●週刊チャオ サークル掲示板
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チャオ・ウォーカー -The princess of chao- スマッシュ 12/12/9(日) 3:14
01 僕たちの世界にはレールが敷かれている スマッシュ 12/12/9(日) 3:16
02 天界に忘れ去られし奇の石の英知を得るは小さき泉 スマッシュ 12/12/9(日) 3:17
03 奇跡時代に生きる皆様こんにちは スマッシュ 12/12/9(日) 3:19
04 好きってことにしときなよ スマッシュ 12/12/16(日) 0:30
05 空には情報が満ちています スマッシュ 12/12/16(日) 0:31
06 俺が英雄になる スマッシュ 12/12/16(日) 0:32
07 人間だ スマッシュ 12/12/22(土) 0:01
08 チャオを助けたい スマッシュ 12/12/23(日) 0:01
09 世界の進む道 スマッシュ 12/12/23(日) 0:01
10 いつか私は スマッシュ 12/12/23(日) 0:02
感想コーナー スマッシュ 12/12/23(日) 0:03

チャオ・ウォーカー -The princess of chao-
 スマッシュ  - 12/12/9(日) 3:14 -
  
ろっどさんのチャオ・ウォーカーもどうか読んでください!
引用なし
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01 僕たちの世界にはレールが敷かれている
 スマッシュ  - 12/12/9(日) 3:16 -
  
 逆らえない流れがある。
 末森優はそう感じていた。
 それはしばしば時間の非情さを主張する時に用いられる表現であったが、優は時間のことを憂いているのではなかった。
 誰かがレールを敷いて、その上を走るトロッコに乗って大勢の人が生きている。
 それがこの世界の形だと、末森優は思っているのであった。常識やマナー、国や世界の方針。誰かが決めていることのはずなのに、自分には手出しができないと優は思っている。デモやテロをしたところで自分の望むような世界にはならないような気がしているのである。
 レールがなければ、トロッコはまともには走れまい。だからレールを敷く人がいるのは悪いことではない。
 そうとわかっていたが、それでも優は怖くなる。そのレールが自分の望まない方向へ敷かれていくかもしれないことが。そうなった時トロッコから飛び降りることもできず、現実が進行していくのを見ていることしかできないであろうことが。しかし個々の望みを実現しようにも世界は一つしかないのであった。
 それなら妥協するしかない。もしかしたらレールは人々が妥協できそうな道を選んで敷かれているのかもしれない。

「また変なことを考えてる」
 優の思考を遮ったのは斉藤由美だった。童子のように整えられた黒い長髪の少女はにやりとした笑みでもって優を見つめている。
「変なことって」
「権力への反抗心を燻らせているようだったから」
 一つ一つの単語を強調して由美は言った。当たらずとも遠からず。
「人の心を読まないでほしいんだけどな」
 由美はしばしば人の考えていることを言い当てるのであった。人の心を読んでいる。優にはそうとしか思えない。
「セキュリティが甘いのが悪い」
「どうやったら強化できるんだよ、それ」
「誰かが自分の思考を読もうとしてるかもしれないって意識するだけでも効果はあるはずだよ」
 彼女がそう言うのなら本当なのだろう、と優は思った。あり得ないくらい凄い人間。それがクラスの彼女に対する評価だった。主に試験の時にその凄さというのは現れていた。毎回全ての教科で学年一位になるのである。彼女の取った点数がそのテストにおける満点である、と言う人間までいる。天才扱いされているのだ。
「人の心を読む方法、教えてほしいな」
「企業秘密。というか末森君じゃできないと思う」
「マジか。神童と言われたこの僕にできないと」
「格が違うんで」
「なんか悔しいな。いつか一泡吹かせてやる」
 そう言って優は笑う。悔しいが楽しいのであった。
「ヘイ、ユー」
 そこにクラスメイトが混ざってくる。優はユウと読むのでしばしば英語風に挨拶されるのであった。
「天才コンビってさ、もしかして付き合ってる?」
 優は付き合っているという言葉に弱かった。周囲の人がしている恋愛というものを自分もしてみたいと思っている。思っているだけで行動には移さないでいるのだが。
「いや付き合ってないよ」
 そう優が否定した直後、由美が優の頭を指差して、
「今こいつ、既成事実にするのもありかもって思ってた」と言った。
「だから読まないでって言ってるでしょ」
「はは。息ばっちりじゃん。俺も天才に生まれたかったわ」
「天才的には天才でいるのも辛いんだって」
 優は少しうんざりとした声色で言った。
「マジで?どうしてよ」
「一人だけ優秀だとさ、周囲からのプレッシャーがやばいんだよ」
 優もまた天才と呼ばれていた。理由は由美とほぼ同じである。優はスポーツも得意であった。彼が小学校と中学校に通っていた時には過剰なまでの特別扱いを受けていた。神童という言葉が周囲で流行ったこともあった。天才には慣れたが神童という言葉にはまだ苦手意識が残っていて、未だそれを聞く度に優は憂鬱になってしまう。優にとって自分より格上のクラスメイトというのは高校で出会った由美が初めてであった。そのために由美のことを恩人だと思う時がある。
「変に期待されてさ、すっげえストレス溜まるんだよ。胃が一つじゃ足りないよ」
「ああ、なるほ」
 そりゃやばい、と笑う。
「じゃああれか。今は結構楽なん?」
「まあ俺はね。斉藤さんはどうだか知らんけど」
「私は別に気にならないから」
「大物だ」
「大物だな」
 そこで会話が止まってしまった。数秒して、
「そんじゃまた明日な」と言ってそのクラスメイトは廊下へ走っていた。
「おう」
「また」
 二人が残る。天才の二人をペアにしておくのが自然であるとクラスのほとんどが思っていた。そのせいで二人きりになることが頻繁で、嬉しくないと言えば嘘になるがたまには他の面子も一緒に下校したいと優は思う。もしかしたらそう考えていることも由美に読まれるかもしれない。警戒して優は、
「帰ろうか」と言葉をかけて自分の思考を中断させる。
「そうね」
 自分より優秀な人間がいる。そのことが優を安心させている。
「ちょっとチャオガーデンで遊んでいかない?」
「うん、いいよ」
 一年前からチャオを飼うのにかかる費用がぐっと少なくなった。チャオガーデンは無料開放された上にチャオを預けられるようになり、それを受けて優はチャオガーデンを利用し始めた。
 チャオのためというより、自分が楽しむためという理由の方が強い。チャオガーデンは人にとって居心地がいい公園のようなものであった。一面の芝生。桜の木が所々に植えられて、新緑が木陰を作っている。そして池は温泉のように常に新しい水が入ってきている。遊具はチャオの体に合わせたサイズだがベンチは人のための大きさだった。そのベンチに座って、
「いいな。こういう庭欲しい」と由美が言う。
「これ庭だったら大豪邸だよ」
「大豪邸にも住みたい」
「無理でしょ」
 外国ならともかく日本にそんなものがあってたまるか、と優は思う。
 だけど芸能人の家は信じられないほど豪華なものもあるらしいからな。由美は芸能界で通用しそうなルックスではあるな。それに由美は僕以上の天才だからどうにかなってしまうかもしれない。
 そう考えると由美が羨ましくなる。素直に羨ましいと思えるのは由美が相手の時だけだったので、優は由美といるのが好きだった。
「僕は一人暮らしできればそれでいいや」
 由美が既に一人で暮らしているということも優にとっては羨ましいものであった。
「それで満足って理想低すぎじゃない」
「僕、衣食住に関しては理想低めだから」
 そう言いながら優は自分のチャオに木の実を食べさせる。チャオはマルという名前だった。マルはチャオガーデンの売店にある食べ物の中で一番安い木の実を勢いよく食べる。好き嫌いがないのである。それを見て由美は飼い主に似たんだなと思った。
「他に野心なんてのはないの?」
「日本を絶対王政にして、王様になりたい」
「日本終了」
 由美が重い息を吐いた。
「冗談だって。もしなれてもなりたくない」
「だろうね。末森君って頂点に立ちたくないって思ってるもんね」
 まさにそうであった。自分の思考の柱を言い当てられて、優はなんとも言えない気持ちになる。由美と出会ってまだ三ヶ月ほどしか経っていなかった。それなのに由美は自分のことを知り尽くしているみたいだ、と優は感じている。
「斉藤さんって、どの程度まで人の心を読めるの。初対面の人の性格までわかったりすんの」
「勿論」
「恐ろしいなあ」
「冗談に決まってるでしょ」
「ああ、なんだ」
「それよりもマルが」
「あ」
 木の実を食べかけのまま置いて動こうとしていた。ベンチから落ちる前に優が捕まえる。
「どうした、遊びたいのか」
 言いながらチャオを下ろしてやる。マルは優や由美の靴をぺたぺたと触って遊び始めた。
「靴に何かあんのか?」
 聞きながら撫でる。答えは返ってこない。しかしチャオは言葉を理解しているかもしれない、と優は思っていて、だから話しかけるのであった。
「靴が面白いと思ったのかもね」
「斉藤さん、チャオの心も読めるの」
「それは無理」と由美は笑った。「ただ、興味を持ったみたいだから。なんとなく気になったんじゃないのかな」
 そう言って彼女は顔を上に向ける。
「人間だって空がふと気になる時があるでしょう」
「ああ、たまにある」
「私はよくある。空に何かが書いてあるような気がして」
 天井があって空は見えないのだが、それでも由美は天井を見続けた。そこにも何か書いてあるのかもしれないと期待しているのであった。
「それにしてもこれからどうなっちゃうのかな。地球大丈夫かな」
「あのこと、気になるんだ」
 最近世間を騒がせているニュース。それは異星人の侵略だった。地球で作られた物ではないと見られる人工物が宇宙より飛来したのだった。それは大気圏突入や落下の衝撃に耐え、未だに何らかの信号を発信しているらしい。近い将来宇宙人が来る、と噂されており、中には侵略しに来るのだと言う者がいるのであった。
「ソニックはいないし、それは仕方ないとしても、カオスエメラルドも見つかってないもんね」と由美は言った。
「あ、カオスエメラルドってまだ見つかってないんだ」
「そうみたいよ」
「じゃあ宇宙人が攻めてきたら」
「降伏するしかないかな」
「やだなあ、それ」
 優がそう言ってのけぞる。マルがそれを不思議そうに見つめた。
「どうにかなんないかな」
 優はマルを撫でた。今撫でておかなければ、明日には撫でられなくなっているかもしれない。その不安が彼の手を動かしていた。
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02 天界に忘れ去られし奇の石の英知を得るは小さき...
 スマッシュ  - 12/12/9(日) 3:17 -
  
 連邦政府軍「GUN」は各国に支部が置かれていた。連邦政府という形はあれど、各々の国家が独自に政治を行うことになっているため、GUNは主に国家間の戦争を起こさないための抑止力として働いていた。あるいは世界を揺るがすような大悪党が現れれば、それに対抗する。そういう仕事だ。規模が規模のため、とんでもない陰謀が中で動いているのではないか、という物好きな噂の対象になってもいた。
 GUNの日本支部内にあるチャオガーデン。庭瀬雪奈はそこでチャオの検査をしている真理子に恐る恐る話しかけた。
「あの、お願いがあるのですが」
「何?」
 庭瀬真理子は振り向かずに応じる。調整したチャオが設定通りの能力を発揮しているか調べているのであった。雪奈は俯いたまま何も言わない。
「どうしたの」
 データを取り終えたところで真理子は何も言わない雪奈の方を向く。すると雪奈が「あの」と口を開く。どうやら大事な話であったらしい、と真理子は気付いた。
「どうしたの」
 もう一度、今度は優しく問う。
「末森優という人がいるそうです。もしかしたら雅人さんの息子さんかもしれません」
「そう。あなた、その情報を受け取ったの。でもその子は外れよ。彼のお父さんはうちで働いているの。チャオウォーカーの整備をしているわ」
「でも何かしらの縁があるかもしれません」
「無いわよ。調べたんだから。苗字が同じってだけだった」
「しかしもっと調べればもしかしたら」
 やけに食い下がってくる、と真理子は思った。
 自分が雅人のことについて調べたのであれば漏れなんて無いはずだと雪奈はわかっているはずである。どうもおかしい。本当は雅人のことは口実なのかもしれない。雪奈の望みそうなこと。
「雪奈」
「はい」
「もしかして、学校に行きたいの?」
 雪奈はまた黙ってしまった。何秒か経ってから遠慮がちに「そうです」と言う。
「どうしてもというわけではないです。駄目なら、それで」
「いいわ。行っても」
 すんなりと許可されて雪奈は少し戸惑った。
「学校なんてものがあると知ったら、羨ましくなるでしょう。いいわよ。楽しんでらっしゃい」
 真理子が笑うのを見て、頼んでみてよかった、と雪奈は胸を撫で下ろした。この二年間、お願い事をして聞いてもらえなかったことはなかった。それでも今度ばかりはあまりにも身勝手な願いだから却下されるものと思っていた。
「ありがとうございます」
 深々と頭を下げる。すると真理子からは真っ白な髪が花のように広がっているのが見えるのであった。綺麗な白だ。真理子は雪奈を誇りに思っていた。彼女は非常に出来がいい。
「善は急げね。転校の手続きをしておくわ。あくまで雅人の捜索ということになるから、学校は第三共同学園高等学校になるけどいいわね」
「はい」
 きっと雪奈が学校に行っても末森雅人の情報は手に入らないだろう。それでも雪奈を学校に行かせる。自分は雅人のことを諦めてしまったのだろうか、と真理子は自身を疑った。そうではない、とすぐに思い直す。
 彼女がいなくても雅人を見つけ出せるはずだ。いずれ見つかる。事はもう進んでいる。
 そう考え、自信を取り戻した。そこにチャオを左腕に抱えた男が入ってくる。長身の、目がぎらついている男だった。
「失礼する」
「真田、あなた作戦は」
「その確認ですよ、庭瀬殿。目的地イメージの同期、あれに時間が掛かってる。カオスユニットは五体いる。それならもっと早くに終わっていてもおかしくないはずですが、彼らはきちんと動いているのですかね」
 真理子は溜め息をついた。いちいち説明をするのはかったるかった。だから感情を殺して読み上げるように言った。
「第一号クレマチスにはカオスユニットとして十分な能力がありません。なので第五号リンドウの補助をしてもらっています。第三号ヒメユリと第四号スノードロップは現在稼働させていません。ですから現状カオスユニットは第二号キキョウと第五号リンドウの二体だけです」
「稼働させていない、か」
「それにそちらからここまで距離がありますから。まだCHAO-Sは距離によって生まれるタイムラグに対応できていないのです」
「そういうこと」
 ヒーローカオスチャオが会話に入ってくる。少年のような声で、チャオであるのにしっかりと人間の言葉を話す。
「空気中の水分を光速で飛ばせるようになれば話は変わるけどね。まあ今のカオスユニットじゃあ無理なわけ」
「ちょっと、キキョウ」
「イメージ共有を頻繁にする必要があるってんなら、カオスユニットをリーダー機に置いておけるように量産しないといけないかもね。携帯電話の中継基地みたく各所に配置するのが今のところベストじゃないの」
「キキョウ、仕事をしなさい」
「やだよ。こいつの言ってるイメージ共有って戦争のためのなんだろ。そういうのはリンドウの担当なんじゃねえの。そのためにあいつ調整したんだろ」
 キキョウは左手をガーデンの隅にいるチャオに向ける。ニュートラルノーマルチャオと青色のヒーローハシリチャオが座って目を瞑っていた。青い方が目を開けた。こちらがリンドウだ。
「セイギの、ために」
 日本語を習っている人間が言うそれよりも一層たどたどしく、リンドウは言った。
「ほらあいつもなんか張り切ってるし、あいつに任せておけばいいじゃん」
 真理子が困った顔をする。そこに真田徹が、
「それで、彼の言っていることは本当なのだろうか。カオスユニットの量産が必要というのは」と質問をしてくる。
「ええ、本当です」
「なるほど。現状では日本しか占拠できぬということか」
「残念だったな」
 キキョウが煽るが、徹は表情を一切変えなかった。
「いずれ世界は動く」と言い返して、ガーデンを去っていく。
 ドアが閉まってしばらくしてから、
「あなた、妨害してたなんてことはないでしょうね」と真理子がキキョウに聞いた。
「どうだろうね。雪奈はどう思う?」
「私だったら妨害してます。あの人嫌いですから」
「気が合うねえ」
 キキョウは手を差し出した。雪奈はそれを握る。握手。
「ああ、してないから安心してよ。こんな時にいたずらなんてしたらただじゃ済まないからね」
 真理子はまた溜め息をつかなくてはならなかった。

 格納庫には全長七メートルほどの人型ロボットが三つ並んでいた。ロボットの装甲はほとんどが曲線で構成されていて、実際にはそれは外装であるのだが、そのフォルムはロボット特有の筋肉のつき方をしているように見えないこともなかった。全体的に鉄の生き物を想起させるのだが前腕部だけは兵器としての無骨さを持っている。それがチャオウォーカーであった。
 徹は自分のチャオウォーカーに向かいながら、既に搭乗している二名へ声をかける。
「時間だ。これより出撃する」
 待っていましたと言わんばかりに二機のハッチが閉じた。二つの音と共に徹はコックピットに座り、懐から白い宝石のような直方体の石を取り出した。それを右手側にある機械の窪みにセットする。そして足元に設けられた小さなスペースに抱えていたチャオを下ろす。すると先ほどの宝石が光り始めた。
「超移動を行う。エネルギーを充填せよ」
 指示と同時に徹もハッチを閉じ、チャオウォーカーを省エネルギーモードに切り替える。余剰エネルギーが蓄積されていくのを、測定機器からの情報を担当しているモニターと輝きを徐々に増していく石との両方で確認しつつ呟く。感嘆の言葉だ。
「天界に、忘れ去られし奇の石の、英知を得るは小さき泉」
 モニターに「超移動可能」と表示された。
「準備完了」
「いつでも」
 二人が言う。それを受け、真田徹の口元は歪んだ。
「超移動」
 その瞬間、七機のチャオウォーカーが格納庫から姿を消した。

 その日、日本にてGUNによるクーデターが発生した。最初に占拠されたのは国営放送だった。
 占拠はスムーズに行われた。最も抵抗が激しかったのは国会議事堂であり、それは事前にテロの予告があったためであった。テロの予告はGUNが意図的に流した情報で、目論み通り小規模の戦闘が起こることとなった。
 少人数で奇襲を仕掛けてきたGUNは数の防御に身動きが取れなくなり、このまま撤退していくだろうと思われた時である。突如、巨大なフラッシュが十個焚かれた。
「何だ」と誰かが言った。
 彼らはもう一度「何だあれは」と騒がなくてはならなかった。十機の巨大ロボットが横一列に等間隔で並んで現れていたからである。空から落ちてきたのでも、高速で駆けつけたわけでもない。マジックのようだ。しかしマジックで七メートルもある巨体を十も隠すことができるだろうか。まるで展示品のように並んだ十機のチャオウォーカーのために、自分の体が一瞬にして小さくなったのではないか、と疑う者さえいた。
「超移動成功。誤差ありません。完璧です」
「誤差なしか。なるほど、これぞまさに奇跡の力」
「隊長殿、行きましょう」
「ああ。発砲を許可する。歯向かう者があれば確実に殺せ。それ以外は好きにしていい」
 徹がそう言うと、七メートルの体に見合うだけの威力による虐殺が始まった。驚愕が叫喚に変わった。
 十機のうち七機は左の前腕部が銃身となっていた。小銃である。そこから放たれる弾が人間を二つに引きちぎる。遥か昔より使用されているGUNのロボットは、動力源であるカオスドライブから得られるエネルギーをそのまま銃弾として使っている。その技術を転用したチャオウォーカー用アサルトライフルは分間六百発を実現しながらも、チャオウォーカーと同等の体躯の兵器を貫くだけの口径を持っている。そのため人間を相手に運用すれば、戦場は非人道的という言葉が真っ先に浮かんでくるような殺人現場となるのであった。
 そして残りの三機、真田徹たちのチャオウォーカーであるが、それらの左前腕部は直方体の箱ような形をしている。その箱は十徳ナイフのようになっており、そこから銃身が出てきた。発砲すると、地面があたかも大粒の雨によって削り取られたようになる。こちらは人に向けて撃たれなかったが、絶望感が確かに心をえぐる。
 巨大な小銃と散弾銃によって瞬く間に抵抗がなくなった。
「どうやら英雄はいなかったようだな」
 散っていく抵抗勢力を見下ろしながら徹が言った。
「巨体の鬼が十人も現れて、生身で立ち向かうやつなんていないでしょう」と部下が笑う。
「いればよかったんだがな。まあいい。いずれ出会えることだろう」
「あれま。本気でしたか」

 その日、GUNの主導によって日本は大きく変わることが発表された。GUNはそれを「奇跡時代の到来」と称した。
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03 奇跡時代に生きる皆様こんにちは
 スマッシュ  - 12/12/9(日) 3:19 -
  
「なんか大変なことになっちゃったな」
「そうだね」
 学校に限らずどこでも話題はクーデターのことで持ちきりだった。
「全く、なんだよ奇跡時代って」
 優も多くの人々同様、突如自分の住んでいる国が変わってしまったことに戸惑っていた。しかしそれを聞く由美は平然としているようであった。
「今日、その奇跡時代とやらについて説明があるらしいよ」
「説明って?」
「詳しくは知らないけど、授業の代わりにやるって噂」
 授業の代わり。それはいいことだ、と優は思った。
 そして由美の言う通り、新しい時代を生きる若者に必要な基礎教養を身に付けるため、という目的で作られたビデオディスクを担任が持って教室に入ってきた。GUNから配布されたとのことだった。ホームルームが終わると、早速そのビデオが再生された。

「奇跡時代に生きる皆様こんにちは。聞き手のウツツマツリです」
 赤く先端で巻き毛になっている二十台と思われる女性の下に「現茉莉」と書かれたテロップが表示された。彼女が「そしてこちらが講師の」と言うと、カメラは中年の男性を写す。スーツ姿だがかしこまった風ではなく、白と黒の市松模様のネクタイなどからラフな雰囲気を漂わせていた。
「カブトマサヨシです。これより皆さんにはこれからの人類発展に貢献してもらえるよう、奇跡時代の到来について講義させてもらいます。よろしくお願いします」
 お辞儀をするその男性の下には「兜正良」というテロップが表示される。少しの間を置くと正良は「まず奇跡の力についての説明からしましょう」と言った。
「皆さんはカオスエメラルドという物をご存知でしょうか」
 二人の間に置かれている大きなモニターに七つの石が表示される。全て形は同じだが色だけ違う。
「このカオスエメラルドを使って活躍したのがあの英雄、ソニックだって聞いたことがあります」
「そうです。よく知ってましたね現さん。彼はこれを使って、例えば、瞬間移動をすることができたようです。そのことはカオスコントロールと呼ばれていますね」
 他にも、と言って正良は機械の動力源として用いられたことやこれを七つ集めたソニックが金色に輝き凄まじいパワーを発揮したことなどを紹介した。
「カオスエメラルドが出すエネルギーは物理的なエネルギーではなく、奇跡そのものを引き起こすためのエネルギーとされています」
「奇跡そのものを起こすエネルギーってどういうことですか、先生」
「一言で言うと、望めば叶う、ということですが、身近な例としてはこんなことを起こせると考えられています」
 正良がそう言うとモニターに「もしも高校球児がカオスエメラルドを手に入れたら」という文字が表示された。そしてVTRが始まる。

「俺は野原球太。今年は高校生最後の夏。今度こそスタメン入りして甲子園に出たいんだけどなあ」
 その頭に野球のボールぶつかり「いてっ」と声を上げる。そして遠くから声が掛かる。
「おい球太、ボール拾え」
「あ、はい」
 慌てて拾い、バッティング練習をしていた男の方にボールを投げる。そして心の声。
「こんな感じで雑用ばっかり。一年や二年の上手いやつにも頭が上がらない。俺だってもっと野球が上手かったらなあ」
 そうぼやいた直後球太は何かにつまづいて転ぶ。また「いてっ」という声。
「いててて。何だよ今度は。ん、何だこれ?」
 カメラが彼の足元にあった物を写す。カオスエメラルドだった。それを球太は首を傾げながら手に取る。
「なんか綺麗だな。ラッキー」
 球太はカオスエメラルドをそのまま持ち去ってしまった。ここで「取得物は交番に届けましょう」というテロップが出て、教室内ではくすくす笑う声が漏れた。それからは球太が何かする度にカオスエメラルドが光り、事が上手く運んだ。バットにボールが当たってホームランとなり、走るスピードも段違いになり、周囲から「お前最近凄いな」と褒められる。そして彼は見事にスタメン入りし、甲子園出場を実現させるのであった。甲子園の土を踏む彼の笑顔でVTRは終わった。

「なんか漫画みたいなお話だったんですけど」
 茉莉が苦笑いしながら言った。正良は頷いて、
「そう見えますよね。でもこれが私たちが将来手にする奇跡の力なんですよ」と言った。
「私としては、今頑張って努力している人たちに申し訳ないような気がするのですが」
「そうかもしれません。でも将来はこの奇跡の力が平等に皆さんの物になるでしょう。自分だけでなく世界中の誰もがさっきのような奇跡を使える。そうなった時、最後に物を言うのは努力なのかもしれません」
「なるほど。努力は無駄ではないんですね」
 二人は笑顔になる。
「ところで現さん、これが何だかわかりますか?」
 正良が棒状の物体を取り出して言った。
「えっと、これはカオスドライブですよね。永久燃料で、私たちが普段使っている電気とかはここから生み出されているんですよね。生み出されたのはソニックがいた頃ではないかと言われているって習いました」
「そこまでご存知でしたか。そうなんです。実はこのカオスドライブ、カオスエメラルドをお手本にして作られたものとして見られています」
「ということは、カオスドライブでもさっきみたいなことができるってことですか?」
「残念ながら、そうではないんです。カオスドライブにはそこまでの出力はありません。それに、カオスエメラルドはカオスドライブとは決定的に異なる点があるんですよ」
「それは一体どこですか?」
「はい。カオスエメラルドは作ったエネルギーを溜めておく貯蔵庫の役割も持っているようなんです。これによってカオスドライブとは比較ならないほどのエネルギーを放出することができるのです」
「へええ、そうだったんですか。でも、カオスエメラルドって見つかっていないんですよね?どうしてそんなことがわかるんですか?」
「いい質問ですね。確かにカオスエメラルドは一つも見つかっていません。ですが、こういう物が発見されたんですよ」
 そう言って懐から綺麗な直方体に整えられた緑色の石を取り出した。
「これは何ですか?」
「カオスエメラルドに限りなく近い性質を持つとされる模造エメラルドです。大昔の遺跡の中で発見された巨大なロボットの中にあった物で、そこからいくつか見つかっています。実際にこれを使ってカオスコントロールによる瞬間移動をする実験が行われ、成功しているんですよ。そして最近はこれを見本にして模造エメラルドの量産が進められています」
「じゃあ私たちが瞬間移動できる日も近いということですか」
「その通りです。そのうち遠い国へ日帰りで旅行ができる時代が来るかもしれませんね」
「わあ、それは楽しみです」
 そしてにっこりしたまま茉莉がカメラの方を向く。
「今回の講座はウェブでも確認できます。奇跡時代講座のホームページからアクセスしてください。奇跡時代講座のURLはこちら」
 テロップでURLが表示される。非常に短く、覚えやすいものであった。
「それでは皆さん、また会いましょう」
 手を振る二人。それでビデオは終わり、休み時間になった。

 教室のざわつきを背中に受けながら優は由美に、
「散切り頭を叩いてみれば文明開化の音がする、だな」と言った。
「そういうのなら私は上喜撰の歌がお気に入り」
「黒船のやつだっけ」
「そう、それ」
 二人は席替えの際に優等生ということで最前列の真ん中の席を押し付けられた。教室の先頭に優等生の男女二人が並んでいる。お似合いと言われるのも道理であった。これには由美も不満を口にした。しかしそれは優のものとは違って「一番前だと首が疲れるから嫌」という内容であった。
「でも人間ってすげえよな」
「どうしたの、いきなり」
「散切り頭も上喜撰も、ソニックが出てくるよりずっと昔の話なんだろ。その情報が残ってるって面白いなって」
「うん。昔の人が使っていた教科書とかが残っていたのかもね。それなら一つくらいあっても不思議じゃないと思う」
 二人の後ろでは全く違った話がされている。「もしも高校球児がカオスエメラルドを手に入れたら」に影響を受けたらしい。俺がカオスエメラルドを手に入れたらハーレムを作る、と豪語していた。それに対して「それよりも、とりあえず金持ちになろうぜ。金が命だ」などと言い合っている。
「奇跡の力が使えるようになったら、人間は駄目になるんじゃないかな」
 優は小声で由美に言う。由美は肩をすくめて、
「末森君も気をつけないと駄目だよ。他人の奇跡の犠牲にならないように」
 他人の奇跡の犠牲とは不思議な言い回しだ、と優は思った。そしてそれはどういう意味だろう、と考える。言い回しの珍妙さのせいか、上手くイメージができないでいると、
「奇跡の力で、自分の感情が操作されたら困るでしょう。好きでもない人のことを好きにさせられる、とか」と由美が言った。
「また心を読んだんだ?」
 由美は笑みを返す。この人の奇跡の犠牲になるかもしれないぞ、と優は思い、くすりと笑った。

 二時限目もビデオを見ることになった。今日の午前はビデオを見るだけだと担任は言う。よっしゃ、という叫び声が上がった。静かにと注意してから、担任はビデオを再生した。
 前回と同じ二人がカメラに写っている。服装もさっきと変わらない。一気に撮ったのだろうなと優は思った。
「さて今回はヒーロー理論について学んでいきましょう」
「ヒーロー理論って何ですか?全然聞いたことがないんですけど」
「これは最近勢いを増してきた説で、あらゆるものにおいて一定の確率で常軌を逸して優れたものが生まれる、というものなんです」
「一定の確率で常軌を逸した?すみません、もうちょっとわかりやすく説明していただけないでしょうか」
「ちょっとイメージしにくいですね。わかりやすくなるよう、画像を用意してきました。これを見てください」
 正良が言うと、モニターに一つの画像が現れる。青い体で棘のある生き物が二本足で立っていた。
「あ、これはソニックですね」
「そう、ソニック・ザ・ヘッジホッグです」
「これがヒーロー理論と関係あるのですか?」
「あるんです。こちらの画像も見ていただけますか」
 次は灰色のハリネズミの画像が出てきた。手に乗って、無数の短い針を背中に持っている。
「これは普通のハリネズミですか」
「その通りです。さて現さん、この二つの画像ですが、同じ種類のハリネズミに見えますか?」
「ちょっと見えないですね」と首を傾げながら茉莉は答える。「違う種類のハリネズミどころか、全然違う生物と言われても不思議じゃないです」
「それにこちらのハリネズミはソニックと違って音速では走れません。でもソニックもこのハリネズミの仲間かもしれないんです」
「もしかしてそれがヒーロー理論と関係しているんですか?」
「そうです。ヒーロー理論で言うところの常軌を逸して優れたハリネズミ。それがソニックなのです。実際ヒーロー理論はソニックのことを意識してヒーローという言葉を使っていて、彼のように優れた存在のことをヒーローとこの理論の中では呼んでいるのです」
「そんな説があるんですか。でもちょっと科学的とは思えない話ですよね」
「そうですね。この理論はあくまで机上の空論でした。しかし実際に人間におけるヒーローが誕生したためヒーロー理論は注目され始めているんですよ」
「え、人間のヒーロー、ですか」
 茉莉が目を丸くしたのを見て、満足そうに「そうなんです」と頷き、さっき紹介された模造エメラルドを茉莉に手渡した。
「現さん、この前カオスコントロールと呼ばれる瞬間移動の話があったのを覚えてますか」
「はい。カオスエメラルドの奇跡の力を使ってやるんですよね」
「試しにその模造エメラルドでやってみてください」
 突拍子もないことを言われて茉莉は「ええ」と笑ってしまう。
「でも、どうやってやればいいんですか」
「念じればできるそうですよ」
「念じる、念じる」
 しかし一向に瞬間移動しない。それを見て正良が「無理みたいですね」と言う。
「実はカオスコントロールは普通の人にはできないんです。しかしできてしまう人が現れたんです。それがこのスエモリマサトという人です」
 若い男性の写真が表示された。その写真の下に末森雅人という文字が一緒に出てきた。
「ソニックがいた頃、地球は何度か危機に晒されました。それがいつ地球に再び降り注ぐか、私たちにはわかりません。そこで危機から地球を救う英雄が必要なんです」
「それがこの末森雅人さんってことですよね。じゃあ地球は安全なんですね」
「そうだとよかったのですが、大変残念なことに、彼はGUNで行われたカオスコントロールの実験中に行方不明となってしまいました。現在捜索中なんです」
「ええ、そうなんですか」
「ま、そのことはひとまず置いておきましょう。もしかしたら皆さんの身近なところにもヒーローがいるかもしれないので、ヒーローの特徴として推測される点をいくつか紹介します」
 動物が人間と同じように喋るというように、飛び抜けて頭がいい。身体能力に優れている。体が頑丈である。カオスコントロールができる。そういうものを正良は列挙していく。
「一言でヒーローと言っても色々なタイプがあるんですね」
「これから地球にどのような危険が迫るか予想できないわけですから、できるだけたくさんのヒーローを発見し、なおかつ絶やさないようにしなくてはなりません。そのための試みが行われていますが、それはまた次回ということで」
「なんだか楽しみです。今回の講座はウェブでも確認できます。奇跡時代講座のホームページからアクセスしてください。奇跡時代講座のURLはこちらです。末森雅人さんの情報もこちらで集めております。それでは皆さん、また会いましょう」

「末森雅人ってもしかしてお前の父ちゃん?」
 クラスの男子がそう言ってくる。休み時間になる前からそうなるであろうと優は予想していたので、
「違うよ、俺の親父は孝太って名前。親戚にもいなかったと思うよそんな人」と用意していた答えを返す。
「なんだ違うのかよ。てっきり親の遺伝子を受け継いでるのかと思ったのに」
「何言ってんの。俺音速で走れないから。瞬間移動だってできないだろ、たぶん」
「わかんねえぞ。もし俺がカオスエメラルド見つけたら、お前に貸してやるからやってみろよ」
 そして確かめた後にはハーレムを作るんだろう、と優は心の中で呟いた。
「へいへい。無理だと思うけどな」
「んじゃまた」
「おう」
 クラスメイトは自分の席に戻っていく。それを横目で確認した由美が「俺」とからかうように言った。
「うるさいな」
 優は俺と言った後いつも自然に言えたかどうか不安になる。由美のせいでより一層気になってしまった。
 周りの男子たちはどのようにして俺と言えるようになったのだろう。僕という時代を経験せずに、三歳くらいから俺だったのかもしれない。
 優は、一人称を変えるタイミングを逃してしまったようだ、と思うのであった。

「今回は遺伝子操作とサイボーグについて勉強していきましょう。これは前回やったヒーロー理論にも関係しますが、それ以上にこれからの皆さんの人生にも大きく関係してくると思われます。頑張って勉強しましょう」
「遺伝子操作に、サイボーグですか」
 例の二人だ。服装もやはり変わりない。
「映画で見たことがある、という人もいるかもしれませんね」
 二人の話が続いていく。遺伝子組み換え食品のことを例に出したり、機械で出来た人間の腕を見せたり。どちらも実用が間近であると正良は説明し、これらを活用することでヒトの寿命が延びることもあるだろうと言う。
「それだけでなく人工物にもヒーローが生まれる可能性はあるとされるために、サイボーグ化して初めてヒーローとしての才覚を表すことがあるかもしれませんし、遺伝子操作によってよりヒーローを生まれやすくなるかもしれないのです」
「そうなんですか。私としては長生きできるっていうのがとても素敵に感じられます」
「そうですね。ところで実際に遺伝子操作によって生まれた人がいるんです。そうですよね、現さん」
「はい。実は私がそうなんです」と茉莉は挙手した。そして自分の髪の毛をつまみあげ、彼女は説明する。
「この赤い髪、地毛なんですよ。髪の毛の先がくるってなっちゃうのは意図されたものじゃなかったらしいんですけどね。そうそう、ちょっと黒っぽいですけど、眉毛も赤いんですよ」とカメラに向けて、自分の眉毛をアピールする。赤褐色の眉であった。
「現さんが生まれたのは二十年くらい前ですからね。今はもっと思い通りに操作できるようになっていますよ」

 優はビデオを見るのに飽きていた。どうにも科学的には思えない、迷信のような妄想のような話が続いている。そんなのを授業として真面目に話されているのだからたまらない、といった感じであった。どうしてこんな馬鹿げた話を授業で聞かなくてはならないのか、と考えてみると思い当たる理由は、これからそんな妄想めいた話が本当になっていくから、というものであった。
 クーデターなんてものを起こした以上、これからはさっき習ったことが当たり前にある社会を実現していくために日本のGUNは動いていくのだ。
 それはとても自然な流れだ、と優は思った。だから奇跡だのヒーローだのを妄想だと笑うことができない。もどかしい。

 最後のビデオ。これでみょうちくりんな未来とおさらばできる、と優は思った。再生されると、画面にはこれまでと違って茉莉だけしかいなかった。
「さて今回は新技術チャオスというものについて学ぶ予定なんですが。あれ?正良先生がいませんねえ」
 すると茉莉はメモを発見する。
「何でしょう、読んでみましょうか。ええと。今回は私よりチャオスに詳しい庭瀬雪奈先生に解説を頼むことにしました、ですって。雪奈先生、どこにいるんでしょう?」
「ここにいます」
 カメラが少し引くと、中学生くらいに見える少女が写った。髪が白い。
「庭瀬雪奈です。よろしくお願いします」
 カメラが近付き、お辞儀する姿を撮る。優は眉毛まで白いことを発見した。
「凄く可愛い先生ですね」
「どうも。それでは私が正良先生に代わって、チャオスについて説明します」
 雪奈がそう言うと、モニターに「CHAO-S」という文字列が表示される。
「高純度情報伝達システムCHAO-Sは新しい通信方法で、端末としてこれを用います」
 テーブルの下から何かを持ち上げて、テーブルに乗せる。チャオだった。
「チャオ、ですか」
「はい。キャプチャというのを見たことあります?小動物からDNAなどの情報を抜き取って、それによって自身をキメラ化させるチャオ特有の習性なんですけど」
「ううん、実際にその場面を見たことはないんですけど、動物の可愛い耳や尻尾がついたチャオなら見たことあります」
「そのキャプチャを応用して、情報をやり取りするのがCHAO-Sです。通信用に調整されたチャオを用いることで、情報の送受信が可能です。複数のチャオを用いた通信方法なのでCHAO-Sと呼ぶわけです」
「なるほど。でもCHAO-Sにはどういう特徴があるんですか?普通にやり取りするだけならインターネットでも十分だと思うんですけど」
「最大の特徴は、チャオがキャプチャによって脳内の情報をコピーしてその情報をそのまま相手側のチャオに送信するところにあります。これによって今まで人間が上手く出力できなかった情報を出力できるようになりました。例えば感情です」
「感情、ですか」
「例えば私が、チーズケーキ大好き、と言っても、どれくらいチーズケーキが好きなのか正確には伝わりません。主観という曖昧なものを言語という曖昧でないものに置き換えるために情報のほとんどが失われてしまうのです」
「主観的なものを客観的に伝わるようにすると、情報が失われてしまう、ということですか」
「はい。しかしCHAO-Sは脳内の情報をそのままチャオが抜き取り、相手のチャオに渡し、そのチャオが情報をそのまま相手の脳に送信するので、主観性を失わずに済むのです」
「じゃあ意中の相手に自分がどれだけ愛しているか、告白するのにも役立ちそうですね」
「そうですね。無線通信なのでいつでもどこでも使えるというのも強みでしょう。そしてもう一つの特徴は情報の保護です。CHAO-Sでの通信には水分を使います。チャオの守護神とも突然変異体とも言われるカオスは水を操ることができたそうで、それを基にして作られた人工カオスという兵器もそれによる攻撃手段を持っています。CHAO-Sではこれを送受信の方法として活用しています」
「水の中に情報を入れて、送るということですね」
「そんな感じです。速度は従来のものより遥かに劣りますが、ラジオのようにノイズが混じることが少なく、また混線の心配もほとんどないので、自分の考えていることを相手に直接伝える手段として最も優れていると言えます」
 ふむふむと茉莉が首を上下に動かしている。それを横目で一度見て、雪奈は説明を続ける。
「CHAO-Sが皆さんの生活に登場するのはそう遠い未来のことではありません。近々調整チャオの販売が開始される予定ですし、既にチャオを飼っているという方には調整手術の受け付けも始まる予定です」
「そうなんですね。それじゃあこのCHAO-Sが奇跡時代の幕開けを象徴する新技術と言っても過言ではないですね」
「そうかもしれません」
「今回の講座はウェブでも確認できます。奇跡時代講座のホームページからアクセスしてください。奇跡時代講座のURLはこちらです。それでは皆さんさようなら」

「さてまだ弁当出すなよ、外に出るなよ。昼休みの前に転校生の紹介をするぞ」
 ビデオを止めた担任がそう言うと、教室内がざわつくが、担任も今回は注意しなかった。そのまま教室から出たと思うと、後ろのドアから机と椅子を持って入ってきて席を追加する。そうしてからまた教壇に立ち「それじゃあ入ってきてくれ」と廊下の方に声を掛ける。転校生がドアを開けた瞬間「ああ」という絶叫が聞こえた。さっきCHAO-Sについて説明していた少女がそこにいたのである。
「はい、静かに。うるさいと自己紹介ができないだろ」
 それで見事に静かになった。
「それじゃあ自己紹介をしてくれ」
「庭瀬雪奈です。こうした方が面白いからということで、私の出たビデオを見てもらってから入ることになってしまって、少し恥ずかしいです。どうか普通によろしくお願いします」
 恥ずかしいと言う割にはよどみなく言って、頭を下げた。
「庭瀬の席はあそこになるからな。皆昼休みの間に色々教えてやれよ」と言い残し、担任は教室から出ていった。
 殺到した。雪奈はあれこれと聞かれるのに答えていく。
「ねえねえ、あのCHAO-Sっていうの、本当にすぐ使えるようになんの?」
「すぐに使えるようになると思いますよ。来週には調整チャオの販売が開始される予定ですから」
 雪奈の言った通りになった。チャオガーデンで普通のチャオよりも安い値段で販売された上に、新品のパソコンなどを買う際にセット販売ということで調整チャオが付いてくるキャンペーンが積極的に行われ、瞬く間に調整チャオが広まることとなった。
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04 好きってことにしときなよ
 スマッシュ  - 12/12/16(日) 0:30 -
  
 日本のGUNが起こしたクーデターは対象が日本だけであったため鎮圧される可能性があった。GUN全体として見れば、地球上にある国の一つがGUNの一部によって占拠されたに過ぎなかった。しかしこのクーデターはそのものの質ではなく、それによって人々にもたらされた技術によって成功を収めた。調整チャオ、CHAO-S、カオスコントロール、チャオウォーカー、サイボーグ、遺伝子操作。中には倫理的な問題を抱える技術もあったが、それを無視して実用化にこぎつけたことにより、日本に住む人々の生活の質は頭一つ抜けたものになると予想された。さらにカオスコントロールによる奇襲が行われる瞬間は映像として残されており、それがヒーローの再来を予期させるものとして扱われたことも大きく、宇宙人の襲来のようなものを危惧する人々から支持を集めることに成功したのであった。結果として、強い非難はあっても、制裁はなかった。

 CHAO-Sが浸透して、チャオを連れて歩く人が見られるようになった。学校での利用も推奨されたために教室にチャオが何十匹もいる光景が当たり前になりつつあった。それに合わせて転校生の雪奈もクラスに馴染んできた。優はまだ調整チャオを買っていない。由美が机の上に置いたチャオの体を撫でているのを睨んでいる。それに気付いた由美が、
「不満そう」と言う。
「心読まないでって言ってるでしょ」
「顔見れば誰だってわかる。調整チャオ、面白くないんでしょ」
「なんか生きてないみたいなんだもん。撫でられても反応しないし」
 由美のチャオは全く表情を変えずにいる。優は彼女のチャオが表情を変えたところを見たことがなかった。それどころか自分の意思でうろつくことさえせずにじっと座っているのである。
「なんて言うかさ、チャオの形をした機械みたいなんだよね」
「だってさ」
 由美が後ろを振り返って言う。雪奈が優たちを見ていた。どう繕えばいいだろう、と優は焦って考えなければならなかったが、
「私もそう思います」と雪奈が言うので、目を丸くした。そう言う雪奈もチャオを連れてきていた。
「機械みたい、というのは正解です。あくまでCHAO-Sのための端末として使いたいので、より機械に近い方がいいとされ、現在のように虚ろなチャオとして調整されているんです。それって今までペットとか家族とか友達としてチャオを見てきた人にとっては、面白くないことだと思います」
 優は驚いていた。ビデオでCHAO-Sについて解説していた人である。当然CHAO-Sが素晴らしいものであると信じているのだと優は思っていたのである。
「庭瀬さんがそんなこと言うなんて思わなかった」
「私にもチャオの親友がいますから」
 つまり彼女も今の調整チャオは嫌いということか。
 優は雪奈と友達になれそうな気がした。それで、
「庭瀬さんもチャオ飼ってるの」と会話を広げることにした。
「飼ってはいません。いつも近くにいたんです」
 近くにいたとはどういうことだろう、と優は数秒考える。あまり聞かないフレーズだった。
「ええと、そのチャオ、野良ってこと?」と言う。野良のチャオというのは犬や猫と違ってほとんど聞かないものだったので、あまり自信はなかったのだが、それ以外に候補が思いつかなかった。
「まあ、そんな感じです」
「珍しいね、野良チャオって」
「彼は自由奔放なチャオなんです。すぐどこかに行っちゃいます」
 一度会ってみたいな、と優は言おうとしたが雪奈が「ところで」とやや強引に話題を変えた。
「ところで末森さんはチャオガーデンでよく遊ぶと聞きました。私も一緒に行っていいですか?」
「ああ、うん。いいけど」
 そのことを知っているのは優の思いつく限り由美だけだった。いつの間に親しくなっていたのだろう、と由美の方を見る。由美は穏やかな笑みを浮かべていた。

 放課後、帰ろうとした三人は「天才トリオになったか」という声を聞いた。
「やっぱそうなるよなあ。そんな気がしてたわ」とお調子者のクラスメイトが話しかけてくる。
 雪奈は体育のバレーで大活躍したのだった。部活でバレーをやっている人と違って技術的に優れているわけではなく、ただ優れた身体能力を活かすのみであったが、それでも他の運動部の者より動けていた。さらに髪が白くて目立つことも手伝ってか、このクラスで三人目の天才だとその授業のうちに女子たちが言うようになり、次の休み時間には男子にもその話が伝わっているのであった。ビデオでCHAO-Sの解説を任されるくらいだから頭もいいはずだ、と誰も雪奈が優や由美と同等であることを疑わなかったし、事実そうであった。
「そのうちまたうちのクラスに天才が増えそうで怖いわ」とそのクラスメイトは笑った。そして、
「ああ、そうだ。また噂レベルなんだけどさ、学校周辺ってCHAO-Sの通信がスムーズみたいなんだわ。遠くから来てるやつが学校と家とじゃ速度が全然違うとか言っててな。庭瀬さん、何かわかる?」と雪奈に聞く。
「通信速度を上げようっていう試みはGUNで行われているみたいです。その実験か何かの影響がここ周辺で出ている、ということがあるのかもしれません。学校だから通信速度が上がるということは考えにくいので」
「そうなんだ。ありがと」
 優は自分が普通の人間に近付いているような気がした。

 ガーデンの施設に預けていたマルを優は受け取る。
「ほら、マルって言うんだ」
「マル」
 雪奈がマルを撫でると、マルは喜んで頭上に浮かんでいる球体をハート型に変形させた。それを見て雪奈の口元がほころぶ。
「可愛い」
「でしょ」
 そう言いながらチャオガーデンに入る。入るなり、雪奈は一匹のチャオを見つけて、そちらに駆け出した。頭上に浮いているものが天使の輪だったのでヒーローチャオだろうと優は思ったが、見たことのない姿をしているチャオだった。
「キキョウ、どうしてここに」
「知ってるの?」
「あ、うん。この子はキキョウ、私の親友です」
 そう紹介されたチャオは右足を引き、そして右手を胸に当ててお辞儀をした。
「面白いことするね、この子」
「そういう子なので。でもどうしてこんな所に」
 雪奈が触れると、キキョウはその手を掴んで頬ずりをする。
「よくうろつく子なの」
「そうなんですけど、まさかこんな所まで来るとは思ってませんでした」
 キキョウは遊んでほしいとねだるように両手をぶんぶん振る。
「媚びまくり」と由美が呟くと、キキョウはすぐにあかんべえをして返した。
「私こいつ嫌い」
「まあまあ。でも不思議なチャオだね」
 マルよりも行動がユニークだと優は思った。一緒に遊ばせようと、傍にマルを下ろす。するとキキョウはマルを人間がするのと同じように撫で始めた。すぐにマルの球体がハート型になる。さらには木の実を運んできて、マルにあげたりもする。キキョウの所作はどこか人間じみていて、優はつい人へ話しかけるように言葉をかけそうになる。
「キキョウって不思議だね」
 そう雪奈に言うと、キキョウも優の方を向いた。
「なんか人間みたいだ」
「そうですね。年の功なんでしょうね」
 キキョウはそれを聞いて胸を張る。キキョウには話している内容がわかっているのではないか、と優は感じた。マルはこんな的確に反応を見せたりはしない。
「年の功って」
「カオスチャオは不死身らしいです。もしかしたら私たちよりも長生きなのかもしれません」
「え、カオスチャオなの」
 噂には聞いたことがあった。不死身のカオスチャオ。それが目の前にいるというのは信じがたかったが、キキョウが頷くのを見て、こんなことをするチャオなら確かにそうかもしれないとも優は思うのであった。
「面白いな、こいつ」
「そうですね。ずっと一緒にいても飽きません」
「やっぱりこうしてちゃんと反応を見せてくれるチャオが僕はいいなあ」
 由美のチャオは遊ぼうとせずにじっと座っているだけだ。ガーデンの端にある木の影から木の実を持ってきても反応を見せないのであった。

「よっす」
 雪奈が暮らすことになったアパートに由美はよく押しかけてくる。チャオガーデンに行った日、夕飯の支度をしている最中に由美は来た。部屋に入るなり由美はくんくんと鼻を動かす。
「今日は何作ってんの」
「シチューです。塩麹を使ってみました」
「へえ。なんか凝ってるね」
「面白そうなレシピはCHAO-Sで集められますし、色々試すと成功したり失敗したりが楽しいですよ」
「やっぱ私とは出来が違うわ」
 由美はカップ麺で食事を済ますことが多かった。失敗を楽しいとは思えない。まずい料理を食べるのは他でもない自分だ。だから料理をするにしても作り上げたテンプレートから外れない。由美は冷蔵庫のドアを開けて、持参してきた物を入れる。ちらりと雪奈がそれを見た。酒だった。
「何ですか、それ」
 咎める口調で言ったのだが由美はドアをばたんと閉めて、
「チューハイ」と答えた。さらに「飲んだことある?」と聞いてくる。
「飲むわけないじゃないですか。お酒ですよ」
「未成年だって隠れてお酒飲んでるって情報、CHAO-Sで拾わなかったの?」
「というか、食べてく気なんですね」
「駄目なの?」
「いいですけど」
「やった。大好き」
 そう言って抱きつくと、雪奈は溜め息をついた。いつもこうである。そのせいで夕食はいつも二人分は作るようになっていた。由美が来なかった時は残りを次の日の朝に食べればいいのでそれほど困っているわけではないし、楽しいからいいのだが、どうしてこうなってしまったのだろう、と雪奈は時々考えてしまう。その由美は部屋を物色し始めたようだった。
「雪奈さ、服ちゃんと持ってる?」
「どういう意味ですか」
「制服以外で外うろついてる姿が思い浮かばない」
「持ってますよ、一応」
「なら今度の休みどっか遊びに行こうよ」
 本棚はハードカバーの本の段と文庫本のための段とに分けられていた。雪奈の部屋で娯楽らしい物はここにある本だけであった。
「いいですけど、持ってなかったらどうするつもりだったんです?」
「その時は服買いに行こうって言ってた」
「そうですか」
 由美がハードカバーの表紙をじっと見つめ、それから中身を数ページ読むということを繰り返している間、雪奈はキッチンからテーブルへ食器を運んでいた。シチューが運ばれてくると由美はテーブルの方へ這っていく。
「おいしそう。なんだっけ、塩なんちゃら」
「塩麹です」
「塩コウジね、ふうん」
 由美は、これのどこにコウジ君が入っているのだろう、とシチューを見つめる。鶏肉やにんじんなどは見当たるが、それらしい物はない。調味料なのだろうか、と考える。
「飲み物はどうしますか」
「あ、麦茶ある?」
 キッチンに向かう途中の雪奈が足を止めた。振り返って、
「麦茶。チューハイじゃないんですか」と聞く。
「それは後で飲みたいかな」
「じゃあ今日は泊まっていきますか?」
「それいいね。着替え持ってくればよかった」
「取りに行けばいいじゃないですか。走ればすぐなんですから」
「それもそうだね」
 由美が雪奈の部屋を訪ねてくるのは近いからという理由もあるのだった。他には楽しいとか居心地がいいとかいうものもあった。雪奈の部屋は物が少ない上に整理が行き届いていて、さらには由美が通うようになったおかげでそれ用に座布団などが買われて、快適な場所になっていたのであった。由美は食べながら塩コウジのことについて探ろうとしたが結局わからなかった。やはり出来がいいな、と由美は思う。

 食べ終わって少し休んでから、雪奈が「お風呂に入ってきます」と言ったので由美は自分の住むアパートへ一旦戻ることにした。走ればすぐと雪奈が言ったことを思い出して由美は走ってみる。すぐに腹の横が痛くなって走れなくなる。馬鹿だ、と由美は思った。こういう時に由美は、天才なんかじゃない、と思うのである。テストでいい点を取ることはできる。しかしそれは彼女にとって知能を使うことではなかった。生活の中でそれは必要とされて、そして由美の苦手なものは大抵そこにある。そういう認識であった。おまけに運動もそこまで得意ではない。
 昔から変わらない。自分は馬鹿だ。
 由美はそういう評価を自分に下している。努力が苦手である。努力して得たものなんて自分の人生の中に一つもないのではないか。由美は痛みがなくなるまでそんなことを考えていた。そして痛みがなくなれば雪奈の部屋の冷蔵庫にあるチューハイのこととか、今日は雪奈と一緒だということとかが浮かぶようになってきた。痛みや不安が再びトリガーなるまで由美はお気楽な天才に戻る。

「乾杯」
 缶をぶつける。由美は勢いよく飲み、それを見て雪奈は恐る恐る缶を傾ける。
「どう、おいしい?」
「よくわからないです」
「最初はそんなもんか。そのうちおいしさがわかるようになるよ」
 そう言って由美はまた口に流し込む。
「学校、どう?」
 この質問はいつもしてるな、と思ったが自然に口から出ていた。楽しいです、と雪奈が答える。これもいつも通りだった。
「特に今日は。放課後誰かと遊ぶのは今日が初めてだったので」
「末森君のこと、気になる?」
「はい」
 そこに恋愛感情はあるのだろうか、と由美は考えそうになったが、すぐにそうではないだろうと思った。彼は天才と言われていて、おまけにCHAO-Sに抵抗を示している。だから雪奈は気にしているのである。
「雪奈はチャオ好きだもんね」
「そうですね。でももしかしたら好きとは違うのかもしれません」
 由美は首を傾げた。
「私の中にあるのは、同情なのかもしれません。私の近くにいたのは虚ろなチャオばかりでしたから。だからたまに自分も虚ろなもののように思えて、だから同情しているだけなのかもしれません」
「雪奈は虚ろじゃないでしょ」
「他の人と比べたら、そっちに近いと思います」
「数値にして比較できることじゃないよ。少なくとも今は」
 将来はどうなるか全くわからない。そんな世の中になってしまった、と由美は思った。
 数値化できる世の中になったら。自分は他の人と比べてどれだけ虚ろなのだろう。雪奈のためにも自分のためにも科学が今の時点で止まればいい。今の生活には満足している。電気や食料に困ることのない時代だ。どういう変化が起きるかわからないのであれば、一切変化しない方がいい。そう由美は思う。
「今は数値化できないんだからさ、別に同情してるだけとか決め付けなくていいんじゃない。好きってことにしときなよ。自分の都合のいい方に解釈すればいいじゃん」
 由美はそう言いながら心の中で「私なら間違いなくそうする」と付け足した。プラス思考ではなくずる賢さによってそういう選択をするのだ、と思ってから、そこは都合のいい方に解釈してプラス思考と言い張れるべきじゃないのか、と気付いて笑ってしまった。雪奈はきょとんとする。
「ごめん。ちょっと自分が馬鹿だったことに気付いちゃって」と言い訳をした。そして「とにかくさ、雪奈はチャオが好きってことでいいと思うよ」と言う。
「そうですね。それならそういうことにします」
「うん」
 それならそういうことにする、という言い回しが由美は気になった。私が言ったからそうするだなんて。確かに虚ろな所があるのかもしれない。由美はそう思いながら、もう中身の入っていない缶を傾けた。
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05 空には情報が満ちています
 スマッシュ  - 12/12/16(日) 0:31 -
  
 日曜日だというのに優は早起きしなければならなかった。土日空いてる、と聞かれて「うん」と答えたらとんとん拍子に話が進んでしまったのである。
「おはよう」
 優が母親にそう言うと、ぽつんと同じ言葉が返ってくる。それだけだ。母親は早くに起きたことを珍しいとさえ言わない。そのことに苛立ちを覚える。気まずさもあった。そんなに天才でいてほしいのか、と優は心の中で呪詛のように繰り返す。父親がいない時、優はよくこの防音室を使った。口から漏れぬように気を付ければ、いくらでも恨み言を言うことができた。
 母親がこうなったのは自分のせいであることは明白だったが、優は自分に非があるとは思えなかった。神童と言われていることを両親は真に受けて、家でもそういう扱いをするようになった。そのことにうんざりして、その感情を両親が揃っている時を見計らってぶちまけてから両親は子どもへの接し方がわからなくなったようだった。母親はあまり喋らなくなって、父親はいつまでも子ども扱いをして過保護であった。それもまた優の望んだ扱いではない。しかしそれを言った時に両親がどういう顔をして、その後どう扱いが変わっていくのか、わからなかった。今よりも悪くなるような気がするので言わないでいた。
「今日お昼はいりません。夜は家で食べます」
 敵意があるため敬語になってしまう。喉が急速に枯れていくような感じ。苛立つ。

 優は駅前のベンチに座った。待ち合わせの時間まであと三十分もある。少しでも早く家から出たくて、こんなことになってしまった。大きな商店街のある場所だ。傍にデパートや映画館もある。つまりはそこらでぶらぶらすることなのだろう。優は最近映画を見てないなと思った。ずっと前にアニメ映画を家族で見に行ったのを思い出していると、優を見つけた由美が「おうい」と言って手を振りながら走ってくる。雪奈も一緒だった。
「おはようございます」
「ああ、うん。おはよう」
 雪奈も来るとは知らされてなかった優は視線で事情の説明を由美に求める。しかし由美は困惑しているのを見てにやりとするだけで、意図的に教えなかったのだと優は理解した。両手に花だ、と優は思った。
「で、どこ行くの」
「どこ行こうか。映画とか見る?」
「映画って今面白いの何かやってるの」
「さあ、わかんない」
「ならやめといた方がよくない。つまんないの二時間も見るのって苦痛でしょ」
 昔教室で聞いた話を優はそのまま言った。すると由美はなるほどと頷く。
「それもそうか。じゃあ適当にお店冷やかしながらだべろうか。雪奈もそれでいい?」
「はい」
 私服でいると年下みたいだ、と優は思った。元から中学生くらいに見える顔立ちだ。そんな白い髪の子が大人しめのワンピースを着ているのが身近な存在には思えないのであった。失礼なことを考えている、と優はどうにか異世界から来たような雪奈を友人として見ようと努める。
「庭瀬さんはこっち来たことある?」
 雪奈は遠くから引っ越してきたということになっているのであった。
「いえ、全然。買い物は近くのスーパーと本屋で済みますから」
「本屋ってことは、色々本読むの」
「最近はそればっかりです」
「雪奈の部屋行ったことあるけど、本だけはいっぱいあるね。よく借りてます」
「へえ。僕全然読まないんだよな。面白い本あったら教えてほしいんだけど、というか今から行こうか」
「そうしよっか」
 本屋に行くことになった。三階建てになっている本屋のフロア案内を見て雪奈は「ここ、三階まであります」と言った。相当驚いたのか、声が上擦っていた。
「好きなジャンルってありますか」と雪奈はせわしなく店内を見回しながら優に聞く。
「ないよ。面白ければ何でもいいというか、そもそもこだわりを持つほど詳しくないんだよね」
「そうですか」
 目当てのコーナーを見つけたのか、急に大人しくなった。雪奈は平積みされている本の中から一つを取る。優の知らないタイトルのものだった。
「最近のだとこれがいいんですけど」
 そう言いつつもすぐに戻してしまう。今度は棚に入っている本をじっと見ながら、
「でも読むなら最近とか昔とか気にせずに、名作を読んだ方がいいと思うんです」と言った。
 雪奈は「これとかどうですか」と見せる。その本のことは優も聞いたことがあった。七十歳の男性と十五歳の女性の恋愛を描いたものらしい。
「根強い人気のある名作は、そう言われるだけのものを持っていますから。それにこれはそこまで古くないですから、読みやすいですよ」
「なるほどね。じゃあこれ買うわ」
 本を受け取った。これを自室で読むのか。そう思って優は、家にいる時はマルと遊んでいることが多かったことに気が付いた。それでは本をたくさん持っているという彼女は一人で静かに過ごす生活を今までしてきたのだろうか、と優は想像を巡らせる。由美のように心を読むことはできない。読書の時間を少し減らして、こうやって皆で遊ぶ時間を増やすのは、たぶん悪いことじゃない。そういうことを優は考えた。

 商店街を歩いていると、視線が自分たちの方に集めることに優は気付いた。理由は考えるまでもなかった。黒い髪ばかり。髪を染めている人間は珍しくないが茶髪や金髪がほとんどで、そういう人たちは大人なのである。だから白い髪の少女は目立つ。
「やっぱり映画行く?」と優は言う。「ね」と由美も同意した。映画が始まれば髪の色についてどうこう言われることもないはずだ。
「大丈夫ですよ。皆最初は驚きますから。慣れてくれるのを待ちましょう」
「え、本当に?」
「はい。気にしてもらってすみません」
 逆に気を使われてしまった、と優は感じた。自分がこの髪に慣れたのかどうか不安である。やはりどこかで気になっているような。早く慣れないと、と優は思う。対等でないのは嫌だった。
「そういえば雪奈って帽子持ってないの」
「はい、持っていません」
「隠す気あんまない?」と由美が聞く。雪奈の髪は長いというほどでもないので、帽子を被れば目立たなくはなるはずであった。
「そうですね。まだトラブル起きてないので。それならこのままでもいいかなって思ってます」
「肝据わってるんだな。僕はそういうの怖くて駄目だ」
「女々しいやつめ」と由美が茶化してくる。
「君たちが凄いだけです」
「あ、チャオガーデン」
 雪奈が立ち止まった。
「そういえば今日マル君は」
「連れてきてないよ。迷惑になるといけないから」
 やはりチャオは人とは違うので、こうして遊ぶ時にはどうしても邪魔になるものだった。
「そうですか」
 残念そうだった。本屋のようにチャオガーデンの施設が大きかったから期待するところがあったのだろう。優は慌てて、
「また今度一緒にチャオガーデン行こうよ」と言う。
「はい、そうします」
 雪奈は頷いた。
 その後も三人は商店街をうろつき、
「お昼どうする」と由美が言ったのは十三時を過ぎてからだった。
「ああ、どうしようか」
 優は周囲を見渡す。ファーストフード店がすぐ傍にあった。しかし女子が二人いるのにハンバーガーというのはどうなのだろう。近くの飲食店を記憶の中から探そうとしたら、
「あれ食べてみたいです」と雪奈が言う。指したのはそのハンバーガーのファーストフード店だった。優と由美は顔を見合わせた。すぐに由美は「そういうこともあるか」という顔になる。優はわからないままだった。
 優と由美は頼む物が決まっていた。いつも頼む物を注文するつもりであったからだ。雪奈はメニューを見て将棋の対局のように熟考していた。選んだのはダブルチーズバーガーだった。
 ファーストフードを初めて食べると言う雪奈は探るようにかぶりついて口元を汚した。それを由美が保護者のように拭う。優は子どもみたいだと思った。幼い見た目と中身が一致しているのを初めて見たように感じ、三人の中で一番量が多い彼女の食事を見守るのであった。

 庭瀬真理子が調整チャオ用のチャオガーデンにて作業をしていると、真田徹が入ってきた。真理子は一瞥をくれるとすぐにチャオのデータの収集に戻る。
「何の用でしょう」
「カオスユニットを新しく我が部隊に迎えたい」
「ご冗談を。あなたたちのためのリンドウでしょうに」
 名前を呼ばれたと思った青いチャオがゆっくりと二人の所へ歩いてくる。リンドウは二人の顔を交互に見て、徹が左腕に抱えているチャオを見つめ、
「セイギの、ために」と言う。
「今回はそれとは違うのですよ、庭瀬殿」
「どういうことでしょうか」
「カオスユニット第三号、ヒメユリ」
 真理子の手が止まる。
「人の身にカオスユニットの機能を持たせたのであれば、チャオウォーカーに乗せるのが道理。さぞ優秀な兵士となってくれるでしょう」
「私はそうは思いません。それに彼女はもう自由の身です。私が許可できることではありません」
「倫理を踏みにじっておきながら倫理を語るとは。自らの手で改造したものに同情でもしているのですか?」
 見下すように徹は言った。真理子は苛立ちを手に出さないようにするのに必死になる。
「あなた、自分の身の振り方には気を付けた方がいいですよ」
「どういうことだ?」
 真理子は徹の方を向き、睨んだ。
「ここ最近、各地の戦場でチャオウォーカーが目撃されています。カオスコントロールによる瞬間移動で現れ、敵味方の区別なく暴れて再びカオスコントロールで撤退していくそうです」
「それがどうした」
「カオスコントロールを使用できるのは特殊調整型のみです。それだけでなく模造エメラルドも必要です。それとチャオウォーカー。どれもGUNの内部にしかないものです。その全てを揃え、なおかつ身勝手に使用できる人間がどれだけいると思っておいでですか」
「さあな。それがヒメユリであるならば、私は喜んで撃退しに行くのだがな」
 そう言って徹はガーデンから出ていった。真理子は白々しいと思った。戦場で目撃されたチャオウォーカーの左腕は徹が無理に作らせた物であることを真理子は知っていた。

「今日、何か予定ありますか」
 放課後、雪奈は優にそう言った。あれから何度か優は雪奈とチャオガーデンに行くことがあったが、彼女の方から話しかけてきたのはこれが初めてだった。
「ないけど」と優は答える。
「それなら付き合ってもらえませんか。結構時間かかってしまいますけど」
「オッケー」
「それじゃあ行きましょう」
 校門前に車が止まっていた。雪奈は後ろのドアを開けて乗る。雪奈が奥の方へ行くので、優も彼女の開けたドアから乗り込む。
「わざわざありがとうございます」
「いいよ。暇だったし、暇そうにしてるとこき使われるし」
 運転席に座っているのは声を聞く限りでは若そうな男だった。茶髪で、これは雪奈と違って黒いものが混じっていたので染めたのだろうと優は思った。ドアを閉めたのは自分であったが、車が走り出すと優は閉じ込められてしまったような気がした。
「あの、どこに行くの?」
「中川さん、着いてからのお楽しみと、今言うの、どっちが面白いと思います?」
 運転しながら中川隼人は「着くまでのお楽しみなら目隠しした方がいいぜ。途中でばれっから」と言った。
「そうですね。それならもう言ってしまいましょう」
 優の方を向いて雪奈は言う。
「GUNの基地です」
 優はどのように驚けばいいのかわからなかった。目的地がGUNの基地だと予想していなかったが、言われてみればそういう可能性もあると思えた。雪奈はGUNが作ったとされるビデオに出演していた。それに学校から車で行けるくらいの距離にGUNの基地があるのだった。だからこそGUNの実験のために学校ではCHAO-Sが快適に使えるのだろうという彼女の予測が生まれたわけで、つまり「どうして」と聞くにしてはそれに続く具体的な言葉が浮かばないのであった。
「すみません、窓開けてもらえますか」
「オッケー」
 雪奈は外を眺める。優はまだ自分の反応に困っていた。とっさに浮かんだ「どうして」に続くものを自分の直感から探していくと、一つ見つかった。
「どうして僕がGUNに?」
 一分経ってからの質問だった。彼女は丁寧に優の方へ向き直る。
「ヒーロー理論って覚えていますか?」
「もしかしたらソニックみたいな人間が生まれるかもねっていうやつだっけか」
「はい」
「まさか」
「そのまさかです。私はあなたをヒーロー候補に推薦します」
「うへえ」
 予想ができていたせいで優は一層変な声を出してしまった。学級委員などに推薦されたことを優は思い出す。優秀だから、適任だと押し付けられる。成績以外の適任である理由を考えたこともあったのだが、結局説得力のあるものは何も浮かんでこなかった。今それをせずに済んでいるのは立候補をする酔狂なクラスメイトがいたからだった。来年はまた押し付けられるかもしれない。
「あの、そんな大袈裟なもの、自信ないんだけど」
 嫌ということ以上に、素直に自信がなかった。音速で走れたことはない。あくまで周囲よりちょっと優れているだけであって、本当に天才というわけではない。そんな自分がヒーローに相応しいとは言えない。そう優は思っていて、その通りに彼は告げた。
「まあまあ、いいじゃん」と隼人が言った。「あくまで候補だから。就職する時困ったらコネでGUNに入れるくらいに思っとけばいいんだよ。ヒーロー候補は楽だぞ。特別扱いだから訓練さぼれるんだぜ」
「はあ」
「そうそう、真面目にヒーロー候補するつもりなら運転免許取った方がいいぞ。こうやってたまに雑用させられる時あるしな」
「あの、もしかして」
「イエス。俺もヒーロー候補だからよろしく。いやはや、後輩が出来て嬉しいわ」
「よろしく、お願いします」
 優の脳裏には先日見たGUNのビデオがよぎっていた。冗談が現実になってきている。それを改めて実感していた。
 それからは会話もなくて、雪奈はずっと外を眺めていた。それも空を見ているようで、体が窓際へ傾いていた。
「何か面白いものでもあるの」
「ありますよ。空には情報が満ちていますから」
 似たようなことを由美が言っていたな、と優は思った。そのことを言うと雪奈は体を真っ直ぐに直して、
「学校にいると通信速度が上がるって話がありましたよね」と言った。
「あったね」
「CHAO-Sでの通信は遅いので、それを少しでもましにするためにカオスユニットというのが作られてるんですよ。情報を遠くへ飛ばす際はカオスユニットに中継させることで効率がよくなります。それがここにいるんです」
「だからここらは通信しやすいってことなのか」
「はい。他にもカオスユニットがいることで利用できるものとして、クラウドがあります。ネットで言うところのクラウドとは違って、それよりもオンラインストレージに近いものです」と説明していく。質問を受け付ける間も作らず淡々と語る様がビデオの彼女と一緒で、懐かしい、と優は思った。あれはもう一ヶ月も前の話なのだ。「空気中に情報を留めることで、それを誰かと共有したり好きな時に引き出したりできます。その管理をカオスユニットがするんです。その際に雲があればそれを貯蔵庫として利用するのでクラウドと呼ぶわけです。この地域ではそれもできるので、運よくこの機能を発見した方は使っているかもしれませんね」
 それで空に情報があると言ったわけか。ちょっとロマンがないかもな、と優は思った。

 優は大きな倉庫のような建物に案内された。中では世間を騒がせた件の巨大ロボットがいくつもあって、それらを整備している最中だった。
「これがチャオウォーカーです。今は量産している真っ只中で結構忙しいみたいですね。一部の人が専用機や専用の武装を注文してきたりもして、その対応でもう地獄って感じらしいです」
「はあ。でもどうしてそんな所に僕を」
「チャオウォーカーがこれからの時代、俺たちにとっての銃になるからな」
「CHAO-Sは高純度情報伝達システムと言われていますが、つまりは自分のイメージをそのまま出力できるところが長所です。このCHAO-Sを用いることでイメージした通りに機体を動かすことができる、それがこのチャオウォーカーです」
「イメージすれば動かせるから、一般人でも才能次第ではエースパイロットになれるというわけ。アニメだな」と隼人が付け加えた。
「つまり僕はヒーロー候補ではあるけどあくまで一般人だから、操作が簡単なチャオウォーカーで活躍させてみようってことですか」
「大正解です。それともう一つ理由があります」
 そう言うと雪奈は大きな声を出して「末森さん」と呼びかける。返事があって、人がこちらに来る。声もその姿も優はよく知っていた。
「父さん」
「おお、優じゃないか。お前どうしてこんな所に」
「私が連れてきました」
「父親の仕事場を見せてやろう、という粋な計らいってだけで連れてきたわけではないのだよね」
「はい。彼をヒーロー候補だと判断しました」
 そう雪奈に言われた時の孝太の表情が苦々しいものに一瞬だけ変わったのを優は見逃さなかった。父親にとってもいい思い出はないようだ。
「はっは」と大袈裟に笑ってから「こんなひよっ子に世界の命運は任せられないよ」と言う。
「そんなことありません」
「ヒーローというのは中川君みたいな人にこそ相応しいものだろう」
「照れること言わないでくださいよ。俺なんてまだまだですよ」
「そんなことはない。君は十分素晴らしいよ。色々手伝ってくれてうちも助かってるし。それに比べたらこいつは」
 雪奈が会話に混ざれていない優の方を見る。父はいつもこうなのだ、と言う代わりに優は肩をすくめる。そのメッセージが伝わったのだろうか。
「それで、彼をチャオウォーカーに乗せたいので」と雪奈は会話を遮った。
「ああ、そうか。それじゃあこっちに」
 末森孝太はチャオウォーカーが直立して並んでいる区域に三人を案内した。こちらにはあまり人がいない。整備が終わった物が並べられているようだ。僅かながら青の要素の強い灰色の機体が並ぶその中に所々塗装のはげている赤い機体があった。
「あれは?」
 優はその赤いチャオウォーカーを指す。
「あれはチャオウォーカーのプロトタイプみたいなもんだ。厳密には違うんだが、それでもプロトタイプウォーカーなんて呼ぶやつはいる」と孝太が答えた。「実際には遺跡から発掘された大昔のメカでな。チャオウォーカーはあれに使われている技術をいくつも転用している」
 よく見るとチャオウォーカーの描く曲線と赤い機体の描く曲線には差があった。チャオウォーカーのそれが筋肉をイメージしているのに対して赤い機体のそれは戦車の丸みで、角ばった部分も多数見受けられる。また肩に薄っすらと白い文字で何かが書かれている。「EG」の二文字までは読めた。
「これの技術は素晴らしいが色のセンスは駄目だな。赤い体で頭部が黄色だなんてアホだろう」と孝太は言う。「まあセンスはともかくこれが発掘されたおかげで巨大人型ロボットが作れたんだがな」
「ねえ、どうして人型じゃないと駄目なの。別に無理して人型にしなくてもいいんじゃないの」
 優は雪奈に聞いた。彼女が最もよくわかっていそうだったからだ。自分より年下に見える外見と、それとは裏腹に自分の知らないことをいくらでも知っていそうな知識の印象。一見アンバランスなそれによってバランスを保ってこの地に立っているような雪奈。何かを解説する姿はとても様になるのであった。
「CHAO-Sを使ってイメージ通りに機械を動かす時、何の訓練も受けていない人が戦車を動かせと言われても困ってしまうから、ですね。人型なら普段自分が動くのと同じように動かせばいいですから、誰でも動かせます」
 そう聞いて先ほど隼人が言った「一般人でもエースパイロット」という言葉を優は思い出す。
「もしかして本気で一般人を乗せるつもりなの。その、一人一台みたいなノリで」
「異星人が攻めてくるようなことがあれば、そういうことになるかもしれません」
 総人口が総兵力となる光景を優はイメージした。見知った町にチャオウォーカーが溢れる世の中。そのために灰色の巨体はある。
「末森さん、訓練用装備の準備はできてます?」
「ああ、できてる。そこの二機がそれだ」
「ありがとうございます」
「いやいいよ。それじゃあ俺は仕事に戻るから」
 孝太が踵を返した瞬間、優と目が合う。ただの偶然だったのだが、お互いに感じるものがあった。優は親とのいさかいを思い、孝太は子どもを心配に思う。しかしそれを言葉に置き換えるとどちらも「どうして」となるのだった。
「よう雪奈」
 孝太がいなくなるのを見計らって物陰からチャオが出てくる。そのチャオは挙手をしながら、雪奈に話しかけてくる。
「ここはお友達を連れてくるのに相応しい場所じゃないぜ」とチャオが言う。雪奈はしゃがんでそれに応じる。
「知ってます。それにただのお友達ならここには招待しません」
「安心したよ。お前は時々何も知らないお姫様みたいなことをするからな」
「ねえ、庭瀬さん。僕にはこのチャオが喋っているように聞こえるんだけど」
「あれ、雪奈から聞いてないの。俺はキキョウ。カオスユニット第二号だ」
「えっと、カオスユニットってCHAO-Sの通信速度を上げたり、クラウドがどうのこうのっていう、あれ?」
「そうそれ。ああ、ちなみに人の言葉を喋れるのはそれと関係ないから。GUNのやつらってばカオスチャオが不死身だからって無茶しやがってな。酷いぜあいつら。俺は玩具じゃないっての。とにかくそのせいでカオスユニット用の調整以外にも色々と改造されててよ、そういうわけで人間みたく喋れるんだ。ま、よろしくな、優」
 そう言ってキキョウは手を差し出してくる。
「え、ああ、うん。よろしく」と優もしゃがんでそれに応じる。
「それはともかく、どうしてここにいるんですか」
「だって暇なんだもん。これからチャオウォーカーで訓練するんだろ?面白そうじゃん」
「大人しくしていてくださいね」
「ケチ」
 無視して雪奈は隼人を見る。隼人はボストンバッグから顔を出していた二匹のチャオのうち片方を優に差し出す。
「これお前のチャオな」
 マルと同じ色のチャオ。水色で先端が緑の大人のチャオ。しかし心は虚ろだ。ぬいぐるみのように動かず、そしてそのように扱われている。それを受け取るのにためらいがある。手に取って、使ってしまえば自分もまた同じになるように優は感じた。このようにチャオを改造した者と同じに。
「そのチャオは、もう元に戻りません」
 雪奈が優に言った。
「ですから、せめて使ってあげてください」
 その言葉はまるで死人を前にしたもののようで、目の前にあるチャオが骸骨のように見えた。
「そんなにそのチャオが嫌なら俺を使おうぜ。俺の方が高性能だぜ」とキキョウが言う。
「いや、いい」
 優は立ち上がってチャオを受け取る。雪奈は顔を伏せ、キキョウはふっと笑った。そして隼人が、
「よっしゃ、始めるか」と明るい声を出す。
「CHAO-Sの使い方について、説明します」と雪奈は立ち上がって無表情に言う。「CHAO-Sは調整チャオに触れることで接続が可能になります。送受信をしたいと考えれば、それを受け取ったチャオの方で実行してくれるので複雑な操作はいりません。そのチャオは高性能型なので、チャオウォーカーを操縦する、と考えれば触れていなくても通信が可能になります。その状態にしたらコックピットにチャオを置くための窪みがあるのでそこにチャオを設置してください。そうすればイメージした通りにチャオウォーカーは動きます。左腕の銃は拳の先から弾が出るとイメージすれば発砲できるはずです。訓練用のエアガンなので好きなだけ撃って大丈夫です」
 雪奈の説明が頭に染みていく。言葉以外のものが頭の中に入っているのを優は感じた。試しにチャオウォーカーについての情報をクラウドから探してみたのであった。そうするとまさに雪奈の説明しているような情報が、言葉ではない理解という形で咀嚼されたもので見つかる。その一方で雪奈による言葉の説明も入ってきて、その結果優はどうすればチャオウォーカーの動かし方を前々から知っているような気分になっていく。そして、これは便利だ、と思うのであった。
引用なし
パスワード
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06 俺が英雄になる
 スマッシュ  - 12/12/16(日) 0:32 -
  
 コックピットに座った優はモニターと模造エメラルドを見つめる。淡い光を放つ石の傍でモニターは発進の準備が進行していることを告げている。発進可能の文字を見て、優は前を見る。意図的にする瞬きのように脳内で何かを切り替えると、目の前にあるのが鉄の扉ではなくもう一機のチャオウォーカーとなるのであった。少し離れた所にチャオ程の大きさとなった雪奈が見える。彼女に抱えられたキキョウは投げるのも容易そうであった。優は七メートルの巨人となっていた。右手を握ってみる。五本の指がスムーズにグーの形を作る。開こうとすればすぐに開く。それでも動作に多少の重さがある。優は平常時と完全に同じようにはいかないと理解しながらも、巨人になったような気がして興奮を覚えていた。
「いつでもいけます」
「背中に推進器がある。それで飛ぶこともできるから上手く使えよ」
 音声のやり取りは電波による通信で行われていた。隼人のチャオウォーカーが膝を折り曲げ、飛び退く。人間というより獣の動きだと優は思った。チャオウォーカーの跳躍は素早く、そして高かった。距離を開けた隼人が「じゃあいくぞ」と言い、左腕のアサルトライフルを向ける。避けたい。そう思って優は隼人の動きを思い出しながら左足を使って横に飛ぶ。勢いをつけすぎた。回避はできたが止まることができず壁にぶつかってしまう。
「おい、大丈夫か。ダメージは」
 そう聞かれて、優は視点をコックピット内部に戻してモニターを確認する。
「こっちは大丈夫です。壁の方はわかりませんけど」
 再び巨人となり、左腕を隼人に向ける。先手必勝だと考えたのである。いくら人よりも優れた行動ができたとしても銃弾を回避するのは難しいはず。狭い場所なら尚更。そう思って優は卑怯だと自覚しながらも躊躇わずに弾を撃った。それに反応して横へ動く。
「やべ、二発くらい当たった」
 そう報告しながら隼人は跳躍する。もらった、と優は直感的に思った。弾に当たらないよう身を滑らせながら、隼人のチャオウォーカーが描くであろう放物線を思い浮かべ、着地点に狙いを定める。その直後にまずいと思った。飛べることを失念していたのである。視界の外から来る銃弾に恐怖し、思い切り横に飛ぶ。透明な放物線をなぞり、チャオウォーカーを探す。しかし実際に隼人がいたのはその線よりも少しずれた場所だった。空中で移動していたのである。そのまま優のチャオウォーカーは上からの射撃に襲われる。そして先ほどのジャンプのせいでチャオウォーカーは横倒しになった状態で床に激突した。巨人の優が想定していた衝撃は、コックピットの中にいる優が実際に受けた衝撃とは全く異なり、大きく揺さぶられて優の視点はコックピット内部に戻った。すぐにモニターを確認する。
「二十発くらい当たってますね」
 何か軽いものがぶつかった報告が多数あった。
「大丈夫か?ちゃんと受身取らないと危ないぞ」
「ああ、そうか。探すのに夢中になっちゃってました」
 チャオウォーカーの体を起こす。どこにも異常はないようだ、と動かしている感覚で優は判断する。
「いやあ、びびったわ。普通に勝てると思ったんだけど。さっき着地狙ってたろ」
「そうですね。飛べるの忘れてて。うっかりミスでした」
「俺としては背中使わないで勝つ予定だったからさ、焦ったわ」と隼人は笑う。
「何かコツってあるんですか、これ」
「一秒でも長く生き残ることだな。守りに徹するのとは違うんだけどな。チャオウォーカーはこれからどんどん改良されてくはずだ。機動性はさらによくなるからこれからどんどん弾が当たりにくくなるぜ。それにカオスエメラルドの力でバリアを展開する技術が見つかったからそれをチャオウォーカー用に転用してみるって話もある。ってことは撃墜するチャンスがそれだけ減るってことだろ。それを増やすには一秒でも長く生き残ることが大事ってことだ。まあ一番はチャオウォーカー同士で戦うなんて真似をしないことなんだが、それを言ったらコツも何もないからな」
「一秒でも長く生き残る、ですか」
「そうそう。生きてれば何とかなるかもしれんし、最悪撤退できるだろ」
「そうですね」
 優は長く生き残る術を考えながらチャオウォーカーから降りる。その時チャオを持っていくのを忘れそうになった。コックピットの中に取り残されそうになっても自分の存在を全くアピールしてこないのである。慣れない。置いてけぼりにされそうになるとマルは泣くことがあった。チャオを抱えて、優は考え事に戻る。
 右に逃げれば相手の砲身もそれに合わせて動くだろう。しかしいたちごっことはならない。相手はこちらの動きに合わせて、当たるように調整してくる。銃弾の隙間を縫うように回避ができるのならそれが一番いい。しかしそれは非常に困難であり、そもそも不可能な場合だって多いはずだ。物陰に隠れられない場合、縦の動きが必要になる局面は多くなる。さっきの戦闘がそうであった。飛ぶか伏せるか。飛んでいる時でも機動性が確保できるのであれば話は早いがどうなのだろう。
 優は床までの数メートルの間、考えていた。降りてしまえば話をせざるを得ない。
「しかしお前が究極生命体だったら笑えるな。気が弱そうなのに」とキキョウが言った。
「究極生命体?」
「ヒーロー理論のヒーローのことです。そう言う人も少なからずいます。キキョウは究極生命体派なんです」
「どっちだっていいじゃんか。意味は同じなんだから」と隼人が言うとキキョウが「わかってないな」と肩をすくめる仕草をした。
「カオスエメラルドの力を引き出せる者が正義の味方だとは限らないだろ」
「そうだけどよ。でもそう呼ぶことにしようってなったんだからヒーローでもいいと思うんだよな、俺は」
「なあ優はどう思う?」
 キキョウが急に話を振ってきて優は「え」と戸惑う。
「少なくとも僕はそのどっちにも該当してないと思う、かな」
 そう答えるとキキョウが「うへへへ」と変な声で笑い出した。しばらく笑い続けて「ああ、苦しい、助けて」などと言う。それに釣られて雪奈も隼人もくすくす笑い出す。そんなに変なことを言っただろうか、と優は思った。ヒーローと言うか究極生命体と言うかということよりも自分がそのような大袈裟な呼ばれ方をするのに値していないという気持ちが強かったためあのように答えたのであった。
「お前が本当に究極生命体だったら最高だわ。俺、応援してる」とキキョウは言い、また笑い出した。

 倫理を無視して人体実験を行うことを正当化するGUNに反発を示す市民をいないわけではなかった。そういった人々が「悪を打ち倒す」と称して武装し突撃することがままあったためGUNが占拠した場所にはチャオウォーカーが待機していた。レジスタンスの武装はGUNの兵士が使用している物で、それも比較的最近の武装であると判明した。戦いの火は未だに消えておらず、今回の変化をよしとする人々には、レジスタンスの暗い瞳が物陰から覗いているように感じられるのであった。
 チャオウォーカーのために勢いが増すことはなかったが、一方で鎮火されずに残り続けている抵抗勢力の活動が盛んになる一つの奇跡が起こった。
 三機のチャオウォーカーが待機する議事堂前に、突然巨大なフラッシュが焚かれた。それは日本を変えた奇跡の光である。現れたのは一機のチャオウォーカー。胴体は赤く塗られ頭部は黄色だが古くに塗られたのか塗装がはげている所もある。その黄色い頭部につけられた三つのカメラのうち額の部分にあるものがせわしなく動き、敵機を捉える。右腕の銃身を前方に向けて三つの大きな弾を撃つ。それは的外れな方向に撃たれたが、弾は一つずつ敵機を追尾して曲がる。そのような銃はチャオウォーカーの正規武装にはないもので、三機は戸惑いながらも避けるために全速力で散りながら一歩も動かない赤い機体に向けて発砲する。そこでようやく赤い機体は後ろに下がるなどして回避行動を取るのだがその動きは遅く、関節がちぎれて左腕が飛ぶ。しかし被弾に気付いていないのではないかと思わせる程に赤い機体は変わらず額のカメラを動かし、右腕からホーミング弾を打ち続けた。赤い機体の襲撃によって三機のチャオウォーカーは片足がなくなるなどの被害を受ける。しかしその三機のチャオウォーカーの被害をそのまま足したようなダメージを赤い機体は受けていた。倒れて動くことができなくなった赤い機体のコックピットに狙いが定まった瞬間にまたフラッシュが焚かれ、赤い襲撃者は姿を消していたのであった。

 結果だけ見れば赤い機体は無謀なことをして順当に負けたということになるのだが、三機のチャオウォーカーも戦闘の続行が難しい状態になっていたためレジスタンスは「次にあのチャオウォーカーが現れた時がチャンスだ」と意気込むのは明らかだった。
 赤い機体の話が公になるよりも早く話題になった所があった。優がヒーロー候補として通うようになった基地である。放課後に隼人の運転する車で優と雪奈は基地に入ったのだが様子がおかしかった。
「どうしたんすか、なんか騒がしいみたいですけど」と隼人が一人を捕まえて聞く。
「プロトタイプウォーカーがなくなってるんだ」
「奪われた、ということですか?」と今度は雪奈が質問をする。
「そうだと見ているみたいだ」
「目撃者はいないんですか?」
 七メートルもある上に赤いカラーのものはプロトタイプウォーカーだけだった。動いていれば目立つ上に音もする。気付かないはずがないのだが、
「それが、誰も」と答えるのであった。
「それじゃあ犯人はカオスコントロールを使って奪っていったんでしょうね」
「確かにそれなら運がよければばれないで盗めるな」と頷く隼人に、
「でもそれだと変なんですよね」と雪奈が言う。「普通カオスコントロールを使うには特殊調整型のチャオが必要です。でもそのチャオを持っているのにわざわざプロトタイプウォーカーを盗む理由ってないんですよね。調整チャオがいればチャオウォーカーを動かせますから」
「じゃあ犯人は普通じゃなかったってことだな」
 隼人は冗談めかしてそう言う。雪奈は雪奈でどこか楽しそうである。大変なことが起きているのではないのか、と優は混乱した。
「チャオウォーカーを動かすことができず、さらにカオスコントロールを使える人間なんかならプロトタイプウォーカーを狙いそうですよね。ついでに通常のチャオウォーカーとプロトタイプウォーカーが区別できるような、過去にGUNにいたことのある人間であれば完璧ですね」
「なるほど。それならあのおんぼろを持ってくな」
 雪奈と隼人が優の方を見た。目が「わかったかな?」と問うている。心当たりはあった。
「それってもしかして、末森雅人?」
 人間でありながらカオスコントロールによる瞬間移動が可能。しかしその実験中に行方不明となった。GUNは彼を探している。それを思い出しながら言うと、二人は頷いた。正解だったようで、優は安堵した。そして次の疑問が出てくる。どうして彼はこのようなことをしたのだろう。
「おい、大変だぞ」
 同僚に向けてというよりも、雪奈や隼人に対して教えてやろうといった感じで一人が優たちの所に来た。
「どうしたんですか」
「盗まれたプロトタイプウォーカーが議事堂前に突然現れて、三機のチャオウォーカーが小破したらしい」
「カオスコントロールで議事堂前に瞬間移動かよ」
「悪質な嫌がらせですね」
 やはり隼人と雪奈の二人は楽しそうである。
「なんか楽しそうだね」と優は雪奈に言う。
 雪奈ではなく隼人がそれに答えた。
「だって末森雅人がもし力を増していたら、GUNがあいつ一人によって壊滅まで追い込まれるかもしれないじゃんか」
「一人によってだなんて、そんな馬鹿なことが」
 現実的でない、と優は言おうとしたが隼人によって遮られる。
「ヒーローっていうのはそういうもんだってソニックの時代から相場が決まってるんだよ」
 それが真面目な話なのだとわかって優は恐怖した。理解しがたい現実が姿を現したのである。テレビの中のお話にではなく、自分の生きているこの場所に。これ以上何かが起こるのかと思うと楽しいとは思えない。

 世間で赤い機体のことが騒がれるようになったのを見計らって、末森雅人はGUNの影響がまだ少ないローカル局の番組に出演した。末森雅人は伸びた後ろ髪を束ねていて、真っ黒なロングコートを着ていた。
「GUNの基地からこの赤いロボットを盗み出したのが、末森雅人さん、あなたなんですね」
 プロトタイプウォーカーもスタジオ内に膝を着いた姿勢でいた。遠くからその全体像を写すためのカメラも用意されていた。プロトタイプウォーカーは修理されており、頭部まで赤く塗りなおされていた。左腕にはチャオウォーカー用のアサルトライフルが付けられている。
「ああ。こいつは大昔に量産されたロボットらしい。こいつがチャオウォーカーの基礎となったんだが、チャオウォーカーとは中身が全く違う。あっちがCHAO-Sによるイメージ伝達を利用して動かすのに対して、こっちは操縦桿を握って色んなボタンを押さなきゃいけない」
「つまりこっちの方が操作は難しいということですか?」
「そういうことになる」
「ではどうしてこれにしたのですか?」
「最初からこれを狙ってたんだ。こいつはCHAO-Sに頼らない。GUNの連中の狂った思想とは関係がない。だからわざわざこいつがどこにあるか情報を買って、一番盗みやすそうな所を選んでもらってきたんだ」
「どうやってこれを盗み出したんですか?一番盗みやすそうな場所を狙ったとしても、GUNの基地でしょう?」
「GUNのやつらがクーデターでやったのと同じ、カオスコントロールによる瞬間移動だ」
「そう。末森雅人さんはGUNにいた頃、ヒーローとして扱われていたそうですね」
 ヒーローというのは、と視聴者のために解説が挟まれる。雅人はその間にペットボトルの水を一口飲んだ。
「それで、あなたはどうして議事堂前で戦闘を行ったのでしょうか」
「日本の進む道を正しい道に戻すためだ」
 雅人はきっぱり言うと、自分を写しているカメラを少し探し、それを見つけると睨むような視線を向け、
「GUNは間違っている」と言った。「倫理を無視して行う発展は正当化できるものではない」
 司会とカメラを交互に見ながら彼は主張を続ける。それを番組は許していた。
「人類の未来のために今生きている人々から自由と夢を奪うことが許されるものか。過酷な戦いを全ての人間に押し付けていいはずがない。そこに行く覚悟のある者のみが行けばいい」
 もう末森雅人はカメラしか見ていなかった。カメラの向こうにいるであろう、自分の知っている人々を睨んでいた。
「俺が英雄になる。GUNは日本を元通りにしろ。さもなくば俺がお前たちを倒す」

「雅人」
 末森雅人の言葉はネットを通じて全国に広まった。ビデオを見て庭瀬真理子は呟く。
「やっと、見つけた」
 そう言えるということは希望が見えたからであるはずなのに、真理子の目からは涙が出てきた。雅人はCHAO-Sを避けている。もう自分と雅人が繋がることはないのだとわかってしまった。心配していた。実験の時に何かがあって逃亡しなければならなくなってしまったのかもしれない、と。ある日消えてしまった雅人がそのまま行方をくらましたのはGUNから逃げるためだったかもしれないとわかっていたが、どうであれ伝えなくてはならなかった。自分がどれだけ彼を愛していたかということを。見つけたら思い切り殴ってやりたいということを。考えれば考えるだけ感情は言葉で言い表せる域を出てしまう。それを正確に伝えるためのCHAO-Sだった。伝えて、愛し合っていた頃に戻るためのCHAO-Sであり、それを一日でも早く実現するためのカオスユニットであった。
 カオスユニットの役割の一つに情報の検閲がある。これはCHAO-Sを利用して不正を働こうとする者を特定するための管理者権限という形で実装されているのだが、これによってカオスユニットはCHAO-Sを用いて発信された情報の全てを読むことができることになっている。悪用すればプライバシーを侵害することになるが、まさに真理子はこれを用いて雅人についての情報を集めるつもりで、だからこそカオスユニットにそのような権限を与えたのであった。
「残念、だったな」
 隣でビデオを見ていたキキョウが遠慮がちに言った。
「あなたが慰めてくれるなんてね」
 まともに喋れるとは思えなかったが、そう言ってやりたくて真理子は必死に涙を抑えて声を出した。自分を嫌っているはずのキキョウが慰めの言葉をかけてきたのがそれほどまでに意外で、惨めだった。
「ここに雪奈がいたらあんたを慰めただろうからな」
「雪奈の代わりってわけ?」
「さあな。あんたのやったことは許せない。だけど俺たちに自由をくれたことだけは感謝している」
「そう」
 自ら作ったものに同情している、と徹が言ったことを真理子は思い出す。馬鹿なことをしていた。しかし馬鹿でよかった。真理子は心底そう思う。非道を貫いて自分の欲望のためだけに動いていたら、雅人の言葉を聞いた時に自分がどうなるか予想できない。とんでもなく醜いことをするだろうと思われた。馬鹿だったおかげで、慰めてくれる誰かが出来た。そのことを意識した途端、涙が止められなくなった。涙が出てくると頭に浮かぶのは雅人のことばかりになる。何年も前の別離が今になって失恋に変わった。
 キキョウが彼女を一人にしようと足音を立てずに外へ出ようとした。そのひっそりとした気配は真理子に伝わり、キキョウが外に出ると、真理子は涙を止めようとするのをやめた。
引用なし
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07 人間だ
 スマッシュ  - 12/12/22(土) 0:01 -
  
 悩んだ末に、末森雅人はレジスタンスと合流することに決めた。彼らがGUNの兵器を持っている以上、何らかのルートで横流しされていることは明らかで、それも利用した方が効率がいいであろうというのが大きな理由だった。それがなければ民間人を巻き込みたくないために一人で戦う道を選んだかもしれなかった。
 彼らと確実かつ迅速に接触する方法として雅人はもう一度戦闘を起こすことに決めた。長引けば加勢に来るはずだと考え、その通りに事が運べばその中の一人を巻き込んでカオスコントロールを使うつもりで末森雅人は再び議事堂前に瞬間移動した。
 少しでも時間を稼ぐために雅人は瞬間移動して議事堂前に現れてから一切に動かずにいた。相手が撃ってこないように、両腕の銃を真下に向けて直立の姿勢でいた。いつでも動けるように操縦する自分の手の動きを思い描きながら待つ。
 大人しく投降しろ。さもなくば。そう聞こえてくる。一分程待つ。そろそろ限界だろうか、と思ったがそれでも戦闘の開始を引き伸ばしたかった雅人はコックピットのハッチを開いた。
「お前たちの中に俺の仲間になろうというやつはいないか。俺に忠誠を誓わないのであれば容赦なくその命、いただくぞ」
 叫ぶ。チャオウォーカーに乗っている者には聞こえなかったかもしれないが、他の兵士には聞こえたはずだ。反応を待っていると、一機のチャオウォーカーが雅人の前に躍り出た。そしてハッチが開く。中にいたのは真田徹であった。
「久方ぶりだな。末森殿」
「お前、真田か」
 かつての部下は雅人に途方もない悪意をぶつける。
「末森雅人。貴様の時代は終わった。貴様の血を浴び、私が究極生命体となる」
 そう言うと彼はハッチを閉じる。閉じ終わらぬうちにチャオウォーカーの左腕を動かし、発砲した。雅人は反射的に思い描いていた通りの操作をして、プロトタイプウォーカーを後方にジャンプさせる。それからハッチを閉じた。まずするべきは後退。開けた場所での戦闘は危険である。ビル郡を遮蔽物として利用し、集中攻撃を受けないようにする必要があった。身を晒している今のうちに攻撃も行うべきである。雅人はホーミング弾用のカメラを稼働させ、ロックオンしては撃つという流れを何度か繰り返すと、敵に背中を向けて全速力で走りビルを飛び越え身を隠した。幸運なことに被弾はしていなかった。一方で途中から背を向けてしまったために相手がどれだけのダメージを受けたのか雅人は把握できていなかった。
 囲まれるのはまずい。じっとしていれば上から右から左から、同時に敵が現れる。六機がどのような状態でどこにいるのか、確かめるために雅人は走ってビルから身を出した。二つのカメラから映し出される映像を正面の大モニターで確認する。徹が乗っていた仕様の三機が少し体を浮かせ背中の推進器でこちらに向かってきている。三方向に分かれており、やはり囲むつもりであったようだ。残りの三機が前方三機の支援を担当しているようで、距離を置いてゆっくりと三機の後を追っている。右手側にあるシャベルの持ち手のようなカメラ操作用レバーを腕を上げて握り、ホーミング弾用のカメラを素早く動かす。するとモニター上では赤い長方形のフレームが動く。チャオウォーカーをその中に入れて人差し指の所にあるボタンを押すと、チャオウォーカーを攻撃対象として認識する。そして親指の所にあるボタンを押して弾を発射する。オートサーチにしておけばこのような手間はいらないのだが、そうするとビルや民間人まで撃ってしまう可能性があるため手動で敵を設定しなければならかった。雅人はこの動作をスムーズにこなして、赤いフレームは全く止まらずに六機のチャオウォーカーを次々とその中に収めていった。そのためビルに隠れる前にもう一度狙いを定めることができた。ブレーキペダルを踏みながら手元に左右にある操縦桿のうち最も右側にある円柱のアイスバーのような操縦桿を握る。それが腕部操作用で、後ろに倒すとプロトタイプウォーカーは右腕を上げる。弾の発射はこの操縦桿についているスイッチでもできる。真上に発射された弾が六機のチャオウォーカーを牽制するだろう。
「このままじゃ駄目だ」
 雅人は舌打ちをし、呟いた。六機全てを捕捉していては時間が掛かる。連射性が失われればその分撃墜も難しくなる。ホーミング弾を避けるために相手はある程度動かなくてはならず、それだけ雅人を危険から遠ざけてくれるのだが、六機が健在であれば被弾しないでいるのが難しいことに変わりはない。減らさなくては駄目だ。
 雅人はまず一機倒すことにした。マニュアルで狙いを定めることの利点はもう一つある。それはホーミング弾で狙うのが一機のみの場合、画面内の敵を全て狙おうとするオートサーチよりも連射ができる点である。雅人は左の肘掛の辺りにあるキーボードを使って操作モードの切り替えを実行する。チャオウォーカーはCHAO-Sを用いているために両腕両足を同時に動かすことが容易い。しかしプロトタイプウォーカーはそうではない。両手と両足で入力できる分しかこの機械は動いてはくれない。雅人はその差を埋めるためにいくつもの操作モードを設定し、それを切り替えることでアクションの多様性を確保していた。今のモードは一斉射撃モード。足や背中の推進器の操作は通常モードと同じく足元のペダルと左から二番目の操縦桿で行う。違いは通常モードではホーミング弾の発射を担当していたスイッチが左腕の銃器の発砲も兼任しているところにある。右腕の武装と左腕の武装の動作をリンクさせるこのモードではホーミング弾用のカメラを操作するレバーが左腕の銃器の照準合わせも行う。そのためこのモードでは複数機を狙う時の効率が非常に悪い反面、一機のみを標的とする場合には移動の操作をしながらでも両腕の武装で攻撃できるのであった。
 狙うのは一番近くにいる敵。そう決めてビルを飛び越える。カメラで捉えてスイッチを押すと両腕から敵を目掛けて弾が飛ぶ。逃げても追いかけてくるホーミング弾と常に照準を動かしているために気まぐれな網のように振る舞うアサルトライフルから飛び出す弾とを避けきれずに特殊仕様のチャオウォーカーが一機、空中で被弾して落ちた。

 同じようにして支援に回っていた一機を撃墜して数秒後、支援をしていた残りの二機の動きが止まり、そして議事堂の方へ戻っていく。残りは特殊仕様の二機。両方とも隠れず雅人に姿を晒していた。そのうち一機は距離を十分すぎるほどに取っており、もう一機は構わずこちらに突っ込んでくる。それが徹であると雅人はすぐにわかった。
「やはり人では超人には勝てぬか」
 徹は呟いた。相手が究極生命体と言われた男であるならば、どんなに数で勝っていて理屈の上で有利であってもそれを覆してくるはず。そう彼は信じている。相手は人の域を超え超人と呼ぶべき存在に至った男、末森雅人。そこに人間の理は通用しない。超人の理で考えるならばそれと対等に戦えるのはごく僅かである。そう徹は確信して自分のみが戦うことにしたのであった。
 一方で雅人は戦況の判断ができないでいた。数の上でも乗っている機体においても雅人の方が不利である。生身での殴り合いならともかくとして、ロボットに乗っての戦闘では自分がヒーローなどと呼ばれる存在であることがどれだけプラスに働くのか不明であった。そうとなればこちらの利は相手には配備されていないと思われるホーミング弾のみである。しかしこれがあれば不利を覆せると雅人は思ってはいなかった。だから操作モードをいくつも用意した。それを活用してよどみなく操縦できるよう操縦法を頭に叩き込み、状況ごとの対応法をイメージした。マイナスを可能な限り零に近付けるためにやれるだけのことはしたつもりだが、そもそもプロトタイプウォーカーを盗んでからこの戦闘に至るまでに長い期間があったわけではない。万全な準備とは言いがたい。ゆえに、勝つのは無理だ、と雅人は思っていた。しかし二機も撃墜できてしまった。そして今相手は囲もうともせず一機でこちらに突っ込んできている。わけがわからない。とにかく戦わなければ、と混乱を振り切って雅人は操縦桿を握る。
 徹のチャオウォーカーは一切射撃をせずにこちらに走ってくる。それを不可解に思いながらも雅人は一斉射撃モードで迎え撃つ。プロトタイプウォーカーが発砲するのに反応してチャオウォーカーはジャンプした。おかしい、と雅人は思った。ホーミング弾はスピードが遅い欠点があるもののアサルトライフルから出る弾の方は撃たれる前に動く必要があるほどに速い。被弾しているはずのチャオウォーカーは無傷で飛び掛ってきていた。外れたのだろうか。雅人は慌てて何度かジャンプして後退しながら無傷のチャオウォーカーを撃つ。それでわかった。チャオウォーカーの前で弾が何かに阻まれている。徹の機体にはそういうものが積まれているのだと理解した。チャオウォーカーの左腕はナイフを展開させていた。右腕は人間と同じようになっていて先端には五本指があったが、右腕にもナイフだけは装備してあったようでそれを展開している。両腕のナイフはただの鉄の刃物ではなくエメラルドのパワーを刃に流すことで巨体を切り裂くに足るものになっているのであろうことが予測できた。つまり徹は近距離戦闘に持ち込んで勝とうというつもりだ。一方こちらにはそのような装備はない。それどころかプロトタイプウォーカーには刃物を振り回すような動きはできない。まずい。雅人は急いで後退する。
 チャオウォーカーは銃弾を避けながら近付いてくる。防ぐことができるのは少しだけなのだろう。それなら当て続ければ弾は機体に届く。そう思ったのだがチャオウォーカーの動きは鋭角の軌跡を作るほどに機敏で、見えない壁の回復を許してしまう。集中したいが打ち続けなければ接近を許してしまう。距離を詰められずに済んでいるのはチャオウォーカーがじぐざぐに動いているからなのだ。徹の乗るチャオウォーカーの向こうに議事堂へ向かって走る武装した集団の姿が見えた。
「勝った」
 思わず声が漏れた。雅人はチャオウォーカーの脇を通り抜けるつもりで加速させる。その際、高速移動モードに切り替える。プロトタイプウォーカーは脚部を正座の形にして、すねの辺りに隠されていた車輪を出して走行する。カメラをチャオウォーカーに向けて固定し、できる限り速く手を動かしてホーミング弾を連射する。チャオウォーカーは飛んでそれを回避する。そのうちに武装集団に追いついた。雅人は叫ぶ。
「カオスコントロール」
 プロトタイプウォーカーは何人かを巻き込んで瞬間移動した。
「逃がしたか」
 徹は立ち止まる。被弾はしていないが、弾を避けるために無理な動きをしすぎたようだった。モニターは膝の異常を訴えている。近接戦闘をするのであれば短期決戦にしなければならないようだ。
「次こそは殺す」
 呪詛だった。

「今日も訓練だったんでしょ。お疲れ様だね」
 雪奈の部屋で寝転がりながら由美は言う。二人がGUNの基地に通っていることを由美は知っていた。
「自分の体を動かすわけではないので楽ですよ」
 雪奈もチャオウォーカーを動かしていた。いつか必要になる日が来ると感じているからだ。
「あ、私コーヒーがいい」
「そうですか」
 溜め息をつく。戦闘の訓練をしているのだ。疲れないわけではない。どうせインスタントなのだから由美がやってくれてもいいのに。そう思いながら粉末を入れてコーヒーを作り、運ぶ。
「末森君はどう?頑張ってる?」
「楽しそうですよ」
「巨大ロボットに乗れるから?」
「いえ。なかなか勝てないから楽しいって言ってました」
 隼人もヒーロー候補である。隼人と優のどちらが超人性に長けるかという観点では、雪奈の見る限り隼人の方が有能であった。それにチャオウォーカーに触れたのは隼人の方が先である。優が勝つことは滅多にないのであった。そして雪奈にも連敗している。負ける度に悔しそうな顔を見せるどころか上機嫌でいる彼にどうしてそんなに楽しそうなのかと質問したことがあった。自分が下位という環境がたまらなく楽しい、とのことだった。
「私あいつのそういう所嫌い」
 きっぱりと由美が言った。
「そういう所?」
「負けると嬉しそうにすんの。で、勝つと仏頂面。これまで辛い思いしてきたっていうのはわかるけどさ、なんか腹立つんだよね。人間どうしても苦しいことが付きまとうわけじゃん。それを乗り越えようっていう強い意志が感じられないね」
 由美は一気にマグカップの中のコーヒーを飲み干した。
「じゃあどういう時本気になるんでしょう」
「知らないよそんなの」
「由美さんなら知っているかと思ったんですけど」
「私そこまで彼に興味ないし」
「そうですか」
 雪奈は考える。優を引き込んだのは考えがあるからだった。彼ならばいつか来る戦いの日に戦力となってくれるかもしれない。そうでないようなら民間人であることを理由にして、体験期間は終了などと冗談めかして基地に来させなければいい。どう転んでもマイナスにはならない。しかし彼に戦う気がないとしたら今やっていることは一体何の意味があるのだろうか。一人の人間の自由を奪っているような気がした。かつて自分がされていたようにGUNという檻に閉じ込めている。調整チャオのように虚ろになった優の姿を雪奈は想像してしまった。
「私のしていることって正しいんでしょうか」
 そう言うと、由美は苦笑いをした。
「私にわかるわけないじゃん」
 その通りだと雪奈は思った。由美は正しいか否かを決定する人ではない。そんな人はどこにもいない。疑念を抱きながら生きていかなくてはならないと考えると辛い。一人でやっていけばよかったと思ってしまう。それなら悩まずに済んだ。そんな心中を読んだのか由美が、
「楽しそうにしているうちはあんま気にしなくていいんじゃないの。顔が曇ってきたら本人に直接聞きなよ」と言った。
 雪奈は「そうします」と小さな声で答えた。

 チャオウォーカーでの訓練は外で行うようになっていた。やはり屋内では狭すぎた。二機のチャオウォーカーはそれぞれ勝手に動いている。新規パーツのテストをしているのだった。プロトタイプウォーカーのすねに仕込まれていた車輪を参考にして、ローラースケートのように移動できる機構が追加された。それを優は試していた。足の横につけられた車輪を動かすと滑るように移動していく。
「人間にはないのを動かすのって難しくないですか」
 優は車輪を動かすのに手こずっていた。動かすためにはモーターを動かす必要がある。そのスイッチを入れる感覚にいまいち馴染まないのである。普段は人が動くのと同じように意識して動かしているのに、こういうことをする時だけは機械を動かすような気分にならなくてはならず、動作に遅れが生じていた。
「俺はそうでもないな」と隼人が答えた。「なんかもう俺の脳みその中でチャオウォーカー動かす用のモードが出来てる感じだからな。頭が切り替わるのよ」
「凄いですね、それ。ああ、くそ。庭瀬さんもやればいいのに」
「仕方ないだろ、二機分しか用意されてないんだから。それともあれか。二人きりで通信したかったか?」
「からかわないでくださいよ」
 モーターが止まってしまった。再び動かしながら、
「でも二人きりで通信はしたいかもしれません」と優は言う。
「おお、素直じゃん」
「そういうのとは違うんですよ。あいつ、いつも敬語じゃないですか。僕に対しては別にタメ口でもいいと思うんですよ。だって友達なわけですし」
 一緒に行動することが増えて話す機会も増えた。基地に向かう車の中でも色々なことを話す。チャオガーデンに一緒に行くことだって何度もあった。由美が彼女の部屋によく来ることなんかも聞いた。これで友達ではなかったら何なのだ、と優は思う。
「そういうの苦手みたいだぜ、彼女。なんか生まれてからずっとああいう感じで喋ってて、それで砕けた感じに喋れないらしい」
 自分がつい僕と言ってしまうのと似たようなものだろうか、と優は思った。
「ところでよ、酷使するとモーターが死ぬってあほだろ、これ」
 チャオウォーカーをローラーで前後させながら隼人が言う。足につけるという都合でプロトタイプウォーカーのものほど大きな車輪を使えなかったのだがそれでも巨体をそこそこの速度で動かすのに十分な力を得ようとした結果モーターが短時間で使い物にならなくなるという欠点が生まれたのである。それは欠点ではなく欠陥だと隼人は笑った。
「推進器でサポートすれば負荷は減るはずなんですけど」
「でもそれって前に行く場合だろ。肝心なのは後ろに下がる時じゃんか、これ」
 プロトタイプウォーカーの車輪は姿勢を低くしながら高速で移動するためのものであったが、こちらは後退をスムーズに行うためのものであった。
「褒めようにも、無いよりかはましってくらいしか言えんな」
「そうですね」
「盾とバリアはまだいいな。でも両立は難しいだろうな、これ」
 右腕に装備された盾は肩にまで及ぶ長さで、チャオウォーカーに装備されているアサルトライフルの弾を受け止めるためにかなりのエネルギーをエメラルドから受け取る仕様になっていた。バリアも同様で、こちらは前方からの攻撃を遮断できるが範囲が広い分耐久力には不安がある。そして両方をフルに稼働させてようとしても模造エメラルドの供給できるエネルギー量では不足するのであった。バリアを破られるのを見計らってエネルギーの供給を盾の方に移す、ということを実戦で行うのは無理に近い。
「隼人さんはどっちがいいですか、盾とバリア」
 どちらか片方を選べと言われても迷ってしまうな、と思いながら優は隼人に聞く。バリアが有効な場合もあれば盾が有効な場合もあるだろう、と考えてしまうのである。隼人の判断は間違っていないだろう、と思った。
「俺はバリアの方が好きだな。広いからな。でもこれどんくらい耐えられるんかね」
 練習用のエアガンでは試すことができない。「だからってちゃんとしたやつで試すのも危なそうだよな」と隼人が言っているところに男の声が割り込んできた。
「教えてやろう」
 通信に割り込んできたそれは空から落ちてきた。チャオウォーカー。瞬間移動してきたそれは着地すると両腕のナイフを展開して、優の方へ飛び掛ってきた。慌ててバリアを展開する。そこに左腕のナイフがぶつかる。それだけで破られてしまったようだ。乱入者にタックルされて優のチャオウォーカーは転倒する。バリアで止められたのはほんの一瞬だった。百八十度向きを変えて隼人のチャオウォーカーを睨む。隼人の方に使える武器はない。相手が銃ではなくナイフを使ってきてくれる以上は盾で応戦するのが無難だと判断してバリアへのエネルギー供給はせず盾にのみ集中させる。
「勝負だ、中川隼人」
「したくねえよ」
 構わず突っ込んでくる。ローラーを駆動させて後退し、攻撃をいなして盾で殴ろうとする。しかしそれをバリアで受け止められる。当然突破できたが、攻撃をバリアが食い止めた一瞬のうちに回り込んで刺そうという動作が始まっている。今度はローラーを使わずに横に飛ぶ。距離を置くつもりだったが相手はそれを許さず即座に食らいついてくる。そのプレッシャーに押されそうになった。この乱入者、真田徹には実戦経験があるということを隼人は意識していた。
「止まってください」
 そこにもう一人通信に割り込んでくる。雪奈だ。彼女の乗ったチャオウォーカーが出てきて左腕のアサルトライフルを徹のチャオウォーカーに向けている。徹は言われた通りに停止し、さらにハッチを開けた。徹は立ったままのチャオウォーカーから飛び降りたが平然としている。三人は片膝立ちにしてゆっくりと降りる。優はもうチャオを抱えるのを忘れなくなっていた。
「何の用ですか」
「用件は二つある。まず末森雅人とテロリストがGUNの兵器を使用している件についてだ。横流しをしているのはここか?」
「そんなこと私たちに聞かれても困ります。聞く相手を間違えています」
「そうだな。その通りだ」と徹は頷く。
「もう一つは何ですか?」
「うむ」
 徹は拳銃を抜いた。実弾式の銃だ。GUNではカオスドライブを用いる銃が多く用いられているが、小型化する技術がないために拳銃だけは未だに実弾を使っているのであった。破裂音に優は耳を塞ぐ。大きな音によって目を瞑ったのは僅かな間だったが、視線を雪奈の方に戻すといない。徹が再び発砲した。その方向を見ると雪奈は瞬間移動でもしたのではないかというくらいにさっきいた場所とは離れた所にいた。その移動が瞬間移動によるものでないことはすぐにわかった。雪奈は走っていた。人間が車ほどのスピードで走っているので余計に速く見える。十一発の弾全てが外れると雪奈はそのままの速度で徹目掛けて走っていく。雪奈は徹を思い切り殴り飛ばそうとしたが徹は拳を腕で受け止めた。変だ、と思った雪奈は距離を取る。
「流石だな、スノードロップ。素晴らしいスペックだ。しかし身のこなしは素人同然」
 すらすらと徹は言った。痛みを感じていないようだった。
「あなた、サイボーグになってたんですね」
「君が知らなかっただけでずっと前から人の身は捨てている。究極生命体に至るのに手段は選ぶべきではない。それがGUNの結論であることは君も知っているはずだ」
 雪奈は徹を睨んだ。徹は優の方を見た。
「君は知っているかね。この少女、スノードロップがカオスユニットであること、サイボーグであること、そしてそもそも人間ではないことを」
 優はこの男が何を言っているのか全く理解できていなかった。しかし唖然としているのを過度の驚愕と受け取ったらしい。彫刻について語るように徹は言う。
「人間をCHAO-Sの端末、それも端末の中の王とでも言うべきカオスユニットにしようと考えた狂人がいたのだよ。最初は普通の人間を調整しようとして失敗した。その方法では駄目だと判断したそいつは何人もの人間をチャオにキャプチャさせ、そのチャオから人間に近い存在を産ませることにした。その甲斐あって人の姿を持ちながらカオスユニットとしての適正が十分にある存在が生まれる。だがそれだけじゃない。GUNは究極生命体を欲していた。それに限りなく近い存在を作るならば、このカオスユニットを使わない手はない。そう判断してできる限りの改造を施した。遺伝子を操作し、カオスユニットとするべく脳をいじり、機械の四肢を植えた。GUNの技術と力を象徴するフラグシップ機、それがこのスノードロップなのだ」
 雪奈は妨害しなかった。ただ口を結んで睨み続けていただけであった。優は徹が何を言っているのかほとんど理解できなかったが、どうやら雪奈が人間ではないということを言っているのだということだけは理解できていた。そして自分の抱えているチャオは理解するどころかまともに聞いてすらいないのだということも。徹は雪奈を見て言う。
「できれば始末したかったのだがな。今の私よりも貴様の方が究極生命体に近いらしい。また今度にしよう」
「できれば勘弁していただきたいです」
「最後の用件だ。GUNは貴様の出撃を望んでいる。末森雅人は民衆にとってヒーローとなり得る存在。それに対抗して民衆をひきつける存在として貴様が適任なのだろう。そのことを伝えに来た」
「三つじゃないですか、用件」
「一つはなくなる予定だったのでな。さらばだ」
 徹はチャオウォーカーに飛び乗って、瞬間移動をして消えた。それを見送ってから雪奈は優に向かって「ばれちゃいましたね」と笑った。優は、悔しい、と思った。どうして悔しいなのかはわからない。どうしても悔しい。
「よくわかんないよ。どうあっても庭瀬さんは人間だって僕は思うんだけど」
 そう言うと、雪奈がとても優しい顔をした。大人が子どもをあやす時のような柔らかい笑みで、
「成長する速度がチャオと同じなんですよ、私。生まれてから二年経ってないんです。たったそれだけでここまで育つ人間なんていないでしょう?」と言う。
 悔しい。凄く悔しい。どうやら自分はこの白い髪の少女をちゃんと対等な友人として認識できるようになっていたようだ、と優は気付いた。この怒りは友人を侮辱された時のものなのだ。そうとわかると悔しさが具体的なものになって強くなる。
「だからって人間じゃないなんて思わない。人間以外の要素が混ざっただけじゃないか。人間じゃないなんてことはないんだ」
 人間ではないと認めたら友達ではいられなくなってしまうように優は感じていた。雪奈は泣きそうになっている優の言葉を否定する気にはなれず、
「ありがとうございます」とだけ言って、それ以上何も言わずにいた。
引用なし
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08 チャオを助けたい
 スマッシュ  - 12/12/23(日) 0:01 -
  
 優はチャオウォーカーにひたすら乗っていた。
 真田徹の奇襲の後、落ち着きを取り戻してから、僕はどうすればいいんだろう、と優は雪奈に聞いた。すると彼女は、
「私にはよくわかりません。ですが、もし戦う道を選ぶのであれば、チャオウォーカーに乗ってください。末森君が何かを成したいと思った時、チャオウォーカーは力になるはずです」と言ったのだった。
 それを聞き、もっともだ、と優は思った。チャオウォーカーは扱いやすく、かつ強力な兵器なのだから。それに他にやりたいこともない。優はチャオウォーカーを少しでも上手く操縦できるようにとGUNの基地に通った。優は父から「やはり横流しをしているのはこの基地らしい」と聞いていた。そして末森孝太は「俺は関係ないからいいんだけどな」とも言った。普段と変わらず仕事をする姿を見るにそれは本当なのだろうと優は思った。そして「僕も関係ないからいいだろう」とチャオウォーカーに乗っているのであった。
「お疲れさん」
 チャオウォーカーから降りると、基地に来た時にはいなかったキキョウが近寄ってきた。優はしゃがんで、抱えていたチャオを下ろした。
「なあなあ、雪奈は?」
「なんか用事あるって」
「マジで。お前どこに行くか聞いてない?」
「聞いてないよ」
 キキョウはまた「マジか」と言って肩を落とした。
「お前庭瀬さんのこと好きなんだな」
「あの子は凄くいい子だからな」
 チャオらしからぬ上から目線の言い方であった。生意気なやつだ、と優は思った。キキョウの方が年上であることをつい忘れてしまうのであった。そうだ年上なのだ、と優は気が付き、
「お前ってさ、どんくらい生きてんの」と聞いた。
「わかんね。昔はそれほど頭よくなかったから記憶あやふやなんだよな。転生すると結構曖昧になるしな。でも俺が生きてた時にソニックがいたのは確かだぜ」とキキョウは答える。
「数百歳とか、下手したら数千歳じゃないか」
 とんでもなく年上。それどころか天然記念物相当だ。凄いやつと話してる、と優は思った。
「その頃のことは全然覚えてないけどな。はっきりとしてるのはここ最近の分だけだ」
「そりゃ残念だな」
「雪奈にも同じこと言われたよ。何もかも覚えていたらもっと自由になれたのにってな」
「お前十分自由に見えるけどな」
「それはこいつのおかげだな」
 キキョウは模造エメラルドを取り出して「俺カオスコントロール使えるんだよ。そういう調整も受けてんだ」と自慢した。
「これ没収されてたらずっと北国のつまんねえガーデンに篭ってるしかないんだ。たまんねえよな」
「北国?」
「ああ、北海道にGUNの基地が二つあるの知ってるか。一つはすっげえでっかいので、もう一つはちっぽけなとこなんだ。俺が改造されたり、あいつが生まれたりしたのがそのちっぽけな方でさ、そこにあるチャオガーデンで世話されてたんだけど、それがつまらんのよ。話し相手が少ししかいないんだ。他のチャオは全員虚ろだし、研究員なんて敵みたいなもんじゃんか。だから話せるやつは気に入っちゃうのよ」
 キキョウは優が操縦に使っていたチャオの頬をつまんだ。軽く引っ張っても抵抗しない。確かにこれでは退屈だろうと優は思った。優もこのようなチャオを飼いたいとは思えなかった。
「お前毎回北海道からこっちに飛んでくるの?」
「そういうこと。まあ一瞬だしな。それにあのクーデターの時だってチャオウォーカーは北海道のでっかい基地から東京まで飛んできてるんだぜ。俺が静岡まで来たってそこまで大した移動じゃないって」
 大した移動だろ、と優は言った。
「奇跡の力だからな。でも将来皆これで移動することになるかもしれないんだぜ。そうなったらどうなるんだろうな、色々と」
 距離が関係なくなる世界を優は想像してみた。どこへ行くにしてもカオスコントロールで瞬間移動する。それはまるで世界のあらゆる場所が地続きではなくなってしまったかのようだ。全てが孤立している。そんなイメージが優の中に生まれた。
「怖いな」
 そう言うとキキョウも「そうかもな」と頷いた。
「ところでさ、雪奈以外にも話せる相手がいるの。そんな口振りだったけど」
「ああ、いた」
「過去形」
「過去の話だからな。今はもうあっちにはいない。だからそいつに会いに行く時もこいつが必要なんだ」
 模造エメラルドをお手玉をするようにキキョウは投げる。
「色んな所に行ってるんだな」
「そうでもないさ」
 エメラルドが右手と左手を行ったり来たりしていた。

 末森雅人のプロトタイプウォーカーと真田徹のチャオウォーカーが静岡県の海岸沿いで戦闘を行っていた。
 反対勢力が補給を受けている場所を突き止めた徹がカオスコントロールを用いて単独で攻撃を仕掛けてきた。そこに居合わせた雅人が被害を出さないためにカオスコントロールで徹ごと移動した。そういう経緯でもって、人のいない場所にて二人きりで戦っているのであった。
「ここが貴様の死に場所となるのだ」
 叫びながら徹は突撃する。雅人が人のいない場所に飛んだのは好都合であった。邪魔が入ればそれだけ雅人を倒すのが困難となる。こいつは仲間が誰もいない所で死ぬ。そう思いながら両腕のナイフを振るう。
「面倒なやつ」
 互いの声は聞こえないのだが、雅人も呟いていた。徹はかつでの部下だがそれだけだ。印象に残るエピソードがあったわけではない。しかし部下であるというだけで、雅人は自分の過去と対峙しているような気分になるのであった。GUN。庭瀬真理子。ヒーロー。決別しようとしてできていない。自分はヒーローという立場に戻ってきてしまった。
 過去からの使者は執拗なまでに追いかけて刃を振るってくる。モニターに映り、射撃用のカメラが捉え、しかしすぐに画面の外へ隠れるそれに銃弾が届かない。永遠に続きそうな後退。しかしいつ何が背中にぶつかって動きが止まるかわからない。雅人は不利を意識し始めた。この状況を打破しなければならない。左へ右へ、あるいは上へ。動き回るチャオウォーカーを極力カメラに収めつつ策を考える。奇跡的にすぐ浮かんだ。今日は冴えている。雅人は自分の脳に感謝した。
 徹のチャオウォーカーは狙いを定められたと判断すると大抵右か左に動く。ジャンプはそれでも回避するのが難しくなった時にする。背中の推進器による移動よりも足を使った移動の方が勝るためであった。雅人は自分のするべき操作を思い描きながら策を悟られないよう直前と何ら変わらない動き、すなわち最速で相手をカメラで捉えることをする。徹のチャオウォーカーが左に動く。それを見た瞬間に左手で中央にあるボタン郡から車輪の展開と右膝の接地を指示する。そしてアクセルを踏む。プロトタイプウォーカーの右脚は進み、左足はふんばってその場に留まる。体が回転した。カメラはずっとチャオウォーカーを捉え続けることに成功した。撃ちまくる。銃弾は慌ててジャンプしたチャオウォーカーの両脚をもぎ取った。
 これで後は残りを的確に撃っていけばいい。そう思った途端に脚部を失ったチャオウォーカーが真っ直ぐ突っ込んでくる。機体を立ち上がらせながら狙うまでもない的を撃つ。バリアが破れ、両腕にもコックピットにも穴が開く。そうなってから捨て身の攻撃だと気付いた。避けられず、ぶつかる。プロトタイプウォーカーはバランスを崩して尻餅をついた。しかし倒れただけで被害はないようであった。助かった。雅人がそう思った直後、彼の頭は撃ち抜かれた。
「私の勝ちだ」
 そう宣言しながら徹はさらに雅人を撃つ。頭、心臓。どういう偶然か、コックピットに瞬間移動してきた時、ハッチを開くボタンを踏んだようだった。ついに世界が新しい究極生命体の時代を認めたのだ。そう思いながら徹は雅人をコックピットから投げ捨てる。そして自分も飛び降り、弾が切れるまで雅人を拳銃で撃ち続けた。一発や二発では死なないように感じたのだ。運よく致命傷を免れた。そんなことが究極生命体とうたわれた人間に起こり得ないとは言えない。生きていても身動きが取れぬように脚も撃つ。胸に向けて撃った一発が何かにはじかれた。服の中を探ってみると模造エメラルドが出てきた。おそらくはカオスコントロールの実験で使ったものだろう。
 徹はチャオウォーカーに戻る。コックピットの中にチャオはいなかったが、チャオウォーカーは動いた。背中の推進器で浮かぶ。左腕のナイフを折りたたんで、アサルトライフルを展開する。銃口を雅人の頭に触れさせ、撃つ。雅人の体から頭部がなくなった。念のためさらに体もずたずたにしておいてから徹は基地へ帰った。

「ずっと不思議だったんですけど、どうして隼人さんってこんなことしてていいことになってるんですか?ヒーロー候補だからといってもGUNの兵士なわけですから普通訓練とかあると思うんですけど」
 帰りの車の中で優は隼人に質問した。毎回車を運転してもらっているが、ヒーローの候補となった人間がそんなことに時間を使っていていいのだろうか、と疑問に思うのであった。
「ヒーロー候補がいれば、ヒーロー候補じゃない人間もいっぱいいるだろ」と答えたのは隼人ではなくキキョウだった。
「だからってヒーロー理論が本当に正しいのかまだわかってない。ただ本当っぽいってだけだからな。それなのにヒーローかもしれないってだけで贔屓してたら周りから嫉妬されるだろ。それでいじめられて事件が起きたら困るから、実験体扱いにして隔離してんだよ。優はまだ外部の人間って扱いだから免除されてるけど、結構過酷なテスト受けさせられてるんだぜ」
「お前詳しいな」
 説明すべきことは全てキキョウがしてしまったらしく、隼人はそう言った。
「何ヶ月か前まではなるべく雪奈の近くにいるようにしていたからな。保護者ってつもりだったから、色々調べたのさ」
「チャオが保護者ねえ」
「うっさいな」
 キキョウは優を叩く。チャオらしく全く痛みはなかった。
「お前は知らんだろうが、サイボーグ化の手術を受けてから雪奈の背が伸びなくなった」とキキョウは言った。「成長したらその都度パーツを新しく作らなきゃいけないからな。でもそのせいで雪奈はもう大人にはなれない」
「そうじゃないでしょ」と優は言った。
「何だと?」
 カオスチャオは表情に乏しいようだ。しかし声を聞けばキキョウの感情は十分にわかる。怒りが篭っていた。刺激してしまったようだと優は心のうちで苦笑いしつつも真顔のまま、
「庭瀬さんの心はちゃんと人間のものになってると僕は思う。だから心はちゃんと大人になるよ」と言った。
 キキョウは黙ってしまった。腕を組んで何かを考えているようであった。黙られると何を考えているのか全くわからないから困るんだよな、と優は思いながら空を見る。そこには情報がある。しかし優には読めない。確かにあるような気はするが読解はできない。それでいいという気がしていた。
「雪奈を頼む」
 小さな声でキキョウが言った。優が「は?」と聞き返すと今度は「雪奈を頼むって言ったんだ」と乱暴に言ってくる。優は大笑いして狭い車内で身を折って転げた。
「父親みてえな台詞」と叫ぶ。隼人もつられてくすくす笑っていた。
「てめえ」
 キキョウが怒鳴った。
「付き合ってるわけじゃないのに頼むとか言われて、しかもチャオに」
「友達だろうがこういう時期の人付き合いが心の成長には大事なんだ」
 チャオのくせにもっともらしいことを言う、と優はさらに笑った。するとキキョウが「ああ、もう」と暴れだした。やっとチャオらしくなったと優は思った。
「わかった、わかったよ。別にいじめたりしないって」
「本当だな」
 睨むような口調で確認してくる。
「本当だって。過保護だなあ」
「仕方ないだろ。小さい頃から見てるし、それに俺の名前な、今はキキョウってことになってるけど、ずっと昔、生まれた時につけられた名前はスノウって言うんだ。それで親近感があるんだ」
「変な理由」
「うるさい。昔のことで覚えてるの、そのくらいなんだよ」
 キキョウはそっぽを向く。ヒーローチャオだから白い部分が多い。飼い主はそうする予定でスノウという名前にしたのだろうか、と優は推測した。雪奈という名前も白い髪になるよう遺伝子をいじったからそれにしたのだろう。いや、雪奈という名前が白い髪からきていることはビデオを見た時からわかっていた。そう優は思った。いつの間にか忘れていただけだ。また忘れてしまおう、と優は決めた。名前の由来に大きな意味を見出しても仕方ない。あの子の名前が庭瀬雪奈である。友達だからその事実だけでいい。そう意地になることに決めていた。

「庭瀬さん、今日は基地行く?」
「ごめんなさい。今日は末森君も訓練できないんです」
「え、どういうこと、それ」
「私も中川さんも用事があるんです」
「どういう用事?俺はついていったら駄目なの」
「いいですけど、戦争ですよ。私たち、GUNの日本支部の頭を叩きに行きます。つまるところ反乱ですね」
 優は少し固まってしまった。「ああ、そうなんだ」と軽い返事しかできなかった。
「どうします?」
 雪奈の問いも軽い。どちらでもいい、ということなのだろうと優は受け取った。
「行く。行くよ」
「わかりました。では行きましょう」

 いつものように隼人の車で基地まで行き、そこからカオスコントロールで東京に飛んだ。レジスタンスが使っていた倉庫で、雪奈は白の女神と呼ばれていた。そこで横流しを主導していたのは雪奈だと優は知った。
「皆さん、武器の点検はできていますか?カオスコントロールに必要なエネルギーが溜まり次第突撃しますので、各自チェックしておいてくださいね」
 雪奈がそう呼びかけると大勢の了解の声が返ってきた。
「あの、すみません」
 一人が雪奈の前に来る。
「なんでしょう」
「先日チャオウォーカーの襲撃を受けた時に」
「ああ、雅人さんが行方不明になった件ですね。その後どうなりました?」
「まだ帰ってきてないんです。連絡も全然取れなくて」
「待っている時間はありませんね。心配しなくても大丈夫ですよ。皆さんの力を合わせて勝ちましょう」
「はい」
 男はそそくさを戻っていく。襲撃してきた男の言っていた通りだ、と優はそれを見ながら思った。民衆をひきつける存在として雪奈はふさわしい。その通りになっている。GUNの味方ではないようだが。
「どうしてこんなことをしようと思ったのか、聞いてもいい?」
 隙を見て雪奈に質問をする。雪奈は頷いた。
「私、自分が本当にチャオのことが好きなのか、自信がありません。だけど私はチャオを助けたいって思っています。その気持ちは本当だから、だからやろうって思ったんです」
 それに操り人形は嫌ですし、と言って雪奈は微笑んだ。
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09 世界の進む道
 スマッシュ  - 12/12/23(日) 0:01 -
  
「いいんですか?今なら引き返せますよ」
 カオスコントロールの準備ができて、雪奈はそう優に問いかけた。誘う時は軽かったのに今更だ、と優は思った。
「行くよ」と返す。しかしそれだけでは言葉が足りないような気がした。「人類の発展が素晴らしいっていうのはわかるけど、僕はチャオと遊びたいし、庭瀬さんとも人間同士として仲良くしたい。僕は今の世界が嫌だよ。僕がそうしてもいいのなら、僕は世界の進む道を変えたい」
 こんな時でも僕というのが治らなかった。けれどどうでもいいようにも思えた。大事なのは今言ったことなのだから、と優は自分を肯定する。
「知ってました」と雪奈は言った。「CHAO-Sを通じて、嫌だって思ってるのが少しだけ伝わっていました。でも、嬉しいです。ちゃんと言葉で聞くことができて。一緒に戦ってくれると言ってくれて」
 雪奈は頭を下げた。髪は根元まで真っ白である。意図的にそうされた髪は珍しいもののままなのだろう。それが少しだけ可哀想だと優は思った。顔を上げた雪奈は、
「凄く大事な役目を引き受けてもらいたいんですが、いいですか」と言った。
「わかった。何をすればいい?」
「私の命を預けます。全力で守ってください」
 高校生にはなかなか衝撃的な発言であった。命を懸けないとな、と優は思った。冷静に考えれば命を預けられた以上自分の命がなくなれば彼女の命も危うくなるということなのだが、気分的には命を懸けないと釣り合わないと思ったのであった。
「任せて」
 優はできるだけ格好つけてそう言った。

「それでは作戦の最終確認をします」
 人々の視線が雪奈に集まる。雪奈の左右に優と隼人は並び、百いるかいないかの人々を見ていた。校長先生ってこんな感じで生徒を見ているのだろうか、と優は思った。悪い気分ではなかった。しかし雪奈のように指揮をするのはご免だとも思うのであった。
「皆さんはこちらの中川隼人さんの指揮に従って、チャオウォーカー以外の兵器を壊して回ってください。重要そうな人物を見つけて捕らえるのもお忘れなく」
 雪奈は隼人の方を見て「そこらへんはお願いしますね」と言う。隼人は親指を立てた。
「私と、こちらの彼、末森優君がチャオウォーカーを引き受けます。全部機能停止させるので皆さんは心置きなく暴れてくださいね」
 レジスタンスがざわつく。末森、と言うのが優にも聞こえた。
「あ、苗字同じですけど彼は雅人さんとは関係ありませんよ。でもがっかりしないでくださいね。血筋はなくても実力はありますから」
 雪奈がフォローを入れるとさきほどのざわめきよりも大きな音量で笑いが起きた。優は、血筋はなくてもは余計じゃないかな、と呟いた。笑いが収まるのを待ってから、
「それではいきましょう」と雪奈は言った。場の空気が一気に引き締まった。

「これに乗ってください」
 雪奈はチャオウォーカーのコックピットから優を呼んだ。チャオウォーカーは二機しかなかった。片方がサポートに回るのだろうかと考えながらコックピットに入る。雪奈は椅子に座るよう促す。彼女はその横に立つ。ほとんど空洞に近いために二人入ってもまだ余裕があった。しかしチャオがいなかった。
「あの、チャオがいないんだけど」
「私が端末になります」
 そう言って雪奈は優の右腕を掴んだ。試してみると、いつものようにチャオウォーカーの視点になることができた。
「私は他にやることがあるので、操縦はお任せします。相手を倒すことよりも撃墜されないことを優先してください」
「了解」
 そういう意図のカスタムなのだろう。チャオウォーカーの右腕には盾がありながら、バリアも搭載されていた。ないよりかはましな車輪もある。
「ではカオスコントロールします」
 雪奈はそう宣言する。末森雅人もカオスコントロールができたらしい。ビデオでそれがヒーローの条件としているとか言っていたよな、と優は思い出す。雪奈はそれに足る能力を持っている。付け加えられたから。

 優のチャオウォーカーは最後列を歩く。その前では隼人のチャオウォーカーを中心として、武装したレジスタンスが走っていた。
「チャオウォーカーが現れるまでは団体行動です。まだ歩くぐらいで大丈夫です。決して前に出すぎないように」
「わかった」
 通信をオンにして、
「皆さんはとにかく壊しまくってください。そうすればチャオウォーカーが飛んできます。夏の虫が飛んで入ってきたら私たちに任せて、中川さんのチャオウォーカーについていってください」と指示をする。
 GUNは無人機も充実している。自動で動く偵察機や戦闘用ロボットを壊していくうちに緊急事態を告げる放送が流れ始めた。
「そろそろ敵さんのカオスコントロールが来ると思います。しばらくここにいましょう」
 雪奈は広い格納庫を戦場として選んだ。そこで念入りにロボットを壊していると、彼女の言う通りにいくつものフラッシュが焚かれてチャオウォーカーが現れた。優が一歩前に出る。前進しようとしたのだが、それを「出すぎないでいいですよ」と雪奈が止める。隼人のチャオウォーカーがすぐに格納庫から逃げ、レジスタンスのメンバーはそれを追いかける。優の目の前には十機のチャオウォーカーがいる。
「これ勝てないと思うんだけど」
「まだもう二十機くらいいますよ。とにかく生き残ることを優先してください。その次に中川さんたちの方へ行かせないことを。倒す必要はありませんから」
「それだけでもきつい」
 敵のチャオウォーカーは優を囲もうと展開しながら撃ってくる。それをバリアと必死の回避でどうにかする。いつやられてもおかしくない、と優は思う。行動できる範囲が徐々に狭められていく。
「大丈夫ですよ、すぐに落ちます」
 回り込もうとしていた敵のチャオウォーカーのうち一機が転倒した。同じようにもう一機が突如動かなくなりそのまま転がっていく。優には何が起きたのかわからなかったが雪奈の仕業であるとはわかったので、転倒したチャオウォーカーを飛び越えて銃弾を回避する。その間にも銃弾が出なくなったと思ったら推進器も動かなくなって墜落する、というようなことが次々と起こる。なぜか一度動かなくなったチャオウォーカーは二度と動かないようであった。
 何が起きてるか聞きたいけど、とにかく今は生き残る。
 一秒でも長く生き残る。隼人に言われたことを意識して訓練してきた優は「あれは間違いではなかったんだ」と感動を覚えていた。時間が経てば経つほど相手は勝手に動かなくなっていく。攻撃をせずただ防御に専念していればいい。敵が多い点はきついがそれ以外は楽と言えた。優は相手の左腕の銃口が動くのを、扇風機が首を振っているみたいだ、と思いながら見ていた。扇風機はどんどん崩れていく。風が来なくなった。
「それじゃあ次行きましょう」
 雪奈は道案内を始める。
「ねえ、何したの」
「チャオウォーカーはCHAO-Sを利用してパイロットからの命令を受け取ります。私はCHAO-Sの管理人カオスユニットですからコックピットにいる端末にチャオウォーカーへの情報の送信を禁止することができます。そうすれば、チャオウォーカーを動かなくなります。もうハッチも開きませんよ」
「それは怖いなあ」
 全く動かない機械の中に閉じ込められたらトラウマものだろう、と優は思った。雪奈は解説を続ける。
「CHAO-Sは通信速度が遅いので、多くのチャオウォーカーを相手にする時は近付かないと効率が悪いのが欠点ですね。相手がどこにいるかわからないとさらに効率が落ちます」
「あのさ、僕って役に立ってるの?」
「私が操縦するとその分一機ごとにかかる時間が増えてしまうんです」
「なるほど。全力で生き延びます」
「お願いします」
 隼人たちの方へ向かったチャオウォーカーを探して優はチャオウォーカーがぎりぎり通ることのできる通路を走った。思うように身動きが取れない場所で敵と遭遇したら厄介だろう、と考えた矢先に優は敵を見つけてしまった。
「やべ」
 走っていればチャオウォーカーの足音はコックピットの中まで伝わる大きさになる。敵はしっかりとこちらを見て、銃を構えていた。慌てて盾でコックピットを守る。後ろに下がりながら撃ってきた相手はそのまま仰向けに倒れた。
「死んだかと思った」
「油断大敵です」
 通路の先には部屋がある。単独で行動しているとは考えにくい。そうとなると間違いなく残りがそこに潜んでいる。そう考えて優は一旦後退して身を隠すことにした。
「どうしよう」
「たぶんあそこに隠れてますよね」
「だと思う。突っ込む?」
「そんなことしたら死にます。時間はかかりますが、ここからやります。たまに顔を出して敵がいないか確認してください」
「わかった」
 顔を出して、引っ込める。それを何度か繰り返す。しかし敵の姿は見えない。一分経って、
「終わりました。さっきのを含めて五機いました。残りはそのまま進んだんでしょうね」と雪奈は言った。
 優は恐る恐る大部屋に入ってみる。その際通路で倒れていたチャオウォーカーを踏んでいかねばならず、トラウマになってくれるなと優は祈らずにはいられなかった。入ってすぐに左右を見ると四機のチャオウォーカーが捨てられた玩具のように倒れている。傷一つない。戦うからには自分も敵もぼろぼろになるだろうと思っていただけに今の状況が茶番のように思えてきた。
「奇跡って呆気ないんだな」
「段取り踏んでたら大変ですからね」
 優は盾を構えることを意識しながら再び走る。すぐに残りの五機に追いついて、それらを雪奈が倒す。
「これで残り十くらい?」
「そうですね」

 大きな格納庫にチャオウォーカーが一機で待ち構えていた。それだけでも二人には誰が乗っているのかわかったのだが、通信に割り込んでくる。
「待っていたぞ、スノードロップ」
「ご丁寧にどうも」と優が答える。
「ほう、パイロットはあの時の少年か。以前は話にならなかったが、今度はどうかな」
 無駄口を叩いている間に殺してやろうか、と優は思うのだが不意打ちをしたところで勝てる相手ではないとわかっていた。まだやつの域には達していない。それに刺激する必要はない。あいつが喋っている間に終わればいい。そう考えて優は、
「僕だってヒーロー候補だ」と言った。
 自信に溢れた若者を装う。いや、違うな。優は自分のイメージをより正確なものにする。このイメージはまさにそこにいるやつだ。勝気な男。最後に勝つのは自分だと信じて疑わない男。こんなやつにはなりたくないとは思うのだが、だからこそ演技をするのは容易であった。
「お前の方が不利だ。僕の実力が知りたければ乗り越えてみせろ」
「よかろう」
 相手は高揚しているようだが優は全くそうならない。優は冷静に時を待つ。一秒でも戦闘を遅らせるにはどういう言葉を発すればいいのか。
「ごめんなさい」
 小さな声で雪奈が言った。
「あの中、調整チャオがいなくて、変だなと思ったんですけど、いつの間にかあの人自身がカオスユニットになってます。止められません」
「なんだって」
 徹の笑い声が聞こえる。
「これが我が右腕となったリンドウの力だ」
「彼を移植したんですね?」
「その通り。人間の身では不可能でも、機械の身であれば可能なのだ」
「なんてやつだ」
 優が呟くと、ふっと鼻で笑う声が返ってくる。
「やつの言う、正義のため。その行き着く先はここ以外にあるまい。究極生命体の血肉以外にはな」
 優は雪奈を見る。雪奈は首を振った。
「セキュリティの突破ができません」
「わかる、わかるぞ。スノードロップ、貴様の意思が私の心を読もうとしているのがな。しかしカオスユニットのセキュリティだけは突破できまい」
 徹のチャオウォーカーがナイフを展開した。
「さあ少年よ、乗り越えてみせたぞ。貴様の力を見せてもらおうか」
 時間を稼ぐための挑発が何十倍ものプレッシャーになって戻ってくる。洒落になってない、と優は飛び退く。そのまま着地と同時に車輪を動かしてさらに下がりながらアサルトライフルによる射撃を行う。数発はバリアに阻まれ、バリアで防げない分は当然のように当たってくれない。そうなることはわかっていたがいざ現実になると、相手の面倒な攻撃が来ることを意識せねばならず、優は「畜生」と声に出していた。
「どうした、それでは勝てんぞ」
 徹のチャオウォーカーが飛び上がりながら左腕のナイフを折りたたむ。代わりに銃身が出てきた。そういう仕組みの装備があることを優は聞いていたが見るのは初めてだった。十徳ナイフのようにして様々な武器を扱えるようにしている、という表現で聞いたがまさにその通りだと優は思った。アサルトライフルの射撃を避けるべく、足の向きを変えることで滑る方向を変えようとした。しかし次の瞬間、銃弾が優の左腕を貫いていた。バリアを張っていたはずなのに。一秒に一発くらいのペースで撃ってくるのを避けながら優は考える。連射ができない代わりに高威力の弾を撃つ。モードを切り替えられるのか、それともアサルトライフルのやつとは別のそういう銃を展開したのか。どうであれそれによってバリアを貫通してきたのだ。その結論に達した頃には徹の左腕はまたナイフを展開していた。
「さあ向かってこい。本当の究極生命体が誰か、決定しようではないか」
 左腕のアサルトライフルがやられた以上、攻撃をするなら近付かなければならない。致命傷を与えるなら盾で強引に。それとも雪奈がいつかセキュリティを突破してくれると信じて逃げるか。優はどうにかして生き延びることを考えるのに集中していて、究極生命体なんてどうでもいい、などの感想を一切抱いていなかった。
 とにかく逃げる。こちらからは攻めない。攻撃をするのは相手が攻撃してきた時だけ。カウンターでいけ。優はそう自分に命じ、車輪を動かしてバックする。背中の推進器の分相手の方が速いらしい。威嚇ができない状態ではすぐに追いつかれてしまう。互いのバリアが衝突する。一瞬の睨み合い、そして徹はナイフを振るう。盾で受けながら後ろに下がる。少しだけ距離が開いたが相手も食いついてくる。再び互いのバリアは裂け、後退しながらどうにかして盾で刃を防ぐ。互いのバリアがぶつかる時が肝だ、と優は思った。そこで優位に立てれば勝ち目はある。しかし単純に回り込もうにもそれを許してはくれないだろうことも予測できた。
 相手が突っ込んでくる瞬間にバリアの展開をやめる。そしてバリアを盾で受けて消す。消えたらすかさず飛び込んでバリアを展開してひるませて盾をコックピットに突き立てる。その光景を優は描いた。徹のチャオウォーカーが真っ直ぐ突っ込んでくる。
「勝つ。勝ってみせる」
 呟く振りをして雪奈に向けて言う。実行。エネルギーをバリアに割いたまま解除する。盾で見えない壁を受け止める。バリアが破れてお互いの距離がさらに縮まったところで車輪を動かして前進しこちらのバリアを展開する。優はイメージした光景を寸分の狂いなく再現していった。バリアを展開した瞬間優は勝ちを意識した。そのせいか反応が遅れた。何か仕掛けてくると察した徹が左腕のナイフでバリアを破ったために向こうの体勢は崩れず、そのまま優のチャオウォーカーの心臓にナイフを突き刺そうとしているのが見えていても優は回避のことを考えられなかった。しかし頭はとっさに動いた。横に動き、コックピットだけには当たらないようにし、そして盾でコックピットを貫く。そのための動きを全て行おうとしていた。しかしチャオウォーカーの右腕は突き刺す動作の直前で停止して、直進していた機体はそのまま優の機体を巻き込んで転げた。盾が空を切る。
「スノードロップ、貴様」
「私じゃありません。私の親友の力です」
 雪奈はモニターにメッセージを表示させた。真ん中に大きく「助けにきたよん」と書かれている。そして下の方に署名。斉藤由美とキキョウの名前。斉藤由美の下には「今度何かおごれよ」と小さく書いてある。チャオウォーカーのモニターに表示されている斉藤由美という名前が自分の知っている斉藤由美と結びつくまでにしばらく時間のかかった優が、
「どういうこと?」と聞いた。
「CHAO-Sによるハッキングは防げても、心のハッキングは防げません。由美さんのおかげでセキュリティが突破できました」
「心のハッキングって、まさか本当に心を読めるの、彼女」
 雪奈は頷いた。
「ああ、騙された」
 優は叫んだ。驚きより何よりもその言葉が真っ先に浮かんだのであった。的中するわけだ。
「負け、だな。超移動もできん」
 そう呟いた徹はそのまま雪奈に問いかける。
「究極生命体には至れなかったというわけか。では誰がそれなのだ?貴様か、ヒメユリか、それともそこの少年か?」
「いえ。この場にヒーローなんて一人もいなかった。それが答えだと思います」
 徹は、そうか、と呟いたきり何も言わなくなった。
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10 いつか私は
 スマッシュ  - 12/12/23(日) 0:02 -
  
 あの後日本のGUNは力をなくし、倫理が守られるように方向を転じることになった。端末が回収されたことによってCHAO-Sを人々は利用できなくなった。一部を除いて。
「今もまだ空に何か書いてあるのか?」
 優は空をぼんやり眺めていた由美に聞いた。
「新しい情報はほとんどないよ。古い情報は読み取りが難しいくらいぼろぼろになってる。でも、あるよ」
 由美の告白は「私さ、素の実力はクラスの真ん中よりちょっと下くらいなんだよね」という言葉から始まった。元々はそのくらいの一般人であった斉藤由美はカオスユニット第三号ヒメユリとなるべく改造されたが、カオスユニットとして十分な実力を発揮するには至らなかった。CHAO-Sの端末となることもカオスユニットとしての機能を得ることもできたが能力としては第一号のクレマチスと大差なかった。そのため結果は失敗であったが、ヒメユリには思わぬ副産物があった。CHAO-Sは情報のキャプチャと水分を利用した情報の送受信を行うシステムであるが、由美はそれと酷似した仕組みの読心術が使えるようになっていたのである。しかしどこにいるかもわからない人間の心を読むのは不可能であるために末森雅人を探したい庭瀬真理子にとっては不必要な能力であった。そのため自由に暮らすことを許され、それで故郷の静岡に帰ってきたのだと由美は語った。なぜ改造されたかについては、自分の意思でやってもらった、とだけ言ってそれ以上は語らなかった。

 由美が優に語らなかったこととして、もう一つ、庭瀬真理子のことがあった。彼と接点のない真理子のことを話しても意味がないだろうと思ったのである。しかし由美は彼女のことをかわいそうな人だと思っていると雪奈には言っていた。
 真理子は雅人の情報を欲していたために、特定の情報を効率的に集めることのできるカオスユニットを作ろうとしていた。それはつまり虚ろで命令通りにしか動けないものではなく自分で考えて情報を選べるものであった。キキョウはカオスユニットになっても自分の意思を持っていたが、そのせいで真理子の命令に従わなかった。そこで真理子は人間をベースにしたカオスユニットを作ることにした。人であれば共感してもらえるかもしれないと考えて。しかしそれでも失敗したためにスノードロップが生まれることとなった。真理子は彼女に自分の心を理解してもらえるように親子として振る舞うことにした。
「なんとなくこの人幸せにはなれないんだろうなって思った。キキョウだって私だって彼女からしたら失敗作なんだもん。でも凄く必死だったから、なんだか悪く言う気にはなれないんだよなあ」
 そう言った時雪奈は「ありがとうございます」と言って頭を下げた。
「あんたが感謝することじゃないでしょ」
「あの人は私の母親ですから」
「なるほどね」
 どうやら実りはあったらしい、と由美は思った。それは真理子の最も欲していた実ではないが、価値はあるはずだ、と。そのために由美は、
「やっぱり悪くは言えないや」と言って笑った。
「意外だな」
 雪奈のベッドに座っていたキキョウが口を挟んだ。
「もっと悪口を言うものかと思ったんだが」
「うっさい。私はあんたと違って心が広いの」
「なんてやつだ」
 キキョウは溜め息をつく。
「しかも心が広いから悪く言わないって、それ人として誇れるのか?」
「揚げ足取るな、馬鹿」
 由美はキキョウに向かってあかんべえをした。
「要するにお前は駄目なやつだって言いたかったの。それがたまたまそういう言い回しになっちゃっただけ」
「なんてやつだ」

 チャオにかかる費用が安くなったこととCHAO-Sには何らかの関係があったようで、クーデターの起こる前よりもチャオにかかる金が増えてしまった。優はそれを苦々しく思いながらも時折マルを連れて雪奈やキキョウとチャオガーデンで遊ぶようにしようと決めていた。
「マル、お座りだ、お座り」
 キキョウが命じる。しかしマルは首を傾げて座らない。
「犬じゃないんだから。しかもお前もチャオなのに何してんだよ」
「何言ってやがる。俺は人間の言葉を喋るチャオだぜ。なめんなよ」
「馬鹿じゃねえの」
「誰が馬鹿だ。お前の方が馬鹿だぜ。なあ雪奈」
 ぴょんぴょん跳ねながらキキョウは雪奈に同意を求める。キキョウはチャオのために怒る時はジャンプしてなるべく目線を同じ高さにしようとするのであった。
「どっちでもいいと思います」と雪奈は興味なさそうに言う。
「なんかきついよ。なあ優」
 今度はキキョウが俯きながら言う。そうしていると頭上の天使の輪の光までも弱まっているように優には見えた。
「そうだな」
 雪奈はマルを抱きかかえた。するとマルがこの上なく嬉しそうな表情をする。
「すっげえ嬉しそうなんだけど」と優が言うと「こうしてほしそうでしたから」と雪奈は答える。キキョウは、
「ずるい、ずるい、俺にも」と駄々をこね始めた。
 これがどうやって雪奈の保護者をやっていたのだろう。優はガーデンで遊ぶキキョウを見ているといつもそう思う。しかし戦いがいつも根を張って地中で潜んでいた日々のキキョウを思い出してみると、少なからず真面目な姿もある。キキョウもやっと羽を伸ばせるようになったのだろう。優は、
「じゃあ僕が抱っこしてやるよ」と言う。
「ふざけんな、馬鹿。誰がお前で喜ぶか馬鹿」
 キキョウは逃げて雪奈の背中に隠れる。そして顔だけ出してあかんべえをする。
「そう照れずにこっち来いよ。首絞めてやるから」
「死ね、死んでしまえ」
「死なないから」
 優は死という言葉が冗談として使える今がありがたいと思った。戦いに参加して、世界が通るレールの一部分を敷いて、それでも今そんな冗談が言える身分でいられる。頼まれても権力を握りたくはないと優は思っていた。チャオウォーカーに乗ったのはあくまでチャオのため、雪奈のためであって、人々の生活を左右させることに興味はない。それどころか左右してしまうことを恐れてさえもいる。実際にはそのような話が彼のところに来ることはなく、杞憂に終わった。雪奈がいたためだ。しかし彼女もヒーローとして振る舞う道を歩き続けないことにしたようだった。もし政治の分野においてもヒーローや究極生命体と呼ぶような存在が出てくるとしても、自分が生きているうちには出てこないだろうな、と優は目の前にいる少女を見て思う。今生きている人を気遣って行われる発展はゆっくりとしたものになるだろう。世界があのまま進んでいたらすぐにでも実現したことが何年も何十年も後のことになる。比べてしまえば今の世界は停滞しているに近いと優は感じる。もし異星人が攻めてきたとして、おそらく中川さんが立ち向かうことになるのだろうが、あの人だけで勝てるかどうかはわからない、と。優たちの処理が間に合わなかったチャオウォーカーを隼人は一方的に打ち倒したため、彼は末森雅人の後継者として注目されている。しかし本人もヒーローとして活躍する自信がそれほどあるわけではないと優たちに話していた。
「今度、前に行けなかったあの大きいガーデンに行ってみませんか」
 不意に雪奈がそう言った。
「あそこか。いいよ」
 いつも同じ場所で遊んでいては飽きるものだ。たまにはそういうのもいいだろう、と優は思ったのだが雪奈は、
「私、色んなガーデンを見てみたいんです。世界中の。ガーデンだけじゃなくてもっと色んな所も」と言った。
「大冒険になるな、それは」
 普通に旅をするのであれば大変だ。金銭面も気にしなくてはならない。それでも雪奈なら大丈夫だと優は知っていた。
「でもカオスコントロールがあるから大丈夫か」
 しかし彼女は、
「いえ、それは使いません」と言った。
「私はいつまでも歩いていたいんです。奇跡のない世界を歩いて、いつか私はこの地にちゃんと立っていると言えるようになりたいんです」
「そっか」
 自分の内に残る奇跡を削る旅なのだと優は理解した。白い髪。機械の体。CHAO-S。カオスユニット第四号スノードロップが完全に庭瀬雪奈となるためには事実を塗り替えられるほどに心を育てなければならないのだろう。
「近い所なら一緒に行くよ。若いうちに旅行しろって先生も言うし、いい経験になるでしょ」
 一緒に旅をしてみたいと優は思う。それはきっと楽しいだろうから。ついでに心の成長を手伝うのはキキョウとの約束でもある。行かない理由はなかった。そのキキョウは「俺も行くぞ」と言いながら、興奮して飛び跳ねている。

 その夜、優は寝る前にメールを書くことにした。送る相手は雪奈だ。
「急に感謝がしたくなった。今の生活が幸せだから。これも君が僕をチャオウォーカーに乗せてくれたおかげだ。本当にありがとう」
 言語化されたために情報の多くを失った感情が携帯電話から発信され、雪奈の携帯電話に向けて飛んでいく。旅が始まった。
引用なし
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感想コーナー
 スマッシュ  - 12/12/23(日) 0:03 -
  
ろっどさんのチャオウォーカーをパクる予定だったのに、出来てみれば他のもののパクリばっかりだったでござる。
というかパクリ成分が多すぎて、今の自分ではどこを自分で考えたのかよくわからぬです。
基本的にアニメだけど、それ以外にもあのアニメとかあのゲームとかの影響が。

ろっどさんのチャオ・ウォーカーもどうか読んでくださいね!!
引用なし
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