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小説事務所 「Misfortune Chain」 冬木野 11/10/4(火) 5:33

No.2 冬木野 11/10/4(火) 5:59

No.2
 冬木野  - 11/10/4(火) 5:59 -
  
 モノポールへ向かう準備として、まず苦労したのは保護者への説得だった。
「えー! なんでなんでー! 行っちゃやだー!」
「……あのねえ……」
 目の前のベッドで駄々をこねる保護者を見て、そのあまりの醜態に私は額を押さえた。見栄も外聞もないとはこのことだ。これじゃどっちが保護者かわかりゃしない。
 あーだこーだとわがままを言うアンジュさんをどう説得したものかと悩みながら、私は重い口を開いた。
「私はー、お仕事でー、ちょっと遠いところまで行かなくちゃいけなくてー」
「えー! なんでなんでー! 行っちゃやだー!」
 ぶん殴りてぇ。
「じゃあ一緒に行きますか?」「それもヤダ」「なして?」「かったるいもん」
 事務所の問題児二人となんら変わらないアンジュさんだった。一人暮らしをしていた時期が恋しい。
「……あー、私が出かけてる間に問題起こさないでね」
「じゃあ未咲も家にいればいいじゃない」
 問題は起こす気なのかよ。しかも家ってあなた、ここホテルですよ? いいから物件探しでもしてろよ。
 ホテル暮らしを始めてから何が酷いって、酒を飲ませるのはなんとか阻止できているが、酔ってもいないのに心身共にふしだらなことだ。生活態度はご覧の通りとして、格好も本当に酷い。だらしないかけしからんか、どっちで表現してやろうかと悩むくらいだ。詳しい描写は私の独断により省かせてもらうが、とりあえず初心な少年とかが見たら輸血が必要になるやもしれない。
「あのー、お願いですから聞き分けてくださいよ。人の都合がわからない歳じゃないでしょ?」
「むー」
「むーじゃねえよ黙って留守番しろっつってんだよ」
「わー、未咲が怒ったー」
「年増」
「…………」
「ああわかったそんな泣きそうな顔しないで」「じゃあ一緒にいてくれる?」「泣かすぞ」「いやぁん」埒が明かん。
 これ以上話しても無駄だと悟った私は、話を切り上げてさっさと準備をすることにした。業務に使う道具はもちろん、モノポール周辺の学校を調べて、指定の制服を入手しなくてはならない。移動範囲も広いしGUNもバックにいるから身分を隠す必要性は薄いが、念の為。二日しか猶予がないから急がないといけない。
「あーあ、結局行くんだ」
「当たり前でしょ」
 投げやりな返事を返した。
 その後、すぐにまた何事が切り出すかと思ったが、不思議なことに会話はそこでぱたりと止まってしまった。まだ何かワガママを言ってくるのかと思ったものだから、ちょっと拍子抜けだ。しばらく私も口を開かずにいても、アンジュさんは何も言おうとしない。
「……えーっと、お土産はどんなのが良い?」
「ううん、いらない。写真もいい」
 これまた不思議なことに、お土産はいらないと来た。絶対に対価だなんだ言って要求されるものだと思ってたのだが。
「今度二人で行く時のお楽しみにしようね」
「あぁ、はい。そうですね」
 思わず生返事してしまった。人も変わるものなんだなと、まるで保護者みたいなことを実感した。


 ̄ ̄ ̄ ̄


 その次の日。遠出の準備も終えて、特に予定も何もない私は、特に名前も何もない場所にやってきた。……まあ、言ってしまうとステーションスクエアの路地裏である。
 何かするべきことはないかと考えた結果、フロウルに関するなけなしの情報を得ようと昼下がりにここにやってきた次第だ。まるであの人が路地裏に定住しているホームレスか何かみたいな扱いだが、他に会える場所を知らない以上は仕方ない。
「シャドウさーん?」
 路地裏の壁に微かに響くくらいの声で呼び掛けた。かと言って、そう都合よく現れてくれるわけはない。
 ――ふと、頭の中にもう一つ名前が浮かんだので、試しに呼びかけてみた。
「……フェイちゃん?」
 その瞬間だった。
 突然、私の左腕を何かが貫いたような感覚を覚えた。その感覚はとても一口には言えないが、少なくとも今までに味わったことのない感覚だった。始めに針を刺されたような激痛があり、それはすぐさま悪寒へと変わり背中までも凍えさせ、そして何事も無かったかのように治まった。
 何事かと思って左腕を見てみると――信じられないことに、私の腕は血で汚れていた。
 しかし、痛くはない。激痛は最初の内の僅かだけで、今は全然痛くない。傷口を見てみようと血を払ったが、そんなものはどこにもなかった。
「どうやら、話は本当だったようだな」
 後ろから声が聞こえた。シャドウさんの声だ。
「今の、ひょっとして」
「まあな」
「ちょっと、もし治らなかったどうするつもりだったんですか!」
「さてな」
 さてな、て。
「確かに私が寝てる間は不死身だったかもしれないですけどね、もしも」
 言ってから、はっと気付いた。よくよく考えてみれば、あの無線の内容を知っているのは話した当人であるフロウルとシャドウさんと、傍から聞いていたミキだけ、ということになっていたんだった。
「で、何か用があるのか?」
「あ、ええと」
 思わぬ形で自ら出鼻を挫いてしまったが、シャドウさんがそれほど気にしてくれなくて助かった。とにかく用件を済ませなくてはならない。
「フロウルについて何か情報があれば教えてもらいたいんです。些細なことでも良いんで」
「フロウル、な。お前も奴を追っているのか?」
「ええ、まあ」
「やめておけ」
 何やら即答されてしまった。
「フロウル・ミルは裏組織の間では危険因子として広く認知されている。どの組織も諜報部の構成には一切手を抜かず、奴の動きには常に敏感に反応している」
 あんなのがねえ、と私は内心溜め息を吐くばかり。
「奴の情報を入手すれば、どの組織も動きを見せる。つまり奴を追うということは、それなりの危険を孕むというわけだ」
「なるほど」
「正直に言えば、俺も奴が今どこにいるかは知っている。だが、お前に教えることは」
「いや、場所は知ってますよ。モノポールですよね?」
 そう答えた時、僅かにシャドウさんの顔付きが変わったように見えた。
「どうやって知った?」
「えっと、GUNの人が足取りを掴んだって言って教えてくれましたけど」
「なるほどな」
 私の言葉を聞いて、少しだけ考え込んだシャドウさんはこう言った。
「俺も行こう」
「え?」
「お前一人では何かと危険もあるだろう。どうだ?」
「はあ……まあ、多分大丈夫だと思いますけど」
 突然の申し出で少し戸惑ったが、断る理由もないので了承した。
「決まりだな。出発はいつだ?」
「えっと、明日です。到着はわかりませんけど」
「わかった。先にメガロステーションで待つ。それと、これを」
 シャドウさんは私に一枚の紙切れを渡してきた。書かれていたのは規則性のある数字だった。
「無線機の周波数だ。俺との連絡はそれで行え。ただし、今回の件が終わった後は使えないから覚えておけ」
「わかりました」
 明日、パウに私の持っている無線機の周波数の変え方を聞かなくてはいけないな……そう思いながら、貰った紙切れをポケットにしまった。
「じゃあ、向こうで会おう」
 手早く話を済ませて、シャドウさんはさっさと行ってしまった――と思ったが、ふと立ち止まった。
「一つだけ言っておくことがある」
「なんですか?」
「いつも言ってるが、百歩譲ってちゃん付けはやめろ」
 そういって、今度こそシャドウさんは行ってしまった。
「……いつも?」
 どこかピントの外れた言葉が引っかかって、私もしばらくその場で考え込んでしまった。


 ̄ ̄ ̄ ̄


 そして、当日。

『移動手段がようやく完成したんだ。すぐに事務所に来て』
 カチューシャ型通信機が少し興奮したようなパウの声で私の目覚ましを図った。まだアンジュさんも起きていない早朝、私はなるだけ急いで着替えを済ませ、必要な荷物を持ったあと、アンジュさんに「行ってきます」とだけ書いた紙を残してホテルを出た。
 まだ人も疎らな街を早歩きし、着いた事務所の玄関を開けると、待っていたと言わんばかりの顔でパウが待っていた。
「ついてきて」
 言われるがまま、後をついていく。場所は久しく足を踏み入れていない事務所の地下、パウの研究室だった。事務所に来たばかりは、この場所でよく本を読んでいたものだと、少しだけ昔を懐かしむ。
「……で、移動手段って?」
「それはねー」
 作業机らしきところへと小走りし、その上に乗せられた一足のブーツを持って戻ってきた。
「これ!」
「これ……って」
 普通のブーツにしか見えない。丈が短いくらいの茶色いブーツだ。試しに触ってみても、ただの革製の……いや?
「硬い?」
 靴と言い張るにはどこか硬い。不思議に思ってブーツの裏まで見てみたら、妙な穴も開いていた。
「何コレ?」
「よくぞ聞いてくれました!」
 言わせたに近いだろうに。まるで誘導尋問に乗せられている気分になりながら、得意気な顔のパウの言葉を待った。
「これはボクがユリの為に、こだわりにこだわりを持って作り上げた、ユリ専用のエクストリームギアなのです!」
 エクストリームギア。というのは、溜め込んだ空気(エア)を放出することで地面スレスレを浮遊したまま高速で移動することができる機械の総称だ。かのミスティさんはこれを操るレース大会では表彰台の常連である。
「見ての通りスケートスタイルで、デザインはなるべくブーツに似せてあるんだ。製作は難しかったよ。性能と排気音防止を両立させる為に底部の製作には必要以上に時間をかけちゃったからね。耐久性と着用時に掛かる使用者への負担も考えないといけなかったし、ボクとしてはまだまだ改良の余地があるね。でも、今回は時間がないから、改良はまた今度ということで」
「うん、ありがとう」
 わけのわからない話をされる前に、二つ返事でお礼を言っておいた。

「さて、向こうも待ってるだろうから早く行ってくるといいよ」
 適当な話もいろいろと済ませたところで、そろそろ時間も近くなってきたようだ。パウが私に出発を促してきた。
「そのことなんだけど、移動は航空って話だったよね?」
「うん。ミスティさんの知り合いに有能なパイロットさんがいるらしくて、その人が直々に連れてってくれるってさ。空港も持ってるから、時間を取らない超特急便だよ」
「それはまた……」
 とんだVIP待遇だ。遠慮したくなるくらい。
「空港の場所は前に教えた通りだから。行っておいで」
「うん。じゃあ、行ってきます」
 パウは外までは見送ってくれず、部屋の中までだった。今思えば、まともに「行ってきます」と告げたのはパウ一人だけか。
引用なし
パスワード
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