●週刊チャオ サークル掲示板
  新規投稿 ┃ツリー表示 ┃一覧表示 ┃トピック表示 ┃検索 ┃設定 ┃チャットへ ┃編集部HPへ  
1679 / 1837 ツリー ←次へ | 前へ→

小説事務所 「Continue?」 冬木野 11/8/8(月) 5:57

No.8 冬木野 11/8/8(月) 6:50

No.8
 冬木野  - 11/8/8(月) 6:50 -
  
 外には既に太陽はいなかった。心なしか、今日の月明かりはどの街灯よりも眩しく見える。
 詳しい時間帯はわからないが、少なくとも私達以外には誰もいないほど遅い時間ではあった。あまりの人気の無さに、アンジュさんの住む町を思い出すレベルだ。そんな街中を一人の影と幽霊が歩いているというのだから、これほどおぞましいことはないだろう。
 私の遺体――正確には、私の本来の身体――がある場所は、ステーションスクエアからかなり離れた場所らしい。間違いなく車で移動した方がマシな距離を、それでもシャドウさんは黙って徒歩で向かう。元より疲労もへったくれもない私には問題ないのだが。
 歩を進める度、目に見える場景は目に見えて変化していった。立派なビルの姿は後方へと消え、小さく薄汚れた貸しビルや民家の姿が多くなる。特筆すべき点のない、中途半端に都会染みた田舎だ。いつかにハルミちゃんを探しに行った時の場所と似ているような節があるが、その時と比べてどこか長居したくないと思わせる雰囲気がある。
「私にうってつけだなぁ」
 ホラースポット、というにはやや所帯染みてはいるが。
 人っ子一人いない道を、私達は黙々と歩く。本当に誰もいない。人間もチャオも、幽霊も。ただ見えないだけなのかもしれない。建っている建物の違いもわからないくらいだから。ちゃんと目的地に着けるのか、少し心配になる。それでもシャドウさんの足取りは迷わない。私は専ら彷徨う立場にあるせいか、彼の足取りに戸惑わされるばかりだ。知らない土地を親に手を引かれて歩く子の心境に近い。
 目的地に向かう間、私は不思議といろいろ考えていなかった。というのは、これまでにいろいろな事があって、いろいろな情報を知ったにも関わらず、という意味だ。別に頭の中を空っぽにしているわけではない。事実今は空っぽなんだろうが、そういう話ではなく。
 本当の自分。それが私の思い描いた答えと同じなのか。それ以外のことは何も考えなかった。


 シャドウさんはある建物の前で足を止めた。
 その建物は、やはり私にうってつけの建物だった。何を隠そう、立派な病院だったからだ。見た感じ既に使われておらず、どこからともなく雑草や蔓が生えまくっている。もしヒカルでも連れてくれば泣くか喚くかはしてくれるに違いない。それほどまでに雰囲気が出ている。当然シャドウさんは臆さず進むので、私も黙って後に続く。
 施錠もされていない扉の中はやはり暗く、照明と言えば非常口を示す緑色の看板だけ。一応病院であるから非常用の電力は働いているようだ。しかしこれがなかなか恐怖心を煽ってくれるもので、幽霊の身分でありながら何か出るんじゃないかと思って周囲を警戒してしまう。当たり前だが、シャドウさんはこれっぽっちもビビってない。開け放たれたままになっているいくつかの扉の全てを軽くスルーして、足元のわかり辛い階段を降り始めた。
「……なんだかなぁ」
 奇しくも階段の隣にエレベーターの奴があったものだから、やはりハルミちゃん絡みの事件の事を思い出す。
 事、昇降機には好かれていない私はあらゆる局面においてエレベーターを使えない。前回は電力が通っておらず、前々回はその場所まで踏み込めず、前々々回はそもそも存在に気付かなかった。今回は幽霊だからエレベーターを動かせない。こんなふざけた理由でエレベーターが使えなくなるなんて想像もしなかったな。私のイメージでは軽いポルターガイスト現象くらいは起こせるものと思っていたのに。無い無い尽くしの身で無い物ねだりをしながら、渋々階段を降りる。足を踏み外さないのが今の取り柄だ。
 地下は一階の倍くらい暗かったが、シャドウさんには十分見えているのか、平然と廊下を歩いていく。私も見失わないようにピッタリと憑いていく。しかして、間も無くその歩はある扉の前で止まった。不思議な事にその扉からだけ青白い光が漏れている。部屋の名前は……まあ、なんだ。そんな気はしていたが、霊安室だった。
「はあ」
 溜め息を吐かずにはいられなかった。自分では受け入れたつもりでも、死人扱いされるのが気持ちのいい事というわけではない。
 シャドウさんが先に中に入るのを待って、私も後に続いた。目と心に悪い光に溢れた部屋の中は、いくつかのよくわからない機材と、一匹のチャオが待っていた。
「ん……」
「あ……」
「…………」
 随分と久しい。そう思ったのは、恐らく一番長い間会ってなかったせいだろうか。
「ミキ、だったか」
 彼女は肯定もせず、ただベッドの隣に置いた椅子の上に座ったままだった。布団は膨らんでおり、誰かが寝ているようだ。噂の本物の私だろうか。その正体を確認する為、私はシャドウさんの横を通ってベッドに近寄った。
 その顔を視線に捉えた時、私は不思議と驚かなかった。

「――やっぱり」
 薄々、そんな気はしていた。確証があるわけじゃないけど、話の筋からしてそうなんじゃないかと思っていた。
 あくまで出来過ぎた可能性の話だと思って、自分でも頭から信じていたわけじゃないけど。それでも本当に自分の予想が当たってしまうと、なかなか複雑な心境になる。
 事実は小説よりも奇なり。その言葉の本質を理解できたような気がした。空想と現実、どちらにも全く同じ不思議な出来事が起こったとして、心に強く影響を与えるのはやはり現実なのだ。自分の現実は平穏で彩られていて然りだから、空想のような出来事が起こるはずがないと勝手に思い込む。その常識が覆された時、事実は小説よりも奇だと認識する。
 そんな簡単な事を再認識する為に、私の常識は一つ、何処へと消え去ってしまった。

「……なんだ?」
 シャドウさんの声に引き戻され、私は二人の方を見遣った。何やらミキに手渡されたらしい。無線機っぽいものに見える。
「これで誰に連絡しろと?」
 尋ねられても、ミキは何も答えない。聞くだけ無駄だと判断したシャドウさんは、特に周波数も弄らずそのまま通信をかけた。
「……もしもし」
 しばらくは応答も無く、砂嵐の音が部屋の中に響いた。どういうことだとシャドウさんが目線で抗議するが、ミキはやっぱり何も答えない。どうしたものかと思い始めた頃に、ようやく声が聞こえた。
『――誰――?』
 チャチなボイスチェンジャーでも使っているのか、ニュースなんかでよく聞くような声が聞こえてきた。
「こちらの台詞だ」
『ん――ああ――!』
 段々と通信が安定し出して砂嵐の音が無くなった時、通信相手の態度は激変した。
『ああー! やっと話せたー! えっと、今名前なんだっけ? 足? 航空機? いいやもうフェイちゃんで良いよねっ』
 その口調に度肝を抜かされたのは私だけではなかったようだ。シャドウさんが口を開けて固まってしまっている。というか、フェイちゃんってなんだ?
『というか、ええ? そこの病院のこと誰から聞いたの? ゼロ? すこぶるどうでもいいけど』
「……フロウル・ミルか?」
『たなびく前髪は床屋に行っていない証! 謎と衣装と伊達眼鏡に包まれた身分詐称のスペシャリスト! その名も、フロオォォウルッ!』
 もう一度言う。度肝を抜かれた。私の想像では疲れ切った男の声が悲壮感溢れる空気でもって会話してくるものと思っていたのに、その中身は180度違っていた。いったいなんなんだ。こんな場違いな程に場違いな奴が、所長に私を殺すよう依頼した人間なのか?
「お前が、ユリを殺すようにゼロを仕向けたのか?」
『なんて人聞きの悪い事を言う人なんだ……! 私がそんな酷い人間に見えまして!? まあその通りですがの』
「……単刀直入に聞く。ユリを元の姿に戻すとか聞いたが、どういうことだ」
『やっだぁ、そんなことまで知ってるのぉ? それも弟クンから聞いたのかしらうふふ』
「ああ」
『せやなあ、だったら話してもええで? だがしかし、わしの話に付いてこれるかのお?』
 口調からして一貫性の欠片も無いフロウルらしき人物に私達は翻弄されまくっていた。ややあって、シャドウさんはなんとか返事を捻り出す。
「……ああ」
『よく言った! その意気や良し! んじゃポップコーンでも食べながら聞いてください。食べるのは俺だがな!』
 言葉通り、無線機の向こう側で袋を開ける音が聞こえ『あ、ごめんポテチしかなかった』ポテチだった。とにかくフロウルの話を聞くことになった。この様子じゃ信憑性も何もあったもんじゃないけど。
『ゆーてもな、どっちかっていうとコレ科学的な話じゃないんよね。そもそも不老不死とかオカルトの領域だしなー、ぽりぽり』
「不老不死?」
『あ、ごめんあんまりなんでもない。ユリの事っしょ? つーかオーバードキャプチャーの話になっちゃうけど良いよね』
「ああ、構わない」
 シャドウさんの顔が「さっさと話せ」という風にうんざりしている。それを知ってか知らずか、無線機の向こう側は『オレンジジュースもねーじゃんよ』とかなんとか。
『えーっと? そもそもオーバードキャプチャーが欠陥だらけのまま責任者がおっ死んで、プロジェクトが凍結されたのは知ってるよね?』
「ああ、知っている」
『それでー、その欠陥って言うのが、ほんとに欠陥だらけだから全部は言わないけど、オーバードキャプチャーの精度? が、まあクソッタレなわけですよ。だから当初の予定が大幅に崩れちゃったんだなマジ責任者死ね。もう死んでるけどもっかい死ね』
「当初の予定?」
『ご想像の通り、ぼくちんプロトタイプを使って、そこで寝てる子にオーバードキャプチャーをしたのよ。でもさー、結局ユリちゃんがその分の記憶を失くしちゃって? しかも僕の手から離れてのうのうと一人暮らしを謳歌し始めちゃったんデスヨ? 僕の立場って何?』
 ……イマイチ話が飛んでいて理解し難いが、私が件の人間から頂いた記憶を失った事が当初の予定と食い違ってしまったという事だろうか。
『まあ結果オーライかなっつーか、どうにかするしかなくなったからどうにかしたけどな! 綺麗で美しいワトソンさんには悪いけど、嗅ぎ付けられちゃいろいろと厄介になりそうだから隠蔽には手間と愛情をかけさせてもらいましたよええ』
「愛情、ね」
『嘘じゃねーからな! 愛情込めたからな!』
 そこは強調する所なのか?
「で、何故二年経った今になって?」
『それはフェイちゃんがよくわかると思うけどなー』
「……どういうことだ」
『もういいだろうってタイミングになったんだよ言わせんな恥ずかしい』
 あくまでそこははぐらかすつもりらしい。シャドウさんにならよくわかる、ねえ。
『で、ユリちゃんを本当の姿に戻すかーって話になるわけなんですけど、ここが最大の壁なんですよ聞いてください奥さん!』
「……ああ」
『前述の通り責任者は責任の二文字を投げ捨ててあの世に逃げたわけですよ! だからオーバードキャプチャーした情報を元に戻す方法がさー』
「ちょっと待て」
『ああーん?』
 シャドウさんはベッドの端に腰掛け、本物の私を見ながらフロウルに問いかけた。
「そもそもオーバードキャプチャーした情報は元に戻せるのか?」
『あー、科学的な話じゃなくなっちゃうけどさ、別にいいよね魔法少年だもんねキミ』
「……話せ」
『結局のところさ、やっぱ魂は一人につき一個って相場が決まってんのよ』
 宣言通り、本当に科学的な話ではなくなった。あまり気が進まないのか、そろそろ説明にも飽きてきたのか、欠伸交じりで。
『この世には一人たりとも全く同じ人間はいないわけですよ。多分。なんでクローン人間とか未だにできねーんだよって言うのはさ、この世がそういうルールで出来てるからだと思うんですよ。科学者連中はどうせそうは思わずに理論上はクローン人間は作れるとか思ってるけどさ、結局嗜好も選択も全く同じクローンなんてできてねーじゃんよバーカバーカ』
「……話が逸れているぞ」
『ん? ああごめんねー。つまりオーバードキャプチャーはなぁ、開発者の思った以上に効果テキメンだったんだなぁ。対象からまさに魂ごと頂いたわけなんだが。……ところでそこで寝てる子、どう思う?』
「どう、と言われてもな」
 シャドウさんと一緒に、私もベッドの上に横たわる人間をじっと観察してみた。しかし……特におかしなところはないように思う。
「至って普通だが」
『アホだなー。普通なことがおかしいって思いませんか?』
「どういうことだ」
『だってああた、オーバードキャプチャーの為に半殺しにして、しかも魂抜き取ったんですよ? これがどういうことかおわかり?』
「……おい、どういうことだ」
 一つ前のとはまた違った意味の言葉が、信じられないといった風に吐き出された。
「こいつは、生きてるのか?」
「えっ?」
 言われて、私ももう一度見直した。確かに二年前に殺された割にはどこも劣化していない。ひょっとして半殺しにしたままなのか?
『そーそー、ちゃんと生きてるのよ。二年も寝坊してるけど』
「二年も?」
『うん。ご飯もお水も点滴も摂取してないけど、生きてるんでござーます。二年も寝坊してるけど』
 冗談じゃない。ご飯もお水も点滴も無しで健康体を保っているっていうのか? 信じられないといった具合の顔をしたシャドウさんが大胆にも布団を取ったが、何故か制服姿の本物の私は、確かに必要以上にやせ細ってはいなかった。
『しかもオメービビんじゃねーぞ、メス入れたって傷一つ付かねーぞそいつ』
「……バカな」
『ぼくうそなんていってないもん! うそだとおもうならだんがんでもいっぱつぶちこめばいいだろー!』
 嘘か本当かはわからないが、それでもシャドウさんは実行しなかった。一応その優しさに心の底から感謝した。
「どうして傷を負わない?」
『オーバードキャプチャーした影響としか言いようがないでござる。なんか、そういう理屈もキャプチャーしちゃった、みたいなー』
「…………」
『ま、とにかく足りないのは魂なんですよ。これだけハイスペックな本体があっても、OS無いんじゃ意味が無さ過ぎるっていう。あー随分遠回りしたけどやっと本題だーわーい喉渇いた』
 そう言って何やらグビグビと飲み始めた。オレンジジュース見つけたのかな『水うめぇ』水だった。
『あのねあのね、魂は基本一個だけだろ? というかそういう話で納得してください』
「ああ」
『で、その魂は基本的にみょうちくりんな事が起きない限り、宿主からは離れないんですよ。だからオーバードキャプチャーした魂を元に戻すのは容易じゃないんです。そう簡単に引っ剥がせないし』
「だから、殺したと?」
『短絡的とか言うなよな! 一応その為の布石は打っといたんだからなー!』
「ゼロを協力させたことか」
『わかってんなら聞くな』
「いや、何故ゼロを協力させたかについてはわからない」
『そりゃー、まー、あれですよ。再現?』
「再現?」
『なんというか、そのう、アレだよアレ。思い出させるんですよ。記憶?』
「……もっとハッキリ話せ」

『あーもう。ユリちゃんはオーバードキャプチャーした記憶を忘れちゃっただろ? だから殺す際に思い出させるようにわざわざ役者を揃えたんだよう! ゼロくんったら駄々こねちゃって配役狂ったけど』

「そんな事で、殺したユリの記憶が戻って、更に魂が戻るというのか?」
『戻るべき身体の事を思い出せば戻れるんです。そういうこと。ね? 簡単でしょう?』
「屁理屈とも取れる理論だな」

『あのねー、そもそも俺ちゃんの考えるユリの元が死なない理由って、正しくそこで寝てる子がユリの基であるからって思ってるからなんだよ? だよだよ?』
「基?」

『オーバードキャプチャーをする前のユリちゃんはねー、対象の膨大な情報量を受け止める為に割かし空っぽなのよ。だから今の――まあ死んじゃったけど――ユリっていう存在を支えてるのは、そこで痩せこけずにおねんねしてる子なのさ』

『だからその子とユリは根っこの部分で持ちつ持たれつで生きてるわけ。だから俺は魂は戻るって思ってるの。うんうん』
「……つまり、強い繋がりによって共存関係を保っているということか?」
『そーそー! その子はユリちゃんの存在を維持させる為に自分を維持してる。ユリちゃんはその子の魂を守ることで自分を守ってる』

「それが、こいつの死なない理由?」
『それ以外にそれっぽい理由が見当たらんのじゃ。劣化もだけど、成長もしてないし。二年前からずっとそのままなのじゃ』
「……皮肉だな」
『ですよねー。50年前にジェラルドさんが求めてた答えが、こんな形で見つかっちゃうんだもんね。今必死に裏組織の科学者達がやってる事ってなんなんだろうね?』


「フロウル」
『なーにー?』
「こいつは……ユリは、起きるのか?」
『きみはじつにばかだな。人っていうのはね、死なない限り起きるんだよ?』
「つまり、息を引き取ればもう目を覚まさない?」
『なんだったらちゅーでもしてみれば起きるんじゃね? ヤイバとかいう非リア充に死ぬまで命を狙われるだろうけど』
「……ミキ」
「何?」
「俺はもう行く」
「……わかった」
『まあ、その為にミキちゃん置いといてるわけですけどね』
「フロウル、最後に一つだけ聞きたい事がある」
『ほわっつ?』
「ユリ以外にも“助ける”つもりだろう」
『後半へ続く』
「……ああ。楽しみにしている」


 ̄ ̄ ̄ ̄


 雨が降っている。

 その日の私は折りたたみ傘を忘れていた。職業的にはとんだ失態だ。
 雷の音も聞こえるくらい酷い大雨の中、私は人気の無い帰路を走った。
 その途中で、私は街灯の下に人影を見つけて立ち止まった。
 顔は見えない。でも、その人影は確かに私を見つめていた。
 逃げるべきか?
 私はじりじりと後ずさる。その様子を見てか、人影は笑った。

「大丈夫」

 人影はそう言って、危害を加える気は無いという風に手を広げた。
 当然、私は警戒を解かなかった。その様子を見て、人影はこう言った。

「僕は、キミを守りに来た」

 ――何か聞こえる。
 雨音に隠れた何かの音を聞き分け、その方角を見た時にはもう遅かった。
 大きなトラックが、私の目の前までやってきていた。

 そこまで気付いても、私は猫のように動けなかった。
 ただ、轢かれるのを待つだけだった。
 待って。
 待って。
 待って、世界が反転した。


 ――間も無くして目が覚めた。
 あたりは真っ暗だった。どこに何があるかまるでわからない。
 体を起こす為に、私は地面に手をついた。
 その水の感触に違和感を覚えた私は、目を凝らして地面を見た。
 赤かった。
 赤かった。
 赤かった。
 どうして?
 どうしてこんなことになってる?
 わからない。
 全然わからない。

「誰?」

 声をかけられた。
 まずい。
 どうすればいい。
 わからない。
 全然わからない。
 だから、走った。

「待って!」

 待たなかった。
 待てなかった。
 私は、いったいどうしたんだ?
 私は、いったい何をしていたんだ?
 私は、私は――

 自分を、忘れた。


 ̄ ̄ ̄ ̄


 あれから、二年。
 私は随分と長い間、のうのうと一人暮らしを謳歌していた。
 楽しかったとは言い切れないし、楽しくなかったとも言い切れない。
 ただ言えるのは、楽しくなかったこともあったけど、楽しかったこともあった。
 それに、こうして再び自分と再会することができた。
 みんなに感謝しなくちゃいけない。
 だから目を覚まさなきゃいけない。

 私に、触れてみた。
 静かに眠っている。
 どうやら夢を見ているようだ。その夢は、きっと私の見ている光景なんだろう。
 今こうして夢を見ているのと、今こうして目を覚ますこと。どっちが幸せだろう?
 少しだけ考えたけど、迷ってる暇はなかった。

 さあ、起床時間だ。
引用なし
パスワード
<Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 8.0; Windows NT 6.1; Trident/4.0; GTB7.0; SLCC2;...@p2102-ipbf1605souka.saitama.ocn.ne.jp>

  新規投稿 ┃ツリー表示 ┃一覧表示 ┃トピック表示 ┃検索 ┃設定 ┃チャットへ ┃編集部HPへ  
1679 / 1837 ツリー ←次へ | 前へ→
ページ:  ┃  記事番号:   
56295
(SS)C-BOARD v3.8 is Free