●週刊チャオ サークル掲示板
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自分の冒険 〜自分ならこう書く〜 冬木野 12/4/26(木) 11:03

勇気をください 第一話 スマッシュ 12/4/26(木) 23:15
第二話 スマッシュ 12/4/29(日) 0:02
第三話 スマッシュ 12/4/29(日) 23:32
第四話 スマッシュ 12/4/30(月) 21:34
最終話 スマッシュ 12/4/30(月) 22:49

勇気をください 第一話
 スマッシュ  - 12/4/26(木) 23:15 -
  
 チャオたちの王を倒してほしい。
 その台詞はいつか来るだろう、と思っていた。
「君しか倒せる人間はいないのだ」
「そう、ですか」
 予想していたというのに、僕の返答には緊張と驚きが含まれていた。そして今、僕は旅をする支度をしながら、村長にチャオの王を打ち倒すことを命じられた時の自分の感情に再度驚きを覚えている。もっと平然と「わかりました。倒してきます」と言えるものだと思っていた。冷静に反応できなかったのは「いつか」を遠い未来の出来事として認識していたから、なんだろう。僕の知らないうちに「いつか」は今日になっていた。
「チャオの王を倒しに行くんだって?」
 幼馴染のアイが訪ねてきて、そう言った。僕は「うん」と答える。
「そいつを倒せるのは僕だけだって」
 食料とかお金とか。旅をするとなるとどうしても荷物が多くなってしまう。野宿することがあるかもしれない、と考えると、必要な物が一気に増えた。
 これも必要になる時が来るかもしれない。
 そんなことを考えてしまうと、どんどん物が増えていって、いよいよ旅なんてできるのか不安になってくる。大量の荷物を背負って長時間歩く、なんてこと、できない。いつかこうなるだろうとわかっていたのに、肉体的な準備をおろそかにしてきたせいだ。思えば心の準備ばかりしてきた。今でもまだ足りないと感じている。旅に出ることは僕にとって好ましいことではない。
「酷い話だね」
 ずっと黙っていたアイがようやく言葉を見つけ出したのか、そう言った。
「この世に人間っていっぱいいるはずで、もしかしたらチャオの王を倒せる人だって何人かいるかもしれないのに、それなのにユウキしかいない、だなんて」
 まくし立てる。我がままめいた理屈。彼女が怒りを持て余しているのがよく伝わって、自分を守ってくれようとしてくれることに、ありがたい、と思った。
「仕方ないよ」
 彼女の怒りを制する。
「今じゃあ末端のチャオにも人間は勝てないんだ。そんな化け物の王を相手にできる人間は、とても限られる。だから僕以外にそういう人がいても、同じだよ。そんな素晴らしい力を奇跡的に持つことができた人間は、絶対に王を倒しに行かなきゃいけない。例外なんて無い」
 ナイフを腰に差す。刃物を武器として扱うことについて、知識はほとんど無い。僕の得意は魔法だ。だからこれはほとんど飾りのようなものになるだろう。でももしかしたらこのナイフが必要になる時が来るかもしれない。この手で肉の感触を感じながら骸になっていく瞬間を見届けなければ人らしさを手放すことになってしまう、そんな時が。
「だからこれは仕方ないことなんだよ。だから、怒らないで」
 まるで子どもをなだめているみたいだ。
 自分の言葉にそう感じながら、僕がこうして旅支度をしているように諦念が彼女を落ち着かせるのを期待したのだが。
「私も行く」
 萎んだ声ではなく、決意に満ちた声が返ってきた。
「ユウキ一人で行かせるなんてできないよ。私だって何か役に立てるかもしれない」
 突っぱねるべきなのかもしれない。でも彼女が自分から同行すると言ってきたのはこれ以上なく嬉しいことで。
「本当?ありがとう」
 そう言って、笑顔を見せてしまう。僕はもう人の道を踏み外しているのかもしれなかった。
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第二話
 スマッシュ  - 12/4/29(日) 0:02 -
  
 村の人たちに見送られる。知っている人たちが「頑張れ」と言う。言葉は同じでも、希望に満ちている顔や泣いている顔など、表情にはいくらかのパターンがあった。そして僕の目に一番焼き付いたのは村長の顔だった。期待も感動も共感も無く、ただ疲労が強く出ていた。
 かわいそうに。
 きっともっと成長してから送り出したかったのだろう。二十歳にもなっていない子どもを戦場に送り出せば良心が痛む。きっと今まで僕がここにいられたのは「子どもだから」という理由が通ったからなのだろう。でもそれでは止められなくなったのだ。僕が青年になって少年としての風貌を失い、世の中は凶暴チャオたちのせいで非常に苦しい状況になっていて。理由が二つあれば、止めにくくもなるだろう。その村長が牛をくれた。牛が荷物をひいてくれる。これでいくらか楽になるだろう。
「あの人を恨んではいけないよ」
 アイに言う。彼女は頷いた。
「それじゃあ行こうか」
 恨んではいけない。最悪の展開を考える時、不幸になるのは彼らなのだから。僕たちは彼らから遠ざかる。見捨てる。
 村の教会が見えなくなる。教会はその聖なる力で人々を守ってくれるのだという。けれど守りきることはできなかった。チャオを倒せるのは、人間だ。
 道なりに進んでいく。教会の鐘の音が聞こえない場所を進んでいく。周りは草むら。いつかここにも教会が建つ日が来るのだろうか。その日のために僕たちは戦う。そう言えば心地よい響きだけど。
「見えてきた」
「うん。見えてきたね」
 そしてすぐに不穏な空気を感じた。黒煙。そして空を飛ぶ丸みを帯びた生物。
「襲われてる」
 アイが叫んだ。町がチャオに襲われている。
「早く行かなきゃ」
「うん、早く行かないと」
 向かう途中で僕は停止し、アイを呼び止める。
「アイ」
「何?」
「この先にあるのは、アイにとって優しくない光景かもしれない。だから」
 全てを言う前にアイは頷いた。
「うん、いいよ」
「ごめん」
 謝罪して、僕は集中する。そして不可視の睡眠薬をアイに撃ち込んだ。彼女はこてり、と倒れる。魔法。道具を用いずに何かを実現させる夢の力。人間はおそらくこれを活用して発展していくのだろう。この道も魔法によってやがては人の住む町と化す。そういう力。牛には効くのだろうか。試してみる。成功。対象が広いらしい。昔の魔法使いは便利なものを開発したみたいだ。チャオに効くのだろうか。試す余裕は無い。子どもの頃にやっておけばよかった。効かなかったとしても、この年になるまでには改良できたかもしれないわけで。
「ま、とりあえず」
 独り言と共に町に意識を向ける。どうにかしないといけない。人々が求めているのは、一人の命も損なうことがないように必死で駆け回りながらチャオと戦う勇者の姿なのだろう。
 でもそれをしたら。
 アイは人工的な眠りであるのに安らかな顔をしていた。まるで僕を信頼しているかのように。それが胸に刺さる。彼女もまた僕に勇者を求めているはずだ。
 でもそんなことをしたら、アイを守れない。
 人並み外れた力があっても、全能ではない。高い能力が備わっている人間の体が一つあるだけだ。町の人たちを助けている最中にアイがチャオに襲われたら、僕はアイを失ってしまうだろう。見知らぬ人々を守るか、アイを守るか。アイを守りたい、と思う。しかしそのために多くの人を犠牲にする覚悟が、まだできていない。僕が旅に出たくなかった理由。僕の迷い。
 やるしかない。
 覚悟して、集中する。先程の睡眠薬とは桁外れに。町の上空に作り上げる。イメージは肥大化した魔法の塊。地面に触れれば破裂して効果を発動する炎を炸裂させる鉄球。時間をかけ、頭に負担をかけ、作っていく。より大きく、より熱く。そして。
 ごめんなさい。
 謝罪。投下。閃光。熱風が広がり、雲が盛り上がるように爆心地から空へ上っていく。町は一瞬で焦土になった。広範囲を焼き尽くす僕専用の魔法。真似することも奪うこともできない。チャオの王を倒すに足るだけの力で思い切りぶん殴るような魔法だからだ。その結果、町は壊滅する。使ったのは初めてだけど、酷い光景だ。チャオは一匹も生きていないだろう。人もまた。代わりにアイを守ることはできたが、これが人として正しいことだとは到底思えない。
 足音。生存者がいた。男二人組で、片方は剣と盾を持っていて、もう片方は空手だった。何も持っていない方が魔法使いだと考えると納得できた。
「今のは、あんたがやったのか」
 魔法使いらしき男が僕に言った。違います、と言いたいけれど、嘘が通用する状況ではなさそうだ。
「はい」
「どうしてこんなことをした」
 ひょろりとしている魔法使い風の男が怒鳴る。掴みかかりそうになったのを剣と盾を持った戦士風の男が「おい」と制止した。
「本来なら皆殺されてたんだ。ならチャオたちに何も得をさせないことが最善の手だった」
 それは理由になっていない、と自分でも思う。だけどそんな言い訳しか用意できない。だから悩んでいたというのに。
「だからってこんなことしていいはずないだろ。それに、助からないかどうかはやってみないとわからなかったはずだ」
 叫ぶ声が痛い。彼の言っていることは正しい。彼の肩に手を置いている男が「落ち着けよ」となだめる。
「彼だって殺したくて殺したわけじゃないだろう」
 そしてその男は視線を少し動かして、そしてまた僕を見て言った。
「そこにいるのは、彼女か?」
「いえ、違いますけど、でも大事な人です」
「彼女は戦えないんだろう?」
 頷く。
「そうか」
 彼は何もかも納得した、といった面持ちになり、そして「俺も連れていってくれないか。君の力になりたい」と言ってきた。驚く。僕も彼の仲間も。
「おい、何言ってるんだよ」
 当然の台詞だ。仲間になりたいなんて、町を破壊した人間相手に言うことじゃない。
「いいじゃないか。それに今回みたいなことが嫌なら、監視した方がお前にとってもいいだろう」
「確かに、そうだけど」
「ならお前も頼め」
 魔法使い風の男は眉を寄せ、しばらく考え込み、そして「お願いします」と不服そうな声を出しながら頭を出した。
「いいだろうか?」
「まあ、いいですけど」
 どう断ればいいのかわからなくて、一緒に行くことになってしまった。
「俺はタスク。見ての通り、前の方に出て守るのが俺の役目だ。で、こいつはマサヨシ。ちょっとくらいなら魔法が使える。よろしく頼む」
 こちらも自己紹介をする。変なことになったな、と思った。
 それから焦土になった町で生存者を探して、彼ら二人の他には誰もいないことを確認してから、チャオの王の住処へ向かう旅を再開した。アイが目覚めたのは町から遠ざかってからだった。
「あれ、どうなったの?」
 辺りを見回し、彼女は言う。どう答えたものか。「皆無事だよ」と嘘をつく手もあったが、それをしたらもっと人から遠ざかってしまうだろう。
「ごめん、守りきれなかったよ」
「そっか。辛かったね」
 そう言って彼女は僕の傍に寄ってきて、頭を撫でた。まるでそうすることが今の僕の心にとても効くのだとわかっているみたいだった。泣きそうになる。マサヨシの複雑そうな顔とタスクの悟った顔。僕は必死に我慢した。
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第三話
 スマッシュ  - 12/4/29(日) 23:32 -
  
 口論になった。引き金を引いたのは僕で、激怒したのはやはりマサヨシだった。彼にとっての(あるいは多くの人にとっての)正義と僕の行いは一致しない。
「君くらいの力があれば悩みなんて無いんだろうな」
 そんな嫌みを言われたから「そんなことはない」と反発した。
「じゃあどういう悩みがあるんだ?」
「残酷な決断をできる勇気が欲しいっていつも思ってる」
 正直に答えた僕も僕だった。
「人殺しめ」
 僕に聞こえるように、それでも小声で彼は言った。悪意がさっきの二倍以上語気に込められていた。人殺し。そう言われることもあるだろう。あの魔法を使う時、覚悟はした。それでも心はダメージを受けるもので。彼の言葉にどう返せばいいかわからなくなっていた。無言を貫き、非難を受け入れるか。
「そんな言い方しないで」
 その時、アイが加わってきて、僕を庇った。
「ユウキは人殺しなんかじゃない」
「君は何も知らないからそう言えるんだ。こいつは」
「ユウキはちゃんとやってる」
 睨み合い、そして二人で勝手にヒートアップしていって、止めても効果は無く、最終的に二人共どこかへ行ってしまった。タスクと二人取り残されて、今。
「どうしよう」
「探すしかないだろ」
「そうね」
 げんなりとする。
「できればアイを優先して探したいんだけど」
「ああ。そうしよう」
 すんなりとタスクは同意してくれた。そして彼はそこらにいる子どもに話しかけて、マサヨシを探すように頼んだ。
「ひょろひょろってしてて、腕とかすぐ折れそうなやつだ。名前はマサヨシっていうんだけど、よろしく頼むな。見つけたら広場に来いって伝えてくれな」
 そう言いながらタスクは子どもたちに飴を渡していた。盾を背負っている彼は屈むと亀みたいに見える。タスクには亀のイメージがぴったりのように見えるのだが、それが的確ではないような気もしていた。亀みたいなのは彼の一部でしかないのだろう。
「さあ、行こう」
 アイはすぐに見つかった。もう頭が冷めたのか、こちらに向かって歩いてきていた。元から俯いていたのが、僕たちと合流してさらに下を向く。
「ごめん」
「いや、大丈夫だよ」
「ごめん」
 どんどん沈んでいく声。それにどうすれば日を当てることができるのか。結論が出る前に、遠くから悲鳴が聞こえて、全てがうやむやになった。
「チャオか?」
 僕たちは走って声のした方へ向かう。僕たちとは反対に走る人たちの会話から、チャオが襲ってきたのだと理解する。それに加え、僕たちに逃げるように指示する声もあった。
「大丈夫です。僕たちがチャオをなんとかします」
 そう答えて、走る。しかし僕は、このまま止まるべきなのでは、と考えていた。相手がチャオだと判明した今、あの魔法を使うのが一番速い。
 チャオは殺すだけでなく、奪う。それも人のする略奪とは度合いが違う。チャオは知識までも奪うことができてしまうのだ。魔法の使い方だって奪える。奪われた方はなぜかそれに関する知識が抜け落ちてしまう。数を数えられなくなることだってある。もっともその状態になったとしてもすぐに殺されてしまうのだが。とにかく襲ってきたチャオは一匹も残らず殺した方がいい。そうでないと、次には今回よりも凶悪になったチャオを相手にしなくてはならなくなるかもしれない。だからこそあの魔法で一網打尽に。
 でも。
 マサヨシの非難が僕を走らせ続ける。現場に到達すればあの強力な魔法を使うわけにはいかなくなるのに。
「くっ」
 悩みが声に漏れた。
「大丈夫だ」とタスクが言った。「あっちにはあいつがいる。お前程じゃないが魔法が使える。だからどうにかしてるだろ」
「そうだと、信じたいね」
 助けられた。そう思った。
 現場に着くと、半透明の物体がマサヨシと子どもたちを覆っていた。チャオは二匹いた。チャオたちは半透明の壁に触れられないようだ。戸惑っているのが表情から十分に伝わってくる。
「おい、助けてくれ」
 僕たちを見つけたマサヨシがそう叫ぶ。
「なんで守ってるだけなんだ。あれじゃあジリ貧だ」
「あいつ不器用だから、二つのことを同時にやるとかできないんだ」
 言葉を失いかけるが、踏みとどまる。
「じゃあタスク、なんとかしてくれ」
「無理だ。正直俺、剣を振るのは得意じゃない。盾で守るのが得意なんだ」
「あほか」
 思わず叫ぶ。
「いいからお前の魔法でなんとかしてくれよ」
 同様にマサヨシが俺に叫んだ。
「無理なんだ。こういう時に使えるような魔法はほとんど奪われちゃって」
「はあ?」
 タスクとマサヨシの声が重なる。結構長い間一緒に旅をしていたのだろうな、と思った。
「改めて覚えることもできたにはできたんだけど、面倒だったからあんまやんなかったんだ。攻撃系は特に。ほら、あれが使えればいいだろうって思って」
 言ってて凄く恥ずかしい。こういう思いをするはめになるなら、もっとちゃんと訓練しておけばよかった。魔法のことをあまり考えたくなかった当時の自分を叱りたい。
「どうするんだ」
 唯一まともに戦えそうなタスクは困った顔をしていて、行動しようとしない。チャオたちが俺たちの方へ来ないのはどうしてなのだろう、と思った矢先、一匹がこちらを見た。
 使えそうな魔法は。
 赤い物体が僕の横を射た。それがチャオの顔面にぶつかる。リンゴだった。投げたのは、アイ。ひるむチャオと驚きで固まるチャオ。子どもが魔法の壁から飛び出して、固まっている方の顔面を蹴った。
「お、あいつなかなかやるな」
 タスクはころころ笑っていた。そんな場合じゃあるまいに。
「よくやった。逃げろ」
 マサヨシは子どもが散ったのを確認してから壁を消して、光り輝く玉を両手から乱射した。無数の玉が二匹のチャオに穴を開ける。チャオたちは律儀に白い繭に包まれて、自らが死亡したことを強調した。一件落着。
「ありがとう。助かった」
 頭を下げる。彼のおかげで僕は常軌を逸することなくいられた。
「まあ、俺がいないと、駄目ってことだな。うん」
 自慢げに。
「うん、そうみたいだ」
 素直に認めると、マサヨシはまた複雑そうな顔をした。そして彼はアイの方を向く。
「さっきはすまなかった」
「こちらこそ、ごめんなさい」
 雰囲気は調和している集団のそれになっていた。
「めでたしだな」
 一人頭を下げていないタスクがと言った。それが一時のものなのか、それとも強い信頼が芽生えたから生じたものなのか、僕にはわからなかった。だが、今はこれでいい、と思えた。
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第四話
 スマッシュ  - 12/4/30(月) 21:34 -
  
 早く旅が終わってほしい。歩き続けていると、そう思う。会話が途切れて無言で行進する中、僕は考え事をして疲労を余分に溜めていた。
 マサヨシの言うように、人々が望むように、僕は多くの人を助けようとするべきだ。でもそうすることがどうしようもなく怖い。その他大勢を助けることとアイを助けることが両立できないもののように感じてしまう。アイのことを意識して守ろうとした時点で、彼女を贔屓していることになるように思う。他の人と同じ一つの命として扱うことは、僕にはできそうもない。彼女は僕にとって特別な人だから。
「はあ」
 溜め息を出さなければ潰れてしまいそうだ。
 自分の持っている力が痛い。それは人を思い切り殴ったら自分の拳も痛みを感じるというのとは違って。人に似合わぬ力を手に入れた者が負わなくてはならない責任。それもまた人が背負うには大きすぎるものなのではないのか。魔法は心を強くしてはくれない。敵を打ち倒す手段が筋力であってもおそらくは同じ。この体の大きさはそのまま僕たちの限界を表している。だから人間は正しくなりきることなんてできないんだ。
 宿でなぜかアイは二人部屋を二つにするよう提案してきた。タスクとマサヨシはそういうことがあると思ったのだろう。「ああ。二人でゆっくりするといいよ」とにやけながら言った。
 二人きり。アイは告白をしてきた。
「知ってるんだ。ユウキが私を守るために、その、冷たい決断をしたこと」
「誰に、聞いたの?」
 アイは首を振る。違う、と言う。
「ユウキは迷ってたから。自分の力を誰のために使えばいいか。本当はたくさんの人を助けるために、英雄になるために使うべき。だけど大切な人を確実に守るために使いたいって。だからね、最初の日、私を眠らせた時にわかったんだ。ユウキは多くの人を犠牲にするんだろうなって」
 彼女の言葉には棘が無かった。咎める口調ではないせいで、僕は反応に困ってしまう。
「私、嬉しかったんだ」とアイは言った。「ユウキが私のことを優先してくれること。たくさんの人が死ぬことになっても、ユウキは私だけは助けてくれるってこと」
 たぶん私はいい死に方しないんだろうね、と彼女は笑う。
「それでもちゃんと受け止めたいんだ。ユウキの気持ち。だから私もユウキの罪を一緒に背負いたい」
 そしてアイは告白した。今度は、愛の告白だ。
「他の人が何人死んだっていい。私を守って」
 今のアイには共犯者という言葉が似合った。僕の抱えているものが一気に軽くなる。一人の人間では手に負えないものが、二人になっただけでこんなにも軽い。僕はもう人のように泣いてもいいみたいだった。
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最終話
 スマッシュ  - 12/4/30(月) 22:49 -
  
 目的地に近付きつつある。今日中には着くだろう、となった時にマサヨシは言った。
「そういや、チャオの王がどんなチャオか知ってるか?」
「いや」
 否定する。大体察しはついていたけど。
「俺たちが集めた情報によると、結構な数の魔法が使えるみたいだ。とはいえ噂レベルで情報が確かかどうかはわからないんだがな」
 そう前置きしてマサヨシはチャオの王が使えるらしい魔法を挙げていった。大半は僕が奪われた魔法と一致していた。やっぱりな、と思う。
「流石チャオの王ってところだな。人間でもこれだけ強力な魔法を使えれば天才ってところだ」
「うん、そうだね」
 もし本当に僕の予想通りとするなら、質問をしなくてはならない。僕の隣にはアイがいる。僕に彼女と一緒になるきっかけを与えてくれたのはおそらく僕たちの友達だったあのチャオなのだから。
 それからしばらく歩いてチャオの森に着いた。チャオがたくさん住んでいると言われている森。中がどうなっているか、詳しく知っている人間はいない。十年前にチャオが凶暴化し始めた。それ以前からここに近付くのは危険とされていた。入ってしまえばどんなことが起こるかわからず、何かがあったとしても人が全く触れていない森の中へは救助に行くことはできない。
 その森の前で僕たちは立ち止まる。ここであの魔法を使うことを決めていた。
「たぶんあまり効果無いと思うけど」
 そう言ってから、魔法の準備をする。森を燃やし尽くす。住んでいるチャオ全てを巻き込んで。投下。
「嘘だろ」
 マサヨシが呆然として言った。閃光の後、変わり果てるはずだった森は直前と変わらない姿でいた。
「まあ、こういうこともできるんだよ」
 広範囲を攻撃する魔法があるのと同様に。それでも少しくらいなら燃やせると思ったのだが。
「行くか」
 タスクが前に出る。
「うん」
 彼を先頭にして、僕たちは森の中に入る。タスクの存在がやけに頼もしい。盾を構えて先頭を歩く彼の背中を見ていると、思い出す。「俺はお前に殺されてもいいと思っている」という彼の発言を。
「普通、人間が助けられる他人の数は限られる。お前だって、そうだ。チャオに襲われている町の人を助けようとしたら、彼女が死んでしまうかもしれない。だから人はその人を大切に思っている人から守られるべきだ。もっとも俺がそのことに気付いたのはこうして旅を始めてから結構な時間が経った後だったんだけどな」
 タスクがそんな自論を展開したのはアイが告白してきた次の日だった。立て続けに優しくされると、心配されるような顔をしていたのかもしれない、と思ってしまう。事実そうだったのだろう。
「俺の生まれた町はチャオに襲われた。もしかしたらその時俺がいれば、誰かを助けることができたかもしれない。だからお前のやってることは凄く正しい。俺はお前を守りたいと思う」
 彼もまた戦っている。だから僕は今日から守りたい人を守ることのできる世界にしたいと思う。そのために人に倒せないものを倒す。
 奥に進むまでもなかった。先程の攻撃で僕たちのことを感知したチャオの王はわざわざこちらに向かってきていた。
「久しぶりだね」
 もしかしたらアイに言っておくべきだったのかもしれない。先送りにしようと思ったら、教える間は残されていなかったみたいだ。
「ユウ?」
 アイがチャオの名前を言う。チャオの王は頷く。チャオの王は、僕たちの友達だ。そして今のユウはおそらく僕の一部分でもある。ユウは僕から色々なものを奪った。僕の勇者として選ばれる程の力がそのままユウがチャオの王になるための力になったのだ。だからいつかこういう図が生まれることは知っていた。ユウに勝てるのはおそらく僕だけ。
「戦いの前に少し話したいな。いいかな?」
「うん」
 アイが頷いて、ユウは近付いてくる。てくてく、とチャオの歩みで。表情からは緊張が抜けてにこにこしている。無邪気だ。その無邪気な頭にアイは僕の腰に差してあったナイフを刺した。迷いが無く、素早かった。彼女はユウがチャオの王だということを知っていたのだろうか。そしてこうすることを決意していたということなのか。アイもユウも馬鹿だ。避けられたはずなのに、ユウの額にはナイフが刺さっている。
「ごめん、ユウ。あなたを殺さないと、ユウキが泣いちゃう」
「謝る必要は無いよ、アイ。敵は容赦なく倒すべきだ」
 ナイフが刺さった顔では上手く表情が変えられないのかもしれない。それでもユウは笑みを作った。穏やかで、敵意は感じられない。もうすぐユウは抵抗することなく死ぬ。僕は「質問があるんだけど」と言った。どうしても聞きたいことがあった。わざと避けなかったのかそれとも油断していただけなのか。そのことも気になるけれど、それを聞ける程の時間は無いだろう。
「何かな?」
「なぜ君は僕が持っていた人間への敵意を奪ったんだ?」
 ユウが奪ったもの。僕の使える魔法の大半と、僕が抱いていた人間を嫌う気持ち。
 僕に期待するばかりで何もしない。いつか殺してやる。
 そう思っていた感情をごっそり奪っていった。あれがあれば僕はもっと簡単に残酷な判断ができただろう。そしてアイも一緒に殺してしまっていたに違いない。質問を投げかけられたユウは、にやり、と口の端を上げた。人間のような表情の変わり方だった。もはやチャオではない。
「君たちが悲しそうな顔をしていたからだ。お互いに、どう接すればいいかわからなかったんだろう?」
 言うこともまた、チャオの小さな体には似合わない。だからだろう。感謝の言葉はすんなりと出てきた。
「ありがとう」
「ありがとう」
 僕とアイが感謝の言葉を述べる。ユウはそれに一言も返さずに目を瞑り、死んだ。僕の不純物を抱えたまま繭に包まれて消える。僕はきっと人間になったのだと思う。
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