●週刊チャオ サークル掲示板
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ステンドグラス だーく 17/7/11(火) 21:19
一話 ガラスの町 だーく 17/7/11(火) 21:20
二話 裏鬼 だーく 17/7/16(日) 14:49
三話 ヒビ入りのガラス球 だーく 17/8/20(日) 22:57
四話 ぺーこの力 だーく 17/9/17(日) 18:58
五話 強さへ だーく 17/10/1(日) 17:00
六話 大会 だーく 17/10/22(日) 0:08
七話 次の だーく 17/10/30(月) 0:21
八話 マックル だーく 17/12/17(日) 17:15
九話 飾り だーく 17/12/19(火) 23:58
十話 運命の赤い鎖 だーく 18/1/3(水) 12:34
十一話 メンメ だーく 18/1/3(水) 23:26
十二話 カオスドライブ だーく 18/1/4(木) 16:45
十三話 お疲れチャンプー だーく 18/1/22(月) 21:53
十四話 ケツに銃弾はぶち込めない だーく 18/3/5(月) 14:17
十五話 バスター だーく 18/3/11(日) 16:38
十六話 カオスエレメント だーく 18/5/2(水) 0:56
十七話 新拠点 だーく 18/5/6(日) 0:42
十八話 カオスガラス だーく 18/5/6(日) 22:06
十九話 あたしも絶対パス だーく 18/6/6(水) 22:36
二十話 指令役 だーく 18/8/16(木) 14:38

ステンドグラス
 だーく  - 17/7/11(火) 21:19 -
  
プロットとか何も決まってないけど見切り発車します。

どうやってタイトルに寄せていこう…。
引用なし
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一話 ガラスの町
 だーく  - 17/7/11(火) 21:20 -
  
 また玄関のドアノブが割れた。足元に銀色のガラスの大きな破片から、粉のように砕けた破片まで、一瞬で散らかった。ドアノブのついていない扉よりも、依然として散らかったままのガラスを見ている方がよほど絶望的だと思った。ガラス片を思い切り踏み潰したくなったが、集めるのが大変になるのでやめた。
 家の前まで帰ってくると安心してしまって、つい力加減をせずにドアを開こうとしてしまう。ドアノブを割るのは何度目だろうか、三回目以降は数えていないからわからない。週に二回か三回は割っているように思う。その度に俺は家に入ることができず、割れたガラスを扉の脇にあるガラスの箒とガラスのチリトリを使ってガラス箱に入れ、細工師のミヨ婆のところまで持って行かなくてはいけなくなる。ガラスでできているものは溢れたようにたくさんあるというのに、どうしてこのドアノブばかりを壊してしまうのだろう。
 俺はいつものように割れたドアノブの入った箱を持って、ミヨ婆のいる細工屋に行く。丸っこく、色も白い建物なので、見た目はかまくらのようだけど古びた小さな煙突が一つ取って付けたように付いている。
 でも中に入ると、寧ろ煙突の方が似合う小さな工場のようだ。様々な形や色をした工具や金型が棚に置いてあったり掛けてあったりする。金型だけは一見しただけだとどれも黒っぽい直方体で、大きさだけが違うように見える。様々な形のものが棚に置いてあるのも工場らしく見えるけど、同じ形のものが並んでいるのも工場らしく見える。俺はここ以外の工場を見たことがないので、工場らしさというものがどんなものかよくわかっていないのだけど、なんとなく工場らしさを覚える。
 それと、入口から真っ直ぐのところに見える大きな暖炉のような窯がある。窯というものがどういうものなのか詳しくは知らないが、ミヨ婆が使っているのを見た感じでは、ガラスを溶かしてまた一つのドロドロのガラスの素にする、という感じだ。
 ミヨ婆は窯からは少し離れた、型がいくつも置いてある棚の前にある場違いな洋風の一人掛けの黄色いソファに座っていた。ミヨ婆は小太りなニュートラルオヨギタイプのチャオだが、そんなミヨ婆が座ってもスペースにいくらか余裕のあるソファだ。ミヨ婆はいつもそこに偉そうな顔をして座っている。でもそれは威張っている訳じゃなくて、普段している顔が俺には偉そうに見えるというだけらしい。以前ミヨ婆に言ったら「偉そうな顔ってどういう顔なんだ」と返されたので、考えてみたけど答えは出てこなかった。でも答えが出せなくても、俺がそう感じたんだからしょうがない。
「またお前か」
 手元を見ていたミヨ婆は、入口に箱を持って立っている俺を見て言った。よく見るとミヨ婆はただ座っていただけではなく金型を修理していたようで、ソファの横に置いてあるキャスター付きの小さな机の上に工具が散らかっている。
「でもさすがに俺が来るのにも慣れただろ?」
「あたしが慣れてどうするんだよ。お前がドアノブに慣れなさい」
 そう言ってミヨ婆は持っていた金型を作業机の上に置いて、俺から箱を受け取った。
「お前のせいでドアノブの金型だけ劣化が早いんだよ」
「そういうときってどうするんだ?」
「研磨するんだよ。ただ、研磨だってほとんど手作業だ。一部は機械も使うけど、説明したってしょうがないからいいだろう? とにかく、作業も大変だし採寸も大変だ。見たければ今丁度やってるから私の作業を見てな。もし研磨でも直んないようだったら金型から作り直しだけどね」
 金型が並んでいる棚の横の棚には、様々な色のファイルが並んでいる。あれが何なのか見たことはないけど、金型の採寸データとかも入っているのかもしれない。
「そうなのか、大変だな」
「他人事だと思ってテキトウなこというんじゃないよ」
「いや、そうとしか言えないし」
「まあいい、お前はそういうやつだ。ちょっと待ってな」
 ミヨ婆は金型の棚からドアノブ用の金型を取り出し、窯の近くにある小さな台の上に置いた。そして窯の横にある棚の中にあるヤカンのような形をしたものの中から小さなものを選んでその近くに置く。さらに俺が持ってきたガラスをハンマーで砕いて粉々にしてそのヤカンに入れ、また別の棚から銀色のガラス片が入った袋から一掴みほどヤカンに入れた。窯の淵に立て掛けてあった先がカエシになっている棒を持ち、そのカエシ部分をヤカンの取っ手部分に引っ掛けて窯の中にヤカンを入れた。
 それからいつも十分くらい待つのだが、その間ミヨ婆はまたいつものソファに戻り、金型の修理を続けた。
「その金型はどうしたんだ?」
「さっきミンティに置物の修理を頼まれてな。修理が終わって棚に戻すときに落として変形しちまったんだよ」
「ミヨ婆も人のこと言えないな」
「ものを壊しちまうのは当たり前のことだ。だけどお前は度が過ぎるんだよ。どうしたらそんなにうっかりできるんだ」
「俺だってうっかりしたくてうっかりしてる訳じゃない。気づいたときにうっかりしちゃってるからうっかりなんじゃないか」
「またテキトウなことばかり言いやがって。ガラス人形にしてやろうか」
「勘弁してくれよ」
 そこからミヨ婆はまた作業に戻った。置物の金型はどこが変形しているのかよくわからないが、金型の窪んでいる部分を様々な形のヤスリを使って削っては採寸、削っては採寸を繰り返した。一息ついたと思ったら、機械にその金型を何やらセットして、ウォンウォンと機械を動かしたと思ったらまたソファに戻ってきた。丁度その頃十分くらい経った頃だった。
 ミヨ婆はまたカエシ棒を使ってヤカンを取り出し、そのままヤカンを傾けてヤカンの口のところから溶けたガラスを出して型の中に入れた。型の上の面の丁度真ん中に溶けたガラスの素を流し込むための小さな穴が空いている。型の中は型によって様々な形に切り抜かれていて、溶けたガラスの素を流し込むことで元の形に戻す。そして型ごと氷水の中に入れて冷やす。冷やした後は、型をカチと開いてモノを取り出す(型は箱のように開くのだ)。その時点だと、まだ流し込み口に入っていた分のガラスがついているので、その余計な部分と本来必要な部分の境目を小型バーナーで溶かして取る。形はまだガラスが熱いうちにナイフで整える。これで終わり。今日もそんな手順で、俺のドアノブは俺の元に戻ってきた。
「ありがとな」
 金型を修理する機械のウォンウォンという音がまだ鳴り続けていて、大きな声で話さなくてはならない。
「はいよ。ネジはあるのかい」
「ネジと土台はまだ玄関側についてるから、それを使うよ」
「そうかい」
 俺はお金を払い、細工屋を後にした。
 結局、俺が出て行くときもウォンウォンという音は鳴り続けていた。
引用なし
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二話 裏鬼
 だーく  - 17/7/16(日) 14:49 -
  
 道場は家から歩いて十分くらいのところにある。その途中でミヨ婆の家の前を通る。歩きながら中を覗くと、窯が見えるだけでミヨ婆は見えなかった。ミヨ婆が修理を受け付けている時間は決まっていないけど、大体このくらいの時間ならもう受け付けてくれる。今日は出かける予定でもあったのだろうか。だとしたら、今日家に帰るときはドアノブを壊さないように意識しておかないと、家に入れなくなるかもしれない。メモを取りたいが紙もペンもない。とりあえず頭に叩き込むことにして、道場へ向かった。
 俺の道場は朝の八時くらいから開いていて、夜の六時くらいには解散するようにしている。途中参加や途中退出も許可している。楽しむということが第一の目的であるからだ。ちなみに、俺が開いている道場とは言っても、俺が行かなくてはいけない訳ではない。俺がいなくても稽古をしたいやつは来るし、休みたいやつは来ない。俺も行きたくない気分のときは行かなくてもいい。でも、今のところ俺は無欠席だ。俺は道場が好きなのだ。
 道場へ着くと、俺よりも早く来ている子供が一人いた。この道場で一番の新参のぺーこという子だ。道場に来て2日目には既に"監督"というあだ名がついていた。多分。似たような名前の監督がどこかにいたからだろう。まだ一次進化もしていないが、色や体の変化を見るにヒーローチカラタイプに向かっている気がする。新参ということもあって、まだこの道場では一番弱いが、やる気だけは人一倍ある。やる気満々の雑魚だ。
「おはようございます!」
「おはようございます。監督、今日も早いですね」
「僕はスピードが命なんです。スピードで圧倒したいんです」
 まだ彼には未来が見えていない。もっと言うと今も見えていない。
「僕にマッハパンチを教えてください!」
「まずは服を脱ぎます」
「略してマッパなんてさすがです!」
「理解が早いな」
「スピードで圧倒したいんです」
「ならもう十分だな」
「やったね」
 こいつ多分強くなるんだろうなあ、と漠然と感じる。
 道場の一番奥の壁際の床は一段高くなっている。その両端は太い木の柱がわざと見えるように立っていて、どことなく荘厳な雰囲気を持っている。そこを俺たちは神段(しんだん)と呼んでいる。神壇のような面持ちがあるのでそういう言葉になったのかもしれないけど、道場に来るやつらは段という言葉に夢を抱いているようで、辿り着けない一番上の段の象徴としてそう呼んでいる。誰が言い始めたのかは覚えていない。
 その神段の中央には、俺がミヨ婆に頼んで作ってもらったガラスの兜が置いてあり、荘厳な雰囲気を助長している。なんでこんなものを置いたのかというと、神段に登って「俺が神だ」とふざけ出す子供が続出したからだ。大きいせいかどことなく神妙感があって、しかもガラスでできているので壊すのを恐れて神段に登る子供はいなくなった。作戦としては成功だったし、トゲトゲしい見た目なのに無駄がないところも結構好きだ。
 兜を被っているぺーこを想像する。ちょっとふざけた感じがするのだけど、懐に入り込まれてさっと横に飛んだら、既にそっちにぺーこの軸足があって、頬に拳を思い切り食らう。「スピードで圧倒したいんです」とぺーこが言う。俺も神段の域で戦いたいと思う。
「ちょっと打ち合ってみるか?」
 とつい口に出してしまった。下半身が一瞬すくんだ。
 実際のところぺーこはそこまで強くならないと思う。俺の中にある夢がぺーことは関係なく現実の中に顔を出しただけだ。
「え、いいんですか?」とぺーこは明らかに喜んだ顔を見せる。
 ぺーこがやりたいというのはわかっていた。自分がやりたいと言えないからぺーこに言わせた。そんな事実が不意に出てしまったことが情けなかった。
 防具とグローブを付けている時に、マミとニカが道場に入ってきた。この二人も女性ながらこの道場の常連だ。
「あれ、マックルさん監督とやるんですか?」とニカ。
「ああ、ちょっと現実を見せてやろうと思ってな」
「監督、ぶっ殺してやりな」とマミ。
「おい」
 この打ち合いでは五分間で、どれだけの有効打を与えられるかを競う。タイムウォッチャーも有効打の判断も俺がやろうと思っていたが、せっかくなのでマミとニカにやらせることにした。マミはタイムウォッチを見て、開始時と終了十秒前と終了時にゴング(これも俺がミヨ婆にガラスで作ってもらった)を鳴らすだけなのでそれほど難しくないが、ニカが行なう有効打の判断は難しい。ある意味では正解がないと言ってもいいかもしれない。特にニカは相手の有効打を気にせず反撃する癖があるので、有効打を判断するのは苦手分野かもしれない。だが本人は特に嫌がる素振りもせず、すんなり受け入れた。
 俺もぺーこも準備が終わって、道場の真ん中に対峙する。お互いに礼をする。ゴングが鳴る。
 同時に、ぺーこがいつものように反復横跳びのようなステップを始める。正直疲れるだけだと思う。これでぺーこが勝ったところを見たことがない。
 ただ最近、左右に行き来するだけのステップだったのが、右に二回動いたり、右に動くと見せかけて左に動いたりするようになった。進歩している。
 でもまだまだで、俺から見て右側にステップしたときの着地を狙って右手のジャブを顔に当てる。これは有効打だ。ただ、本来パンチは内側に向かって打つ方が力が乗りやすいので、右側に動く相手に右手でジャブをしてもそれほどの威力はない。本気でやればこのジャブ一発でぺーこを倒すこともできるが、打たれたくない方の腕の方に動くのは一つの正解であるということを体で覚えてもらうために、力を調整する。
 ぺーこは一瞬怯むが、またすぐに体勢を立て直す。その一瞬の怯みも本当は危ないと思いながら、ぺーこの手を待つ。
 ぺーこは俺の右側に回り込みながら右のストレートを打つ。顔を狙っているが遠く、当たらない。そこから左のジャブが飛んでくるが、軽すぎて俺の右腕に防がれる。そこでぺーこは一旦下がった。道場の仲間たちにボコボコにされているせいか、相手の手を警戒する癖はついているようだ。
 次は試しにこちらから右のジャブをワンパターンに連打してみる。ぺーこはガードを固めて少しずつ下がっていく。このままだとぺーこは不利だ。
 ぺーこは思い出したように後ろに飛んで距離を取り、俺の右へ右へと回り始めた。ぺーこはやっぱり悪くないんじゃないかと思う。
 突然ぺーこが飛び込んでくる。この打ち合いで初めて使う右のストレートで迎え撃ち、ダウンが取れると思った。が、ぺーこは俺の右ストレートを僅かな動きで避け、俺の懐に入った。とっさに俺は左へ飛び退く。ぺーこの右足は既に俺の左側にある。神段からぺーこの右手が飛んでくる。
 ぺーこの頭が弾けるように遠ざかった。俺の左拳がぺーこの頭を捉えたのだ。ぺーこは倒れて動かない。
「ぺーこ!」
 やってしまった。粉々のドアノブが脳裏をよぎる。
 マミとニカも急いで駆け寄ってきた。ぺーこの顔を見ると目を丸くしているので本当にやってしまったのかと思ったが、どうやらぺーこは驚きのあまり固まっているらしかった。俺の左拳はぺーこの頭を捉えきっていなかったのだ。
 とりあえず一息つき、ぺーこを連れてマミとニカも一緒に倉庫と化している個室へ入り、長椅子にぺーこを座らせて怪我の確認をする。見たところ、これといった怪我はしていないようだった。
「死んだかと思いました」とぺーこ。
「殺したかと思いました」と俺。
「ふざけてる場合じゃないですよマックルさん。裏鬼は危なすぎます」
 とマミに怒られる。裏鬼とは俺が最後に出した技のことだ。他の者が使えば明らかに力が入らないところから、バックスイングをせずに腕を突き出す。先ほどのようにぺーこが明らかに俺の左側を捉えていて、左腕では迎え撃てないような場面でも一撃でノックアウトが狙える、おそらく俺しかできない技だ。もちろん、右腕でもできる。裏鬼とは俺のことを何かの大会で見たやつが勝手に付けた名前だ。
「ごめんなぺーこ。咄嗟に出ちまった」
「いや、すごかったです。さすがマックルさんです」
「そうか」
 それから何か話して、ふわふわした気分のまま道場の中へ戻った。
 神段の前に立つ。ぺーこが俺の夢の中から飛び出てきた。こんなことが本当にあるのか、と思う。ガラスの兜を見ながら、俺はぺーこが無事だったことを安心しているのか、裏鬼が捉えきらなかったことを悔やんでいるのかわからないまま、次々と入ってくる仲間たちを迎えた。
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三話 ヒビ入りのガラス球
 だーく  - 17/8/20(日) 22:57 -
  
 稽古が終わるとニカが「ガラス球を買いたいから付き合って欲しい」と俺のもとに来た。
「ヒビ入りのガラス球、どこにも売ってないんですよ」
 俺はガラス製品をよく買ってくるので、ガラス通だと思われているのかもしれない。
 わかった、と言ったところで、細工屋にミヨ婆がいなかったことを思い出した。
「朝見たら婆さんいなかったから、買えるかわからないけどそれでもいいか?」
「いいですよ」
 少し歩くと、すぐにかまくらのような細工屋が見えた。建物が多くないこの町で、ミヨ婆の細工屋は遠いところからでもわかる。
「あのかまくらが俺の行きつけの細工屋ね」
「本当にかまくらみたいですね」
「ババアいるかな」
 細工屋に着き、ドアを開けると事務用の机に向かって何か書物をしているミヨ婆が見えた。ミヨ婆はこちらにはまだ気づいていないようだった。機械も何台か動いていてうるさかったので、近くに寄ってから声をかけた。
「ミヨ婆、お客さんだよ」
 ミヨ婆はビクッと跳ねてから、こちらを見た。
「お前か、ビックリさせるんじゃないよ。あたしのガラスのハートがもう少しで砕け散るところだったよ」
「ごめん、仕留め損ねた」
「釜にぶちこまれたいのか?」
 ミヨ婆の机の上にはA3サイズの図面と、その上にA4の紙が何枚か散らかっていた。いつも作っているガラス製品にもこれだけの資料が必要なのだろうか。俺の視線にミヨ婆は気づくと、
「見たってわからんよ」
 と言った。
「そんで本題なんだけど、ヒビ入りのガラス球って売ってるか?」
「うちは販売店じゃないから売ってはいないね。うちがやってるのはオーダーメイドとうちで作ったものの修理だけだよ」
「じゃあ作ろうと思えば作れるか?」
「お嬢さんのオーダーだろう? お嬢さんはどんなものが作りたい? ヒビって言ったって色々な形があるからね」
 ミヨ婆がニカの方を向いたので俺は少しどいて、二人が向かい合った。
「あの、説明するのが難しいんですけど、すでに割れているのに形は保っている、みたいな」
「球って言うくらいだから形は球だろう?」
「そうです」
「ヒビは一筋かい? それとももうグシャグシャに線が入っているような状態? あと大きさは?」
「ヒビは一筋で、大きさは15センチがいいです」
「なるほどね。見た目上そういう形のものは作れる。実際にヒビを入れると強度が格段に落ちるから、実際のヒビは作れないがそれでもいいかい?」
「大丈夫です」
「それなら金型から作る必要もないし、安く済むよ。500円と言ったところだね。あと10分待っててくれるかい」
 ニカが「はい」と返事すると、ミヨ婆は作業を始めた。
 工場のような内装なのにソファだけは多いので、そのソファにニカと二人で腰掛けて作業が終わるのを待つ。
 この間も動いていたウォンウォンとなる機械は今日も動いている。正面から見ると、上顎と下顎があって、上顎だけが左右にスライドするような動きを繰り返している。何をしている機械なのかはわからないけど、素人目からするとただ動いているだけのように見える。機械のウォーミングアップのようなものなのだろうか。機械全体に顔のようなペイントを施したら、上顎だけが動くオモチャみたいになって子供受けするかもしれない。
 ミヨ婆は釜の前で何やらやっているが、何をやっているのかはわからない。ミヨ婆ももう何回転生したのかわからないくらいの歳だし、もうそろそろまた転生してもおかしくない頃でもある。もしも作業中に転生してしまったら、そのとき作ってたものは悲惨なものになるだろう。
 改めてこの細工屋を見回してみると、不思議なところだらけだ。ウチの道場よりも広い内装に、製品のようなものはほとんど見当たらない。壁は元々は白なんだろうけど、汚れて灰色になっている。そんな中に大きな機械が二つあって、そのうちの一つは先ほどのスライドする薄緑色の機械で、もう一つは新しく真っ白な機械だが動いていない。他にもサイズが何種類かある箱形の機械(この内の何台かは音がするので動いているようだ)があったり、大きな換気扇が回っていたり、金型がたくさんあったり、工具がたくさんあったり、釜があったりする。でも特に量産品を作っているわけでもなく、どこから収入を得ているのかわからない。この細工屋に訪れる人なんてこの町の住人くらいだ。本当は結構な赤字だけど、無理なサービスをしているのではないのか。いや、でもそんなことしてたらとっくに潰れているのか。よくわからない。
「そういえば、なんでヒビ入りのガラス球が欲しいの?」
「なんでって言われても。見た目が綺麗だからですよ」
「ヒビが?」
「そうです」
「そういうもんなのか。俺にはわからないなあ」
「わからなくても結構ですよ」
「そうか」
 またしばらく細工屋の眺めていると、すぐにミヨ婆が作業を終えてガラス球を持ってきた。
「こんな感じでどうかな」
「すごい、ありがとうございます」
 そして会計を終え、三人で店を出て、ニカが別れた。
「面白いオーダーをする子だったね、あの子は」
「ヒビが綺麗なんだってさ」
「なるほどね。いい感覚だ」
「ミヨ婆もヒビは綺麗だと思うのか?」
「ヒビにも美しさはあるだろうよ。お前はまっさらな状態から一気に割っちまうからヒビが入ってる状態をあんまり見ないだろう?」
 ヒビが入っているガラスのイメージはできるけど、確かに実際に記憶の中から探りだそうとすると出てこない。
「見ないな」
「まあいいんだよ。何がいいかなんて人それぞれだ」
「便利な言葉だな」
「そうさ、揺るぎない真実だからね。それを許さない人もいるけど、あんたはそういうタイプじゃないからわざわざ気にしなくていい」
「考えるの面倒だからな」
「それでいい」
「そういえば、朝ミヨ婆いなかっただろ? どこに行ってたんだ?」
「ああ、作らなきゃいけないものがあってな。素材の下見だよ」
「へえ、やっぱりミヨ婆も大変なんだな」
「好きでやってんだから大変かどうかなんて考えたことないね」
「そうなのか」
「お前だって道場行くのが大変と思ったことがなさそうだ」
「ないね。そういうことか」
「だろう?」


 次の日、いつものように道場についてポストを確認すると大会のチラシが届いていた。
『マッスルスタジアム開催のお知らせ』
 ルールは3KO制で、首折りや目潰しと言った危険性の高いものは禁止、基本的には立って殴りと蹴りを駆使して戦うようだ。
 この道場を開いてから、大会に出たこともなかったし、道場の生徒を出したこともなかった。
 久しぶりの高揚感に震えた。 
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四話 ぺーこの力
 だーく  - 17/9/17(日) 18:58 -
  
 想像はしていたが、やはりぺーこが真っ先に手を上げた。他のやつは即答できないといったように、うーんと唸っている。
「とりあえず、ぺーこは確定だな。今日の稽古が終わったら申請用紙に名前やら歳やら住所やら書いておいてくれ。みんなは、まあ締切は一ヶ月後だから、ゆっくり考えればいいよ。別に負けたら道場の名を汚すとか、そんなこと考えなくていいからな」
 簡単な朝礼が終わり、みんなは準備運動を始める。俺はみんなが道場に来る前に準備運動をいつも済ませてしまうので、みんなの準備運動を見る。
 大会に参加するとなると、練習メニューもより実践的なものに変えなくてはならない。でも今、大会への意欲を見せているのはぺーこだけで、他のやつらは決めかねている。今まで通りの練習だとぺーこが物足りなくて、実践的な練習だと他のやつらが苦しい、あるいは決めかねているのに既に出場を決定されているようで、ある種の束縛を感じるかもしれない。
 みんなの準備運動が終わるまでに結論を出さなくてはならない。みんなの1、2、3、4! 5、6、7、8! の掛け声を何回も聞いている内に、数字は進んでいるのにカウントダウンを聞いているような気になってくる。早く決めなくては。
 みんなの準備運動がほとんど終わったような頃に、あまり気は進まないが練習内容を決定した。
「みんなはいつも通りの練習をしよう。ぺーこは俺が直接指導するから、俺のところに来てくれ。はい、開始っ」
 そして、俺の言う通りみんなはそれぞれいつも通りの練習を始め、ぺーこは俺のところに来た。
 いつもはみんなの練習を見ながら俺が指導していたが、今日はぺーこを指導するのでみんなを指導できない。少しは見ることができるけど、中途半端になってしまうだろう。だが、しょうがない。
 ぺーこは俺とまた一体一で何かをできることが嬉しいのか、ニコニコしている。
「よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします」
 正直、今のぺーこが大会に出たところで、相手がこちらと同じような実践の未経験者だったり、よほど体格差で優位に立っていない限り、初戦を勝つのは難しいだろう。あるいは、この間の俺との戦いの中で見せた、奇跡的な動きをまたぺーこがやってのけるのなら、勝つこともあるかもしれない。だが、可能性は低い。
「さて、今日は今までにやったことのないことをやろうか」
「裏鬼ですか!?」
「なんでいきなり裏鬼を継承しようとしてるんだ。それはまだ早い」
「早いってことは、今度教えてくれるんですか!?」
「お前があと四回くらい生まれ変わった後にな」
「ひええ、四回も生まれ変われるかなあ」
「それはともかく、今日はあれだ。いつも練習しているようなことをさせてもらえない相手を想定しての練習だ」
「僕のスピードを封じるなんて、そんな恐ろしい相手がいるんですか」
「ああ、そりゃあもうたくさんな」
「そしたら、もっと速く動けばいいんですね!」
「天才は黙ってろ。そもそも、いつも練習しているようなことっていうのは、つまり万全の体勢で万全の動きができる状態ってことだ」
「わかりません!!」
「素直でよろしい。例えば、右手で相手の顔を狙う練習をするだろ? そのときぺーこは力を出しやすい体勢で、力いっぱい殴るし、相手はミットをちゃんと狙った位置に構えててくれる。それが万全ってことだ」
「なるほど!」
「基本的に実践では万全な体勢なんてなかなか取らせてくれない。見た目上取れていても、何かを封じられているような状況だってある。相手が自分の何かを封じているということにも最低気づかなきゃいけない。でも今日はそこまで意識しなくていい。今日はもっと露骨なところから潰していこう」
 防具とグローブを付け、対面する。
「まず、ぺーこが不利な点は体が小さいことだ。一歩の大きさが違うし、あまり細かく動きすぎると体力を消耗する。リーチも負けているし、思っているパンチがなかなか入らない。試しにやってみるか。俺の顔にパンチを当ててみろ」
 いつものように、ぺーこは反復横跳びを始める。俺は一定の距離を保ちながらパンチを細かく放つ。ぺーこはやはり近づけないし、パンチも届かない。繰り返している内に、ペーこも反復横跳びに疲れて動きが鈍くなってくる。「終わり」と言う。
「な、難しいだろ?」
「難しいです」
「ここで一つ覚えよう。カウンターだ。俺がパンチを打った瞬間に、避けながら距離を詰めてパンチを打ってみろ。あと、今回は反復横跳びをやめよう」
 ぺーこは言う通りに、俺のパンチをじっと待つ。なかなか見ない光景だ。
 俺がさっきと同じようにパンチを打つと、その瞬間に俺の顔にパンチが入った。普通ならタイミングが合わなかったり、体が反射的に避けるだけになってしまったりするところを、ちゃんと前に詰めながら正確にパンチを打ってきた。本当にぺーこはとんでもない才能を持っているかもしれない。
「うまい、そうだ」
 今日はこのカウンターに絞って、ぺーこを指導し続けた。まだ安定性に欠けるがそれでも初日ということを考えると、なかなかいいところまで行った。大会まで毎日続ければ、かなり良い線まで行けるかもしれない。
 周りのみんなも、俺が見ていなくても問題なく稽古をやり遂げていたようだった。嬉しいと思いたいが、正直少し残念だった。ただ、予定が空いているときはいつも来ているようなやつらばっかりだから、これが当たり前なのかもしれない。
 片付けを済ませ、終わりの礼をし、家に帰った。大会に出場している自分を想像していたら、またドアノブを割った。ミヨ婆のところへ行ったら怒られたが、またドアノブを作ってもらった。
「何度も壊す割にはガラス製のドアノブを使い続けるね。そんなこだわりがあるようには見えないが、なんでだい?」
「ガラスじゃないとしっくり来ないんだよ。見た目も手触りも」
「手触りって、あんた握りつぶしてるじゃないか」
「もしかしたらそれがいいのかも」
「よくガラス職人の前でそういうことが言えるね。…まあ、いいだろう」
 帰りながら、大会に出場するやつが増えたらいいなあ、と思って、ドアノブを握り締めていた。


 平日は道場へ来られないやつも少なくない。休日は四十数名集まるところ、平日は年寄りや勤務形態が特殊な者が集まって大体十五名くらいだ。そして、必ずそのどちらの中にも入っているのはぺーこだった。
「今日は何の練習をするんですか!」
「じゃあ今日はマッパにしよう」
「うべえええええええええい!」
 ぺーこの母親が初めてこの道場に訪れたときに聞かされた話だが、ぺーこの家庭はかなり貧しいらしい。というのも、家庭の唯一の収入源であった父親は肺に病気を持っていたらしく、それがあるとき急激にひどい状態になってそのまま死んでしまい、母親もまた体が弱く、すぐに熱を出したり倒れてしまっりして、長時間働けないそうなのだ。
 だからぺーこを幼稚園に通わせることもできない、が家に引きこもらせてコミュニケーションが取れない子にしてしまうのも気が引ける、とのことで藁に縋る思いでこの道場へ来たのだ。確かにここは幼稚園よりは安いが、俺は幼稚園が具体的に何をやって教育としているのかまったくわからない。幼稚園の代わりとして頼られても、それに応えられる自信はなかった。だから、ぺーこの入門は一度保留にさせてもらっていた。
 その後、もう一度訪れたぺーこの母親との話の中で「幼稚園の代わりだなんて思っていません。いつものお稽古に参加させて頂ければいいんです。ぺーこに誰かと触れ合う時間をあげたいんです」と彼女は言った。その言葉を聞いて、俺はぺーこを入門させることを決意した。
 次の休日になる頃には、ぺーこは実践レベルとは行かないものの中々に強くなっていた。一週間ぶりにぺーこの練習風景を見る休日組も驚いていた。
「監督が本物の監督になる日も遠くないかもな」と、ボロス。まだおっさんと呼べる程転生回数を積んでいないが、この道場では一番の古株だ。
「こりゃあ負けてられないな」と、ニジラ。転生回数で言えばニカやマミと変わらないくらいだが、あの二人よりは道場に長くいる。中堅と言ったところだ。
「僕が監督になったらみんなを音速にするよ!」
「さすが監督、スケールがでかい」とニジラ。
「今のうちに足腰でも鍛えておこうかな」とボロス。
 ぺーこを入門させたのは間違いではなかったのだと思う。
 その日の内に、大会出場希望者は二十名にも上った。早急に練習メニューを考えなくてはいけなくなったが、面白くなったきた。
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五話 強さへ
 だーく  - 17/10/1(日) 17:00 -
  
 大会まではおよそ一ヶ月。しかも大会出場組のほとんどは休日組だ。実戦経験のない二十名を実戦レベルまでに育てるのは正直かなり無理があると思う。俺が今まで道場で教えてきたのは、形だけのものだったり、有効打となるパンチを入れるためだけのものだったり、レベルごとにメニューは違うがどれも実戦レベルではない。試合ではダウンを取らなければいけないし、相手は蹴りも使ってくる。どういう行動が危険で、どういう行動が有効なのか、感覚レベルに落とし込むには時間がなさすぎる。
 そこで、メンバーをグループ分けすることにした。俺が教えるグループと、ボロスが教えるグループ、ニジラが教えるグループの三グループだ。
 ボロスはこの道場に入る前に別の格闘技をやっていて、そこでは足技も使っていたし大会にも出場していた。ただ、その格闘技を学んでいた場所はかなりガラが悪かったらしく、すぐに辞めたそうだ。だが大会には引き続き個人で出場しているので実戦経験も豊富だ。
 ニジラはまだ若いが色々なところで武者修行をしているらしく、やはり大会にも出場している。前に、道場での稽古が終わったあとに一度だけフリーな試合形式で俺と戦ったこともあるが、確かに色々なことができるやつだ。ただ、その試合は有効打のパンチだけで俺が勝った。
 あとは大会に出場しないやつらだが、同じく大会に出場しないマミに任せることにした。彼らの練習メニューは普段通りだし、マミもやっていることなので問題ないだろう。
 大会出場組を教える俺とボロスとニジラで練習メニューを考え、明日から実施することになった。そう決まると、なんとなく今日の練習は消化試合のような雰囲気になるが、俺とぺーこは一足先に大会へと足を進めた。


 大会に向けての練習メニューは、言うほどハードではない。ガチガチのメニューでもないし、寧ろ個人によって具体的なメニューを決められるよう、ルーズに作ってある。共通しているメニューは、ダウンを取るためのパンチの打ち方と、相手の攻撃を警戒しながらの実践的なパンチの打ち方だけだ。蹴りは慣れていないので、今から練習するくらいなら寧ろやらない方がマシということでメニューにも入っていないし、大会では使わないよう言った。
 そんな経緯があって、練習風景は前と比べて統一感がなく、自由度が増したような印象だ。神段の方に大会出場組が寄っていて、道場の入口の方に不参加組が練習しているので、まるで違うチームと同じ場所で練習しているようだ。
 道場が変わって、練習内容が変わって、平日はなんだか夢見心地な割に力だけは有り余って落ち着かず、今までよりもドアノブを割ることが増えた。その度にミヨ婆のところへ行くが、ミヨ婆はミヨ婆で細工屋にいない日がポツポツあり、ミヨ婆の帰りを夕方まで待ったり、日によっては夜まで待ったりすることもあった。ミヨ婆にはいつものように怒られるが、日常のあり方が変わっている実感があった。
 道場のみんなは見たところ、強くなっているというより、スタートラインに立って体をほぐしている最中といったような印象だ。ただ、間違いなく勝てる可能性が上がっているのがわかる。ぺーこは俺と二人で練習していたとき以来、爆発的な伸びは感じられなかった。ある程度のレベルまで来ると伸び悩む時期が来ることが多いが、そんな風にも見えた。ただ、ぺーこはまだそんなレベルに達している訳でもないので、俺が期待しすぎているだけかもしれない。
 大会まであと二週間と迫った土曜日の練習後、マミに話があると切り出され、みんなが帰ったあとに道場の個室に入った。マミが自己主張をするような場を作るのは珍しいことだった。
「あの、できれば教える側を誰かと変わってほしいです」
「どうした? なんかあったか?」
「いや、特に何かあった訳じゃないんですけど」と段々と小声になっていく。「説明も難しいんですけど、多分、私向いてません」
 俺もうーん、と悩む。
 俺が思うに、マミは指導者に向いている。実践的な勘やフィジカル的な長所は持ち合わせていないが、教えられたことを素直に吸収できて、それを他人ができているかできていないのかを判断することもできる。そういった部分の能力はニカも同じように持っているが、ニカと比べるとあまり情熱的でない。逆に言うと、情熱的でないのにニカと同じような能力を持っているというのは、才能なんだと思う。今回、指導側に回るのをきっかけにマミがさらに成長することを俺は期待していた。
「うーん、やっぱ俺は向いてると思うよ。そこは自信を持って欲しい。もう一つは、今それをできるのがマミしかいないんだ。わかってほしい」
 代わりの人材がいないのは本当だ。できそうなやつはみんな大会出場組に入ってしまっている。
 それを聞いて、マミもうーんと悩み込んでしまった。
 しばらくして、
「わかりました」
 とマミが言って、この話は終わった。
 大会まであと二週間か、と改めて思う。環境も、みんなも変わりつつある。強さに向かっている実感が、俺にはあった。
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六話 大会
 だーく  - 17/10/22(日) 0:08 -
  
 大会当日の朝、大会出場組は一度道場に集まっていた。会場の体育館は電車で行くとここから最寄りの駅からニ駅隣の駅で乗り換えて、さらに五駅隣の駅が最寄りになる。しかも、駅を降りたあともバスで十五分掛けないといけない。大会出場組の若いやつらは車を運転できないので、電車とバスを使って体育館に行くしかないが、正直全員がちゃんと体育館にたどり着けるとは思えない。かくいう俺も、大会に初めて出場したときはどのバスが会場に向かうものなのか分からず、出場しそうな見た目のやつについて行くという発想に至るまでは途方に暮れたことがある。俺の二の舞どころか、大会に出場できなくなるやつが現れないためにも、一度道場に集めて車を運転できるやつが車を出し合って体育館に向かうことにしていたのだった。
 みんな緊張しているというより、興奮しているといった感じだった。まだ会場入りもしてないのに、誰かがストレッチを始めるとみんなストレッチを始めた。その気持ちもよくわかる。
 適当に雑談をしたあと、出場組が全員揃っていることを確認して、車に乗り込んだ。道中、俺の車の中は静かだった。
 俺たちが体育館につく頃には、まだ駐車場は空いていて、体育館のドアもまだ閉まっていた。体育館の前で雑談をしているグループがいくつかあった。若者から年寄りまで、オヨギタイプからチカラタイプまで、様々なやつらがいる。見たところ、有名なやつは一人もいない。
「すごいですね」
 とぺーこが言う。大会に初めて出場するやつからしたら、周りのやつらが全員大会に出場し慣れている強者揃いにしか見えないだろう。
「大丈夫大丈夫。みんな練習をしてきただけの、ただのチャオだから」
「そうそう。寧ろ自分の方が強いと思ってた方が、本当の力を出せるくらいだ」とニジラ。
「いや、大会に出る人ってこんなにいるんだって思って」とぺーこ。
「こんなんで驚いてるのか。まだ百もいないだろ。三倍くらいはこのあとぞろぞろ来るぞ」とニジラ。
「そんなに戦わなきゃいけないんですか…」
「全員と戦うわけじゃないぞ」と半笑いのボロス。みんなも笑う。
「トーナメントだから一回負けたら終わりだ。戦えるのは多くても八回くらいかな」
「そしたら余裕ですね。僕のスピードなら3分で優勝です」
 そんな風にぺーこのふざけた話を聞いているうちに、ニジラの言った通りぞろぞろと出場者が集まってきた。多分、これでも全員ではないだろう。体育館のドアが開くまで車の中で待機しているやつらもいるし、開会式までに間に合えばいいと思っているやつらもいる。
 案の定、開場の九時になる直前に駐車場の方からぞろぞろ出場者がやってきて、そのあとすぐに体育館のドアが開いた。
「ボロス、悪いんだけどみんな連れて席取っといて」
「わかりました」
 ボロスはみんなを連れて二階にある観客席に向かった。俺はその間に受付を済ませ、大会の要項やトーナメント表を受け取る。この感じも懐かしい。一足先にトーナメント表を開き、シード選手と自分の場所とみんなの場所を確認する。正直俺はどこでもいいが、みんなの相手は気になる。我らが地衝道はこのマッスルスタジアムには初出場なので、みんな各大きな山のシード下に入っている。一回戦目の相手は同レベルくらいかもしれないが、二回戦目でほぼ確実に実力者と当たることになる。これはしょうがない。しかしペーこは第一シード下だ。第一シードはメンメという、足技を器用に使う有名な格闘家だ。女性ではあるが、ここらでは一番強いと言っても過言ではない。ぺーこが怪我をしなければいいが、メンメは素人相手にどう立ち回ってくれるだろうか。そもそも、ぺーこは初戦を勝てるだろうか。
 他のみんなの相手は無名選手ばかりで、よくわからない。勝てるかどうかもまったく読めない。ただ、シード下ということはあまり強くない可能性が高いので、ボロスやニジラは初戦は勝てるだろう。シードもおそらく食える。ベスト16以上になってからが勝負だ。
 要項もトーナメント表も各チームで3枚ずつ配られる。その用紙を持って、観客席の地衝道メンバーがいるところへ行く。1枚は俺が預かり、あとの2枚はボロスとニジラに渡した。他のみんながぞろぞろトーナメント表を覗き込む。自分の対戦相手が気になるのだろうが、見たところでやはりピンと来ているような様子ではなかった。そりゃあ、俺でも知らない相手の名前なんて初出場のやつが見ても何とも思えないだろう。
「ぺーこ、やべえな」
 とさっきトーナメント表を渡したニジラが俺たちの方へ向かって声を張る。
「やばいんですか」と返すぺーこ。ニジラは笑うだけだ。
「やばいんです」と俺が答える。「第一シード下だからな。まあ、なかなか経験できないだろうから、逆にいいだろ」
「倒せたら優勝できますか」
「できます」
「おお」
 ぺーこのテンションはマックスだ。空回りして一回戦で負けるような気もしてきたが、まあなんとかなるだろう。
「ちなみに、シード下の試合から試合から順番に始まるから、開会式が終わったらぺーこはすぐ試合だな。みんなも割と呼ばれるの早いだろうから、進行のアナウンスはよく聞いとけよ」
 それから開会式の開始を呼びかけるアナウンスが入り、一階の試合会場に降りて、会場の使い方やらルールの説明やら主催者の挨拶やら聞かされ、また二階へと戻った。
 ぺーこは既にグローブを付けてそわそわしている。ぺーこも緊張しているだろうが、他のみんなも緊張している。地衝道メンバー初の試合だ。自分たちの実力が外で通じるのか、ここでなんとなくわかるからだ。これでぺーこがボコボコにやられようものなら、意気消沈だろう。でも多分、そうはならないと俺は見ている。ぺーこの対戦相手を直接確認したが、まだ子供のようだったしノーマルタイプよりだった。特に強みもなさそうで、勝てると思っている。そう思ってはいるものの、もしかしたら俺は誰よりも緊張しているかもしれない。まるで自分の子供の試合を見に来ているようだ。
「二番、地衝道、ぺーこ選手。三番、小包(こづつみ)流、エーマ選手。一番エリアにお入りください」
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七話 次の
 だーく  - 17/10/30(月) 0:21 -
  
 会場にある32のエリアに次々とシード下の試合が入っていく。地衝道のメンバーのほとんどがそこに入っている。大会初出場のチームでこれだけの数のメンバーがいたらそうなるだろう。俺は名前が知られているので、おそらく運営の配慮でシード下にはならなかった。お陰でみんなの試合を見て回ることができる。
 ひとまず俺はぺーこの試合から順番にみんなの試合を見ようと思うが、さすがにこれだけたくさんのメンバーが一度に試合をするとなると見切れないだろう。まあ、しょうがないので見られる分だけ見る。
 たまたまシード下に入らなかったメンバーに荷物番を任せ、観客席を移動する。
 すでにぺーこは相手と向かい合っている。だが、まだ試合は始まっていない。審判がまだ準備を行っているようだ。この時間、ぺーこは緊張しているだろう。
 そして審判の準備が終わり、選手が互いに礼をする。試合開始だ。
 相手のエーマは開始早々、突っ込んで大きく殴り掛かってくる。不意打ちのつもりなのかはわからないが、かなりリスキーだ。ぺーこは後ろに退いてそれを避ける。エーマは続けざまに二発目のパンチを出すが、体が前傾しすぎている。振りは大きいが、力が乗っていない。ぺーこはそれをもう一歩退いて避け、相手の顔にジャブを打つ。
 正直、エーマの初動にはヒヤリとした。実戦経験がないやつなら、本当に不意打ちとして食らってしまってもおかしくない。あんな行動をするやつを想定して練習なんてしていない。しかし、さすがはぺーこだ。教わっていないことにも対応できる。
 ぺーこも行けると確信したらしく、急に積極的になった。距離を詰めてジャブを連打する。エーマも腕を伸ばして距離を取ろうとしながら顔を必死に背ける。やはり、エーマはまだ格闘技を始めたばかりなのだろう。子供の喧嘩のレベルを出ない。
 エーマは開き直ってぺーこのジャブに対してノーガードでまた大振りのパンチを出す。だが主導権を握っているのはぺーこで、エーマの動きが見えている。大振りのパンチも直前の動きで読み、後ろに退いたあとに小さなジャブで怯ませ、初めてストレートを打つ。そのストレートは完璧にエーマの顔面を捉えた。エーマは顔を抑えて下がる。エーマがそのまま泣き出したところで審判が試合を止め、ぺーこの勝利が決まった。よくやった、ぺーこ。これで次の試合はメンメと戦える。ぺーこの次のステージを見せてもらおう。
 ぺーこの試合がすぐ終わったので、別の試合を見に行く。ニジラとボロスを探すが、ニジラとボロスが試合をしていたエリアは既に空いていた。おそらく瞬殺だったのだろう。
 その辺りを見渡すと、ニカが試合をしていた。相手は任誕道(にんたんどう)のモリという選手だ。無名ではあるが、見たところ悪くはなさそうな選手だ。
ヒーローオヨギタイプ、ガードが高く、片足をやや浮かせ気味の構え。蹴り主体で戦う選手だろう。
 ニカが少し距離のあるところからストレートを打つ。モリは軽いステップで少し下がると、そのまま高い位置に蹴りを放つ。腕は届かないが足が届く、いい距離だ。ニカはなんとか姿勢を低くして避けるが、あまり余裕があるようには見えない。
 ニカはおそらくあの蹴りを相当怖がっている。確かにそこそこ威力のある蹴りだ。そしてそれが怖くておっかなびっくりパンチを出しているような状態だ。多分、俺が見に来る前からずっとこんな感じなんだろう。だがその距離こそが一番危ない距離だ。もっと距離を詰める展開に持っていかないといけない。
それとも、近距離でもっと怖い技を見せられたのだろうか。
 今度はモリの方から攻め込んできた。ニカの腹の辺りに鋭い蹴りを入れてくる。ニカは腕を固め、体を丸めてなんとか腹への蹴りを防ぐ。間違いなく、ガードを下げさせるための行動だ。見たところ、得意なのも決め技もハイキックなのだろう。少しニカには厳しい相手かもしれない。ニカはどうするか。
 ニカはぐっと踏み込んだ。それに合わせてモリが少し下がる。モリはまたニカの頭目掛けて蹴りを放つ。おっ、と思う。ニカは蹴りを避けて、もう一歩踏み込んだのだ。ニカの踏み込みは蹴りを誘うフェイントだ。ガラ空きのモリの顔面に、ニカが渾身のストレートを打つ。
 が、ニカのストレートは空を切った。モリは四つん這いになるくらいに姿勢を低くしていた。ハイキックを放つ回転の勢いで受身を取るように体を沈み込ませたのだ。そして、モリの足が地に着くと、そのままその足は軸足となって、後ろ回し蹴りが放たれた。その蹴りはニカの顎を捉え、ニカをノックアウトさせた。
 そこで試合は終了したが、ニカは気を失ってしまっていた。大会スタッフによって、ニカは運ばれていった。俺も一階に下り、医務室へと向かった。
 医務室へ着くと、ニカはイスに座って顔の辺りを医者に見られていた。意識は戻っているようだ。
「大丈夫ですね。お大事に」
「はい」
 ニカは立ち上がって、こっちを向く。
「あれ、マックルさん」
「惜しかったな」
「うーん、全然勝てる気がしなかったです」
「フェイント入れたのは正解だったぞ。本当はその次の手も追わなきゃいけないところだったけど、最初であそこまでやれたなら上出来だな」
「そうなんですか。よくわからないけど、良かったです」
「まあ、次やるときは勝てるだろ」
「え、次があるんですか?」
 ニカの返事に、一瞬戸惑った。
 確かに、地衝道として大会に出るのが一回であるのか、一回目であるのかは決めていなかった。自分が大会に出ていた頃は常に次があったから、こんなことは考えたこともなかった。
「そうだな、まだわからんな」
 次の大会、か。今考えても、答えはまったく出そうになかった。
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八話 マックル
 だーく  - 17/12/17(日) 17:15 -
  
 地衝道のメンバーの全員が一回戦を終えた頃には、もう11時になっていた。大会の一回戦なんてこんなもんだ。ブロックによっては既に二回戦も進んでおり、今見ている無名の若い二人の試合が終わり次第そのエリアで俺も試合をする。
 地衝道のメンバーは八割くらい残っている。負けたのはニカを含めて四人だけだ。ニカも例に漏れないが、その四人に関しては相手が悪かった。たまにシード下にも、遠方からわざわざ出場しにくる強者だったり、気まぐれに出場する強者だったりが紛れていたりする。そんな奴らに、その四人は負けた。もう二年あれば、そんな奴ら相手でも良い勝負、あるいは勝つことができると思うのだけど、その次はもうないかもしれない。そう思うと悔しかった。
 みんな観客席に戻ってきてからも、身振り手振りを加えながら談笑していた。いつもと比べると少し興奮気味に見える。さっきのニカの「え、次があるんですか?」というのは、どういう意味なのだろう。"次も試合に出させてもらえるんですか?"、"また大会に出なきゃいけないんですか?"、それとも別のニュアンス? ニカだけじゃなくて、みんなはどう思っているんだ? みんなは笑っている。まだ聞けない、と思う。
「六十六番、地衝道、マックル選手。六十八番、ばなな組、ヨシトモ選手。十二番エリアにお入りください」
 みんなが俺の方を見て、応援の声をくれる。地衝道のメンバーで格闘技を今まで見てきたやつは多くない。裏鬼だけがなぜか有名なので、裏鬼を知っているやつは多いが、俺が実際に戦っているところを見たことがあるやつは限られてる。初めて俺の試合が見られるので、わくわくしてると言った様子だ。
「生で裏鬼見たことある人ー?」
「はーい」とぺーこ。あとボロス、ニジラ、ニカが手を挙げる。みんな、なんでぺーこが手を挙げてるんだろうと思ってるかもしれないが、ぺーこは見たことがあるどころが食らったことがある。でもそんなこと言ったらエラく反感を買いそうなので黙っておく。
「よし、みんなにも見せてやるからよく見とけよ」
 地衝道のメンバーが沸く。傍から見ると何をそんなに盛り上がっているんだろう、と思われるような様子だが、会場には似たように盛り上がっているグループが他にもたくさんあるので、そんなには目立たない。もしかしたらこのあと、地衝道のメンバーも会場にいる他のことで盛り上がっているやつらも、俺の試合を見て盛り上がることになるのかもしれない。昔だったら俺が試合に出るときはいつも注目を浴びていたのでそんなに気にならなかったが、久しぶりに出ると興奮が湧いてくる。
 階段を下りている途中で、何人かの選手や指導者と思われる人たちとすれ違った。誰もが連れと小声で何かを話していた。俺は注目されている。一回戦なのでそれほど白熱した試合にはならないが、魅せてやろうという気にもなってしまう。でもそれは、格闘家としての自分と、相手に対して失礼なことだとも思う。裏鬼一発、これで決めよう。これが格闘家マックルとしての、相手への敬意だ。
 そういうことにして、エリアに俺は立つ。相手のヨシトモはもうエリアで俺を待っていた。ヒーローチカラタイプだ。ばなな組は昔からある道場だが、指導者も教え子もすっかり入れ替わって、今や若者たちが集まる活気ある道場だ。ヨシトモはその中の若者の一人で、彼の試合は見たことがない。ばなな組自体はすごく強い道場でないので、きっと彼もそれほど強い選手ではない。が、彼は俺を前にして緊張と同時に、闘争心を燃やしているようにも見えた。やはり、彼に対しては礼儀のある戦いをしなくてはいけない。
 試合が始まる。ヨシトモは攻めて来ず、俺の出方を伺っている。裏鬼は、言ってみればただのカウンターのジャブだ。ヨシトモは俺の裏鬼を知っていて、カウンターをできるだけさせないようにしているのだろう。悪くない判断だと思う。
 俺はヨシトモに距離を詰めながらジャブを打っていく。体は俺の方が大きいし、実力も俺の方が上だ。前進されながらジャブを打たれるだけでも、選択肢が極端に少なくなるし、かなり焦らされるだろう。この状況をヨシトモはどうするか。
 防戦一方だったヨシトモは俺から大きく距離を取り、仕切り直した。そして俺がまた距離を詰め始めると、蹴りを出すような素振りを見せ始めた。蹴りの方がリーチがあるから、万全の位置からのパンチが打ちづらくなる。極端に詰めれば蹴りはほとんど機能しなくなるが、そこにはパンチが待っているかもしれない。多分、そういう考えでこの対応なのだろう。
 だが俺にはわかる。ヨシトモは絶対に蹴りを出さない。俺の裏鬼が怖いからだ。
 俺はその蹴りの距離から大きく右の回し蹴りを放った。ヨシトモは一度きりのチャンスとばかりに、距離を詰めて蹴りを受け止め、俺の顎を目掛けてストレートを放つ。
 だが、ヨシトモの拳が俺の顎へ届く前に、俺の右拳がヨシトモの顎を捉えていた。一撃ノックアウトだった。
 現実的に考えれば右回し蹴りのあとに右拳は飛んでこないし、ヨシトモの作戦も悪くないが、裏鬼を現実の尺度で計ること自体が間違っている。
 俺のエリアの試合が終わると、やはり会場がざわついた。さっきまでは魅せてやろうなどと考えていたが、実際エリアに立ってみるとそんな感情は一切なかった。格下相手でも、これほどまでにアイデンティティを感じられる場所は、他にない。
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九話 飾り
 だーく  - 17/12/19(火) 23:58 -
  
 ぺーことメンメが対峙する。メンメは今大会では初めての試合だ。同じく二回戦からのスタートであった俺よりも試合開始が遅いのは、トーナメント表に於けるメンメのいるブロックの進行が遅かったからだ。接戦が多かったのだろう。ぺーこは二回戦を待っている間、他の試合を見ながらもあくびを連発し、眠そうにしていた。だがそんなぺーこも、メンメの前ではさっきのヨシトモと同じような表情をしている。メンメはさっきの俺と同じようなことを感じているのだろうか。
 ふと、メンメの右足に違和感を覚えた。包帯が巻いてあるように見える。一度そう思うと、ニュートラルオヨギタイプであるメンメの緑と黄色の体に、その白が際立って見えるようになった。右足はメンメの利き足だ。練習で痛めたのだろう。だが、それでもメンメの勝ちは揺らがない。ぺーこは手負いのメンメ相手にどう立ち回るか。
 ぺーこが先に動いた。メンメの右側へと回り始めた。メンメの右側とは、つまりメンメの左足側だ。怪我を負っていない足側へ動くことで、メンメの左足による蹴りを可能な限り防ぐ。練習通りの正しい判断だ。
 ぺーこがメンメを中心に回りながら機を伺っていると、メンメは素早いステップでぺーこの行く先を遮った。その一瞬、ぺーこは硬直した。硬直したぺーこの顔に、右のハイキックが入る。綺麗なノックアウトだった。試合はあっけなく終わった。
 試合終了が宣言されてから間もなくぺーこは体を起こした。まあぺーこくらいの子供相手であったら当然と言ったところだが、メンメは手加減をしてくれたようだ。立ち上がろうとするぺーこにメンメは手を貸した。二人は何かを話しているようだった。なんとなく見栄えが良いシーンだ。何を話したのだろう。
 やはりメンメは強い。いくら加減をしているとは言えど、平気で怪我をしている方の足を使ってくる。仮に、あれがただの見せかけだったり、ほとんど完治しているような状態だったりしても、ぺーこの動きを遮ったあのステップは本物だ。もしこのまま勝ち進めば、決勝戦は俺とメンメが戦うことになるだろう。メンメの本気を見てみたい。
 二回戦もそこそこに進行し始めて、地衝道のメンバーも何人か出始めた。二回戦と一回戦では決定的に違うところがあって、当たり前だが二回戦にいるやつは誰かに勝ってその場にいるやつだ。地衝道のメンバーのレベルでは、がくんと勝率が落ちるだろう。実際、次々と地衝道のメンバーは負けていった。ボロスやニジラ、他にも身体能力の高いテールやバートといった限られたメンバーだけが勝ち残った。あと、まだ試合待機しているメンバーが五名だ。そこで体育館のチャイムがなった。12時のチャイムだ。正直、試合の妨げになるのでこの会場だけでもチャイムを鳴らないようにしてほしいのだが、どうも運営陣はチャイムが気にならないらしい。
 とはいえ、お昼を意識すると空腹を自覚する。もうすぐ試合が始まるであろう待機中の五名を除いて、観客席でコンビニ弁当を食べる。食べながら、みんなで午前中の試合を振り返る。
「ニジラはどうだった?」
「俺は特に問題なしですね。実力差があったからすぐに試合終わっちゃいました」
「そうか。次あたりからかな、そこそこのやつが上がってくるのは」
「そうですね。大体、三回戦か四回戦あたりになると手強くなってきますね」
「ボロスは?」
「私は二回戦で苦戦しましたね。任誕道のモンと言う相手でしたが、重いパンチに反応の速さ、これだけで強いと呼べる相手でした」
「ボロスが強いって言うんだから本当に強いんだろうな。ニカの相手も任誕道だったよな」
「モリさんでしたっけ? 正直勝てる気がしませんでした」とニカ。
「任誕道って初めて見たところだけど、どこにある道場なんだろうな」とニジラ。
 そこそこ大会に出場しているニジラでも任誕道は知らないようだ。俺も今日初めて見る道場だ。
「確かに、モリを見る限りでは強い道場なんだろうな。あれだけ強いならもう少し有名になっていても良さそうだけど」
「ニカさんの試合は私も見ていました。モリも十分強いように見えましたが、モンとはかなり戦い方が異なります。モリは蹴り主体のテクニシャンのようですが、モンはパンチ主体の、どちらかと言えばパワーで押していくタイプでした。指導者が複数いるような大きな道場か、強いものを寄せ集めて作った臨時のチームか、優秀なものばかりがずっと水面下で力を蓄えていたか。いずれにしても要注意ですね」
「任誕道で一番強いやつはどいつなんだろうな」
「そこがわからないのもまた不気味ですね」
 もしかしたらどこかにジョーカーが潜んでいるかもしれない。数多く大会に出場していても、実際そんな場面に出くわすことはほとんどない。今回の大会は地衝道の大会デビューくらいの思いでいたが、もっと大きなイベントになるかもしれない。メンメが食われたりするようなら、ここらでは大事件と呼んでいいレベルの珍事だ。
 と、そこでメンメとぺーこの試合を思い出し、
「そういえばぺーこ、試合のあとメンメと何話したんだ?」と尋ねる。
「えーっと」とぺーこが言う。
「メンメさんの足はヒビが入ってるって言ってました」
「ああ、やっぱり怪我してたのか」
「でも飾りだって言ってました」
「ん? よくわかんないな。怪我してるフリをしてるってことか?」
「よくわかんないんですけど、そう言ってました。あと、私が回り込んだときのぺーこちゃんは飾りじゃないヒビだよ、って言ってました」
「気取った表現だなあ。何言ってるのか全然わからん。他には何か言ってたか?」
「チャオ☆って言ってました」
「そうか、チャオか」
 そんなこんなで昼飯を食っている間に地衝道の待機中の五名は次々と二回戦を戦い、ことごとく敗北した。まあ、そんなものだろう。残念ではあるが、大会の空気感を知ってもらえただけでも嬉しい。
 地衝道のメンバーの二回戦が終わったので、トーナメント表を確認して任誕道の選手が出場しているエリアを見ながら次の試合を待った。モリを見つけたが、ニカの時と同じような勝ち方をしていた。他にも何名か見つけたが、余裕を持って相手を倒していた。まあ強いのだが、今のところ爆発的な強さは見受けられない。手を抜いている可能性もあるので、まだ何とも言えない。
「こんにちは」
 と突然後ろから話しかけられた。振り向くとメンメがいた。
「おお、びっくりした」
「すみません、許してくださいね。わざとなんですよ」
 試合をしているメンメはかなりクールな印象だったが、ぺーこから聞いた話からしてもこの話しぶりからしてもかなり変わったやつなんだろう。馴れ馴れしいというか陽気というか、まあでも悪い気はしない。
「じゃあ許す」
「ありがとうございます。それにしてもマックルさんが出場するなんてびっくりです。決勝で戦えたらいいですね」
「ああ、俺も楽しみにしてるよ」
「マジですか。嬉しいです。今度ラーメン食べに行きませんか?」
「ああ、いいなあラーメン。ちぢれ麺のしょうゆラーメンがいいな」
「おー、いいですね。おいしいところ紹介しますよ」
 そういえば、このままメンメが勝ち進んだら五回戦でニジラと当たる。ニジラは一見気が強い男のように見えるが、こういう女は苦手だ。面白がってニジラを呼んでみる。
「ニジラ、このまま行ったら五回戦でメンメと当たるぞ。折角こんな強い相手と戦えるんだから楽しみにしとけよ」
 ニジラはばつが悪そうな顔をして俺とメンメの方を向く。
「胸を借りるつもりで戦わせてもらいます」
 コンマ三ミリもそんなこと思っていない癖に、何が胸を借りるつもりだ。普段こんな態度を見せないニジラに、地衝道のメンバーがニヤつく。
「貸せる胸なんかないよ。所詮ただのチャオだし」
 ニジラは必死に次の言葉を探している。
「チャオ☆」
 そんなニジラを尻目に、メンメはどこかへ行ってしまった。
 そうか、チャオか。
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十話 運命の赤い鎖
 だーく  - 18/1/3(水) 12:34 -
  
 五回戦まで勝ち残ったのは、俺とボロスとニジラだけだった。他のメンバーは三回戦で敗れた。初出場で三回戦まで勝ち進めただけでも十分だと俺は思う。
 地方の大会の五回戦で勝ち残っているのは、有名な選手だったり、表彰台には立たないけどいつも勝ち残っているなあと思うような選手だったり、大体そんな者ばかりになる。地衝道で格闘技を教える立場となってからは大会観戦をしなくなったので、現状の後者の選手はあまり知らない。前者の選手はインターネットで大会レポートを読むと大体載っている。
 ただ、この大会に関して言えばその二つの例に加えて、任誕道というダークホースがいる。任誕道のメンバーも既に半分くらい負けて四名程度にはなってしまっているが、それでも脅威であることに変わりはない。もしも俺たちがこのまま勝ち進めば、ニジラが任誕道のキングと戦うことになる。振る舞いからしても、試合内容からしても、名前からしてもこいつが任誕道のリーダー的存在であることは間違いない。
 だが、ニジラには乗り越えなくてはならない大きな壁がもう一つあって、それはメンメだ。正直なところ、ニジラには荷が重すぎる相手だ。メンメが怪我をしているという点だけが勝敗を分ける不確定要素であり、その程度によってはニジラでもそこそこ良い試合ができるかもしれない。
 勝ち残っている俺たちの中で一番最初に試合のコールがあったのは俺だった。メンメとニジラの試合が見たいので、それまでには自分の試合を終わらせたい。相手は瀬我道のサタンという、ダークヒコウタイプのチャオだ。四回戦を見た限りでは動体視力が良く、カウンターがうまい。でも、それだけだ。
 俺はすぐにエリアに入った。幸いなことに、サタンもすぐにエリアに入った。俺と戦うのが楽しみだったのかもしれない。だが、申し訳ないがすぐに終わらせてもらう。
 俺は試合開始直後、すぐに先手のストレートを打った。サタンは避けて、カウンターのジャブを俺の顔に当てる。やはりうまい。だが軽い。
 すかさず右フックを振ると、またサタンは避け、俺にカウンターのジャブを入れる。だが、そのカウンターのジャブに合わせて左手の裏鬼がサタンの顎に入り、サタンは倒れた。サタンは何が起こったのかわからないというような顔をしていたが、すぐに起き上がろうとする。だが上手く力が入らないようで立ち上がることができず、結局審判から試合終了が宣言された。
 試合終了後、すぐに俺は観覧席に戻り、まだニジラがコールされていないことを確認した。試合の進行具合を見る限りでは、ボロスの方が先にコールされそうだ。ボロスの次の相手は、おそらく混沌流のマスクだ。混沌流は昔から安定して強い道場で、一番手がカオスで二番手がマスク。大会上位の常連だ。だが、混沌流はその名の通りカオスチャオが多く、能力は高いが将来性に欠ける。戦いは上手くなっているので努力はしているのだろうけど、他のチャオたちと比べるとやはり爆発的な成長は見込めない。悲しい宿命を背負った道場とも言えるが、もしかしたらそういう宿命を背負ったチャオを救うためにある道場なのかもしれない。マスクとボロス、良い勝負にはなりそうだ。
 小腹が空いてきた。ニジラの試合もボロスの試合も、始まるのにもう少し時間が掛かりそうなので、一階の自販機コーナーへ向かう。確か、ここの自販機コーナーには菓子パンが置いてあった。何のパンを食おうかな、と考えながら歩いていると、後ろにペーこがついて来ていることに気が付いた。
「自販機に行くだけだぞ?」
「僕も行きます」
 ついてきているのがボロスであったら何か話したいことがあるということになるのだろうが、ぺーこは多分意味もなくついて来ているだけだ。こうやって懐かれるのは、結構嬉しい。
 自販機コーナーは少し混んでいたが、ほとんど飲み物の自販機の順番待ちのようだった。菓子パンの自販機の前にはメンメだけがいた。メンメは自販機に既にお金を入れたようだが、何を買おうかずっと迷っているらしい。迷うならお金を入れる前にしてくれよ、と思うが、まあ自分もよくやるので黙って後ろに並ぶ。
「メンメさん」とぺーこが声をかけた。
「あ、ぺーこくん」とメンメも気づく。続いて、俺にも気づく。「マックルさん」
「よく会うな」 
「運命の赤い鎖ですね」
「鎖てあんた」
「マックルさんと私を糸で結んでもちょっと力入ったら切れちゃいそうでしょう? だから鎖です」
「鎖でも切れそうだけど」
「またまたあ、そんなに照れないでくださいよ」
 本当に試合のとき以外はずっとお調子者なんだな、と思う。
「メンメさん、応援してます。頑張ってください」
 とぺーこ。自分に勝った人を応援するのは大会あるあるだ。自分たちの試合の健闘を讃え合う、という気持ちで応援するものもいれば、自分に勝ったんだから勝ち続けてもらわないと自分が浮かばれない、という気持ちで応援するものもいる。ぺーこの場合は、メンメに対する憧れだと思う。
「ありがとう、ぺーこくん。私、最強だから大丈夫だよ」
「次はウチのニジラと試合だけど、実際どうだ?」
「うーん、正直ニジラくんの試合を見てないから何とも言えないんです。ぺーこくんはどっち応援する?」
「メンメさんです」
「あれ、仲間を応援しなくていいの?」
「だって、ニジラ調子に乗るから」
「えへへ、そうなんだ」
 確かに、ニジラはすぐ調子に乗る。
「じゃあ、私とマックルさんが試合するとしたらどっち応援する?」
 一瞬胃が縮んだ気がした。
「それはマックルさんです」
 俺の心配をよそに、ぺーこは即答してくれた。
「だよね。ちゃんと応援してあげてね」
「はい、楽しみにしてます」
「そろそろ次の試合始まるんじゃないか? パン選べないならじゃんけんでもして決めるか?」
「あ、いえ」
 メンメはすっと自販機のボタンを押した。
「ある程度は決心ついてたんで大丈夫です」
 メンメは自販機からパンを取り出し、
「チャオ☆」
 と言ってふらりと立ち去った。
 そうか、チャオか。
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十一話 メンメ
 だーく  - 18/1/3(水) 23:26 -
  
 ボロスとマスクの試合は、攻撃をくぐり抜けるボロスが小刻みに反撃を放つ展開が続き、結局二回のダウンを奪ったボロスが判定で勝った。
 観覧席でパンを片手にぺーこと並んでその試合を見ていたが、気づけばパンを食う手が止まっているほどの白熱した試合だった。ぺーこや、他のみんなもその試合に釘付けだった。結果、勝ってみんなも盛り上がっている。
 ボロスは試合に向かう前にいつになく気合が入った顔をしていたが、実際に自分の中で何かを掛けていたのかもしれないと思うくらいの試合内容だった。これでボロスはベスト8だ。ベスト8まで来れば、もうここらでは有名な上位勢と言っていいだろう。ボロスが実戦でここまでやれるなんて、正直思っていなかった。
 現時点で決まっているベスト8は俺とボロスのみ。他のベスト8決定戦はすでに始まっている。もう用意されたエリアの数よりも勝ち残っている出場者の数の方が少ないので、進行も早い。試合をさっと見た限りでは、おそらく任誕道のモリ、キングが上がってくる。他はまだわからない。
 今注目すべきは、ニジラとメンメの試合だ。既に試合が始まってから十分が経過しているが、ずっとニジラがメンメにあしらわれている展開だ。だが、なかなか決着はつかない。すでにメンメは右ハイキックで一度ダウンを取っていて、このまま逃げ切れば判定でメンメが勝つだろう。
 ニジラは何としても時間内にポイントを取り返すか、ノックアウトするかしかない。だが、その焦りが動きに表れ、メンメにあしらわれている。おそらくメンメは、怪我をした足をなるべく使わないようにしているのだろう。右の蹴りを使ったのはダウンを取った一発だけで、残りは両手と左足とステップで捌いている。この戦い方は一見賢そうであるが、果たして本当にそうなのだろうか。試合が長引くのは、怪我をしているのであれば寧ろリスクではないのか。
 試合終了間際、ニジラが捨て身の作戦に出る。メンメの攻撃をすべて受けながらメンメをエリアの隅まで追い込む。これでメンメはステップでの回避ができない。右足が使えない中、ニジラの攻撃をすべて止めるしかない。隅に追い詰める過程で、メンメのパンチを何発もニジラは食らった。ダウンになる程の有効打は幸いなことになかった。だが、判定になればもう勝目がないくらいの攻撃をニジラは浴びた。ニジラはノックアウトを狙っている。
 だがここで大振りの攻撃は禁物だ。メンメは見たところまだ体力も残ってるし、目に余裕がある。ボディーワークで避けられて、カウンターを打たれたらおしまいだ。小振りで鋭い攻撃を連打するしかない。
 ニジラもそれがわかっている。小さいパンチを連打し畳み掛ける。メンメは腕でのガードとボディーワークで凌ぐが、この距離で連打を受けるのでは読む余裕も動く余裕も生まれない。メンメはどうする。
 ニジラの連打が止まった。二人は中腰で、顔が触れ合いそうなくらい近い。ニジラがもがく。メンメがニジラの腕を掴んでいるのだ。左手で右腕を、右手で左腕を掴んでいる。ニジラがもがいているのに、メンメと腕だけは不自然に動かない。グローブの上からだと言うのに、とんでもない力で掴んでいるのだ。
 メンメが何かを喋った。その瞬間、メンメは腕を放し、ニジラの肩を掴んだかと思うと前宙でニジラを飛び越えた。お互いにすっと振り返るが、メンメは後方に飛んで距離を取る。ニジラは悔しそうな顔をする。その瞬間、時間切れによる試合終了の宣言がされた。当然、メンメの勝ちだ。
 やはり、メンメは手を抜いていた。右足の負傷なんて、勝敗にまったく影響もない。その気になれば、あのステップと腕の馬鹿力だけでノックアウトできたはずなのに、どういう訳か試合を長引かせたのだ。メンメは何を考えているんだ。
 観覧席に戻ってきたニジラは開口一番に、
「メンメに勝てるくらい、稽古してください」
 と俺に言った。相当悔しかったようだ。でもそれは手を抜かれていたからではないようで、
『ニジラくんはもう割れてるね。リベンジ待ってるよ。チャオ☆』
 と言われたかららしい。あの腕を掴まれているときだ。本当によくわからないやつだ。負けた側からしたら、負けるわ意味わからないこと言われるわリベンジ待ってると言われるわ茶化されるわ、散々だ。もしニジラの立場に俺が立たされたら、殴って勝ってしまってたかもしれない。
 ああ、ついてこいよ、と言おうとしたところで、ニカの、次があるんですか? という言葉を思い出した。メンメとの戦いにも次はあるのか?
「考えておくよ」
 と言うに留めておいた。
 ニジラは不満そうな顔をしたが、黙って自分の席についた。よくよく考えたら、ニジラを本気で一年稽古しても、メンメには敵わない可能性が高い。ポテンシャル面で、どうしても埋まらない差がある。ニジラは不満かもしれないが、ニカの言葉で俺は無責任な答えを言わなかった。嘘でもニジラが満足する答えを言うのか、本当のことを言うのか、どちらが正しいのだろう。いや、そもそもそれどころの問題ではなくて、俺は次の大会への出場すら決めあぐねているのだ。今日中には結論を出したい。
 その後、ベスト8が出揃った。地衝道の俺、ボロス。個人のメンメ。任誕道のキング、モリ、ピル、ペペ。虎龍門のプリング。やはり、任誕道の奴らが勝ち上がってきた。ベスト8中、半分が初出場の任誕道という異例の事件だ。虎龍門は聞いたことがない。どこの道場だろう。
 次の試合の組み合わせはメンメ対キング。ボロス対プリング。俺対モリ。ピル対ペペだ。ピルとペペに関しては同士討ちとなってしまうが、このくらいの人数の大会で、しかも初出場のチームであればよくあることだ。俺はニカの仇討ち。ボロスはよくわからん相手との試合。一番の目玉は間違いなくメンメ対キングだろう。さっさとモリをぶっ飛ばして、メンメとキングの試合が見たい。
「ボロス、プリングってどんなやつだかわかるか?」
「プリングは、私が前に所属していたチームのリーダーですよ。本当に喧嘩っ早いバカ達の頭みたいなヤツです」
 ボロスが前に所属していたのは虎龍門だったのか。ボロスは当時ひどい目に遭わされていたらしい。マスク戦であれほどまでに気合が入っていたのは、プリングとの試合がかかっていたからだったのだ。
「そうか。頑張れよ。お前が今までしてきたことは正しい」
「ありがとうございます。私も、そう思っています」
 そして、ベスト4決定戦が始まり、モリをぶっ飛ばして試合終了の礼をしている頃、事件が起きた。
 キングが病院に運ばれていったのだ。
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十二話 カオスドライブ
 だーく  - 18/1/4(木) 16:45 -
  
「他の大会で任誕道出てこないといいんですけどね」
 試合終了後、メンメは俺を自販機コーナーに呼び出した。出場者の大半はもう帰っているし、残っている者は観覧席で試合を見ているので、自販機コーナーには誰もいなかった。
「あいつら、カオスドライブを使っています」
「そうだったのか」
 カオスドライブは、イメージで言うと覚醒剤に近い。覚醒剤との相違点は、実際に身体能力を引き出すし、筋力も上がるところだ。ただ、その実際の上がり幅と、脳が捉える上がり幅に大きくギャップがある。脳の方が上がり幅を大きく捉えてしまうのだ。簡単に言うと、カオスドライブを摂取した者はブレーキが壊れた状態になる。いかんせん、身体能力も実際に上がるものだから、カオスドライブの使用者は意識的にブレーキをかけようともしない。そうして、使用者は体を滅ぼしていく。また、チャオがチャオを超えた存在にならないように、という倫理的な観点からも使用を禁止されている。
「なんであいつらがカオスドライバーってわかるんだ?」
「カオスドライバーって名前いいですね。ちょっとプロレスっぽい。カオスドライバーはですね、目の淵の色が違うんですよ。正確に言うと、瞼の淵の色なんですけど」
「へえ、全然気付かなかった。モリもそうなんだよな」
「さっき試しに近づいてみましたけど、モリくんもカオスドライバーですね。まだ若いのにもったいない」
 メンメは自販機で紙パックの野菜ジュースを買った。
「カオスドライブは五色あって、色によって引き出す能力が違うんです。使ったカオスドライブの色が、そのまま目の淵に表れます」
「なんかその話を聞くと、メンメは野菜ジュースの飲みすぎでその色になったみたいに見えるな」
「ふふ、違いますよ。だって野菜ジュースはオレンジ色でしょう?」
「ああ、そうか」
「基本的に目の淵の色でそのカオスドライバーがどの能力に特化しているのか判断します。モリくんは緑色、スピード特化です。厄介なのは、キングみたいな重度のカオスドライバーで、複数のカオスドライブを摂取してるやつです。基本的にすべての能力が高いので、自力で勝つしかありません」
「それって、遠まわしに自分が強いって言ってないか?」
「わたしは野菜特化ですからね」と言ってメンメは野菜ジュースを飲んだ。
「なるほど、健康第一ってことか」
「そういうことです。結局、ポテンシャルが高くて健康っていうのが一番強いんですよ」
 俺も自販機で野菜ジュースを買う。健康が強いという言葉に惹かれたわけではなくて、メンメが飲む野菜ジュースがおいしそうに見えたからだ。
「それにしても、すごい詳しいな」
「そこ突っ込んで欲しかったんですよ。わたし前職でそういう輩の相手ばっかりしてたんで、詳しいんですよ」
「ずっと格闘家やってた訳じゃないのか」
「そうですよ。まあ辞めちゃったんですけどね。で、もっと言うと辞めたのってマックルさんを見たからなんですよ」
「なんで俺」
「そもそもなんですけど、カオスドライブを使う輩って結局元々強くないんですよ。カオスドライブを使ったところで、使用者が持ってる可能性以上の力は手に入らない。潜在能力開放ってところですね。でも、そんなやつらも結局誰一人わたしに勝てない。そうそう、わたし負けたことないんですよ。それが嫌だったんです。わたしは負けさせてほしい。それで、わたしの中で達した結論は、本当に強いやつはカオスドライブを使わなくても目立つくらいに強い、です。で、当時丁度活躍してたのがマックルさんです。マックルさんならわたしを負けさせてくれるかもしれない、って思って辞めたんです。まあ、まさか指導者になって大会に出場しなくなるなんて思ってなかったんですけど」
「わかった。そしたら決勝で戦おう」
「いや、決勝は棄権します」
「なんで」
「右足、マックルさんと戦えると思って張り切って稽古してたら怪我しちゃって。これで負けたら、わたしが負けたんじゃなくて、怪我が負けたみたいで納得できなさそうなので、任誕道だけ潰してから今日は帰ります」
「任誕道は嫌いなんだな」
「ズルするくせに弱いなあ、って思っちゃうんですよね。弱いなら弱いなりにズルしないで自分の限界探すか楽しむかしないと、他の格闘家が浮かばれないでしょう。あとは単純にカオスドライバーはもう懲り懲りなんです」
「そうか」
「というわけで、今日は準優勝を頂きます」
「残念だな。俺もメンメと試合したかったのに」
「また今度お願いします。約束ですからね」
 俺に次はないかもしれないのに、と思って、
「考えておくよ」
 とまた言っておいた。
「決まりですね。チャオ☆」
 と言ってメンメは立ち去った。決まってない。
 観覧席に戻ると、すでにベスト4決定戦はすべて終わってしまっていた。
 ボロスはプリングに負けたそうだ。真っ当な負けだ。このあとそのプリングが俺に負け、ピルがメンメに負け、この大会は終わることになった。
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十三話 お疲れチャンプー
 だーく  - 18/1/22(月) 21:53 -
  
 大会を終え、地衝道メンバーは特に打ち上げに行くこともなく、それぞれ家に帰ることになった。みんな行きと同じ車に乗る。俺の車にも俺以外に四名
のメンバーが乗った。それで満席なので、トロフィーと賞状をどこに置こうかと迷ったが、助手席に座ったモブが抱えてくれるというので、言葉に甘えてトロフィーと賞状を渡した。
「まさか生きている内にこんなものを持つことができるなんて思いませんでしたよ」
 モブはもう十四回も転生しているおじいさんだ。地衝道の中では一番歳を取っている。もうそろそろ転生力もなくなってきて、先が長いとは言えないだろう。老後の楽しみの一つに、ということで地衝道に入門したので、確かにトロフィーを持つなんて思っていなかっただろう。
「モブさんだって、年齢別部門だったら行けるかもしれませんよ」
「いやいや、私にトロフィーは重すぎますよ」
「はは、でも今持ってるじゃないですか」
「あらら、一本取られましたね」
 帰り道は今日の俺の試合の話がなんとなくあがって、そのままずっと俺の試合の話だった。やっぱり、裏鬼は初めて見る者にとってはかなり衝撃的な技なのだ。
 カオスドライバーの話を思い出す。使用者が持っている可能性以上の力は手に入らない。俺は可能性について考えたことなんてなかった。強くなるためにすることをすればするほど強くなるものだと思っていた。いや、もしかしたらカオスドライブの未使用者はそうなのかもしれない。自分の潜在能力を全部開放できないのが当たり前で、カオスドライバーが異常。そう考えた方が自然だ。
 それでも尚、俺の裏鬼一発の方が衝撃が強い。そう考えると、メンメの気持ちがわからないでもない。俺とメンメは何のために稽古をするのか。でも何のため、なんて考えるのは性に合わない。俺は稽古がしたいだけだ。だから、きっとメンメは俺が知らない孤独を抱えている。
 モブ達を送った後、俺は賞状とトロフィーを置きに道場へと来ていた。地衝道に置かれる初めての優勝の証なので、目立つところに飾っていいような気もするだけど、どちらかというとこれは地衝道が勝ち取ったものではなく、俺が個人で勝ち取ったものだ。やっぱり飾るのはやめにして、とりあえず個室に置いておく。
 個室を出て、道場を見渡す。次の大会に出るのかどうか、まだ俺は決めかねていた。何がこの道場のためになるのかわからなかった。どちらを選んでも、誰かが満足して、誰かが不満を抱くようにしか思えなかった。俺は指導者としてはまだまだ未熟なのだ。でも、それだけわかっても何も変わらない。
「参った」
 溜め息と一緒に小さく声が出る。戦いでは参ったことなんてないんだけどなあ、と思う。でも、戦いとは違って相手を打ち負かすことでも傷つけることでも何も解決しない。とにかく結果が大事だ。
 俺は道場を出て、ミヨ婆の細工屋へと向かった。時刻は十七時、店自体はもう閉まる時間だ。町は静かだが、それは夕方だからという訳ではなくて、田舎だから静かなのだ。平日も、休日の昼も大体静かだ。俺が道場帰りだろうが、大会帰りだろうが、優勝していようがいまいが、町にとっては関係ない。俺はそんなに確固たるものの中にいるのだろうか。全然しっくりこない。
 細工屋は意外にもまだ営業中だった。営業中、とだけ書かれた札がドアについたフックに掛けられている。ちなみに、裏面には閉店と書かれている。いつも思うが、風でひっくり返ることはないのだろうか。まあ、どちらにしても、俺はドアを開ける。細工屋に入ると、ミヨ婆はいつもの黄色いソファに座っていた。向かいには、マミとニカが立っていた。
 機械は止まっていて静かだったので、細工屋のドアが開いた音を聞いてニカがちらとこちらの方を向いた。一瞬、ミヨ婆の方へ向き直そうとしたが、もう一度こっちを見て「あれ?」と言った。その声を聞いてマミもこちらを見た。
「チャンプーだ」
「モンスターみたいな呼び方だな。しかも絶対弱いだろ」
「お疲れチャンプー」とニカ。
「アイドルの曲か?」
「なんだい、チャンプーって」とミヨ婆。
「今日大会で優勝したんだよ」
 改めて自分で言うと気取ってるみたいで恥ずかしい。
「なんだ、お前も出たのか。お前が優勝するのは当たり前だろう」
 恥ずかしく思ったのが恥ずかしいくらい平然と言われる。
「ミヨさんはマックルさんのこと詳しいんですか?」とニカ。
「まあね。というより、こいつと同世代以上のやつはみんなこいつのこと知ってるよ」
「へえー、すごいですね。でも、ウチの道場のおじさん達はマックルさんの試合見たことないらしいですよ」
「その方がレアケースだよ。負けるどころか追い詰められたことすらない格闘家なんてこいつしかいない。道場のオヤジがこいつのことを知らないのは、こいつがそういうやつしか入門させてないからだよ」
「ミヨ婆、ストップだ」
「なんだ、教え子達には言ってないのか? まあそうか、何と言っていいかもわからんか」
 ニカとマミは「ふーん」と言った顔をしていた。多分、そこから先は本当に興味がないのだと思う。
 ニカとマミの手には小さな茶色の紙袋がぶら下がっていた。何か買ったのだろう。大会帰りだと言うのに、二人でショッピングか。切り替えが早いというか、別世界に生きているというか、不思議な感じがする。
「ミヨさん、また買いに来ますね」とマミ。
「ありがとね」
 ニカとマミが細工屋を出て行く。珍しく、ミヨ婆も二人のあとをついて行き、外まで見送った。二人がある程度遠ざかると、すっとドアに掛かった札をひっくり返し、また細工屋へと戻った。俺もついて行く。
 ミヨ婆はまた黄色いソファへ座った。
「ドアノブでも作って欲しいのかい?」
「いや、まだ帰ってない。壊すとしたらこれから」
「ちゃんと覚えておくんだよ」
「一応覚えておく」
 ふと、この細工屋が赤字なんじゃないかということを思い出した。
「そういや、ここって儲かってるのか?」
「儲け話でもあるのかい? まあ、正直儲かってるから必要ないけどね」
「儲かってるのか、こんな町で」
「そりゃあこの町だけの商売だったら大赤字だろうさ。ちゃんと販売店と契約してるから大丈夫だよ」
「へえー、意外とツテがあるんだな」
「最低限やっとかないと、続けることも難しいからね。あたしはある程度の量産品もできるし、オーダーメイドも聞くからまあ困らないよ」
「量産って感じしないけどなあ」
「色々な町に売り出してる訳じゃないからね。そんな莫大な数じゃないよ。この町でも販売してるし、あれもこれもはできないね。そこは販売店の販売力を見るさ。もしも爆発的に売れちまったら、そのときは量産が得意なところにやらせて、安く仕入れて横流しにすればいい」
「そんなことできるんだな」
「今は必要ないがね。今後どうなるかわからんが、でももうあたしには関係ないね」
「さすがババア」
「黙れ小僧」
 近くにあったパイプイスを引き寄せて、座った。なんだか疲れた。
「それで、どうして急に大会なんて出たんだい?」
「ああ、たまたまかな。色々重なった」
「久しぶりの大会はどうだった?」
「久しぶりに出たから楽しかった、って感じだな。でも、半分後悔してる」
「ほう、なんで」
「地衝道で出ちまったからな。このあとどうすればいいのかわからん」
「お前は困ったやつだな」
 ミヨ婆はそう言うと小型の液晶テレビの電源をつけた。俺が現役だった頃から続いている時代劇が丁度始まる頃だった。十八時だった。
 いつものようにやたら偉いじいさんと、その側近の二人と、よくわからんお調子者が細い道を歩いている。時代劇らしく、画面内には木々だとか田んぼだとかが多くて、木造の家がいっぱい出てくる。その後はいつものように町に出て、怪しいやつを見つけて、裏を探っているうちに悪党達に囲まれ、側近の二人が悪党達を倒していく。痺れを切らしたように側近の一人が「静まれい、静まれーい!」と言って、悪党達と対峙する。そして、いつもの決め台詞でこの時代劇をこの時代劇として完成させる。
『このもりもりの紋所が目に入らぬかあ!』
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十四話 ケツに銃弾はぶち込めない
 だーく  - 18/3/5(月) 14:17 -
  
『このもりもりの紋所が目に入らぬかあ!』
 暇すぎる。他のやつらもトランプやらボードゲームやらやっていて、もう何の職場なんだかわからない。
 どうせ暇なら、自宅でゴロゴロしてた方がマシかもしれない。なんとなく何かしてなくてはいけない時間ほど苦痛なものはない。お金はもう十分にある。いつ辞めてもいいのだけど、入社するときには夢を持って入社したし、今はこの会社に必要とされているから、辞めるのにも少し抵抗がある。
 この時代劇はいつからやってるんだろう。ずっと同じような話が続く割には、ファンが多い。私は別に好きでも嫌いでもない。わざわざ見ることはないが、流れていたらわざわざチャンネルを変える訳でもない。今はその後者の状態だ。
 私の隣にチェイスが座る。黄色の体に黒のラインが入ったダークハシリタイプのチャオだ。実はチェイスの黒ラインはシールで、元々は真っ黄色なチャオだ。悪い奴ではないけど、お調子者で、声がでかい。近寄られると、体が勝手に警戒してしまう。今座っているのは二人掛けのソファだからまだいいけど、チェイスは多分一人掛けのソファでも手を乗せるところに座って喋りかけてくると思う。
「暇!」
「うるさいよ」
「だって暇だし。最近カオスドライブの反応なさすぎてつまらん。ワル気取りのアホいないかなあ」
「実は私がもりもりの紋所見せつけたんだ」
「メンメが見せたのは紋所じゃなくて力だろ」
「同じ同じ」
「違うだろ。ん? いや同じような気もしてきたな」
「ほらね」
「まあ、どっちでもいいや。とりあえず暇なのは変わらんから手合わせしてくれない?」
「えぇー」
「終わったら闘文録の最新刊見せてやるから」
「んー、わかった」
 闘文録を出されたらしょうがない。闘文録は全国の格闘技の大会のレポートが面白おかしく書いてある雑誌で、そんなに目星い選手がいなくてもついつい見てしまう。最新刊が出てたのをすっかり忘れていた。
 ソファの前に置いてある机の上の何種類かのお菓子が入ったお盆からブロックのチョコを一つだけ口の中に入れて、立ち上がった。
 ほとんどのメンバーが事務所という名の集会所にいるので、パトロールのときに持っていく無線機が掛けられるようになっている板にたくさん無線機が掛かっている。各無線機を掛けるためのフックのところにメンバーの名前が書かれた札が打ち付けてあるので、無線機の有り無しで誰がパトロールに出ているのかわかる。フェニーだけはパトロールに出ているようだ。
 無線機を横目に部屋を出て、廊下を挟んだ反対側の部屋に行く。このビルは基本的には各階に二つの会社が入っているが、私が所属するバスターはこのビルの2Fを丸々持っていて、廊下を挟んだ反対側の部屋もバスターの持ち部屋だ。
 その部屋は、簡単に言うと訓練所だ。扉を開けるとまずは控え室にあたる部屋がある。基本的に物が少なくて、そこそこ広い空間である。部屋に入ってすぐ正面に見える棚には、ナイフとか銃とか色々な武器が入っている。もちろん、引き出しを開けないと中身は見えないが、初めて見る者にはそこそこの衝撃を与える。自分たちが武器として使うという目的もあるが、様々な武器を持った相手を想定してトレーニングするためにも用意されている。
 武器が入った棚の横には大きなクローゼットがあって、そこには防具が入っている。バスターが所有している防具は高性能で、銃弾を通さないだけでなく、爆発物の衝撃にも耐えられる。さすがに何度も爆発を受けたり、同じ箇所に銃弾を受け続けたり、大砲クラスの衝撃を受けたりすると破損するが、防具としてはかなりレベルが高い。だが、大きな難点があり、それは機動性が非常に低いという点だ。これを着てまともな動きができるのはバスターの連中くらいだ。
 右手側の壁に扉が一つあって、その先が実際にトレーニングを行う部屋になっている。私がこの仕事を始めた時からすでにあった部屋だが、当時この部屋の説明を受けて衝撃を受けた記憶が鮮明に残っている。この部屋は何をしても壊れないというのだ。例えば、大地震があってこのビルが崩れても、この部屋だけは丸々残る。戦車が弾を打ち込んでも、まったく壊れない。その説明をしたのは総長だったので、この部屋は何でできているのか、と聞いてみたら、秘密だ、と返された。そのときは本当に秘密なのだと思ったけど、何年かこの組織に勤めているうちに総長は割と適当な性格ということがわかってきて、今では総長もこの部屋が何でできているのか知らないのではないか、と思っている。
 チェイスが防具を身に付け、棚からベルトを出し腰に巻くと、さらに二丁の拳銃とナイフを取り出しベルトに差した。私も防具を身に付ける。
「うっかり殺しちまったらごめんな。でも俺は死にたくないから手加減よろしく」
「うっかり殺しちまったらごめんな。でも私手加減できないから覚悟よろしく」
「そんな」
 トレーニングルームの中に入る。
 トレーニングルームは真っ白だ。床も、壁も、天井もだ。掃除の際に手の行き届きにくい上の方や、部屋の隅の方は少し汚い。また大掃除のときに頑張らないといけないな。でも、素材のせいか掃除をすると綺麗になりやすいので、この部屋を掃除するのは嫌いじゃない。それと、白く見える壁は飽くまで外壁であって、内側にもう一層透明な壁があるのだけど、その不思議な一層が生む浮遊感が好きで、部屋自体を気に入っているということもある。
「お願いします」とチェイスが一礼する。チェイスはいつもふざけているが、私と手合わせするときは必ず一礼をする。チェイスは私よりも先輩だけど、私に対してある程度敬意を持っている。
「お願いします」と私は答える。
 チェイスの目の淵の紫色が映える。実際に色が濃くなったり、大きくなったりすることはないのだけど、闘うときにはいつもそう見える。共感を得られたことはないので、多分私だけの現象だ。
 チェイスは早速、左手の銃を撃ってくる。撃つ気が見えている状態で撃った弾は簡単に読める。私はそれを避けて距離を詰める。チェイスはすぐさま右手の銃で追撃する。それも読めているので避ける。
 チェイスが使っている銃は火炎銃だ。銃弾が炎をまとっていて、この防具を着ていても当たればそこそこ熱い。同じ箇所に何回も当たれば、穴も開く。そして、チェイスには同じ箇所に当てる力がある。
 チェイスはまた左手の銃を撃つ。さすがに近すぎるので、この弾は掠る。でも、もう私の攻撃範囲内だ。
 チェイスが横に大きく飛ぶ。それしかないからだ。どの方向に飛ぶかだけ見て、同じように飛べば着地の瞬間を叩ける。チェイスの狙いは、飛んでいる最中に同じ箇所を撃ち続けることだ。どちらが速いかで勝負は決まる。が、結果なんてわかっている。私が飛ぶ速度の方が遥かに速い。
 チェイスが一発撃った頃には、もう私の攻撃範囲内だ。腕を振りかぶって、チェイスの頭を殴ろうとする。
 するとチェイスが飛んでいる最中に、跳ねるように横に軌道を変え、着地した。
「あら」
 私もそのまま着地し、チェイスを見る。これは一本取られた。
「やるじゃん」
「やるだろ」
 前に手合わせしたときには、まだチェイスは飛んでいる最中に軌道を変えることなんてできなかった。カオスドライブの使用者にも、成長はある。
「カオスドライブを使ってから、自分の力を発展させようなんて思ったこともなかったけどな。メンメのお陰だ」
「よかよか。カオスドライブ使ってるやつって、才能とか潜在能力がすべてとか思ってるやつばっかだからね」
「そりゃ、お前が言うから説得力がないんだろ」
「私の強さは要素が積み上がってできてんの。全体が大きすぎて現実離れしてるから、みんなそれを普通のものだと思わないだけ」
「だって、普通じゃねえもん」
「まったく、誰か私に優しくして」
「まあでも、信じてみたから俺も色々できるようになったしな。お前の言ってることが正しかった。あれ、才能とか能力とか言葉にする必要がないってやつ」
「今ある力がすべて、ね」
「メンメさん、リスペクトっす」
「はは、うっざ」
 またチェイスが銃を構える。
「メンメに勝てちゃったらどうしよう」
「安心して、負かせてあげるから」
「お前が言うんだから本当にそうなんだろうな。ちょっと試させてくれ」
 チェイスはまた二丁の拳銃を連射する。私はそれを避けながら距離を詰めていく。さっきと同じように、ある程度の距離からは掠り始める。これを繰り返したら、服が切れるかもしれない。多分、弾の方が先に切れるけど。
 チェイスが私の攻撃範囲内に入ると、チェイスはさっきと同じように横に飛ぶ。私はほんの一瞬四つん這いになる。
 次の瞬間に、チェイスは床に叩きつけられる。私は着地する。
 チェイスは無言で仰向けになっている。多分ダメージのせいではなくて、何が起こったかわからなくて放心しているだけだ。
「どやあ」とチェイスを見下ろす。
「すげえ、何したんだ」
 チェイスは起き上がる。
「何したと思う?」
「四つん這いになったとこしか見えなかった。ケツに銃弾ぶち込んでやろうとか思ってたのに」
「変態」
「まあな。それで、何したんだ?」
「上下反転の術」
「知らんがな」
「あとはノーヒント」
「えぇ」
 私たちは部屋を出る。
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十五話 バスター
 だーく  - 18/3/11(日) 16:38 -
  
 事務所にある大きな探知ガラスが赤く光っている。赤のカオスドライブの反応だ。縦に伸びた楕円の形をしているが、下半分は台座に埋め込まれているので、赤く光ると大きなパトライトのようにも見える。まあ確かに、遠くはない。南西の方から覗かないと赤く光って見えない。カオスドライブがあるのは北東ということだ。光の強さから判断するに、隣町辺りにある。
 カオスドライブを生成するのには、生物からカオスエレメントを取り出して調合する必要がある。調合して、カオスガラスの中に入れて完成だ。ちなみに、探知ガラスもカオスガラスでできている。一度カオスガラスの中に入れてしまうと、探知ガラスを通してもカオスドライブを発見できない。二枚以上カオスガラスを挟むとカオスドライブの光は見えないし、逆にカオスガラスを通さなくても光は見えないのだ。
「ロースト、今回は誰が行く?」とフェニーが言う。ローストとはバスターのリーダーのことだ。ダークヒコウの二次チカラだ。
「この程度の反応なら誰が行ってもいいな。じゃんけんでいい」
 バスターは十名で構成されているので、四、三、三の三班に分かれてじゃんけんをした。四はどちらかといえば戦闘向き、三は司令塔に成りうる人員、残りの三はヒコウタイプだ。この中から一名ずつ出動する。誰が行ってもバランスはいい。
 結果、司令塔は紫のニュートラルハシリ、リング、戦闘員はチェイス、ヒコウ員は黒のニュートラルヒコウ、ライザになった。
「あと保険でメンメも行ってくれ」とロースト。
「結局かあ」
「お前は強いからな」
「そうね」
 私たちは防具を身に付け、屋上へ出る。この防具、自衛隊とか戦闘員とかそういうイメージよりも、宇宙飛行士みたいな印象を覚える。屋上から上に飛んでいった方が似合うかもしれない。
 板厚のステンレスのバスケットに乗り、ライザがバスケットについたワイヤーを防具についた接続部に繋げる。そして、ライザが飛ぶ。南西に向かって、少し高めに飛ぶ。
 ペンダントのようにぶら下げたカオスガラスの破片を見ながら、私は方角を確かめる。これはバスターのメンバーが全員身につけている。アクセサリーレベルのサイズなので、光の強さが弱く、その方向の反応の有無程度しかわからない簡易的なものだ。
「いいねー、ばっちりだよー」
「はいよー」
 ライザは穏やかに答えるが、爽快感のあるスピードで飛ぶ。この調子なら反応のあるところまで五分も掛からない。
 隣町に入ってすぐにわかったが、この反応の方向と距離はおそらく町の中の方ではない。川の辺りだ。川沿いにいる野良猫か何かからエレメントを取り出したのだろう。ライザも多分気づいていて、カオスガラスは見ずに、川の方を見ている。そして、そのまま河川敷に降下していった。高く伸びた雑草が多く点在した河川敷だ。
 川沿いの中でも、カオスドライブの反応が出やすいのは橋の下だ。特に橋脚の周りは高く伸びた雑草が多く、その中に誰かがいても気づきにくい。私たちは最初に橋脚を疑い、近くの橋の方へカオスガラスを向けたが反応がない。ということは、この高く伸びた雑草のどこかだろう。
「ちょっと待ってろ」
 ライザが飛び上がり、雑草に向けてカオスガラスをかざした。そして雑草の中を黙って指さして、降りてきた。
「なるほどね」とリングが言う。
「近くに車が停まっているようにも見えない。反応があってから俺たちがここに来るまでに十分ちょっとは掛かっているのに、未だエレメントはガラスの中に入れられてない。中途半端だ。まあ常習犯ではないな。とりあえず囲って距離を詰めよう」
 なるべく大きな音を立てないように、反応のある地点を囲う。囲っている間に、囲おうとしている範囲を誰かが抜けていないか、注意を一応払う。
 なんとなく、もうこの問題の終わりが見えてきている。犯人は多分地元の好奇心旺盛なやつで、別に悪用しようと思っていた訳じゃない、やってみたかっただけ、みたいなことを言う。それで、私たちが警察を呼んで犯人を引き渡す。それか、試しにエレメントを抜いて見たけど、怖くなって逃げ出して、もう雑草の中には誰もいない。大体そんなもんだと思う。仕事にやりがいを求めている訳じゃないけど、つまらないものはつまらない。
 雑草の中には、ぼーっとした表情の猫と、地面に溶け込むことなくごく小さな水溜りになったカオスエレメントがあった。見た目は無色だが、カオスガラスを通すと赤く見えるので、間違いない。ということで、多分予想の後者が当たった。
「何事もなくて良かったが、それにしても、またイレギュラーか。猫から赤のエレメントってどういうことだ」とリング。
 普通は、生物の種類と抜けるカオスエレメントの色には関係性がある。猫だったら、普通は青だ。でも、ここ一年くらいでその関係性が崩れてきている。規則性がないと言ってもいいレベルだ。そもそもカオスエレメントには不明な点が多く、元々生物の種類そのものとカオスエレメントの色に強い関係性があったのかどうかも怪しい。本当は違う条件が色に作用していたのではないか、という説もあるが、どれも実証には至っていない。今わかっているのは、カオスエレメントが最近おかしい、ということくらいだ。これが何か面白いことを引き起こしてくれればいいんだけど。
 リングがカオスエレメントを回収し、あとは帰還するだけだ。私たちはまたバスケットに乗った。
「そういえば」とチェイス。
「上下反転の術って、腕で地面蹴ってるのか?」
「正解。よくわかったね」
「だって、それしかなさそうだから」
「つまんないなあ」
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十六話 カオスエレメント
 だーく  - 18/5/2(水) 0:56 -
  
 事務所のカオスガラスが光った。今度は緑と赤だ。
 今までの傾向として、複数の反応が出た場合は少し危険な事案になる。特に、緑と赤の反応が含まれていると、よりその傾向が強い。
 でも、それも今となってはあまり参考にならない。何の生物から何色のカオスエレメントが出るのかわからないからだ。
 反応は遠い。東の方向に反応があることはわかるが、かなり光は小さい。
「だいぶ遠いな。こんな遠くで反応が出たのは初めてか?」とロースト。「位置の特定を急げ」
 ヒコウ員が屋上へ飛び出て、横方向へ大きく広がる。首にぶら下げたカオスガラスをメモリと針のついた透明な小箱に入れ、それを東の方へ向ける。隊列の真ん中にいるフェニーが手を真横に伸ばすと、防具の袖からワイヤーがまっすぐに飛び出る。ワイヤーの先端は真上に立ち上がっていて、その立ち上がった先端にに、横に広がったライザとバードが小箱をカチリと装着した。小箱の底面にワイヤーが装着できる穴が空いているのだ。ライザとバードは少しずつ小箱の向きを内側へと向けていき、少しするとピタリと止まった。
「10」
 とライザとバードは言う。
 これは、均等な距離に置かれた三点から対象物の方向を向き、その向きの角度で距離を割り出す方法だ。
「東へ約100kmだ」とフェニーが言う。
 三名が距離を割り出す間に出動の準備を済ませたロースト、ロック、私は屋上にいた。
「フェニー、良いか」とロースト。
「了解」
 今回のヒコウ員はフェニーだ。フェニーはヒコウ員の三名の中で一番ヒコウ速度が速い。それでも、さすがに100kmとなると到着する頃にはエレメントがガラスの中に入れられ、カオスドライブとなってしまっているだろう。それを見越して、先に対象の位置を割り出したのだった。
 バスケットの中で縮こまること三十分、私たちは目的地へと着いた。来たことがない場所ではあるが、見た目は普通の小さな田舎町だ。田畑はあって、新築の家が並んでいるような地域もあって、あんまり店がない。国道沿いまで出ると、やっと店が立ち並ぶ。そのほとんどがチェーン店で、一部個人経営っぽい名前と雰囲気の店があって、大きな商業施設はない。発展途上というよりは、飾ったと言った印象を受ける町だ。
 不思議なことに、エレメントはガラスに入れられていると思っていたが、依然としてエレメントの反応は残っている。今回もまた、この間と同じように興味本位でエレメントを抜き出したパターンかもしれない。
「遠出したのに、なんだかなあ」
「確認して回収するまでが仕事なんだから、まだガッカリするな」とロースト。ローストの中でも、多分同じ結論が出てるんだろうなと思う。
「あの太陽光パネルが付いてる緑の屋根の家の辺りだな」とフェニー。
 フェニーが周りを見渡しながらゆっくり降下する。私も周りを見渡す。ダークヒコウのチャオとダークハシリのチャオが周りを見渡しながら道を歩いている。クロの可能性はあると思うけど、エレメントの反応が出ているところとは違うところにいる。一応、カオスガラスを持っていないか観察しているときに、ローストが驚いた声をあげた。
「なんだと」とロースト。「動いている」
「反応が?」と私。
「動いているな」とフェニー。
 私もカオスガラスを通してみんなが見ているところを見る。確かに、赤と緑の反応がふよふよと浮きながら動いている。まず浮いているのもおかしいし、独立して動いているということもおかしい。
「こんなことあるんだね」
 私たちは反応が動いている道へと降り、反応を回収しようと回収用ボトルの蓋を開けた瞬間、反応が消えた。
「訳がわからないな」とフェニー。
「そっちだ」とロック。カオスガラスを覗きながら左斜め後ろの方を指している。
「そっちはクロっぽいダークチャオが二人いたから、ちょっと急いだほうがいいかも」
 フェニーがすごい勢いで10mくらい飛び、獲物を見つけたようにロックが指さした方へ急降下した。
 ローストが「行くぞ」と走り出し、その後ろを走った。途中、エレメントの反応が消えた。さて、消えたという表現は正しくなるのかな?
 フェニーがいるところへたどり着くのに二回道を曲がらなければいけなかったが、割とすぐ着いた。そこには、銃を突きつけているフェニーとさっきのダークチャオの二人組がいた。エレメントの反応は、もうどの方向にもない。カオスドライブを使われた、で間違いない。
「二回目だ。両手を上げろ」
 フェニーがそう言い終える瞬間、ダークチャオの二人はすごいスピードで逃げた。しかも、すぐに二手に分かれて細い道へ入った。逃げるのに慣れてるのかな。
「フェニー、ロック、ヒコウ。メンメ、俺とハシリ」とローストが言い、私たちも追い始めた。
 フェニーはロックを抱え上空へと飛び上がり、ローストと私はハシリタイプの方が曲がった道へ入った。
 私たちが道に入る頃には、すでにハシリタイプは見えなくなっていた。100mくらい先にはT字路がある。
「面倒だな」とロースト。
「T字路の先じゃないね」と私。
「なんで」
「あいつが使ったのは赤のカオスドライブ。ハシリは元々の自力のスピードしか出せない。私たちがこの道に入るまでに100m走りきるなんて有り得ない」
 寧ろ、自力のスピードで逃げ切ったのならその方が面白いけど、まあないと思う。
「なるほどな。ここらに潜伏してるか、家の間を縫って動いているか、と言ったところか」
「そうそう。というか、私はもうあたり付いてるんだけどね」
 私は右手側に並ぶ家の三軒目と四軒目の細い隙間まで走った。ローストもついてくる。そして案の定、身をよじらせながら奥へと進んでいくハシリタイプがいた。
「マジかよ」とハシリタイプ。
「私目の淵の色がよく見えるんだよね、残像みたいに」
 防具の手首にあるいくつかのスイッチの内の一つを押すと、防具の袖口からワイヤーが飛び出て、ハシリタイプの腹に巻き付いた。さすがにハシリタイプも観念し、ゆっくりと隙間から出てきた。出てきたのを確認すると、ワイヤーを防具の中に戻した。
「おい」とロースト。
 その瞬間、ハシリタイプは私の顎を狙って殴りかかった。だが、私はその手を掴んで止める。
「カオスドライブの効果を試したかった? でも、そんなにいいものじゃないよ、それ」
 今度こそ、ハシリタイプは諦めた。今度はローストがハシリタイプにワイヤーを巻きつけ、私たちが降り立たった場所へと戻った。フェニーとロックはとっくにヒコウタイプを捕まえて、私たちを待っていた。そりゃあ、フェニーには追いつかれるだろうな、と思う。
 その後、バスターの事務所へと連行し、話を聞き出したあと警察に引き渡した。
 二人の話によると、公園の池にいたザリガニとカエルからカオスエレメントを抜き出したらしい。まあなんとも可愛らしい。だが、抜き出したエレメントが動き始め、見失ったので辺りを探していたとのことだった。今までにない事例だ。
「さすがにおかしいな。情報を整理して分析しようか」とロースト。
 事務所のホワイトボードに縮尺の違う地図を二枚貼って、カオスエレメントとその生物の種類が一致しなくなった頃から発見されたカオスエレメントの場所に印をつけていった。資料の数が多くて、机の上に引っ張り出すとすごく汚くなった。また戻さなきゃいけないことを考えるとちょっとげんなりする。
 そして、すべての場所に印を付け終わり、その印をすべて覆うように円を縮尺が小さい方の地図に書いた。
「正確な位置は特定できないが、この中心辺りを探ろう」
「どうやって探るんだ?」とリング。
「我々の拠点を移動する」
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十七話 新拠点
 だーく  - 18/5/6(日) 0:42 -
  
 引越しはそこそこ大変だった。二台のトラックを使って、一日で荷物を移動させた。トラックは近所の金属加工業者からの借り物で、ついでに人手も二人借りた。丁度暇な時期で、パートを休ませるかどうか悩んでいたところだったらしいので、逆にお礼を言われた。こちらも金を払って借りているし、人手まで借りられて助かっているのでそんなに感謝されるとなんだか気持ち悪い。
 トレーニングルームを持っていくことはできないので、トレーニングルームはそのままだ。新拠点にトレーニングルームはない。というより、だだっ広い会議室を一部屋借りているだけだ。
 ロースト曰く、トレーニングルームはカオスドライブを使用している我々にとって寿命を縮める場所だからむやみに使うものではない、それに別拠点での活動はこの謎が解決するまでの一時的なものだから、場所さえあれば基本的に問題ない、とのことだった。
 チェイスが運転するトラックの助手席で、ぼーっと外の風景を眺めていると、不意にチェイスが話しかけてきた。
「今回の拠点移動で何か起こるかなあ」
「わかんないけど、エレメントの方はもう何か起こってるみたいだからねー」
「勝手に動いてたんだもんな。実はエレメントは何かの生物で、カオスドライブを使うやつに寄生してんのかもな」 
「うぇー、チェイス寄生虫飼ってるとかやめてよ」
「俺も自分で言ってて嫌だったわ」
「そういえば、なんでトラック運転できるの?」
「ああ、前職で免許必要だったからな」
「トラックのドライバーだったの?」
「いや、これ貸してくれた業者みたいなところで働いてたんだよ。納品行くときにトラック使うからさ」
「へえー。飽きたの?」
「よくわかったな」
「飽きっぽそう」
「まあな。仕事なんて出来ちまえばあとはやるだけだし、身を削ってまで頑張るもんじゃないよ」
「今削ってるじゃん」
「違うわ。頑張るために削ったんじゃなくて、楽しそうだったから削ったの」
「今頑張ってるじゃん」
「それは楽しいのがわかってたからね。まあでも、ローストとメンメのお陰かな」
「やったね、褒めてくれるんだ」
「褒めてあげるよ」
 引越しが終わって、新拠点にメンバーとすべての荷物が揃った。極端に新拠点が遠かった訳ではないけど、荷物の運搬やらレイアウトの調整やらで、もう夜になってしまっていた。
「お疲れ様。今日はもう帰ろう。明日以降はこっちに出勤だからな、間違えないように」とロースト。
 そのまま、みんなふわりと帰っていった。


 新拠点での初日、何か特別なことをするのかなあ、と思っていたけど、本当に場所が変わっただけですることは何も変わらなかった。
 会議室のテーブルを二グループで分け合って、片方はボードゲーム、もう片方はジェンガで遊んでいた。フェニーは朝一でこの近辺の地図を確認すると、そのままパトロールに出掛けた。いつものように一人でネットサーフィンをしているテーラは、会議室の中だと秘書みたいだ。
「そういえば、タイピングってできる? なんか一回のタイプで色んなキー押しちゃってできないんだよね」
「ああ、まあゆっくりならできるな。でもタイピングしかできないから、パソコン使うって言ってもインターネットで検索するくらいしかできないな」とチェイス。
「俺はまったくだな。そもそもどこを打ったら"あ"が出るのかもわからん」とライザ。
「そうなんだ。でもライザは器用だから、覚えればできそう」
「そうかねえ」とライザ。
「私がタイピングできないのって、ふにふにでぽよぽよな手をしてるからかなあ」
「お前の手がふにふにでぽよぽよだったらお前が今まで殴ってきた奴らはケガしてないだろうが」とチェイス。
「そんなことないって。ウォータージェットってあるでしょう? あれと同じだって」
「メンメはメンメに殴られたことがないからそんなことが言えるんだろ」
 私の番になって、ジェンガブロックを引き抜いたら、ジェンガが崩れた。
「やっぱりふにふにでぽよぽよだよ」
 会議室にフェニーが戻ってきた。いつものように淡々と無線機をフックにかけて、ローストの近くの空いていた席に座った。
「お疲れ様、どうだった?」とロースト。
「今のところ特に変わったことはないな」
「そうか、なら良かった」
 初日はこのまま特に何事もなく終わった。
 次の日は一件、新拠点から70kmくらいのところで黄色の反応があって、出動した。またフェニーに運んでもらっての出動で、またエレメントが単体で動いていた。今度は、エレメントを抜き出したと思われる者が見当たらなかった。逃げられたか、何か別の現象が起きてるか、と言ったところだけど、わからないのでとりあえず拠点に戻った。拠点に戻ると、フェニーが倦怠感を訴えてそのまま帰った。その次の日も休んだ。そのまた次の日は出勤してきたが、本調子ではなさそうだった。
 フェニー曰く、病院では異常なしと診断されたそうだ。咳やくしゃみが出るわけでもなく、ただだるいらしい。
「やはり、この間の出動で何かあったと考えた方が良いかもな」とロースト。
 そのとき出動したリング、チェイス、私が集まり、情報を絞り出したがそれらしいものは出てこなかった。
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十八話 カオスガラス
 だーく  - 18/5/6(日) 22:06 -
  
 原因がわからないまま、またエレメントの反応があった。色は紫。フェニーは相変わらず本調子じゃなかったので、ヒコウ員はライザかバードだ。ヒコウ員はもちろんそうだが、他のメンバーもフェニーのようになってしまうのではないかという不安とまではいかない空気が漂っていた。
「俺が行くよ」と言ったのはバードだった。「変化を感じたらすぐに報告するよ」
「ああ、頼む。あとは俺と、テーラと、メンメ。いいか?」
 反応があった場所はかなり近場で、通称ガラスの町と呼ばれる町だった。近場、つまり今まで反応があった箇所の中心に近い部分ということで、何か手がかりが得られるのではないかという期待がバスターにあった。
 早速、いつものように準備をして、バードに取り付けたバスケットへ乗り込んだ。距離が近いので必要以上には飛ばさず、エレメントの反応が出ている箇所以外にも注意を払って向かった。エレメントが発生している間、この付近で別の変化点が起きている可能性があるとテーラが言ったからだった。
 だが実際に飛び立つと「うーん、特に変わった感じではなさそうね」とテーラが言う。
「そうだなあ」とロースト。
「俺も今のところ何も感じないね」とバード。
 辺りを見渡していると、反応がある方向の風景に違和感を覚えた。でも、その違和感の正体はすぐにわかった。ガラスの町、とはこういうことか、と思った。建物の壁がガラスでできていたり、住宅の屋根がガラスでできていたり、ガラスがありとあらゆるところに使われていた。全部がガラスという訳ではないみたいで、普通の建物も多く見える。工業地帯と思われる場所は大きな工場が建て並び、そこは他の場所の工業地帯と何ら変わらない。ただ、周りにガラスが多いので、工場の存在感は確かに強かった。
「もう着くか」とロースト。「相変わらずすごい町だ」
 ローストはこの町に来たことがあるらしい。私は初めてだ。というか、私はバスターの中で一番後輩なので、もしかしたらローストだけじゃなくてみんなも来たことがあるのかもしれない。
 そのまま反応がある場所へと降りる。そこはかまくらのような建物で、可愛らしい見た目に似合わない黒い煙突がついていて、煙が立ち上っている。
「今回は多分外れだな」とロースト。
「なんで?」と私。
「ここは、ウチにカオスガラスを供給してくれてる工場だ」
「へえー」
 ドアを開けて、中に入る。中は確かに工場だ。あの外観は何だったんだろう。ライン作業という感じではなくて、職人が精密なものを作るようなイメージの場所で、作業員も一人しかいない。
 不思議な場所だ。建物の形が丸いから、内側の壁に四角い棚はフィットしないけど、棚もちゃんと内壁にフィットするように作られてる。他にも机とかソファとか機械とかあるけれど、物が少ない印象を受ける。
 棚には綺麗なラベルが貼ってあって、中には綺麗に整頓された金型が沢山入っている。そこだけに注目すると物は揃っていて、決して少ないという印象は受けない。棚の数だって少なくない。ラベルを剥がしてまとめたら、すごい束になると思う。
 ソファの前にはテーブルがあって、その先にはテレビ台とテレビも置いてある。そこだけ切り抜くと、バスターの元の拠点そっくりかもしれない。多分、物が少ない訳じゃない。広すぎるだけだ。
「ミヨさん」とローストが声を掛ける。が、そのミヨさんが操作している機械がウォンウォンと動いているので、聞こえていないようだった。
「ミヨさん」とローストが声を大きくする。そこでミヨさんは振り返り、目を丸くした。ミヨさんは私と同じニュートラルオヨギだった。私はチカラ二次進化で、ミヨさんはノーマル二次進化なので、少し違う。見たところそこそこ歳を取っているように見えた。
「ローストか。いや、バスターか。連絡もなしに来るなんて珍しい」
「まあね。カオスエレメントの反応があったもんでね」
「あ、ああ」
 とミヨさんはバツの悪そうに口篭った。
「そうだったね、バスターのことを忘れてたよ」
「ミヨさん、もしかしてカオスドライブ作ろうとしてた?」
「ああ、そうだよ」とミヨさんは口元に笑みを浮かべた。
「ミヨさん、からかわないでくれよ」
「はは、悪いね。カオスガラスは見たことがあるけど、カオスドライブは見たことなかったからね。ちょっと気になってね」
「ああ、そういうことか」
「物作りをしてるヤツは大体、自分が作ったものがどう使われてるのか気になるもんさ」
「そうだろうな。俺もそう思う。ところで、カオスドライブを見終わったらどうするつもりだったんだ?」
「ゴミ箱にポイだ」
「それはダメだ、ミヨさん。ゴミ置き場から持っていくヤツがいるからね」
「そうなのかい、知らなかったよ」
「ウチで引き取るから、早く作っちゃいな」
「色々と悪いね」
 エレメントはミヨさんの前にある機械の横でふわふわとアメーバのような形をして浮いている。ミヨさんは機械の蓋を開けて、中からガラスを取り出した。結晶のようなガラスだ。これがカオスガラス。バスターの事務所に置いてあるようなカオスガラスや、メンバーが持っている小さいカオスガラスとは比べ物にならないくらい綺麗だ。
「綺麗だろう? お嬢さん。ちゃんと仕上げるとこんなにもなるんだよ」
 私は無言で頷いた。
 ミヨさんはカオスガラスを持って、エレメントの中にカオスガラスを突っ込んだ。すると、みるみるエレメントはカオスガラスに吸い込まれていき、カオスガラスは紫色の輝きを放つカオスドライブとなった。その輝きは、今まで私がカオスガラス越しに見たエレメントの光よりも遥かに強いものだった。
「すごい」と声を上げたのはローストだった。ローストもこのレベルのものを見るのは初めてなのかな。
 だが、ミヨさんはバスターのメンバー以上に言葉を失っていた。
「ミヨさん、大丈夫か?」
「あ、ああ」
 とミヨさんはカオスドライブを目を奪われながら、ローストにカオスドライブを渡した。
「これは……驚いたねえ」と我に帰るミヨさん。
「こっちも驚いたよ。もしかしたらカオスドライブは、エレメントよりもカオスガラスの方に効果が依存しているのかもしれないと思うくらいだ」
「それは大変だねえ。あんまり綺麗すぎるカオスガラスは作れなくなるね」
「そうだな、カオスガラスの注文があったときは気をつけてくれると助かる。そういえば、最近エレメントがちょっと異常な振る舞いを見せているんだけど、ミヨさんは何か知らないか?」
「ガラスについてはわかるけど、エレメントについてはわからないねえ。隣町のトロンが詳しいんじゃないかい?」
「トロン?」
「生物学の研究者だよ。前にカオスガラスを作ったやったこともある。必要だったら住所も教えるよ」
「ああ、頼む」
 ミヨさんは綺麗なラベルの貼られた机の引き出しから名刺が入ったフォルダを取り出して、メモに住所を書き写すとローストにそれを渡した。
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十九話 あたしも絶対パス
 だーく  - 18/6/6(水) 22:36 -
  
「私がトロンです」
「ああ、あなたが」
 紹介された住所のところに行くと、黒いかまくらのような建物があった。どうしてこの手の人はドームが好きなのだろう。入口の扉は上半分にガラス窓がついているが、少なくともそこを見る限りでは中に誰かがいるようには見えなかった。
 中に入るとそこはミヨさんの工場とは対照的に白を基調とした空間で、ミヨさんの工場よりかなり小さかった。内側の壁は平らな面で、ドーム状なのは外観だけだった。まるでペットショップに並ぶ犬のように、壁に積まれた肌色のケースの中にモルモット達が見えた。実験に使われるモルモットを見るのは初めてだ。見る人によってはその姿が悲しそうに見えるのかもしれないが、私にはモルモットが普通に飼われているのと何ら変わりないように見えた。中に入ってすぐ右側の空間に研究員と思われる白のヒーローオヨギ、ピンクのヒーローノーマル、グレーのニュートラルノーマルタイプのチャオがいて、白のヒーローオヨギに話しかけたところ、彼がトロンさんだった。
「突然押しかけてきて申し訳ございません。ガラスの町のミヨさんにの紹介で伺ったのですが、お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」とロースト。
「えー、どれくらいお時間必要でしょうか?」
「内容次第と言ったところですが、おそらく一時間程度かと思います」
「そうですか。それであれば構わないのですが、三十分ほどお待ち頂けます?」
「ありがとうございます」
 ピンクさんに案内され、多分休憩に使っているのであろう、隅のすりガラスの仕切りで一面だけ隠された空間に案内された。このガラスもミヨさんが作ったのだろうか。その仕切られた空間には、イス取りゲームのように四つのソファがそれぞれ外側を向くように置かれており、そこに座らされた。四つの椅子の真ん中には大きな植木鉢があって、私たちよりも少し背の高い木が植えられていた。バスターでは大体向かい合って座るので、四人で座ったときにお互いの顔が見えないのは不思議と緊張する。
「このカオスドライブ、実際のところどうなんだろうな」
 右隣のローストが防具の左肩の辺りのポケットを指して言う。そこにはさっきミヨさんのところで引き取ったカオスドライブが入っている。
「カオスドライブの効果に個体差があるなんて聞いたこともないが、見た目は強そうだよな」
「試しにバード使ってみる?」と私。
「さすがに二つ目はなあ」とバード。
 バードはヒコウタイプだけど、使ったカオスドライブは黄色だ。体や羽が丈夫で、空中で攻撃を受けてもずっと空中で対抗できる力がある。試しに私がバードと手合わせしたときはバードはずっと空中から銃を撃ってきた。それに対して私は地上からナイフや銃弾を投げて対抗し、その根比べで私が勝った。
「でも、もし俺がこれ使ってフェニーより飛ぶの速くなったら、そうなのかもね」
「さすがにやめておいた方がいいよ。もうバードもカオスドライブ使ってから長いでしょう?」と木の向こう側からテーラ。
「使わないよ。あんまり無駄に能力使ってないからまだそんなに体には来てないけど、わざわざ制限増やすようなことしたくないな」
「制限、って本当にその通りだよね。世間的には何でもできるようになる、くらいのイメージありそうだけど」とテーラはぶっきらぼうに言う。経験上、彼女はきっと不機嫌そうな顔をしている。「あたしも絶対パス」
「なんか外れてる気がするけど、フェニーはもしかしたらもう体が限界なのかもな」とロースト。
「そう? 突然すぎじゃない?」とテーラ。
 テーラの言う通り、カオスドライブの副作用は徐々に表れる。衰えていく、という表現が一番しっくりくる。老化に近いものを感じさせるくらいだ。実際、高い能力を発揮し続けていた体からカオスドライブの力が抜けていき、能力を発揮できなくなっていく。でも脳が掛けなければいけないブレーキも壊れているから、壊れかけた体にさらなる負荷を掛け続ける。そうしてカオスドライブの使用者は身を滅ぼしていく。
「うーん、そうとも思えるんだけど、フェニーは長距離をかなりの速さで飛ぶことが多かったから、想定以上に負荷が大きかったようにも思うんだよ」
 バスターのメンバーは既に数え切れないくらい入れ替わっていると聞いた。私はメンバーが入れ替わるときに立ち会ったことがないから、ローストとテーラがどんなイメージを共有して話しているのかわからない。
「そうなのかな、聞いたことはないけど」とテーラ。
「なくはないと思うけど、テーラの言うとおり前例は聞いたことがないね」とバード。
「そうなんだよな、そう。なくはない、くらいだ」とロースト。


「ああ、確かに最近異常です。具体的に言うと、一年と二日前からですね」
 トロンはそう言うと卓上カレンダーを見て、今年のその日を指した。そこには赤丸がつけてあった。
「私が最初にその事例にぶつかったときは、えー、簡単に言うとカオスエレメントを半分取り出したモルモットにどのような変化が起こるのか、という実験を行ったときでした。通常、モルモットからは青のエレメントを採取することができますが、その際に採取されたエレメントは黄色でした。私たちは驚いてね、当初の目的を放って他のモルモットからもエレメントを採取しました。結果は、バラバラです。青のエレメントを持つものもいましたが、他の色のエレメントとおおよそ同じ程度の割合でした。結構なサンプルを取りましたが、取れば取るほど平均化していきました。規則性なんてものはまったく見られず、正直何が原因なのか、今でもわかっていません。今となってはエレメントはそういうもの、程度の認識になってしまうくらい当たり前のこととなってしまいました。一昨日が丁度その日から一年でしたから、あまり期待はせずに実験をしましたが、案の定何もわからず。そして、今日に至っています」
「そうですか。教えて頂きありがとうございます」とロースト。「ただ、何者かの悪意が働いていないことがわかっただけでもバスターとしては安堵しました」
「悪意、ですか。エレメントの在り方に影響を及ぼす悪意というものがあるとすれば、それは神か悪魔のものかもしれませんね」
 ローストは驚いた表情を見せた。
「失礼でしたら申し訳ないのですが、生物学者の口から神とか悪魔とかそういった言葉が出てくるとは思いませんでした」
「いえいえ、私は信じていませんよ。エレメントの在り方に影響を及ぼす悪意なんてものはない、という意味です」
「なるほど。解釈が及びませんでした」
 外に出ようと扉の前に立つと、外で雨が降っていることに気が付いた。
「そういえば」とロースト。
「カオスドライブの副作用の症状が突然表れるケースって、あるのでしょうか」
「ありませんよ。神や悪魔がいなければ、ですが」
「なるほど。解釈が及びませんでした」
引用なし
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二十話 指令役
 だーく  - 18/8/16(木) 14:38 -
  
「あいつ絶対クロだろ」
 とロースト。みんなが笑う。私も笑う。
 帰りのバスケットの中で私たちはどうやってトロンをしばき倒すかについて話し合った。
 薄いガラス玉を口の中に放り込んでアッチョンブリケするとか、高温で溶かしたガラスをぶっかけてガラス人形にするだとか、このバスケットの代わりにトロンを括りつけてバードが引きずり回すだとか、なかなかに盛り上がった。
「あとはどう証拠を掴むかだけだな」
「寧ろ、先にしばいて吐かせる?」と私。
「なるほど、名案だな」
 そんなテンションのまま拠点に戻ったら、何人かいなかった。ライザに聞いたら、カオスエレメントの反応があったから出動した、とのことだった。なんだか忙しいなあと思いながら、防具を脱いだり無線機を掛けたりしてから、ソファに体を沈める。
 証拠掴むの、イメージ湧かないなあ、と思ったら急に冷めてしまって、あとはローストに任せようと思った。


 次の日の朝、ローストがバードを連れて外へ出ていったようだった。フェニーも休みだったので、空間が広く感じた。
 私が出社した時には無線機は掛かっていなくて、まだ来てないのかなと思ったけど、ライザに聞いたら三人のことを教えてくれた。
「またなんかやろうとしてるな」
 とライザは笑った。
 そんなライザとは対照的に、リングは怖い顔してソファに座っていた。
「昨日は収穫ありとか言ってたけど、何が収穫だったんだ? あいつリーダーの癖に報告もしないで何やってるんだ」
「クロっぽいヤツがいたんだよね。確証はないんだけど」
「そうなのか。今日もそこに行ってるんじゃないか? メンメを連れて行かなかった意味はわからないけど」
「私を危険な目に合わせたくないんだよ」
「過去を直視しなさい」
「危険だったかも」
「大丈夫かなあ。ローストは変なところでスイッチ入るんだよなあ」
 ローストが何も言わずに外へ出て行くときは、その何かをするのに面倒な反対意見が挙がるときだ。そして、その反対意見を言うのは大体リングとテーラだ。まあ確かに、二人を説得しても黙るような印象はないし、納得しないとわかってる二人を無理やり黙らせて行動するくらいだったら、最初から説得しない方が良いと考えているのかもしれない。私だったら絶対そうする。
 ローストが何をしようとしてるのかはわからない。昨日はふざけてトロンのことを話していたけど、トロンは見た限りではカオスドライブを使ってないし、正直やっぱりカオスエレメントに大きな影響を与えられるようなヤツには見えない。というか、エレメントがおかしいのは個人の影響ではないだろう。
 探知ガラスが反応した。赤と緑の反応だった。ローストがいないから、自然と他の指令役が動く。
「赤と緑か。距離の割り出しができないから、向かいながら確認な。俺は残るから、レードラ行ってくれ」とリング。
「わかった。ロックとライザとメンメ。行こう」と指令役のレードラ。
 すぐに準備をして、ライザのバスケットに乗り込んだ。
 探知ガラスの光の強さからして、そこそこの距離を飛ばなければいけない。移動時間が退屈だ。
「急に反応が増えた気がするよな」とロック。
「どうだろう。このペースで反応があったこともあるから、たまたまかもしれない」とレードラ。
 普段あんまり仕事がないから、急に仕事が何件かできると忙しく感じる。その度に、この二人はこんな会話をしている。
 ロックはバスターの戦闘員の中では丁度真ん中の強さだ。チェイスよりは強いけど、テーラよりは弱い。銀色のニュートラルノーマルタイプで、何かが得意という訳ではないけど、何かが苦手という訳でもない。
 レードラも指令役ではあるが、ほぼ戦闘員のようなポジションだ。戦闘員としての実力は高くて、テーラよりも強い。水色のダークオヨギタイプ二次ヒコウだ。熱を奪う特殊な物質を放つ銃、レイガンを扱っている。レイガンの弾はあまり飛ばないし、弾道も放物線を描く。水鉄砲に近い。かなり癖がある銃だけど、レードラは射程管理と回避が上手いので、使いこなせている。ただ如何せん指令役としてあまりやる気がない。指令役はほとんどローストに任せているし、ローストがいないときはリングが張り切るから、指令役としてはあまり認識されていない。バスターは指令役、戦闘員、ヒコウ員のグループで基本的に出動するので、指令役のローストとリングがよく働くとなると、レードラは自然にあまり働かなくなる。
 そんな背景があるからかもしれないけど、ロックとレードラの会話はどこかふわりとしている。
「ローストも忙しいよな」とレードラ。
「別に少しくらい振ってもらってもいいんだけどな」とロック。
 でも普段からそんなに仕事が多くないので、ロックがローストに対してわざわざ振ってくれと言ったことはない。
「リングが不満そうだから、リングに振るのがいいんだろうけど」とロック。
「でもまあ、ローストは割とこんな皆が気に入ってるみたいだから」とレードラ。
 多分、レードラの言ってることが合ってる。
 そんな会話をしているうちに、反応が近づいてきた。
 そして、空き地で私たちを待っていたかのように見上げる三匹のチャオを見つけた。
引用なし
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