●週刊チャオ サークル掲示板
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自分の冒険 〜自分ならこう書く〜 冬木野 12/4/26(木) 11:03

神様の祈り 第一話 空からの旅立ち ダーク 13/11/1(金) 23:02
神様の祈り 第二話 ブラックアウト ダーク 13/11/1(金) 23:44
神様の祈り 第三話 力なき狂人 ダーク 13/11/2(土) 22:52
神様の祈り 第四話 寝床 ダーク 13/11/3(日) 0:07
神様の祈り 第五話 神と影 ダーク 13/11/9(土) 1:07
神様の祈り 最終話 神様の祈り ダーク 13/11/9(土) 1:09
神様の祈り 最終話 祈りの果て ダーク 13/11/19(火) 18:15

神様の祈り 第一話 空からの旅立ち
 ダーク  - 13/11/1(金) 23:02 -
  
 昔々、この地上には神様がいました。
 神様は純粋な心とたくましい力を持ち、神様自身と同じ種族である“チャオの幸せ”を何よりも願っていました。
 そんな神様にも、ひとつ悩みがありました。
 神様と特別親しい“神の子たち”と呼ばれる子の中に、空を飛ぶことができないと悩む子がいたのです。
 神様はその子をひどく気の毒に思い、彼が空を飛べるように、と祈ったのでした……。


 今日も空を飛べなかった。ベッドからもう星が数え切れないくらいに出てしまった空を見て、僕はそう思った。
 どうして人は空を飛べないのだろう。人は走ることも泳ぐことも、はたまた崖を上ることもできるというのに、空だけ飛べないのは変な気がした。これだけのことができるのなら、無根拠に空を飛べたっていいだろう。そんなことを思っては、僕はいつも外に出ると人目のない場所を見つけて空を飛ぼうとしてみる。当然飛べるはずはなく、跳ねたり爪先立ちしたりするだけで終わってしまう。人がそれを滑稽と見るのはわかってるのだけど、夜にベッドの中で思い浮かぶのは自然に空を飛ぶ自分だった。そのイメージを頭に浮かべながら空を飛ぼうとすれば、いつか本当に飛べると信じていた。それからはもう十五年も経っていた。
 その中で、僕が飛ぼうとする姿を人に見られたことが二度だけあった。一度目は、まだ空を飛べると思い始めた頃に、家の前で人目を警戒しないで飛ぼうとしていたところを近所に住む幼馴染のエイリオに見られたのだ。エイリオは間抜けな僕の姿を見て大笑いをした。僕は怒って、
「空を飛ぼうとしてただけなのに!」と言ったら、
「人はお空を飛べないんだよー」と返され、僕はとてつもなく恥ずかしい思いをしたのだった。子供ながらに、女の子にばかにされるのは嫌だったのだ。でも僕は未だに思う。夢を叶えようとすることの何がいけないのだ。
 それから僕は絶対に人目につかないように、空を飛ぼうとしているのだった。だがそれでも結局、二度目はやってきた。これは割と最近の話だ。僕の家は森の中にある。その森の中には、木が生えておらず芝生だけが生い茂っている空間があって、僕はいつもそこで飛ぼうと試みている。その日も僕はそこで飛ぼうとしていた。一瞬バイクの音が聞こえてそちらの方向を見ると、バイクを押して歩いてくる人がいた。僕は音に気づいたときには飛ぼうとするのをやめていたのだけど、彼には僕の飛ぼうとしていた姿が見えていたようで、
「空を飛ぼうとしてるのか?」
 と言った。僕は赤面し、何と言っていいのか悩んでいると彼は、
「そんな恥ずかしがることじゃないぜ。夢を叶えようとすることの何がいけないんだ」と言った。その言葉に僕はただ衝撃を受けた。初めて自分以外に僕の夢を肯定してくれる人が現れたのだ。
「それに、俺だって人目を気にせず自分の足で走り回ったりするんだぜ。バイクよりも早く走れる気がしてな」
 その人は余裕のある笑みを見せながらさらりと言った。僕はその人との絶対的な差のようなものを感じて、何も言えずにいた。
「邪魔して悪かったな。仕事に戻るよ、じゃあな」
 そういうとその人はバイクを押して走っていき、道にバイクを走らせた。その時にバイクについているエンブレムが見えて、あれ、と思って少し考えると、それが国の調査兵のものであることを思い出した。調査兵の中にはソニップという有名な人がいて、色々な場所をバイクで駆け回っているらしい。僕と大して変わらない年齢でありながら調査兵機動隊の隊長で、人当たりがいいらしい。僕は彼のことを詳しくは知らないのだけど、多分今の人がソニップさんなのだろうと僕は思った。そのあと奮起してまた空を飛ぼうとしてもよかったと思うのだけど、自分が肯定されたのが気恥ずかったのと、むしろソニップさんとの態度の差に脱力してしまい、その日は家に帰ってしまった。
 それからも僕は人目につかないように空を飛ぼうとしている。人に見られるとばかにされるというのはきっと事実であって、やっぱり僕はソニップさんのように恐れ知らずにはなれなかった。でもソニップさんだけになら見られてもいいかな、と思って、ソニップさんに見られた日以上の警戒はしていない。ソニップさんが姿を見せたのはあの日だけだったし、この辺りをたまたま調査しに来ただけなのかもしれないから警戒を解く必要はないのだけど、それでも少し警戒が緩むのは他人に僕の夢を示したい気持ちが少しでもあるからだった。
 もう一度僕は夜空を見て、まだ今日を諦めるのは早いと思った。夜になったからといって空を飛べなくなったわけじゃない。僕は夜空の中を飛んでいる自分をはっきりとイメージできる。そして、いつもそれと同時に思い浮かぶのは、水色のもやもやとしたシルエットと緑色の目。そんなものは知らないはずなのに、どこか懐かしくて、心が安らぐ。そんな安心感の中、僕は今日も夢の中へ沈んでいった。


 ソニップさんと再会したのは、隣町で殺人鬼が現れた次の日だった。湿った空気の、曇った日だった。ソニップさんは調査兵を何人も連れて、近辺の住民に避難を促しにやってきていた。普通殺人が起きたくらいでは避難なんてするはずがないのだけど、今回の殺人は規模が違った。被害者は数百人にのぼり、被害者全員が死亡している。目撃者はなし。見境なしに、でも確実に人を殺す、今までテレビで報じられたような殺人とは次元が違う殺人であった。隣町では被害に遭わなかった人がいくつかの施設にまとめられ、そこには国の兵が配備された。近隣の町でも同じように、住民は施設に集められた。だから、そのためにソニップさんは僕の家へと足を運んだのだと思った。でもソニップさんは僕に向かって、
「少し家の中で待っていてくれ」
 と言って、他の住民の避難の誘導をしにいってしまった。明らかにその行動は不自然だったし、この後普通じゃないことが起きると思わざるを得なかった。仕方なく椅子に座って机の上を眺めていると家のドアが開く音がして、びくりとそちらを向いた。しかしそこにいたのはソニップさんではなくエイリオであった。エイリオも僕の同じなのか、と緊張のような安心のような奇妙な心持ちになった。エイリオは「なんで」と言って、僕に近づいてきた。エイリオの次の言葉を待つまでもなく、エイリオは喋り始めた。
「さっき、ナイチュの家にソニップさんが入っていくのが見えたのに、家から出てきたのがソニップさんだけだったから心配になって来たんだ。何で避難しないの」
 捲くし立てるように喋るエイリオを落ち着けて、近くの椅子に座らせた。僕も落ち着いてはいなかったけど、興奮気味のエイリオを客観的に見たということと、あの人がやっぱりソニップさんだったんだという、別の発見があったせいで少し落ち着くことができた。
「僕は少し待っていてくれって言われた。それよりエイリオの家には兵士は来なかったの?」
「ウチに兵士が来る前にソニップさんがナイチュの家から出てきたから、上手く兵士の目を避けてここに来たんだよ」
 僕はその言葉を聞いて、言葉に詰まった。僕が異常な事態に陥っているのはわかるけど、エイリオは違う。本来なら兵士に誘導されて避難していたはずだ。兵士にエイリオがまだ避難していないことを伝えて、誘導してもらうべきだ。でも、僕は何も言い出せない。エイリオに傍にいてほしかった。
 ドアがまた開いて、今度こそソニップさんが現れた。ソニップさんはエイリオの姿を見て、明らかに驚いた表情をした。でもソニップさんはすぐにいつも通りのどこか余裕のある表情になって、
「丁度よかった。ナイチュとエイリオに話したいことがあるんだ」と言った。
 僕は驚いた。エイリオも驚いていた。僕だけではなく、エイリオも既に巻き込まれてしまっていたのだ。
「簡単に話そう。俺たち調査兵機動隊のところに、殺人鬼からメモが届いた。そこに書いてあったのは『ナイチュ・フライズとエイリオ・スイミーをサンシティ経由でムーンシティに向かわせろ。』だ。一応聞くが、心当たりはあるか?」
 僕たちは首を横に振った。殺人鬼が僕たちのことを知っているというのは、恐怖でしかなかった。僕には通り魔と僕たちの間にあるものが何なのか、まったくわからなかった。理由はわからないが、僕たちが個人的に命を狙われている可能性だって低くなかった。
「だよな。そんな怪しいところがあるようには見えない。俺たちにも今回の事件はわからないことが多い。そこで、本当に悪いんだが二人にも協力してほしいんだ。サンシティ経由でムーンシティまで行ってきてほしい。今手がかりになるものはメモだけで、キーはナイチュとエイリオしかいないんだ。もちろん、サンシティもムーンシティも避難が行われているから、兵士たちもいる。二人の近くに自衛兵もつける。そこには俺も入る」
 俺も入る、その言葉に少し惹かれた。何でなのかわからないけど、ソニップさんを見ていると安心する。軽い調子で話しているように見えるけど、信頼できる。ソニップさんが一緒にいる中で、僕たちがムーンシティまで行くだけで事件が解決するのなら、引き受けても良いと思えた。それに、ちょっとした冒険心も湧いてきた。でも僕の冒険心にエイリオを巻き込むわけにはいかない。
「エイリオ、僕が一人で行くよ。一人といっても、兵士の人もいるんだけど」
「いや、あたしも行く。一人で残されるほうが不安だし、ナイチュが心配だよ」
 そんなことを改めて言われると、恥ずかしかった。でも、嬉しかった。そして断る理由はなくなった。
「よろしくお願いします」
引用なし
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神様の祈り 第二話 ブラックアウト
 ダーク  - 13/11/1(金) 23:44 -
  
 昔々、この地上には神様がいました。
 神様はチャオたちに危機が迫っていることに気づいていました。
 このままではチャオたちがいなくなってしまうことも、わかっていました。
 それは神様にとって、とても悲しいことです。
 何よりも、あの子が飛ぶ姿が見られなくなるなんて信じたくありませんでした。
 神様は神の子たちを集め、危機を打開しようとしたのでした……。


 ソニップさんに連れられてきたのは、町役場の会議室であった。そこには自衛兵たち、つまり僕たちの護衛をしてくれる人たちがいた。僕たちが入った扉の方から奥へと伸びる大きな長テーブルがひとつあって、長テーブルを囲うように椅子があり、そこに全然知らない人たちが座っていた。僕たちはこの知らない人たちに命を預けるのだ。不思議と心強かった。無根拠に、すべてを守ることのできる無敵集団のように見えた。部屋に張り詰めた緊張感は、彼らの実力が持つ一面だと思った。
「君たちがナイチュ君とエイリオさんか。よろしくな」
 中でも一番前に座っている、僕たちの一番近くにいる兵士が立ち上がって挨拶をした。細身のように見えるが、鎧に通された腕は太く、たくましかった。五十代くらいの年齢に見えた。どこかリーダーのような風格を感じた。そのまま握手でもするのかと思ったけど、彼はそのまま座ってしまったので、僕は返事をするタイミングを見失ってしまった。
 エイリオは少し怖がっているようだった。僕はどちらかと言うと、まだ彼らのことが分からないし、どう反応していいのかもわからなかった。僕たちが何も言わずにいると、ソニップさんが、
「じゃあ、みんな。改めてよろしくな。調査兵機動隊隊長のソニップだ。今回は俺が指揮を取らせてもらう。もちろん、責任も俺が全部取る。ということで、そろそろ行こうか」と言った。
 もう出発なのか。いや、でもしょうがないか。先に動かれて、犠牲者が大量に出るのは避けたいのだ。僕たちも、一刻も早く動かなくてはいけないのだ。
 それにしても、ソニップさんが言った、責任も俺が全部取る、という言葉が気になった。取ってつけたような響きを感じた。でも、ただの気にしすぎのような気もした。今は平常心ではないし、状況も普通ではない。何を不自然に感じてもおかしくない。とにかく、僕たちはソニップさんや自衛兵に任せておけばいいのだ。
 そういえば、ソニップさんが自衛兵の中にいるのはおかしい。ソニップさんは調査兵のはずだ。そのことを自衛兵の一人に尋ねると、どうやらソニップさんは元々自衛兵特攻隊に所属していたが、本人の希望で調査兵機動隊に移ったらしい。自衛兵時代は敵なしと言ってもいいくらい剣の腕が達者だっだそうだ。調査兵になってからはこの辺りをよく調査するのでこの辺りの地理にも詳しく、剣の腕も立つということで、ソニップさんが適任なのだそうだ。
 そうして僕たちは出発した。向かうはサンシティだ。サンシティに向かうには、僕の家がある森を抜けなくてはならない。森の中に作られた道は細く、とても車で通れそうはない。バイクなら通ることができるが、そもそも僕たちは車もバイクも運転ができない。ソニップさんが運転するバイクに乗るという案も出たが、殺人鬼に指定された人間は僕とエイリオだけなので、表立って兵士が共に行動するのは良くないとソニップさんが判断し、却下された。早めに着かなければいけないが、サンシティがそれほど遠い場所にないということから結局徒歩で向かうことになった。
 いつもよりも静かな気がする森の中をエイリオと並んで歩く。僕たちの足音だけが聞こえる。森の中をエイリオと二人で歩くことは珍しいことではなかった。町へ出かけるときは、いつもそうだ。今日も、いつもと同じように歩いている。いつもとあまり変わらないな、と思いながらも少し緊張感を覚えて、まるで遠足みたいだ、とも思う。
「なんか普通に遊びに行くみたいだね」
 とエイリオが言う。僕もいつもと同じように「ね」と返すと、なんだか白々しく聞こえた。エイリオもそう聞こえたのか、それから黙ってしまった。エイリオの口を封じてしまったみたいで、悲しかった。エイリオにはいつもと同じように喋っていてほしかった。
 僕の家とエイリオの家が見えた。エイリオが家の方を見ながら歩いているのを、僕は見ていた。エイリオの長い後ろ髪が、無言で僕を見つめていた。通り過ぎると、またエイリオは前を向いて歩いた。そのまま少し歩くと、僕がいつも飛ぼうと試みている場所が見えた。少しの間、この場所ともお別れだ。夢を見ている場合ではないのだ。僕たちの周りの森の中を兵士たちが隠れて歩いている。これが現実だ。
 森を抜けると民家や施設が立ち並ぶ道へと出た。ここからがサンシティだ。サンシティ自体には用がないが、通る町を指定されたということはここで何が起こってもおかしくないということだ。僕たちは周りを警戒しながら歩いた。町にはたくさんの兵士たちが見回りにあたっていたので、それにまぎれるように僕たちの護衛の兵も表立って動く。ただ、僕たちから遠すぎず、近すぎずの距離で、だ。
 周りを見ながら歩いていると、家と家の間にある塀の上で何かが動くのが見えた。立ち止まってそこを見ると、女の子がいた。なぜこんなところにいるのだろう。
「早く避難しないと危ないよ」
 僕はそう言って塀に登ろうとした。すると、誰かが走ってくる音が聞こえて僕は咄嗟に振り向いた。護衛の兵だった。自衛兵の部屋で挨拶をした、リーダーの風格を持つ兵士だった。彼は僕の目を見ながら、すごい勢いで走ってきていた。僕はその勢いに驚き、動きを止めた。
「どうした!」
 彼は声を張り上げた。僕はかろうじて「女の子が」と声を漏らすと、すっと塀の上に飛び乗り、女の子の手を引いて出てきた。彼はそのまま女の子を連れて、ソニップさんのところへと行き、そのあと町の中へ歩いていった。僕もエイリオも唖然とした表情で彼の歩いていくほうを見ていた。するとソニップさんが僕たちのところへやってきた。
「ありがとな。あの子はちゃんと避難させたからな。また何か見かけたら俺たちに言ってくれ」 
 ソニップさんはそう言って、また僕たちから少し離れたところに行った。ソニップさんに話しかけられて、僕たちは少し落ち着きを取り戻した。あれが兵士というものなのか、と僕は思った。正義という言葉が思い浮かんだ。正義を貫こうとする意志が、あの気迫を生み出す。いや、違う。分析なんかより、この直感のほうが遥かに説得力がある。彼が走ってくるときの目には間違いなく敵意が宿っていた。僕の体に残る恐怖がそれを証明していた。そうだ、殺人鬼に指名されておいて、殺人鬼とまったく関係を持っていないなんて、常識的に考えてみればおかしな話だった。僕たちが殺人鬼の仲間であるという可能性に、国が行き着かないはずなんてなかった。兵士たちの任務は、状況次第で護衛にも監視にもなるのだ。
 ソニップさんを見る。ソニップさんは無線機で誰かと話をしているようだった。ソニップさんも、僕たちを監視する義務があるのだ。今まさに、僕たちの動向について話しているのかもしれない。僕はソニップさんを信頼したい。でも、ソニップさんが僕を信頼していないのかと思うと、僕は虚しく思うだけだった。ふっとソニップさんが僕たちの方を見た。緊張して、動けなくなる。そんなこともお構いなしに、ソニップさんは僕たちのところへ駆け寄り、兵士たちを集めた。
「サンホールに殺人鬼がいるらしい。サンホールに避難してきた人がほとんど殺されたそうだ。サンホールに配備された兵士もだ。今、ポール隊長が交戦を始めた。俺も応援に行く。お前らも後からでいいから着いて来い、ナイチュとエイリオは絶対に守れよ」
 ソニップさんはそう言うと駆け出した。ナイチュとエイリオは絶対に守れよ。ああ、ソニップさんはやっぱり、信頼に値する人だ。ただ、嬉しかった。凄まじいスピードで遠ざかっていくソニップさんの背中を、僕たちは追いかけた。


 サンホールには昔、エイリオや友達とバドミントンをしにきたことがある。入ってすぐに受付があって、周りの壁や柱の白が綺麗なのだ。メインホールは体育館のようなもので、バスケットゴールやバドミントンのコートがある。サンホールには他にもトレーニングルーム、道場、憩いの部屋と呼ばれる談笑のための部屋などがある。サンシティの人が避難しているのはメインホールだろう。サンホールに着いた僕たちはメインホールの入り口である両開きの白い扉を開いた。目に飛び込んできたのは、血の赤であった。たくさんの人が血を流して倒れていた。その中に、ソニップさんと女の子が立っていた。あの塀の上にいた女の子だ。女の子は泣きながらも、ソニップさんの話にしっかりと答えるように見えた。ソニップさんは女の子を撫でると、こちらを向いた。話が終わったようだ。
「やられた。ポール隊長も」
 ソニップさんが視線を向けた先に、先ほど女の子を避難させたリーダーの風格を持つ兵士が倒れていた。やはり彼は隊長だった。隊長というくらいだから、強いのだろう。でも、殺されてしまった。彼の死体からは、なんとも言えない絶望感が漂っていた。
「マッスレが、やってくれる」
 女の子が口を開いた。まだ十二、三歳くらいに見えるが、幼さを感じさせない力強い口調だった。
「殺人鬼はマッスレと言う男に追われて、逃げたらしい。俺がここに着く直前のことだったそうだ。俺はそのどちらともすれ違っていない。だから、二人ともまだサンホールの中にいる」
 ソニップさんはそう言うと、護衛の兵士たちをサンホールの出入り口に配備した。
「相手はかなり異常だ。絶対に気を抜くな」と護衛の兵士たちに言うと、今度は僕たちの方を向いた。「行くぞ、絶対にはぐれるな」
「この子は」と僕が言う。
「君もついてきてくれ、俺が守る」とソニップさんは女の子に言った。
「ナイリオ」と女の子は不機嫌そうに言った。
「そうか、ナイリオちゃん、いいか?」
「呼び捨てでいい」
「わかった、ナイリオ。行くぞ」
 ソニップさんは僕たちと、ナイリオという女の子を連れて、走って廊下に出た。静かな廊下に僕たちの走る音だけが響いた。今度はソニップさんが一人で走っていくことはなく、僕たちの速さに合わせて走っていた。おそらく実力者であったポール隊長が殺された以上、他の人間にとって頼れる人物がソニップさんしかいないからだ。その点、出入り口に護衛の兵士たちを配備したのは意味がなさそうだったが、あるいはソニップさんがここで殺人鬼を完全に仕留めようとしているのかもしれない。
 様々な部屋のドアを開けたが、殺人鬼もマッスレという人もいなかった。なんとなく小部屋にはいない気がした。廊下を進み続けると、何かの音が聞こえ始めた。どん、どん、と重い音だ。体育館の床を裸足で動き回るときの音に似ていた。メインホールか? でも、走った距離からしてここはメインホールから離れている。そんなことを思いながら走っていると、ドアが開きっぱなしになっている部屋があり、はっとした。道場だ。そうか、道場の床も同じような音がする。
「気をつけろ」
 ソニップさんが言い、道場の入り口から中を覗く。僕もそれに倣って、こっそりと覗いた。中には筋肉質な男と、後姿ではあるが血塗れの黒いマントを羽織って、さらに血塗れの黒いフードを被った明らかに異様な人物がいた。筋肉質な男がマッスレという人だろう。そして、あの異様な服装をしているのが殺人鬼だ。二人は腕と足を使って牽制し合っている。格闘技の試合を見ているようだった。近くの床に、刃渡りの長い血塗れのナイフが落ちていた。血塗れのナイフの毒々しさは、例えようがなかった。緊張が体を支配する。
 殺人鬼がマッスレさんに殴りかかった。凄まじい速さの右フックだった。だがマッスレさんの反応も速く、顔を少し引いてフックを避けたようだった。そのままマッスレさんは大きく下がって距離を取った。そして余裕の笑みを見せ、一息ついた。
「スレスレだったぜ」
 そんな言葉とは裏腹に、余裕の表情で殺人鬼に近づいていく。殺人鬼はマッスレさんを中心に回り込むように反対側へ移動していく。殺人鬼の顔がようやく見えたが、殺人鬼はマスクにサングラスも身につけていた。それもまた異様であったが、それ以上に状況が異様だった。たくさんの人や自衛兵の隊長をも殺し、見た目もまた異様な殺人鬼を、おそらくは一般人であろう人が追い込んでいる。これほどまでに大きな事件であったのに、終わりはもう目の前に見えていた。
「終わりだ」
 そう言ったのは、ソニップさんだった。淡々と道場へ入って行き、僕たちもそれに続く。マッスレさんが驚いてこちらを見た。殺人鬼も黙ってこちらを見ている。ソニップさんを含め、僕たちはマッスレさんの横に並んだ。マッスレさんは状況が飲み込めたようで、また殺人鬼の方を向いた。殺人鬼が、完全に追い込まれた。
「もう一度言おうか? 終わりだ。諦めろ」とソニップさんが言う。殺人鬼は動かない。じっと、僕たちを眺めているように見えた。
 しばらく動かないので、ソニップさんは痺れを切らしたのか、殺人鬼に近づこうと一歩前に出た。すると、殺人鬼は突然マスクを捨てた。
「終わりじゃない」
 殺人鬼が喋った。驚く間もなく、殺人鬼はフードを外し、サングラスを捨てた。セミロングの髪、丸みのある輪郭、美しい顔。殺人鬼は、女だった。
 辺りを不思議な雰囲気が包んだ。ソニップさん、マッスレさん、エイリオ、ナイリオ、僕、そして殺人鬼の女。緊張感に包まれていた部屋が、ここにいる人間によって違う色で塗り潰された。その色は、平和を連想させた。きっとここにいる誰もが、それを感じていた。
 殺人鬼の目が、潤んだように見えた。それも一瞬、殺人鬼が自分の後ろにあった窓ガラスを突き破って逃げた。少し遅れて、ソニップさんが窓を開けて外に飛び出した。でも、それと同じくらいのときにバイクのエンジン音が聞こえ、それは遠ざかっていった。そういえば、この道場の裏の辺りには駐輪場があった。殺人鬼は、逃げることになる可能性も考えて、駐輪場にバイクを置いていたのか。ただの狂気に溺れた殺人鬼ではないようだ。
 ソニップさんがまた開いた窓から道場に入ってきた。悔しさが滲み出た表情だった。
 ソニップさんは僕たちに怪我がないのを確認してから、マッスレさんとナイリオから殺人鬼が現れたときの状況を聞いた。
 殺人鬼はポール隊長がナイリオをサンホールのメインホールに連れて行った直後にメインホールに入ってきた。ポール隊長はすぐに気がつき警戒したが、あっという間に刃物で首を斬られて倒れた。そのまま殺人鬼は駆けながらメインホールにいた人を斬った。出口が近く、逃げられそうな人から斬っていき、また逃げようとした人にもすぐに追いつき斬った。無駄のない動きだったのが印象的だったそうだ。そして、何故なのかマッスレさん、ナイリオの二人を殺さずに、廊下へ逃げていった。マッスレさんはそれを追って道場まで追い込んだ。殺人鬼はこれもまた不思議なことに刃物を捨て、格闘技でマッスレさんとの戦いに挑んだ。二人が話したのは、こんな内容であった。それとナイリオには、何故家と家の間なんかにいたのか、ということもソニップさんは尋ねた。ナイリオは、殺人鬼を見つけたら飛び出して倒そうと思った、と言った。それを聞いたマッスレさんは、ナイリオを叱った。二人はこの道場で稽古をしている格闘家で、ナイリオはマッスレさんの後輩にあたるらしい。ナイリオは気が強い女の子であったが、マッスレさんのことを慕っているようでマッスレさんに対しては素直だった。そんなところが子供らしく、守ってあげたいと僕は思った。
 その後、僕たちはサンホールから出て、ソニップさんが自衛兵に指示を出すのを聞いていた。応援を要請して、サンホールの中の死体を回収し、城へと帰還。また、万が一の可能性も考えて、サンシティで生き残っている人たちも城へと避難させる。そんな内容だった。さらにソニップさんは「管理部に連絡するから待っててくれ」と言い自ら無線機を取った。
 調査兵機動隊ソニップだ。ちょっと頼みごとがある。現在配備されている自衛兵たちを、自衛兵射撃隊の兵士たちと入れ替えてほしい。城の護衛も自衛兵射撃隊を中心に。近隣の住民は絶対に巻き込むな。……ポール隊長がやられた。接近戦では多分厳しい。それと、こっちにも射撃隊から五人ほしい。……いや、射撃隊だけでいい、調査兵捜索隊はやられる可能性が高いし、あまり人が多すぎてもまずい。……ああ、頼むよ。後は任せろ。ソニップさんはそう言っていた。国の中身を垣間見たようで、少し興奮した。
 それから少しして、たくさんの兵士たちがサンホールにやってきた。兵士たちがサンホールに入っていく中で、五人の兵士がソニップさんのところに来た。この人たちがさっき頼んでいた射撃隊の兵士だろう。彼らは僕たちに気づき、簡単な自己紹介をした。四人は普通の兵士であるようだが、もう一人は射撃隊の隊長で、ジョンと名乗った。そのジョンさんがソニップさんに声をかけた。
「これからだ。気を落とすな」
「ああ、悪いな。やってやろう」
 そう話したところで、ジョンさんが僕たちの方を見た。視線の先にはマッスレさんとナイリオが並んでいた。
「二人は見ない顔だが、サンシティの住人か?」
「そうだ」
 ソニップさんとジョンさんの視線に気づいたマッスレさんとナイリオが注意を向けた。
「そうか。では、城に連れて行こう」とジョンさん。
「待ってくれ。俺はこいつらについて行きたい」
 マッスレさんが強く言った。ナイリオもうなづいた。ジョンさんはすぐさま「だめだ」と言った。大人の余裕と、実力者の余裕が感じられた。それでもマッスレさんは引き下がらなかった。ジョンさんがこの先にある危険性について話した。マッスレさんは「それでも俺はついて行く」の一点張りだった。ジョンさんも説明しても無駄だと思ったのか「君たちの命を守るのが私達の使命なのだ。わかってくれ」と懇願するような言い回しになっていった。最終的には、ソニップさんに「なんとか言ってくれ」と投げた。
 だが、ソニップさんはしばらく黙っていた。何かを考えているようだった。ジョンさんが怪訝といった表情をした。ソニップさんが口を開いた。
「俺たちと同行させよう。責任は俺が取る」
 ジョンさんは驚き、すぐさま表情に非難の色を浮かべた。
「何を言っているんだ、ソニップ。お前は国民の命を守る兵士なんだぞ。立場をわきまえろ」
「そうだ、だから俺はこいつらを守る」
「ふざけるな。そんな単純ではないのだ。お前はまだ若いからそんなことを」
 ソニップさんが手の平でそれ以上の言葉を止めさせた。ソニップさんは確かに若いが、ソニップさんという人物が持つ説得力と、それに伴う威厳は十分にあった。
「この二人は特別だ。サンホールにいて、かつ殺人鬼の近くにいながら殺されなかった二人だ」
「何だと」
「殺人鬼にはこの二人を殺せない理由があるのかもしれない。もしそうなら、俺たちの力になるのは間違いない。そして、マッスレに至っては殺人鬼と格闘してやつを圧倒したほどの実力者だ。その上で、俺が守る」
「殺人鬼が私たちを混乱させるために殺さなかった可能性だってある。敵が組織犯である可能性だってある。その中にもっと危険な人物がいる可能性だってある。殺されてしまう可能性は十分にあるだろう。もし二人が殺されてしまったらどうするんだ」
「それを言うならナイチュとエイリオだってそうだ。城にいたほうがよっぽど安全だ。でもナイチュとエイリオはここにいる。二人はキーだからだ。そして、マッスレとナイリオだって、今やキーとなる可能性を秘めている」
「そんな希望的観測で、国民の命を危険に晒すわけにはいかない」
「確かに希望的観測かもしれない。だが、俺は確信している。殺人鬼は個人的に俺たちに用がある。ナイチュ、エイリオ、マッスレ、ナイリオ、俺も含まれているかもしれない。殺人鬼は、俺たちを見て涙を見せかけた。そして何よりも、俺はあいつを知っている気がする」
 そうだった。ソニップさんの言うことは僕も感じていたことだった。僕は、あの殺人鬼を知っているような気がする。でも、それだけじゃない。マッスレさんも、ナイリオも、そう、最初に会ったときのソニップさんも同じだった。みんな、何か繋がっている。
「お前は責任というものをなめている」
「あのさあ」
 口を挟んだのはマッスレさんだった。ソニップさんとジョンさんがマッスレさんのほうを見る。
「仮に俺が死んだとして、何でソニップに責任を取らせなきゃいけないんだ? 俺が死んだのは、俺が判断して、行動した結果だ。責任はその時点で俺が果たしてるじゃないか。勝手に他の奴が責任を取るなんて言うのは、俺に対しての侮辱じゃないのか?」
「それは次元が違う話だ」
「じゃあもう勝手にそっちの次元で責任を取ってればいい。俺はそっちの次元なんて関係ないし、勝手についていく」
 そこで、マッスレさんは僕とエイリオの後ろについた。ジョンさんは溜息をついて、後ろを向いた。
「見なかったことにしよう」
 その後、僕とエイリオとマッスレさんを中心に、兵士たちが少し離れてついて動く、ということになった。要はこれまでと同じだ。でも兵士が少し離れてつく理由はこれまでと違って、今回は視野を広げて敵の発見を早めるためだ。ここからはムーンシティまでは山の麓を通る。見晴らしがよく、護衛に徹するよりは殺人鬼を見つけて、捕まえたほうがいい。また、殺人鬼はバイクに乗っている可能性が高いので、見つけたらタイヤを狙って撃つようにとジョンさんから指示があった。途中、村とも呼べるような町を一つ通らなければいけないので、そこでは住民を巻き込まないよう気をつけるように、とも指示があった。ナイリオはマッスレさんと行動したがったが、マッスレさんの希望でナイリオはソニップさんと行動することになった。早くもソニップさんとマッスレさんはお互いの信用を得たように見えた。ジョンさんには悪いが、僕はこの二人がリーダーであるほうが安心できる。二人が手を取り合えば、どんな敵にでも負けない気がした。だがそれは逆に僕の無力感を煽った。僕はただ守られるだけで、何もできない。マッスレさんは、判断と結果で責任を語った。それに当てはめると僕はどうだろう。今の僕の行動は他人に決定されていて、ほとんどの場合は僕の判断が関係していない。確かに僕がいることによって兵士たちの動きも変わるだろうし、殺人鬼の動き方も変わったかもしれない。そういう意味で結果は多少なりとも変わるだろう。だが、僕の判断がない以上、僕がいたときの結果は僕がいないときの結果と、僕にとっては対等だ。どちらの状況においても、僕は世界の中の一要素でしかない。僕にとって僕が"自分"でないなんて、そんな虚しいことがあっていいのだろうか。僕は、何なのだろう。判断をせずに結果だけ動かしてしまう無責任の重みが、僕にのしかかっていた。僕は弱いから、できることもない。責任を果たすことができるのは、選択肢を持った強い人間だけだった。
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神様の祈り 第三話 力なき狂人
 ダーク  - 13/11/2(土) 22:52 -
  
 昔々、この地上には神様がいました。
 神様は神の子たちを集めましたが、ほとんどの神の子たちは危機に気づいていませんでした。
 神の子たちは、そのまま散り散りになってしまいます。
 そんな中、危機に気づいていた神の子がいました。
 その神の子は神様に意思に従って、また神の子たちを集めようと動いたのでした……。


 山は霧に包まれていて、麓は空気が冷たかった。山の木の葉には雫がついていそうだ。時々鳥が大きな鳴き声をあげた。大きな鳴き声の割には山に溶け込んだ、自然な音のように聞こえた。今のこの辺りの雰囲気にはどこか古風な趣があって、詩人であれば詩を詠むだろう。山登りを好む人の中には、こういった状態を特別好む人もいるくらいだ。僕も山登りが好きなわけではないが、この雰囲気は好きだ。麓は木が生えておらず、道は舗装されていない土の道だ。やはり少し湿っていて、独特な匂いを発していた。道は広くなったり細くなったりしたが、基本的には見通しが良かった。前方には村とも言えるような町が見えている。そこを通れば、トンネルを一つくぐってもうムーンシティだ。そこまでに殺人鬼と遭遇する可能性もあるだろうが、鳥の鳴き声を除けばまったくそんなことを想像させないくらい静かだった。
 エイリオとマッスレと並んで歩くのは、不思議な気分だった。今までエイリオと二人で歩いたことは何度もあった。五人とか六人とか、あるいは数十人とかのの大人数で歩いたときに、僕とエイリオが含まれていたということもあった。でも、エイリオと他の誰かの三人で歩くことはなかった。それが関係して、不思議に感じるのかなと思った。それと、マッスレが同い年だったということも関係しているかもしれない。これはサンホールから出発するときに判明した。僕が「ソニップさん」と呼んだのに対して、ずっと気になってたんだけど同い年なんだから「さん」なんてつけなくていいのに、とソニップに言われて、さらにマッスレが年齢を尋ねてきて歳を言い合うと、みんな同い年だということが発覚した。二十一歳だ。それから「さん」とつけないようになった。なんだか収まりがよくなった気がした。ちなみに、ナイリオは十三歳だった。
「どうしてナイリオをソニップに任せたの?」と僕はマッスレに尋ねた。
「戦うことに関しては俺もソニップに負けないくらいだと思うんだけど、守ることに関してはソニップの方が慣れてそうだからな」とマッスレは答えた。
「とは言っても、俺たち三人も守られる立場だから、ナイリオがどこにいてもあんまり変わらないかもしれないけどな」
 少し釈然としなかった。それを顔に出すと、マッスレが困ったような顔をした。
「うーん、あのな。正直言うと、あいつ俺にべたべた懐いててさ。下手すりゃ死ぬかもしれない任務だってんだから、緊張感持ってもらわないとな」
 なるほどな、と思った。確かにナイリオは懐いている様子だった。それにあの歳だ。マッスレと一緒にいるときは、歳相応にはしゃぐのかもしれない。それにしても、マッスレが自分のことを守られる立場と言ったのは意外だった。こんな表現を使うのは失礼だけど、もっと単純で無鉄砲な人だと思っていた。それに、マッスレは少なからず上の立場と思っていたのに、実のところは僕と同じで守られる立場にいたということが衝撃だった。単純なのは、僕の方かもしれない。
 そのあとマッスレが、あっ、という顔をして、また喋り始めた。
「お前ら何が好き?」
 唐突に話が変わったので、少し意表を突かれた。多分マッスレは思いついたことをどんどん口に出すタイプだ。緊張感を持てと自分で言ったばかりなのに。僕はすぐに答えを出せなくて、困った顔をエイリオに向けるとエイリオが答えた。
「あたしは水泳かな」
 僕は納得した。エイリオは暇さえあればプールでも海でも泳ぎに行く。僕もそれについていくことがあるが、泳ぎにはまったくついていけない。僕だって人並みくらいには泳げるが、エイリオの泳ぎは見るからにレベルが違う。それでも本人は「もっと速く泳げる気がする」なんて言うくらいだから、生まれ持ったものがあるのだろう。とにかく、エイリオといえば水泳、と印象を僕は持っていた。
「へえ、すげえな。俺なんて全然泳げないから羨ましいよ」
「いや、大したことはないんだけどね」とエイリオは平然と返す。
「十分大したものだと思うけど」と僕は横槍を入れる。マッスレは笑っていた。
「ナイチュは何が好きなんだ?」
 僕は考え直した。エイリオが水泳なら、僕はなんだろう。これと言って優れたものを持っているわけでもないし、熱中できるような趣味を持っているわけでもない。もう一度、エイリオが水泳なら、と考えた。僕は、空を飛ぶことが好きといえるんじゃないだろうか。しかし、実際に空を飛んだことはないし、あまりにも突拍子もない答えなので、なんと言っていいかわからない。結局僕は苦し紛れに、
「空、かなあ」
 と答えた。なんて気取った答えなんだ、と思い、赤面した。丁度、町に入って辺りに家が増え始めて、エイリオもマッスレも周りを見渡し始めたので、とりあえず僕は黙っても許される権利を得た。
 周りの兵士たちはどう動くのだろう。僕たちを見逃さず、且つ周りを見渡せるようなところを歩くのだろうか。家同士に結構な間隔があるので、確かに見晴らしにはそれほど問題なさそうだが、坂や田畑や小さな川もあるので、動きづらそうでもある。そう思っていたところに、周りの兵士たちが集まってきた。
「ここは動きづらいな。ちょっと陣形を変えよう」とソニップが言った。
「そうだな。我々兵士は彼らを中心に前後に分かれよう。それと二人の兵士を彼らにつけよう」とジョンさん。
「賛成だ。横に広がるのは効果的じゃない。俺とナイリオとメッツが後ろ、ジョン隊長とカーネルが前でいいか?」
 ジョンさんはうなずき、兵士たちを振り分けた。僕たちと一緒に歩くのは、ゾランとスモリエという兵士だ。背中に大きな銃を担いでいて、腰にも拳銃を備えている。銃には詳しくないのでよくわからないが、状況によって使い分けるのだろう。ソニップとナイリオと一人の兵士は後ろへ、ジョンさんと一人の兵士は前へと分かれた。横に兵士がいなくなったとわかると、家の陰が気になってしょうがなかった。突然家の陰から殺人鬼が襲ってくるのではないかと心配だった。エイリオもマッスレも横の方を気にしていた。二人の兵士もそうだった。マッスレだけ余裕のある表情だった。
「そういえば、さっき空が好きって言ったよな」
 僕たちの歩いている道が、町の中をくねくねと曲がって山の脇を沿うようになり、木々の隙間が気になり始めたときだった。マッスレが話しかけてきて、僕はうなづいた。後ろを歩く二人の兵士が不快そうな顔を向けた。守られる立場の人間が緊張感を持たないのはいい気がしないだろう。僕たちの中に兵士が加わってから僕とエイリオが黙っていたのは、兵士がいることで僕たちが守られる立場だということを嫌でも感じさせられたからだ。でも、マッスレは自身のことを守られる立場であると言っておきながら、そのことをほとんど気にしていないようだった。それと、その話はあまり掘り下げないでほしかった。
「ナイチュは空を飛んでそうな感じするよな」
 マッスレは笑った。冗談だとわかっていても、恥ずかしかった。反面、嬉しかった。マッスレは僕が空を飛ぼうとしていることを知らない。知らないのに、空を飛んでそうと言った。それは僕自身に空を飛ぶということを連想させるものがあるということだった。だからと言って僕が飛べるということにはならないが、それでも僕は励まされた気になった。でもやっぱりマッスレが言った言葉は冗談だし、恥ずかしかったので苦笑い以上の返事はできなかった。
 エイリオがマッスレの方に顔を向けた。助け舟を出してくれるのかと思ったが、エイリオの力の入った顔は怖かった。エイリオは怒っている。
「そんな簡単に言わないでよ」
 一瞬、誰もが黙った。歩きながら、会話だけが止まった。横にいるマッスレが驚いているのが見えた。僕も驚いていた。兵士たちの顔を見ることはできなかった。その一瞬の後、エイリオは山の木々の中へ駆け出していった。
「おい!」とマッスレが叫び、追いかける。
「スモリエ、行け!」
 ゾランさんも叫んだ。スモリエさんが二人を追って木々の中へ消えた。ゾランさんの声を聞いたソニップやジョンさんたちが駆けつけた。
「どうした!」
「エイリオが山の中に駆け出しました!それを追ってマッスレも!」とゾランさんが答える。「エイリオはマッスレの言葉に腹を立てた様子でした!」
「あいつ、やっぱり置いてくるべきだったかな」とソニップさんが苦笑いをした。
「おい、ソニップ」とジョンさんが責める。
「でも、マッスレは怒られるようなことは言ってない」
 そう僕が言うと、とりあえずソニップへの非難の視線は外された。
「原因についてはいい。もはやどこにいるのがわからないが、とにかく二人を連れ戻すことを優先しよう。私とカーネルとゾランがムーンシティ側の方へ上がっていく。ソニップとメッツはナイチュとナイリオを連れてサンシティ側の方へ上がっていけ。見つけ次第、空砲で知らせた後にこの場所へ戻って来い。行くぞ」
 ジョンさんたちは速やかに山の中へと入っていった。僕たちもソニップを先頭、メッツさんを殿に、山の中へと入っていった。雑草が生えた斜面は歩きにくかった。土は意外と固く足跡が残らなかったので、足跡を追うということはできなかった。体力が斜面に削られていくのを実感する度に、二人が見つからなくなる不安が増していった。
 エイリオは怒った理由はなんなのだろう。いや、なんとなく検討はついている。僕がこんなことを想像するのはおこがましいが、エイリオは僕が馬鹿にされていると思い、怒ったのだと思う。でも「空を飛んでそうな感じするよな」という言葉は、僕が今まで飛ぼうとしていたことを知っていないと馬鹿にしているなどとは思わない言葉だろう。逆にいえば、エイリオは僕が今までずっと飛ぼうとしていたことを知っていたのだ。しかも、空を飛ぼうとする僕を肯定してくれていたのだ。エイリオが、すごく愛おしかった。
「あっ」
 ナイリオが声をあげて、僕たちの列から外れて歩き出した。僕たちは何だと思ってナイリオの方を見ると、その先にエイリオが立っていた。良かった、見つかった。でも、エイリオの様子はおかしかった。少し上の方を見上げて、佇んでいた。ナイリオがエイリオのところに辿りつく前に、立ち止まった。ソニップとメッツさんも様子がおかしいことに気づき、ナイリオのところに駆けていった。ナイリオのところまで行くと、そこでようやくエイリオの前で守るように立ちふさがるマッスレと、その先の木の横に立っている殺人鬼が見えた。


 空を飛ぼうとすることは僕にとって無くてはならないものであったが、同時に引け目でもあった。人は空に飛びたいという願望を少なからず持ちながら、それを表現することをしない。空を飛ぶことが不可能なことだからだ。もしも表現しようものなら、周囲の人間のことを優先して考える優しい人間でさえ“狂った人間”として扱われる。そう、空を飛ぼうとする考えは“狂っている”と思われるのだ。そして表向きでは狂った人間は何をするかわからないという理屈で、社会的にも個人的にも遠ざけられる。でも実際のところは違う。人は人を卑下したがる一面を持つのだ。だから、空を飛ぼうとするような狂った人間は、身を守りながら食らいつくことができる絶好の獲物なのだ。
 僕は食われてしまわないように隠れて空を飛ぼうとしていた。そして、エイリオはそんな獲物としての僕を知っていた。それでありながら、エイリオは僕を許してくれた。嬉しかったし、僕もエイリオのすべてを許し、幸せになってほしかった。エイリオの前に立つマッスレを見たとき、そこに立っているのは僕でありたかったと思った。でも、それも一瞬だった。次の瞬間には、何も考えられなくなっていた。僕がエイリオを守る未来なんて見えなかった。殺人鬼が怖かった。僕という人間はこうも簡単に動いてしまうものなのか、と絶望した。
 殺人鬼は山の中に消えていた。すぐに見失ったし深追いは危険だということで、メッツさんが空砲を放った後に僕たちは山を下りた。最初にエイリオを追ったスモリエさんが、大分離れたところから下りてきた。見当違いな方向に走っていっていたようだ。でも空砲を聞いて下りてくるあたり、ちゃんと訓練されているんだろうなと思った。それからジョンさんたちとも合流し、エイリオが状況を報告した。一番最初に殺人鬼と遭遇したのがエイリオだったのだ。殺人鬼は「そっちの動きは山の中から見える。でも何もしないから、みんなと合流して。次はムーンシティで会おう」と言ったそうだ。そこにマッスレが追いつき、あのような状況になっていたらしい。そこに僕たちがやってきて、殺人鬼が逃げたのだ。
 それからまた僕たちはムーンシティを目指し、歩いた。今度はナイリオも僕たちと一緒に歩くことになった。ソニップがナイリオを連れて歩いているときに、なんでマッスレと一緒じゃいけないのかと駄々をこねられたらしい。ソニップが困り果てて、結局ナイリオをマッスレに任せた形になったのだ。
 それと変わったことといえば、マッスレとエイリオがよく話すようになっていた。マッスレの馬鹿話を、エイリオが馬鹿にするという感じで、喧嘩しているようにも見えたが、雰囲気は悪くなかった。ナイリオも二人の話を聞いて笑っていた。エイリオは反省したようだったし、マッスレにある程度心を許したようにも見えた。僕は居心地が悪かった。エイリオとマッスレの距離が縮んだからではない。僕が感じているのは、無力だった。
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神様の祈り 第四話 寝床
 ダーク  - 13/11/3(日) 0:07 -
  
 昔々、この地上には神様がいました。
 危機に気づいていた神の子によって、神の子たちはまた集められました。
 事態が緊迫していることに、神の子たちも感じ始めていました。
 ですが、自分の力が信じられていない神の子がいました。
 その子の頭には、空を飛べない日々のことがこびりついているのです。
 そこである神の子は、その子に自分の力を信じさせようと動き始めたのでした……。


 日が山に沈み始めていた。昼間の空に浮かんでいた雲は流れていき、西の空から橙色の光が差していた。霧はいつの間にか晴れていて、この小さな町がスポットライトを浴びているようだった。この照らされた町を、山のどこかから殺人鬼が見ている。何もかもをさらけ出しているようで、僕は落ち着かなかった。宿に向かっているという状況が悠長に感じられ、それが逆に焦燥感を煽った。
 宿の場所はソニップが知っていた。着いてみると、そこは古風な平屋建ての旅館だった。兵士がぞろぞろと来たものだから、女将さんは不安そうにしていた。部屋は四部屋あって、すべての部屋が空いていた。畳が敷かれた、意外と広い部屋だった。部屋割りは、僕とマッスレとソニップ、隣の部屋にジョンさんとエイリオとナイリオ、その向かいの部屋に兵士四人となった。最初にジョンさんの部屋に全員集まり、話し合いをした。ジョンさんはこう切り出した。
「お疲れ様。もう今日はできることもない。強いて言うなら、ここを襲われたときに撃退するくらいだ。あとは各町に配備された兵士に任せよう。ちなみに、このエンペラシティにも私たち以外に兵士が配備されている。だから、もう今日はゆっくり休もう。明日、嫌でも動かなければいけなくなるからな」
「そうだな。ナイチュもエイリオもちょっと緊張しているように見えるけど、今日は休むことに専念したほうがいい。殺人鬼のことはおそらく大丈夫だ。山で比較的有利に誰かを襲う機会があったのにも関わらず襲わなかった。それに、体力だって消耗したはずだ。今日はもうどこも襲わないだろう。襲ったとしても、ジョン隊長の言うとおり、兵士たちに任せよう」とソニップさんも言う。
 それからは各部屋に別れ、夜ご飯に米やきゅうりの漬物、刺身にお吸い物に茶碗蒸しを食べ、露天風呂に入った。ここではタイミングよく全員集まった。僕以外の人は全員筋肉のついた強そうな体で、僕だけ子供のような体だった。仕切りの向こうでエイリオとナイリオも風呂に入っていた。マッスレが仕切りに隙間がないかと探していたけど、結局なかったようでその後は湯に浸かっていた。マッスレは相変わらず饒舌で、兵士たちとも談笑していた。みんな、リラックスしているように見えた。旅館と露天風呂を繋ぐドアのそばに立て掛けてある銃と剣だけが場違いな雰囲気を放っていた。ジョンさんに、女湯は誰が守るのかと聞いたら、旅館の周りにも兵士を配備したと答えられたので、ひとまず安心した。
 部屋に戻ってからは、マッスレとソニップと談笑をした。スポーツの話や、子供のときの話など、本当になんてことのない話であった。でも気づいた頃には、僕とエイリオの関係を二人が聞きだすような形になっていた。話の中で、僕はエイリオのことを好きだと言った。二人はにやつきながら聞いていた。エイリオのことは昔から好きで友達の間では有名な話であったが、改めて聞き出されると恥ずかしかった。
「じゃあ俺がエイリオと話してたとき、嫌だったか?」とマッスレが言う。
「嫌と言うか……」と僕は口ごもる。
「いいぜ、正直に言って」とソニップ。ソニップの優しげな表情を見て、もしかしたら気づかれてるかもしれないと思い、僕は正直に話した。
 マッスレは強いからエイリオを守ることができて、それからエイリオと仲良くなった。僕は弱いからエイリオを守ることなんてできない。だから、二人が仲良く話してるのを見るのは、自分が無力なのを思い知らされてるようで辛かった。そういったことを言った。ソニップはすぐに「そんなことは全然気にしなくていい」と言った。
「そんなもんは運の問題だ。戦える人間なんて元々多くもないし、俺たちだってたまたま戦える人間になる機会があったからなれただけだ。運の問題で悩んでいたってしょうがない」
「そうそう。まあ、確かに好きな人を守れないってのは悔しいかもしれないけどな、エイリオに対してできることは他にもあるだろ」
 二人のいうことはもっともなことだった。それに、励まそうとしてくれる姿勢が嬉しかった。でも、理解はできても僕自身の弱さを受け入れたくなかった。わがままに、強さを手に入れたかった。きっとそれしか僕の恐怖にも似たわだかまりを取り除くことはできないのだ。


 今日も空を飛べなかった、とはさすがに思えなかった。それ以上に今日という日は僕の頭を支配していた。避難をするのかと思ったら家で待っていてくれといわれた、エイリオと共に殺人鬼に指名されたと告げられた、町役場で護衛の兵士と挨拶をした、サンシティまで歩いた、サンシティのサンホールでたくさんの人や、直前まで動いて喋っていたポール隊長も死んだ、殺人鬼と出会った、色々な人とまた歩いた、エイリオが怒ってはぐれた、殺人鬼とまた遭遇した、旅館で二人に励まされた。本当に色々なことがあった一日だった。何かが起こる度に、僕の感情も大きく動いた。今もまだ、もやもやしている。
 窓側に向かってマッスレ、ソニップが寝ている。僕は一番廊下側だ。なんとなく予想はしていたが、マッスレはすでに何度か寝返りを打ってひどい体勢になっている。ソニップは意外にも体勢がずっと変わっておらず、綺麗な体勢だ。僕はと言うと、眠れずに何回も体勢を変えていたところだった。もちろん今日と言う一日のせいでもあるが、障子が明るいせいと、旅館の布団が体に馴染まないせいでもあった。
 休んだほうがいいと言われてはいたが、眠るのはもう諦めていた。時計は十二時を指していた。僕は立ち上がり、マッスレとソニップを避けて障子の方へ歩いた。部屋は畳が敷いてあるが、障子の前だけフローリングになっていて、小さなテーブルと、その両側に椅子が向かい合うように置かれている。僕はその椅子に座り、障子を少し開けてその隙間から見える庭の一部を眺めていた。縁側と、庭に敷かれた砂利と、植えられた小さな木が少しだけ見えた。物足りない気がして、窓の外に出て縁側の真ん中に腰掛ける。すると空間を持て余している気がして、端っこに腰掛け直した。外の方が涼しかった。思ったほど綺麗な光景ではなかった。砂利の間に土が見えていたり、木の根元に砂利が散らかっていたりした。木もなんだか不格好だった。空だけが綺麗だった。
 体が疲れていた。何も考えず、目を瞑って下を向いた。うとうとするわけでもないが、目を開けるのが億劫になってそのまましばらく自分の呼吸の音を聞いていた。周りは静かであったが、耳を澄ますと露天風呂に誰かが入っているような音が聞こえた。こんな時間に誰だろうか。エイリオが露天風呂を気に入ったのだろうか。それか、僕たちの後に旅館の利用客が入ってきたのだろうか。でも、考えるのも面倒だったので、音だけを僕は聞いていた。
 しばらくすると、今度は静かに砂利を踏む音が聞こえてきた。僕の方に近づいてきている。どうやら露天風呂に入っていたのはエイリオだったようだ。足音は僕の隣で止まり、その主は僕の隣に腰掛けた。シャンプーの匂いと、女の匂いがした。
 エイリオ、眠れないの? と僕は言おうとした。でも、先に喋ったのは彼女の方だった。
「ごめん、目を開けて、静かにして」
 その囁き声はエイリオのものじゃなかった。ぞっとして、目を開けて隣を向くと、フードつきの黒いマントを羽織ったあの殺人鬼がいた。僕は驚くだけで何もできなかった。逃げようとすることもできなかった。
「ごめん、違うの、驚かないで、落ち着いて」
 殺人鬼の様子もおかしかった。両手を顔の前に広げて、懇願するような表情で、静かに喋った。マントを脱いで、何も持っていないことも証明して見せた。マントの下は、変なキャラクターが描かれた紺色のトレーナーを着ていた。前までの彼女のイメージとは全然違っていた。髪は濡れていた。顔は少し赤みを帯びていて、首にタオルをかけていた。言うなら、生活的な印象だった。
「本当はこんなつもりじゃなかった。でもナイチュがここに座っているのが見えたから、話しておこうと思って」
 なんだかエロチックだった。髪が濡れていて、顔が赤くて、囁き声で話されるだけで、こんなに扇情的に見えるとは思わなかった。そういう作戦なのかもしれないと疑ったが、そのメリットは何も思い浮かばなかった。それに、彼女に名前を呼ばれるのに抵抗がなかった。どうしようか、ソニップを呼ぶべきなのだろうか。いや、もし彼女が殺意を持っているのならソニップが駆けつける前にやられる。どちらにしても、僕はどうしようもない。話してみよう、と思った。
「旅館の周りの兵士はどうしたの?」
「そんなに多くなかったから、まあ間をくぐり抜けて」
「フードとマントについてた血は?」
「これは代えを圧縮して持ち歩いてるから。血がついたのは山に捨てた」
「お風呂入ってたの?」
「うん、バレなさそうだったから。私も今日は疲れちゃった」
 彼女は笑顔も見せた。よく知った人と話しているようだった。彼女も僕が安心したのを見て、安心したようだった。こうして見ると、僕とあまり変わらないくらいの歳の女性だった。
「名前は?」
「ルル・クル。聞き覚えがない?」
 聞き覚えがあるような気がした。でも、どこで聞いたのか、思い出せなかった。
「なんとなく」
「うん。そっか。そのことも含めて話があるんだ。昔々の話。聞いてくれる?」
「うん」
 ルルが一つ深呼吸をして、話し始めた。
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神様の祈り 第五話 神と影
 ダーク  - 13/11/9(土) 1:07 -
  
 昔々、この地上にはカオスという名の神様がいました。
 神様は世界に自らと同じ種族である“チャオ”を生み出しました。チャオは豊かな自然の中に住み、性別を持たず生殖活動もほとんどせず、また能力によって姿形を変える生物でした。大まかに、走ることが得意な子、泳ぐことが得意な子、力持ちな子、空を飛ぶことが得意な子、バランスのいい子と分けられ、大体の形が決まります。体長はどのチャオも約四十センチほどで、二頭身の体はぷよぷよとしています。体の色も様々で、性格もまたみなそれぞれでした。神様だけは他のチャオと少し違いました。水色で半透明の体に緑色の目、ゲルのような体を持ち体の形も自由に変えられました。体長も一メートル五十センチほどあります。
 神様は寿命を持ちませんでしたが、チャオは寿命を迎えると転生をして、またタマゴに戻るのでした。タマゴに戻らずそのまま消滅してしまうチャオもいましたが、それは稀なケースでした。木の実を食べて、食べ終わったあとの種をまた植え、邪魔になった木はなぎ倒して、あとは好きなことをする。彼らはそんな生活をしていました。
 神様はチャオたちに敬われていました。何でもチャオに教えることができますし、時には何かを手伝うこともしました。何よりも神様は祈られる対象でもありました。チャオはあまり神様に近づきすぎることをしませんでした。チャオにとって神様は一つ上の次元にいる存在であり、その次元は侵してはいけないものだということをチャオたちは感覚的に理解していました。でも神様はそう思っていませんでした。神様というのは役割としてあるだけで、チャオと同じ次元のものだと思っていました。
 神様は寂しく思いました。確かに見守るというのも役割の一つではありましたが、どうしても神様は納得がいきませんでした。そして、神様は動きました。新しく自分の近くにいてくれるチャオを生み出そう、そう思います。神の力はチャオを生み出したときにほとんど失われていました。ですから、神様は自らを二つに分裂させ、その間にタマゴを産みました。神の力を使って生んだチャオではなく、神様が生物として産んだタマゴです。タマゴはすべてで七つ。そして間もなくタマゴからチャオが生まれました。これが、神の子たちの誕生でした。
 神の子たちはそれぞれ、シャウド、ルル、マッスレ、ソニップ、ナイチュ、エイリオ、ナイリオと名付けられました。神の子たちは他のチャオとは違い、神様と同じように言語が扱えました。神の子たちは神様のそばで、仲良く暮らしました。また、他のチャオたちに頼られるリーダーのような存在にもなりました。
 神の子たちは優れた能力を持っていました。シャウドは何でもできましたが、特に走ることが得意でした。さらにとても頭もよく、万能であったので神の子たちのリーダーでもありました。ソニップも何でもできて、やはり走るのが得意でした。ルルは走ることと泳ぐことは得意で、力持ちでもありました。マッスレはとにかく力持ちでありました。ナイリオは何でもできましたし、力持ちでもありました。エイリオはとにかく泳ぐのが得意でした。こんな子たちの中、ナイチュだけはどれも得意ではありませんでした。彼の背中には大きく立派な羽がついていましたが、それが逆に彼を追い詰めていました。こんな羽があるのに、何故飛べないのだろう、と。
 神様もナイチュのことを気の毒に思い、彼が空を飛べるように、と祈りました。
 ナイチュは毎日飛ぶ練習をしました。晴れの日も、雨の日も、雪の日も、時には夜遅くまで練習を続けました。最初は跳ねたり爪先立ちするだけの、あまり見栄えの良くない練習風景でした。そんなナイチュも少しずつ羽の使い方を理解していき、少しずつ飛べるようになり、気がつけば一番飛ぶのが上手になっていました。彼は飛ぶ素質があったからこそ、その羽を持っていたのでした。ナイチュもそれを理解し、羽を誇りに思うようになっていました。自慢の羽を広げ、空から地上にいる神の子たちに手を振る。神の子たちも手を振り返す。そんな光景が、神様の目には美しく思えました。こんな日が続けばいい、神様もそう思っていました。
 ですが神様はある異変に気づいてしまいました。チャオは寿命を迎えると繭に包まれます。繭が桃色であると転生、灰色であると消滅します。ですが、その日神様が見たのは、桃色の繭に包まれたのにも関わらずチャオが消滅するという光景でした。その周りのチャオはその光景を不思議そうに見つめていました。神様は事の重大さを一瞬で理解しました。そして、神様は神の子たちを集めました。
「みんな、聞いてほしい。今日、桃色の繭に包まれたのにも関わらず消滅してしまったチャオがいる。私は嫌な予感がする。このまま、転生できるはずのチャオたちがどんどんいなくなってしまうのではないかと考えてしまう。どうにかしてそれは避けなければいけない。力を貸してほしい」
 神の子たちは顔を見合わせます。神の子たちはまだ危機を感じ取っていませんでした。神様の言うことも心配のしすぎなんじゃないかと思いました。
「それはたまたまなんじゃないのか? 本当だったら灰色の繭を作るところを、なんかの間違えで桃色の繭を作っちまったんじゃないのか?」とマッスレが言います。マッスレに懐いているナイリオもうなづきます。
「それに、もし転生できるはずのチャオが転生できなくなったとしても、俺たちには何もできない。今回のは偶然だと割り切って、今まで通り暮らした方が俺たちにとってもいい」とソニップ。
 シャウドは何か考えているようですが、他の神の子たちは二人の言葉にうなづきます。神様も予感があるだけで、確かな説明ができません。そのまま話はうやむやになり、神の子たちは散り散りになりました。シャウドだけが神様のところへ残ります。
「カオス、お前の力ではどうしようもないのか」
「私の力ではどうにもできない。だが、手がかりくらいならわかるかもしれない。協力してくれるか?」
「わかった。もし何かあれば僕に言ってくれ」
「すまない」
 こうして、シャウドだけが神様に協力することになったのでした。
 シャウドは最初に、転生後にもう四年から六年経っているチャオを探しました。四年から六年と言うのは、チャオの寿命です。シャウドも実際に桃色の繭に包まれたチャオが消滅することを確認しようと思ったのです。その光景はすぐに確認できました。そして、シャウドが確認できる頃には、神様は他のチャオたちにも同じ現象が起きていることを把握していました。シャウドはもう一度神様のところへ行きます。
「偶然ではないな。延命処置にしかならないがハートの実を使おうか?」
 ハートの実と言うのは、チャオに繁殖を促す実です。これを食べたチャオはほぼ確実に繁殖期が訪れ、パートナーさえ見つかればタマゴを産みます。また、パートナーもハートの実を食べれば成功は確実です。
「いや、ハートの実がなるよりもチャオがいなくなる方が圧倒的に速い。やめておこう。それより、いなくなるチャオが増えるに連れて、未来が少しずつ見えてきた」
「本当か?」
「チャオは違う生物への進化を遂げようとしている。チャオよりも遥かに高知能な生物だ」
「何だと。消滅ではなく進化だというのか」
「そう。ここからは推測だが、チャオは実体を失っただけで存在しているのではないか。そして、本来ならば消化されていたエネルギーを、来るべき進化のために溜め込んでいるのではないか。私はそんな気がしてならない」
「もしそうであれば、僕たちにそれを止めることはできない」
 神様は何も答えることができませんでした。ですが、シャウドは続けます。
「だが、転生についてもっと知ることができれば、転生を促すくらいのことはできるかもしれない。カオス、どうだろう」
「転生、か。転生は“生きたいと思うこと”で起きる現象だ。今いるチャオたちに、生きたいと思わせることはできるだろうか」
「やるしかないだろう」
 シャウドは神の子たちを集めて、事情を話しました。状況が悪化していることもあり、神の子たちも今度は協力しました。育てるのに手間のかかる木を多く植えて、上質で美味い木の実もたくさん作りました。池を頻繁に清掃しました。チャオの世話をし続けました。その間にもたくさんのチャオがいなくなりました。神の子たちは神様の遺伝のせいか他のチャオよりも遥かに寿命が長いらしく、一度も寿命を迎えていません。ですから、神の子たちが生きている間に生まれて、そのまま一生を見届けられたチャオもいました。それでも諦めず、神様と神の子たちは活動を続けました。
 そんな中、ナイチュの様子がおかしくなり始めました。溜息を頻繁についたり、そわそわとしだしたりと、落ち着きがありませんでした。それに気づいたのはエイリオでした。
「ナイチュ、最近落ち込んでるでしょ」
「え、なんで?」
「変だよ」
 ナイチュはしばらく黙って「そっか」と呟いた。エイリオは次の言葉を待ちました。ナイチュは整理するように、ゆっくりと話し始めました。
「僕は最初、空が飛べなかったよね。あのとき、僕は何で生きてるのかわからなかった。何もできないなんて、生きる価値がないように感じた。僕は羽があったから結果的に飛べた。でも、今生きているチャオたちに僕で言う羽のような生きる価値なんてどうしたら与えられるんだろう。現に、チャオたちはどんどんいなくなってる。今度こそ、僕たちは真の意味で何もできないんだ」
 エイリオは神の子たちの中でもナイチュと親しい間柄でした。当然、ナイチュが空を飛べなくて落ち込んでいたときのこともよく知っています。エイリオは優しくナイチュの言葉を受け止め、ナイチュもまたそれを感じ取っているのでした。そして、今度はエイリオが話し始めました。
「ナイチュ、私はね、チャオたちが生きることに満足してくれればいいと思ってる。だから私は、チャオたちを愛してあげてる。生きるのも悪くないと思える、すがることのできる愛をあげようとしてる。それでいいと、私は思う」
 ナイチュはエイリオの言葉を噛み締めるようにじっとしていました。しばらくしてナイチュは「うん」とうなづきました。それを見たエイリオも笑顔を見せて、離れていきました。
 それからナイチュは以前にも増してチャオたちと接するようになりました。ナイチュが元気になって、他の神の子たちも影響を受けてチャオたちとよく接するようになりました。その中でも特に影響を受けていたのはナイリオでした。ナイリオはナイチュに向かって言います。
「エイリオ、ナイチュを見てずっと心配してたんだよ。だから、二人とも元気なくて私も心配だった。でも、二人とも元気になって良かったよ」
 ナイリオはマッスレによく懐いていましたが、ナイチュとエイリオのことも好きでした。ナイリオは二人のことをずっと見ていたのです。ですから、ナイリオは他の神の子たちよりも熱心にチャオたちの世話をしました。
 ですが、状況は悪化していき、もはや数えるほどしかチャオがいなくなってしまいました。そんな時、神様がシャウドを呼び出しました。
「シャウド、よく聞いてほしい。もうチャオたちを残す手立てはない。何かできることがあるとするのなら、それは現在ではなく未来にある」
「ああ」
「お前に、チャオの未来を託したい」
「ああ」
「チャオが次の生物に進化した頃に目を覚ますようにお前を封印する」
「ああ」
「私はもうこれで最後の力を使い切る。私が神である世界は終わった。シャウド、頼んだ」
「後のことは任せろ。カオス、疲れただろう。もう休め」
「すまない」
 その時、二人のもとに駆け寄るチャオがいました。それはルルでした。
「シャウドとお別れなんて嫌だ! 神様、私も一緒に封印して!」
 ルルは涙を流しながら叫びます。
「ルル、もう私の力ではシャウドを封印するのが限界なんだ。わかってくれ」
 ルルは何も言い返せませんでした。自分が何もできないことはわかっているのです。そんなルルを見て、シャウドが声をかけます。
「ルル、また次の世界で会おう。だから、僕のことを覚えていてくれ」
 ルルは目をぎゅっとつむりながら首を縦に振って、二人から離れました。
 神様とシャウドも悲しそうな目で、ルルを見ます。
「さよなら、神様。さよなら、シャウド」
 ルルはそう言って、二人が消えていくのを見守りました。
 その後、神の子たちは神様とシャウドが消えたことに気づきましたが、結局は何もできませんでした。ルルも他の神の子たちを絶望させないように、黙っていました。そのままチャオたちは桃色の繭に包まれて全員いなくなりました。神の子たちはやれることはやったと励まし合いました。少なくとも桃色の繭に包まれたということは、愛を与えられたのだと信じました。そして、神の子たちも自分たちの寿命を感じ、桃色の繭に包まれて消えていくのでした。


 僕の感情は、何かを叫んでいた。
 ルルは話し終わったあと、ずっと黙っていた。僕に整理する時間を与えてくれているようだった。もうルルは敵には見えなかった。具体的にその光景やチャオたちのことを思い出すことはできないが、漠然とした感情だけは残っていた。エイリオたちとは人間として生まれる前から出会ったいた。そして僕は空を飛んでいた。その言葉には説得力があった。でもその叫びは、人間としての僕が簡単には受け入れなかった。そんなことが起こるなんて信じられないし、僕には人間としてきた記憶の方が強く残っている。それに、この話を聞いたところで、僕はどうしたらいいのかわからない。
「どうして、僕にこんな話をしたの?」
「どうして、か。どうしてだろう」
 僕は黙って、ルルの返事を待った。その間、僕は庭をまた眺めた。やっぱりあまり綺麗ではない庭だった。
「庭、あんまり綺麗じゃないよね」とルルが言った。僕はうなづいた。
「何か期待してたんだよ、多分」とルルは呟いた。
「……そっか」
「あとは、ナイチュが元気なさそうだったから」
「え?」
「ナイチュ、悩みやすいタイプだから。ソニップとかマッスレとかに圧倒されちゃってるのかなと思って」
 恥ずかしくなった。ルルにまで心のうちを見透かされていたのだ。
「悩まなくてもいいよ。ナイチュは神の子だから、それだけで十分必要な人」
 この瞬間、僕は強い衝撃を感じた。ソニップとマッスレに励まされたときよりも、僕の心は遥かに強く納得してしまった。今まで感じていた無力感は、もう忘れられた。でも、ルルの話はまだ信じ切れていない。僕はいったい何を信じればいいのだろう。
 シャウドと言う名前をもう一度思い浮かべた。そうだ、シャウドは結局どうなってしまったのだろう。
「シャウドはどうなったの?」
「それはもうすぐわかる。明日、いやもう日付は今日か。うん、今日中にわかるよ」
 ルルはそう言うとゆっくり立ち上がった。マントを羽織って、もう一度の顔を見て「またね」と言い、旅館の裏の方へと消えていった。急に時間が流れ始めたようだった。
 僕もソニップとマッスレを起こさないように部屋に戻り、布団に入った。今度は、すぐに眠ることができた。
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神様の祈り 最終話 神様の祈り
 ダーク  - 13/11/9(土) 1:09 -
  
 昔々、この地上には神様がいました。
 神様は戦っていました。
 己の意志を打ち崩そうとする、この世界と。
 神様は守っていました。
 あの子が飛ぶことができる、あの世界を。
 神様は待っていました。
 祈りの行方を知ることができる、その瞬間を。


 僕が目を覚ました頃には、もうソニップが起きていた。ソニップは窓際の椅子に座って、外を眺めていた。部屋には陽が斜めに入ってきているので、まだ布団の中にいる僕とマッスレは影の中にいた。ソニップだけが光の中にいた。でも僕の目が覚醒しきれていないせいか、なんだかぼやぼやとして見えた。僕は上体を起こして、目をこすった。ソニップはあの汚い庭を眺めているのかと思ったが、どうやら違うようだった。ソニップは下の方をずっと見ていた。
 僕が立ち上がると、ソニップもこちらを向いて「おはよう」と言った。僕も「おはよう」と返して、ソニップの向かいの椅子に座って、ソニップの視線の先にあったものを見た。庭に敷かれていたまばらな砂利の中でもわかる、誰かが歩いた跡だった。僕はひやりとした。
「誰か、ここを歩いたみたいだな」
 ソニップの声が僕を責めた。その足跡が誰のものであるか知っている僕を、知っているのだろう、と脅した。でも、僕の猜疑心による脅迫は所詮そこまでだ。仮に僕がルルと会ったことを見透かされていたとしても、僕が何もできないことをソニップはわかっている。それに、そもそもソニップがそんなところまで知っているはずがなかった。ソニップは、文字通りの意味で言葉を発したのだ。
「うん」
「女将さんが通ったのかな」
 ソニップは足跡を見ながら軽い口調で言った。でも、やっぱり様子がおかしかった。目に真剣な色が宿っている。言い当てられる予感がした。
「いや、殺人鬼だな」
 予感が当たった。僕はとっさに否定の言葉を発しそうになったが、意識的に黙った。話せば話すだけボロが出るのはわかっている。ただ、それをボロと呼んでいいのかどうかは僕にはわからなかった。ルルに聞いた話をソニップたちに話していいものなのか、判断がつかなかったからだ。ルルから聞いた話は空想的な話であるのに、どうしても強い説得力を感じてしまう。これをソニップたちに話したら、笑い飛ばされるか、何か大きく突き動かしてしまうかのどちらかであると思う。笑い飛ばしてくれるのならそれでいいのだが、僕は後者が正解であるようにしか感じられない。そして、その変動がどのような種類のものであるのか、まったく想像がつかないのだ。
 ソニップが足跡を見たまま黙っている。様子は相変わらずおかしい。そもそも、ソニップが何かを凝視しながら黙っているということがおかしい。ソニップは動くか喋るかのどちらかのことを常にしているイメージがある。いわば行動するのに迷いがないのだ。今の彼には迷いがある。根拠もなく、足跡の主を殺人鬼だと断言したことにも関係しているだろう。
「何でそう思うの?」
 僕が尋ねても、ソニップは黙っていた。やっぱり、迷っているのだ。少し時間が経ってから、ソニップが諦めたように口を開いた。
「いや、俺が少し変なんだな。根拠なんてないさ。そんな気がしただけだ」
 ソニップは椅子から立ち上がって「風呂行ってくる」と言い、部屋の影の中に入っていった。ソニップが影に染まった。僕は椅子の上で陽の光を浴びながらその様子を見ていた。ふと、ソニップは部屋を出る襖の前で振り返った。なんだろう、と思ってソニップの顔を見た。
「ついでに変なことを言うと、今日俺は変な夢を見た。昔から薄々感じていたものが、鮮明になったような夢だった。それでもまだぼやぼやとしてるんだけど、その夢には強い運命のような力が働いているように感じるんだ。なんとなく気づいてるかもしれないけど、俺は運命なんて信じないし大嫌いだ。でもこの運命にだけは、俺は身を委ねてもいいような気になっちまうんだ。そして、多分運命の日は今日だ。俺の勘でしかないけど、一応覚悟はしておいてくれ」
 ソニップが部屋を出て、しばらくするとマッスレが目を覚ました。上体が突然むくりと起き上がり僕は少し驚いた。マッスレはその後うつむいて「あー」と声を出したと思ったら、しばらくそのまま動かなくなった。眠ってしまったようにも見えた。でもマッスレは立ち上がって、廊下に出て行った。マッスレはすぐに戻ってきた。トイレにでも行っていたのだろう。戻ってくる頃には、眠そうな気配は薄まっていた。
「なんかリアルな夢見たなあ。よくわかんねえけど、どきどきしてる」
「たまにあるよね。リアルなほど、起きたときに夢見心地になる夢」
「そうそう。心がどっちに行っていいかわかんなくて落ち着かねえんだよな」
「ソニップも変な夢見たって言ってた」
「そうなのか。今日は何か特別なことでも起こんのかな。そういえばソニップはどうした?」
「お風呂に入ってるよ」
「風呂か。俺も行きたいけど、そろそろ飯だから待ってるか」
 それからしばらくするとソニップが戻ってきて、すぐに朝食の準備ができたことを告げに女将がやってきた。
 朝食は旅館の座敷に全員で集まって食べた。大人数用の座敷だったので、ある程度空間に余裕があった。食事中は静かだった。部屋の広さが静寂を誇張した。ソニップもマッスレもあまり喋らなかった。二人とも部屋で話していたように変な心持ちでいるようだった。二人だけじゃなくて、エイリオ、ナイリオも静かだった。二人も同じような雰囲気だった。兵士たちは静かであったが、それは普通のことのように見えた。朝食は米、鮭、豆腐、漬物、味噌汁だったが、部屋の雰囲気の方が気になって味わうどころではなかった。
 その後部屋に戻ると布団は片付けられていて、綺麗になっていた。もう荷物を持って旅館を出るだけだ。とは言っても、僕とマッスレは荷物なんて持っていない。服も昨日と同じだ。荷物と言えるのは、ソニップの携帯機器や武器くらいだった。旅館を出るときに旅館の周りに配備された兵士たちをちらりと見たが、確かにルルがすり抜けてもおかしくないな、と思うような間隔だった。
 旅館を出てまた全員で歩き始めたときに、ジョン隊長に旅館でのエイリオとナイリオの様子を聞いてみた。するとやはり、二人とも昨日の夜までは元気に話していたが今朝から様子がおかしいようだった。
「確かに今日は殺人鬼との決着をつける日だ。緊張するのも無理はないと思う。珍しくソニップも緊張しているように見える。だが、気にすることはない。最善を尽くせば、この任務はこなせないものではない」
 ジョン隊長は緊張という言葉を使ったが、ソニップやマッスレの話を思い出す限り、緊張ではないだろう。きっと、エイリオとナイリオも違う。二人にも確認をしたかった。エイリオに聞くのは改まった感じがして気恥ずかしかったので、ナイリオに聞こうと思った。でも突然「なんか様子がおかしいよ」と言うのも恥ずかしいというより失礼な気がしたので、声をかけるまでに少し時間がかかった。結局、ナイリオにエイリオの様子を聞くことにした。
「エイリオ、なんか様子が変じゃない?」
「え?」とナイリオは驚いた顔をして「うん、まあ、そうかも」と続けた。さらに、
「エイリオ、ナイチュを見てずっと心配してたんだよ。だから、二人とも元気なくて私も心配だった。その後、今朝エイリオはナイチュを見て、元気になったみたいで良かった、って言ってたから、エイリオも元気になったんだと思って安心してたんだけど。でも、やっぱり変だね。朝、変な夢を見たって言ってたからそれのせいだと思う。実は私も変な夢を見て、それからなんだかどきどきしちゃってて」
 と言った。やっぱり、同じだった。みんな、変な夢を見たと言って様子がおかしくなっている。ソニップに至っては、運命という言葉をも使った。そんな大きな運命が待ち構えているのだとしたら、その正体はなんだろう。ルルの話が頭に浮かぶ。あの話が本当の話であるのなら、きっと運命とは神様やチャオという生物に関わる何かなのだろう。神の子たちである僕たちが、何らかの力によって来るべき運命を予感しているのだろう。だが、どうしてもわからない点が一つだけある。神の子たちがもし来るべき運命を予感しているのであれば、何故僕は夢を見ていないのだ。


 ムーンシティに来るのは初めてだった。一言で表すのなら、ムーンシティは都会だ。同じような高さのビルがたくさん続き、デパートや娯楽施設がたくさんあって、その中を凄まじい数の人間が蠢いていた。エンペラシティと山を挟んで隣の町であるのに、まるで別世界だった。でも、エンペラシティにある駅とムーンシティにある駅が線路で繋がっているというのだから、地続きの世界なのだろう。現に、僕たちもトンネルの中を歩いてこの町へ来た。
 それにしても、ムーンシティに来たのはいいが、これからどうすればいいのだろう。僕たちは、大きな駅を見つけてその前の広場に集まった。ここに来るまではさすがに兵士もまとまって動いた。この町の中で離れて行動すると、すぐにはぐれてしまいそうだからだ。この広場も駅から出てくる人、駅に入る人、待ち合わせに使う人で混雑していた。
「さて、どうしようか」
 ソニップはそう言ったあと、一瞬動きを止めて、背負っている剣を抜いて飛び掛かりながら振った。何が起きたかと思う頃には、血しぶきが舞っていた。ジョン隊長が首を斬られて倒れた。ソニップがジョン隊長を斬ったのかと思ったが、ソニップの剣を避けた人影も見えた。人影が素早く兵士を盾にしつつ、兵士たちの首を斬って逃げた。ソニップを除く兵士は全員倒れた。辺りが血塗れになる。周りにいた大勢の人がそれに気づき、辺りはパニックになった。その人の間をくぐり抜けて逃げていくマントは、ルルの後ろ姿だった。ソニップもそれを追う。そして僕たちも二人を追った。ルルは歩道を走って逃げているので、人混みが走りにくかった。同じく歩道を走るソニップだったが、それでもソニップは速かった。ルルとの距離は、少しずつ縮んできているように思えた。同時に、僕たちとの距離も広がっていた。見失ってしまいそうだった。
 ルルがデパートと電器屋の間に入ったのが見えた。ソニップもそこに入っていった。人が本来通らないはずの路地だ。僕たちも、遅れてそこに入っていった。もう二人は見えなくなっていた。周りは建物ばかりだが、先に空き地の端が見えた。その先にはまた建物がたくさんあって、色々な方向に路地がある。あの空き地に二人がいなければ、完全に見失ってしまったことになる。緊張の中、僕たちは空き地に飛び出した。
 衝撃だった。そこには、ソニップもルルもいた。二人は対峙していた。でも落ち着いたように見えるルルの表情とは対照的に、ソニップの表情は驚愕そのものだった。きっと僕も同じ表情をしている。そこには、二人以外の影があった。人間じゃない。四十センチほどの身長、黒い体、赤いライン、ルルの横にいても小ささを感じさせない威圧感。
「シャウド」
 ソニップが掠れた声で言った。シャウド。あれが、ルルの話の中に出てきた神の子、シャウド。僕たち、神の子たちのリーダーで、神様に封印されたチャオ。
 ソニップが剣を落とした。見てわかるくらいに体が震えている。マッスレも、エイリオも、ナイリオもそうだった。
「俺は、もう戦えない。全部、思い出した……」
 ソニップはその場に崩れ落ちた。マッスレも、エイリオも、ナイリオも地に膝をついた。全部、思い出した。ルルの話が、すべて本当だったということだ。そうだ、だってソニップはシャウドの名前を呼んだのだから。そうすると、やっぱりおかしいことが一つある。どうして、僕は思い出せないんだ。
「ナイチュ」
 シャウドが僕を呼んだ。どこか懐かしい、低い声だ。
「どうしても、思い出せないか」
 見透かされていた。シャウドの前では、何も嘘はつけないと思った。僕はうなづいた。
「無理もない。他の神の子と違って、過去に繋がる決定的なキーを持っていなかったからな」
「決定的なキー?」
「ルルは僕との約束。ソニップは走ること。マッスレとナイリオは力を発揮すること。エイリオは泳ぐこと。そして、本来であればナイチュは空を飛ぶことがキーになるはずだった。だが、それはキーになりえないものだった。人間は、空を飛べないからだ」
 はっとした。そうだ、と思った。空を飛ぶ感覚をなんとなく覚えていただけの僕と違って、みんなはその感覚をなぞることができたのだ。みんなは常日頃から、過去を僕よりも遥かに強く感じていたのだ。
 僕が過去のことを思い出せないのは理解できた。しかし、と思う。何故ルルは殺人を犯していたのか。その理由だけはまったくわからなかった。今や、この世界にいる人間でシャウドと対等に話すことができるのは僕だけかもしれない。僕は聞かなければいけない。
「どうして、人を殺したんだ」
「転生させるためだ」
 確かに、チャオであれば転生をするのだろう。だが、人間は転生をする生き物ではなかった。
「チャオは、人間へと進化した。人間がチャオの特性を持っていてもおかしくはない。そして、もう一度チャオからやり直すのだ」
「それに、そんなに都合のいい話があるわけがない。現に、死んだ人は転生してないじゃないか」
「チャオが人間へと進化するとき、そこにも長い空白の時間があった。逆もそうなるはずだ」
「そんなの屁理屈だよ」
「それでもだ!」
 シャウドが叫んだ。その威圧感に僕は圧倒された。
「僕はそのわずかな可能性にかけるしかない! カオス亡き今、僕は神に成り代わってチャオの世界をもう一度作り上げるのだ!」
「……無理だよ」と僕はかろうじて声を出した。
「仮に、それが叶わなかったとしても! チャオを奪った人間を許さない! この世界に居座り続けることを認めない! 僕はチャオの神としてやり遂げなければならない!」
「……何を」
「すべてのものに、復讐を」
 もう、シャウドには何を言っても無駄なのだ。もし、止めるとしても、僕は言葉ではなく力で止めなくてはならないだろう。
 僕はどう思っているのだろうか。止めようと思っているのだろうか。正直なところ、僕は揺れている。シャウドの言葉に人間としての自分が動いている。だが、シャウドの言葉にチャオとしての自分が動いているのも感じている。チャオの世界に戻りたいという、根拠のない欲求が僕の中にある。それを、不可能だ、と人間としての僕が妨げる。人間の歴史の中でチャオに生まれ変わった例なんてないし、仮にチャオと同じ転生という特性を持っていたとしても、人間という生物が転生したらやはり人間になるはずだ。それに、今感情を持って生きている人間たちのすべてを賭けてまで取り返す価値があるものなのだろうか。僕には、わからない。
「僕は、ナイチュが空を飛ぶあの世界が好きだ」
 心が跳ねる。
「ナイチュは昔飛べなかった。あのとき、誰もが祈った。ナイチュが空を飛べますように、と。カオスも、僕もだ。そして、ナイチュは自らの力で飛べるようになった。それから、あの世界は完成したんだ。神の子たちが駆けて、泳いで、登って、飛ぶことができる光景。チャオたちと穏やかに過ごす世界。でもナイチュが空を飛ぶ姿は、この世界では見られない」
 僕はようやく理解することができた。僕は何も変わっていない。僕は、チャオであり神の子であり、あの世界の住人であることを望んでいるのだ。この世界では、僕は僕になりえないのだ。そもそも、僕はそれを最初からわかっていたはずだった。僕は、飛ぶことができないのをわかっていながら、飛ぼうとしていたではないか。報われる可能性が限りなく低いとわかっていても、それにすがっていたではないか。それは、僕があの世界に戻ることを望んでいたからではないか。そして、あの世界には僕が必要であり、あの世界は今僕に手を差し伸べている。もう、迷いはなかった。
「シャウド」
「なんだ」
「僕を連れて行って」
「……わかった」
 シャウドはルルのナイフを手に取った。シャウドはみんなも連れて行ってくれるだろう。僕は、待っていよう。あの世界の空で。
 シャウドはナイフで僕の首を切り裂いた。そこからは何も考えられなくなった。
 最後に、よく知ったチャオたちが地上で手を振る光景が見えた気がした。
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神様の祈り 最終話 祈りの果て
 ダーク  - 13/11/19(火) 18:15 -
  
 昔々、この地上には神様がいました。
 神様はずっとチャオの幸せを祈っていました。
 ですが神の子たちはチャオがもうどこにもいないことをわかっていました。
 神様と神の子たちは向かい合います。
 その光景を、あの空を飛べなかった神の子が見ていました。
 そして、その子は遂に決心をするのでした……。


 シャウドはチャオが次の生物へと進化した時代に目を覚ます。次の生物とは人間、つまり次の生物へと進化した時代とは今のことだ。そして、ルルが言った“今日中にわかる”という言葉。間違いないだろう。シャウドはこの世界にいる。僕が人間としてそれを受け入れようが受け入れまいが、それは事実なのだ。そしてシャウドはこの時代でチャオのためになる何かをしている。
 ルルは大抵のことを把握している。シャウドとすでに接触している可能性だって高い。シャウドの状況を把握できるような状況にあるのなら、接触しない理由がない。二人が接触していると仮定すると、今度はシャウドがルルの行動を把握しているかということも問題になってくる。ルルは大量殺人を犯している。シャウドはそれを知った上で、止めないでいるのだろうか。あるいは、知らずにルルと接触しているのだろうか。もし前者であるのなら二人は共謀関係にあり、大量殺人はチャオのために行われているのではないか。大量殺人とチャオ、何が繋がるのだろう。
 まさか、と思った。一つだけ、チャオにまつわるワードで思い当たるものがあった。転生だ。人間をチャオに転生させようとしているのだ。でも、それはいくらなんでも難し過ぎる話だ。いくら人間がチャオの進化形だとしても、人間は死んでしまえば終わりだし、仮に転生したとしてもチャオに転生する保証はない。これがシャウドの意図である可能性は低いか。
 それでも僕はこの可能性を捨て切れなかった。もしも僕がシャウドの立場だったとして、チャオのために何ができるだろう。人間の技術力を信じて、自らの体を差し出してチャオを増やすか。いや、封印されてまでこの時代に訪れ、そこにいる生物にすべてを託すことはしないだろう。そもそも人間を信頼することはしない。言うならば人間は、この世におけるチャオの立場を奪ったとも言える存在だからだ。人間を犠牲にするのはあるいは妥当と言えるのかもしれない。
 朝ご飯を食べたあと、僕は自分の部屋に全員を呼び出してルルが話したことと、僕が考えて辿りついた可能性について話した。我ながら、かなり突拍子のない話だったと思う。それでも、みんなは真剣に聞いてくれた。ジョン隊長と兵士たちだけが、半信半疑といった様子だった。それが逆に、神の子たちが持つ記憶の残骸を裏付けたように思えた。
「その話を鵜呑みにすることはできないが、どちらにしても私たちがすべきことは同じだ。犯人を捕まえよう」
「そうだな。仮にチャオのために何かをするとしても、まずは捕まえなきゃ始まらない」
 二人の隊長が結論づけた。今まではこの二人の判断が僕たちの行動を決めてきた。その判断に納得していたから、僕たちもただ従うだけで良かった。でも今回は納得できなかった。というよりは、捕まえるという言葉に現実味が感じられなかった。話はそんなに簡単なものなのだろうか。時代を越えてある種の使命を果たしに来たシャウドとルルを相手に、捕まえるか捕まえられないかという楽観的な選択肢を設定して良いのだろうか。違う。きっと実際は殺すか、殺されるかの戦いになる。こんなに楽観的なのは、二人が僕の話を軽視して、敵の覚悟を見誤っているからだ。でも僕は何も言えなかった。人間としての僕が、自らの話の不合理を理解している上に、まだどこかでこの二人の隊長が、いざ実戦となれば最善の行動を取れると思い込んでいるからだ。結局何も言えないまま、旅館を出発することになった。
 旅館を出発してからすぐに、マッスレが話しかけてきた。
「さっきの隊長さんのお話、どう思う?」
「正直なところ、捕まえるのは無理だと思う」
「俺もそう思う。シャウドがどんな奴なのか、はっきりとは覚えていないけど、すごい奴だってことだけはなんとなくわかるんだ」
 僕もマッスレも同じことを感じていた。シャウドという名前を思い浮かべると、連想するのは畏怖にも似た尊敬だった。やはりルルが話したとおり、僕たちは神の子としての記憶を持っている。きっとエイリオもナイリオも、ソニップも同じことを感じている。ソニップがあんなことを言ったのは、ジョンさんや兵士たちが最善の行動を選択できると信じているからだ。僕たちの後ろを歩く、エイリオとナイリオも何かを話している。先に、二人の話を聞こう。
「どうしたの?」
 僕が尋ねると、ナイリオがあっけらかんと答えた。
「ナイチュ、元気になったね、って話をしてた」
 想像していた答えと違って、僕は面を食らってしまった。エイリオが少し驚いたような顔をしていた。きっと僕に話すつもりのない話だったのだろう。聞いてはいけない話を聞いてしまったようで、僕は何も答えられなくなってしまった。
「元気なかったでしょ? でも元気になったみたいだから、安心したってエイリオが言ってた」
「恥ずかしいからもうやめてよ」
 エイリオが冗談めかすように笑顔を見せる。
「エイリオも元気なかったんだよ。ナイチュが心配だったみたい。とにかく、二人が元気になって良かったよ」
 僕も恥ずかしかった。エイリオが恥ずかしそうにしているのを見ると尚更だった。ナイリオは小悪魔的なところがあるようだ。でも、ナイリオもなんだかんだで僕たちのことを気にかけているのだ。それは素直に嬉しかった。
 それにしても、僕が元気になったというのは改めて考えるとそうだった。昨日と比べると、断然気分が良い方向へ向いている。今僕が感じているのは、神の子たちの共感であり、昨日のような悩みではないからだ。共感に溺れている場合ではないが、自分が神の子であるという確信が僕には必要だった。そうだ、僕の元気になったのは、あのルルの「ナイチュは神の子だから」という言葉があったからだ。僕は神の子でありたい。
 神の子でありたいのなら、僕が今しようとしていることはなんなのだ。シャウドやルルを殺して人間の世界を肯定するのは、自らが神の子であることを否定することではないか。僕が求めていることと、今僕がしようとしていることは一致しない。そして、今も着実に足は前に進んでいる。終着点は僕たちに近づき続けている。僕は決断をしなければいけない。人間の世界とチャオの世界。果たして、どちらが僕にとっての正しい世界なのだろう。
 空が晴れている。涼しくなってきた時期だが、今日は日差しが暖かい。こんな日は、あの場所で空を飛ぼうとするのが気持ちよかった。本当に空を飛べるような気になるのも、こんな日だった。町の舗装された道を歩く感覚がリアルだった。昨日とは違う、朝の鳥が歌っていた。この歌うように鳴く鳥はなんという種類の鳥なんだろう。電線を見上げると鳥が二匹離れてとまっていた。歌っていたのはこの鳥のようだ。群れで電線にとまる鳥よりも可愛らしく見える。僕は鳥に憧れているわけではないが、もし空を飛べたらこんな鳥と一緒に飛んでみるのも悪くなさそうだ。
 辺りは静かだった。エンペラシティの人たちも、どこかの避難場所に集められているのだろうか。田んぼは稲刈りが済んでいるので、人がいないのも自然な光景に見える。たくさんの切られた稲の根元が寂しそうに開いていた。昨日の霧で目立たなかった山の紅葉もやっと顔を見せたというのに、どこか物足りなさそうだった。至って自然の光景なのにこんなことを感じるのは、僕が人間がいる光景を求めているからかもしれない。
 旅館の女将のことをふと思い出した。もし住民がどこかに避難しているのであれば、女将は何故旅館にいるのだろう。旅館の女将として、客をいつでも迎えたいという精神がそうさせたのだろうか。確か、女将は一人しかいなかった。本当であれば他にも従業員がいて、あまり綺麗じゃなかった庭の手入れもできていた。僕たちの知らないところで、そんなドラマがあったのかもしれない。でも、それは僕の勝手な妄想だ。ソニップは迷わずあの旅館に案内したし、兵士もたくさん配備されていた。あの旅館に誰か残っていてくれと、公的な依頼があったと考えるほうが自然だ。
 山に近づいてきた。山にはトンネルが貫通している。トンネルをくぐった先には、ムーンシティがある。そこではルルと、おそらくはシャウドも待っている。二人の問いかけに、僕は何も答えを出せないままここまで来てしまった。きっと、この先で僕は何もできない。みんなは、もう覚悟が決まっているのだろうか。ソニップとマッスレが真剣な表情をしている。ああ、なんてたくましい人たちなんだ。二人は迷わず戦って、空を飛べない僕をも肯定してくれるのだろう。ナイリオも子供ながらに真剣な表情をしている。もしかしたら戦おうとしているのかもしれない。エイリオも、真剣な表情だ。何でそんな顔をしていられるのだろう。悲劇な人間を演じるようでこんなことは考えたくないが、みんなはチャオだった頃にできたことが今もできるから迷わずにこの世界を肯定できて、僕だけが空を飛べずにいるから未だ迷いの中にいるのだろうか。それは、きっと正解だ。でも、だからと言ってチャオの世界を選んでいいのだろうか。
 トンネルに入った。どうせこの辺りは車も通らないから、とソニップが言って、ぞろぞろと車道を歩く。トンネルに橙色の照明が等間隔で設置されている。間隔は広く、照明同士の中間地点辺りはそこそこに暗かった。そんな光と影が交互に続き、ムーンシティへと僕たちを導いていた。
 誰も喋らなかった。音がトンネルの中で必要以上に響くからだ。もし音が出てしまったら、緊張が爆発して違うものへと形を変えてしまいそうだった。今は緊張しているのが一番良いのだと、全員が理解していた。車道を歩く地味な足音だけが聞こえていた。
 山は大きく、出口はまだ見えなかった。半分は歩いたというところだろうか。そういえば、エンペラシティとムーンシティの境はこの山の山頂であった。つまり、おおよそトンネルの中間地点を越えればもうそこはムーンシティなのだ。そうか、もうムーンシティに入っているかもしれないのか、と思った。その時、落ち着いた低い女の声がトンネルに響いた。
「待ってたよ」
 ルルが、トンネルの壁にもたれていた。ルルがいたところは丁度影になっていたのと、黒いマントとフードのせいで声が聞こえるまではまったく存在に気づかなかった。そして、ルルの声が聞こえてからすぐに、前を歩いていたジョン隊長とスモリエさんがうめき声をあげて倒れた。すぐに後ろを歩いていたカーネルさんとゾランさんとメッツさんが大きな銃をルルに向けた。だが、その瞬間に僕たちの足元を黒い影が駆けていった。兵士の三人もそれに気づいたが、その瞬間にはもう首を斬られていた。兵士がやられたのはわかったが、それ以外のことは何もわからなかった。すべてが速すぎた。
 そしてすぐに、倒れた兵士の中にシャウドが立っていることを理解した。そこに立っているのがチャオであり、シャウドであることは当然のことのように理解できた。小さな黒い体に、いくつか入った赤いライン。懐かしい姿だった。シャウドは血がついた刃の長いナイフを両手で構えていた。シャウドはナイフの先を下げ、僕たちの顔をゆっくりと見た。サンホールで初めてルルと対面したときよりも明確にチャオであった頃の雰囲気を感じた。シャウドも昔のことを考えているのだろうか。そのままどれくらいかの時間が流れた。シャウドが口を開いた。
「長かった。神の子たちがこうして集まるのを、僕はずっと待ちわびていた」
 誰も答えなかった。シャウドにはまだ言うことがあるはずだからだ。そして、シャウドはもう一度口を開いた。
「僕はカオスに代わり神となり、殺人と転生をもってチャオの世界を取り戻す。神の子たちよ、僕と共にチャオの世界を取り戻そう」
 僕の予想は当たっていた。だって、シャウドにはそれしかないんだから。僕はやはり何も答えられなかった。
 ソニップがシャウドの前に立った。そして、僕の前では初めて背負っていた剣を取った。剣は二本だった。ソニップが二本の剣の先を、シャウドに向けた。
「それが答えか。ならば責めて僕の手で、本来の姿を取り戻してやろう」
 シャウドもナイフを構えた。一瞬、シャウドが僕の方を見た。僕はどきりとしたが、ソニップがすぐさまシャウドに斬りかかった。ソニップの動きは速かったが、シャウドの動きはもっと速く後ろに飛びのいた。そして、速さよりもその距離が尋常ではなかった。勢いをつけたようにも見えず、且つ後ろ向きに十メートル近くは飛んだ。シャウドは、まず人間の常識がチャオに通じないことを証明して見せたのだった。それに、シャウドは影になっているところにいるとかなり見えづらい。ソニップがシャウドに勝つのは、絶望的なのではないか。
 一方、マッスレはルルと向かい合っていた。一度見た光景だ。サンホールではマッスレが圧倒していたが、油断はできない。それに、ルルの手にはシャウドが持っているナイフと同じナイフが握られている。ナイフを持ったルルは、素手のマッスレよりも間違いなく有利だ。そう思ったとき、ルルはそのナイフを捨てた。ルルは何を考えているのだ。
「肉弾戦じゃお前は俺には勝てない。この前わかっただろう。お前が思ってるほど性別の壁は薄くない」
「私は女じゃない。マッスレとも対等に戦える。私はチャオだから」
 ルルがマッスレに殴りかかった。マッスレはルルの腕をつかんでルルの動きを止める。やはり、力はマッスレの方が上だ。ルルがすかさず蹴りを放つが、マッスレはもう片方の手で足をつかみ、そのまま投げ飛ばした。ルルは受身を取るが、ダメージはあるように見えた。こちらはマッスレが勝つだろう。
 振り返ると、ソニップは思っていたよりも一方的な戦いにはなっていなかった。シャウドのナイフを避けたり剣で弾いたりと、ソニップは予想以上の実力者だった。とにかくシャウドとソニップは前後左右に素早く動いていた。それでもやはりシャウドは体が小さいということもあり、ソニップの剣を簡単に避けているように見えた。それに加え、蹴りを入れる余裕さえもあった。別々に動く二本の剣をかわして蹴りを入れる姿は、やはり普通ではなかった。
 時間と共に、どちらの戦いも形勢が傾いていった。ソニップとルルの表情は、体力もダメージも限界に近づいていることを表していた。僕は焦っていた。戦いが続くのが怖かった。終わりが迫ってきていることを、嫌でも感じさせられた。誰にも死んでほしくなかった。
 はっとした。僕は、ようやく自分の答えに気づいた。人間の世界と、チャオの世界。どちらを選ぶか、なんて問題ではなかったのだ。僕は誰にも死んでほしくないのだ。その瞬間、僕はシャウドを大声で呼んでいた。トンネルに響き渡った声が、全員の動きを止め、視線を集めた。ソニップが疲れきって膝をつく。僕はソニップの横を通って、シャウドの前に立った。
「僕は誰にも死んでほしくない。だから、シャウドも僕たちと一緒に生きよう。それが僕の答えだよ」
 シャウドは僕を見上げていた。手に光るナイフがたまらなく怖かった。でもここで言わなければ、僕は生きる意味をずっと見出せなくなってしまいそうだった。緊張の中、遂にシャウドが答えた。
「この世界でナイチュは空を飛べない。だが、チャオの世界では空を飛べる。つまりナイチュが空を飛べるというのは、チャオの世界の象徴でもあるのだ。チャオの世界にはナイチュが必要だ。空を飛べずに悩んでいたナイチュが、空を飛べるようになった世界を僕は望んでいる。空を飛べないままの、こんな世界ではなくてだ」
「それでも、僕は誰にも死んでほしくない」
 シャウドが僕を突き飛ばした。仰向けになった僕の胸に、シャウドが乗った。重くはなかったが、ナイフが目の前に突きつけられていた。
「ナイチュ、すまない」
 シャウドがゆっくりとナイフを振り上げた。死ぬ、と思った。だがその時、誰かが駆けてくる音が聞こえた。シャウドが飛びのいて、そのあとに空を切る足が見えた。起き上がると、ナイリオが傍にいた。今の蹴りはナイリオのものだったのだ。
「私も、みんなに死んでほしくない」
 ナイリオが言い放った。その肯定が心強かった。ようやく僕は、みんなと対等になれた気がした。
 シャウドが影の中からこちらを見ていた。それに気づいたのも一瞬、隙を突いたルルが一人残されたエイリオの方へ走った。無意識のうちに、僕もエイリオの方に駆け出していた。エイリオは体が強張って動けないでいる。僕が守らなくてはいけないのだ。ルルよりも先に、僕はエイリオを抱えて飛びのいた。ルルの腕は空を切ったが、ルルはすぐさま僕たちに追撃を加えようとした。
「僕は僕だ!」
 無意識に僕は叫んでいた。ルルも動きを止めた。そうだ、僕は僕なのだ。
「僕はチャオであろうと人間であろうと、空を飛ぼうとしている! みんなも同じだ! そんな僕たちが生きようとして何が悪い!」
 僕の中にあるすべてのものを吐き出したようだった。息が切れて苦しかった。でも僕は空気よりも、潤いを感じたのだった。
 ルルは動揺していた。ゆっくりと僕たちに近づくが、腕を振れずにいる。そんな様子だった。
「ルル、終わりだ」
 影の中から響いたシャウドの低い声がルルの動きを止めた。ルルはまだ納得のいかない顔をしていた。
「チャオたちはまだここに生きていた、僕たちにもうできることはない」
「でも、シャウドが望んでたのはそんな世界じゃない!」
 シャウドはその場に座ったように見えた。よくシャウドの姿が見えなかった。だが、様子がおかしいのはわかった。ルルがはっとして、シャウドのもとへ駆け寄った。僕たちも何が起こったのかわからないまま、ゆっくりと近づいた。そして、シャウドの傍まで近づいたときに何が起こったのかを理解した。シャウドが、桃色の繭に包まれていた。
 ルルは泣きじゃくったのを発端に、僕たちの目からも涙が零れた。ずっとチャオたち、そして神の子たちを支えてきたチャオのリーダー、シャウドの死を僕たちは理解してしまった。誰も死んでほしくない、というみんなの気持ちがこんな形で裏切られるとは誰も思っていなかった。
「ルル、みんな、僕のわがままに付き合わせてすまなかった」
 そんなことを言われても、僕たちに返せる言葉はなかった。シャウドは結局僕たちのために封印され、殺人まで犯し、チャオたちを救おうとしてくれたのだ。そして最後には自分がしてきた行動をすべて捨ててまで僕たちのことを認めてくれたのだ。
 感謝の言葉を言いたい気持ちがあった。でも、いざ最後となると、ただ悲しくて「ありがとう」なんて感情にまで浮かんでこない言葉は言えないのだった。
「僕が僕として生まれ変わったとき、また会おう」
 シャウドはそういうと繭に完全に包まれ、繭がぱらぱらと剥がれると消えてしまっていた。いなくなってから、何も言えなかった後悔が浮かんできた。もうシャウドとは会えないのだ。シャウドが生まれ変わる頃には、僕たちはとっくに死んでいるだろう。僕たちにできることは、チャオがいたという事実と、シャウドがチャオのためにすべてを捧げたということを覚えていることだけだった。それは、やるせないことだった。
 僕たちはそんなやるせない現実を選んだのだった。誰かが死んだらもう二度と会えないことも、空を飛ぼうとしても飛べないことも、チャオに戻りたくても戻れないことも、すべて含んだこの現実に生きるのだ。生きたくて、誰にも死んでほしくないからだ。
 それでも、僕は今後ずっと空を飛ぼうとして生きていよう。例え結果が伴わなくても、空を飛びたいから飛ぼうとするというのは決して間違いではないし、それが僕だからだ。今だけはシャウドという神様の祈りがどこにも届かなかったことに涙を捧げ、僕はこの世界を生きていこうと思う。
引用なし
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