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小説事務所 「Misfortune Chain」 冬木野 11/10/4(火) 5:33
キャラクタープロファイル 冬木野 11/10/4(火) 5:44
No.1 冬木野 11/10/4(火) 5:53
No.2 冬木野 11/10/4(火) 5:59
No.3 冬木野 11/10/4(火) 14:54
No.4 冬木野 11/10/4(火) 15:00
No.5 冬木野 11/10/4(火) 15:13
No.6 冬木野 11/10/4(火) 15:24
No.7 冬木野 11/10/4(火) 15:29
No.8 冬木野 11/10/4(火) 15:34
No.9 冬木野 11/10/4(火) 15:39
No.10 冬木野 11/10/4(火) 15:43
No.11 冬木野 11/10/4(火) 15:48
No.12 冬木野 11/10/4(火) 15:51
No.13 冬木野 11/10/4(火) 15:56
新しい小説事務所 ドキュメント 冬木野 11/10/4(火) 16:03
「あ、でも後書きがないんだっけ……」 冬木野 11/10/4(火) 16:27

小説事務所 「Misfortune Chain」
 冬木野  - 11/10/4(火) 5:33 -
  
 全ての事象は繋がっている。

 ……なんて書くとちょっとファンタジーだが、これは不思議でもなんでもない、極自然なことだ。
 理屈で考えれば早い話だ。必ず物事には何かキッカケがあるし、その物事がまたキッカケになるのも至極当然のことだ。
 火のないところになんとやら。その火は放っておけば消えるか、あるいは引火して更に燃え盛る炎となるか。
 昨今この世界を裏側から覆う人工チャオの存在。それが現代を静かに脅かし始めたキッカケは、ずっと昔からあったのだ。
 それは、私にとっては深い関わりの無いことだと思っていた。

 でも、気付けば私も煤けて黒ずんでいた。
 燃え盛る炎を止める為に、この身を焦がしていたみたいだ。
 誰かが教えてくれるまで、私はずっと気付かないままでいた。
引用なし
パスワード
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キャラクタープロファイル
 冬木野  - 11/10/4(火) 5:44 -
  
>未咲ユリ:女性:人間
 かつて探偵として活躍していた少女。本作の主人公。
 ある事件を皮切りに交通事故の体裁で殺されてしまったが、後に裏組織の技術によって未咲ユリとしてこの世に帰還した。
 普段は常識人であるが、ここぞという状況においては常人離れした行動を取るような危うい二面性を持つ。
 人間の姿と記憶を取り戻してからも小説事務所で日々を過ごし、変わらない毎日を享受している。

>>フロウルが見つかったという報告を受け、単身ステーションスクエアから離れて近代都市モノポールへ向かう。


>ゼロ:男性:ニュートラルハシリ・ハシリ二次進化
 小説事務所の所長。白い帽子と眼鏡がトレードマークのソニックチャオ。
 本の世界からやってきた魔法使いであると言われているが、詳しい事はよくわかっていない。
 普段は所長室にある自分のデスクでずっと居眠りをしている。基本的に自分から動こうとはしない。
 少なくとも所長としての器は備えている。表面上は面倒事を押し付けるようにして仕事を任せてくるが、それは所員の事を信頼しての事。だと思う。

>>所長室に「しばらく空ける」と書かれた置手紙だけ残して消えてしまったゼロ。まだ帰ってくる気がないらしい。


>シャドウ:男性:ダークハシリ・ハシリ二次進化
 人知れず大統領の依頼を遂行する究極のハリネズミ――の名をコードネームにしている。本名は不明。ゼロの義理の兄。
 本の世界からやってきた魔法使いであると言われているが、裏の世界に伝わる根も葉もない噂であるとも言われる。
 あらゆる組織を転々としており、その素性を詳しく知るのは所長を始めとする小説事務所の古株の面々のみ。
 協調性が無さそうに見えるが、かなり面倒見の良い性格をしている。しかし人付き合いは割り切っており、自分に関係の無いと思う人物に対しては容赦がない。

>>今回、ユリが単身フロウルを追うと聞いて協力を申し出るが……?


>パウ:女性:テイルスチャオ
 事務所きっての天才メカニック。言われないと気付かないが、れっきとした女の子。
 本の世界からやってきた魔法使いだと言われているが、メカニックとしての彼女とのギャップのせいであまり想像はできない。
 事務所の地下室に専用の研究所を設けているが、仕事以外の時は主にライトノベルを読んで過ごしている。たまに作る発明品は人の身に着ける物を改造した物が多い。
 かなりマイペースかつ楽観的。気前も人付き合いも良いが、時折冷めた一面を見せることも。


>リム:女性:ヒーローチャオ(垂れウサミミ)
 事務所の収入源と言っても差し支えない、究極の運の持ち主。
 本の世界からやってきた魔法使いだと言われている中では一番それっぽい感じがある。
 小説事務所の受付嬢として日々をのほほんと過ごしているが、暇があれば宝くじ売り場を始めとする場所で豪運を振るう。事務所の金は彼女の金と言われるほど。というか彼女の金。
 礼儀正しく誰に対しても敬語を使う。事務所のお姉さん的存在で、基本的に誰にでも笑顔で接する心優しい人物。


>カズマ:男性:ニュートラルハシリ・ハシリ二次進化
 小説事務所の抱える問題児。爆発物好きのハッカー。
 元は普通の人間だったのだが、運の悪い事にチャオにされてしまったという。普段の振る舞いとは裏腹に、彼の過去は暗い。
 基本的にヤイバと一緒にゲームをする日々を送るが、たまに暇になったかと思うと何かとんでもない事をする迷惑な奴。
 何事も省みない性格をしており、自分の身に危険があろうがなんだって実行してみせる。何かあればちゃんと他人を気にかける優しい少年でもある。


>ヒカル:女性:ヒーローヒコウ・ヒコウ二次進化
 事務所最強の(と勝手に銘打たれた)武力派ツッコミ少女。
 カズマとは幼馴染で、彼同様に元人間。自らの境遇を嘆いてはいるようだが、今の生活に不満は無い様子。
 普段事務所にいる時は静かだが、カズマ達が一度問題を起こせば颯爽と駆けつけ、懐からハリセンを抜き一閃する。
 気さくで誰とでも気軽に会話できるが、カズマとの関係を指摘し出すと途端に恥ずかしがる。並外れた度胸を持つが、幽霊が苦手。


>ヤイバ:男性:人工テイルスチャオ
 誰が呼んだか知らないが、小説事務所のグレーゾーンと呼ばれる男。
 元人間で、ある組織の実験により灰色の人工チャオにされてしまったというが、それ以外に彼の過去は不明。
 カズマと一緒にゲームしたりして日常を潰している。大したスキルもなさそうだが、彼の能力は意外と謎に包まれている。
 ノリで生きているとでもいうような振る舞いをしており、何事も深く考えていないように見えるが、彼なりの筋は持ち合わせている。なかなか読めない人物。


>ハルミ:女性:人工ヒーローチャオ・コドモ
 事務所内では最年少の女の子。カズマの妹。
 元は人間だったのだが、あまりにも悲惨な過去を経た後、灰色の人工チャオになってしまう。
 小説事務所を家のように思っており、所員とも家族のように接する。最近はカズマとヤイバの趣味に影響されている節があり、ヒカルの悩みの種となっている。
 幼いながらも礼儀正しく、しっかりした子。人懐っこく、気遣いのできるとても良い子。それとは裏腹に敵と認識した人物には情け容赦は無く、どんな危害を加える事も厭わない子……らしい。


>ミキ:女性:人工ヒーローオヨギ・オヨギ二次進化
 所長室の隅で本を読み続けているアンドロイドガール。
 頭から爪先まで謎に包まれた石色のチャオ。非常に高度な能力を持つとは言われているが、披露する機会に乏しいので実力は未知数。
 本のページを捲る時以外は石像のように動かない。それ以外に彼女の生活風景を見る機会が滅多にない。自宅も無いらしいので、本当に事務所の置物。
 微細の感情も見せず、まさに機械と呼ぶに相応しいほど無口。何か伝える事があればちゃんと喋るが、一方的に用件を伝える以外では一言単位の受け答えしかしない。

>>所長と共に姿を消してから、彼女もまた帰ってきてはいない。


>ミスティ・レイク:女性:人間
 優秀なチャオ研究者を父に持つ、天真爛漫な少女。
 自身も物書きとして、そしてEXワールドグランプリというレース大会においても広く名が知れ渡る。
 親友であるフウライボウと一緒に世界を旅してまわっている。小説事務所の面々とはふとしたきっかけで知り合い、父の研究絡みの情報提供などで協力している。
 底無しの元気が彼女の取り得。何事にも臆する事なく挑戦し、失敗してもへこたれないポジティブシンキングの塊。昔からチャオが大好き。

>>フロウルを探す為に行動するユリの為に、モノポールに詳しい彼女は協力を申し出る。


>フウライボウ:男性:ニュートラルオヨギ
 世界で最初のチャオの旅人。
 ひょんな事でチャオガーデンから一人で旅立ち、ミスティックルーインを単身で踏破したという。サバイバビリティに長け、釣りの名人としても知られる。
 その後もミスティと共に、旅の途中で知り合った人々の支援を受けて世界中を旅する。ミスティとは四六時中行動を共にしている。
 どことなく無愛想に見えるが、誰かの感情に溢れた行動や態度に興味を持ち、割と人柄を観察する。食い意地が張っており、かなりの早食い。
引用なし
パスワード
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No.1
 冬木野  - 11/10/4(火) 5:53 -
  
 人間に戻って、何が変わったか?
 言い出してみればキリが無い。扱われ方も変わったし、高いところに手が届くようになった。日常を過ごす上では、やはりチャオよりも人間の方が便利な事が多い。
 それを踏まえて、あえて言うならこうだ。特に変わったことはない。
 人間だろうがチャオだろうが、結局のところ私は私だ。大した意味は含んでない。まるっきり別人になったわけではないから、前と違うことをするわけではないという意味だ。チャオの時と同じように、私は所長室にある来客用のソファに腰を降ろして、ひたすらに時間を無駄にしている。
 一度染み付いた習慣は、二年前の私にあった探偵としての習慣を確かに塗り替えていた。いつぞやにフロウル・ミルについての情報を漁ろうと画策した気がするのだが、あれから結局何もしていないわけで。
「おお……美しい姫君のだらしない姿が……まさに俺得」
 唯一変わったと実感できるのは、ヤイバの野郎がうぜぇという一点だろうか。
「おお……美しい姫君のガン垂れる姿が……まさに俺とくおっ!?」
 なんともタイムリーなことに、机の上に攻略本らしき分厚い本があったので投げてみた。見事額に命中。我ながら良いコントロールをしている。隣のカズマは至って冷静に落ちた本を拾って机に戻した。ヤイバの事はこれっぽっちも気にせず。
「あのー、ユリさん? 一応これ大事な本なんで、乱暴に扱われると」
「買い直せばいいじゃん」
 まあね……と言った風に納得し、カズマは再び携帯ゲーム機を手に取った。
「くう……ユリもすっかりドS嬢になられてしもうた」
「就職し始めの頃とは大違いだね」
 陰口なら他所でやってほしい。というか、ダメージを負った友人よりも攻略本を優先したそこの坊やも大概である。
「それもこれもユリ様が暇潰しの手段を持っていないが故にストレスを溜めているせいに違いない!」
 問題点がすり替えられた。
「というわけで何かゲームをオススメしてみたいと思うのですが、好みのジャンルはございますでしょうか」
「ジャンル?」
「ほら、アクションとかシューティングとか。ユリ様なら魔界村も怒首領蜂も余裕でクリアできましょうぞ」
 どっちも知らないけど、難しいんだろうなというのはなんとなくわかる。
「あんまり面倒な事を要求されないのがいいかな」
「アドベンチャーとか?」
「そんなん本読んでるのと一緒じゃんよー」
「いや、ノベルゲーってわけじゃないでしょ」
 ゲームの素人には傍から聞いててよくわからない。
「あ、そうだ。音ゲーなんてどうかな」
「音ゲー?」
「ゲームセンターなんかで見かけたことないかな? ビーマニとかポップンとか――ええと、音楽に合わせて鍵盤とか丸いボタンとか叩いて遊ぶアレ」
「ああ、うん」
 なんとなく見覚えがある。やったことはないけど。
「どう?」
「んー……よくわかんない曲ばっかりだからやってなかったわけだし」
「音ゲーなんてそんなもんだよ。最初はどの曲もわかんないものばっかだけど、やってるうちに選ぶ曲が固まってくるものだから」
「ふうん……」
「あーもーまだるっこしいな、こうなりゃまずはギャルゲーからあいてっ」
 なんともタイムリーなことに、机の上にライトノベルらしき小さな本があったので投げてみた。見事顔面に命中。我ながら良いコントロールをしている。隣のカズマは至って冷静に落ちた本を拾って机に戻した。ヤイバの事はこれっぽっちも気にせず。


『小説事務所、こちらマスカット大尉。緊急の連絡あり、どうぞ』
 その時、所長専用デスクの上の無線機から渋い声が漏れた。
 私達は一様に顔を見合わせた。一番近い場所にいたヤイバが無線機を手に取り、無線に応じる。
「こちら小説事務所。続けてどうぞ」
 突然なんの連絡だろうかと、ついさっきまでとは打って変わって静かに返事を待つ私達。内容は、割と想像できたものだった。
『フロウル・ミルの足取りを掴んだ』


 ̄ ̄ ̄ ̄


 所長室とは、別名会議室であると私は勝手に思っている。ただ単にみんなが一番集まりやすい場所という理由なだけだが、ここ以外で大事な話をしようという気にはならないのもまた事実。それに、わざわざパウやリムさんがこの部屋にやってきたのもまた事実。ヒカルとハルミちゃんはちょうどお出かけ中だった。
「それで、大尉さんはなんて言ってたんですか?」
「フロウルと思しき人物がいる場所の情報を手に入れてガサ入れしたらしいんすけど、誰もいなかったと。で、偶然フロウルが残したっぽい手がかりから、フロウルの向かった場所がわかったとかなんとか」
「残した手がかりはともかく、よくフロウルの場所を突き止められたね」
「運良くフロウルの目撃情報を手に入れたみたいっすよ」
「それこそ凄いよ。ユリの話だと、フロウルって人はいつも変装してるんだろ?」
 ミキの話だと変装どころの話ではないと思うのだが、まあそういうことになる。確かによく目撃情報なんてあったものだ。
「それで、フロウルはどこに?」
「モノポールって場所らしいですけど」

 モノポール。
 カオスによる超弩級大洪水や黒の軍団による地球侵攻など、様々な事変を乗り越えてようやく平和が訪れ、最初に某国大統領が行ったのが新たな街づくりだ。
 これまでにも類を見ない被害を被り続けた地球はボロボロ、住む場所を失った人々の数は計り知れない。そんな人々の為に大統領が集められるだけの資金を捻り出して作った街の一つがモノポールというわけである。
 モノポールの特徴を一言で言ってしまえば、一世紀は先の未来からやってきた街とか言われているらしい。未来都市という言葉がこれ以上ないくらい似合う、近未来的な巨大都市だ。テレビでしか見たことがないが、まるでそのように作られたテーマパークなんじゃないかと疑ったレベルではある。

「モノポールかあ……」
「ちょっと気軽に行ける場所じゃないですね」
 話を聞いた二人が首を傾げる。確かにステーションスクエアから向こうに行くとなると、ちょっとした旅行になってしまう。
「僕は遠慮しとくんで。そこんとこよろしく」
「あ、オレもオレも。ちょっと彼女と用事があって家から出られないのよ」
「彼女?」
「おうよ」
 いやに胸を張って言うヤイバの言葉を、私は頭の中で穴が開くくらい見返した。彼女……家から……。
「……ああ」
 空しい奴だ。とは口に出さず、ただ見つめ返すに留まった。当人は私の視線の意味を悟り「そ、そんな目でオレを見るな!」とかなんとか言い出したが、自分で蒔いた種だろうに。
「ヒカル達も多分行かないと思うけど」
「私達もゼロさんを探さないといけないので、ちょっと」
 ……ということは、なんだ。私が行かされる流れなのかこれは。
「はは、大丈夫だって。あそこはミスティさんの管轄だから、彼女に頼んでみようよ」
 最初からそう言ってほしい。変にプレッシャーを掛けられて、私は溜め息が漏れ出た。


『ちょっと難しいかなー』
 早速電話してみたところ、ミスティさんは苦く即答した。
「どうしてですか?」
『ほら、モノポールって広いし、そこから人一人探し出すのは難しいの。GUNの人も協力してくれるとしても、ちょっと容易じゃないかも』
 一応やるだけやってみるけど、と協力は得られたが。相手がそこに留まるという保証が無い以上、やはり人員は必要かもしれない。
「わかりました。私もそっちに向かいます」
『オッケー、楽しみにしてるね。あたし、まだ探偵のユリちゃんの姿を見たことないから』
「……あー、はい。まあ、楽しみにしててください」
『あ、それとパウさん? ユリちゃんをこっちに向かわせる前に“移動手段”を作っておいた方が効率的だよ。じゃ、そういうことで』
 移動手段。そう言い残して、ミスティさんは通話を切った。言葉をかけられたパウはと言えば、何やら腕を組んで唸っている。いったいなんだろう。
「ユリ。探偵としては、やっぱり目立つ物は持ち歩きたくないよね?」
「うん、まあね」
「わかった。それじゃ靴のサイズを教えて。三日――いや、二日で移動手段を用意するよ」
 靴のサイズ?
引用なし
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No.2
 冬木野  - 11/10/4(火) 5:59 -
  
 モノポールへ向かう準備として、まず苦労したのは保護者への説得だった。
「えー! なんでなんでー! 行っちゃやだー!」
「……あのねえ……」
 目の前のベッドで駄々をこねる保護者を見て、そのあまりの醜態に私は額を押さえた。見栄も外聞もないとはこのことだ。これじゃどっちが保護者かわかりゃしない。
 あーだこーだとわがままを言うアンジュさんをどう説得したものかと悩みながら、私は重い口を開いた。
「私はー、お仕事でー、ちょっと遠いところまで行かなくちゃいけなくてー」
「えー! なんでなんでー! 行っちゃやだー!」
 ぶん殴りてぇ。
「じゃあ一緒に行きますか?」「それもヤダ」「なして?」「かったるいもん」
 事務所の問題児二人となんら変わらないアンジュさんだった。一人暮らしをしていた時期が恋しい。
「……あー、私が出かけてる間に問題起こさないでね」
「じゃあ未咲も家にいればいいじゃない」
 問題は起こす気なのかよ。しかも家ってあなた、ここホテルですよ? いいから物件探しでもしてろよ。
 ホテル暮らしを始めてから何が酷いって、酒を飲ませるのはなんとか阻止できているが、酔ってもいないのに心身共にふしだらなことだ。生活態度はご覧の通りとして、格好も本当に酷い。だらしないかけしからんか、どっちで表現してやろうかと悩むくらいだ。詳しい描写は私の独断により省かせてもらうが、とりあえず初心な少年とかが見たら輸血が必要になるやもしれない。
「あのー、お願いですから聞き分けてくださいよ。人の都合がわからない歳じゃないでしょ?」
「むー」
「むーじゃねえよ黙って留守番しろっつってんだよ」
「わー、未咲が怒ったー」
「年増」
「…………」
「ああわかったそんな泣きそうな顔しないで」「じゃあ一緒にいてくれる?」「泣かすぞ」「いやぁん」埒が明かん。
 これ以上話しても無駄だと悟った私は、話を切り上げてさっさと準備をすることにした。業務に使う道具はもちろん、モノポール周辺の学校を調べて、指定の制服を入手しなくてはならない。移動範囲も広いしGUNもバックにいるから身分を隠す必要性は薄いが、念の為。二日しか猶予がないから急がないといけない。
「あーあ、結局行くんだ」
「当たり前でしょ」
 投げやりな返事を返した。
 その後、すぐにまた何事が切り出すかと思ったが、不思議なことに会話はそこでぱたりと止まってしまった。まだ何かワガママを言ってくるのかと思ったものだから、ちょっと拍子抜けだ。しばらく私も口を開かずにいても、アンジュさんは何も言おうとしない。
「……えーっと、お土産はどんなのが良い?」
「ううん、いらない。写真もいい」
 これまた不思議なことに、お土産はいらないと来た。絶対に対価だなんだ言って要求されるものだと思ってたのだが。
「今度二人で行く時のお楽しみにしようね」
「あぁ、はい。そうですね」
 思わず生返事してしまった。人も変わるものなんだなと、まるで保護者みたいなことを実感した。


 ̄ ̄ ̄ ̄


 その次の日。遠出の準備も終えて、特に予定も何もない私は、特に名前も何もない場所にやってきた。……まあ、言ってしまうとステーションスクエアの路地裏である。
 何かするべきことはないかと考えた結果、フロウルに関するなけなしの情報を得ようと昼下がりにここにやってきた次第だ。まるであの人が路地裏に定住しているホームレスか何かみたいな扱いだが、他に会える場所を知らない以上は仕方ない。
「シャドウさーん?」
 路地裏の壁に微かに響くくらいの声で呼び掛けた。かと言って、そう都合よく現れてくれるわけはない。
 ――ふと、頭の中にもう一つ名前が浮かんだので、試しに呼びかけてみた。
「……フェイちゃん?」
 その瞬間だった。
 突然、私の左腕を何かが貫いたような感覚を覚えた。その感覚はとても一口には言えないが、少なくとも今までに味わったことのない感覚だった。始めに針を刺されたような激痛があり、それはすぐさま悪寒へと変わり背中までも凍えさせ、そして何事も無かったかのように治まった。
 何事かと思って左腕を見てみると――信じられないことに、私の腕は血で汚れていた。
 しかし、痛くはない。激痛は最初の内の僅かだけで、今は全然痛くない。傷口を見てみようと血を払ったが、そんなものはどこにもなかった。
「どうやら、話は本当だったようだな」
 後ろから声が聞こえた。シャドウさんの声だ。
「今の、ひょっとして」
「まあな」
「ちょっと、もし治らなかったどうするつもりだったんですか!」
「さてな」
 さてな、て。
「確かに私が寝てる間は不死身だったかもしれないですけどね、もしも」
 言ってから、はっと気付いた。よくよく考えてみれば、あの無線の内容を知っているのは話した当人であるフロウルとシャドウさんと、傍から聞いていたミキだけ、ということになっていたんだった。
「で、何か用があるのか?」
「あ、ええと」
 思わぬ形で自ら出鼻を挫いてしまったが、シャドウさんがそれほど気にしてくれなくて助かった。とにかく用件を済ませなくてはならない。
「フロウルについて何か情報があれば教えてもらいたいんです。些細なことでも良いんで」
「フロウル、な。お前も奴を追っているのか?」
「ええ、まあ」
「やめておけ」
 何やら即答されてしまった。
「フロウル・ミルは裏組織の間では危険因子として広く認知されている。どの組織も諜報部の構成には一切手を抜かず、奴の動きには常に敏感に反応している」
 あんなのがねえ、と私は内心溜め息を吐くばかり。
「奴の情報を入手すれば、どの組織も動きを見せる。つまり奴を追うということは、それなりの危険を孕むというわけだ」
「なるほど」
「正直に言えば、俺も奴が今どこにいるかは知っている。だが、お前に教えることは」
「いや、場所は知ってますよ。モノポールですよね?」
 そう答えた時、僅かにシャドウさんの顔付きが変わったように見えた。
「どうやって知った?」
「えっと、GUNの人が足取りを掴んだって言って教えてくれましたけど」
「なるほどな」
 私の言葉を聞いて、少しだけ考え込んだシャドウさんはこう言った。
「俺も行こう」
「え?」
「お前一人では何かと危険もあるだろう。どうだ?」
「はあ……まあ、多分大丈夫だと思いますけど」
 突然の申し出で少し戸惑ったが、断る理由もないので了承した。
「決まりだな。出発はいつだ?」
「えっと、明日です。到着はわかりませんけど」
「わかった。先にメガロステーションで待つ。それと、これを」
 シャドウさんは私に一枚の紙切れを渡してきた。書かれていたのは規則性のある数字だった。
「無線機の周波数だ。俺との連絡はそれで行え。ただし、今回の件が終わった後は使えないから覚えておけ」
「わかりました」
 明日、パウに私の持っている無線機の周波数の変え方を聞かなくてはいけないな……そう思いながら、貰った紙切れをポケットにしまった。
「じゃあ、向こうで会おう」
 手早く話を済ませて、シャドウさんはさっさと行ってしまった――と思ったが、ふと立ち止まった。
「一つだけ言っておくことがある」
「なんですか?」
「いつも言ってるが、百歩譲ってちゃん付けはやめろ」
 そういって、今度こそシャドウさんは行ってしまった。
「……いつも?」
 どこかピントの外れた言葉が引っかかって、私もしばらくその場で考え込んでしまった。


 ̄ ̄ ̄ ̄


 そして、当日。

『移動手段がようやく完成したんだ。すぐに事務所に来て』
 カチューシャ型通信機が少し興奮したようなパウの声で私の目覚ましを図った。まだアンジュさんも起きていない早朝、私はなるだけ急いで着替えを済ませ、必要な荷物を持ったあと、アンジュさんに「行ってきます」とだけ書いた紙を残してホテルを出た。
 まだ人も疎らな街を早歩きし、着いた事務所の玄関を開けると、待っていたと言わんばかりの顔でパウが待っていた。
「ついてきて」
 言われるがまま、後をついていく。場所は久しく足を踏み入れていない事務所の地下、パウの研究室だった。事務所に来たばかりは、この場所でよく本を読んでいたものだと、少しだけ昔を懐かしむ。
「……で、移動手段って?」
「それはねー」
 作業机らしきところへと小走りし、その上に乗せられた一足のブーツを持って戻ってきた。
「これ!」
「これ……って」
 普通のブーツにしか見えない。丈が短いくらいの茶色いブーツだ。試しに触ってみても、ただの革製の……いや?
「硬い?」
 靴と言い張るにはどこか硬い。不思議に思ってブーツの裏まで見てみたら、妙な穴も開いていた。
「何コレ?」
「よくぞ聞いてくれました!」
 言わせたに近いだろうに。まるで誘導尋問に乗せられている気分になりながら、得意気な顔のパウの言葉を待った。
「これはボクがユリの為に、こだわりにこだわりを持って作り上げた、ユリ専用のエクストリームギアなのです!」
 エクストリームギア。というのは、溜め込んだ空気(エア)を放出することで地面スレスレを浮遊したまま高速で移動することができる機械の総称だ。かのミスティさんはこれを操るレース大会では表彰台の常連である。
「見ての通りスケートスタイルで、デザインはなるべくブーツに似せてあるんだ。製作は難しかったよ。性能と排気音防止を両立させる為に底部の製作には必要以上に時間をかけちゃったからね。耐久性と着用時に掛かる使用者への負担も考えないといけなかったし、ボクとしてはまだまだ改良の余地があるね。でも、今回は時間がないから、改良はまた今度ということで」
「うん、ありがとう」
 わけのわからない話をされる前に、二つ返事でお礼を言っておいた。

「さて、向こうも待ってるだろうから早く行ってくるといいよ」
 適当な話もいろいろと済ませたところで、そろそろ時間も近くなってきたようだ。パウが私に出発を促してきた。
「そのことなんだけど、移動は航空って話だったよね?」
「うん。ミスティさんの知り合いに有能なパイロットさんがいるらしくて、その人が直々に連れてってくれるってさ。空港も持ってるから、時間を取らない超特急便だよ」
「それはまた……」
 とんだVIP待遇だ。遠慮したくなるくらい。
「空港の場所は前に教えた通りだから。行っておいで」
「うん。じゃあ、行ってきます」
 パウは外までは見送ってくれず、部屋の中までだった。今思えば、まともに「行ってきます」と告げたのはパウ一人だけか。
引用なし
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No.3
 冬木野  - 11/10/4(火) 14:54 -
  
『――間も無く着陸致します、シートベルトの着用を――』
 目的地の到着を告げるアナウンスで、私は浅い眠りから覚めた。


「初めてのビジネスジェット機は如何だったかな?」
 飛行機の出口の前で、機長らしき人が私に声をかけてきた。この人がパウの言っていた、ミスティさんのお抱えパイロットだろうか。
 晴天の真昼の空、広々とした滑走路を交互に眺めながら、私は内に渦巻く感情を一つ一つ吟味しながら感想を考えた。なんて言ってやるのが最適なんだろう。
「あー……ビジネスジェット機というものの印象が変わりました」
「どんなふうにだい?」
 どうやらわかって聞いているらしい。回りくどい表現は無しだ。
「機内上映も機内食もないんだなって」
「四時間のフライトだからね。着く頃にはお昼だし、現地の食べ物の方が良いだろう?」
「機内上映の言い訳はナシですか」
「口八丁ではないからね」
 仮にも客に対していけしゃあしゃあと皮肉ってくる。ミスティさんの知り合いというのは実にユニークだな。
「さ、無駄話もなんだから行くといい。お迎えも来てる」
「お迎え?」
 機長が顎で示す方を見ると、何やら黒塗りの大層な車がこちらへ向かって走ってきていた。また私の貸し切りか何かか? そろそろ私の庶民的な感性が拒絶反応を示そうとしている。
「それじゃあ探偵君、旅の幸運を祈ってるよ」
 それだけ言い残して、機長は奥へと引っ込んでしまった。その後ろ姿を奇妙なものを見る目で見送りながら、旅行には些か少ない荷物の入ったリュックを背負って機を降りた。同じタイミングに黒塗りの車が私の前で止まり、中から軍服を着た男性が二人、そして将校のような人物が一人降りてきた。
「ステーションスクエアの小説事務所からお越しの、ユリ・ミサキとお見受けする」
「はい。あなたは……」
「私はGUNの最高司令官、アブラハム・タワーズだ」
「え、最高っ?」
 驚きの声をなんとか押し殺す。最高司令官殿だなんて聞いてないぞ。本当にVIP待遇されてる。
「驚かれたかな?」
「ええ、まあ」
 思わずまじまじと司令官殿の顔を眺めてしまう。初老ながらもキリっとした顔、少し焼けた肌、白い髪など。漂わせる風格は、なるほど確かに最高司令官を名乗るには十分な威圧感がある。
「まさかGUNで一番偉い方と顔見知りになれるとは思ってませんでしたから」
「それは、我々も同じ気持ちだ」
「というと?」
「小説事務所という小さな一団体に、我々の活動が大いに支えられるとは――という意味だ」
「そうなんですか? 確かに私も、GUNの方々と何度か協力体制を取ったことはありますが……」
「なんとも情けないことに、我々は長い間、活動の多くを無人機動メカに依存し続けてきた。黒の軍団の侵攻以来、訓練の見直しは当然として、諜報活動のイロハは小説事務所の方々に教わったようなものなのだ」
「はあ」
 あいつらに、か。それでよく連邦政府の軍隊なんかやってられるな……という毒舌がふっと出てきそうになる。
「でも、今回は大成果じゃないですか」
「大成果、というと?」
「フロウル・ミルの件ですよ。そちらの方が居場所を突き止めた……あの?」
 何かおかしい。司令官殿が、連れの軍服さんと顔を見合わせている。
「失礼。もしやここに来られたのは、フロウル・ミルの件で?」
「いやその、司令官殿は報告を受けてないんですか?」
「緊急で空港の着陸許可が欲しいとだけ」
 そして、場に一時の沈黙が訪れた後。
 私と司令官殿はほぼ同じタイミングで横を向いた。私はカチューシャ型無線機のスイッチを、司令官殿は連れの軍服さんに持たせた無線機を手に。
「もしもし、こちらユリ。誰でもいいので応答してくれませんか?」
「諜報部、私だ。至急、フロウル・ミルの捜索状況についての情報を求む」
 お互いに感じている焦燥感に煽られ、声が上擦る。
『なんだいマイハニー、もうホームシックになっちまったのかい? しょうがないお嬢ちゃ――』
「ヤイバ、今すぐマスカット大尉と連絡を取って」
『ってなんすかなんすか、オレが誠心誠意を込めて考えたウキウキな言葉(歯が浮くという意味で)はガンスルーですか』
「いいから早く! マスカット大尉にフロウル・ミルの捜索状況を!」
 流石に只事ではないと察したか『ちょいと待ってくれ』と言って一旦通信を切った。
「そうか、わかった」
 その間に向こうは一足先に確認が終わったらしい。こちらに向き直って手短に報告してくれた。
「こちらの諜報部はフロウル・ミルについての目新しい情報は何も手にしていない。ましてやモノポールにフロウルがいるなどという情報は知らないと」
『ユリ、確認が取れた。大尉さんは“フロウル・ミルについての目新しい情報は何も手にしていない。ましてや一昨日は小説事務所に連絡を取ってはいない”って』
 ――なんてこった。一昨日連絡してきたマスカット大尉は、本当は真っ赤な別人だったようだ。
「ミス・ミサキ。そうすると、フロウル・ミルがここにいるという情報は偽の……?」
「いえ」
 確信、というには我ながら弱い節があったが、私はその言葉に対して首を振った。
 昨日シャドウさんに会ったのは正解だったかもしれない。大した情報は得られなかったと思っていたが、そんなことはなかったようだ。
 ――正直に言えば、俺も奴が今どこにいるかは知っている。
 シャドウさんは確かにそう言っていた。その情報が偽物ではないという保証はないが、それを直に確かめる価値は十二分にある。
「……では、続きは車の中で」


 ̄ ̄ ̄ ̄


「モノポール全域にGUNの捜索部隊を配置した。フロウルだけでなく、裏組織に類する者は見つけ次第確保するよう通達済みだ」
「ご協力、感謝します」
 張り詰めた空気に促されるように小さく溜め息を吐き、車窓の外を眺めた。
 噂の近未来都市は、確かにこの時代のものとは思えない街並みをしていた。横をすれ違うのは車以外に何も無く、信号の数も少なければ、人の姿は近くには全く見当たらない。どこにいるのだろうと周囲を見回すと、こことは全く別の、大層な規模の歩道橋を歩いていた。もはや歩道橋とは別のものに見えるくらいだ。
 これがこの都市の最大の特徴である“交通分離帯”というものらしい。基本的に歩道と車道が交わる事が無いため、人が轢かれるなんていう事故が起こることは無いに等しい。起こる交通事故は車同士のもの程度だとか。空の方ではモノレールが走っている。あれがこの街の名物である“電車”だ。
「素晴らしい街並みだろう? この辺りは既にモノポールの主要部分である巨大ターミナル、メガロステーションだ」
「ええ、本当に」
 素直な感想だった。少なくとも、私の生きている間にはここまで発展する街なんか無いだろうと勝手に思っていた分、余計に関心する。まだハリポテ感は否めないが、新鮮さでいえばとうに近未来レベルだ。
「ああ。だが気をつけたまえ。この街は今、この日を以て危険になった。フロウルを追って多くの危険人物が街中を歩いている」
「その事なんですけど」
 座席に座り直し、昨日シャドウさんと会話をした時にも気になっていた点を問いかけてみた。
「何故、フロウルの動きにはどの組織も敏感なんですか?」
「我々も未だに詳しい事は掴んでいないが……どうやらフロウルは、様々な裏組織の持つ重大なモノを盗んだらしい」
「重大なモノ?」
「ああ。それが何かはわからないが、それを取り戻す為にどの組織もフロウルの足取りを追いかけ始めた。その影響か、どの組織も表立った犯罪的活動を起こす事は少なくなった」
 ほぼ全ての裏組織が、フロウルを追う事を最優先するほどのモノ。スケールが大きすぎて、想像もつかない。
「裏組織がフロウルを追いかけ始めたのは、いつ頃の事ですか?」
「定かではないが……一、二年前くらいだろうか。それほど過去の事ではない」
 確かに、思っていたよりも最近だ。だが重要なのはそこじゃない。一、二年前。つまり私がチャオとして生きていた間という点が重要だ。
 何故フロウルが私をチャオにしたのか? 何故今になって私を人間に戻したのか? 恐らく、裏組織が必死に追っているフロウルの盗んだモノ、裏組織が犯罪活動を起こさなくなった訳、それらと私には何か関係があるのかもしれない。そして今回の件を追求していくことで、それが明らかになるかもしれない。

「ところで、一つ気になっているのだが、よろしいだろうか?」
「あ、はい。なんでしょう」
「その制服は、この街にある学校のものに見えるのだが……」
「ああ、これですか」
 今の私は制服姿にリュックを背負った、ただの学生にしか見えない。それがGUNの最高司令官殿と仲良くお話をしているというのは、確かに気になる光景だろう。
「実は私、元探偵でして。これは変装の一環なんですよ」
「なるほど、探偵か。お若いのに大したものだ。これだけ大きな事件に関わろうとは、どの探偵も体験し得ない事だろう」
 確かに、いくつ巴かもわからないくらい数多くの組織が睨みを利かせている一触即発の街に、制服姿で単身乗り込む探偵なんて、例えフィクションでだってそうそうお目にかかれない展開かもしれない。
「……聞かないんですか?」
「何をだね?」
「どうして私が、こんな事に関わってるのか……とか」
 なんとなく。そんなことが気になって聞いてみた。
 よくよく考えてみればおかしな話だ。二十歳にも満たないガキんちょ達の揃う小説事務所が、命に関わるような事件の数々に首を突っ込みまくっている。本当に本の中の世界みたいなバカげた話だ。
 それでも、司令官殿は当然のように言った。
「君は小説事務所の人間だね?」
「ええ、そうですけど」
「そうだろう。それ以上の理由は無い」
 と、言われてもわけがわからない。それを察したか、続きを話し始めた。
「ミス・ミサキ。君も小説事務所の人間になって日が浅いわけではないはずだ。では、所長を始めとする所員達のことは理解しているだろう?」
「ええ、まあ……」
「彼らは皆、訳有りの者達ばかりだ。それらは50年前から続いている過ちのせいなのだよ」
「……プロフェッサー・ジェラルド・ロボトニック?」
 私の答えに、司令官殿は頷いた。50年前という単語を聞くと、私にはそれ以外に思いつくことがない。
「今、世界中の裏組織達が行っていることは、その過ちの繰り返しだ。我々はそんな犠牲者を増やさない為に、過ちの無い未来を築くと誓ったのだ。……ある英雄にな」
「英雄……?」
 気になるワードが出てきたのだが、ちょうどそのタイミングで車が停まってしまった。車道から歩道へと上がる階段の一つが見える。
「これを」
 車を降りようとした私に、司令官殿が持っていた手帳のページを一枚破って渡してくれた。書かれていたのは、見覚えのある数字の構成だった。周波数だろうか。裏面には簡易でわかりやすく書かれた地図とGUN警備隊の配置図もあった。
「一番上がモノポール全体に発信できる緊急連絡用、その下は各エリアに個別に連絡を取る為のものだ。隊員達にも君の事は伝えておこう。小説事務所の者と言えば話は通じるはずだ。好きに使ってくれて構わんよ」
「わかりました」
「うむ。では、いずれまた会おう」
 そう言い残して、司令官殿を乗せたGUNの車は走り去っていった。その後ろ姿を見送り、私は足早に階段を登って歩道に出た。さっきまでは車しかなかった道路が、今度は人間やチャオばかりの道路に変わる。なんとも不思議な街だ。そう思いながらメガロステーションを見渡し、ぽつりと呟いた。
「……迷いそう」
 だだっ広い街を目にして、私は改めてこの街に圧倒されるのだった。
引用なし
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No.4
 冬木野  - 11/10/4(火) 15:00 -
  
「えーっと、それじゃあ駅の方に行けばいいんですね?」
『そうそう。凄くおっきな建物が見えるでしょ? その方角に向かえば簡単に着くから』
「わかりました。それじゃ、すぐに行きます」
 携帯電話を閉じて、ミスティさんの言うおっきな建物目指して歩き始めた。
 彼女の言うとおり、この街中で迷う要素というのはそれほど無かった。ここの道路は車道もそうだが、歩道も基本的には一本道だらけで、分かれ道という分かれ道にはご丁寧に看板が立てられている。初めてこの街に来た人でも迷わないような配慮はされていたみたいだ。
 横幅に余裕を持った歩道を、私はエクストリームギアの練習がてらエアを軽く吹かしてゆっくりと走った。スケートと同じ感覚で行けるものかと思っていたが、やはり最初は怖い。スケートは細いブレードで滑らなくてはいけないが、こっちはそもそも接地してないからまたバランスが取り難い。例えるならばN極の板の上を進むN極の磁石だ。ふらついてしょうがない。
 珍妙な走行を続ける私に視線が集まるなか(実に不都合だ)、ミスティさんの言った通りあっさりと駅のところまでやってきた。こちらに手を振る人影が見えるあれがミスティさんだろうか。本当にすぐに来てしまったな。
 足取りの覚束無いままミスティさんの目の前まで滑っていき、目の前までやってきたところでエアを止め――。
「わわっ」
 足が地面に着いた途端、あまりの体勢の悪さに前のめりになって倒れそうになってしまう。それを咄嗟にミスティさんが受け止めてくれた。
「止まる時は、ちゃんと一時停止してからじゃないと危ないよ」
「覚えておきます……」
 体を起こそうとしたが、顔を合わせたミスティさんが何故か離してくれない。どうしたのだろうとお互いに見つめ合う形になり、ふとミスティさんが言った。
「チャオの時もそうだったけどさ」
「はい?」
「ユリちゃんかわいい!」
「ぎゃう」
 抱きしめられました。
「あー、ああー、わかりましたんで、放してください」
 あたしゃ愛玩動物じゃないよと訴えながらミスティさんから離れる。
「というかそれ、この辺の学校の制服だよね? コスプレ?」
「身分詐称の一環です……」
 事、変装するにあたって一番言われたくないのがコスプレという言葉だ。こちとら仕事なんだってばさ。
「ミスティ」
「ん? ああ、ごめん。仕事だよね」
 ふと、ミスティさんの真後ろからも声が聞こえた。どうやらフウライボウさんもいたらしい。今日もリュックの中だろうか。
「フロウルの捜索状況……っていっても、どうせわかるよね」
「まあ……」
 捜索などと一口で言っても、フロウルのことを知ってる人から言わせれば、ぶっちゃけ無理がある。モノポールにいるらしいという情報を手に入れただけでも奇跡みたいなものだ。
「ただ、それに釣られた魚達はわかるだけでもかなりいるね」
「魚って、裏組織の?」
「そうそう。このターミナルの中だけでも沢山」
「具体的にはどれくらい?」
「た・く・さ・ん」
 沢山、ね。
 改めてターミナルの内装は、外から覗き見ただけでもちょっとしたショッピングモールのように見えた。
「このターミナルってどれくらい大きいんですか?」
「えっと、確か30階建て。見ての通り一階層だけでもかなり広いよ。どうするつもり?」
 なるほど、モールみたいになるわけだ。そんなに無駄に大きく作ってあるとは、市民の評判は良くても今の私達には悩みの種にしかならない。
「さあて、どうしましょうね……」
 見知らぬ設計者にクレームを飛ばしつつ、一つ荒っぽい策を思いついた。無線機を司令官殿から貰った周波数の一つに設定する。
「あー、メガロチーム? こちら小説事務所。応答願う、どうぞ」
『――こちら、メガロチーム。話は聞いております、ディテクティブ』
 どうやら部隊の皆々様には“探偵”で通っているらしい。話が早くて助かる。
「メガロチームの人数を確認させていただけますか? ターミナルに近い分だけで」
『はっ。現在、ターミナルには駐車場と非常口を含め、全8箇所の出入り口にそれぞれ4人程配置されています。また、付近にいる隊員と合計すれば一個小隊程になります』
 えーっと、小隊一個分は確か30人から50人くらいだったか。緊急だっていうのによく集められたもんだ。最高司令官殿の手腕に乾杯。
「わかりました。手の空いている隊員をターミナルの各階に配置していただけますか?」
『了解。配置後はどのように?』
「指示があるまで待機でお願いします。以上」
 通信を終えて、溜め息を一つ。果たしてうまくいくかどうか。
「すごーい、ユリちゃんって偉いんだね」
「え? あー、そうですね」
 確かに軍の一個小隊を軽く動かす探偵なんかフィクションにもそうそういないかもしれない。
「ははは」
 思わず乾いた笑いが出てくる。私って実は凄い奴なのかなと思えてきた。自惚れているわけではない、ちょっと怖いだけだ。
「で、私達はどうする?」
「えっと、ミスティさんがわかる分だけでいいので、ターミナルを一階ずつ回って、裏組織の人間がどこにいるか教えてください。それをGUNの人達にマークさせます」
「オッケー。それじゃついてきて」
 ミスティさんの後を追って、いよいよターミナルの中へ足を踏み入れた。
 もうすぐここは戦場になる。願わくば、五体満足でここから出られることを――って、確か私、不死身になってたっけね。


 ̄ ̄ ̄ ̄


「あれだよ。背の高くて、髪の茶色い」
「30階。長身、茶髪、やけにガタイのいい男性です」
『了解。マークします』
 作戦の前準備も一段落終え、自然と溜め息が漏れる。
「これで一通り回り終わったね」
「そうですね……」
 覚悟はしていたが、かなり時間をかけてしまった。まだ本番は先だと言うのに、もう疲れが溜まっている。
「確認します。目標の状況は?」
 階層の中央に陣取り、最終確認を行う。ここは真下のホールまでよく見渡せるようになっていて、別階層に異常があればすぐにわかるようになっている。
『1階、目標の二人は未だに動いていません。こちらに気付いた様子もないと思われます』
『3階にも問題ありません。暢気にチリドッグを頬張っていますよ』
 続々と4階、5階、7階と連絡が入ってくる。聞いてるだけでも気が遠くなってくるが、とりあえずどこも問題はないようだ。
 深呼吸を一つ。
「わかりました。それでは――確保を」
 緊張で手汗が滲んできた。いよいよメインイベントだ。街や市民への被害が気になるが、今はこれくらいしか方法が思いつかない。多少の荒っぽさは覚悟の上だ。
「ミスティさん、先に出口の方へ行きましょう。向こうが騒動を起こせば、市民に紛れて逃げる可能性は高いです。GUNにも援軍は頼んであるけど、一応」
「オッケー」
 これから起きるであろう混乱に焦る気持ちを抑えながら、エスカレーターを足早に降りる。
 もうそろそろ、だろうか。

 ――何かが破裂する音が聞こえた。
「いやああああ!」
「なんだ! いったい何が起こった!」
 銃声に煽られるように、人々の叫び声も聞こえ始めた。ターミナル中が混乱にざわつく。
「……始まった……!」
 ここからはのんびりしてられない。私達はエスカレーターを駆け足で降り、出口のある階まで急いだ。人々の叫び声、足音に混じって、疎らな銃声も聞こえる。
「ターミナル周辺の各員へ! 目標は決して殺さないように! 市民への被害は最小限に! いいですか、死傷者を出さないことを最優先してください!」
 流れる人波を掻き分け、なんとか進んでいく。これは先に出口でスタンバっておくべきだったかと後悔しつつ、とにかく出口へと急ぐ。
『ディテクティブ! 目標の一集団が車に乗って逃走した!』
「はあ!?」
 思わず声が出た。早速逃がしてどうするんだ。
『人員が不足しており、追跡は困難!』
「そのまま防衛を続けてください! お願いですから、これ以上逃がさないで!」
『了解! 各員、目標を決して逃がすな!』
『隊長、言ったそばからまた一台逃げました! 分かれて逃げていきます!』
「おいド阿呆……うわっ」
 通信に集中していたせいか、誰かとぶつかってしまった。頼むからみんな早くターミナルから逃げてくれ。やり難いったらありゃしない。
「ユリちゃん、大丈夫!?」
「くっそ」
 焦りを堪えつつ、懐から紙切れを一枚出した。落ち着いて無線機の周波数を紙に書かれた数字に変えて、祈る気持ちで通信。
「シャドウさん聞こえますか! 今どこにっ」
『聞いてる。ターミナルのすぐ近くだ。どうにも騒がしいが、何かあったのか?』
「車に乗って逃走している奴がいます! 確認できますか!」
『ああ、やけに荒っぽい車が見える。どうすればいい』
「追ってください! その場から動けなくしてくれればいいです、絶対に殺さないで!」
『わかった。任せろ』
 話が早くて助かる。シャドウさんなら逃がしはしないだろう。
「ミスティさん、逃げたもう一台を追いましょう!」
「わかった、じゃ先に行ってるよ!」
「先にって」
 その言葉の意味はかなりとんでもないものだった。フウライボウさんがタイミングを計ったようにリュックからボックスのようなものを取り出し、ミスティさんに渡した。彼女専用のエクストリームギアだ。
「グッドラック!」
 無駄に眩しい笑顔を残して、ミスティさんはホール目掛けて飛び降りた。
「ちょ、ミスティさん!」
 何やってんだあの人は。ここはまだ20階よりも上だぞ。
 少なくとも逃げ遅れた人々の視線を掻っ攫ったであろうミスティさんは、大胆にも空中でギアをバイク形態に変形させ華麗にライディング、着地、そして走り出した。
『な、なんだあれは!』
「あー、あれは攻撃しちゃダメですよ! 味方ですからね!」
『ディテクティブ! また車両が一台逃走した!』
「いい加減に……!」
 眉間を抑えて呼吸を整える。最高司令官殿の話は本当だったようだ。これが連邦政府お抱えの国際警備機構か……。
「各員へ、これ以上の逃走者は手に負えません! せめて援軍が来るまで持ち堪えてください!」
『お前ら! 次は無いぞ、何がなんでも逃がすな!』
 本当に逃がさないでくれよ? と、GUNではない別の誰かにでも願って、私もミスティさんの真似事をするかのようにその場から飛び降りた。半ばヤケクソで。
「くっ」
 なんとか体を地面と垂直にし、エアを強く吹かす。20階以上の高さをたった1、2秒で降下し、覚悟していた着地の衝撃は……思った以上になかった。強いエアの力のおかげか、マットかトランポリンの上に着地したみたいだ。
「すご……」
 勢いでやっておいてなんだが、もっと痛いものだと思っていた。
「ディテクティブ!」
 ふと、GUNの隊員の誰かが私を呼んだ。振り返ると、隊員の一人が私目掛けて拳銃を放り投げてくるではないか。
「あぶなっ」
 暴発したらどうすんだと焦りながらなんとかキャッチした。隊員はこっちの気も知らず、暢気に敬礼してくる。
「後は任せてください!」
 そう言って、頼りない背中が一つ奥へと引っ込んでいった。私も背を向けてターミナルから走り出す。初めての高速走行に多少怯むが、泣き言を言っている暇はない。
 高速で突っ込んでくる私を恐れて、歩道を逃げる人達がみんな横に退いてくれる。心の内で謝罪を述べながら、下の方に見える車道に目を遣る。そこには見るからに荒い運転でターミナルから離れていく車が見えた。
「このっ」
 竦む足を風で後押しさせ、歩道から車道へと一気に飛び移った。着地の際にそのまま横に倒れそうになるのをなんとか堪え、全速力で車を追う。スピードの差が大きいのか、車には軽々と近づけた。このまま拳銃でタイヤでも撃ってしまえば足止めできる。周囲に一般車両が近付いていないのを確認して、私は拳銃を構え――ようとしたところで、窓から逃走者が顔を出した。
「え」
 顔だけじゃなかった。何やらマシンガンらしきものまで。これってひょっとして、私を狙って?
「うわ、うわわわ!」
 撃ってきた。条件反射でスピードを落として、車道の端の方へと逃げる。こんなんじゃ近付きようがない。射撃の腕に自信なんかあるわけないし、かといってあの銃撃を防ぐ手立てなんて――。
「って、バカか私は」
 自らを叱咤し、もう一度急接近を試みる。よくよく考えたら私って死なないじゃないか。実は死んでしまうのかもしれないが、少なくとも鉛程度じゃ死なないハズだ。
 できるだけ距離を詰め、もう一度銃を構え直した。逃走者が再び私に向けて銃撃を行ってくるが、気にしてはいけない。弾丸が当たっても無視だ。既に私の体を二発程の弾が貫いているが、痛いのは当たった瞬間だけ。良い気付けだと思えばいいんだ。照準はタイヤに合わせた。周囲に一般車両はない。今だ。
「うわあっ!」
 狙い通りだ。私を狙っていた逃亡者は突然車が不安定に揺れだしたことにより体勢を崩した。その隙に私は前輪も一つ、手早く撃ち抜く。十分なバランスを保てなくなった車は、まっすぐに走ることもままならずガードレールに突っ込んだ。
「やった……」
 車道のど真ん中で止まり、哀れな姿になった車を眺める。気絶でもしているのか、中の人は出てくる気配がない。
 張り詰めた緊張が体中を駆け巡り始めて、道路にへたり込んだ。やっぱり荒事には慣れない。少なくともこういうのは探偵の領分ではないわけだし。まあ、この方法を思いついたのは私だし、そもそも私は“元”探偵だし、構わないといえば構わないかな。
「おおー……!」
「すげーぞ、あいつなんなんだ?」
「あの子何者? うちの学校にいた?」
「……げ」
 歩道の方を見ると、市民達が私のことを見てにわかにざわつき始めた。中には携帯電話やカメラを構え出すものまで。
「やばっ」
 目立ち過ぎた。写真を取られるのはご勘弁な私は、再び全速力で走り出した。
「こちらディテクティブ、援軍に要請があります。ガードレールに突っ込んだままの車がいますので、その中の逃亡者の確保を任せます。早くしないと逃げ出すかもしれませんから、そのつもりで」
『は。ディテクティブはどこへ?』
 逃げるんだよ。市民から。
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No.5
 冬木野  - 11/10/4(火) 15:13 -
  
 作戦開始から十数分。少なくとも確認できるだけの不審者連中は全員確保し終え、ターミナルもようやく静かになり始めた。敵味方や市民にも死傷者は出ず、開始時のGUNの情けない働きによって抱えた懸念も無く、結果としては上々に終わった。
 唯一問題があるとすれば、この作戦自体だろうか。GUNの方々はこういうのには慣れているだろうが、私一人の思いつきによって市民には多大なる迷惑をかけてしまった。
「……なんでこんなこと思いついたんだろう……」
 仮にも元探偵の起こす行為とは思えず、女子トイレの洗面台に映った自分の顔を見て自問自答してみた。なんとなくいくつかの答えが頭の中をぐるぐると回っただけで終わったが。
 穴開きにされた制服も着替え終わり、どこで処分したものかと軽く血で汚れた制服を手に取った時、ふとポケットから何かが零れ落ちた。見覚えのないそれを手に取ってみると、どうやら四枚の写真らしいことがわかる。
 その内の一枚に写っていたのは知らない人物の顔だった。見たところ若い少年のように見えるが、中高生くらいだろうか?
 残りの写真も似たようなものだった。同じ中高生くらいに見える少女、それより年上に見える青年、それと小学生くらいの少女。当然、どの写真の人物にも見覚えは無い。写真自体にも目に見えておかしい部分は見当たらず、ただの日常風景写真にしか見えない。
 いつの間にこんなものを手に入れたのだろうか。思い当たる節なんてあるわけが無いし。そんな出所不明の写真を見比べながら女子トイレを出た。
「あ、ユリちゃんお帰りー。……で、それ何?」
 トイレの前で待っていたミスティさんが、写真を指差して尋ねてくる。試しに四枚とも見せてみたが、彼女は首を傾げるだけだった。
「誰これ?」
「さあ?」
「さあって、これユリちゃんが撮ったんじゃないの?」
「いつの間にかポケットに入ってたんです」
「へえ……」
 ますます不思議そうな顔で写真を見つめてくる。後ろのフウライボウさんも彼女の肩越しに写真を見つめてくるが、やはり知らないようだ。
「ひょっとして、あの時じゃないかな」
 と、思い当たる節があるのかフウライボウさんが口を開いた。
「どの時?」
「エスカレーターを降りてた時に、ユリさん誰かにぶつかったろ?」
 確かに、誰かとぶつかった覚えがある。GUNから車を二台逃がしたと報告を受けた時だったか。
「それ、顔は見てませんか?」
「ううん。ただ、服装はユリさんのと同じだったのは見たよ」
「本当ですか?」
「うん。同じ制服だった」
 つまり、私に写真を寄越したのは一介の女子高生という事になるのか。だとすると……実におかしな話になる。ここの学校だけでなく、どこの学生諸君にも縁もゆかりもないのに、その人物は知らない人であるはずの私に写真を渡してきたということになる。少なくとも、偶然私のポケットに写真が入ったなんてマヌケな話ではないはずだ。
「ミスティさん。GUNの人に、何か情報を手に入れられたら私に連絡を入れるように言っておいてください」
「行くの? その学校に」
「はい。あ、あと」
 ポケットに忍ばせていた拳銃をミスティさんに手渡した。彼女は「おおっ」と軽く驚いて受け取る。
「それ、返しておいてください」
 もし学校の生徒や先生方の目にそいつが映ったら、とても笑えた話ではなくなってしまうだろう。


 ̄ ̄ ̄ ̄


 この街の学校は、流石にバスを使う程度には距離があった。さっきの作戦で派手に動いた分なるべく人目を避けるようにした為、ギアは使えず時間を必要以上に掛けて、ようやく学校へと到着した。
 ちょうど下校時間になっていたらしく、帰路につく生徒達の姿がちらほらと見える。学校の教師達の目に触れずに行動できるのは都合が良い。
 今が好機と、私は生徒達への聞き込みを開始した。なるべく生徒達に印象を残さないようにする為、学校から交差点一つか二つ分離れ、かつ人目の少ない場所を周回するように歩きながら情報収集にあたる。
 蛇足な話になるが、この程度の対策で聞き込みに踏み入ってはならないものだ。本来はもっと入念な下準備をしなければならない。聞き込みに行く場所の下見などがそれにあたる。いくら今回のタイミングがちょうどよく下校タイミングだったからと言って、ぶっつけ本番で聞き込みをするのは私としても非常によろしくない。何故なら、今後同じ質問を同じ場所、同じ人物または近しい人物にぶつけるチャンスを失ってしまうからだ。
 それでもこのタイミングで聞き込みをしたのは、やはりターミナルでの一件のせいだろう。あれのせいでフロウルが警戒し、この街から逃げてしまう可能性がある。だからこんなことでチンタラしてる暇はないのだ。……そもそもあんな事をしなければこんな事もする必要がなかったわけで。
「バカなことしたなぁ……」
 ますます自分の過ちを悔やむ。全国の現役探偵様方に鼻で笑われること必至だが、後悔先に立たずだ。なるたけ気負わずに聞き込みを続ける。
 重要な点は二つ。
 私の持っている写真の人物に見覚えがあるか。
 午後の授業をサボった生徒に心当たりがあるか。
 本来聞き込み方の基本として、知りたい事柄をストレートに問わないという鉄則がある。が、今回の私はこれを無視してストレートな聞き込みを行った。
「この写真の人に見覚えはありませんか?」
「今日、午後の授業をサボった生徒を知りませんか?」
 これもまた、現役の探偵様方が聞いたら腹を抱えて笑うことだろう。だが、さっきも述べた通り時間が無い。二度とここに来ないつもりで直球勝負を掛ける。

 そうしてド下手な探偵活動を続けること、約一時間弱。
「知ってるよ」
「……え?」
 生徒達の姿も見えなくなり始めた頃、ようやく当たりが来た。
「サボった奴なら、ウチの知り合いがそうだけど」
「本当ですか?」
「そうだけど……なんで?」
 待ちに待った情報源だ。頭を完全に探偵の時のそれに切り替え、本格的な聞き込みに移る。
「えっと、申し遅れました。生徒会に所属しているフジサキって言います」
 用意しておいた架空の設定を話しながら、相手を観察する。身体的特徴はもちろんのこと、目や手、表情の動きにも注目する。
「生徒会?」
「はい。不良生徒についての調査を行っているんです」
 もちろん、自らの身の振り方にも気を遣う。姿勢を正し、喋り方も意識し、真面目で気丈な優等生っぽさを演じる。
「調査って……なんか大袈裟じゃない?」
「ええ。というのも、この写真の人のせいなんですけど」
「どういうこと?」
「最近、この写真の人達が学生を様々な不正行為に参加させているっていう情報がありまして。それを詳しく調べてるんです」
 あらかじめ女の子二人の写真は見せない方向で話を進める。中高生っぽい方はともかく、小学生くらいの女の子の写真を見せてそんなことを言っても信憑性がなくなってしまう。
「調査って、もしかして一人でやってんの?」
「一人、というわけではないんですけど……こんな調査をやりたがる人はなかなかいなくて、協力者が少ないんです。だから聞き込みも満足にできなくて」
 何気無く目を伏せながら、相手の手に注目する。といってもポケットに手をつっこんだままで、そこからは何も読み取れない。再び目線を戻して表情の方にも注目するが、特におかしな様子はない。と言っても架空の設定に反応されるわけはないのだが、少なくとも不審そうな目は向けられていなくて助かる。
「ふうん……大変なのね」
「まあ、弱音なんて吐いていられないんですけどね」
「そっか。あー、とりあえず電話して聞いてみるよ」
「え、大丈夫なんですか?」
「うん。ウチのその知り合い、確かに不良やってるけど根はマジメな奴だから。もしそういうことやってるとしたら、手を引かせてやらないといけないでしょ?」
「ありがとうございます!」
 頭を下げて礼を言った。が、その中身はスカスカだった。彼女の言う事が本当だとすると、本当に不良な友達を紹介されるだけに終わる可能性が高い。そうすると、当然無駄な時間を食ってしまうことになるわけだ。
「あ、もしもし? ウチだけど」
 と、どうやら電話が繋がったらしい。何を聞けばいいの? と目配せしてくる。
「今日、どこに行ったか聞いてください」
「えっとさ、あんた今日どこに行ってたの? ……あー、ターミナル?」
 お? 何やら手応えを感じる。そのまま彼女と友人の通話は続いた。
「何してたわけ? いや、別に大したことじゃないんだけど暇でさー。明日休みでしょ。どっか一緒に行かない? ……うん、オッケーオッケー。じゃあターミナルの前で待ち合わせね。うん、十時頃ね」
 うまく話を運んでくれたみたいだ。通話を終えて携帯電話をしまい、彼女はこちらへ向き直る。
「これで良かった?」
「はい、バッチリです」
「で、あんたはどうするの?」
「えっと、そうですね……明日、待ち合わせ場所に行きますので、私はあなたの友達ってことにしておいてくれませんか? もちろん、生徒会だっていうのは伏せて」
 そもそも私に写真を寄越した相手と顔を合わせるのは問題なのだが、例によって時間の壁が立ちはだかっているので威力偵察に出る。その後は顔と服装を変えて行動することになるだろう。
「わかった。じゃあ、明日ね」
「はい、ありがとうございました」
 もう一度深く頭を下げた。彼女はいいのいいのと手を振りながら、帰り道を歩いていった。その後ろ姿が見えなくなるまで眺め、見えなくなった頃に私は溜め息を吐いた。
 うまくいくとは思ってなかった。いや、もっと言えば今でもうまくいっているかわからない。ターミナルの作戦を思いついた時もそうだが、私は今必要以上に焦っている。
 昂る神経を抑え、首を振る。とにかく明日だ。もしこれで空振ったら、仕様もないミスを犯したと思って教訓にでもしておけばいい。
 頭の中を整理をし終えた時、ちょうどリュックのサイドポケットに入れておいた携帯電話が鳴った。基本これで連絡を取る事が少ないので使わないつもりだったのだが、誰だろう。
「はい、もしもし」
『やっほー、ミスティだよ!』
 こんな時に陽気だな、と子供向け番組のお姉さん的なテンションのミスティさんに心底呆れる。だが、今の私には救いかもしれない。
『GUNの人が取り調べを終えて結果を教えてくれたの。直接話したいから、すぐに戻ってきてね』
「戻るって、どこにですか?」
『ターミナルのすぐ近くのホテル』
 ……ああ、またホテルなのね。


 ̄ ̄ ̄ ̄


「わー!」
「わーっ」
「……わー」
 ミスティさんの言うホテルの一室に着いた時、お二方はおっきなベッドで子供みたいに遊んでる最中だった。三つ目の覇気の無い声が私。
「あ、ユリちゃんお帰りー!」
「おかえりー」
「ああ、うん」
 どうしたものかと内心で頭を抱えながら、とりあえず生返事を返す。人はホテルとかに泊まるとこうなるものなんだろうか。そうするとおかしいのは私か。噂に聞く修学旅行とやらに参加する学生のテンションもこういうものなんだろう。なんだか社会に取り残された気分になって軽く鬱になる。
「はあ」
 溜め息を一つ。
 背負いっ放しだったリュックを下ろして、空いているもう一つのベッドに腰を降ろす。なんとなくツインで良かったと当たり前の事に胸を撫で下ろしながら話を切り出す。
「で、取り調べの結果の話は……」
「ああ、それね」
 すっかり忘れてたわ、と二人仲良くベッドに正座。私も改めて二人の方へ向き直る。
「あの場にいたのは三つの組織の人間だった。その内の一つは“CHAO”、件の元“BATTLE A-LIFE”計画の組織ね。覚えてるでしょ?」
「ええ」
 実際に接触したのは結構前の話になる。所長達の件で少々揉めた、あのGUNとの合同作戦の時だ。最近はこの事を思い出す機会が多くて忘れようがない。
「残りの二つの組織はそれの派生組織。確かにみんな、フロウルを探しにきてたみたい」
「ちょっと待ってください。派生組織って?」
「ああ、文字通り“CHAO”から派生した……っていうより離反の方が合ってるかな。理念が一致しないってんで、小規模でも対抗する組織が多いの。対抗組織の“HUMAN”も厳密に言えば派生組織になるのかな」
 なるほど、いわゆる烏合の衆という奴だ。哀れみの嘆息を漏らしながら、質問を一つ投げかける。
「派生組織の数って、そんなに多いんですか?」
「うん。昔はそんなに多くなかったんだけど、最近はかなり。すぐに潰れちゃったりとかよくあるんだけど」
「増えだしたのはいつ頃から?」
「結構最近かな。去年か一昨年くらいから」
 つまり一、二年前。その証言に私は敏感に反応する。が、ここはひとまず記憶に留めて情報集めに専念しよう。
「それで、フロウルについてはなんて?」
「答えだけ先に言っちゃうと、居場所は知らないって」
「ですよね……」
 ある意味わかりきった答えではあったが、こうして聞かされると落胆も一入だ。
 相変わらず、肝心なことは何もわからず仕舞い。なまじ手応えがあるから余計もどかしい。明日の内に何か情報の一つでも手に入れないと時間が無くなってしまう。
「さて! ご飯でも食べに行こっか」
「え、今からですか?」
「うん。だってユリちゃん、気難しくて疲れきった顔してるよ? 気分転換でもしないと」
「いや、私それなりに疲れてるんで休みたいんですけど」
「よっしゃー、行くぞフウライボウ先生!」
「おー!」
「え、あのちょっと」
 まだ足の疲れも溜まったまま、私は手を引かれて部屋を出た。


 結局、その後は何事も無く一日の終わりを迎え、胸の中に溜まったままのもやもやを次の日に持ち越すことになった。
 今回の転機は、まさにそこから始まる。
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No.6
 冬木野  - 11/10/4(火) 15:24 -
  
 次の日、午前十時前。昨日と同じ制服姿で、私はターミナルへと向かっていた。
 歩道を歩きながら市民の世間話に耳を傾けると、やはり昨日起こったターミナルでの銃撃騒動の話題で持ちきりだった。朝のニュースでも報道されていたが、こうして当事者――というより発端者として反響を聞いていると頭が痛い。昨日に続いて、なんであんなことをしたんだろうという後悔は積もり続けている。どんなに前向きに捉えようとしても、やっぱりやっちまったもんは取り返しがつかない。こうやって私は何度馬鹿馬鹿しい真似を繰り返したことか。
 溜め息ばかり繰り返しながら歩き、ターミナルの姿が近くなったところで、私は自分の足取りが重くなるのがわかった。
「あちゃー……」
 まあそうなっているだろうとは思っていたが、ターミナルは目に見えて慌ただしい大人達でいっぱいいっぱいになっていた。昨日あれだけ派手にやった影響で、しばらくは営業もできない店が出てきていることだろう。交通機関としての機能だけは問題無く果たせていると言ったところか。
 心の中で謝罪を述べながら、昨日会話した女学生の姿を探す。ターミナルの前を流れる人波の中には見当たらず、ひょっとして中で待っているのかなと、一時休業中の店舗が目立つターミナルへと足を踏み入れる。だが、そこにも昨日の女学生の姿は見当たらない。私が一番乗りなのだろうか。
 仕方なく外で待とうかと反時計回りに踵を返した時、ふと誰かの制服姿が私の左をすれ違った。
「えっ」
 その姿を確認する為に、私はそのまま一回転した。見る機会の少ない後ろ姿が、まるで私から逃げるように人混みへと走り去っていった。
「……?」
 そいつの後ろ姿は、私には信じられないものだった。
 誘われるようにそいつを追いかけた。見失わないように瞬きすら惜しんで、置いてかれないように走る。
 そいつはまるで兎か何かみたいに軽快な足取りで、人混みを縫うように駆けていく。そこへ見計らったかのようなタイミングでエレベーターが一台やってきた。中にいた五、六人と入れ替わるように、そいつは一人エレベーターへと乗り込む。
 マズイ、逃げられるか?
 焦った私は周囲を気にせずに全力疾走をした。既にエレベーターの扉は閉まり始めている。毎度の事ながら昇降機には好かれていないらしいが、頼む。今回だけは乗せてくれ。
 私がそんな風に願ったら、何故かエレベーターの扉は再び開いた。逃げるつもりじゃなかったのかと疑問に思ったのは一瞬で、勢いそのままに中へ駆け込み、私達二人を乗せたエレベーターは今度こそ扉を閉めた。
「お客様、何階をご利用ですか?」
 先客の――酷く聞き慣れた――楽しそうな声が、必要以上に疲れて壁にもたれかかっている私に尋ねてきた。
 こいつ、私を誘ったのか。
 エレベーターガールよろしく、ボタンの前を陣取っているそいつの姿を頭から爪先まで眺め、今までで一番硬く感じる溜め息を吐いた。
「……二人で話のできるところまで」
「かしこまりました」
 どんな営業スマイルよりも楽しそうな笑顔で、そいつは地下へのボタンを押した。


 ̄ ̄ ̄ ̄


 地下駐車場。そいつはそこに停めておいた自分の車らしき物の運転席に乗り込んだ。
 はたして易々と助手席に乗っていいものかと思いながら、私はなんとなく周囲を見てみる。この駐車場を利用している車両は多く、空いたスペースはほとんど見当たらない。……なんだか嫌な予感がするな。
 何かが私の中で燻ぶっているのを感じながら、私も車に乗り込んだ。
「……あなたは、誰ですか?」
 先に口を開いたのは私だった。というより、先に口を開かされた感が強い。だってこいつが「何か聞くことはないの?」とでも言うような、酷く面白そうな顔をしているのだから。私にとっては、酷く不快だ。
 そしてこいつは、恐らく私にとってとても不快な、清々しいくらいにこやかな顔で言った。
「申し遅れました。私“探偵をやっている未咲ユリと言います”」
「嘘こけ」
 私にしか否定できないだろうから、気持ち強く否定してやった。だってこいつは、あまりにも私そっくりだったから。
 制服やカチューシャ、ブーツだけじゃない。髪の長さも寸分違わず、顔のパーツも綺麗に揃えて、私と同じ声で喋っている。私でさえ自分を見失いかけるくらい、こいつは私と同一だった。
 そんなもんだから、こいつがにこにこと笑っている顔がとても不快に感じるのだ。
「フジサキさんですよね? お話は聞いています。なんでも不良生徒の調査をしているとか」
「……フロウル・ミル?」
 そいつはにこりと笑って肯定した。
「昨日の女学生も?」
「はい」
「私に写真を渡したのも?」
「イエス」
「……事務所に無線を寄越したのも?」
「イェア!」
 溜め息が出た。
 結局、みんなフロウルだったというわけだ。こっちが必死で行方を探しているのを、こいつは身近なところでちょくちょく接触しては鼻で笑っていたに違いない。そう思うと、これまでの自分の苦労が全て馬鹿馬鹿しいものに思えて無性にやる気がなくなってしまった。
「大体待ち合わせ相手がフロウルだなんてすぐ気付くじゃねっすかー」
「どうして?」
「だって『今どこターミナル?』って聞いただけで話題が止まるなんて有り得ないじゃないのさ! そこでは大事件が起こっていたっていうのに!」
「ああ……」
 そういえばそうだった。なんで気付かなかったんだろう。自分の能力の低さに思わず天を仰ぐ。
「出すよー?」
 特に何も返事はしなかった。それを肯定と受け取り、フロウルはアクセルを踏む。駐車場を出ようとする私達に釣られるかのように、二台ほどの車が動き出したのが見えた。……嫌な予感、見事に的中。
「気にしない、気にしない」
 私が何か言うのを見越して、フロウルは気軽に言ってのけた。あとをつけられるのは承知の上か。それとも私の時と同じようにわざとなのか。じろりと視線を向けてみると、フロウルはストレートな言葉を出してきた。
「昨日あれだけ派手にやればつけられて当然というか」
 自業自得と言いたいのか。悔しいけど正論です。おとなしく負けを認めて、座席に背中を預けて溜め息を吐いた。
 駐車場を出て、車は交通分離帯の車道へ。信号の少ない直線道路は、渋滞とは縁が無いと言い切れるくらいに快適だった。一種の高速道路とも言えるだろうか。今日も空は清々しいほどに晴れ模様だし、絶好のドライブ日和という奴だ。
「聞きたい事があるんですが」
「あ、ガードレールが工事中だ」
 わざと話題をガードレールに逸らしやがった。ちょうど私が逃走者を止めた時に相手の車が突っ込んだ時のものだ。なるたけ気にしない方向で話を強硬に進める。
「どうして私を殺したんですか?」
「え、そっち?」
 なにやら意表を突いたらしく、フロウルが驚く。
「何か?」
「いやてっきり、目的はなんだとか聞かれるものかと」
「私にとってはそれより大事なことです」
 へーそうなんだ、と軽く受け止めた顔のフロウルを、私はジト目で睨む。いかにも重要そうな写真を渡しておいて話題をそっちに集中させ、都合良く自分の目的に利用しようって腹積もりだろうが、仮にもこっちは半殺しされた身だというのを忘れたわけじゃなるまい。そんな安い手に乗るかよ。
「どうしてって言われても、必要に迫られたとしか」
「私、あなたに関する危うい情報でも握りました?」
「いやいやいや、ちょっと冷静に考えてみてってば。私は別にあなたを殺したわけじゃなくて、ただ別人にしただけデスヨ?」
「尚更謎なんです。どうしてそんな面倒なことをしたのか」
「それはその、まあ私のせいですけど」
 何やら歯切れの悪い告白でもするかのように、フロウルは言葉を捻り出した。私は目で先を促す。
「私、フロウル名義で一度だけおたくに依頼をしたことがあったよね」
「猫探しでしたっけ?」
「実はそれ以外にも、もっと沢山依頼をしたことがあるんだなー」
 そんな気はしていた。どんな人物にも変装できるというのなら、ひょっとしたらフロウルから何回も依頼を受けているのではないかと。ぞっとしない考えだったので、あえて目を逸らしていたが。
「んで、裏組織の人間のスキャンダルでも探してもらって、いろんな人達を失脚させて遊んでました」
「謝ってください。私に」
「ごめんなさい」
 素直に謝ってくれた。聞き分けの良い子で助かる。……どっちが年上か知らないけど。
「でね、ある日とってもやばいことになったんデスヨ」
「やばいこと?」
「未咲さんたら、とうとう裏の人に目をつけられちゃった」
 やりすぎちゃったんだなー、と笑い事のように言っている。こっちの気も知らないで。
「んで、身元を隠す為にあんなことをしたわけ」
「どうしてそこまで大袈裟なことを? 事情を説明して匿うくらいでも良いのに」
「それで済めば良かったんだけど、みんな未咲ちゃんを殺害セヨ殺害セヨって盛り上がっててさ。何せ組織を一つ壊滅にまで追いやろうかってとこまでやっちまったから」
 当然、私はそんな覚えはない。確かに過去自分が請け負った仕事で誰かの不祥事を白日の下に晒したことはあるが、そこまで厄介な事を起こす程に奮闘した記憶はそう多くない、はず。
「流石に私一人で頑張って匿うのも無理があるかなって思って」
「思って?」
「やっちまいました。てへっ」
「謝ってください。私に」
「ごめんなさい」
 素直に謝ってくれた。中身の無い謝罪に思えて仕方がないが。
「いやー冷や冷やもんだったね。君、山荘の事件は覚えてる?」
「山荘?」
「ほら、ミスティックルーインの」
「……ああ」
 結構昔の話だ。別荘に行ったきり帰ってこない友人の捜索、という名の小説事務所に対する罠だった。酷い初仕事だったな。
「それの目的は知ってる?」
「えーっと、確か新入所員の私の調査と、あわよくば全員爆殺でしたっけ」
 というか、そんなことも知ってるのか。フロウルの情報網の広さにはある種の羨望を抱く。探偵として。
「どっちかっていうと前者の目的の方が強いんだね、それ。なまじユリなんて名前してるもんだから、ひょっとしてって思った裏の人が警戒したわけですよ。まあ一時的にでもそっちが注目の的になってくれたおかげで助かったけど」
「……裏組織の人間の注意が私に向いている間に、あなたは何か重大なモノを盗んだと?」
「鋭ーい」
 わざわざ拍手で褒められた。運転中にも関わらず。
「聞かせてもらえませんか? その重大なモノがいったいなんなのか」
「えー、せっかくだから探偵っぽく推理してみようよー」
「別に私、フィクションの探偵ってわけじゃありませんから」
 確かに物事を推理するくらいの脳は必要だろうが、探偵というものは結局のところ情報を集める職業だ。探偵が推理を必要とするのは、これ以上頑張っても情報が集まらないと思った時ぐらいのものだろう。
「つまんないなあ」
「そんなもんですよ」
 フロウルは私みたいな溜め息を吐いて、仕方ないなと話し始めた。
「BATTLE A-LIFEはご存知だね?」
「戦闘用チャオの人工的な生産計画でしたっけ」
「平たく言ってしまうと、私が盗んだのはそれ」
「戦闘兵器そのものを盗んだと?」
 いやいや、とフロウルは苦笑いを返す。
「かいつまんで説明するけど、裏組織に開発された人工チャオのほぼ全てには、ある共通点があるのです。というより、絶対に必要な材料かなー。大雑把に言うと、人工チャオ本体と、誰かの個体情報」
「個体情報?」
「まあまあ、ちゃんと説明するから。あのね、戦闘用のチャオは全部が人工チャオと言っても過言じゃないんだけど、そうなる理由としてチャオに人間的な外科手術を施せないっていう要因があるんすよ」
 これは多くの人が知っている有名なチャオ医学の壁だ。チャオは一定までの身体の損傷を受けたとしても、然程の時間をかけずに回復することができる。だがそれ以上の傷を負った場合、チャオというものは脆く儚く死んでしまうという話。個人差こそあれど、ほぼ全てのチャオは人間に施すのと同じような外科手術には耐えられない。
「だから、人工チャオ?」
「そういうこと。ただ、この人工チャオはいわゆる諜報活動も並行できるようにしたいっていうハードルがあったから、チャチなAIは搭載できないっていう問題があったわけ。だから他人の個体情報がどうしても必要になったと」
「AIって、そんなに簡単に作れないんですか?」
「そりゃもう。この世に目立った欠陥の無いAIを作れたのはジェラルドさんだけって言われてるよ。その秘訣もわかんないしね」
 それは初耳だ。人工チャオなんて大層なものを作れるのだから、AIくらいは容易いものだと思っていた。
「こうして様々な問題をクリアして、とうとう人工チャオは完成致します。しかし、その後の運用において当初予定していなかった制約が生じてしまったのです」
「制約?」
「制約、それはAIを正常に機能させる為に情報を抽出した個体を生存させることなのです」
「……えーと、AIの元となった人物を死なせてはいけない?」
「ご明察」
 また拍手をもらった。だから手放し運転はやめろって。
「人工チャオを製作してすぐ、多くの個体が突然生命活動を停止するという異常事態が発生。その原因は、AIの元となった抜け殻の人をポックリ死なせてしまったことにあるとすぐに判明。この報告を受けて、研究部は抜け殻をコールドスリープ状態にさせて生命活動を維持する手法を取った、と」
「……なんだか随分と手間が掛かってますね」
「それだけの価値が人工チャオにはあったってことやね。一、二体でもいれば、軍隊の一個中隊相手は容易いってくらいだから」
「本当に?」
「さあてね。実際にやりあったわけじゃないだろうけど」
 まあ、確かに魅力的な話だとは思う。少なくともボディガードにするには役不足なくらいだろう。
「んでもって、ここでまたもう一つの問題が発生しました。わー」
「まだ何か?」
「作り出した人工チャオはいわゆる兵器だから、人が操れること前提でしょ? 今度はそれがうまくいかなかったんだってばさ」
「で、今度はどうしたんですか?」
 だんだん長い講義にもうんざりしてきた。さっさと先を促して適当に切り上げたい。なんだかんだ言ってフロウルと相乗りしているこの状況は好ましくない。尾行してくる車も増えたように見えるし。これは尾行ではなく包囲になろうとしているのだろうか。
「今度はコールドスリープに問題があるってんで、寝かせた抜け殻を起こして、指令をそっちに出してみましたところ、なんとか人工チャオを動かせましたとさ」
「抜け殻はリモコン扱いってことですか」
「そういうこと。指令を出す為にまず人工チャオと抜け殻をその場に用意しないといけないというこの手間! おかげさまで人工チャオを操る為にわざわざ抜け殻を叩き起こさないといけないし、指令変更も容易じゃないし、長期運用の際には食事とか排便のお世話もしないといけないわけです。おっきな赤ん坊だね!」
 私は認識を改めた。ボディガードには余計使えない。何か大事の際にしか使うようでないと費用対効果が見合わない。

 さて。人工チャオの話を簡単に纏めるとこうだ。一体の製作、運用につき人一人が必要。また、人工チャオに指令を出す為には――具体的な方法はわからないが――抜け殻と称するAIの元となった個体を経由する必要があるようだ。
 ……なるほど、話が見えてきた。
「つまり、あなたが盗んだのは抜け殻ですか?」
「That's Right」
 三度、拍手が送られてきた。もはや何も言うまい。最初から何も言ってないけど。
 この一、二年間に裏組織の人間が大掛かりな行動に出なかった理由は実にシンプルなものだった。持っていた手札が使えなかったからだ。言うことを聞かないチャオだけ抱えているだけ。人工チャオ単体で構成された組織も、自分の命がフロウルのさじ加減一つで危うくなると知れば躍起になること然り。誰も彼もがフロウルを血眼になって探す。
 恐ろしい話だ。世界に蔓延る悪鬼達に命を狙われるということも。そんな状況において余裕の塊みたいなフロウルも。
「一つだけ確認させてください」
「んー?」
「あくまで私達と敵対はしない――そう認識して良いんですか?」
「うん。まあそんなもんだと思っていいよ」
「本当に?」
「嘘だったら相乗りなんかしないよーだ」
「一度は命を奪われかけた相手ですから、果たして敵か味方かと疑っていたんですよ」
「敵だと思ったらどうしてたんですかおい」
「ま、なんかしたでしょうね」
「やだ、大胆」
 今なんかしてやろうか。割とマジで。


「……さて、これからどうしましょうね」
 話も一段落ついたところで改めて後方を確認して、そろそろ笑えない状況になってきたかと思えてきた。
 少なくとも四台、私達を追ってきている車両がいる。このまま暢気に車を降りたりしたら間違いなくフクロにされるし、のんびりドライブを楽しもうにもいつちょっかいを出されるかわかったもんじゃない。
「そもそも、どこ目指して走ってるんですか?」
 ターミナルを出てから既に結構な距離を走っている。とうにメガロステーションからは離れており、流れる風景も様変わりし始めてきた。
「企業機密。私は急がないといけないから、後ろの人は任せられるかな?」
 面倒な方の仕事を任せてきやがる。
「ちょっと不公平じゃありませんか、それ」
「最終的に公平になるので大丈夫です」
 何を根拠に言ってるんだそれ。
「……どれくらい引き付ければいいんですか?」
「できるだけ」
 溜め息と頷きで答え、私は意を決してドアを開けた。なかなかの強風が私の顔に吹きつけてくる。高速道路並とまではいかないが、割とスピードを出していたみたいだ。車から顔を出して追ってくる車両を見てみると、微かにだがフロントガラス越しに意表を突かれた男達の顔が見える。
「モテモテだねえ、あんた」
「それほどでも」
 エアを吹かし、ぶらり途中下車。やや乱暴にドアを閉め、私は車から離れる。勢いをつけて、後方から迫ってくる車両に大胆に突撃。先頭を走っていた車のボンネットを踏み台にしてやり、軽やかに後方へ跳躍して転びました。つられて踏み台にされた車が思わずブレーキとステアを動かし体勢を崩す。後続も慌てて急ブレーキを踏んだ。
「手の鳴る方へ」
 パンパンと手を叩いて、さっと立ち上がり再びエアを吹かした。ややあって、四台の内の二台は再びフロウルの車を追いかけ、残りの二台が私を追ってUターンした。
 なるほど、確かにモテるらしい。迷惑なことに。
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No.7
 冬木野  - 11/10/4(火) 15:29 -
  
 さて、どうしたもんだろう?
 後ろに引き連れた二台の車のお熱い視線を背に、私は今後のことを考えた。
 何はともあれ、急ぐ必要は無くなったように思う。フロウルは向こうから接触してきて、少なくとも敵意が無いことを示した。今後気軽に会えるかどうかに関しては首を傾げざるを得ないところだが、今後裏組織に関連する事柄に介入できる機会は増えるだろう。
 ただ、このまま帰って良いものだろうか。
 ポケットの中に入れたままの四枚の写真のことを思い出す。いったい誰の写真なのかはわからないが、これについて探ることを放棄してさっさと帰ってしまうというのはスッキリしない。さっきフロウルから聞いておけば万事解決だったのだが。我ながら自分の浅はかさに溜め息が出る。よく探偵なんかやってたもんだなぁ、昔の私は。優秀とかなんとか言われてたけどほんとかよ。
 やれやれ、と首を振る。私の手腕については今後改めて反省するとして、とりあえず写真の少年少女の件はもう少し調べてみよう。そうと決まれば、まずは後ろの二台をさっさと撒かなければ。なんだかんだ言って単身車道を突っ切ってるこの状態はどうにもよろしくない。
 どこか車両を簡単に撒けそうなところはないかと視線をあちこちに飛ばす。歩道に出れれば一気に距離を離せるのだが、生憎とその為の通路や階段がない。どこか車の通りが多いところに行って撒くしかない。が、そこは交通分離帯。快適と言ってなんら差し支えない道路なので、渋滞という渋滞が無い。なんて素敵な道路だろう。舌打ちも風に消える。
 だが、どこまで快適にしても道路は道路だ。絶対どこかで車が団子になってるはず。どこか渋滞してそうな場所はないかとあちこちを探し、ようやくそれっぽい場所を見つけた。ここからそれなりに離れたところに、何やら植物園のような遊園地のような施設の姿が見えた。前者はともかく後者であれば好都合だ。人の出入りも多いはず。
 かくして読みは見事に的中、植物園へ向かう道路は行きも帰りも車の通りが多く、その間を縫うようにして簡単に追っ手を撒くことに成功した。一般車両のクラクションに煽られながら、私はようやく見つけた歩道へ移行する階段を見つけて腰を降ろす。誰かの目に留まって顔でも覚えられる前に、私は早々に歩道へ移って足早に植物園に向かう事にした。特に用があるわけではないけど。
 改めて、この後のことを考える。即ち写真の少年少女達の調査だ。
 とは言っても、そう手段が多いわけでもない。もう一度フロウルを探し出して問い質すか? いや、手間が掛かる。連絡手段も無いから待ち合わせもへったくれもないし、向こうさんもとっとと顔を変えてしまっている可能性が高い。フロウルを頼ることはできない。それ以外に手っ取り早くこの写真の人物を知る方法は……。
「ん?」
 そこで私はとんだ見落としをしていることに気付いた。この写真に写っているのが誰なのか、もっとてっとり早く知る方法があったことに。自分のとんだボケっぷりに思わず空を仰いだ。一刻も早くと勝手に急いで判断を誤ったようだ。今の私にはコネというものがあるのだから、然るべき筋の方にお尋ねすればよろしかった。
 そうと決まればGUNのお方とお会いせねばなるまいて。司令官殿から貰ったメモを見る限り、この先の植物園――ロイヤルボタニカルガーデンとやらに警備隊が配置されているようだ。なんともタイムリー。
 しかしまた何故植物園なんかに警備隊をと思っていた私は、そこに近付くにつれてその理由がよくわかった。どうやらロイヤルボタニカルガーデンというのは一種のテーマパークのようで、人の出入りが私の予想していたよりも遥かに多い。小さなお子様からお熱いカップルまで大勢の客入りだ。それに紛れて怪しい人物が出入りする可能性も無くはない。
 流れる人混みを避けつつ、受付さんにGUNの警備隊がいないか聞いてみる。
「小説事務所の者と言えば通じるはずです」
 制服姿の女の子がそんなこと言うもんだから、受付のお姉さんの顔が怪訝になる。お姉さんは少しの間だけ席を外し、やがてすぐに戻ってきた。
「ここから裏手の駐車場にスタッフ専用の入り口がございます。警備隊の方がそこでお待ちです」
「ありがとうございます」
 僅かに苦味を残したままの笑顔でお礼を言って、さっさと指定された場所へ向かう。
 喧噪から遠ざかった駐車場から入れるスタッフオンリーの扉の前には、既に警備の人が待っていた。
「ディテクティブですね?」
 もう私の通り名、それで決まっちゃってるのかな。会う度にコードネームっぽいので呼ばれるのも考えものだなぁ。
「どうぞお入りください。話はそこで」
「ああ、いいです。すぐに済む話ですから」
 扉を開けようとする警備を引き止め、持っている写真を四枚とも渡した。
「その人達の身元を調べてくれませんか?」
「派生組織の者……というわけではなさそうですが」
「とにかく調べてみてください。わかったら連絡お願いします」
「はあ……了解しました」
 そういうわけで、早速やることが無くなってしまった。あとはのんびり連絡を待つだけだ。どうしようかなと考えながらその場を後にしようとした時、警備の人が私を引き止めた。
「この写真に似た人物なら見かけましたよ」
「え、本当ですか? どれですか?」
 早くも収穫か。警備が指差した写真は、中高生くらいの少年の写真だった。
「ここの植物園でですか?」
「ええ、そうなんですが……」
 そういう割には、どうもハッキリしない物言いだ。何か問題でもあるのか聞いてみると、警備はやはりピンと来ない言葉を返してきた。
「確かに似た顔だったんですが、こんなに若くはなかったかと」
「どれくらいの歳ですか? 二十歳くらい?」
「いや、もっとですね。少なくとも四十代だったと思われます」
 四十代? そりゃもう立派なおっさんじゃないかよ。
「本当に似ていたんですか?」
「ええ。グレーのポロシャツを着ていました」
「まだここにいるんですか?」
「おそらくは。一人でやってきているようで、どことなく不審に感じたので覚えています。十数分前の事です」
「わかりました。ご協力感謝します」
 有益な情報を手に、改めてこの場を後にした。
 四十代。あの警備が見たのが本当にあの写真の人物だとすれば、あれは少なくとも二十年以上は前の時の写真だということだろう。とすると、何故フロウルは今の写真を渡さなかったんだろうかということになる。深い理由があるのかないのかもわからないが、とりあえずは会って話をしてみるべきか。とは言っても、何を話せばいいのかがわからない。友達とはぐれた女子高生を装って、世間話から巧みに身の上話に発展させて個人情報を聞き出すか? そこまで口がうまけりゃ苦労はしないよなあ。
 などと思いながらも一応頭の中でシミュレートしながら植物園に入った時、突然カチューシャが着信を告げた。タイミングがタイミングだったので必要以上に驚き、周りの人の視線をいくらかもらってしまう。
『ミス・ミサキ、アブラハム・タワーズだ』
「司令官っ?」
 さらに驚いてしまった。これ以上変な目で見られないうちに、どこか腰を落ち着けて話せる場所に移動しなければ。
『先ほど警備の者に人物調査を依頼しただろう。写真のデータがこちらに送られてきた』
「ええ、そうですけど……」
 はて、何か問題でもあったのだろうか。それとも、もうわかっちゃったとか? 目に付いたベンチに腰を降ろして、その先の言葉を待つ。
『君はあの四枚の写真に写っているのが誰かは知らないということかね?』
「まあ、だからこそ調べてもらおうと思ったんですが」
『ふむ……単純に知る機会が無かっただけかな』
 なんの話だろう。
『あの写真の四人は、君のいる小説事務所の者達だ』
「えっ?」
 小説事務所の人間? あんな知り合いはいないぞ? 元所員か何かか?
『いただろう、元は人間だったはずの者が』
「ええ、いますけど……あれ、まさか」
『そうだ。この中高生程度の少年が倉見根カズマだ。同じ程の少女が東ヒカル、それより幼いのが倉見根ハルミ。一番年上に見えるのが木更津ヤイバだ』
 あれが、そうなのか。事務所にたむろしている問題児二人と、それに悪影響を受けているハルミちゃん。その醜態にハリセンの渇を入れるヒカル。あの見慣れた情景がふっと浮かぶ。あの四人の本当の姿が、あの写真の中に。
「あの、本当ですか?」
『もちろんだ。この四人が小説事務所にやってきてから三、四年になるか。カズマとヒカルの両名が行方不明になったと届出があってからしばらくの時期だ』
 行方不明って、つまりチャオになってしまったってことだよな。
 そういえば中途半端に知るだけ知っておいて、あの四人がどういった経緯でチャオになったのかは知らない。カズマが事務所から消えてしまった事件の時にヤイバがその話をちょろっとしていた記憶があるが、まだソニックチャオのユリでしかなかった私は、興味が無いと言ってバッサリ斬ってしまったんだっけ。
『ちなみに、彼らの今の身元については親族に連絡していない。今も警察が行方を捜していると思っているだろう』
「え……どうして何も教えてないんですか?」
『事務所からの強い要請だ。本人達からどうしてもと頼まれてな。特別措置だ。理由については残念ながら聞けなかったが』
 そりゃまたどういうことだろう。普通は親御さんの心配を取り除いてやらなきゃいけないだろうに。自分がチャオになってしまったということを知られたくないとか?
『他に何か質問はあるか?』
「ん。えーと……親御さんはどこにお住まいで?」
『カズマらの親の倉見根氏、ヒカルの親の東氏共にセントラルシティだ。ステーションスクエアからそう遠いというわけではないな。木更津氏に関しては……』
 途端に言葉が一度区切られる。どうも言い難い事らしい。
『母親がヤイバ出産時に死亡、父親も自殺している。遺書は残していないが、自殺した時期はヤイバの行方不明の頃と重なる。おそらくそれの影響だろう』
 そりゃまた悪いことを聞いてしまった。いや、ヤイバは確か人間の頃の記憶がさっぱり無いと言ってたし、それについてのダメージはないのだろうか。なんにせよ、今必要以上に追求するのはよそう。
「ありがとうございます。もう十分です」
『そうか。また何か知りたいことがあれば遠慮なく聞いてくれたまえ。では失礼する』
 通信を切って、今一度思案してみる。
 フロウルが何故この写真を渡したのか。これについては今のところわからない。後で考えておいてもいいだろう。今の問題はそこじゃない。
 歳は違えど似た顔の男――他人の空似ではないとするなら、一番しっくりくる可能性は親族だろうか。だが、こんな遠いところまで何をしに?
 見つけ出して聞き出すのが一番簡単だ。だが、それは私がカズマの関係者ということを教えるのと同義だ。本人達が隠そうとしていた自分自身の存在を、私が勝手に暴露することになってしまう。それは避けておきたい。
 尾行……それだけやっておこうか。情報漏洩を防ぎながら調査するにはそれが一番だ。
 頭の中で錯綜した情報もまだ纏まりきっていないまま腰を上げた。わからないことばかりわかっていくのは、どうもやる気を削がれる。
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No.8
 冬木野  - 11/10/4(火) 15:34 -
  
 写真の顔に似た人物とグレーのポロシャツを探し続けること何十分。植物園に我関せずと咲いた花々に見られながらあちこちをぐるっと一周二周して、とうとうそれらしき人物は見つからなかった。
 再び最初のベンチに舞い戻って、力強さすら感じる植物達を眺めて力無く溜め息。
「見間違いだったのかなあ」
 GUN警備隊の方には悪いが、私にはそう思えた。あるいは既に帰ってしまったとか。そっちの方が可能性が高いか。
 それにしたって植物園なんだからグレーなんて浮いて見えるだろうに、この植物園にはそんな色の服を着てる人も、そんな色をしたチャオもいなかった。まあこんな場所でそんな不景気な色した服を着てやってくる人なんてそうそういないということだろうか。
 流れ行く人波をぼーっと眺めながら、なんとなく灰色探しを続行する。のだが、笑顔を撒き散らしながら歩く子供達だのカップルだのを見ているとますます溜め息が止まらなくなる。一人でこんなとこまでやってきて、楽しそうな観光客に埋もれながら人探しだ。私ってなんてつまんない奴だろう。見知った顔が通るわけでもないし。
 そう思っていたせいか、その時私の目に映ったものは何かのドッキリにしか思えなかった。
 目の端に、石色の小さな誰かが映った。なんだと思ってそれを追ってみると、一匹のヒーローチャオで、しかもオヨギチャオだった。そんなはずあるかと思って横顔を捉えたら、お地蔵様も苦笑いするほど無表情だった。
 ミキがいる。一人で。しかも人混みに紛れて歩いてやがる。物凄いレアだった。あれから所長共々事務所に戻ってこないと思っていたらこんなところに。どうして。
 気付けば私は誘われるように立ち上がり、その背中を追いかけていた。他人でもないのにバレないよう心掛けながら。


 ̄ ̄ ̄ ̄


 やがて私達は、人気の無い場所にまでやってきた。
 人混みの中にいる時は感じなかったが、こうして植物に囲まれてただ一人――というわけではないのだが、とにかく居心地の悪さを感じる。植物達の険悪な視線を体中に突き刺されているみたいだ。ジャングルあたりで迷子になったらこんな気持ちになるんだろうか。
 植物も結局はみんなバラみたいなものなんだなと思う。咲いた花は建前で、本音は茎だの蔓だのといった腹の中にある。人間と変わらないな……なんて勝手に決め付けてみたり。
 おなじみの詩人思考もそこそこに、私の足取りは十字路のかなり手前で止まった。ミキがそこを曲がった先に、私が探していたグレーのポロシャツ姿を見つけたからだ。リストラでもされたみたいな哀愁漂う背中をこちらに向けてベンチに座っている。まさかミキはあの男に用があるのか?
 なんとなく、バレちゃいけない、でも会話が聞きたいと思った私は手段を選ばなかった。周囲に誰もいないのを確認するなり、脇に生えていた背の高い草むらに入った。制服が汚れるのも厭わず、草と草が擦れ合う音を抑えながら匍匐前進。とにかく、声の聞こえるところまで。
「……本当に知っているのか?」
 酷く擦れたというかくたびれたというか、いつ泣き出してもおかしくないくらい情けない声が聞こえてくる。あの男の声だろう。匍匐前進をやめ、顔を上げて二人を視線の端に捉える。ミキの頷きが僅かだが見えた。
「会わせてくれ」
 切ないとすら思える声をかけられたミキは、残酷にも首を横に振ったのが見えた。そのせいか男はミキの肩を掴んでがくがくと揺らす。
「わかっているのか、僕はもうカズマと会えなくなって四年になるハルミの顔は二歳の時のも見ていないんだ!」
「まだ会わせられない」
「消えた妻は死んだ、子供達もみんな行方不明だ! また会える時をずっと待っていたんだぞ!」
 やはり、あの男はカズマ達の父親だったのか。ちらと見えた横顔は、なんと言ったらいいかよくわからないけど、まるで思春期にどうしようもない壁にぶち当たった少年みたいな印象を受けた。酷く……危うく見える。
「何故だ! 何故会わせてくれない!?」
「話がある」
 私はもう少しだけ前進し、これから行われる話に耳を澄ませようとする。
「クラミネサユキについて」
「お前も……妻の話を聞きたがるのか」
 サユキ。それが彼らの母親の名前か。倉見根一家の最初の歪み。
「警察にもGUNにも話した。僕は何も知らない。ハルミを連れていなくなってしまった。あのチャオのせいだ、そうだ全てはあのチャオの」
 ――マズい。私は本能で察した。ここからは見えないが、あの男の目が危うくなっているのがわかる。
「そうだ。お前らのせいだ。お前らの、お前らの」
 声が荒げた、と思った頃には既に彼の手が動いていた。ミキに掴みかかり、首を絞めだした。
「お前らのせいでサユキは、サユキは! うああああッ!」
 馬鹿、抵抗するんだこんな時に石像気取ってる場合じゃないぞわかってるのか!
 葛藤はほんの数秒だった。気付いた時には草むらから飛び出して男をミキから引き剥がし、頭と片腕を掴んで組み伏せていた。自分でもこの一連の流れに驚くぐらいあっという間のことだ。
「あ……が、な、に」
「あなたみたいな父親に会いたがる子供はいません」
 まるで私が私じゃないみたいだった。いや、それともこれが昔の私だったんだろうか? 言葉は意識せずとも咄嗟に出てきて、他人の父親を心身共々黙らせている私が、確かにここにいた。
「あなたの気持ちは痛いほどわかります。ですが父親として毅然としていなさい。今のあなたの背中は父親のものではありません、そんな背中に寄り添う子供はいません。あなたはただ自分の苦しみを他人に引っ被せたいだけだ」
 ガキが何を言ってんだ、と自分でも思ったが、とにかく男の強張った体から力が抜けていくのがわかって、私は男から離れた。
 ミキの顔を見ると、やはりというかそれほど驚いている様子はなかった。まるで最初からつけられているのを知っているみたいに。ミキのことだ、本当に知っていたのかもしれない。
 今まで何をしていたの?
 目で問いかけたけど、ミキは答えなかった。かわりにくたびれた一人の父親に視線を落とすだけ。


 落ち着きをみせた彼がベンチに座り直すのに、たっぷり二分は掛かった。私は彼の隣に座り、ミキと二人で挟むような形に。
「未咲ユリと申します。さっきはとんだご迷惑を」
「気にしないでくれ、悪いのは僕さ。……倉見根ユキヒサだ」
 改めて見ても、生気も覇気も感じられない人だ。首を絞めたら三秒で死んでしまいそうなくらい切羽詰まったような顔をしている。そういったものを抜きにして見れば、確かにあの写真に写っていた人間のカズマと似ている。
「それで、ユリさんは何者なんだい? 制服なんか着ているが、どうも只者ではなさそうに見える。僕のことも知っているようだが……」
 さて、どこまで話していいのだろうか。探偵だってとこまでか? それともカズマとは同じ職場の付き合いだとでも言うか?
「えっと、探偵やってます」
「探偵? 何かの調査でも?」
「すみません、あまり大っぴらには言えないんですが……裏社会の組織について調査しています」
 あなたの子供達の関係者です、とは流石に言えなかった。やっぱり意味があって隠していることなんだろうから、勝手にカミングアウトしてしまうのは良くない。
「そうか、探偵か。そんなに若いのに」
「いえ」
 あまり深く聞いてくるわけではないらしい。何故裏組織の調査なんか、などと逐一聞かれては困りものだったから助かる。
「それで――非常に迷惑なのは承知ですが――お話を聞かせてもらいたいんです」
「……その為に、わざわざ僕に会いに?」
「はい。あなたを探していました」
 話すつもりはなかったけど。でも、話の流れからしてこう言っておくのがベストだ。
「何について聞きたい?」
「サユキさんについて……そうですね、いなくなってしまうまでの事を」
 とりあえず何を聞けばいいのかわからなかったので、彼とサユキさんについての話を聞くことにした。個人情報やその他は後で調べられるはずだ。
 視線を落としたままのユキヒサさんは、独り言でも漏らすかのようにぽつぽつと語り始めた。


 ̄ ̄ ̄ ̄


 ユキヒサさんがサユキさんと出会ったのは高校生の頃。その時はお互いにただの同級生だったらしい。なんとなく会話が多いというだけ。
 彼は彼女に気があったが、その想いを胸にしまったまま卒業してしまう。成績優秀だった彼女はそのまま進学するのに対し、自分は社会人。会おうと思えば会う事もできたであろうが、当然会いに行く機会なんてなかった。
 そんなわけで、二人が再会したのは四年後のことだ。街中でばったり再会し、高校時代の思い出話に花を咲かせ、勇気の一押しでまた会おうという約束を取り付けることに成功した。それからの二人はまるで恋人同士のような付き合いを始める。片想いと思っていた恋が、実は両想いだったということもあって関係は良好だった。
 それから一年と数ヶ月後に二人は結婚。間も無く子の命を授かり――と、ここまではよくある話だ。

 二人目の子供が一歳になった頃、倉見根一家に最悪の転機がやってきた。
 ある日、彼女は一匹の灰色のチャオを連れてきた。聞けば大学のOBに預かってほしいと頼まれたのだそうだ。その人物のことも含めて詳しい話はあまり聞けなかったが、何はともあれ妙なチャオだった。感情の起伏に乏しく、まるで人形のようだったという。かといって特に深刻な問題はなかった。子供達が話しかけてもまるで反応を見せないくらいなもので、ちゃんと食事も摂るし、深刻な病気を抱えているというわけでもなかった。
 深刻な問題が起きたのは、それをつれてきた彼女の方だった。
 チャオがやってきて一、二週間経った頃、彼女は部屋にこもって何かの資料を読んでいることが多くなった。なんの資料か聞いてみると、件の先輩から手伝ってほしいと頼まれたことがあって、それについての資料だと言われたそうだ。彼もそれで納得して、しばらくは何も言わなかったが――それから一ヶ月、二ヶ月と経っていき、事は単純ではなくなってしまう。
 だんだん人当たりが悪くなってきた彼女を見て、最初は先輩から頼まれた手伝いがはかどらないんだろうなと思って常々休むように言ってきた。だがそんな気遣いの言葉に彼女はやがて相槌すらも返さなくなった。これはおかしい。そう確信した頃には既に手遅れと言っても過言ではなくなってしまう。口数も少なくなり、見るからに衰弱し始める。慌てた彼はその先輩とやらに連絡を取り、今すぐ彼女に仕事の手伝いをやめさせ、チャオも引き取ってくれるように話す。
 結局チャオが倉見根家に居たのは半年程度だった。これで元に戻ってくれるだろうと彼が一安心したのも束の間。

 倉見根サユキは、娘を連れて消えてしまった。
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No.9
 冬木野  - 11/10/4(火) 15:39 -
  
「……サユキが見つかったのは、それから何年も後だ。警察から連絡があったんだ。サユキの……遺体が見つかったと」
 そこでまた、ユキヒサさんは深く俯いてしまった。
「サユキは殺されていた。およそ堅気とは思えない人間二人と刺し違えたらしい」
 その辺は聞き覚えがある。いつぞやにハルミちゃん自身に話してもらった。腹部にナイフを刺されたサユキさんは死の間際に暴れ出し、男二人を刺殺した後、あろうことかハルミちゃんにまで危害を加えてから死んだという。
 ユキヒサさんとハルミちゃんの話を聞くと、サユキさんの精神状態が酷く危うかったというのは想像に難くない。何が原因でそうなってしまったのかはわからないが、キッカケはサユキさんの先輩にあるのだろう。
「あの、その大学のOBという方について何か」
「死んでるよ」
 聞かれるのを見越していたのか、即答が帰ってきた。
「詳しい話は知らないが、サユキが消えている間に自殺していたそうだ。何故自殺したのかは聞いていない」
「自殺?」
 つい最近聞き慣れた単語だ。ひょっとして、と思ってミキの方をちらと見てみたが、特にリアクションはない。ポーカーフェイスは情報の引き出しようがなくて困る。
「その人の名前、知りませんか?」
「いや」
 ああもう、肝心なところがあやふやなんだから。もどかしい気持ちを手の平で握り潰す。
「……わかりました。貴重なお話、ありがとうございます。申し訳ありませんでした」
「構わないさ。もう抉り慣れた傷口だからね」
 ちっともそんな風には見えないくらい弱々しい笑顔を見せ、その視線をすぐに傍らで置物と化していたミキに移した。横から覗かずとも、その目は穏やかじゃないだろう。話が変に拗れないよう、私は仲介人を買って出ることに。
「ミキさん、でしたっけ?」
「…………」
「こちらの倉見根さんのお子さんを見つけたという話だったようですが、本当ですか?」
 表情こそ変えなかったが、ミキは他人を装う私のことをじっと見つめてきた。今はそうするより他に無い。ここでミキの関係者であることが知られれば、カズマ達とも関係があるということになってしまう。
 そもそも何故ミキがカズマ達の事を話の種にしてユキヒサさんと会っているのかがわからない。まさかカズマ達が自分の存在を親に隠しているのを知らないわけじゃあるまい。少なくとも私よりは付き合いが長いはずなんだから。
 それでもミキは、頷いた。
「……ん」
 咳払いを一つ。
「今、どこに?」
「言えない」
「何故だ?」
 詰め寄るように腰を浮かせたユキヒサさんの肩に手を置いて、ミキに話の先を促す。
「……あなたの身に危険が及ぶから」
「僕に?」
「元々、二人は誘拐された身」
「誘拐?」
 聞いたことのない話が出てきた。誘拐されたって、兄妹二人のことか?
「そう。カズマはある日の下校途中に、ハルミは行方不明の間に。誘拐犯の目的は、クラミネサユキの持っていた研究資料」
「子供達と引き換えにするために人質に?」
「二人を帰すつもりは誘拐犯にはなかった」
「どういうことなんだ」
「資料だけ手に入れて、二人は組織の手駒に使うつもりだった」
「あ……」
 そうか。そういうことか。話が見えてきた。
 謎の大学のOB――おそらくなんらかの形で裏組織に関連のある人物から、サユキさんは人工チャオに関する研究を任された。だが彼女は何故か娘を連れて忽然と消えてしまう。組織は何年も掛けてサユキを見つけたが、肝心の人工チャオがハルミちゃんと共に何処へと消え去ってしまった。何度か確保を試みたものの――信じられないことだが――全て幼い少女に返り討ちにされてしまった。確保に成功したのは全くの偶然だっただろう。見つけた時には、少女は頭から血を流していたのだから。
 ここからは推測だが、目が覚めた時、ハルミちゃんは記憶を失って人工チャオにされたあとだっただろう。だが、兵器として運用される前にハルミちゃんが逃げ出してしまったのだ。これに痺れを切らした組織はもう一人の子供、カズマを忙しなく誘拐するが、運の悪いことにまたまた逃げられて――と、考えるだけでも頭の痛い話になってきた。
「ユキヒサさんにその交渉が来なかったのは、その時に二人が逃げ出していたからですか?」
「そう」
 当たっちゃったし。
「もしも研究資料が組織の手に渡れば、あなたは殺されていた」
「僕が……殺されて……そんな」
 なるほど、カズマ達が自分の存在を親に隠しておきたかった理由もわかってきた。
 もしも親と連絡を取ったなら、姿はどうあれ彼らは家族に手を引かれて帰るだろう。その場合、当然組織は人工チャオを奪い返しに来る。つまり家族の身が危なくなってしまうのだ。人工チャオというものの存在を知ってしまった家族を、組織は情報漏洩を防ぐという名目で殺しにかかる。だから小説事務所が匿ったのだ。
 ただ、この推測には一つハッキリしない点がある。家族がとうに死んでる木更津家はともかく、東家は人工チャオだとかについては何も知らないだろう。ヒカルが人工チャオにされた理由はおそらく下校途中に一緒だったからついでにさらわれたと考えていい。だが、倉見根家は人工チャオの存在を知っている。正しく言うなら、情報を持っているのだ。だからこそ子供を人質に資料を頂こうと組織が考えたわけであって。
 簡潔に言ってしまえば、ユキヒサさんには殺される理由があるのだ。情報を持っているということはつまり、彼は人工チャオというものを知っている可能性がある。組織の目にはそう映っているから、殺されて然りだ。それなのにどうして彼は今まで殺されなかったのだろうか。もっと言えば、どうせ殺すのだから別に人質を取るとかまどろっこしい真似をせずに強奪してもよかっただろうに。
「後で説明する」
 ちょうど悩んだタイミングでミキが見透かしたように言葉を投げて、私は驚いて少し飛び上がってしまう。
「クラミネユキヒサ。あなたが子供達に会えるのは、あなた達の身に降りかかる危険を取り除いてから」
「本当か? 本当に会わせてくれるのか? カズマとハルミに?」
 縋るような声。返事をしたミキは間違いなく無表情だったが、言葉のせいか優しく微笑みかけているように見えた……気がした。
「そう遠くない未来に」


 ̄ ̄ ̄ ̄


 その時に連絡する、と言って話はおしまい。幾分と体が軽くなったか、最初に見た時よりは健康そうにユキヒサさんは立ち去っていった。その後ろ姿とミキを見比べながら、私はおもむろに口を開く。
「どうして」
 ユキヒサさんと会ったの、と聞こうと思った私の言葉はすぐに遮られた。
「後で説明する」
 さっきも聞いたぞ。どういうことかと詰め寄ろうとしたが、ミキは何やら耳に手を当ててキョロキョロと辺りを見回し始めた。何をしてるんだろう。
「……いた。一人になる時を狙っていた。もう一人は後を追っている……わかった」
 なんだ、誰かと話でもしてるのか? 通信機能も内蔵されてるのかな、このアンドロイドさんは。
 話が終わったのか耳から手を離し、かと思えば私のことなどカケラも気に留めず歩き出した。
「ちょっと、どこ行くの?」
「……彼は誘蛾灯」
 誘蛾灯?
「今、クラミネユキヒサは狙われてる」
「狙われてる、って?」
「命を」
「ぶっ」
 誘蛾灯ってそういう意味かよ! 人様の親使ってなんてことしてるんだ!
「敵は三人。内一人はさっき話が終わった直後に確保した」
「確保したって、誰が?」
「残りの確保を手伝ってほしい」
 答えねえし。
「あなたには、向こうに潜んでいるスナイパーを頼みたい」
「すないぱあ?」
 一瞬何言ってんだこの地蔵とか思った。ミキは十字路の向こう側を指差す。そこを進んだ先に見える高台を。生い茂る草木に紛れてよくわからないが……。
「あそこから狙っていた」
「過去形?」
「クラミネユキヒサが一人になる時を待っていた」
 なんでまた。狙っていたのならさっきの間に撃ち殺せばいいものを。
「今、この街はGUNが厳戒態勢を取っているから」
「……あ、そ」
 アンドロイドさんというのは人の考えを見透かすのが得意らしい。が、確かにこんな時に足を付けまいと慎重になるのはわかる。
「スナイパーは私達に気付かれたから逃げようとしている。急いで」
「それこそ急いで言えよ!」
 迷わずエアを吹かした。強風に煽られて散ってしまいそうな花弁に気遣っている暇もない。道という道を無視して、高台に向けて一気に突っ走る。
 ふと、私の顔の真横で風を切る音が通り過ぎた。発砲音は聞こえなかったが、弾丸だ。遅れて二発目の弾が地面を抉る音も聞こえた。高速で近付いてくる私を見て逃げられないと察したか、私を殺しにかかってきたようだ。こいつは好都合――そう思った瞬間、私の胸を何かが通り過ぎた。
「……がっ……?」
 刹那、悪寒が私の体中を駆け巡る。
 何かが漏れているようだ。息を吸っても肺に溜まらない。
 ひょっとして、撃たれた?

 そう気付いた頃、私は勢いに乗って盛大に地を転がっていた。僅かな間に感じた強烈な悪寒はもう無い。
「んにゃろっ……」
 やってくれる。
 すぐに起き上がって、もう一度突っ走る。それから間を置いた四発目が私の腕を貫く。また悪寒が走って、またすぐに納まる。それから五発も弾丸が飛んできたが、もうロクに照準も定まっていないらしい。
 その時、高台の上の草が揺れて丸いものがチラと見えた。チャオのポヨだ。意外な事に、スナイパーはチャオらしい。ちっこい体でよくライフルなんか扱うな。
 六発目が飛んできた頃にはもう高台は目の前だった。上にあがる為にまわりこみ、相手の姿を捉える。
「ひっ」
 何やら怯えている。一度立ち止まって自分の姿を見てみると、なるほど確かにちょっとしたホラーだ。胸元から下は血で汚れてる。せっかくの制服が一枚目以上に台無しだ。換えの服、まだあったかな。
 やれやれと一つ溜め息を吐いて、いったん場を確認する。どうやらここはちょっとした休憩の場のようで、床もコンクリ、半円状にベンチが並べられ、向こうからは見えなかったが草木に隠れて手すりもある。他に人っ子一人いないのが不思議だなと何気無く振り返ってみると、なんとここからずいぶん離れた場所に立ち入り禁止の看板とロープがあった。全然気付かなかった。どうりで人がいなかったわけだが、しかしミキの後をつけてった時には見なかったな。
「さて、逃げられませんよ?」
 改めてスナイパーのチャオへ向き直り、ここでおかしなことに気付いた。このチャオ、スナイパーとは聞いたが何も持っていない。ライフルはどこに消えたんだ?
「くそっ」
 チャオは何やら私に右腕を向けた。と思ったら、そのチャオの右腕がぐにゃりと歪んで形を変え、驚いた事にそれは銃口に変わった。まさかこれ、人工チャオの一種か? こんなSF染みたバケモノとは聞いてないぞ。
 銃口が私に向けて容赦無く吼えた。また胸に一発貰ったようだ。ぞっとするような寒気が私を一瞬だけ襲った。酷く気色が悪い。死なないっていうのは確かにメリットだけど、これじゃ有り難みが薄いな。
「バケモノめ!」
「そりゃあなたのことでしょう」
「黙れッ」
 また二発三発と弾丸を腕や足、頭に貰ってしまう。普通に痛いし寒気が気持ち悪い。というか服が止め処無く汚れる。このままやられっぱなしなのは非常によろしくないので、痛みを堪えて一歩を踏み出した。
「く、来るなッ」
 こりゃ完全にバケモノ扱いだ。ここで私がガブっと噛み付けばB級のゾンビ映画だな。
「何故だ、何故死なん? お前はいったい何者だ!」
 いかん、笑いそうだ。チョイ役のテンプレートみたいな台詞を言わないでほしい。なんかカッコつけて決め台詞でも言えばいいのか私は。
「人間のくせに……なんなんだ、なんなんだよお前は!」
「……クスッ」
 あー駄目だ。本当に笑っちゃいそう。ヤイバにドSだなんだと言われた気がしたが、本当にそうかもしれない。滑稽なほどに恐怖している奴を相手にして面白いとか思っちゃってる。ドッキリ感覚で友達を怖がらせるのってこういう感じなのかな。
「や、やめろ、来るな、来るなぁ!」
「ク、ふふっ」
 もう無理。堪えられない。笑っていいよね。
 とうとう抵抗する気も失せてしまったか、相手はただ手すりまで後ずさって腰を抜かしている。立派な右腕もただのお飾りだ。
「ヒィッ……!」
 腕を伸ばせば届くところまで来た。こうやって小動物みたいに怯えてるとただのチャオでしかないな。
 どうしてやろうか。ミキには捕まえろって言われたけど、拘束する手段もそう無いわけだし。気絶でもさせればいいのかな。本当にゾンビみたいに噛み付いたら失神するかな。
「やだ、いやだ、やめ……あ」
 頭をガッシリと掴んでやる。やるか? 噛んじゃうか? でもこれで失神しなかったら恥ずかしいのはこっちだよなあ。どうしようかなあ。いいや、やっちゃえ。
「た、たすけ、あ、うああああ!!」
 それなりに強く噛んだ。ぷるぷるのぽよぽよなチャオの肌はまるで水風船みたいだ。あんまり強く噛んじゃうとうっかり割れてしまいそう。
「ああああああああ!! ああああ! あ、あ、あが、が」
「……ん」
 耳元で喧しく叫んでいたチャオが急に静まり返った。なんとまあ本当に失神しちゃったみたいだ。人工チャオとか言う割には臆病な奴だな。ちょっと拍子抜けだ。

「……おい」
「わわっ」
 突然後ろから声をかけられてビックリした。誰だ、警備員か?
 慌てて振り返ると、一瞬懐かしいと思ってしまう姿があった。白い帽子と眼鏡を身に着けたソニックチャオが、物騒な者を見る目で佇んでいた。
「しょ、所長? 今までどこで何してたんですか」
「こっちの台詞だ。お前何やってんだ」
「え、あ、ひょっとして……見てました?」
 頷かれた。うわあ、すごくばつが悪い。
「いや、これは、なんというか……ね?」
 我ながら滑稽だが、笑って誤魔化した。所長の目つきが緩み、溜め息を吐かれる。
「正真正銘のバケモンだな、お前」
「あはは、そうですか?」
 顔から滴る血を拭った手を見る。傷はすぐに塞がったが、割と出血していたみたいだ。改めて自分の姿を見ても、さっき撃たれた分で更に血で汚れている。
「笑い事じゃねえよ」
「へ?」
 失神したチャオを担いだ所長が、割と冗談ではなさそうに言った。
「この場で殺すべきか、ちょっと考えた」
 所長は行ってしまう。後を追おうと思った私は、しかし所長の言葉が杭として刺さったかのように動けなかった。
 もう一度、自分の姿を良く見た。所長の言うとおり、こいつはバケモノだ。それが本当にバケモノみたいにチャオに襲い掛かって――ああ、ほんと所長の言うとおりだ。他人から見れば笑い事じゃない。撃たれても死なないバケモノが誰かを襲ってるんだから。
 何やってんだ、私は。
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No.10
 冬木野  - 11/10/4(火) 15:43 -
  
 今回の私はどうもおかしい。
 ターミナルの時もそうだったが、どうも省みるっていう事をしない。後に起きるであろう問題というものを考慮せず、できると踏んだら見切り発車だ。本当に元探偵だったのか自分でも疑ってしまう。
 どこからこんな馬鹿馬鹿しいほどの余裕が出てくるんだろうと考え、真っ先に思いついたのは自分が不死身になったからという答えだった。
 何故か軽く受け止めていた、不死身になったという事実。
 当然、最初は僅かだが戸惑った。人間に戻って少しの頃のことだが、試しに指先をわざと切ってみたことがある。傷はあっという間に塞がり、自分が普通の人間ではないことがわかった。
 フロウルの話は本当だった。ひょっとしたら私がチャオから人間に戻った時に、ただの人間に戻っているんじゃないかと思っていたけど、私は不死身のままだった。ひょっとすると、眠っていた時と同じように成長もしないし、衰えもしないんじゃないかとも思った。
 ぞっとしたのは束の間だった。利便性で言えばこいつは大きなメリットだ。特に悩まず、そんな答え一つを出してすぐにこの問題から目を逸らした。
 だから本当に悩んだのは、これが最初だ。
 不死身になったせいで、自分を律する事ができていないのだから。


「……おい、どうした?」
「あ、いえ」
 所長の声で、私は現実に引っ張り戻された。
 その後、ミキを含めた私達三人はGUNの警備隊に殺人未遂として人工チャオ達を引き渡した。当然ちゃんと着替えてから。制服は残り一着だった。
「最後の一仕事だ」
 植物園をあとにした私は、所長の言うそれに付き合うべく二人についていくことにした。
「仕事って、ひょっとしてフロウルの手伝いとかですか?」
「知ってるのか?」
「全然」
 フロウルとは話こそしたが、今やっていることについては全く触れていなかったし。
「……知らねえって、お前ここに何しに来たんだ?」
「何しにって、フロウルを探しに来てたんですよ」
「ふーん。なんだな、あいつも目立ちたがりになったもんだ」
「目立ちたがり?」
「少なくとも事務所ん中じゃ、あいつを知ってるのは俺だけだったもんだ。今じゃ名前だけならみんな知ってんだろ?」
「まあ、そうですけど。……あの、どういう経緯で知り合ったんですか?」
 ふと気になったことを問いかけてみる。特に話し難い事というわけでもなく、所長は気軽に、簡潔に話してくれた。
「別に、義兄経由で知り合っただけだよ」
「シャドウさんですか」
「ああ。あいつの裏組織のガサ入れに付き合ってたらしい。それでなんとなく知り合って、そんだけ」
「そんだけ?」
「おう、それ以上のことはなーんも」
「よくそれで協力関係になんかなりましたね?」
「ま、仮になんか厄介事が起きても問題無いしな」
 欠伸交じりの台詞は、しかし所長が言うから説得力があった。いつかに見た“魔法使い”としての所長の背景があるからだろう。軍隊の一個中隊相手は云々というフロウルの言葉を思い出す。
「で、こっちも一つ聞きたいことがあるんだがよ」
「なんですか?」
 何を聞かれるんだろうなと所長の言葉を待つ。所長はすぐには切り出さず、言葉を捜すように余所見をしながら歩く。
「――お前、死なないのか?」
「え?」
 死なない……って、なんだろう。私が不死身かどうかっていう話か?
「お前が撃たれてるとこは見てた。頭や胸も撃たれてたろ」
「ええ、まあ、そうですけど」
「死なないのか?」
「……はい。死んでませんね」
「そうか」
 もっと深く掘り下げられるかと思ったが、所長はそこで言葉を区切った。こちらから何か切り出すべきかと悩んだが、何を話せばいいものかわからない。結局所長がまた口を開く側に。
「お前が不死身だってこと、誰が知ってる?」
「え……と、所長達の他にはシャドウさんと、あとはフロウルくらいです。多分」
「そうか。ちゃんと隠しとけよ。事務所の奴にも、保護者にもだ」
「わかってますよ。言い触らしたって意味ないじゃないですか」
「そういう問題じゃねえよ」
 じゃあどういう問題だろう、と思っても所長はまた言葉を止めてしまう。会話が続かないなと嘆きながら車の流れを眺める。
 この辺りは道路端に停めてある車の数が比較的多い。テーマパーク近くを歩く客層を狙った売店が多いせいだろう。見ると、客入りの多い飲食店やお土産店の姿が目立つ。改めて停められた車の中を見ると、退屈そうに友人達を待つ人の姿が見える。どの車もそんな感じだ。
 そんな中、一台の車が目に付いた。見た目は普通の乗用車だ。最近の車らしい、違いがわからない平凡な車だ。だからそれに気付いたのは偶然なのだろうが。
 その車の運転手と、目が合った気がしたのだ。視線はすぐに外したが、相手が何者なのか意外なくらいすぐに気付いた。植物園に来る前に撒いた追っ手だ。私が出てくるのを待ってたのか。なんにしても厄介だ。何が目的か知らないが、見つけたからには向こうも私を追ってくるだろう。どうにかして手を打たないといけない。
「あの、所長――」
 ここは一つ手を貸してもらおうと思ったが、所長は私の言葉を手で遮った。懐から無線機を取り出し、誰かと連絡を取り始める。
「どうした……ああ? なんでターミナル近くが張られてんだよ、こっちで誘き寄せたはずだ。そんなに人員使ってるってのか向こうは。窮鼠ぉ? 知るかよそんなの。やったのはユリだろが」
 おいなんか私の悪口してねーかおい。
「うっせーないいから出しちまえよ。……面倒くせーな、そんなのテメェでどうにかしろよ使えねえ奴だな。……あ? 今なんつった保父か? 保父って言ったか死なす」
 何がどうなってるのかさっぱりわからないが、少なくともこの場ではらはらしてるのは私だけだ。表情ごと直立不動なミキがちょっと羨ましい。というか保父ってなんの話だ?
「ああもうわーったよ行けばいいんだろ行けば。ゆっくり行くからせいぜい頑張れ」
 ぶっきらぼうに通信を切って、舌打ちしながら「行くぞ」と足を速めた。
「あの、どうしたんですか?」
「使えねぇクソ兄貴が追い掛け回されてんだ」
「え、何に?」
「裏組織の奴だよ」
「そんなのシャドウさんならどうとでも」
「車で運んでる奴がいるんだ。それに派手な真似はできない。フロウルが噛んでる件だからGUNに勘付かれると厄介なんだ」
「あ、その」
 必要なことを捲し立ててさっさと行こうとする二人に慌てて声をかける。
「すみません、ちょっと野暮用があって私」
「好きにしろ」
 どうやら私は必要ないらしく、さっさと行ってしまった。ま、当たり前か。
 私が所長達についていけない理由はもちろん、車道の方で私に熱烈な視線を飛ばしてくる誰かさんがたのお相手だ。所長達のやっていることがなんなのかは正直よくわからないが、追われているとかどうの言っていた。そんなところに私が行ってみろ、有り難味の無い追っ手の三割り増しセール開催だ。
 一番手っ取り早い手は、ここから最も近い植物園のGUN警備隊を通信で呼び出して、この場にいるであろう不審者達を捕まえてもらうことだろう。だけど私はカチューシャ型無線機に手を伸ばしかけたところで体が硬直してしまう。車道と歩道を繋ぐ階段から集団が上がってきていたのだ。ちょっと目を離して所長と話していた隙に距離を詰められてる。
 咄嗟に私は逃げだした。GUNに救援を呼びかねたという致命的なミスを犯して。今からでも追いかければ所長達がいるかと思ったからだ。でも、歩道の角を曲がった先にいたのは所長達ではなく見知らぬ男の集団だった。まずい、挟み撃ちだ。
 ここで混乱した私は、恐らく最も選んではいけない選択をした。周囲に民間人も沢山いるんだからこの場で抵抗すればまだマシだったかもしれないのに、あろうことか歩道を飛び降りて、車道とは反対側のビル群に向かってしまったからだ。
「おい、なんだあれ」
「人が飛び降りたぞ!」
 後ろから聞こえる全ての声を振り切って、私は路地裏に逃げ込んでしまう。お前本当に自分の身第一が信条の職業してたのかよと自問自答するくらい馬鹿げた真似をした。民間人が身の安全の為に逃げるなら人の通りが多い場所だ。こういったとこに逃げ込むのは後ろ暗い人間のすることだろ。
 そんな自分の失態に舌打ちし、私はすぐに足を止めた。もう待ち構えられてる。あの歩道からこっちに逃げることが読まれてたっていうのか? どうして、と思って昨日の私の行いを振り返って後悔した。ターミナルの一件、あの段階でかなり手の内を晒していた。やっぱりターミナルの外にも、民間人に紛れた組織の人間がいたのだ。これくらいすると踏んで追いかけてきたんだ。
 後ずさりして、すぐに追っ手にぶち当たった。そいつは私の頭を掴み、壁に打ち付けて押さえる。
「動くんじゃねえ」
 もう一人の男が、私の右手を壁に押さえつけた。もう片方の手にはナイフを握っている。
 刺される。そう思った頃にはとっくに手遅れだった。
「あぐっ……」
 痛みは、想像していたものとは全く別のものだった。激痛は撃たれた時のように一瞬で、その時と違うのはいつまでたっても気持ち悪い悪寒が続いていることだった。瞼が重くなる。
 ナイフはすぐに抜かれた。悪寒もそれと一緒に消え、右手の傷はみるみるうちに塞がる。
「間違いありません」
「やはり」
 間違いないって、私が不死身だってことか? 昨日の追いかけっこで弾丸を貰ったところまで見られてる。所長にちゃんと隠しとけって言われた矢先にこれかよ。
「これで連中を黙らせられる」
 連中? 連中って誰だ。そんな私の疑問には当然彼らは答えず、かわりにスタンガンを取り出した。
 やられる。
 目を固く閉じたその時、路地裏に強風が吹き抜けた。突然台風が直撃でもしたのかと思った。その場にいる全員が怯み、私を押さえていた男も手を離した。
 何があったんだろうと振り返ろうとした時、唐突に誰かに体を抱えられた。
「大丈夫?」
「み、ミスティさんっ?」
 ボード型のギアに乗ったミスティさんが私に向けて眩しいくらいのウィンクを見せた。しかもこれ、どさくさに紛れてお姫様抱っこじゃないかよ!
「え、な、なんで?」
「話はあとあと」
 半ば混乱している私をしっかりと抱き抱え、ギアをUターンし一気にスピードをあげ、表へ大脱出。あまりの勢いに振り落とされそうになり、私は構わずミスティさんの首の後ろに腕を回した。この状態、尋常じゃなく怖い。なんでこんな状況でそんな涼しい顔してるんだよこの人は。
「ミスティ、来たよ」
 背中に背負われたフウライボウさんが、後方から私達を追う車を一台確認した。準備が良すぎる。私が植物園にいる間に頭数揃えてたのか。
「かもしれないね」
 前方で待ち構えるもう一台の車を見て、ミスティさんが目を細める。
「それにしたって数が多過ぎる」
「まあなんてったってユリちゃん可愛いし」
「茶化さないでくださいよ!」
「えー? ほんとのことなのに」
 軽口を言いながら、待ち伏せていた車や一般車両を縫うように避けていく。事故が少ないことで売りの交通分離帯は混迷を極め、一般車両はハンドルを切って道路脇に逃げる。追っ手の車がこれを好機と見てスピードを上げるが、ミスティさんはそれ以上のスピードを出して軽々と振り切る。
 と、ここで思わぬ事態になった。
 もうしばらく続くかと思われたこのチェイスに、突然の乱入者が現れた。それはチャオの一団で、猛スピードで走る車に対して横から体当たりをかましたのだ。驚くことに車は質量の法則を忘れたかのようにガードレールまですっ飛び、後続はみな急ブレーキを踏んで止まってしまった。
「あららー、こんな時に敵対勢力が鉢合わせだ」
「敵対勢力?」
「うん。多分HUMANとCHAOだね。さっさとずらかろう」
 とうとう銃声と悲鳴が轟き始めた道路から、私達はぐんぐんと遠ざかっていった。
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No.11
 冬木野  - 11/10/4(火) 15:48 -
  
 結局私達はターミナルの近くまで逃げ果せた。
「は……恥ずかしかった……」
 ようやくお姫様抱っこから開放された私は、入る穴を探すように歩道の胸壁で項垂れた。騒ぎの中心から抜ければ市民の注目は当然私達に集まるわけで、とにかく尋常でなく恥ずかしかった。もういいから降ろしてって言っても聞かないし。
「だってユリちゃん抱き心地良いし」
 おいこらもうちょっと表現を考えろ。
「何さー、もう二回目じゃんよー」
「ああそんなこともありましたね!」
 いちいち細かいこと覚えてるんですね! よほど私を抱っこするのが気に入ってるんですね!
「はああああ」
 ここ最近で一番盛大な溜め息を吐いた。見ろ、そこらの皆々様がこっちを見てヒソヒソ話していらっしゃる。わたしゃもうこの街を歩きたくないよ。そこの女性とは特に。
「抱かれるのは、おキライ?」
「……で、なんであんなタイミングで現れてくれたんですか?」
 何かと危ないので、話を無理矢理逸らした。
「あーそれね」
 ネタが滑ったことも気にせず、ボックスの形状に戻したギアをフウライボウさんに渡して、私のすぐ隣で胸壁に体を預けるミスティさん。車の流れを眺めながらそれとなく話し始める。私はそれと対照的に空を見上げた。いつの間にか茜色に染まり始めようとしている。
「特に大したことじゃないよ。朝からユリちゃん出かけて暇だなーって思って、なんとなくボタニカルガーデンで遊んでただけ。ねー?」
「ねー」
 まともにフロウル探しをしてたのは私と裏組織の方々のみだったというお話でした。
「それで偶然ユリちゃん見つけて追いかけてみたら、というお話」
「はあ」
 そりゃまた運が良かったと思うべきなんだろう。だがしかし素直に感謝しようって気になれないのはなんでだろうね。
「で、私も聞きたいことがあるんだけどさ」
「ええ」
 なんで追われてたの、とか聞かれるのかと思ったが、彼女の視線は私の右手に注がれた。どうやらそこまで見られていたらしい。
「あー、なんて聞いたらいいのかわからないんだけど」
「まあまあ、何が言いたいのかはわかりますよ。これでしょ?」
 右手を軽く振ると、彼女はうんそうと頷いた。所長にあんま喋るなって言われた矢先にトントン拍子で漏れていく。これほど秘密を守れない私は本当に探偵だったのか今一度再考する必要がある。
 が、今回は誤魔化しようもないので正直に話した。私が不死身になったこと、もう制服を二着も無駄にしたこと、ゾンビごっこをして遊んだことも。
「え、なにそれおもしろそう」
 何故かゾンビごっこに食い付いたのはスルーした。
「誰にも喋らないでくださいね」
「当たり前だよ、そんなのバラしちゃったら大変だよ? 世界中のマッドサイエンティストに体を弄くり回された挙句に博物館とかに並んじゃうレベルだよ」
 現役作家の発想力は流石だった。博物館に並ぶとこまでは考えてなかったな。
 しかしなんだ、話してみてもあまり驚かないミスティさんに、私の方が内心驚いていた。もっとこう、うっそだーとかちょっと見せてよーとか言われるかと思ってたのだが。むしろ彼女は何か感慨深そうな溜め息を漏らした。
「そっかぁ……とうとう不死身の人間ができちゃったのかぁ」
「とうとう? なんですか、そんな前から作ってましたみたいな言い方して」
「え? あー、そっか知らないのか」
 一つ咳払いして、彼女は言葉を探るように“昔話”を語り始めた。
 それはおそらく、この世界を裏から彩っている背景の一レイヤーだ。


「そもそも、50年前のプロフェッサーさんが何をしたかったのかは知ってる?」
 話はそこから始まった。
 50年前、彼が行っていた計画の名は“プロジェクト・シャドウ”。今やこの世界の英雄の一人として知られる究極生命体を作り出した計画だ。
 彼は50年という長い年月を経て目覚めた。始めはこの世を滅ぼす為に。だが、その引き金が引かれたのは悲しい事故のせいだったという。
「表向き、事故だけどね」
「表向き?」
 原因はハッキリしていないらしいが、彼が研究を行っていたスペースコロニー:アークにて、計画途中の産物である人工カオスの暴走が起こった。政府は彼の行っているプロジェクトが危険なものであると判断し、アークの封鎖を決断。関係者を一人残らず口封じした。
 その引き金は、彼の最愛の孫娘にさえ向けて引かれ、彼の心を狂わせた。

 元々、プロジェクトの本当の目的は不老不死の研究だったそうだ。というのも、ジェラルドの孫娘が先天性免疫不全症候群であったことに起因している。
 だが、当時の政府や軍は彼に軍事研究に強いた。わざわざ究極生命体を生み出すというお題目を掲げたのは、孫娘を救う為にやむをえない決断だったのだ。
 結果として、プロジェクトは成功したとも言えるし、失敗したとも言える。究極の生命体は完成したが、孫娘の命を救うことは叶わなかったのだから。

 そもそも産物とは言え、アークの封鎖という最悪の事態を招いた一因である人工カオスや、光学兵器エクリプスキャノンなどの兵器が作られていたのは何故か? 理由は長らく政府の望みのものを作ったからだと思われていたが、本当の理由はもっと別のところにあった。
 ジェラルドが不老不死の研究を完成させたのには、ある人物の協力があったからだという。その人物は俗に言う宇宙人であり、後の50年後に大規模な地球侵攻を企てた“黒の軍団”の頭領だ。彼はその人物から不老不死の研究を手助けをしてもらったが、その代償として50年後の地球侵攻の手助けを約束されていた。
 簡単に言ってしまえば、アークに存在した様々な兵器は、黒の軍団を迎え撃つ為の防衛手段となるはずだったのだ。それが50年後を狂わせる悲劇を生むとは誰も想像しなかったし、アークに存在した兵器が作られた本当の理由を知ったのはそれからたっぷり50年も後、黒の軍団に地球を好き勝手荒らされている最中の事だった。
 数え切れない程多くの犠牲を払って、ようやく、ようやっと世界は平和を手にいれた。はずだったのだ。

 事の真相を知った政府は、黒の軍団を追い払った後で大論争を行うことになった。ジェラルドの研究を引き継ごうという声が挙がったのだ。
 議論は激烈を極めた。あの時の悲劇をもう一度繰り返すつもりか、いや今回は事情が違う、しかし究極生命体を作り出すという目的は成った研究は既に終わっている、まだだ医学への応用が済んでいない、と熾烈な意見のぶつけあいに。
 当然、大統領はこれを容易く認めることはできなかった。確かに不老不死の研究は完成していた、だがしかしそれが生み出した悲劇も知っている。今こうしてジェラルドの想いを引き継ごうという者の中に、凶悪な思想を持つ者がいることぐらいわかる。医学への応用は建前で、本音は軍事への転用ではないのか。大統領はそれを懸念し、研究の再開にゴーサインを出さなかった。
 だが、結果は知っての通りだ。ジェラルドの研究は裏の世界で再び動き出してしまった。

「一つ、質問があるんですけど」
 話が一段落したところで、私は口を開いてみた。
「さっき――私があいつらに捕まった時なんですけど、あいつらが私の事を不死身だってわかった時に、これで連中を黙らせられるって言ったんです。なんのことかわかります?」
「そりゃ多分、研究者達のことでしょ」
 ミスティさんの言う研究者達とは、厳密には裏組織に所属していないが、この研究に手を貸している者達のことだそうだ。
 プロジェクトを再始動させようとは簡単に言っても、蔓延る裏組織にそこまでの人材がそういるわけでもなかった。だから世界各地の研究者達に医学応用の為と言って研究を任せていたらしい。中には報酬に目が眩み、兵器製作を担っていると知りつつ協力している者もいるらしいが……なるほど確かに私を引き連れて「これが君の成果だ」とか言ってやれば研究者達を納得させることもできるわけだ。
 そうして研究者達はまた、兵器製作の為に自らを滅ぼしていく。かつてのプロフェッサー・ジェラルド・ロボトニックのように。
 倉見根サユキも、そんな研究者の一人だったのだろうか。
 彼女の先輩が何者なのか、少なくとも今の段階ではわからない。木更津父という可能性は、今はまだ可能性でしかないが、それでも彼の父がどういう立場にあった人間かはわからない。そしてサユキさんが何を思って研究に参加したのかはわからない。どちらも既に、この世にはいない。
 知ることはできるのだろうか。それに触れてもいいのだろうか。
 わからない。


 ふと、頭の通信機が呼び出しを告げた。現実に引っ張り戻され、呼び出しに応じる。相手の第一声は、おそらく私の聞いた中で一番失礼極まりなかった。
『おいバケモン、助けろ』
 ……久々に私に連絡を寄越したかと思えばなんだ。女の子相手の誘い文句には思えない。縦読みしようが斜め読みしようが。
「あの、所長? 別に怒ってるとかそういうのじゃないんですけど、人にモノを頼む態度って知ってます?」
『今どこにいる』
 聞けよ。お望みなら怒ってやらんでもないぞ?
「ターミナル近いとこですけど」
『そこから東の方向に走っていくと廃工場がある。すぐに来い』
「ちょ、まっ」
 こっちの待ったなぞ聞く耳持たず、所長は音速で通信を切った。
「どうしたの?」
「いや、呼び出しなんですけど……」
 東。いつぞやに司令官殿から貰った簡易地図を見たり、陽が沈むのとは逆の方角を見たりして、私はまた深い溜め息を吐く。
 モノポールという都市は、大雑把に言ってしまえば日本でいう東京都を逆さまにしたような形をしていて、ターミナルを中心としたメガロステーションは西端の部分を占めている。そこから東に向かって観光都市の様相を見せていく。
 まあ何が言いたいかっていうと、一度逃げてきた道をまた引き返せっていうのかよと頭を抱えたいんです私は。
「冗談じゃねえよ……」
 そういうわけなので頭を抱えた。大体私が行ってなんになるんだよ? せいぜい使いまわしの利く体当たり要員にしかならないじゃないか。私はただ死なないってだけで役に立つとは限らないんだよ? 本当だよ?
「手伝おっか?」
「いや、いやいやいや、いいですいいです。その、ありがとうございました」
 結果的にそれが後押しになったか、私はお礼の言葉だけ残して夜の帳が下りてくる方角へ引き返した。空模様が暗くなるにつれて、私の気持ちも沈んでいく。
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No.12
 冬木野  - 11/10/4(火) 15:51 -
  
 道路は酷い状況だった。
 植物園付近の惨状を見越して歩道を進んでいた私は、案の定パトカーや救急車で入り乱れた道路を見て息を呑んだ。既に噂を聞きつけたマスコミも飛んできている。
 被害は市民にも及んだようだ。マスコミの人間の会話がこっちにも聞こえているし、それを耳に入れた野次馬達もあることないこと言い合っている。なるたけ目を付けられないように迂回して、私はその先を目指した。
 車道は交通分離帯には珍しいことに渋滞ができあがっていたが、それとは対照的に歩道が空いていた。警察やらなんやらの目が届かなくなったところで私はギアを稼動させる。
 昼前にフロウルと話していた時を思い出す。この道はその時に走っていた場所だ。この先に何があるのかは教えてくれなかったが、所長の言う廃工場なんだろうか。もしそうなら、フロウルと一緒に何かをやっているわけだ。そういえば、車で誰かを運んでいるとも言っていた。それがフロウルか? それとも別の誰かを?
 あれこれ考えながら進んで行き、やがて廃工場とやらの姿が見えてきた。この辺り一帯は街からも大分離れ、周りには車も人も、建物の姿もあまり見かけない。近代都市の中で唯一時代に取り残されたみたいな所だ。
 だんだんと目的地に近付くに連れて、何か様子がおかしいことに気付く。風が強い。私がエアを吹かしているせいじゃない。方向の定まらない風が忙しなく吹き抜けている。
「……やれやれ」
 思わず首を振った。
 複雑な気分だ。ノンフィクションを含めたって、ここまで非現実的な世界に身を置いている探偵はそう多くないだろう。SF染みた科学が作り出した人工生命体や、経緯不明の魔法使いの知り合いがいる。我ながら何か間違っている気がする。
 ――いや、確かに間違えたのだろう。どこかで、誰かが。
 それは倉見根サユキかもしれない。もしくはサユキの先輩さんかもしれない。裏組織か政府かもしれないし、軍かもしれない。プロフェッサー・ジェラルド・ロボトニックかもしれない。或いは、彼の孫娘かもしれない。
 そうやって元を辿って寛容な目で見れば、彼らがみな間違えてしまったのはある意味仕方のないことかもしれない。そもそも不老不死の研究なんかしなければ、ここまで話は大きくならなかった。なんて言ってしまえば、それはジェラルドの孫娘が病弱だったのが悪いということになるし、ジェラルドの孫想いが過ぎたと責めることにもなる。それはあまりにも酷い責任転換だ。
 ただ、運が悪かっただけなんだ。
 ジェラルドの孫娘が病弱だったのは仕方ない。それを治そうとしたジェラルドは何も悪くない。50年前の国際情勢からすれば政府や軍の判断もある意味自然なことだったのかもしれない。裏組織にその技術が渡ってしまうのも時間の問題だったろうし、サユキの先輩やサユキさんにも何か事情があったのかもしれない。そうした盛大な紆余曲折があって、いつの間にか私も巻き込まれていた。
 果たして誰の運が悪かったんだろうか。こんなイカれた負の連鎖、本来ならどこかでとっくに止まっていたはずだ。
 どうして止まらなかったんだろう。
 どうして止められなかったんだろう。
 昨今街を歩けば、平和ボケした連中が気軽に笑顔を振り撒いて歩いている。だけど裏の世界では、わざわざ苦痛に体を浸して生きている人達がいる。それ以上進めば取り返しのつかないところにまで行くものと知っているのに。
 本当にその先に、あんたらの信じる幸せがあるっていうのか?

 答える者のいない禅問答を、一際強い風が吹き飛ばした。気付けば廃工場は目の前だった。
 思い切って敷地内に飛び込む。これが想像を絶するほど広く、メインの大きな工場を奥に構え、暗くてよくわからないが屋外にも倉庫や機械が散らばっている。工場というよりも要塞とか言われた方が納得できるくらいだ。
 エアを止めて、手近な壁に張り付いた。不規則な感覚で吹く風に煽られながら耳を済ますと、強風の音に紛れて金属音のようなものが聞こえてくるのがわかる。テレビで聞いたことがあるような音だ。例えるなら、剣と剣がぶつかり合うような効果音。
 いくらか迷って、音のする方へと移動していく。壁伝いに動いて、周囲を確認しながら慎重に。
「あっ」
 漏れた声を咄嗟に抑えて、壁際から出した頭をすぐに引っ込めた。
 いる。小さな人影が、一瞬見えただけでも四つ。二つは所長とシャドウさんだろう。もう二つは……敵。おそらくは人工チャオ。
 熾烈を極める効果音が私の背中にも浴びせられているようで、嫌でも寒気がする。私は今、まさに命のやり取りが行われている場所に居合わせている。こんなとこに呼び出してどうしようっていうんだ。加勢しろとでも?
「――だあーっ、おっせーなユリの奴」
 やっぱ待たれてるし。
「どうした、もう泣き言か」
「うるせーな、やり難いだけだ。変に騒ぎ起こせばGUNに見つかっちまうだろ」
 そういえば、GUNには見つかりたくないって言ってたな。確かフロウルが噛んでる件だからか。
 フロウルは不特定多数の裏組織とGUNに追われている。だからあえてGUNを呼び寄せ、裏組織の動きをなるたけ封じることを選んだ、ということになるのだろう。だが今こうして裏組織の人工チャオに目をつけられ、しかもGUNは街中に散らばっていてと裏目になっている状況なわけだ。ここまで面倒な状況を作っておいて、結局フロウルは何がしたいんだろう? その詰めの甘さに溜め息が漏れる。
 さて、改めて状況を整理しよう。ついさっき聞こえた所長の言葉からすれば、おそらくは二人とも本調子ではない。付近を誰かが通りかかり、警察だのGUNだのの横槍が入るのを懸念している。幸か不幸か、警察達は植物園前で起きたイベントに夢中だ。市民もせっせと野次馬しにいっているに違いない。地図を風に飛ばされないように確認し、多分近くは誰も通らないだろうと半ば願いを込めるように判断した私は、意を決して所長に無線連絡を入れた。
『誰だこんな時に、ユリか?』
 出てくれた。だがその隙を突かれたのか、再び激しい金属音が響き始める。強風も相俟って非常に通信しにくい状態だが、それでも私は声を抑えて情報を伝えた。
「私です。今、GUNは植物園前で起きた裏組織同士の抗争の後始末に追われている状態です。市民も大勢野次馬に行ってます」
『ああ? なんの話だよ?』
「今ならハメ外しても問題ないって言ってんですよ!」
『あーなるほどな。で、お前今どこにいんだよ? 近いんだろ?』
「え? いや別にまだ向かってる最中ですけど」
 咄嗟に嘘を吐いた。このまま巻き込まれない方向で行ってくれればありがたい。
『嘘こけそんなタイムリーな報告しやがって、しかも風の音うるせえぞ』
 やっぱ駄目でした。もうちょっと自分の身の安全を考えてから通信するんだった。
『まあいいや、ハメ外していいってんならすぐ終わらせられるだろ。ちょっと本気出すからお前は離れて――』
「避けろ!」
 シャドウさんの声が聞こえたのは突然だった。目の前に何かが現れたのも突然だった。
 腹を貫かれたと感じたのも、突然だった。
「邪魔だ」
 激痛は一瞬のこと。体を支配するのは、今日だけでも何度も味わった悪寒だ。
 閉じそうになる目を凝らして、目の前にいるそいつを見た。なんてことはない普通のノーマルチャオだったが、その手が鋭利な刃物になっていて、私を貫いたのもそいつの手だということがわかる。いつぞやに同じのを見たことがある。紛れも無く戦闘用に作られた人工チャオだ。
「なに、すんだ」
 私を貫いている鋭利な手を、掴んだ。触っただけで手が斬れてしまったが、痛くはない。氷を触っているような感じだ。これはこれで手を離したくなるが、私はその手を離さない。虫けらでも見るような目をしていたそいつは、私の起こしたリアクションに多少は驚いたようだ。
「邪魔だ、と言っている」
 そう言ってそいつは、もう片方の手で胸元を貫いた。悪寒は変わらないが、息がし辛いというかなんというか。
「なに、すんだ、って、言って」
 もう片方の手も掴んでやると、いい気になっているそいつの顔が怪訝そうになった。代わりに私の方がしたり顔になる。
「貴様、何者――」
 そいつは言葉を切って私に突き刺した鋭利な二の腕を引き抜いたが、その咄嗟の反応も空しくシャドウさんの持つ刀に後ろから斬り捨てられた。うつ伏せに倒れ、灰色の繭に包まれる。死んだのだ。あっさりと。
「呼んだところでどうしたものかと思ったが、役に立ってくれてよかった」
 彼は軽く言ってくれたが、私といえば目の前で誰かが死んだという事実に――ほんの僅かな間だけど――囚われていた。フィクションほどじゃないけど、職業柄人の死には立ち会ったことはある。いつかに銃の引き金を同じ人工チャオに向けて引いたことだってある。だけどやっぱり、この言い知れない感情を素直に受け取ることができない。
 そんなもやもやを、とんでもない強風が吹き飛ばした。今までのものよりも遥かに強烈で、比喩ではなく吹き飛ばされそうになる。身を屈めて踏ん張り風の吹いてくる方向を見遣ると、そこにはシャドウさんと同じような刀を手に悠然と歩を進める所長と、何やら地面に蹲っている敵がいた。信じ難いが、上から立ち上がることもままならない強風に押さえつけられている。
 後は簡単な事だった。動けなくなった敵に対して、所長が上から刀で串刺しにしただけだ。まったく、誰がバケモノだ。死なないだけの私に比べれば、所長達の方が遥かに恐ろしいじゃないかよ。
「やっと終わった」
 自らが作った灰色の繭を目の前に、所長は一仕事終えた顔をする。風はいつの間にかピタリと止んでいた。
「ユリが来た途端にこれだ。あんま実感ねえけど、助かった」
「……そうですか」
 血交じりの溜め息を吐く。私がしたことは情報提供と的代わりだ。それで感謝されるなら安いような、全然安くないような。
 何はともあれ凄く疲れたような気がして、手近な壁に背を預けてへたり込んだ。所長はといえば無線機を取り出して誰かと二言三言会話したように見えたが、耳を傾けなかった。
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No.13
 冬木野  - 11/10/4(火) 15:56 -
  
「実はな、今回俺はお前のことをフロウルだと思っていた」
 シャドウさんにしては馬鹿げた言葉に、私はとにかく面食らった。
「……な、なんで?」
 あまりにも突拍子の無いカミングアウトに一瞬頭の中が真っ白になったが、彼が言うには、GUNは本来フロウルの足取りを掴んでいないはずなのに、そのGUNから情報をもらったといって現れた私をユリとは思わなかったようだ。
 だからってなんで私と勘違いするんだって話になるが、正体不明でお馴染みのフロウルが「じつはぼくふじみなんだー」とかなんとか言っていたらしいので、それで試しに腕の一本を撃ち抜いて判断したとか。
「いやそれ出会い頭のことですから! 会話したのそれより後ですよ!」
 そこを指摘すると、珍しいことにシャドウさんが言い難そうに口を開いた。
「……俺のことを“フェイ”と呼ぶのはフロウルだけだ」
 そう言われて、私がフェイという名を知ったのは、自分が死んでいる時だということをようやく思い出した。

 確かに忙しかったのですっかり忘れていたが、結局シャドウさんとは合流なんかしなかった。
 どうやらその後本物のフロウルと会ったようで、ずっとそっちを手伝っていたようだ。本当に私がこっちに来ていると知ったのは、所長が私に救援を求めた時だったそうな。


 ̄ ̄ ̄ ̄


 そんなこんなでシャドウさんと別れ、私は何故かワゴン車を転がすことになった。
「……なんで私が運転するんですか」
「俺免許持ってねえし」
 物騒にも所長は助手席で刀を抱えていた。一応鞘には納めてあるが、なんでもいいからさっさと隠してほしい。物騒の度合いで言ったら、血で汚れた服でそのまま運転してる私も負けてないけど。ちなみに一応乾かした。座席に血をつけると後が面倒なので。
 カーナビを頼りに、植物園近くを迂回しながらメガロステーション方面へ向かう。すっかり暗くなったが、抗争騒ぎのせいで足止めされた他の車達がちょっとした渋滞を作っており、あまり夜遅くだということを実感しない。ふとバックミラーに映る四人の子供達の寝顔を見て、まるで親になったみたいな気持ちになり溜め息が漏れた。
 フロウルのやっていたこと。それはカズマら四人を人間に戻すことだった。いつかフロウルがシャドウさんに話した“後半”だ。
 元々あの廃工場にはごく小規模の派生組織が居座っていたそうだ。というのも、過去に大きな派生組織が人工チャオの管理に使っていたという都合の良い場所だったそうだ。そこから派生組織を追い出す為に、フロウルは自分の名前を使って陽動を行って防衛を手薄にさせ、所長とシャドウさんの二人で制圧した。
 カズマ達がモノポールにやってきたのは今日の昼過ぎ、ちょうど私達が植物園にいた頃のことだ。昨日の夜の内に呼び出された四人は、何故か適当な洋服を一着、あとは手ぶらという謎の手荷物でここに到着。そこで待っていたシャドウさんに言われるがままワゴン車に乗り、裏組織との楽しいカーチェイスに。人工チャオ相手の厄介極まりない追いかけっこだったが、幸運にも(私にとっては不運だったが)ちょうどその頃植物園の前の前で大事件が発生していたので、GUNや警察はみんなそっちに回り、GUNに目を付けられないという目標は簡単に達成できた。
 あとは私も知っての通りだ。追っ手を無くす為に人工チャオを殲滅、その間に四人を人工チャオから人間に戻した。
「そういえば気になってたんですけど、人工チャオを人間に戻す方法って」
「ああ、お前のとは違った方法だよ。俺はよくわかんねえけど、人工チャオに情報を移すのも人間に戻すのも、ちゃんとそれ用の機械を使ってんだ。変な後遺症も無かったみたいだ」
 そうか、私のはやっぱり例外なのか。てっきり四人とも殺しちゃってるんじゃないかとか思ってた。
「そういえば、結局フロウルはどこいっちゃったんですか?」
「また姿変えて暢気に観光でもしてんだろ」
 言われた通りの光景が目に浮かんで、思わずああと声をあげて納得した。あの男(いや女かもしれないけど)、危機感とかそういうものとは無縁そうだもんな。
「……ねえ、所長」
「ん?」
「あの四人の体を見つけたのってフロウルですよね」
「そうだな」
「結局フロウルの目的ってなんなんですか?」
「ああ? それならとっくに知らねって言ったろ」
「まあそうなんですけど……」
 それでも気になってしまう。素性がわからないというのは当然として、自分のことも気にしないで私達を助けてくれたというのはどういうことだろう。裏組織とは敵対しているようだから正義の味方でも気取ってるのかもしれないが、それにしたってシビアな裏の世界で生きてきた人間のくせにメリットやデメリットに疎くないか?
「別にいいんじゃねえの? 仮に敵だったとしても問題になんねえよ」
 私の悩みを、所長は簡単に一蹴した。
 確かに所長にとっては問題じゃないだろう。それは所長の魔法使いとしての側面を見ればあきらかだ。並大抵の奴は敵にはならない。
 ……ひょっとして、その戦闘能力を見込んでの事だろうか? それならこの協力関係も納得がいくが……。
「あー、面倒くせえことばっか考えるんだなお前。青」
「え、あっ」
 いつの間にか信号が変わっていた。慌ててアクセルを踏み込み、思考も置き去りにしていく。
「で、これからどうするんですか?」
「帰る」
 単純な一言を言い放ってきた。その意味を受け取るのに少しだけ手間取って、私は聞き返した。
「帰るって?」
「決まってんだろ。事務所だよ」
 そこまで言われて、ようやく私はその意味を実感できた。やっと帰ってくるんだ。所長が小説事務所に。
「なんだお前、変な顔しやがって」
「ああいえ、別になんでも」
 感慨に浸っている顔を慌てて戻した。
「あ、でもミキがいないんだっけ……」
「いるぞ?」
「えっ? どこ?」
 運転中にも関わらず後ろを覗いてみると、なんと私の真後ろの席に鎮座していた。全然気付かなかった。


 ̄ ̄ ̄ ̄


 空港に向かう前に、一度荷物を取りに行く為にミスティさんの泊まっているホテルの前までやってきていた。流石に血塗れのままホテル内を闊歩はできないので、ミスティさんに取ってきてもらった。
「そっかー、もう行っちゃうんだー」
 名残惜しそうに言いながらも、窓越しに後ろの四人の寝顔を見るミスティさんはどこか微笑ましそうだ。
「こうして見ると、まるで家族みたいだね!」
「家族?」
「うん。あ、でも駄目だぁ。所長さん浮気になっちゃうよ」
「おいこらどういう意味だ」
「じゃ、また会おうね!」
 所長に噛み付かれる前に、ミスティさんはさっさとホテルへ逃げ帰ってしまった。所長はばつが悪そうにそっぽを向いてしまう。
「早く出せよ」
 不機嫌な所長に促されて、私はアクセルを踏み込む。私が運転してる間もずっと窓の外を見たまま口を開かない。
「……リムさん、ずっと待ってましたよ?」
 からかったらものすげえ睨まれた。刀まで握ってたので、それ以上は何も言わないことにしておいた。


 空港に着いた頃には、既に飛行機が私達を待ってくれていた。私がここに来る時のと同じものだ。既に話が行っているのか、乗務員らしき人達が四人を機内に運ぶのを手伝ってくれた。
「やあ、忙しない探偵君。一日ぶりだね」
 そんな気はしたが、パイロットもここに来る時と同じ人だった。妙に印象的なこの人物を再び目の前にして、何やら言い知れないものを溜め息として吐き出す。
「随分お疲れのようだね」
「ええ、たった一日ぶりですから」
 体感ではもっと長い時間を過ごしたような気がするのに、思い返せば二日しかこの街にいなかったわけだ。来た時はGUNの最高司令官殿までもがお迎えに来てくれたっていうのに、帰りは寂しいものだ。
「そうだろうと思って、今回は機内上映と機内食を用意しておいたよ」
「へえ……ちなみに、映画のラインナップは?」
「僕の好みでカーアクションとスカイアクションを用意したよ。どっちがいい?」
「……あの、カーアクションってチェイス物ですか?」
「だったかな」
「……スカイアクションでお願いします」
 カーチェイスはもうお腹一杯だった。ちなみにお腹は減っていた。
引用なし
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新しい小説事務所 ドキュメント
 冬木野  - 11/10/4(火) 16:03 -
  
「やあお嬢さん、今日は絶好の恋愛日和じゃないか。というわけで付き合ってくだサイコミュ兵器」
 ぶん殴った。
「親父にもぶたれたことないのに!」
 覚えてないくせに。
「何故だ、何故俺はこうも恋愛に恵まれないんだ! 鏡で見たら結構高水準な顔してたのに、今日だけで三回も大打撃! ふにゃ〜ん」
 いい加減喧しいのでさっさと通り過ぎて来客用ソファに腰を降ろした。所長室はヤイバの他に眠りこけている所長と隅っこのパイプ椅子で本を読んでいるミキ、それと向かいのソファにヒカルとハルミちゃんが座っていた。
「……もう二回は二人が?」
「あたしの時は『オレと伝説になろう』とかほざいてたから鳩尾殴った」
「えっと、わたしの時は『さあ子供は寝たこれからが本当の大人の時間ギョエ』って言ってたので腹パンしました」
「ハルミちゃん酷いよ、ギルガメッシュくらい言ってもいいじゃんノリ悪いよ!」
 なんの話か全然わかんねえ。
 まあ、なんだ。確かに冷静に見てみると、案外悪くない容姿をしているのだ。友達に一人はいそうな当たり障りの無い顔をしていて、折角取り戻した体なのに早速目の下に隈を作っている以外は少なくとも問題点は見当たらない。ただ他の点が足を引っ張り過ぎているだけだ。性格は勿論のこと、なんでか知らないがヤイバの傍らには箱一杯の服(男物女物問わず)とかメイク用品とか山積みの雑誌とかが置かれてるし。
「何ソレ」
「何って、変装用のブツに決まってるじゃないですか。フロウル氏が羨ましくてやってみたいなあと常々思って」
「ああん?」
「あ、間違えた。今のは本音で、建前は今後諜報活動があった時に役に立つかと思いまして」
「ところでカズマは?」
 面倒くさくなったので無視してヒカルに話を振った。「聞けよ!」聞かねえよ。
「どうせ寝坊でしょ。昔から寝起き悪いし」
「へえ、詳しいね?」
「え、う、まあ」
 はっと手を押さえ、視線を逸らしてしまった。ひょっとして昔は一緒に学校に行ってたりしたのだろうか。
「話は聞かせてもらった! 人類は滅亡する!」
「ひゃああっ!?」
 なんともタイムリーなことにカズマが所長室に現れ、ヒカルが物凄いビビった。そんなことは気にせず早速ヤイバと二人で遊び始める。どこからともなく太鼓のバチを取り出し鍔迫り合い「それがわかっていながら何故戦う!」とか「軍人に戦う理由を問うとはナンセンスだな!」とか言い合うが、なんのネタかさっぱりわからない。ヒカルはそれを見て呆れたように首を振るが、ハルミちゃんはおかしそうに笑っている。なんのネタかわかるらしい。
 それにしても不思議だ。親子であるからしてカズマがユキヒサさんと似た顔をしているのは当然なのだが、感じる印象がまるっきり違う。ユキヒサさんは突けば簡単に壊れそうなくらい気弱な表情をしていたが、カズマはそれとは違う弱々しさを感じる。こうやって馬鹿みたいに笑ってるのは明るくて結構だが、あどけないというかなんというか。
「俺がガンダムだ!」
 あ、ガンダムネタだったんだ。
「俺もガンダムだ」「奇遇だな俺もガンダムだ」「ハルミあんたまで一緒になることはないの」「あーうー」
 ちょっと短めのふわふわな髪をわしっと掴まれて、ハルミちゃんは楽しそうにうめいた。こうして見ると本当にただの女の子だ。ぬいぐるみみたいにやわらかい印象を持っているこの子を見てると、とても何十人もの人間を刺し殺して回ったなんて過去を持ってるようには見えない。ただの可愛い女の子でしかない。
「ユリ、どうしたのぼーっとして」
「え、ああ別に」
 思わずじっと見つめたままだったらしい。ヒカルの気の強そうな目に指摘され慌てて取り繕った。何故か竹刀袋を持参していらっしゃるので、そのせいか凛とした威圧感があるのだ。
「あ、竹刀じゃん。ヒカルひょっとして剣道続けるの?」
「うん。なんか体鈍った気がすると落ち着かないし」
「こえーよ、運動できる人が体鈍ったとか言うのマジでこえーよ」
「わたしはかっこいいと思いますけど。ヒカルさん今度教えてください」
「駄目だハルミ甘く見るな、簡単そうに見えて剣道はキツいぞ。少なくとも僕は素振りだけで音を上げる自信がある」
「どんだけ虚弱なのよあんた……胸張っていうことじゃないし」

 ――ああ、やっぱり。
「ユリどうしたの? 急に笑い出しちゃってさ」
「いや、なんていうか……やっぱり、変わんないなって」
「ん? そんなの当たり前じゃん。だってユリの時もおんなじだったし」
「馬鹿言え同じじゃねーよ、ドSになって帰って来たろうが。今回だってドSが二人増えあいてっ! わかったハルミちゃんはノーカンにするからいてえ!」
「あんたわかって言ってんでしょ!」
 その後も馬鹿騒ぎはエスカレートし、最終的にはヤイバが「優しい女の子に会いたーい!」とか言って所長室から飛び出してしまった。


 結局(ヤイバは例外としておいて)三人とも親にはまだ連絡を入れていないらしい。東家に関してはその平和が無知によって保たれているからその判断もわからなくないが、倉見根家に関してはどうも話をし辛いのだろう。カズマはずっと塞ぎ込んでいた父と話す機会がなく、ハルミちゃんに至っては面識が無いに等しい。三人とも、親と会うのはもう少し落ち着いてからになる。
 そういえば、何故ユキヒサさんが長い間裏組織の人間に殺されなかったのかを所長が教えてくれた。答えは“手を出す暇がなかったから”なんだそうだ。
 ユキヒサさんが狙われ始めたのはサユキさんが殺されてからしばらくの事だが、その時ユキヒサさんを狙っていた裏組織は、活動資金を提供してもらっていた資産家に黒い噂が漂い始め、身の振り方を考えなくてはいけなくなってしまった。なにせその裏組織はその資産家から受け取る活動資金のみをアテにしていたちっぽけな派生組織だった為に、その資産家を失うことは組織の崩壊を意味していたからだ。新しい資金源を探そうにもコネがないというくらいだ。
 その黒い噂だが、どうやらフロウルが掴んだ“スキャンダル”のせいなんだそうだ。何はともあれその影響で組織は活動停止。再び動き出した頃にはカズマ達が事務所にやってきていた頃で、所長達は密かにユキヒサさんが殺されるのを阻止し続けていたようだ。毎日所長室でぐーすか寝てる所長しか見てなかったから知らなかったけど、ちゃんと日夜働いていたみたいだ。……多分、パウかリムさんが。
 こうして聞くと、私達は不思議な繋がりを持っているように思う。謎の大学のOBから始まった不運の連鎖が倉見根家を崩壊させ、東家の幼馴染を巻き込んで魔法使い達の傘下に流れ込み、いつの間にか守り守られあっている。私はそれに知らない内に関わっていたみたいだ。
 そんな私達を、ミスティさんは家族みたいだと言っていた。
 ――悪くない。
 私は、この家族が好きだ。これからもこの関係を守りたい。素直にそう思えた。
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「あ、でも後書きがないんだっけ……」
 冬木野  - 11/10/4(火) 16:27 -
  
「あるぞ?」
「えっ? どこ?」


というわけで、結局書き上げてしまいました。前回から二ヶ月ぶりです。
当初は面倒だし書けないだろうしとか言って無理だろうなーと早くも年越しの準備をしていたのですが、家にいるとものすげえ暇で暇で仕方なくて、気付けば執筆してました。とあるR氏も言っていたことですが、ここのサークルに居続けてるチャオラーさんってなんかおかしいですね。いや、悪い意味じゃないデスヨ?

確かに不思議なんですよね。こんな場末で小説を書き続けていることが。
自分の場合は「やり残したことがあるからちゃんと終わらせよう」っていう目的から始まっているのでまあ理に適ってるよな、とは思うんですが、冷静に考えてみるとどこがやねんと思うのですよ。
やり残すも何も、結局はほとんど誰も読まないに等しい小説を書くのに意味はありません。だからやり残したままだって問題はありません。むしろ書かないままの方がラクチンで経済的です。
だけど気付いた頃には書いてるんですよね。理屈では抑え込めない静かな衝動が、いつの間にか演繹を始めてるんです。とくに締め切りもないのに、早く書き上げなきゃって思ってる。書いてる間は、こんなの書いてる意味はないとか、そんなこと全く考えてません。
 どうして止まらないんだろう。
 どうして止められないんだろう。
 昨今街を歩けば、平和ボケした連中が気軽に笑顔を振り撒いて歩いている。だけどサークルでは、わざわざ小説に時間を費やして生きている人達がいる。それ以上書いても多くの人の目には留まらないものと知っているのに。
 本当にその先に、僕達の信じる幸せがあるっていうのか?


……よし、うまいこと本編に絡めてカッコよく纏められたぞ(ドヤッ


そういうわけで、前回言っていた目的は達成することができました。聖誕祭用の小説の為に本編を進めなきゃいけないっていうあれです。
聖誕祭まであと二ヶ月ちょっと! 果たして冬木野はその日までに執筆を書き終えることができるのか! そしてそれまでにお金を貯めて12月のゲームを買えるのか! 乞うご期待!


あ、感想も受け付けてますよ(社交辞令)
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