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自分の冒険 〜自分ならこう書く〜 冬木野 12/4/26(木) 11:03

勇者とぼく ろっど 12/5/5(土) 23:48

勇者とぼく
 ろっど  - 12/5/5(土) 23:48 -
  
「任せてください」頼もしく聞こえているといいな、と思った。大臣の表情がほころんだ。
「ありがとうございます。わが国にはもうあなたしか頼れる人がいないのです」
「いえ。わたしに話をくださったこと、とても嬉しく思います」
 できるかぎりの誇らしい表情を心がける。
「わたしの力で世界を救えるなら、全力を尽くしましょう」
 誠意が伝わったのか、大臣は旅の補助金を弾んでくれた。兵士二人に見送られて城をあとにする。これから世界の命運をかけた長旅が始まる。なのにとても地味な旅立ちだった。国民の不安をあおりたくないのだろう。その気持ちはぼくも同じだ。
 ぼくにだって不安がある。でも、ぼくは状況がわかっているからまだいい方だ。ほかのみんなにはわからない。わからないまま世界の危機がいつの間にか始まっている。そしてわからないまま死んでいく。そう考えると哀れに思ってしまう。
 自宅に着く。清潔感のある外観。最低限の荷物を持って、味気のない家を出る。盗みに入られても困ることはないが、なんとなくきちっと戸締りをした。
 数年住んで見慣れた町。最後になるかもしれないのに、歩いていても名残惜しさが沸いてこない。
 まあ、こんなものか。
 これから世界を救うのだ。それはぼくにしかできないこと。そのぼくが後ろ髪を引かれていては、みんなが安心できない。名前も知らない誰かのために歩く。
「どこに行くの?」
 知り合いが向こうからやってきた。活発そうな髪の毛が朝日に揺れている。とっさに目を細めた。幼馴染のあやかだ。
「旅に出るんだ」
「そんなにお金あったっけ?」
「まあね」
 彼女を追い越して行く。引き止められることはわかっていた。二十数年くらい交流があると、彼女のすることは手に取るようにわかる。優しいあやかのことだ、見過ごすなんてできっこない。
「なにか事情があるんだよね」
「うん。でも、ぼくひとりで行くつもりだ」
「なんで?」
 こうなった彼女はてこでも動かないので、事情を話すことにした。
 世界の危機が迫っていること。それをぼくが救うこと。国から依頼されたこと。多額の報奨金がでるため、心配はいらないこと。
 彼女は顔色を変えた。
「わたしも行っていい?」
「だめだ。危険な目にあうのはぼくだけで十分だよ」
 あやかはぼくの制止を気にも留めない。彼女の自宅に連れて行かれる。しばらく待つと、手荷物を持った彼女が玄関から出てきた。こうなることは心のどこかでわかっていたような気がする。
 小さいころもそうだった。あやかはぼくの事情を気にかけない。ぼくがどう思っているかなんて気にもしないんだ。だけど、だから少しほっとした。
「わたしも役に立てるから。ショウの役に立ちたい」
 そう言われては逃げられない。ぼくは彼女と旅路をともにすることを決意した。なんてことはない、一緒に旅をするだけだ。それに小さい頃から苦楽をともにした仲、ぼくたちならきっと百人力だろう。
「ありがとう。うれしいよ」
 あなたは決して満たされないだろう。そう言って消えた友だちを思い出した。少し心が痛んだ。


 ついさっき購入したスニーカーをはきこなしている彼女を見て、これが命を賭けた旅だということを忘れそうになる。いっそのこと、本当に忘れてしまえばいいと思った。
 旅は準備が大切だ、と彼女は言った。ぼくもそれに同意した。報奨金で多少の準備を済ませる。旅立ち前のちょっとした気晴らしも兼ねていた。たくさん買い物したね、とあやかがほほえむ。しわひとつないカーキ色のスカートは彼女の脚の美しさを際立てているように見えた。
 ぼくたちは気を新たにして彼らの拠点のひとつへと向かった。
 国からもらった支給品のひとつに地図があった。これはぼくがこれから戦う敵の拠点を記した地図だ。ここから一番近い町の近くに拠点がある。
「見えてきた。あれがひとつめの町だ」
「なにか変じゃない?」
 あやかがめずらしい表情を浮かべた。たしかに変だ。建物は荒れ果て、平地となっている。中央に木が立っているだけ。ぼくは双眼鏡で町の様子をうかがった。チャオが大量にいる。人は山のように積み上げられていた。ひどい光景だ。
「わたしたちの旅の目的って世界を救うことだよね?」
 言葉に詰まる。どう説明しよう。世界を救うために、ぼくは今からたくさん殺さなくちゃいけない。それがぼくの使命なのだ。みんなを守るためには殺すことが必要だから。正しい答え方がわからずに口をとざす。
 遠距離から狙撃する。透明の光線がチャオの脳天を確実にとらえ、消滅させた。続いて二匹。今度は防御魔法のようなものを張られる。これ以上の狙撃は厳しい。
「誰と戦ってるの?」
「チャオだよ」
 彼女に現実を突きつけることになってしまった。けれど旅が始まる前からわかっていたことだ。彼女にチャオは殺せない。だからぼくだけでいい。ぼくが彼女を守ればいい。
 どうしてチャオを、と言いたい気持ちはわからないでもない。しかしこれはみんなの、ひいては世界のためなのだ。ぼくも殺したくて殺しているわけではなかった。むしろチャオが死なないのであれば、それが最善だと考える。だけどチャオは今、敵だった。
「きみは下がってて。ぼくが全て片付けてくる」
 あやかはうなずいた。きっと恐怖で身がすくんでいるのだ。勇ましく町へ歩いた。狙撃を続ける。防御魔法しか使わない。ならば、と光線を束ねた。チャオを消し続ける。作業だった。チャオの視界外から排除を繰り返す。
 双眼鏡で確認する。おそらくチャオはいない。町の敷地内に入る。なにかが焦げた匂い。
「すごいね」
 あやかが言った。なんのことか、と思った。
「ショウの魔法。マナさえあれば負けないんじゃない?」
 ふふっと彼女が笑う。刃物が飛んできた。刺さる。生き残っていたチャオを消す。腹に刺さった刃物をぬきとって捨てた。マナがぼくの体を自動的に修復する。話を続けた。
「負けないだろうね」
「そうね」
 あやかは目をそらした。見ていられなかったのだろう。だが視線はすぐに戻ってきた。拍手の音。木から人が飛び降りてくる。
 不恰好な男だった。背負った剣が印象的にうつる。拍手の朗らかな音とは似つかわしくない体格。
「おまえ、すごいよ。死ぬところだった」
「だれですか?」
 彼女の警戒した声色。男はソウリョと名乗った。西から来た旅の途中であるらしい。この町に着いたとき、既にチャオが占領していたようで、追いかけっこをしながらも目を盗んで木の上に逃げたのだという。
「で、おまえらは?」
 事情を説明した。ソウリョは驚きもせずに付いていく、と言った。
「だめだ。これはぼくたちの仕事だ。きみにまで押し付けられない」
「大丈夫! 俺はこう見えて頑丈なんだ。それに、世界の危機とあっちゃ見過ごせない」
「わたしも反対。こんな男が付いてくるなんて絶対いやだ」
 そう言って不快を露骨にあらわす。まあ仲良くしようや、なんて言いながら、ソウリョはあやかと肩を組む。あやかは強引に振り払った。
 こいつくらいなら、と考え、ぼくは彼の申し出を受けた。仲間が多いことに越したことはない。なにしろ敵の数は多いのだ。あやかは多少の魔法しか使えないし、使える人数は多い方がいい。
「さ、行こうぜ!」
「うるさい」
 暗い色の雲が流れていた。そろそろかな、と思った。


 あやかとソウリョの距離は縮まっていった。チャオとの戦いになると、二人の呼吸がとても合うのだ。二人とも人助けになるとなぜか張り切る。もともとの質が似ているのだろう。あやかは優しい子で、ソウリョは見たところ悪いやつではない。
 仲間の絆が深まるのは良い事だ。そう、思っていた。
 旅は一時の間、休息となった。近頃大雨が続いているせいだ。大都市に腰を落ち着けて、三人で自由を謳歌している。こうしていると世界はまるで平和に見える。チャオの影響が感じられるのは山奥やチャオの拠点の近くだけだ。
 彼女に目をやった。憂鬱そうに外を眺めながら、ソウリョの軽口に相槌をうつ。
 ほほえましい光景なんだろう。
 絆は重要だ。いざ、というときに連携がとれないのでは辛い。数で負けている以上、こちらはもともと不利な戦いなのだ。いくら国からのサポートを受けられるとはいえ、チームワークは重要視されるべきだ、と思う。そもそもにぎやかな方が楽しい旅になるはずだ。不都合なことはない。メリットが多い。ぼくたちの目的は世界を救うこと。目的さえ達成すればいいのだ。それが最優先。
「あの」
 客人が来た。ソウリョの格好はとにかく目立つ。彼が凄腕の剣士に見えるのも無理はない。
 客人は離れ小屋に住み着いたチャオの退治を依頼してきた。ソウリョが張り切って出かけようとする。それをあやかが止めた。
「また安請け合いして。今は休憩。ちょっとはじっとしてられないの?」
 ぼくが返答する前に、ソウリョがすかさず答えた。
「人助けに安いも高いもねえよ。さっさと準備しろ」
 離れ小屋に案内される。チャオが三匹ほどいた。談笑している様子だった。目で合図をして、ぼくから先に小屋へ入る。視線が集まった。攻撃はない。何か策があるのかもしれない。警戒しながらたずねる。
「きみたちはどうして人を襲うんだ?」
 三匹のチャオは顔を見合わせた。
「ぼくたち、人を襲ってないよ」
 しらばっくれるなと睨んでも、チャオは萎縮するだけだ。嘘をついているのだろうか。続けてたずねた。
「自分勝手に命を奪って、罪悪感はないのか?」
「ぼくたち、やってない」
 これ以上は無駄だった。ソウリョが先陣を切る。チャオの魔法の発動をあやかが相殺する。最近の戦いではこのパターンがメインになっていた。魔法耐性のないソウリョをあやかがサポートする。ぼくの魔法は最後の切り札としてとっておく。
 たしかに隙のない戦略だ。三匹程度のチャオはあっという間に絶命した。
 ところが、死んだと思っていたチャオが魔法を放ってきた。不覚をとられたソウリョは剣で魔法を防ぐが、無残にも剣は砕け散った。すぐにあやかが魔法を放ってチャオを絞殺する。手馴れたものだ、と思った。
「あぶなかった。気をつけてよ、ソウリョ」
 あやかの声は戦いによる疲労からか、切羽詰っているようだった。
 ソウリョは砕け散った剣をじっと見つめていた。

 その夜のことだ。なかなか寝付けなかったので、風を浴びに行った。生ぬるい風が吹いていた。星が鈍く光っているが、流れる雲が光をさえぎっているようだった。夜は深い。
 宿から出て雑木林を少し進んだあたり。そこで声がした。荒い声だ。間違いない。ソウリョとあやかのものだ。しばらく立ち止まる。やけに冷え込む夜だ。雨があがった後だからか、空気が澄んでいる。口で呼吸をする。唾液が気になった。
 声がおさまってしばらくする。話をしているのはわかるが、聞き取れないので近寄った。口論の声。彼が声を荒げていた。彼女の声は静かだ。だが口論だとわかる声だった。仲間のメンタルケアはぼくの仕事だろう、と考えた。
 話の流れが読めない。足音に気をつけて近づいた。耳をすませる。足音がした。木の陰に隠れる。彼はぼくのすぐ傍をぐんぐんと通り過ぎて去った。空を仰いで深い息を吐く。雲のすき間に見える星がとてもきれいだった。
 仲たがいをした二人の関係を修復しなくてはならない。チームワークは重要だからだ。でも今は、取り残されたあやかの様子を見る勇気がでなかった。
 翌朝、宿にぼくの仲間はいなかった。代わりに「ごめん」と置手紙があった。


 仲間を探したい。ぼくは金をもらえばなんでもやると噂の若い男のもとへやってきていた。
 若い男はトウゾクという。飛行機を乗りこなすと聞いたぼくは報奨金を山ほど積み上げて、トウゾクとともに西へ向かった。
「兄ちゃん、世界を救うって本当かよ?」
「うん。そのためにぼくは仲間を探さなくちゃいけないんだ」
 みんなの命を救うために。このままでは世界が終わってしまう。だからぼくが守るのだ。守るためにもあやかの力が必要だ。
 飛行機の旅は新鮮だった。はるか遠くを見ることができる。これならぼくの魔法を最大限に生かして殺すことができるかもしれない。雲を追い越して飛ぶ。夕暮れが近い。夜になると探すのが難しくなってしまう。それまでにはなんとか見つけ出したかった。
 西へ向かっている道中で、広い草原に着いた。草原は赤く燃えていた。夕日のせいではない。チャオの大群だ。ひとりの男が戦っている。運悪く囲まれてしまったのだ。状況が悪い、と思った。
「おい、これはなんだ」
 双眼鏡で見る。彼は負傷していた。剣もない状態で彼がチャオに勝てるはずがない。
 彼との旅を思い出す。終始、彼はパーティーの盛り上げ役を買ってでた。にぎやかになった。人助けを生業としていた。多くの命を助けたのだろう。実力がそれを証明していた。だけど、もう助からない。ぼくは目をそらす。
 燃えた草原を魔法が駆けた。あやかの魔法だ。しかしチャオの大群が邪魔をしてむやみに近づけない。それでもあやかはなんとかして進もうとしていた。健気なことだ。
「あの子を連れて逃げるぞ」
 命令する。トウゾクは渋っていた。助けられる命と助けられない命があることを言ったが、彼は納得していないようだった。とても優しい性格をしている。
「本当にいいのか?」
 札束を投げつける。あきれたふうにトウゾクは飛行機を地上すれすれに接近させて、ぼくがあやかをすくい上げた。
「待って、ソウリョが」
 取り乱す美しい彼女の姿は見ていられなかった。ぼくは彼女を抱きしめた。
「彼の覚悟を無駄にしちゃいけない」
 その言葉を自分の心の奥深くに刻み込む。彼は自分の生き方を貫き通し、死んだのだ。悔いはなかったに違いない。だからきみが悲しむ必要はない、と言いかけてやめる。
「世界を救おう。それが彼のかたき討ちになるはずだ」
 彼女は蒼白な顔でしずかにうなずいた。
 草原が遠くになっていく。燃える緑は夕焼けに映えた。空は晴れやかだった。


「ぼくのせいだ」
 彼は死んだ。あやかは意気消沈しているようだった。彼女はまるで満月に複数の影が差しているような表情をしていた。ぼくは彼女の心が少しでも軽くなるようにと、死の責任をひとり被ることにした。
 トウゾクが何か言いたげにしているのを黙殺して、あやかの言葉を待つ。
 一瞬、彼女の表情が怒りに染まった。
 しかし、ぼくがよほど暗い顔をしていたせいか、あやかは何も言わず、静かに泣いていた。彼女の心はいつ晴れるのだろう。
「あんたのせいでもないさ」
「ありがとう」
 新たな仲間の励ましにこたえて、ぼくは元気を出した。
「悪いのはあいつらだ」
 それは違う、と返す。
「誰も悪くないよ」 
 なんにせよ、今はみんなに休みが必要だろう。あやかを寝室に連れて行き、ぼくもまた休むことにした。部屋を出る。
 上着の端を掴まれた。目を腫らした彼女は、おそらく今できる精一杯の表情を見せていた。
「ごめんね。ショウも辛いのに」
 ――そんなことないよ、と、ぼくは答えた。
 わずかに心が痛んだ。あなたは決して満たされないだろう。そう言って消えたかつての友を思い出した。
「一緒にがんばろう。みんなを守るんだ。彼の死に報いるためにも」
「うん!」
 彼女は泣き顔も美しかった。


 最終拠点は、ぼくたちの故郷だった。あやかと二人、顔を見合わせる。ここにはあの森がある。二人一緒に友だちと遊んだ、あの森が。地図の最終拠点は森の奥地を示していた。
 故郷には人っ子ひとりいなかった。ひびわれて壊れた壁掛け時計。すすけたテーブル。噴水は枯れ果てていた。ぼくたちが住んでいたときのまま、全てが残っているのに、この村はすでに自然の一部となってしまっている。
 きみが悪い。
「ここってわたしたちの」
 あやかが口にする。けれど、おそらくぼくはあやかと違うことを考えていた。小さいころずっと住んでいた村だ。ここのことはよく知っている。マナがたくさんあることも、森の奥地に入ったら二度と出られない、ということも。
 そして、ここに住んでいるチャオはあの子しかいない、ということも。
 彼女はきっと何も知らない。考えもつかないだろう。ぼくは怖ろしくなった。もしあの子が全ての元凶だったなら、つじつまは合う。彼なら人を殺す動機があるからだ。全て打ち明けてしまおうか? でも、あやかには言えない。打ち明けても意味がない。
 森の奥地へ進んでいく。一歩進むごとに足がさらに重く感じる。
 神殿に着く。
 チャオがいた。
「わたしを殺しに来たのか」
 草木に囲まれたチャオがぼくをぎろりと睨んだ。一目見てわかる。あの子だ。あやかも驚いていた。ある日とつぜんいなくなった友だちが、あの日いなかった場所に立っているのだから。
 ぼくは質問を返した。
「なんで人を殺した?」
 チャオはぼくたちをじっくりと見回した。
「わたしたちは人を殺していない。むしろ、人がわたしたちを殺しているのだ」
「どういうこと?」
「そのままの意味だ。あなたならわかるだろう」
 わからない、と答える。自分の声が尻すぼみになっていた。彼の目がたしかにぼくを見つめている。間違いない、このチャオはあのときと変わらない、友だちだ。
 なりふり構ってはいられない。ぼくは声を張り上げる。
「ごめん、世界の平和のために死んで欲しい」
「またわたしを殺すのか、ショウ」
 言葉が続く前に友だちを消す。
「またって、どういうこと?」
「どうもこうもないよ」
 ぼくが何も言えずにいるのを、二人はどう解釈したのかはわからない。
 あやかとトウゾクがぼくを見る。彼女の表情を見て、ぼくは金環日食を思い浮かべた。それにしても、知っているのか。チャオは嘘をつかないということを。あの子はあやかのことをよく知っていた。きっとあやかもあの子のことをよく知っていたのだろう。
 だから消したのだった。
 非難の声を向けてきたトウゾクを消した。あやかが後ずさりして、魔法を放ってくる。でも、ぼくの体が受けたダメージはすぐに修復されてしまった。
 最初からわかっていた。世界を救うのに、ぼくのような人間が選ばれるわけがない、ということくらい。でも、誰も悪くない。
 あやかに近づく。どのような表情を浮かべてくれるのか。見たことのない表情を浮かべて欲しい。あの夜、彼に見せていたような。
 しかし美しい顔は何色にも染まっていなかった。
 まるで無色だった。
 愕然とした。
 彼女は知っているのだ。友の遺した言葉の意味を。誰から言われるまでもなく知っているのだ。尊い。そう感じた。
 右手を見る。ぼくの手は軽い。彼女の心とは異なってしまっている。遠く離れている。どうしようもない差。勝てない、と笑う。
 優しい雨が降ってきた。手のひらに水が溜まっていく。こぼれ落ちないように両手で包み込む。
 胸に手を当てる。
 ぼくはぼくを取り戻した。
引用なし
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