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目が覚めても、アオコは動かないでいた。
とにかく脱力している。
いつでも眠りが訪れられるように。
特に腕の力は一切抜き、全身をシーツの上に捨てておく。
ベッドや布団はなく、床の上に敷いただけのシーツだ。
アオコは、なにもしたいと思わなかった。
もうスピアが出かけてしまっていることは、部屋からなんの物音もしないから、わかった。
アオコには、スピアの帰りを待つこと以外にするべきことがなかった。
なにもしなくたって、夜になる。
アオコは、ハートの実が欲しい、と思った。
でも、ハートの実を飲んだって、一人じゃ空しい。
おそらく薬の効き目で、空しさなどは感じないだろうと、アオコはわかっていた。
だけど一人で服用する気にはなれなかった。
代わりに、ベランダで育てているプチトマトを食べることにした。
日はもう真上に来ていた。
そういえばお腹が減ったような気がする。
アオコは這ってベランダに出た。
プランターで育てているプチトマトの、一番赤い一粒を取ってみる。
口に入れてみると、プチトマトはまずかった。
ろくに味がしない。
噛むとあふれるトマトの汁が、生ぬるかった。
ああ、毒だ。とアオコは思った。
アオコは鉢植えの傍で横になって、さらに何粒も取る。
まだ熟していなくても、構わずに一粒ずつ口に入れていった。
これも毒だ。これも。
味のしない実と汁を次々に咀嚼し、飲み込む。
アオコは野菜が嫌いだった。
野菜を美味しいと思った記憶がない。
だけど拒絶反応はなかった。
食べれば、確実に体の調子は良くなっていく。
きっと私の細胞はすっかり毒で出来ていて、だから毒を食べ続けなければならないんだ。
気付けばアオコは、毒と思っているプチトマトの実をほとんど取ってしまっていた。
アオコは野菜ばかりを食べて、生きてきた。
彼女の母親は菜食主義者だった。
母親から離れるまで、アオコは肉を食べたことがなかった。
初めて食べた肉は豚肉を焼いただけのものだったが、野菜とはかけ離れた味がして、恐ろしくなった。
これはきっと食べ物なんかじゃない。
アダムとイヴの食べた知恵の実だ。
肉体もアオコの違和感に同調して、動物のタンパク質や脂質を受け付けず、翌日は熱を出して寝込んだほどだった。
そうだというのに、スピアは私に肉を食べさせたがっている。
今日もきっとなにかの動物の肉を買って帰ってくるのだろう。
それは毎日のことだった。
アオコは一口か二口だけ食べて、残りをスピアが平らげていた。
スピアは肉を普通に食べられる。
スピアは、私にもそうなることを望んでいる。
そうしたら私はどう変わるのだろう。
アオコは室内に戻らず、プランターの傍で眠ってしまった。
アオコの非常に静かな呼吸は、リズムを持たずにぼんやりと漂っているだけだった。
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