを見てもらえば、請けてもらえると思うんだけどね』
それに対し、大統領はこう返した上で、軽く合図をした。

すると、シャーロットがいた小部屋が突然明るくなり、壁が動き出す。
そしてシャーロットの目の前に現れた「あるもの」を見るなり、彼女は思わず笑いだしてしまった。
【シャーロット】「はっはははは…このタイミングでそりゃないでしょう、大統領閣下!」
【アレクセイ】『いやぁ、もちろんそこまで想定していた訳じゃないけどね。結果的に最適なタイミングだったよ』

【シャーロット】(人…いや、神は残酷なもんだなぁ)
シャーロットは思わずアレクセイには聞こえないようにつぶやく。
【アレクセイ】『ん、何か言ったかな?』
【シャーロット】「いえ、単純にすごいなぁ、と」
【アレクセイ】『そうか。…で、請けてくれるかい?』
改めてアレクセイが尋ねる。
【シャーロット】「これを見せられちゃ、いいえとは言えませんよ、大統領閣下…!」
シャーロットはそう答えた。少なくともこの仕事はやるしかない、そう思った。


一方、共和国内某所。
個人端末でニュースを流し見しているΣ小隊のアンドリューのもとに、ミッチェル以下5人が集まっていた。
【パトリシア】「折角部下が集まったのに上司はニュース流し見とは…上司失格って奴じゃーないのかい?」
【ミッチェル】「評価というのは大抵仕事の結果で決まるものだろう?特に俺たち軍属はそうだ」
【エカテリーナ】「あたしは、よく分からないけど…仕事があるから、呼ばれたんじゃないの?」
【カルマン】「だろうな。ま、大丈夫だろう!なんたって『スイーツガール』のクルーを1人仕留めた功労者もいるんだからな!」
【イズミル】「よく言うぜ…お前らもその後の対連合戦線で撃墜しまくってただろう…」

そんな感じで雑談している5人に対し、アンドリューが軽く咳払いをして、黙らせた。
【アンドリュー】「…次の任務だが、アレグリオでの任務に続き、敵領への潜入任務となる」
そう言い、個人端末を操作すると、近くの壁に銀河図を投影する。
【アンドリュー】「今回の目的地は…ここだ」
【イズミル】「惑星マースゲント…?」
【カルマン】「今度は連合か!腕が鳴るな!」

惑星マースゲント。連合領だが同盟との境界線に近く、実質的に対同盟戦線の前線基地となっている。
また、ここに相対しているのが他でもない同盟第4艦隊であり、つまり現在クロスバードがいる場所にも比較的近い。これについては、彼らは知る由もなかったが。

【ミッチェル】「成程、ここの連合基地を破壊して戦力を削ればいいのか」
【アンドリュー】「そう思ってくれればいい。作戦の詳細は到着後に説明する」
【エカテリーナ】「…分かった」
5人の中でアンドリューの微妙な言い回しに気付く者は、この時点ではまだいなかった。
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第33章:悪魔の玉座に坐るべき者は、ただ一人
 ホップスター  - 21/8/28(土) 0:03 -
  
惑星マースゲント、連合軍基地。
兵士たちが広場に集められていた。
【兵士A】「急に全員ここに集まれって、一体何が始まるんだ…?」
【兵士B】「さぁて、しがない一般兵には何が起きるのやらさっぱりだ」

【上官】「諸君、静かに!」
上官の命令があり、兵士たちが静まる。

次の瞬間、コツ、コツと靴の音がした。
兵士たちがその音がした演台の方を向くと、一人の男が演台へと上がっていた。その人物とは―――

【兵士A】「だ、大統領!?」
一気にざわつく広場。そう、アレクセイ=ウォルガノスク大統領本人が、惑星マースゲントに現れたのだ。
【兵士B】「本人!?3D映像とかじゃなくて!?」
【兵士C】「嘘だろ、こんな前線まで!?」

そんな兵士たちをよそに、大統領は軽く咳払い。…今度は一気に広場が静まった。

【アレクセイ】「今日は最前線で頑張っている君たちを激励しに来た。諸君、よく頑張っているね」


        【第33章 悪魔の玉座に坐るべき者は、ただ一人】


予想外の大統領の登場に驚いていたのは、こちらも同じだった。
【パトリシア】「大統領!?アレクセイ=ウォルガノスク本人!?」
【エカテリーナ】「各種データ照合。…本人で間違いないみたい」
【イズミル】「どうすんだよ、さすがに大統領ご本人様登場とか聞いてねぇぞ?」

…しかし、アンドリューは動じていなかった。そして、5人にこう告げた。
【アンドリュー】「情報通りだな。…お前達、改めて今回の作戦を伝える。何、たった6文字だ。
         『あの男を殺せ』…以上だ」

さすがのΣ小隊も、その命令には戦慄が走り、しばらく言葉が出なかった。


【アレクセイ】「…我々銀河連合が迫りくる脅威に打ち克ち、真の銀河を統べる連合政体になるためには、諸君の働きが不可欠なものとなる。君たちの多大なる貢献こそが、銀河の統一へと向かう原動力そのものと言っていい」

大統領の演説を、微動だにせず聞く兵士たち。
そしてこれはマースゲントの基地だけでなく、連合中に中継されている。最も、光の速さでも中継するには何千年とかかってしまうので、超光速航行の技術を応用した超光速通信を利用しているが、それでも数時間から数日のタイムラグが発生してしまう。とはいえ、連合中に最速で中継されていることには変わりはない。

さらに、連合だけでなく同盟や共和国でも、どこからか演説中継の情報を聞きつけたのか、非合法ではあるがネットワークを介して中継を見る者が少なくなかった。つまり、多少のタイムラグはあれど、銀河の大半の者がこの中継を見ていたと言っていい。


…そしてそれは、彼ら・彼女らも例外ではなかった。
【エルトゥール】「…さすがは元軍人。兵士を手懐ける術は心得ているようだねぇ、大統領」
【秘書】「閣下、さすがに参謀本部長ともあろう方が非合法の中継を見るのはまずいのでは…?」
【エルトゥール】「なぁに、どうせ皆見ているんだ。…まぁそうだね、この中継を見てたからって咎められることがないようお達しぐらいは出しておくかな」


【アンヌ】「さぁて…『あの話』が本当なら、今頃ハーラバードの試験管生まれがあそこにいるはずですが…どうなるのかしらね?」
【ドミトリー】「お嬢様、例のプランについてですが…」
【アンヌ】「ドミトリー、黙ってなさい。今、銀河が大きく動こうとしているのですわよ」


【カンナ】「おー本当だ、やってるやってる」
【オリト】「この人が…宇宙連合の大統領…」
【ゲルト】「いやオリトも写真ぐらいは見たことあるだろ?」
【オリト】「そうですけど、こうやって生中継で見るのは初めてですから」
【ジャレオ】「といっても、直線距離でも数百光年離れているのを銀河をぐるっと回って非合法のネットワーク経由で受信していますから、数日遅れですけどね」


【アレクセイ】「…さて、諸君らの中には、今銀河を巡っているニュースに不安を覚えている者も少なくないと思う。我が軍の絶対的エースである、『蒼き流星』シャーロット=ワーグナーの敗北についてだ」
そこで、兵士たちがざわつく。
実はこのニュース、勝った側である同盟はもちろん、共和国でも報じられていたが、当の連合は公式には認めていなかったのだ。最も、当然ながら噂はあっという間に広がり、連合でも今や誰もが知っている「公然の秘密」状態になっていたのだが。
【アレクセイ】「結論から申し上げると、この一部報道は事実であり、今まで発表せずに諸君らを不安に思わせてしまったこと、大変申し訳なく思う」

【フランツ】「…あれ、あっさり認めましたね。あれだけ伏せてたのに」
【クリスティーナ】「さーすがに隠し切れなくなったんじゃないっすかねー。連合でもみーんな知ってるみたいだし?」
【クーリア】「しかし、『完璧超人』とも渾名される大統領ですよ?敗戦を隠すだけではない、何か別の意図があるのではという気がするのですが…」
【ミレア】「さすがに、考えすぎ、の、ような、気が…?」
と、敗戦に追い込んだ当事者たちが言葉をかわす。

【アレクセイ】「…だが諸君、心配は要らない。シャーロット=ワーグナー本人は健在である。そして…こちらを見ていただきたい!」
そう言い、大統領が軽く合図をした。

すると、演台の背後から、1機の人型兵器がせり上がってきた。

…それを見て、再びざわつく兵士たち。
そして、ざわついたのは、現場の兵士だけではなかった。

【パトリシア】「おいおい…マジかよ…!」
【エカテリーナ】「情報照合、データなし…たぶん、新型」


【ゲルト】「嘘だろおい…!苦労の末に撃破したらパワーアップして帰ってきましたってか!?」
【クーリア】「まさか、連合が今まで蒼き流星の敗戦を公表しなかったのって、このために…!?」
【カンナ】「やってくれるじゃないの…!!」


【アレクセイ】「発表しよう。この機体こそ、シャーロット=ワーグナーの新たなる乗機であり、我らが銀河連合の新たなる翼、新たなる象徴!UDX-307/X、『フォーマルハウト』である!!」

その瞬間、会場が大歓声に包まれた。

【シャーロット】「っていうかコレ、誰でも良かったんじゃないの…?」
…最も、当人はコクピットの中でそうつぶやいていた。今回はお披露目だけであり、実際に動かす訳ではない。コクピットに座っているだけである。一応恰好だけはつけないと、ということでパイロットスーツは着ているが、ヘルメットは被っておらずコクピットの隅に転がっているし、当人も足を組んでシートを目一杯後ろに倒し、完全に「いるだけ」。その気になれば子供やチャオや犬や猫でもできる仕事である。


一方、会場が大歓声に包まれる中、焦っていたのがこちら。
【イズミル】「どうすんだよ!アレが動いたらさすがにヤベぇんじゃねぇのか!?」
5人が狙撃ポイントに潜み、いよいよ狙撃しようかという瞬間にこれである。だが、
【アンドリュー】『…作戦に変更はなしだ』
感情のこもっていない声で、そう応答があった。
アンドリューは基地の外れに潜んでいる共和国の特殊艦から通信で指示を出している。5人はさすがにこの状況でそれはないんじゃないか、と訝しんだが、そもそも既に後戻りができる状況ではない。やるしかないということを渋々理解した。
【カルマン】「逆に考えようじゃないか。この歓声、むしろ今がチャンスじゃねぇのか?それに、あれが動くってまだ決まった訳じゃないだろ?実はまだ開発途中でガワだけのハリボテかも知れねぇぞ?」
【ミッチェル】「あぁ、そうだな。…俺がやる」
ミッチェルはそう言い、狙撃用光線ライフルを構えた。


基地中に、「大統領!」「アレクセイ!」「連合万歳!」などといった大歓声がこだまする。
大統領はそれに応えるように手を挙げる。

そして、
【アレクセイ】「――諸君!」
歓声をあげる兵士たちにそう呼びかけた瞬間、一条の光線が大統領を貫いた。

一気に静まり返る中、演台の上で崩れ落ちる大統領。

慌てて秘書であるロゼリタが駆けつけるが、
【ロゼリタ】「大統領!?」
【アレクセイ】「…銀河の…意思を…」

…その言葉を最後に、大統領は動かなくなった。


次の瞬間、会場は大パニックに陥った。

【パトリシア】「やったか!?」
【ミッチェル】「確認してる余裕はない、今のうちに艦まで脱出するぞ!」
パニック状態の今のうちなら、逃げ切れるはず。騒音の中でミッチェルを先頭に、5人は急いで狙撃ポイントから離脱した。


一方、座っているだけで良かったはずのこの人はというと、
【シャーロット】「………」
ヘルメットも被らずに、ただ黙って起動キー代わりとなる個人端末をフォーマルハウトに差し込んだ。

フォーマルハウトの眼にあたるカメラが光る。
【シャーロット】「…レグルスぶっ壊された上に、折角新型用意してもらったと思ったらこれだ。…どこの誰がやったのか知らないけど、今のあたしはだいぶ機嫌がよくないよ…地獄の果てまで追いかけてやるからなぁ!!」
そう叫び、フォーマルハウトの操縦桿を全力で前に押し倒す。その瞬間、そこに座るべき者は、子供でもチャオでも犬でも猫でもなく、銀河で彼女ただ一人だけになった。
『それ』は、ハリボテでは、ない。
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第34章:その熱の残滓、頬を伝わって
 ホップスター  - 21/9/4(土) 0:16 -
  
同盟と連合の境界線付近。
第4艦隊に合流後、そのまま編入されたクロスバードは、今は境界線宙域のパトロール任務に就いている。
今はオリトの乗るリゲルが出撃し、パトロールしていた。

【オリト】「なんか…今まで色々あったのが嘘みたいに静かですね…」
【カンナ】『とはいえ油断しちゃダメよ、しっかり見なさい』
【オリト】「はい、分かってます」

全銀河に中継される中での、連合大統領の暗殺。
そのあまりにも大きすぎる事件のせいか、この宙域は連合との境界線付近にも関わらず、嘘のように静かだった。

結局、中継は暗殺直後に打ち切られてしまい、当の連合も「狙撃犯は撃破した」とだけ伝えるのみで、あの後マースゲントで何があったのか、当事者以外に知る者はほとんどいない。
「同盟がやった」、「共和国がやった」、「国内の不満分子がやった」と噂だけはいくらでも流れてくるが、そのどれもが確たるものではなく、そのまま時間だけが過ぎていた。

【オリト】「でも本当に、大統領は誰がやったんだろう…ん?」
オリトがふとレーダーに目をやると、人型兵器のようなものが漂流しているのが見えた。


        【第34章 その熱の残滓、頬を伝わって】


一方、クロスバードのブリッジ。
ジェイクとアネッタが療養を終え、ブリッジに姿を見せていた。
【カンナ】「ジェイクもアネッタも、もう大丈夫みたいね」
【ジェイク】「あぁ、お陰様でな。俺とアネッタが休んでる間に色々あったみてぇだが…」
【クーリア】「あの録画一本見ればだいたい説明できる気はしますけどね…」
【アネッタ】「一応あの中継はあたしもベッドで見てたけどね。さすがに転げ落ちそうになったわよ」
【カンナ】「それはぬいぐるみが心配ね!」
【アネッタ】「ちょっと、あたしの心配は!?」
冗談を飛ばすカンナに対応するアネッタ。その時、オリトから通信が飛び込んできた。

【オリト】『すいません、オリトです!パトロール中に、漂流している人型兵器の残骸を発見しました!』

…それだけなら、過去の戦闘での残骸だろう、で済ますこともできた。だが、事情が違った。

【カンナ】「落ち着いて。機体はどこの機体か分かるかしら?」
【オリト】『それが…損傷しているんですけど、間違いなく共和国のカペラなんです!』

カペラ。共和国のワンオフ機。そのパイロットといえば、そう、
【クーリア】「パトリシア=ファン=フロージア…!?」
【オリト】『はい、恐らくそのパトリシアって人だと思うんですけど、機体の中に生命反応があるんです!』
そこまでオリトが説明して、さすがにクロスバードのブリッジもざわついた。

【カンナ】「…こっちから回収にいくわ!ミレア、急いでオリトの方へ!!」
【ミレア】「了解、です!」
急いでカンナがブリッジに座り、ミレアに指示を出した。


それから、およそ1週間後。クロスバード・休憩室。
「ん…」
「…あぁ、気が付きましたか」

彼女、パトリシア=ファン=フロージアが目を覚ました。
ベッドの横で椅子に座っていたのは、クーリア。クロスバードのクルーが持ち回りで様子を見ており、たまたまクーリアの番だったのだ。
クーリアは見ていた個人端末をしまい、パトリシアに顔を近づける。
【パトリシア】「…っ!貴様、スイーツガールの…っ!」
それでようやくパトリシアは目の前にいるのが誰か判別できた。クーリアはクロスバードの副長として名が知られているというのもあるが、何よりグロリアで直接殺し合っている。顔はよく覚えていた。
パトリシアはクーリアに掴みかかろうと体を起こそうとするが、その瞬間に体中に激痛が走り、呻き声をあげベッドに倒れ込む。クーリアは一切動じることなく、こう返した。
【クーリア】「すいません、少し近すぎましたね。悪い癖なので。…とにかく、私相手に掴みかかろうとするということは記憶は問題無さそうですね。…とりあえず、これをお返しします。血で汚れてたので洗っておきました」
と、テーブルに置いてあったクリシアクロスと眼鏡を見せる。先ほどのような状態でまだパトリシアの体は動かないので、見せるだけでテーブルに戻したが。

【パトリシア】「改めて聞くまでもなさそうだが…ここはどこだ?」
ようやく落ち着いてきたのか、パトリシアが静かに尋ねる。
【クーリア】「“スイーツガール”こと、クロスバードの休憩室です。地理的な話をすると、同盟と連合の境界線付近です」
【パトリシア】「…そうか」
クーリアの回答に、パトリシアはそう軽く返した。

【クーリア】「こちらからも伺ってよろしいですか?…無理に答えろとは言いませんが」
今度はクーリアが様子を見つつ尋ねると、パトリシアはこう返した。
【パトリシア】「大方、尋ねたいことの見当はついてる…大統領を殺ったのは、あたしらだ」

そして、パトリシアはゆっくりと「その後」のことを語りだした。


Σ小隊は何とかアンドリューが待つ潜入艦まで戻り、大気圏外へと脱出。同盟圏内へ逃走することで逃げ切ろうとしたものの、境界線付近で連合軍に感付かれ、戦闘に突入。
最初は5人の超人的な能力もあり、何とか逃げ切れそうだ、というところまで差し掛かっていたが、そこで現れたのが他でもない、シャーロット=ワーグナーだった。

彼女の駆る新型、フォーマルハウトの性能に加え、一連の出来事でフラストレーションを溜めていたシャーロット。その動きは既に人間のそれを遥かに凌駕しており、5機、そして潜入艦はあっという間に撃破された。…それは、まるで子供のおもちゃのような扱いだった、という。

【パトリシア】「…あたしだけは奇跡的に助かったけど、隊長、それに他の4人は…あっさり殺されたよ」
【クーリア】「そうだったのですね…」

今度はパトリシアが、逆に1つ尋ねた。
【パトリシア】「ぬいぐるみ…カペラのコクピットに、ぬいぐるみ、なかったか?」
【クーリア】「あぁ、確か…」
クーリアは立ち上がり、壁の棚の引き出しを開け、ぬいぐるみを取り出した。

【クーリア】「これも洗ったんですが…かなり深くまで染みついてて、きれいには取れませんでした」
そう言いながら、パトリシアの胸の上に置く。
本来は白いはずのそのぬいぐるみは、やや茶色に染まってしまっている。

【パトリシア】「あれだよ、あの小さい女の子…エカテリーナのものだよ。原型を留めてないスピカ…あの子の機体のコクピットで、血で真っ赤になって…」
圧倒的な、戦闘とすら言えないただの殺戮が終わった後、パトリシアはボロボロのカペラで何とか皆の遺品だけでも、と跡地で必死に探し回った。
…結論から言えば、回収できたのはこのぬいぐるみだけだったが。やがて自らも意識を失い、オリトに拾われるに至る。

【パトリシア】「あたしらはまだいいさ。罪の自覚もあるしそれなりに覚悟もある。その結果がこれだ。でもあの子はまだ11歳だったんだぞ…!それが…!あんな変わり果てて…っ!」
そこまで言葉を紡いだところで、再び激痛が走り、呻き声に変わった。
【クーリア】「分かりました、痛いほど…分かりました…もうしばらく、休みましょう…」
さすがのクーリアも、そう声をかけることしかできなかった。


クロスバード・艦長室。カンナが個人端末で読書をしている。
【クーリア】「…失礼します」
【カンナ】「どうだったかしら?」
報告をしに艦長室を訪れたクーリアに、カンナがパトリシアの様子を尋ねた。
【クーリア】「あの宙域をボロボロの状態で漂流していた時点で凡その予想はついていましたが…ちょっと言葉にできかねます」
【カンナ】「…そう」
カンナは軽くそう答えると、少し考え込み、こう続けた。
【カンナ】「クーリア、悪いけど、しばらく彼女のことを見てもらえるかしら?…そんな精神状態でクルーが入れ代わり立ち代わり、じゃ良くないでしょうし」
【クーリア】「承知しました。…それでは、失礼します」
そう言い、クーリアは退室した。

【カンナ】「さて…、報告書をどう仕上げたものか…もう録音データそのままぶん投げていいかしら…?」
静かになった艦長室で、そうにつぶやいた。今回の事態は当然報告する必要がある。そして先ほどのパトリシアの言葉は、ほぼ全て録音してある。しかし、どう報告すべきか。
…いや、そもそも、敵とはいえ浅からぬ縁もあり、自分と同年代の女の子であるパトリシアを、通常通り報告してしまっていいものかどうか。
しばらく悩んだが、答えは出そうになかった。


数日後。
パトリシアが再び目覚めたと聞き、クーリアが休憩室に入った。
【クーリア】「失礼します」
【パトリシア】「お前か。えーと…」
【クーリア】「クーリア=アレクサンドラ=オルセン。クーリアで構いません」
パトリシアはわざと迷う素振りを見せたものの、クーリア自身もクロスバードの副長としてそこそこ名前が知れているので、パトリシアも何度か名前は聞いている。念のため、という意味付けが強かった。

【パトリシア】「クーリアか。…なぁ、体、動くようになったんだが…」
【クーリア】「そうですか。良かったです」
【パトリシア】「…分かってる、分かってるんだが、敢えて聞く。…説明してくれ、この右手は、どういうことだよ…!」
そう言い、上着を脱いで、右腕を見せた。

…いや、厳密には、それは右腕ではなかった。
右の肩から先は銀色で無機質な、機械の腕が伸びていた。
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第35章:機械の魂はその腕に宿るのか
 ホップスター  - 21/9/11(土) 0:14 -
  
【パトリシア】「…説明してくれ、この右手は、どういうことだよ…!」
そう言い、機械になってしまった右腕を見せたパトリシア。

しかしそれに対して、クーリアは表情を変えずにこう説明した。
【クーリア】「ご想像の通りです。…我々が貴方を保護した時点で、既に再生不能な激しい損傷を負っており、已む無く通常治療を断念し義手による治療へと切り替えた…そう軍医から聞いています」
【パトリシア】「………」
最も、銀色の機械の腕、というのは仮のもので、後日人工皮膚にすれば外見は本物とほとんど変わらないようにすることができるし、そうすれば感覚的にも生身の手足とほぼ同じように動かすことができる。それでもやはり、衝撃は大きかった。

【クーリア】「…あと、まだお気づきになっていないかも知れませんが…右脚も膝から下が同様に損傷が激しく、義足になっています」
【パトリシア】「なっ…!」
慌てて足に掛かっていた毛布をはねのける。…右腕と同じように、銀色になってしまった右脚が目に入った。


        【第35章 機械の魂はその腕に宿るのか】


そこに、ミレーナ先生が入ってきた。
【ミレーナ】「お話し中ごめんねー?パトリシアさん、右腕と右脚、違和感はないかしらー?」

【パトリシア】「残念ながら言われるまで気付かないレベルで違和感ねぇよ…」
ちなみに、数日前にパトリシアが最初に意識を取り戻した時には、既に義手義足だった。その時は激痛で体をほとんど動かせなかったため、気が付くことはなかったが。

【ミレーナ】「そう、それなら良かったわー。…っと、自己紹介が遅れたわねー。あたしはミレーナ=ジョルカエフ。この艦お付きの保健の先生兼軍医の端くれってところかしらー?」
【パトリシア】「嘘つけ、余程腕が立たないとこんな芸当できねぇだろ…あたしも専門家じゃねぇけどさ」
いくら医療技術が進歩したといっても、さすがに右腕と右脚を丸々義手義足にすることは簡単にできることではない。パトリシアが違和感を全く感じなかったのも、ミレーナ先生が相当腕が立つ軍医である証拠に他ならない。
もちろん、さすがに義手義足までクロスバードの医務室に用意されている訳ではないので、第4艦隊の協力のもと近くの惑星の同盟軍基地で手術を行ったのだが、執刀はミレーナ先生自身が行ったのだ。

【クーリア】「しかし驚きましたよ…ミレーナ先生、本当に凄腕の軍医だったんですね」
【ミレーナ】「お世辞はやめてよー、言ってるでしょ、昔ドジやらかして左遷されられた結果がここだって。…まぁでも、さすがに目の前であんなケガした子を見たら、放ってはおけないわよねー…」
彼女はそう言い、ふと虚空を見上げた。休憩室の無機質な天井に何を見たのかは、彼女のみぞ知る。

【ミレーナ】「とにかく、何か気になることがあったら、遠慮なく言ってねー?」
そしてそう言い残し、休憩室を後にした。

【パトリシア】「…そういえば、ケガで思い出したんだが…あたしの機体、カペラはどうなった?」
【クーリア】「あぁ、それなら…歩けるようなら、見に行きます?」
そう言い、クーリアは右手を差し伸べた。


最初はクーリアの肩を借りて歩くのがやっとといった状態だったパトリシアだが、格納庫に着く頃には完全に一人で歩けるようになっていた。
【クーリア】「流石ですね…」
【パトリシア】「ミレーナとかいう医者の腕が良いんだろうさ」
と軽く言い、格納庫に入る。

【パトリシア】「これは…!」
格納庫に入るなり、パトリシアは思わず声をあげた。『蒼き流星』にやられてあれだけ破損していたカペラが、きれいに修復されていたのだ。
【ジャレオ】「あ、クーリア、パトリシアさん。大丈夫ですか?」
【パトリシア】「まぁここに来れる程度にはな。…それより、どうしてカペラが修復されてんだ…?」
【ジャレオ】「いやぁ、共和国の機体ってこうなってるんだってすごく勉強になりました。ついでに、同盟側の最新技術もプラスしてチューニングし直してあります」
最も、ジャレオは魔女艦隊にいた際に一度共和国側の技術を見ている。その時の経験が大いに役に立ってもいるのだ。
さらに、コクピットからクリスティーナがワイヤーを伝って降りてきた。
【クリスティーナ】「いやー、共和国のOSを同盟のOSに組み替えるの、めっちゃきつかったけどめっちゃ楽しかったっすよー!あ、でも操作系統は以前と変わらないようにセッティングしてありますからご安心をっ!」

【パトリシア】「…つまるところ実験台になったってことか?」
と、パトリシアが言った時、カンナも格納庫に現れた。
【カンナ】「共和国のワンオフ機をいじれるってみんな喜んでたわよ。まぁ鹵獲された時点で所有権こっちにあるし、諦めてちょうだいってところかしら…」
【パトリシア】「いやまぁ、敵に捕まってる以上諦めはついてた…つもりなんだがな…」

と、その時、突如格納庫に警報音が鳴り響いた。

【パトリシア】「!?」
【カンナ】「何が起きたの!?」
個人端末を持ち、ブリッジと通信を取るカンナ。

応えたのはアネッタ。前の戦いでアルタイルが中破しているので、ジェイクと共にブリッジの手伝いである。
ちなみに修復しようとしたタイミングでパトリシアとカペラが漂流してきてジャレオがそっちにかかりっきりになってしまったため、順番的に後回しになってしまっているのだ。
【アネッタ】『敵襲です!連合のヘルクレス級が1隻!集団行動はとっていないので哨戒中に発見された模様!』
【カンナ】「了解、迎撃準備急いで!」
さらにチャンネルを変えて、
【カンナ】「オリト君、出撃できる!?」
【オリト】『分かりました、すぐ行きます!』
オリトに話をつけた。

【パトリシア】「オリトって、あのチャオのか?」
【カンナ】「ええ。ウチには人型兵器乗りが元々2人いたんだけど、例のシャーロットを追い込んだ戦いでどっちも機体が損傷しちゃってね。今動けるのは彼しかいないのよ」

…と、そこまで説明したところで、カンナはあることに気が付いて、手を打った。
【カンナ】「…そうだ!パトリシアさん、提案なんだけど…クロスバードで働いてみないかしら?」
【パトリシア】「働く?」
【カンナ】「ええ。人型兵器に乗って敵を蹴散らすだけの簡単なお仕事、3食昼寝スイーツ付き!」
【パトリシア】「いやそれ簡単じゃねぇし昼寝とスイーツは要らねぇよ…」
と思わずパトリシアが冷静にツッコミを入れる。

【パトリシア】「っていうか、あたしは一応共和国の人間だぞ?とりあえず今は目の前の敵が連合だからいいとしても、今後…」
そこまで言ったところで、カンナがこう言い遮った。
【カンナ】「…共和国に、貴方の戻る場所はあるのかしら?…小隊の仲間は貴方以外全滅した、と聞いているけど…?」
【パトリシア】「…!」
さすがにパトリシアも言葉を失った。冷静に考えればそうである。そりゃ勿論戻れない訳ではないだろうが、果たして戻った先は居心地がよいものだろうか。

【カンナ】「もちろん、愛郷心とか愛国心とかそういうのもあるでしょうし無理強いは…」
そこまで言ったところで、今度はパトリシアがカンナの言葉を遮る。
【パトリシア】「無ぇよ、んなもん最初から。試験管生まれで親もいないのに、愛国心も忠誠心もへったくれもないってんだ。ただ上から命令がきたからそれを実行する、それだけだったさ。…あの時まではな」
そういい、ふとマースゲントでの出来事を思い出す。そして、こう続けた。
【パトリシア】「…いいよ、とりあえずあの連合の戦艦をぶっ潰す。条件交渉は帰った後だ!」
そう言い、カペラへと向かっていった。

【クーリア】「まったく…艦長の悪い癖です、あんな出任せを言って上にどう言い訳するつもりですか…?」
【カンナ】「まー、何とかなるんじゃないかしら?この艦にはどこぞの元王女様だっている訳だし?」
パトリシアを見送ったカンナとクーリアはそう会話しつつ、ブリッジへと走り出した。


【パトリシア】「へぇ、これが同盟のOSか…つっても操作系統とか一緒になるようになってんだっけ」
と、カペラのコクピットに乗り、各種システムを起動しながらつぶやく。
そこに、クリスティーナから通信が入った。
【クリスティーナ】『突然失礼しますよー。えーっと、念のためなんすけど、こっちからリモート操作で自爆できるよう特別にプログラムしてありまする。一応元々敵同士だったっつーことで、怪しい動きを見せたら…って訳でー、ご理解とご協力をお願いいたしますよー』
【パトリシア】「了解。準備がよろしいことで!」

そして、メインエンジンを起動し、
【パトリシア】「パトリシア=ファン=フロージア、カペラ、出るよ!」
宇宙へと出撃していった。
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第36章:祈りと願いが交差し、天に還る
 ホップスター  - 21/9/18(土) 0:02 -
  
クロスバードのブリッジに、カンナとクーリアが戻ってきた。
【カンナ】「状況は?」
【マリエッタ】「敵艦、人型兵器を3機出してきましたわ。連合の量産型、ミモザですわ!」
【アネッタ】「先に出撃したオリト君のリゲルが交戦状態に入ります!」

【ジェイク】「しっかしあのパトリシアとかいう女、信用できんのか?あいつらには散々痛い目に遭わされてきた上にレイラまで殺されてるんだぞ?」
ジェイクはそう不審がるが、クーリアがこう否定した。
【クーリア】「少なくとも、今ここでは大丈夫でしょう。連合は共通の敵ですし。あと、直接殺し合った私の勘が『彼女は信用できる』と言っています」
【ジェイク】「そうか。…クーリアが勘とか言い出す時点でちょっと怪しいが、まぁ様子見といこうか」
【ゲルト】「…悪いジェイク、口じゃなくて手を動かしてくれねぇか?」
ジェイクに対しゲルトの横槍が入る。今はゲルトの火器管制の手伝いである。
【ジェイク】「…すまねぇ」
そう軽く謝って、改めてキーボードを叩きだした。


        【第36章 祈りと願いが交差し、天に還る】


【オリト】「敵は3機…さすがにきついか…!」
こういう時は、無理に前に出ずに、クロスバードの直掩として動く。
ジェイクとアネッタがいない以上、無茶はできない…そう考えていたその時、リゲルの右側をビームがかすめ、向かって来ていたミモザのうち1機が爆散した。
【オリト】「パトリシア…さん!?」
【パトリシア】「いいねぇ、いいねぇ!火力も機動性も上がってる!あのメカニックとエンジニア、相当腕が立つじゃないの!!」

そこからは、まさにパトリシアの独壇場だった。
驚くオリトをよそに、あっという間に残りの2機のミモザも撃墜すると、その勢いで敵戦艦のブリッジも撃ち抜き撃沈。数時間前にようやくベッドから起き上がったばかりとは思えない動きで、一人で全て撃墜してみせたのだ。

【オリト】「すごい…」
思わずオリトもそうつぶやくしかなかった。

【パトリシア】「ま、リハビリにはちょうどいい感じの相手だったかな?…っと、痛っ…!」
そう言い余裕を見せたパトリシアだが、さすがに体の左半分が激しく痛み出し、帰投するなりベッドに転がり込んだ。最も、体の右半分は機械になってしまっているので痛みは感じないのだが。


翌日。
パトリシアのいる休憩室に、カンナとクーリアが入室してきた。
【カンナ】「起きてるかしら?昨日はお疲れ様、本当に助かったわ。調子はどう?」
【パトリシア】「あぁ、筋肉痛がちょっとやばいがそれぐらいだ。急に動くもんじゃねぇな、ははは…」
【クーリア】「それなら問題無さそうですね。…早速ですが、本題に入っても大丈夫でしょうか?」
クーリアがそう尋ねる。それに対しパトリシアは、
【パトリシア】「昨日の条件交渉ってやつか?いいぜ、3食昼寝スイーツ付きでやってやろうじゃない」
と笑いながら言った。

【クーリア】「但しスイーツ代は艦長の私費より捻出するものとする…っと」
【カンナ】「ちょっと!?っていうかクーリアが言うと冗談に聞こえないからやめて!?」
…というショートコントに話が振れかけたが、

【カンナ】「…コホン、で、昨日から考えてたんだけど、このまま捕虜っていう立場だと色々面倒なのよ」
とカンナが真面目な話題に戻した。
そもそも同盟軍のルールでは、捕虜は上官に報告の上、規定の収容所に収容される、となっている。当然パトリシアもその流れに従わなければならない…が、それでは一緒に戦えないし、そもそも彼女は連合大統領暗殺実行犯の1人でもある。ただの捕虜で済むはずがない。
そこでカンナが色々と考えた結果、「傭兵」としてクロスバードに入ってもらうのが一番無難なのではないか、という結論に達したのだ。それでも報告義務はあるが、ヨハン元帥とエルトゥール参謀総長なら話せば分かってくれるだろうという打算もあった。
【パトリシア】「傭兵かぁ、良い響きだねぇ。まぁでも、とりあえず飯さえ食わせてくれればしばらくは無給でいいぞ?あたしもまだ18だし、お給料もらえるほど立派な人間してない、っつーか半分機械だしね」
【カンナ】「そう言ってもらえるとありがたいんだけど、ほら労働法みたいなやつの問題で無給って訳にもいかないのよね…ま、あたしらクルー全員でカンパして何とかするわ。自分で言うのもアレだけど、ここのクルーだいたい実家は金持ちだしね」
【クーリア】「とはいえ17や18の子供に気前良くお金出してくれる親ばかりではありませんが…とりあえず最悪それで何とかするとして、一応別のプランも考えておきます。現時点ではこの方向でまとめましょう」

その後もしばらく細かい条件を詰めた後、個人端末で電子契約書を作成し互いにサイン。
…そこまできて、カンナがぽつりと話を切りだした。
【カンナ】「…パトリシアさん、ここまで話を進めておいて、卑怯かもしれないけど…やっぱり、貴方の仲間がレイラを殺したこと、どこかで踏ん切りがつかない自分がいる」
【パトリシア】「あぁ、イズミルが殺したっていうクルーか。…いいよ、どんな罰でも受けるさ。元々こっちに捕まった時点でそういう覚悟はできてる。何なら今ここで首を吹き飛ばしたって構わない」
そう言うとパトリシアは、手を後ろで組んで、首を前に差し出した。

それに対しカンナは、少し黙った後、パァン、とパトリシアの左頬を強く平手打ちした。
【カンナ】「これで…おしまい。レイラのことは、おしまい」
そして、そう自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

【パトリシア】「痛っ…」
パトリシアは左頬をさすりながら、何かを思い出したように、今度は逆にこう話を切り出した。
【パトリシア】「…悪い、このタイミングで本当に申し訳ないんだが、こっちからも1つお願いがあるんだ。…その、彼ら…あたしらの仲間だった5人を、弔わせてくれないか?…お前らの仲間を殺した奴も混じってるから、無理なお願いなのは解ってる。…でも、それでも、仮にも長いこと一緒に過ごしてきた奴らだ。蒼き流星に殺戮されてほったらかし、じゃあいくらなんでも可哀想すぎるだろ、って…」
パトリシアの言葉の重さに、カンナもクーリアも少し黙ってしまうが、少ししてカンナがこう答えた。
【カンナ】「…分かったわ。とはいえ、ここだと同盟式しかできないわよ…?」
【パトリシア】「いや、あたしが勝手にクリシア式でやるから、小部屋とテーブルだけちょっと借りられれば大丈夫だ」


翌日、クロスバードの一室を借りたパトリシアが、5人を静かに弔っていた。
テーブルの上には造花と、エカテリーナが持っていたぬいぐるみ。唯一の遺品である。
パトリシアがクリシアクロスを握りしめ、クリシア教で葬儀の際に読み上げられる弔いの詩を読み上げる。
【パトリシア】「神よ、天上におわします神よ、どうか彼ら彼女らの魂を…」

その後ろには、クロスバードのクルー全員が参加し、座ってパトリシアの詩を聞いていた。
パトリシアは参加する必要はない、と断ったのだが、どうせなら、と全員参加することになったのだ。

5分ほど詩を読み上げた後、パトリシアは黙ってクリシアクロスを天に掲げて10秒ほど祈りを捧げ、弔いが終わったことを告げた。

【フランツ】「にしても…凄いですね。クリシア式の葬儀、初めてでしたけど独特の雰囲気があって…」
【パトリシア】「正式はもっと色々用意して色々やったりするんだけどな。こんな状況だから、めちゃくちゃ簡易なもんだよ。…それでも、やるとやらないでは、見送る方も見送られる方も違うだろうさ」
【クーリア】「あと、弔いの詩…ですか。あれをスラスラ暗誦できるなんて、その…失礼ですが、イメージじゃないというか、予想外というか」
【パトリシア】「いや、あれは個人端末置いてカンニングしてるからな。あたしもちゃんと全部読んだのは初めてだ。あたしも不信心な人間だったし、ガラじゃないって分かってる。…けど、目の前であんな形で死なれると、どうしても、な…」
【ゲルト】「分かる、分かるぜ、そういうの。レイラが死んだ時、神様がどうとか考えちまったからな…」

【パトリシア】「…ま、あいつらのことはこれでおしまいだ。元々妙な仲間意識はあったがそんなに良い奴らでも無かったしな、あたしを含めて。エカテリーナぐらいだよ、良い子だったのは」
パトリシアはそうつぶやきながら、改めてクロスバードのクルーの方を向くと、

【パトリシア】「…レイラって子は間違いなくあたしの仲間が殺した。許せないかも知れねぇ。だから、今更仲間にしてくれとか図々しいことは言わない。…ただせめて、この訳の分からない戦争が終わるまでは、ここに居させてくれねぇか?…罪滅ぼしぐらいは、するつもりだ」
そう言って深々と頭を下げた。

【カンナ】「そうね。仲間なんて易々となれるもんじゃないわ」
カンナはそう答えた。クーリアが思わず「カンナ!?」と普段の艦長呼びではなく名前で呼ぶが、カンナはこう続けた。

【カンナ】「…だから、『友達』でいきましょう!」

【パトリシア】「と、友達?」
パトリシアが呆気に取られたような表情でそう返す。
【カンナ】「そう、友達!もちろんすぐには無理だけど、戦争が落ち着いたら、一緒に買い物行って、ドラマとか見て、スイーツ食べて、朝までおしゃべりして!…そういうの、ないでしょ?」
【パトリシア】「な、無い…というか、あたしそういうの無さすぎて全く分からねぇぞ!?いいのか!?」
【カンナ】「だからいいんじゃない!知らないものを楽しめるって羨ましいわ!…みんなも、いいわよね?」
そう言い、カンナは全員の顔を確認した。みんな、笑っている。

【パトリシア】「…こりゃ蒼き流星もボロ負けする訳だわ…分かったよ、お友達でいこう」
パトリシアは苦笑いしながら、そう応えた。応えるしかなかった。応えようと思った。
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第36.5章:操る者、操られる道化
 ホップスター  - 21/9/25(土) 0:05 -
  
パトリシアが、Σ小隊の簡易な葬儀を行った少し後。
オリトがパトリシアに話しかけてきた。
【オリト】「あの…すいません、ちょっといいですか?」
【パトリシア】「あぁ。どうした?えっと…」
【オリト】「あ、オリトです」
そう自己紹介をする。


        【第36.5章 操る者、操られる道化】


【オリト】「あの、ぬいぐるみ…なんですけど…」
と、オリトは血が取れずに薄茶色に染まってしまった、エカテリーナのぬいぐるみを指す。
【パトリシア】「あぁ、エカテリーナのあれか。どうした?」
【オリト】「もし、もし良ければなんですけど…譲ってもらうこと、できませんか?」
【パトリシア】「あれをか?なんでまた?」
パトリシアはそう疑問を呈す。

【オリト】「あの、えっと、エカテリーナさんって子と、戦ったことがあって…パトリシアさんが仰ってたようにいい子のように見えるのに、すごく強くて…なんで戦ってるのかなぁ、って…」
オリトはそう言葉を繋ぐ。
そこまで聞いて、パトリシアは思い出した。
【パトリシア】「あー!思い出した!エカテリーナが言ってたチャオの子か!」

…そして、こう続けた。
【パトリシア】「エカテリーナも言ってたよ。なんでチャオが戦ってるのか、って」
【オリト】「普通、そう思いますよね…」
【パトリシア】「あの子も含めてあたしらは試験管生まれだから、戦う以外の生き方を知らねぇんだ。まぁその結果がこれなんだけどな」
と、薄茶色に染まったぬいぐるみを指す。
【オリト】「…」
その『結末』に、オリトは思わず黙ってしまう。

そんなオリトに、パトリシアが問いかける。
【パトリシア】「あたしには分からねぇが、オリト君にも戦う理由があるんだろ?」
【オリト】「はい。故郷で暮らしている人やチャオのために、俺はここにいなきゃいけないんです」
そう力強く答えるオリト。それを聞いたパトリシアは、納得したような表情でこう答えた。
【パトリシア】「…分かった、そういうことなら、これはオリト君に預ける。…くれぐれも、大事にしてやってくれ」
そう言い、持っていたぬいぐるみをオリトに渡した。

【オリト】「…はい、必ず」
オリトはそう答え、ぬいぐるみを受け取った。チャオには大きいぬいぐるみで、パトリシアから見るとオリトが隠れてしまいそうだったが、しっかり持っていた。


一方その頃、クロスバードの艦内で同じようにぬいぐるみを抱えた人が。
【アネッタ】「うぅ…ほつれちゃった…」
アネッタである。元々ぬいぐるみ好き(本人は隠しているつもりだが全員にバレバレ)でアルタイルのコクピットや自室にもぬいぐるみが多数置かれているのだが、そのうちの1つがほつれてしまったのだ。
こういう時は普段はレイラに頼んでいるのだが、もういない。

【アネッタ】「どうしよう…」
そう悩みながらぬいぐるみを抱え廊下を歩いていると、何やら話し声が聞こえてきた。声の主は、
【アネッタ】「クリスちゃん…?」
クリスティーナ。良く見ると、そこはクリスティーナの自室の前。何故かドアが開けっぱなしになっている。

【クリスティーナ】「…詳細については、添付ファイルの確認をお願いします。なお、今後については…」
【アネッタ】「もしもし?」
思わずアネッタが話しかける。
【クリスティーナ】「んなっ!?…アネッタでしたか…」
驚くクリスティーナ。
【アネッタ】「あ、ごめん…ドアが開いてたからつい…」
【クリスティーナ】「あー、閉め忘れてたのか、しょうがない後で録り直しかなぁ…」

そうつぶやくと、クリスティーナは説明を始めた。どうせ訊かれるだろう、と思った。
【クリスティーナ】「X組に入る前にとある企業さんのシステム構築を手伝ってたので、その残務処理みたいなものね。こっちの任務が優先だし、しばらく手伝えなくなるから」
そのメッセージを録画してたのだ。だが、アネッタにはそれより気になることがあった。
【アネッタ】「それもだけど、その喋り方…」
そう、クリスティーナが「普通」に話していた、そして今も話しているのがアネッタにとっては違和感があったのだ。

それに対し、クリスティーナはあっけらかんとした表情でこう答えた。
【クリスティーナ】「あー、それ。これが素ですよ。さすがにあんな喋り方ただのキャラ付けに決まってるでしょう」
【アネッタ】「え…あ…そうなの?」
アネッタが呆然として表情でそう返す。
【クリスティーナ】「それに会社さんとのやり取りとなるとちゃんとしてないと怒られますしね」
【アネッタ】「いや…ここ軍なんですけど…」
アネッタが思わずツッコミを入れる。常識的に考えて企業よりもっとちゃんとしなければいけない場所のはずなのだが。

【クリスティーナ】「ここはいい意味で緩いですし。それに…」
【アネッタ】「それに?」
クリスティーナがそこで言葉を止めたので、アネッタが聞き返す。それに対し、彼女はこう答える。
【クリスティーナ】「正面切っては言いにくいのでここだけの話ですけど…そんなキャラクターを受け止めてくれる皆さんの器の大きさには、感謝してるんですよ」
【アネッタ】「受け止めるって、そんな…普通に接してるだけだよ?」
【クリスティーナ】「いえいえ、皆さんが初めてですよ、こうやって『普通』に接してくれたのは。大抵、ネタキャラ扱いかそもそも相手にされないかどちらかですからね」
そこでアネッタは、クリスティーナ合流前のカンナの言葉を思い出していた。『とっくに人格に問題のあるメンバーだらけ』。そうか、みんな一緒なんだ、と思った。

そこまで考えて、再びアネッタがクリスティーナに訊いた。
【アネッタ】「差し支えなければでいいんだけど…なんでまたあんなキャラを?」
それに対し、クリスティーナは少し悩みながら、こう答えた。
【クリスティーナ】「そうですねぇ…まぁなんというか、あのキャラも私なりに波乱万丈な17年半の人生を送った結果なんですよ。…私は弱いから、普通ではいられなかった…」
それを聞いたアネッタは、そうなんだ、と軽く返した。この数分のやり取りで全部を理解するのは無理だし、彼女の過去に何があったかなんて知る由もない。それでも、同い年の女の子として、少しだけ分かった気がした。

【クリスティーナ】「…っと、そういえばそもそもアネッタはどうしたんです?ぬいぐるみ持って」
今度はそうクリスティーナが聞き返す。アネッタははっとした表情で、思い出したように答える。
【アネッタ】「あぁ、そうだ、これ!ほつれちゃって、誰か直せる人はいないかなーって」
それを聞いたクリスティーナは、ぬいぐるみのほつれた部分をよく見ながら、
【クリスティーナ】「ふむー…私がやりましょうか?そんなに上手くはないですけど、こう見えて心得はあるんですよ」
【アネッタ】「本当に?助かる!」
【クリスティーナ】「その代わり、今日ここでの話はオフレコということで…いいかな?」
そうニコリと笑う。アネッタもうん、と頷き、交渉は成立。

【クリスティーナ】「それじゃ、このクリスティーナ=フォスターにお任せあれ!」
クリスティーナはいつもの口調に戻ると、棚から手芸用具を取り出し、補修を始めた。
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第37章:新たな剣は彼方で微笑み、刃を向ける
 ホップスター  - 21/10/2(土) 0:03 -
  
同盟軍第4艦隊旗艦・コルネフォロス。ヨハン元帥とカンナが面会していた。

【ヨハン】「報告書、読んだよ。連合大統領暗殺、ハーラバード家の犯行だったとはね」
【カンナ】「ええ。もっとも、彼女の証言によれば、どこまでが本家の意向かは推し量れない…とのことですが」
【ヨハン】「現場の独断か、本家の意向か、あるいは…ま、恐らく永遠の謎になるんだろうな」
実際、暗殺実行犯の一人だったパトリシアもアンドリューから指示を受けていただけで、「その上」がどうなっているのか全く知らなかった。というより、Σ小隊そのものがそういう性格が強く、通常任務もどこまでがアンドリューの独断でどこまでが本家の意向か、当人ですらほとんど知らなかった。

【ヨハン】「で、暗殺部隊は逃走中に蒼き流星の手により全滅。…但し、一人を除いて、とな」
【カンナ】「はい」
ヨハンはしばらく考えながら、カンナにこう言った。
【ヨハン】「…さすがにこのレベルの重要情報の扱いを私一人で判断することはできないねぇ。その生き残りを傭兵扱いで匿いたい、という依頼を含めて、参謀総長に判断を委ねるしかないだろう」
【カンナ】「そうです、よね…」
カンナがその答えは予想していた、という感じで答える。

【ヨハン】「ま、とりあえず報告書は渡しておくから、参謀総長の判断が降りるまではとりあえずそれでいいだろう。その子を信頼しているんだろう?」
【カンナ】「ええ。自分では極悪人だって毒づいてますけど、根はすごくいい子だと思うんです。だから、安心してください」
【ヨハン】「…そう言われちゃ、敵わないな」
ヨハン元帥はそう頭を掻きながら答えた。


        【第37章 新たな剣は彼方で微笑み、刃を向ける】


一方その頃、クロスバードの一室。
【アネッタ】「お待たせー!今から座学の授業始めるよ!」
恒例のオリトの座学の時間である。今日の担当はアネッタとクーリア。…だが、今回はちょっと趣が違った。

【クーリア】「えー、今回は特別授業ということで、特別講師をお招きしています。どうぞ」
そうクーリアに言われて渋い表情で入ってきたのは、パトリシア。
【パトリシア】「…なぁコレ、どうしてもやんなきゃダメか?あたしは人様やチャオ様に物を教えられるような人間じゃねぇ…っていうかそもそも既に人間かどうかすら怪しい存在だぞ?」
【クーリア】「通過儀礼みたいなものですので、やってもらいます」
いつの間に通過儀礼になったんだろう、と心の中で疑問に思うオリトをよそに、話は進む。
【アネッタ】「今回のテーマは、ズバリこの銀河で最も信者の多い宗教、クリシア教について!という訳で現役のクリシア教徒さん、お願いします!」
【パトリシア】「いやあたしはそんな大層なもんじゃねぇし、そもそも…」
【アネッタ】「お願いします?」
アネッタがニッコリ笑って繰り返す。…さすがにそれを見たパトリシアは腹を括った。

【パトリシア】「しゃーないなぁ…どっから話せばいいやら…とりあえず、アネッタが言ってた銀河で最も信者が多い、ってーのは間違いじゃないんだが、科学の発達による超常現象の否定と500年前の大崩壊で既存宗教が軒並み衰退して無宗教が大半になったから相対的に多くなったってだけの話なんだがな。あたしみたいなテキトーな信者も少なくないし。あとは…」


それからおよそ1週間後。
輸送艦と共に、カンナがクロスバードに戻ってきた。
【カンナ】「ただいまー!」
【クーリア】「おかえりなさい。首尾はどうでした?」
【カンナ】「そりゃもう、バッチリ!」
そう言い、親指を立てた。
【オリト】「それじゃあ…」
【カンナ】「ええ、参謀総長のOK出ました!パトリシア、正式にクロスバードのクルー入りです!」
それを聞いて沸くクロスバードのクルー。
【パトリシア】「止めてくれよ、小っ恥ずかしい…そもそも士官学校には編入してないんだし正式なクルーでもないだろ?」
【カンナ】「あ、それも校長のOK出てます」
【パトリシア】「えぇ…」
そこまで来ると苦笑いするしかなかった。
【クーリア】「とすると例のプラン、上手くいったようですね」
【カンナ】「ええ。さすがにちょっと無理な相談かなと思ったけど、話が通じて助かったわ。これで給料のカンパもしなくて済むし」
そう、パトリシアを士官学校に正式に編入させてしまえば、給料は軍から出るのでクルーでカンパする必要もない。カンナ達もさすがについ先日まで共和国の兵士だった彼女を編入させるのはいくらなんでも厳しいのでは、と思っていたが、最終的には参謀総長が決断した。

【カンナ】「…で、参謀総長からビデオメッセージを貰って来てるので、再生します」
そう言いカンナは、個人端末を操作。その場にホログラムでエルトゥール=グラスマン参謀総長の姿が浮かび上がった。

【エルトゥール】『えー、コホン。私だ、グラスマンだ。本来であれば直接お話をすべきところ…こういう形になってしまいすまない。
         連合大統領暗殺事件の件、そしてその生き残りであるパトリシア=ファン=フロージアという少女の件。報告書、読ませてもらったよ。
         この事実を公表すると銀河内のパワーバランスが一変しかねない…悪いが、この事実の公表タイミングはこちらで政府と交渉の上発表、という形にしてもらう。もちろん君たちに悪いようには絶対にしないから安心してくれ』

【クーリア】「確かに、連合から公式発表がない以上、これを発表するタイミングを間違えると戦争の趨勢にも影響しかねないですからね…」

【エルトゥール】『さて、君たちが保護しているパトリシアという子について、傭兵として戦ってもらうというレヴォルタ大尉の案についてだが…これは私の判断で許可しよう。
         遺伝子改造で生まれたという生い立ち、Σ小隊という特殊部隊、そして先の戦闘で右手右脚が義手義足になってしまった経緯…
         その辺りを勘案した結果、通常のルール通り捕虜として扱うのではなく、君たちに任せた方がお互いにメリットが大きいと判断した。
         もちろん、戦闘において実力を発揮して、同盟に貢献してくれることを期待して、という意味合いもあるけどね』

【パトリシア】「随分話の分かる人じゃないか。ありがたいけど、裏があったりしねぇよな?」
【フランツ】「それだけ艦長、そしてクロスバードが信頼されてるってことでもあります。それに正直、随分宣伝に利用されてますからね。お互い様ってことでしょう」

【エルトゥール】『そして、もう1つ…これは別件なのだけど、連絡事項があってね。
         先の蒼き流星との戦いで、人型兵器が2機大きく損傷したと聞いている。そこで、私からのささやかなプレゼントだ』

そこまできたところで、カンナが個人端末を操作。
すると輸送艦のカタパルトが開き、2機の人型兵器が姿を現した。
【ジャレオ】「こ、これは…!!」

【エルトゥール】『完成したばかりの最新鋭カスタム機だ。蒼き流星のフォーマルハウトにすっかりお株を奪われてしまったが、純粋な機体性能ならあの機体にも負けないと思う。後は、君たち次第かな。
         …っと、名前を教えてなかったね。
         近接戦闘重視の機体が、AATZ-111S「アルデバラン」、
         射撃戦闘重視の機体が、AATZ-206X「アークトゥルス」だ』

【ジェイク】「アルデバラン…」
【アネッタ】「アークトゥルス…」
【クリスティーナ】「新型キター!これで勝つる!!」

予想外の『プレゼント』に沸くクルー。だが比較的冷静なクーリアが、カンナに話しかける。
【クーリア】「ジェイクのアルデバラン、アネッタのアークトゥルス、パトリシアのカペラ、そしてオリト君のリゲル…4機体制ですか。この人数で運用できますかね?」
【カンナ】「正直不安だけど…まぁみんな強いし、いないよりはマシじゃないかしら?」


…だが、本題は一番最後に待っていた。
【エルトゥール】『そして、最後にもう1つ…君たちの次の任務について、私から特別なミッションをお願いしたい』

【ミレア】「特別な、ミッション?」
【カンナ】「え、ちょっと待って?コルネフォロス出る時に新型貰う話までは聞いてたけど、特別任務なんて聞いてないわよ!?」
急にカンナが動揺する。
そもそもカンナがコルネフォロスで参謀総長からのビデオメッセージを受け取った際には、『連合大統領暗殺事件とパトリシアの処遇について』『新型の受領について』の2つの内容だ、と聞いていた。
メッセージはクロスバードに戻ってからみんなで見るように、と言われていたこともあり、ここから先はカンナも全く知らない。

【エルトゥール】『君たちには、ある場所である人物と共同作戦を行って欲しいんだ。大丈夫、君たちもよく知ってる人物だよ』
そこまで参謀総長が説明したところで、ビデオメッセージの画面が変わった。

…その映し出された『ある人物』の画像に、クルー一同が凍り付いた。

【アネッタ】「な…なんで…?」
【カンナ】「アンヌ=ドゥイエット…!?」

…そう、共和国の『魔女艦隊』司令、アンヌ=ドゥイエット。

【エルトゥール】『これから君たちには共和国へ向かってもらい、通称『魔女艦隊』と共同作戦を張ってもらう。詳細は直接彼女に聞いてもらうといい。それじゃあ、無事と健闘を祈るよ』
そこまで参謀総長が説明したところで、ビデオメッセージは終わっていた。

さすがに慌てるクロスバードのクルー。
【ゲルト】「ちょ、ちょっと待てよ!それじゃあ漂流した時に魔女艦隊の助けを借りたのバレてるってことかよ!?」
【カンナ】「…ええ、みんなには言ってなかったけど、バレてるわ…前にアレグリオで面会した時に仄めかされたのよ…」

【パトリシア】「…共和国裏切って同盟に入ったら共和国と共同作戦してくださいって指令が下るとか、趣味の悪いギャグか何かか?」
苦笑いしたのはパトリシア。彼女にとってはそういうことになる。

とはいえ、参謀総長からの指令とあっては従わない訳にいかないし、パトリシアに関してかなり無茶なお願いを聞いてもらったばかりである。
【カンナ】「行くしか…ないでしょうね…」
そうつぶやき、改めて全員の方を向くと、こう言った。
【カンナ】「まだ分からないことだらけだけど、恐らく簡単な任務じゃないと思うし、疑問に思うこともたくさんあると思う。…それでも、ついてきてくれるかしら?」
みんな、首を縦に振る。それを確認したカンナは、
【カンナ】「ありがとう。…それじゃあ、準備が出来次第、クロスバードは第4艦隊を離脱し、共和国ドゥイエット家艦隊、通称『魔女艦隊』と合流します!」
そう告げた。
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第38章:墓前に祈るは未来か過去か
 ホップスター  - 21/10/9(土) 0:03 -
  
かくして共和国圏内へと向かうことになったクロスバード。
その準備中、マリエッタがカンナに相談を持ち掛けてきた。
【マリエッタ】「すいません、艦長さん…ご相談がありまして」
【カンナ】「マリエッタ、どうしたの?」
【マリエッタ】「その、共和国へ向かう際に、グロリアへ立ち寄っていただけますでしょうか?」
【カンナ】「構わないけれど…何か理由が?」
グロリアは同盟と共和国の境界線上にあるので、経由して向かうこと自体は簡単である。
ただ、カンナが念のため、と思い理由を聞いてみると、マリエッタは少し戸惑うが、こう説明しだした。

【マリエッタ】「えっと、建前と本音がありまして…
        建前としては、私これでも元王女ですから、グロリアで補給など融通を利かせることができますし、情報収集も可能です、ということ」
【カンナ】「確かに、理由も分からず敵国へ行ってこいなんて指令なんだし、物資や情報は多い方がありがたいわね。…で、本音の方は?無理にとは言わないけど」
【マリエッタ】「いえ、大丈夫です。…先ほど、グロリアにいる侍女のアイラから連絡がありました。…父、ジェームズ4世前国王が亡くなった、と」
【カンナ】「…!!」
それを聞いたカンナの顔つきが変わる。以前からもうあまり長くないと言われていたが、ついにその時が来てしまったのだ。
【カンナ】「そういう事は先に言いなさいよ!…こうしちゃいられない、急ぐわよ!」
【マリエッタ】「ですが、このような私事で軍の任務を後回しにするなど…」
【カンナ】「何言ってるのよ、早く着くように急いでるんだから後回しになる訳ないじゃない!それに…」
【マリエッタ】「それに?」
【カンナ】「あまりに寂しい最後の別れ方をしてきた人を、ここで見聞きしてきたでしょう?…そうは、させたくないから」

かくして、予定より早くクロスバードは第4艦隊を離脱。数日後、グロリア王国に到着した。


        【第38章 墓前に祈るは未来か過去か】


結論から言うと、マリエッタはジェームズ4世の葬儀には間に合わなかった。
ただ、久しぶりに姉のグレイスや妹のソフィア現女王など、家族と再会でき、話をすることができた。

その翌日、マリエッタはカンナと共に、小さい丘にある、ジェームズ4世の墓前に来ていた。
【マリエッタ】「こんな大変な状況でよく来てくれた、って何度も頭を下げられました。…本当に、皆さんのおかげです」
そう言い、カンナにお礼を言うマリエッタ。
【カンナ】「いえいえ、当然のことをしたまでよ」
【マリエッタ】「それに、こうして墓参りまでしていただいて…皆さんには本当に貸しばかりで、何もお返しできてなくて…」
【カンナ】「そんな、とんでもない!よく頑張ってくれてるわ。こちらこそ、本当はみんなで来るべきだったんでしょうけど、大人数でも迷惑でしょうし…」
【マリエッタ】「いいえ、こうして来て頂けるだけでとてもありがたいです。父も喜んでいるでしょう」

…そう2人が話しているところに、別の女性が現れ、こう話しかけた。
「…あら、こちらにいらっしゃったんですね。…探す手間が省けた、というところでしょうか?」

2人が振り向くと、そこには見覚えのある少女が立っていた。

【カンナ】「アンヌ=ドゥイエット…!?どうしてここに!?」

そう、これから共和国で合流する予定である『魔女艦隊』司令その人である。

【アンヌ】「いわゆる弔問、というやつです。聞いていなかったのでしょうか?」
【マリエッタ】「そういえば…!」
アンヌも共和国の4大宗家、ドゥイエット家の次女である。ドゥイエット家を代表して弔問に来ていたのだ。

【カンナ】「折角だし、共同戦線の話…詳しく聞かせてくれるかしら?」
早速カンナがそう切り出すが、
【アンヌ】「いずれお話するつもりですしそれは構いませんが…前国王陛下のお墓参りぐらいは、許してもらえないかしら?」
ここは墓前である。アンヌがさらりとかわした。

アンヌが墓前に花を手向け、手を合わせ祈る。しばらく祈った後、こう切り出した。
【アンヌ】「さてと…お嬢様3人で立ち話というのもなんですし、話す内容も内容ですから…私の艦へいらっしゃいませ。そこで詳細をお話しましょう」
【カンナ】「それは構わないけど…あたしは2人と違ってお嬢様じゃないわよ?」
と、カンナが否定するが、
【アンヌ】「何を仰ってますの?レヴォルタ家といえば同盟政界の有力一族でしょう?そこの長女がお嬢様ではない、なんて何の冗談かしら?」
とアンヌが返す。
【カンナ】「いや確かにウチは政治家一族だけど、王家とかそういうのとは違うし!民主制国家なのに世襲だって散々ネットで叩かれてるの知らないでしょう…!」
カンナがさらに否定しながら、3人で墓前を後にした。

そもそもX組は基本的にエリートの集まりである。もちろん家柄が選抜事項に入っている訳ではないが、優秀な者の子供はやはり優秀である、という比較的シンプルな論理もあり、X組メンバーの家族は基本的に各界で名を挙げている者が多い。
先ほどアンヌが説明したようにカンナはその最たる例で、父親は国民議会議員、その他の親族にも政治家が少なくない。「スイーツ大好き艦長」として有名になった際も、「将来は遅かれ早かれ政界進出だろう」という評論が目立った。最も「スイーツ評論家にならなければ」、という前書き付きだったケースも多いが。


グロリアの宇宙港に停泊している、魔女艦隊旗艦・プレアデス。
その一室に、主であるアンヌ、招かれたカンナとマリエッタが集まっていた。
【マリエッタ】「あの…、私が同席して大丈夫なのでしょうか?」
そうマリエッタが尋ねる。魔女艦隊司令のマリエッタ、クロスバード艦長のカンナと違って、マリエッタはあくまでもクロスバードの一クルーでしかない。
【アンヌ】「構いませんわ。どの道後々皆さんにお話することです」
しかしアンヌはそう言い気にする素振りを見せずに、こう話を始めた。

【アンヌ】「単刀直入に申し上げます。我がドゥイエット家は…先日、同盟と和平を結び、協力関係の下対連合攻略作戦にあたることを決定いたしました」

【カンナ】「!?」
さすがにカンナも言葉が出ない。アンヌはこう続ける。

【アンヌ】「現在、連合は大統領暗殺の混乱で急速に求心力を失いつつあります。つまり、この機を逃す手はない、ということですわ」
【カンナ】「だからドゥイエット家は同盟と手を組んだ、と…」
【アンヌ】「ええ。ただ、さすがに共和国全体を動かすまではいきませんでしたが…」
特に対同盟戦線が中心で、以前クロスバードに煮え湯を飲まされているサグラノ家は反同盟感情が強く、他の3宗家全ての説得は時間がかかると判断したドゥイエット家は単独で同盟との和平に踏み切ったのだ。

【カンナ】「で、言わば和平の証として、滞在経験のあるあたしらが参謀総長によって抜擢された、と…」
【アンヌ】「そんなところです」

【カンナ】「しかし一部とはいえ共和国と手を組んだことが知れれば、こっちも反共和国感情が強い海溝派…派閥は納得しないでしょうね…参謀総長もよく踏み切ったわ」
【アンヌ】「恐らく、戦争を終わらせる好機だと考えたのでしょう。…この、50年続く戦争を」

そこまで話して、しばらく黙っていたマリエッタが口を開いた。
【マリエッタ】「…あの、この戦争、…本当に終わるんでしょうか?皆さんそうだと思うのですが、私達は戦争がない状態というのを本の中、データの中でしか知りません。…その状態に、なれるのでしょうか?」
それに対し、カンナはこう答えた。
【カンナ】「なるか、じゃなくて、するのよ。あたしらが。ここまできたら、ね」
それを聞いたマリエッタは、納得してこう返す。
【マリエッタ】「…分かりました。微力ですが、お手伝いします」

【アンヌ】「それじゃあ、そちらの用事が済んだらまた連絡していただけるかしら?一旦フレミエールに向かった後、対連合戦線へ向かいます」
【カンナ】「分かったわ」
こうしてカンナとマリエッタはクロスバードに戻り、数日後、魔女艦隊と本格的に合流することになる。


【アルベルト】『…これはどういうことですか、参謀総長閣下!』
通信を介して只ならぬ剣幕で怒るのは、第6艦隊総司令、アルベルト=グラッドソン元帥。同盟の海溝派の大物である。
彼はグロリアでカンナとアンヌが話していた写真を通信に乗せ、さらにこうまくし立てた。
【アルベルト】『このような情勢の中あろうことかスイーツガールとドゥイエットの魔女が中立国で会話しているなど!重大な背信行為でしょう!直ちに処罰すべきではないですか!?』
だが、参謀総長は顔色一つ変えずにこう返す。
【エルトゥール】「…大方グラッドソン閣下の想像通りだよ。私が指示した」
すると逆に、アルベルトの顔色がみるみる変わる。
【アルベルト】『さ、参謀総長自らこのような…今我々にとって脅威なのは大統領暗殺で混乱している連合ではなくそれに乗じて力をつけようとしている共和国でしょう!!』
だが参謀総長の顔色は全く変わらない。
【エルトゥール】「…それは君の本音かい?」
【アルベルト】『っ!!……分かりました、参謀総長がそう仰るのであればこちらにも考えというものがあります。失礼します』
そう言い残し、通信は切れた。

【エルトゥール】「…こういう時、賽は投げられた、って言うんだったか?」
そうつぶやきながら、彼はコーヒーを飲んでソファに横になった。
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第38.5章:その瞳の奥に映るは、星々の光
 ホップスター  - 21/10/16(土) 0:29 -
  
カンナ、アンヌ、マリエッタがプレアデスで話し合っていた、その頃。

クーリアとパトリシアが、ある場所を訪れていた。

【クーリア】「これは…取り壊されてますね…」
【パトリシア】「なんだかんだで派手にドンパチやっちまったからなぁ…お役御免って奴なんだろう」

そこは、以前グロリアを訪れた際に戦いの舞台となった、共和国系の企業が入っていたビル。
既に使われなくなり、取り壊し工事の真っ最中であった。


        【第38.5章 その瞳の奥に映るは、星々の光】


【クーリア】「…で、改まって何の用でしょう?」
クーリアが改めて尋ねる。誘ったのはパトリシアだ。

【パトリシア】「あぁ、ちゃんと言っておかねぇと、って思ってな。
        …あの時は敵同士だったとはいえ、ケガまでさせて本当にすまなかった…!」
そう言い、頭を下げるパトリシア。
このビル内で2人が戦った時のことである。
【クーリア】「いえ、敵同士が殺し合うのは何もおかしくないでしょう?わざわざ謝るようなことではありません。…それに、貴方の方が後に余程酷い怪我をしたじゃないですか」
クーリアがそうなだめるが、
【パトリシア】「いや、それはそうなんだが…あたしが頭を下げないと気が済まねぇんだ」
パトリシアはそう言い止めなかった。

【クーリア】「…まぁ、そこまで言うのであれば止めはしませんが…そうですね、例えばちょうどこの場に来ていることですし、模擬でもう一度戦ってみますか?最も、私は誰かさんとは違って凡人なので勝負は決まっていますけど」
と、クーリアが冗談めかしてそう答える。
【パトリシア】「いやいやいや、自分で言うのもアレだけどあたしの攻撃凌ぎ切っといて凡人はねぇだろ…」
【クーリア】「アネッタの援護もありましたから。あとは運が良かっただけです」
【パトリシア】「あーあれ、やっぱアネッタだったんか。道理で厄介だった訳だ」
などと、思い出話(?)が盛り上がる。


そこでふと、パトリシアが語りだした。
【パトリシア】「…最近さ、思うんだよ。遺伝子改造で生まれて親はいない、ついでに脳もいじられて性格改変されてるっぽい、オマケについには右手右脚が吹っ飛んで機械になったときたもんだ。…あたしは、本当に生きてるのか?本当に人間なのか?…この世界にいる意味は何なのか?ってね…」
そう言いながら、自らの右手を見つめる。その手は既に人工皮膚になっていて、外見だけでは機械のそれだとはもう分からない。

それを聞いたクーリアはしばらく黙るが、こう答えた。
【クーリア】「…そういうことを考えることができるうちは、人間ですよ、貴方は」
【パトリシア】「だと、いいんだがな。…あ、ガラじゃねぇし恥ずかしいからあんま他人には言うなよ?」
【クーリア】「心配ありません。バッチリ録音しておきました」
【パトリシア】「なっ…!?」
クーリアの言葉に一瞬顔が真っ赤になるが、
【クーリア】「…冗談です」
【パトリシア】「心臓に悪い冗談やめてくれよ…」
そう苦笑いするしかなかった。


【クーリア】「…そういえば」
【パトリシア】「何だ?」
今度はクーリアが話を切り出す。
【クーリア】「古い文献によれば、『パトリシア』という名前は親しい間柄では『パティ』と略して呼ばれていたそうです」
【パトリシア】「ぱ、ぱてぃ…!?」
思わず凍り付くパトリシア。
【クーリア】「折角仲良くなったのですから、『パティちゃん』と呼んでも差し支えないでしょうか?」
【パトリシア】「や、やめろぉ!その呼び方は体のあちこちが痒くなる!そもそもちゃん付けって時点で色々ヤバイ!頼むから普通にパトリシアって呼んでくれ!!」
再び顔を真っ赤にして叫びだすパトリシア。
【クーリア】「…冗談です」
【パトリシア】「はぁ、はぁ…寿命が縮む…ただでさえ普通の人間と同じ寿命かどうか怪しいってのに…」

そこまできて、今度はパトリシアがこう切り出した。
【パトリシア】「っていうか逆にあれだ、クーリアのミドルネーム!お前、アレクサンドラってガラじゃねーだろ!」
【クーリア】「なっ…!」
ミドルネームで反撃開始。
【パトリシア】「あたしも詳しい訳じゃないが元々は確かえっらい勇ましい名前だったはずだぞ!」
【クーリア】「仕方ないでしょう、オルセン家は代々ミドルネームを付けるのが決まりですし、そもそも生まれたばかりでその人の性格は分かりようがないのでは!?」
【パトリシア】「それを言ったら人の名前なんてほとんどそうだろうが!あたしなんか顔も知らねぇどっかの研究者に名付けられてんだぞ!」

こんな感じでしばらくてんやわんややり合った後、
【パトリシア】「…帰るか…」
【クーリア】「…そうですね…」
用事も済んだのでこれ以上居る理由もないし、何より疲れたので帰ることにした。


クロスバードに戻る途中、パトリシアがこう話しかけた。
【パトリシア】「…しかしあれだな、クーリアってもっと堅物な冗談言わねぇキャラだと思ってたんだが…」
それに対しクーリアはこう答える。
【クーリア】「私だって冗談の1つや2つ言いますよ。…まぁ、X組の皆さんのおかげ、ではあるんですけども」
【パトリシア】「ってことはあれか、昔はもっとこう…だったのか?」
【クーリア】「…ご想像にお任せします」
そこについては、クーリアは多くは語らなかった。

【パトリシア】「…ま、そうだよなぁ。いくらでも視力矯正ができるこのご時世でわざわざ眼鏡かけてる時点でそういうキャラしてるよなぁ」
【クーリア】「いや貴方に言われたくないですよ…」
と、クーリアはパトリシアの眼鏡を指しながら反論する。
【パトリシア】「これはファッションだよファッション!知的でクールでかっこいい眼鏡女子を目指してんのさ!…ま、そういう美的感覚をしてる時点で同じ穴の狢かも知れねぇがな」
そう言いパトリシアは笑い、さらにこう続けた。

【パトリシア】「…ま、眼鏡っ娘同士仲良くいきましょうや」
【クーリア】「今時そんな共通項で仲良くなるというのもどうかという気はしますが…そうですね、不思議と悪い気はしないですね」

沈んでいく夕日が2人を照らしていた。
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第39章:4つの星と1つの希望、それは鼓動
 ホップスター  - 21/10/23(土) 0:28 -
  
惑星フレミエール・共和国軍基地。
魔女艦隊と共にクロスバードが入港し、出迎えを受けていた。

【カンナ】「まさか同盟のあたしらがまたここに来るとはね…しかもこんな形で」
【パトリシア】「元共和国民のあたしもここに来るのは初めてだけどね…この国は基本宗家ごとにバラバラだしなぁ」
【ゲルト】「ま、こっちも海溝派の基地とか易々とは入れねぇから、どこも似たようなもんってこったな」
【フランツ】「連合は基本的に一枚岩でしたけど、それも大統領暗殺でどうなるか…」

【アンヌ】「さ、こちらへどうぞ。このフロアをお貸ししますので、好きに使って頂いて構いませんわ」
アンヌはそう言い、基地の1フロアをしばらくX組に貸すと告げる。さらに、
【アンヌ】「あと、連絡員として、彼を付かせますわ。…いらっしゃい」
そう手招きされX組の前に現れたのは、1匹のチャオだった。

【オリト】「えっと…確か…ルシャール!」
以前魔女艦隊と行動を共にしていた際に、オリトの世話係になったチャオである。
【ルシャール】「やぁやぁ、久しぶりだねー。覚えていてくれて嬉しいよ」


        【第39章 4つの星と1つの希望、それは鼓動】


【ルシャール】「しかし、君も今や銀河で有名なチャオになったもんだねぇ」
【オリト】「俺がですか?…いや、皆さんはともかく、俺は別に取材とか受けてないですし…」
そうオリトは否定するが、ルシャールはこう続けた。
【ルシャール】「いやいや、ネットでは話題だよー。スイーツガールに1匹チャオがいて大活躍してるって」
【オリト】「え、ええっ!?いや、大活躍なんて…ちょっと手伝ってるだけですよ!?」
驚くオリト。
実際、彼は知らなかったが、オリトの存在については同盟も一切公表していないにも関わらず、どこからか噂が流れ出し、さらに回りまわって大きくなっていたのだ。

ルシャールはさらに続ける。
【ルシャール】「話の真偽は既に大きな問題じゃない。今や君は勢力を問わず、兵士として戦っているチャオ達の希望と言ってもいいんだ。更なる活躍を期待しているよ」
【オリト】「は、はぁ…」
話の展開の急さにオリトはついていけず、そう生返事するのがやっとであった。


【パトリシア】「…なぁ、ちょっと聞いてもいいか」
今度はパトリシアが尋ねる。
【ルシャール】「あぁ、ハーラバードにいた大統領暗殺犯の生き残りのお姉さんだね。アンヌ様から話は聞いてるよ」
【パトリシア】「…なら話は早いな。分かる範囲で構わねぇ。ハーラバード、どうなってる」
そう、故郷(?)について尋ねた。ただこの質問は彼女にとってはどちらかというと、ルシャールを試すような意図があった。
【ルシャール】「それがねぇ…一応協力要請はどの家にもかけてて、ルスティアは前向き、サグラノはさすがに無理そう、って感じなんだけど、ハーラバードはのらりくらりと生返事なんだよねー。特殊部隊全滅で混乱してるのか、あるいは何か意図があるのか…読みかねてるって感じかなー」
【パトリシア】「そうか…ま、あたしがいた時から本家は何考えてんのか分かんない節があったし、きっと何か企んでるんだろうさ。…ありがとうな」
そうお礼を言い、ルシャールを撫でた。

【ルシャール】「いやー、ありがたいけど撫でられるのはちょっと慣れてないねー」
【パトリシア】「なんだ照れてるのかー?チャオは撫でられるのが仕事だろー?…って悪い、これは不謹慎だったか」

パトリシアがそう謝った瞬間、クロスバードのクルーには聞き慣れない警報音が鳴った。
最も、クロスバードのクルーが戸惑ったのは当然の話で、同盟と共和国では警報音が違う。
…だが、先ほどまで会話していたルシャールとパトリシアはすぐに反応する。ルシャールは現場の兵士だから当然だし、パトリシアも先日まで共和国の兵士だった訳でこちらも体がすぐに反応した。
【ルシャール】「!?」
【パトリシア】「どうした!?」
すぐにルシャールの個人端末にアンヌから通信が入った。
【アンヌ】『敵襲ですわ!申し訳ないですが、クロスバードの皆さんにもご協力をお願いします!』
【カンナ】「て、敵襲!?とりあえず、行くわよ!」
クロスバードのクルーはまだ戸惑いながらも、司令室へ向かった。

【パトリシア】「っつーか癖で体が反応しちまったけど、ドゥイエットってハーラバードと警報音同じなのか?」
【ルシャール】「僕がハーラバードを知らないから何とも…でもこの辺は共和国で共通って聞いたことある気がするなぁ」
移動しながら話すパトリシアとルシャール。

【ルシャール】「それにしても、ここに敵襲って…どこなんだろうねぇ?」
フレミエールは共和国の勢力圏でもそれなりに奥にあり、同盟や連合からの大規模な攻撃は難しい。
Σ小隊によるエステリア強襲のような奇襲であれば可能だが、果たして、敵はどこなのか―――


数分後、X組の面々がアンヌのいる司令室に到着。そこでいきなり、アンヌはこう告げた。
【アンヌ】「いらっしゃいましたわね。…非常に言いにくいのですが…」
そこで一呼吸置き、
【アンヌ】「…ハーラバードですわ」

【パトリシア】「…!!」
敵はハーラバード家。さすがのパトリシアも少し驚く表情を見せる。

【カンナ】「いきなりこうなるとはね…パトリシア、今回は休んでいた方が…」
とカンナが言いかけるが、パトリシアはこう遮った。
【パトリシア】「やるさ。そういう覚悟が無けりゃ、ここには居ねぇよ」
【カンナ】「それなら、止めないけど…」
カンナは少し心配そうに言った。

【アンヌ】「…では改めて、状況を説明いたしますわ。敵は上空3万kmの衛星軌道付近に超光速航行を利用して出現、大規模な降下作戦を敢行していますわ。現在はこちらの抗戦により、地上までの降下は散発的なものに防げていますが、これ以上続くようですと…」
【カンナ】「要は降下してくる敵を撃ち落とせばいいのね?」
【アンヌ】「まぁ、ざっくり言ってしまうとそういう事になりますわね」

その後、担当するエリアなどを詰めた後、改めてカンナが正式に命令を出す。
【カンナ】「…それじゃ、いくわよ!スイーツガール改めスイーツウィッチ、出撃!」
【クーリア】「スイーツウィッチ?まさか…」
聞きなれない単語に首を傾げるクーリア。
【カンナ】「ええ。魔女艦隊にいるんだから、スイーツ好きの魔女、コードネーム:スイーツウィッチよ!」
【クーリア】「…滑ってます」
クーリアがつぶやく。
【カンナ】「えぇ…自分的にはアリだと思ったんだけどな…」
【クーリア】「そもそもコードネームは勝手に呼ばれるものでしょう、スイーツガールだって気が付いたらそう呼ばれてたってだけの話なのになんで自分から喜んで使ってるんですか…」

【アンヌ】「あのー…、コントは後回しにしていただけますかしら…?」
思わずアンヌがこう言い、はっとした2人は慌てて司令室を後にした。


一行はクロスバードで担当エリアまで移動。その後、
【マリエッタ】「敵機、捉えました!かなりの数が降下してきます!」
【カンナ】「来たわね。人型兵器で迎撃するわ!ジャレオ、大丈夫!?」
【ジャレオ】『4機とも、いつでも行けます!』
格納庫のジャレオからそう通信が入る。それを聞いて、
【カンナ】「オッケー、それじゃ、みんな頼むわよ!!」
【ジェイク】「新機体での初陣だ!ジェイク=カデンツァ、アルデバラン、行くぞ!」
【アネッタ】「同じく、アネッタ=クレスフェルト、アークトゥルス、行くわよ!」

先を急ぐように出撃した2機の後に続き、こちらも出撃する。
【パトリシア】「さすがにお二人は元気で羨ましいねぇ!…パトリシア=ファン=フロージア、カペラ、出るよ!」
【オリト】「何とかみんなについていかないと…オリト、リゲル、出撃します!」

かくして、クロスバードから4機の人型兵器が出撃。やがて上空から降下してくるハーラバード家の機体と激しい撃ち合いになり、交戦が始まった。
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第40章:魂は此処に、弾丸は彼方へ、運命は銀河へ
 ホップスター  - 21/10/30(土) 0:13 -
  
【パトリシア】『時に、艦長さん及び皆さん…一計があるんだけど、聞いてくれねぇか?』
出撃した直後、パトリシアがそう通信で話しかけた。
【カンナ】「何かしら?」
【パトリシア】『まだハーラバードにはあたしがここにいるって割れてねぇ。だったら…』

それを聞いたカンナは頷きながらこう答える。
【カンナ】「成程ね!いいわ、シンプルだけど有効だと思う!やってみて!」
【パトリシア】『了解!それじゃ、先行するよ!』
そしてパトリシアは一気にカペラを加速させ、先頭に出た。


        【第40章 魂は此処に、弾丸は彼方へ、運命は銀河へ】


パトリシアのカペラが降下してくるハーラバード家の部隊と接触すると、こう通信を入れる。
【パトリシア】『あー、あー、あたしだ!識別番号AX452978、Σ小隊のパトリシアだ!ドゥイエットから逃げ出してきた!』
勿論、ドゥイエット家から逃げ出したというのはブラフである。ここはドゥイエット家の惑星フレミエール。そうした方が都合がいいと判断したのだ。

【兵士A】「な、何だって!?」
【兵士B】「あの小隊は全滅したと聞いていたが…生き残りがいたのか!?」
【兵士A】「識別番号、機体共に間違いないようですが…どうしますか!?」
【兵士B】「分かった。とりあえずこちらで…」
と、2機がカペラに接近したところを、

【パトリシア】「…なーんてな!戻る訳ねぇだろうが!!」
2丁のビームライフルで一閃。
【パトリシア】「2機、撃墜!」

【フランツ】「…でも、本当に戻られたらどうするつもりだったんですか?」
フランツが少し心配そうに尋ねる。
【クリスティーナ】「その為のリモート自爆装置ですよー。ま、それも覚悟の上で、とかされたらどうしようもないっすけどねー」
【カンナ】「ま、そこを疑ったらキリがないし、そんなのクロスバードらしくない、でしょ?」
【フランツ】「それもそうですね…」

それはさておき、こうなるともう、全面衝突である。
次々と降下しながら猛攻をかけるハーラバード家の部隊に対し、競うようにそれを撃ち落としていくクロスバードの4機。

【ジェイク】「いいねぇ、これ!自由自在だぁ!」
ジェイクのアルデバランの最大の特徴は、2本の大型ビームセイバーにある。
両手で持って二刀流のようにするも良し、柄の部分で繋げて両剣のようにしても良し、そして2本を束にすると大型のビームソードになる。
パイロットのアイデア次第でどのような戦い方もできるのである。
ジェイクはそれを一つずつ試すように、敵を滅多切りにしていく。

【アネッタ】「…実際動かしてみるとやっぱり重射撃タイプね…軽射撃だとパトリシアと被っちゃうからラッキーだけど!」
アネッタのアークトゥルスは、本人も言う通り重射撃タイプ。携行型の大型のビームランチャーが最大の特徴である。
この他にも肩口に二門のビームキャノン、腰の部分に実弾のミサイルランチャーと、機動性は他の機体にやや劣るがそれを補って余りある火力を有している。
アネッタはそれを一つ一つ確かめるように、敵を墜としていく。

【パトリシア】「新型は羨ましいけど…二人には負けてられないねぇ!」
パトリシアのカペラはアネッタも言っている通り、軽射撃タイプの機体である。その機動力と連射性能でエステリアでの戦いではアネッタを苦しめたが、今は何より心強い。
ビームライフルを二丁、小型のビームマシンガンを二丁、更に散弾銃のようなビームスプレッドを装備し、状況により使い分ける。
パトリシアはそれを慣れた手つきで次々と持ち替え、敵を葬っていく。

【オリト】「俺は三人のようにはいかないけど!」
対して、オリトのリゲルはチャオ用の量産機であり、三人のようにはっきりとした特徴のあるワンオフ機という訳ではない。
そもそもただでさえ軍属が少ないチャオで人型兵器乗りはほとんどいないため、チャオ用のワンオフ機はどの勢力にも存在しない。
オリトのリゲルはジャレオが特別にチューンナップしているので、通常の機体よりも機動性は上がっているが、それも「飛びぬけて高い」という訳ではない。
だが、主に三人が撃ち漏らした機体に狙いを定め、降下してきた敵機を確実に撃墜していった。

【ゲルト】「…なぁ」
【カンナ】「ゲルト、どうしたの?」
【ゲルト】「俺の仕事、ないんだけど…」
【カンナ】「兵士の仕事がないっていうのは素晴らしいことじゃない?」
【ゲルト】「いやそれはそうなんだけどさぁ…」
当初の予定では、この4機が撃ち漏らした敵機を、クロスバードが撃ち落とすはずだった…のだが、4機が大体撃ち落としてしまい、クロスバードの出番はほぼ無し。
特に火器管制を担当するゲルトは久々に仕事ができると張り切っていたのだが、これである。

そうこうしているうちに気が付くと敵機の降下がなくなり、アンヌから敵の出現が止まったとの連絡も入る。かくして、クロスバードは撤収することになった。


数時間後、フレミエール基地内、魔女艦隊旗艦・プレアデスのブリッジ。
各艦の艦長クラスがアンヌのもとに集まっていた。もちろん、カンナも。

【アンヌ】「無事に敵部隊は撃破できましたが…現在の状況はあまり良くありません」
そうアンヌが切り出し、状況の説明を始める。
【アンヌ】「今回の一件でハーラバード家の離反が確定。さらに先ほど、サグラノ家も正式に今回の共同作戦に同調せず、離反する旨を発表いたしましたわ」
【カンナ】「それじゃあつまり、共和国は真っ二つに…!?」
【アンヌ】「幸いルスティア家は協力する旨の返事をいただいておりますので、そういうことになります」
【カンナ】「外部のあたしが言うのもあれだけど…もう共和国じゃなくなっちゃったのかな…」
【アンヌ】「かも、知れませんわね…」
あまり国家としての体を成していなかったとはいえ、祖国は祖国である。アンヌは少し寂しそうな表情を見せた。

【クーリア】「すいません、失礼します!」
そこに、クーリアが慌てた様子で入室してくる。
【カンナ】「どうしたの?慌てて」
するとクーリアはカンナに耳打ちをした。「それ」を聞いたカンナも、表情が一変する。

【アンヌ】「どうされましたか?差し支えなければ…」
【カンナ】「…同盟も、ぶっ壊れたわ…」
【アンヌ】「…へ?」
カンナの突拍子もない言葉に、アンヌも思わず声が出てしまう。

カンナは少し頭の中を整理した後、再度こう切り出した。
【カンナ】「…ごめん、ちゃんと説明するわ。同盟も反共和国感情の強い一派が離反を表明…具体的には第3・第5・第6がアウト…」
カンナは省略したが、言わずもがな、艦隊のことである。海溝派に属する第3、第5、第6艦隊。
【アンヌ】「ほぼ半数じゃないですの!?」
さすがのアンヌも驚いてしまう。同盟の艦隊は全部で7つ。そのうち3つが離反してしまったのだ。

【ドミトリー】「こちらから離反した2家は、我々と同盟への反発心から逆に連合へと合流する意思を示しています。奇妙なことにはなりますが、恐らく同盟の3艦隊も…」
アンヌの副官であるドミトリーが状況を予測する。それにアンヌが続ける。
【アンヌ】「ええ…何が一番まずいかと言えば、今まで銀河が3分割だったから小競り合いで済んでいたこの戦争が、2つの勢力による全面衝突になってしまう…」

が、カンナはこう切り出した。
【カンナ】「…それなら、むしろ好都合、とは言わないけど…この戦争を終わらせるチャンスかも知れない…!」
全面衝突となれば確かに大きな戦いになってしまうかも知れないが、逆にそれが終わってしまえば勝った方が勝者としてこの戦争を終わらせることができる。それを聞いたアンヌもなるほど、と同調した。
【アンヌ】「確かにそうですわね…考え方を変えれば、500年続いた戦争を終わらせる最大の好機なのかも知れません。それならば、一気に終わらせてしまいましょう、この戦争を。皆さん、よろしいですわね?」
アンヌのその問いかけに、その場にいる全員が頷いた。
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第41章:その行方を眺める者達に、私は
 ホップスター  - 21/11/13(土) 0:33 -
  
グロリア王国・首都近辺。
魔女艦隊とクロスバードは、理由あって一旦グロリアに戻っていた。

【シュンリー】『しかし、50年だったか?続いた3大国家鼎立の構図が、たった2ヵ月ちょっとで崩れてしまうとはね…恐ろしいものだよ』
そう通信で話すのは、同盟軍第2艦隊総司令・シュンリー=グェン元帥。

【ルートヴィヒ】『全くだ。…我々がこうして共和国の方々とお話できるというのもね。特にアーノルド殿下、貴殿とは是非一度お会いしてみたかったのだよ、『ルスティアの貴公子』殿』
こちらは同盟軍第7艦隊総司令、ルートヴィヒ=フォン=ザンクハウゼン元帥。

【アーノルド】『こちらこそ、かねがね貴殿の噂は伺っていましたよ。…ただ、今はもっと他に語るべきことがあるでしょう?』
ルートヴィヒ元帥に話を振られたのは、共和国・ルスティア家の当主長男で、ルスティア家軍の総司令であるアーノルド=ルスティア。

【アンヌ】「…ええ。戦争が終わったらゆっくり話せばいいでしょう。…それでは、始めましょう。この戦争を、終わらせるための会議を」
そして魔女艦隊旗艦・プレアデスの艦長席でそれぞれの顔が映ったモニターを確認しながら、アンヌは話を始めた。


        【第41章 その行方を眺める者達に、私は】


フレミエールでハーラバード家が急襲してからおよそ2週間。
その間に、銀河は大混乱に陥った。
昨日まで味方だった者が敵に、敵だった者が味方になったのだ。止めようがなく、各惑星は避難民で溢れ、各地で小競り合いが急増した。

そこで一刻も早くこの状況を解決すべく、同盟と共和国の主要勢力のトップが会談することになったのだ。
会談場所には中立国で比較的混乱が少なく、かつ同盟と共和国の間にあるグロリアが選ばれ、各人がグロリア近海に移動。それでも暗殺などを避けるため、滞在場所は伏せ、ネットワーク上でのオンライン会談である。

参加者は、同盟から離反せずに残った第1、第2、第4、第7の各艦隊の総司令、そしてエルトゥール=グラスマン参謀総長。
共和国からドゥイエット家当主次女のアンヌ、ルスティア家当主長男のアーノルド。
さらにオブザーバーとして、グロリア王家の血縁でもあるマリエッタも参加していた。合計8人。

【エルトゥール】『しかしこちら側が言うのも難だけど、“スイーツガール”のクルーであるマリエッタお嬢様を含めたら同盟側が6人、共和国側が2人というのは、さすがに不均衡だったか…』
参謀総長が渋い顔をしながらそう話すが、共和国側の2人が否定した。
【アーノルド】『いえ、軍制上仕方ないでしょう。正直に申し上げて、不安が無いといえば嘘になりますが…そんな争いをしている場合ではないでしょう?』
【アンヌ】「そうですわね。最悪、主導権争いなら戦争が終わった後でゆっくりやればいいだけの話ですわ。もちろん武力衝突はごめんですけれども」
【アーノルド】『まぁ、そうならないようにお互い努力しましょう、ということでいいのではないかな?』

そして話は本題に入る。
【アルフォンゾ】『さて、改めて確認しておきたいのだが…我々の最優先目的は『この戦争をなるべく早く終わらせる』ということで間違いないかな?』
同盟軍第1艦隊総司令、アルフォンゾ=スライウス元帥がそう切り出す。
【アンヌ】「ええ。それがごく一部の良くない者を除く、銀河の大半の者の願いだと信じていますから」
【エルトゥール】『成り行きはともかく、こうなってしまった以上はそうしないと犠牲者が増えるばかりだ。それは道義的にはもちろん、軍事的にも、政治的にも、経済的にも良くない。要するに誰も得しないってことだ。であれば、一刻も早く終わらせるしかないだろうね』

それを聞いたアルフォンゾ元帥は、こう提案した。
【アルフォンゾ】『そういうことなら、僭越ながら…敢えて全戦力を1ヵ所に結集させ、一度の決戦でカタをつけてしまう、というのは如何かな?』
アルフォンゾ元帥は同盟屈指の名将と謳われる人間である。そんな彼の提案とあっては、さすがの面々も聞かざるを得ない。
【ルートヴィヒ】『しかし、さすがにそれは危険すぎはしませんかい?』
ルートヴィヒ元帥が念の為そう返すが、
【アルフォンゾ】『万が一の時の為に貴殿がいるのではないか、ルートヴィヒ元帥殿』
アルフォンゾ元帥にそう返されては言葉も出なかった。
そもそもルートヴィヒ元帥が率いる第7艦隊は同盟圏内の治安維持担当であり、そして同時にいざという時の予備戦力でもある。正にこういう時に留守を任される為にいるようなものなのだ。

【ヨハン】『…して、何処に集める、アルフォンゾ』
第4艦隊のヨハン元帥がそう尋ねる。彼とアルフォンゾ元帥は旧知の仲であり、呼び捨てで呼び合う。
【アルフォンゾ】『そうだな…理想を言えば連合首都惑星のゼルキオスだが…物理的に難しいだろう』
そう言いアルフォンゾ元帥は腕を組む。敵地ど真ん中に自軍部隊を集めるのは、いくら超光速航行があれど時間や手間がかかってしまうし、当然敵も警戒しているだろう。

それなら、と意外な人物が手を挙げた。マリエッタである。
【マリエッタ】「よろしいですか?…実はグロリア王家に出入りしている諜報員から伺ったのですが、銀河中心部付近にあるガス惑星・ライオット付近にハーラバード家の秘密基地があるらしいんですの。そこはどうでしょう?」
【ヨハン】『ほう、銀河中心部か…』
銀河中心部は恒星やブラックホールが密集しており、超光速航行でも通過が非常に困難なため、戦略的価値は低く、どこの勢力も手をつけてはいない。そこに敢えて基地を作る理由。何かあるはず、とマリエッタは踏んだのだ。
【アーノルド】『それは共和国の人間としても初耳ですね…ハーラバード家、そんな場所に基地を作っていたとは…しかし、引っかかってくれますか?』
当然のことながら、敵がこちらを無視してしまえば無意味どころか、ほぼ無防備になってしまうことになる。こうなるともう、最後は賭けである。

【エルトゥール】『…賭けようじゃないか。元よりそのつもりだろう?』
最後は、参謀総長のその一言で決した。
【エルトゥール】(しかし、こうもあっさりと辿り着くとは…何の因果かねぇ)
そう心の中でつぶやきながら。その思う所は、定かではない。


一方、連合を中心に同盟の海溝派、共和国のハーラバード家、サグラノ家が結集した新勢力も、似たような会談を行っていた…が。
【アルベルト】「まったく、何なのだあ奴らは!連合の新大統領とやらはオロオロしている割に主導権を離そうとせんし、サグラノは自家の利益第一なのが見え見え、ハーラバードに至っては言動が意味不明すぎる!!こんなことで会議になる訳がなかろう!!」
第6艦隊総司令のアルベルト元帥がそう怒りながら廊下を歩く。
【イレーヌ】(そのセリフ、そっくりそのまま返したいがね…)
そう心の中でぼやくのは、同様に海溝派で離反した第3艦隊総司令のイレーヌ=ローズミット元帥。何を隠そうアルベルト元帥自身も、傍から見たら自らの利益しか考えてないように見えなかった。

【イブラヒム】「…しかしこれでは統制も何もありませんぞ。大体にして軍隊というのは…」
同じく離反した第5艦隊総司令・イブラヒム=アルジャイール元帥がぼやき始める。
【アルベルト】「爺さん、話は後で聞く。現状ではそれぞれが好き勝手動くしかなかろう」
しかしアルベルトはそうイブラヒム元帥の話を遮る。

【イレーヌ】「しかし奇妙なもんだねぇ…一部とはいえ、結局共和国とも手を組むことになるとは」
海溝派はそもそも、「共和国と組むのはおかしい」と同盟の山脈派に反発して離反したのである。それが同様に離反したとはいえ共和国のサグラノ家やハーラバード家と組んでるのだから、一見すると本末転倒なようにも見える。
【アルベルト】「私だって奇妙だとは思うさ。だがこの銀河で本当に倒すべき敵を見定めただけに過ぎんよ」
それに対し、アルベルトがそう言い切ったその時、彼の個人端末に着信があった。

【アルベルト】「もしもし、私だ。……はい?ハーラバードの秘密基地があるガス惑星付近に敵の大半が集結?…そんなものハーラバードに任せておけば良かろう!逆にがら空きのアレグリオを狙うチャンスではないか!!」
通信に対しそう吐き捨てたその瞬間、イレーヌ元帥がアルベルト元帥の個人端末を奪い取った。
【アルベルト】「んなっ!?」
【イレーヌ】「もしもし、第3艦隊のローズミットだ。その話、詳しく聞かせてくれ」

イレーヌ元帥は通信相手である第6艦隊の士官から一通り話を聞くと、通信を切り、アルベルト元帥とイブラヒム元帥にこう告げた。
【イレーヌ】「…こちらもほぼ全軍を結集させる。決戦だよ」
【アルベルト】「どういう事かね!?」
訳が分からずそう尋ねるアルベルト元帥。それに対し、
【イレーヌ】「…連合が『蒼き流星』をカードに使ってきた」
【アルベルト】「なっ…!?」
イレーヌがそうつぶやくと、流石のアルベルトも動きが止まった。

蒼き流星、シャーロット=ワーグナー。大統領暗殺事件の後にΣ小隊を新型機1機で殲滅したというのは極秘事項ではあったが、噂が噂を呼び、今や彼女の存在は戦略兵器級と言っても差し支えないものとなっていた。
最早「一人艦隊」とまで噂されている彼女は敵に回さない方がいい―――アルベルト元帥ですらそう判断するのに充分な状況となっていたのだ。

かくしておよそ1週間後、銀河の全軍事勢力のうちおよそ8割がライオット近海に集結。決戦の幕が開くことになる。
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第42章:迫る終焉、その楽曲の奏手たち
 ホップスター  - 21/11/20(土) 0:19 -
  
惑星ライオット付近に、この銀河の大半の部隊が集結してからおよそ3日。
両軍は睨み合いを続けていた。

その中の1隻、連合のオリオン級戦艦・バーナードの廊下。
【シャーロット】「…ったく、あたしはそんな大層な人間じゃないってのに、交渉の材料に使ったとか何とか…新しい大統領は何を考えてるんだか」
シャーロットがそう愚痴をこぼしながら歩く。
【シャーロット】「大体ハーラバードの連中はともかく、なんで連合がこんな場所に拘るんだろうねぇ…」
ライオットに集まるよう自分の名前を出して他勢力に迫ったのは、ハーラバード家ではなく連合だと彼女も噂で聞いていた。何故何の関係もないはずの連合がこの場所に集まるよう迫ったのか。疑問は尽きなかった。


        【第42章 迫る終焉、その楽曲の奏手たち】


【シャーロット】「ところで…機体の方は大丈夫なんだろうな?」
そう訊いた相手は、彼女の後ろからついて歩いていた連合の重工業企業の技術主任、ウィレム=ヘリクソン。
【ウィレム】「問題ありません。調整完了しています」
実は、あのΣ小隊を屠った戦い以降、連合は大混乱に陥ったため、彼女とフォーマルハウトはほとんど実戦機会がないままこの場にいるのだ。彼女が機体について気にしているのはこのためである。
【シャーロット】「…なら、いいけどね」
シャーロットはそう軽く返し、歩みを進めていった。


一方、クロスバード。
こちらは魔女艦隊の1隻として組み込まれたままこの決戦を迎えていた。

【アンヌ】『しかし、壮観ですわね…』
【カンナ】「まぁね…あんまりいいものじゃないんでしょうけども」
魔女艦隊の総指揮官、アンヌ=ドゥイエットとカンナが通信で話す。
彼女達が話す通り、見渡す限り戦艦、戦艦、戦艦。敵味方合わせて約2万隻の戦艦がこの場に集結しているのだ。

【アンヌ】『とはいえ、数ではこちらが不利…オマケに向こうには蒼き流星もいる…これは相当頑張らないといけませんわね』
【カンナ】「そうね…これだけ互いに数が多いと、戦術が余り意味を成さないでしょうし…」
右も左も上も下も戦艦だらけ。こうなると、例えば敵の側面を突くといった戦術を取るのが難しい。敵艦の側面に移動しようとしたところで別の敵艦がいるだけである。そうなると、純粋に火力勝負の面が強くなる。数で劣る彼女たちにはやや厳しい。
そもそも敵は3大勢力の1つである連合が(大統領暗殺事件以降混乱しているとはいえ)ほぼ全軍いて、さらに同盟と共和国から離反した軍勢が組み込まれているいるのに対し、こちらはあくまでも互いに戦力を削がれた同盟と共和国の共闘に過ぎない。戦力差は明らかである。


【シュンリー】『しかし、まさか参謀総長閣下自らおいでになるとは…』
【エルトゥール】『50年続く戦争が終わる瞬間を、この目で見たくなっただけだよ。そういう意味では、ただの子供さ』
同盟軍第2艦隊総司令であるシュンリー=グェン元帥と、エルトゥール=グラスマン参謀総長がそう通信で話す。
参謀総長は基本的にこの銀河全体の軍事戦略を司る人間であり、個々の戦場に出ることはまず有り得ない。しかし、両軍共にほとんどの軍勢がこの場にいる現状で、アレグリオに籠っている意味など無かった。

【エルトゥール】「しかし、現場は何年振りだろうねぇ…」
窓の外の無数の艦隊を眺めながら、ふとそうつぶやいた。
実は彼がこの場に来たのにはもう1つ理由があったのだが、それを知る者はここにはいなかった。


再び、クロスバード。引き続き、カンナとアンヌが通信で話す。
【アンヌ】『あとは、どこが仕掛けるか…』
【カンナ】「一応こちらとしては、とりあえず何かない限りは仕掛けない、という話よね?」
【アンヌ】『ええ。余りにも睨み合いが続くようでしたらまた話は違ってきますが、現状では』

…そんな話をしていた、まさにその時だった。

向こう、つまり敵側から、一筋の光が伸びたのだ。

【カンナ】「!?」
【アンヌ】『どこですか!?』
アンヌが急いで状況を訊く。ドミトリーが推測して答えた。
【ドミトリー】『あのエリアですと…恐らくサグラノです!』
【アンヌ】『という事は…恐らくあの馬鹿野郎ですわね…しびれを切らしたのでしょう…各員、急いで戦闘準備を!』


アンヌの推測通り、仕掛けたのはこの人だった。
【ソウジ】「ええい、もう我慢ならん!!どうせやり合うのだ、仕掛けるぞ!!」
サグラノ家当主の次男にしてサグラノ家艦隊総司令、ソウジ=サグラノ。
旗艦・カグラヅキのブリッジを我慢ならない様子で歩き回りながらそう叫んだのだ。
【副官】「ですが、向こうがおびき寄せてきた以上こちらからは仕掛けるなと会議で…」
副官はそう言い止めようとしたが、
【ソウジ】「構わん!!どうせ負ければ死ぬのだ!!それなら俺は勝って英雄になる方に賭ける!!」
そう振り切り、戦端を開いた。

【ソウジ】「例のスイーツガールもいると聞く…ケレイオスでの恨み、ここで晴らしてくれる!!全軍、攻撃開始!!」

最初の一筋に続き、次々と光が伸びていく。
やがてそれに呼応するかのように逆側からも光が伸び始め、それが互いに広がっていき、無数の光が飛び交う戦場となった。


【アーノルド】『サグラノが仕掛けたか!!』
【アルフォンゾ】『…よろしいですかな?』
【エルトゥール】『あぁ、構わない。だが各艦、無理はしないように!』

【アルベルト】『あの馬鹿坊主め、我慢というものを知らんのか!!』
【イブラヒム】『こうなったら仕方なかろう。我々も戦うまでだ』

このようにして、両陣営共に、サグラノ家に呼応するように次々と攻撃を開始した。


そして、クロスバードも。
【カンナ】「あたしらも行くわよ!ミレア、前に!」
【ミレア】「はい!」
カンナの指示で、ミレアがクロスバードを前進させる。
【ゲルト】「主砲、副砲準備、オッケー!」
【カンナ】「こんな数だし、撃てばどっかに当たるでしょう…という希望的観測で!撃ぇーっ!!」
カンナがそう叫び、ゲルトが主砲・副砲を同時に発射。
それは果たしてカンナの言う通り、どこかの敵戦艦に命中し、爆散していった。

【カンナ】「人型兵器も出すわよ!みんな、準備はいい?」
続いて格納庫のジャレオに連絡する。
【ジャレオ】『ええ、各機問題ありません!』
【カンナ】「ジェイク、アネッタ、パトリシア、オリト君…お願いね!!」
それに対し、それぞれが「ああ」「ええ」と返事を返す。

【ジェイク】『ジェイク=カデンツァ、アルデバラン、行くぞ!』
【アネッタ】『アネッタ=クレスフェルト、アークトゥルス、行くわよ!』
【パトリシア】『パトリシア=ファン=フロージア、カペラ、出るよ!』
【オリト】『オリト、リゲル、出撃します!』
各員がそう告げながら、4機が次々とクロスバードから出撃していった。


【シャーロット】「始まったか…」
一方、こちらもバーナードの一室から戦いが始まった様子を眺めていた。
【ウィレム】「参謀官より、貴殿は自由に出撃して構わない、との連絡を受けております」
そうウィレムが告げる。彼女は今や圧倒的な戦力を持っており、既存の指揮系統を超越した存在にまでなっていた。「蒼き流星」とは別に「一人艦隊」などと言い出す者まで現れたほどである。
【シャーロット】「ま、勝つにせよ負けるにせよこれで終わりだろうから、もうどうでもいいんだろうねぇ」
シャーロットはそんな噂話も意識してか、そんな風につぶやいた。

そして、何かを考えるようにしばらく外を眺めた後、こう決心した。
【シャーロット】「…行くよ!」
【ウィレム】「はっ!」

フォーマルハウトのコクピットに座り、目を瞑ったまますぅ、と1回息を吸う。なんだかんだあったせいで、この椅子も久しぶりである。
そして、ふっと息を吐き、目を開いてこう叫んだ。
【シャーロット】「シャーロット=ワーグナー、フォーマルハウト!出撃する!!」

青い流星が一筋、戦艦から流れていった。


【アンヌ】「皆さん、前に出過ぎないように!慎重に進んで下さい!」
アンヌがそう指示する通り、魔女艦隊はゆっくりと前進していく。クロスバードも然りである。

ところが、そんな魔女艦隊に迫ってくる艦隊の姿があった。
【ドミトリー】「アンヌ様、前方より1艦隊規模の敵集団が前に出てこちらに向かってきます!」
【アンヌ】「見えてますわ!…このタイミングで勝負を仕掛けてくるとは、いい度胸ですわね…で、どこか分かりますかしら?」
【ドミトリー】「識別信号解析…ありました!…同盟軍第3艦隊!」

【カンナ】「!?」
それを通信で聞いた時、動揺したのはカンナその人である。理由はシンプル。

【イレーヌ】「さぁ、スイーツガールの小娘たち…どれだけ成長したか、見せてちょうだい!」
立ちはだかるのがかつてケレイオスで共に戦った、イレーヌ元帥率いる同盟軍第3艦隊だからである。
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第43章:その先に心はあるか、その後に涙はないか
 ホップスター  - 21/11/27(土) 0:07 -
  
【アンヌ】「同盟軍第3艦隊総司令、イレーヌ=ローズミット元帥…確か同盟の女傑と言われるお方でしたわね…」
アンヌはそう敵将の名前を繰り返しながらつぶやき、それに対しドミトリーが応える。
【ドミトリー】「ええ、確かサグラノをクロスバードと共に壊滅させたのも第3艦隊だったかと」

それを聞いたアンヌは、すぐにカンナに対し通信で呼びかける。
【アンヌ】「大丈夫でしょうか?嫌であれば下がるか転進しても構いませんが…」
しかしそれに対しカンナは、首を振ってこう答えた。
【カンナ】『いいえ、やるわ。やらせて。…おそらくイレーヌ元帥は、あたしらを狙ってるはずだから』
アンヌはその答えを聞いて、分かりました、と軽く答えた後、
【アンヌ】「でも、無理はしないで下さいね。フォローはしますわ」
そう返した。カンナはありがとう、とだけ答えた。

…実際のところは、カンナにはもう1つ思うところがあった。
【カンナ】(イレーヌ元帥閣下なら、もしかしたら…)


        【第43章 その先に心はあるか、その後に涙はないか】


【秘書官】「ドゥイエットの魔女艦隊、旧第3艦隊とぶつかります!」
【エルトゥール】「そうか。…あそこのお嬢ちゃんなら、やってくれるだろう。クロスバードもいるしね」
【秘書官】「ですが、全体としては…」
秘書官がそう言い言葉を濁す。要するに、数で劣り押されているのだ。
【エルトゥール】「大丈夫、これぐらいなら想定のうちだ」
参謀総長は全く気にする様子を見せない。それどころか、
【エルトゥール】「…さて、私はちょっと行くところがある。総指揮はアルフォンゾ閣下に任せてあるから、何かあればそちらを頼るといい」
そう言い残し、戦場の指揮を第1艦隊総司令であるアルフォンゾ=スライウス元帥に任せてその場を立ち去りどこかに行ってしまった。
【秘書官】「参謀総長!?」
秘書官が慌ててそう呼び止めようとするが時すでに遅し。


【イレーヌ】「あちらはワンオフ機持ちだ!機銃で小回りを利かせられないようにしろ!」
近接戦の得意なジェイクが敵戦艦に取り付こうとするが、敵戦艦に上手く対応され近寄れない。
【ジェイク】「ちぃっ!」
【アネッタ】「相手も手練れよ!無理はしないで迎撃に集中して!」
アネッタもそう言い制止する。已む無く下がった。

【イレーヌ】「いいぞ…数では勝ってるんだ!そのまま押し込め!」
そもそも魔女艦隊はクロスバードを含めてもわずか10隻。実はこの銀河で艦隊と呼ぶには極めて小規模なのである。もちろん、それでいて大艦隊に匹敵する戦果を挙げているからこそ、魔女艦隊と呼ばれているのだが。
しかし、単純な数の勝負となるとやはり苦しい。イレーヌはそこを突き、数で押し込む。
【アンヌ】「砲撃、止めないで!やられますわよ!!」
【ドミトリー】「アルキオネ、直撃を受け中破!下がります!」
【アンヌ】「ぐっ…!」
戦艦の大破報告を受け、思わず唇を噛むアンヌ。ただでさえ味方は数が少ないのだ。ますます苦しい展開に頭を悩ませる。

【クーリア】「艦長、我々もこれ以上は…やはり数が違います」
【カンナ】「仕方ないわね…」
【フランツ】「艦長!?」
カンナとクーリアの諦めたような会話にフランツが驚く。

…だが、諦めた訳ではなかった。
【カンナ】「一度これを使っちゃうと二度目はないから奥の手にしておきたかったんだけど…クリス、いけるかしら?」
【クリスティーナ】「もちろんですぜ!」
それを聞いたカンナは安心して、こう指示した。
【カンナ】「…それじゃ、コードCF、発令!」
【クリスティーナ】「はいなー!プログラム発動!!」
カンナの指示でクリスティーナがキーボードを叩き、エンターキーを押す。

次の瞬間、敵艦隊の動きが一斉に止まった。

【イレーヌ】「何っ!?どうしたっ!!」
【副官】「分かりません!各艦、一斉にシステムダウンした模様!!」

そう、クリスティーナが敵艦隊に一斉にハッキングを仕掛けたのだ。
敵といっても元は同じ同盟軍である。システムは基本的に同一。であれば、ハッキングも容易いという訳だ。
但し、一度使うと相手に警戒され防御策を講じられてしまうため、二度はできない。そのため事前にカンナとクーリア、クリスティーナの三人で打ち合わせて「奥の手」として用意していたのだが、想定よりかなり早く使うことになってしまった。

【カンナ】「今よ、ミレア!」
【ミレア】「はい、行きます!」
カンナの指示でミレアが一気にエンジンを噴かし、第3艦隊の旗艦であるベラトリクスへ向かい突撃する。

【ドミトリー】「理由は分かりませんが、敵艦隊がほぼ一斉に動きを停止した模様!それに伴い、クロスバードがベラトリクスへ突っ込みます!!」
【アンヌ】「恐らくあのクリスティーナって子ですわね…いいでしょう、我々も乗りますわ!動ける艦は突撃!!」
そうアンヌも指示を出し、クロスバードを先頭にして、魔女艦隊が第3艦隊の旗艦・ベラトリクスへ一斉に突っ込む。

【イレーヌ】「…そういえば…!」
真っ暗なベラトリクスのブリッジの中で、イレーヌ元帥はあることを思い出した。
ケレイオスでクロスバードと別れた後、エステリア強襲迎撃戦で戦死したクルーの後任として、凄腕のエンジニアが入ったらしいという噂である。
【副官】「システム、復旧します!」
その副官の言葉と共に、再びベラトリクスのブリッジが明るくなる。が、眼前のモニターには、主砲の砲口をこちらに向けたクロスバードが映し出されていた。

【イレーヌ】「ぐっ…!」
厳しい表情を見せるイレーヌ元帥。そこに、カンナの通信が飛び込んでくる。
【カンナ】『イレーヌ元帥閣下。…もう、いいでしょう』
事実上の降伏勧告。だが、イレーヌ元帥は個人端末を取りこう反論した。
【イレーヌ】「少しはやるようになったと思ったけど…とんだ甘ちゃんだねぇ!こっから反撃されたらどうするんだい!?」
【カンナ】『…そんな事をするような方ではないと知っていますから、こうして呼びかけているんです』

さらにカンナはこう続けた。
【カンナ】『閣下は海溝派に属しているとはいえ、派閥の論理で動く方ではなかったはずです…これ以上、あたし達を悲しませないで下さい』
それを聞いて、イレーヌ元帥はふと1週間ほど前の光景が思い浮かんだ。
集まった艦隊司令官たちの会議。誰も彼もが自らの都合しか考えずに言い争い、ほとんど会議になっていなかった。今も各艦隊がバラバラに戦っているだけである。
それに対し向こうはどうだ。紆余曲折があっただろうことは想像できるが、それでも同盟のクロスバードと共和国の魔女艦隊が連携して自分たちを追い込んだのだ。

【イレーヌ】「…あたしとしたことが、最後は小娘に言い負かされるとはね…歳は取りたくないもんだよ」
そうポツリとつぶやいた後、背後にいる士官たちにこう語りかけた。
【イレーヌ】「みんな、すまないね…期待を裏切ることになってしまって。…それでも、ついてきてくれるかい?」
それに対し、首を横に振る者は誰もいなかった。

それを確認した後、イレーヌは自らの艦隊に向けてこう指示した。
【イレーヌ】「現在動ける第3艦隊の全艦に告ぐ!これより我々は同盟及び共和国に対する一切の敵対行動を止め、再びエルトゥール=グラスマン参謀総長の指揮下に入る!繰り返す!敵は連合及びそれに同調する裏切り者だ!!不服がある者は止めはしない、今すぐ立ち去るといい!!」

しばらくして、イレーヌ元帥はカンナに対しこう通信で語りかけた。
【イレーヌ】「…お嬢ちゃん、これで良かったかい?」
【カンナ】『ありがとうございます。この恩はいつか…』
【イレーヌ】「いいや、つまらない大人の都合に振り回されたあたしが悪いんだ。お返しはいらないさ。…その代わり、お嬢ちゃんはあたしみたいになるんじゃないよ」
そう言い、カンナにかつての自分を重ねていた。自分がカンナぐらいの年頃だったら、どう動いていただろうか。そんなことを考えながら、部下に改めて各艦の動きについて指示を出した。

そして一通り指示を出し終わった後、イレーヌ元帥は再びカンナにこう話しかけた。
【イレーヌ】「正直あっちは統制が取れてなくて各艦隊ごとに動きがバラバラだ。実際会議でもケンカしてたしな。とはいえ数ではまだ向こうが多い。その上例の蒼き流星もいる。…踏ん張りどころだよ、お嬢ちゃん」
【カンナ】『はい…!』
その言葉を受けて、魔女艦隊はクロスバードを先頭にして、前進していった。


【アルベルト】「何ぃっ!?あのババア、裏切りやがっただとぉっ!?」
『第3艦隊、離反す』の一報を受けた第6艦隊のアルベルト元帥は思わずそう絶叫した。

【アルベルト】「…いや、思い返せばあのスイーツガールとも繋がりがあったな…想定しておくべきだったか…」
そんなことをつぶやきながら腕を組む。

【副官】「閣下!第3艦隊が離反したエリアから崩され、こちら側の戦線が乱れています!!」
【アルベルト】「そこに火力を集中させろ!!」
【副官】「はっ!」

第6艦隊の副官が言う通り、第3艦隊が寝返りクロスバードと魔女艦隊が担当していたエリアを中心に陣形が崩れだしていた。
そしてそれは、魔女艦隊側の狙い通りでもあったが、1つだけ懸念があった。

【アンヌ】「ここまでは順調ですわね…ですがこのままいけば、恐らくは…」


…果たしてその懸念は、的中することになる。
【ドミトリー】「超高速でこちらに向かってくる人型兵器と思しき反応が1つ!」
【アンヌ】「来ましたわね…!」
詳細を言わずとも分かる。この速度で動いてくる人型兵器なんてこの銀河に1機しかない。

【マリエッタ】「『蒼き流星』、来ますわ!」
【カンナ】「遅かれ早かれ勝負はつけないといけない…やるしかないわ!」
そうカンナも言い、気合を入れるように自らの頬を両手でパン、と叩いた。
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第44章:霞んだ光の果てで彼女は何を見る
 ホップスター  - 21/12/4(土) 0:02 -
  
カンナがパン、と頬を叩くのを合図にしたかのように、ゲルトが仮想キーボードを叩きながら砲撃の準備をする。
【ゲルト】「艦長、いけるぜ!」
【カンナ】「主砲、副砲、撃ぇーっ!!」
カンナの指示でクロスバードから次々と光が放たれる。しかし敵機・フォーマルハウトはそれを易々とかわし、クロスバードに迫る。

【シャーロット】「甘いんだよ、スイーツみたいにね!!」
そう言いクロスバードのブリッジ目掛けて一発ビームライフルを撃とうとするが、すんでのところでジェイクのアルデバランが突っ込み、もつれるようにして難を逃れさせた。


        【第44章 霞んだ光の果てで彼女は何を見る】


【シャーロット】「ちぃっ、そっちも新型か!」
続いて巨大なビーム砲がフォーマルハウトをかすめる。
【アネッタ】「悪いけど…4機でいかせてもらうわ!!」
【パトリシア】「あの時みたいには…いかねぇぞ!!」
続いてパトリシアのカペラが次々と2丁のビームライフルを連射しながら迫ると、フォーマルハウトはアルデバランを振りほどきやや下がる。
【オリト】「俺だって!」
そこでオリトのリゲルが突っ込む。最もあっさりかわされるが、注意を逸らすには十分だった。
【シャーロット】「あの時のチャオまで!!」
さらにアルデバランがビームセイバーを両剣にして斬りかかる。

【クーリア】「4対1…これなら!」
【カンナ】「いえ、油断しちゃだめよ…パトリシアの証言だとΣ小隊は5対1で屠られた…!」
4機を支援砲撃しつつ、壮絶な戦闘を目前にしてそう会話する。
現在も直接相対している4機に加え、クロスバードを含めた魔女艦隊が総出で砲撃してこれである。正に一人艦隊と形容するに相応しい状況となっていた。

とはいえ、さすがにシャーロットもこの状況は簡単ではないと悟り、ある操作を始めた。
【シャーロット】「しょうがないわね…奥の手を使うよ!!」


その時、彼女は気が付いていなかったが、この交戦域に突っ込んでくる艦隊があった。
【アルベルト】「ちょうどいい!スイーツガールも!魔女も!ついでに裏切り者も!まとめて始末してくれる!!」
アルベルト元帥率いる同盟の第6艦隊である。旗艦であるシェダルを先頭に、クロスバードの方へ真っ直ぐ突っ込んでいく。


さて、フォーマルハウトの動きの違和感に真っ先に気が付いたのは、以前に一度戦っているパトリシアであった。
【パトリシア】『…まずい、下がれ!!』
周囲の味方全員に対して慌ててそう叫ぶ。
それに対し、パトリシア本人、そして機動性のある人型兵器に乗っていたジェイク、アネッタ、そしてオリトはすぐに反応して機体を後退させたが、戦艦であり魔女艦隊から突出していたクロスバードはミレアが咄嗟に方向転換しようとするも間に合わなかった。

次の瞬間、フォーマルハウトから無数の小型ビットが飛び出し、射程範囲内全てにビームの嵐が降り注いだ。


【アルベルト】「う、うわあああああ!?」

…もちろんシャーロットは味方を巻き込む気など無かったが、ビットから放たれるビームの嵐は、蒼き流星の存在など気にせず不用意に突撃した第6艦隊を結果的にそのまま巻き込み、その大半が消し飛んだ。
アルベルト元帥の乗る旗艦のシェダルも、である。こうして彼は銀河から姿を消した。


【マリエッタ】「い、生きてる…?」
【ゲルト】「…ビットとかこの世にマジで存在すんのかよ…アイツガチでニュータイプか…っ!」
【カンナ】「じょ、状況は!?」
一方のクロスバード。物凄い衝撃が走ったが、どうやら艦も自分たちも生きている。急いで状況を確認するカンナ。
【クリスティーナ】「システム自体は生きてますがね…さすがに被弾しすぎっすよコレは…!」
ブリッジにあるあちこちの仮想モニターが一斉に赤くなり、複数の警告音が反響するように鳴り響く。
【カンナ】「ジャレオ!?ミレーナ先生は!?」
そこでカンナは、ブリッジにいないジャレオとミレーナ先生に呼び掛ける。
【ジャレオ】『こちら無事です!』
【ミレーナ】『あたしも大丈夫よー、こっちはいいから艦を!』
2人がすぐに応答したが、いずれも映像はなく音声のみ。本来であればもう少し状況を聞きたいところだが、それどころではない。通信を切り、艦内の状況把握に努める。
【カンナ】「ミレア、動かせる!?」
【ミレア】「ダメ、です、制御不能、です!」
【ジャレオ】『制御系統がやられたらしい!今向かってますけどすぐには…!』
【クーリア】「このままだと、恐らく…!」

被弾の影響によりコントロールを失った結果、クロスバードはある場所へと突っ込んでいた。
【フランツ】「ライオットの重力圏に捕まります!」
【カンナ】「嘘…!?」
ライオットはガス惑星。このままだと惑星内部に引き込まれ、脱出できなくなってしまう。

そのタイミングで、アンヌからの通信が入る。
【アンヌ】『大丈夫ですか!?』
【カンナ】「ええ、生きてるわ。でも…!」
【アンヌ】『落ち着いてください、ちょうどそのあたりは例のハーラバードの秘密基地があるはずです!そこにうまく着地できれば!』
【カンナ】「…分かったわ!やってみる!」
脱出艇で脱出することも無理ではないが、この宙域には蒼き流星がいる。脱出艇が結局撃墜されてしまう、というリスクと天秤にかけた場合、このまま突っ込んで秘密基地に着地した方がまだマシだと判断したのだ。

【ミレア】「多少の、軌道修正、ぐらい、なら!」
ミレアが必死にコントロールしようとする。その甲斐あってか、少し向きを変える程度であれば何とかできそうだった。
【フランツ】「…重力圏に入ります!」
【カンナ】「みんな、衝撃に備えて!」

クロスバードがだんだんとライオットに引き込まれ、やがてガスに紛れて見えなくなっていく。
その様子を魔女艦隊旗艦・プレアデスから眺めていた、眺めるしかなかったアンヌは、まずはクロスバード麾下の人型兵器4機に通信を入れた。
【アンヌ】「皆さん、クロスバードは無事です!フォローはこちらでしますので、引き続き蒼き流星への対処を!」
【ジェイク】『分かった!援護は頼む!!』
アネッタ、パトリシア、オリトも応答し、戦闘を続行した。


【シャーロット】「はぁ…はぁ…っ…!全っ然、仕留められてない、じゃないの…っ!!」
連合が彼女のためだけに開発した新兵器、いわゆるビットを使った一斉攻撃。第6艦隊の大半を消し飛ばし、クロスバードをも行動不能に追い込んだその威力は先ほど見せつけた通りだが、フォーマルハウトのエネルギーはもちろん、多数のビットを制御するためにシャーロット自身の精神力も相当消耗するため、連発はできない。彼女はあくまでも人の子であり、ゲルトが言っていた旧文明時代の娯楽作品に出てくるニュータイプとやらとは訳が違うのだ。
そのため、この一撃で出来る限り仕留めたかったのだが、結果的に人型兵器は1機も仕留められず。極端に言えば味方を吹っ飛ばしただけである。想定外の結果と消耗で頭を痛め唸るが、目の前に敵が残っている以上、通常兵器で対処するしかない。戦うしかないのだ。
かくして、4対1の死闘は続く。


【フランツ】「地面らしきものが見えてきました!」
【ミレア】「ちょっと、無茶です、けど、着地、します!」
次の瞬間、ズドン、という大きな衝撃と共にクロスバードが激しく揺れる。ベルトをしていなければケガしていたであろう程の衝撃が収まると、嘘のように静かになった。

【クーリア】「ここが…ハーラバードの秘密基地…?」
【マリエッタ】「しかし…何も見えませんわね…」
深いガスに覆われ、何も見えない。しかし、あることが分かる。
【クリスティーナ】「…これ、普通に外出れますぜ?大気組成とか問題ないっすよ?」
クリスティーナが大気を調べた結果、そのまま外出しても全く問題無さそうなのだ。それを聞いたカンナは、少し考えた後こう言った。
【カンナ】「…どちらにせよ、調べる必要がありそうね…ちょっと行ってくるわ」
【クーリア】「艦長!?いくら何でも一人は危険ですよ!?」
クーリアが慌てて止めようとするが、
【カンナ】「危険だから一人で行くんじゃない。クーリア、留守を頼んだわよ。ジャレオ、修理お願いね」
カンナはそう言い聞かなかった。
こうなるとどうしようもないのはクーリアが一番分かっている。クーリアは渋々こう答えた。
【クーリア】「…分かりました。くれぐれも無茶はしないで下さいね…!」
【カンナ】「ええ…!」


【同盟兵】「旧第6艦隊、『蒼き流星』の攻撃の巻き添えを食らいほぼ壊滅した模様!!」
【アルフォンゾ】「…同士討ちで自滅とは、敵ながら哀れだのぉ」
参謀総長から自軍の総指揮を任されている同盟軍第1艦隊総司令、アルフォンゾ=スライウス元帥がそうつぶやく。
…そして、続けてこう命じた。
【アルフォンゾ】「各艦隊、旧第6艦隊が空けた穴を突け!!」


カンナがクロスバードから降り立ち、真っ直ぐ5分ほど歩いていると、突然視界が開けた。
【カンナ】「これは…!!」

カンナの眼前に現れたのは、無数のサーバーのようなコンピューター。
各所が点滅し、今も動いているようだ。

彼女がしばし圧倒されていたところに、突然声が響いた。脳内に直接響く、少年のような声。
【???】「偶然とはいえ、『鍵』を持たない者がよくここに辿り着いたね…まずは自己紹介しておこう。僕は『銀河の意思の観測者』だ」
【カンナ】「『銀河の意思の観測者』…?」
【観測者】「そう。ここには550年前の大崩壊以降の、この銀河で起きているありとあらゆる事象が全てリアルタイムに記録されているんだ。ナノマシンを使ってね」
そう説明しながら、どこからともなく脳内に響いてきていた声が姿を成し、少年の影のような黒いシルエットを形取った。
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第45章:語らざる者が語る、一つの答え
 ホップスター  - 21/12/11(土) 0:04 -
  
『この銀河で起こっている、ありとあらゆる事象を全てリアルタイムで記録し続けている』
そう観測者から自らについての説明を受けたカンナは、まずこの事実自体に疑問を呈した。
【カンナ】「リアルタイムって…超光速航行とそれを応用した超光速通信でも、この銀河で情報伝達するには最低数日は掛かるわよ…?」
それに対し、黒いシルエットをした観測者はこう答えた。
【観測者】「簡単に言うと、現代には失われた大崩壊より前の時代の技術、言わばロストテクノロジーさ。この銀河程度の広さなら瞬時に物質や情報をやり取りできる」
【カンナ】「そんな技術が…?」
確かにそんな技術が過去にあったとすれば、観測者が言うように銀河のありとあらゆる事象を全てリアルタイムで記録することも可能だろう。まだ半信半疑ではあったが、彼女は眼前の不可思議な光景を前にしてその話を信じるしかなかった。


        【第45章 語らざる者が語る、一つの答え】


一方、「外」の宙域では変わらず激闘が繰り広げられていた。
【イレーヌ】「魔女艦隊を援護しな!蒼き流星に敵を加勢させるんじゃないよ!!」
蒼き流星と直接やり合っている4機と魔女艦隊を援護すべく、イレーヌ元帥率いる第3艦隊が動く。目的は蒼き流星を孤立させること。そして、後は若者たちに未来を託すこと。

【イレーヌ】(たぶんこれは、人とチャオが未来へ向かう為に越えなければならない壁なんだろう…そのてっぺんに立ち塞がるのが、蒼き流星さんなんだろうさ。最も、彼女はそんなつもりはこれっぽっちもないだろうけどね…必死に戦って、必死に生きて、その結果、気が付いたら有望な若者の前に立ち塞がる壁になってしまった…それもまた、一つの悲劇なんだろうねぇ)
指揮を執りながら、そんな事を考えていた。


【カンナ】「何をやってるのかは分かったけど、誰が何の為にやってるのかしら?どこかの勢力がこの戦争を有利に進めるため?それとも旧時代の者が出来事を記録して未来に遺すため?」
カンナは観測者に対し、そんな疑問を口に出す。それに対し観測者は、カンナが予想もつかなかった答えをした。
【観測者】「はっはっは、面白い事を言うねぇ!そんな大層なもんじゃないよ、ここは。…そうだねぇ、これは言わば僕の趣味みたいなもんさ。この世の中で起こっているありとあらゆる事象を永遠に観測し続けるのが、僕の唯一にして至上の愉しみなんだよ」
…それは、カンナには到底理解のできないものだった。

【カンナ】「さすがにちょっと頭が追い付かないわね…例えばだけど、目の前で誰かがボール遊びをしていたとして、それをずっと見ているだけで楽しいかしら?普通は混ざりたいと思わない?」
彼女はその「理解のできなさ」を、こう例え話を出して問う。しかし観測者は否定した。
【観測者】「別に混ざりたいと思わない、見ているだけの方がずっと楽しいっていう思考構造をしちゃったんだからしょうがないさ。それは通常の人間やチャオの思考構造とはかけ離れているのかも知れないけれど、そこは遺伝子の悪戯なんじゃないのかな。…最も、嘗て人間だった頃の僕を鑑みると、こういう思考になるのも必然だったのかも知れないけどね」

そう言い観測者は、カンナにあるイメージを見せた。観測者と呼ばれる者がかつて人間だった頃のイメージ。

…それは、病院らしき建物のベッドで、無数の管に繋がれて横になっている少年の姿だった。

【カンナ】「…!!」
思わず言葉を失うカンナ。
【観測者】「生まれてからずっとこんな感じでね。指一本動かすことすらできなかった。…だけどある夜、不思議な夢を見たんだ」
【カンナ】「夢…?」
カンナが首を傾げるが、観測者は尚も語る。

【観測者】「目の前に黒い服を着た魔法少女が現れてね。『確かに貴方は体を動かせないかも知れない。だけど、それだけで絶望する必要はない。心があれば、それだけで世界に、銀河に翼を広げることができる』ってね」
【カンナ】「ま、魔法少女…?」
突飛な単語に戸惑うカンナ。魔法少女というフィクション上の概念は彼女も一応知ってはいるが、黒い服というのは所謂悪役が着るものであって、黒い服の魔法少女という存在は成立し得ないのではないか。それはむしろ、魔法少女というより―――というところまでカンナが思考したところで、観測者がそれを遮るように言葉を続けた。
【観測者】「その少し後に眼球の動きを追って情報を入力するコンピューターの存在を知った僕は、それを使って数年かけてここに銀河全体を観測する基地を造りあげたのさ。…そして僕は、人間であることをやめた。元々人間の身体なんてあってないようなものだったけどね」
…なるほど、そもそも「物事に参加する」ことが許されなかった身体だったからこそ、「観測する」ことだけが愉しみになったのだろう。そして、だからこそ人間の身体を捨ててこのような存在になった。不自由であるが故に覚えた愉しみのために、わざわざ自由を手に入れた。カンナも納得はできなかったが、理解はできた。

【観測者】「…でもね、ちょっとプログラムミスがあってね。作って間もないある日、観測用のナノマシンが銀河中で一斉に暴走しちゃったんだよ」
【カンナ】「まさか…!!」

それが、「大崩壊」の真実である。


呆然とするカンナを前に、観測者は補足するように説明を続けた。
【観測者】「もちろん、バグはすぐに直したけどね。気が付いた時には手遅れさ。…で、それを教訓にして、万が一何かあった時のためにここを管理する『鍵』を4つ作って、この銀河の生き残りに無作為に渡したんだ。それが巡り巡って、今の銀河の支配階級になってるって訳さ。もちろん僕が意図したことじゃないけどね」
鍵を貰った者は、情報という面で他者に対して圧倒的に有利になることができる。それを上手く利用して、鍵を持つ者は銀河の大勢力へとのし上がっていき、それが受け継がれていったのだ。
【観測者】「確か今の鍵の所持者は…同盟軍参謀総長・エルトゥール=グラスマン、連合の新大統領・クロフォード=オブリリア、共和国ハーラバード家当主・カルロス=ハーラバード、グロリア王国現女王・ソフィア=ネーヴル…の4人だったかな」

【カンナ】「…!!」
それを聞いたカンナは言葉を失う。
ハーラバード家とネーヴル家は鍵を自らの家系に代々伝え、一方同盟と連合の前身となった存在は優秀な後継者へとその鍵を伝えた。これが政体の違いとなっていたのだ。

そこで彼女は、かつてグロリアでグレイス王女誘拐事件に巻き込まれた際に、ジェームズ4世前国王やマリエッタから「銀河の意思」という言葉が出てきたのを思い出した。
【カンナ】「そういえば、グロリアで『銀河の意思』って…」
【観測者】「僕はあくまでも、この銀河のみんなが進んでいく方向を見守るだけの『銀河の意思の観測者』なんだけどね。僕の意思じゃない。僕の意思は『ただ永遠に観測し続けたい』、ただそれだけさ。550年経って『銀河の意思』それ自体に言葉が変わっちゃったんだろうね」
【カンナ】「でも、何で鍵を持ってるはずのハーラバードや連合がグロリアを…?」
【観測者】「あぁ、それはどうもグロリアの鍵を奪って独占したかったらしいんだ。ここが人間の面白いところでさ、そもそも1つも持っていないものに対してはそんなに所有欲が湧かなくても、『世界に4つあるうちの1つを貴方が持ってます』って言われたら、残りの3つを集めたくなっちゃうみたいなんだよね。独占欲ってやつ?ま、結局君たちの頑張りもあってうやむやになって失敗しちゃったけどね」

そこまで聞いたカンナは、少し考えた後、こう結論を出した。
【カンナ】「…ごめん。事情は何となく分かったけど、やっぱり、貴方は間違ってる。歪んでると思う」

これはカンナの直感だが、観測者は恐らく嘘は言っていない。本当に、ただ永遠に観測することだけを目的としているのだろう。そして、そうしている限りは自分達、ひいては銀河に大きな影響を及ぼすこともないのかも知れない。
…でもそれは、人間やチャオ、ひいては『命あるモノ』の在るべき形ではない、と思った。

そもそも、銀河一つを覆い尽くすほどのナノマシンと、巨大なガス惑星一つを覆い尽くすほどの記録装置を作り上げている時点で、既に『ただの観測者』とはなり得ないのではないか。元々銀河にあったはずのその分の資材が使われている訳だし、ナノマシンや記録装置が設置されたことによる天体運動のごく僅かなズレだってあり得るだろう。それはいずれも銀河全体から見れば限りなくゼロに近いかも知れないが、しかし決してゼロではない。


一方、『奥の手』のビットを使ってしまったシャーロットであるが、攻撃の手が緩むことはなかった。
【シャーロット】「いい加減に…しやがれぇっ!!」
シャーロットのフォーマルハウトが遠くから射撃しているアネッタのアークトゥルス目掛けて突撃する。
【アネッタ】「っ…!!」
こうなると近接戦闘に弱いアネッタは苦しい。何とかビームランチャーを1発放つが、あっさりとかわされ、
【アネッタ】「しまっ…!エネルギー切れ!?」
万事休すか。フォーマルハウトが目前に迫る。
【ジェイク】「させるかよぉっ!!」
だが、ジェイクのアルデバランがそれを体当たりで弾き出す。
【パトリシア】「これでぇっ!!」
その先にいたパトリシアのカペラが咄嗟にフォーマルハウトの右腕を掴んだ。

【ジェイク】「もらったぁっ!!」
これを好機とジェイクがビームセイバーを2本束にして斬ろうとするが、そこはシャーロット。フォーマルハウトの左手一本で受け止めてみせる。
だがジェイクもただでは終わらない。代わりにその左腕を掴み、カペラと合わせてフォーマルハウトの両手を塞いだ。
【アネッタ】「こうなったらっ…!」
ビームランチャーが使えなくなったアネッタのアークトゥルスもフォーマルハウトを抑えにかかり、3機がかりで動きを止めてみせた。

あとは―――
【ジェイク】「オリト!」
【アネッタ】「オリト君!」
【パトリシア】「やっちまえ!!」

【オリト】「…!!」
銀河の運命は、1匹のチャオに委ねられた。
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第46章:この狭い銀河の中心を
 ホップスター  - 21/12/18(土) 0:01 -
  
【観測者】「だからといって、どうするんだい?」
観測者は自らを否定したカンナを意に介さずこう返した。ここはガス惑星全体を利用した巨大なデータセンターであり、一人で壊すのは非現実的である。クロスバードに戻っても、戦艦1隻ではまた然り。ただそれはカンナも理解していて、さて勢いで否定はしたもののどうしたものか、と思案しようとしていたところである。
…だが、ここで観測者はある事に気が付いた。
【観測者】「!!!」


        【第46章 この狭い銀河の中心を】


もう1人の人間が、この場に近付いてくる。この銀河で起こっていることの全てを観測していたはずの観測者が、『それ』に直前まで気が付かなかった。…それは、巨大な機械となってもなお、「目の前のモノに注意を引かれる」という生命体らしい行為を止められなかったという事実をも観測者自身に突きつけていた。

【エルトゥール】「やぁお嬢ちゃん、よくここに辿り着いたね。…最も経緯はどうあれ、君はいつか間違いなくここに辿り着くだろう、と私は思ってたけどね」
現れたのは、鍵を持つ者の1人、エルトゥール=グラスマン参謀総長。そう、総指揮を抜け出してここに向かっていたのだ。偶然ここに辿り着いたはずのカンナが来ることを、まるで最初から分かっていたかのように。
【カンナ】「参謀総長閣下…!」

【観測者】「まさか…やめろぉ!!」
観測者が急に慌てた口調になる。…そう、鍵があれば、ここを無力化することも容易い。
【エルトゥール】「私としては、別に観測者が居ようが居まいが構わないんだけどね。…でも、こういう物は、若くて有望な者に渡した方がいいんじゃないのかな、と思う訳さ」
と、彼は鍵をちらつかせながら言った。

【観測者】「待って待って待って!!考えてもみなよ!百何十億年とも言われるこの宇宙の歴史の中で、たった何万年ぽっちっていう時間だけで人間とチャオがこれだけの物語を紡いだんだよ?じゃあこの先どんな物語が生まれて、どんな結末を迎えるのか、文明が続く限り最後まで見てみたいじゃん!!
      もちろん文明だけじゃないさ!あと何万年かすればあの巨星は爆発するんだよ!?何十億年かすればこの銀河は隣の銀河とぶつかるんだよ!?無限に近い時間を経ればやがてこの無限にある星の輝きも消え失せていくっていうんだよ!?…そんなの、絶対見てみたいじゃん!!
      なのに、なのになのに、人間もチャオも100年すらマトモに生きられない!悲しすぎる!!そんなの、僕は認めない!認められない!!!」
必死にまくし立てる観測者。…だが、カンナには、それは意味の無いただの叫びにしか聞こえなかった。
観測者にとっては、鍵をこんな目的で使われること自体が全く想定していなかったのである。基本的に観測者は観測するだけなので、破壊する側にメリットが全くないのだからそんな事する者はいないだろう、と高を括っていたのだ。

…気が付くと、観測者の言葉は既に言語の体を成していなかった。
【観測者】「サンク・タンデールの革命者!デュラハンがやがて天極の果ての流星を掴み、物語は闇に潰される!!深遠なるアルカトレイスの星の民よ、民よ、民よおおおぉぉぉぉおぉぉおっ!!」

カンナはそんな意味不明な叫びを全く気にすることなく、エルトゥール参謀総長から『鍵』を受け取る。

そして、
【カンナ】「…さようなら、『人間さん』」
そうつぶやきながら鍵を目の前のコンピューターに差し込み、現れた仮想キーボードを軽く操作し、エンターキーを押す。
【観測者】「嗚呼…オメガ…よ…ノヴォスの…戴天…は…」
観測者はなおもそう言いかけたが、次の瞬間その黒いシルエットは霧散し、コンピューターから放たれていた光も一斉に消え、辺りは静寂に包まれた。

【カンナ】「…参謀総長、帰りましょうか。そろそろクロスバードの修理も終わってるでしょうし」
【エルトゥール】「そうだね、お嬢ちゃん」
そう言い残すと、2人は後ろを振り返ることなく、来た道を戻っていった。
2人の歩いた後には、使い道を失くしてただのおもちゃになった鍵が転がり、その背後にはそれまでの明滅が嘘のように沈黙し、ただ朽ちていくのみであろう巨大な機械が延々と横たわっているだけであった。


【シャーロット】「ふっ…ははははは!!!」
3機によって雁字搦めにされたシャーロットのフォーマルハウト。そこで突然、シャーロットが笑い出した。
【シャーロット】「負けだ、あたしの負けだよ!しかしあれだ、戦って、戦って、戦いまくった果ての最期がグロリアで知り合ったチャオに殺されるってのは因果なもんだねぇ!!」

その通信を聞いた瞬間、オリトのリゲルの動きが止まった。
オリトが、冷静に『なってしまった』のだ。
そう。冷静に考えると、グロリアでオリトはシャーロットと一緒に行動しているのだ。…そして、グロリアで知り合いを殺すのは苦しい、と教えたのが他でもないシャーロットである。
【オリト】「お、俺…!」
思わず手が震えるオリト。シャーロットはそんな様子を知ってか知らずか、さらに通信でこう叫ぶ。
【シャーロット】『さぁ、オリト君!やりなさい!一思いに!あたしを!!』
【オリト】「で、でも…!シャーロットさんだって、死にたくてパイロットをやってる訳じゃないでしょう!!言ってたじゃないですか!!友達と遊んだり、おいしいもの食べたりしたいって!!」
思わずそうまくしたてるオリト。それに対し、シャーロットは静かにこう語った。
【シャーロット】『もう、いいんだよ。地獄でやるよ、そういうのは。…この世界で普通に生きるには、あたしの手は血で汚れすぎた…』

【オリト】「でも…!パトリシアさんだって…!」
オリトはなおも、『その手を血で汚しながらも、生き残った』パトリシアの例を挙げようとするが、
【パトリシア】『馬鹿野郎!!考えてみろ、仮に戦争が終わってもコイツが生きてたらどうなるか!!無名のあたしとは違うんだぞ!!』
そうパトリシア本人が否定する。
彼女は銀河でトップクラスの有名人でありエースパイロットである。仮にこのまま戦争が終わっても、『敵のエース』であった彼女が生きていたら。悪意ある者により、更なる混乱と悲劇をもたらすだけなのではないか…そうパトリシアは言いたかったのだ。
【シャーロット】『そいつの言う通り。多分もうあたしは、自分の運命を自分では決められない…友達と遊んだり、おいしいものを食べたり、恋愛をしてみたり…なんてことができないぐらいにね』
そしてシャーロット自身もそれに同意する。現に、各軍がライオットに集う過程で彼女の名前が利用されているのだ。どちらにせよ、このまま生き残っても誰かに利用され続ける人生になってしまうのだろう、と自覚していた。

【オリト】「…っ!」
なおも悩むオリト。それに対し、シャーロットはこう続けた。
【シャーロット】『オリト君はスラムの人やチャオの未来の為に戦ってるんでしょ?だったら早く!…殺せ!あたしを!!銀河とアンタの未来のために!!!』
【オリト】「…!!」
シャーロットは以前グロリアで、オリトの生い立ちと戦う理由を少しであるが聞いていた。それを持ち出して、叫んだ。それが、今の自分にできる唯一の『誰かのためになること』だった。

【オリト】「あ…ああ…ああああああああっ!!!!!」
それを聞いたオリトはついにそう絶叫しながら、突撃。
次の瞬間、リゲルのビームサーベルがフォーマルハウトのコクピットを貫いた。

【シャーロット】『そう…それでいい…頑張りなよ、オリト君…』
シャーロットは血塗れになりながら笑顔でそう言い残し、フォーマルハウトと共に銀河の塵となった。


【ドミトリー】「…フォーマルハウト、反応、消滅…!その他敵艦隊も反撃弱まっています!」
【アンヌ】「あの…蒼き流星が…ついに…っ!!」
そこまで言葉を紡いだところで、アンヌは思わず感極まり目頭を押さえる。達成感でも、嬉しさでも、哀しさでもなく、ただ様々な感情がぐちゃぐちゃに混ざったまま表に出てきた結果だった。…しかし、ここは戦場である。一艦隊の将として取るべき行動ではない。それを十分に自覚していた彼女は、すぐに目を拭うと、個人端末を手にしてこう指示を出した。
【アンヌ】「各員、まだ終わりではありませんわ!その手を緩めないで!!」


【イレーヌ】「そう。…ある意味彼女こそ、この下らない戦争の一番の犠牲者かも知れないね…」
一方、その知らせを聞き、イレーヌはそうぽつりとつぶやき、両手を胸の前で組んで、哀しき英雄の死に対して祈りを捧げた。その手は数秒で解いたが、その後もしばらく、魔女艦隊とフォーマルハウトが戦闘していた宙域を、ただ何も考えることなく眺めていた。

この数時間後、連合軍を中心とする艦隊は全て降伏。
銀河を巡り50年続いた戦いは、ここに終結することになる。
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エピローグ:笑え、少年少女と共に
 ホップスター  - 21/12/23(木) 0:00 -
  
かのライオットでの戦いから半年後。

X組の面々は、首都惑星アレグリオの墓地にいた。
【カンナ】「レイラ、ごめんね。…この景色、見せてあげたかった…ついでにケーキも…」
そう墓前で祈りながら、カンナはつぶやいた。


        【エピローグ 笑え、少年少女と共に】


あの入学式からそろそろ1年。
X組のメンバーが、士官学校を卒業する時が近付いていた。

【クーリア】「そういえば…」
横にいたクーリアがカンナに話しかける。
【カンナ】「何かしら?」
【クーリア】「最後…ライオットのガス惑星で、結局艦長は何を見たんですか?戻ってきた時には何故か参謀総長閣下もご一緒でしたけど…」
そう疑問を投げかけた。戦闘終了直後からクーリアは何度か聞こうとしていたが、その度にはぐらかされていた。今度こそ、と思い尋ねる。
【カンナ】「そうね…」
それに対してカンナは、少し考えた後、こう答えた。
【カンナ】「何もなかったわよ。偶然参謀総長閣下が不時着してたから拾っただけ。ただ…」
【クーリア】「ただ?」
【カンナ】「わがままな子供の幻影を見たような気がするわ。…ま、ただの夢かもしれないけどね」
【クーリア】「何ですか、それ…」
そのカンナの返答に、クーリアは呆れながらそう返すのが精一杯だった。それと同時に、これは今後もはぐらかされ続けて答えてはくれないんだろうな、と諦めた。カンナも参謀総長も(クーリアが見た限りでは)無事であるし、それで良しとしろ、というカンナの無言のメッセージだと受け取った。


さて、X組は本来であれば卒業後は軍の配属先によりそれぞれがバラバラの道を歩むのだが、彼女たちは先の戦争で多大なる貢献をしたということで、参謀総長の特別判断によりクロスバードとは別に新造艦を与えられ、各メンバーがそのクルーとしてそのまま配属される形になった。

…但し、敢えて別の道を歩む者もいた。
【オリト】「パトリシアさんは新造艦に入らないと聞きましたけど…これからどうするんですか?」
【パトリシア】「ちょっとハーラバードにいた時の伝手でな。…クリシア教の教会兼孤児院で、シスター見習いをやろうと思ってる」
【オリト】「し、シスターですか!?」
思わずオリトが聞き返す。ある意味彼女のイメージとは正反対の進路だったからだ。
【パトリシア】「半分機械で、この手が血に染まった…そして、たくさんの人の死を間近で見てきたあたしだからこそ、逆にできることがあるんじゃないかってな」
パトリシアは空を見上げながらそう説明した。オリトも納得する。
【オリト】「なるほど…」

【アネッタ】「いやーでもちょっと残念ねー、折角この半年で仲良くなれたのに。徹夜でドラマ観て大号泣してたのは忘れられないわ、『パティちゃん』」
【パトリシア】「う、うるせぇ!しょうがねぇだろ、あぁいうの見るのガチで初めてだったんだから!!あとパティはやめろ!マジで!!」
茶化すアネッタに対し、パトリシアが顔を真っ赤にして反論する。
【パトリシア】「…と、とにかく、何かあったらいつでも呼んでくれよ。カペラで駆けつけてやるからな」

【ジェイク】「…二丁拳銃持って人型兵器で暴れ回るシスターとか新手のギャグか?」
【ゲルト】「そういうのを『ギャップ萌え』とか言うらしいぜ」
【パトリシア】「そこ!聞こえてんぞ!」
近くにいたジェイクとゲルトの会話に、パトリシアがツッコミを入れた。

【マリエッタ】「私も一度、グロリアに戻ろうかと思います。…今後は、故郷と銀河のために自分が何ができるか、少しゆっくり考えたいので」
【ジャレオ】「元々ここにいるのが異例だったし、仕方ないですか…」
【フランツ】「でも現実問題として、新造艦のオペレーターはどうするんです?」
マリエッタもX組を離脱するとなると、新造艦のオペレーターが不在になる。それについてフランツが尋ねるが、それに対してはクーリアがこう答えた。
【クーリア】「それなんですけども、一般クラスの卒業生から新しく選抜すると聞いています。雰囲気的に少し入りにくいかも知れませんが…」
【ミレア】「そこは、あたし達が、フォロー、しないと…」
【クリスティーナ】「ま、何かあったら同じく途中加入組のあたしがサポートしますよー」

【ゲルト】「…で、逆にアンタはいつまでここに居座るんだよ?」
逆にゲルトが半分呆れたような目をしながら話しかけた相手は、彼女である。
【アンヌ】「あら、いてはいけなくて?」
そう笑いながら答えるアンヌ。同盟の軍服も着こなして完璧に馴染んでいる。
【クーリア】「パトリシアと違って終戦後も記録上は士官学校やX組に編入していないはずなのですが…」
【フランツ】「気が付いたらずっと居ますね…」
そう微妙な顔をしながら話す2人を意に介そうともせず、アンヌはこう続けた。
【アンヌ】「先の戦争があのような結果になった以上、これからの銀河は同盟を中心とする統一国家として再出発を切ることになります。当然、共和国の宗家という名前も名目上は意味を成さなくなる…だからこそ、私はここでまだまだ学ぶべきことがたくさんあります」
そうアンヌはもっともらしい理由を並べたが、
【ゲルト】「いやだったらまずは同盟のルールに従ってちゃんと編入手続きしろよ!!こういうのをなぁなぁで認めるのが一番まずいんだよ!!校長や軍のお偉いさんも何やってんだよ!!」
ゲルトのツッコミにかき消されていった。

【パトリシア】「というかオリトこそ新造艦には入らないんだろ?どうするんだ?」
一方、パトリシアは逆にオリトにそう尋ねる。オリトは本来「1年生」であり、士官学校のカリキュラムはまだ残っているのだが、敢えて中退し残らないと決めたのだ。その理由について、オリトはこう答えた。
【オリト】「はい、この間貰った特別ボーナスで、一度この銀河を隅々まで旅してみたいんです。この世界にはもっと知らなければいけないことがある、…いや、知りたいことがある、と思いましたから。…そしていつかは、スラムの人やチャオの為に、恩返しできればと思っています」
【パトリシア】「そうか。何か勿体ねぇ気はするけどなー…蒼き流星ぶっ倒した英雄さんがなぁ」
【オリト】「やめてください、それは…皆さんのおかげですし、何より…」
そう言いかけて俯く。本当に、あの時の判断は正しかったのか。彼女が生きる道も、どこかにあったのではないか。…オリトにとって、この半年間はその問いに対して悩み続ける半年でもあった。『士官学校を中退して旅をする』という結論も、その問いに対する自分なりの答えでもある。
【パトリシア】「…あぁ、悪い。…でも、だからこそ、胸を張るべきなんじゃないか?…蒼き流星さんも、地獄でそんな姿を見せられちゃ堪らないと思うぜ?…エカテリーナもな」
パトリシアはそう言い、オリトが持っているエカテリーナの遺品である人形に触れた。
【オリト】「…そう、ですね…そうですよね」
オリトはそう、静かに繰り返した。そこでやっと、悲しい別れ方をしてきた人達に、しっかりと応えなきゃいけない、と思い、顔を上げた。


【カンナ】「みんなー、何やってるの!行くわよ、卒業式!間に合わなくなっちゃう!」
気が付くと、墓地の入り口の近くでカンナがそう叫んでいた。
それに応えるように、全員がカンナの方へ向かい駆け出した。


【ゲオルグ】「えー皆さん、本日は誠にめでたい卒業式の日を迎え…」
いよいよ卒業式。こういう時に、校長先生の祝辞が長いのはやはり古今東西変わらない。

【ミレーナ】「…ふぁー…しっかし、あの波乱万丈な半年が嘘みたいねー…」
そんな祝辞を聞きつつ、教員席でミレーナ先生があくびをしながらつぶやく。
【エルトゥール】「平和なのは良いことではありませんか」
そう話しかけたのは、他でもない参謀総長。来賓として来ていたのだ。
【ミレーナ】「か、閣下!?」
思わず声をあげるミレーナ先生だったが、
【エルトゥール】「しーっ、声が大きいですよ、先生」
と、エルトゥール参謀総長は人差し指を口に当てた。

【エルトゥール】「…あの子達、間近で見てて、どうでした?」
そう参謀総長が小声でミレーナ先生に尋ねる。
【ミレーナ】「そうですねー…結局あたしは最後の方は医務室で寝てただけだったし、よく見てないけどー…まぁ、手がかからなくなったという意味では、成長したんじゃないかしらー?」
ちなみに、新造艦の医務官についても新たに卒業生から選抜することになっている。ミレーナ先生は、下級生、即ち「来年度のX組」の担任にスライドするのだ。
そういう意味では、クロスバードに唯一残るのが、彼女であるとも言っていい。

【エルトゥール】「今年は例外が重なって凄いことになったけど…来年度のX組についても期待していますよ、先生?」
【ミレーナ】「そんなに期待しないで下さいよー、あたしはドジやらかして左遷されたただの保健の先生ですってばー」
ミレーナ先生はそう苦笑いしながら答えた。


【ゲオルグ】「…えー、それではあんまり私の話が長くなってはいけないのでね、皆さんのご期待通り、この人に登壇してもらいましょう」
そう言い、校長先生は演台から降りる。ざわつく学生たち。呼ばれているのは、そう、彼女である。
【司会】「…それでは、卒業生代表スピーチ…カンナ=レヴォルタ少佐!!」
【カンナ】「はいっ!」
カンナがそう返事し、壇上に登ると同時に、学生が一気に沸いた。
ちなみに戦争終結時点では彼女は大尉だったが、戦争終了後に軍、というよりエルトゥール参謀総長がその活躍と貢献、そして知名度に応える形で少佐に昇進させた。また、副長のクーリア以下他のクルーも同様に昇進。かくして、異例中の異例となる、わずか18歳の少佐が誕生した。

【カンナ】「あー、あー…」
カンナがマイクを握り、声を調節する。会場は波を打ったように静まり返る。
【カンナ】「えー、なんか凄い感じになっちゃってるけど…小っ恥ずかしいな…」
そう喋り出すと、
【ジェイク】「銀河相手に大立ち回りしといて今更小っ恥ずかしいはないだろー!」
とジェイクの茶々が入った。笑う学生たち。
【カンナ】「ジェイクもその一員だったでしょ…っと、すいません。…でも、学生生活の最後ぐらいは、自分達らしく締めたいと思います!」
そう言いカンナは、自分の言葉で語り始めた。

【カンナ】「…とりあえず、色々ありすぎて正直あんまりお世話になってないけど、先生方、同級生・下級生の皆さん、本当にありがとう!!
      そして、これからもみんなのため、銀河のために!頑張っていきますので、よろしくお願いします!!」
そう言い、頭を下げた。拍手に包まれる会場。

【カンナ】「それじゃあ最後に…恒例のあれ、いきます!みんな、準備はいい!?」
そう告げると、卒業生が一斉に帽子を取り出す。

【カンナ】「卒業…おめでとう!!!」
カンナのその合図と共に、一斉に卒業生の帽子が青空へと舞った。

その青空は、アレグリオを突き抜けて、銀河の果てまで広がっていた。
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あとがき:AfterWords
 ホップスター  - 21/12/23(木) 0:01 -
  
※これはライブラリに載せなくていいよ!


このお話のプロローグを保存したテキストファイルの作成日時は、2014年1月16日、となっています。
実際にはそのタイミングでPCを新調している関係でファイルを作り直しており、このお話を書き始めたのはそのさらに1年近く前、2013年の春頃と記憶しています。

似たようなお話(宇宙を舞台にした長編)の構想自体はかなり昔、それこそ15年ぐらい昔からずーっと持っていたのですが、
「これだけスケールのデカいお話、どう考えても書ききれないやろなー」と思い、実際に執筆することはありませんでした。

ですが、もうキッカケは覚えていないのですが、2013年春のその日、ふと思い立ったのです。
「何年かかるか分からない。ひょっとしたら、それこそ私の人生が先に終わるかもしれない。でも、折角なんだから、完結を目指して書いてみよう!」

…以降、少しづつ、本当に少しづつ執筆を進めていき、ようやくこの度完結させることができた…という話だったらシンプルなのですが。
30話ぐらいまでは本当に超スローペース、2〜3ヶ月に1話程度のペースでさぁ私の人生とどっちが終わるのが早いか状態だったのですが、2020年春の1回目の緊急事態宣言で在宅勤務になり、さらにやるゲームもなくなってきて暇になってしまったため一気に筆が進み、残りの約3分の1をそこから1ヶ月程度で最後まで書き切ってしまいました。
予想以上にあっさり書き終わってしまったことに自分が一番困惑しています…

一応全編完成後に最初から再び全て読み直し、矛盾等がないようにチェック・修正してはいますが、なにぶん全編の執筆に7年以上かかったお話ですので、連載開始時にも書いたように設定や展開上の矛盾、用語等の揺れ・間違い等があるかも知れません。
その辺りは、大目に見て頂けると幸いです。


とにかく、この作品で私の全てを出し切った…というのは言い過ぎですが、今はやり切った感でいっぱいです。
チャオ誕生から24年目に突入する、という時期的事実も考えると、恐らくこれが自分にとっての「チャオ小説の終わり」になるのでしょう。
#エルファとの漫才ならまだいけそうですし機があれば書きますがそれは別として。


思えば3年前、2018年のチャオ20周年記念の聖誕祭で、チャピルさんとスマッシュさんが「チャオ小説を終わらせる」という意気込みで小説を書いてらっしゃいましたが、それを聞いた私は相当焦っていました。
まだギャラロマを書き終わっていないのに、ここであの2人がチャオ小説を終わらせてしまったら、ここまでの私の努力が全て無に帰してしまう。最も、2018年時点ではまだ私が死ぬまでに最後まで書ききれるかどうか分からなかったので、表立ってそれを否定することもできなかったのですが。

なので、とりあえずホップスター的には『チャオ小説は2018年では終わらない』ということをどうしても示す必要があった。それを何とか形にして纏め上げたのが『Children's Requiem』なのです。その意図が上手くいったかどうかは…まぁ、皆さんの判断にお任せしますということで。

とにかく、なんだかんだでこの作品はこうして完結し、遅れに遅れましたが今日ようやく全編を掲載することができました。執筆開始時には当然全く想定していませんでしたが、結果的にこの小説は「ライカ記念日」と「ガーデン・ヒーロー」に対する私なりのアンサーであり、「ホップスターがチャオ小説を終わらせようとしたらこうなる」というアンサー、という形になりました。
#まぁ、お二人のあの2作に比べたら稚拙なことこの上ないので並べるのは傲慢という気はしますが。

まぁ、現実には「最後のチャオ小説」はそれがしさんか土星さんが全部持っていくんでしょうし、そもそもこんなくっそややこしくてキャラ多すぎて読みにくくて訳の分からないつまらん小説をマトモに取り合ってくれる人なんていないでしょうから、一つの自己満足としてここに書き残します。

最後に、こんなくっそややこしくてキャラ多すぎて読みにくくて訳の分からないつまらん小説をここまで読んでくれた(恐らくわずかであろう)読者様に多大なる感謝と、2020年春に在宅勤務にしてくれた会社に少しばかりの感謝を。在宅勤務が無ければ書ききる前に命が尽きていたかも知れません。
引用なし
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