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小説事務所 「Misfortune Chain」 冬木野 11/10/4(火) 5:33

No.3 冬木野 11/10/4(火) 14:54

No.3
 冬木野  - 11/10/4(火) 14:54 -
  
『――間も無く着陸致します、シートベルトの着用を――』
 目的地の到着を告げるアナウンスで、私は浅い眠りから覚めた。


「初めてのビジネスジェット機は如何だったかな?」
 飛行機の出口の前で、機長らしき人が私に声をかけてきた。この人がパウの言っていた、ミスティさんのお抱えパイロットだろうか。
 晴天の真昼の空、広々とした滑走路を交互に眺めながら、私は内に渦巻く感情を一つ一つ吟味しながら感想を考えた。なんて言ってやるのが最適なんだろう。
「あー……ビジネスジェット機というものの印象が変わりました」
「どんなふうにだい?」
 どうやらわかって聞いているらしい。回りくどい表現は無しだ。
「機内上映も機内食もないんだなって」
「四時間のフライトだからね。着く頃にはお昼だし、現地の食べ物の方が良いだろう?」
「機内上映の言い訳はナシですか」
「口八丁ではないからね」
 仮にも客に対していけしゃあしゃあと皮肉ってくる。ミスティさんの知り合いというのは実にユニークだな。
「さ、無駄話もなんだから行くといい。お迎えも来てる」
「お迎え?」
 機長が顎で示す方を見ると、何やら黒塗りの大層な車がこちらへ向かって走ってきていた。また私の貸し切りか何かか? そろそろ私の庶民的な感性が拒絶反応を示そうとしている。
「それじゃあ探偵君、旅の幸運を祈ってるよ」
 それだけ言い残して、機長は奥へと引っ込んでしまった。その後ろ姿を奇妙なものを見る目で見送りながら、旅行には些か少ない荷物の入ったリュックを背負って機を降りた。同じタイミングに黒塗りの車が私の前で止まり、中から軍服を着た男性が二人、そして将校のような人物が一人降りてきた。
「ステーションスクエアの小説事務所からお越しの、ユリ・ミサキとお見受けする」
「はい。あなたは……」
「私はGUNの最高司令官、アブラハム・タワーズだ」
「え、最高っ?」
 驚きの声をなんとか押し殺す。最高司令官殿だなんて聞いてないぞ。本当にVIP待遇されてる。
「驚かれたかな?」
「ええ、まあ」
 思わずまじまじと司令官殿の顔を眺めてしまう。初老ながらもキリっとした顔、少し焼けた肌、白い髪など。漂わせる風格は、なるほど確かに最高司令官を名乗るには十分な威圧感がある。
「まさかGUNで一番偉い方と顔見知りになれるとは思ってませんでしたから」
「それは、我々も同じ気持ちだ」
「というと?」
「小説事務所という小さな一団体に、我々の活動が大いに支えられるとは――という意味だ」
「そうなんですか? 確かに私も、GUNの方々と何度か協力体制を取ったことはありますが……」
「なんとも情けないことに、我々は長い間、活動の多くを無人機動メカに依存し続けてきた。黒の軍団の侵攻以来、訓練の見直しは当然として、諜報活動のイロハは小説事務所の方々に教わったようなものなのだ」
「はあ」
 あいつらに、か。それでよく連邦政府の軍隊なんかやってられるな……という毒舌がふっと出てきそうになる。
「でも、今回は大成果じゃないですか」
「大成果、というと?」
「フロウル・ミルの件ですよ。そちらの方が居場所を突き止めた……あの?」
 何かおかしい。司令官殿が、連れの軍服さんと顔を見合わせている。
「失礼。もしやここに来られたのは、フロウル・ミルの件で?」
「いやその、司令官殿は報告を受けてないんですか?」
「緊急で空港の着陸許可が欲しいとだけ」
 そして、場に一時の沈黙が訪れた後。
 私と司令官殿はほぼ同じタイミングで横を向いた。私はカチューシャ型無線機のスイッチを、司令官殿は連れの軍服さんに持たせた無線機を手に。
「もしもし、こちらユリ。誰でもいいので応答してくれませんか?」
「諜報部、私だ。至急、フロウル・ミルの捜索状況についての情報を求む」
 お互いに感じている焦燥感に煽られ、声が上擦る。
『なんだいマイハニー、もうホームシックになっちまったのかい? しょうがないお嬢ちゃ――』
「ヤイバ、今すぐマスカット大尉と連絡を取って」
『ってなんすかなんすか、オレが誠心誠意を込めて考えたウキウキな言葉(歯が浮くという意味で)はガンスルーですか』
「いいから早く! マスカット大尉にフロウル・ミルの捜索状況を!」
 流石に只事ではないと察したか『ちょいと待ってくれ』と言って一旦通信を切った。
「そうか、わかった」
 その間に向こうは一足先に確認が終わったらしい。こちらに向き直って手短に報告してくれた。
「こちらの諜報部はフロウル・ミルについての目新しい情報は何も手にしていない。ましてやモノポールにフロウルがいるなどという情報は知らないと」
『ユリ、確認が取れた。大尉さんは“フロウル・ミルについての目新しい情報は何も手にしていない。ましてや一昨日は小説事務所に連絡を取ってはいない”って』
 ――なんてこった。一昨日連絡してきたマスカット大尉は、本当は真っ赤な別人だったようだ。
「ミス・ミサキ。そうすると、フロウル・ミルがここにいるという情報は偽の……?」
「いえ」
 確信、というには我ながら弱い節があったが、私はその言葉に対して首を振った。
 昨日シャドウさんに会ったのは正解だったかもしれない。大した情報は得られなかったと思っていたが、そんなことはなかったようだ。
 ――正直に言えば、俺も奴が今どこにいるかは知っている。
 シャドウさんは確かにそう言っていた。その情報が偽物ではないという保証はないが、それを直に確かめる価値は十二分にある。
「……では、続きは車の中で」


 ̄ ̄ ̄ ̄


「モノポール全域にGUNの捜索部隊を配置した。フロウルだけでなく、裏組織に類する者は見つけ次第確保するよう通達済みだ」
「ご協力、感謝します」
 張り詰めた空気に促されるように小さく溜め息を吐き、車窓の外を眺めた。
 噂の近未来都市は、確かにこの時代のものとは思えない街並みをしていた。横をすれ違うのは車以外に何も無く、信号の数も少なければ、人の姿は近くには全く見当たらない。どこにいるのだろうと周囲を見回すと、こことは全く別の、大層な規模の歩道橋を歩いていた。もはや歩道橋とは別のものに見えるくらいだ。
 これがこの都市の最大の特徴である“交通分離帯”というものらしい。基本的に歩道と車道が交わる事が無いため、人が轢かれるなんていう事故が起こることは無いに等しい。起こる交通事故は車同士のもの程度だとか。空の方ではモノレールが走っている。あれがこの街の名物である“電車”だ。
「素晴らしい街並みだろう? この辺りは既にモノポールの主要部分である巨大ターミナル、メガロステーションだ」
「ええ、本当に」
 素直な感想だった。少なくとも、私の生きている間にはここまで発展する街なんか無いだろうと勝手に思っていた分、余計に関心する。まだハリポテ感は否めないが、新鮮さでいえばとうに近未来レベルだ。
「ああ。だが気をつけたまえ。この街は今、この日を以て危険になった。フロウルを追って多くの危険人物が街中を歩いている」
「その事なんですけど」
 座席に座り直し、昨日シャドウさんと会話をした時にも気になっていた点を問いかけてみた。
「何故、フロウルの動きにはどの組織も敏感なんですか?」
「我々も未だに詳しい事は掴んでいないが……どうやらフロウルは、様々な裏組織の持つ重大なモノを盗んだらしい」
「重大なモノ?」
「ああ。それが何かはわからないが、それを取り戻す為にどの組織もフロウルの足取りを追いかけ始めた。その影響か、どの組織も表立った犯罪的活動を起こす事は少なくなった」
 ほぼ全ての裏組織が、フロウルを追う事を最優先するほどのモノ。スケールが大きすぎて、想像もつかない。
「裏組織がフロウルを追いかけ始めたのは、いつ頃の事ですか?」
「定かではないが……一、二年前くらいだろうか。それほど過去の事ではない」
 確かに、思っていたよりも最近だ。だが重要なのはそこじゃない。一、二年前。つまり私がチャオとして生きていた間という点が重要だ。
 何故フロウルが私をチャオにしたのか? 何故今になって私を人間に戻したのか? 恐らく、裏組織が必死に追っているフロウルの盗んだモノ、裏組織が犯罪活動を起こさなくなった訳、それらと私には何か関係があるのかもしれない。そして今回の件を追求していくことで、それが明らかになるかもしれない。

「ところで、一つ気になっているのだが、よろしいだろうか?」
「あ、はい。なんでしょう」
「その制服は、この街にある学校のものに見えるのだが……」
「ああ、これですか」
 今の私は制服姿にリュックを背負った、ただの学生にしか見えない。それがGUNの最高司令官殿と仲良くお話をしているというのは、確かに気になる光景だろう。
「実は私、元探偵でして。これは変装の一環なんですよ」
「なるほど、探偵か。お若いのに大したものだ。これだけ大きな事件に関わろうとは、どの探偵も体験し得ない事だろう」
 確かに、いくつ巴かもわからないくらい数多くの組織が睨みを利かせている一触即発の街に、制服姿で単身乗り込む探偵なんて、例えフィクションでだってそうそうお目にかかれない展開かもしれない。
「……聞かないんですか?」
「何をだね?」
「どうして私が、こんな事に関わってるのか……とか」
 なんとなく。そんなことが気になって聞いてみた。
 よくよく考えてみればおかしな話だ。二十歳にも満たないガキんちょ達の揃う小説事務所が、命に関わるような事件の数々に首を突っ込みまくっている。本当に本の中の世界みたいなバカげた話だ。
 それでも、司令官殿は当然のように言った。
「君は小説事務所の人間だね?」
「ええ、そうですけど」
「そうだろう。それ以上の理由は無い」
 と、言われてもわけがわからない。それを察したか、続きを話し始めた。
「ミス・ミサキ。君も小説事務所の人間になって日が浅いわけではないはずだ。では、所長を始めとする所員達のことは理解しているだろう?」
「ええ、まあ……」
「彼らは皆、訳有りの者達ばかりだ。それらは50年前から続いている過ちのせいなのだよ」
「……プロフェッサー・ジェラルド・ロボトニック?」
 私の答えに、司令官殿は頷いた。50年前という単語を聞くと、私にはそれ以外に思いつくことがない。
「今、世界中の裏組織達が行っていることは、その過ちの繰り返しだ。我々はそんな犠牲者を増やさない為に、過ちの無い未来を築くと誓ったのだ。……ある英雄にな」
「英雄……?」
 気になるワードが出てきたのだが、ちょうどそのタイミングで車が停まってしまった。車道から歩道へと上がる階段の一つが見える。
「これを」
 車を降りようとした私に、司令官殿が持っていた手帳のページを一枚破って渡してくれた。書かれていたのは、見覚えのある数字の構成だった。周波数だろうか。裏面には簡易でわかりやすく書かれた地図とGUN警備隊の配置図もあった。
「一番上がモノポール全体に発信できる緊急連絡用、その下は各エリアに個別に連絡を取る為のものだ。隊員達にも君の事は伝えておこう。小説事務所の者と言えば話は通じるはずだ。好きに使ってくれて構わんよ」
「わかりました」
「うむ。では、いずれまた会おう」
 そう言い残して、司令官殿を乗せたGUNの車は走り去っていった。その後ろ姿を見送り、私は足早に階段を登って歩道に出た。さっきまでは車しかなかった道路が、今度は人間やチャオばかりの道路に変わる。なんとも不思議な街だ。そう思いながらメガロステーションを見渡し、ぽつりと呟いた。
「……迷いそう」
 だだっ広い街を目にして、私は改めてこの街に圧倒されるのだった。
引用なし
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