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小説事務所 「Misfortune Chain」 冬木野 11/10/4(火) 5:33

No.9 冬木野 11/10/4(火) 15:39

No.9
 冬木野  - 11/10/4(火) 15:39 -
  
「……サユキが見つかったのは、それから何年も後だ。警察から連絡があったんだ。サユキの……遺体が見つかったと」
 そこでまた、ユキヒサさんは深く俯いてしまった。
「サユキは殺されていた。およそ堅気とは思えない人間二人と刺し違えたらしい」
 その辺は聞き覚えがある。いつぞやにハルミちゃん自身に話してもらった。腹部にナイフを刺されたサユキさんは死の間際に暴れ出し、男二人を刺殺した後、あろうことかハルミちゃんにまで危害を加えてから死んだという。
 ユキヒサさんとハルミちゃんの話を聞くと、サユキさんの精神状態が酷く危うかったというのは想像に難くない。何が原因でそうなってしまったのかはわからないが、キッカケはサユキさんの先輩にあるのだろう。
「あの、その大学のOBという方について何か」
「死んでるよ」
 聞かれるのを見越していたのか、即答が帰ってきた。
「詳しい話は知らないが、サユキが消えている間に自殺していたそうだ。何故自殺したのかは聞いていない」
「自殺?」
 つい最近聞き慣れた単語だ。ひょっとして、と思ってミキの方をちらと見てみたが、特にリアクションはない。ポーカーフェイスは情報の引き出しようがなくて困る。
「その人の名前、知りませんか?」
「いや」
 ああもう、肝心なところがあやふやなんだから。もどかしい気持ちを手の平で握り潰す。
「……わかりました。貴重なお話、ありがとうございます。申し訳ありませんでした」
「構わないさ。もう抉り慣れた傷口だからね」
 ちっともそんな風には見えないくらい弱々しい笑顔を見せ、その視線をすぐに傍らで置物と化していたミキに移した。横から覗かずとも、その目は穏やかじゃないだろう。話が変に拗れないよう、私は仲介人を買って出ることに。
「ミキさん、でしたっけ?」
「…………」
「こちらの倉見根さんのお子さんを見つけたという話だったようですが、本当ですか?」
 表情こそ変えなかったが、ミキは他人を装う私のことをじっと見つめてきた。今はそうするより他に無い。ここでミキの関係者であることが知られれば、カズマ達とも関係があるということになってしまう。
 そもそも何故ミキがカズマ達の事を話の種にしてユキヒサさんと会っているのかがわからない。まさかカズマ達が自分の存在を親に隠しているのを知らないわけじゃあるまい。少なくとも私よりは付き合いが長いはずなんだから。
 それでもミキは、頷いた。
「……ん」
 咳払いを一つ。
「今、どこに?」
「言えない」
「何故だ?」
 詰め寄るように腰を浮かせたユキヒサさんの肩に手を置いて、ミキに話の先を促す。
「……あなたの身に危険が及ぶから」
「僕に?」
「元々、二人は誘拐された身」
「誘拐?」
 聞いたことのない話が出てきた。誘拐されたって、兄妹二人のことか?
「そう。カズマはある日の下校途中に、ハルミは行方不明の間に。誘拐犯の目的は、クラミネサユキの持っていた研究資料」
「子供達と引き換えにするために人質に?」
「二人を帰すつもりは誘拐犯にはなかった」
「どういうことなんだ」
「資料だけ手に入れて、二人は組織の手駒に使うつもりだった」
「あ……」
 そうか。そういうことか。話が見えてきた。
 謎の大学のOB――おそらくなんらかの形で裏組織に関連のある人物から、サユキさんは人工チャオに関する研究を任された。だが彼女は何故か娘を連れて忽然と消えてしまう。組織は何年も掛けてサユキを見つけたが、肝心の人工チャオがハルミちゃんと共に何処へと消え去ってしまった。何度か確保を試みたものの――信じられないことだが――全て幼い少女に返り討ちにされてしまった。確保に成功したのは全くの偶然だっただろう。見つけた時には、少女は頭から血を流していたのだから。
 ここからは推測だが、目が覚めた時、ハルミちゃんは記憶を失って人工チャオにされたあとだっただろう。だが、兵器として運用される前にハルミちゃんが逃げ出してしまったのだ。これに痺れを切らした組織はもう一人の子供、カズマを忙しなく誘拐するが、運の悪いことにまたまた逃げられて――と、考えるだけでも頭の痛い話になってきた。
「ユキヒサさんにその交渉が来なかったのは、その時に二人が逃げ出していたからですか?」
「そう」
 当たっちゃったし。
「もしも研究資料が組織の手に渡れば、あなたは殺されていた」
「僕が……殺されて……そんな」
 なるほど、カズマ達が自分の存在を親に隠しておきたかった理由もわかってきた。
 もしも親と連絡を取ったなら、姿はどうあれ彼らは家族に手を引かれて帰るだろう。その場合、当然組織は人工チャオを奪い返しに来る。つまり家族の身が危なくなってしまうのだ。人工チャオというものの存在を知ってしまった家族を、組織は情報漏洩を防ぐという名目で殺しにかかる。だから小説事務所が匿ったのだ。
 ただ、この推測には一つハッキリしない点がある。家族がとうに死んでる木更津家はともかく、東家は人工チャオだとかについては何も知らないだろう。ヒカルが人工チャオにされた理由はおそらく下校途中に一緒だったからついでにさらわれたと考えていい。だが、倉見根家は人工チャオの存在を知っている。正しく言うなら、情報を持っているのだ。だからこそ子供を人質に資料を頂こうと組織が考えたわけであって。
 簡潔に言ってしまえば、ユキヒサさんには殺される理由があるのだ。情報を持っているということはつまり、彼は人工チャオというものを知っている可能性がある。組織の目にはそう映っているから、殺されて然りだ。それなのにどうして彼は今まで殺されなかったのだろうか。もっと言えば、どうせ殺すのだから別に人質を取るとかまどろっこしい真似をせずに強奪してもよかっただろうに。
「後で説明する」
 ちょうど悩んだタイミングでミキが見透かしたように言葉を投げて、私は驚いて少し飛び上がってしまう。
「クラミネユキヒサ。あなたが子供達に会えるのは、あなた達の身に降りかかる危険を取り除いてから」
「本当か? 本当に会わせてくれるのか? カズマとハルミに?」
 縋るような声。返事をしたミキは間違いなく無表情だったが、言葉のせいか優しく微笑みかけているように見えた……気がした。
「そう遠くない未来に」


 ̄ ̄ ̄ ̄


 その時に連絡する、と言って話はおしまい。幾分と体が軽くなったか、最初に見た時よりは健康そうにユキヒサさんは立ち去っていった。その後ろ姿とミキを見比べながら、私はおもむろに口を開く。
「どうして」
 ユキヒサさんと会ったの、と聞こうと思った私の言葉はすぐに遮られた。
「後で説明する」
 さっきも聞いたぞ。どういうことかと詰め寄ろうとしたが、ミキは何やら耳に手を当ててキョロキョロと辺りを見回し始めた。何をしてるんだろう。
「……いた。一人になる時を狙っていた。もう一人は後を追っている……わかった」
 なんだ、誰かと話でもしてるのか? 通信機能も内蔵されてるのかな、このアンドロイドさんは。
 話が終わったのか耳から手を離し、かと思えば私のことなどカケラも気に留めず歩き出した。
「ちょっと、どこ行くの?」
「……彼は誘蛾灯」
 誘蛾灯?
「今、クラミネユキヒサは狙われてる」
「狙われてる、って?」
「命を」
「ぶっ」
 誘蛾灯ってそういう意味かよ! 人様の親使ってなんてことしてるんだ!
「敵は三人。内一人はさっき話が終わった直後に確保した」
「確保したって、誰が?」
「残りの確保を手伝ってほしい」
 答えねえし。
「あなたには、向こうに潜んでいるスナイパーを頼みたい」
「すないぱあ?」
 一瞬何言ってんだこの地蔵とか思った。ミキは十字路の向こう側を指差す。そこを進んだ先に見える高台を。生い茂る草木に紛れてよくわからないが……。
「あそこから狙っていた」
「過去形?」
「クラミネユキヒサが一人になる時を待っていた」
 なんでまた。狙っていたのならさっきの間に撃ち殺せばいいものを。
「今、この街はGUNが厳戒態勢を取っているから」
「……あ、そ」
 アンドロイドさんというのは人の考えを見透かすのが得意らしい。が、確かにこんな時に足を付けまいと慎重になるのはわかる。
「スナイパーは私達に気付かれたから逃げようとしている。急いで」
「それこそ急いで言えよ!」
 迷わずエアを吹かした。強風に煽られて散ってしまいそうな花弁に気遣っている暇もない。道という道を無視して、高台に向けて一気に突っ走る。
 ふと、私の顔の真横で風を切る音が通り過ぎた。発砲音は聞こえなかったが、弾丸だ。遅れて二発目の弾が地面を抉る音も聞こえた。高速で近付いてくる私を見て逃げられないと察したか、私を殺しにかかってきたようだ。こいつは好都合――そう思った瞬間、私の胸を何かが通り過ぎた。
「……がっ……?」
 刹那、悪寒が私の体中を駆け巡る。
 何かが漏れているようだ。息を吸っても肺に溜まらない。
 ひょっとして、撃たれた?

 そう気付いた頃、私は勢いに乗って盛大に地を転がっていた。僅かな間に感じた強烈な悪寒はもう無い。
「んにゃろっ……」
 やってくれる。
 すぐに起き上がって、もう一度突っ走る。それから間を置いた四発目が私の腕を貫く。また悪寒が走って、またすぐに納まる。それから五発も弾丸が飛んできたが、もうロクに照準も定まっていないらしい。
 その時、高台の上の草が揺れて丸いものがチラと見えた。チャオのポヨだ。意外な事に、スナイパーはチャオらしい。ちっこい体でよくライフルなんか扱うな。
 六発目が飛んできた頃にはもう高台は目の前だった。上にあがる為にまわりこみ、相手の姿を捉える。
「ひっ」
 何やら怯えている。一度立ち止まって自分の姿を見てみると、なるほど確かにちょっとしたホラーだ。胸元から下は血で汚れてる。せっかくの制服が一枚目以上に台無しだ。換えの服、まだあったかな。
 やれやれと一つ溜め息を吐いて、いったん場を確認する。どうやらここはちょっとした休憩の場のようで、床もコンクリ、半円状にベンチが並べられ、向こうからは見えなかったが草木に隠れて手すりもある。他に人っ子一人いないのが不思議だなと何気無く振り返ってみると、なんとここからずいぶん離れた場所に立ち入り禁止の看板とロープがあった。全然気付かなかった。どうりで人がいなかったわけだが、しかしミキの後をつけてった時には見なかったな。
「さて、逃げられませんよ?」
 改めてスナイパーのチャオへ向き直り、ここでおかしなことに気付いた。このチャオ、スナイパーとは聞いたが何も持っていない。ライフルはどこに消えたんだ?
「くそっ」
 チャオは何やら私に右腕を向けた。と思ったら、そのチャオの右腕がぐにゃりと歪んで形を変え、驚いた事にそれは銃口に変わった。まさかこれ、人工チャオの一種か? こんなSF染みたバケモノとは聞いてないぞ。
 銃口が私に向けて容赦無く吼えた。また胸に一発貰ったようだ。ぞっとするような寒気が私を一瞬だけ襲った。酷く気色が悪い。死なないっていうのは確かにメリットだけど、これじゃ有り難みが薄いな。
「バケモノめ!」
「そりゃあなたのことでしょう」
「黙れッ」
 また二発三発と弾丸を腕や足、頭に貰ってしまう。普通に痛いし寒気が気持ち悪い。というか服が止め処無く汚れる。このままやられっぱなしなのは非常によろしくないので、痛みを堪えて一歩を踏み出した。
「く、来るなッ」
 こりゃ完全にバケモノ扱いだ。ここで私がガブっと噛み付けばB級のゾンビ映画だな。
「何故だ、何故死なん? お前はいったい何者だ!」
 いかん、笑いそうだ。チョイ役のテンプレートみたいな台詞を言わないでほしい。なんかカッコつけて決め台詞でも言えばいいのか私は。
「人間のくせに……なんなんだ、なんなんだよお前は!」
「……クスッ」
 あー駄目だ。本当に笑っちゃいそう。ヤイバにドSだなんだと言われた気がしたが、本当にそうかもしれない。滑稽なほどに恐怖している奴を相手にして面白いとか思っちゃってる。ドッキリ感覚で友達を怖がらせるのってこういう感じなのかな。
「や、やめろ、来るな、来るなぁ!」
「ク、ふふっ」
 もう無理。堪えられない。笑っていいよね。
 とうとう抵抗する気も失せてしまったか、相手はただ手すりまで後ずさって腰を抜かしている。立派な右腕もただのお飾りだ。
「ヒィッ……!」
 腕を伸ばせば届くところまで来た。こうやって小動物みたいに怯えてるとただのチャオでしかないな。
 どうしてやろうか。ミキには捕まえろって言われたけど、拘束する手段もそう無いわけだし。気絶でもさせればいいのかな。本当にゾンビみたいに噛み付いたら失神するかな。
「やだ、いやだ、やめ……あ」
 頭をガッシリと掴んでやる。やるか? 噛んじゃうか? でもこれで失神しなかったら恥ずかしいのはこっちだよなあ。どうしようかなあ。いいや、やっちゃえ。
「た、たすけ、あ、うああああ!!」
 それなりに強く噛んだ。ぷるぷるのぽよぽよなチャオの肌はまるで水風船みたいだ。あんまり強く噛んじゃうとうっかり割れてしまいそう。
「ああああああああ!! ああああ! あ、あ、あが、が」
「……ん」
 耳元で喧しく叫んでいたチャオが急に静まり返った。なんとまあ本当に失神しちゃったみたいだ。人工チャオとか言う割には臆病な奴だな。ちょっと拍子抜けだ。

「……おい」
「わわっ」
 突然後ろから声をかけられてビックリした。誰だ、警備員か?
 慌てて振り返ると、一瞬懐かしいと思ってしまう姿があった。白い帽子と眼鏡を身に着けたソニックチャオが、物騒な者を見る目で佇んでいた。
「しょ、所長? 今までどこで何してたんですか」
「こっちの台詞だ。お前何やってんだ」
「え、あ、ひょっとして……見てました?」
 頷かれた。うわあ、すごくばつが悪い。
「いや、これは、なんというか……ね?」
 我ながら滑稽だが、笑って誤魔化した。所長の目つきが緩み、溜め息を吐かれる。
「正真正銘のバケモンだな、お前」
「あはは、そうですか?」
 顔から滴る血を拭った手を見る。傷はすぐに塞がったが、割と出血していたみたいだ。改めて自分の姿を見ても、さっき撃たれた分で更に血で汚れている。
「笑い事じゃねえよ」
「へ?」
 失神したチャオを担いだ所長が、割と冗談ではなさそうに言った。
「この場で殺すべきか、ちょっと考えた」
 所長は行ってしまう。後を追おうと思った私は、しかし所長の言葉が杭として刺さったかのように動けなかった。
 もう一度、自分の姿を良く見た。所長の言うとおり、こいつはバケモノだ。それが本当にバケモノみたいにチャオに襲い掛かって――ああ、ほんと所長の言うとおりだ。他人から見れば笑い事じゃない。撃たれても死なないバケモノが誰かを襲ってるんだから。
 何やってんだ、私は。
引用なし
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